ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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20 職場体験・2日目

 職場体験2日目。

 

「ああ、これはヤバいわ……」

「ちょっとだけのつもりだったのにぃ……」

 

 リューキュウ事務所のサイドキック2人を尻尾に乗せて、優幻(ゆうま)はすっかり癒し系としてのポジションを確保してしまっていた。

 

「スモーキーさん、ベルベットさん。お茶が入りましたよ」

「無理……。出たくな、おひゃあ!」

「はい、お仕事しましょうね」

 

 尻尾を動かして2人を床に落とすと、デスクに湯呑を置いていく。

 

「昨日はリューキュウさん乗せたままだったのに……」

「ベルベット。それ以上言うなら縊る」

「ヒェ……」

「すみません、私も男なので、女性には甘いのです。野郎は床がお似合いだぜひゃっはー」

「棒読みすぎるよ。……さ、仕事再開といこうか」

 

 個性"煙"のスモーキーと、個性"鐘の音"のベルベット。ここにインターンのねじれちゃんを含めた合計4人で、リューキュウ事務所は運営されている。

 ランキング9位という成果でありながら少なすぎる編成だが、少数精鋭を地で行くように、サイドキックも優秀だ。

 

「ごめんね、職場体験に来てもらっておいて、書類仕事までさせちゃって」

「いえ、実務的なところを体験させてもらえるのはありがたいですよ、ベルベットさん」

「キュウビくん、仕事早いし正確だし。……もうこのままウチに来てもらうわけには」

「行くわけないでしょう。前途有望な若者に負担をかけるんじゃないの。……ひと段落したら、パトロールに出るわ。ルートが変わるから、皆注意してね」

 

 そう言って、リューキュウは壁に付近の地図を貼り付ける。全員の巡回ルートを色分けして書き込んだものだ。

 

「わ、あっちの学校の方まで行くんだね、私」

「保須の応援に行ってるヒーローが多いから、その分大変だけど。まあ、こういう時は皆で分担だね」

「……確か、そこはナックルロウが見回ってる区画ですね。手薄になった北陸に行っていたかと」

「え? キュウビくん、既にこの辺のヒーロー把握してる?」

「資料にあった分だけですが。一応、全て記憶しています。ああ、一応中身は整理してありますよ」

 

 事務所に居た優幻を除く全員が沈黙し、彼に割り当てられたデスク横の棚を見る。

 近隣46軒の事務所、総勢294名のヒーロー資格所有者の情報が雑多に入った資料。お世辞にも纏まっているとは言えないそれを知る事務所のメンバーは、共通して「あれには関わりたくない」と思っていた。

 混沌としていたはずの棚は綺麗にファイリングされ、かなりスッキリした見た目に変わっていた。

 

「……リューキュウさん、やっぱり彼、引き抜きましょうよ」

狐条(こじょう)くん。仮免取ったら連絡してね。インターンは何が何でも雄英側に認めさせるから」

「試験落ちても連絡してくれ」

「凄いねー。VIP待遇だ」

「それ、ヒーローとしてではなく事務員としてでしょうに。まあ、ありがたいお話ですので、もしもの時はお世話になります」

 

 資格試験に落ちた場合の就職先を図らずも手に入れてしまい、笑いが起きる。

 

 各ポイントの注意事項を確認しつつ、優幻にパトロールで何に気を付ければよいかといったレクチャーをしている最中、事務所の電話が鳴り響いた。

 

「はい、こちらリューキュウ事務所」

 

 素早く電話に出たスモーキーの表情が、すぐに引き締まる。その様子を見れば、日の浅い優幻とて事件であることはわかった。

 

「応援要請、市内複数箇所でヴィラン同時出現!場所は──」

 

 復唱と共に、側にいた面々に必要な情報を伝えていく手際は、さすがとしか言いようがない。

 優幻はねじれと2人、手分けして地図に事件現場をマークしていく。

 

「すぐ出ます。そう伝えて、スモーキー」

「了解!──リューキュウ事務所はすぐに向かう!他にも連絡回してくれ」

「ベルベットとねじれちゃんで繁華街の方に。市民の避難優先、いい?」

「はい!」「いってきまーす」

 

 呼ばれた2人は、書き込みのされた地図をそれぞれにスマホで撮影し、外へと飛び出していく。

 なるほどと、合理的なやり方を優幻も真似ておく。

 

「スモーキーは役所方向へ。道中対応しつつ司令部に合流。以降の指揮は一任します。他事務所と連携して」

「わかりました!」

「キュウビは私と病院近くから、小学校の方へ。空を行くけど、ついて来れるね?」

「はい。個性使用はリューキュウの指示で、ですね」

「結構。怪我なく行きましょう」

 

 スモーキーは外へと走り、優幻はリューキュウと共に屋上へ。

 開けた空間に出ると、リューキュウはその身を変化させる。大きな、鱗を持つドラゴン。翼を動かせば、強い風が起きる。

 

「キュウビ」

「いつでも」

 

 短いやりとりながら、意図は充分に伝わっている。羽ばたき空を舞うリューキュウに、優幻が体育祭で披露した空中移動で追随していく。事前に個性でないことと合わせて理論を説明し、事務所の全員から「意味がわからない」と言われた移動法だ。

 

 

 

 事務所を飛び立ってほどなく、丘の上に建つ大きな病院と、その手前の喧騒が見えてきた。

 

「数が多いですね」

「あのマーク、見覚えがある。騒ぎたいだけの、個々では大きな事を起こしたがらない連中よ。ただ、数が問題」

「文字通り"手が足りない"ってことですか」

「保須の絡みでヒーローが減ったのを狙ったみたいね。……キュウビ、まとめて無力化できる?」

「奴らが防ぐ方法を持っていなければ。暴徒鎮圧用、敵味方識別あり、消耗は少なく」

「私だと時間がかかる。ここと学校近くは手早く鎮圧してしまいましょうか。キュウビの個性使用をプロヒーロー、リューキュウの名において許可します」

「かしこまりました。"痛覚弾"、"展開"、"照準"、"射出"!」

 

 空を走る優幻の周囲に色とりどりの光弾が数十出現すると、合図と同時に一斉に飛び立つ。行く先は、地上で騒乱を起こす者たち。

 その全てが狙い違わず、奇妙な紋様を掲げる者らに当たる。被弾した者たちは誰もが口を抑え、呻き声をあげながらうずくまってしまった。

 

「今のうちに捕縛を!怪我はありませんから、いずれ動き出します!」

「リューキュウに、雄英の? 一体なにが……」

「着弾した者の痛覚を刺激するものです。具体的には、麻酔無しで虫歯の治療されてる感じですかね。全部の歯を、数十分ほど」

「あ、痛い。聞いてるだけでも痛い」

「言ってる場合か! さっさと捕まえるぞ!」

 

 この場で鎮圧にあたっていたヒーローたちが、手早く呻く者たちを取り押さえていく。

 

「……キツいことを。まあ、自業自得か。……この場はお願い! 私たちは他も回る!」

「ああ、任せてくれ! ここまでしてもらったんだ、後のことくらいやらないとな!」

「気を付けましたが、流れ弾に当たった方がいれば後ほどご連絡を」

 

 その場を任せ、リューキュウと共に優幻は更に空を駆ける。

 

「何とも地味でエグい方法を考えたものね」

「以前襲撃された時、制圧したヴィラン全員の両腕両足を脱臼させたら怒られたので、開発しました」

「脱臼くらいで……。全員?」

「はい。外して少し捻ったら"やりすぎだ"と」

「……まあ、程々にね」

「大丈夫です。他にも"両足の小指をタンスの角に強打した痛み"から、"爪の間に針を刺された痛み"まで、バリエーションを用意しています」

「頑張る方向性を間違えているような気もするけど、無傷で複数人を同時制圧できるのは良いことよ。……次が見えた」

 

 リューキュウの視線が向かう先。先程よりも多数の、50は超えるであろうヴィランと、僅か3人のヒーロー。

 どうやらヴィランは小学校へ侵入しようとしているようで、ヒーローたちが門の前で防衛線を構築していた。

 

「まずいわね。キュウビ、この際細かいことは置いておきます。ヴィラン全員、まとめて這いつくばらせなさい!」

「了解、子供たちの前です、見た目重視で参りましょう。"固定弾"、"展開"、"軌道設定"、"射出"!」

 

 大量の光弾を生み出し、即座に撃ち出す。様々な色をした弾が複雑に舞い、ヴィランたちの視線を惑わせる。くるくると舞う光は幻想的であり優雅で、それを見た誰もが数秒前までの喧騒を忘れてしまうほどだった。

 飛び回る光弾に視線を持っていかせ、背後から本命が襲いかかる。今回は、途端にドロリとした粘性の液体が腕や足を覆い、直ぐに固まった。

 

「"魔改造"速乾セメントです。簡単には外せませんよ」

「なんでさっき、それにしなかったの」

「資源には限りがありますので」

 

 疲れた表情のリューキュウと、悪びれもしない優幻が地上に降り立った時には、ヴィランは残らず拘束されてしまっていた。

 校舎で推移を見守っていた者たちから、「リューキュウだ!」「あの人、雄英だ! テレビ出てた!」と興奮した声がかすかに届く。

 

「す、すいません。助かりました……」

「……アイアンネイル事務所のサイドキックの方ですね。あまり前線に出るタイプではなかったかと思いますが」

「我々をご存知とは。今日はたまたま、防犯講習の打ち合わせに来ていたんです。おかげで時間は稼げましたが、いやはや情けない」

「人には向き不向きがあるもの、仕方ないわ。不得手な正面戦闘でも粘ってくれたからこそ、間に合った」

「そう言って頂けると救われます」

 

 たった3人で応援が来るまで50人超を抑え続けたせいか、全員が少なくない怪我を負っていた。しかし、その顔は守りきった英雄のものだ。

 

「……キュウビ。この場に残り、周辺警戒と怪我人の治療を。個性はあなたの判断で使って結構。私が許可します」

「リューキュウ?」

「どうにも規模が大きすぎる。連中は別に、"組織"じゃない。チンピラが群れただけの寄せ集めだったはずだし、現にここに居るのもそう。なのに、全体で見れば統制された同時多発テロのよう。嫌な感じよ」

「勘、ですか? ……私ではわかりません。従います」

「お願い。何かあればスモーキーに連絡を!」

 

 言い残して、リューキュウは再度空へと上がる。

 

「……では、今のうちに治療を」

「いえ、止めておきましょう。止血だけ、手伝ってください。よくわかりませんが、治療は君の個性でのことでしょう? 恥ずかしながら、我々では戦闘時役に立ちません。君には温存しておいてもらいたい」

 

 その発言に残る2人が頷くと、持っていた道具で手早く手当を始める。

 

「良いんですか? 私は、所詮学生ですが」

「トップ校の雄英の中でテッペン獲るヤツと、俺らみたいなギリでヒーローに"なれた"のとじゃ違うってこった。ああ、別に僻んでんじゃねえぞ? 俺らには俺らにしかできねえことがある。興奮しちまってる子供らを静かにさせたりとかな。そこいらは経験さ」

「適材適所、ってやつだね。一応の先輩からの助言さ。僕らの目的は何だい、ルーキー。ここを守ることだろう? なら、最適な方法をとるのさ。他の瑣末ごとに拘って失敗なんて、一番やっちゃいけない、ってこと」

「……勉強になります」

 

 傷だらけでなお笑う3人に、深く頭を下げる。これこそ、学校では学べないことだろう。

 周辺を警戒する優幻だったが、この日、不気味なほどに何事もなく、事態は収束していった。

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