職場体験2日目。
「ああ、これはヤバいわ……」
「ちょっとだけのつもりだったのにぃ……」
リューキュウ事務所のサイドキック2人を尻尾に乗せて、
「スモーキーさん、ベルベットさん。お茶が入りましたよ」
「無理……。出たくな、おひゃあ!」
「はい、お仕事しましょうね」
尻尾を動かして2人を床に落とすと、デスクに湯呑を置いていく。
「昨日はリューキュウさん乗せたままだったのに……」
「ベルベット。それ以上言うなら縊る」
「ヒェ……」
「すみません、私も男なので、女性には甘いのです。野郎は床がお似合いだぜひゃっはー」
「棒読みすぎるよ。……さ、仕事再開といこうか」
個性"煙"のスモーキーと、個性"鐘の音"のベルベット。ここにインターンのねじれちゃんを含めた合計4人で、リューキュウ事務所は運営されている。
ランキング9位という成果でありながら少なすぎる編成だが、少数精鋭を地で行くように、サイドキックも優秀だ。
「ごめんね、職場体験に来てもらっておいて、書類仕事までさせちゃって」
「いえ、実務的なところを体験させてもらえるのはありがたいですよ、ベルベットさん」
「キュウビくん、仕事早いし正確だし。……もうこのままウチに来てもらうわけには」
「行くわけないでしょう。前途有望な若者に負担をかけるんじゃないの。……ひと段落したら、パトロールに出るわ。ルートが変わるから、皆注意してね」
そう言って、リューキュウは壁に付近の地図を貼り付ける。全員の巡回ルートを色分けして書き込んだものだ。
「わ、あっちの学校の方まで行くんだね、私」
「保須の応援に行ってるヒーローが多いから、その分大変だけど。まあ、こういう時は皆で分担だね」
「……確か、そこはナックルロウが見回ってる区画ですね。手薄になった北陸に行っていたかと」
「え? キュウビくん、既にこの辺のヒーロー把握してる?」
「資料にあった分だけですが。一応、全て記憶しています。ああ、一応中身は整理してありますよ」
事務所に居た優幻を除く全員が沈黙し、彼に割り当てられたデスク横の棚を見る。
近隣46軒の事務所、総勢294名のヒーロー資格所有者の情報が雑多に入った資料。お世辞にも纏まっているとは言えないそれを知る事務所のメンバーは、共通して「あれには関わりたくない」と思っていた。
混沌としていたはずの棚は綺麗にファイリングされ、かなりスッキリした見た目に変わっていた。
「……リューキュウさん、やっぱり彼、引き抜きましょうよ」
「
「試験落ちても連絡してくれ」
「凄いねー。VIP待遇だ」
「それ、ヒーローとしてではなく事務員としてでしょうに。まあ、ありがたいお話ですので、もしもの時はお世話になります」
資格試験に落ちた場合の就職先を図らずも手に入れてしまい、笑いが起きる。
各ポイントの注意事項を確認しつつ、優幻にパトロールで何に気を付ければよいかといったレクチャーをしている最中、事務所の電話が鳴り響いた。
「はい、こちらリューキュウ事務所」
素早く電話に出たスモーキーの表情が、すぐに引き締まる。その様子を見れば、日の浅い優幻とて事件であることはわかった。
「応援要請、市内複数箇所でヴィラン同時出現!場所は──」
復唱と共に、側にいた面々に必要な情報を伝えていく手際は、さすがとしか言いようがない。
優幻はねじれと2人、手分けして地図に事件現場をマークしていく。
「すぐ出ます。そう伝えて、スモーキー」
「了解!──リューキュウ事務所はすぐに向かう!他にも連絡回してくれ」
「ベルベットとねじれちゃんで繁華街の方に。市民の避難優先、いい?」
「はい!」「いってきまーす」
呼ばれた2人は、書き込みのされた地図をそれぞれにスマホで撮影し、外へと飛び出していく。
なるほどと、合理的なやり方を優幻も真似ておく。
「スモーキーは役所方向へ。道中対応しつつ司令部に合流。以降の指揮は一任します。他事務所と連携して」
「わかりました!」
「キュウビは私と病院近くから、小学校の方へ。空を行くけど、ついて来れるね?」
「はい。個性使用はリューキュウの指示で、ですね」
「結構。怪我なく行きましょう」
スモーキーは外へと走り、優幻はリューキュウと共に屋上へ。
開けた空間に出ると、リューキュウはその身を変化させる。大きな、鱗を持つドラゴン。翼を動かせば、強い風が起きる。
「キュウビ」
「いつでも」
短いやりとりながら、意図は充分に伝わっている。羽ばたき空を舞うリューキュウに、優幻が体育祭で披露した空中移動で追随していく。事前に個性でないことと合わせて理論を説明し、事務所の全員から「意味がわからない」と言われた移動法だ。
事務所を飛び立ってほどなく、丘の上に建つ大きな病院と、その手前の喧騒が見えてきた。
「数が多いですね」
「あのマーク、見覚えがある。騒ぎたいだけの、個々では大きな事を起こしたがらない連中よ。ただ、数が問題」
「文字通り"手が足りない"ってことですか」
「保須の絡みでヒーローが減ったのを狙ったみたいね。……キュウビ、まとめて無力化できる?」
「奴らが防ぐ方法を持っていなければ。暴徒鎮圧用、敵味方識別あり、消耗は少なく」
「私だと時間がかかる。ここと学校近くは手早く鎮圧してしまいましょうか。キュウビの個性使用をプロヒーロー、リューキュウの名において許可します」
「かしこまりました。"痛覚弾"、"展開"、"照準"、"射出"!」
空を走る優幻の周囲に色とりどりの光弾が数十出現すると、合図と同時に一斉に飛び立つ。行く先は、地上で騒乱を起こす者たち。
その全てが狙い違わず、奇妙な紋様を掲げる者らに当たる。被弾した者たちは誰もが口を抑え、呻き声をあげながらうずくまってしまった。
「今のうちに捕縛を!怪我はありませんから、いずれ動き出します!」
「リューキュウに、雄英の? 一体なにが……」
「着弾した者の痛覚を刺激するものです。具体的には、麻酔無しで虫歯の治療されてる感じですかね。全部の歯を、数十分ほど」
「あ、痛い。聞いてるだけでも痛い」
「言ってる場合か! さっさと捕まえるぞ!」
この場で鎮圧にあたっていたヒーローたちが、手早く呻く者たちを取り押さえていく。
「……キツいことを。まあ、自業自得か。……この場はお願い! 私たちは他も回る!」
「ああ、任せてくれ! ここまでしてもらったんだ、後のことくらいやらないとな!」
「気を付けましたが、流れ弾に当たった方がいれば後ほどご連絡を」
その場を任せ、リューキュウと共に優幻は更に空を駆ける。
「何とも地味でエグい方法を考えたものね」
「以前襲撃された時、制圧したヴィラン全員の両腕両足を脱臼させたら怒られたので、開発しました」
「脱臼くらいで……。全員?」
「はい。外して少し捻ったら"やりすぎだ"と」
「……まあ、程々にね」
「大丈夫です。他にも"両足の小指をタンスの角に強打した痛み"から、"爪の間に針を刺された痛み"まで、バリエーションを用意しています」
「頑張る方向性を間違えているような気もするけど、無傷で複数人を同時制圧できるのは良いことよ。……次が見えた」
リューキュウの視線が向かう先。先程よりも多数の、50は超えるであろうヴィランと、僅か3人のヒーロー。
どうやらヴィランは小学校へ侵入しようとしているようで、ヒーローたちが門の前で防衛線を構築していた。
「まずいわね。キュウビ、この際細かいことは置いておきます。ヴィラン全員、まとめて這いつくばらせなさい!」
「了解、子供たちの前です、見た目重視で参りましょう。"固定弾"、"展開"、"軌道設定"、"射出"!」
大量の光弾を生み出し、即座に撃ち出す。様々な色をした弾が複雑に舞い、ヴィランたちの視線を惑わせる。くるくると舞う光は幻想的であり優雅で、それを見た誰もが数秒前までの喧騒を忘れてしまうほどだった。
飛び回る光弾に視線を持っていかせ、背後から本命が襲いかかる。今回は、途端にドロリとした粘性の液体が腕や足を覆い、直ぐに固まった。
「"魔改造"速乾セメントです。簡単には外せませんよ」
「なんでさっき、それにしなかったの」
「資源には限りがありますので」
疲れた表情のリューキュウと、悪びれもしない優幻が地上に降り立った時には、ヴィランは残らず拘束されてしまっていた。
校舎で推移を見守っていた者たちから、「リューキュウだ!」「あの人、雄英だ! テレビ出てた!」と興奮した声がかすかに届く。
「す、すいません。助かりました……」
「……アイアンネイル事務所のサイドキックの方ですね。あまり前線に出るタイプではなかったかと思いますが」
「我々をご存知とは。今日はたまたま、防犯講習の打ち合わせに来ていたんです。おかげで時間は稼げましたが、いやはや情けない」
「人には向き不向きがあるもの、仕方ないわ。不得手な正面戦闘でも粘ってくれたからこそ、間に合った」
「そう言って頂けると救われます」
たった3人で応援が来るまで50人超を抑え続けたせいか、全員が少なくない怪我を負っていた。しかし、その顔は守りきった英雄のものだ。
「……キュウビ。この場に残り、周辺警戒と怪我人の治療を。個性はあなたの判断で使って結構。私が許可します」
「リューキュウ?」
「どうにも規模が大きすぎる。連中は別に、"組織"じゃない。チンピラが群れただけの寄せ集めだったはずだし、現にここに居るのもそう。なのに、全体で見れば統制された同時多発テロのよう。嫌な感じよ」
「勘、ですか? ……私ではわかりません。従います」
「お願い。何かあればスモーキーに連絡を!」
言い残して、リューキュウは再度空へと上がる。
「……では、今のうちに治療を」
「いえ、止めておきましょう。止血だけ、手伝ってください。よくわかりませんが、治療は君の個性でのことでしょう? 恥ずかしながら、我々では戦闘時役に立ちません。君には温存しておいてもらいたい」
その発言に残る2人が頷くと、持っていた道具で手早く手当を始める。
「良いんですか? 私は、所詮学生ですが」
「トップ校の雄英の中でテッペン獲るヤツと、俺らみたいなギリでヒーローに"なれた"のとじゃ違うってこった。ああ、別に僻んでんじゃねえぞ? 俺らには俺らにしかできねえことがある。興奮しちまってる子供らを静かにさせたりとかな。そこいらは経験さ」
「適材適所、ってやつだね。一応の先輩からの助言さ。僕らの目的は何だい、ルーキー。ここを守ることだろう? なら、最適な方法をとるのさ。他の瑣末ごとに拘って失敗なんて、一番やっちゃいけない、ってこと」
「……勉強になります」
傷だらけでなお笑う3人に、深く頭を下げる。これこそ、学校では学べないことだろう。
周辺を警戒する優幻だったが、この日、不気味なほどに何事もなく、事態は収束していった。