職場体験を終えた雄英高校1年A組の教室は、喧騒に包まれていた。
「
「スゲーじゃん!」
「お、おお?」
登校した
「くぅー! ニュースとか完全に、新人ヒーローみてーな扱いじゃねえか!」
「お疲れ様、狐条ちゃん。怪我は大丈夫かしら?」
「スゴいねー! やっぱ優勝者ってことかな」
切島、蛙吹、芦戸と続けて声をかけられ、さてどれから返答したものかと数瞬考え、口を開く。
「とりあえず、怪我は大丈夫だ。リカバリーガールのおかげでほぼ治っているよ。あと、今回の一件は私が未熟だからこそと言える」
「へ? どゆこと?」
「あの状況で戦うくらいしか、私にできる事が無かった。他の選択肢が浮かばなかったんだ。あんな博打のような方法ではなく、確実に市民の安全を確保せねばならん」
「あー、そっか。ヴィランの注意を引きつけてたらしいけど、アイツが逃げに徹してたらアウトってことか」
瀬呂の言うとおり、もしも優幻を無視して、人々を巻き込むように逃げられていたら。十中八九向かってくると予測していたが、もしかしたら、と考えてしまう。
「まだまだ経験が足りんと痛感した。課題は多い」
「オールマイトも体育祭で言っていたけれど、本当に向上心の塊ね、狐条ちゃん」
「それだけ、目指す先は遠いのさ」
優幻の言葉に、思うところがあるのだろう。クラスメイトたちも神妙な面持ちだった。
「そだな! まだまだやんなきゃいけねーことだらけ! 1個ずつやってこーぜ!」
「お、上鳴のくせにマトモな意見」
「うっせえぞ砂藤!」
そうして和やかに話が弾む最中、教室の大きな扉が開かれる。
「おは──ブフォッ!」
そこに居たのは、爆豪、と思われる人物。
尾白が思わず噴き出した理由は、その髪型だった。
「アッハハハハハハハ! マジか! マジか爆豪!」
「……笑うな。クセついちまって洗っても直んねえんだ。オイ笑うなブッ殺すぞ」
「ブハハハハハハハハハハ! やってみろよ8:2坊や!」
見事なまでに美しい、8対2に分けられたヘアスタイル。
あまりにも不釣り合いなその姿に、瀬呂と切島は涙を浮かべるほどに笑い転げていた。
「……壊滅的に似合わんな」
「うっせーぞクソ狐ぇっ!」
「おお、爆発頭に戻った」
「どーいう仕組みだ! アハハハハハハハハ!」
「笑うなっつってんだろうがクソ髪コラァッ!」
笑いすぎてまともに動けない切島瀬呂の2人が捕らえられている間にも、続々と生徒は教室へとやって来る。
「おはよう。そちらも大変だったようだな」
優幻が声をかけたのは、緑谷、飯田、轟の3人だ。
「無事という連絡は受けていたが……。リカバリーガールが嘆いていたぞ。今年の1年共は、と」
「それ、お前も含まれてんじゃねえのか」
「ははは、まさか。……まさかな」
「ニュースを見たが、狐条くんもなかなかに壮絶な怪我だったようだし、ありえない話ではないんじゃないか」
「いや、これは骨折の常連たる緑谷のせいとしておこう」
「そんな常連、嫌だけど否定できない……」
緑谷の言葉に、揃って笑いがこぼれる。
「何はともあれ、お互い無事、と言えるかはさておき、こうして会えてなによりだ」
「うん、狐条くんも元気そうで良かったよ」
「……で、麗日は何があったんだ」
轟の言葉に、全員の視線がそちらへ向けられる。
そこには、何やらシャドーボクシング的な、といっても凶悪な回転が加わった一撃を中空に放つ麗日の姿があった。
誰とはなしに、そっと視界から外す。
「確か、麗日くんはバトルヒーロー・ガンヘッドの所に行っていたのだったか」
「1週間で感化されすぎではないか?」
「せ、成長だよ。……多分。うん」
揃って詳しい言及を避けたのはご愛嬌だ。
「変化っつーか、大変だったのはそっちの4人だろ! つか狐条以外の3人!」
「おいなぜ省いた」
「いやー、ヒーロー殺しとかヤベーの相手にしてたしな」
「マジ命あってなによりだぜ」
「……心配しましたわ」
上鳴の言葉に、皆の話題が移る。
何せ、被害にあった中には命を奪われたヒーローも居たのだ。そんな凶悪ヴィランと関わった、それも緑谷からの不穏な位置情報のみというメッセージがあったことも加われば、心配するなと言う方が無茶だ。
「ニュースとか見たけどさ。ヒーロー殺し、ヴィラン連合とも繋がってたんだろ? あんなのがUSJの時に来てたらと思うと……」
「待て、尾白。いささか、そこに疑問がある。
……動画に入っていたヒーロー殺しの言葉。"俺を殺していいのはオールマイトだけ"だったか。ヤツの主張とその言葉を考えれば、ヒーロー殺しの言う"本物の英雄"は、オールマイトということになる。
では、ヴィラン連合の目的は? ……"オールマイトの殺害"だ。死柄木の言葉からも、連合にとってオールマイトは"邪魔"なんだろう」
「矛盾しているわ。狐条ちゃんの言うとおりなら、ヒーロー殺しにとってオールマイトは唯一認められる存在。果たして、排除しようとする連合に協力するかしら」
優幻の指摘を蛙吹が引き継げば、皆がそのチグハグさに気付く。
「ちょい待ち。じゃあ何で、あの脳みそヴィランが保須にいたんだ?」
しかし、切島が挙げた疑問も尤もだ。
「さすがにそこはわからない。いくつか可能性は考えられるが、情報がほとんど無くてはな」
「ヴィラン連合が、ヒーロー殺しに便乗した、とか?」
「かもしれん。あるいは、脳無が暴れたからヒーロー殺しが出たのか。どちらにせよ、厄介であったことに変わりはないがな」
「でもよ、あの動画見たらさ。一本気っつーか、執念っつーか、カッコよくね? とか思っちゃわねえ?」
上鳴の言葉に、慌てた様子の緑谷が声をあげるが、少しばかり遅く。
「いや、いいさ。確かに信念の男ではあった。クールだと感じる人が居るのも、わかる。
……しかし、ヤツは信念の果てに"粛清"という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、それだけは間違いなんだ」
「まあ、自分が規範となれば良いのに、とは思うな。悲しむ人を生み出した時点で、反発する者が出る」
「うむ。ステインに限らず、ヴィランによって傷付く人も居れば、その方々には家族や友人が居る。──ならば! 俺のような者をこれ以上出さぬ為にも! 改めてヒーローの道を俺は歩む!」
そう語る飯田の目は決意に満ちて、心なしか背筋もいつも以上に伸びているように見えた。
「さあ! そろそろ始業だ! 席につきたまえ!」
「……五月蝿い」
「なんか、すいませんでした……」
◆ ◆ ◆
「えー、そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが1ヶ月も休める道理は無い」
教壇に立つ相澤の言葉に、どよめきが起きる。
「夏休み、林間合宿やるぞ」
「知ってたよー! やったー!」
休みがなくなる、などと言われれば普通の学生なら落胆するのかもしれないが、そこはヒーロー科。誰もが自身を高める機会を喜んでいた。
「肝試そー!」「風呂!」
「花火」「風呂ぉっ!」
「カレーだな」「行水!」
「自然環境ですと、また活動条件が変わってきますわね」「湯浴み!」
「……峰田黙ってろ」「はい」
己の欲望を声高に叫ぶ峰田に、ついに相澤からストップがかけられた。ついでに、他の生徒たちも口を塞ぐ。
「……ただし、その前に行われる期末テストで赤点だった奴は、学校で補習地獄だ」
「みんな頑張ろーぜ!」
……そんな顛末が朝のホームルームで繰り広げられ。
「「まったく勉強してねー!」」
悲壮感漂う上鳴と、なぜか笑顔の芦戸が異口同音に叫んだ声が教室に響く。
中間テストの成績は20人中、芦戸19位、上鳴20位である。彼らの為に補足しておくと、あくまでA組の中での順位であり、2人とも学力自体は高い。
単に、ヒーロー科の授業が途轍もなく速く、結果的に試験範囲が異常に広いのだ。
「体育祭やら職場体験やらでまったく勉強してねー!」
「いやー、あっはっは!」
「……の、割には芦戸、随分と笑顔だが」
「なーんかもー、笑うしかないよね!」
「ああ、重症か」
笑顔から一転して悲しげな表情になった芦戸は、癒やしを求めて優幻の尻尾のひとつを抱きしめる。
峰田の顔が色々とマズい感じになるも、誰もが"いつものこと"とスルーしていた。
「お2人とも、座学ならば私、少しはお力添えできるかもしれません。……狐条さんほどではありませんが」
「狐条よりヤオモモがいい!」
「いい度胸だな上鳴」
「私もー!」
やや沈んだ表情ながらも下位ツートップに声をかけた、2位の八百万。まさに救いの女神と、2人は飛びついた。
「お2人じゃないけど、ウチもいいかな? 二次関数、ちょっと応用で躓いてて」
「わりい、俺も! 八百万、古文わかる?」
「俺もいいかな」
そこに続くのは、耳郎、瀬呂、尾白であった。
頼られたのが嬉しいのか、八百万の表情がパッと明るくなる。
「……あれ、もしかして私、人望無い……?」
残された、芦戸に尻尾を捨てられてしまった優幻。なお、中間テストの結果は堂々の1位である。
が、誰も彼に頼る素振りは無かった。
「狐条、なんか超ハイレベルを要求してきそう」
「試験範囲越えてスパルタでやりそう」
「女の子の方がいいじゃん!」
上から尾白、瀬呂、上鳴である。
自身の日頃の行いが原因の冷遇に、ガクリと膝をついてしまう。
「……狐条ちゃん、いくつか漢文で確認したいのだけれど、頼っていいかしら?」
「天使か。無論、構わんさ」
「残念、蛙よ。ケロケロ♪」
「僕もいいかな? 数学で解き方合ってるか確認したくて」
「すまんが俺も頼めるか。物理でいくつかな」
項垂れる優幻に救いの手を差し伸べたのは、蛙吹をはじめ緑谷と障子。おかげで持ち直した彼は、ようやく本来の持ち味を発揮する。
「そういえば、職場体験先で先輩に例年の演習試験内容を聞いていたんだったか」
「マジか! 教えてくれ狐条!」
「お前の望みを叶えよう、上鳴。……つまり私は男なので教えられんなあ」
いささか底意地の悪い方に。
「謝るって! ゴメン!」
「まあ、私の方もそこまで気にしていない。冗談だ。例年だと、入試同様のロボット相手の戦闘演習らしい」
当然ながら、情報源は3年生の波動ねじれである。
この情報に、上鳴と芦戸は喜びを露わにしていた。
「イヤッホウ! ロボならブッパで楽勝だ!」
「……いやに"例年"と繰り返すな」
「さすが障子、気付いてくれたか。さて、USJの襲撃や職場体験で巻き込まれた。こんな年は、生憎とこれまで無かったわけだ。……果たして、先生方が何も手を打たない、なんてことはあるだろうか」
ピタと、上鳴芦戸の動きが止まる。両腕は喜びを表して高々と上がっているのに、表情だけが絶望に染まっている。
セリフを入れるなら、「マジで?」だろうか。
「予想としては、より実戦的な対ヴィランを想定した内容だろうか。それも、こちらのことをしっかり把握した相手だ。弱点を露骨に突いてくるんじゃないか」
「考えすぎ、とは言えないわね。最近はヴィランが活性化しているなんて話もあるのだし、何より雄英だもの」
「やること多すぎね!?」
「普通に授業受けてりゃ、赤点は出ねえだろ」
「言葉には気をつけろ轟ぃ! チキショウ、演習試験もヤベーじゃねえか!」
「お前らは個性の制御、大変そうだしな」
障子の言葉通り、上鳴にせよ芦戸にせよ、出力に気を付けなければ相手に重症を負わせてしまいかねず、下手をすれば命にも関わる。
「ロボでも人でも、ブッ飛ばすのは同じだろ、アホが」
「アホとは何だぁ!」
「うるせぇ! 調整なんざ勝手にできるもんだろ! ──なあ、デク!」
騒ぎをいつも通りうっとおしそうにした爆豪の目は、真っ直ぐに緑谷へと向けられていた。
「個性の使い方、ちょっとわかってきたか知らねえけどよ……。てめえはつくづく俺の神経逆撫ですんなぁ……。
体育祭みてえな結果はいらねえ。次の期末なら個人成績で否が応にも優劣がつく! 完膚なきまでに差ぁつけて、てめえブチ殺してやる!
狐条、てめえもだ。今度はルール利用した結果なんか認めねえ!」
それだけを宣言すると、荒々しく扉を開けて教室を後にする。
「こないだの訓練、デクくん、爆豪くんみたいにピョンピョン動いとったから」
「にしても、久々にガチなバクゴーだな」
「焦燥、あるいは憎悪……?」
「そう難しく考えることもあるまいよ。強烈な"勝利"への執着、つまりは"とんでもなく負けず嫌い"なのだろう」
そんな一幕がありながらも、彼らは試験へと向けて準備を進めていく。