ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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26 期末試験~大自然リサイタル~

 筆記試験を終え、遂に演習試験がはじまる。

 八百万の勉強会による成果を発揮してテンションの上がった面々も、コスチュームを纏えばその表情は引き締まる。

 

「それじゃ、演習試験始めるぞ。当然、この試験にも赤点はある。林間合宿行きたきゃ、みっともないヘマはすんなよ」

 

 そう言った相澤の背後には、大勢の教師の姿があった。

 

「先生多いな……?」

「これ、狐条(こじょう)くんの予想当たりなんじゃ……」

 

 耳郎と葉隠の言葉に、生徒全員が嫌な予感を覚える。それを見てとったのか、相澤の口元がニヤリと歪んだ。

 

「諸君なら情報を仕入れているとは思っていたが、ちゃんと油断せずにいたようで嬉しいよ、俺は」

「そう! 今年からはより実戦的な内容に変更しちゃうのさ!」

 

 相澤の首に巻かれた捕縛布からひょこりと顔を出したのは、ネズミなのか犬なのか熊なのか、よくわからないながら、"ハイスペック"の個性を発現させた校長の根津である。

 

「校長先生!?」

「……ずっとそこでスタンバってたんですか」

「ツッコんじゃだめさ、狐条くん!

 ……これからは、より対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い教えを重視するのさ。と、いうわけで。諸君らにはこれから、二人一組でここに居る教師1人と戦闘を行ってもらうよ!」

 

 根津の言葉に、生徒らの間に緊張が走る。

 しかし、動揺は無い。

 

「おや、これも予想されていたかな?」

「……可能性のひとつ、程度ですが。"最悪の"と頭につく可能性です」

「ソイツは何よりだ。更に嬉しいお知らせだが、既にペアの組み合わせと対戦相手は決定している。存分に君らの弱点を攻め抜くつもりなので、喜んで構わんぞ」

「ルールは簡単。30分の制限時間内に、"特製のハンドカフスをつける"もしくは、"どちらか1人が演習ステージから脱出する"だ」

 

 そのルールの意図にいち早く気付いたのは、ヒーロー殺しに出会った3人。

 

「実力差が大きいなら、逃げて応援呼ぶ方が賢明、ってことですか」

「轟の言う通り、その辺の判断も求められるワケよ! 何せ相手はチョー格上!」

「格……上……? あんまマイク先生が活躍してるイメージ無いんスけど」

「ダミッ! ヘイガール!」

 

 耳郎のさりげない言葉の槍に貫かれて声を荒げるプレゼントマイクを華麗に無視して、相澤の説明は続く。

 

「まあ、普通なら逃げ一択だ。そこで、教師側は、体重の約半分ある重りをつける」

「戦闘を視野に入れさせる為か。……ナメてんな」

「さて、そいつはどうかな。……じゃ、発表していくぞ」

 

 そして、明かされた組み合わせは次のような具合だ。

 一戦目。切島、砂藤対セメントス。

 二戦目。蛙吹、常闇対エクトプラズム。

 三戦目。飯田、尾白対パワーローダー。

 四戦目。轟、八百万対イレイザーヘッド。

 五戦目。青山、麗日対13号。

 六戦目。芦戸、上鳴対根津校長。

 七戦目。狐条、耳郎対プレゼントマイク。

 八戦目。障子、葉隠対スナイプ。

 九戦目。瀬呂、峰田対ミッドナイト。

 十戦目。爆豪、緑谷対オールマイト。

 

「それじゃあ、早速始める。切島と砂藤はバスに乗れ。他はモニターで参考にするなり作戦を練るなり、好きにしろ」

 

 それだけを言い残し、セメントスは2人の生徒と共にバスへ、残る教師たちもそれぞれに去って行く。

 

「なんだかんだ言ってもプレゼントマイクもプロだし、対策を、って狐条?」

 

 生徒らも各自試験に向けて意気込み歩きだす中、ただ1人立ち尽くす優幻(ゆうま)に耳郎が声をかけた。

 

「……耳郎。非常に、残念なお知らせがあるのだが」

「な、何さ。すんごく聞きたくないんだけど」

「実は、私の個性なんだが。……プレゼントマイクが相手だと、ほぼ使えんのだ」

「……は?」

 

 これは、体育祭前にまで遡る。

 切島や緑谷と特訓していた際、一度だけながら起きた出来事。プレゼントマイクの"ヴォイス"によって、優幻が扱う妖気が"散らされた"ことがあった。

 

「え、つまり、いつも狐条が使う謎エネルギーが、今回は無しってこと!?」

「そうなる、な……。更に言えば、聴覚の鋭さに変わりはないので、大音量に弱い。紛れもなく、プレゼントマイクは私の天敵だ。すまんが、足手まといになりかねん」

「マジか。……ま、嘆いててもしゃあない。狐条だって対策しようとしなかったワケじゃないでしょ? なら、まずは情報交換しよう。試験がキツいのはわかってたんだし、やれることやるだけだよ」

「……なんという男前」

「アアン?」

「訂正。ヒーローっぽくて良い」

「なら良し」

 

 軽口を叩きながら、手近なベンチに並んで腰を下ろす。

 

「で、どうすっかだよね。遠距離は基本ムリ、って認識で合ってる?」

「ああ。放出するようなものは悉く消された。身体強化も、性能は落ちる上に消費は増える」

「うわ、キッツい。……ウチが相殺すれば、何とかなるかな?」

「試してみないことには何とも言えんな。確か、耳郎の音は"心音"だったと記憶しているが、それだと"鳴らし続ける"ことはできないのではないか?」

「走ったりしてればそこは平気。んじゃさ……」

 

 意見を交わしながら、少しずつ作戦を組み上げていく2人。

 いよいよ、試験が始まる。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 木々が生い茂る森の中を、駆ける影が2つ。

 

──どこだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 

「ぐあっ」

 

 プレゼントマイクが放つ大音量の声に苦悶の表情を浮かべる耳郎と、既に鼓膜をやられてしまい聴覚を失った優幻だ。

 

「また狐条の壁壊された。音もヤバイから相殺しきれない。……アハハ、手詰まりだねえ」

「普通なら、な。時間もない、そろそろやるか」

「って、聞こえてるの?」

「唇の動きを読んでいるだけだ。音はさっぱり聞こえん。……だというのに、プレゼントマイクの声は全身の骨を伝って聞こえてしまう。凶悪だ」

「ぃよしっ。お互い多分痛いけど、気張って行こう!」

「ああ。幸運を祈る」

 

 声を潜めて最後の確認を終えた2人は、拳を軽く触れて笑う。

 

 試験開始早々に襲い来るプレゼントマイクの"ヴォイス"に、近付くことすら難しいと判断した生徒2人は事前に立てていた作戦のひとつを選択した。

 

──しつけえぇぇぇぇぇぇぇっ!

 

 消耗狙いの持久戦である。

 

 ゲートを背にして待ち構えるプレゼントマイクに、様々な方向から優幻の光弾が襲いかかる。いとも簡単に破壊されるが、延々と。

 更には、耳郎のスピーカーから放たれる音で時折相殺されるせいで精神的にも疲弊させられている。

 

 これは、アーティストのことをよく知る耳郎が発案した作戦を基本としている。ボーカリストをはじめとした人たちが、どれだけ"気を使っているか"を知るからこそ、絶妙な"喉を壊しやすい"使い方をさせることができる。

 

 実際、プレゼントマイクはかなり焦っていた。

 自分の"ヴォイス"でかき消せる耳郎響香と、無効化できる狐条優幻が相手。他の教師陣からも「勝ち筋は残してやれ」と言われるくらいに、相性抜群なハズだった。

 

 ところがどうだ、あの生徒ども。コチラの喉を、個性をブチ壊すなんて作戦をとりやがった。

 こちとらプロヒーロー。苦手ではあっても、個性なしで近接戦闘くらいはできる。ひよっこ未満相手に遅れはとらねえ。

 ……重りが無かったら。

 いくらなんでも、個性もなしにクソ重いもん着けて、体育祭で見せたような光弾の雨に対応できるか!

 

 それが偽りないプレゼントマイクの本心だった。

 ヴィラン相手にやり合った実績を持つ優幻だけでもキツいのに、耳郎もまた面倒なことに近中距離だと厄介だ。両手足以外にイヤホンジャックまで警戒しないといけない。

 

『Yeah!』

 

 考える合間にも、木々の間から光弾が3つ、正面と左右から同時に飛び出して来たそれを、指向性スピーカーのスイッチを切って迎撃する。

 時間差をつけたり、複雑な軌道を描いたりと実に多彩な襲撃。たまに耳郎によって相殺されて撃ち漏らすこともあり、まったく油断ができない。

 

「今年はパねえな」

 

 日本最高峰の雄英ヒーロー科。通う連中は、基本的に優秀だ。

 それにしたって、今年の1年生どもは輪をかけて優秀で、素質があり、そんでもって厄介だ。担任であり友人を思い浮かべて、即座に「コイツのせいで余計に面倒になったんじゃねえか」と脳内で蹴りを入れておく。実物にやると倍返しされるので、頭の中でだけ。

 それでも、彼の口元は愉快そうに笑っていた。

 

 今度は光弾がふたつ、正面から。

 

『甘い──っ! ヘイ耳郎! 読めてるぜええええっ!』

 

 声を出すタイミングに合わせてやって来た耳郎の音を打ち消し、心音ゆえのインターバルの間にもう一度声を放って光弾をかき消してしまう。更に、"ヴォイス"が発射点まで届いたであろうことから、連射される心配もない。

 

『っ! 上かああぁぁぁぁっ!』

 

 視界の端に見えた存在に目敏く気付く。個性なしに空を行くなんていう規格外に気を回さないはずもない。

 顔を上げ、サングラス越しに見つけた人影。光弾を放ちつつこちらへと向かう生徒を迎撃する。

 残念ながら、クリア条件のひとつはゲートを"くぐる"こと。彼や爆豪のように飛べる生徒を想定するのは当然だ。

 

 大音量は物理的な衝撃を伴って、空を走る優幻へと襲いかかる。

 咄嗟に展開した障壁は、水中に入れられた綿飴のように消え去り、減衰することのない空気の振動が、彼の身体を揺らした。

 

「ま、だぁっ!」

 

 衝撃を受けて墜落しながらも、優幻に諦める様子はない。プレゼントマイクが息を吸い込むタイミングに合わせて、術を発動させる。

 たった一発の、光弾。その向かう先は、プレゼントマイク──ではない。

 

「おぉぉりゃあぁぁっ!」

 

 勇ましく走る、耳郎が踏みしめるその大地へと。

 

『さぁせぇるぅかぁぁ──ゴホッ!』

 

 駆けて来る耳郎諸共、優幻の企みを消し飛ばそうとしたところで、酷使した喉に異変が起きる。堪えきれずに咳き込んだせいで、発した声は途切れてしまい。

 短い音は、耳郎によって相殺されてしまう。その結果、光弾は数秒前に彼女が踏みしめた大地へとゆるゆると落ち──炸裂した。

 

「うおわぁぁぁぁっ!」

 

 周囲一帯を吹き飛ばす衝撃波に、叫び声をあげたのは誰だったか。多分、全員だろう。

 3人共が暴風に吹き飛ばされ、グルグルと身体を回す。突然のことに対処しきれなかったプレゼントマイクは土まみれになって転がり。

 

「越えたっ!」

 

 作戦として認識していた耳郎は、素早く立ち上がっていた。

 ゲートを越えた場所で。

 

『狐条、耳郎チーム。条件達成、クリア』

「いよっしゃぁっ!」

 

 アナウンスを聞いた耳郎は、雄々しく拳を突き上げる。

 聞こえないであろう相棒に、作戦成功を知らせる為に、満面の笑みで。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「あーあー。完全に耳イカレてるね。やりすぎだよこのお馬鹿!」

「痛ってえ! カンベンだぜバーさん!」

 

 リカバリーガールの出張保健室。

 完全に聴力を失った優幻と、擦り傷だらけの耳郎が椅子に腰掛ける眼前で、プレゼントマイクが杖でド突かれていた。

 

「つーかよ、耳郎の怪我はほとんど狐条が原因って痛い!」

「試験なんだから気を配れっつってんのさ!」

「ちょ、俺も一応怪我人、痛いって! ヘイコラ狐条! てめえ何とか言いやがれ!」

「すみません先生。今の私、何も聞こえないもので」

「受け答えできてんじゃねーか!」

 

 わーわーバタバタしながらも、しっかりと治癒を施していくあたりリカバリーガールも慣れたものである。

 

「程度の差はあるけど、2人とも鼓膜がやられてる。デカい音は避けるようにしな」

「そこの先生に言ってください。ウチらのそばで一番デカい音出す人なんで」

「ひっでえな!」

「うるさいよ!」

 

 スコンと小気味よい音を頭から奏でたプレゼントマイクは、まだ仕事があるらしく2人に軽く賞賛の言葉を送ると、いそいそと逃げるように去っていった。

 

「アンタたちはどうするね。観戦するも休むも自由だよ」

「私は観戦で。後で映像を見返すのも良いですが、待ちきれませんので」

「ウチは休憩、したいけどモニタールームには行きます。狐条、尻尾貸して」

「なるほど、構わんよ。残る組には悪いが、のんびり見させてもらおうか」

 

 そんな一幕があったとか。

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