「えー、今日が前期最後の訓練になる。林間合宿も控えているので、怪我の無いような訓練に──するワケないのは知っているな」
コスチュームを纏う生徒たちに向かい合うのは、相澤とセメントス、パワーローダー。
そして、1人の女性だった。
「今日の訓練は、ヒーローチームとヴィランチームに分かれての模擬演習だ。状況は"人質をとって立て籠もるヴィラン"への対応となる。……んで、こちらが人質役をやっていただく、事務員の東雲さんだ」
紹介されて会釈する女性に、「よろしくお願いします」の合唱が返る。
「チーム分けはいつも通りクジでやるが、人数がちょいと変則的になる。ヒーローチーム6、ヴィランチーム4だ」
「うげ、ヴィランチーム不利じゃね?」
「クケケ。そうとは限らないぜ。何せ、人質っつう"縛り"があるんだ。行動にゃ制限がかかる。特に、施設破壊常習犯の爆豪、緑谷はなあ」
「チッ」
パワーローダーの名指しによる注意に、爆豪は相変わらず不服そうな表情を浮かべる。
そんな中で、順にチームが決まって行った。
第一戦。
ヒーローチームは、青山、芦戸、麗日、上鳴、耳郎、峰田。
ヴィランチームは、尾白、切島、砂藤、緑谷。
第二戦。
ヒーローチームは、蛙吹、飯田、障子、瀬呂、葉隠、爆豪。
ヴィランチームは、轟、八百万、常闇、そして
「最初のヴィランチーム、詰みじゃね?」
「近接特化タイプばかりだな」
切島と常闇の言葉に誰も反論できず、今回の舞台となるビルへと入っていく4人を見送る二戦目の面々。
「……俺らも作戦考えとくか」
「ええ、人数で圧倒的に不利ですし、向こうには葉隠さんと障子さん。籠城するにはキツい相手ですわ」
「まずは地形の把握だな」
訓練開始までの猶予は20分。クラスメイトの動きも見ておきたいと考える彼らには、今のうちにある程度の作戦を組み上げておく必要があった。
「とは言っても、障子が居る以上は、こちらの居場所は容易く読まれるぞ」
「葉隠に人質救出に動かれたら厄介だが、梅雨ちゃんもな。壁や天井を進める、というのは脅威だ」
「手が足りねえ。……八百万、何かあるか?」
「……ひとつ、思いついたのですが──」
4人共に冷静なヴィランチームは、静かに作戦を練り上げる。
「クソ狐も半分野郎も俺がブチ殺す」
「待ちたまえ爆豪くん! 独断専行はいけない! ここは障子くんの索敵能力や葉隠くんの──」
「待って、飯田ちゃん。私は、爆豪ちゃんの意見に賛成よ」
作戦というより宣言といった爆豪の言葉を肯定したのは、軽く手を上げた蛙吹だった。
「マジか、梅雨ちゃん」
「ええ。ヴィランチームは、常闇ちゃん以外は範囲攻撃ができる人たちよ。まとまって行動する方が危険だと思うの。だからいっそ、皆バラバラに人質救出を目指した方が良いんじゃないかしら」
「なるほど、数の有利を利用するわけか」
「ええ。全員が本命であり、全員が囮になるわ」
「そっか! 誰かが人質助けちゃえばいいもんね! 迎撃に出て来られたら引きつけて、籠もられたら全員で襲撃!」
「加えて、爆豪ちゃんは音も派手で気付かれやすいけれど、戦闘能力の高さを考えれば無視はできないわ。2対1とかになるかもしれないけれど……」
「ハッ、上等だ。どいつもこいつも、まとめてブチ殺すだけだ」
やや物騒な形でヒーローチームの作戦が決まったところで、訓練第一戦目はとても静かに始まった。
「ヒーローチームは潜入か」
「妥当な戦略と言えよう。ヴィランチームは全員がクロスレンジを得意とする以上、接敵は回避したいだろうからな」
轟と常闇の言葉通り、ヒーローチームの面々は物音を立てないように、耳郎が索敵を行いながら慎重に進んでいく。
「……おや、あれは?」
モニターを見つめていた優幻の目に映るのは、妙な動きをするヴィランチーム。正確には、人質の近くで"いつの間にか1人きりに"なっていた尾白が、両手と尻尾で持った鉄パイプを地面や壁に打ち付けている姿だ。
「耳郎さん封じですわね。大きな音で、他の音をかき消してしまうつもりなのでしょう」
「とすると、他は奇襲に行ったか」
「アチラのモニターだ。会敵するぞ」
まずカチあったのは、切島だった。1対6でありながら、臆せず両拳を打ち合わせている。
そして、通信機から情報を得たのだろう。残る3人も一斉に動き出した。
「やはり厳しいな。青山のレーザー、芦戸の酸、上鳴の電撃、耳郎の音。どれも切島の防御が通じん。というか、あの波状攻撃は私も防げんな」
「麗日さんには触れられたらアウト、峰田さんも触れたらアウト。近接のみでは、苦しいですわ」
それぞれの個性ですら不利だというのに、数の上でも圧倒的。そんな中、切島は少なくない傷を負いながらも致命的な攻撃を回避して粘り続けていた。
その甲斐あって、尾白と緑谷が駆けつける。
「これで3対6だが……。形勢は好転せずか」
「……砂藤だ。ええい、無茶苦茶なことを考えるな」
激戦を繰り広げる一角とは別のモニターに、いち早く気付いたのは優幻だった。そして、その狙いにも。どういうことかと問う前に、事態は動く。
糖分を摂取して個性を発動させた砂藤が、床を破壊したのだ。
交戦中の廊下の、真上を。
数々の瓦礫が降り注ぎ、咄嗟に麗日、青山、芦戸が対応するも、その隙を逃すはずもない。
確保証明用のテープが巻かれていき、ヒーローチームは一網打尽となってしまった。
「また盛大にぶっ壊しやがったな」
「……あれ、先生方にまた言われるのでは」
「多分、緑谷の発案だろうしなあ」
「施設破壊常習犯の面目躍如、といったところか」
◆ ◆ ◆
人質救出訓練、第二戦。
八百万発案の作戦は、実に"ヴィランらしくエゲツない"内容だった。
まず、人質を椅子に縛り付け(たように見えるだけで、実際には動けるよう配慮している)、椅子には優幻の呪符をセット。
最悪の場合、人質を消し飛ばすというやり方だ。
ヴィランとしてもわざわざ人質にとるくらいなので、安易に実行はできないが、ヒーローを抑え込むには充分だろう。
なお、優幻のセットした術式は単にスモークを発するだけであり、人質役には説明済みである。
人質救出を防いだ上で、全員が迎撃に出る。轟の氷結による広域攻撃と侵入経路の封鎖、およびヒーローチームの分断を行い、各個撃破していく作戦だった。
その容赦の無さに若干慄きつつも、異論の無い3人はその案に乗った。
想定外、いや、想定以上だったのは。
「く、たばれやあぁっ!」
爆豪勝己。
轟の氷結を破砕し、襲撃をかけた優幻に逆襲した少年だ。
「"耐爆結界"」
「甘えっ!」
咄嗟に展開した結界は、爆破の勢いで加速した爆豪の蹴りに容易く突破されてしまった。
「やっぱりか!てめえの妙な壁、何かに特化させとるから硬いだけだ!」
「まったくもって、厄介だよお前さんは!」
徹底して近接戦闘を仕掛ける爆豪に対して、優幻も自分の肉体を強化して立ち向かう。しかし、センスの塊とまで評される爆豪相手に苦手な格闘戦では、目一杯の強化を施してようやく"やや劣勢"といった有様。
(力押しだけな分、ウエアハウスの方がよっぽど楽だぞ、これは)
爆破で強引な加速を織り混ぜる爆豪を相手に、つい内心で愚痴が溢れる。
状況はかなり悪い。
轟には飯田と瀬呂が向かっていた。強力な個性ゆえに手段が少ないという弱点を突かれているようで、負けはせずとも突破に時間がかかるだろう。
八百万には障子、葉隠が。ただでさえフィジカルの強い障子は強敵だというのに、本気モードになった葉隠の位置を見失わないようにしなければいけない。
そして常闇は、共に演習試験に臨んだ蛙吹。オールラウンダーである蛙吹に接近されると、中距離主体の常闇では分が悪い。
ヴィランチームが乱戦に強いことを認識しているらしく、既に全員が離れた場所に誘導されてしまっている。
つまり、独力で爆豪をなんとかしなければならない。
(それなり規模の術式を使うにはタメが要る。爆豪め、そこも見抜いているな。本当に厄介だが、お前のようなヤツが同じヒーロー志望で、同年代に居るのは幸運だよ。……お前相手に、リスクを取らずに勝てはせんよな)
「なぁに笑っとんじゃコラァ!」
「ここらでひとつ、新技披露といこうかと思ってな」
優幻が左手で取り出した札は、普段の彼が使うものより二回りほど大きい。
さしもの爆豪も警戒して身構え──なかった。
「引っかかるかボケェ!」
「うおっ」
「そうやって隙作んのが目的だろーが! てめえに時間取らせたら、何しやがるかわかったもんじゃねえ!」
「ちいっ! 本当に面倒なヤツめ!」
「てめえが言うんじゃねえわ!」
恐らくA組の全員が頷くであろう言葉と共に、爆炎が襲う。
その瞬間、優幻の口角が上がった。
「仲良くリタイアと行こうか、爆豪!」
手に持つ札に火が燃え移った瞬間、墨で書かれた文字が淡く光ったかと思えば、炎が細長く蛇のように蠢きながら暴れ始めた。
「クソが!」
爆撃を受けて吹き飛び消えるも、それは一時的なもの。すぐに炎は形を取り戻してしまう。
床や壁、天井を焦がしながら暴れる紅蓮の大蛇に、爆豪だけでなく優幻も回避しながら、煤に塗れていく。
「クソ狐ぇっ! 自爆する気か!」
「ふはは! こちとらヴィランだ! 常識なんぞ知ったことか! 諸共に酸欠リタイアコースに進もうじゃないか!」
「──っ! てめえがンなタマかっ!」
火炎が踊る中、爆豪はなおも突き進み優幻に攻撃を仕掛ける。
爆豪が知る
「切り札は通じねえ!」
「まあ、お前ならそうするよな、爆豪」
しかし、優幻にとっても見抜かれることは予測済み。爆豪が、"この程度の思惑"を見過ごすことはない。それほどまでに、優秀な男なのだ。
「発動。"灼熱牢獄"」
周囲をのたうち回っていた炎が、形を変えていく。格子状に、2人を包囲するように。
あっという間に、赤い牢が出来上がる。
「とある人のセリフを丸ごとパクるがな。"切り札は見せるな、見せるならさらに奥の手を持て"、だ。
トリガーに別の炎を必要とする上、強度はその炎に依存するが、何せお前さんの爆炎だ。頑丈な牢屋になってくれたよ。意のままに扱えるので、全方位からの攻撃に注意してくれ」
「チッ! 相変わらず性悪だな、てめえは。……クソムカつくが、今の俺じゃあノーダメクリアってワケにはいかねえ」
ガコンと、修復を終えたばかりの手榴弾を模した爆豪の籠手が音を立てる。
「ひとつ、聞いとくがよお。耐爆結界っつったか。アレ、囲むようにゃ張れねえよなあ?」
「……おいおい。お前さん、まさか……!」
「先に"諸共"なんて言ったのはてめえだぜ。常に爆破を間近で受けてるようなモンの俺と、そうじゃねえてめえ。慣れってのは馬鹿にできねえよなあ。……くたばれやあっ!」
ニトロのような汗を貯め込む機構。これまでの戦闘によって存分に蓄積されたであろう籠手が、炎の檻に投げつけられる。
会話の陰で用意していた術式を、慌てて展開しようとして気付く。
(爆豪、なぜこちらに走って……?)
「ブラフじゃボケ!」
「しまっ──」
優幻が反応するより早く、爆破で加速した速さを上手く利用した拳が突き刺さる。その威力は、一撃で意識を刈り取るに足るものだった。
吹き飛ばされ、優幻が力無く倒れると、燃え盛っていた炎の牢獄は溶けるように消えていく。
「やっぱり、てめえの個性は制御できなきゃ働かねえタイプか。……厄介ってのはこっちのセリフだクソが」
横たわる優幻を見下ろしていた爆豪は、次の標的を目指して踵を返す。
◆ ◆ ◆
「……む」
優幻が目を開くと、まず見えたのは白い天井だった。
視線を巡らせて保健室であることを確認すると、結論を出す。
「負けたか」
「お、狐条起きたか」
漏れた呟きに応えが返り、ベッドの上で身体を起こして声の方へと視線を向ける。
「瀬呂に飯田に轟か」
「もう聞いてくれよ狐条! 足凍らすわ止まったら燃やすわでボロボロよ、俺ら」
「瀬呂に拘束された挙句、飯田にボコられたぞ、こっちは。お互い様だろ」
瀬呂の言葉通りに、飯田ともどもあちこちに煤が着いたり濡れていたりと、中々に無残な状態だ。
対する轟も、治癒しきれなかったらしく各所にガーゼや絆創膏が貼られ、コスチュームも汚れが目立つ。
「記録は見させてもらったが、狐条くんもハードだったようだな」
「俺、爆豪とタイマンとかヤだぜ」
「私だって避けれるなら避けたかったさ。と言うか、やらざるを得ない状況を作ったのはそっちだろうに」
「ヒーローチームは立ち回りが良かったな。何回か八百万の援護に氷を飛ばしたんだが、すぐ邪魔されちまった」
軽く言葉を交わしつつ、4人はリカバリーガールからラムネ菓子を受け取って、保健室を後にする。
更衣室へと向かう道すがらの話は、やはり先程までの訓練だ。
優幻が落ちた後、爆豪の乱入によって常闇が捕らえられ、次いで八百万、轟と敗北したそうだ。
「各個撃破するつもりの私たちが、こうも教科書通りにやられてはなあ」
「八百万の作戦に穴を見つけきれなかった俺たちが悪い。こうならないためのチームだしな」
「俺たちも同じさ。梅雨ちゃんくんの作戦に乗りかかるだけだったからな。反省せねば」
「何かもう、訓練の度に反省しっ放しだわ、俺」
「そこは、伸びしろがあると捉えておけば良かろうさ」
コスチュームからの着替えにも皆慣れたこともあり、話をしながらであってもスムーズに制服へと変わっていく。
そうして更衣室を出た4人を、出迎える人影が1人分。
「八百万くん、何かあったのかい?」
飯田の言葉通り、そこに立っていたのは八百万だった。どことなく、沈んだ面持ちで。
「私、轟さんに一言、謝罪をと」
「……俺に?」
「はい。あの場で、私足を引っ張ってしまいました。何度も援護していただいたのに、お役に立てず……」
「そりゃ違え、謝んなきゃなんねえのは俺の方だ。あの時、俺は八百万に色々押し付けちまってた。あの状況を立て直すには、単純な戦闘能力より八百万の作戦立案能力のが必要だと思って、全部お前に押し付けてた。すまねえ」
頭を下げる八百万に対して、轟もまた謝罪で頭を下げる。そこからは、「いいえ私が」「いや俺が」と謝罪合戦だ。
「……お前さんら、いつまで続けるつもりだ。相澤先生に『非合理的だ』って縛り上げられるぞ」
「ブフッ! 地味に似てる! ……実際、俺らが一番警戒してたのって八百万だしな。仕切り直しさせたら厄介って」
「狐条くんも厄介ではあるのだが、こと指揮官としての役割であれば、八百万くんが最も適任、というのが、葉隠くんと梅雨ちゃんくんの見解だ。俺たちも、それに納得した」
「体育祭の件で、私は爆豪に目をつけられていたからなあ。ヤツと真正面からのド突き合いとなれば、余計なことなどする余裕は無い。轟と常闇は戦闘能力こそ高いが、起死回生の妙手を組み上げる可能性は低い。……そんな所か」
「すげーな。俺らの作戦会議まんまだわ」
側にいた3人の言葉に、ようやく謝罪連鎖が止まった。
「私が……?」
「体育祭の時にも言ったがな。君が思う以上に、手強いのさ。八百万はな」
「だからこそ、俺らもただ作戦に乗っかるだけになっちまった。チームになってなかった。敗因はそこだろ」
「オールマイトの最初の授業の時、私たちと組んだ尾白と障子が言われていたことを、私たちが出来ていなかったわけだな」
「確かにな。"人の振り見て我が振り直せ"ってやつか」
「はっはっは、違いない」
かけられる言葉が、彼らの偽りない本心だとわかる。だからこそ、八百万は自分が"背負いすぎていた"ことにも気付けた。轟の言う通り、チームなのだ。期末演習で彼がしたように、自分も問うべきだったのだ。「これで良いか」と。
「……私もまだまだ、反省点が多いですわ。ですが皆さん、お覚悟を。次はぐうの音も出ないような作戦を組みますので!」
「……おう」
吹っ切れた笑みを見せて宣言する八百万の姿に、誰もが受けて立たんと笑う。