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「携帯は圏外だ。情報関係は全て遮断されてる」
「エレベーターも反応無いよ」
突然の緊急事態を告げる放送に、それぞれが対応を試みるが芳しくはなく。
「レセプション会場へ行こう、みんな。実は、オールマイトが来てるんだ」
緑谷の言葉に、ある者は安堵して。
しかし、彼らが見た光景は、心胆を寒からしめるに足るもの。
銃を構える覆面の男たちに、拘束されたヒーローたち。そして、怯えた様子の人々。
偵察に動いた緑谷と耳郎が暗い表情で帰還し、非常階段の踊り場へと移動した段階で、全員が嫌な予想を脳裏に描いていた。
「……オールマイトからの伝言は。……ヴィランが警備システムを占拠し、I・アイランドに居る全員を人質にしている、ってことだったよ。そして、"危険すぎる、逃げなさい"とも言ってた」
「……俺は、雄英教師であるオールマイトの言葉に従い、ここを脱出することを提案する」
「私も、飯田さんと同じ意見ですわ。我々はまだ、資格を持たない学生です」
A組の委員長、副委員長は、共に離脱を提案。この意見には、上鳴も「外のプロヒーローに状況を伝えるべきじゃねーか?」と賛成する。
「現実的ではない、と私は推測するがな。このタワーの防衛設備は、外部からの侵入を阻むもの。それはすなわち、出ることも儘ならんと考えられる。メリッサさん、違いますか?」
「……
「ウェッ!? それじゃ、救けが来るまで大人しく待つしかねーか……」
そんな言葉に反応したのは、耳郎だった。思わずといった様子で立ち上がり、声を上げる。
「上鳴、それでいいわけ? 救けに行こうとか思わないの?」
「お、おいおい、オールマイトまでヴィランに捕まってんだぞ……! オイラたちだけで救けに行くなんて、無理すぎだっての!」
峰田の言葉に、誰もが状況の悪さを認識するが故に表情を暗くしてしまう。
「……俺らはヒーローを目指してる」
重苦しい沈黙を破ったのは、己の手を見つめる轟だ。
「ですから! 私たちはまだヒーロー活動は──」
「だからって、何もしねえで良いのか……?」
その呟きは、ヒーローを志す皆の心に突き刺さる。苦境に立つ人々を救けることこそがその本懐。黙って見過ごすような真似に、心苦しく思わないはずもない。
「……救けたい……!」
緑谷の言葉は、誰もが心の底で願うことだった。しかし、現実問題として戦えない。
「緑谷オメー、USJで懲りてねーのかよ! ヴィランと戦うなんて無茶だぜ!」
「違うんだ、峰田くん。考えてるんだ。ヴィランと戦わずに、皆を救ける方法を」
「緑谷……。酷なこと言うけど、そんな都合の良い方法なんて……」
「尾白くんの言う通りかもしれない。でも、ヒーローが"綺麗事"を諦めちゃいけないと思うんだ」
どこまでも真っ直ぐな緑谷の言葉に、誰もが息を呑む。確かに、絵空事かもしれない。理想ばかりを追い求める甘い考えかもしれない。それでも、彼の言葉には確かに、ヒーローを志す皆の願いがあった。
「……あるかも知れない」
ポツリと呟いたメリッサに、注目が集まる。
「警備システムの制御ルームは、このタワーの最上階にあるわ。ヴィランがシステムを乗っ取ったのなら、セキュリティは解除されているはず。私たちでも、操作することは可能だと思うわ」
「ですが、ヴィランもそこは警戒しているはず。当然、警備も厳重では?」
「……逆説的に、連中の警備を掻い潜ることができれば──」
「プロヒーローが、オールマイトが動けるようになる!状況は一気に好転する!」
八百万の懸念も尤もではあるのだが、
「やろう、デクくん! このまま何もしないなんて、ヒーローになるならない以前の問題だと思う!」
「麗日さん……! うん、やろう! 人として当たり前のことを、出来ることを!」
誰かを救けるために、自分たちに出来ることがある。そうなれば、止まることなどない。それが、彼らだ。
「緑谷、麗日。その話、私にも噛ませてもらおう」
「俺も行くぞ、緑谷」
「ウチも。このままってのはね」
「狐条くん、轟くん!」
「響香ちゃんも!」
僅かでも光明があるならば、飛び込んでしまう。突き進んでしまう。
「……極力、戦闘を避ける。その原則を遵守すると言うのなら、俺も行こう」
「ええ、私も。我々の安全を最優先に、それが、今の私たちにできる最善ですわ」
「勝ち目があるんなら、やるっきゃねえよな!」
「ああ! 都合の良い話を形に出来るなら、その方がいいさ」
「飯田くん! 八百万さん!」
「上鳴くん、尾白くん!」
不敵に、そして希望を持って、彼らの顔に笑みが浮かぶ。
「あー! もう! わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
「峰田くん!」
約1名、涙を溢れさせているが。それでも、ここで退くという選択は採らない。
候補生ながらも、その心根はプロヒーローと比べても遜色ない。そのことが嬉しくて、つい、メリッサの口元に笑みが浮かぶ。
「メリッサさんは、ここで待っていてください」
「いいえ、デクくん。私も行くわ。……この中に、制御システムの設定変更が出来る人は居る?」
「あっ……。え、えーと、こういう時は、八百万さん?」
「無茶を言わないでください、緑谷さん。流石にI・アイランドの警備システムなど、さっぱりです。狐条さんならどうにかできるのでは?」
「すまんが、私もさっぱりだ。そもそも、ハイテクとやらはよくわからんのだ」
「ジイさんみてえ」
峰田、本日2度目の不用意な発言による制裁。弛まず続けられた筋トレのおかげで、優幻の筋力は細身の割に高い。それを存分に発揮したアイアンクローによって、不気味なうめき声を上げるしか出来なくなる。
「……私は、アカデミーの学生よ。システムの変更も大丈夫」
「メリッサさん……。──はいっ!よろしくお願いします!」
こうして、I・アイランド限定チームが結成された。
◆ ◆ ◆
I・アイランドが誇る、知識と技術の結晶。それが、レセプションパーティーの会場でもあり、今夜起きる激動の舞台であった。
「私たちの究極的な目標は、メリッサさんを最上階の制御ルームへお連れすることだ。あえて乱暴に言うが、"たとえ誰かが脱落しても"な」
非常階段を登りながら、優幻が告げた言葉に誰もが驚いてしまう。
「仲間を見捨てろと言うのか、狐条くん!」
「目的を見失うな、と言っているのだ。場合によっては、ヴィランの足止めや囮として別行動することも視野に入れる必要がある。いざという時に狼狽えてしまえば、全員が危うくなる」
「なるほどな。想定しておけば、実際にそうなったとしても慌てずに済むってことか」
「メリッサさんの護衛としては、小回りの効く緑谷と尾白が最有力。次点で飯田だが、"上を目指す"という状況だからこそ麗日と、索敵能力の高い耳郎の方が優先度は高い。言ってしまえば、それ以外は全員、いざという時には別れても構わん」
徹底してドライな物言いではあるものの、優幻の言葉には納得できてしまう部分も多く、反論は起きなかった。
「……ただ、我々の勝利条件には"全員無事で"という条件も含まれている。"決死の覚悟"なぞ、ゴミ箱に放り込めば良い。必要なのは、"生き残る覚悟"だ」
「当然っしょ! プロにもなってねーのにさ!」
「上鳴と轟は周囲を巻き込みかねんので、別働隊の最有力だがな」
「マジでか!? ……まー、でもそうだよなー」
「私と狐条さんも、でしょうか」
「そうなる。が、戦力の分散など避けるに越したことはないので、あくまで状況次第だな」
いくつもの事態を想定し、備える。たった数ヶ月とはいえ雄英高校で鍛えられた彼らは、元より持っていた高いポテンシャルをしっかりと伸ばしていた。
「はひ、き、きつい……」
「峰田はもうちょっと体力つけた方がいいんじゃないか?」
「うるへー……。尾白に心配されるとか、オイラまで地味になるだろーが……」
「うん、話す余裕があるなら大丈夫だな。キリキリ走れ止まったらぶっ飛ばす」
「ひい!」
尾白がその尻尾で床を打ち鳴らすと、峰田の脳裏につい最近の期末試験、色々とギリギリなミッドナイトを想起してしまい、思わず背筋が伸びてしまっていた。
「ハァ、ハァ……。凄いわね、皆。余裕ある」
「メリッサさん、大丈夫ですか? ウチの個性使いましょうか?」
「なんでしたら、こちらにソファもございますが」
この中で唯一、明確に鍛えていないメリッサが、やはりと言うか少し遅れてしまう。研究生活がメインでありながら、数十階も階段で駆け登っておいて話せる辺り、驚異的であるのだが。
すぐ前を行く麗日と、殿として最後尾を進む優幻が息のあがった彼女を気遣って声をかけた。
「狐条くんの尻尾は触ってみたいけど、全部終わってからにしましょう。今は、2人共温存しておいて!」
疲れを感じさせない笑顔で、力の籠もった声と共に、メリッサはヒールサンダルを脱ぎ捨てて裸足のまま駆け出していく。
なお、放り投げられた靴は優幻が隅に揃え、「後で取りに来ます」というメモを残していたりする。微妙に細かい。
そんなことをしている内、優幻の常人より少しばかり鋭い聴覚が、上から騒がしい声を拾い、急いで向かう。
「どうした」
「ああ、狐条。上への道が塞がれちゃっててさ」
「こんのバカ峰田。ドア開けりゃセキュリティに引っかかるっつの!」
「ああ、なるほど。把握した。耳郎、あまり言ってやるな。どっちにしろバレるだろうし、回避するには時間をかけねばならん。見つからずに済む方法があるという保障も無い。割り切って行こう」
「ポジティブかよ」
階段の先はシャッターが。そして、開かれた扉と倒れて痙攣する峰田。憤慨した様子の耳郎と、苦笑いの尾白。
普段を知るからこそ、あっさりと状況は伝わった。
「狐条くんの言う通り、今の状況で出来ることをしよう。この場に留まるのは危険だ、行くぞ!」
思い切りの良い飯田に先導され、全員が駆け出していく。
タワー80階、既に一般人が立ち入る領域ではない。無機質な廊下を、ひたすらに駆けていく。
「狐条!」
「応さ」
時折見かける監視カメラは、素早く耳郎が見つけてイヤホンジャックで方向を示し、優幻が速乾セメントで固めて塞いでしまう。索敵役を担うケースの多い耳郎は、視野を広く持つことに優れており、優幻の遠距離攻撃なら足を止める必要がない。
「メリッサさん! 他に上へ行く道は!?」
「タワーの反対側に、同じ構造の階段があったはず!」
「同じってことは、そっちも塞がれてるかもしんねえぞ!? どーする!?」
「そん時ゃ、しょうがねえ。壊す」
「わお、轟くん大胆」
「気色悪いぞ狐条。……?」
ふと、何かを感じ取った轟が足を止める。その原因は、すぐに皆が気付くことになる。
「隔壁が!」
「後ろも! どーする!?」
廊下の各所で、重厚な金属扉が道を塞いでいく。
「──轟くん!」
「ああ!」
目敏く、内部へと通じる扉を見つけた飯田が駆け出すと同時、轟が氷を作り出して目の前の隔壁が閉じぬよう間に噛ませる。
個性を発動させた飯田が、残る隙間から飛び込み、加速して発生させた運動エネルギーを乗せた蹴りを放てば、轟音と同時に扉が破壊される。
「皆! この中を突っ切ろう!」
「随分と大胆なノックだな」
「こんなノック嫌やわ」
下からも隔壁がせり上がる都合上、飛び越えられない者を優幻と麗日がサポートして合流する。
「しかし、音が聞こえませんでした、などという言い訳の出来ん完璧なノックではないか?」
「いやー、扉ごと無くなってしもたら、ノックの意味無いんと違うかな」
「何で漫才始めてるんだ君ら」
「「ナイスツッコミ」」
「仲良しか」
呆れた表情の尾白に、揃ってサムズアップで応える優幻と麗日であったが、その足を止めることはない。
「ここって……」
「植物プラントよ。個性の影響を受けた植物の研究をしてるの」
「──止まって!」
異変にいち早く気付き、声を上げたのはやはりというか耳郎だ。
「あれ、エレベーターだよね。昇って来てる!」
「隠れてやり過ごそう!」
緑谷の提案に皆が同意し、すぐ近くの茂みに隠れる。
遂に、ヴィランと遭遇してしまう。
◆ ◆ ◆
茂みの中で身を潜め、息を殺して機を伺う彼らに、信じがたい声が聞こえた。
「あぁん? 今何つった?」
ヴィランの「クソガキ」にしっかりと反応した爆豪の声。不遜極まる言い方も相まって、馴染みある者たちが声の主に気付かないはずもない。
更に続けられる切島の「道に迷った」発言に、思わず峰田の「何で80階まで来てんだよ」というツッコミが入ってしまった。
そうして茂みの中から事態の推移を見守っていた者たちの目に、2人組のうち背の高い方のヴィランが腕を動かすのが映る。
「まずい──」
「切島っ!」
咄嗟に、優幻の発動した結界が狙われた切島の眼前に展開され、轟が作り出した氷がヴィラン2人を丸ごと閉じ込める。
「この個性はっ!?」
「轟!? 狐条も!」
名前を呼ばれた2人は、アイコンタクトですぐさま合図を送り、動き出す。
「固まれ! ──轟、ここは頼む!」
「ああ! お前らは先に行け! こっち片付けたらすぐに追う!」
氷の柱が作り出され、優幻の呼びかけに反応してメリッサを中心に周囲を固めていた者たちが、プラント上部を走る通路へと送り出されていく。
「轟さん!」
「連中の対応が早え! 頼んだ!」
「──はいっ!」
既にヴィランが居た方向を睨む轟に背を向け、皆が走りだす。
「爆豪と切島が居たのは嬉しい誤算だ。共に戦闘能力が高い」
「欲を言えば、切島くんには護衛に回ってもらいたかったけど」
「いかん! コチラも塞がれているぞ!」
機動力で群を抜く飯田が廊下に飛び出して見た光景は、隔壁によって塞がれたもの。これでは、進むことができない。
「マジかよ! ここまでか!?」
「……いっそ戻るか? ヴィラン倒して、あのエレベーター使うとか。それか、隔壁壊すか」
「落ち着け、上鳴、尾白。かかりきりになれば、増援を呼ばれる可能性がある。私たちの目的上、一網打尽になる事態は避けねばならん」
「……っ! メリッサさん、あれ、扉みたいなのがありませんか!?」
緑谷が見つけたのは、はるか上方。数階分ぶち抜きで作られた植物プラントの天井の隅にある、小さなものだ。
「メンテナンス用のハッチだわ。梯子があったはずだけど、上からでないと開かないはずよ」
「あれは確か、頑丈さが売りのケンソー社の製品だな。私だけでは壊せんが、爆弾でも作って破るか?」
「……いえ、梯子が壊れては意味がありません。それに、別のルートがありますわ」
ドレスの胸元から、創造した道具を取り出した八百万が廊下側の天井へと投げる。創り出された小型の爆弾は、小さな爆炎と共に、ある一点に穴を開けた。
「通風口! そこから外に出るのか!」
「……そうか、狐条くんなら体育祭の時みたいに狐に変身すれば隙間を通れる。外に出ても空中を行けるし、上の階の通風口をこじ開けるパワーを出せる!」
「まあ、狐に化けると空は飛べんのだがな。何とかしてみせるとしよう。……と言うわけで尾白、ちょっと尻尾でぶっ飛ばしてくれ」
ぽん、と音を立てて煙があがり、すぐに晴れればそこには1匹の狐。尻尾が9本ある以外は、ごく普通の。
軽やかに跳び、尾白の尻尾に乗る。
「間違えて天井にぶつけんでくれよ」
「わかってる、よっ!」
鍛えられた尾白によって放り上げられ、軽々と天井まで到達する。穴の中に頭を突っ込み、両前足を引っ掛けて。
「ぬお、いかん滑る」
プラプラとした後ろ足を暴れさせ、少しばかり苦戦した後にようやく登りきる。
「あかん、何今の。可愛い」
「ブフッ、あの、あの狐条が、足バタつかせて登るとか……。ヤバい、ツボに……!」
「……仲間のことをこう言うのもなんだが、彼はとことんマスコット的な立ち位置は向いていないな」
「普段黙ってる分には絵になるんだけどね。なんて言えばいいんだろうか、あのキャラクター」
性格を知るクラスメイトの微妙な視線と、何やら感激したようなメリッサの視線を受けて。
◆ ◆ ◆
「おおかた、そんな話になっているとは予想したがなあ」
素早く上階から梯子を下ろした優幻が、合流後に仲間たちからの評価を聞かされ、漏らした感想である。
「でも、とってもキュートだったわ! ぬいぐるみにしたら売れそうね!」
「メリッサさんだけが味方です」
「いえ、狐条さんの性格を知ればそういった考えは消え去るかと」
「酷いな八百万」
「狐条だからね」
「狐条だもんな」
「すまない狐条くん、俺も擁護できない」
「覚えてろ貴様ら」
しっかりと復讐してやろうという優幻の思惑を残したまま、歩を進めていく。