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「何か100階超えてからスムーズじゃね? 道塞がってねーし」
「こっちのこと、見失ったとか?」
130階の廊下を走る中、上鳴と麗日の言葉は、前を走る者たちによってすぐに否定されてしまう。
「おそらく、違いますわ。これは意図的なものでしょう」
「ああ、誘い込まれているな」
「それでも、行くしかないんだ。上へ登るためには、向こうの誘いに乗る……!」
決意の混じる緑谷の言葉に後押しされ、皆が足を進める。
メリッサの話では、この階にあるのは"実験場"だ。その性質から最新技術の宝庫であり、警備ロボットの数は一際多い。
「やはり、手を打たれているか……」
「閉じ込める動きから、捕まえる方にシフトしてる。多分、僕たちが雄英生だとバレたんだ」
小さな窓から覗き込む飯田と緑谷の目には、実験場内にひしめく警備ロボットの群れ。
「やはりここは、プランAで行こう。上鳴くん、尾白くん、頼む!」
「おっしゃ、俺もやるぜ!頼む尾白!」
八百万が絶縁シートを作り出すのを確認し、上鳴が尾白の尻尾に足をかけ、振るわれる動きに合わせて飛ぶ。
「いくぜ無差別放電!130万ボルトォ!」
当初の案には飯田が上鳴を投げ飛ばす方法が本人から提示されたが、燃料を必要とする"エンジン"に補給の目処が立たないこともあり、尾白が射出役となった。
細身である上鳴は軽々と宙を行き、ロボットが群がる中心へ降り立つと個性を発動する。
辺りを電光が彩る中、機械の弱点とも言える膨大な電力を浴びせられることとなった警備ロボットは、影響を受ける部分を隠すべく外装を閉じて、守る姿勢へと変じてしまった。
「
警備を担う役割上、弱点をそのままにする筈もない。そう予測した
「行くぞ峰田」
「ドチクショー!やってやらあ!」
体育祭同様に上鳴の電撃を受けないように術式を発動した優幻が、小柄な峰田を抱えて突撃する。
抱えられたままという不安定な体勢でありながらも投じられる"もぎもき"は、狙い違わず警備ロボットの外装の継ぎ目へ当たって開かないようにした挙げ句、優幻や上鳴が蹴り倒すことで別のロボットや床と接着されてしまう。
「よし、通路の安全を確保!八百万くん!」
「準備完了ですわ!」
更に、通路から離れた個体に向けて、八百万謹製のチャフグレネードが投じられる。
小さな爆発で作戦が第二段階に至ったことを知った上鳴は放電を止めた。
「耳郎くん!」
「右側!」
実験場から外の廊下へ通じる扉は4つ。そのうちの1つを、周囲の音を聞き分けて索敵した耳郎のイヤホンジャックが示す。
閉じられた重厚感のある扉へ向けて、尾白の尻尾が再度、足をかけた人間を飛ばす。
「30%……」
その右手を、メリッサが作った赤いガントレットで覆う、緑谷を。
実験場の扉は、万が一に備えて他のそれよりも頑丈に作られている。だから、瞬間的な火力で言えばこの場で最も高く、メリッサの作ったアイテムによって怪我の心配なく放てる彼が、全力ならば複数階のセメントをブチ抜ける緑谷が、力をこめて。
「SMASH!」
振るわれた拳に押されるように、重々しい扉が吹き飛んでいく。
「今だ!」
飯田の言葉を皮切りに、全員が駆け抜けていく。置き土産とばかりにチャフグレネードを撒き散らしながら。
そして全員が駆け抜けた所で、歪んだ扉が飯田と尾白によって元の位置に立てかけられ、峰田によってくっつけられて壁へと変わる。
「見たかオイラの活躍!」
「待て待て、俺がロボを止めたからこそだろ!」
「お前さんら、"皆の勝利"ってのは無いのか」
「わー、狐条くんが一番ヒーローっぽいコメントやね」
「皆、止まっている場合ではない! 行くぞ!」
その言葉に、人心地ついて足を止めてしまった皆が再起動を果たした。
「つかオイ狐条、いつまで抱えてんだよ」
「おお、すまん。軽すぎてつい」
「男相手に触れ合っても楽しくも何ともねー」
「ホントにブレんな、お前さんは」
ようやく床を踏みしめた峰田は、感触を確かめるように足踏みを何度か。その間に発せられた言葉に、優幻は苦笑いするしかできない。
「狐条くん、峰田くん!」
「おー、今行──」
「いかん、峰田!」
先を行く緑谷の声に応えて歩み出した峰田を強引に優幻が引っ張った、次の瞬間。先程まで峰田が居た空間を、床と天井から現れた隔壁が押し潰す。
「なっ、なんじゃこりゃー!」
「……すまん、突き飛ばして向こうにやるべきだったか。ミスったな」
「助けられてそこまで贅沢言わねーよ! ありがとな! でも怖え!」
「おお。とりあえず落ち着け」
「無理言うなっつの! 心臓バックバクだわ!」
「しかしな、お客さんだ」
優幻が視線を向けた先、閉じた隔壁とは反対側の廊下。そこには、大量の警備ロボット、そして、彼らが80階で見かけたヴィランと同様の格好をした、女性が1人。
「……マジか! 音聞いたんじゃないのかよ!」
「だから落ち着けと言うに。体育祭のこともある。こちらが雄英生と知られている以上、音を隠す手を採るのも頷けることだ。……耳郎ならこちらの声を聞いているか。私と峰田はここに残らざるを得ん。先に行け」
「やっべぇあのヴィラン色っぺえ」
「お前さんは本当にブレないなあ。……残念だが峰田。あれ、何らかの偽装だ」
妖艶に笑うグラマラスな女性であるのだが、それが作りものであることは、一目で優幻が見抜いてしまう。
「おや、子供だと思ったら存外……。なかなか良い目をしているねえ」
声が聞こえた。しわがれた、老婆の声。しかし、ヴィランの動きを見逃すまいとしていた2人の目は、眼前の女性が口を"開いていない"ことを捉えている。
「何の個性かわからんな。峰田、ロボットの方を頼む。動きを止めてくれ」
「逃げらんねえか?」
「逃げられんなあ」
口調はいつもと変わらないが、その目は力強い。臆病な言葉を発する峰田も、そこは変わらない。
◆ ◆ ◆
「峰田くん!狐条くん!」
閉ざされた隔壁の向こう。分断された壁に向けて緑谷が叫ぶが、返答は無い。
「どうする、ブチ破るか!?」
「尾白、ちょい待ち。狐条ならウチが聞いてる前提でメッセージ出すかもしんない」
壁に縋りついてしまった面々の合間に耳郎が割り込み、イヤホンジャックを打ち込む。
「……ん、先に行けってさ。派手に暴れて囮になるつもりらしいよ」
「……。俺たちは先へ進もう。警備システムを取り戻すことが、彼らや轟くんたちへの援護に繋がる」
壁の向こうからのメッセージを受け取った飯田の決断に、異を唱える者はいない。自分たちがすべき事がわかっている。
だから、彼らは駆け出す。
◆ ◆ ◆
138階、サーバールーム。整然と並ぶ機械群の中を走る一団には、流石に疲労の色が現れていた。
各所で"創造"の個性を使い続けた八百万と、130階で保有する電力の大半を消費した上鳴。常に索敵のため周囲を探り続ける耳郎に、随所でサポートし続けた尾白。他の者も消耗しているのだが、特にこの4人が度合いは大きい。
そのことに気付いた飯田は、比較的元気な自分が矢面に立たんと、脚力を活かして先頭を走る。そんな彼の目に、不気味な光が写った。
「いかん、止まれ!」
この日何度となく見てきた警備ロボットが、通路の奥から、道を塞ぐほどの数で。
「マズいわ、ここのサーバーが落ちたら、警備システムにも影響が出るかもしれない……!」
「……緑谷くん、メリッサさんを連れて別ルートを探してくれ! ことここに至っては、大勢での隠密行動よりも、少数での電撃戦を採るべきと考える」
既にヴィランには、音を使っての索敵はバレていると考えて良いだろう。その結果が130階での分断に繫がった。
しかし、考えようによってはチャンスでもある。80階に居る轟と爆豪は、戦闘能力も高く派手で目を引くし、切島も対人戦闘は得意。ともすれば、既にヴィランを撃破してこちらを追いかけている可能性すらある。
130階は拘束力の高い峰田に加えて、目を引く要素に事欠かないあの男が居る。耳郎からの情報によれば、ヴィランが1名居たらしいが、間違いなく大立ち回りを演じることになるだろう。
ヴィランが全部で何人居るのかはわからないが、それでもさほど多くは無いだろう。緑谷の言葉が確かなら、わざわざパーティー会場の人員を80階に送り込んだのだ。数が居るなら、上から人を寄越すはず。
ならば、更にここに目を引きつける。本命は少数で隙をつき、セキュリティの解除に向かう。それが、飯田の考えだった。
「機動力なら飯田くんの方が──」
「俺は狐条くんの分析を信じる! 君の方が適任だ!」
閉所での立ち回り、瞬間的なパワー。優幻が護衛役にと優先して挙げた緑谷は、飯田自身が信頼する仲間でもある。彼の機転、発想は、クラスの中でもトップクラスだ。
「……っ! お願い、お茶子さんも来て!」
飯田の言葉を受け、違う道筋を思い立ったのは、やはりと言うかこのタワーの構造に詳しいメリッサ。その彼女が指名したのは、麗日。
「でも」
「行ってくれ、麗日くん!」
この場に仲間を残すことに迷う様子を見せた麗日だが、飯田の声に押されて決意を固める。
「っ!マズい、後ろも!」
耳郎の警告に視線を向ければ、彼らが入って来た側にも多数のロボットの姿があった。
「飯田そっち任せた! いくぜ無差別放電──」
「バカッ! アンタの個性はヤバい!」
「──なんつってキャンセルゥー!」
パチパチとスパークさせながら突撃して来る人物に対して、警備ロボットが防御姿勢へと移った所で上鳴は放電を止める。
「やっぱ防御するよなぁっ! でもよ、そうすりゃ動けねーだろ! 行けって緑谷、麗日! 今の俺は時間稼ぎしかできねーぞ!」
「凄いよ、上鳴くん! ありがとう!」
断続的に放電と停止を繰り返すことで警備ロボットの動きを止める間に、緑谷と麗日、そしてメリッサはサーバールームを抜け、走り去っていく。
「か、上鳴が頭脳プレー……? ヤバい、実はこれ、世界崩壊の予兆なんじゃないの?」
「ひでーな耳郎!」
「中身別人とか?」
「何だと! おのれヴィラン、よくも上鳴くんを!」
「やめろよ尾白! 飯田信じちゃってんじゃん!」
「締まりませんわ……」
呆れた声で呟きながらも、八百万は大砲を作り出すと砲手を耳郎に委ね、砲弾作りを始める。
「あーもー! とにかく、俺あんま長持ちしねーかんな!」
後方からの襲撃を止める上鳴。遠距離からの援護を八百万と耳郎。そして最前線で暴れる役割が、飯田と尾白。
あっという間に分担し、ある者は不敵に笑い、またある者は表情を引き締める。
「ともかく、我々の役目を果たそう! 行くぞA組!」
「「おうっ!」」
囮役たちの奮戦が始まる。
◆ ◆ ◆
「デクくん、止まっちゃダメだ! 私たちまで捕まったら、皆の頑張りが無駄になる!」
背後からの轟音に思わず足を止めてしまった緑谷に、麗日の激が飛ぶ。
「……っ! そうだね、ありがとう、麗日さん!」
緑谷とて、理屈ではわかっている。それに、仲間たちの誰もが尊敬するヒーロー候補生。自分より上位に位置していると彼自身は感じている者たちばかりだ。
ただ、だからといって心配が無いわけではない。彼らならば大丈夫と信じているけれど、溢れてくる想いは別物だ。そんな、ともすれば後ろ向きとも言えかねない心が、麗日の叱咤によって吹き飛ばされる。
そうして、彼らが辿り着いた場所は、外。地上約140階、満天の星空を"正面"に見られるという、普通ではない場所。
「ここって……?」
「風力発電プラントよ。あそこに、中へ通じる扉があるの」
メリッサが指し示すのは、十数階分上がった所にある壁面。小さく見えづらいが、非常用のライトに照らされて、確かに扉があった。
「お茶子さんの個性なら、あそこまで行けるわ。……お願い」
そう告げる彼女の身体が小さく震えていることに、麗日は気付く。
当然だ、怖くないワケがない。短いながらも訓練を積み、実際のヴィランと対峙した自分たちですら、恐怖心はある。
年上といっても、ほんの僅か。アカデミーに所属する、研究者であり学生。荒事への耐性など望めるはずもない経歴。恐怖して当然だ。
今日会ったばかりの人物。しかし、目の前の女性は。メリッサ・シールドは。恐怖を抱えてなお、誰かの為に行動しようとしている。
ならば、彼女は"仲間"だ。その心意気に応えるのが、麗日お茶子だ。
「──わかりました! メリッサさん、デクくんに掴まって!」
「はいっ!」
緑谷がメリッサを背負う格好になったところを、麗日の五指が触れる。2人の身体が重力から解き放たれたことを確認し、そのまま持ち上げて直上へと放った。
後は、目標箇所に到達した際に解除するのみ。己の役割を全うすべく彼らの行方を視線で追いかけている時、不意に音が聞こえた。
扉が、開かれた音。
「っ!」
振り返った麗日の視界には、こんな時に見たくもない姿。今日何度目かに見る、警備ロボットが居た。
「麗日さん!」
「個性を解除して逃げて!」
頭上から、2人の叫び声が聞こえた。警備ロボット共はこちらへ向かって来ている。
「できひん! ここで私が逃げてもうたら、皆を救けられんくなる!」
震えそうになる身体を、自分の声で抑えつける。
諦めない。緑谷出久は、こんな状況でも決して諦めない。
(どうしようもなくピンチで、それでも立ち向かわなアカン時。"自分は強い"と思い込め!)
思い出したのは、放課後の教室で話していた時の言葉。雑談から9本尻尾のクラスメイトが言っていた言葉だ。
「かかって来いやあぁっ!」
乙女らしからぬ台詞のチョイスだと自分でも思うけれど、それでも確かに、奮い立った。
飛びかかるロボットたちに、目を逸らさず構える。不格好でも構うものか、喰らいついてやると笑みすら浮かべて。
「お茶子さん!」
悲痛な叫び。距離はまだ、さほど離れていない。まだ"無重力"は解除できない。
「──死ねえぇっ!」
僅か数メートルまで迫った警備ロボットが、突然の爆発に飲み込まれていく。
その現象、そしてその物騒極まる掛け声。
「爆豪くん!?」
「ハッ、随分と男らしい雄叫びじゃねえか丸顔」
「格好良く来たんやから、台詞もこだわって。やり直し」
「余裕かコラ吹っ飛ばすぞ!」
「まあ爆豪くんやし、しゃーないか」
「ンだコラ!」
爆豪を見るとついイジってしまうのは、多分あのイタズラ好きな狐のせい。きっとそう、と心の中で責任転嫁を果たしつつも、麗日は邪魔にならない位置まで後退する。爆豪の攻撃は、轟ほどではなくとも影響範囲が広い。彼が存分に暴れるなら、近くに居られるのは耐えられる切島か、防げる優幻くらいだ。
「麗日、無事か!」
「轟くん、切島くん!」
やや遅れて、こちらへ駆け寄る2人。轟が麗日の前に立ち、それを見てとった切島が、両腕を硬化させて暴れ回る爆豪の元へと急ぐ。
「今、デクくんとメリッサさんが上に!」
「わかった。──爆豪、切島! ここで食い止めるぞ!」
「俺に! 命令すんじゃねえ!」
「でもコンビネーションは良いんだよな!」
「誰がだ殺すぞクソ髪コラァッ!」
轟の氷結が複数機を飲み込み、討ち漏らしを的確に爆豪と切島が潰していく。
コンビネーションと呼ぶよりは、"敵は残らずブッ殺す"な感じやなあ、と麗日は思うが、さすがに声には出さない。戦闘能力高い組が現れて安心した部分もあるが、自分の役目は終わっていないのだから。
しかし、彼らはひとつ失念していた。
風力発電の設備が置かれる場所は、"風が吹くことが期待される場所"であることを。
「きゃああああっ!」
夜空に響く、女性の悲鳴。突風によって流されつつある、宙を行く2人の人影。
咄嗟に、轟が駆け出し、同時に爆豪が飛ぶ。
「爆豪! プロペラを緑谷に向けろ!」
「だから! 俺に命令すんじゃねえ!」
爆豪の一撃は、完璧だった。たった1回の爆破で、プロペラは目的の方向へと向く。センスの塊と評されるのも頷ける。
上着を脱ぎ捨てた轟は、その結果に驚くことはない。粗野だヤンキーだ下水道だと言われるヤツだが、その実力に疑いは無い。"爆豪ならやるだろう"としか思えなかった。
轟の左腕から、炎が奔る。熱風が起き、プロペラが高速で回転する。自身の個性、その半分に対して思うところは多々あるが、友人を救けるためならば、些末事だ。
こうも見事に2人が動けたのは、切島の存在が大きい。
轟は思い出す。体育祭であの時、真っ先に自分へ声援を飛ばした声を。
爆豪は思い返す。暑苦しくてうっとおしい、どこまでも愚直な男を。
背中を任せられる存在が居るからこその即断即決。
「行け、緑谷」
「デクくん、行っけー!」