様々な出来事があったものの、無事に夏休み林間合宿の日を迎え、雄英高校ヒーロー科1年生は校舎前に集まっていた。
「ええ!? A組補習いるの!? つまり赤点取った人が居るってこと!? ええー!? おかしくない!? A組はB組よりずっと優秀なハズなのコフッ」
今日も今日とて絶好調な物間であったが、拳藤の迅速な一撃によって撃沈する。
「ごめんな」
「相変わらず、遠目に見る分には面白いヤツだなあ」
「すぐ近くに居るんだけどな、こっちは」
「制圧の練習になるじゃないか」
「まあ確かに、一撃で黙らせるのは上手くなったと思うよ、自分でも」
「あ、そうだ。しばらく座りっぱなしだからクッション欲しいし、尻尾持っていくから外してよ」
「無茶を言わんでくれ」
「そうだよ一佳ちゃん! この尻尾は皆のものだから!」
「待て葉隠。私のものだ」
「……仕方ない。1本残して、4本ずつ分けよう」
「それだ」
「待ちなさい」
どこまで本気かわからない発言に、さしもの優幻もたじろいで後退ってしまう。
しかし、一歩下がったところで何かが尻尾にぶつかってしまった。
「話は聞かせてもらったよ。1本は私が貰う!」
「私も、私も!」
「取蔭、小森、お前さんたちもか」
ガッチリと尻尾を掴むB組の2人によって、逃げられなくなってしまう。
「じゃあ、私も1つ……」
「待て麗日、って八百万もか」
「すみません、これほどの手触りは実家にも無いものですから……」
いつの間に近付いたのか、麗日と八百万までもがそれぞれに尻尾を握っていた。
「……っ!」
「峰田落ち着け。あれ、モテてるんじゃなくて、身体引き千切られそうになってるだけだから」
「オイラのならもいで良いのに……っ!」
「いや要らねえよ」
瀬呂に冷たく切り捨てられて撃沈する峰田であったが、彼の頭の中で何がどう展開されたのか。ニヤリと笑い涎を迸らせ、拳を固く握る。
「……選り取り見取りか」
「お前ダメだぞ、そろそろ」
大抵のことを笑って受け流せる切島にまで真顔で注意されても、止まる気配は無い。
教師陣だけでなく、優幻やサポート科の発目まで関わった、"性犯罪事前撲滅アイテム"が日の目を見ることになるかもしれないとは、この時の峰田はまだ知る由もなかった。
「皆! A組のバスはこっちだ! 席順に並びたまえ!」
「えー、自由で良いじゃん。折角なんだし」
「……どうでもいいからさっさと乗れ。そっちもだ、クッションが欲しけりゃ買え」
「相澤先生、せめて1本だけ引っこ抜いても」
「やめてくれ麗日。あとこっそり力を入れるな痛い。誰が引っ張ってるか見えんのだ、とりあえず全員手を離せ」
騒がしくはあったが、最終的にイレイザーヘッドが個性発動の素振りを見せたところで、全員迅速にバスへと乗り込んでいった。
ようやく乙女たち(戦闘力高め)から解放された優幻も、最後に車内へと足を踏み入れた。
「隣、良いか?」
「構わないよ☆」
目についた空席に、先に乗り込んで窓側に陣取っていた青山に声をかけて座ると、程なくバスは動き出す。
林間合宿の開始が、車窓を流れる景色という目に見える形で現れたとあっては、生徒たちのテンションも鰻上り。留まるところ知らず。
「音楽流そうぜ! 夏っぽいの!」
「しりとりの"り"!」
「席は立つべからず! べからずなんだ皆!」
「"り"……。りそな銀行!」
当然のように、騒がしくなる。静かなのは、瞑想中の常闇、既に寝入っている爆豪、通路を挟んで、元より騒ぐ性質でない轟と障子の居る1列くらい。
「青山。鏡ばかり見ていると酔うぞ」
「何を言うんだい。美しいものを見て気分が悪くなるはずないじゃないか☆」
「一点を見続けるのが危険なんだがな。……あー、あれだ。お前さんの場合、注目を集めすぎるから良くないんじゃないか?」
「ボクが眩すぎってことだね☆ それは納得だよ☆」
「ああ、うん。それで良いだろう」
これが他の誰かなら、要らない心配だったろうと優幻は思う。しかし、青山ならば比喩でも何でもなく延々と鏡を見続けそうだ。そんなことをしていれば、車酔いになりづらい体質でも耐えきれないだろう。
何とも変わったヤツだ、と自分を棚上げした感想を胸の内に沈めて、鏡を仕舞う様子に安心する。
「ねえ、ポッキー僕にも頂戴☆」
鏡越しに背後を見たらしい青山が振り返り、後ろの席に座る麗日と蛙吹に声をかけていた。
「青山ちゃん、そんなにポッキー好きだったの?」
「昨日の夜、荷物の準備で遅くなったから寝坊しちゃったのさ。朝も食べ損ねたから、せめてポッキーをと思ったんだよ☆」
「せめてとは失礼な。ポッキーはプレッツェルとチョコレートの夢のハーモニーなんやから」
「そんなポッキー愛に溢れる麗日にはイチゴポッキーを進呈しよう。青山も摘んでおくといい」
「メルスィ☆」
わいわいと楽しげに盛り上がる生徒たちに、担任の相澤がため息を漏らすものの、気付く者はいなかった。
◆ ◆ ◆
バスに揺られて暫し。山あいの開けた場所で、A組の生徒たちは車を降り、座りっぱなしで凝り固まった身体をほぐしていた。
「あれ、ここパーキングじゃなくね?」
「つかB組は?」
広場のようになった場所。遠くまで広がる森林と山々が一望できる、長閑で見晴らしの良いところは素晴らしいのだが、いかんせん何もない。
バスと、1台の乗用車があるだけの空間。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
効果音の付きそうなほどの迫力でポーズを決める2人の女性が、生徒たちを出迎えた。
「今回お世話になる、"プッシーキャッツ"の皆さんだ」
「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! キャリアは今年で12年にもなる──へぶっ!」
「心は18!」
金髪の女性、ピクシーボブの猫を模した手による掌打を顔面に受け、緑谷の言葉が遮られる。
(18でデビューしてキャリア12年とすれば、現在の年齢は)
「はい計算しない!」
驚異的な直感を発揮した彼女に睨まれ、すぐさま優幻は脳内の数字を捨てた。美人が怒ると迫力が凄い。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」
「遠っ!」
もう1人、黒髪の女性、マンダレイが指し示すのは、全景が見えるほどの距離にある山。誰かが反応した通り、かなりの距離がある。
「え、じゃあ何でこんな半端な所に」
「……いやいや」
「バス、戻ろうか? ……な、早く」
僅か数ヶ月ながら、存分に雄英のやり方を体感してきた彼らにあるのは、とてつもなく嫌な予感だ。
「今は9時30分。早ければぁ……。12時前後くらいかしらん」
薄っすらと笑みの形に変わるマンダレイの口元に、その予感が間違っていないことを悟る生徒たちの行動は、充分に迅速と言えるものだ。
「ダメだ、オイ……!」
「戻ろう!」
「バスに戻れ! 早く!」
しかし、プロヒーローの行動は更に早い。軽やかな身のこなしで、ピクシーボブが生徒たちの前に現れ妨害する。
「12時半までに辿り着けなかったキティは、お昼ごはん抜きね」
先程緑谷を黙らせた手が、大地に添えられる。途端に、地面が波打ち盛り上がっていく。
「悪いね諸君。合宿はもう、始まっている」
生徒たちの悲鳴を飲み込んで、土の津波が彼らの身体を崖下へと押し流してしまった。
「私有地につき、個性の使用は自由だよ! 今から3時間、自分の足で施設までおいでませ! この──"魔獣の森"を抜けて!」
マンダレイの声が、崖下へと届けられる。すると間もなく、生徒たちの叫び声が帰ってきた。
「……回避しないでおくべきでしたかね」
「
そんな中、生徒で唯一難を逃れた者が居た。狐へと変身した優幻である。相澤の足下でその身を隠していたのだ。
「先生に、こちらをお預けしておかねばと考えまして」
優幻が咥えていたのは、小さなポーチ。こげ茶色の、極一般的なもの。
小ぶりで携帯に便利そうな一品にはしかし、相澤には見覚えがあった。
「サポート科の発目と研究中の、"超容量"ポーチです。中に色々と入っておりますので、無い方が訓練になるかと」
「工房の壁を消し飛ばしたヤツだろ、それ」
「以来、安全性を考慮しております」
「最初にそこを考えろっつってんだろ」
後ろ足で直立し、器用に2本の前足で差し出されたポーチを受け取った相澤は、溜息をひとつ。
そしておもむろに手を伸ばす。
「……その判断は良い。だが、これは合宿だ」
「ええ、わかって──ぬあ、先生、首を掴まんでください。子猫でもあるまいし」
「狐はネコ目イヌ科だ。安心しろ」
「何に安心しろと」
プラプラと揺れる狐を掴んだまま、相澤は崖間近の手すりへと歩み寄る。
「……まさか。あの、お待ちください先生。自力で降りますので」
「その状態だと空は飛べないんだったな、狐条」
「……ですからお待ちを。あの、ちょっ! ど、動物虐待です!」
「中身がお前なら、何の躊躇も無いよ。……じゃあ、行ってこい」
ぎりぎりの所に立つ相澤は優幻を柵の外に持ち上げ──手を離した。
「もうちょっと可愛げってのを身に着けてからにしろ」
体育祭以降、度々サポート科のラボで問題を起こす優幻に対し、相澤が情けをかけることはなかった。
「ぬ、くあっ! 間に合わ──すまん障子! 受け止めてくれ!」
慌てて何とかしようにも時間が足りないと判断し、落下地点に居る級友へと声をかける。声に釣られて見上げた障子は、一瞬驚いたように目を見開き、すぐに状況を理解して、他人より多い腕で落ちてきた優幻を迎え入れた。
「……遅かったな」
「何という包容力。それはともかく、助かったよ。ありがとう」
「まあ、無事で何よりだ」
空から落ちてくる9本尻尾の喋る狐という奇っ怪な存在は、障子の腕から飛び降りると、軽い音と煙の後に人の姿へと戻った。
「して、そこな残骸が"魔獣"か」
「今更ご登場かクソ狐」
「強度はどんなものだ?」
「ハッ、土集めただけのザコに強度もクソもあるか」
爆豪の口の悪さにも慣れたもの。その言葉から、敵の強さを推しはかることも可能となるほどに。
「なるほど。単騎に強さが無いなら、数で来るだろうな。無補給下での遭遇戦か。……障子?」
「狐条の予想通りだな。ここから目標地点方向に多数、動くものがある。動物にはありえんサイズだ」
「迂回していてはいつ辿り着けるかわかりませんわ。ここは突破すべきかと」
「ああ! 行くぞA組!」
「「おおっ!」」
苦難上等。合宿前に切島が口にした言葉が、皆の頭をよぎった。
◆ ◆ ◆
「爆豪! 前に出過ぎだって!」
「うっせえ! テメーらがついて来いや!」
「よせ切島。爆豪のような野獣に、後退なんて高度なことを求めるな」
「ケンカ売っとんのかクソ狐ぇ!」
「よし戻ったな。頼んだ瀬呂」
「猛獣使いか、よっと!」
空を飛び暴れ回る爆豪へと殺到していた土くれの魔獣が、瀬呂の放つテープによってまとめられ、大地へと墜落する。
そこに近付いた優幻が1本の枝を無造作に突き刺して個性を発動させると、枯れ枝はみるみる成長し、青々とした葉を繁らせた大樹へと成長する代わりに、魔獣たちがその形を崩して土に還っていく。
「木剋土。木は土の養分を吸い育つ。……おやすみ」
「何か久しぶりに狐条のわけわからんトコ見た気がする」
「最近は完全にクッション扱いだもんな。主に女子から」
「黙らっしゃい」
優幻自身が自覚するだけに、切島と瀬呂の言葉に胸が痛くなる。
葉隠と拳藤は入試から。入学後の早い段階で麗日が加わり、体育祭前後からは芦戸と八百万、B組の取蔭と小森。期末後からは耳郎も加わった。モテモテである。尻尾だけ。
ちなみに、最近の葉隠は尾白の尻尾もお気に入りの様子だ。
「ちゃんと男子からも人気だぞ。常闇とかB組の鱗とか」
「ムキになるのそっちかよ」
「ウダウダとうっせえんだよ。次ィ!」
「だから待てって爆豪勝手すな!」
魔獣の森に入って早4時間。マンダレイが告げた時間を超過してもなお、目的地は全く見えていない状態だった。
人数が人数だけにやり過ごすことは難しく、終わりの見えない殲滅戦を強いられている状態。このままでは消耗するのみと判断した彼らは、前線を交代しながら進むことにしていた。
「元気だなあ」
「そうだなあ」
「頼むから狐条も瀬呂も手伝ってくれよ! 爆豪全然止まんねえ!」
先程まで暴れ続けていたというのにまたも飛び出して行った爆豪と、それを追いかける切島の後ろ姿を眺める2人はのんびりしたもの。
「ホント、タフだよなー」
「そのくせ、無茶せんようにペース配分もちゃんとやっている辺り、爆豪らしいというか」
「切島ー。後は俺が面倒見るから、一旦退けー」
声をかけた瀬呂が、テープを使って木々の合間を縫うようにして爆豪を追いかける。その姿を見てようやく、切島の足が止まった。
「今のうちに休んでおくと良い。まだ先は長いから大変だぞ、爆豪係は」
「え、俺そんな役目なのかよ」
「瀬呂もな。飯田は相性が悪いし、私や轟だとヤツも退かん。お前さんらは比較的よく話す方だからなあ。上鳴も候補だったんだが、今充電中だ」
「マジか。つかネーミングよ」
「わかりやすかろう? ……一応、無理しているようなら私が交代で前衛に立つ予定だったのだが、要らぬ心配だったようだ。遠距離支援に戻るとしよう」
生徒たちは既に、互いのことをある程度把握していることもあり、手早く役割分担が為されている。
最前衛要員は、芦戸、蛙吹、飯田、麗日、尾白、上鳴、切島、砂藤、緑谷が、交代で。
このグループの中では、高い威力の酸攻撃を持つ芦戸と、触れさえすれば勝利確定という凶悪なまでの相性だった麗日がエースアタッカーだ。
逆に、単撃の破壊力が強い飯田や砂藤、緑谷は、巨体かつ中枢を持たない魔獣の特性と、相性が悪かった。
中・遠距離支援に、青山、優幻、常闇、轟。
こちらの4人は、安定して成果を上げていた。青山が個性の使い過ぎに気を付けねばならないが、そこさえクリアすれば、高威力長射程なレーザーは有用だ。
加えて、空中から優幻の自由な軌道を描く援護の光弾が。視界の悪い木々が茂る分、薄暗い状況では常闇のダークシャドウ。敵の数が多い時には轟の範囲制圧と、非常にバランスのとれた布陣だった。
やや特殊なポジションなのが、瀬呂、葉隠、峰田。
敵陣真っ只中まで潜入してからの囮で、魔獣の動きをコントロールする葉隠。空中を瀬呂が、地上を峰田が拘束して攻撃役に引き渡していく。
これに、総指揮兼、移動式大砲を携えて長距離支援を行う八百万と、索敵を続ける障子と耳郎というのが、A組の布陣だ。
……爆豪に関しては、完全にフリーである。多分言うこと聞かないから好き放題に暴れさせよう、という考えで。
もちろん、彼がA組屈指の単体戦闘能力を持っており、下手な連携は足かせにしかならないから、という真っ当な理由もちゃんとあるのだが。どちらの理由が大きいかは、誰も口にはしない。
「今は梅雨ちゃんと麗日、尾白と砂藤が前に出ているな。では、私は空に上がる。索敵組から敵の配置を確認しておいてくれ」
そう言い残して、優幻は三角跳びの要領で"空中を蹴りながら"上昇していく。
「相変わらず、バグ技みてーなことしてるなあ。……っし、切り替えねーとな」
切島は軽く両頬を叩き、追いついて来たクラスメイトたちに視線を向ける。いち早くこちらを見つけたらしい障子が手を掲げるのが見えたので、同じように手を上げて応えた。