ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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35 林間合宿(2)

 空が茜色に染まる頃。ようやく、A組の生徒たちは合宿を行う施設へと辿り着いた。

 全員が土に塗れ、疲労困憊。特にデメリットの大きな個性を持つ者はひどく、飯田は足を引きずり、轟の身体には霜が降りている。さしもの爆豪も痛みに腕を抑えている状態だった。脳機能の低下した砂藤や、精神を磨り減らした優幻(ゆうま)などは足取りも覚束ず、麗日は口元を押さえ、青山は色々とヤバそうだ。

 

「お昼は抜くまでもなかったねえ」

「何が……3時間ですか……」

「腹減った……死ぬ……」

「悪いね。"私たちなら"って意味なの、アレ」

 

 マンダレイの言葉にも、ロクに反応できない。

 

「ねこねこねこ。でも正直、もっとかかると思ってた。私の土魔獣が簡単に攻略されちゃった。いいよ、君ら。……特に、そこの4人。躊躇の無さは"経験値"によるものかしらん?」

 

 独特な笑い方でピクシーボブが指さす先に居るのは、飯田、轟、爆豪、緑谷。魔獣の正体が土くれと見抜いて、すぐに攻撃へと移った者たちだ。

 

「3年後が楽しみ! ツバつけとこー!」

「うわぁっ!?」

「何しやがる!」

 

 物理的にツバをかけられる4名に、残念ながら助け舟を出す余裕のある者は居ない。

 

「……年齢差が」

「何か言ったかな狐くぅん?」

「失礼。16なのでアイツらバッチ来い状態だと思います」

「アッサリ友達売りやがった」

 

 言わずにはいられない性格の優幻だったが、清々しいまでに鮮やかに方針転換していた。

 隣の切島と小声で「仕方なかろう。あれは怖い」「いやわかるけどよ」などと囁きつつ、保身に走っている。

 

 そして、マンダレイの従甥、洸太くんが紹介された時、事件は起きた。

 

「みっ、緑谷くーん!」

 

 年端もいかない少年の拳が、緑谷に突き刺さる。

 男性の急所、股間に。

 

「おのれ従甥! なぜ緑谷くんの陰嚢を!」

 

 飯田が駆け寄った頃には、緑谷は壮絶な表情で倒れ伏していた。

 

「うわ、見てるこっちまで痛え」

「言ってる場合か。万が一には子緑谷が居なくなるぞ」

「子緑谷て」

「ひとまず冷やす。轟、すまんが手伝ってくれ」

 

 優幻が一時的に痛覚を麻痺させ、轟が作り出した氷で患部を冷やす。

 途中、八百万が手伝いを申し出たが、後に緑谷が精神的に死にかねないので全員で止める一幕があったが。さしもの爆豪も、これには「やめといてやれ」と口を挟む程であった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 緑谷も大事なく、皆が空腹のあまりおかしなテンションになってしまった夕食を終え。

 

「温泉は良い……」

「溶けてくれるなよ、狐条(こじょう)

 

 A組の面々はのんびりと風呂に入っていた。

 あまりの力の抜けっぷりに湯の中へと沈みそうになる優幻を、常闇がそっと助け起こす。

 

「おお、すまん。今、普通に寝そうだった」

「部屋に戻るまでは持ちこたえてくれ」

「前向きに検討するよ」

「玉虫色だな」

 

 それぞれにリラックスしている生徒たちの中、ただ1人の例外が居た。

 

「まぁまぁ……。ぶっちゃけね、メシとかはどうでもいいんスよ……。求められてんのはそこじゃないんスよ。わかってるんスよその辺、オイラァ……。求められてんのはこの壁の向こうなんスよ……」

「1人で何言ってんの、峰田くん……」

 

 腰にタオルを巻いたまま仁王立ちする男、峰田である。

 

「ホラ……。居るんスよ、今日び。男女の入浴時間ズラさないなんて、事故。これはもう、事故なんスよ……」

 

 壁に耳を当てる峰田には、その向こう側から可愛らしい声が聞こえていた。別に耳を当てるまでもなく普通に聞こえるのだが。

 

「峰田、止めておいた方が良いぞ。お前の存在を知って、相澤先生が何も対策していないとでも思っているのか?」

「そもそも! 君のしようとしている事は己を貶める、恥ずべき行為だ!」

「……やかましいんスよ……」

 

 優幻と飯田の忠告も、やたら穏やかな笑みを浮かべる彼を止めるには至らない。

 

「壁とは越える為にある! Plus Ultra!」

「速っ!」

「校訓を穢すんじゃあないよ!」

 

 瞬きする間に、峰田は自身の個性をもぎって壁に貼り付け、軽々と壁を登っていく。

 遂にその小さな手が壁の淵にかかろうかという所で──

 

「洸太くん!」

 

 にゅっと現れたのは、先頃に緑谷を一撃で沈めた少年だ。

 

「ヒーロー以前に、人としてのアレコレから学び直せ」

「……まったくだ」

「子供に言われるのはどうなんだ」

 

 聞こえてきた言葉に男子一同が頷いている合間に、峰田の手が叩き飛ばされる。

 地上約5メートル、両手が離れてしまえば当然、落ちる。

 

「くそガキィイイィイイ!?」

 

 断末魔の叫び、と言って良いものか疑問の残る罵声と共に落下していく峰田を助けようと動いたのは、生憎と飯田だけだった。自業自得だし、受け身くらい取れるだろう、というのが他の皆が共通して持った感想だ。

 

「ありがと、洸太くーん!」

 

 しかし、女湯からかけられた声に振り返ってしまった洸太少年がバランスを崩してしまうと、状況は一変する。落ち行く少年を救けようと、全員が立ち上がったのだ。

 峰田を受け止めようとしており、見捨てることのできない性格の飯田は咄嗟に動けずにいた。そんな彼のすぐ横を、一陣の風が駆け抜ける。

 全身強化に加え、立ち上がるための力を踏み込みに、更に湯船の淵を掴んで腕力での加速を加えた緑谷が、弾丸の如く飛び込み、洸太少年の頭を支え、受け止めた。

 

「ナイス緑谷!」

「待って、洸太くん意識無い!」

 

 緊迫した声に、真っ先に動き出したのは優幻だった。

 

「"水気"、"収束"。行け緑谷、揺らすなよ。ここで処置するよりプロに頼れ!」

 

 全身を濡らしていた緑谷から、表面の水分だけを奪い取り走りやすくした彼の言葉は、充分に周囲へと伝わった。

 

「ダークシャドウ! 緑谷を運べ!」

「任セナ!」

「入り口まで、俺のテープなら届く! 砂藤!」

「よっしゃあ!」

 

 洸太少年をしっかりと抱える緑谷ごと、常闇のダークシャドウが掴み上げて運ぶ。目指す先は、瀬呂のテープが取っ手に巻き付き、砂藤が強引に引っ張って開いた扉だ。

 脱衣所まで到達した所で、ダークシャドウを踏み台にして駆け出す姿を皆が見送る。

 

「男湯! 洸太くんは!?」

「緑谷がキャッチした! ぶつけたりはしてねー筈だ!」

「念の為、少し早いが皆出よう! イザという時に動けるよう!」

「そこは賛成だが、飯田よ。そこの阿呆は簀巻きにしておこう」

 

 優幻が指し示す先は、こちらも意識の無い様子の峰田。残念ながら、誰も心配していないが。

 

「罪を重ねないように拘束しておくのも、クラスメイトとしての優しさってことで」

「因果応報……」

 

 瀬呂のテープで巻き、布団に包んだ上で熱中症にならないようにと轟が氷漬けにした辺りで、洸太くんの無事を緑谷が報せ、A組の面々は安心して床についた。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 午前5時30分。夏らしくなってきた今の時期、空は既に明るく、山からは朝日が顔を覗かせていた。

 清々しい朝ではあるが、流石に早すぎたのか半数近くの生徒は寝ぼけ眼だ。

 中でも、自覚するほどに寝起きの悪い優幻は立ちながら寝ているような有様である。

 

「おはよう、諸君。……おい狐条、眠そうにするのは良いが立ったままマジ寝すんな」

「寝てません……。これは信濃川のオニヤンマです……」

「何の夢だ。尾白、叩き起こせ」

「えっ、あ、はい」

 

 すぐ隣に居た尾白の尻尾が、べちんと音を立てて優幻の顔面にぶつけられる。

 

「さて、本日から本格的に強化合宿を始める。合宿の目的は、"全員の強化"並びに、それに伴う"仮免の取得"だ。轟、そこの狐の脚を凍らせてやれ」

「はい」

 

 一度は目を開けた優幻が、再度立ったまま眠ろうとするのを見つけ、相澤は容赦を捨てた。指示どおりに轟の氷結が優幻の脚を襲い、凍りつかせていく。これには、眠気も吹き飛んだようだった。

 

「昨日疲れてる所に頼み事したのは俺だからこれくらいにしておくが、そろそろ目を覚ませ。……えー、具体的になりつつある脅威に対して、立ち向かうための準備だ。心して臨むように。んじゃ、爆豪。コイツを投げてみろ」

 

 投げ渡されたのは、生徒皆が見覚えのあるもの。入学式そっちのけで行われた体力テストで使われた、ボール投げ用の、距離測定機能付きソフトボール。

 

「入学直後の記録は705.2メートル。どんだけ伸びてるかな」

「おお! 成長具合か!」

「この3ヶ月色々濃かったからな! 1キロとかいくんじゃねえの!」

「よっしゃ行ったれバクゴー!」

 

 何名かの声援を受けながら、ゆっくりと肩を回して準備する爆豪。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「んじゃあ、よっこら──くたばれぇ!」

 

 爆発音を残し、ボールが空高く飛んでいく。

 相変わらず物騒な掛け声に、「爆豪らしい」と思ってしまう面々は既に毒されきっていた。

 

「709.6メートル」

 

 やや間を開けて告げられた記録は、生徒たちの予測を覆すものだった。それも、残念ながら下方向に。出された結果は入学時と比べて、大きな差は無い。

 

「約3ヶ月間、様々な経験を経て、君たちは確かに成長している。だがそれは、あくまで精神面や技術面、知識面と後は、多少体力的なものがメインで、"個性"そのものは今見た通りそこまで成長していない。……だから、今日から君らの"個性"を伸ばす。

 ──死ぬほどキツいが、くれぐれも死なないように」

 

   ◆   ◆   ◆

 

 A組に遅れること少し。

 集まったB組の生徒たちは、担任のブラドキングに先導されて木々の間に作られた道を進んでいた。

 

「突然"個性"を伸ばすって言われても、20名20通りの個性があるんだし、何をどうするのか、って感じなんですけど」

 

 疑問を口にした取蔭に、誰もが同様に思っているらしく頷いていた。

 

「筋繊維は酷使するほどに壊れ、強く太くなる。"個性"も同じだ。使うほどに強くなり、でなければ衰える! すなわち、やることはひとつ! ──限界突破だ!」

 

 ブラドキングが疑問に答えながらも歩く先。林を抜けたそこに広がっていたのは。

 

 罵声と共に空へ向けて大きな爆破放つ爆豪。ドラム缶の中に浸かりながら、炎と氷を交互に展開する轟。悲鳴をあげながらテープを放ち続ける瀬呂。頭から血を流しながらもぎり続ける峰田。

 遠くには、電光と共に悲鳴をあげる上鳴に、空中から広範囲へ光弾を放ち続ける優幻の姿も見える。

 見える場所だけでなく、どこか遠くからも悲鳴が聞こえていた。

 

「何だこの地獄絵図」

「もはや"かわいがり"ですな」

「許容上限のある発動型は底上げを、異形型や複合型は、個性由来の部位器官への更なる鍛錬だ。本来ならば肉体の成長に合わせて行うが……。まあ、時間が無い。B組も始めるぞ!」

 

 ブラドキングの号令に、B組の面々も表情を引き締める。

 

「では、宍田獣郎太、回原旋! 我の下へ来い! 我ーズブートキャンプはもう始まっているぞ!」

 

 プッシーキャッツの1人、筋骨隆々としたヒーロー・虎の声に名前を呼ばれた2人が振り向くと、そこには必死の形相で奇妙な動きをする緑谷の姿があった。

 

「いや古っ!」

「さあ今だ! 撃って来い!」

「──はいっ! 5%デトロイトスマッシュ!」

 

 緑谷が放つ個性による強化込みの鋭い拳は、"軟体"という個性を持つ虎の、普通では考えられない動きに回避されてしまう。

 

「よぉし! まだまだキレキレじゃないか! 筋繊維が千切れてない証拠だよ!」

「ゴブフッ! イ、イエッサ」

「声が小さい!」

「イエッサァッ!」

 

 容赦なく放たれる虎の"キャットパンチ"にブッ飛ばされる緑谷の姿に、生徒たちが慄いたのを感じ取ったか、ゆらりと振り向くと人差し指で近くへ来るように呼びかける。

 

「プルスウルトラだろォ? しろよ! ウルトラ!」

「そういうわけだ。宍田、回原。存分に叩きのめされて来い」

「マジすか」

「あと物間。お前は日替わりでコピー元の持ち主と一緒だ。今日は回原の個性をコピーして使い続けるように」

「え」

 

 引きつった表情の3人を残し、ブラドキングは次へ進む。

 20センチほど土が盛り上がって出来た、円形の舞台。テニスコート2面分は入りそうなそこでは、光弾が上下左右に飛び回っていた。

 

「ぬおおおおおっ!?」

 

 舞台の上を駆け回る人影は飯田だ。光弾を回避しながら、ぐるぐると走り続けている。

 

「飯田は回避を織り交ぜながら走ることで、持久力と急制動を同時に鍛えている。切島は見ての通り、受け続けて防御を伸ばしているな。尾白は尻尾での迎撃、障子は目隠しして複製器官だけで回避特訓だ。後、葉隠がどこかに居る」

「……まさか」

「鉄哲は切島同様、受け続けるように。……切島より先にダウンなどせんな?」

「……上等!」

 

 全身を鉄色に変えた鉄哲が舞台に上がると同時、光弾の一部が襲いかかる。そんな中を一歩一歩、中央に立つ切島へ向けて彼は進んでいった。

 

「円場もここだ。防ぐと同時に回避し続け、心肺機能の向上を目指す」

「うげ」

「吹出は回避と迎撃。オノマトペの強化と心肺機能向上が目的だな」

「うわ」

「そして柳。お前の立ち位置はあちらだ。近くに置いてある岩を使って迎撃するように。狐条には舞台上の人間全員を攻撃するよう言ってあるから、降りないようにな」

「……うらめしすぎる」

「ああ、後、葉隠にぶつからないように。衝突するごとに減点、規定値を超えたらその日は補習に参加だぞ」

 

 続けて指名された3人も、順に舞台へと登る。

 

「狐条! これで全員だ! ギアを上げろ!」

 

 ブラドキングが声をかけた瞬間、優幻から放たれる弾幕の密度が目に見えて上がった。最早向こう側が見えないほどに。

 

「よし、では次に行くぞ」

 

 悲鳴を背中で聞きながら、「ここに放り込まれないで良かった」と考えた面々が、別種の地獄に迎えられるのはすぐ後のことだった。

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