「嘘だろぉぉぉ……」
「試させてくれぇぇ! 肝を! 試させてくれぇっ!」
林間合宿3日目の夜、肝試し開始直前。
まるで断末魔の様な、しかし何とも珍妙な言葉だけを残して、補習組である5人が担任の相澤に引き摺られ、広場から去っていった。
昼間の訓練が疎かになった為に、レクリエーション無しでの補習という絶望を受けて。
「……憐れな」
「いや、そこまで縋るものか? 肝試し」
地面に引き摺られた痕跡を残して去っていった彼らに、救いの手が差し伸べられることはなかった。
「はーい、というわけで、脅かす側の先攻はB組。A組は2人一組で、3分おきに出発。ルートの真ん中に名前の書いたお札があるから、それを持って帰ること!
脅かす側は直接接触禁止で、個性を使った脅かしネタを披露してくるよ!」
「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」
「やめてください、汚い」
プッシーキャッツの説明に、嫌そうな表情を隠そうともせずツッコんだのは耳郎だが、他のメンバーもドン引きしていた。
違うのは何か閃いた顔つきになった峰田と──
「質問ですが、逆襲して失禁させた場合はポイントになりますか?」
無駄に真面目な表情を作る
「何する気だよ、止めろ」
「ダメか? こうやって火の玉を作って、あとは私の顔を消せば、ホラ、のっぺらぼうの出来上がりだ」
「止めろぉっ! わかってても怖い!」
「ギャアアッ! こっち向くな!」
惜しげもなくやたら高度に制御した個性を、無駄に高速展開して顔のパーツを見えなくすることで作り出した奇怪な光景は、傍らの妖しげな狐火のせいもあって、恐怖心を煽るには十分な出来栄えだった。
普段から賑やかす面々が補習で不在となり神妙な雰囲気だった場が、悲鳴で一気に騒がしくなる。
「ダメよ、
「ぐほぁっ」
しかし、騒ぎの元凶はあえなく止められる。A組きっての常識人、皆の頼れる蛙吹梅雨によって。
割と洒落にならない威力のそれは、普段なら抜け目なく防御か回避する彼が相手だからこそ。
……だったのが、昼間の特訓で消耗しきっていた優幻が、死角から迫るスナップの効いた舌に気付かず、綺麗にクリーンヒットすることと相成った。
「そこの残念な子は置いといて、ペア決めのくじ引きするよー!」
崩れ落ち、倒れる優幻。
しかし、誰も助け起こすことは無かった。
「……こういうのは、上鳴の役目のはず……」
「居ねえぞ」
痛みに震えつつ、地面に"犯人は瀬呂"という無意味なメッセージを残す辺り、まったく懲りていないらしい。
その様子を見てひとつ溜め息を吐いた轟は、メッセージを足で消してくじ引きへと向かった。
◆ ◆ ◆
「ううーん、狐条くん全然怖がらないから、頼りになるやら風情が無いやら」
星明りの下、森の中を進む人物が2人。服以外は見えないある意味ホラーな透明人間の葉隠透と、妖怪としても伝えられる9本尻尾の狐条優幻。
時代が時代なら、怪談系の都市伝説にでも出てきそうな2人は、悠々と歩を進めていた。
「仕方なかろうさ。私の場合は耳や鼻が良いせいで、驚かそうとしている存在に気付いてしまうのだから。まあ、小大と骨抜にはしてやられたが」
「あれはビックリしたねー」
中間地点を越えてしばし。怖がる様子を終始見せない優幻のせいで、すっかり雰囲気は緩んでいた。
それでもB組の面々が仕掛ける度にしっかり驚き、悲鳴を上げる葉隠は良い客と言えた。
「……む?」
「どしたの?」
「いや……。今何か、嫌な匂いを感じた気がしてな。僅かだったので気のせいかもしれんが」
「んー……? 匂いは特には……。あれ、何か煙っぽいような」
並んで歩く2人の足下を流れる何か。暗闇の中ではあるが、それでも夜闇に慣れた2人の目には、空気の動きに合わせて形を変える何かがうっすらと見えていた。
「こんなこと出来る個性の人ってB組に居たっ──」
言葉の最中にぷっつりと途切れ、葉隠がその場に倒れ込む。
転んだにしては奇妙なその状況に、わずかコンマ数秒の間を置いて判断を下した優幻は、すぐに対応する。
「……っく」
尻尾を動かして風を起こし、空気を払うと同時、倒れた葉隠を抱え上げてその場を離れる。
揺れだした視界によってふらつくのも堪えて懸命に動き、藪を盾にするように木々が生い茂る中へと分け入って行く。
(ほぼ無臭の有毒ガス。葉隠が先に倒れたのは、ガスの比重が重いことが原因か)
「葉隠! ……ダメか。とにかく、離れんと、ぐ、う」
女子の平均的な身長の葉隠と、男子の中でも高身長な優幻。下からガスがやってきたなら、先に影響を受けるのがどちらかは明白だ。
障害物を利用したことが功を奏したか、すぐに新鮮な森の空気を吸い込むことができた。
(思い出せ。周辺の地図、今回の肝試しで歩くルート)
(ガスは、私達の背後から来た。風下から風上に向かってだ、間違いなく人為的、恐らくはヴィラン。合宿直前に緑谷が死柄木に遭遇していたが、オールマイトから生徒へ狙いをシフトしたヴィラン連合が犯人か? 断定は出来んが、そうなると相手は複数か。そちらを想定した方が良さそうだな)
(葉隠の意識が戻らん以上、原因の除去よりも脱出を優先しよう)
(ガス発生源の方向には中間地点のラグドールと、私達の3分後に出発したはずの青山、八百万組が近くまで来ているはず。B組は鉄哲と塩崎、泡瀬が近い。合流すれば対応は出来よう)
(ガスは少しずつ広がっている。身を隠す選択肢は無しか)
(私達の前に居るのは轟と爆豪。私が辿り着くまで無事でいてくれることを祈るしか無いか。あの2人に合流できれば、私が役立たずになっても手は打てる)
(……いかんな、ガスの影響か、思考がまとまらん。個性制御にも支障が出ている──)
「チッ」
考えを整理する最中にも、意識がホワイトアウトしそうになり、舌打ちと共に、手近な木に額を打ち付けて強引に覚醒させる。血が滲み出るほどの衝撃と、ジクジクと続く痛みのおかげで何とか少し、意識がクリアになった。
(私もあまり長くは保たんか。急がねばな)
表情のわからない葉隠を抱え直し、木々の間を駆ける。
◆ ◆ ◆
狐条優幻は雄英高校ヒーロー科1年の中でも、最も有名だ。
それが、生徒たちの共通認識である。
体育祭での優勝や、職場体験でのヴィラン退治の姿が報じられたことから、外部への知名度は抜群。
校内でも、先の2件に加えて語られる"校舎爆破事件"によって、彼の名は知られている。
突如として発生した爆発で注目の集まった少し後に公開された"原因と対策"と銘打たれた100ページを超えるレポート。原因として書かれた、「空間を圧縮する」という荒唐無稽な題材を至極真面目に組み立てたらしい難解な理論や、対策として提案された「衝撃度合いにより変質する材質の壁」など、複雑怪奇極まるシロモノが彼によって考案されたとなればさもありなん。
対策案については、サポート科が食い付き、実現可能と知るや経営科が色めき立ったのだが、脇に置いておく。
有名であり、そうなるだけの実力を持った、他者と一線を画す者。これまで話す機会はほぼ無かったが故に、庄田二連撃は狐条優幻にそのような印象を持っていた。
「庄田、柳。もう少し、近くへ。広範囲への展開は、ちと厳しい」
無意識のうちに、"自分たちとは隔絶した存在"と感じていた優幻の苦悶に歪む表情に、庄田は認識を改める。
彼は、紛れもなくヒーローを目指し、そして未だ道半ばの、自分たちと同じ存在なのだと。
明らかに本調子でないというのに、毒ガスから守るために、気絶した葉隠を抱えながら、原理は不明ながらも風を起こして、事態に気付いていなかった庄田と柳を保護したヒーローらしさ。しかし、苦しげな表情の中に混じる不安は、取り繕う余裕が無いことを示していた。
「狐条、葉隠運ぶの、代わるよ。周囲の警戒は庄田に任せて、この風の維持に集中してほしい」
「僕も同感だ。ダメージの大きい狐条くんに、守備の要を担わせるのは気が引けるが、しかし他に打つ手が無い。だからこそ、他のことは僕たちで引き受けるべきと考える」
柳が強引に葉隠を奪い取り、その考えに庄田も同調しているとあっては、厳しい状態にある自覚を持つ優幻としても、甘えざるを得ない。
「すまない、いや、ありがとう、だな」
「貸しイチで。狐条の作る稲荷寿司は美味しいって、A組女子から聞いた」
「なるほど、それは魅力的だ」
「……ああ、夏休みが明けるまでには、必ず用意しよう」
窮地でなお笑える強さ。その実は無理矢理に引き出した笑顔だが、そんなことは3人とも理解していた。それでも、笑っていられる余裕があるのだと自分たちに言い聞かせるように。
「状況は、あまり良くない。生徒が散らばり、プロヒーローは6名、ヴィランは最低2名。テレパスの内容から、既にマンダレイは接敵しているだろうから、出発地点に居たピクシーボブか虎も交戦中だろう。……どちらかが生徒の保護に動いてくれているのが理想だが」
「想定は常に悪い方へ、だろう。僕は、わざわざ夜襲を仕掛けるヴィランが、奇襲でプロを不意討たないとは思えない」
「同感だ。……ガスが薄まっているな。やはり人為的に作られたものか、発生源から離れるだけで良さそうだ。風向きのことを考えんで済むのは楽だ」
「……向こうの連中、無事だと良いけど」
ちらりと柳が視線を向けたのは、毒ガス発生源と推測される方向。予想されるガスの効果範囲には、彼女のクラスメイトの半数近くが含まれている。泡瀬、回原、拳藤、小大、塩崎、鉄哲、骨抜、凡戸。
しかし助けに行こうにも、自分たちは1人の個性に頼って守られなければ行動できない上、その要である人物はふらつき、「喋りながらでないと倒れそう」という状態。
重ねて、柳が個性で補助しながら運ぶ、意識不明の葉隠が居るとあっては、無茶はできない。
「八百万が、意識を失っていないことを、祈るしかないな。骨抜と合流して、くれていれば、採れる手段も多いが」
「こういう時、近接特化の拳藤とか鉄哲、回原は不利だね」
「八百万さんにガスマスクを作って貰えれば、鉄哲くんは発生源に突っ込んでもらえるけれど。やはり、起点は八百万さんか」
「状況判断能力、という意味でもな」
「……そろそろだよ」
彼らが"一直線にガスから離れるルート"を取らずに進んでいたことには、理由がある。
施設までの撤退路線途中に居るであろう、脅かし役の円場を回収するためだ。
「……氷?」
しかし、探していた人物よりも先に彼らの目に入ってきたのは、1本の低い木が凍りついている光景だった。
「……なるほど。若い木、つまりは生徒。1本だけということは、1人を指すのだろう。まとめれば、"轟が、ここに居た生徒を1人、確保した"ということか」
「ふうむ、よくもまあ、そんなことを思いつくものだ」
「ヴィランに情報を与えないためだろう。……が、こういう迂遠なやり方は、轟ではないな。爆豪め、アジな真似を」
「意外。それはともかく、円場居ないんなら、もう行こうか。この辺はだいぶガスも薄まってるみたいだし、早く抜けよう」
柳の言葉に異論無い2人の少年は頷いて返すと、宿泊施設のある方へと向かい始める。
その姿を見つめる存在に気付かぬまま。