──緑谷出久は思い返す。
体育祭以降、A組では不定期で"放課後勉強会"なる会合が行われていた。
授業を終え、各人が都合のつく時間残りつつ疑問点や反省点を述べ、周囲の意見を聞くという場だ。参加自由、途中退席も可能という、緩やかな集まりであった。
ただの座談会になる日もあるが。
とある日の勉強会は、常闇の言葉がキッカケだった。
「砂藤や緑谷のような増強型相手に、どう立ち回るべきか」
共に筋力強化という効果の個性を持つ2人は、近接戦闘能力もさることながら、強化された脚力を利用した機動力も持ち合わせている。
「昨日、砂藤と組手をしていた時にな。虚をつかれて接近を許してしまったのだ」
「前に話してた"個性発動のタイミングずらし"が上手いことハマってよぉ」
悔しさを滲ませる常闇と、嬉しそうな砂藤。何とも対照的な様子から、前日の自主トレーニングの結果がわかる。
「俺もだけど、近付かれたらアウトだもんなぁ」
「究極、瀬呂の言うように"接近させない"が理想だろうな」
すぐ近くで古文の勉強をしていた瀬呂と
「その為の方策にどのようなものがあるのか、とな。考えてはみたが、どうしても破綻してしまう。皆の意見を聞いてみたい」
意見を募る常闇だが、その日教室に居た砂藤や瀬呂、緑谷は答えに窮してしまう。
「対砂藤、緑谷という意味であれば、一度整体についての本を読むと良いかもしれん」
沈黙を破ったのは、クラスメイトを仮想敵として対処方法を考えていると公言する優幻だった。
しかし、その不可解な内容に誰もが疑問を抱いた表情だ。
「2人のようなシンプルな強化系統の個性は、一般的な、人間が本来できることの延長線にある。梅雨ちゃんのように壁に張り付くこともできないし、障子の複製腕のように関節が無いわけではない。動作そのものは他人と変わらんのだ。
人間にできる動きを考慮し、どこに力が働くのかを把握する。後は、その一部が強くなった場合を加味すれば良い。本格的にやるなら医学書の方が詳しいだろうが」
「ヴィランの拘束とかにも活かせそうだなソレ」
「応用すりゃ、自分の動きも良くできるかも、ってわけか」
瀬呂や砂藤が賛同したのを契機に、こういった場面にはどうか、こんな時はどうすると、議論が活発になっていく。
クラスメイトたちの考えに納得してメモをとる緑谷は、その日のうちに本屋へ寄った。
(あの時のこと、役に立ってる!)
肝試し最中に現れたヴィラン。孤立する洸汰を迎えに来た彼の秘密基地で、こちらにも居た大柄なヴィランに相対した緑谷は、注意深く目の前の男を観察していた。
「ちょこまかと、じゃねえなぁ緑谷。テメェ、俺の動きがわかってる感じだ。イイねえ、面白いぜお前。遊び甲斐がある。
──でもよぉ! スピードも! パワーも! てんで足りてねえ! 俺の個性"筋力増強"に! 全く届かねえ! つまりテメェは完全な俺の劣等型だ!」
全身に見覚えの無い筋──本来皮下にあるはずの筋繊維を溢れさせたことによる、驚異的な身体能力強化の個性を持つ大男に攻撃された緑谷ではあったが、何とか最初のガード時に粉砕骨折した左腕"だけ"ですませていた。
(……かっちゃんの攻撃力と
今は、かっちゃんのことは考えるな。僕が、救けなきゃいけないんだ、洸汰くんを!)
「ダンマリか? なあオイ、必ず救けるんだろ!? どうやってだ! なんもかも俺の劣等個性のテメェが! どうやって救ける!? ──やってみろよ!」
瞬間、目の前から大男が忽然と姿を消す。強化された凄まじい脚力による踏み込み。
視認することなどとうに諦めた緑谷は、自分も全身をフルカウルで強化し、飛び込むようにして前へと飛んだ。
「また避けやがったか!」
次の瞬間、先程まで緑谷が立っていた場所に、大地を割るように拳を突き立てた男の姿があった。
──頭上が死角、というのは有名な話だ。だから俺は、警戒する時に目を複製して、上を確認するのを忘れない。
──壁の形って案外大事でさ。隠れられるか、ってのもあるけど、音の反響とか、あとは足場にできそうな出っ張りとかね。使い道は色々だから。
(ありがとう障子くん、耳郎さん)
自然と始まった放課後勉強会は、元より知識を活用するスタイルだった緑谷を補強するに充分だった。それぞれに異なる個性と10年以上付き合ってきたクラスメイトたちの、考え方や知識を貪欲に吸収して。
だからこそ、壁を蹴り頭上から襲い来るヴィランの動きが予測できた。
しかし、それでも彼はまだ十代半ばの少年。何もかも完璧にとは、いかない。
「──っ!?」
「はっははぁっ! ちゃんと気付いたなあ! どうする、って聞くまでもねえよなあ、ヒーロー志望!」
(やられた! 避けれない、洸汰くんが!)
今にも飛び出さんという姿勢をとるヴィランは、間違いなく真っ直ぐに緑谷へと向かうだろう。しかし避けてしまえば、そのまま洸汰少年が襲われる。
「んじゃあ、そろそろ──血ぃ見せろやぁっ!」
◆ ◆ ◆
僅か数回。大柄なヴィランの攻撃を受け止め、しかし防御しきれずに、緑谷はボロボロになっていた。
(ダメだ……。"打点ズラし"、僕じゃ上手く使えない)
体育祭で、切島が対鉄哲戦で使って見せた技術。その概要は優幻から聞いて知っていても、受けることに慣れて怖れることのない切島に対し、緑谷はどうにも上手く使えないでいた。
攻撃されることへの恐怖心は、どうしても身体を強張らせてしまう。
「すっかりズタボロじゃねえか緑谷ぁ! ええ? 実現不可のキレイ事、のたまってんじゃねえよ!」
内臓へ響くような打撃は呼吸を乱れさせ、吹き飛び転がされたせいであちこちを擦り剥き出血を招く。酸欠と痛みで倒れ伏す緑谷に、反論する余力は無かった。
「でもまあ、よくやったよ、テメェは。プロでもねえのに長持ちした方さ。認めるよ、強いよお前。俺には届かねえけどなぁ! ──あん?」
蠢く筋繊維によって肥大化した腕を掲げるヴィランだったが、その後頭部にぶつかる微かな感覚に、不思議そうに振り返る。
「……ウォーターホース……パパと……ママも……。そんな風に、いたぶって……殺したのか……!」
「洸、汰……くん!」
そこに居たのは、涙を浮かべる、幼い少年だった。
「マジかよ? ヒーローの子供かよ、運命的じゃねえの。ウォーターホース! 俺の左眼を義眼にした2人だ」
「おまえのせいで……! おまえみたいなヤツのせいで!いつもいつも、こうなるんだ!」
「……ガキはすぐそうやって責任転嫁する。良くないぜ。俺だって別に、この眼のこと恨んでねえぞ? 俺はやりたいことやって、あの2人はそれを止めたがった」
ゆっくりとした動きでヴィランは振り返り、凶悪な隻眼を怯える少年へと向ける。
「悪いのは、出来もしねえことをやりたがってた、てめえのパパとママさ!」
笑い、その拳を振りかぶり、洸汰少年へ襲いかかろうとするヴィラン。それを見て、ヒーローに、オールマイトに憧れる緑谷が、黙っているはずもない。
「──っとなりゃあ、そう来るよなぁ、ボロ雑巾っ!」
当然、ヴィランもそれを予測している。緑谷の動きを察知して、獰猛な笑みと共に振り返った。
「悪いの、お前だろ!」
動く度に左腕から激痛が上ってくる。
(それがどうした! スピードも劣る、ダメージも与えられない! 救けは来ない! なら! )
──救けてくれた人がボロボロやったら、安心よりも心配してまうよ。
──うむ、救けるにしても"救け方"というものがあるということだな。
──オイ目ぇ逸らすな緑谷。お前の事だぞ。
脳裏によぎる、仲の良い友達からかけられた言葉。訓練で他より多くの擦り傷を拵えた自分を心配し、叱咤してくれた友人たち。彼らの言葉は、己を顧みない自分への反省として刻まれている。
崖を蹴り、勢いをつけて飛びかかる先はヴィラン──のすぐ前。がっしりとした大地だ。
(まずは5%!)
無事な右拳を握り、地面へと叩き込む。僅か5%ながら、それは"オールマイトの5%"だ。地表を抉るには充分。そして、引き起こされた土煙はヴィランの視界から緑谷を隠すにも充分だ。
当初は使い物にならない左腕をヤツの筋繊維に絡めることを考えたが、そんなことをしたら更に怪我は酷くなる。ゴールは目の前のヴィランを倒すことではなく、幼い子を救けること。怪我が少ないに越したことはないと、思い直した。
(でも、ノーダメージで倒せる相手じゃない! だから、代償にするのは右腕一本!)
「目くらましのつもりか! 甘いぜ!」
強敵に喜ぶ性格らしいヴィランは、獰猛な笑みをより深くし、土煙を払うようにその太い腕を振るう。
常人の倍以上に膨れ上がった体積が、驚異的な速度で振るわれれば土煙も吹き飛ぶ。
「100%──」
しかしそこに、緑谷の姿は無い。ヴィランの攻撃を受けて吹き飛ばされたわけでもない。
──攻撃って、人それぞれリズムがあるんだ。俺みたいに尻尾があろうと、障子みたいに腕が多かろうと、人の意識は1つだからね。その読み合い、騙し合いが基本さ。
タイミングを読み、勢いよく飛び上がった緑谷は、右拳をキツく握り、歯を食いしばる。
「で、何だ! その力不足の腕で殴るのか!?」
「できるできないじゃないっ! ヒーローは! 命を賭してキレイ事実践するお仕事だ!」
緑谷の様子にこれまでと違う気迫を感じ取ったヴィランは、咄嗟にガードしようと腕を動かし──しかし、緑谷はこれを予想していた。
クロスレンジに飛び込まれた時、近接戦闘に慣れている人間ほどガードを固める。尾白や砂藤、障子で体験済みだ。
だから、その腕を足場にして更に飛ぶ。守らせないことと、自身の勢いを増す一石二鳥な方法。
「SMASH!!」
初の戦闘訓練でビルを打ち抜き、体育祭では氷を消し飛ばした上で、轟の身体をも吹き飛ばす衝撃波を生み出す威力の一撃は、辺り一帯の地面や崖を割り、先ほどとは比べものにならない土煙を生み出した。
その威力は、とても小柄な体格の洸汰少年を吹き飛ばすにも充分だ。
「う……うわあああっ!?」
軽々と飛ばされた小さな身体は何度も跳ね、さほど広くない崖上の舞台から零れてしまった。程なくやって来る、浮遊感と眼下に広がる森。落ちれば無事で済まない高さを本能的に理解してしまい、悲鳴が飛び出る。
だが、落ち行く感覚よりも前に、ぐいとシャツが引かれて事なきを得る。
「ごえん、ふっおあひえ(ごめん、ぶっとばして)」
襟首を咥えて支える、緑谷によって。
何とか引っ張り上げられ、感謝を伝えようと振り向いた洸汰少年だったが、両腕をだらりと下げる姿にその言葉が止まってしまう。
「施設に行こう……。こっからなら近──」
ふらつく緑谷の言葉が、ヴィランがぶつかった辺りからの音によって遮られる。
振り返れば、ゆらりと動く存在。
「ウソだ……。ウソだろ……? 100%だぞ……」
まるで、不出来なボールのような外見のそれは、少しずつ紐解かれ、口の端から一筋の血を流したヴィランがその姿を現す。
「緑谷、やっば良いぜお前。アレだな、こういう時は名乗っとくのがカッコいいよな。
──"血狂い"マスキュラー。これから本気でテメエをブチ殺すヤツの名前さ」
より深く好戦的な笑みを、マスキュラーは浮かべた。
◆ ◆ ◆
「なっ、何がしたいんだよ! ヴィラン連合は、一体何を……!」
「知らねえよ。俺ぁただ暴れてえだけだ。羽伸ばして個性ブッ放せりゃ、それでいいんだ」
自身の全力、100%のワンフォーオールによる攻撃を防がれてしまい、両腕を壊した緑谷に打つ手は無い。
「覚えてるか? さっきまでのは遊びだ。俺言ったよな? "遊ぼう"って! な? 言ったんだよ! ……止めるよ。遊びは終いだ、お前強いもん。こっからは──本気の義眼だ」
ヴィラン──マスキュラーが、先の緑谷の一撃で義眼が外れて空洞になった左眼に黒々とした新しいものを嵌め込んだ瞬間、纏う空気が変わった。
「洸汰くん! 掴まって!」
異常を察知した緑谷は、半ば無理矢理に洸汰を背に乗せると、無事な両脚を強化して大地を蹴る。
空中へと躍り出た彼らを、轟音が追いかけていく。
(パワーも、スピードも、さっちまでと段違いだ……! 本当に、遊び感覚で殺そうとしたんだ……!)
背筋が粟立つ思いの中、更なる攻撃を避けつつ敵の姿を見やる。
(ダメだ、ビビるな!)
(施設に行けば相澤先生が居るはず。先生に"消して"もらえれば)
(ここから施設までの距離を追いつかれずに行けるか!? ただでさえ合宿の疲労が溜まっているのに、背を見せて獣道を……)
(無理だ! 考えるな!)
(今! ここで! 戦って勝つしか! お前に道は無いんだ、緑谷出久!)
──どんな困ってる人も、笑顔で救けちゃうんだよ。
(救けるんだろ!)
──プロはいつだって、命懸け!
(お前の原点を思い出せ!)
ぎりりと、噛み締めた奥歯が音を立てる。
「下がってて、洸汰くん。離れすぎると的になるから、うん、7歩くらいで。
「ぶつかったら、って……お前、まさか! ムリだ! 逃げよう! お前の攻撃効かなかったじゃん! それに、両腕折れて──」
「大丈夫」
壊れた右の拳を無理矢理に握る緑谷の目からは、痛みによるせいで涙が滲んでいた。しかし、苦痛を堪え、マスキュラーを睨みつける中でも、口角は僅かながらに上がっていた。
「……100、パー、セント……」
力を籠めるほどに加速度的に痛みが増していく中で、背後の存在を想い、無事な足で大地を踏みしめ、襲い来る脅威に立ち塞がる。
「デトロイト、スマッシュ!」
「ってええっ!」
激突した瞬間、マスキュラーの身体を覆っていた筋繊維の一部がブチブチと音を立てて千切れていく。
「どうしたぁ!? さっきよりも弱えぞ!」
しかしそれでも、彼の身体を押し返すには至らない。
「……じょう、ぶ」
徐々に緑谷の足が地面にめり込み、マスキュラーに伸し掛かられるような体勢になってしまう。
「大、丈ぶ!
緑谷は、それでも足を退くことはなかった。右腕から硬いものが折れる音が鳴ろうと、裂けて血が噴き出そうとも。
「走れ!」
ただ1人を守るために。幼い少年を救けるために。
「……んのガキが、てめえ、最っ高じゃねえか!」
「うう、っるせえええぇぇぇっ!」
緑谷らしからぬ荒々しい咆哮が響き渡るが、マスキュラーの肥大化した身体は、強敵を圧し潰さんと止まることはない。
「血ィィィ! 見せろやあっ!」
地表が割れ、緑谷の身体が完全に沈む。壊れた両腕でそれでも食い止めようと抵抗を続けてはいたが──
(ごめん、お母さん! お母さんごめん!)
(オールマイト!オールマイ──)
「潰れちまえぇっ!」
とどめを刺すべく、更に力を籠めたマスキュラーによって、それも終焉を迎える。個性"筋肉増強"によって出来上がった筋繊維の塊に押さえつけられた緑谷は、圧殺寸前の状態だ。
「やっ、やめろぉっ!」
「水!?」
それを良しとしない存在が居た。
涙を浮かべた洸汰が、水を発生させる個性をマスキュラーに浴びせたのだ。
「後でな!? な、後で殺してやっから、待っ──」
バチン、と弾ける音がした。
続いて、マスキュラーは自身を押し上げる力を感じる。
「ころ、させてえええええ!」
「パワー上がってねえか!?」
「たまるかああああっ!」
全身を強化した緑谷が起き上がるにつれ、マスキュラーの筋繊維が少しずつ引き千切れていく。
記憶の中にあった、憧れの姿。オールマイトは、USJの事件において、打撃の効かない脳無に対して、100%以上の連撃を放っていた。
つまり、ワンフォーオールは、100%が上限ではない。
鍛えられた肉体を持つオールマイトですら、反動を受けるそれは、言うなれば「無理をしている」「火事場の馬鹿力」だ。多用することは元より、そもそも使って良いものではない。
それでも、使わなければ勝てないのなら。救けられないと言うのなら。
緑谷出久が躊躇うはずがない。
「デラ、ウェア……!」
拳を開く際に指を弾いて勢いを付けるだけでも、強化済みであればマスキュラーを弾き飛ばすに足る威力が生まれる。
「デトロイト……!」
そのまま右腕を引き絞り、拳を再度握る。
「スマッシュ!!」
動かすだけでも激痛が走るズタボロの腕は、そんな"些末事"を無視して力強く、ヴィランの顔面に叩き込まれ、その巨体を吹き飛ばした。
「何で……」
へたりこんだ洸汰の脳裏に、マンダレイの言葉がよぎる。
──あんたのパパとママ、ウォーターホースは、確かにあんたを遺して逝ってしまった。……でもね、そのおかげで守られた命が、確かにあるんだ。あんたも、いつかきっと出会う時が来る。そしたらわかる。
「……何で……。何も、知らないくせに……! 何でっ……! そこまで……!」
──命を賭して、あんたを救う。あんたにとっての──
僕の、ヒーロー。