夜闇をかき分けてゆっくりと進む人影があった。
個性"ポルターガイスト"を使い、意識の無い葉隠を背負う柳。
遂に限界を迎えた
毒性のガスという脅威を脱した彼らは、木々の間を通り、真っ直ぐに目的地へと向かっていた。
「……テレパスにあった、生徒の"かっちゃん"は爆豪のことだ。そう呼ぶのは、昔馴染みである緑谷だけだが」
気を紛らわせるために、という理由で喋る優幻の声が、虫の声すらなくなった森に広がる。
「時間を鑑みれば、緑谷はまだ出発していなかったはず。しかし、マンダレイに断片的な情報しか伝わっていないとなれば、マンダレイが相対するヴィラン以外に、あの突撃バカめ、接触どころか交戦したな」
「突撃……。いや、しかし。そうするとヴィランは一体どれだけ居るんだ」
「爆豪の、仔細な居場所までは、わからんのだろうな。だからこそ、ヴィランどもは、散開していると考えられ──止まれ」
優幻の耳がピクンと動き、次いで静止の言葉が投げられる。
彼の耳は、野生動物に近い能力を持っている。小さな音を捉え、その発生源を導き出す能力は耳郎や障子には及ばないが、常人に比べればかなり高い。
体調の悪化による目眩で視覚が使い物にならず、毒ガスの影響で嗅覚も上手く機能しない状態となってしまい、庄田に支えられている状況に開き直って音にのみ集中していれば、それなりの働きはまだ出来た。
「誰か、居るな。11時方向、1人」
即座に、近接戦闘を得意とする庄田が前に出て構えをとる。柳がその背後についてバックアップ、優幻は動けないなりに葉隠の警護に回る。
「んー、ここは"流石"って言うべきかなぁ。いやあ、あっさり見つかっちゃったねぇ」
警戒する面々の視線を受け、しかし特に気にした様子もない、軽薄な笑顔を浮かべた人物が木の陰から現れる。
ボディラインがくっきりと浮かぶライダースーツ、それも、夜闇に紛れる気は毛頭ないと言わんばかりの真っ白なそれに身を包んだ女性。背の高いモデルのようなスタイルだが、目を惹くのはその顔。
額から左頬にかけて。右耳から左耳へ。大きな2つの傷痕に加えて、小さな痕が無数に存在していた。
「ここはひとつ、はじめましてと言っておこうか。ヴィラン連合開闢行動隊の一員、フロストだよ。よろしくね」
ぞくり、と庄田と柳は、足下から這い上がってくるかのような寒気を感じて身体を震わせてしまう。
目の前に立つ女ヴィランが見せる"得体の知れなさ"に、恐怖しているように。
「──と、思わせるのがやり口だったな。ヴィラン名フロスト、本名不詳、個性不明。冷気を操るものと推定されてはいるが。殺人12件、殺人未遂7件の、指名手配犯だ」
「ありゃりゃ、バレちゃったか。いやはや、よく知っているね」
「手配犯の情報を全て覚えているだけだ。貴様らとて私たちの情報は調べているだろう、同じことさ。……庄田、ヤツにあまり触れるなよ」
事も無げに話しているが、優幻の視界は揺れて焦点が合わず、ヴィランの姿を視認出来ていない。戦力には数えられないと自認する以上、情報を得て共有することを役目と定め、探りを入れていく。
「貴様のようなシリアルキラーが、ヴィラン連合なんて小さな組織に入るとはな」
「んー? いやあ、案外1年後くらいにはどデカくてヤバい組織になってるかもよ?」
「ハッ、そのデカくなる組織が、爆豪をどうするつもりだ」
「あれ、知ってるんだ。……ああ! そっか、プッシーキャッツに居たねえ、個性"テレパス"が。誰かが漏らして、共有されちゃったかー」
カラカラと笑いながら話すフロストからは、悪意などの感情は一切感じられない。まるで友人と世間話でもするような気楽さが、より彼女の異常性を引き立たせていた。
「爆豪って子をどうするか、ってのは答えらんないかな。何せ、知らないから」
「……何?」
「死柄木くんは見てて面白いから、鑑賞する代わりに手伝ってあげてるけどね。私は彼が"何をしようとしているのか"には興味が無くて、"何をしたのか"が見たいのさ。だからバラしちゃうけど、私たちの目的はその子1人拉致することだけ。まあ、個別にアイテムのテストするように言われてたりとか、ドサクサに1人2人、欲を言えばもう少しブッ殺しちゃおうと考えてたりとかするけどね。11人も居れば思惑も様々なもんさ」
ひどくアッサリと、聞かれた以上のことを話し出す姿に、誰もが呆気にとられてしまう。
「どうしたのかな? 君が聞きたかったことに出来るだけ答えてあげたつもりだよ?」
「……面倒な」
「受け答えから私の思考体系を読もうとしたみたいだけどね、そういうの、"はじめから頭のおかしい奴"には通じないよー?」
「だから面倒と言ったんだ。倫理も常識も破綻しているクセに、自分の異常を把握してしまえる知性を、併せ持つなどと」
「
「ヤツは"頭の良い気狂い"だ。こちらの考えを先読みして、常に予想外の行動をとってくるぞ」
気を引き締めろ──続けられた言葉に、誰もが視線を鋭くさせた。
◆ ◆ ◆
森の中で始まった戦いは火蓋が切られてから数十分、趨勢が決しつつあった。
「ほぉら! 串刺しになっちゃいなよ!」
楽しげに傷だらけの顔を笑みで彩る女ヴィラン、フロストが腕を振るうと、空中に数十本にも及ぶ氷の矢が現れ、勢いよく飛び立っていく。
「ぐ、おおおっ!
迎え撃つのは、ただ1人。庄田二連撃。襲い来る"彼を狙っていない"氷の矢を撃ち落とし、それでも間に合わないと悟るや射線上にその身を割り込ませ、自身を盾に受け止める。
その理由は、フロストが狙う先にある。
「んー、頑張るね。でも、そんな足手まといに構ってるから痛い思いするんだよ?」
「黙れ。見捨てるなど、出来るものか!」
吠える庄田の後方約10メートル、1本の大木に、優幻は磔にされていた。
両肩と両腿を、氷で貫かれて。
「あなたたちみたいな英雄病の人間は、私みたいな悪人にはカモにしかならないよ」
葉隠を狙われ、個性を使う余裕のない状態だった優幻は、悪手であることを理解しながらも自分の肉体を使った。使うしかなかった。何とか急所は避けたものの、槍とでも表現すべきサイズの弾丸を受けては、重傷に変わりない。結果、そのまま縫い付けられるように行動を封じられた。
狙いを、磔となった優幻に切り替えたフロストの攻撃を撃ち落とし続けるうち、密かに放たれた自分への攻撃に気付けなかった柳は、両足に氷の矢を多数撃ち込まれて倒れた。今は痛みに顔を歪めながら、集中できない中でも懸命に庄田への援護を続けている。
「んー、私としては君たちに生き延びてもらいたいんだよねえ。狐条くんの死に様を伝えるメッセンジャーとして、さ」
「断る。全員で、生き延びさせてもらおう」
ただ1人、己の足で立つ庄田であったが、その身体は傷だらけだ。それでも自分が最も軽傷ならば、立たねばならぬと拳に力をこめて、悠然と佇むヴィランに攻撃出来る隙を伺う。
「そうは言ってもね。狐条くんは優先的にブッ殺せ、って言われてるからさ。体育祭優勝しちゃうくらい優秀な生徒が、グッチャグチャにされちゃうって、素敵でしょ?」
「異常者め」
「あらヒドい。いや、私がイカれてるのは事実なんだけどね。……そろそろかしら」
フロストの言葉の真意に気付くより前に、庄田の背後でドサリと重たげなものが落ちる音と、呻き声。それは間違いなく優幻の声だった。
「狐、条……!」
「柳さん、すまない! 状況を教えてくれ!」
「氷が、溶けて……! 血が、止めない、と!」
身体を貫く氷が溶け細り、優幻の身体を支えきれなくなって折れてしまった。当然の帰結として地面に投げ出されることとなった彼の身体からは、遮るものがなくなったせいで、先程まで氷で塞がれていた傷口から大量の血液が流れ出ていく。
「このまま失血死ってのは、ちょっと趣味じゃないんだよなあ。人間は死ぬ時、その理不尽に絶望して、恐怖して、悲嘆しながら死ぬべきだからさあ。そうは思わないかな?」
「……随分、と。偏った、死生観、だな」
「おおっ!? スゴいスゴい! まだ動けるの、狐条くん! いつ死んでもおかしくないのに!」
先程まで肉体を貫かれていたせいで、少し動くだけで傷口からは血が溢れているというのに、それでも優幻は立ち上がろうとしていた。
「何をしているのだ狐条く──ぐあっ!」
「いけないなぁ、この状況で私から目を離しては」
言葉から状況を察してしまった庄田は、思わず振り返ってしまい、その瞬間、柳同様に両足を撃ち抜かれて倒れてしまう。
「ああ、良い! その諦めていない表情! 色濃く出た死相! 何か"最期の手段"があるんでしょう!? 命懸けの、起死回生の一手! ……堪らないなぁ! そういうのを打ち破られた時、人間ってのは最っ高に絶望してくれるんだよ!」
「……何、なんだ、その、考えは……。絶望病か」
「アッハハハハ! 良いね良いね、絶望病! これから私はそう名乗ろうか! ああ、楽しいなあ!」
「本当に、狂って、いるな、貴様は。良いだろう、私の、最後の、手段、見せてやる。打ち、破って、みせろ、私の、一撃を……!」
血を吸ってドス黒くなったシャツを脱ぎ捨てた優幻の身体を、新たに流れ出た血が不自然に動き、妖しげな紋様を描いていく。
「ハハハハ! 狂ってるのは君もでしょ! 自分の血を使った最期の手段! そんなの、ヴィランっぽい!」
「覚悟、するがいい……! 古来、血を使ったまじないは、強力無比だった。知っておけ、呪い苛むは、九尾狐の本領よ!」
夜闇の中、薄っすらと赤黒い光が湯気のように優幻の身体から立ち昇りはじめる。妖しく、誘うような不思議な感覚を撒き散らしながら。
フロストも流石に、瞳に真剣な色を灯して優幻を見据える。口元は依然として笑う形になってはいるが、たとえ学生とはいえ剣呑な空気を醸し出す彼は、甘く見て良い相手ではない。
「ウソだがな」
「──おりゃああああっ!」
フロストの背後から、ひとりでに浮かんだように見える石礫が、可愛らしくも猛々しい叫び声と共に襲いかかった。
完全に意識を向けていなかった背後からの強襲。なまじ、正面へと意識を集中させていただけに、フロストはそれに気付くことはできなかった。
「──っ! 透明人間!?」
「イエス、インビジブル! つまり無敵! おりゃりゃりゃりゃ!」
その声は、倒れ伏していたはずの葉隠透。
彼女は、気絶してすぐに優幻が展開した結界に保護されていた。被害は軽微であり、後は清浄な空気を取り込み安静にすれば回復するような状態だった。そして、柳のポルターガイストは人が抱えて運ぶ場合に比べて、揺れることもなく、傷病人に対して理想的と言えた。
結果的に静養することとなり、先程、すぐ側に優幻が倒れてきた時に目を覚ましたのである。
「うっ……とおしい!」
いつどこから来るのか分からない打撃は、威力こそ低いものの無視できるものではない。数十に及ぶ氷の矢が、フロストの腕の動きに合わせて葉隠が居るであろう辺りに飛びかかっていく。
矢は全て、はるか先の地面へと撃ち込まれてしまったが。
「残念、伏せていたのでした!」
そして、立ち上がった葉隠が掴んだらしい石礫が、宙に浮かぶ。
──その数8。
「7つは、私。さて、葉隠どーこだ?」
横たわったままの柳に、不敵な笑みが浮かぶ。
「8箇所全部ブラフ、本物は別の所から強襲。それが狙いかしら。残念、お見通しよ」
「……残念、ハズレ。葉隠の本当の、役割は、救援を呼ぶこと、だ。これで、私たちは、守りに徹すれば、勝利と、なる」
「っ! ……へえ。守りに徹する、ねえ。どこまで保つの? ズタボロの3人で──ぎあっ!?」
フロストの背中に訪れたのは、衝撃。それも、生半可なものではない。まるで人間が勢いよくブチ当たったかのような、強烈なもの。これには、堪らず吹き飛ばされてしまう。
「案外、お人好し、なのか。ウソ、に決まって、いる、だろう」
「さっすが狐条くん! よっ、性悪クソ狐!」
「葉隠、後で、覚えてろ」
連続殺人鬼・フロストに、これまで失敗など無かった。彼女は順調に常識を逸脱し、望む通りに人を殺し、順風満帆に道を踏み外し続けてきた。
今回も、自分好みのティーンエイジャーを壊しに来ただけだ。雄英生ということで、今まで手がけた獲物たちより優秀ではあろうが、それでも高校生。純然たる事実として、経験が不足しているはず。実際、庄田と柳の2人で戦っている時には、じわじわと追い詰めていた。彼らの目には確実に、恐怖が刻まれつつあった。
「──狐条、優幻……!」
柳のポルターガイストによって浮かび、こちらへ向かう庄田。その2人からは、既にフロストに対する恐怖は見えない。
あと少しで、彼らの心を破壊出来たというのに。
「狐条優幻!」
「ツイン──」
もう、フロストの目には迫り来る庄田の姿は映っていない。見つめるのは、あちこちから血を流して青白くなってしまった美丈夫。自分の目的の為に、惨たらしく殺される役目を与えられただけの男。
そして、自分の思惑をひっくり返した男。
「必ず、殺してあげ──」
「──インパクト!」
ポルターガイストによって射出された庄田の、固く握りしめた拳が、優幻に殺意と笑顔を向けるフロストの鳩尾に突き刺さる。
「
ただでさえ悶絶する威力の拳。その患部へもう一度、数倍の威力を叩き込むというその個性は、シンプルながらえげつない。確かに増幅した衝撃は、細身な身体を吹き飛ばすに充分だった。
優幻が注意を逸した所を、葉隠の奇襲で体勢を崩し。柳を運搬役に、庄田を攻撃に集中させる。それが、優幻の組み立てた戦術。
「上手く、いった、か、な……」
元より体調は最悪、疲労困憊という所に、身体を貫かれる大怪我。そこから大量の血を流し、見せかけの紋様を作るだけとはいえダメ押しの個性使用。
とうに限界を越えていた優幻が、膝から崩れ落ちるのは当然と言えた。
「狐条くん!」
「ヤバ、とにかく止血!」
「いかん、しっかりしたまえ、狐条くん!」
意識を失った優幻が呼びかけに応えることはなかった。