「おはよう! 俺は聡明中学出身、飯田天哉だ! 隣になったのも何かの縁、よろしく!」
「お、おお……。朝から元気だな。
登校した優幻が座席表に従い席につくと、隣からハキハキとした声で語りかけられる。背筋の正しい男子生徒の様子に、気圧されながらも言葉を返していた。
「朝は1日のはじまり! 元気に挨拶せねば!」
「俺もそんな感じで声かけられたよ」
「おや、"尻尾の"、同じクラスか」
「だから、尻尾は君もだろ」
鞄を置いた優幻に近寄るのは、優幻の見知った顔。尾白猿夫だった。
「うん? 君たちは知り合い……ハッ、同じ中学か!?」
「残念、ハズレだ。実技で同じ会場でな。チームアップしたんだよ」
「まだ来てないけど、葉隠さんも同じクラスだよ。後の3人はB組みたいだ」
「チーム……! なるほど、そういうやり方もあったのか!」
オーバーなまでのリアクションをとる優幻たち2人は、理解した。
ああ、純粋なのか、と。
「ムッ!? 君、机に足をかけるんじゃない!」
そして、トコトン真っ直ぐなようだ。爆発したような髪の男子を見咎めて、颯爽とそちらへ向かった飯田を見て、その人となりを否応なく理解する。
「なんつーか、フルスロットルだなアイツ。あ、俺、砂藤ってんだ。よろしくな」
「聞いていたかもしれんが、狐条だ。尻尾が目につくだろうが寛大に願いたい」
「心配すんなって。俺デカいから」
尾白が座席に戻り、真後ろの砂藤力道や隣の常闇踏影らと挨拶していた時。その男は現れた。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここは、ヒーロー科だぞ」
(……ヒーロー科だよな、ここ)
寝袋に包まってゼリー飲料を口にする男。なんとも奇妙な存在に、教室にいた全員が言葉を失う。
「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。……担任の相澤消太だ。よろしくね」
担任。
その言葉に、生徒一堂ただ困惑しかない。
「早速だが、これ着てグラウンドに集合だ」
そう言って示すのは、雄英デザインの体操服。
(さて、体操服で入学式ってわけもないだろう。何が出るか)
◆ ◆ ◆
「個性把握テストォ!?」
「入学式は!? ガイダンスは!?」
グラウンドに集まった生徒たちからあがる声に、しかし担任という相澤はにべもなく切り捨てる。「ヒーローになるなら、そんな悠長な時間などない」と。
「デモンストレーションだ。爆豪、個性使って思いっきり、コレ投げてみ。円から出なきゃいい」
「んじゃ、まあ、思いっきり……。──死ねぇっ!」
爆音と共に、ボールが遥か彼方へと飛翔する。相澤の手元にある機械に出された数字は、705.2m。
「705mってマジかよ!?」
「さすがヒーロー科、"個性"思いっきり使えるんだ!」
「何これスゲー面白そう!」
口々に声をあげる生徒の言葉に、相澤の「空気が変わった」のを察知したのは、残念ながら誰も居ない。
「"面白そう"か。ヒーローになるための3年間、そんな腹積もりでいるのかい? ……よし、トータル成績の最下位の者は"見込み無し"と判断し、除籍処分としよう」
「え、えええええええええっ!?」
「そんな、入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても、理不尽すぎる!」
「理不尽、ねえ。……自然災害、大事故、身勝手なヴィランども。世の中ってのは理不尽に満ちてる。そいつを覆すのがヒーローだ。これから3年間、雄英は君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えてこい」
その言葉に対する反応は様々だ。不敵に笑う者、決意を固める者、慄く者。
そして、はじまる。
「おおっ、3秒台出た!」
「早いなあ」
早速、飯田がとんでもない記録を弾き出す。彼の両足にある個性"エンジン"は正にうってつけだった。
続く者たちも、それぞれに個性を活用して好記録を出していく。
「俺、スピード出ないんだよなぁ」
「強みを活かしていくしかあるまいよ。逆に、私は丁度良いのがある。先に行かせてもらうぞ砂藤」
「マジかよ」
出席番号の組み合わせで並び立つ優幻と砂藤。不安げな表情の砂藤に対して、優幻は淡々と靴の裏に呪符を貼り付ける。
『レディ……ゴー』
「発動」
機械音声の合図と同時に、術式を発動。射程距離50m超の光の槍が、靴の裏から伸びて優幻の身体を押し出していく。
射程に注力した結果、攻撃能力などは無いが。
『2秒91』
「おおっ、スゲー!ギリ2秒台!」
「くぅ、得意分野で遅れをとるとは! これが最高峰か!」
「……いや、私の記録は"50mだから"だ。それに、推測するに飯田の場合は最高速度までいくらか時間がかかるのだろう? 100や200なら、こうはいかなかったさ」
「なんと! そこまで見抜かれていたか……」
「走る速度が段階的に上がっていたからな」
50m走。狐条優幻、第1位。
続く握力測定。
「万力ってありなの!?」
「個性で作ったものはアリなのか」
ポニーテールの女子生徒が作り出した万力でとんでもない記録を出したかと思えば。
「540キロ!? あんたゴリラか、ってタコか!」
6本腕の男子生徒が驚異的なパワーを見せつける。
そんな中で優幻は、またも呪符を取り出し、グリップ部分に巻きつけていた。
「圧縮」
ふわりと光を放った呪符周辺の空間が、陽炎のように揺らめく。
「なんだこれスゲー! しかも450キロて!」
「……ここまでか。まだ試作中のだしなぁ」
結果は第3位。
「変わった個性だな。見た目で"狐"だと思ったが」
「うおっ、そっちにも口あるのか」
近い記録を出したことで気になったのか、6本腕の少年が声をかけてきた。腕の先に作った口で。
「私は狐条優幻。個性は"九尾狐"だ。よろしく」
「ああ、障子目蔵だ。個性は"複製腕"」
「複製、か。何とも便利そうだ」
「お互い様だろう、それは。それに、万力を作り出した彼女程じゃない」
「……はい? 呼びまして?」
どうやら声が聞こえたらしい少女が振り向く。
「ああ、凄い個性だな、という話だ。狐条優幻だ、不快にさせたならすまない」
「障子目蔵という。よろしく頼む」
「まあ、ご丁寧に。八百万百です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
育ちの良さを感じさせる八百万に、男子2名も折り目正しく挨拶する。次の立ち幅跳びで順番を待ちながら会話しつつも、彼らの視線は競技中の同級生に向けられていた。
「皆さん雄英に来るほどの実力者。個性の使い方を見るだけでも勉強になりますが、狐条さんの個性はよくわかりませんね」
「同感だ。50m走も先程も、派手で目を引いたからか、余計に混乱する。異形型じゃないのか、"九尾狐"というのは」
「いささか説明が難しいと言うか、独特だな。怪異系と呼ばれるもので、一応は異形型だ」
「怪異……。ああ、幻想系のことですわね。話には聞いたことがありますが、実際に見るのは初めてです」
「まあ、複雑だとは自負しているよ。その分と言うべきか、できることも多いとは思うが。……私の番だ、では」
名前を呼ばれ、優幻はスタート位置につき、慣れ親しんだ術式を発動させる。
音も無く、ふわりと浮き上がると、走る程度の速度で宙を舞う。
「飛んだー!?」
誰かの歓声を背後に飛び続け、直進の限界、建物に手を着くと、間逆に方向転換する。
「オイ狐条。それ、どのくらい続けられる?」
「えー、7、8時間は余裕で。このまま寝れます」
「……ならもういい。これ以上は時間の無駄だ。記録"無限"な」
相澤の手元に示された、無限を表す記号に、生徒たちの間にどよめきが走る。
「マジか、無限とかあんのか……」
しかし、これまで好調の優幻も記録を出せない競技もある。反復横跳び、上体起こしは妖気による身体強化で少しは良い方、といったレベル。長座体前屈に至っては好記録どころか下位だった。
「腰痛い……」
「何でもできるかと思えば、そうでもねーのか」
朝方に挨拶した切島鋭次郎に腰をさすられる始末である。
「わ、ヤバげな感じ?ダイジョブ?」
「ああ……。切島、ありがとう。もう痛みはひいた」
「お、そか。なら良かったぜ!」
からりと笑う切島に、自然と優幻にも笑みが浮かぶ。なんとも明朗快活な男だと。
「狐条、だっけ。私、芦戸三奈!ヨロシク!」
「改めて、狐条優幻だ。よろしく」
並び、彼らが向かうのは次の種目のソフトボール投げ。既に始まっているようで、今は女子が白線で書かれた円に居た。
そして、何の気負いもなく、どころか振りかぶることもなくボールを投げると、そのままフワフワと飛んでいった。
しばし待ってもボールは落ちることなく、空の彼方へ。最終的に出た記録は、本日2度目の"無限"だ。
「なんとまあ。浮遊か? 彼女の個性は。しかし、飛び方が風の影響を受けているようだし、違うか?」
「わかんねーけど、また無限出たな。くぅ、俺の個性、あんまこういうのに応用きかねーし」
「切島の硬化って真正面からのドツキアイには強いけどねー。あ、次あの緑くんだ。あんまり良い記録出してないから心配だねぇ」
「……うーん、やっぱアイツだと思うんだよな。入学試験で0ポイントぶっ飛ばしたの。遠目だったけどあんな感じの髪だったし」
「マジ!? あれぶっ飛ばしたの?」
切島の証言とは裏腹に、1投目は46m。
「……とてもそうは見えんが、何か発動条件でもあるのか?」
「あのゴーグル……。そうか! 抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」
「イレイザー……?」
「アングラ系のヒーローだったか。詳しくはないが……ゴーグルでわかるってすごいな」
そして、しばし相澤から言葉をかけられた少年は、再度円の中に。
何事かを呟き、覚悟を決めた表情で2投目を放つ。
「お、おおっ! カッ飛んだ!」
「やー、行ったねえ」
「……? 指、腫れ上がってるな。折れたか?」
「「折れた!?」」
優幻の視線の先。投じた右手の人差し指が倍近くまで腫れ上がっていた。拳を作るだけでも激痛が走るだろうに、涙を浮かべながらもその目は力強い。
「まだ持久走残ってんぞ」
「放ってはおけん。応急処置してくる。──先生! 彼の治療を行います!」
「ん、狐条か。できるなら良いぞ、やっとけ」
優幻は歩きながら、貴重な治癒用の術式を書き込んだ札を取り出す。
「狐条優幻だ。痛むだろうが我慢してくれ。一度真っ直ぐにせねばならん」
「あ、うん。み、緑谷出久です、あぐっ」
変色し腫れ上がった指を慎重に動かし、呪符を貼り付けて力を注ぐと、柔らかな光が緑谷の右手を包み込む。
「わ、凄い。もう痛みが無い」
「痛覚を麻痺させているだけだ。言わば麻酔だな。しばらく固定する必要があるが……」
「あの、良かったら使って。私のハンカチで申し訳ないけど」
「いや、助かる。……君は、先程記録"無限"を出していたな」
「麗日お茶子です。って、狐条くんも出しとったよね、無限」
「言われてみれば確かにな。……これでよし。緑谷、できるだけ動かさないように。完治までは行かんから、終わったらちゃんと診てもらえ」
「す、凄い。狐条くんの個性って、一体……?」
「怪異系異形型の"九尾狐"だ。すまんが次、私の順番なのでな。話はまた今度だ」
そう言い残し、相澤に呼ばれた優幻はボールを受け取り円の中へ進むと、ペタリとこちらにも呪符を貼り付ける。
「では、飛べ!」
言葉通り、ボールはひとりでに凄まじい速度で飛んでいく。そして出た記録は、4918m。
麗日に次ぐ順位となった。
そして、最後の持久走。バイクを作り出した八百万、最高速度を遺憾なく発揮した飯田に続き、妖気を纏って身体を強化した優幻は、氷を発生させて進む男子と競り合いつつの3位であった。
「んじゃ、パパッと結果発表。ちなみに除籍はウソな。君らの最大限を引き出すための、合理的虚偽」
「「……。はーーー!?」」
周囲の喧騒を他所に、優幻は順位表に目を向ける。
「2位か。取れる種目は派手に取れるんだが、他がなぁ。八百万のは万能な個性だな」
「ありがとうございます。ですがまだまだ。伸ばせそうな所も見つかりましたし、次も負けませんわ」
「そう来なくては。私も挑みがいがある」
「おおっライバルっぽい!」
「葉隠?」
「葉隠さん?」
慢心なくも笑う1位と、にこやかにしかし好戦的な目の2位。そんな2人の肩に手を置いた、と思われるのは、透明人間の葉隠だ。
「やー、2人とも凄いね! 狐条くんは久しぶり!」
「久しぶり。相変わらずのようで何より」
「あら、お2人は知り合いですか?」
「入試でチーム組んだんだ! あっちの尻尾の人、尾白くんと、B組になった3人と!」
「葉隠と八百万は……。ああ、うん。葉隠がこのノリで声をかけたんだろうな」
「仰る通りですわ。話しやすくて助かりました」
「それほどでもあるよ!」
和やかに話しながら、教室へ戻る生徒たち。
初日から波乱に満ちた高校生活を感じさせない精神的タフネスを感じさせる姿に、担任の相澤は人知れず笑っていた。