ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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40 夏の終わり

 雄英高校ヒーロー科1年、夏季林間合宿。

 生徒40名のうち、意識不明13名、重軽傷12名、重体1名、行方不明1名。

 

 惨憺たる結果となった合宿の顛末を優幻(ゆうま)が聞いたのは、事件の3日後だった。何せ唯一の重体患者。目を覚ましたのも、一番遅かったのだ。

 両肩と両太腿を貫通した怪我は、そこから更に磔にされたことで、奇妙な具合に広がり、裂けてしまっていた。加えて、軽度の凍傷も負っていた。

 事件当夜は既に意識朦朧としており、意識を失ってから復帰した時点で治っていたせいで本人に実感はなかったが。

 そのような申告を聞かされた主治医は、呆れ返ってしまった。失血死寸前だった患者のくせに、目覚めてすぐにケロッとしていれば、さもありなん。

 

 しかし、優幻がそれだけの無茶をしなければ、今頃は、葉隠は微妙なところだが、庄田と柳は確実に、フロストによって心を破壊されていただろう。警察のプロファイルにある通り、かのヴィランは殺人を目的としているのではなく、人の心を壊すために目の前で殺して見せているように優幻は感じられた。同時に、警察の非公開資料をリューキュウ事務所で見てしまったことが、こんな所で役に立とうとは、とも思い返していた。

 

 兎にも角にも、リカバリーガールが手続きをしておいてくれたので、彼は自分の個性を使って回復しつつ、のんびりと病院の屋上で空を眺めていた。

 

「オールマイトが……」

 

 本来なら、病室で大人しくしておくべきなのだろうが、生憎とそんな気分にはなれなかった。

 その理由は、寝ている間の世情を知るために売店で買った新聞にある。

 

 爆豪の拉致。生徒が意識不明の重体。横浜市にある神野区の壊滅。オールマイトの正体。数々の記事をつなげて見えてくるものは、あの夜、雄英高校がヴィランに敗北したこと。そして、そのことがきっかけとなり、壊滅的な被害とナンバーワンヒーローが隠していた秘密が露呈したということだ。

 

 念の為に言えば、優幻は「私のせいだ」などとは考えていない。そこまで自惚れることはできない。

 しかし、「初めに嫌な匂いを感じた気がした時に、即座に警戒していれば」「円場の回収が空振った後、直接施設へ向かわずに轟、爆豪組に合流していれば」と、どうしても"たられば"の可能性を考えずにはいられない。理性では無駄だと分かっていても、後悔とは止めようと思ってもどうにもならないものだ。

 

 何も、優幻はそこまで熱狂的なオールマイトフリークではない。クラスメイトたちのように、コスチュームからいつ頃のものか、なんてことは分からない。

 それでも、彼の有り様や実績は尊敬していた。トップヒーローという言葉がピッタリはまる、素晴らしい人物だと。

 それほどの人物が、恐らく長い間隠していた秘密を晒してしまう事態。その一端になってしまったという罪悪感が、ジクジクと心を蝕んでいた。

 

「……ままならんなぁ」

 

 呟いた言葉は、そのまま真っ青な空へと消えていった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 神野の悪夢と呼ばれる事件から数日。A組生徒の各家庭へと、全寮制についての説明に手分けして回っていたイレイザーヘッドとオールマイトは、日の沈んだ頃に最後の一軒でようやく合流を果たしていた。

 高級タワーマンションの一室。それなりの高さにある部屋からは、遠くに雄英高校の校舎が見える。

 

「こうして見ると、思いのほか近いねえ」

「イザとなれば窓から飛んで一直線──やりませんから落ち着いてください、相澤先生」

 

 これまでの各家庭とは異なり、すっかり緩んだ空気になってしまっている理由は、単純にこの部屋に居る人間の数にある。

 家主である優幻と、教師2名。それだけだ。

 テーブルを囲みお茶を口に含めば、教師2人はすっかり緊張の連続で凝り固まった肩から力が抜ける。

 

「必要な書類はこれで全部ですかね」

 

 優幻には保護者が居ない。厳密に言えばとある弁護士が後見人となっているが、雇い主が優幻である以上ただの形式的なものだ。

 当の本人が雄英に通い続けるつもりなので、他とは違って説明も何も無い。ただの書類受け取り作業であった。

 

「怪我の方はどうだ。バアさんから完治してるとは聞いてるが」

「後遺症もありませんし、大丈夫です。問題を挙げるなら、療養期間で身体が鈍ってしまったことですね。学校のトレーニングルーム、使えませんか?」

「普通なら引っ越し準備してろと言うところだろうが……」

「どう見ても準備万端だよね、これ」

 

 オールマイトの言葉通り、リビングから見える部屋には、梱包を終えたダンボールが積まれていた。

 

「まあ、良いだろう。校長には連絡しておくが、まだマスコミが多いから空から来い」

「ええっ!? 良いのかい、相澤くん!」

「どうせコイツのことなんで、個性使わずに行けるようにグライダーかなんか用意してますよ。……警察には話通しとけ」

「ご心配なく、既に許可自体はとってます」

「周到だね狐条(こじょう)少年!」

「パワーローダーが対空セキュリティを調整し直したから、テストに丁度良い。迎撃システム動かすように言っとくから、ちゃんと避けてレポート出しとけ」

「厳しいね相澤くん!?」

「絢爛崎先輩の華麗煌美システムですね、楽しみです」

 

 応える優幻の表情は、新しいオモチャを与えられた子供のように楽しげだった。

 雄英のセキュリティは現在、生徒の訓練に使われるようになった。当初は、優幻がサポート科(主に発目とパワーローダー)に要望を叶えてもらった対価として、セキュリティシステムの試験役を買って出たのだが、訓練として非常に優れていると報告を受けた相澤と、想定漏れを炙り出すのに有用と判断したパワーローダーが、それぞれに提言。めでたく取り入れられる運びとなった。

 今ではヒーロー科対サポート科の形となっており、互いに切磋琢磨を続けているせいで、既に葉隠や黒色を容易く捕捉できるシステムが作られている。

 

「完全に、私や爆豪のような高機動空戦タイプを目標とした仕組みらしいですからね。図面すら見せてもらえず、名前しか知りません。はてさて、何が出るやら」

「楽しそうだねえ」

「そりゃあ、夢に近付くための訓練ですから。あと、私対策を真正面から破られて悔しがる姿が見たいです」

「サディスティック! ……ほ、程々にね、狐条少年」

「もちろんです。得るべきは恨みではなく対抗心ですので」

 

 カラカラと笑う優幻の姿に、相澤は密かに溜息をひとつ。

 何せ、誇張でもなく死の淵まで行ったのは彼だけだ。怪我が治ったとしても、今回の一件がトラウマになってしまえば、ヒーロー科への復帰は不可能だろう。

 

(分かってるのか分かってないのか。……いや、分かってるなこれは)

 

 その辺りの精神状態を確認することも、相澤たちの役目なのだが、いくらなんでも正面から「トラウマになっているか?」などと聞けるわけもなく、会話から探りを入れていたのである。

 しかし、その意図に気付かれている場合は、全く意味がなくなってしまう。

 

(本当に何ともないのか、除籍されないために繕っているのか。これ以上は本職に任せるべきだな)

 

「オールマイト、そろそろ行きましょうか」

「へ? 良いのかい、その……」

「精神状況を確認しようにも、ほら、私ってこんなのですから。隠してるのか判断つかない、という所でしょう」

「分かってるなら良い。おかしい様子が見えたら即止めるからな」

「はい、相澤先生はその辺り容赦ないですから、信頼しています」

 

 ヒーローとして見込みが無ければ除籍。それは、裏を返せば「見込みがあるうちは除籍されない」とも言える。

 

「あー……。なるほど、しかし狐条少年、いつから気付いていたんだい?」

「そりゃあまあ、最初からというか。そも、合理主義が服着てるような相澤先生が、我が家に来ること自体が妙な話です。書類は郵送で済みますし。付け加えるなら、会見の映像の中で校長先生が"生徒らのメンタルケアを行っている"と仰ってましたが、私は受けた覚え無いんです。1人だけ寝坊した上、先生方が忙しかったので仕方ないですが。となると、素人目にもヤバい状態になってないかを確認しに来るのかな、と」

「お見事! いやあ、出発前に言ってたこと、全部当てられちゃったなぁ」

「これがオールマイトでなくプレゼントマイクがペアだったら、この後飲みに行くのか、なんて考えましたがね」

「いや、飲みには行く」

 

 相澤の答えに驚いたのは、誰であろうオールマイトだった。

 

「1杯奢るっつったでしょう。ヒーローが約束破るわけにはいきません」

「三猿の大将、質の良いビールサーバー導入したらしいですよ。めちゃくちゃ冷えるとか何とか」

「相澤くん本気だったの? というか詳しいね狐条少年!」

「雄英とウチの間くらいですからね、あの店。大将とは私がここに越して来て以来の付き合いですし。半年未満ですが、あそこの店主は未成年に酒飲ませるようなマネが心底嫌いなんで、むしろ学生も安心して出入りできるんですよ。よくハウンドドッグ先生と会います」

「何してんだ」

 

 笑顔で「骨をかじる醍醐味を語り合いました」などと答えられては、理解の及ばない相澤は溜息を吐くしかできない。

 

「まあ、元気なようで何よりだ。が、この先かなりハードな予定だ。無理して身体壊すようなマネはするな。それでいてちゃんと鍛えとけ」

「どっちですか、と聞くまでもないですね。両立してみせましょう」

 

 不敵に笑ってみせる優幻の姿に、教師2人は何となくではあるが、心配いらないだろうと結論を出した。今の彼に必要なのは、保護し守るのではなく、更なる高みへ飛べるよう導くことだと。

 

 

 

「それでは。……ああ、オールマイト先生。この後大変でしょうけど、頑張ってください」

「え。なに、相澤くん、酒乱なのかい」

「ンなわけないでしょう。それならとっくに、店を出禁にされてます」

「……そう、ですね」

 

 オールマイトが居酒屋で酒飲みたちに揉みくちゃにされるのは、この数時間後だった。

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