雄英高校学生寮、ハイツアライアンス。その入寮日は若干の波乱はあったものの、概ね順調な滑り出しと言えた。
5階は、エレベーター側から順に、瀬呂範太、
「おや、轟。もう荷解きは終わったのか?」
「狐条か。まあ、とりあえずな。……フローリングが落ち着かねえが」
「和室派かい、お前さん。それなら、置き畳でも買うか? 近くの津村という畳屋の四代目が、そういうのも扱うようにしたらしくてな」
「元々この辺に住んでるんだったか。知ってるんなら紹介してくれ。どうにも落ち着かねえんだ」
あまり荷物の多くない轟と、事前準備をトコトン進めてあった優幻。あっさりと引っ越しを終えた2人は、ベランダでのんびりとしていた。
何を話すわけでもなく、優幻は広がる風景を眺め、轟は手の中にある少し色褪せた写真に目尻を下げた。
丁度そんな時、ふいに強い風が轟の手から写真を攫ってしまう。
「っ! ちっ!」
慌てて手を伸ばすが、届かない。風に乗り、その写真はヒラヒラと宙を舞い離れていく。
「先行する!」
その手が空を切った瞬間の、轟の表情を見てしまった優幻には、内容はわからずともそれが大切なものだということくらいは、察せられた。
なら、やることは決まっている。
轟へと声をかけながらも、ベランダの縁に飛び乗り、次の瞬間には地上5階から躊躇せず飛び立った。
轟も、急いで追いかけるべく部屋を後にする。
◆ ◆ ◆
「すまん、轟。追い付けなんだ」
寮からほど近い、木々の生い茂った一角。その入り口で、優幻は駆け寄って来た轟に頭を下げていた。
「いや、いいんだ。俺の不注意だし、この辺りってとこまで絞り込めてるのは、お前が追いかけてくれたおかげだ。あと靴、持って来といた」
「おお、助かる」
寮の玄関にある靴箱は、既に飯田の手によって、各人の名前が出席番号順に張り出され、整頓できるようになっていた。おかげでスムーズに目的のものを持ち出せたのだ。
「では、手分けして探すか」
「良いのか? 俺の個人的なモンなんだが」
「大事なものなんだろう? そういう困っている人を見捨てられんから、ヒーローを目指すのさ。クラスの連中なら、同じようにするよ」
「……ああ、ありがとな」
「そいつは、ちゃんと見つけてから頂こう──む?」
遠くから聞こえてきた機械音に、2人は揃って顔を向ける。心なしか、近付いているようなそれに意識を向けた次の瞬間。
「お」
かなりの速さで飛び込んできた"何か"を、轟が作り出した氷の壁が危なげなく受け止めた。硬質な音を立てて地面に落ちたそれは、轟が何とか片手で持てるサイズの機械だった。
「こいつは発目が作ったヤツだな。……ほれ、体育祭の決勝で、飯田を使って、自分のアイテムをアピールした、サポート科の」
「……おお」
名前から人物が思い起こせなかったらしい轟だったが、何とも微妙な解説で思い出したらしい。
そうしているうちに、噂の人物が駆け寄ってくる。
「って、狐条さんではありませんか」
「ああ、うん。ようやく名前覚えたのか」
「先日のレポートに書いてありましたので!」
「何度も名乗ったんだがな。……まあどうでもいいか」
「ええ! ともかくベイビーを捕まえてくれて、ありがとうございま──ああっ、ベイビー!」
話している途中にも、通り行く機械類に発目が反応し、駆け出していく。
しかし、よくよく注意してみれば、駆動音はそこかしこから聞こえていた。
「おい、向こうにもあるぞ」
「捕まえてください!」
「は? おい」
「発目! 強制停止は!」
「発信装置側の故障により使えません! では!」
言うべきを言ったのか、発目はそのまま駆けて行ってしまった。残されたのは、強烈な彼女の性格に呆気にとられた轟と、慣れつつある優幻。
ひとまず見える範囲に対処することにしたらしい轟が、付近を歩き回る機械たちを氷で拘束していく。
「発目には悪いが、先に轟の捜し物からいこう。見るに、あれは写真だろう? 思い出の品を優先しよう」
「……いや。先にこっちを片付けよう。困ってる人を放っておけねえからヒーローを目指す、だろ」
「……なるほど、一本とられたな。よし、ならば手早く仕留めるか!」
「壊しちゃダメだろ」
「言葉の勢いだ」
共に高い広範囲制圧の手段を持つ2人は、並んで気合いを入れると彷徨う機械たちへと挑み始める。
◆ ◆ ◆
時間にして十数分。発目作のアイテム回収任務は、リヤカー1台に満載という結果で、一応の決着となった。
「すげえな。これ全部、1人で作ったのか」
「いやあ、愛と情熱と狐条さん持ち込み理論との結晶です!」
「もう少し安全面に配慮してもらいたいがな。爆発や暴走はどうとでもできるが、パワーローダー先生のお説教は遠慮したい」
「そうは言いましても、開発中は私も貴方もノリにノリますから。無理ですし止めようとも思いませんので!」
「……これで全部、ちゃんとあるか?」
どこまでも自分に正直な発目の様子に、轟は何となく嫌な予感を抱いて話を逸した。具体的には、オールマイトの話をし始めた緑谷に通じるものを感じたのだ。
「ハッ! そうでした、確認しませんと!」
「っと、そうだな。私たちも、そろそろ本来の目的に戻らねば」
積み上がったサポートアイテムの山に突撃する発目を眺め、優幻は「取り漏らしがあってもどうにかできるだろう」と結論付けて、写真探しに戻ろうとする。
「あ」
しかし、たった1文字分の音に、足を止めることになる。
「なんだその、発目らしからぬリアクションは。嫌な予感しかせんのだが」
「1機、見当たりません。以前の実験で作った、超重量金属で構成した自走式小型拘束具が」
「おい待て、あれは失敗だったろう」
「ですから改良したのです!」
「現に暴走しとるだろう。……轟、すまんがこちらを優先せんとマズい」
「そんなにヤバいのか、それ」
「最悪、巻き込まれた人間の背骨が折れる」
「何作ってんだお前ら」
総重量792kg。対象を指定するだけで最適解を導き出し、拘束するという、対ヴィラン捕縛アイテム。……だったのだが、抵抗できないように人の身体の限界まで無理な姿勢を取らせることになる結果、その重量でトドメをさすことになってしまうのだった。
実験体を買って出た優幻が、最大限の身体強化を施してなお抵抗できないどころか、あと数秒もあれば、長座体前屈を反対側に折り曲げた形になっていただろう威力だった。
心の中で"タワーブリッジ(偽)"と名付けたのは、彼だけしか知らない。
「ともかく、手分けして探そう。外見は今、どうなっている?」
「塗装などはまだなので、銀色です。大きさはランドセルほど、キャタピラで自走します」
「だ、そうだ。見つけ次第氷漬けにしてしまって構わない。壊す勢いで頼む。発目は見つけたら我々を呼ぶように」
「そういえば、私では止められないのでした。いやあ、うっかり」
「お前さん自身の戦闘能力は低いだろうが……。ああ、そうだ。写真を見つけたら回収しておいてくれないか。私たちの探し物でな」
「ならば私の個性"ズーム"は役に立ちますね! そちらの言う写真含め、周囲一帯を探しましょう!」
優幻と轟は、発目の視線が通らないであろう木の陰や、生垣の裏手に回り込み、少しずつ移動していく。
「おや、何してんだい、アンタたち」
どうやら、あちこち覗き込みながら確認を進めていく姿は、遠目に奇妙に見えたらしい。随分と不思議そうな表情を浮かべたリカバリーガールの様子で、ようやく轟は思い至った。
ちなみに、優幻は最初から気付きつつも些細なことと割り切っており、発目に至っては思考の埒外だった。
このままでは誤解されかねないと判断した轟により、簡単な事情説明が行われたおかげで、誤解は受けずに済みはしたが。
「それじゃあ、あたしも手伝おうかね。散歩のついでだけどさ」
「助かります」
「そこの、怪我が治ったばかりだってのにいきなりハードなトレーニングするような、おバカ狐も放っておけないしねえ」
分かりやすいほどにトゲのあるリカバリーガールの言葉に、轟が渦中の人物へ視線を向けると、こちらも分かりやすく顔を背ける優幻の姿があった。
「何してんだ狐条」
「いや、私もな、リハビリのつもりだったんだ。話の流れでセキュリティの試験をやることになって、恐ろしいほどに高性能なものが出来上がっていて仕方なくな」
「どこが仕方ないんだいこのおバカ。単にテンション上がって暴れただけだろう」
「一時のテンションに身を任せてはいけないな……」
「当たり前だろ」
容赦ない轟の言葉に無傷だったはずの左胸を抑えながら、捜索は続く。
「……ん、アレじゃないのかい? 向こうの生垣の中、銀色が見えるよ」
最初に見つけたのは、経験値の差か、リカバリーガールだった。指さす先にある木々の僅かな隙間に、光沢ある物体が垣間見えた。
まるで隠れるかのような姿に状況を察したのは開発者たる発目。
「捕縛モードになってます! 注意を!」
その声が合図となったかのように、キャタピラでガリガリと地面を削りながら金属の身体が現れる。
「"多重展開"、"縛鎖"! 諸共やれ、轟!」
「おお!」
優幻の取り出した3枚の呪符から金色の鎖が放たれ、突撃してくる機体に絡みつくと同時、左手でそれらをまとめて掴んだ轟が個性を発動する。
全てではなくとも、発目が開発していた途中を知る優幻が、的確に装甲の隙間へ鎖をねじ込み、伝導した冷気がそのまま内部を凍らせていく。駆動の要となる部分を止められてしまえば、脅威ではなくなってしまう。氷結で動きを封じたところで、発目所有のワイヤーで縛り、落着となった。
「ところで、写真というのはあちらのことでしょうか?」
そう発目が示す先は、轟の真上。ちょうど彼が背を向けていた、1本の木。
地上から3メートルと少し、といった高さにできた"うろ"が、偶然にも写真と同じ程度の大きさであり、形も近かったようで、更に偶然が重なりスッポリとそこに収まっていた。
「まるで額縁に入れたみたいだね」
「何とも奇跡的な。轟、足場を作るから少し待て」
手早く展開された優幻の結界は、階段状に。登った轟はようやく回収し、傷や汚れもほとんどない写真を手に安堵の表情を浮かべた。
「探し物が見つかって何よりだ。アンタたち、引っ越し作業はもう終わったのかい?」
「あー……」
「さっぱり入りきりませんね!」
慣れないフローリングを思い出したのか、複雑そうな表情の轟とは対照的に、微塵も心配していない顔つきの発目。彼女には1つ秘策があった。
「狐条さん、実にちょうど良かった。以前お話にありました空間拡張の件ですが」
「それを倉庫代わりに、というなら無理だ。そも、あの時話に出したのは"制御が難解で実用化の目処が立っていない"例だ」
「え、ご自分の部屋を拡張したりは?」
「するワケあるか。あの時も言ったが、見えている問題を解決せんうちには使えん」
だが、あっさりと目論見は外れてしまい、ガクリと肩を落とすことになった。
「そっちの子はパワーローダーに相談しな。サポート科は程度の差はあれ、モノが多いんだ。こうして他所に面倒かけちゃいけないからね。アタシの名前出して構わないよ」
「ならば早速交渉してきます! ありがとうございました!」
落ち込んでいたのは、ほんの僅かな時間だった。リカバリーガールの口添えを得た発目は、元気にリヤカーを牽いて走り去っていく。
よくもまあ、あれだけ重い物を載せているのにと一同が見送っていると、車輪になにやら取り付けられているのが見えた。
「あれも作品かい。聞いていた以上に変わった子だよ。……さ、次はアンタらの問題をどうにかしようかい。着いておいで」
優幻の知らぬ間に交わされていた、轟とリカバリーガールの会話。和室派である彼の悩みを解決すべく連れられた場所は、粗大ゴミ置き場という名の雑多な倉庫だった。
そこには、あまり使用感のない畳や障子戸など、轟が求めていたものが揃っていた。
「授業で使い終わって、また何かに使えるかもって残されててね。毎年そう言うんだけど、使われないことが大半なのさ。このまま寝かせて捨てるよりも良いだろう。イレイザーには、あたしから連絡しておくよ」
「これ、実家のと同じやつだ。ありがとうございます、リカバリーガール」
「半畳の置き畳も結構あるな。私も半和室にしようか……。いくつか、私も貰ってよろしいですか?」
「仲良く分けなさいな。有効活用してやっておくれ」
リカバリーガールの言葉に、この2人にしては珍しく高校生らしい様子で宝の山を物色しにかかった。