畳やら何やら、かなりの量になった荷物を、結局相澤から許可をとって、
「ありがとな、
「なぁに、気にするほどのことじゃない。半和室なんて面白い部屋になったのも、轟のおかげだしな。この間まで住んでた部屋は、洋室向けの家具で揃えてしまっていたから、ああいう部屋には出来なくてなぁ」
結局、日暮れまでかかってしまった引っ越しは、轟の満足いく結果となった。
後は暮らしながら少しずつ整えれば良いと結論付けた彼らは、エレベーターで1階へと降り立った。
「お部屋披露大会、しませんか!?」
ちょうど到着して扉が開いたところで、芦戸の元気な声が聞こえてきた。
「ん?」
「おや」
突然のことについていけない、などということはなかった。何せ"部屋を披露する"のはすぐに伝わったから。2人して、自分に言われても特に困るものでもないと考えながら、一団に合流することにした。
「あら、轟さん、狐条さん。お部屋の方は、もう?」
「おお、一応な。で、どういう状況だ?」
「芦戸さんと葉隠さんが、皆さんどのようなお部屋か、と」
八百万から話の流れを聞く間にも、あれよあれよと進んでいるようで、事態について行けていない様子の緑谷が、芦戸と葉隠に背中を押されてエレベーターへと向かってきていた。
対応を迷う轟を尻目に、芦戸とアイコンタクトを交わした優幻はボタンを押して、先程まで乗っていたエレベーターの扉を開いて協力を買ってでる。
「さあ行こー!」
「よし行こー!」
テンションの高い芦戸と葉隠が、2階に部屋のある男子たちをエレベーターへと押し込んでいく。その様子を笑って眺める麗日と耳郎が続き、その後をソファで寛いでいた上鳴や切島、瀬呂が、最後に轟と八百万が入る。
尻尾を持つ尾白と優幻、体格の良い飯田と砂藤、大柄な上に複製腕を持つ障子は、自然と階段移動を選択する。
エレベーターのような、乗員の限られた小さめの乗り物に直面した時に同じようにしているのが察せられ、彼らの間に奇妙な連帯感が生まれる一幕となった。
◆ ◆ ◆
「わあああ! ダメダメちょっと待──」
ようやく状況を把握した緑谷の制止の声は遅すぎた。
抵抗すらする暇もなく、扉が開かれる。
「オールマイトだらけだ! オタク部屋だ!」
「……こんなにあるのものなのか、グッズって」
楽しそうにする麗日に対して、部屋を染め上げる量のオールマイトに、驚きを隠せない表情を優幻は浮かべていた。お菓子などとのタイアップは知っていたが、フィギュアや時計などなど、思いもよらないオールマイトに感心するばかりだった。
こうして幕を開けた"お部屋披露大会"だったが……
──常闇ルーム
「黒っ! 怖っ!」
「男子ってこういうの好きなんね」
──青山ルーム
「まぶしい!」
「思ってた通りだ」
「想定の範疇を出ない」
──峰田ルーム
スルー。
──尾白ルーム
「わぁ、普通だぁ!」
「普通だぁ! すごい!」
「これが普通ということなんだね……!」
──飯田ルーム
「難しそうな本がズラッと!」
「さすが委員長!」
「メガネクソある!」
──上鳴ルーム
「チャラい!」
「手当たり次第って感じだなー」
それぞれに特色の出た部屋は、概ね酷評の嵐であった。
「……釈然としねえ」
「ああ、奇遇だね。俺もしないんだ、釈然」
「そうだな」
「僕も☆」
「男子だけが言われっ放しってのも変だよなぁ? "大会"っつったよなぁ? なら当然! 女子の部屋も見て決めるべきなんじゃねえのか? 誰がクラス最高のインテリアセンスか、全員で決めるべきなんじゃねえのか!?」
女子に容赦なく振るわれた言葉の刃が、一部男子の闘争心をかきたてる。困惑と無関心の中、受けて立つ女性陣との間に火花が散る。己の内面を写すとも言われる内装をもって、文字通りに雌雄を決せんとする彼ら彼女らに、果たして明日の景色はどう見えるのであろうか」
「いきなり変なナレーション入れないでよ、狐条くん」
「すまん、つい」
しかし続く4階。爆豪は早々に引き上げており不在。切島の部屋は絵に描いたような暑苦しさで、"彼氏にやってほしくない部屋ランキング2位くらいにありそう"という、絶妙な女性受けの悪さを発揮。その隣、障子の部屋はインテリアセンスがどうこう以前の、ごく最小限にまで絞ったものしかないミニマリスト仕様であった。
「んじゃ次は5階男子!」
「瀬呂からだ!」
ワンフロア上がってすぐの部屋。扉を開け中に入った面々から、感嘆の声が漏れる。
アジアンテイストのリゾートホテルを思わせる部屋。家具や小物の配置も煩くならない程度に配された、かなりクオリティの高い作りだった。
「ステキー!」
「瀬呂こういうのこだわるヤツだったんだ」
ここに来て初となる高評価な声。これには本人も嬉しそうであった。
「次、狐条くん!」
「あのハイセンスの後、というのはなぁ。笑わんでくれよ」
美的感覚にはあまり自信のない優幻が扉を開くと、興味津々なことを隠し切れないクラスメイトたちが先んじて入っていく。
「おおっ!?」
「ナチュラルテイスト!」
右手側にベッドと、横になった時の足下には背の低い棚。どちらも木目調で柔らかな雰囲気が出ている。
左手側は、手前はフローリングのまま、奥は置き畳による和風空間となっている。洋間は背の高い書棚と、小さくシンプルなテーブルと椅子がそれぞれ1つ。和風スペースは座椅子と文机。家具のどれもが木の味わいを前面に出したもので、統一感があった。例外は、畳の上に転がる唐草模様のクッションくらい。
壁紙まで木目模様になっているが、単調にならないように観葉植物やそれを模したグリーン系統色の小物もあり、まるで木の中にいるような錯覚を起こさせる。
「瀬呂くんに続いてステキ部屋や!」
「この棚のファイルは?」
「その辺りにあるのは、検証中の術式に関連する論文や資料、手配中のヴィランについての記事、美味しい油揚げ料理のレシピ、AB組生徒と教員の対策研究だな」
「なんかジャンル違うの混じってたぞおい」
5階まで進んでようやく女子ウケする部屋が現れ、にわかに活気づく。その勢いのままに、更に隣の部屋へと進んでいく。
「さっさと済ませてくれ。ねみい」
「──完全和室!?」
「造りが違くね!?」
気怠気な表情のままに部屋主が開いた扉の先に広がっていた光景は、全員の予想を軽く飛び越えるものだった。
畳敷きの床や障子戸はまだしも、砂壁と言われる近代和風建築お馴染みの壁模様に、床の間まで存在するとあっては、皆驚かざるを得ない。
「当日即リフォームってどうやったんだ!?」
「……狐条が」
「あ、うん。なんか納得した」
「どういう意味だ上鳴。何も特別なことはしとらんぞ、見た目が和室になるよう誤魔化してるにすぎん」
事実、壁をはじめ全てが原状回復を視野に入れたアレンジであり、本格的な工事などは行われていない。
「んじゃ、次! 男子最後は!」
「俺。だけどまー、つまんねー部屋だよ」
溜め息と共に砂藤が扉を開いた先には、前3人と比べては確かにありきたりなシングルルームだった。
「轟インパクトの後じゃ、誰でも同じだぜ」
「てか良い香りするの、コレ何?」
「香ばしい、あるいは美味しそうな」
しかし、視覚よりも嗅覚に届く何かに意識が向いた。
「ああイケね、忘れてた! だいぶ早く片付いたんでよ、シフォンケーキ焼いてたんだ! ホイップがあるともっと美味いんだけど……。食う?」
「模範的"意外な一面"かよ!」
手早く切り分けられたそれらに、真っ先に甘党な数名の女子が手を挙げ、最終的には全員に行き渡り、もれなく絶賛の声を零すことになる。
そのあまりの美味しさに、その後巡った可愛らしい女子部屋そっちのけで彼に票が集まり、初代部屋王の栄冠に輝く程に。
「部屋は!?」
◆ ◆ ◆
第1回部屋王決定戦は無事に幕を閉じ、生徒たちが三々五々解散していく中、優幻はソファに腰掛けそっと息を吐いた。
「狐条、お疲れっぽい?」
「芦戸、と葉隠か。荷解き中にひと悶着あってな、まあ、それだけさ。合宿での怪我はもう完治しているから、心配ないよ」
「お見通しかー」
三人掛けに座っていた障子が、気を利かせてスツールへと移動すると、軽くお礼を言いながら少女2人は隣り合って座った。
「一応連絡は貰ってたけどさ、やっぱり心配だったよ。何せ、目が覚めたらすぐ前に、血塗れの狐条くんが居たんだもん」
「あー、確かに心臓に悪いか」
「しかもさ、注意をひきつけるとか言って、更に無茶するんだよ! おバカ!」
「あの場では他に──」
「心配! しーたーのっ!」
「あっ、はい。ごめんなさい」
べちべちとテーブルを叩く音が、表情かわからない葉隠の怒りを示していた。その迫力のない様子に隣の芦戸は苦笑いだ。
「……私、完璧に足手まといだったでしょ。即気絶、グースカしてる間に、私を庇って皆がピンチ。ヘコみもするよそりゃ」
「俺もだ。常闇を守ろうとして、結果的に奴の暴走の切っ掛けとなってしまった」
「私なんか、なんにも出来なかったよ。なーんにも、さ」
「──だからこそ! このまんまじゃいけないからね! やることいっぱいだよ! というわけで狐条くん!」
雰囲気的に、葉隠が優幻を指さしているのだろうことは推測できた。ズビシ、とでも効果音が付きそうな勢いで。
「勉強! 教えて! ください!」
「そっちかい。いや、構わんが」
「ヤオモモはほら、問題児の三奈ちゃん上鳴くんが居るからね」
「なんか飛び火した! 心臓が痛い!」
「葉隠、お前さんとて中間の順位はワースト5だろう。青山と瀬呂に続いて」
「アイタ! やめて心が苦しい!」
「しかし狐条は問題行動に目をつけられているのではなかったか」
「ぐぅっ、思わぬ伏兵。なるほど、胸が痛いというのはこういうことか……!」
3人がそれぞれに左胸を押さえてソファに倒れ行く珍妙な光景に、障子の目が細められる。
「狐条、本当に怪我は完治しているのか? いくらリカバリーガールが来たとは言え、かなりひどい傷だったのなら、後遺症があるかもしれんだろう」
「その辺りは心配いらんよ。丁度、開発途中の治癒術式があったのでな。私の身体で実験していくうちに全部治った、と言うか再生した」
穴が開いている、としか表現できないような怪我であった。当然ながら、血管、神経、筋肉は欠損してしまっていた。リカバリーガールの治癒と医師による手術で、ある程度取り戻すのが限界、最悪の場合は手足の機能に障害が残るかもしれない、と判断されていたのだ。
それを覆したのが、開発中だった"身体再生術式"だ。
身体の他の部位から細胞をこそぎ取り補填するという、言葉だけでも異常さがわかるそれは、外傷に対して素晴らしい効果を発揮する。
まだまだ無駄が多く実用レベルではないが、施術者本人が患者なので毎日少しずつ治し、問題点の洗い出しと改良を続けたのである。
紛れもなく人体実験だった。
「何してるんだお前は」
「大人しくしてたら死ぬの、狐条?」
「再生って、いよいよヘンテコ生物っぽいよ狐条くん」
神野の事件で慌ただしい世間の裏で、本来ならば安静にしていなければならない重傷者が、自分を使って人体実験に勤しんでいたという事実に、聞かされた3人が揃って辛辣な感想を口にしていた。
「ひどい言い草だな特に葉隠!」
「しょーがないよ。狐条くん、存在がもうバグだから。普通の人は空中を歩いたりしないから」
「計算でどうにかなるぞ?」
「なってたまるか。八百万と飯田すら諦めたろう」
「水の上とかも歩きそうだよね」
「無論、出来るが」
「……やっぱバグキャラだぁ」
呟かれた葉隠の言葉に、残る2人が頷いて返す。
入寮初日の夜は、穏やかにふけていった。
加賀川甲斐様、誤字報告ありがとうございます。