ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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43 仮免試験(前)

 時期としては夏休み真っ只中だが、他科に先駆けて入寮したヒーロー科に休める道理はなく。

 1年A組の生徒たちは(1名を除き)制服のネクタイを締めて教室に集まっていた。

 

「爆豪は意地でもネクタイは結ばんつもりか」

「何度注意しても聞かんのだ、まったく! そうこうしているうちに、相澤先生が許可を出してしまった!」

「許可出てんだからウダウダ抜かすなやクソ眼鏡」

 

 相変わらずの不遜な言動を貫く爆豪である。

 

「許可っつーか、注意する時間が無駄だからじゃね?」

「……もしや爆豪、結び方分からんのか」

「え、そーなの爆豪?」

「俺が教えてやろーか?」

「ンなワケあるかぁっ! ブッ殺すぞアホ面クソ狐しょうゆ顔クソ髪コラァッ!」

「俺キレられるようなこと言ってないじゃん!」

 

 すっかり日常に戻った教室では、暴君気質を持つ爆豪を弄くり倒す光景が繰り広げられていた。入学当初こそ驚いていた緑谷も、今やありふれた光景としてサラリと流すほどになってしまっている。

 USJでの共闘からよく声をかける切島を筆頭に、上鳴や瀬呂、そして優幻(ゆうま)が主犯となることが多い。

 

「おや、こんな所に予備のネクタイが」

「誰がつけるか、めんどくせえ。オイ持って来んなクソ狐」

「あー、やっぱできないんだー」

「そのゴミみてえな棒読みやめろやしょうゆ顔ハラ立つわ」

「爆豪んトコも詰め襟だったらしいし、しゃあねえって。俺も慣れるまで苦労したしな!」

「できるっつってんだろーがクソ髪! 貸せや!」

 

 これみよがしにネクタイをひらめかせる優幻の手からひったくり、爆豪は鮮やかな手つきで首もとを飾っていく。

 ものの数秒で、お手本のようにキレイな結び目が出来上がった。

 

「これで文句ねえ──」

「今後もそうしとけ」

 

 結び終えて視線を上げた爆豪の目に写ったのは、いつも通りに眠たげな表情の担任教師。

 元凶となった連中が見当たらないと見渡せば、どいつもこいつも素知らぬ顔で席についていた。夏休み中ということもあり、普段なら聞こえるはずのチャイム音が無かったせいで気付くのが遅れたのだ。

 

 そこで爆豪は疑問を抱いた。あの担任教師なら、まず騒いでいることに注意するはずだ。その声が聞こえていれば、自分も早々に気付いていただろう。

 では何故か。考えるまでもない。

 

──ハメやがったなクソ狐ぇ……!

 

 額に青筋を立て、殺意に満ちた凶悪な眼光で狐条優幻(しょうわるぎつね)を睨むが、当人はどこ吹く風。上鳴電気(アホ)切島鋭児郎(たんさいぼう)は多分、何も知らされていないだろう。こういうことに不向きだ。だがそこの瀬呂範太(にやけづら)は間違いなく共犯だ。後で潰す。

 

「おはよう。昨日話した通り、仮免の取得が当面の目標となる」

 

 爆豪のそんな心の内など知る由もなく、相澤の話は始まり、19人分の元気良い返事が教室内に響いた。

 

「ヒーロー免許ってのは人命に直接かかわる、責任重大な資格だ。当然、取得のための試験はとても厳しい。仮免といえど、その合格率は5割を切る。教導資格持ちが"受験するに足る"と判断しているのに、だ」

 

 現在、最も人気のある職業であるヒーロー。その資格試験を受けたがる者は数多く、その全てを審査していては人も金もかかりすぎる。

 そこで、ヒーロー公安委員会が作り出した仕組みが、「仮免試験の受験は、教導官の許可を必要とする」というもの。教導官は専門の資格保持者かプロヒーローが務め、最低水準に達していない者をふるい落とすようになっている。

 そうやって、合格の見込みが有る者だけが受験していてなお、夢破れる者たちが大半を占めるあたり、その難解さが分かる。

 

「そこで諸君らには1人につき最低2つ、必殺技を作ってもらう!」

 

 相澤の合図に、教室へと入ってきたのはエクトプラズム、セメントス、ミッドナイトの3人。しかし生徒たちが食いついたのはそこではなく、"必殺技"の方。

 

「「学校っぽくてそれでいて、ヒーローっぽいのキタァア!」」

「……学校っぽいか? 必殺技」

 

 喝采の中、優幻の呟きはかき消されていった。

 

「必殺!コレ即チ、必勝ノ型・技ノコトナリ!」

「その身に染み付かせた技は他の追随を許さない! 戦闘とは、いかに自分の得意を相手に押し付けるか、だよ」

「技は己を象徴する!今日び必殺技を持たないプロヒーローなど、絶滅危惧種よ!」

「詳しい話は実演を交えて合理的に行いたい。コスチュームに着替えて、体育館ガンマに集合。以上、行動開始」

 

 相澤の号令にいち早く動いたのは、担任到着前の騒動をよく覚えていた優幻と爆豪だった。

 両足を強化した優幻が跳躍し、壁からコスチュームケースを引き抜く。爆豪も同様に。距離は爆豪が近いが、個性使用中の優幻とケースを掴んだのは同時だった。

 ギラリと、爆豪の鋭い眼光が優幻を見据える。確実に報復するつもりだ。

 

「教室外は個性禁止な」

 

 次の一手は、と瞬間的な睨み合いに入った2人だったが、相澤の言葉で素早く方針を固める。

 

「"縛鎖"!」

「ってオレ!?」

「フィィィィッシュ!」

 

 優幻が使う中でも頻度の高い金色の鎖が、事態について行けていない緑谷と峰田の間を通り、共犯者たる瀬呂を捕まえ、引っ張り上げる。

 爆豪が事情を正確に読んでいるという確信のもと、生贄に仕立てるつもりであった。

 

「させるかよっ!」

 

 しかし瀬呂も、体育祭での敗因であった、反応の遅れを克服しつつある。左肘から射出したテープで、コスチュームケースを確保すると共に、右からのそれを優幻に巻きつけてしまう。

 

「一蓮托生だこら!」

「一網打尽の間違いだオラ」

 

 そうして2人セットになったところを、爆豪の手ががっちりと掴む。具体的には、優幻と瀬呂の頭を。

 

「遺言くらいは残させてやる」

 

 ゆっくりと口角を上げる爆豪だったが、凶悪な目つきのせいで威嚇しているようにしか見えない。

 だが、捕まっている方も只者ではない。その程度で大人しくなるなら、はじめから関わることもなかっただろう。捕まったまま、器用にもアイコンタクトを交わした2人は同時に口を開く。

 

「「案外、ネクタイ似合ってる」」

「──死ねぇっ!」

 

 怒号と悲鳴が響く中、慣れきったクラスメイトたちは、この後の特訓に心躍らせ、談笑しながら更衣室へと向かっていった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 圧縮訓練、2日目を終えた夜。日中に"必殺技考案"という、心躍りながらもハードな訓練をこなした生徒のうち一部の面々が、風呂上がりに共用スペースでのんびりと過ごしていた。

 

「うぇ、やっぱまだ充電足りてねえや」

「だからって風呂に充電機持ち込むなよ?」

「流石に俺も、そこまでバカじゃねえよー」

 

 ソファに座り、どこかぼんやりとした表情でケーブルを咥え、身体を揺らしながら充電する上鳴。その隣で麦茶を手に笑う切島。

 

「どーよ常闇、このリンゴジュース、スゴくね?」

「美味……! 我が生涯にて五指に入る水準……!」

「だろ? 通販もやってっから、後で案内持ってくぜ」

「感謝」

 

 洒落たラベルに彩られたビンを前に、盛り上がる瀬呂と常闇。

 

「なんで隣に来やがる、暑いんだよクソ狐ぇ……!」

「そう言うな。ほれ、今なら尻尾も消せるしな」

 

 不機嫌な表情を隠そうともしない爆豪と、手にした札をヒラリと揺らして、自慢の九本尻尾を消した優幻。

 

「──って消せんのソレ!?」

 

 大したことのないように優幻が述べたせいで、誰もがそのまま流しそうになり、はたと気付いた上鳴が声をあげた。

 

「お手本のような二度見だなぁ」

「いやそこじゃなくて! "九尾"狐なのにその尻尾消しちゃダメじゃね!?」

「っせーぞアホ面。こんなもん、消えたように見せかけとるだけだろーが」

 

 面倒そうな爆豪の言葉に、その場に居た5人はキョトンとした表情を浮かべてしまう。

 

「爆豪……。よもや、狐条(こじょう)が何をしているのか、把握しているのか……?」

「……細けえところは知らねえよ。最初の戦闘訓練でコイツは幻覚を他人に見せた、その応用だろ。都合良く手本になる透明女が居るしな」

「いやはや、見破るなら最初は爆豪とは予想していたが、初見で、とはなぁ」

「アホか、てめえのやり口は何度も見とるわ。根本的に騙くらかすのが本質だろうが、いつまでも引っ掛かると思うんじゃねえ」

 

 吐き捨てられた内容に、理解が追いつかない4対の視線が、これ以上語ろうとしない爆豪から隣の優幻にスライド。タイミングの合った動きに笑みを零しながら、注目の人物は尻尾を出現させて、追求を続けるであろうクラスメイトたちに語ることにしたようだった。

 

「私の個性"九尾狐"は、爆豪の言う通りに騙すことに特化している。以前言ったことがあるが、昔話では狐に化かされるのは定番だろう?」

「いや、そうは言うけどよ。あの光の弾とか、光る壁とか、あれは? 流石に幻覚じゃないっしょ」

「うむ。騙すと言っても、相手は"人"ではなく"世界"なのでな。事象現象を構築する様々な法則を、私の術式が正解なのだと世界に思わせ、望む結果を引き出す。重力の働く方向を変えれば宙に浮かぶのもたやすいわけだ」

「たやすかねーだろ」

 

 半目になった切島の言葉に、瀬呂や常闇は頷くばかりだった。

 なお、残念ながら上鳴は既に話を理解できていないようで、疑問符の浮かんだ表情だ。

 

「……何でもアリじゃね?」

「そう言いたくなる瀬呂の気持ちはわかるが、実はそう上手くは行かんのだよ。本来の法則から離れるほどに計算すべき事柄は増える。結構、難儀しているよ」

「しかし、自身の強化に遠距離攻撃、何より多彩かつ堅牢な防御結界があるだろう。盤石に思えるが」

「どこぞの爆豪某が突破してくれるのでなあ」

「ハッ、全部ブチ殺したるわ」

 

 獰猛に笑う爆豪に、望むところだと優幻も笑って返す。自信家の爆豪も、手強いライバルの存在を、自身のレベルアップのために歓迎する優幻も、相変わらずといった姿に笑いが溢れる。

 だが1人、浮かない顔に変わった男が居た。

 

「切島、どうかしたのか?」

 

 最初に気付いたのは対面位置に座る常闇だった。普段は明るく賑やかな切島の物憂げな表情に、思わず声をかけていた。

 

「……必殺技のことでちょっとな。オールマイトには、"小細工するよりゴリ押し技の方が良い"って言われたんだけどよ。いざガチで考えたら、お前らと張り合える技がねえ」

「はあ?」

「お前らは中遠距離攻撃があって、機動力にも長けてるじゃん。上鳴以外」

「おいケータイ充電してやんねーぞもう」

 

 憤慨する上鳴を他所に、握ったり開いたりと繰り返す己の手を見つめる切島は、浮かない顔のままだ。

 

「今でさえ俺はパッとしねえことばっかだし、この先皆がプロんなったとして、俺はどうやれば張り合っていけるのか」

「意外と卑屈だよな、お前」

 

 瀬呂の言葉に、「嘆きじゃねえよ、思案だ!」と吠える切島。言葉をかけようとした優幻と常闇はしかし、珍しく爆豪が興味深そうに視線を送るのを見て、止めた。

 

「張り合うも何も、テメエ前に"ブレねえ騎馬"だとか言ってたじゃねえか。オールマイトの……。神野での最後。倒れねえ、ってのは、クソ強えだろ」

 

 その言葉にしばし考え込んでいた切島だったが、やがて何かに思い至ったのか、小声で呟きながら部屋へと引き上げていった。続くように、ひとりまたひとりと部屋へ帰っていき。

 

「……なあ、爆豪よ」

 

 たった2人になったところで、優幻が思い出したように口を開く。

 

「詮索するつもりは無いが、何やら思い悩んでいる節が見受けられる。先生方に相談するのも手だと思うぞ」

「……あ゛あ゛?」

「落ち着け、別に私に話せというわけではないよ。ただ、何も言わずにおれんだけさ」

「余計な世話だボケ」

「ヒーロー志望なのでな。……では、私ももう寝るよ。おやすみ」

 

 返事が返ってこないことは予測済みなので、優幻は言い置いて去っていく。

 残った爆豪は、ただ1人中空を眺めたままだった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 訓練の日々は流れ、遂に仮免試験当日。生徒たちを乗せたバスは、試験会場となる国立競技場へと到着した。

 広大な面積を持ち、様々なイベントに使われるとあって報道などでその知名度は抜群だ。

 

「多古場の国立競技場って、来るのは初めてだ」

「私もだ。テレビではよく見かけるのだがなあ」

 

 たまたま最後列に座っていた、優幻と尾白の尻尾コンビが降りたところで、担任教師の声が聞こえて全員が背筋を正して口を噤む。

 

「この試験に合格し仮免許を取得できれば、お前ら志望者は晴れてヒヨッ子、セミプロへと孵化できる。……頑張ってこい」

「「はいっ!」」

 

 憧れのヒーローへと繋がる道。その節目となる目標に、生徒たち全員は普段以上に気合が入っていた。

 

「っしゃあ! なってやろうぜヒヨッ子によぉ!」

「いつもの一発決めて行こーぜ! せーのっ、Plus──」

「Ultra!!」

 

 切島の背後から、突如響く大声。そこへ視線を向ければ、帽子をかぶった大柄な男子学生の姿があった。

 

「……どちらさん?」

「……さあ?」

 

 見覚えのない姿に疑念を感じている間にも、どうやら同校の生徒に注意されたらしい件の学生が──

 

「どうも大変!! 失礼!! っ致しましたぁっ!!」

 

 ガツン、と音を立てて、謝罪と共に下げられた頭が、地面にぶつけられる凄まじい有様に、誰もがドン引きしていた。

 

「なんだこの、テンションだけで乗り切る感じの人は!?」

「飯田と切島を足して二乗したような……!」

 

「それよりも、だ。あの制服に制帽、気付かんか?」

「……東の雄英、西の士傑」

「雄英に匹敵する難関校の、士傑高校か……!」

 

 騒々しさに他校も足を止めて注目する中には、その威風堂々とした佇まいに気圧される者も見られる。それほどまでに、厳しいカリキュラムに裏付けされた高い実力は有名だ。

 

「一度言ってみたかったッス!! プルスウルトラ!! 自分、雄英高校大好きッス!! 雄英の皆さんと競えるなんて、光栄の極みッス!! よろしくお願いします!!」

「うるさっ」

 

 元気一杯、という表現を少しばかり逸脱した大声に、素の状態で聴力の良い耳郎と優幻が慌てて耳を塞いでいた。

 位置の都合で、優幻の場合は両手で頭を抑える恰好になり、筋骨隆々なゴマフアザラシを受け入れるクラスメイトがその可愛らしさに気付いていたが、それはともかく。

 

「夜嵐イナサ。……イヤなのと当たったな、ありゃあ、強いぞ」

「先生の知ってる人、ですか?」

「昨年度の推薦入試、つまりお前たちの年に、実技トップの成績で合格したにも関わらず、なぜか入学を辞退した男だ」

 

 呟かれた相澤の言葉に、誰もが驚きを隠せない。何せ、轟にせよ八百万にせよ、入学時からその優秀な立ち居振る舞いを見せていた。その上を行くと聞けば、驚くのも無理はない。

 

「"雄英大好き"とか言ってたワリに、入学は辞退、ってのもよく分かんねえな」

「ねー。変なの」

「変だが本物だ。マークしとけ」

 

 地面にぶつけた額から血を流しながらも、笑顔で去っていく夜嵐を見送る面々の表情は、「優秀だけど変わり者すぎる」という感想がありありと浮かんでいた。

 

「……なんでこう、優秀な人ってその分常識かなぐり捨てるんやろ。狐条くんとか爆豪くんとか」

「ケンカ売っとんのか丸顔コラ」

「イレイザー? イレイザーじゃないか! テレビや体育祭で姿は見てたけど、直で会うのは久しぶりだな!」

 

 つい不用意な発言をしてしまった麗日へ向けて、爆豪が一歩踏み出しかけたところで、横あいから女性の声が聞こえた。

 呼ばれた当人のイレイザーヘッド、相澤は、あからさまに面倒臭そうな表情へと瞬時に変わっていた。

 

「結婚しようぜ!」

「しない」

「しないのかよウケる!」

 

 流れるようなやり取りに生徒たちは置いてけぼり、になっていない者が僅かに居た。"結婚"に耳聡く食いついた芦戸と──

 

「スマイルヒーロー"Ms.ジョーク"! 個性は"爆笑"! 近くの人を強制的に笑わせて思考、行動共に鈍らせるんだ! 彼女のヴィラン退治は狂気に満ちているよ!」

「狂気て」

 

 ヒーローオタク、緑谷である。瞬時に情報を引き出す辺り、彼も十分に変わった存在だ。

 

「相変わらず絡みづらいなジョーク」

「私と結婚したら、笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぜ!」

「その家庭、幸せじゃないだろ」

「……仲が良いんですね?」

「昔、事務所が近くでさ。助け助けられをくりかえすうちに相思相愛へ「なってない」──ツッコミ早いな!」

 

 嫌そうな素振りを微塵も隠そうともしない相澤に対して、ジョークも全く気にした様子を見せない。それだけで、腹芸など意味なくやらない彼に慣れていることが伺えた。

 

「いやあ、弄り甲斐があるんだよな、イレイザーは」

「鬱陶しいからやめろ。……お前のトコも受験か」

「ああ、そうそう。おいで皆! 雄英だよ!」

 

 相澤弄りに満足したのか、ジョークは振り返って離れた所に居る生徒たちを呼び寄せる。

 

「傑物学園2年2組、私の受け持ちさ。よろしくな」

 

 紹介する言葉に続いて、笑顔で歩み寄る好青年にチラリと視線を向けた優幻は、すぐに違和感の正体を見抜いていた。

 

(……作り笑顔。悪意は無さそうだし、情報収集が目当てか?

 視線の行き先は……。ああ、爆豪か。適度に揺さぶって出方を見る、というところだな。爆豪なら気付くだろうし、放っておいて良さそうだ)

 

 次から次へと握手していく真堂という爽やか──に見える青年から目線を離した。

 

「ねえ轟くん、サインちょうだい? 体育祭カッコ良かったんだ」

「やめなよ、ミーハーだなぁ」

「あ、狐条くんもお願いしたいな。もしくは尻尾触らせて!」

 

 賑やかな時間は、彼らの担任が声をかけるまでではあるが続いた。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 ヒーロー仮免許試験。その説明が、疲れを一切隠そうとしない公安委員会から為された。

 ルールはシンプルながら、その裏に多種多様な評価項目を隠した"人間的当て"は、合格者先着100名──合格率わずか6パーセントというインパクトによるざわめきの中で、いよいよ始まろうとしていた。

 雄英高校の面々は、いち早く状況を整理した緑谷の言葉によって、大半がまとまって行動を共にしていた。

 当然の如く団体行動から外れた爆豪と、追いかけた切島、上鳴。それとは別に、広域攻撃を得意とするゆえに集団から離れた轟と、体育祭同様に彼の背中にへばりつく狐。この5人を除いて。

 

「……で、何でまた引っ付いてんだ」

 

 背中から右肩へと登ってきた優幻に対して、以前にも経験があるからか、轟に動じた様子は無かった。重さを感じない仕掛けが少し気になった程度だ。

 

「大きな理由としては、私たちがこの会場に居る雄英生の中で顔が知られている、というのがある。何せ体育祭の1位から3位が揃い踏みだからな。当然ながら対策を練って挑んでくるだろうから、単独行動だと面倒になりかねんので、お前さんの攻撃に対応できる私がくっ付いているわけだ。爆豪には切島と上鳴が付いていたし、飯田は皆と居るしな」

「熱と冷気、両方に準備してくるってのか? 俺らと同じ会場になる保証はねえだろ」

「相性というものがあるさ。例えばB組の鉄哲なら、低温高温ともに常人より耐えられるだろう。わざわざ準備して、というわけではなく、個性の内容次第で狙ってくるという話だ。十人十色どころではないからな」

 

 なるほど、有利になれる相手とわかっている所を狙うというのは頷ける、と考えた所で、肩によじ登っていた狐の首根っこを掴んで持ち上げる。手足をバタバタと振り回して暴れるが、生憎と何の効果も無かった。

 

「わざわざ変身して俺に乗る必要は無えよな」

「いやあ、これが案外楽で「走れ」──うおぁっ」

 

 放り投げられた毛玉は空中で"ぽん"という安っぽい音を立て、次の瞬間には人型に変わっていた。

 

「最近、皆して私の扱いが雑になっている気がする」

「日頃の行いってヤツだろ」

 

 言葉を交わしながらも、油断無く周囲を警戒する2人は、工業施設を模した区画に足を踏み入れた。

 

「できれば、戦って消耗した所を漁夫の利で頂いちまうのが安全だな」

「うむ、異論無い。想定としては、暴れているヴィランへの対応かな、この試験」

「情報収集力と判断力か」

「他の要素も見られるだろうがな」

 

『脱落者120名! 1人で120人脱落させて通過したー!』

 

 人の気配がしない、どこか埃っぽい空間を進む途中、聞こえてきたアナウンスに足が止まる。

 

「随分派手な暴れ方をしているようだなぁ」

「有りなのか、大勢落とすの」

「受験者1500あまりに対して、合格100だからな。むしろ我々のように別行動しているなら、離れた仲間への援護となる」

「合格するかもしれねえ人数を減らすってことか。標的は十分に居るしな。……変に狙って足下掬われるわけにもいかねえし、状況次第か」

 

 先着100人という制限だからこそ、受験者を減らすことが仲間への援護に繋がる。そうは分かっても、他の受験者も十分に訓練を積んできている以上、欲張って油断して良いはずもない。

 

「ひとまず、周囲の索敵と──」

「危ねえ!」

 

 異変にいち早く気付いた轟は、警告と同時に、扱い慣れた冷気を足下から放ち、氷の壁を作り出す。

 瞬間、その強固な壁に何かがぶつかる音。

 

「すまん、助かった!」

「狐条の耳と鼻を抜いてくるってことは、隠密系の個性かもしれねえ」

「ぶつけられたコイツは、まさかナットか? 小大のような個性──どうやら団体客のようだな」

 

 2人が視線を向けた先、直径数メートルという巨大ナットがやって来た方向には、果たしていつの間にか、10ほどの人影があった。

 

「雄英体育祭、優勝の狐条くんに、3位の轟くん。こういう学校ごとにチーム組むような試験で別行動って……。余裕すぎる、でしょ!」

 

 忍び装束のようなコスチュームで統一した集団。その先頭に立つ人物から2つの小さなものが放たれ、それは飛来する途上で巨大化し、全長2メートルを超える金属製の釘という全貌を現して、その鋭利な先端を優幻と轟に向けて迫って来る。

 

「"縛鎖"、引きずり落とす! ──轟!」

 

 突然の事態にしかし、2人は慌てることはない。USJ、職場体験、I・アイランド、林間合宿と4度ヴィランに遭遇したこの2人は、経験を糧として、元より高い実力を更に伸ばしている。

 コスチュームの袖口から飛び出した、黄金に輝く鎖が瞬く間に空中の釘へ絡みつき、下方向へと力をかけると同時、優幻の意図を汲んだ轟が左手から炎を放って反撃する。

 

 何せこの2人、実力はクラス上位とあって、模擬戦ではよく級友たちから狙われる。奇襲強襲を辞さない爆豪や、ステルス性能を増しつつある葉隠を筆頭に、おかげで不意打ちへの反応がやたらと良くなった。

 敵対すれば互いに厄介なので潰し合い、味方であれば連携して"範囲攻撃の二乗"という悪夢を作り出す。つまりは、互いの考えを読むことに慣れているのだ。

 

 炎を目くらましに、更に優幻は1枚の呪符を投擲。コンクリートの地面に接触したそれは、酷暑の現場を想定して拵えた噴霧装置。周囲へと放出された極小の水滴は、すぐさま火にさらされて蒸発していき、辺りに水蒸気となって広がる。

 それは、霧という目隠しだ。

 

「……では、仕切り直しといこう。準備不足のままに相手取ってやる必要はない」

「……いつもの事とはいえ、正面からやり合う気はねえんだな」

「当然だ。真っ向勝負できる地力は必要だが、避けるに越したことはなかろうさ」

 

 カラカラと笑う優幻を一瞥し、特に何も言うことなく轟は駆け出した。

 どこまでも真っ直ぐな飯田や切島との論争でも曲がらなかった彼のスタイルは、ある意味で最も担任の理念に近い。

 自分とは全く違う道を貫く友人に、負けるものかと少しばかり轟は意気込んで地を蹴った。

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