ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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44 仮免試験(中)

 一次試験通過者が集まる控え室。雄英高校の中でもいち早くクリアした優幻(ゆうま)と轟が、ヒーロー公安委員会が用意したお茶を片手に、のんびりとクラスメイトたちの到着を待っていたのは、そう長い時間ではなかった。

 

狐条(こじょう)ちゃん、轟ちゃん。早かったのね」

「おお、梅雨ちゃ、ん?」

 

 少しばかり離れていた級友の声に、視線を向けた2人の目に飛び込んできたのは、4名。

 毛布に包まる蛙吹梅雨。その後ろから、足取りの覚束ない八百万百と、支える障子目蔵。そして、友人を心配しながらも自身も耳から出血している耳郎響香。

 

「って怪我してるのか! 轟、取り敢えずイスを──」

「持ってきた。先に2つ」

「耳郎と八百万はイスへ。狐条、すまないが尻尾を借りたい。蛙吹を暖めなくては」

「個性"蛙"の弱点をつかれた感じか。耳郎、治療は1分待ってくれ」

「大した傷じゃないから、後回しで良いよ。それより轟、悪いんだけど食べるものとか──」

「持ってきた。手早く摘めるモンと、蛙吹は緑茶で我慢してくれ。他はジュースとかだから、温めると不味いと思う」

「ケロケロ。お茶は好きよ、ありがとう轟ちゃん」

 

 優幻は早速尻尾で蛙吹を包むと、コスチュームに仕込んでいた気温操作術式を発動させる。エアコン要らず、ということで、クラスメイトたちから羨ましがられたそれで、冷房の効いている室内の空気を遮断しつつ暖めていく。更に轟が左手で差し出した紙コップには、ほのかに湯気が昇る緑茶が注がれており、身体の内側から温めることができる。

 轟のもう一方、右手が持つ大皿の上にはクッキーなどの菓子類が並ぶ。個別包装されているものが無く直ぐに食べられるものばかり選ぶあたりに、慣れを感じさせる。

 

「狐条ちゃんの尻尾に埋もれるのは初めてだけれど、とても暖かいわ。ここに来るまでに私は回復してきているから、響香ちゃんの方をお願いできるかしら」

「そういえば梅雨ちゃんは手で触れる程度だったか。あとは砂藤、障子、爆豪でA組は完全制覇だな。……耳郎、少し触れるぞ」

「ん、よろしく。……相澤先生の言う通り、味方に回復できる個性があるって心強いね。アテにしすぎるのは良くないけど」

 

 担任の助言を受けて、訓練で傷ついた面々の治療を続けた優幻の手つきは淀みない。あっという間に血の跡が消え、傷口も塞がっていく。

 

「……これで大丈夫。何か違和感があれば言ってくれ」

「ありがとね。……ヤオモモは大丈夫──って、轟何してんの」

 

 治療を終えて向き直った耳郎の視界に入ったのは、右手にオレンジジュース、左手に緑茶のペットボトルを持って立つ轟の姿。

 真顔で佇むその様子は、何ともシュールな光景だった。

 

「轟さんはジュースを冷やしてくださってまして……」

「お茶の方は温めてくれているの」

「おお。耳郎はどっちにする?」

 

 入学当初から随分と印象の変わった少年に面食らいながら、障子から手渡された紙コップにジュースを注いでもらう。口をつけると、ひんやりと甘い味に、ようやく耳郎は自分が高揚していたことに気付いた。

 隣に座る八百万や、金色尻尾に包まれる蛙吹を見るに、彼女たちも同様らしく普段以上に笑顔だ。夢のヒーローへの1歩とあっては無理からぬことだろう。他の通過者たちも皆嬉しそうに仲間と話している。

 

「さてさて。それじゃあ、お前さんたちが4人で行動していた経緯、教えてくれるか?」

「会場に入る前に会った、傑物学園の真堂という男性。彼にやられた」

「地面ごとブチ割られて、分断されちゃってさ」

「響香ちゃんも割ったから、お互い様かもしれないわ」

「傑物の……。あの作り笑いの人か」

 

 少し間を置いて思い出したらしい優幻の言葉に、「え?」という声が4つ重なる。蛙吹と障子、耳郎、轟だ。それぞれに目を見開いて、驚いているのが伝わってくる。

 

「……八百万は気付いてたのか?」

「え、ええ。パーティーなどで見かける、こちらを探ろうとする目つきに似ていましたので」

「ブルジョワジー……!」

 

 二次試験が始まるまでの一時、喜びの中でただの高校生らしく、彼らは言葉を交わしていた。それは、一次試験が終わり1年A組の全員が通過したことを知るまで続いた。

 

   ◆   ◆   ◆

 

『えー、一次試験通過者の皆さん。モニターをご覧ください』

 

 A組全員が通過者控え室に集まり、喜びあっている最中。スピーカーから聞こえた眠たげな声と共に、壁面に設置されていた大きなモニターに映像が映し出された。

 

「一次試験のフィールド……?」

「なんだろう──」

 

 誰かの疑問の言葉が終わる前に、異変は訪れた。

 地面を揺らす轟音と、リンクして爆炎が映るモニター。ビルが、工場が、山が、高速道路が、次々に爆発によって崩れていく。

 

((何故!?))

 

 受験者が心を一つにした瞬間は、間違いなくこの時だっただろう。突然起きた爆破解体劇の意味がわからず、誰もが言葉を失っていた。

 誰も話さず説明を聞き取りやすい場を作る、という目的があるならば大成功だ。

 

『次の試験でラストになります。皆さんにはこの災害現場で、バイスタンダーとして救助演習に挑んでいただきます。ここでは、あなた方は一般市民としてではなく、仮免許を取得した者として、どれだけ適切な行動が取れるかを試させていただきます』

 

「「……パイスライダー……?」」

「バイスタンダー。現場に居合わせた人のこと、授業でやったでしょ」

「お前さんら、頭の中そんなんばっかりか」

「……待て、人が居るぞ」

 

 モニターを見ていた中でも最初に気付いたのは、特に"見る"ことを得意としている障子だった。彼の声が聞こえた者はすぐに映像を注視し、動く存在を見つける。

 

『彼らはあらゆる訓練に今、引っ張りだこの要救助者のプロ! "HELP・US・COMPANY"──略して"HUC"の皆さんです。傷病者に扮した彼ら"HUC"が、フィールドのあらゆる場所にスタンバイします。皆さんには、これから彼らの救出を行っていただきます。それぞれの行動をポイントで採点し、演習終了時に基準値を上回っていれば合格となります。……今から10分後に開始となりますので、トイレなど済ませておいてくださいねー』

 

 最後の最後で緩んだアナウンスに肩の力を抜かれ、めいめいに先程の試験での疲れを癒やしていた。

 蛙吹の体調回復と耳郎の治療を終えていた優幻は、定員ギリギリで通過したクラスメイトたちのうち、唯一出血してしまっていた峰田へも治療を行い、人心地ついていた。

 

「なあなあ、すげーことあってさぁ。聞いてくれよ」

「Rは?」

「18」

「──聞こう」

 

 話を切り出したのは、優幻を労いお茶を持ってきた瀬呂だった。食いついたのは、いつもの如く上鳴と峰田だ。

 

「士傑のボディスーツ居んじゃん? 女の人」

「"良い"、という話なら甘い。オイラはもうさっきからずっと彼女を視──」

「素っ裸のまま緑谷と岩陰に居たんだよ!」

「「緑谷ぁっ!」」

 

 凄まじい勢い、それこそ訓練中にも見せないような早さで、上鳴と峰田が噂の人物に掴みかかっていく。

 

「……で、瀬呂。実際のところ何が狙いだ?」

「やっぱ狐条には俺がなんか企んでんのはお見通しか。あの士傑の人な、他人に変身する個性らしーんだけど、何があったのか緑谷が超ビビッてるからさ。かき回しときゃ、気も紛れるだろ」

「なるほどな。……しかし、変身か。厄介だな」

「外見だけ、らしーけどな。麗日になりすましてたって、緑谷と仲良いことも調べてたみてーだ」

「……ふむ?」

 

 話を聞いて、優幻にはいくつか疑問が浮かんだ。

 瀬呂の言葉通りに見た目だけの変身なら、話し方や仕草は演技によるもの、ということになる。麗日は咄嗟の時に関西方面の訛りが出てしまうし、個性の関係で、指先が触れるものに注意を払っている。それらは物心ついて以降の積み重ねなので、真似るのはA組の中でも難しい方だろう。

 そもそも、演じるに足るほどの情報をどうやって集めるのか。学外の人間が麗日の言葉を聞けた機会は、入学当初に取材を受けて放送されたことくらい。それも、教師・オールマイトの様子を聞かれて「筋骨隆々です」と答える雑さである。

 少ない情報から特徴を掴みきり、成りすますことのできるデタラメな実力があるのか。それとも、他に何かカラクリがあるのか。

 

「……"わからない"というのは、実に興味深いな」

「あのな狐条、間を端折って喋るの悪い癖だぜ。……おい、轟とあの夜嵐とかいうの、知り合いか?」

 

 瀬呂の視線が向かう先には、立ち去ろうとした夜嵐を呼び止めたらしい轟の姿。しかし、制帽の下にある夜嵐の目は、友好的とは到底言い難い様相だった。

 離れた位置から俯瞰して見ていたおかげで気付けた優幻と瀬呂は、念の為にいつでも動き出せるように身構える。ヒーローを志しての受験者とはいえ、人である以上は何かをキッカケに暴発するかわからない。同じように考えているらしい何人かを視界の端に捉えながらも、優幻は常人より少しばかり優秀な狐耳に集中する。

 

『あの時よりいくらか雰囲気変わったみたいスけど、あんたの目はエンデヴァーと同じっス』

 

 薄っすらと聞こえてきただけにも関わらず、その声に乗せられた暗い感情に背筋が震えた。それはどうやら、同じように聞き耳をたてていた障子や耳郎にも言えるようだった。

 轟を心配して声をかけようと優幻が腰を上げたその時──

 

『──ヴィランによる大規模破壊が発生! 規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数!』

 

 けたたましい非常ベルの音とアナウンスが響き、中断させられてしまう。

 

「演習の想定内容ね。……始まるわ」

 

 蛙吹の言葉に、皆が一斉に表情を引き締めていた。

 

   ◆   ◆   ◆

 

『──ヴィランによる大規模破壊が発生! 規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数! 道路の損壊が激しく、救急隊の到着に著しい遅れ! 到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが執り行う! 1人でも多くの命を救い出すこと!』

 

 一次試験と同じく、受験生たちが居る控え室が機械音と共に開ききると、二次試験開始のアナウンスが高らかに響き渡る。

 大半は地を蹴り駆け出し、一部の飛行可能な個性持ちは飛び立っていく。

 

(流石に皆、行動が早い。遅れを取るわけにはいかないとはいえ、焦るのもマズい)

 

 誰もが迅速な行動を始める中にあって、あえて他人の行動を見ている優幻。万能型な性能を自覚している彼は、モニターに映し出された試験会場の俯瞰映像を頭の中に作り出し、更には他の受験者たちの動きを加えて考えを巡らせていく。

 

(飯田ほどの機動力を持つ者は少ない、恐らくは手近な都市部で救助にあたるだろう。人口の密集地に、多くの人手がかかるのは仕方ない。空を行くメンツは……。工場エリアに2人。士傑のは呼び止められて都市部に残る、と。……さすがは爆豪、咄嗟に人の少ない方向を見切ったな。切島が付いているようだしアチラは心配いるまい。となると、手薄になるのは……)

 

 他の受験者にやや遅れてスタートを切った優幻は、体育祭同様に、まるで地面の延長線上かのように空中を駆けていく。身体強化術式を使用した彼の脚力は、身近な参考例である緑谷の"フルカウル"に迫る水準にまで高まっていた。

 高速移動を得意としていない受験者たちの頭上を走り抜け、目的の人物たちの背中を見つけた。

 

「梅雨ちゃん、轟! 手薄な水辺へ向かいたい! 力を貸してくれ!」

 

 張り上げられた声は、名前を呼んだ2人だけでなく、他の面子に意図と行動を知らせるためのものだ。そして同時に、一箇所に固まる必要がないことを伝える思惑もあった。遠回しだが、言外の考えに気付くだろうという信頼もあって。

 

「轟ちゃん、飛ばすわ」

「ああ、頼む」

 

 1年生で試験に臨む彼ら雄英生たちは、確かに他校の生徒より経験値は劣る。場数を積んでいないからこその、動作の遅れはある。

 しかしそれでも尚、合格できると彼らの担任が判断するだけの実力が備わっている。少ない訓練の内容を余さず活かす能力が。

 

 蛙吹の長い舌が轟の胴に巻きついたかと思えば、彼の身体が勢いよく放り上げられた。投げた本人も、個性"蛙"の強靭な脚力で、後を追うように飛び上がる。

 2人とも空中を自由に行動する術など持たないが、何も心配してはいない。慌てることなく自分へと向かってきた金色の鎖を掴めば、優しく引っ張られて9本尻尾の上へ。

 

「……なるほど、都市部に偏っているわけか。被災者が居る可能性を考えりゃ、当然か」

「山岳ゾーンに向かっているのは爆豪ちゃんね。上鳴ちゃんと切島ちゃんも居るわ」

「他の飛行系は、こっちも人が多そうな工場地帯。残る水辺が手薄というわけだ。2人とも要請を受けてくれてありがとう、一気に行くから掴まってくれ!」

 

 ビル3階程度の高さから見渡す彼らの視界には、あちこちで救助を始める姿が映っていた。それでも広大な試験会場では、まったく人数が足りていない。

 人口密集地が優先すべきである以上、そしてほぼ全ての建物が崩壊して捜索が難航するとなれば、最悪の場合は離れたエリアをこの3人だけで対処しなければならない。

 人を乗せているとは思えない速さで空を駆ける優幻の尻尾の上で、蛙吹と轟は気を引き締め直していた。

 

「──! 湖の真ん中あたり、人が居るわ。崖の中腹にも1人」

「先に燃やせるモン集めとこう。俺が行く」

「私は湖に直接飛び込むわ。こちらに構わず突っ切って頂戴」

「了解した、崖の方は私が適任か。合流地点は轟の方で決めてくれ」

 

 それぞれに得手不得手を理解しているからこその、迅速な役割分担。

 優幻が地上へと伸ばした状態で固定した鎖の上を、轟は氷で作った足場で滑り降りて行く。そして湖にさしかかれば、踏み込みやすく整えた尻尾を足場に、蛙吹が思いきりよく水面へと飛び込んだ。

 2人を降ろして身軽になった優幻は、あっという間に、人工の山と接近した。

 

(僅かな時間でよくもまあ、こんな所まで。流石は要救助者のプロ、湖の真ん中といい、救け難い場所を選ぶものだ)

 

 地上約20メートル。崖の途中にある小さな出っ張りにへたり込む女性がそこに居た。登山者の格好をしているところから、滑落したという設定だろうか。

 彼女1人が居るだけで精一杯の狭いスペース。周りは断崖絶壁、上は爆発のせいで崩落しやすくなっている。絵に描いたような"難度の高い現場"だった。

 

「お待たせしました。もう大丈夫ですよ」

 

 とはいえ、それは一般的な話。ここに来たのは、空気を足裏で掴んで空を駆けるという方法を、刻一刻と変化する気流を全て計算した上で実践するという、クラスメイトたちの曰く"頭の良すぎるバカ"こと狐条優幻だ。

 微笑みながら、さもそこに大地があるかのように足を進めてやって来る美丈夫は、ヒーローコスチュームらしさのある非現実的な出で立ちでなければ、受け入れにくいかもしれない。

 

「足を怪我されているのですか? 応急処置を──いやこれ、本当に折れてませんか」

「……お恥ずかしい。頂上で待機するはずでしたが、本当に足を滑らせてしまいまして」

「なるほど、弘法にも筆の誤りですね。ですがお任せを、妖狐ヒーロー"キュウビ"は万能性がウリですので」

 

 言うやいなや、優幻がコスチュームの袖口や内ポケットから必要な札を取り出して処置を始める。幻覚を見せる応用で感覚を狂わせて麻酔代わりに、素早く患部が単純骨折だと判断し、外部からの衝撃を吸収する結界で固定。

 

 応急処置の練度で言えば、雄英生は他校に比べて高く、とりわけ優幻の経験値は群を抜いている。本来、骨折などの怪我は完治に長い時間がかかるものだから、他校の訓練では、そこまで大きな怪我につながるようなことはやらないものだ。しかし、雄英にはリカバリーガールが居る。怪我をしないように注意しているが、失敗してもカバーが効く環境は、雄英の訓練をより濃密にできる秘訣だった。

 それでも、特に1年生ともなれば失敗もする。切り傷擦り傷は日常茶飯事、高所からの落下や、個性の制御ミスでの骨折も珍しくない。その怪我は、合理主義者でなくとも応急手当ての訓練に使うのは当然と言えた。

 加えて、優幻の個性はその先、"治療"の領分まで可能だ。法的な問題でプロヒーローからの個性使用許可がある場合に限られるが、イレイザーヘッドとリカバリーガール指導の下で鍛えられ、そして今、"仮免許を取得した者"として行動する以上、問題は何も無い。

 

「……痛くない」

「完治までさせる時間は残念ながらありませんので、後で病院には行ってくださいね。動かせないとは思いますが、ご無理なさいませんように。さあ、まずは下までご案内いたしましょう」

 

 そして、関係各所から大人気な尻尾ベッドに横たえられ、揺らさぬようにと気を付けられた運搬で、HUCに所属する女性は運ばれていく。

 

 試験終了後、彼女が真剣な顔で狐を飼えないか調べていたのは余談である。

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