ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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45 仮免試験(後)

 湖から少し離れた位置で、轟が作った焚き火を中心に作られた一時救護所。そこにはHUCの面々が迫真の演技、を通り過ぎ、低体温症一歩手前になったり、擦り傷切り傷や捻挫をこさえたまま運び込まれたりしていた。

 

「固定完了です。痛みはしばらく続くでしょうが、冷やしていれば大丈夫でしょう。必ず、私たちが安全な場所までお守りしますから、のんびりとお待ちください」

 

 手早く患部を固定して、轟が作り出した氷を割って小さなビニール袋に詰めた即席の氷嚢を手渡し、平時と変わらない様子で優幻(ゆうま)は笑っていた。

 突然の騒動に直面した市民を不安にさせぬよう、落ち着いているように見せているだけで、その実、内心はやらねばならないことの多さに焦りを持っていたが。

 

狐条(こじょう)! すまないけど、ちょっと来てくれるか!」

 

 発見された人々のうち、治療を要する怪我人への対応を終えた優幻を、遠くから誰かが呼ぶ。

 声のした方へと振り返れば、水中水上を縦横無尽に巡った蛙吹や、傷病人を暖め冷やしと活躍した轟。加えて、後発組としてやって来た芦戸や尾白、常闇、少々わかりづらいが葉隠の姿もあった。他校の受験者も何名か集まっているようだ。

 この場を共に救護にあたっていた他校の男性に任せ、集団の方へと駆け寄っていく。

 

「おお、来てくれたかチャンピオン!」

「その呼び方は止めて頂きたい。で、何かありましたか」

「今やってる林の捜索で、この辺りは全部周ったことになる。そろそろ、救助隊が来た時のために、怪我人を都市部の救護所に移送した方が良いかと思うんだ。ただ、重傷者が居るとそういうわけにもいかないでしょ」

 

 どうやら救助した市民を1ヶ所に集め、病院への移送をスムーズに行う方針らしい。その考え自体には優幻も納得しているのだが、晴れていなかった疑念のせいで難しい表情になっている。

 

「救助された人たちの状態を聞きたかったのだけど、狐条ちゃん、どうしたの?」

「ん……。ひとつ、引っ掛かっている。今回の試験シナリオにおいての犯人、つまり"テロリストはどこにいったのか"とな」

 

 その言葉に、空気が凍った。無意識に、二次試験を"救助演習"だと決めてかかっていた一同の目を覚まさせるには、たったそれだけの言葉で十分だった。

 

「救助された人の治療と並行して、所持品や個性の確認は行っています。結果、戦闘能力を持つ人はいませんでした」

「い、いつの間に……」

「個性次第では治療方法を変える必要がありますから、どの道確認してましたがね。個性"蛙"の梅雨ちゃんを安易に冷やすわけにはいかないように。おかげで、皆さん協力的でした。しかしそうなると」

「"真に賢しいヴィランは闇に潜む"か。して、どうする? これ以上の探索は時の浪費ともなりかねん」

 

 常闇の言葉に応えるように優幻が指を立てると、自然と注目が集まった。

 

「テロリスト──ヴィランの狙いを推測しようと考えましたが、この試験用に作られたフィールドでは、通常の推理はできません。よって、メタ視点で考えます。……そも、試験としてヴィラン襲来はありえるか? 私は十中八九"有る"と考えています」

「ちょ、待ってくれよ雄英生、流石にそれ、難易度高すぎるだろ!? 救助に対敵、いっぺんにやれって、ンなもん、プロでもキツいぜ!?」

「でも、プロヒーローなら"救助だけやればオッケー!"とはいかないですよ?」

 

 優幻の意見を補足するような芦戸の言葉に、上がりかけた反論の火はすぐに鎮まっていく。

 プロヒーローとしての覚悟、心構えという所も、雄英生だからこそ培われると言っても良い部分だ。他の学校も、プロヒーローを講師として招いたり、引退した人物を教員に迎えたりと対応してはいても、常にプロと接している雄英に比べれば数段落ちてしまう。

 常にプロヒーローと共に居るからこそ、彼らの一般的な市民との違いを肌で感じ、そしてそれを己のものとできるからこそ、彼ら彼女らは"雄英高校ヒーロー科"なのである。

 擁護すると、他校の受験者も決して劣ってはいない。現に今も、覚悟を決めた表情へと切り替わっている。

 

「話を戻しまして、私は移送に反対です。控え室を整理した救護所を正、ここを副とし、ヴィラン出現の場合にどちらかへ寄せることを提案します」

「なるほど、1ヶ所に集めておいて"ヴィランに狙われました"じゃあ、避難に時間もかかるよな」

「ウチの足早いのに伝令行かせるよ」

「じゃ、俺らは林の方に──」

 

 言葉を遮るように、轟音が響く。次いで、空間ごと揺れるような振動。

 それは、ほど近い岩山が内側から爆裂した音だった。岩塊をまるで小さな石ころのように吹き飛ばすその威力は、推して知るべし。

 

「轟! 都市エリアだ、先行してくれ! 皆も、こちらは心配いらん!」

 

 いち早く反応しかけた轟を制止し、優幻は駆ける。

 一次試験で見せることのなかった、特訓の成果。その起点となる1枚の札を手にして走る優幻の表情は、クラスメイトの1人を彷彿とさせる獰猛なまでの笑みが浮かんでいた。

 

「"白日のもと、顕現するは大結界、【晴天伽藍金色堂】"!」

 

 結界によって作り出された柔らかく光を放つそれは、まるで寺院の如き様相で、救助された人々を囲い建ち、飛来する人間よりも大きな岩塊から細かなチリまでも阻んで見せる。

 狐条優幻が扱う結界術の集大成。複数種類の結界を多重展開して強固な守りを実現し、内部に居る人たちへ僅かながら鎮静と治癒力強化の作用をもたらす、"守護・救護特化"の技。

 

「勝手ながら、この場は請け負った! 対ヴィラン、そして要救助者の退避を頼む!」

 

   ◆   ◆   ◆

 

『ヴィランが姿を現し追撃を開始! 現場のヒーロー候補生たちはヴィランを制圧しつつ救助を続行してください!』

 

 一次試験の後、受験者たちの控え室となっていた小屋。二次試験開始と共に展開(・・)したそこは、ガレキが無い一時救護所にするにはうってつけの場所だ。

 当然、ヒーロー公安委員会も予測している。というより、わざわざ開けた場所が出来難い都市エリアの近くに控え室を用意したのは、誘導の意味もあった。

 

 だから、ヴィラン役のギャングオルカが救護所近くに現れるのは当然だった。

 

(傑物学園の真堂、1人だけで殿を務めるにはやや未熟、戦力分析は減点対象だが。しかし、仮免のレベルは十分に超えている。評価の難しい所だな)

 

 使い慣れた超音波アタックで絶妙に加減してみせ、口では「温い」と評していても、内心では認めていたりする彼はしかし、個性"シャチ"の影響で表情からは察することができない。

 

「──っ!」

 

 そして神野区での一件でも声がかかるほどの実力者は、横あいから襲いかかる氷の津波にも反応してみせた。

 

(氷……。雄英の轟か、1年生でこの威力とは。──何だ、アレは)

 

 物理的な破壊力を持つほどの超音波で氷を砕くギャングオルカの視界。氷を粉砕されて驚く轟の後方遠くに、見慣れない、金色に淡く光る建物らしき存在が写った。

 

(あのようなものを作り出す個性の持ち主は、受験者には居なかったはず……)

 

 足止めに来た轟と、更に空からやって来る士傑高校の夜嵐を見据えつつ、視界の端に捉えた芦戸や尾白の声も可能な範囲で聞き取っていく。

 

「避難は向こうの水辺エリアに!」

「搬送急いで! あっちまで行けば」

 

 彼らの言葉を聞いて、チラとサイドキックたちに視線を送ると、長らく共に戦ってきたおかげか滞りなく意図は伝わった。

 すなわち、もうひとつの避難所への襲撃。

 厳しいかもしれないが、ヴィランは平然と弱者を狙う。ここで容赦して合格させても、守れない人が出てしまうようでは意味がない。

 わざと大騒ぎしながら目を引く前衛担当たちとは真逆、会場突入直後から立ち回りに気を付けていた者たちが、第二の避難所へ忍び行く。ちょうど、到着した夜嵐が巻き起こした突風で砂塵が舞い、隠れ蓑となったことも幸いし、気付いた者は居ないようだ。これなら、あちらに何人か釘付けにできるだろう。

 

「ヴィラン乱入とか!! なかなか熱い展開にしてくれるじゃないっスか!!」

 

(制圧能力の高い2人か、良い選択だ。……しかし、あの2人の互いを見る目は何か、妙だな。何か確執でも抱えているような)

 

「皆、今までどこに?」

「あちらの水辺だ、今は狐条が避難所を作ってる! 当人曰く、"全盛期のオールマイトに1時間は耐える"そうだ!」

 

 この競技場でその実情を知るのは、担任のイレイザーヘッドだけだ。教師陣の集中攻撃やパワーローダー謹製のアイテム群にも平然と耐え切った防御性能は、オールマイト本人から「私が突破するには時間がかかりすぎて、兵糧攻めの方がマシ」と、事実上の突破不可能宣言が出されたほどだ。

 それを知らずとも、クラスメイトたちは疑うことなく優幻に託していた。普段、できないことを隠しはしても、見栄をはるような嘘は言わないことを理解しているのだ。

 

「だからあっちに居た皆で避難手伝うよ! 梅雨ちゃんと葉隠は途中でヤオモモに協力してる!」

 

 最先行した轟に続き、芦戸や尾白、常闇が、更に他の受験者もこの場に、あるいは別の救助現場への応援に現れるだろう。

 

(狐条、一体何を作り出したというのか。声を聞く限り、他の雄英生は信じきっているようだが……。さて、それに足るかどうか、後で録画した分を見返すのが楽しみだ)

 

「来る」

 

 思考を巡らせながらも、こちらを狙う2人の動きは見逃さない。どちらも1年生ながらこの試験に挑み、一次試験では優秀な様子を見せていた。

 そう身構えたのも束の間。

 

「だってアンタはあの、エンデヴァーの息子だ!!」

 

 夜嵐の"風"が、轟の"炎"が、互いに干渉して見当違いの方向へと流れていく。それだけならまだしも、そこからケンカに発展する始末。

 

(論外だ。原因がどちらにあろうとも、ヴィランの前で私情を出すなど。夜嵐が突っかかったようだが、轟も受け流さなくてはならない。初歩以前の心構えの話だ)

 

 とはいえ、それぞれに実力はある。サイドキックたちが使う速乾セメント弾は、視線を外した轟に一撃だけは当たったものの、以降は防がれ避けられてしまっている。何やら口論している様子だというのに器用なものだと、変に感心してしまった。

 しかし、先程と変わりなく互いの個性が干渉しあい、見当違いの方向へ炎と風が流れてしまった。その行き先は──

 

(イカン、真堂──あれは、緑谷と尾白! 気付いたか!)

 

 炎が流された先でへたり込む真堂の姿に、役目を忘れてヒーローとしてのギャングオルカが動こうとしてしまったが、遠くで行動に移ろうとしている者たちが見えた。

 尾白の尻尾に乗る緑谷。なるほど、2人がかりの推進力ということか。本来はこの場の最大戦力を狙うつもりで、状況を見て救助を優先し咄嗟に狙いを変えたのだろう。

 かくして、彼らはその視線が狙う通り、地面と水平にかっ飛ぶ緑谷によって、真堂を救けることに成功する。

 

「何を、してんだよ!」

 

(今の一言で目が覚めたか。轟にせよ夜嵐にせよ、悪くはないが、すぐに仮免はやれんな。今は無力化させてもらうか)

 

 手早く夜嵐、轟の順に超音波アタックで撃ち落とし、合間に起きていた受験生たちとサイドキックらが作り出している乱戦の様子を確認する。

 そこで、乱戦の中でも特に目立つ者たちに意識が向かう。事前に資料を記憶していたからこそ、彼らの共通点に気付けた。

 

 雄英高校ヒーロー科。

 

 ギャングオルカたちも当然、事前にこの試験の打ち合わせは行っている。雄英や士傑などの有名どころは特に、個性だけでなく性格などから行動を予測している。それらを思えば、もうひとつの救護所への護衛にもっと人手を割くかと思っていたのだが。

 

(狐条が作ったというモノが、それだけ凄まじいのか。……む?)

 

 ふと風を感じた次の瞬間、ギャングオルカの大柄な身体を囲み、紅蓮の竜巻が突然現れた。唸りをあげて逆巻く牢獄ができあがっていた。

 

(辛うじて夜嵐は個性を制御できているものの、威力など皆無、足止めすら不可能。一方で完全に動けない轟が、ひたすらに炎をくべて足りない攻撃力をカバーしている。先程までの愚行が消えるわけではないが……。過ちに気付き取り戻さんとする、そういう足掻きは嫌いじゃないな)

 

「炎と風の熱風牢獄、アイデアは良い。並のヴィランならば諦め、泣いて許しを乞うだろう。……だが、そうでなかった場合は? 撃った時には既に、次の手を講じておくべきだ」

 

 ギャングオルカはトップランカー。それすなわち、多種多様な現場をくぐり抜けてきた経験があるということ。火災現場も含まれるし、小規模な火災旋風に飲まれたこともある。

 熱や乾燥に弱いゆえに持ち歩いている水を被り、物理的な破壊力を伴う超音波で大気をかき回して、炎も竜巻も散らしてしまう。

 

「……で、次は?」

 

 満足に動けず倒れる2人に最早できる事はなく、ただ睨みつけるばかり。そうしてギャングオルカの巨体を見上げる轟の目に、見覚えのある色が映る。

 

「2人から──」

 

 上空から襲いかかる緑谷のアイアンソールと、ギャングオルカの腕に取り付けられた拘束用プロテクターがぶつかり、派手な衝突音が響く。

 

「──離れてください!」

 

 見事な奇襲が決まったその瞬間、会場中にブザー音が鳴り渡った。

 

『只今をもちまして、配置されたすべてのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全工程、終了となります!』

 

   ◆   ◆   ◆

 

 ハードな試験を終えた受験者たちが同校の者たちと感想や反省を交わし合う中、少しばかり様子の違う一団があった。

 

「いやあ、狐条クン! 俺らの治療までアリガトな!」

「さっき更衣室でも聞きました痛い! 背中叩かないで頂きたい!」

「ホント助かったよチャンピオン!」

「その呼び方止めてくださいって言いましたよね? 流し込みますよ?」

「何を!?」

「鼻の中に塩水を」

 

 救助活動中に負ってしまった怪我を治療した縁で、他校の生徒から感謝なのかよくわからない平手打ちのようなものを背中に受けていた。飲み物を女性から受け取った時などは案の定、峰田からの視線に負の感情がたっぷりと混じったりしたが。

 一部の別行動をとっていたヴィラン役の数人を、自らが築き上げた結界要塞を利用し、たった1人で迎撃したせいで流石に疲れていた優幻は、少しばかり辛辣なあしらい方を交えつつ対応していた。

 そうこうしているうちに、簡易組み立て式の舞台が作り上げられ、そこにヒーロー公安委員会の目良が登ると受験生たちは一斉に口を閉じた。

 

『えー、皆さん、長いことお疲れ様でした。これより結果を発表しますが、その前にひとつ。採点方式についてお話します。

 我々ヒーロー公安委員会と、HUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させていただきました。つまり、危機的状況で、どれだけ間違いのない行動を採れたかを審査しています。

 それを踏まえた上で、まずは合格者を五十音順でモニターに出しますので、ご確認ください』

 

 目良の背後に組み上げられた大きなモニターに、一瞬の揺らぎの後にズラリと名前が表示された。

 

「みっ、みみ、み」

「みみみみみみみ」

 

 共に"み"から始まる緑谷と峰田の鳴き声に苦笑しつつも、優幻は順に名前を追いかけていく。どの道、クラスメイトたちの結果も気になるので、全部見るのだからと開き直って。

 

「……よかった」

 

 それでも、自分の名前を見つけた時は嬉しさから声に出てしまったが。

 

(……轟と爆豪の名前が無い……? 爆豪はまぁ、態度がアレだから仕方ないとしても。轟は共に行動していて問題なかったようにみえたが……。ヴィランへの対応で何かあったのか?)

 

 上鳴にからかわれて目を吊り上げる爆豪からそっと視線を外し窺うと、悔しがるわけでも悲しむわけでもない轟の表情が見えた。

 

「轟!!」

 

 そんな彼に近付くのは、大柄な身体で真っ直ぐに歩み寄る士傑高校の夜嵐だ。

 すぐ近くまで歩み寄ると、一拍の間を置き──

 

「ごめん!!」

 

 ゴツン、とかなり大きな音を立てて下げた頭が地面にぶつかる。その衝撃で大地が揺れたのかと錯覚するような勢いだった。

 

「アンタが合格逃したのは、俺のせいだ!! 俺の心の弱さの!! ごめん!!」

「……元々は俺の蒔いた種だし、よせよ。お前が直球でぶつけて来て、気付けたこともあるから」

 

 謝罪する側もされる側も、自分に悪い点があったと考えている以上は揉めることもないだろうと、優幻はそっと息を吐く。

 

「轟まで落ちちゃったの?」

「ウチの上位陣2人がなあ」

「……両者ともトップクラスであるがゆえに、自分本位な部分が仇となったのである。……ヒエラルキー崩れ──ぎゅ」

 

 妙なことを口走る峰田は、飯田によってそっと、しかし傍目からはわからないがかなり力強く顔を両手で挟まれ、脇へとどけられてしまった。

 

 その後、二次試験で不合格となった者にも講習と再試験というチャンスが与えられ、今回の試験は幕を閉じた。

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