ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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46 後期開始

 ヒーロー仮免許試験から一夜明け、夏休みは終わり新学期が始まる。

 

「「ケンカして、謹慎〜!?」」

 

 そんな区切りの日の朝だというのに、芦戸と葉隠の元気な声が告げた内容は珍妙なものだった。

 その根源、爆豪と緑谷は絆創膏だらけの顔をバツが悪いと言わんばかりに歪ませていた。

 

「馬鹿じゃん!」

「ナンセンス!」

「馬鹿かよ!」

「骨頂」

 

 クラスメイトたちから浴びせられる口撃に言い返すこともできず、呻くばかりだ。

 

「爆豪、仮免の補習どうすんだ」

「うるせえ……。テメエには関係ねえだろ」

「お前さん、落ちた理由はちゃんと理解してるのか?」

「黙れやクソ狐……!」

「じゃ、掃除ヨロシクなー」

 

 一通りイジり倒して、謹慎などを受けていない18人は揃って寮を後にし、夏休み中も訓練のために往復したおかげで、早くも通い慣れた道を進んでいく。

 道すがら話題となるのは当然のごとく、やらかした2人のことになる。

 

「ああ、そうだ。今朝がた、相澤先生から連絡があってな。あの2人、リカバリーガールや私から治療を受けるのは基本禁止らしいので、承知しておいてくれ。勝手に作ったケガは勝手に治せ、とのことだ」

「うわ、よく"それくらい"で済んだな。夜中に抜け出してケガするほどの大ゲンカだろ?」

「尾白、それに加えて仮免試験直後に、だぜ。オイラは除籍されてねーことが不思議なくらいだ」

 

 峰田の意見に、「確かに」と揃って思い浮かべるのは、個性を発動させて髪を逆立たせる、般若の形相の担任である。想像力豊かな彼ら彼女らの脳裏には、現実の2割増しで恐ろしい表情が描かれていた。

 

「……朝から妙なプレッシャーを感じるよぉ……」

「落ち着いて、透ちゃん。相澤先生は同じことが起きないように、釘をさすくらいのはずよ」

「……でも、入学式の時みたいに何かあったりとか」

 

 麗日の言葉に思い起こされるのは、数ヶ月前の入学初日。憧れの学校へ通うことになった最初の日に起きた、除籍処分をチラつかせて全力を出すよう仕向けられた体力測定。

 

「──これから3年間、雄英は君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えてこい」

「声マネ止めろ、ってかチョー似てんじゃん狐条(こじょう)!」

「声紋でのロックを突破出来んかと研究中だ。まだ"よく似ている"レベルだがな。──喜べ諸君、これから抜き打ちのテストをはじめる」

「止めて! 相澤先生の声で不吉なこと言わないでっ!」

 

 過剰なまでに狼狽える上鳴のリアクションの甲斐あって、笑いが起きた。一部は、喉に貼り付けられた淡く光る呪符に、そこまでするのかと呆れ顔だが。

 

「入学式の日は、ホントに式だけだったからね。今日の始業式後は普通に授業だし、時間の都合で無理は利かないでしょ」

「……芦戸の言葉が、あのような形で裏切られることになるとは、この時の彼女には想像すら出来ないのであった」

「止めてよ瀬呂まで不吉なこと言うの! 期末赤点仲間じゃん!」

「それ言うなよ、割とガチで心が痛え!」

 

 校舎まで徒歩5分程度とは言え、こうしてクラスメイトと共に居れば、楽しげに騒ぐのも当然と言えた。この場に参加できなかった2人が、当人に責任の無い事情ならまだしも、徹頭徹尾に自業自得であるから心配する様子も、残念ながらなかった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 根津校長の"ものすごくどうでもよくてありえないほど長い"前置きから始まった訓示や、暗に爆豪緑谷を示すハウンドドッグの注意らしき遠吠えという始業式はつつがなく終わり。ヒーローインターンという新たな情報の説明や、テンションの割に内容は普通なプレゼントマイクによる英語の授業といった、久々にありふれた学園生活を送ったその日の夕方。

 寮へと戻る面々と別行動をとった優幻(ゆうま)は、呼び出しを受けて食堂へやって来ていた。

 

「久しぶりだねえ、狐条くん。ねえ知ってる? こっちの人は天喰環って言うの。言ってたっけ?」

「存じています。が、"こっち"より"あっち"の方が的確な距離ですね」

 

 早めに来て番茶を啜っていた優幻の側に、長い髪を揺らしながら現れたのは、以前の職場体験で出会った3年生の女子、波動ねじれだった。

 そんな彼女が紹介したはずの天喰なる男子生徒の姿は、数メートル先の壁際にあった。

 

「波動さんに連れられてしまったけど、初対面の1年生相手に何を話せば良いのかわからない……。もう帰りたい……」

「天喰くん遠いよ。ねえ」

「あのように言いつつも、勝手に居なくなっては悪いと思って留まるあたり、人の良さが伺えますね」

「だよねだよね! 実力もちゃんとあるんだけど、でもメンタルがヘッポコさんだから」

「グハッ」

 

 左胸を押さえる天喰が、よろけながらも近付いて来る姿を確認して、ねじれは程近い席を空けてやり、優幻は急須からお茶を注いで用意していた。

 

「では改めまして。ご無沙汰しております波動先輩、そしてはじめまして天喰先輩」

「ええと、はじめまして」

「職場体験以来だねえ。仮免合格の連絡もらってから、事務所の皆でインターン認めさせるって大騒ぎだよ。ねえ知ってた? 1年生のインターン、許可するか先生たちでまとまらないみたいなの」

「色々ありましたからね、私たち。先生方としても放ってはおけないでしょうね」

 

 なんとも暢気に微笑む優幻と、何がウケたのか楽しそうに笑うねじれ。片や、先の林間合宿襲撃の際に生死の境に立ったとは思えない。

 波長が合う、とでも言うのか。夏休み前に、「面白い1年生が居る」と言っていた理由が何となく掴めた気がする天喰だった。

 

「で、今回ケンカした奴らの話、でしたか」

「そうなの、気になっちゃって。通形は"ちょっと見てくるー!"って行っちゃったけど。話したっけ、通形ミリオ」

「ビッグスリーのお話は、サポート科から軽く聞いています。しかし、爆豪と鉢合わせなければ良いのですがね。個性同様に性格も苛烈なので」

「それって、体育祭の表彰台で捕まってた子だよねえ。鎖で雁字搦めになってた面白い子!」

「ええ、大概のことにキレ散らかす、それはもう良い反応をしてくれる楽しい奴です。クラスメイト曰く、"クソの下水煮込みのような性格"ですね」

 

 横で聞いていた天喰は、「どこらへんが面白く楽しい奴なのか」と疑問を抱いていたが、言葉にはしなかった。既に彼の中で、狐条優幻と波動ねじれは同じカテゴリの人種、不思議枠である。一言ツッコめば、巻き込まれてしまうだろう。

 

「ケンカ相手は緑谷ですね。体育祭の映像をご覧になったなら、予選の障害物走で1位だった奴、と言えば良いでしょうか」

「ああ! 決勝で両腕両足を骨折したって噂の子だ! やっぱり元気だねえ」

「個性柄、骨折の頻度は学年1位でしょうね」

「……ええと、ケンカの原因は?」

 

 つい口から「"元気が良い"で済む話じゃない」と出そうになり、慌てて無難な方向へと転換。幸いにも、2人は天喰の内心に気付いた様子はなかった。

 

「……それが、よくわからんのです。この2人は何とも奇妙な幼馴染でして、決して仲良くはないというか。

 爆豪は、自分こそトップだと宣言していますし、相応の実力はありますが、やたらと緑谷を脅威に見ているフシがあります。緑谷は善良かつやや小心なので、苛烈な爆豪を恐れているようです。……聞けばあの2人の間には、昔からあまり会話らしいものが無いらしいのですよ」

「うーん、不思議だねえ」

「ええ。まあ、求められれば力を貸すつもりですが、しばらくは静観ですね」

「結局よくわからないままだねえ」

「人となりは接してみなければ分かりませんからね」

 

 なら仕方ないね、仕方ないですね、と暢気な空気で結論を出したらしい2人の言葉にし難い雰囲気に、天喰はそっと頭を抑えていた。

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