始業式から3日。鼻息荒く挽回を誓う緑谷が復帰したことで、A組の仮免取得者が全員、新学期の教室に揃った。
「それじゃあ、本格的にインターンの話をしていこうか。──入っておいで」
外に向けて話しかける担任の様子に、何事かと問う暇もなく、扉がするりと開いていく。
入ってくる3名に、疑問の表情のままなのが大多数。例外は、驚愕に目を見開いた
「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中、都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように。現雄英生の中でもトップに君臨する3年生、通称"ビッグスリー"の皆だ」
先頭に立ち意気揚々と歩くのは、金髪につぶらな瞳ながら、ガッシリとした体つきの男子生徒。緑谷以外の1年生とは初対面となる通形ミリオは、満面の笑みと真っ直ぐ伸ばした背筋で堂々と進む。
その後ろを歩く波動ねじれは、生徒たちを興味深そうに見渡しながら。驚いた表情の優幻を見つけて、してやったり、と本人的には思っている、へにゃりと無邪気な笑顔を浮かべていた。
最後尾を行く天喰環は、全体を見渡すように俯瞰しているような眼差しで。そう1年生たちに思われているが、その実は、生徒らの向こう側にある壁を見ていた。頭の中は既に真っ白である。
「じゃあ手短に自己紹介、よろしいか? 天喰から」
突然の3年生入室にざわめきかけた1年生たちは、他2人の視線の先へ同じように注目する。
生来の三白眼が更に鋭くなり、初対面の生徒たちはその迫力に気圧されてしまっていたが、付き合いの長い通形には緊張しているだけなことが筒抜けだったりする。
「……ダメだ、ミリオ、波動さん……」
そして、通形の予想よりかなり早く、というか何かする前に、限界は訪れた。
「ジャガイモだと思って臨んでみても、頭部以外は人間のままで、依然人間にしか見えない……。どうしたらいい……。言葉が、出てこない……。頭が真っ白だ……。辛い、帰りたい……!」
遂には、くるりと背を向けてしまった。その姿に皆が驚きを隠せない。
「そういうの、"ノミの心臓"って言うんだって。人間なのにね。不思議だね。──彼はノミの天喰環、それで私が波動ねじれ。今日は皆にインターンについて、お話してほしいと頼まれて来ました、けどしかしところで、君はどうしてマスクを? 風邪? オシャレ?」
自己紹介だったはずが、ねじれは豊かな長髪をなびかせて、最前列に座るうちの1人である障子の席に歩み寄っていた。
「これは昔に──」
「あらあと貴方が轟くんだよね! ね! どうしてそんなところを火傷したの?」
「っ! それは──」
「ね! 芦戸さんはその角折れちゃったら新しいの生えてくる? 動く?」
「へ?」
しかし次の瞬間には興味が移り、疑問を口にしている最中に更に視線が移動していく。
「蛙吹さんはアマガエル? ヒキガエルじゃないよね? 峰田くんのボールみたいなのは髪の毛? 散髪はどうやるの?」
「オイラのタマが気になるってちょっとセクハラですってセンパ「違うよ」──モガッ!」
いつも通りに反応した峰田を、瀬呂が封じるファインプレー以外、一様にねじれの勢いに圧倒されていた。現状を作り出した張本人は、周囲の様子などお構いなしに尾白の尻尾へと関心を示していた。
「……合理性に欠くね?」
「イレイザーヘッド安心してください! 大トリは俺なんだよね!」
笑顔を崩すことのなかった通形であるが、おどろおとろしい声音になった容赦ない教師が、結構本気で怒りつつあることを察して内心で慌てていた。抹消ヒーロー・イレイザーヘッドは、雄英教師陣の中でも怒ると恐い部類なのである。
一歩進み、そっと息を吸い込んで。
「前途ー!?」
耳に手を当てて回答を待つかのような姿だが、1年生からは言葉が出ることはなかった。突然、音として「ぜんと」と言われても、意味を理解できないのが普通だろう。
例外は、「前途洋々」を思い浮かべたのが優幻と、「前途遼遠」に思い至った八百万の2名だった。
「多難ー! っつってね! よおし、ツカミは大失敗だ!」
言葉とは真逆に大きな笑い声をあげる通形の、威厳やら風格やらとは無縁な姿に、揃って困惑の表情が浮かんでいた。
「まぁ何が何やらって顔してるよね。必修ってワケでもないインターンの説明に、突如現れた3年生だ。無理もないよね。……1年からの仮免取得。今年の1年生って凄く、元気があるよね。何やらスベり倒してしまったようだし──君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!」
突然の申し出に驚く声が響く中、気にすることもなく通形は直接経験を伝える手法の合理性を説き、イレイザーヘッドの許可を手に入れていた。
◆ ◆ ◆
「あの……。マジすか」
「マジだよね!」
瀬呂の言葉は、体操服に着替えた準備運動中の通形にあっさりと肯定されてしまった。
一番手を名乗り出た緑谷が構え、近接主体スタイルの面々が続こうとする様子を見つめながら、通形は棒立ちのままだった。
(緑谷くん、やっぱり元気があるね。それに、他の皆も目に力が入ってる。やってやるぞー! って感じで、凄く良いよね)
「よっしゃ先輩、そいじゃご指導ぉ、よろしくお願いしまああっ!?」
佇んでいた通形の着ていた体操服が、突如として重力に従うように落ちていく。脱いでいるのではなく、身体をすり抜けて衣服だけが落ちていくという、不可思議な光景。
彼の個性である"透過"は、あらゆるものがすり抜ける。今のように足首から上で発動させると、衣服は全て落ちてしまう。本当は上半身だけ発動させるつもりだったが、制御が難しくこういう事故はしょっちゅうだ。
流石に女性陣に局部を見せつけるわけにはいかないので、すぐさま個性を解除し、ズボンを引っ張り上げる。
「服が"落ちた"ぞ!?」
「ああ、失礼。調整が難しくてね」
平然と答える通形の顔めがけ、緑谷が飛び込むと同時に蹴りを放つがしかし、そのまま何もなかったかのように通り抜けてしまった。後に続く青山のレーザーも、芦戸の酸も、優幻の光弾も、瀬呂のテープも、その全てが同様に。
(皆思い切りが良いね)
すり抜けた様々な攻撃がセメントを砕き、舞う粉塵に紛れて透過の個性を再度発動。身体の大部分が地面に沈んだところでポーズをとって解除。
物質が重なり合えずに弾かれる勢いで瞬間的に移動するという、この個性を強いものにする要因だ。
(最後尾に君たちが居たのは、俺にとってラッキーだよね。耳郎さんの個性で地面を砕かれると、結構厄介だ。次の要注意人物の上鳴くんが近いのもグッドだね)
ギリギリで危ない所は見えないように気を付けつつ、後方から順に叩くという自分のセオリー通りに動く。
通形の姿、一糸纏わぬ男性の裸体に濁った悲鳴をあげる耳郎と、近くに居た上鳴を立て続けに一撃で撃沈。伸びていたイヤホンジャックでまとめて拘束。
攻撃を当てる部分だけは透過させられない都合上、上鳴の"電気を纏う"特性は鬼門とも言えた。
(続いて八百万さん。何でも出来るってのは厄介すぎるよね。近くに居る芦戸さんと蛙吹さんもここで潰れてもらおう。気を付けても見えちゃったら色々マズいんだよね。そしてこちらも万能型、聞くに厄介度トップの
八百万、芦戸、蛙吹と続けて一撃で撃破した通形は、地面から上半身だけ出した状態で、優幻の鳩尾に拳を打ち込み、予想外の硬質な感触に目を見開いた。
(こっちの動きを予測したわけじゃなく、バリアみたいなのを事前に張っていたのかな? 俺の姿が見えなくなってすぐに。判断の速さに周到さ、確かに厄介だよね。でも、分かっていれば避けられる!)
通形の推測通り、一斉攻撃後に彼が姿を消した直後に、優幻は結界を展開していた。それは確かに鍛えられた拳を止めるに十分だった。
だが、残念ながら通形ならばその結界すらもすり抜けることが出来る。右の拳が塞がれたなら左で、インパクトの瞬間に解除する緻密な制御で対応。結果、くの字に折れて倒れる人数にひとつ加算された。
更に青山、障子、瀬呂、常闇、峰田と、続けざまに一撃で倒してしまう。ほぼ瞬間移動と言える速度であるため、僅か数秒の間に半数以上が地べたに転がることになった。
「後は近接主体ばかりだよね」
「何したのかサッパリ分かんねえ! すり抜けるだけでも強えのにワープとか、それもう無敵じゃないスか!」
「よせやい!」
「……いや、何かカラクリがあると思う。"すり抜け"の応用でワープしてるのか"ワープ"の応用ですり抜けてるのかどちらにせよ直接攻撃されているからこっちも触れられる機会があるハズだ障子くん耳郎さんの警戒も狐条くんの防御も突破できている辺りにヒントがあると思う。……何してるか分からないなら、分かってる範囲から仮説を立てて、とにかく勝ち筋を探っていこう!」
全容を掴めない通形の個性に慄いていた残る半数のA組生徒たちだったが、緑谷の言葉に気を持ち直して突破口を探るべく思考を回していく。
通形たち3年生も驚く切り替えの早さの理由は、既に倒された優幻にある。常日頃から頻繁に"よく分からない"現象を起こす彼と、模擬戦で対峙するうちに身についたのだ。分からないことに気を取られてパニックになるとロクなことにならない、と。混乱する考えを乱暴に切り捨て、事態に臨むことの必要性を。
「……探ってみなよ!」
後輩たちの想定以上に優秀な姿に内心で笑いながら、駆け出した通形は個性を発動して、地面に沈むように落ちていく。
全身を透過させて沈み込むこと暫し。光も音も感触も無い完全な闇の中で、走る勢いから現在地を予測し、直前に見た1年生たちの立ち位置を考え、ポーズをとって個性を解除。
視界が戻った瞬間に予測していた光景であることを確認して、立ち位置が入れ替わって最後尾になっていた緑谷の背後から手を伸ばした。
(っ! 反応じゃない、俺がここに現れるのを予測した!?)
通形の動きに合わせたような緑谷の後ろ蹴りは、見事に通形を捉える位置でありタイミングだった。
「だが必殺! ブラインドタッチ目潰し!」
とは言っても、それだけで攻略されるようでは、相澤から"ナンバーワンに最も近い"などと評されはしない。
緑谷の蹴り足をすり抜けて、そのまま指が彼の目に突き刺さる。当然、これも個性発動中なので実際には目に当たりはしないのだが、仮に分かっていても思わず瞼を閉じてしまうものだ。
ネーミング以外完璧、というのが同級生たちの意見である。
「ほとんどがそうやってカウンターを狙うんだよね。ならば当然、そいつを狩る訓練! するさ!」
隙を作り出し、鍛えられた拳が緑谷の鳩尾を的確に打ち据えた。
「緑谷くん!?」
そして、味方がやられたことに動揺したが最後、各人の背後から強襲する通形に、誰もが一矢報いることもできずに沈んでいった。
◆ ◆ ◆
「ギリギリちんちん見えないように努めたけど、すみませんね女性陣! とまぁ、こんな感じなんだよね!」
「……全員わけもわからず腹パンされただけなんですが?」
仮免未取得という理由で不参加の轟を除き、全員が殴打された鳩尾を押さえる異様な光景が広がっていた。
「俺の個性、強かった?」
「強すぎっス!」
「待った瀬呂。通形先輩の場合、個性そのものは強くないようだ」
それぞれに声をあげようとしていた1年生も、ビッグスリーの面々も、興味深そうに発言者である優幻に視線を向けた。当の通形はどこまで見抜いたのか答え合わせをするつもりのようで、続けるようにジェスチャーしていた。
「本人が話したほうが良い気もしますが……。先輩の個性は外部からの影響をすり抜けるもの。言い方は悪いが、すり抜ける"だけ"の個性」
「正解、俺の個性は"透過"なんだよね」
「それじゃあ、どんな原理でワープを?」
緑谷の質問に、通形はまたしても優幻を示して説明役を譲った。
「前提として"2つの物質が重なることはない"、という世界の法則がある。まあ、そんなことは起きるはずがないので当然だが。
しかし通形先輩の個性の場合は、地面に沈んだ状態で解除すれば"重なり合った状態"が作れる。
この現象に限らず、世界というのは"正常な状態を保とうとする"性質があるので、重なっていない状態に戻ろうとして、それぞれが弾き飛ばされる。相手が地面の場合は質量差が大きいために、通形先輩が地上へ瞬時に放り出されるだけだが、人同士で重なった場合、両者が吹っ飛ばされるな」
「流石に人同士は怖くてやってないけどね! 狐条くんの言う通りで、後は体の向きやポーズで弾かれ先を狙っているんだよね!」
「ゲームのバグ技みたい」
「アッハハハ! 言い得て妙だよね!」
明るく笑っている通形の姿に、それだけの技術を身につけるために想像を絶する努力を積み重ねてきたことが理解できる優幻は、感嘆するしかなかった。
「私を潰した直後に息を吸い込んでいた所から、呼吸が出来ていなかったのがわかりました。吸い込んだはずの酸素すらもすり抜けていた、そこでようやく理解できましたよ」
「初見でそこまで見抜かれたのは、初めてなんだよね。……そう、光も透過するから見えないし、音も聞こえない。それはただ、何も感じることなくただ落下の感覚があるだけなんだよね。そんなだから、壁一枚すり抜けるにも"片足以外発動"、"通過してもう片足を解除して接地"、"残る足を透過させて通過"と、いくつもの工程が必要なんだよね」
「急いでる時ほどミスるな、俺だったら……」
「おまけに何も感じなくなってるんじゃ動けねえ」
「そう、案の定俺はビリッけつまで落っこちた。ついでに服も落ちた。この個性で上に行くためには、遅れだけはとっちゃダメだった。──予測! 周囲よりも早く、時に欺く! 何より"予測"が必要だった!」
トン、と通形の人差し指が己の額を突く。"予測"には当然、知識や計算能力が求められる。しかし本当に必要なもの、伝えたいことはそこではなく。
「その予測を可能とするのが"経験"! 経験則から予測を立てる! 長くなったけど、これが手合わせの理由! 言葉よりも"経験"で伝えたかった!」
拳を握りしめて力説する通形に、自然と1年生たちの視線が集まっていく。
「インターンにおいて、我々は"お客"ではなく1人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね。……それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う。けれど、恐い思いも辛い思いも、すべてが学校じゃ手に入らない一線級の"経験"だ。
俺はインターンで得た経験でトップを掴んだ! ──ので! 恐くてもやるべきだと思うよ、1年生!」
インターンでの経験が実力に繋がる、そう確信している通形の力ある言葉は、強い説得力を伴って聞いていた者たちに染み渡る。
皆の拍手によって、ヒーローインターンの説明は無事に終わった。
「「ありがとうございました!」」