1年A組の寮では、時折レクリエーションと称してゲームが行われる。参加自由の緩いものではあるので、メンバーはまちまちだ。
そして、「ゲームなら罰ゲームつけようぜ!」という誰かの発言により、毎度、敗者には何らかの罰が待ち受けることになった。
ルールとしては、ゲーム参加者が罰ゲーム内容を書いた紙を箱に入れる。敗者はそこから引き、罰ゲームを実行するのである。
自分が受けるかもしれないことを考慮して、あまり酷いものにならないように、という考えだ。更には、公立公正な判定者として、飯田か八百万のチェックが入る。
ゲームの内容も多岐にわたるが、その日行われたのはシンプルなババ抜き。その結果は──
「よっしゃアガリ!」
最後のペアを作った切島が、拳を上げて喜ぶ。
たった1枚のジョーカーを持つのは、
「ふむ、野生の勘というのは凄いな」
「オイそれ、俺が野生動物並みってことか!」
「よくわかってるじゃないか」
「うがー! ……いいや、今日の負け狐はオメーだ!」
ズビシ、と効果音でもつきそうな勢いで指さされ、優幻も反論は出来ない。
「さーさー! 今回のお題ボックスはこちらだよ!」
それはそれはにこやかに、楽しそうに芦戸が、ダンボールに色紙を貼り付けただけの箱を持ってにじり寄る。
「さて、おかしなものでないことを祈ろうか。……えー、と。『異性の格好をする』だな」
「あっ」
紙に書かれた内容を声に出したところ、驚いた者が1名。
「ほう、これを入れたのは緑谷か。普段オモチャにしている私にこのような仕返しとは」
「仕返しされる覚えがあるなら止めてよ!」
「お断りだ、リアクションが良い自分を恨め。……八百万、すまんが服の作成を頼みたい。あと、誰かメイク道具を貸してもらえないか?」
「そ、そこまですんの?」
「何を言う、切島。こういうのは全力でやるから面白いのだろう。……ついでに、次の罰ゲームに当たったヤツのハードルが上がる」
「悪どい。……あ、ウチの母親から貰ったメイク道具貸したげる。趣味が違って使わないヤツがいくつかあったから」
トントンと話が決まり、まずは3人連れ立って耳郎の部屋へ。
◆ ◆ ◆
しかし、道すがら要望を聞きまとめた八百万が、耳郎のベッドに創造したものを置くと、すぐに戻ってしまう。
「え、ヤオモモ戻るの?」
「ええ、こういうのは出来上がりを見るからこそ面白いと学びましたので!」
何やら楽しそうに、それだけを言い残して。
「あー、適当に座って待ってて。引っ張り出すから」
「助かるよ、ありがとう」
「セットで貰ったは良いけど、使わないのもあるからね。このままより、何かで使ったげた方が道具も喜ぶでしょ。……しっかし、ヤオモモも最近吹っ切れたって言うか、何と言うか」
「色々とやってみよう、ということだろう。この間も、砂藤に教わって菓子づくりに挑戦していたようだしな」
「ああ、美味しかったよ、クッキー。お、あった」
耳郎がベッド下から取り出してきたのは、やけにしっかりとした作りの木箱。持ちやすいように取っ手が付いているが、そもそも重いのでは、と優幻が思わずにはいられないシロモノだった。
「随分と立派なケースだな」
「ああ、中学入った時にね。『お母さんみたいにメイクしてみたい』って言ったら、やたら立派なの買ってきて驚いたよ」
「愛されてるじゃないか」
「その微笑ましいものを見る目は止めて」
実際、「響香が"私みたいに"って!」と喜んだ彼女の母が勇んで見繕った品だったりする。勇みすぎて反省する母と共にメイクの練習をした、思い出の一品ではあるのだが。
「しかし、良かったのか。大事なものでは?」
「趣味じゃない色を無理に使う方が良くない、ってのが教えでね。それに、我が家の考え方は"思い出は物に縛られない"って感じだし」
「なるほど。良い考え方に思えるな」
「ありがと。……さあ! 気合い入れて飾ろっか!」
「おや、手伝ってくれるのか」
「どれ使うかわかんないし、ヤオモモと逆。出来る過程はウチだけで楽しんでやろうかな、と」
ニヤリと笑う耳郎に、優幻は「好きにしてくれ」と諦めるのみ。
まずは、指示に従って洗顔。こういう時にも活躍するのが優幻の個性であり、無駄に高度な制御のもと水を作り出し、部屋を濡らさないように顔を洗う。次いで、耳郎の部屋を訪れる前に取ってきていた化粧水と乳液を使用。
「何でアンタ、化粧水とか乳液持ってんの」
「青山に勧められてな。人前に出るのだし、気を付けるに越したことはないかと。男子にも結構、使ってるヤツは多いぞ」
「マジか。……まあ、いっか。んじゃ、次は眉、ってコッチも手入れ済みかい!」
「私のように動物の要因を持つ個性は毛深くなりがちなのでな」
「ああ、そう……。つか何、この肌。スベスベじゃん。うわー、何かムカつく」
「酷いな」
やや無遠慮に顔を撫でられ、しかし頼み事をしている側ゆえに大人しくしている優幻。対する耳郎はと言えば。
(わかってたけど、
「……コホン。じゃ、一応下地を塗って、まずはファンデから。色白だから多分、この辺の色が合うと思うけど、ちょっとつけるよ」
「すまんが頼む。知識はあるんだが、なにぶんやったことはないからなあ」
「何で知ってんの。……うん、これで行こう。ヤバい、ちょっと楽しくなってきた」
試しに頬の少し下辺りにつけて色合いを確認すると、納得したのかパウダーファンデーションを全体に施していく。
「続いてアイメイクね。ただ、濃いめか薄めしか残ってないんだよね。ちょうど良いのは使っちゃっててさ。どっちにする?」
「たくさんあるのだなあ。……では、濃いめで頼めるか。少し過剰なくらいが面白かろう」
「……いーや、上鳴がナンパするレベルに仕上げてやる」
どこで火がついたのか、耳郎の目的がいつの間にか、優幻を美女に仕立て上げる方向にシフトしていた。
「んー、狐条の目だとキリッとしすぎてるから、ちょい柔らかい印象に……。よし。リップは……。うん、やっぱ自然な感じで行こう。全然荒れてないなちくしょう」
「じ、耳郎?」
「ちょっと黙ってて。……チークは逆に邪魔か。目元をもちょっと調整して、と。……おっし、完璧!」
息のかかる距離まで耳郎ほどの美少女に接近され、さしもの優幻もドギマギしてしまうのだが、当人はといえば「やりきった!」と会心の笑みを浮かべていた。
「我ながら良い仕事した。もうそこらの女子よか、美人、に……」
のだが、ふと冷静になってしまう。
目の前には、女性にしか見えない、しかし男であることを知る人物。中性的な顔立ちの、クラスメイト。
その男に、先程まで自分はめちゃくちゃ顔を近付けていた。その事実に気付いたうら若き少女は、一気に顔が熱くなるのを自覚した。
「うあー!」
「……ああ、うん。とにかく、ありがとう」
「うっさい! 何も言わないで!」
「そうしよう。後は服とウィッグだが、すまない、耳郎。最終確認を頼んで良いか?」
「あー、うあー。……わかった」
「とりあえず外で着替えてくる」
そう言い残して優幻が部屋を出たのを確認した耳郎は、顔面を盛大にベッドに叩きつけた。
(ヤバい。恥ずい。……つか、自分でやっといてこう言うのもアレだけど、完璧すぎない? 何アレ。マジでそこらの、つかウチよか美人になってるし。ムカつく。でもやったのは印象を柔らかくするようなメイクで、それってつまり、ほとんど元の素質だよね。や、イケメンなのは知ってたけど。轟とかと並ぶとヤバいけど。普通科とか先輩らとかキャーキャー言ってたけど。改めて見るとヤバいっつーか)
彼女がぐるぐると思考の渦でループするのは、着替えを終えた優幻がノックするまで続いた。
◆ ◆ ◆
「いやー、でもどうなるんだろーな!」
「いくら狐条が美形っつっても、タッパもあるし案外ガタイも良いからな。オイ皆、カメラの準備は出来てっか!?」
いつもは良いようにやり込められる優幻に一矢報いようと、皆が自身のスマートフォンを手にしていた。
さあ、いつでも来いと構えている所に、エレベーターが到着したことを告げる電子音が響く。程なく、扉が開き──
「うわっ、何アンタら」
降りてきたのは、耳郎1人だった。一斉にカメラを向けられ、驚きに踏み出しかけた1歩を下げてしまう。
「あれ、耳郎だけか?」
「準備が終わった、って知らせにね。つか何、不参加組もわざわざ降りてきたの?」
「そりゃ、あの狐条が女装ってなったらね」
「どーよ耳郎。面白おかしく仕上がったか?」
さてどう答えたものかと、悩むのは一瞬。
「……インパクトは凄いから、覚悟しときなよ」
そう告げた言葉に、一同は盛り上がりを見せ。
そして、少しの間を開けて、再度エレベーターの到着が知らされる。ゆっくりと扉が開き、遂に待望の人物が姿を現した。
「は」
「え」
「な」
金色の長い髪。桜の花びらを描いた着物を纏った、穏やかに微笑む美女。その姿に、誰もが見惚れ、動きを止めてしまう。
気品すら感じさせる足取りに、思わず正面から撮影しようと意気込んでいた瀬呂と切島が道を譲ってしまうほど。
「「はあっ!?」」
ようやくフリーズした彼らが再起動を果たしたのは、優幻がソファの空いたスペース、耳郎の隣に腰掛けた時だった。
「マジかオイ、マジか!」
「ウッソだろ、耳と尻尾ドコ行った!?」
「とりあえず写真撮っとこう」
「え、ちょ、ええ!?」
「ヤベー、ちょっとトキめいちまった」
一斉に、驚きの言葉が漏れる。
『ふふ、成功ね、耳郎』
「声まで変わってんのかよ!」
優幻の口から漏れるのは、やや高めの女性の声。やるからにはトコトン、というお題目で行われた悪ふざけである。
「……凄いわね。じっくり見ても女の人にしか見えないわ」
『耳郎の腕が良い証拠よ』
「いやー、素材の勝利って感じでしょ。ほとんど弄ってないから。後、その喋り方やめて」
『あら、お気に召さない?』
「ハマりすぎ」
耳郎のツッコミに誰もが同意し、頷く。
結局、撮影会は出掛けていた上鳴が帰るなりナンパして皆の腹筋が崩壊するまで続いた。