ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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49 インターン(2) 会議

 インターン組の華々しいデビューが報じられて数日。彼ら5人は、なぜか同じ道筋を進んでいた。

 

「みんな同じ駅なんだ……。奇遇だね」

「と、言うか。目的地は同じだろうな、これは」

「ビッグ3もお揃いで……!」

 

 小さなオフィスビルの前に、現雄英生のトップ、振り上げた手の勢いが良すぎて額を打つ通形ミリオと、フワリと笑う波動ねじれ。そしていつも通りに、周囲からの視線を避ける位置取りの天喰環。

 後輩を待っていた3人と合流し、勝手知ったる通形の先導のもと、ナイトアイがオフィスとするビルへと歩みを進めた。

 

「グラントリノ!? それに、相澤先生まで!? ……チャートに載ってる有名ヒーローから地方のマイナーヒーローまで……」

「一目でマイナーヒーローをも見抜く、って、かなり凄いことだからな、緑谷」

「え、でもヒーロー名鑑にみんな載って──」

「普通、覚えらんねえから」

「それに、トップランカー以外は顔写真すら載ってないよ、あれ」

 

 会議室と銘打たれた部屋に入るなり、驚愕の声を上げた緑谷。その情報量に、優幻(ゆうま)と切島は揃って称賛して良いやら、という表情だった。

 

 そして、このオフィスの代表、ナイトアイが口を開く。

 

「あなた方に提供していただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という小さな組織が、何を企んでいるのか。知り得た情報の共有とともに、協議を行わせていただきます」

 

 告げられた組織の名前を知らない学生組は、揃って不思議そうな表情だった。例外は、ナイトアイ事務所で調査に加わっていた通形と緑谷。そして、先日解読した中でそれを見ていた優幻の3人。

 それぞれインターン先のヒーローたちとともに、用意された椅子へと座ると、備え付けのスクリーンを背に立つサイドキックのバブルガールが、緊張した面持ちで話し始める。

 

「えー、それでは、始めてまいります。我々ナイトアイ事務所は、約2週間ほど前から、死穢八斎會という指定ヴィラン団体について、独自調査を進めて、います!」

「私、サイドキックのセンチピーダーが、ナイトアイ指示の下で追跡調査を行っておりました。ここ1年以内に、組外の人間や組織との接触が急増しており、組織の拡大と資金集めを目的にしていると思われます。そして──」

 

 センチピーダーとバブルガールの背後、スクリーンに1枚の写真が映し出される。かなり遠くから、カメラの望遠能力の限界にでも挑戦したらしく、かなり荒い画質だった。

 

「調査開始からすぐ、ヴィラン連合の1人である分倍河原 仁──ヴィラン名・トゥワイスと接触。追跡は叶わず、以降の足取りは掴めておりませんが……」

「ヴィラン連合が関わる話なら、ってことで、俺や塚内にも声がかかったんだ。まあ、その塚内は他の目撃情報が入ったんで、そっちに行ってるが」

 

 センチピーダーの言葉を引き継いだのは、小柄な老人。ヒーロー名・グラントリノ。知り合いらしい緑谷と2、3言葉を交わしていた。

 

「えー、このような過程があり、"HN"にて皆さんに協力を求めたわけで──「そこ、飛ばしていいよ」──うん!」

「"HN"?」

「ヒーローネットワークだよ。プロ免許を持った人だけが使えるネットサービス。便利な個性のヒーローに協力を申請したりできるんだって!」

 

 ヒーローネットワークの存在は、実は世間的に知られていない。明確に秘匿されているわけではないのだが、吹聴するような性質のものでもないからだ。どの道、ヒーローか、公安委員会しか内容を見ることはできないという面もあって、一般の認知度は低い。

 

「……雄英生とはいえ、ガキがこの場に居るのはどうなんだ? 話が進まねえや。本題の"企み"に辿り着く頃にゃ、日が暮れてるぜ」

「ぬかせ! この2人はスーパー重要参考人やぞ!」

 

 ねじれが丁寧に後輩たちに説明していたせいか、どうしても止まっていた進行に、1人のヒーロー──ロックロックの悪態をつき、それに抗弁するようにファットガム──天喰や切島の受け入れ先──が勢いよく立ち上がった。

 突然のことに、近くに座っていた当の2人はビクリと肩を震わせていたが。

 

「八斎會は以前、認可されていない薬物の捌きをシノギの1つにしていた疑いがあります。そこで、その道に詳しいヒーローに協力を要請しました」

「昔はゴリゴリにそういうん潰しとりました! そんで先日の烈怒頼雄斗デビュー戦! 今までに見たことないモンが環に撃ち込まれた! ……個性を壊すクスリや」

 

 "個性を壊す"という異常な言葉に、場が騒然となる。

 が、通形の心配を受けた天喰本人が右手を牛の蹄に変化させてみせたことで、ひとまずの落ち着きを取り戻した。

 

「回復すんなら安心だな。致命傷にはならねえ」

「いえ……。その辺りは、イレイザーヘッドから」

「俺の"抹消"とは違うようですね。俺は個性を攻撃しているわけではないので」

 

 人体のうち、個性を構成する要素をまとめて個性因子と呼ぶ。イレイザーヘッドの個性である"抹消"は、この個性因子を一時的に停止させるものであって、傷つけるものではない。

 

「すぐに病院で見てもろたが、その個性因子が傷ついとった。今は自然治癒で元通りやけどな。環の身体には他の異常は無し。撃った連中はダンマリ、銃はバラバラ、弾は撃ったっきり! ……ただ、切島くんが身を挺して弾いたおかげで、中身の入った一発が手に入った、っちゅーワケや!」

「……? ……俺スか!? ビックリした! 急に来た!」

「……そして、その中身を調べた結果。ムッチャ気色悪いモンが出てきた。……人の血ィや細胞が入っとった」

 

 ファットガムが告げた、想像を絶する情報。

 

「うーん……。さっきから話が見えてこないんだが、それがどう、八斎會と?」

「今回、切島くんが捕まえた男。そいつが持ってた違法薬物しかり、その手のブツの入手経路は複雑でな。今でこそかなり縮小されとるけど、色んな人間、グループ、組織が、何段階にも卸売りを重ねて、ようやっと末端に行き着くんや。……捕まえた連中はダンマリ決め込んどるけど、警察の方ではもう、関わった可能性のある組織は割り出し済みや。で、そのうちの1つを辿った先の中間売買組織が、こないだリューキュウんトコが潰したヤツや」

「大阪で使われたのと同様、持続時間の短い粗悪品を所持していたのもあるけれど……。押収した証拠品、面倒な暗号を狐条(こじょう)くんが解いた結果、八斎會からいくつか仕入れていたことがわかった。その商品の1つが、"対ヒーロー用の銃と弾丸"だった」

 

 個性を十全に活用し、活躍するヒーロー。そこへ対抗するべく用意された商品の銃。個性因子を攻撃するクスリの入った銃弾。

 

「八斎會の若頭、治崎の個性は"オーバーホール"──対象の分解、修復が可能という力です。……そして治崎には娘が居る。出生届もなく詳細は不明ですが、ウチの通形と緑谷が遭遇した時は、手足に夥しい包帯が巻かれていました」

 

 人の血肉を材料とする弾丸。分解と修復を可能とする力。弱く、抵抗できない子供。

 

 包帯。

 

「な、何の話スか……?」

「……やっぱガキはいらねーんじゃねえの? つまり、その治崎ってのは……。娘の身体を銃弾にして捌いてんじゃね? ってことだ」

 

 そのおぞましい行為は、学生の、特に1年生たちにとって、想像の埒外と言えた。

 

「現時点では、性能はあまりにも半端です。ただ、仮にそれが、試作段階だとして。もしも完成形が、個性を完全に破壊するものだとしたら……? 悪事のアイデアがいくらでも湧いてくる」

「コイツラが子供を保護してりゃ、一発解決だったんじゃねーの?」

「全て私の責任だ、2人を責めないでいただきたい。知らなかったこととはいえ、2人ともその娘を救けようと行動したのです」

 

 この場において、事実を知り、最も強いショックを受けているのは、間違いなく通形と緑谷だ。救けるべき子供を目の前にしながら、と。

 

「「今度こそ必ずエリちゃんを、保護する!!」」

「──それが、私たちの目的となります」

 

 思わず、といった様子で立ち上がった2人の目は、決意に満ちたものだった。

 

「……イキるのもいいけどよ。推測通りだとして、若頭にとっちゃ、その子は隠しておきたかった"核"なんだろ? それが何らかのトラブルで外に出ちまってだ! あまつさえガキんちょヒーローに見られちまった! ──素直に本拠地に置いとくか? 俺なら置かない」

「問題はそこです。何をどこまで計画しているのかわからない以上──」

 

 優幻は器用なことに、室内に響く言葉を聞き取りながら、配られた資料に目を向けて並列に思考を回す。

 

 個性そのものへの攻撃。物理的な弾丸を防ぐ手立てはあれど、万が一受けてしまえば、治療する術が思い浮かばない。

 では、どんな情報があれば対応できる? ……クスリの"元"にされてしまった少女の個性、その詳細を知らねば始まらない。しかし、その身を、個性を"材料"にされていたであろう女の子は、これまでにも散々に調べられているだろう。それも、筆舌に尽くし難いやり方で。

 そんな子供に無理をさせて調べるなど、ありえない。

 しかし、自然治癒できるなら良いが、サー・ナイトアイの言う通りに"個性を完全に破壊する"ものが存在するならば。もしその完成形での攻撃を受けてしまった者が居たら。

 

(八斎會の研究データを確保しておけば、治療方法は探れるかもしれん。しかし、情報を残すことは漏洩の危険も同時に持つことになる。……自惚れるなら、私が全て記憶しておき、記録を削除……。単にヴィランが私に集中するだけだな、却下だ)

 

 ひとまず、研究データ確保の必要性を伝えなければと、視線を会議中の面々に戻すが、ナイトアイの個性である"予知"について、意見をぶつけている様子だ。流石に、割って入るのは、空気を読まなすぎだろう。

 用意していたノートに自身の考えをまとめておき、そっと切り離して、隣に座る難しい表情をしたリューキュウ事務所のサイドキック、スモーキーに渡しておく。

 ハードボイルド系探偵のような外見同様に頭のキレる彼は、さっと目を通し、軽く親指を立てて了解と示す。

 

「──娘の居場所の特定、保護。可能な限り確度を高め、早期解決を目指します。ご協力、よろしくお願いします」

 

 

 

 ミーティングを終え、個別に打ち合わせを行うイレイザーヘッドを待つ合間に、エリという少女と出会ったあらましを聞いた学生組は、落ち込む緑谷と通形に声をかけられずにいた。

 彼らが抱く悔しさは、同じくヒーローを志す者たちには十二分に理解できるから、当然とも言えた。特に情に厚い切島は、自分のことのように表情を曇らせていた。

 

 そして、重苦しい空気に割り込むように、軽やかな電子音──エレベーターの到着を知らせる音が聞こえる。

 

「……通夜でもしてんのか」

 

 エレベーターから降り立った1年A組担任、イレイザーヘッドは、光量すら落ちていそうな空間に一瞬驚き、しかしゆっくりと歩み寄っていく。

 

「先生……」

「ああ、学外ではイレイザーヘッドで通せ。……しかし、今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなぁ」

「ええっ!? 今更何で!?」

 

 切島が勢いよく立ち上がった拍子に倒れそうになった椅子に手を添えて支え、優幻もまた続く言葉を待つ。

 

「連合が関わってくる可能性がある、と聞かされたろ。話は変わってくる。……ただなぁ」

 

 ガシガシと頭をかくイレイザーヘッドの視線は、意気消沈する1人に向けられていた。

 

「……緑谷。お前はまだ、俺の信頼を取り戻せてはいないんだよ」

「ケンカもしましたしねぇ」

「黙ってろ別ベクトル問題狐。……ハァ。残念ながら、ここで止めたら、お前はまた飛び出してしまうと、俺は確信してしまった。だから、俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう。わかったか、主席問題児」

 

 あえて茶化した呼びかけに、緑谷は目の奥からこみ上がるものを抑えるのに必死だった。厳しい言い方も多い担任が、きちんと自分を見て、評価し、そしてこれからも指導してくれるつもりなのだと。

 軽い音と共に胸元に突きつけられた拳から伝わる温かさが、それを伝えていた。

 

「気休めを言う。掴みそこねたその手は、エリちゃんにとって、必ずしも絶望だったとは限らない。前向いて行こう」

「っはい!」

 

 どうにか持ち直した様子に、同クラスの4人は胸を撫で下ろし。

 通形も、軽く鼻をすすってひとまずの落ち着きを取り戻していた。

 

「……とは言っても、だ。プロと同等か、それ以上の実力を持つビッグ3はともかく。1年生の役割は薄いと思う。蛙吹、麗日、切島、狐条。お前たちは、自分の意思でここに居るわけでもない。……どうしたい?」

 

 問に対する答えは、示し合わせたわけでなくとも、皆決まっていた。

 

「先っ、イレイザーヘッド! あんな話聞かされて、"やめときましょ"とはいきません!」

「イレイザーが駄目と言わないのなら、お力添えさせてほしいわ。小さな子を傷つけるなんて、許せないもの」

「俺らの力が少しでも、その子の為ンなるんなら、やるぜ! イレイザーヘッド!」

「例え雑用しか出来ずとも、苦しむ子を助けるために何かしたい。そうそう退けません」

 

 彼らは、ヒーローを志す者たちだ。特にその精神は、一端のプロと遜色無い。

 

「意思確認をしたかった、わかっているなら良い。今回はあくまで、エリちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない。一番の懸念事項であるヴィラン連合……。分析された死柄木の性格上、良好な関係ではないと見ているが、もし連合が深く関わっているようなら、そこまでだ」

「……ひとつ疑問なのですが、イレイザーヘッド。以前拝見したヴィラン連合の資料を見るに、死穢八斎會と組まないであろう、というのは納得ですが。しかし、接触したら一戦おっ始めそうな印象を受けました。そういった痕跡すら、見つかっていないのですか?」

 

 先程の会議でセンチピーダーが報告した、トゥワイスとの接触後に痕跡が途絶えた、という話。

 ヴィラン連合のうち、逃げおおせている連中は誰も彼も、一筋縄でいかない者ばかり。一部素性の知れない者もいるが、わかっている範囲だけでも、自分本位かつ他者を害することに躊躇しない性格だと伺える。

 崩壊させる個性の死柄木、蒼炎を使う荼毘など、荒事になると周囲に甚大な被害を与える連中が居る。コンプレスやフロスト、マグネなども、先の2人ほどではないが、過去の犯行現場に痕跡を残すことが多かった。

 

「そもそも、治崎とトゥワイスの接触があっただけで、組織同士の繋がりが無い、なんて可能性も無いとは言えん。希望的観測が過ぎるがな。……しかし、もし何かしらの衝突があれば、警察もそうそう見逃さないはずだ」

「可能性が高いのは、接触はすれども何もなかった、ですか?」

「そうなるな。追加の調査は別で進めているから、情報が入ったら知らせる。決行にせよ中止にせよ、別途連絡があるまで、学生組は待機だ。授業でもやったが、捜査途中の情報は関係者外に漏らすなよ」

 

 教師としての顔を覗かせたイレイザーヘッドの言葉に、揃って返事する声が辺りに響いた。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 死穢八斎會に対するミーティングの翌日、その夕方。雄英高校の屋内訓練室では、硬質なものをぶつけるような音が響いていた。

 

「──っの!」

「しゃっ!」

 

 強化された脚で蹴りを放つ優幻と、硬化の個性でもって受け止める切島。

 硬めた腕を振り抜く切島の拳を、小さく展開した結界で受け止める優幻。

 ひたすらに、攻守を入れ替えながら、2人は避けることなく打ち合い続けていた。

 

 遡ること約数時間。

 奮い立った心のままにその日の授業を終え、しかし彼らは、どうにも落ち着かないままだった。

 クラスの中でも心の機微に敏い、障子や瀬呂が声をかけたが、インターンでのことは口外禁止。話して気を紛らわせることはできない。同時に、事情を知る者同士でも、どこに誰かいるかわからない校内で、迂闊に喋ることも憚られる。

 

 そこで、切島が優幻を誘ったのだ。「取り敢えず、身体動かそうぜ」と。

 軽い組手。A組の中でも、防御能力2トップである彼らのそれを、事情を知る担任は、怪我をしないようにと軽く釘を刺しただけで許可した。

 

「オラァッ!」

「なんのっ!」

 

 油断してしまえば痛打を貰ってしまうとあって、余計なことを考えずに発散する目的は見事、達成されていた。

 ……同時に、止め時も見失っていたが。

 

「そこっ!」

「効かねえ!」

 

 およそ人間同士の、素手での打撃とは思えない音が、室内に反響していた。何度も、何度も。

 

「「おおおおっ!」」

「──そこまでっ!」

 

 突然聞こえた制止する声に、2人の拳は互いの胸元でピタリと止まった。

 声の方向を向けば、よく見知った少女がそこに居た。

 

「……何を言いたいか、分かる? 2人とも」

 

 芦戸三奈。普段は愛らしい大きな目を吊り上げ、口をへの字に結んだ表情。腰に手を当てたポーズ。全身から「怒ってます」というオーラが溢れ出ていた。

 男2人も、そこは理解できる。だが、理由がわからない。

 

(怒らせるようなことしたっけか?)

(いや、心当たりは無い)

 

 そっと目線で会話する2人だったが、それと見咎めた芦戸の「こら」という声で居住まいを正す。

 

「……時間」

 

 呟かれた言葉に反応して、壁にかけられた時計へと視線を向けて、気付いた。

 

「やっべ」

「もうこんな時間に」

「そーだよ! 相澤先生、超怒ってたから覚悟するよーに! って言うか、私まで怖い思いしたんですけどー! とばっちりなんですけどー!」

 

 訓練室に限らず、雄英では、許可制のものは基本全て、使用する時間を明確にして申請する。それらの時間管理もまた、教育の範疇だ。特に、相澤はその辺りに厳格である。

 

「梅雨ちゃんと麗日も様子おかしいから、色々気晴らししてさ。何とか持ち直したー、って思って別れたら、廊下で超不機嫌な先生にバッタリ。原因聞いて、代わりに呼びに来てあげたんだから感謝しなさい! あのままだと、今頃2人とも捕縛されてたよ?」

「「助けていただき、ありがとうございます」」

「よろしい」

 

 口を揃えての謝礼に、怒っているポーズを解いた芦戸は、一転して笑みを浮かべた。

 

「先生に連絡しとくから、2人は出れるように支度! ハイ、行動開始!」

「サンキュな、芦戸!」

「今度、埋め合わせに何か奢ろう」

 

 芦戸の行動で、何か結果が変わるわけではない。2人が説教を受けるのは確定している。しかし、約束の時間をオーバーするにしても、短い方が良い。彼女が止めなければ、きっと彼らは今しばらく、組手を続けていただろう。

 ついでに、説教されると事前に覚悟を固めることができる。

 

「よし、行くぞ切島!」

「おう! 芦戸悪い、俺ら多分、晩飯の時間に間に合わねえ!みんなに伝えといてくれ!」

「はいはーい。しっかり怒られてきなねー」

 

 廊下を早歩き──飯田からの影響を受け──で去っていく2人を、芦戸は微笑んで見送った。

 彼女以外のクラスメイトたちも、インターン組の様子がおかしいことには気付いている。思いつめた様子の緑谷には、飯田や轟が声をかけていた。蛙吹と麗日には、先程まで芦戸自身も参加した女子会が開かれていた。

 3人に比べれば、気が逸っている様子だけの切島や、普段より少しだけ落ち着かない素振りのある優幻はまだ、心配はいらないのかもしれない。昼間に男子連中がワイワイやってる所を、芦戸が目撃していたのもある。

 

「んー……。ま、シンドそうじゃないから、今は放っとくかー」

 

 困っているなら救けるのがヒーローだ。だが、自力で困難を乗り越えようとするなら、手を貸さないことも大事。女子組も、軽い気分転換で持ち直していたので、深くは追求していない。

 とかく、何もかもを自力で乗り越えようとするクラスメイト──爆豪を知るがゆえの考えだろう。

 

 なお、見送られた2人は、職員室に入るなり、芸術的なジャンピング土下座を敢行。毒気を抜かれた担任からは軽い説教で済まされ、罰としていくつかの部屋を掃除し、無事解放された。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 サー・ナイトアイ事務所にて会議が行われてから、2日後の深夜。雄英高校学生寮、ハイツアライアンス1階。

 

「いよいよ、だな」

「……うん」

 

 部屋着のままに集まった5人。対死穢八斎會への作戦に参加する彼らは、一様にスマートフォンを手にしていた。

 送られてきたメッセージは、作戦の決行日。

 

「……。みんな、牛乳は平気よね?」

 

 誰もが固い表情の中、ふと、蛙吹がそんなことを言い出した。あまりにも脈絡がないせいで、残る4人は疑問顔だ。

 

「顔が強張っているわ、リラックスしましょう。ホットミルク、作ろうと思うの」

「……はは。確かに、梅雨ちゃんの言う通りだな」

「気合い入れて眠れんくなったら、いかんもんね」

 

 逸る気持ちに気付いた提案に、揃って賛同した彼らは、共用キッチンへと足を進めた。

 マグカップは、各人名前入りのものが完備されている。これは、訓練の過程で八百万が創造したもの。紅茶用カップや、グラスなども同様に存在する。

 

 冷蔵庫から取り出しされた牛乳と蜂蜜は、共用品として、生徒らでお金を出し合って購入したものの一部だ。1階の冷蔵庫には、誰もが手を出せるようにルールを決めた品々が入れられている。たまに、布教したいオススメ品が混じることもある。

 

「おい誰だ、ノニ茶なんぞ入れたのは」

「のに?」

「独特と言うか、かなり強烈な味のハーブだとか。何かで読んだが、甘めのドブみたいな味らしい」

「うわあ」

 

 優幻が見つけてしまった劇物に、味を想像したらしい麗日と切島が、揃って顔をしかめる。

 そうこうしている間にも、手際良く蛙吹がホットミルクを作っていた。

 

「梅雨ちゃん、もしかして慣れてる?」

「弟や妹によく作ったわ。小さじ1杯の蜂蜜がポイントなの」

 

 ほんのりと温かいカップをそれぞれに手に取り、ソファに腰掛けて一口つける。昼間はまだまだ残暑があるが、朝晩は肌寒さすら感じる頃合いとあって、心地良く味わえる。

 

「……緑谷。眉間にシワが出来てるぞ」

「無理もないわ。緑谷ちゃんの場合、かける想いも大きいもの」

 

 しかし、1人。緑谷の表情は固いまま。

 

「でも、今度は私らも──いや、私らは微力なんやけども。けど、ほら、プロも沢山おるし。ね!」

「麗日さん……」

 

 笑みを浮かべる麗日に、釣られるように緑谷も少し、表情を和らげることができた。

 

「私たちも、エリちゃんを救けたい思いもあるし、八斎會の連中への怒りもある。……同時に、友人を救けたいとも思っているのだぞ、緑谷」

「そうだぜ。プロや先輩ほどは、頼りにならねーけどさ。でも、ちょっとくらい頼ってくれてもいいんだぜ」

「私たちも、緑谷ちゃんに力を借りているもの。……何でも出来るのが理想かもしれないけれど、今は、一緒に頑張りましょう」

 

 続けられる言葉に、じわりと、緑谷の瞳が潤む。母親譲りの涙もろさは、親しい4人の聞き知るところだ。

 

「ありがとう、みんな……」

「泣くのはまだ早えって、緑谷。全部しっかり解決してからだ。ガンバローぜ」

 

 ニッと笑う切島に、緑谷もまた、ぎこちなさは残るものの、笑みを返した。

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