某日早朝。ナイトアイ事務所で情報の共有を終えた、プロヒーローとインターン生たち。仮免許を取得したばかりの1年生も、コスチュームに身を包めば、いっぱしのヒーローとして行動することになる。
ナイトアイの個性、"予知"によって確認された、死穢八斎會の秘された地下施設。全貌は分からずとも、エリちゃん救出に必要な情報は揃っている。
地元警察との連携はできており、死穢八斎會の構成員リストがヒーローたちに配られ。
隊列を組む警官隊と、色とりどりのコスチュームに身を包む、悪く言えば統一感のないヒーローたちが、死穢八斎會の邸宅へと向かう。
「キュウビ」
道すがら、その記憶力を買われた
声の方向へと振り向くと、担任であるイレイザーヘッドと、インターン受け入れ先のリューキュウ。
「念の為の確認よ、キュウビ。あなたのミッションは──」
「可能な限りの情報を記憶すること。最優先は、クスリの"解毒"に繋がるもの。その他、地形、構成員、物品何もかも。エリちゃんを救けるまで、証拠品で荷物を増やさないために」
「上出来だ。こと記憶力、だけじゃないが、頭脳労働に関しちゃプロにもそうは居ないレベルだ。が、無理はするなよ」
イレイザーヘッドのプロとしての評価に、優幻の耳と尻尾が喜びで揺れた。
「自分から飛び込むような真似はしませんよ、私は──」
「USJと、I・アイランド」
「「「「申し訳ございませんでした!」」」」
謝罪の声は、近くに居た麗日と切島、緑谷も同時に発していた。
4人全員に共通するのは、合宿前のI・アイランドでの対ヴィラン戦闘。かの地は国外であり、ヒーロー向けの研究をメインとしていることから、個性使用に関する法律はかなり緩く、問題にはされなかった。日本のヒーロー候補生としては問題だらけだが。
USJでは、優幻だけでなく切島も緑谷も、死柄木や脳無に挑みかかっていた。切島はこれに神野の件が加わり、緑谷はその上更に、林間合宿でプロの指示を無視して、両腕骨折の中で爆豪救出に向かった前科がある。
心臓の辺りを抑える問題児どもを見やり、溜め息をひとつ。よくよく思い返してみれば、このインターン、問題児だらけだ。安心できる要素が蛙吹のみである。
どいつもこいつも、"誰かのため"に無茶をするので、ヒーローとしては、間違いと言い切れないが。
「ええこっちゃ。向こう見ずに無鉄砲、若い時の特権みたいなモンやしな!」
「ファット、変に煽るのは止めてくれ」
「何や、相変わらずやなぁ、イレイザー」
「……え、知り合いなんスか、2人?」
カラカラと笑うファットガムの言葉に反応したのは、インターンとして所属する切島。
「現場で何度かな。潜入用にお笑いグループ組もうて──」
「組まない」
「断んの早すぎや。ホンマおもろい奴やで!」
笑い声と共にバシバシと背中を叩かれて、イレイザーヘッドの眉間に、深いシワが刻まれる。原因のファットガムはどこ吹く風、といった様子だが。
「ところでや。切島くんから聞いとったけど、
「ファットガム、引き抜きは許さないからね」
「そない恐い目ぇせんでも。選択肢を増やしましょ、言うとるだけやて」
ふと、ファットガムの視線が優幻へ向かう。告げられた勧誘の言葉に、しかし当人を挟んで、リューキュウから険しい視線が返された。
2人のプロヒーローの間で、見えない火花が散る。
「……ヒーローってのは、文武両道を求められるが、どうしても体力勝負な所がある。そっちに重きを置いているせいで事務仕事が苦手、なんていう奴が多いのが実情だ。その辺出来るようになっておくと、あんな風にサイドキックとして声がかかる可能性が増える」
「雄英の経営科みたいな人を雇うんもアリやねんけどな。現場で対応できるような人材は、大概の事務所は欲しがるからなぁ」
「その辺りは補習で補う。今は、こっちに集中するぞ」
イレイザーヘッドの視線が向かう先。事前の説明にあった、死穢八斎會組長邸宅、その正面玄関は、高い塀に囲まれた敷地へと入る数少ない場所だ。
いよいよ、作戦が始まろうとしている。
「令状読み上げたらダァーッ、っと行くんで。速やかに、よろしくお願いします」
そう告げた警官隊の隊長が、インターホンへ手を伸ばした時。優幻の耳が、とある音を拾った。
「足音……。大柄な──門の向こうから攻撃! インファイター!」
聞き覚えのあるリズム。それは、クラスメイトの砂藤が、しっかりと助走をつけて殴りかかる時の歩調とよく似ていた。障子や耳郎に劣るとも、力を込めた一撃のために踏み締める音を、彼は聞き逃さなかった。
「させるかっ!」
警告とほぼ同時に、邸宅の様子を隠していた門扉が弾け飛ぶ。それを成した拳は、そのまま警官隊へと向かうが、優幻の言葉に反応した切島が飛び出し。軌道上に居た警官たちは他の1年生たちによって抱えられ、後退していた。
彼ら彼女らは、狐条優幻の実力をよく知っている。瞬間の判断能力は図抜けており、そんな彼が発する言葉を、共に訓練する4人は疑うことなく動き出した。こればかりは、1年生
筋肉で太くなった腕、その握りしめられた拳に付けられた金属製の拳鍔は、硬化した切島の腕にぶつかり、鈍い音を奏でながら止まった。
「──流星!」
そして、優幻が叫んだ言葉、その単語ひとつで、意図は十分に伝わる。
「ウラビティちゃん!」
蛙吹の舌が麗日の身体を捕まえ、小柄な彼女を真横にぶん投げる。蛙吹の実力を疑う素振りすらなく、ただ目標に向かう麗日はその両手指を添え、着地と同時に切島を浮かせる。
「"防護"」
麗らかさをかなぐり捨てた雄叫びに見送られて宙を舞う切島の両腕が、淡い金色に包まれる。重力から解き放たれた彼の身体が反転し、太陽へと向けられたその足裏に、近付く影。
「
「
「SMASH!」
硬化した切島の脚を、緑谷のフルカウルで強化した蹴りが打ち出す。同時、麗日が個性を解除。
優幻の結界を両腕に纏う、切島の人間砲弾。凄まじい速度で蹴り出され、重力の恩恵を受けたクロスチョップは、思わず見上げた八斎會構成員──活瓶力也の首元に叩き込まれた。
轟音と共に倒れる大柄な肉体。その上に落ちかけた切島と緑谷を、優幻の操る鎖が回収する。
「体格から、"活力吸収"の個性、活瓶力也の可能性があります。接触に注意してください、触れた者から活力を奪います」
「……イレイザー、お前どんな教育しとんねん──って、もう入ってまえ! 行けるな烈怒頼雄斗!」
「突入!」
いくら雄英とはいえ、1年生。そう思っていたヒーローや警官の予想を覆すに足る、即断即決の容赦ない連携技はキチンと周囲の度肝を抜いた。
令状を掲げる警官と共に、ナイトアイとファットガムが、インターン生である通形と天喰、緑谷と切島も続き、更に他のヒーローも突入していく。
入口へと向かう道筋にはしかし、多くの組員が立ち塞がるが。
「どきなさい!」
突如聞こえた上空からの声に、一部の者たちの目が向かう。そして、空想上の存在であるはずのドラゴンが降ってくるとなると、咄嗟にその場から逃げてしまうのは、本能的に仕方のないことと言えた。
地面を揺らして降り立ったリューキュウは、そのまま周囲の組員を弾き飛ばし、敵陣背後を陣取ると、続く人影が現れる。
麗日とねじれは自力で、残るリューキュウ事務所の面々は慣れた様子で、優幻の尻尾と、鎖で作られた足場に乗り、空中を進み合流を果たすと、道を作るべく攻勢に出た。
侵入してきた警官とヒーローを足止めしていたはずの八斎會組員は、突然の挟み撃ちに混乱してしまった。
「ほいさ!」
「行くわ」
「"射出"」
そして、混乱に乗じて凶悪な連携を発揮したのは、またも1年生。蛙吹と麗日、優幻の3人だった。
麗日が浮かせ、蛙吹が邸宅の外壁目掛け吹き飛ばし、優幻が速乾セメントを仕込んだ光弾をぶつける。道を塞いでいた組員が、1人、また1人と壁に固定されていく。
麗日に触れられた時点で、ほぼ回避不可能。手違いで時折警官を浮かせるも、判断力に優れた蛙吹と優幻がフォローするので、麗日は思い切った動きができていた。
「火急の用や! 土足で失礼するで!」
進路を確保したことで、スピードに乗ったファットガムがその巨体をぶつければ、ただの扉には耐えきれない。呆気なく開き、ヒーローたちの侵入を許してしまった。
前庭に居る組員は、数を頼りに足止めを狙う──有り体に言えば、戦闘能力の低い者ばかり。例外だった活瓶は既に倒れた。
「ベルベット! スモーキーとキュウビを連れて中へ!」
地上よりも地下へ。そう判断したリューキュウの言葉に、その名を呼ばれた3人は迷うことなく邸宅へと足を踏み入れ、そのまま駆け抜ける。
「先行組に追いつきたい、キュウビ、頼む!」
残念ながら、先輩サイドキック2人は素早い移動を行う方策を持っていない。だから、優幻の尻尾に飛び込んだ。
対して優幻は、身体能力の強化が可能。脚力を強化し、飛ぶように走る。ナイトアイからの情報通りに廊下を進めば、すぐに目的地へ。
「って、センチピーダー、バブルガール! これは一体!?」
地下への入口。それが存在するはずの場所には、強引に上からセメントで塞いだような有り様だった。
「リューキュウ事務所の。申し訳ない、入口を潰されました。今、ドリルを手配してもらっています」
「私なら掘削できます、離れてください!」
例え自分が消耗しても、ここに居るサイドキック4人を送り込む方が有効。そう考えた優幻は、道具の到着を待つ時間を惜しむことに決めた。
壁を調べていたセンチピーダーと入れ代わり、足下に落ちていた花瓶を拾い上げ──問題の壁に叩きつける。
「"掌握"、"螺旋"」
花瓶の中に残っていた水が、優幻の右手に集まり、円錐形に形を変えると回転を始める。砕けた陶器の破片を、内に含めて。
回転はどんどん早くなり、一緒に回る破片が視認できなくなるほどになる。そんなものが接触すれば当然、コンクリートも削れてしまう。
「おお、ドリルだ!」
バブルガールの言葉通り、円錐形で、回転し、掘削するものを一般にドリルと呼ぶ。陶器の破片を高速回転させて壁を削るそれは、正しくそうだった。
壁を削り割り、破片を取り込んでいく。同時に空気中の水分を加え、ドリルは大きくなっていく。
直径2メートル程の、削岩機と呼べる程になった優幻の技により、僅か十数分。地下へと通じる階段を埋めていたコンクリートを掘り進み、新しく地下への
「何だこれは……」
地下へと足を踏み入れ駆け出した面々は、曲がり角を2つ過ぎた所で、予想とは異なる、それもかなり現実離れした様子を目撃していた。
通路が続くはずのそこには、歪み、捻れた床や壁。そして、倒れ伏す警官たち。一部の者は、腕や足を骨折している様子だ。
「何が起きたんですか!?」
「先程、床に穴が……! ヒーローたちは皆、下に! 我々は、自力で後退、します! 女の子の救助を、お願い、します!」
「……必ず!」
治療しようとした優幻の手を掴み、悔しさを滲ませる表情で訴える声に、その悲痛な願いに、応える以外にないと返事を返す。
サイドキック4人にインターン生1人というパーティは、歪んだ通路を進んでいく。道を塞ぐように壁から生えた柱は、さほど太くないこともあって強引に破壊し──
「向こう、ロックロックだ!」
曲がり角を確認したスモーキーの指差す先、通路だったはずのそこは、歪み塞がっていた。だが、次の瞬間、向こう側から爆発するように砕け散った。
迫るコンクリートを、緑谷が蹴り砕いたのだ。
「──入中だ! 地下迷宮そのものに潜り込んでる! 注意しろ!」
壁や床、天井が波打つ異常事態に、ナイトアイの声がその答えを報せる。
ゆっくりとだが確実に歩みを進めていた所へ、更なる増援。個性でもって生き迷宮となっていた入中に、この時、幸運と不運が同時にやって来た。
オーバーホールの交渉で成立した、ヴィラン連合との同盟。その結果として増えた3人の新入りが、すぐ近くに居る。これが幸運。
もっとも、交渉がうまくいった理由が、過去にオーバーホールの命を狙ったヴィラン、フロストの執り成しによるものという部分が、入中は気に食わないが、今はそれどころではない。どんな手を使ってでも、ヒーロー共を止めなくてはならない。
「分断!?」
「気を付けろ!」
しかし、入中にとっての不幸は、正に致命的だった。
咄嗟に最適な行動を取れるヒーローの卵が居て。
「ベルベットさん。鎖は全て、壁を通りました」
そして、よりにもよって、この状況に
「ありがと、キュウビくん。後は任された!」
優幻のコスチューム、その袖内に仕込まれた鎖が放出され、コンクリートの壁にワザと巻き込まれていた。それらの端を、ベルベットが束ねて受け取る。
「さて、いくよ──カリヨン!」
ヒーロー名・ベルベット。個性は"鐘の音"。自分の身体から、鐘のような音を鳴らすことができる。ただそれだけの、あまりヒーロー向きと言えない個性だった。
そう、「だった」のだ。
没個性、などと揶揄されるが、しかしそれを鍛え続けた結果の1つが、ここに居る。
地下迷宮に、ガラン、ガランと音が響く。ベルベットの腕から響くそれは、手元の鎖を震わせる。
ガラン、ガラン、ばきん。流麗な音の中に、別のものが混じる。それはすぐに数を増やし、そして大きくなっていく。
音と共に数を増やすのは、壁に刻まれるヒビ。音が振動として鎖を伝い、壁や天井、床に亀裂が次々に作られる。
物質を破壊する程の振動。それも、材質に合わせた振動波を繰り出すという離れ業。これこそが、彼の真骨頂。
「砕けろ!」
最後のひと押し。さほど厚さのない急造の壁は砕け散り、床や天井にも大小様々な亀裂が残った。
「え?」
「は?」
広々とした空間が出来上がり、姿が見える。
ロックロックに組み付いてナイフを振りかぶるトガ、大柄な男を複製したトゥワイス、そして、イレイザーヘッドへ殴りかかろうとしていたマグネの姿が。
「"捕らえろ"、"穿て"!」
居るはずのない存在に驚くヒーロー、まとめて崩れた壁に呆気にとられたヴィラン。そんな中、真っ先に動き出した優幻は、瞬時に24の光弾をヴィラン連合のそれぞれへと放った。
そして、放たれた光弾が、マグネの持つ武器を弾き返し、トゥワイスが作り出した男──複製の乱波肩動を背後から撃ち抜いて潰す。トガは何とか、飛び退いて躱していた。
「いやん、もう!」
「ヤクザ、使えねえな!」
不利を悟ったヴィラン連合の3人は、散り散りに後退して入中が用意した壁に隠れていく。
残ったのは、本来の通路以上に広くなった空間。
「──警官隊は一度退けぇっ!」
声を張り上げたのはスモーキーだ。視野の広さを買われて他事務所や警察との橋渡し役を担うことの多い彼は、普段肩を並べる同僚と、有望なインターン生の動きから、状況を読み取って指示を出していく。
「もう足は止められん! 女の子救出を優先しろ!」
先に突入したはずの、ファットガム事務所の面子が居ない。恐らく分断されたのだろう。ナイトアイ事務所のルミリオンは、個性柄足止めされることはない。むしろ、単身先行したと推測できる。
今更、ヴィラン連合が居たからと、インターン生を退かせるわけにはいかない。
「ナイトアイ、道に詳しいのはアンタだ! サイドキック連れて走れ! イレイザー、キュウビは必ず無事に帰す、デクと行け! ロックロック──」
「分かってらぃ! 入中とヴィラン連合3人、頭数揃えて確実に捕まえるんだろ!」
四方八方へ追加で鎖を伸ばす優幻と、その鎖を掴んで再度"鐘の音"を響かせんとするベルベット。彼らを守るようにロックロックが立った。
「……任せます!」
これだけの騒ぎだ。治崎は既に、エリを連れて逃走を始めているはず。猶予はない。
すれ違いざまに打ち合わせた、優幻と緑谷の掌が鳴らす音が、互いに「任せた」と告げていた。
無骨な造りの地下空間に、不釣り合いに澄んだ鐘の音がまたも響き渡り、それが開戦の合図となった。
急造の、先程よりも薄い壁は、あっさりと砕けてしまった。
「体格は似ていますが、玄関口の奴とは別人ですね」
壁が崩れるまでの僅かな時間で、トゥワイスは再度、先程と同じく乱波の複製を作り上げていた。トガやマグネも、臨戦態勢をとっている。
いや、既に行動を始めていた。
ヴィラン連合開闢行動隊として、ヒーロー科1年生の林間合宿を襲撃した1人であるマグネは、あの日、プロヒーロー3名を相手に立ち回った実績がある。場慣れしている、と言える。
個性"磁力"と、巨大な磁石という武器を使い、相手を引き寄せて攻撃する。磁力は目に見えず、浮き上がってしまえば抵抗することは難しい。慌てた所を、引き寄せられる力と己の膂力で打ち据える、という単純ながらも強力な攻撃。
「……って、あら?」
プッシーキャッツのピクシーボブを容易く仕留めた攻撃はしかし、望んだ結果は何も起きなかった。
「マグ姉?」
「何これ……。個性は発動してるハズなのに、なんで何も起きないのよっ!?」
イレイザーヘッドに個性を消された場合、"個性が使えない"感覚を味わう。しかし、今マグネは、"問題なく個性を使った"感覚だけがあった。
「男性をS極、女性をN極に。なるほど、つまり
「よく分かんねえが、アイツの個性は封じた、って事で良いんだな?」
「はい。ですがお気を付けください。プッシーキャッツの虎と張り合える格闘能力と聞いています」
ひどくあっさりとヴィランの個性を封じた張本人、優幻の小さな呟きに、ロックロックは取り敢えず理解することを放棄した。現場で悠長に話していられないし、そもそも、優幻の言葉通りなら、一言二言で分かるとは思えなかった。
チラリと視線を後ろへ向けると、ベルベットもスモーキーも、戸惑っている様子は無い。立派にヒーローをやれている学生たちをいつまでも子供扱いはできない。なら、存分に働いてもらうかと、彼は薄く笑う。
「ベルベット、とにかく入中を見つけ出してくれ。ヴィラン連合は我々で捕える。良いな?」
「了解しました」
「俺の"施錠"は触れなきゃならねえ。そこは頭に入れといてくれ」
鳴り響く鐘の音を背に受け、そこで優幻は気付く。
トガヒミコが、居ない。
すぐに感覚を研ぎ澄ます。どれほどのステルスでも、そこに居る事実は消えない。身近に
(……待て、隠形技術? トガヒミコの個性は、血液を使っての変身と聞いた。……林間合宿で麗日が遭遇し、注射器のようなもので刺されたと。──緑谷が仮免試験で会ったという士傑生!)
頭の中にある情報が噛み合った瞬間、地を蹴る音を捉えた優幻は、振り返る。
「何を企んでいる、ヴィラン連合!」
スモーキーに飛び掛かるトガの、ナイフを持つ腕を掴む。優幻の身体強化術式は改良を続け、少女の細腕を握り折ることすらできるレベルだ。骨折ギリギリの力加減で締め上げられ、トガは思わずナイフを取り落してしまう。
「仮免試験に潜り込むなど、何が狙いだ」
「フロストさんから聞いてます。あなた、悪い狐なんですよね。……教えてあげません」
べ、と舌を出して拒絶を示すトガが、注射針状の刃先を優幻の腕に突き立てようとするが、小さく展開した結界に弾かれ、硬い音を立てて止まった。
「トガちゃん離せや、性悪狐っ! 捕まえてろ!」
「そちらも捕え──グッ!?」
スモーキーとロックロックの相手を、マグネと複製の乱波に任せたトゥワイスが飛び掛かる。意識を向けた瞬間、トガを捕まえていた腕に痛みが走る。
意識をトゥワイスへと向けた正にその瞬間、腕を刺されたのだ。意識が逸れる前には動けないはずなのに、起きたその結果に悪寒が走る。尋常な速さではない。
力が緩んでしまい、トガは脱出と同時に姿を消した。足音を拾うこともできず、見失う。
「"展開"、"射出"! スモーキー! トガの隠形は体術の類です、お願いします!」
声をあげると同時、色とりどりの光弾が放たれ、地下空間を縦横無尽に奔る。
呼ばれたスモーキーは、優幻の言わんとする所を正しく理解し、個性を発動。
スモーキーの個性は、"煙"だ。全身から煙を出すことができる。煙はある程度動かせるが、そうは言っても所詮ただの煙、物理的な干渉力は無い。
その真価は、肉体と接している煙に触覚があること。彼の手は広く、そして触れていることを相手には悟らせないという、反則級の"手探り"捜査。
「見つけたぞっ!」
「やー!?」
ヴィラン連合の立ち回りから、交戦していたヒーロー側の3人が一斉に立ち位置を入れ替える。
優幻の光弾──カラフルな中に混じった、コンクリートと同系色の1つが、複製の乱波を死角から襲うと同時。意識の隙間を縫うトガが、探り当てられた。
「"
マグネの持つ武器──個性を封じられてもなお、大質量の鈍器として働くアイテムを、ロックロックが止める。トゥワイスが作り出す複製は、優幻の放つ光弾が完成直前に貫き。トガが音を消し、姿を消そうとも、スモーキーが見つけ出す。
「ちょっ、ヤバッ! トゥワイス、早く複製作って!」
「任せろ! 無理だ! 作ったそばからダメージ受けて崩されてっから、コッチ狙ってくんな!」
「やー! 何で見つかるの!?」
優幻の格闘技術はプロに及ばないが、多様な軌道で間断なく襲いかからせることはできる。雄英体育祭で見せた弾幕に届こうかという光弾の数々は、トゥワイス本人は回避で精一杯。個性"二倍"で作られた複製は、完成前に穿たれ、崩れ去る。
足下の薄い煙は既に広範囲を覆い尽くし、トガの逃げ場は無く。個性も武器も封じられたマグネに、"ただの喧嘩"以外の選択肢は無い。
状況を打ち破ろうと──
「よくやった! 全然ダメじゃねえか壁ぇ! 壊れんの早っ!」
どこかに潜む入中が分断しようとしても、咄嗟に作れる程度の厚さでは、ベルベットに破壊されるだけ。
「最初に会った時から、気に入らなかったのです。ずっと隠れたままで」
「トガちゃん人のこと言えねえよな! もっと言ってやれ!」
「……確かにネェ。若頭の後ろに隠れて吠えるだけ、極道が聞いて呆れちゃうわ」
繰り広げられるヒーローたちの波状攻撃を避けながら、ヴィラン連合の面々は姿の見えない入中へ口撃を始めた。
仲間割れ──そもそも死穢八斎會とヴィラン連合が仲間と呼べるのかはさておき、窮地ながらも一応の味方に敵意を向ける姿勢に、呆れの様な感情を持ってしまうのは、仕方ないのかもしれない。
「どうせ、寝たきりの組長さんが
その感情が、隙になってしまった。
天井を見上げ、ニタリと笑うトガは、明確に入中へ語りかけていた。どこに居るのか不明なはずの男へ向けて。
ズルリ、と床が動く。壁が、天井が、ズレる。
「キィエエエエエエエエッ!」
ぐるりと、空間が回った。周囲のコンクリートが渦を巻くように、濁流となって全員を流す。流動を続けられると、鐘の音による破壊は追いつかない。ダメージを与えた箇所が、別の形へ変わっていく。
当然だが、こんな大規模な個性行使は、入中にとってもリスクが大きい。
「気の小さい人ほど、自分が弱いのを隠したがります。自分を強く見せたくて、他人を上から見下すのです」
それでもこの手段をとったのは、既にクスリの効果時間が終わりかけていた事情もある。しかしそれ以上に、極道を虚仮にされて、黙っていられないのだ。"極道"という看板こそが、入中を強く見せるものだから。
だから、黙っていられない。
「ゴクドー、カッコ悪いですね」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
自身の寄辺を貶されて、ただでさえ激昂しやすい入中は、簡単にキレた。ヒーローもヴィランも諸共に、この場で圧殺せんと、地響きと共に空間を狭めていく。
だが、意味をなさない叫び声だったが、空間が狭くなり、音の反響が減ったことで、出所が伝わってしまった。
「"連弾"、"縛鎖"! 引きずり出す!」
十数発の光弾でコンクリートを砕き、その向こうに居た入中に金色の鎖が絡みつくと、収納の為の術式を起動すると同時に、強化された腕力も加えて乱暴に引っ張れば、人間ひとりを引きずり出すことは簡単だ。
まだ露出していなかった腕や足が、コンクリートを砕きながら引っ張り出されたせいで、あらぬ方向に曲がっていたが。
「ぐうぅぅうううっ!」
「……おい、ヴィラン連合の奴らが居ねえ!」
入中の骨折箇所の固定と、拘束をまとめて済ませた所で聞こえてきた言葉に、優幻は顔を上げる。
地下通路、と言われても信じられない、まるで洞窟のように歪に変形したこの場所は、視界が悪く、追う側に不利な要素が揃っていた。
「……声の類も聞こえませんね。逃げた、のでしょうか」
「なら、ヴィラン連合は一体、何の為に八斎會に協力したんだ?」
「さて──誰か来ます」
優幻が捉えた複数人の足音は、彼らがやって来た方向から。指差して告げられた状況に、全員が警戒する。
……だが、次の瞬間には警戒は解かれた。
「見えたぞ! リューキュウ事務所の別働隊と、ロックロックだ!」
「Mr.ブレイブ?」
顔程度の穴しか開いていない通路の向こうから、今朝がた聞いた声が届いた。続いて、離れているようにとの指示も。
モーター音と共に聞こえた掘削音は、ドリルで壁を削るものだろう。
「上の制圧は完了した。リューキュウ事務所の本隊が、念の為に残ってる」
荒事用に高性能なドリルは、十全にその性能を発揮して壁の穴を広げ、突入してきた多数の警官隊やヒーローと合流を果たした。
簡単に情報を交換し、最初に口を開いたのはロックロックだった。
「治崎逮捕に応援も送りてえ。ヴィラン連合を放っておけねえ。孤立したファットガム事務所も気がかりだ。なら、手分けするしかねえだろう。エリって子の部屋までの方向、分かるヤツは?」
「私が」
「ならキュウビ、つかリューキュウ事務所別働隊は治崎のトコ向かってくれ。残るメンツでヴィラン連合を探す、ついでにファットも探そう。意見は? ……ねえな。目標の子供はまだ確保できてねえ、急ぐぞ!」
小気味良い返事をそれぞれが返し、優幻たちは走り出した。