ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

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ご無沙汰してすみません。


52 インターン(5) 光明

 目まぐるしく移り変わる状況に、エリはただ呆然と地べたにへたり込んでいた。

 突然、部屋から連れ出されることは今までにもあった。今日もまた同じように、"くろの"と呼ばれた人に抱えられ、しかし移動する最中──

 彼が現れた。

 

 ルミリオンと名乗る、ヒーロー。

 

 ここ(・・)に連れてこられる前のことはほとんど覚えていないが、それでも"ヒーロー"と呼ばれる存在は知っていた。それが、自分には関係がないだろうことも、何となく理解していた。

 なのに。抜け出したあの日に出会った、優しく抱きとめてくれた人も。怪我をしながらも自分を守ってくれた人も。

 

 ヒーローが、来てくれた。

 

 他にも、大勢居た。眼鏡をかけた人。ムカデの人。泡を出す人。煙を出す人。鐘の音を鳴らす人。狐の人。

 それも、たった2人を残して、皆、倒れてしまった。

 

「"灯る緋炎、その身を盾とし薬となせ。【転輪・紅蓮不死鳥】"」

 

 エリの耳に届いた詠唱は、幼い少女には全く理解できない言葉だったが、そのすぐ後、優幻(ゆうま)の両手から飛び立った炎の鳥を見て、彼女なりに悪いものではないのだろうと感じていた。

 柔らかな印象を受ける炎は、そのイメージに違わず、優しく倒れ伏す面々の傷口を覆い隠し、治癒と保護のために作られた術式を発動させる。

 

(この人たちは、あきらめないんだ)

 

 2人だって、怪我をしている。赤く流れる液体は、彼女がよく知る"痛みの象徴"だ。

 なのに彼らの声は頼もしくて、どうしてか、震えが止まった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 緑谷を庇い直撃を受けたナイトアイは、左腕と下半身が分断されるという、即死してもおかしくない重傷。エリを確保していた通形は、重点的に狙われた上に彼女を攻撃から逃していたため、両脚や胸元に石槍を受け、肺に損傷がある状態。

 サイドキックたちも、深手で動くことすらままならない。特にスモーキーとセンチピーダーは、血溜まりに沈み意識も無い状況だ。

 残ったのは、仮免を取ったばかりの1年生たち。

 

「タクティクス、A04、Buster!」

「──"座標指定"、"展開"」

 

 だが生憎と、ここに立つ2人は、日本最高峰のヒーロー養成校たる雄英の生徒。加えて、所属するクラスではクラスメイトを仮想敵にした戦術が幾つも構築されていた。

 仮称"対敵想定マニュアル"。狐条(こじょう)優幻によって起案され、緑谷出久により補完されたそれを、八百万百によって仕上げたタクティクス。

 1年A組出席番号4番麗日お茶子(A組4番)を仮想敵にした、プランB(Buster)。触れることで個性を発動させる相手に対して強引に制圧する作戦。その方針を示したのは。

 

──両腕ブチ壊しときゃあ、何もできねえだろうが!

 

 2人揃って、級友の怒鳴り声を思い出す。その勢いに発破をかけられるように、治崎の周囲に乱雑に展開された、チグハグな方向を向いた結界のひとつへと、緑谷が飛び込んでいく。

 

「フルカウル、25%! ……っ!」

 

 ただでさえ目にも留まらぬスピードで動く緑谷が、トランポリンの役目を持った結界を使って縦横無尽に跳ね回る。色とりどりの結界は、2人の間で事前に取り決めていた順序で経由することにより、敵の視線を撹乱するように優幻が調整している。

 

「舐めるなよ、ガキ共……!」

 

 当然ながら、治崎とて黙って攻撃を受ける真似はしない。

 地面に叩きつけられた手を中心に、コンクリートがせり上がって壁を作り、その姿を隠していく。

 

「それを待っていた!」

 

 周囲全てに気を配らなくてはならない状況に追い込むことで、行動の幅を狭め、予測を立てやすくする。対象の動きが止まった瞬間、優幻の結界が色を変えてナビゲート。緑谷は、示された目標を信じて、限界まで強化した肉体で攻撃に専念する。それこそが、デクキュウビコンボ。

 

蹴撃結界(ストライク・フィールド)!」

 

 コンクリートを蹴り砕き、なおもアイアンソールは威力を落とさず、先にある治崎の右肘を真逆に折り曲げた。

 

「"縛鎖"! ──連撃っ!」

「ス、マァッシュ!」

 

 全力で攻撃したことで流れかける緑谷の身体に、優幻の放った鎖が巻き付くことで、強引に突撃の勢いを止める。

 鳩尾の辺りに食い込んだせいで一瞬、息を詰まらせるが、緑谷はそれでも靴底に地面を噛ませて体勢を立て直していた。

 その僅かな時間に、今度は治崎に絡みつかんと、別の鎖が宙を走る。

 反応できて(・・・・・)しまった治崎の無事な左手が、鎖を掴んで粉微塵にした時には、既に緑谷の爪先は、伸びきった治崎の左肘を捉えていた。

 軸足を中心に腰を捻った、飯田天哉の動きを綺麗にトレースしたハイキックによって、アイアンソールが関節を破壊する。

 

「これで終わりに──」

「バックステップ!」

 

 両腕を破壊され、防御できない治崎の意識を刈り取ろうとした瞬間。聞こえてきた優幻の声に従い、緑谷は床を砕きながら背後へ跳んだ。

 

「あー、クッソ。バレてやんの」

「死柄木……っ!」

 

 何の前触れもなく落下してきた死柄木が、先程まで緑谷の居た場所に着地する。

 

「スマン死柄木、ダメだったわ!」

 

 そして、指示を出した当人である優幻は即座に、展開していた結界を破棄。そうやって確保したリソースを身体強化術式に割り当て、声をかけた直後に背を向け、飛び出していた。

 エリ目掛けて、こちらも上からやって来たMr.コンプレスを見つけたからだ。

 危険を察知したコンプレスは、圧縮していたコンクリートの塊を復元し、それを足場に跳躍して離脱。

 

「……あ」

 

 大人5、6人分はある巨大な塊は、空中で展開したもの。その超大な質量は、直下にある小さな身体を押し潰さんと落下を始めた。

 この後どうなってしまうのか、想像できるような知識を与えられなかった少女は、本能的な恐怖を感じることしかできず。そして、そんな時にはただ耐えることしか知らないから、固く目を閉じ、ルミリオンのマントを掴んだ手に力を入れることしかできない。

 

「失礼、お嬢さん」

 

 そんな彼女の境遇を理解したせいで煮え滾る内心を、優幻は理性でもって抑え込み、殊更に優しい声と共に、エリを拾い上げた。

 

「……え」

「それに掴まっていておいて。大丈夫、私たちが護るから」

 

 エリが感じたことのない、柔らかい感触。恐る恐る目を開けば、周囲を金色が埋め尽くしていた。彼女は気付かずにいるが、優幻の代名詞たる九尾である。

 壁を形作るうちの一本が、エリの眼前に移動すると、先端で頬をくすぐり、掴みやすいように位置を調整する。かけられた言葉の示すものはこれだろうかと、そろりと小さな腕で抱きしめてみれば、ふかふかと沈む触り心地に目を丸くしてしまった。

 

「さあ、第2ラウンドと行こうか」

 

 不敵に笑う優幻と、その隣へと跳躍し降り立った緑谷。

 

「何のつもりだ、死柄木。もうお前らを信用するつもりはないぞ」

「安心しろよ若頭。極道もヒーローも、まとめてブッ壊すに決まってんだろ」

 

 対するは、死穢八斎會若頭、治崎廻。

 

「それに……。何度も邪魔してくれた緑谷もだけどさあ。お前、狐条だっけ? お前もあの時、一緒になって邪魔してくれたよなあ」

「……USJか。邪魔と言うなら貴様の方だろう、授業妨害した分の損害賠償請求してやろうか」

「ハッ、誰が払うかよ、馬鹿が」

 

 治崎とも睨み合う、ヴィラン連合の首魁、死柄木弔。そんなリーダーと、ヒーロー候補生2人を挟んだ反対側で、余裕を見せて身だしなみを整えるのは再度複製されたMr.コンプレス。

 

 ただ2人、立ち向かおうとする学生たちは、表情に出さぬよう努めながらも、心の内では揃って今のピンチに焦りを抱いていた。

 

(治崎を攻撃しても、ヴィラン連合を狙っても、もう片方の陣営が諸共に潰しに来る)

 

 協力していないからこそ、戦闘中に別陣営からまとめて攻撃されるリスクが生まれるとあっては、迂闊に動けない。更に不利なことに、治崎にせよ連合にせよ、ヒーロー勢への攻撃を第一としているので、共倒れには持っていけそうもない。

 

「俺らにとっちゃ、ヒーローと"核"の子供がまとまってるのはラッキーだなぁ」

「──キュウビくん!」

 

 優幻に、正確にはその九尾に匿っているエリを目掛けて、死柄木がゆらりと動き出すと同時、背後からも駆け出したコンプレスに気付いた緑谷の声が響く。

 

「ええい、どちらも厄介な手をしているな!」

「テメェの方がよっぽど厄介だよ狐!」

 

 触れれば発動されてしまう"崩壊"と"圧縮"の手が、どちらも結界に触れたのが、開戦の合図となった。

 

「病人に、破綻者。どいつもこいつも邪魔をするな!」

「お前の思い通りになんか、させない!」

 

 優幻と、そこへ迫る死柄木とコンプレスをも巻き込もうとする治崎だったが、緑谷のアイアンソールによって地面を砕き飛ばすという荒業に、その場を離れることを余儀なくされる。

 続けざまに更なるコンクリート片が、今度はヴィラン連合と優幻に向けて放たれる。

 

「味方ごとかよ容赦ねえ、ってウッソだろオイ!」

 

 緑谷の性格として、味方諸共に攻撃するなどありえない。しかし、A組生徒には例外が居る。この程度の攻撃など意に介さない硬度を持つ切島と、もうひとり。

 破片全ての軌道を瞬時に計算し尽くして、湾曲した結界で受け流して敵に向かわせるという離れ業をやってのける優幻だ。

 一方向からの攻撃と思い対処していたヴィラン連合の2人へ、予期しない横方向からの奇襲が加わった。

 

「エリを返せ!」

「お断りだな!」

 

 一度は退避した治崎が、改めて作り出したコンクリートの槍は、その半ばで優幻に蹴り砕かれて折れる。

 

「とった!」

「やらせないっ!」

 

 蹴りを放った隙をつくようにしてMr.コンプレスが迫るが、その動きは迫る飛礫を圧縮するために止められた。

 

「邪魔だ、死柄木。諸共に消えていろ」

「いやだね、ヒーローだけ消しとけよ」

「お前たちにエリちゃんは渡さないさ!」

 

 優幻の操る鎖が、分解され、崩壊させられて、準備していた全てを失って尚、優幻は光弾を放って治崎と死柄木を牽制していた。

 しかし、その数は少ない。怪我人たちにかけている術式の維持を続けながらでは、全力を出すことはできず、消耗も激しい。

 

 戦況は非常に悪い。

 治崎にも、死柄木にも、Mr.コンプレスにも。その手に触れられた時点で、終わる。だからこそ、迂闊に攻撃できない。先ほど治崎相手に使ったような、撹乱を加えて反撃を受けない状況を作らなければ、近接攻撃しかできない緑谷は、石片を飛ばすくらいしかできない。

 そして、優幻の光弾も、有効打にならずにいた。そもそも、開けた場所で死角に回り込ませるか、飽和攻撃で押し潰すことが主な使い方なのだ。死柄木に躱され、治崎とMr.コンプレスが繰り出すコンクリートの塊とぶつかって消失していく。

 

 とはいえ、相対する治崎にせよヴィラン連合にせよ、そう余裕があるわけでもない。隙を見せようものなら、2人のヒーロー候補生が攻撃に転じかねない。

 何度か彼らをひやりとさせた場面もあり、各々が油断なく挙動を監視していた。

 

「──っ!」

 

 乱戦の中で起きた、ほんの数秒程度の睨み合い。その時、唯一気付いたのは優幻だった。

 治崎によって作られた、歪な形の壁の向こうから、かすかな音を捉えることができるのは、この場では常人より聴力の鋭い彼だけ。

 普通ならば、音の正体──声の内容までは聞き取れなかったかもしれない。しかし、壁の向こうの声は、彼が聞き慣れた声であり。加えて、声量がもとより大きい男なのだ。

 

「タクティクス、A21。Caution」

 

 静かに告げられた言葉と不自然な手の動きは、治崎も、死柄木やMr.コンプレスも、作戦を伝えるものであることはわかっても、その内容までは読み取れない。それでも、何か仕掛けてくるだろうことだけは理解できるので、思惑を潰さんと飛びかかった。

 

 その、瞬間。

 

烈怒減毘威摯獲(レッドベビーシェル)!」

 

 轟音を奏で、壁を粉砕しながら飛び込んで来た人影に、驚き、動きが硬直してしまったMr.コンプレスが、最初に吹き飛んだ。それを成した緑谷の爪先は、限界値まで強化したが故の速さと力強さに、スプリングの力を上乗せした威力を余すことなく叩き込んでいた。

 悲鳴すら発せず、水平にかっ飛んだ複製体であるMr.コンプレスの肉体は、崩れるよりも早く死柄木に激突し、それでも尚止まらずに、絡まるようにして転がって行った。

 

 同時に、優幻の前蹴りが治崎の鳩尾へ突き刺さる。その寸前。

 先程、突入した隙に緑谷から攻撃を受けたこともあって、治崎はギリギリながら反応していた。

 接触と同時に分解を。そう考えて蹴り足を掴みにかかるその行動を、しかし優幻は読んでいた。脚を覆うように展開した結界は、軋むような音を立てながらも、その役目通りに彼をオーバーホールによる分解から守っていた。

 治崎の手が結界を分解するより、僅かに速く、優幻の足裏が、高級なネクタイを踏みつけ、胸骨の間へと突き刺さり吹き飛ばした。

 

「烈怒! ああもう、無茶すなて言うたやろ!」

 

 切島が行ったのは、硬化させた両腕と頭を使った破城槌だ。神野において、爆豪救出離脱作戦に使った技──の、推進力の足りない劣化版──だった。それでも、コンクリートの壁に、全速力で頭から飛び込めるのは彼だからこそだ。

 しかし、分断された先での戦いで負った、"硬化した肌を割られる"という怪我は、裂傷と打撲として痛みを発し続けていた。硬さにかまけているところを罠にかける狐条優幻(クラスメイト)のおかげで、受け流す技術を未熟ながら身につけていたから、ここに辿り着くまで動く余力があったものの。

 ファットガムが側に駆け寄って叱責さするのは当然と言えるほどの、安静にして然るべき状態だった。

 

 切島が、ポーチにしまっていた淡い光を放つ紙──仲間の窮地を知らせる呪符の指し示す方向へ駆けるのに続いたのは、こちらも満身創痍のファットガムと、彼らを探していたうちのひとりであるロックロック。

 

「どうなってやがる……! おいナイトアイ!」

 

 倒れた切島をファットガムに任せて踏み込んだロックロックの目に写ったのは、擦り傷から血を滲ませ荒く息を吐くヒーローの卵2人と、倒れ伏し、身体から炎を立ち昇らせるプロヒーローの面々。中でも、明らかに致命傷を負っているナイトアイの姿に、悲鳴にも似た声が漏れる。

 

「あー……。ロックロック、すみませんが治療に入りますので、救急車を」

 

 何とか息を整えつつ、怪我人の方へ向き直った優幻の言葉は、ガラガラという重い物が転がる──瓦礫が崩れる音によって止められた。

 

「……嘘だろ、オイ……」

「やってくれたな、ガキ共……!」

 

 照明も破壊された闇の奥から。怨嗟に塗れた声と共に、浮き出るように現れたのは、四本脚で這い、四本腕を持つ怪物のような存在。その上に治崎の上半身が生えた、まさしく異形の姿だった。

 

「っ! 玄野と音本が居ない! まさか部下を!」

「蹴り飛ばしたのは真逆の方向だったはずだというに……! どんな手を使った!」

「教えてやる必要が、どこにある!」

 

 長細い奇怪な腕がまとめて地面に叩きつけられると、そこから作り出された石柱での攻撃が始まる。

 ひとつで十分に人間を擦り潰せるサイズが、4本。その内の1本は、今しがた乱入し、均衡を壊してみせた切島へ向かい。

 

「やることイケズやな!」

 

 体力も尽きかけたファットガムが、それでも歯を食いしばって切島を担ぎ上げて飛び退いた次の瞬間、それまで彼らが居た場所に石柱が突き刺さった。

 そして、残る3本が向かうのは、意識を失ったプロヒーローたち。

 

「ロックロック、1本頼みます! ──弾道計算完了、"ショットブラスト"!」

「お願い! ──"スマッシュ"!」

 

 飛び上がった緑谷の足裏に、強化した優幻の拳が撃ち込まれる。タイミングを合わせて緑谷自身の力を加えた結果、凄まじい勢いで直進し、軌道上にある2本の石柱をへし折ってみせた。

 

(即断即決なんてもんじゃねえ。個人でのことならまだ理解できるけどよ、連携プレーをその場でとは……。入口の時といい、ガキ共にどんな地獄見せてやがる、イレイザー!)

 

 残る1本を"施錠"で止めたロックロックの胸中を知れば、当のイレイザーヘッドは全力で否定してだろう。何せ、寮生活になってから、早朝や夜間に生徒たちが独力で組み上げていったものなのだ。屋敷の入口での連携強襲など、担任すら初見であった。

 そんな妙な風評が発生しつつあることを知る由もない緑谷が、止められた石柱に踵落としを撃ち込んで破壊する。

 

 だが、そこまでが治崎の思惑だった。

 

「厄介な貴様からだ!」

 

 緑谷ひとりならば、動きは読みやすく、こうも苦戦することはなかっただろう。治崎からしてみれば、多くのヒーローが持つパワーやスピードは脅威たり得ない。

 しかし、思考を先読みするかのようなやり口は対処に時間がかかる。ルミリオンにしろ、その師らしき男にせよ、原因はそこにあったのだ。

 だから、先に始末する。抱えているエリ共々になるが、そちらだけ直せば良い──それが、治崎の考えだ。

 気取られないように少しずつ床の形を変え、気絶した玄野と音本を運んでいた方向に吹き飛ばされたのは、彼にとっては幸運だった。そうして、2人分の人間と、骨格の補強のために取り込んだコンクリートで作り上げた巨体は、宙を行く。

「死ね!」

 

 ここにきて初めて、優幻の反応が遅れた。怪我人の状況が悪化しないように個性を制御し続け、そんな中で戦い続けた消耗。疲労困憊と言える中で現れた待望の援軍に、ほんの僅か、油断が生まれてしまった。

 ロックロックの伸ばした手はしかし届かず、彼の"施錠"も発動できない。

 切島を抱えたファットガムは、そも距離が遠すぎた。

 

「っ!」

 

 咄嗟に、制御を捨てて飛び出した緑谷も間に合わないタイミング。尻尾の中に匿った少女だけでもと動きかけたところで。

 

「──ダメッ!」

 

 幼い声と同時に、地下空間に風が走った。

 

 彼女の中にあるのは、ただひたすらに、"優しい人たち"の無事を願うものだった。

 あの日に触れてくれた、優しい手を始めに。自身を守る為に立ち向かった人たちが居る。駆けつけてくれた人たちが居る。

 

──このままだと、みんな壊されてしまう。

 

 エリには、現状どころか、そもそも今のような騒ぎが起きている理由すら分からない。何が起きているのか、そのほとんどが理解できていない。

 それでも、彼女を救けるのだと、守るのだと言う人たちが、"絶対に"諦めることはないのだと、そこだけは理解できた。

 自分が救からなくては、彼らは傷つき続けるのだと。

 

「だめぇっ!」

 

 それが、我慢ならなかった。嫌だった。言葉にするなら、そんな感情的で"ワガママ"な理由で。

 エリの力が溢れ出した。

 

「……え」

 

 人を潰さんとしていた巨大な手が2人の人間に再構築されていく様子に、誰ともなく声が漏れた。

 

「何だ、何が起きてる!?」

「……全力だったのに。間に合わせようとして、確かに100%で、脚の折れる感覚があった、のに」

「それだけじゃない。私たちが負っていたはずの傷も、治っている。いや、戻っている(・・・・・)、のか」

「もしかして、これがエリちゃんの個性、なの……?」

 

 緑谷が視線を向けた先、優幻の尻尾の隙間から、眉根を寄せた少女の顔が見えた。

 

「エリちゃ──っ!」

 

 側に駆け寄った途端、緑谷を奇妙な感覚が襲う。そしてそれは、優幻にもまた同じであった。

 まるで身体の内側から何かが引き出されるようなそれに、思わず、2人は膝をついてしまう。

 

「お、おいどうした!?」

「力が、制御できないんだろう、壊理」

 

 駆け寄ろうとしたロックロックの足を止めたのは、地を這うように異様な怖ろしさを孕んだ声。

 上着に着いた土埃を払い、どこか余裕すら感じられる治崎が居た。

 

「拍子に発動したものの、止め方が分からない。そんな所だろう。人間を猿にまで戻すこともできる、触れる全てを無に帰す呪われた存在、それが壊理だ! さあ、とっととこちらへ渡せ。分解するしか止める術は──」

「絶対やだ」「お断りだ」

 

 治崎の言葉を遮り、緑谷が立ち塞がり、優幻がエリを両腕で優しく抱きしめる。

 

「僕が痛みを感じるより早く、折れる前に戻してくれた。とっても優しい個性じゃないか」

「お前さんは時折、痛みを無視するだろうに。……さて、エリちゃん。カッコ悪いこと言うけれど、君の力を貸してほしい。みんなを、救けるために」

 

 力を抑えられずにいるエリの不安げな目が、優幻の紫がかった瞳と向き合う。

 

「……ハァ。聞いてなかったのか。他に止める方法などないんだよ」

「それで"はい分かりました"なんて言うヤツは、ヒーロー目指さねえし、なれもしねえや! キュウビ、手はあるんだな!?」

「おまかせを、ロックロック。……うん、大丈夫。エリちゃんは何も心配しなくて良い。君がまだ制御できないなら、私が何とかしてみせよう。だから、目を閉じて、ゆっくり息を吸ってごらん」

 

 角にそっと触れながらかけられた声の柔らかさに、エリは言葉に従っていく。

 

「今度はゆっくり息を吐いて……。そう、もう一度」

 

 腕の中の少女が瞼を閉じたことを確認したすぐ後、優幻の表情が苦悶のそれに変わる。他人の個性を外部から制御するなど、本来は無理筋な話を強引に進める彼の負担は、並大抵ではない。

 それでも尚、声色を変えずに心配させまいとしていたが。

 

「他人の個性を制御するだと? 馬鹿な。一定の干渉程度ならまだしも、そんなマネができる訳がない」

「……なんだ、治崎。貴様、勉強を怠っているな? 個性力場における粒子観測、最新の個性学論文だ。目を通しておいた方が、よかったな」

「何が言いたい。……っち、時間稼ぎか!」

 

 エリを抱えた優幻を見据えていた治崎の側面に、飛びかかる影があった。寸でのところで察知され、回避されてしまったが、しかし治崎の目は驚愕に開かれることとなる。

 

「やっぱ反応早いな! あの乱波くんの攻撃、対処できるんはホンマやったか!」

「それでも、やれることやるだけッスよ!」

 

 丸々とした(・・・・・)巨体とは思えない軽快な動きを見せるファットガム。

 傷ひとつ無い(・・・・・・)肉体を硬化させ、盾にも矛にもなり得る烈怒頼雄斗、切島鋭児郎。

 

「何故だ、壊理の個性は、触れた人間を巻き戻すもの……! こいつらは離れて──いや、さっき、そっちのガキには触れていなかった!」

「エリちゃんの個性、その力は今、貴様のオーバーホールから皆を護るために発揮されている。この子は、私たちを守ってくれているのだよ。この巻き戻しは生物だけにしか効かないようだがな、治崎。それでも十分だろう? もう、貴様の個性は無機物にしか作用しない。諦めたらどうだ」

「黙れ……。黙れぇっ!」

 

 傍らに倒れる玄野や音本に対して個性を使っても、分解が始まった瞬間に元へと戻ってしまう。繰り出された拳を捌くと同時に分解しようとしたロックロックの腕は、先読みされたせいか、変化を知覚するより早く戻されていく。

 

「クソが!」

 

 その場に"施錠"されてしまったジャケットを分解した治崎の目に、いつの間にか懐へ飛び込んで来ていた小柄な人影が写った。

 グリーンを基調としたジャンプスーツを身に纏った身体を捻り、右の爪先があと十数センチで鳩尾に突き刺さる寸前。

 崩れ去ったジャケットから落ちる個性消失弾の回収に意識を向けたことで、反応が遅れてしまったのだ。この場で、最も高い攻撃能力を有している緑谷から。

 

「お前のような病人に、遭わなければ──」

 

 あの日、偶然かち合ってしまった学生ヒーロー。

 直線的で読みやすいと甘く見ていたが、しかし、そのパワーとスピードは、治崎が今日対峙したどのヒーローよりも強く早い。

 

「SMASH!」

 

 食い込むと同時に起きた、爆発するかのような衝撃はアイアンソールに仕込まれた機構による瞬間二撃。肺の中にあった空気全てを吐き出す羽目になった治崎だが、少しでも衝撃を逃がすために自ら後ろへと跳んでいた。ブラックアウト寸前でありながら、未だ諦めず。どうにかして体勢を立て直そうと。

 

「安無嶺過武瑠!」

 

 勢いそのままに、背中からコンクリートよりも硬い何かに激突され、その執念とは裏腹に呆気なく意識を飛ばした。

 

「あのスピードでぶっ飛んで、しかも反対から烈怒の安無嶺過武瑠に突っ込まれたら、そら敵わんわな。エエ動きやったで、1年生」

 

 意識を失った治崎が拘束されていく姿を見て、ファットガムは溜息をひとつ。突撃をかけて決定打を放った切島と緑谷の肩を優しく叩く。

 

「って、それよりもケガしとる連中の手当を──」

 

 はたと顔を向けると、そこには彼が想定していた光景は無かった。

 切島を追って突入してきた時に、確かに見たのだ。身体を二分されるという重傷のナイトアイを。倒れ伏すプロヒーローたちを。床に広がった夥しい血の海に、最悪の事態も考えた上で尚、治崎を止めることを優先せざるを得なかった。

 

「……治ってやがるのか、こりゃあ」

 

 治崎を拘束し、念の為にいつでも個性を発動できるように構えたロックロックの表情が、驚愕に染まる。

 細かい傷はあるものの、ナイトアイの肉体は命の危険があるようには到底見えない。五体満足で倒れ伏している。

 失血によって青白くになっていたルミリオンも、健常な様子だ。他の皆も含めて、呼吸も安定してきているように見える。

 

「……うん、そろそろ良いか。さあて、エリちゃん。もう大丈夫だ、目を開けてごらん」

 

 静寂な空間へと変わりつつあった地下に、優幻の柔らかい声が反響する。

 恐る恐る開かれた少女の目には、彼女の未成熟な世界を支配していた男が、倒れている姿があった。

 

「もう大丈夫だよ、エリちゃん」

 

 笑みを浮かべる緑谷と、更に向こうには手を振る切島とファットガムの姿も見えた。何か言おうと口を開き──

 

「っ!」

 

 途端に、力が溢れ出した。

 エリには、止め方が分からない。正確には、使い方すら分からないのだ。

 このままでは、救けに来てくれた人たちが危ない。そう考え、どうにかしようにも、どうすれば止まるのか。

 

「ぬ……。むう。緑谷、呼びかけてあげてくれるか。ちょいと、制御に集中する」

「エリちゃん、ええと、そうだ。ゆっくり息を吸ってみよう。慌てず、ちよっとずつで良いからね」

 

 幾度も、声をかけられ、優しく撫でられても、エリの力は止まることなく溢れ続けた。治崎の言葉通りに、制御できず、止めることもできないまま。

 氾濫した川のようなそれを、優幻はどうにか操っていた。行き場のない"巻き戻す力"を霧消させ、しかし、このままでは幼い身体に負担がかかりすぎることを懸念し、あたふたしている切島へハンドサインを送る。

 

──先生を起こせ。

 

 その指示は、理想的な実行者によって遂行された。

 何せ、普段からハキハキと喋る切島の声は、よく通るのだ。

 呼びかけること数度。頭を押さえて身を起こすイレイザーヘッドに、「エリちゃんの個性、"抹消"お願いします!」という端的な大声が耳元で発せられたせいで顔を顰めつつも、即座に個性を発動したおかげで、溢れ出していたチカラは嘘のように止まり、突然の変化についていけなかったエリの意識はそこで途絶えた。

「……セーフ」

 

 あわや地面へと倒れそうになったところを、緑谷が優しく受け止めて事なきを得る。

 これで、ひと段落。誰ともなく、ホゥと息を吐く音が聞こえた。

「すまん、遅くなったな」

「助かりました、イレイザーヘッド。……エリちゃんは眠ったようです。いきなりの全力発動なので、無理もないかとは思いますが。それより、まだ立たないほうがよろしいかと。頭の"中"まで戻ると怖いので、エリちゃんの力をできるだけ向かわないようにしていたので」

「あぁ……。流石にまだ、立てそうもない。ファット、ロックロック、色々と任せていいか」

 

 目眩がするようで、頭を押さえたまま座り込んでいるイレイザーヘッドに、切島がスキットルに入った水を渡していた。

 

「しかし、情けない姿を見せちまったな」

「そんな、一度は先せっ──イレイザーヘッドが治崎を取り押さえてましたっ。ヴィラン連合の奇襲に気付けなかったのは、全員で」

「その"気付けない"が許されないのがヒーローだ。今回の俺については、反面教師にしておけ」

「しっかり教師しとるやないか。エエこっちゃ」

 

 倒れたままの玄野と音本の腕を縛り終えたファットガムが、カラカラと笑う。イレイザーヘッドの睨みにも、どこ吹く風といった様相だ。

 そうしている間にも、切島が破った壁の向こうから大勢の声と足音が聞こえてくる。聞けば、ロックロックが壁に目印をつけていたそうで、リューキュウたちや警官隊がそれを辿っているようであった。

 突入から、約1時間。

 怪我人多数ながらも、無事、保護作戦は完遂。

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