その日のヒーロー基礎学は、"人命救助訓練"。
広大な敷地を持つ雄英高校では、学校内の移動にもバスが使われることがある。
「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に2列で並ぼう!」
数日前に決まった委員長、飯田は実に張り切っていたのだが。
「こういうタイプだったか、くそう!」
「意味なかったねー」
バスは前半分が対面式の座席になっており、あっさりと飯田の予想は覆された。結局、適当に座ることになってしまう。
「私、思ったことは何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん、あなたの"個性"、なんだかオールマイトに似てる」
横並びに座る
「そそそそ、そうかな、いやでも僕はその……」
「まあ待てよ、梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねえぜ?似て非なるアレだって」
「まあ、制御がきくようになればそれこそオールマイトのような動きも出来そうではあるな」
「確かになー。その辺、シンプルな増強系は羨ましいぜ。やれることが多くて派手だしよ。俺の"硬化"は対人にゃあ強えんだが、いかんせん地味でなー」
「そんなことないよ、切島くん! 僕は凄くカッコイイと思う。プロにも十分通用する"個性"だよ!」
「プロなあ、しかしやっぱ、ヒーローも人気商売みたいなトコあるぜ?」
そんな切島の言葉に反応したのは、対面に座る"ネビルレーザー"を持つ青山だ。「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並☆」と笑みをみせるが、「でもお腹壊しちゃうのは良くないね!」と、隣の芦戸によってあっさりと撃沈させられてしまう。
「派手で強いっつったら、
「でも爆豪ちゃん、キレてばっかで人気出なさそ」
「んだとコラ! 出すわ!」
「ホラ」
「子供に見せれんほどに苛烈だしな」
「ぁんだとコラ! ブッ殺すぞクソ狐ぇっ!」
「ホラな」
蛙吹と優幻に指さされる爆豪は、2人の言葉通りにブチギレて口汚く罵る。
「この付き合いの浅さで、既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげえよ」
「てめえのボキャブラリーは何だコラ! 殺すぞ!」
「……低俗な会話ですこと」
「でもこういうの好きだ、私!」
「爆豪くん、本当に口悪いな!」
そんなやりとりを見た緑谷は心中で(かっちゃんがいじられてる!流石は雄英……!)と慄いていた。
「……そろそろ着くぞ。いい加減にしとけよ」
「「はいっ!」」
着実に信頼関係が出来ているようで、相澤の一言にすぐさま静まり返る。
彼の言葉通りに、ほどなくバスは停車し、順に降り立った生徒たちを迎えたのは。
「すっげー!USJかよ!」
まるで関西の大型テーマパークのような、様々な施設を備えた一大空間。その名も、(U)ウソの(S)災害や(J)事故ルーム。
確かにUSJだと心でツッコむ生徒たちの前に、宇宙服のような出で立ちの人物が現れる。
「スペースヒーロー、"13号"だ! 災害救助でめざましい活躍をしてる、紳士的なヒーロー!」
緑谷の言葉通り、救助活動を主とするヒーローで、そういった方面での活動をメインにと考える生徒たちは喜びを隠せない表情だ。中でも麗日の喜びようは一際激しい。
「えー、始める前にお小言を1つ2つ、3つ……4つ。
皆さんご存知とは思いますが、僕の個性は"ブラックホール"。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その"個性"で、どんな災害からも人々を救い上げるんですよね」
「ええ。しかし同時に、簡単に人を殺せる力でもあります。皆さんの中にも、そういう個性を持つ人がいるでしょう。
超人社会は"個性"の使用を資格制にし、厳しく規制することで、一見成り立っているように見えます。……ですが、一歩間違えれば容易に人を殺めてしまう、そういった"いきすぎた個性"を個々人が持っているということを忘れないでください」
現実を突きつける13号の言葉に、生徒たちは知らずに居住まいを正し、真剣な表情へと変わる。
その様子を見て、13号は内心安堵していた。きちんと自分たちの力に向き合える子供たちに。
「相澤さんの体力テストで自分の秘めている可能性を知り、オールマイトの戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。
この授業では心機一転! 人命のために、どう"個性"を活用するのかを学んでいきましょう! 君たちの力は、傷つけるためにあるのではなく、救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな」
ペコリと頭を下げた13号に、生徒たちから万雷の拍手が送られる。飯田に至っては全力で「ブラボー!」などと叫んでいる始末だ。
◆ ◆ ◆
世界は、突然だ。
教師も、生徒も。誰もが予想しなかった事態が、ゆっくりと、確実に近づいていた。
最初に気付いたのは、プロヒーロー。イレイザーヘッドこと、1年A組担任の相澤。
「──ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」
合理性を追求する彼だからこそ、理由もわからない中で決断が出来た。
「何だアリャ? また入試ん時みたいに、もう始まってんぞパターン?」
「動くな! あれは、ヴィランだ!」
悪意、敵意。そういった負の感情を感じさせる、独特の雰囲気。
「ヴィランンンンッ!? バカだろ! ヒーローの学校に入り込んで来るなんてアホすぎんぞ!?」
「侵入者用センサーはあるはずなのに!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……。何にせよ、センサーが作動しねえってんなら、"そういうこと出来る個性"が向こうに居るってことか」
「校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割。バカではあっても、阿呆ではありませんわね。何らかの目的をもって計画された、奇襲です」
推薦組2人の冷静な言葉に、遅まきながら緊張が走る。
「13号、避難開始! 合わせて電話も試せ。上鳴、お前も個性で連絡いれとけ」
「ッス!」
「せ、先生は!? まさか1人で!?」
「無茶です! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは個性を消してからの捕縛、あの数相手じゃ……!」
「詳しいな緑谷。だが覚えとけ。一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」
「先生、5秒ください」
ゴーグルをつけて戦闘態勢を整えるイレイザーヘッドに、優幻が近寄る。コスチュームの懐から取り出した札を彼の背中に貼り付け、すぐさま発動させた。
「簡潔に。疲れ難くする効果があります。身体の感覚には影響ありません」
「──上出来だ。13号、後を任せるっ!」
愛用の捕縛武器を構え、イレイザーヘッドが飛び出していった。
目線を隠しているせいで、"誰が消されているのか"わからない。そのせいでヴィランたちは連携に狂いが生じ、その隙をイレイザーヘッドは容赦なく突いていく。
「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ!」
「緑谷くん! 分析は後だ! 早く避難を──」
「させませんよ」
13号の先導で避難する一団の正面。突如として黒いモヤが広がったかと思うと、それは人の形をとる。
「はじめまして、我々はヴィラン連合。……僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴、オールマイトに"息絶えていただきたい"と思ってのことでして」
そして、語られるヴィランたちの目的。それは、普通に考えれば無謀な考え。
「本来ならここにオールマイトがいらっしゃるハズですが、何か変更があったのでしょうか。……まあ、それとは関係なく、私の役目は──」
「シャラアァァァッ!」
黒いモヤの男が何かをしようとした瞬間、先んじて動いた2人。切島の硬化した腕と、爆豪の個性による爆破が襲いかかる。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!」
「……危ない、危ない。そう、生徒といえども金の卵」
「ダメだ! どきなさい2人とも!」
13号の言葉は、少しばかり遅かった。
「散らして、嬲り、殺す」
急激に広がったモヤが、集団を包み込むように動く。
「許せ"尻尾の"!」
「うわっ!」
咄嗟の判断。優幻が見たのは、障子が瀬呂と芦戸を、飯田が砂藤と麗日を庇う動きと、生徒の立ち位置。体力テストと戦闘訓練で見た能力を素早く思い出し、直接的な戦闘能力を考え。
近くに居た尾白を孤立しかかっていた葉隠の方へ蹴り飛ばし、自身は常闇と青山の近くへ飛ぶ。
次の瞬間、彼らの視界は黒く染まった。
◆ ◆ ◆
「トンネルを抜けると、そこは嵐でした」
「言ってる場合か、狐条。窮地だぞ」
どこか間の抜けた優幻の言葉に、常闇が律儀にツッコミを入れる。
暴風・大雨ゾーン。ヴィランの"個性"によってここに飛ばされたのは。
「そう言うな、常闇。ユーモアというものは大事だ」
"九尾狐"の狐条優幻。
「時と場合を考えろ。我らだけでなく、他にも脅威は迫っているのだ」
"黒影"の常闇踏影。
「……2人とも余裕だね。ま、モチロン僕もだけど☆」
"ネビルレーザー"の青山優雅。
その3人は今。
「余裕ブッこいてんじゃねーぞコラァッ!」
「血祭りにしてやるぜぇっ!」
わかりやすくガラの悪い連中に囲まれていた。
「ひぃ、ふぅ、ああ、ダメだ。どいつもこいつも、特徴が"悪人ヅラ"しかないから、数えてたら眠くなる。あんたら、もうちょっとキャラ付けとか頑張れなかったのか」
「ぁんだとオラァッ!」
「舐めとんのかクラァッ!」
「火に油☆」
わかりやすい優幻の挑発により、怒り心頭といった風なヴィランたちは、その表情を怒りに歪ませる。
「人前には出せん顔だ」
「……これで連中はまともに思考せんだろう。常闇、青山。壁役は私がする。お前たちは後方から1人ずつ落としてくれ」
「これも謀りのうち、か。策士め。しかし、いいのか? 狐条は後衛だろう」
「……さて、そんなことを言った覚えはないなぁ。先生も言っていたろう? 一芸ではいかんのさ」
優幻の手を覆うように、赤黒い"何か"が現れ、それはすぐに鋭い指先を持つ手となる。入試で使用した、妖気で形成されたもの。しかし、手だけでなく腕を覆い尽くす。同様に脚にも。まるで両手足にだけ甲冑を纏ったかのような、歪な形。
「反省は進化の第一歩。近接に難があるのなら、改善しよう。これが、"今"の私の最適解だ」
服の下から首を伝い、顔へと伸びるのは、皮膚を這う蛇を思わせる真紅の呪紋。それは、身体に刻みつける強化術式だ。
なまじ整った顔立ちだけに、優幻のその姿はそら恐ろしさを感じさせる。
「地獄へようこそ、ヴィランども。ここがお前たちの"終わり"だ」
◆ ◆ ◆
火災ゾーンは、混乱に包まれていた。
「チクショウ! また消えやがった!」
「あの尻尾野郎、どこいきやがった!」
燃え盛る炎を縫って駆け回るヴィランたち。既に、3分の1が気絶し、倒れていた。
「尾白くん、こっちだよ!」
「了解だ、葉隠さん」
宙に浮かぶ手袋を頼りに、尾白は進む。
個性柄、隠密行動を得意とし、更には長所を伸ばすべく知識を蓄えた葉隠が、ヴィランに見つからないルートを見つけ出す。
そして尾白が、合間に隙を見せた敵を1人ずつ倒しては離脱を繰り返し、じわじわと戦力を削る。
「結構やっつけたと思ったんだけど……。まだまだいっぱいだねえ」
「でも、焦らずに行こう。安全第一だよ」
「そだね。皆が心配だけど、焦って私たちが怪我しちゃったら意味ないもんね」
「ああ、そうだね。……っ!」
突然、ビクリと身体を震わせた尾白が、飛び出た配管にぶつかってしまう。幸いにも大きな音は立たず、近くにヴィランも居なかったが。
「尾白くん、どうしたの?」
「っつ〜……。あ、いや、え〜と……」
心配そうに尋ねる葉隠の言葉にも、尾白の視線は宙を彷徨うばかり。
「……? ここ、熱が籠もって暑いし、早めに抜けちゃおうよ」
「そ、そうなん、だけど……。は、葉隠さん。どうか落ち着いて、聞いてほしい」
「なぁに?」
「……。汗とホコリのせいで、あの、身体のラインが……」
「へ?……。……へぅ。あ、あんまり、見ないで欲しい、かなぁ……」
「あー、その。俺ので悪いけど、取り敢えずこれ羽織っといて。どうせ洗ったり修繕したりしなきゃだし、タオル代わりにしちゃっていいから!」
そう言って差し出すのは、道着のような服。その材質は吸汗性に優れており、この場では最適なものだった。
「あ、ありがと。……尾白くん、今日見たものは忘れるように」
「え」
「わ・す・れ・て。おーけー?」
「お、おーけー……」
この場に誰が居れば、きっとこう言うだろう。
何ラブコメやってんだ、と。