ヒーロー志望のお狐さん   作:広瀬狐太郎

9 / 54
09 救助訓練(後)

「効いて、ない!?」

「──やれ、脳無」

 

 死柄木の命令を受け、脳無の腕が持ち上がり、仕留めやすい方からということか、倒れた優幻(ゆうま)に顔が向く。

 

「今だ青山!」

 

 太い腕が振り下ろされるより早く、常闇の声に続いて飛来した青白い光が一筋、真っ直ぐに脳無の顔を覆う。震える身体で、それでも狙いを違わない青山のネビルレーザー。

 そして。

 

「投げ飛ばせ、ダークシャドウ! 遠くへ!」

「任セナ!」

 

 常闇の身体から伸びる黒い影。ダークシャドウが巨体を放り投げる。

 

「……ぐ、その小汚い手で、美少女に触ってんじゃあないよ、クズが!」

 

 優幻のコスチュームの袖口に仕込まれた術式が発動する。倒れたまま、光のロープが死柄木の身体に巻き付くと、無理矢理引き離して大地を引き摺り、遠くへと運んでいく。

 その間にも、脳無を投げ終えたダークシャドウは戦闘態勢に。蛙吹も動きやすいように身構える。

 

「ぁんだ、これ……。生徒のくせに強いじゃないか。……黒霧、脳無連れ戻せ。こいつら、粉々にしてやる……!」

「蛙吹、峰田! 先生を連れて入り口へ! 緑谷、動けるか、狐条(こじょう)を頼む! 青山が援護する! 入り口まで走れ!」

「人を、お荷物みたいに言わんでくれるか、常闇……。私はまだ、元気いっぱいだぜ」

「なら、僕も残るよ。連れて行く人がいないし」

「ええい、突撃バカはここにも居るではないか。あくまで時間稼ぎ。無理は──っ!?」

 

 3人が並び立ったその時。USJ入り口から、大きな破壊音と、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「もう大丈夫。私が、来た!」

「あー……。コンティニューだぁ……」

「オ、オールマイトだ!」

 

 現れたオールマイトにはいつもの笑顔は無い。全身から溢れ出す威圧感に、相澤の傍に駆け寄った蛙吹や峰田を狙おうとしていたヴィランたちの動きが止まる。

 そして、トップヒーローがその隙を逃すはずもない。

 

「皆入り口へ! 相澤くんの意識が無い。急いで!」

「え?ええっ? すげえ、ヴィランがいっぺんに! 速え!」

 

 峰田の言葉通り、どうやらすれ違いざまに倒したらしくヴィランたちが軒並み地に伏していた。

 

「オールマイト、ダメです! あの脳みそヴィラン、ワッ、じゃなくて、僕の腕が折れないくらいの力だけど、ビクともしなかった!」

「補足です、オールマイト。あいつは打撃への耐性、異常な回復能力と、軽く人間をブッ飛ばせるパワーを持っています。加えて、痛覚か感情か、あるいは両方が欠落している様子です。一応、反撃がてら"仕込み"はしてますが、使えるかはわかりません。どうかお気をつけて」

「ありがとう、緑谷少年、狐条少年! 大丈夫、任せなさい!」

 

 ニカリといつも通りに笑い、ついでにやや古い横ピースまでつけたオールマイトが駆け出していく。

 

「……ごぼっ」

 

 その姿を見送った優幻が咳き込むと、口から大量の血液が溢れ出した。

 

「狐条ちゃん……!」

「ん、ああ。心配いらない。受けたダメージを固めて吐き出しただけなんだ、これは。常闇、すまんが先生を頼む。気休め程度だが、治療しながら移動しよう」

「自己犠牲ではないのだな? ……信じよう」

「手伝えることはあるかしら」

「周辺の警戒を頼む。……? 緑谷、どうした」

「おい緑谷ぁ……。ここに居てもオイラたちにできることなんか何もねえって。邪魔にならねえうちに、早く行こうぜ」

 

 ダークシャドウがぐったりとした相澤を抱え、傍で優幻が治療にあたる。蛙吹、青山、峰田が周りを見渡しつつ入り口へ向かって歩き出す中、緑谷だけがその場に立ち尽くしていた。

 助かったと安堵する他の皆と違い、不安げな表情で。

 

「嫌だ、嫌だよ……。僕、まだ……!」

「オ、オイ緑谷?」

「オールマイトォ!」

「なんっ!? 戻れ緑谷!」

 

 脳無にバックドロップを決めた体勢で、"地面から生えた"脳無の上半身に捕らえられるという奇妙な状況に陥ったオールマイトに向かって、目に涙を浮かべ必死な表情で駆ける緑谷だが、待ち構えるのは漆黒のワープゲート。

 

「浅はかな──」

「どけぇっ! 邪魔だ、デク!」

 

 真っ直ぐ突き進む緑谷を捕らえようとした黒いモヤを、盛大な爆発が襲う。爆豪だ。

 爆風によって少し晴れた所に手を突っ込み、黒霧の胴体を掴むと乱暴に組み伏せてしまう。

 

「全身モヤの物理無効人生なら"危ない"って発想すら出てこねぇよなぁっ!? 動くなよ、俺が少しでも"怪しいと思った"ら、即座に爆破する!」

「ヒーローのセリフじゃねえ、なっと! あー、いいトコねー!」

 

 爆豪が黒霧を取り押さえ、切島の攻撃が死柄木を襲う。切島の方は残念ながら躱されてしまったが、距離を取らせることには成功した。

 

「平和の象徴はてめえら如きにゃ殺れねえよ」

 

 そして、脳無の身体が唐突に凍りついていく。氷結させる個性を持つのは、轟だ。

 半身を氷像へと変えた脳無はしかし強引に、片腕片足が割れ砕けてもお構いなしに動いていく。

 

「皆下がりなさい! 狐条少年の言う通りに痛覚も感情も無いのか!? 一体どんな個性だ?」

「脳無は対"平和の象徴"用に改造された、超高性能サンドバッグ人間さ。"ショック吸収"に"超再生"、身体機能も高いんだよ」

 

 失った脚がみるみる復元、もはや"生えてくる"と言った様相であったが、何故か右腕だけはその速度が遅く、断面が淡い金色の光に包まれたままだ。

 

「ああ……? オイ、何してる脳無」

「……まさか、あれが狐条少年の言っていた"仕込み"か! まったく、有望な卵たちで嬉しいね!」

「チッ……。まあいい、片腕あれば十分だ。脳無、あの爆発小僧をやれ。出入口の奪還だ」

 

 死柄木の言葉に従う様子の脳無が大地を蹴る。その速度は異常なほど早く、瞬く間に黒霧を抑える爆豪の近くへ。

 そして振るわれる、残った左腕。その豪腕は周囲に突風を起こし、威力の高さを見せつける。

 

「かっちゃ、うええ!? かっちゃん何でここに!? 避けたの!? すごい!」

「違えよ黙れカス」

「へえ……。子供をかばったのか……。ああ、ムカつくなあ、オールマイト! 俺は怒ってるんだ。さっきもそこのヤツが俺に殴りかかってきたけどさあ、"他が為に振るう暴力"は美談になるんだろう? ヒーロー! 同じ暴力がヒーローかヴィランかでカテゴライズされる! 何が"平和の象徴"! 所詮お前は、抑圧のための暴力装置にすぎない! 暴力は暴力を生むのだと、お前を殺すことで世の中に知らしめるのさ!」

「メチャクチャだな。そういう思想犯の目は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ、嘘吐きめ!」

「……バレるの、早……。脳無、黒霧、やれ。俺は子供をあしらう」

 

 走り出す脳無に向け、オールマイトもまた凄まじいスピードで突っ込んでいく。衝突はすぐ。片腕だけの脳無のラッシュを、オールマイトの両腕によるラッシュが飲み込んでいく。

 拳打ひとつが放たれる度に周囲を暴風が襲い、誰も近付くことができない。

 

「"無効"ではなく、"吸収"ならば! 限度があるんじゃあないか!? 私の100%を耐えるなら、更に上からねじ伏せよう! ヒーローとは、常にピンチをブチ壊して行くもの! ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!?

 ──Plus Ultra(更に、向こうへ)!」

 

 遂に、オールマイトの拳が深々と脳無の身体に突き刺さる。そのまま振り抜かれた力に乗って、かの巨体は浮き、勢いよくUSJの天井すら破壊して空へ舞う。

 

「……コミックかよ……。ショック吸収を"なかった"ことにしちまった……。究極の脳筋だぜ……」

「さてと、ヴィランよ。お互い早めに、決着つけたいね」

「……チートがぁ。全っ然、弱ってないじゃないか……!」

「どうした、来ないのかな!? クリアとかなんとか言ってたが……」

 

──できるものなら、してみろよ。

 

 覇気を帯びたその言葉に、思わず死柄木は半歩、後ずさる。

 しかし、それを止める者が居た。

 

「死柄木弔、落ち着いてください。よく見れば、脳無に受けたダメージは確実に現れています。子供たちは棒立ち、あと数分もすれば増援は来るでしょうが、私たちで連携すれば充分に殺れるチャンスはあるかと……」

「うん? ……そうだな、そうだよな……。やるっきゃないぜ、なんたってラスボスが目の前に居るんだ……。何より、脳無の仇だ……!」

 

 2人のヴィランが、同時に駆け出す。

 実の所、オールマイトは既に限界だ。過去に負った怪我の後遺症。それでも尚ヒーロー活動を続けたせいで、長時間戦うことはできない。今も、一歩たりとも動けない。公表していない、トップヒーローの秘密。

 

「オールマイトから離れろぉぉっ!」

 

 この秘密を知るのが緑谷出久だった。彼であったからこそ、この状況になったのだろう。

 誰かを救けるために行動できる、緑谷だから。

 

 ヴィラン2人の意識が、オールマイトに匹敵しかねない速度で飛び込んでくる緑谷に向けられ、彼らは迎撃を選んだ。

 止まり、目標を切り替え、動く。僅かとはいえ作られた数秒は、オールマイトに届いていたであろう未来を変えた。

 

「ぐぁっ!」

 

 ワープゲートを超えて緑谷に迫っていた死柄木の腕に、銃弾が撃ち込まれる。

 

「……来たか!」

 

 オールマイトの視線の先、銃弾の発射元。

 狙撃したスナイプ、1年B組担任ブラドキングなど、大勢のヒーローたちがそこに居た。

 

「……今度こそゲームオーバーか。出直すか、黒霧。……今度は殺すぞ、"平和の象徴"オールマイト」

 

 これまでのどこか軽薄なものとは違い、憎悪を滲ませた声で告げた死柄木が、ワープゲートに消えていく。

 後には、何も残さずに。

 

   ◆   ◆   ◆

 

 優幻の治癒術式によって応急処置を受けたものの、イレイザーヘッドは重体だった。頭部へ念入りに処置していたせいで、両腕の骨折はそのまま、意識も戻っていない。だが、幸いにも命に別状はない。

 13号もかなり酷い状態だ。背中全体に傷を負った中で死柄木たちが撤退する直前に、黒霧のモヤを自身の個性"ブラックホール"で遠距離から吸い込もうと無茶をしたせいで、最終的に気絶してしまった。

 そして、生徒唯一の重傷者は、緑谷だった。黒霧にワープさせられた直後に水難ゾーンでヴィランを倒すため、左手の親指と中指を骨折。更にオールマイトを救けようと飛び出した際に両脚も骨折していた。

 とはいえ、リカバリーガールの治癒によって、みな問題無いとのことであった。

 

 USJ入り口でようやく散り散りになった生徒たちが集まり、不安げだった表情もその報告を聞いて幾分明るくなる。

 ただ疲労の色が濃いので、まずは教室で一度待機、ということになった。

 

「狐条。先程警官たちの話を聞いたのだが、流石に全員の両手両足を脱臼させたのは異質なようだぞ。追求は免れん」

「何やってんだ君」

「鬼畜だね、狐条くん」

「いや、拘束できそうな物が無かったから仕方なくな。葉隠、頼むから距離をとるな、ヘコむ」

「うわあ。うわあ……!」

「耳郎、表情に出さないでくれ。かなり効く」

 

 教室までの道すがら、落ち着きを取り戻した彼らは、普段の調子になりつつあった。

 

「ケロケロ。そういえば私、狐条ちゃんに"美少女"って言われちゃったわ」

「何ぃっ!? オイ狐条、こんな大変な時にナンパかよ!」

「待て上鳴、落ち着け。あと峰田、顔が恐ろしいことになってるから抑えろ。そして梅雨ちゃん、すまんが覚えが無いんだが」

「リーダーっぽいヴィランに掴まれた時よ。"汚い手で触るな"って、とってもカッコよかったわ、狐条ちゃん」

「あー、あの時か。正直、常闇と青山が来なければヤバかったから、カッコいいとはあまり言えんよ。まだまだ、精進が足りん」

 

 呟いた優幻の言葉に、誰もが考え込むように表情を変える。

 

「私、何もできなかった。13号先生が倒されて、狼狽えるばっかでさ。飯田が走った時もさ、障子はすぐ動けた。麗日があのモヤの弱点見つけて、瀬呂と砂藤が合わせて。私、動けなくて。……悔しいなあ」

「俺も反省するとこばっかだぜ。最初に飛び出して先生の邪魔にならなけりゃ、ってさ。でも、ウダウダ言っててもしゃーねぇ!やらなきゃなんねえことだらけだ!」

「俺も最後に八百万と耳郎の足引っ張っちまったしなあ。改善項目テンコ盛りだぜ」

「それは、皆同じですわ。その為に、より学ばなくては」

 

 しかし、誰も俯く事はない。

 その目は力強く、先を見据えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。