竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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最近ありふれの小説やweb版などを読んでハマりましたので書きました。
優等騎士の英雄譚の方もありますが、こちらの作品もよろしくお願いします。
というわけで、どうぞ。


1話 プロローグ

 

 

伸ばした手は届かなかった。

 

 

響き渡り消えゆく獣の断末魔。

 

 

目の前で音を立てながら崩れ落ちて行く石橋。

 

 

そして………瓦礫と共に奈落へと吸いこまれるように消えてゆく親友。

 

 

スローモーションのように緩やかになった時間の中で、彼の表情は恐怖に歪んでおり、こちらに必死に手を伸ばしているのがはっきりと分かった。

 

 

その光景を見ていた少年は、彼の手を掴もうと痛む体に鞭打ちすぐに飛び出し石橋を駆ける。

 

必死に伸ばした手は、彼が伸ばした手に真っ直ぐ伸びるも、僅かな隙間を残し虚しく空を切った。

 

ちょうど自分がいた所で石橋の崩壊は止まり、彼は無様にも地面を這いつくばりながら崖際から真下に落ちていく親友に必死に手を伸ばす。

 

守れなかった後悔が、目の前で友を失う悲しみが彼の胸中を埋め尽くす。

 

もう手は届かないと頭ではわかっていても、手を伸ばし、大声で何度も呼び続けた。

 

しかし、現実はどこまでも非情で、親友はだんだんと小さくなっていき、やがて闇に呑まれ、奈落の底に消えた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

早朝。朝日が大地を照らし始め、鳥が囀り始めた頃。

とある町の山の上にある神社の中にある小さな道場では、黒髪の一人の少年紅咲陽和(あかさきはると)が静かに正座で佇んでいた。

 

黒袴と赤の道着に身を包む陽和の容姿は整っており、肉体は筋骨隆々というわけではないが服の上からでもわかるほど鍛え抜かれており、無駄な部分など一切ない見事な体つきであった。

 

「…………」

 

陽和はおもむろに瞼を開き、中から研ぎ澄まされた刃の如き鋭い瞳を覗かせると徐に傍に置いていた木刀を手に取り静かに立ち上がるとスッと木刀を構える。

180を超えるその長身と肉体、そして木刀を構えるその佇まいは侍そのものであり、彼が剣の素人ではないことがわかる。

 

「疾ッ」

 

そして彼は短く息を吐いた後、木刀を振るい神楽を舞い始める。

その神楽は烈火の如く苛烈だ。されどそれは美しいく流麗でもあり、そこには確かな『美』が宿っていた。

剣技でもある神楽はまさしく剣舞と言えよう。

その舞は十分以上続き、やがて30分程たった時、彼は日輪を描くように木刀だけでなく身体ごと大きく回し、静止する。

そして構えを解き汗をびっしょりとかいた彼が深く息をついた時、ふと陽和に声がかかった。

 

「兄さま、おはようございます」

 

掛けられた声に動きを止めその声の主を見る。

道場の入り口には一人の少女が立っていた。

 

艶やかな黒髪を側頭部で結ってサイドテールにしてる少年に似た整った顔の美少女は少年とは違い白袴と赤の道着に身を包んでおり、その手には木刀が握られていた。

陽和は少女の方に視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「おはよう、牡丹」

 

彼女の名前は紅咲牡丹(あかさきぼたん) 。陽和の三人いる兄妹の一番上、陽和の二つ下の妹だ。

牡丹は入り口で一度一礼すると陽和へと近づきタオルを差し出す。

 

「先程の神楽途中から見てましたが、とても美しかったです。さすが兄さまです」

「いいやまだまだだ。まだ母さんの神楽には及ばない」

 

タオルで汗を拭きながら陽和は牡丹の言葉に首を振る。

陽和はタオルを床に置き木刀を再び構えると、牡丹へと切っ先を向ける。

 

「さて、牡丹も来たことだし今日の稽古を始めるぞ。何処からでもかかってこい」

「はい。今日もお手合わせよろしくお願いします。兄さま!」

 

牡丹は構えを取ると陽和へと駆け出した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

朝の鍛錬を終えて各々シャワーで汗を流した二人は、それぞれ自室に戻り制服に着替えると居間へと移動する。

居間からは香ばしい朝食の匂いが漂ってきて、何かを焼く音が聞こえてくる。

居間を覗けば、台所には赤いエプロンを身につけたポニーテールにした黒髪が特徴的な牡丹によく似た顔立ちの麗人がいた。

 

彼女の名は紅咲 椿。陽和や牡丹の母でこの紅咲神社の巫女をしている。

 

「母さんおはよう。親父は?」

「おはよう陽和。春樹さんは仕事よ。海外で撮影があるみたい」

「そういえば映画出演決まったって言ってたな」

「ええ」

 

陽和達の父紅咲 春樹(はるき)赤城 啓(あかぎ けい)という芸名で活動している日本では相当名の知れた俳優だ。最近では映画の出演が決まったらしく、今日はその撮影で朝からいないのだろう。

 

「これ運ぶよ」

「あら、ありがとう」

 

陽和はそう言って椿の隣に向かいそこに置かれている既に盛り付けられた皿を運ぶ。

トーストとベーコンエッグ、サラダが乗った二種類の皿を陽和は人数分並べていく。

そして並べているときに、居間に牡丹とその両脇で手を繋いでいる二人の少年少女が入ってきた。

 

「おはようございます。母さま」

「おはよう〜。母さん」

「…おはよう、お母さん」

「三人ともおはよう。ご飯できたから早く食べなさい。学校に遅刻するわよ」

「「はーい」」

 

牡丹の両脇に立つ少年少女達は完全に目が覚めている男の子の方が優樹。少し眠たそうな女の子が桔梗だ。二人とも、現在小学三年生の陽和達の双子の弟妹だ。

そしていつもは六人だが、今日は五人で朝食の時間を過ごした。

やがて朝食も食べ終わり、各々が学校へ行く準備をする。その時は決まって陽和、牡丹が先に終わり、桔梗と優樹が遅れて終える。さらに言えば、四人は毎日一緒に登校するほど兄弟仲がいい。

 

一足先に準備を終えた陽和は玄関で靴紐を結びながら家の奥へ向けて声を張り上げる。

 

「お前らそろそろ行くぞー」

「はい。では、行ってきます。母さま」

「行ってきまーす!母さん!」

「行ってきます。お母さん」

「はい行ってらっしゃい。道には気をつけてね」

『はーい』

 

椿の言葉に四人は揃って返事をすると玄関の扉を閉めて境内を通り四人一緒に学校へ向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

桔梗と優樹を小学校へ送り、牡丹とは駅で別れて最寄の駅で降りて高校へ向かう。

学校に到着した彼は、下駄箱で靴を履き替え廊下を歩き時間に余裕を持って教室に入る。

 

「おはよう紅咲君」

「おはよう!紅咲くん!」

「おはよう八重樫、白崎」

 

教室に入った彼に歩み寄るのは二人の女子生徒。

陽和と特に親しい友人達だった。

ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークの女子生徒の名は八重樫雫。172㎝の高い身長と引き締まった体、切れ長の鋭いが、その奥には柔らかさが感じられる瞳、凛とした雰囲気はまさに侍を彷彿とさせる。

彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、彼女自身、陽和と同じく小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。

現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンもいる。

後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で“お姉さま”と慕われて頰をひきつらせる光景はよく目撃されている。

家同士で二人は幼い頃から交流があり、二人の仲はとても良い。

 

もう一人の女子生徒の名は白崎香織。

腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。すっと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。

彼女とは雫の親友だから仲がいいというのもあるが、それ以上にある人繋がりでも仲良くなっている。

そして雫と香織はこの学校では二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇っている。

 

「よう陽和」

 

次に声をかけてきたのは一人の男子生徒。そしてその隣を歩くこちらに敵対心に満ちた視線を向けてくる一人の男子生徒。

声をかけてきた生徒は坂上龍太郎。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、190㎝の身長に熊のごとき大柄な体躯、見た目に反さず細かいことは気にしないまさしく脳筋である。

そしてもう一人、陽和を睨んでいる男子生徒が天之河光輝。いかにも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の陽和と並ぶ二大完璧超人の一人だ。

サラサラの茶髪と優しげな瞳、180近い高身長に細身ながら引き締まった体。誰にでも優しく、正義感も強いが、思い込みが激しいので陽和は正直言って彼のことを毛嫌いしている。そしてあちらも陽和の事を嫌っているので仲が悪い。

小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫や陽和と同じく全国クラスの猛者。

ダース単位で惚れられて、月二回以上は学校に関係なく告白を受けているという筋金入りのモテ男だ。

 

陽和と光輝は元から仲があまり良くなかったが、ある一件をきっかけにかなり悪くなった。それ以来、天之河は自分の親友である龍太郎や、幼馴染である雫や香織に近づく事を許容しない。近づけば『お前はいつまでここにいるんだ?』と陽和を睨んでくる始末。そしてこう言った時の対処法は簡単だ。

 

「よう龍太郎。んじゃ俺は自分の席に向かうわ」

 

陽和は肩をすくめると龍太郎に挨拶を返し、陽和は光輝の視線を軽く受け流しながら、雫達に軽く手を振り自分の席へと向かう。こう言う時は無視するに限る。そうした方が面倒ごとにならずに済むからだ。

陽和は荷物を置くと、一限目の授業の準備をし持ってきた小説を開いて読んでいると、

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモっ。エロゲで徹夜とかまじねぇわー」

 

後ろから耳障りな声が聞こえてくる。

一度本を閉じそちらに視線を向けるとそこには自分の親友である男子生徒に四人の男子生徒が絡んでいる光景が広がっていた。

もはや日課とも言えるその光景に陽和は一度ため息をつくと、席から立ち上がり彼に近づく。

一体何が面白いのか毎日事あるごとにハジメに絡んでいるのは檜山大介、斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の バカ四人だ。

そして彼らに絡まれている黒髪の男子生徒の名は南雲ハジメ。陽和の親友であり小学校からの同級生だ。

背はそれほど高くはないが、キモオタと罵られるほど身だしなみや言動が見苦しいというわけでもないし、髪も短い。ただ大人しいだけで受け答えは明瞭だし、陰気さも感じない。

単純に漫画や小説、ゲームや映画といった創作物が好きなだけだ。

 

「おはようハジメ。またイベントでもやってたか?」

 

四人のバカを押しのけ、陽和は自分より背の低いハジメの肩に腕を回す。

 

「陽和くんおはよう。まぁそんなところかな」

「じゃあさ、今日そのイベントやろーぜ。素材集め手伝ってくれよ」

「もちろん」

「サンキュー」

 

ハジメに絡んでいた檜山達を無視して二人はトントンと会話を進めていく。そんな二人の姿に、檜山達は舌打ちするとそそくさとハジメから離れていった。

彼らはハジメが一人でいると良く絡むのだが、陽和がそばに居たら絡んでこない。

弱いものいじめはするくせにそのそばに強者が近寄れば逃げていく。まさに小悪党という例えがよくお似合いだ。

 

檜山達がハジメをキモオタと蔑む理由はハジメ自身にはない。別の要因だ。そしてその要因こそ、

 

「南雲君おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

ハジメに歩み寄った一人の女子生徒、白崎香織にある。

彼女はニコニコと微笑みながら歩み寄った。

彼女こそがハジメがクラス中の生徒達から敵愾心を向けられている原因である。

 

「ところで紅咲君。二人で何の話してたの?」

「俺達がやってるゲームの話だよ。こいつは結構やり込んでるからな」

「へぇ〜。それって面白いの?」

「ああ、面白いぞ。白崎も今度やるか?」

「いいの?」

「別にいいだろ。なぁハジメ」

「えっ?あ、あぁ、う、うん」

 

彼女はとある一件からハジメに好意を寄せている。向けられてる本人であるハジメや周囲の人達はそれに気付いていないが、2人の親友である陽和と雫は知っている。

だが、理由を知らない周りからすれば、なぜオタクの彼が香織と親しくできることが男子生徒達には我慢ならないのだ。女子生徒は単純に香織に面倒をかけてもらってるのに、なぜ改善しないのか不快に思っているのだ。

それに嫉妬やら侮蔑を抱き行動に起こしているのが檜山達ということだ。そして今度は、雫、龍太郎、光輝が彼らに近寄る。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織。また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄だと思うけどなぁ」

 

雫は苦笑を浮かべながら唯一挨拶をし、気遣うような発言をする。

光輝は些かくさい台詞を吐き、龍太郎は投げやり気味な発言をする。光輝はともかく、龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういなが大好きな人間だから、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうな人間は嫌いらしい。現に今もハジメを一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。まあらしいといえばらしい。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

雫達に挨拶を返し、苦笑いするハジメだが、周囲からより明瞭な殺意混じりの視線がグサグサと突き刺さるのを感じたらしいな、若干青ざめている。そんなハジメを、陽和は毎朝大変だなぁと若干他人事な様子で見ていた。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか?いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

(そういう意味じゃねぇんだよなー)

 

光輝の忠告に陽和は内心でそううんざりする。

確かに光輝の目にも周囲と同じように写っているなら仕方ないのだが、香織の真意を知る者の一人からすればすぐに分かる。しかし、どうやら思い込みが激しいこの正義感の塊君はそれに気付かないらしい。

それにこう言われても陽和はハジメがこの生活を変える気がないのを知っている。

 

何せ、父親がゲームクリエイターで、母親が少女漫画家であるからだ。ハジメはそんな二人に育てられて、将来に備えて父親の会社や母親の作業現場でバイトしているくらいだ。

既にその技量は即戦力扱いを受けており、趣味中心の将来設計はバッチリなのだ。

 

「いや〜、あはは…」

 

だから光輝の見当違いな忠告に、いつものようにハジメは笑ってやり過ごそうとする。だが、それに陽和が若干イラつきながら会話に割り込む。

 

「おい、天之河。白崎はハジメと話したいから話してるだけだ。お前の思うような情けで構ってやってるわけじゃねぇんだよ」

「そうだよ光輝くん。私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

香織が無自覚に爆弾を落とし、教室がザワっと騒がしくなる。

 

「え?………ああ、ホント、香織は優しいな」

 

それでも光輝の中では香織の発言はハジメに気を遣って、陽和に合わせたと解釈されたようだ。

完璧超人なのが災いして、自分の正しさを疑わなすぎるという欠点が彼にはある。それが一番厄介なのだ。

 

「………ごめんなさいね?二人とも悪気はないのだけど……」

 

この場で最も人間関係や各人の心情を把握している雫が、こっそりとハジメに謝罪する。それにハジメはやはり「仕方ない」と肩を竦めて苦笑いするのだった。

その様子を横目に陽和は少し暗い表情を浮かべる。

 

そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。陽和はハジメに一言告げ自分の席へと戻り、ハジメは夢の世界へと旅立つ準備を始めている。

そして何事もなく朝の連絡事項が伝えられ、授業が始まるといつものように陽和は真面目に授業を受け、ハジメは夢の世界へと旅立った。

 

 

これがいつもの日常だ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

午前の授業が終わり、昼休みに入った頃。陽和は弁当と椅子を持ってハジメに近づく。

 

「ハジメ授業終わったぞ」

「うぁ、ふぁあ、うんありがと」

 

居眠り常習犯のハジメは起きるべきタイミングを体で覚えているが、どうやら今日はまだ少し眠いらしい。

彼は突っ伏していた体を起こし大きなあくびをすると、カバンをゴソゴソと探り10秒でチャージできる定番のお昼を取り出した。

陽和は大きめの二段弁当を開きながら、ハジメの昼食に呆れ混じりの苦笑を浮かべた。

 

「お前なぁ、眠いしだるいのはわかるがもう少し昼はちゃんと食ったほうがいいんじゃねぇか?俺のちょっと食うか?」

「別に大丈夫だよ。また一眠りするから」

 

そう言って、ハジメはじゅるるる、きゅぽん!と速攻で午後のエネルギーをきっちり10秒でチャージした。

 

「全く相変わらずだなお前は。…むぐ…うん、美味い」

 

陽和も弁当を開き男子高校生らしいたくさん詰め込まれた弁当箱の中から唐揚げを取り口に運び、安定の美味しさに舌鼓を打つ。

そしてもう一眠りしようと机に突っ伏そうとしたハジメに、学校の女神が、ハジメにとってはある意味悪魔がニコニコと寄ってきた。

言わずもがな白崎香織だ。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当?よかったら一緒にどうかな?」

 

普段は香織達とか関わる前に陽和とともに教室を出て目立たない場所に行っているのだが、今日に限っては教室に残ったままだった。やはり徹夜が地味に効いているらしい。

そして、再び不穏な空気が教室を満たした。

相変わらずの見慣れた光景ではあるがこうも針の筵状態になっているハジメは陽和からすれば視線だけで殺されそうでなんだか可哀想であった。

 

「あ〜、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう僕は食べ終わったから天之河くんたちと食べたらどうかな?」

 

そう言って、ハジメはミイラのように中身を吸い取られたパッケージをヒラヒラと見せた。それで彼は抵抗を試みたようだが、女神には通じなかった。

 

「えっ!お昼それだけなの?ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、ちょっと作りすぎちゃったから分けてあげるね!」

「あ、いや、えと……」

 

逆効果。むしろ悪化してしまった。

ハジメが冷や汗を流している姿に陽和は隣で笑いながら助け舟を出す。ただし、ハジメにではないが……

 

「ちょうどいいじゃねぇか。今日は天気もいいから二人で屋上に食べに行けよ」

「!うんそうだね!行こうよ!一緒にお昼食べよ?」

 

陽和の手助けに香織は一層ニコニコし若干前のめりになりながらハジメにそう提案する。

ハジメはくわっと目を見開き「陽和くんなんてことを⁉︎」と言わんばかりにこっちを見てきているが、どこ吹く風と言わんばかりに弁当の中身を次々と口に放り込む。

その時、ハジメにとっては救世主が、陽和にとっては邪魔が入る。現れたのは光輝と龍太郎だ。

 

「香織。そんな奴等とじゃなくてこっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

爽やかに気障な台詞をはく光輝にキョトンとする香織は首を可愛らしく傾げながら素で聞き返す。

 

「え?私がそうしたいだけなのに何で、光輝くんの許しがいるの?」

「「ブフッ」」

 

思わず陽和と雫が吹き出した。

確かに全くもってその通りだ。香織が好きでやってることなのに、なぜか光輝は自分の許可が必要だと思っている。

それを決めるのは香織本人であって、断じて光輝ではない。

光輝は笑った陽和を一瞬睨むもすぐに香織へと視線を戻し困ったように笑いながらあれこれ意味不明なことを言っている。しかし、香織は一切聞く耳を持っていない。

 

(鬱陶しい奴だな。別に白崎はお前のものでもないのに、まるでそれが当然みたいに言いやがって。昔っからそーだがそのクソみたいなご都合解釈はどうにかならないものなのかねぇ)

 

陽和は光輝の悪癖であるご都合解釈を聞き流しながら心底うんざりした顔を浮かべ、食事を続けようとして、凍りつく。

陽和との目の前、光輝の足元に白銀に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。

 

その異常事態にすぐに周りの生徒も気づくが、全員が金縛りにでもあったかのように輝く魔法陣らしきものに注視している。

徐々に輝きを増した魔法陣は、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大する。その時になって、ようやく硬直が解け生徒たちが悲鳴をあげる。

未だ教室にいた畑山愛子先生が咄嗟に「皆!教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのままの開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消した。

 

この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。

 

 




タグでも書いた通り、web版と小説版両方を参考にしています。

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