竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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書いてみて字数も展開も足りないと思ったから、色々と書き加えていったら気づいたらほぼ戦闘シーンなのに二万字を超えていました。
と言っても、自分的には満足な内容ですけどね。
原作とはかなり変わってると思いますけど、まぁ気にしないで読んでください。

ライズアプデされたので早速遊んでみたが….ヌシ・リオレウス、ヌシ・ディアブロス。早く単体で戦いたいぜ。
それと、瑠璃原珠と竜玉がマジで出ない。
誰か助けて………( ; ; )




11話 聖火灯る

 

 

雫と香織が決意を秘め、歩き出した日から三日。

外ではすっかり夕日が沈み夜闇の帷が降りて空を覆い、月と星々が空に浮かぶ頃。

オルクス大迷宮の深層に位置するとある階層に彼はいた。そこは、異様な光景に包まれていた。

オルクス大迷宮内は本来ならば、緑光石の淡い緑色の光だけがある薄暗い洞窟になっている。

それは、殆どの階層に共通している事。

だが、この日、とある階層は様相が違っていた。

 

洞窟内だというのに、太陽が生まれたかのように、そこは赤い光に照らされていたのだ。

その光の正体は炎。

緋色の炎が、洞窟内の至る所で煌々と燃え盛っていたのだ。

至る所で燃え盛る炎の根元には黒い何かがある。それは、魔物だ。百を超える魔物の死体が悉く、緋色の炎を灯す為の薪と化していたのだ。

炎が燃え盛り、洞窟内が灼熱の世界と化す中、そんな地獄絵図のような世界でいくつかの影が揺らめいていた。

 

「ガァァ‼︎」

「グオォッ‼︎」

 

人の形をしておらず、獣の形に似た存在——— すなわち、この大迷宮に存在する魔物達が十数体、燃え盛る炎の中を突き進み、炎の世界の中心に立つ唯一の人影へと襲いかかった。

 

「………」

 

対する人影は、四肢と右手に持つ剣にそこら中で燃え盛る炎以上の熱を秘める炎を宿しており、襲いかかる魔物達を迎え撃つ。

 

「“火華(ブレイズ)”」

 

一言短く呟いた直後、右足の炎が爆ぜ火炎の足刀と化して迫る三体の魔物を焼き切り、黒い灰となり掻き消え、その勢いのまま振り上げた足を振り下ろし迫る一体に地面を砕くほどの踵落としを見舞い焼き潰す。

続いて、後方から迫る二体の魔物には手に持つ炎剣を振るい切り裂き、瞬く間に焼き払う。

更にその後方から飛びかかった魔物に剣を投擲し、眉間に突き立てて火達磨にし灰の塊へと変える。

そして、最後に迫る十体ほどの魔物達に向けて右手を前に突き出して、彼は詠唱を素早く唱える。

 

「稲妻よ、誰よりも早く駆け抜けろ。炎よ、いかなる敵をも打ち砕け。“ファイア・ボルト”」

 

刹那、彼の両手から巨大な紅緋色の炎雷が放たれ、襲いかかる魔物達の群れを一瞬で灰燼へと変えた。

そして、それを最後に周囲一帯から魔物の気配が完全に消えたことを確認した彼——紅咲陽和は荒い息をついていたが、一度深呼吸をして呼吸を整えると体と剣に纏わせている炎を消す。

 

「あと、もう少し、か……」

 

陽和は魔力回復薬を飲み干した後に、額に浮かぶ汗を拭いながら息も絶え絶えな様子で呟く。

現在、彼がいるのは6()4()()()

現在確認されている歴代最高到達階層である65階層の目前にまで迫っていたのだ。

ハジメの捜索も並行に行い、僅かな休息を挟んでの3日で64階層まで進むと言う他に類を見ない強行軍。

それは、いくらチートステータスを持つ陽和と言えども負傷は無視できず、防具にはいくつもの傷痕が、鎧で守れていない肉体部分にも無数の傷跡があり血が滲んでいるものもある。体力、魔力の消耗も大きかったのだ。

 

本来ならば、すぐにでもしっかりと休息を取るべきだ。しかし、陽和はこの無謀な強行軍を止めるつもりはない。

なぜなら、時間が経つごとにハジメの生存確率は下がってしまうからだ。

既にハジメが奈落に落ちてから10日が経とうとしている。この奈落に食料があるとは当然思えない。水は探せばあるかも知れないので、陽和はハジメが水だけで生き延びていると仮定し、人が水だけで生きれる期間が一週間なので、今でさえ生存は絶望的だ。

だから、一刻も早く探索を終わらせてハジメを助けなければいけない。

 

とはいえ、陽和はどこかのバカとは違い思い込みとか希望的観測だけでなく最悪の状況も考えている。

最悪とはハジメが魔物に殺されたか、落下した時の衝撃によって既に死んでしまっている事。もちろん陽和だってそんなことは考えたくはない。だが、それでも考慮するべきなのだ。

現実から目を背けて最善だけを考えていたところで、最悪の事態に遭遇した場合に何も出来なくなるから。

 

既に死んでいると仮定した場合でも急ぐ必要があった。

それは、遺体と遺品を回収するため。

もしも、死んでしまっていた場合、せめてハジメが生きていた証である遺骨と遺品を回収して家族の元に返してあげたいからだ。

もしも魔物に襲われていた場合、遺骨が魔物に食い散らかされる前に回収しておきたかった。

せめて生きていた証だけでも家族の元に帰し、家族の手によってちゃんと埋葬させる。陽和はそれすらもしっかりと考慮していた。

 

陽和は完全に頭に入れた64階層のマップを思い返しながら、ハジメの捜索を続ける。

更に向上したステータスと、開花した派生技能を利用して凄まじい速度かつ精度で階層内を駆け回る。

王宮から逃亡し、3日で64階層まで進んだ結果、彼の現在のステータスは爆発的な成長を遂げていた。

 

============================

 

紅咲 陽和 17歳 男 レベル:45

天職:竜継士   職業:冒険者   ランク:金

筋力:830

体力:800

耐性:790

敏捷:810

魔力:830

魔耐:800

技能:赤竜帝の魂・全属性適正[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+発動速度上昇][+魔力消費減少][+高速詠唱][+持続時間上昇][+連続発動]・全属性耐性[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和][+身体硬化]・複合魔法[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+高速詠唱]・剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+刺突速度上昇]・体術[+金剛身][+浸透頸][+身体強化][+闘気探知]・剛力[+重剛力]・縮地[+重縮地][+爆縮地][+震脚]・先読・高速魔力回復[+回復速度上昇]・気配感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・魔力感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・言語理解

 

============================

 

 

レベルは10上昇し、ステータス値はトータル900上昇という急激な成長を遂げていた。

メルドとの激闘、そして64階層までのソロでの驀進による経験値の独り占めが陽和のステータスを飛躍的に上昇させたのだ。

そして、開花した探知系の技能をフル活用して探すこと一時間。陽和は苦々しい表情を浮かべながら、肩を落として力なく呟く。

 

「……64階層にも、いないか…」

 

再び出現しつつある魔物達を瞬殺しながらハジメの捜索を行なっていた陽和は、いくら探してもこの階層でもハジメはおろか、彼の痕跡すら見つけることが叶わなかった。

ここまでどれだけ必死に捜しても、一つも痕跡を見つけられていないことに、もしかしたらもう間に合わなかったのかもしれないと、陽和は暗い思考に侵食され始める。

ナーバスになって暗い表情を浮かべる陽和だったが、軽く首を振りその思考を振り払った。

 

「いや、ナーバスになるな。まだ36階層もある。その何処かにいるはずだ」

 

陽和はそう前向きな発言をすると、目の前に続く薄暗い通路を見つめ呟く。

 

「それに、大迷宮に入ってから感じる『声』も近い。もうすぐ確かめることができる」

 

陽和は大迷宮に潜ってから、ずっと感じている『呼ばれている』感覚。陽和は『声』と形容しているそれが階層を降りるたびに強く、はっきりとしていくのが分かった。

大きさの度合いからして、恐らくは100層。大迷宮最深部にいると見て間違いないだろう。

 

そこできっと、全てがわかる。

『竜継士』が何なのか。『赤竜帝』とは一体何者なのか。そして、この世界がどうなっているのかも全て。

陽和はそんな予感がしていた。

 

65階層へと続く階段は向かう為に、薄暗い通路を走る中、陽和は一人静かに物思いに耽る。

 

(雫達は大丈夫だろうか)

 

気にかけるのは王都に残してきた恋人と、自分が手紙を託した者達のこと。

陽和が王都から脱出した後、どうなっているかはある程度の予想はできるが正確には分からない。自分がメルドに話した通りに進んだのか、あるいは何かイレギュラーが発生したのかなど、様々な可能性が陽和の頭を駆け巡った。

 

実際は、何事も全て陽和の思い描いた通りにことが進んでいるのだが、陽和には知る由もない。

 

(今は、雫達を信じるしかない、か)

 

しかし、いくら考えたところで、今の自分には何もできない。ただ、作戦が成功したことと、彼女達が無事でいてくれていることを願うことしかできない。

そうこう考えているうちに、陽和はついに65階層へと続く階段にたどり着いた。

 

「ここからか」

 

陽和の眼前には下へと伸びる坂がある。

この坂こそが、64階層と65階層を繋ぐ回廊だ。64階層にある緑光石のおかげで、回廊の入り口こそは照らされているものの、その先、回廊の壁には緑光石はなく、暗闇が広がっていた。

それがまるで、陽和には大口を開けた怪物の顎門のように見えていた。

 

だが、その例えは言い得て妙かもしれない。

なぜなら、ここから先は完全な未知の領域だ。時に人は未知を怪物と称することもある。

この先に広がる闇は、まさしく怪物そのもの。

情報は殆どなく、どの道が正しいのかも分からない。一度選択を間違えれば、容易く死んでしまうような領域だ。そんな領域を怪物と例えても何らおかしくはないだろう。

 

陽和が今から向かうのはそんな怪物の腹の中だ。しかも、仲間はいない。たった一人で、この未知の領域に挑まなければいけない。

それを、人は『冒険』と呼んでいた。

 

今から自分は、そんな『冒険』をしに行くのだ。

陽和は一度深呼吸をすると、胸から下げている雫のネックレスを手に取り、小さく念じる。

数秒ほどそうした後、陽和は小さく頷く。

 

 

「よし、行こう」

 

 

そして、陽和は未知の世界へと足を踏み入れた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

陽和がいる階層の更に深い階層のある空間。

迷宮に広がる巨大な広間のような空間には祭壇のようなものがあり一つの宝玉と剣が鎮座していた。

更に、その背後には何か巨大な影がある。

見る限り、それはある生物の骨だ。

他にもいくつか何かがある空間には、生き物の気配はない。冷たく静かだった。

そんな空間に突如声が響いた。

 

『来てる』

 

生物がいないはずの空間に、どこからともなく響いた声。低い声音が突如この空間内に響いたのだ。

同時に、台座に鎮座している翡翠色の宝玉が突如淡い輝きを放ち明滅し始める。

そして、さらに声が聞こえてくる。

 

『ああ、感じる。近くまで来ている。もうすぐだ。もうすぐここに辿り着く』

 

聞こえる声に合わせて宝玉が明滅していることから、謎の声は宝玉から発せられていることがわかる。

 

『やっと、やっと来てくれた。どれだけの時を待ち侘びたことか』

 

顔も表情もわからない。

だが、その声音からは歓喜に打ち震えているのがわかる。その言葉の通り、ソレは人間には計り知れないほどの長い年月をこの地の底で過ごし、ようやくそれが報われようとしていたのだ。

歓喜に打ち震えるのも無理はないのかもしれない。

 

『ここまで来い。我が後継の資格を有する者。いつか至るであろうまだ未熟な英雄よ』

 

ソレはずっと待っていた。

気の遠くなるほどの長い年月、かつての盟友達と交わした約束を果たす為にずっと、待ち続けていた。

そして、ついに自分の力を継承する資格を有する者が再び大迷宮に足を踏み入れ、その深層へと突き進んでいる。

彼は、分からないだろう。自分を引き寄せるものがなんなのか、この大迷宮に入り()()()()()()()()ようになってから幾度となく聞こえる呼びかけの正体が。だが、今はそれでいい。全てを話すのは、ここに来てからだ。

故に、今はこの広間へと至る事だけを望む。

 

 

英雄の資質を秘める若き戦士がここへ来ることを。

 

 

『いずれ、世界を救うであろう希望の灯火よ』

 

ソレはずっと待っていた。

自分達では成せず、道半ばで途絶えた望みを果たしてくれる英雄が現れることを。

世界を覆う闇を祓ってくれる希望の灯火が現れることを。

 

 

 

『———我等が最後の英雄『竜継士』よ』

 

 

 

地の底で眠るソレは、今や肉体は朽ち果て、魂だけの存在になってしまったかつての帝王は、己が後継者を——『竜継士』の来訪を待ち続けていた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

しばらく、回廊を降りているとやがてひらけた場所に出る。そこは、65階層への入り口だ。

 

「遂に来たか」

 

階段から出た陽和は周囲を見渡しながら呟く。

一見すれば、今まで進んできた階層となんら変わりはない。だが、陽和は自然と顔を引き締める。

当然だ。なぜなら、ここからは誰も攻略していない未攻略階層なのだから。

マップも誰も完成させていない。あっても、半分も出来ていないものだ。今までの階層は全てマッピングされているため、ハジメの捜索を行いながらも、スムーズに行けた。だが、ここからは手探りで探していかなければいけない。

当然、時間はかかる。この階層の攻略も、次の階層への階段も、ハジメの事も、全て。

 

だが、そんなことは百も承知だ。

だから、陽和は僅かな停滞の後、剣を鞘から引き抜いていつでも戦闘に対応できるように警戒しながら、迷宮の奥へと足を進めた。

 

「………これは…」

 

しばらく、感知系技能をフル活用しハジメの捜索を行いつつ、警戒しながら洞窟内を駆け抜けると、やがて大きな広間に出た。

嫌な予感がした陽和は、広間の入り口手前でバックパックを置く。

そして、広間に踏み入れると同時に、陽和は警戒心を最大限に高めて表情を険しいものに変えると、直感が伝えるまま小さく呟いた。

 

「———来る」

 

その呟きの直後、広間に侵入したと同時に、彼の言葉通りに部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。

赤黒く脈動する直径10メートルほどの魔法陣は、とても見覚えがある。否、忘れるわけがない。なぜなら、それは陽和に初めて苦い敗北を味合わせた、いわば怨敵の物だからだ。

陽和は剣を鞘から引き抜き構えると、確かな意思の力を宿らせた声音で呟く。

 

「お前とあの時のお前は別物なのは分かっている。それでも、お前は俺の超えるべき壁だ。だから———」

 

その言葉に応えるかのように、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が陽和の前に現れる。

 

「グゥガァァァァ‼︎‼︎」

 

咆哮を上げて、大地を踏みしめる異形。ベヒモスは広間への侵入者に鋭い眼光を向ける。

対する陽和もまた、決然とした表情を浮かべ意志の炎を宿す眼光を以て怨敵を捉え、宣言する。

 

 

 

「通させてもらうぞ。再戦だ」

 

 

 

今、過去を乗り越え未来へ進む戦いが始まる。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「グゥガァァァァ‼︎‼︎」

 

ベヒモスが咆哮を上げて、地響きを立てて突進してくる中、陽和は剣を構えて静かに唱える。

 

「燃え滾る焔よ。刃に灯り、敵を焼き斬れ。“炎刃”。

猛き狂える劫火よ、我が身を覆い鎧となれ。燃え滾り、咲き誇るは紅の火華(はな)。我が意志を力に、昇華せよ。灼熱の炎となり、数多を焼き尽くせ。“スカーレット・アルマ”」

 

“全属性適正”の派生技能“高速詠唱”により、通常の倍の速さで二つの魔法の詠唱が素早く唱えられ、直後、陽和は剣と四肢に熱光の火炎を纏う。

火炎を纏った陽和は腰を低く落として身構える。グググッと聞こえてきそうなほどに、力を込めた彼は、小さく鍵となる一言を詠唱した。

 

「“火華《ブレイズ》”」

 

ブーツに収束された二つの炎が爆ぜて、彼の体を勢いよく前へと押し出し加速させる。

それは地面を勢いよく爆砕して、閃光と見紛うほどの速度でベヒモスよりも速く距離を詰めて、眼前に躍り出る。

陽和は剣を片手に持ち、体を捻り回転させ腕の遠心力と筋肉を連動した回転斬りを放つ。

 

「“紅鏡火車(こうきょうかしゃ)”」

 

繰り出されたのは、火神神楽の拾ノ型。

その名の通り、火車となり陽和は燃え盛る炎剣を振るいベヒモスの角に叩きつける。

そして、叩きつける瞬間、陽和は吼える。

 

「“火華《ブレイズ》”ッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

炎剣の炎が爆ぜて、その爆破の勢いも加えた燃え盛る一撃がベヒモスの片角を半ばから焼き斬ったのだ。

 

「ガァァァァ⁉︎⁉︎」

 

角を焼き斬られた衝撃と、断面を焼く痛みにベヒモスは悲鳴じみた咆哮を上げて、大暴れする。だが、既に陽和はベヒモスから距離をとっていた。

片角を斬られ暴れるベヒモスの背後で陽和は左腕を突き出して叫ぶ。

 

「稲妻よ、誰よりも早く駆け抜けろ!炎よ、いかなる敵をも打ち砕け!“ファイア・ボルト”‼︎‼︎」

「グゥルァァ⁉︎⁉︎」

 

炎雷が轟く。

彼の手から放たれた紅緋色に迸る炎雷は、計七発。それらは、爆音を奏でベヒモスを後方から襲い後退を余儀なくさせた。

ベヒモスの胴体と背中の皮膚は広範囲に焼け焦げており、肉が焦げる匂いが漂っている。深手ではないものの、決して浅くはない傷だ。

後退させられたベヒモスは背後に顔を向け、その瞳を限界まで血走らせて自身に傷をつけた矮小な敵の姿を探す。だが、既にそこに陽和はいなかった。

直後、右から再び声が聞こえる。

 

「“ファイアボルト”ォォッ‼︎‼︎」

「グゥガァァ⁉︎⁉︎」

 

再び炎雷が轟く。

放たれたのは、ベヒモスの左側。ちょうどベヒモスが振り向いた方向に合わせて、その反対側に爆破加速で移動し、素早く詠唱を唱えた“ファイアボルト”を放ったのだ。

 

ベヒモスは肉を焼く痛みに思わずたたらを踏み、そちらへと視線を向ける。しかし、またもやそこに陽和の姿はなく、今度は後ろ足を深々と斬られた。

 

「グゥルァァァ⁉︎⁉︎」

 

ベヒモスは悲鳴をあげ地面を削りながらよろめく。見れば、ベヒモスの後脚にははっきりと斜めの剣線が刻まれており、その剣線に合わせ皮膚と肉が焼け焦げていたのだ。

 

(いけるっ)

 

陽和は再び爆破加速で距離をとり、広間を駆け回り一撃離脱を繰り返しながら、一連の攻勢に確かな実感を得ていた。

 

あの時は、手も足も出なかった。

技能を、魔法を、全てを賭しても角を斬り落とすことすら敵わず、片眼を奪うことができてもその代償に酷い怪我をした。

友の力を借りた時も、全身全霊の渾身の一撃を見舞い意識を落とすことはできたものの、所詮はそれだけ。すぐに意識が戻っていた。

ほんの僅か足止めした程度で、自分は満身創痍で死にかけていた。守ると誓った友すら失ってしまった。

なんて無様だろうか。なんて体たらくだろうか。

 

だが、今はどうだ?

斬れなかった角を斬り落としたり、傷をつけれなかった肉体に確かな傷を刻んでいる。あのベヒモスと互角の戦いを繰り広げれている。

あの時は何一つなし得なかったことを、今はできている。

それは確かな成長の証。

あの時より遥かに自分は、強くなっている!

 

(今なら、こいつに———勝てるっ‼︎‼︎)

 

陽和は燃え盛る火炎を纏い、果敢にベヒモスに襲いかかる。だが、ベヒモスもやられっぱなしではいられない。

 

「グゥガァァァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

ベヒモスは咆哮を上げて、上体を上げて二本足で立ち上がると前足を勢いよく地面に叩きつける。地面には激震が走り、あたりに凄まじい衝撃波が放たれる。

どこにいるか分からないのなら、周囲をまとめて破壊して仕舞えばいい。そう言わんばかりの攻撃には、陽和も思わず攻撃の手が止まる。

 

「チッ、やっぱそう簡単には行かねぇよな」

「ガァァ‼︎」

 

激震と衝撃波に足を止めて耐えていた陽和の僅かな隙を見逃さず、ベヒモスは鋭い爪を持つ太い前脚を振るう。

 

「“金剛身”!“火華(ブレイズ)”ッ!」

 

迫る大木のような前脚を前に、陽和は剣を構えると同時に“金剛身”を発動し後ろに軽く飛んで両足の炎を爆破させる。直後、陽和を前足が捉えてそのまま振り払った。

木の葉のように軽々と舞った陽和は、されど大した傷もなくクルクルと回転しながら、壁に着地する。そして陽和は足に力を込める。

 

「“火華(ブレイズ)”」

 

壁面に蜘蛛の巣状の亀裂を生みながら、陽和は再びベヒモスへと飛び出す。

実質、今の攻撃は陽和にはたいしてダメージがなかった。

前足が捉える直前、“金剛身”で防御力を上げた彼は後ろへと飛び、さらに爆破加速で後ろへと下がることでベヒモスの前足の動きに逆らわずにその勢いを利用して一度後退しただけなのだ。

 

「ガルァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

こちらに迫る敵に、大したダメージを与えられていないことに気づいたベヒモスは咆哮を上げて、頭部の兜と角を赤熱化させた。

 

「来るかッ!」

 

ベヒモスの最大攻撃は既に経験済みなので、陽和は駆けながら身構える。

身構えたのとベヒモスが跳躍したのは同時だった。地面を砕く勢いでその場で飛び上がった。

だが、ここからが陽和の予想を大きく裏切った。

 

「なっ⁉︎」

 

陽和は眼前の光景に動揺を露わにする。

確かにベヒモスは跳躍した、かつて経験した通りなら、そこから赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下するはず。

だが、あろうことかベヒモスは天井まで跳躍すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

しかし、ベヒモス自身の重量と巨体のせいで、天井には張り付けずにすぐに天井から剥がれ落ちる。だが、ベヒモスは一瞬で陽和との距離と位置を測ると、向きを修正し天井から四肢が離れる前に、天井を蹴り砕き陽和へとまっすぐ襲いかかったのだ。

ただの跳躍からの落下ではなく、壁を蹴る勢いと落下加速を合わせた豪速の一撃が陽和へと迫っていたのだ。

 

(まずいっ——‼︎‼︎)

 

血相を変えた陽和は背筋に伝わる悪寒に迷う事なく従い、向きを反転させて“スカーレット・アルマ”の火力を最大にして全力でその場から離れる。

しかし、ベヒモスの落下速度は想定していたよりも遥かに早く、逃げる陽和の背中をしっかりと捉え、まっすぐと迫る。

そして、ベヒモスが陽和の、後方3メートルほど手前の床に突き刺さり———激震が広間を襲った。

 

「——————ッッッ⁉︎⁉︎」

 

かつてないほどの衝撃が広間に広がり、絶大な衝撃波とめくれ上がった床の瓦礫が周囲に放たれる。

それは、全力で回避行動をとっていた陽和を背中から襲い、陽和の身体を打った。

 

「がっ⁉︎」

 

瓦礫に体を打たれながらも、なんとか受け身を取った陽和は床を幾度となく転がり、壁にぶつかることでようやく止まる。

苦痛に呻きながらも顔を上げた陽和は、眼前の光景に絶句した。

 

「…っ、冗談きついな、これは」

 

陽和は戦慄を隠さずに苦々しく呟く。

ベヒモスが着弾した箇所を中心に、まさしく隕石が落ちたかのように地面は大きく凹み、周囲の地面はひび割れ捲れ上がっていたのだ。

破壊の凄まじさが窺える。

ベヒモスは地面から頭部を引き抜くと、土埃を払うように頭を揺らし、壁際で驚愕する陽和を視界に収めて低い唸り声を上げる。

 

「あの時は全然本気を出してなかった、ってか?」

 

陽和は思わずそんな冗談を口にしてしまう。

そう思ってしまうほどに、ベヒモスの力は凄まじかったからだ。

 

(おそらく、あれがベヒモスの切り札……魔力を用いた突進か……やべぇな)

 

陽和の相貌には、強い危機感が発汗という形で滲み出して、伝っていた。

今の攻撃は、おそらくは魔力による身体強化を用いた攻撃だ。しかも、頭部の赤熱化だけでなく、天井を蹴る際に四肢に魔力を込めて爆発させる事で豪速の隕石と化するまさしく切り札に相応しい一撃。

唯一の救いは連続で放てない事だろう。魔力のチャージと天井への跳躍に力を溜める工程が必要だからだ。

直撃すれば、陽和といえど戦闘不能になるかも知れない一撃に、冷や汗が頬を伝った。

 

「グルルルルル」

 

唸り声を上げるベヒモスと目が合う。

牙を剥き出しにして、ありったけの殺意と敵意を込めた赤黒い眼光を向けてくる。そこには、何があっても殺すというまさしく獣の敵対本能が、そこには宿っていた。

狂暴な眼光に、陽和は一瞬竦み小さく息を呑む。

 

正直に言うならば、陽和は恐ろしいと感じてしまった。

理性も言葉も何もなく、あらゆるしがらみを取り払い、シンプルに殺意と敵意のみを込めた獣の本能に。

 

「…っ」

 

あの時、すんでのところまで迫っていた死の感覚を思い出して、ぞっっ、と背筋を震わせた。

あれはあまりにも冷たかった。暗闇の中をどんどんと沈んでいき、冷たさが増す中、暗闇の中に沈みそのまま消えるかもしれないと危惧した感覚に。

 

また、ああなってしまうのではないか。

いや、今度こそ本当に死んでしまうのではないか。

死にたくない。

逃げたい。

頼むから逃げてくれ。

今ならばまだ間に合うから。

 

そう陽和の心の弱い部分がそう叫んでいた。

その本能の警鐘は極めて正しいのかもしれない。

だが………

 

「……ここで退く訳にもいかねぇよな」

 

陽和には引き返すと言う選択肢はなかった。

元より退路は不要だ。なぜなら、この先には友がいる。今も助けを待つであろう掛け替えの無い親友が。

彼の元へ一刻も早く駆けつける為にも、今ここで立ち止まるわけには行かないのだ。

 

「フゥ———」

 

瞳を閉じて、深呼吸をした陽和はゆっくりと瞳を開く。

再び開かれた瞳には既に恐怖の色は消えており、代わりに激しい闘志の炎が宿っていた。

 

「ッッ‼︎‼︎」

 

陽和の四肢と剣に宿る炎が激しく燃え上がり、闘気が絶大なまでに膨れ上がる。

ベヒモスの凄まじい破壊を見ても、陽和は心が折れていなかった。むしろ、その逆。

 

「どうした牛野郎ッッ‼︎俺はまだ生きてるぞっ‼︎俺はまだ立ってるぞッ‼︎どちらかが死ぬまで、この勝負は終わらねぇぞッッ‼︎‼︎‼︎」

 

陽和は腹の底から叫び剣を構えると、気炎を撒き散らし吼える。

ベヒモスは構えた陽和を視界に捉えると、獰猛に笑い、こちらの意志に呼応するように、健在な片角をこちらへ向けて再び赤熱化させる。

 

 

「行くぞッ……!」

「グゥガァァァァァァァ‼︎‼︎」

 

 

陽和は地面を蹴り飛ばして、駆け出して眼前で待ち受ける巨大な魔獣の元へと飛び込んでいった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

65階層の広大な広間では、二つの雄叫びが絶え間なく轟いていた。

一つはこの階層の唯一にして絶対の主であるベヒモスのもの。

そして、もう一つはそんなベヒモスに戦いを挑む若き戦士のもの。

今はいわば第二ラウンド。

ベヒモスの切り札の一撃によって、戦場(リング)が砕かれたために仕切り直しとなった戦い。

 

だが、それは第一ラウンドとは異なる様相を生み出していた。

 

「グ、グゥゥルァァアアッ⁉︎」

 

響くのはベヒモスの()()()()()()咆哮。そして、ベヒモスの周囲では赤き流星と斬撃の光が瞬いていた。

 

ベヒモスの鉤爪や頭突きをかいくぐり、陽和の剣と短剣が一方的にその体躯に斬撃を見舞っていた。

一刀から短剣との二刀へと切り替えた彼は、炎を宿した二刀と、敵に比べて遥かに小柄な体躯を活かして、左から右へ、下から上へ、かと思えば地面スレスレを這うように動き背後へ。

至近距離にいながら変幻自在に動き、行われるのは一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)ではなく、連撃回避(ラッシュアンドアウェイ)。避けては、紅蓮の斬閃を刻み、紅緋の炎雷を轟かせて、ベヒモスの肉体に傷を重ねていく。

 

(体が、さっきよりも思うように動く)

 

ベヒモスと戦う最中、陽和はずっと調整を続けていた。

たった3日でレベルを10も上げたことによる『器』の急成長は、陽和に違和感を与えていた。速過ぎる肉体の成長速度に、精神が追いつけていなかったのだ。

当然、陽和はそれには気づいており、戦い続けながらも調整は行っていた。だが、その調整は肉体の成長速度が速過ぎる為に、追いついていなかった。

つまり、陽和はベヒモス戦との序盤の頃は、まだ体を御しきれていなかったと言うことであり、昇華している『器』に振り回されている状態だった。

 

(やっと、終わった)

 

それが今ようやく完了した。

今の陽和は身体を完全に御しきれており、攻撃、防御、回避などのあらゆるタイミングのズレを解消したのだ。

その結果、陽和の身体は自分が思った通りに動いてくれる。

 

(よく見える。次の動きが、わかる)

 

体中の感覚が鮮明(クリア)になる中、陽和は鮮明になった視界で目を凝らす。

ベヒモスの筋肉の動きまではっきりと捉えて、攻撃のタイミングから方向性まで何から何まで全てを認識する。

ベヒモスの動きに慣れた今なら、調整した『器』も合わさって対処は可能だった。

 

ベヒモスの剛腕や尻尾の薙ぎ払いも、鋭い爪での斬撃も、振るわれる片角の打撃も、鋭い牙の噛みつきも、その全てが当たらないし、当たらせなかった。

 

(遅い‼︎)

 

ベヒモスの攻撃は悉く空を斬り、陽和の斬撃は悉くが当たる。

 

「“火華(ブレイズ)”ッッ‼︎‼︎」

 

ベヒモスを追い詰める中、何度目か分からない爆音が響き陽和の速度がまた上昇する。

そうすれば、当然傷を刻まれる速度も上がる。

先程から少しずつ陽和の動きに追いつけなくなってきているベヒモスは、その斬撃の全てを無防備に浴びてしまう。

 

「グゥガァァ⁉︎」

 

血飛沫が舞いベヒモスは蹌踉めく。

明らかに優勢なのは陽和だ。しかし、当の陽和は気づいていた。

今でも、ベヒモスを打倒することはできないと。

 

(今のままじゃ足りない‼︎もっとだ‼︎もっと上げろ‼︎‼︎)

 

追い詰めていることはできても、今ではまだ有効打にはならない。確かに斬れてはいる。外殻を斬り砕き、その下の皮膚も斬り裂いて攻撃は届いている。だが、どれも致命傷にはなり得ていない。

これでは時間がかかりすぎる。時間をかけるのは、今の自分の状態を鑑みても得策ではない。

なるべく、早く決着をつけるべきだ。

しかし、今のままではそれは難しい。

 

ベヒモスを圧倒するにはまだ速度が足りない。

ベヒモスを撃破するにはまだ火力が足りない。

 

ならばどうすればいい?

 

簡単だ。上げろ。全てを加速させろ。

速度を、火力を、自分が持てる武器の全てを使い尽くせ。

使い尽くし、限界を超えろ。限界を越え続け、今よりももっと遥かな高みへ手を伸ばせ‼︎

 

「“燃え滾れ(ヴァルナ)”!“燃え滾れ(ヴァルナ)”! “燃え滾れ(ヴァルナ)”‼︎」

 

その怒号に合わせ、四肢の炎の勢いそのものが増していく。炎が増したことで爆破の勢いも増していき、陽和を更なる加速の世界へと引き込む。

陽和は一歩一歩地面を踏み砕きながら、猛る想いが燃え盛るままに吼える。

 

「“猛り吼えろ(ヴェルフレア)”ァァァッッ‼︎‼︎」

「ガァァァァァァァ⁉︎⁉︎」

 

彼の猛りに応じ、火炎も吼える。

陽和の四肢に宿る炎は全てが爆ぜて更なる加速を行い、ベヒモスの反応を置き去りにする程の連続斬撃を見舞う。

一瞬にして無数に赤い炎の軌跡が描かれ、ベヒモスの胴体に数多の傷を刻む。

身も心も加速する陽和の手で、ベヒモスの体からは凄まじい量の血が噴き出し、外殻が剥がれる。

 

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

ベヒモスを圧倒する炎斬の猛攻。

全てが加速し、燃え上がる光景はまるで流星の輝きにも似ていて、気炎を撒き散らし火炎の煌めきを纏いながら光の尾を引いて駆け回るその姿は、誰もが圧倒されるであろうその戦いは———見惚れるほどに、美しかった。

 

そして、陽和は猛る想いのまま縦横無尽に駆け巡り、何度目とも知れない連撃回避を繰り返し、ベヒモスの攻撃を掻い潜り、苛烈な攻勢を繰り返し続ける中。

もう一度、とどめを刺すために突撃しようとした陽和は。

唐突にガクンっ、と体から力が失われる音を聞いた。

 

「——————ッ、っ⁉︎」

 

突然の事に、陽和は目を見開き困惑を露わにする。

 

(なにが、起こって……⁉︎)

 

陽和は突然の脱力の原因がわからなかったが、ビキビキと痛む体にすぐに気づく。

 

(っ、反動⁉︎)

 

脱力の原因。それは今まで蓄積された疲労とダメージによるものと、“スカーレット・アルマ”の最大出力での連続行使、それらの負荷に体が遂に悲鳴をあげたのだ。

むしろ、今まで耐えれたのがおかしいのだ。常人ならば既に数度は死んでいるであろう殺人的な過負荷に、魔力が尽きるよりも先に陽和の身体が遂に限界を迎えてしまった。

真っ赤に染まり上がるような全身の疼痛が、警鐘を激しく打ち鳴らし、断線したかのように体から力が抜けて、目に見えてその動きが精彩さを欠いた。

 

そして、その隙をベヒモスが逃すわけがなかった。

 

「ガァァァァァァァ‼︎‼︎」

「っ、しまっ——」

 

気づいた頃にはもう遅かった。

反動で崩れ蹌踉めく陽和の視界いっぱいに迫る赤熱化したベヒモスの頭部が陽和の肉体に叩きつけられ、未曾有の衝撃が全身を駆け抜ける。

 

「があぁっ⁉︎⁉︎」

 

ベヒモスの頭突きをモロに喰らった陽和は吐血する。

形容し難い痛覚に全身を支配され、骨が、筋肉が、全身が嫌な音を立てて軋む。

しかし、それだけでは終わらなかった。

 

「ガァルゥァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ‼︎‼︎」

 

ベヒモスは赤熱化した頭部で陽和を捉えると、そのまままっすぐと猛進を続けて轟音を立てて壁へと突撃する。そうすれば当然、陽和の身体は壁とベヒモスに挟まれ、先ほどよりも遥かに強大で凶悪な衝撃が全身を襲った。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

陽和を中心に壁面は大きくひび割れて、天井にまで届くほどの亀裂を生む。

壁に半分めり込んだ陽和は再び吐血し、全身の骨が立てる嫌な音を聞いた直後、一瞬意識が飛ぶ。しかし、すぐに激痛により意識が引き戻された。

 

「がふっ、ぁっ…ぐっ……」

 

陽和は壁にめり込み磔にされたかのように身動きが取れず、その場で何度も吐血して、激痛に喘ぐ。地面には陽和が吐き出した血が水音を立てて広がっており、小さな血溜まりを作っている。

“スカーレット・アルマ”の炎も強制的に解除され四肢から炎が消える。

手からは二刀が零れ落ちて、カランカランと音を立てて床に転がる。刀身に宿っていた燃え盛る炎も、その勢いを急速に失って霧散する。

 

「ぁぐっ…………」

 

次いで、陽和がめり込んでいた壁面が崩れて支えを失った陽和の身体が壁から離れて、瓦礫と共に地面へと崩れ落ちる。

崩れ落ちた陽和は鈍い音を立てたきり、沈黙しピクリとも動かない。

 

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

沈黙する陽和を見下ろしたベヒモスは、その赤黒い眼を細めながら、勝利の咆哮を上げる。

 

もはや、決着はついた。

 

勝者はベヒモス。追い詰められこそしたものの、致命的な隙をついて全身全霊の一撃を放ったベヒモスの勝利だった。

 

敗者たる陽和はピクリとも動かない。

傷だらけで、全身を血に染め上げた陽和は既に死を待つだけの身。

とどめを刺さずとも、じきに死にそうな陽和にベヒモスはとどめを刺す為に右前脚を振り上げる。

そして、その前脚を以て陽和を叩き潰そうとした刹那、

 

「ッッ‼︎⁉︎グ、グォォ…⁉︎」

 

言いようのしれない不気味な怖気がベヒモスを襲った。

直後、ベヒモスは予想外の行動をとった。

後退したのだ。振り下ろすだけだった右前脚を下ろして、どういうわけかジリジリと距離を取ったのだ。

 

ベヒモスは目に見えるほどに狼狽えている。

その視線は、眼前で斃れ伏す一人の人間に向けられていた。

先ほどの得体の知れない怖気。それは、この人間から、陽和から放たれていた。

 

ベヒモスが狼狽える中、陽和の右手が———ぴくり、と揺れた。

次いで右手ががりっと地面を抉り、握り締められる。

 

「まだ、だっ……‼︎」

 

緩慢とした動作で、何度も血反吐を吐きながらも、確かに陽和は立ち上がろうとしていた。

右腕で体を持ち上げながら、両脚に力を込めて、陽和は心底不適な笑みを浮かべる。

 

「まだ、終われねぇっ……‼︎」

 

馬鹿みたいに膨れ上がった気炎が、陽和の体を、心を突き動かす。惨めな強がりが、とどまることを知らない想いが、無様を晒す体たらくを粉砕する。

 

立て、立ち上がれと。いつまで寝てるつもりなんだと。己を叱咤する。

天井知らずな想いの炎が激しく燃え上がり、彼の心を奮い立たせる。

 

同じ時を繰り返すのは御免だっ‼︎

もう何も出来ずに負けるのは御免だっ‼︎

もう、あんな想いをするのは絶対に、御免だっ‼︎‼︎

 

身体が動かない?

知るか。限界を超えて動かせ。

 

勝てるわけがない?

知るか。まだ勝負はついていない。

 

怖い?

知るか。怯える暇があるなら覚悟を決めろ。

 

あの時誓ったのに、これ以上醜態を晒すつもりか?

そんなこと、耐えられない!耐えられるわけがない!

 

ここで限界を超えなきゃ、いつ越えるっていうんだ!

 

ここで立ち上がらないで、いつ立ち上がるっていうんだ‼︎

 

「テメェ如きに、負けて、たまるかよっ…‼︎」

 

陽和は憎まれ口を叩きながら、竦む心を捩じ伏せて、地面を蹴り飛ばした。

そして、遂に立ち上がり、再起した。

しかし、彼の姿は、大凡無事とは言えなかった。

まず、左腕が力なく垂れ下がったまま動いていない。先ほどのベヒモスの突進を喰らった際に砕けていたのだ。

左腕の他にも全身の殆どの骨に罅が入っており、肋骨などは半分以上が折れていた。

頭部からは止めどなく血を流している。

内臓も傷ついており、口の端から何度も血の塊が溢れる。

 

瀕死。今の陽和の状態を表すなら、まさにその二文字だ。

高いステータスのおかげで、瀕死の状態でとどめられているが、並の冒険者ならばもはや原型をとどめていないほどの傷。

だが、それでも陽和は確かに立ち上がった。

 

「……俺は、もうっ……負けるわけには、行かねぇんだよッッ‼︎‼︎」

 

一人の戦士は激声をあげて、ベヒモスを睨みつける。

 

この時、彼は気づいていなかった。

 

自分の赤黒い瞳がいつのまにか———()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

相対するベヒモスしか気づいていなかったが、その瞳はまるで『竜』のようだった。

 

自身の瞳の変化に気づいていない陽和は大量に出血したことで意識が少し朦朧もしながらも、必死に思考を巡らせる。

 

左腕が使えない今、長期戦は断然不利だ。

肉体のダメージを鑑みても、一分もしないうちに自分は動けなくなる。

魔力はまだ残っているが、使い切る前に自分は倒れる。生半可な魔法ではベヒモスに傷をつけることはできても、倒せはしない。

 

故に、残っている選択肢は———『一撃』だ。

 

(今俺が持つ全てをこの一撃に込めるっ‼︎)

 

魔力も、気力も、想いも、ありったけの全てを込めた今自分が放てる最強の一撃を以て、敵を完全に撃破するのみ。

陽和は腰の短剣を抜いて右手で掴むと、胸の高さまで掲げる。

そして、何故か攻撃してこないベヒモスに疑問を抱きながらも、ありったけの魔力を注ぎ込みながら詠唱を紡ぐ。

 

火神(かみ)聖火(ほのお)を捧げよう』

 

紡がれるは、陽和が編み出した最大最強の魔法の詠唱。この先も陽和にとって必殺になるであろう魔法が詠唱される。

 

『赤き炎雷よ、燃え滾れ。白き閃光よ、光り輝け』

 

その言葉と共に、短剣に刻まれている魔法陣の一つが朱色に輝き、紅緋色の炎雷が迸り、燃え滾ると剣へと収束され凝縮されていき、その上を夥しい純白の光粒が覆い被さり包み込む。

 

『闇を照らし、穢れを祓い、清め給え。信念を、覚悟を、誇りを不滅の炎へと変えよう』

 

詠唱に合わせて魔法陣の輝きは増していき、その輝きの増大に合わせて炎雷は激しさを増していき、白光もまた輝きを増す。

 

『立ちはだかる者を打ち砕き、守るべき者を守り抜く光炎の聖剣(つるぎ)へと昇華せよ』

 

やがて、炎雷と閃光は混ざり紅白色の光炎となり、剣の形を作っていく。

長さは長剣ほどに伸長し、込められた魔力に比例して熱量と輝きが増していき、広大な広間を紅緋色の光で照らす。

そのあまりにも馬鹿げた出力に、炎雷の一部が集束から漏れ出し、幾つもの火の粉やプラズマとなって刀身より舞い上がった。

極限まで高められ、凝縮され繰り出される一撃は、まさしく最強となり炎の轟声と共に全てを打ち破るだろう。

陽和が考え抜き、その末に編み出した埒外の力技だ。

 

『聖火となり、全てを焼き祓え』

 

最後の詠唱と共に、ついにソレは完成した。

陽和が手に持つ短剣に宿る光炎は更に長さを増し大剣ほどの長さへと。

込められた魔力量が多い為か、その刀身はかつて無いほどに燦然と輝いている。

 

そして、その剣は、その剣に宿る輝きは、誰かが見ていれば、誰もが口を揃えて言うだろう。

 

それはまるで、『燃え続ける聖火』のようだと。

 

 

「———さあ、終わらせよう」

 

 

炎雷と白光を纏う短剣を右手に掲げて、陽和は眼前で立ち尽くす魔物を見据える。

 

 

この日、彼は『英雄』への道のりを、一歩、踏み出したのだ。

 

 

「———勝負だ」

 

 

そして、いずれ『英雄』に至る少年は。

 

 

 

今、殻を破り『冒険』へと臨んだ。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ベヒモスに知性があるかはわからない。

そもそも、迷宮で生まれる魔物に何か知性のようなものがあるかはわからない。

だが、そうであったとしても、今のベヒモスの様子は誰にでもわかるだろう。

 

ベヒモスは、怯えていた。

 

数十分前に大迷宮より生まれた存在。

陽和が初めての敵であり、()()()()()()()が定めた試練により大迷宮の外より来る者を試す番人を任されている数多いる魔物達の一体。そして、この65階層を任されている主級の怪物だ。

 

ここを通るには主であるベヒモスを倒すほかに道は無く、特に今回のような()()()()()が相手ならば尚更のことであり、()()()()()()()を以て全力で立ちはだかるように命令が本能に刻まれているはずだ。

だが、そんな魔物が、番人を任されている魔獣が、今は恐れ慄いていた。

陽和が右手で掲げる短剣。そこに宿る無慈悲な光に。———そして、陽和が放つ()()()()()()に。

全てを打ち砕き、灰燼に帰すであろう炎と閃光の輝きに。色が変わり、絶大な覇気と闘気を纏う瞳の輝きに。

 

ベヒモスはただただ恐れていた。宿していた殺意と敵意を喪失させてしまうほどに。

目の前の短剣を構える少年に。

炎を纏う孤高の英雄に。

翡翠の眼光を放つ赤い『竜』に。

 

血を流し、骨は砕かれ、その体は風前の灯火に至ろうというにも関わらず、燃え盛るが如く脅威を増す戦士の気迫に、ベヒモスの身体はとどめを刺すために動かなかった。否、動けなかった。

 

先程から、ベヒモスには陽和が自分よりも遥かに強大な存在に見えてしまっていた。

自身よりも遥かに小さい体躯の彼の背後に、自身よりも遥かに巨大な体躯を持ち、かつその巨体を隠せるほどの翼を、そして、目の前の人間と同じ鋭い翡翠の眼光を持つ赤き巨竜の姿を幻視したのだ。

 

烈火の如き殺意の代わりに湧き上がるのは冷氷の如き恐怖。

 

「グ、グルゥ……」

 

ベヒモスは彼の姿に、自身に迫る足音に戦慄し、後退してしまう。

少年は剣に宿す凶悪な光の集束を繰り返しながら、怪物をも上回る意志を示すかのように一歩、また一歩と距離を詰めてベヒモスを静かに追い詰める。

 

恐怖が近づいてくる‼︎絶望が近づいてくる‼︎‼︎死神が近づいてくる‼︎‼︎‼︎

 

怪物を滅ぼす破滅が‼︎怪物を殺す英雄が‼︎‼︎翡翠の眼光を宿した、赤き『竜』が‼︎‼︎‼︎

 

 

「———勝負だ」

 

 

光炎の刃を掲げて、少年は告げる。

彼は、その剣を掲げ、一歩、一歩、歩み寄る。

やがて歩みは発走へ、発走は疾走へと変わる。

雷の如き加速と炎の如き破壊を纏い、超速の突貫がベヒモスに迫る。

 

「グ、グゥガァァァァァァァァァァァァァァアアア⁉︎⁉︎」

 

ベヒモスは本能から来る恐怖に咆哮を上げて、斬られた角と健在な角、そして頭部を赤熱化させ、全身から炎にも似た赤黒い魔力光を放ちながら強靭な四肢で地面を踏みしめて、畏怖の咆哮を上げて陽和へと驀進する。

 

迫る必殺の剣と、破壊の角。

少年は紅白に燃え輝く聖剣を以て疾走し、魔獣は赤黒く燃え盛る魔角を以て驀進する。

剣と角からこぼれ落ちた火の粉が宙を踊り、軌跡を残す。

やがて、二つの距離がゼロになる直前。

魔獣が全てを砕く剛角を振るうが、ソレよりも早く、ソレを遥かに凌ぐ速度で、少年が一閃を振るった。

 

『——————』

 

少年の全身全霊の一撃。

全てを込められた剣が、閃光を放ち、次いで炎の雄叫びを解き放った。

 

 

「“聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)”」

 

 

短剣が一条の軌跡を生み、魔獣が纏っていた禍々しき赤黒い炎を飲み込んで、世界を紅緋と純白に染めていく。

轟音と閃光、次いで衝撃が放たれた一撃の全てだった。

 

『—————————————————————ッッ⁉︎⁉︎』

 

声にならない魔獣の断末魔は爆炎にかき消され、純白の光に縁取られた紅緋色の斬閃が瞬く。光炎の斬撃が炸裂する。

陽和の視界を、広間を、白く、そして赤く輝かせる。この階層の端にまで押し寄せるであろう、熱波と衝撃波。その必殺の斬撃はたった一瞬のうちに生まれ、まさしく光炎(フレア)を生み出し一過した空間を悉く焼き飛ばす。

明滅する視界に色が戻る。

 

「——————」

 

陽和が短剣を振り抜いた後には………何も残っていなかった。

ベヒモスがいたであろうその場所には、ベヒモスのものと思しき小さな灰の山があった。

周囲一帯は黒く焼け焦げており、灰の山の背後には床から、壁、天井へと繋がる一本の巨大な斬痕が刻まれていた。

 

振り抜いた姿勢で止まっていた陽和は静かに残心を解き、荒い息を吐きながら短剣を見下ろす。

二本の短剣もまたアーティファクトであり、普段から使う剣と同数の魔法陣を刻んでいる。その為、剣で使える魔法は短剣でも使えて、その短剣の刀身は“聖火の竜斬”により赤熱化しており炎と光の余韻を白い煙に変えて宙に立ち上らせている。

そして刀身の中程にある一番大きい魔法陣は朱色に淡く輝いており、やがてそれは完全に光を失った。

 

(………『“聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)”』。…これ程か)

 

聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)

火・雷・光の三属性複合魔法であり、威力は最上級クラス。

6節の詠唱を必要とする魔法であり、陽和が開発したオリジナル魔法の中で最強の威力を持つ魔法。

一度だけ、前に40階層まで進んだ時に、30体ほどの魔物の群れを纏めて薙ぎ払う際に使ってみたが、跡形もなく消滅させることが出来た程だ。

使うのは2度目で、1度目は余力を持って使ったが、今回は残存魔力を全て注ぎ込んだのだ。当然、威力も変わってくる。

しかし、今回のそれは1度目との時と比較にはならないほどの絶大な威力だった。

 

(我ながら、とんでもないものを、編み出したな)

 

陽和は自分が開発した魔法の破壊力に思わず心の内で唸る。

そして、ベヒモスを撃破し史上初前人未到の偉業を成し遂げた陽和だったが、その表情は暗いままだった。

 

「………勝った、が…」

 

歓喜はなかった。

確かにベヒモスは強かった。自分にこの世界で初めて苦い敗北と挫折を与えた存在だからこそ、よりそれは際立った。

そんな怨敵を倒したというのに、陽和の心はちっとも浮かばれなかった。

 

確かに自分は強くはなった。

死力を尽くして、ベヒモスを超えた。

過去の悪夢と訣別することができた。

 

だが、所詮はそれだけだ。個人的な私怨を果たしただけに過ぎず、まだ肝心の目的は一つも達成できていなかったのだから。

 

「………」

 

淡い緑光石の光だけが頼りの薄暗い広間の中で、翡翠に輝いていた瞳は、元の赤黒い色へと変わり、全てが終わった戦場で、陽和は右手の短剣を力なく下げる。

陽和は全身を血まみれにしながら、ゆっくりと頭上を見上げた。

言葉もなく、魂が抜けたかのように、闇に塞がれた天井を仰ぎ続けた。

しばらく、そうした後、短剣を腰の鞘に収めた彼は、広間の奥の通路へと視線を向ける。

 

「次の階層に、早く行かないと……」

 

ベヒモスを倒した今、ここの階層の脅威は消えたも同然だ。ならば、この階層の攻略とハジメの捜索に専念し、早く次の66階層へと急ごう。

そう思い、落とした武器と事前に入り口前に置いておいたバックパックを取りに行こうと一歩足を踏み出した時だった。

 

「……あ、……れ……?」

 

気づけば陽和の視界は横になっていた。

次いで、体の半面から伝わってきた衝撃に数秒困惑するもののやがて、自分が倒れたのだと理解する。

 

(ああ……駄目だ………意識が、もう……)

 

文字通り力を絞り尽くした陽和は立つことはおろか、指一本動かすことすら叶わないほどに消耗しきっていた。

 

(……くそ……体、動か……ねぇ)

 

陽和は全く動かない体に自身がとっくに限界を超えて戦い続けていたことを理解して、津波のように急激に押し寄せる感覚に、抗わずに身を委ねる。

 

 

 

(少し……眠、ろう………)

 

 

 

それを最後に、陽和は完全に己の意識を手放した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和がベヒモス討伐を果たした同時刻。

地上、オルクス大迷宮の入り口前には一つの影があった。

 

人気もすっかりなくなり、静寂に包まれた正門前の広場にはボロボロのローブを身に纏う一つの人影があった。

 

「ここが、オルクス大迷宮の入り口……」

 

ローブの人物は一人そう呟く。

ローブに身を包む為、体型などは分からなかったが、ローブから覗く細くしなやかな四肢や声音からその人物はまだ若い女だと言うことがわかる。

 

深くかぶっているフードからは白雪のような白銀色の長髪が溢れており、夜闇の中で月光に照らされ淡く輝いていた。

ローブの少女は、顔を上げてローブから見える琥珀色の瞳でオルクス大迷宮の正門を見据えて呟く。

 

「早く行かなければ。早く、私も神代魔法を手にして、兄さん達を止めないと」

 

その時、風が吹いてフードがその弾みで取れる。白銀色の髪が闇の中にふわりと広がり淡く輝いていたが、露わになった彼女の耳は尖っており、肌の色は浅黒かった。

尖った耳と浅黒い肌が特徴の人物、いや人種は本来ならばここにはいないはずだ。なぜなら、今現在、人間族と敵対している種族なのだから。

 

そう、この白銀の髪の少女は魔人族だったのだ。

 

しかし、なぜ魔人族がこのオルクス大迷宮にいるのか。斥候だろうか。しかし、もしも斥候として忍び込んできたのなら魔物を使役しているはずなのに、彼女は一体も魔物を連れていない。

 

それに、格好も奇妙だった。

体に張り付くタイプのボディースーツを着ていたが、その所々に穴が空き、傷が覗いている、ここに来るまでになんらかの戦闘を繰り広げたのだとわかる。それに、彼女は靴を履いておらず素足だ。

 

だが、それに疑問をこぼすものは誰一人としていない。そして次の瞬間、目を疑うような事が起きた。

 

瞳を閉じ仁王立ちしている彼女の全身はある変化が起き始めたのだ。

太腿の中程から、肩から先が髪と同じ白銀の体毛に覆われ、鉤爪も鋭く伸びてまさしく獣のソレへと変化、更には腰からはふさふさとした尻尾が生え、次いで尖った耳が髪に覆われ消えると、その代わりに頭部上部にピンと耳が生える。

尻尾や、四肢の変化、頭部の耳。

その姿はまさに『狼』のソレだ。

そして、人型の狼、すなわち狼女と化した少女は獣のように四つん這いになり四肢で地面を掴むと、オルクス大迷宮の正門へと向けて凄まじい速度で疾走し、大迷宮へと足を踏み入れた。

 

 






はい。今回も読了ありがとうございます。
今回は見ての通り、ベヒモスとのリベンジマッチ編です。
ベヒモスは陽和の序盤の壁として重要な立ち位置にあると思ったので、ガッツリと戦闘シーンを書かかせていただきました。

それと、ベヒモス君原作より強いんじゃね?と言う疑惑を抱いたはずでしょう。原作にない動きしてましたしね。そう思って当然です。

ええ、そうです。陽和だけでなくベヒモス君も魔改造しました。魔改造されるのが陽和一人とは誰も言っていませんのでね。ククク。

今回、陽和が対峙したベヒモスは、通常個体よりも強くなっています。
理由は、この話でも少し触れていましたが、本格的な説明は追々させて戴きます。

さて、遂に出てきましたよ。あの人?いや、あのお方が。
原作とは色々異なるので、どう言う出会いになるのかは楽しみにしててください。

そして、陽和の必殺の魔法『聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)』。
モデルはもちろんベルの『聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)』です。
ただし、ベル君がファイアボルトと英雄願望の合わせ技でしたが、陽和は三属性の最上級クラスを三つ束ねた感じです。実は、それ以外の力も働いていたのですがそれは秘密です。

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