竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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はい皆さんお待たせしました。二ヶ月ぶりにこちらの最新話を投稿できました。
最近は大学も忙しくて、なかなか時間が取れませんでしたよ。………この時期なら、オンラインにして欲しいんですけどね。いや、まじで。

この最新話では、遂に満を辞してあのお方が登場します。

一体陽和と彼との間で何が起こるのか。陽和はどうなってしまうのか。この話で明らかになります。

そして、モンハンストーリーズ2の発売まであと4日!!
もう楽しみで、楽しみで仕方がありません、早く、破滅レウスにも会いたいし、体験版の後のストーリーを早くやりたいですよ!!
それに、体験版であって体験版でないようなあのクオリティーを経験して仕舞えば、ストーリーズ2を待ち遠しく思うのは当然のことですよ。




12話 灯火の継承

 

 

「…………ん、ぁ」

 

 

65階層の広大な広間。

激しい戦闘の痕が残っている中、その広間では陽和が横たわっており、今ちょうど意識を取り戻していた。

 

(……あぁ、俺……気を、失って……)

 

気を失う直前までの記憶がしっかりと残っていた陽和は横向きになっている視界にすぐに自分が意識を失って倒れていたことを把握する。

そして、すぐに起きあがろうと両腕に力を入れた途端、左腕に走る激痛に陽和は思わず顔を顰める。

 

「いぎっ⁉︎ぐっ、あぁっ……くそっ、左、折れてた、な……」

 

左腕が砕けていたことを思い出した陽和は、そう悪態をつきながら右腕だけを動かして、なんとか身を起こそうとする。

 

「がっ、ぁ、あぁ……」

 

激痛に呻きながらも時間をかけてなんとか、胡座をできるところまで身体を持ち上げた陽和は、胡座になり周囲を見渡す。

 

「一体、どれだけ……経ったんだ?」

 

周囲の景色は陽和が気絶する前となんら変わらず、破壊の痕が残っている広間があるのみ。

魔物の気配も全くなく、現れる気配すらない。自分以外、生命が何一つ存在していなかった。

ここの階層主であるベヒモスを討伐したからだろうか。

なんにせよ、気絶していた陽和にとっては嬉しい誤算だった。

 

「時計は……ああくそっ、砕けてやがる」

 

懐から時計を取り出して、時刻を確認しようとしたが、懐から出した時計は見るも無惨に砕けており、利用は叶わない状態になっていた。

陽和はげんなりと肩を落とす。

 

「まずい、な。時間がわかんなきゃ……全部狂っちまう」

 

時間がわからないと言うことは、彼の言った通り全ての予定が狂うことになってしまう。

ハジメの生存確率もそうだが、自身の大迷宮攻略のスケジュールもだ。

そして、陽和は知るよしもないが、ベヒモスとの激闘から既に丸二日が経過している。

三日間の疲労が蓄積しており、更にはベヒモスとの激闘で瀕死の重傷になっていた陽和はその反動で丸二日回復に費やして、やっと意識を取り戻し動ける程度であり、万全には程遠かった。

 

「とりあえず、回復、優先か……」

 

蓮は自身の状態を正確に診断すると、腰のポーチを漁る。だが、そのポーチの中を触れて確認すると顔を顰めた。

 

「くそがっ、ダメに、なってる」

 

陽和は思わずそう吐き捨てる。

ポーチの中にあらかじめ入れていた魔力回復薬はその全てが粉々に砕かれいた。

さっきまでの激闘を考えてみれば、たしかに薬が砕かれても仕方がなかった。

幸い、増血薬は無事だったので数粒取り出して噛み砕く。

 

「……ん?これ、回復薬が、染み込んでるな」

 

同じポーチに入れていたからだろうか。

砕けた瓶の中身である回復薬が、ポーチの中で広がったことで、増血薬に回復薬が染み込んだようだ。二つを混ぜたような味がしたし、魔力も少し回復したことからそれは間違い無いだろう。

雀の涙ほどだが、少し回復した陽和は増血薬を飲み込むと徐に詠唱を始める。

 

「古き森の……安らぎの歌よ。……健やかなる、生命の花に……芽吹きを。……どうか、癒しの慈悲を……与えたまえ」

 

息も絶え絶えになりながらも、詠唱を成功させた陽和はその魔法の名を最後に唱えた。

 

「“ヒール……ブレス”」

 

同時に、陽和を中心に植物や花が描かれている朱色の魔法陣が出現して淡く輝く。その輝きは陽和の全身をも包み込み、淡い朱光が彼の傷ついた肉体だけでなく魔力も回復していく。

 

傷は次々と塞がれていき、砕けた骨は修復を始めていく。失った魔力も回復していき、陽和の顔色がみるみるうちに良くなっていく。

 

単体用中級回復魔法“ヒール・ブレス”

 

これもまた、陽和が開発したオリジナル回復魔法。単体用に構築されており、その効力は傷の治癒だけでなく、魔力の回復すらも可能にしている。傷の治癒と魔力の同時回復は元々あった回復魔法では、なし得ないことだ。

基本的に戦闘でも、回復でも彼は自身が開発したオリジナル魔法をメインで使う。自分が開発したからと言うのもあるが、何よりトータスの魔法を使う以上に自分が開発した魔法の方が陽和にとっては効率が良かった。

そして、一分程経ったのち、ある程度回復した陽和は徐に立ち上がると周囲を改めて見回す。

 

「他の魔物の気配はなしか。つぅか、ここってベヒモスしかいない特殊な階層なのか?」

 

この階層に来てから、陽和はベヒモス以外の魔物とは遭遇していない。だから、もしかしたら、この階層はベヒモスしか魔物はおらず、他の魔物がいない分ベヒモスが強い構造になっているのではないだろうか?

所詮は、憶測の域はでないがそれでも陽和はそう考えていた。でなければ、気を失っていた間、襲われなかった理由が説明できない。

 

「……あと、前に戦った時よりもなんか強かったよな?」

 

戦っている時はあまり気にしなかったが、今思えば今回のベヒモスは、かつてトラップに嵌まったときに戦った時と比べもて明らかに強かった。

陽和の成長具合を考えても、今の状態で苦戦したのだ。前よりも強かったことは明らか。

 

「あの時は本当に本気を出していなかった。あるいは……何か特殊な条件下により強化された?」

 

陽和はベヒモスが強化されていた理由を考える。単純に本気を出していなかった場合では、あの時ベヒモスとの戦いは途中で終わってしまったために、ベヒモスの全力を見れてはいなかったから。そして、そもそも、単純に本気を出すような相手ではなかったからと推測できる。

 

しかし、もしそうではない場合、つまり特殊な条件下により強化されたのならば、心当たりは一つしかない。

 

「やっぱり……竜継士。関係しないはずがないか」

 

それしかないだろう。

赤竜帝の後継者の資格をもつ竜継士。きっとそれは、この世界の神に対抗するために編み出されたものだ。

そして、ここからは陽和の推測でしかないが、この世界に存在する七つの大迷宮。それは、赤竜帝ドライグが手を組んだ七人の神の眷属達ー“反逆者”達が作ったものではないのだろうか。

 

七人の眷属と、七つの大迷宮。この数の一致は偶然とは思えない。彼らがそれぞれ一つ大迷宮を作ったと考えることもできる。

そして、この大迷宮の目的はつまるところ、“試練”だ。神に叛逆した彼らが、次代へと力を託し神を打倒してほしいと願ったからこそ、作られたもの。つまり、この大迷宮は神に挑むための試練の役割を担っており、この大迷宮を踏破した先には、神に対抗する為の力を得られるのではないのだろうか。

 

それは、“竜継士”も同様。

竜継士は赤竜帝の力を継承する為の天職。

赤竜帝の力を継承するからこそ、生半可な実力では資格たり得ず、より強力な試練を課してそれを越えなければ、受け継ぐ資格はないということだろう。

ずっと『声』が聞こえてくることも考えれば、この大迷宮でその赤竜帝の力を継承できるはずだ。それを決定づける証拠もあった。

 

「それに、あの時妙に力が湧いてきていた」

 

ベヒモスとの最後の交錯。“聖火の竜斬”を発動し、ベヒモスを撃破した一連の過程。

あの時、陽和は確かに身体の奥底から力が湧き上がる感覚を覚えていた。同時に、()()()()()()()()()()

繋がったと同時に、力が流れ込んできた。

あれは火事場の馬鹿力とか、危機的状況下での覚醒とかじゃない。あれは間違いなく、『繋がった何か』から力が贈られてきたものだ。

 

その何かは間違いなく………赤竜帝に他ならない。

 

「赤竜帝が、力を貸してくれたのか……」

 

陽和はそう呟くと、口の端に笑みを浮かべる。

実際はそうではないのかも知れないが、赤竜帝と繋がり、力が流れ込んだことであの危機的状況を脱することができたと考えるなら、そう思うのも当然のことだ。

 

「もし会えたなら、感謝を伝えないとな」

 

陽和はもしも会えた時のことを考え、そう呟くと徐に立ち上がる。

少しふらついてはいるものの、しっかりと二本の足で立つと肩をぐるぐると回し調子を確かめる。

 

「大分、回復したな。このまま行くか」

 

ある程度回復できたことを確認すると、陽和は荷物を置いている広間入り口まで歩く。

 

「荷物は……無事か。よかった」

 

先程放った、全身全霊の“聖火の竜斬”の光炎は自分達が戦っていたこの広間だけでなく、この65階層全体に広がり焼き尽くした。

流石にそこまでは分からなかったものの、魔法の威力がこの広間に収まり切っていなかったことは理解していた陽和は荷物が焼けていないか心配していた。

そして、今確認したところ、うまいことに物陰になっていたお陰で耐熱性の袋が多少煤けている程度に収まり、中身も無事だった。

陽和は早速、魔力回復薬を飲むと、干し肉を取り出して千切るように食べた。

 

「……食料は、節約していけば何とか10日は持ちそうだな」

 

干し肉を食いながら、陽和は残りの食料をチェックする。

水に関しては、いつでも魔法で新鮮な水を出せるので気にしていない為、残りの物資などのことを考える。

 

「魔力回復薬が6本。増血薬が14錠。

自然回復量を少なく見積もって考えると、……ギリギリ持つといったところか」

 

基本的な1人用の野営道具の他、各種回復系の道具などの残量を確認して、今の進行状況とも合わせて確認し、この後の攻略予定を再構成していく。

 

「あと、35階層。これからも魔物が強くなっていくことを考えれば、ペースは今のままじゃ遅い。もっとペースを上げるべきだな」

 

3日で65階層に辿り着いたが、2日間気絶していたため実質5日かかっていることになる。細かい日数は時計が壊れてしまった以上、分からないが、それでもこれ以上は悠長に時間をかけて探索は出来ないだろう。

今までよりも探索ペースを早くして、かつ全ての階層を今までと同じ精度で探さなければならない。

それは、体力や魔力を鑑みても厳しいものだ。今回のように疲労のあまり戦闘中に不覚をとってしまうかも知れない。そうなれば、今度こそ死んでしまうかも知れない。だが、それでも。

 

「やるしかないな」

 

こればかりは譲れない。

そもそも、ここまで来たのだ。わざわざここまで来て引き返すなど愚かな選択はしないし、それ以前に進むという選択肢以外は陽和には存在していなかった。

 

 

「待ってろハジメ。どんな形になっても、お前のことは必ず助ける」

 

 

立ち上がり、体をほぐすと陽和は眼前の闇を見据えてそう呟くと、探索を再開した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ククク、ハハハハハハハ‼︎‼︎‼︎』

 

 

誰もいない空間に歓喜の声が響く。

宝玉の声の主は高らかに笑っていた。声の主はその歓喜のままに叫ぶように1人話す。

 

 

『見事だ‼︎素晴らしいな‼︎久しぶりに面白いものを感じた‼︎‼︎』

 

 

宝玉の声の主———肉体は朽ちて魂だけの存在となった『赤竜帝』ドライグは歓喜に打ち震えていた。

時間にして2日前。陽和がベヒモスの猛攻に倒れた時だ。

魂の繋がりを通じて陽和の危機的状況を察知していたドライグは、何もできない自分に苛立ちを覚えていた。

ようやく現れた自分の後継。悠久にも等しい長すぎる時間を、この地下空間で待ち続け、ようやく己の後継者が現れてくれた。

この広間に辿り着ければ、自分は彼にこの世界の全てを話し、力を、想いを託すことができる。

顔も、どんな人間かもわからない。だが、それでもドライグは彼が、陽和が自分達がついぞ果たせなかった願いを受け継ぎ、その望みを果たしてくれる英雄に至ると言う予感がしていた。

 

だからこそ、彼の到達をここで待ち続けていたのだが、魂の繋がりを通じて彼が瀕死の危機に陥っていることがわかった。

魂だけの存在である自分では何もできない為、弱っている命の灯火が消えないことを願うことしかできなかった。

 

しかし、そこで予想外のことが起きた。

突然、自分の力の一部が彼に流れ込んでいるのに気づいた。その直後、彼の魔力が爆発的に膨れ上がったのも感知した。

自分は何もしていない。というよりは、この空間に来ない限りは自分からは呼びかけることしかできないはずなのだ。

だというのに、彼に力が流れ込んでいた。

そこから導かれる答えはただ一つ。

 

『まさか、俺との繋がりを利用して俺の力を引き出すとは、思いもしなかったぞ‼︎』

 

彼が、後継の資格を有する未来の英雄・『竜継士』紅咲陽和が赤竜帝の力の一端を自力で引き出したと言うことだ。

 

そう。あの時、陽和は無意識にだが自分と『赤竜帝』の魂の繋がりを利用し、不完全ではあるものの赤竜帝が持つ力の一端を使用していたのだ。

 

瞳が赤黒い人間のものから翡翠色の竜眼へと変わったのは、力を引き出した何よりの証。

“聖火の竜斬”の威力が一度目と二度目で比較にならなかったのもそういうことだ。赤竜帝の力が、元々強力な“聖火の竜斬”に上乗せされて相乗効果により威力が爆発的に上昇したのだ。

 

『素質は十分。彼らにも匹敵、いやそれ以上の才能を持っているな。まさか、これほどの器がまだこの世にいてくれたのか』

 

魂の繋がりや感じた魔力から、陽和が凄まじい才能を秘めている事を理解した彼は、神代よりも遥かに時間が経った今の世界に、かつて自分と共に戦った英雄達にも勝るとも劣らない、否、彼ら以上の才覚を有する英雄の器がいようとは思ってもいなかった。

神に与えられた程度の偽りの称号とは違う。この世界の歴史に名を刻むであろう紛う事なき本物の英雄の器だ。

 

『お前ならできるだろう。

我らが果たせなかった宿願——— 神の討伐を』

 

彼はもはや確信すらしていた。

紅咲陽和ならば間違いなく自分たちが成しえなかった悲願、この世界を支配する邪神を討伐することができると。

 

 

『ああ、待ち遠しい。早く俺の元まで来てくれ。俺は貴様がくる日をここでずっと待ち続けていよう』

 

 

 

赤竜帝と竜継士が出会う日も近い。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

陽和が回復し探索を再開してから一週間。

淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下大迷宮に、爆音と無数の雄叫びが響いていた。

 

「グギャァッッ‼︎‼︎」

「ギギギッ‼︎」

「グオォォッ‼︎」

 

様々な体色や形状の魔物達が、横幅15m程の通路を埋め尽くし、通路の両脇にある横穴や通路からも無数に溢れ出していた。

通路を埋め尽くし、無数に犇く魔物達の群れの中を、一つの紅蓮の炎が疾走していた。

 

「オオォォォォォォォッッ‼︎‼︎」

 

雄叫びをあげて駆け抜けるのは紅咲陽和。

彼は全身に紅蓮の火焔を纏っており、炎纏う剣を振るい、一歩も立ち止まることなく魔物達の群れを果敢に切り裂いていく。

 

前方から迫る人間大の蟻型の魔物五体を水平の切り払いで纏めて切り裂き、背後から迫る六本足の猫型の魔物を七体、右足を軸にし、遠心力を利用し加速させた炎の足刀で纏めて焼き切っていく。

 

「“火華(ブレイズ)”」

 

一行程を終えた彼はそのまま動作を停止させずに、両脚の炎を爆発させて高く飛び上がる。

直後、陽和がいた場所を先端に槍のように鋭い突起を持った触手に突き刺さっていた。

周囲を見れば、他よりも二回りほど大きい蛸にも似た魔物が蠢く触手を伸ばしていたのが見えた。

 

「そこだな」

 

空中で敵の位置を把握した彼はもう一度両脚の炎を爆発させると天井に着地して、勢いよく身を屈ませて、天井に蜘蛛の巣状の亀裂を生みながら勢いよく蛸型へと向けて降下する。

 

「グロロォォ‼︎」

 

蛸型は奇妙な声を上げながら、陽和を貫かんと触手を伸ばしたが、陽和はその全てを瞬く間に切り裂き蛸型に一気に肉薄し、燃え盛る左拳を叩き込む。

 

「“火華(ブレイズ)”ッッ‼︎」

「グォォッ⁉︎」

 

緋炎が爆ぜて蛸型を中心に爆発を起こし、周囲の魔物も巻き添えにして纏めて爆砕する。

 

「次!」

 

黒灰の山から腕を引き抜いた彼は、すぐさま動き次の標的へとターゲットを変えて、次々と駆逐していく。

 

(あともう少し、あともう少しなんだっ!)

 

額には大粒の汗を馴染ませながら、彼は焦燥に満ちた表情で普段の精彩さが欠けている剣捌きで眼前の魔物達に戦い続けていた。

 

現在彼は1()0()0()()()に辿り着いていた。

 

つまり、オルクス大迷宮の最終階層だ。

 

陽和は遂に達成しようとしているのだ。人類初のオルクス大迷宮攻略を。

だが、陽和にとっては大迷宮の攻略などどうでもいい。初めからハジメの捜索と赤竜帝の探索を終えれば早々に撤退するつもりだったのだから。

にも関わらず、この最終階層にいるということは、つまりはまだハジメ本人はおろか痕跡が一つも見つかっていないし、赤竜帝の痕跡すらも発見できていないということだ。

 

ベヒモスとの激闘から目を覚ましてから、早一週間。その間、地図もない未到達階層である65階層からは隅から隅まで行けるところ全てを隈なく探したせいで、想定よりも遥かに時間がかかった。しかし、その甲斐も虚しく本人はおろか彼が身につけているであろう衣服の切れ端や道具すらも見つからなかった。

赤竜帝に関しては、最終階層であるここ100階層にあるだろうと踏んでいたので今まで見つからなかったことはあまり動じなかったが、ハジメの痕跡が一つも見つからないことに関しては陽和に決して小さくない動揺を与えていた。

 

最終階層までの99の階層。その65より上の階層はハジメがいないことは確定しているとはいえ、それでもここまで何一つとして証拠を見つけられなかったことが陽和にはどうしても歯痒かったのだ。

そしてその結果、ハジメはもう既に死んでおり、遺体も肉片一つも残さずに魔物に食われてしまったのかというもっとも最悪な結末を考えてしまい、今彼の思考は負の方面に陥りつつあったのだ。

それが、戦闘にも現れてしまっていた。

 

「ガァァルゥァ‼︎‼︎」

「ブゥォォォ‼︎」

「チィっ‼︎」

 

他の対処に遅れるという普段ならありえないような隙を晒してしまい、左右から獅子型の大型魔物が口から紅炎を吐きながら、鹿型の魔物が角に紫電を迸らせながら、陽和へと迫る。

一瞬で状況を判断した彼は、舌打ちしながら防御姿勢を取った。

 

「“金剛身”ッッ‼︎」

 

間一髪、全身に朱光の魔力鎧“金剛身”を纏って、獅子型に右腕を向けて、鹿型に剣を振るう。炎撒き散らす獅子の顎門が大きく開かれ、陽和の燃え盛る右腕にガキィンと音を立てながら噛みつき、雷の角と炎の剣がぶつかる。

炎を吐いているからか、獅子は右腕を覆う炎に構わずにガキガキと何度も牙を立てる。鹿型も雷で対抗し、四肢に力を込めて陽和に押し勝とうとしていた。

 

「“火華(ブレイズ)“ッ‼︎“火華(ブレイズ)”ッ‼︎」

 

ぐぐぐっと次第に押し込まれいずれは押し負けると悟った陽和は、怒号を上げて身体強化を発動しながら、炎を連続で爆破させて両腕に一気に力を込める。

一気に押し返し始めた陽和は右腕を噛ませながら獅子型の上顎を掴み、左剣の炎も爆破させる。

 

「“火華(ブレイズ)”ッッ‼︎」

「ブォォ⁉︎」

 

炎が爆ぜて、雷纏う歪な角を一気に斬り飛ばす。角を切られ、動揺の叫び声を上げる悶える鹿型を視界に収めながら、獅子型の上顎を掴む手に力を込めて、さらに両足を踏ん張る。

 

「オオラァァァァァッッ‼︎‼︎」

「ガァルゥァ⁉︎⁉︎」

「ブォォッ⁉︎⁉︎」

 

地面を砕くほどの踏み込みをしながら、200kgはあろう獅子型の巨体を片手で持ち上げた彼は、そのまま鹿型へと振り下ろし鹿型を叩き潰した。

グチャと音と血飛沫を立てた鹿型はなすすべなく肉塊へと変わる。

 

「ガァっ、グゥぁぁ‼︎‼︎」

 

鹿型を潰してもなお、潰れずに陽和の腕を離さんと鉤爪を振るう獅子型を見下ろしながら、空いた左腕を振るい瞬時に頭を切り落とす。

事切れる獅子型をすぐさま放り捨てた陽和に、今度は遠距離からの攻撃が迫る。

 

上空からハゲワシ型の鳥の魔物の群れが翼を振るい、無数の羽根を刃のように飛ばしてくる。本物よりも二回りほど大きい蝙蝠型の魔物は口から小さな毒の塊を無数に吐いてくる。

更には先ほど潰した獅子型の魔物が数体口から炎を吐いてきた。

 

「——————‼︎‼︎」

 

視界一杯に迫る砲撃に、陽和は瞬く間に呑み込まれる。轟音が鳴り響き、洞窟を揺らす。

炎が揺らめく中、魔物達は遠巻きに中の様子をじっと伺う。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

しかし、突如炎から閃光が空中に飛び出して鳥型と蝙蝠型の魔物達が纏めて細切れにされる。

炎の中から飛び出し地面に着地した閃光──陽和は長剣と短剣の二刀流に切り替えており、その身体には目立った傷はない。

 

『ガァルゥァァ‼︎』

 

着地した陽和に再び獅子型の魔物達が顎門を開き、燃え盛る火炎を吐き出す。陽和は燃え盛る火炎へとわざと突っ込む。

今度こそ陽和を焼き尽くすと思われたが、ここで予想外のことが起きる。

 

「無駄だッ‼︎」

 

陽和はそう叫びながら、防御態勢すら取らずにそのまま炎に衝突する。しかし、その次の瞬間、燃え盛る炎の悉くが陽和の四肢と剣に宿る炎に()()()()()()のだ。その直後、陽和の炎はその分だけ激しさを増していた。

 

『『『ッッ⁉︎⁉︎』』』

「ゼェアァッ‼︎」

 

()()()()()()という異常な出来事に、魔物達ですら思わず固まる。その硬直の隙を見逃さずに陽和は獅子型を全て一呼吸の間に切り裂いた。

それからも陽和は迫り来る魔物の群れにたった1人で立ち向かっていく。

多種多様な魔物達を切り裂いては、殴り砕き、焼き尽くしていく。

数分。あるいは十分以上の攻防ののち、遂に捌き切れずに両手が大きく広がり、胴体がガラ空きになってしまった一瞬の隙をつかれ猪型の魔物の突進をモロに腹部に喰らった。

 

「ぐおっ⁉︎」

 

猪型の口から伸びる長い牙が両脇腹に突き刺さり、激痛と衝撃に短い呻き声を上げて、陽和は吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。肺の中の空気と血を吐き出しながら咳き込む陽和に容赦なく魔物達は襲いかかる。

 

「っ!くそっ‼︎」

 

咄嗟に陽和は横へと転がるように身を投げ出す。元いた場所に魔物達が突っ込んで鉤爪を立ててきたが、それを間一髪で回避した陽和は後ろへと大きく飛びながら、視界を埋め尽くす魔物の群れに苛立ちの表情を浮かべる。

 

「このっ‼︎」

 

既に陽和の記憶が正しければ、100体以上は軽く倒しているはずだ。だというのに、数は一向に減らない。

一体どこからこれほどの数を呼び寄せているのか皆目見当もつかないが、この数を攻略せねばいけないのは確かだ。

そう考えながら、陽和は地面を滑りながら眼前の魔物へと狙いを定める。しかし、後退した場所には既に魔物達が身構えており、後ろから襲いかかってくる。

 

「ぐぁっ⁉︎」

 

大型犬のような魔物が後ろから鉤爪を振るい陽和の背中に浅くはない傷を刻み血が溢れる。

そして、左右からも迫り横腹や腕にも裂創が刻まれていく。

 

「ぐっ、邪ぁ魔だぁッッ‼︎‼︎」

 

陽和は傷を負いながら立ちはだかる魔物達を憤怒の形相で睨み、血反吐を吐きながら怒声を上げる。

 

「“猛り吼えろ(ヴェルフレア)”ッッ‼︎‼︎」

 

怒号と共に四肢に宿る火炎を爆発させると体を独楽のように回転させて周囲の魔物を焼き払い、スペースができた瞬間、彼は叫ぶように詠唱を始める。

 

「無窮の夜天に散りばむ無限の星々よ‼︎」

 

詠唱が紡がれると同時に、陽和の左籠手の二の腕部分に刻まれた魔法陣が朱色の輝きを放ち、頭上に翡翠と純白の光が無数に生まれる。

 

「今一度、風を纏い疾く駆け抜ける星火の加護を齎せ‼︎」

 

風は勢いを増していき、光は輝きを増していきながらそれぞれが翡翠と純白に光り輝く光球へと圧縮、凝縮されていく。

 

「我が声に応じ来れ。汝を見捨てし者に風光の断罪を刻め‼︎」

 

そして、二種類の光球はそれぞれが融合し、混ざり合って一つとなり緑風の光玉へと変化していく。

詠唱の隙をつかれ魔物に再び足や腕を噛まれ服にじわりと血を滲ませ、口の端から血を溢すものの、それでも戦闘を続行しながら、並行して詠唱も行っていく。

 

「流浪の風と星屑の光を宿し流星となり、敵を討て‼︎」

 

紡がれるのは五節の詠唱を必要とする風と光属性の複合上級魔法。

しかも、それに加えて陽和の瞳が翡翠に輝いていることから再び『赤竜帝』の力を無意識に引き出していることも分かる。

陽和自身が編み出したオリジナル魔法が、赤竜帝の力によって増幅されているのだ。

攻撃・防御・移動・回避・魔法・詠唱の六つの行動を同時処理しながら、むしろ詠唱を加速させると言う卓越した技量で、魔法を構築させる。

やがて、加速した詠唱に合わせて陽和の頭上に浮かぶ無数の緑白の光玉はまさしく、夜空に散りばめられし星々の輝きそのものだった。

 

そして、陽和は剣を持つ右腕を指揮棒のように振るって全方位から迫る魔物の群れへとついに流星を解き放った。

 

「“アストラル・ウィンド”ォォ——————ッッ‼︎‼︎‼︎」

 

刹那、風と光によって編まれ束ねられた無数の光球が迫り来る無数の魔物達を迎え撃つ。淡い緑に光る洞窟の中を翡翠と純白の光玉は駆け抜けて、魔物の群れへと着弾するとその輝きを炸裂させた。

 

『『『『—————————ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』』

 

数多の轟音を奏で砂埃を巻き上げながら、洞窟内を翡翠と純白に染め上げたそれらは、魔物達の一切合切を破壊し尽くす。やがて、砂埃が晴れれば、あれだけ大量にいた魔物達が一体も残っておらず、地面には無数の小さなクレーターが出来上がっていた。

周囲一帯から完全に魔物の気配が消え、この階層の全ての魔物を駆逐した事を把握した途端、陽和は両手から剣を滑り落とし、膝から崩れ落ちて荒い呼吸を繰り返す。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

全身からとめどなく血を流し、口の端からも血を流す彼は、大粒の汗を滲ませながら荒い呼吸を何度も繰り返しているだけで、立つことができなかった。

身につけている鎧は部分的に砕けており、傷も多くできており無事な箇所がない。服も鉤爪などによって破られており、どこも血が滲んでしまっている。そして、その下の肉体には無数の青ずんだ打撲痕や、裂創痕が多くあった。

 

そして、この一週間ハジメ捜索でずっと神経を張り詰め、数えるのも億劫なほどの魔物達との連戦に次ぐ連戦により、陽和はついに立ち上がることすらできないほどに消耗しきっていたのだ。

 

「……やっと……全部倒せたか」

 

陽和はそう呟きながら、パックパックから2本しか残っていない魔力回復薬の一本を取り出し、一気に呷る。

乾いた喉に甘美な感覚が染み渡り、陽和の魔力を回復させていく。ある程度、魔力が回復したのを見計らって、陽和は座り込んだまま素早く詠唱を唱えて“ヒール・ブレス”を発動する。

 

「“ヒール・ブレス”」

 

朱光の輝きに包まれた陽和の肉体が、緩やかな速度で癒されていく。流血は止まり、傷が癒やされ塞がれていく。鎧や服こそ直すことはできないものの、肉体の方は完全に癒やされた。

二分ほど光に包まれ、治癒を行なった陽和はすぐさま剣を手に取り立ち上がる。

 

「早く、早く行かねぇと。ここにいるはずなんだ。でなきゃ、俺は……」

 

焦燥を滲ませながら陽和は悲痛な声でそう呟き捜索を再開する。

感知系の技能と探索用の魔法を使いながら、自身の足で動ける範囲を片っ端から移動していった。

ちなみに、現在の陽和のステータスはこうなっている。

 

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紅咲 陽和 17歳 男 レベル:65

天職:竜継士   職業:冒険者   ランク:金

筋力:1130

体力:1110

耐性:1090

敏捷:1110

魔力:1130

魔耐:1100

技能: 赤竜帝の魂・全属性適正[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+発動速度上昇][+魔力消費減少][+高速詠唱][+持続時間上昇][+連続発動][+回復魔法効果上昇]・全属性耐性[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+火属性無効][+炎熱吸収]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和][+身体硬化]・複合魔法[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+高速詠唱][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+魔力消費減少]・剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+刺突速度上昇]・体術[+金剛身][+浸透頸][+身体強化][+闘気探知]・剛力[+重剛力]・縮地[+重縮地][+爆縮地][+震脚][+無拍子][+瞬動]・先読[+先読II]高速魔力回復[+回復速度上昇][+魔素吸収]・気配感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・魔力感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・言語理解

 

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ベヒモスとの激闘から一週間の連戦は陽和をさらに強くした。

火・光・風。そしてその上位属性である雷の四属性を頻繁に使っているためか、それらの属性魔法の威力は上昇し、火属性に関しては完全に無効化できてしまうほどに高い耐性を会得した。先程の獅子型の魔物の炎を吸収したのも“全属性耐性”の派生技能の一つ“炎熱吸収”によるものであり、彼は火属性に関しては無効化できる上に、吸収して己の魔力に変換することができるのだ。

ステータスの数値も1,000代に突入しており、もはや地上で彼に勝てるものは一部の例外を除き、そういないだろう。

 

そして、捜索を再開して二時間。陽和はとある行き止まりの空間にいた。

 

「くそっ‼︎‼︎」

 

ガァァンと洞窟内に轟音が響く。

それは、陽和が怒り混じりに壁を殴りつけた音だった。凄まじい勢いで殴られた壁は、その部分が砕けてしまっているほどだ。

壁を殴りつけた陽和は、そのままズルズルと崩れ落ちて両膝をついた。

 

「くそっ!くそっ!」

 

絶望に満ちた表情で、目の端に悔し涙を滲ませながら陽和は何度も叫び、拳を地面に叩きつける。その度に、ガンガンと音が響き地面が砕けていく。

 

今陽和がいるのは100階層の最後の広間だ。

彼は疲労困憊な体に鞭打ちこの100階層をくまなく探し、この最後の広間を残すだけになったが、ちょうど先程捜索を終えたばかりだ。

 

 

結論から言うと、ハジメの痕跡は何一つ見つからなかった。

 

 

陽和の努力も虚しく、遺体はおろか衣服や防具の欠片すらも何一つとして見つけることができなかったのだ。

たったひとつ。魔法陣がある広間を見つけたものの、陽和はそれを頭の片隅に追いやっていた。

そして、痕跡がひとつもないと言うことはつまり、ハジメの遺品すら家族の元に持ち帰ることすらできない事を意味する。

 

 

陽和は間に合わなかったのだ。

 

 

友を助けることはおろか、その遺体を、遺骨を、遺品を、彼の生きている証を持ち帰ることも。何もかも、手遅れだった。

 

階層毎にハジメの捜索を行い、その度に湧き上がる悲しみを今まではなんとか押しとどめていたものの、この絶望的な事実は陽和の心を打ち砕くには十分で、堰き止めていた壁がついに決壊してしまった。

 

「ああぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

洞窟内に悲痛な慟哭が響き渡る。

震える声で叫び、とめどなく涙を零しながら陽和は拳を何度も地面に叩きつける。

何度も叩きつけていたからか、皮膚が破れ血を流し始めるものの、それに構わずに陽和は何度も拳を打ち付ける。

 

「ちく、しょうっ……ちくしょうっ……」

 

やがて、その自傷行為が止まると、陽和はその場で身を丸めながら額を地面に擦り付けて何度も呟く。

 

「すまんっ……すまんっ、ハジメ。すまんっ……」

 

きっと自分を恨んでるだろう、助けられなかった掛け替えの無い親友に向けて、陽和は情けなくも謝罪をうわ言のように続ける。

後悔が、悲しみが、絶望が、ずっと抑え込み続けてきた反動により濁流のように陽和の心を埋め尽くして、彼の強靭なはずだった意志の炎を容易くかき消してしまう。

 

「ぁぁぁぁぁぁっ、うああぁぁぁぁぁぁぁっっ‼︎‼︎」

 

もはや彼の心は完全に折れてしまった。

もう前に進むことも、後に戻ることもできないだろう。この大迷宮に潜った最大の目的が、たった今水泡に帰してしまったのだから。

 

たとえ再び立ち上がることができたとしても、それは少し先の話だ。

今の陽和には何もできない。戦うことはおろか、立ち上がることすら。

これだけ絶望に打ちのめされて、弱さを晒して泣き叫ぶ姿は二回目だ。しかし、今回はあの時寄り添ってくれた雫はおらず、ましてや誰かがいる地上でも無い。

 

 

誰もいない暗い地の底で、彼はひとりぼっちだ。

 

 

———そんな時だった。

 

 

「……?」

 

 

泣き崩れる陽和は、ふと左手に違和感を感じて左手を見る。

 

「手から、光が?」

  

自分の左手を見れば、籠手の隙間から翡翠色の光が溢れていた。

その様子に半ば呆然としていたものの、慌てて籠手を外して左手を見た陽和は己の目を疑った。

 

「魔法陣?」

 

自分の左手の甲に翡翠色に輝く魔法陣が浮かんでいたのだ。しかも、その中心には竜を模した紋章が浮かんでいる。

 

「……まさか……」

 

陽和はその竜の紋章を見て呟く。

自分の直感が間違っていなければ、この紋章は赤竜帝のものだ。

だと言うことは、やはり———

そこまで考えた時、ふと洞窟全体が揺れる。

 

「ッ‼︎なんだっ?」

 

思わず身構えてそう呟く。

初めこそは突発的な地震かと思ったがすぐに違うと気づく。なぜなら、その振動は下からではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

魔物の群れかと思ったものの、自分の目の前にあるのは広間の壁だけのはずだ。だが、もしかしたら壁の向こうにいるのかもしれない。

そこまで考えて、陽和は顔を上げてその先を、奥の壁を見て目を見開いた。

 

「なん、だ……あれ……」

 

陽和の視線の先、この広間の奥の壁。そこがちょうど顔を上げたと同時に崩れたのだ。

そして、中からは漆黒の硬質な壁が現れたのだ。

 

「扉……?」

 

否。現れたのは壁ではなく、扉だ。

縁には見事な装飾が施されている重厚な扉がそこには合った。

何よりも目を引いたのは、中心に描かれている、左手の甲に浮かんだものと同じ中心に赤い竜の紋様がある魔法陣だった。

 

「……赤い、竜…」

 

陽和は静かに立ち上がりながら、無意識に呟いていた。

ドクン、と心臓が一際強く鼓動したようにも感じ、扉に近づくほど左手の光も輝きを増している。

間違いない。ここにいる。

かの帝王が。自分が探していた存在が。

直後、扉の魔法陣が陽和の左手のものと呼応するように赤く輝く。

 

「………」

 

陽和は無言で扉に近づくと、ほぼ無意識に自身の左手の甲を扉にかざす。

手順など知らない。だが、そうすることが正解だと陽和は頭で理解していた。

 

翡翠と赤。二色の光が呼応し一際強く輝いた直後、扉にも変化が起きる。

 

「っ!」

 

二つの光が一際強く輝いた瞬間、扉が真ん中から縦に線が入り左右に轟音を立てながらゆっくりと開く。

扉が完全に開いた時、中に見えたのは階段だった。先が見えぬほど続く緩やかな長い石段と左右の壁に等間隔で置かれている篝火がどこまでも続いていた。それを視認すると同時に、脳内に誰かの声が響いた。

 

『こっ、…だ………はや……来て………れ……』

 

途切れ途切れで何を言っているのかは分からないが、自分を呼んでいることはわかる。

今までは呼ばれている感覚でしか分からなかったものの、今回ははっきりと呼ばれたのが分かった。そして、引き寄せられる感覚もひときわ強くなっていた。

 

「………ここを進めってことか」

 

陽和は言われずとも、この階段を進んで奥に行かなければならないことは分かっていた。

だが、そう思う反面、陽和の足は思うように前に進んではくれなかった。

 

「…………」

 

躊躇していたのだ。

この先に赤竜帝は確実にいる。ここを抜けた先で、彼の力を継承するのだと分かった。

だが、果たして今の自分にその資格があるのだろうか。

 

(……親友一人守れなかった奴が、いったところで…)

 

陽和は親友を失ってしまった。

全ては自分が不甲斐なかったから、自分が弱かったからこんなことになった。

だからこそ、こんな弱い自分が赤竜帝の力を受け継いでいいものなのかと、疑問を抱いてしまい、彼を先へ進めなくしていた。

心に宿っていた強靭な意志の炎は既になく、彼の心は今は深く暗い闇しか残っていなかった。

そして、そのまま心を閉ざそうとした時だ。

 

『……陽和』

「……ッ」

 

脳裏に彼女の顔がよぎ、名前を呼ばれた。

それは何よりも愛しく、大切な恋人の顔。

自分の下で熱情に顔を赤らめながらも、涙を潤ませ微笑み、慈しむように自分の名を呼ぶ彼女の顔が陽和の脳裏をよぎったのだ。

 

「……ああ、そうだ。俺にはまだいた」

 

陽和は静かに顔をあげ涙を拭うと胸のネックレスを握りながら、思い出したように呟く。

そう。陽和には親友しかいないわけではない。

他にも守るべき存在がー大切な恋人がいたではないか。

親友は守れなかった。だが、恋人はまだ間に合う。あの時、守ると誓ったのだ。それに、

 

「……約束したもんな」

 

彼女と約束したのだ。

どれだけ時間がかかっても、必ず彼女の元へ帰ると。

 

「そうだ。止まってるわけには行かねぇよな」

 

陽和の心に再び意志の炎が灯り、暗闇を照らす。瞳にも光が戻り、彼は先程の弱々しい絶望に満ちた表情から、僅かに悲しそうではあるもののかなりマシになった力強い表情へと変わる。

 

「………進もう」

 

陽和は一度瞳を閉じると、再び開き今度こそ足を前に進めた。完全に扉を抜けて通路に足を踏み入れた直後、陽和の背後で扉が音を立てて閉じる。

閉じ込められたわけではなく、不要な人物を入れないための措置なのだろう。陽和は視線を向けはせず、ずっと前を向いて歩き始める。

 

「………」

 

コツコツと靴音を鳴らしながら、炎が照らす通路を陽和は一人歩く。

どれだけ経ったのか、どれだけ歩いたのかはもう分からない。十分か、二十分か、数百mなのか、数kmなのか。時間も距離もわからないが、それなりに歩いたはずだ。

左手の甲の輝きと熱も歩くたびに、だんだんと増している。近づいているということなのだろう。

 

「一体、どこまで続いているんだ?」

 

そう思い始めたところで、視線の先に出口らしきものが見える。そして、通路を抜けた先にあったのは、広大な空間だった。

 

「……なんだ、ここは……」

 

陽和は出口から下に伸びる階段を下りながら、空間を見渡して呟く。

半径50メートルはあるであろう円形に広がる巨大空間。壁には通路と同じように無数の窪みあり炎が燃えて照らしている。地面の縁には溝がありどこからか流れてきた水が流れており、溝の内側の巨大な地面を円形に囲っている。

内側の地面を見れば何か巨大な紋様が、否魔法陣らしきものが描かれていた。

魔法陣の中心には台座があり、翡翠色の宝玉と赤い一振りの長剣がそこには鎮座していた。

何より、最も目を引くのは、空間の中心にある台座の背後に鎮座する巨大な動物の骨だ。

 

「……あれは、竜の骨、か?」

 

爬虫類の、恐竜にも似た骨格を持ち、長い首と尾。そして頭部から生える数本の角や背中には翼のような骨もあることから、それは竜の遺骨だと推測した。

 

「ここに、いたのか……」

 

陽和は感覚が示すままに遺骨へと近づきながら、呟く。

この遺骨の主は、おそらくは赤竜帝だろう。

神に敗れた後、このオルクス大迷宮で力尽きて死んでしまったのだ。

 

だが、分からない。

自分を呼んでいた声が赤竜帝であることは漠然とだが分かっていた。だからこそ、ここには赤竜帝がいると思っていた。

しかし、ここにあったのは遺骨だ。遺骨に強い思念のようなものが残っていて、それが自分を呼んだのなら筋は通る。だが、心がその可能性を否定していた。

そう思いながら、遺骨に近づき魔法陣の中央ー翡翠色の宝玉が鎮座している台座の前まで来た瞬間、陽和の左手の輝きと呼応するように目の前の宝玉が翡翠色の眩い輝きを放ち、同時に足元の魔法陣が赤い輝きを放ち、空間全体を神秘的な光で照らす。

 

「ッッ‼︎」

 

突然のことに陽和は咄嗟に身構えるが、すぐにこの光が害のあるものではない事を無意識に理解して構を解いて、ことの成り行きを見守る。

陽和が見守る中、宝玉から翡翠の光の粒子が溢れて、後ろの遺骨へと流れた直後、遺骨に重なるように赤い光が収束し、ある生物を形成していく。

 

そして現れたのは——————巨大な赤竜だった。

 

赤竜は遺骨と同じ体勢から、身を起こして翼を大きく広げると顔を上げ一度凄絶な咆哮を上げた。

 

『ガアアアァァァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎』

「ッッ‼︎」

 

咆哮を間近で聞いた陽和は思わず息を呑む。

赤竜の身体は若干透けており、これが実体を持たない幻影などの類だということは分かっていた。

だが、それでも陽和はその巨体に圧倒された。

 

全身をマグマのような紅蓮色の鱗に包み、四肢は丸太のように太く強靭で、その先に伸びる鉤爪は鋭利かつ凶悪に伸びている。背中からは巨体を覆い隠せるほどの偉大な紅蓮の翼が伸び、翼には金色の紋様みたいなものまで浮かんでいる。

 

頭部には黄金と紅蓮の2色の角が複数生えており、口から覗く牙はどんな刃物よりも鋭い。

胸部や腕の甲など体の各部には翡翠色の宝玉があり輝いている。そして、縦に割れた宝玉と同じ翡翠色の竜眼は鋭い眼光を放っている。

 

その佇まいは『王』だと納得せざるを得ないほどだった。全ての竜族の頂点に立つにふさわしい堂々たる風格を否が応でも感じさせた。

しかし、不思議と怖いなどという感覚はなく、とても親しみやすいものにも感じた。

 

そして、凄まじい威圧感を放つかつての帝王である赤竜は、上げていた顔を下ろし、陽和に翡翠色の瞳を向けると口を開いた。

 

 

『よくぞ、ここまで来た。俺こそ、『赤い竜(ウェルシュ・ドラゴン)』こと『赤竜帝』ドライグだ。お前が、“竜継士”だな?』

 

 

こうして、かつての帝王と未来の英雄は遂に邂逅を果たした。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ごめん。これぐらいのことしかできなくて』

 

広大な空間に青年の謝罪の声が響く。

眼鏡をかけた黒衣の青年が地面に座りながら目の前にいる存在に謝罪をしていた。

謝罪をされた存在———所々鱗が砕かれているボロボロの竜、『赤竜帝』ドライグは、それに対して首を横に振る。

 

『いいや、十分だ。賭けにもならない無謀すぎる試みに賛同し、力を貸してくれた。それだけでも俺にとってはありがたいものなのだ。文句を言う資格など俺にはあるわけがない』

 

ドライグの試みは賭けにすらならない無謀すぎるものだった。成功するしない以前に、してはならない禁忌のようなものだ。普通なら、到底やろうとは思わないだろう。

だが、それでも彼は、彼らはその試みに協力してくれた。ドライグにはそれだけで十分だ。

青年は、彼の言葉にクスリと微笑むと立ち上がり、台座の上にある宝玉に触れる。

 

『君の肉体が死ねば、自動的に君の魂はこの宝玉に封印されることになる。けど、本当に君の後継者『竜継士』の天職を持つ者がこの先現れるかは保証できないし、もしも『竜継士』が現れて力の継承ができたとして、どんな影響を与えるのかわからない全くの未知だ。この剣だってそうだ。これも、僕達が君と()()の力を借りて創ったとはいえ、完全に僕らの想定を凌駕している性能になった』

 

台座に鎮座している翡翠色の宝玉と紅蓮色の剣。

それらはドライグと自分達7人が協力し、とある存在が一時的に力を貸して心血をそそいで作り上げた、一世一代の二つのアーティファクトだ。

もう同じものは二度と作れないであろう、この世に一つしかない最高傑作が二つ。

二つのアーティファクトは、赤竜帝の全てを注ぎ込んだ究極のアーティファクトであり、その性能は作成者である自分達ですら未知のものになっていた。

警告する青年にドライグは分かっていると言うふうに頷く。

 

『……分かっている。だが、それはやってみなければ分からん話だ。しかし、それを言うならば、お前達の大迷宮もそうだろう。俺からすれば、後世の者達にアレらを全て攻略できるのか怪しい』

『ははは、そうかもね。でも、これぐらい突破してくれなきゃあのクソ野郎とその人形共に挑むなんてできないからね』

『それもそうだな』

 

ドライグの言葉に青年は笑いながら、少々尖った声音でそう言う。多少口が悪いものの、ドライグは既によく見知っていたので指摘はせずにそう返した。

青年は横にある宝玉を撫でながら、悲しげな表情を浮かべる。

 

『…………きっと君の後継者は苦労するだろうね。僕達が不甲斐ないばかりに、全てを背負わせようとしてしまうんだから』

『……そうだな』

 

青年の言葉にドライグは静かに肯定する。

自分達はまだ顔も素性もしれない人間に、自分達が果たせなかったことの全てを押し付けようとしているのだ。

苦労するに違いない。もしくは、突然これだけの重要な責務を背負わされて憤りを覚えるかもしれない。自分達が無様を晒したせいで、背負わなくていい人間に重すぎるものを背負わせようとしているのだから。

それが、青年に罪悪感を生んでいた。それはドライグも同様であり長い沈黙が空間を包む。

しばらく、沈黙が続いたがドライグがふと口を開いた。

 

『俺達は奴に敗北した。その事実はどうしようとも消すことはできない。そこは潔く認めよう』

 

静かな声音で紡がれるものの、そこには深い悔恨と激しい憤怒が宿っていたのが青年には分かった。

 

『しかし、だからといって、俺は未来へ繋げることを諦めるつもりはない。

いつか必ず俺達の想いを受け継ぐ者は現れる。そして、奴を倒してくれる日は必ず来ると断言しよう』

 

決して諦めず、いつか必ず悲願は叶うと言う強い意志が込められた言葉に、青年はフッと笑いながら眼鏡をクイッと動かす。

 

『そうだね。僕も同感だ。僕達の想いはいつか必ず未来で受け継がれる。だから、僕もずっと待ち続けるよ』

 

黒衣の青年———『反逆者』。否、『解放者』の中心的メンバーの一人。オスカー・オルクスはそう彼の言葉に答えた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

『よくぞ、ここまで来た。俺こそ、『赤い竜』こと『赤竜帝』ドライグだ。お前が、“竜継士”だな?』

 

 

 

自身を見下ろし尋ねる、自身が探し求めていた存在『赤竜帝』ドライグに、陽和は平静を保ちながら応える。

 

「ああそうだ。俺が、『竜継士』紅咲陽和だ」

『紅咲陽和……ソレがお前の名か。しかし珍しい名だ。読みからして名前が後にあるのか』

「まあそう思うのは無理もない。そもそも、俺はこの世界の人間じゃないからな」

『どういうことだ?』

 

当然のように疑問を浮かべるドライグに、陽和は意外と話しやすいなと心のうちで思いながら、自分がこの世界に来た経緯を話す。

 

「俺は、異世界の人間なんだよ。

この世界のクソ野郎エヒトが、人間族を救う為だとかで、俺らを異世界から神の使徒として魔人族の脅威から人間族を救うために召喚しやがったんだよ。それで俺らは魔人族との戦争に強制的に参加させられている。全く、こちらからしたらいい迷惑だ」

『………なるほど。奴め、この世界では飽きたらずに、他の世界の者まで巻き込んだというのか。相変わらず、下衆な奴だ』

 

ドライグは事の経緯を聞くと忌々しげにそう吐き捨てた。彼の様子からして、陽和と同じように、いやそれ以上にドライグはエヒトの事を唾棄するほどの嫌いのようだ。

 

「分かっていたが、お前もあのクソ神が気に食わないようだな」

『当然だ。奴は俺にとって……いや、この世界にとっても滅ぼすべき絶対悪。奴がこの世界を支配していることこそ、異常なのだ。故に、なんとしてでも滅さなければならない』

「ッッ」

 

ドライグは牙を剥き出しにしながら、唸るように告げる。

一気に膨れ上がった覇気に陽和は思わず冷や汗を浮かべる。幻影だというのに、その覇気は紛れもなく本物だったのだ。

 

(この世界にとっても?)

 

陽和はドライグの言葉に疑問を覚える。

伝承によれば、世界を守護していた神エヒトに叛逆したとあるが、彼は神エヒトを世界にとっても絶対悪と言った。だとしたら、真実は違うのではないだろうか。

そもそも、陽和はエヒト神を信用していない為、エヒトの伝承を全て信じているわけではなかった。それに、ドライグの方が比べるまでもなく信頼できる。そう思えたのだ。

そんなことを思いながらも、陽和は話を進めるべく自分から話し始める。

 

「……それで、ここはお前の力を継承する場所、っていう認識で合ってるのか?」

『そうだ。他の六つの大迷宮を攻略したであろうから、覚悟は十分なはずだが「ちょ、ちょっと待て!」ん?どうした?』

 

尋ねた陽和に話し始めるドライグだったが、突然、慌てて止めた陽和に首を傾げる。

しかし、陽和にとっては聞き捨てならない内容を聞いてしまったのだ。ドライグに陽和は慌てながらも止めた理由を話す。

 

「俺は他の大迷宮を攻略していない。このオルクス大迷宮が初めてだが、その言い方だと、他の大迷宮を全て攻略することが前提なのか?」

『その通りだが、まさか、本当に一つも大迷宮を攻略していないのか?』

 

ドライグは目を見開きながらそう尋ねる。

それに対し、陽和は無言で頷いた。

 

『なんてことだ……』

 

返ってきた頷きに、ドライグは今度こそ驚愕してそう呟いた。

 

「なぁ、その様子だと大迷宮攻略には順番があるのか?」

『いや、正確な順番はないが、このオルクス大迷宮は他の大迷宮を攻略し六つの神代魔法を得た後に、それらの成果を発揮する為に作られた大迷宮だ。………しかし、それすらも伝えられない程に時が経ってしまったのか』

 

ドライグはどこか感傷的な響きを含みながら、そう哀しげに告げる。その瞳には陽和では計り知れないほどの深い想いがあった。

しばらくの沈黙の後、陽和が尋ねた。

 

「……確か神代魔法はこの世界の創世神話に出てくる魔法で、今の属性魔法とは根本的な理に干渉することができる、現代では失伝した魔法のことだな。そして、各大迷宮をそれぞれ攻略すれば、それを一つずつ得ることができる、と言うことでいいのか?」

『創世神話の時代かはさておき、理に干渉できる魔法であることは確かだ。そして、お前の言った通り、各大迷宮で7つある神代魔法を一つずつ攻略の証の一つして入手できる。だから、驚いたのだ。神代魔法を一つも持たずに、ここまで辿り着けたことに』

 

ドライグ曰く神代魔法は重力、空間、再生、昇華、変成、魂魄、生成の7つあり、それぞれ理に直接干渉できるほどに凄まじい力を秘めた規格外の魔法らしい。そして、それらが世界に散らばる7つの大迷宮攻略の一つとしてそれぞれ得ることができるらしい。

だからこそ、魔法と武術のみでここまでたどり着いた陽和の実力を高く評価していた。

陽和は彼の話にしばらく顎に手を当てて考える。

 

「ということは、神に反逆したが敗北してしまった7人の眷属ーいや、反逆者達か。彼らは全員神代魔法の使い手であり、それぞれ大迷宮を作った。7つの大迷宮は神に挑むための試練であり、攻略の証として神に対抗する為の力である神代魔法を与える。というわけか」

 

陽和はここまでの道中で考えついた考察を口にする。その考察にドライグは瞠目する。

 

『ほぉ、そこまでわかっているとはな。本当に大迷宮も一つも攻略していないのか?』

「わざわざ嘘を言う理由もないだろ。事実俺は神代魔法は使えない。ただ、俺なりの考察を言ってみただけだ。だが、その様子だと俺の推測通りでいいんだな」

『ああ、見事なものだ。…ただ、一つだけ、訂正させて欲しい』

「なんだ?」

 

ドライグは一度口を閉じると、しばし沈黙した後静かな瞳を陽和に向けた。

 

『彼らは反逆者であって、反逆者ではない。

真にこの世界を愛し、美しい未来を取り戻そうと足掻いた英雄達だ。どうか、それだけは理解して欲しい』

「…………やっぱり、そうなんだな」

 

陽和はドライグの言葉にいよいよ確信した。

陽和が読んだ邪竜伝説に記されていた反逆者の内容は間違いだと言う事を。それだけではない、赤竜帝のことも、神エヒトのことも、今、世界において知られている事は殆どが偽りであると言う事を。

 

それに、ドライグもまた彼らのことを真に友として認めていたのだろう。それぐらい、彼の瞳には深い情念が宿っていた。

 

「教えてくれ。この世界の真実を。神エヒトは何をしたいのか。反逆者達が為そうとしていた事を。……そして、『竜継士』はなんなのかを全て」

『元よりそのつもりだ。他の大迷宮を攻略していないとはいえ、ここまできたお前にはその資格がある。だから、お前が知りたい全てを話そう。この世界の真実を、俺達が歩んだ道を』

 

そうしてドライグは話し始めた。

狂った神と世界を守ろうとした守護竜と神の子孫達の戦いの物語を。

 

神代の少し後の時代。世界は争いで満たされていたらしい。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。

争う理由は領土拡大、種族的価値観、支配欲他にも色々あり地球となんら変わりはなかった。しかし、その1番の理由が大きく異なっていた。

それは、“神敵”だから。

今よりもずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祀っており、その神からの信託で人々は争い続けていたらしい。

ドライグはその時代から既に世界の守護竜として存在しており、彼は自身を神として祀る民達を己の力を使い人と竜の二つの力を宿す種族、己の眷属“竜人族”として生まれ変わらせて、全ての竜族の始祖にして、竜人族の帝王として治めていたらしい。

彼が治めた竜の帝国『ウェルタニア』だけは、彼の強大な力により戦争もなく平和に過ごせていたらしい。しかし、絶えない周辺国での戦争に国民だけでなくドライグも心を痛め未来を案じていたそうだ。

 

しかも、それだけではなく彼は遥か昔からずっと狂った神エヒトと戦い続けていたらしい。

それは、ドライグは世界で繰り返される戦争の根本的な原因を遥か昔から知っていたからだ。

世界の全ての戦争はたった一人の神によって引き起こされていた。なんと神は姿や名前を変える事で各国の神々として祀られる事を利用して、それぞれ違う神託を出す事で民を駒に見立てて煽動し争わせるという下劣極まりない遊戯を行なっていたのだ。

 

そんな神の遊戯を止めるべくドライグは戦い続けていたが、ある日彼はある集団と手を組んだのだ。

それこそが、“解放者”だ。

彼らは全員が神代から続く神々の直系の子孫であり、彼らのリーダーがある時偶然にも神の真意を知ってしまい、志を同じくする者達を集めていたのだ。

“解放者”の噂を聞いたドライグは彼らと接触する事で手を組み共に神に立ち向かう事を決めた。

やがて、長い戦いの末に神がいると言われる領域“神域”の場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも先祖返りと呼ばれる強大な力を持った7人とドライグを中心に、彼らは今度こそ神に直接戦いを挑んだ。

 

しかしだ。その目論見は戦う前に破綻してしまった。

なんと、神は人々を巧妙に操る事で、ドライグと“解放者”達が世界には破滅をもたらそうとする神敵であり、ドライグが治めていた帝国──『ウェルタニア』は破滅の邪竜が支配する邪悪な国と認識させて人々自身に相手をさせたのだ。

その過程に紆余曲折はあれど、殆どの国の連合軍によって『ウェルタニア』は滅ぼされ、“解放者”達もまた、守るべき人々に力を振るえるわけもなく、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした“反逆者”のレッテルを貼られ、次々と討たれていった。

『ウェルタニア』の民を守るべく、苦悩しながらも連合軍と戦ったものの民草を守れなかったドライグは、最後まで残った7人の中心メンバーの手を借りて最後の手段に乗り出た。

 

ドライグは彼らの手を借りて、狂神エヒトがいる“神域”に直接乗り込んで怒りのままに暴れた。神が操る軍団や魔物達を悉く殲滅し、エヒトと直接対決に及んだ。

何日も続いたその激闘は凄まじく、世界が違うにもかかわらず“神域”での激闘の影響が元いた世界にも及ぶほどだったのだ。

しかし、結果的にドライグはエヒトに敗れた。

 

7人のメンバーは、もはや自分達では神を討つことはできないと判断し、それぞれバラバラに大陸の果てに散らばり大迷宮を作り潜伏することにしたのだ。

彼らは、それぞれ試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の狂った遊戯を終わらせる者が現れる事を願った。

 

ドライグはエヒトにやられた傷が深く、もう命が長くない事を悟り最後に7人に協力を求めて“竜継士”の天職と二つのアーティファクトを創ったのち、7人のメンバーの一人、オルクス大迷宮を創ったオスカー・オルクスの元へと向かった。

彼もまた解放者達と同じようにいつか自分の力を継承してくれる“竜継士”が現れる事を願って、その生涯を暗い地の底で一度閉ざした。

そして、肉体が死んだ後、魂を宝玉に移した彼は今までずっと、この暗い地の底で“竜継士”の、異世界から召喚された紅咲陽和の来訪を現在まで待ち続けていたのだ。

 

「………………ッッ」

 

長い話が終わった後、陽和は表情を怒りに歪め、ギリッと歯を鳴らした。自分が聖教教会で教わった歴史や邪竜伝説の話が間違っていることは分かっていたが、ドライグにより齎された真実は、陽和の想像を遥かに凌駕した衝撃的な真実だった。

だが、衝撃よりも陽和は怒りの方が大きかった。エヒトが行った数々の所業は陽和を激怒させるには十分だった。

陽和は怒りのままに叫ぶ。

 

「……ふざけるなっ。ふざけんなっ‼︎‼︎‼︎俺達は玩具じゃないっ‼︎何の権利があってそんな事をするっ‼︎そんなことがあっていいわけがねぇだろ‼︎‼︎」

 

陽和はこの世界に来てからのことを振り返りながら、そう叫んでいた。

エヒトが過去に行った所業もそうだが、この世界に来て戦争に参加させられたこと、ハジメが奈落に落ちてしまったこと、雫が泣くほど怖い思いをしてしまったこと。この世界に来てから起こった根本的な原因が、神エヒトが楽しむためだったと理解したからだ。

ドライグは陽和の憤りに頷く。

 

『その通りだ。そんな事はあってはならない。故に、俺達は世界を解放する為に戦った。しかし、俺達は奴に敗北してしまった。その結果、ここにいる』

「……………」

『お前が抱く憤りは当然のものだ。………だが、それでも、礼を言わせて欲しい。俺達のために怒ってくれて、ありがとう』

 

ドライグは長い首を曲げて深々と陽和に頭を下げた。陽和はそれに優しく首を横に振った。

 

「いいよ、頭を下げなくて。

こんな話を聞いたら誰だってそう思うだろうし、俺も他人事じゃないからな。それで、最後に竜継士について聞いていいか?」

『ああ。竜継士とは俺の、赤竜帝の力を継承する戦士であり、俺の力を受け継ぎ神と戦う運命を背負う事になる者のことだ。

そして、俺の力を受け継ぐ為に、その者の肉体を俺と同じ竜の肉体へと作り替え、竜人に転生させる事になる。

しかし、誰でもいいと言うわけではない。“竜継士”の天職を得るにはちゃんと条件がある』

「それは?」

『火と光属性に類い稀な適性がある事。俺との魂の親和性の高さ。神に惑わされずに己の確固たる意志を持っていること。……そして、最後に英雄の素質を有する器であること。それらが、俺の力を継承するために必要な条件だ』

「英雄の素質、か……」

 

ドライグが述べた最後の条件に、陽和は思わず暗い表情を浮かべた。

自分が英雄の素質を有していると聞かされても、彼は素直にそれを喜ぶ事はできなかった。

ドライグは陽和の変化に目敏く気づく。

 

『……どうした?何か気に触るようなことを言ったか?』

「……いや、お前は何も悪くはないよ。ただ、俺には英雄の素質があるとは思えない。親友一人守ることも出来ないような奴が英雄にはなれないよ」

『………それを言うだけのことが、あったのか?』

 

神妙な声で尋ねるドライグに、陽和は静かに頷き自身がオルクス大迷宮に来た目的を話した。

 

「………ああ。元々、俺はここには親友を助けに来たんだ。赤竜帝の事は二の次だった」

『……聞かせてくれないか?お前がこの世界に喚ばれ、ここに来るまでの経緯を』

「……ああ、全て話そう」

 

そして、今度は陽和が今までのことを話し始める。

エヒトに神の使徒としてこの世界に召喚されたこと。赤竜帝の存在を知った時のこと。オルクス大迷宮の訓練でハジメを守れなかったこと。邪竜の後継者として異端となり処分されそうになったこと。雫と約束をしたこと。たった一人でオルクス大迷宮に潜り、ここまで来たこと。

自身が歩んだこれまでの軌跡を、陽和は全てドライグに話した。

 

『…………』

 

全てを聞いたドライグは陽和にも分かるほどに苦々しい表情を浮かべて、沈黙する。

 

(俺達のせいで、彼にはそれほどの重荷を背負わせてしまったのかっ)

 

彼は深く後悔していた。

真に世界を愛していたからこそ、世界を取り戻すべく神に戦いを挑んだ。しかし、自分達は神に惨敗し、それぞれ大迷宮に潜伏し次代へ力を残すことしかできなかった。

その結果、自分達が作った天職“竜継士”のせいで陽和がこのような苦境を味わう事になったと考えれば、彼には申し訳なさしかなかった。

ドライグは恐る恐る陽和に尋ねた。

 

『……その、お前は責めないのか?』

「責める?誰をだ?」

『俺達をだ。元を正せば、お前達がそうなってしまった責任は、あの時奴に敗北した俺達にある。俺達が敗北してしまったからこそ、関係のないはずのお前達が巻き込まれ、お前は教会に追われる身になってしまった』

 

確かに大元の原因はそうなのかもしれない。もしも、ドライグと“解放者”達があの時狂神エヒトを倒していれば、世界は平和になっており陽和達もトータスに召喚されずに地球で何事もなく過ごせていただろう。ハジメも奈落に落ちずに済んだかもしれない。

“竜継士”の天職も、ドライグ達が神に敗北したからこそ創られた天職であり、その天職のせいで陽和は教会から異端認定され命を狙われるようになってしまった。

だからこそ、陽和にはこのような状況を作ってしまったドライグ達を責める権利がある。彼はそう言ったのだ。しかし、陽和は———

 

「なぜ、お前達を責めるんだ?」

『なっ』

 

首を傾げて平然と質問を返した陽和にドライグは動揺した。

 

『い、いやっ責めるはずだろっ⁉︎俺達が敗北したからこそ、お前だけでなく親友や恋人まで巻き込んでしまったのだぞ⁉︎それに、俺達はお前を神と戦わせようとしている‼︎背負わなくてもいい運命を背負わせているのになぜ恨みや怒りを抱かないっ⁉︎』

 

ドライグは彼が自分のことを恨んでいると思っていた。本来ならば巻き込まれなくてもいい異世界の問題に巻き込まれ、背負わなくてもいい神殺しの宿命を背負わせられ、その結果理不尽に命を狙われるようになったのだ。

彼が怒りのままに罵詈雑言を吐き捨てようとも、それは当然の権利だし甘んじて受けようとも覚悟すらしていたのだ。

なのに、返ってきた言葉はドライグが予想すらしていなかったこと。動揺しないはずがなかった。

そんなドライグに対して陽和は大きくため息をつくと、呆れ混じりの穏やかな笑みを浮かべると自身の考えを話し始める。

 

「確かに最初こそは、理不尽に怒りを抱いた事はある。どうして俺がとか、何でこんな事になったんだとかな」

『ならば!』

「だが、それはこの世界に、強いて言えばあのクソ神に対してだ。断じてお前達にではない。俺はお前達のことを決して責めるつもりはない。むしろ、尊敬すらしている」

『尊敬、だと?』

 

陽和の発言に、ドライグは明らかに愕然とする。またもや予想していない返答に、ドライグはさっきからずっと困惑していた。

そんな彼に対して、陽和は力強く頷いた。

 

「ああ。真に世界を愛したお前達は、世界を救おうと戦った。結果的に敗れたのだとしても、その行動、その意志は誰にも否定できないほどに尊く、素晴らしいものだ。

神の策略により、世界の敵とされていても、いつか誰かが自分達の意志を継いでくれると信じ、大迷宮を創り次代に希望を残した。

俺は、貴方達世界の守護竜と守護者達の幾星霜の時が経とうとも、穢れなかった意志の強さに、そして、未来を照らす為の希望の灯火を残してくれた事に心からの敬意を表そう。………だからこそ、その灯火は決して消させはしない」

『ッッ、お前……』

 

その言葉の真意を理解したドライグは目を見開いた。なぜなら、彼が言っている事、それはつまり———

 

「俺が受け継ごう。

赤竜帝の力も、神代魔法も、お前達の想いも全て。お前達が未来に残した希望の灯火はこの俺が全て引き継ぎ、持って行こう」

 

はっきりと彼は宣言した。

赤竜帝の力を受け継ぐこと。つまり、自分が次代の赤竜帝となり、狂神エヒトと戦い世界を救う事を彼は宣言したのだ。

 

『本当に……いいのか…?』

「ああ」

『もう元の道には引き返せないぞ。

先ほども言ったとおり、俺の力を受け継げば、お前は人ですらなくなってしまうんだぞ。家族や恋人のことを考えれば……』

 

ドライグはそうしきりに言葉を被せていく。

彼にとって陽和が継承を受け入れてくれたことは僥倖だ。だが、それ以前に背負わせたくないと思っていたのも事実。何より、まだ17歳の子供一人に、背負わせる運命じゃないのだ。

だからこそ、話を聞いて一時の感情任せによって選んだ結果ならば、陽和はこの先苦しみ絶望してしまうだけになる。

そんな事にはなってほしくはない。しかし、ドライグのそんな想いとは裏腹に、陽和は全てわかっているという風に静かに頷いた。

 

「それも、覚悟の上だ」

『なぜ……そこまで………』

 

動揺し、声が途切れ途切れになるドライグに陽和は暗い天井を見上げてどこか遠いところを見ながら呟く。

 

「確かにお前のいうとおり、人でなくなれば俺は親父達の子供じゃなくなるかもしれない。家族や雫の事を考えれば、人でなくなることは躊躇するだろう」

 

けど、俺は大丈夫だと陽和は断言する。

なぜなら———

 

「生まれ変わっても、俺は親父と母さんの息子だから」

 

たとえ肉体が人ではなく、竜になってしまったとしても、自分の心は、魂は、あの二人の息子で在り続ける。彼らも、きっとそう言ってくれると信じているから。

陽和は自身の左手を持ち上げて、何かを確かめるように見ながら更に告げる。

 

「それにな、俺の恋人が、雫が言ってくれたんだ。『たとえ本当に俺が邪竜になったとしても、俺を絶対に嫌わない』って」

『ッッ⁉︎』

 

あの夜、彼女は自分にそう言ってくれた。

あの言葉があるからこそ、今まで戦ってこれたし、全てを聞いた今でも、赤竜帝の力を継承する事に恐れや躊躇いはなかったのだ。

 

「だから、俺は俺ができる全てをやる。

それにな、お前の話を聞いて一つ確信したことがある」

『何を、だ?』

「狂神エヒトはいつか必ず俺達の世界にも干渉してくるということだ」

 

陽和は確信すらしていた。

狂神エヒトは異世界へ干渉する術を持っている。それならば、トータスでの遊戯に飽きた後は地球に興味を示す可能性もあるということも。そして、エヒトが地球へと魔の手を伸ばしたのならば、今度は地球が奴の玩具になってしまう。

そうなれば、陽和の親しい人たちだけでなく家族達までも危険に晒されることは明白だ。

 

『そんなっまさかっ………いや、奴の性格を、考えれば、その可能性もあり得るのか……』

 

ドライグも最初こそ疑ったものの、すぐに陽和の意見に同意する。

エヒトの悪辣さをよく知っているドライグは、すぐに奴ならやりかねないと理解したのだ。

 

「だからこそ、奴に対抗するために赤竜帝の力を受け継ぐことは絶対条件だ。でなければ、俺は家族も恋人も、故郷も守れない」

『……確かに、そうだな』

 

ドライグは陽和の正論とも言える言葉を肯定するとしばらくの間、沈黙し思う。

 

(この男は……紛うことなき『英雄』だ)

 

ドライグは既に陽和を『英雄』だと認めていた。それも、過去の彼が知っている英雄達と比べても稀に見る優れた英雄の器だ。

今だ彼は発展途上ではあるものの、昔日の英雄にも引けを取らない、それどころか最早超えている素質を持った、異世界の戦士だ。

 

全ては愛する者を、大切な者達を守るために、彼は剣を取り己を賭した。

 

それができる者を、どうして『英雄』と呼ばないのだ?否、否、否、彼こそ『英雄』だ。仲間を、家族を、恋人を守る為に戦い、心に不滅の炎を宿す偉大なる『英雄』なのだ。

 

(お前達、見ているか?俺達が灯した炎を……やっと、託せるぞ)

 

ドライグはついに現れた『最後の英雄』の来訪を今はもうこの世にはいない、共に戦った戦友達へ言葉を贈る。

数千年の時を経て、彼らの想いは、彼らが歩んだ道はついに彼に、未来へと繋がったのだ。ドライグはそれがどうしても嬉しかった。

そして、彼は意を決して陽和に問いかける。

 

『紅咲陽和よ。本当に……いいんだな?』

 

それは先ほどとは違い、最終確認のための問いかけだ。

陽和はその問いかけに、静かに頷く。

 

「ああ」

『お前はこの先、人ではなくなる』

「ああ」

『お前はこれから、辛く厳しい戦いに身を投じることになる』

「ああ」

『苦しい未来が待ち受けているだろう。ある時は怒り、ある時は泣き、ある時は絶望して心が折れてしまうかもしれない』

「ああ」

『それでも、お前は我等の想いを受け継ぎ、次代の赤竜帝として、狂神エヒトと戦い、世界を救ってくれるか?』

 

いくつかの宣告にただ一言ずつ答えていた陽和はその最後の問いかけに少しの沈黙し、やがて自分の胸に手を当てながら頷いた。

 

「ああ、全て背負おう。俺が赤竜帝となり、世界を救う事を、俺が信仰する火の神々に誓おう」

『ならば、もうこれ以上問う必要はないな』

 

ドライグはそう言うと、翼をバサァと大きく広げて荘厳な声音で告げる。

 

『我、『赤竜帝(ウェルシュ・ドラゴン)』ア・ドライグ・ゴッホは貴殿を我が後継者として認めよう。

我が後継者の資格を有する『竜継士』紅咲陽和よ。貴殿の覚悟、想いはこの『赤竜帝』がしかと見た。ならば、貴殿に我が力の全てを託そう。どうか、受け継いで欲しい』

 

荘厳な声音で告げられた言葉に、陽和は一度深く息を吐くと決然とした表情を浮かべる。

 

「ああ、この俺が、『竜継士』紅咲陽和が『赤竜帝』ア・ドライグ・ゴッホ殿の力の全てを受け継ごう」

『承認は得た。では、これより継承の儀を開始する』

 

ドライグがそう告げると同時に、空間の、床一面に広がっていた魔法陣は赤く輝き、周囲の篝火だけでなく魔法陣の線上にも無数に炎が生まれ、激しく燃え盛る。陽和が立つ台座も取り囲まれ、円周に沿って炎が等間隔に燃え盛っている。

そして、陽和の眼前に鎮座する翡翠色の宝玉は眩しいほどの翡翠色の輝きを放ち、陽和の左手に浮かぶ魔法陣もまた、同様に翡翠色に激しく輝く。そして、宝玉の前に置かれていた赤い剣もそれらの輝きに呼応するように赤く輝く。

空間全体が炎に呑まれ、赤く照らされる中、ドライグは言葉を続ける。

 

『その宝玉を手に取れ』

 

ドライグの指示に従い、陽和は宝玉を右手に取る。拳大のサイズの宝玉はそのサイズに反して、凄まじい存在感を放っていた。

 

『それは、俺の魂を封じ込めた宝玉であり、我等の最高傑作のアーティファクトの一つ。名を《赤竜帝の宝玉(ブーステッド・ギア)》。これが、俺の力を継承するための核だ』

 

陽和は目の前にある剣の存在も気にはなったが、儀式を中断するわけにもいかないので、ドライグの指示を待つ。

 

『それをその左手に浮かんでいる魔法陣の上に乗せろ』

「こうか?」

 

陽和はドライグの指示に従い、恐る恐る宝玉を自身の左手の甲の上に乗せる。次の瞬間、驚くべきことが起きた。

 

「ッッ⁉︎」

 

何と、宝玉と魔法陣が共鳴したかのように一際強く輝くと、宝玉が陽和の左手甲に沈みはじめたのだ。

奇妙な感覚に思わず身を震わせる陽和にドライグは落ち着かせるように言う。

 

『安心しろ。それは移植しているだけだ。じきに、終わる。ただし、この後どうなるかは俺にもわからない。気をつけろよ』

「あ、ああ」

 

陽和はドライグの言葉に多少の安堵は見せたものの、手と同化する感覚にはならずに、警戒しながらその様子を見守る。

やがて、宝玉が半分ほど埋まった時、陽和の肉体に変化が起きる。

 

「ッッ⁉︎ぐっ、あぁっ‼︎」

『どうしたっ⁉︎』

 

陽和は心臓がドクンと強く脈動し高鳴るのを感じた途端、突然左腕を抑えながら、苦悶の声をあげる。宝玉を移植した瞬間、陽和の左腕を言いようの知れない激痛と高熱が陽和を襲ったのだ。

ドライグも予想外だったのか、思わず幻影の顔を近づけて焦ったような表情を浮かべながら、陽和の様子を見る。

見れば、陽和の左腕はある変化が起きていた。

 

(……へ、変化しているっ‼︎)

 

陽和は両膝をついて激痛と高熱に表情を歪めながらも、自身の変化を正確に理解した。

陽和の左腕の皮膚が赤色の魔力光に包まれながら、宝玉の部分を中心にビキビキと音を立て、肌色の皮膚から赤色の竜の鱗へと変質していたのだ。指先も同様に変質しておりドライグのものと同じ凶悪な赤色の鉤爪が伸びている。

 

「ぐっ、ギィっ、これがっ………そう、かっ」

 

先程ドライグが言った通り、自分は今、竜へと転生しようとしているのだ。

まさしく、竜の腕へと陽和の左腕は変質していた。しかし、変質はそれだけに留まらず左腕から一気に全身へと広がった。

 

「ぐぅっ、ぐあぁぁっ‼︎あああぁぁぁぁっっ⁉︎⁉︎」

 

左腕から背中、首、腹、下半身、頭部へと変質の波長は伝わり、全身が光に包まれる。

全身の皮膚が硬質な異音を立てながら紅蓮色の竜鱗へと変わり、背中と腰からは服と鎧を突き破り一対の赤い竜の翼と竜の尻尾が飛び出す。ブーツも内側から破られ、中からは竜の鱗と三本の鉤爪に覆われた竜の脚が現れる。頭部も変化を遂げる。側頭部からは赤と金の太い角が、口は大きく裂けて、口から覗く歯は全て鋭く凶悪な牙へと変わっており、耳は鋭く尖る。

胸や両手甲、両肩などドライグと同じように翡翠色の宝玉が生まれる。

服は着ていれど、変貌していくその姿は人型の竜そのものだった。

 

『耐えろ‼︎耐えてくれ‼︎意識をしっかりと保つんだ‼︎』

 

ドライグは苦しむ陽和に何度も呼びかける。

予想していたとはいえ、まさかここまで激痛と高熱に苦しむとは思わなかったドライグは必死に陽和の意識を繋ぎ止めようと呼びかけ続ける。

 

「ぎっ、ぁぁ、あっがぁぁ……ド、ライグッ」

『ッ⁉︎大丈夫かッ⁉︎』

 

陽和もまた明滅する意識の中、ドライグの声は届いていた。

 

「ああっ……俺は、大丈夫だっ‼︎……耐えて、やるよっ…だから、……そこで、……見てろっ‼︎‼︎」

『ッッ‼︎』

 

膝をついて痛みに苦悶の声をあげていた陽和は異形へと変質した顔でドライグを見上げながら、笑みを浮かべて言い放った。

ドライグはそれきり、黙り込むと静かに陽和の成り行きを見守る。陽和は襲いかかる激痛と高熱に歯を食いしばりながら、必死に耐え続けた。

やがて、ビキビキと硬質な音を立てながら、陽和の肉体が完全に竜のそれへと変質を遂げた時、最後に髪と瞳にも変化が起きる。

黒髪は、燃え盛る炎のような鮮やかな紅蓮色の髪へと。

赤黒の瞳は、宝玉と同じ翡翠色に染まり瞳孔は縦に割れている竜の瞳へと。

瞳の変化は過去にも一時的に変化はあった。だが、今回のそれは違う。今回のは永続的なもの。竜へと転生したことで、陽和の髪や瞳すらも変色したのだ。

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ—————————‼︎‼︎‼︎」

 

最後に絶叫とも雄叫びとも取れる一際大きな叫び声を上げたと同時に、カッと赤い光が爆ぜた。

光が収まった後、現れた陽和の姿はまた変わっていた。肩と太腿から先は鎧のように赤い鱗と甲殻に覆われ、胸や肩などの体の各部に宝玉が埋め込まれていた。四肢や背中は完全に鱗や甲殻に覆われているが、腹部と胸部は鳩尾にある翡翠色の宝玉が埋め込まれていること以外は、人間の、肌色の皮膚があった。

顔は半分ほどが鱗に包まれており、尖った耳や頭部から伸びる角はあるものの、幾分かは人間味があった。背中から生える翼や尻尾はそのままであり、時折動く。

 

先程までのが人型の竜だというのならば、この姿は人と竜の二つの存在の特徴を同時に有する竜人ともいえる姿になっていたのだ。

 

転生を遂げた陽和はゆっくりと立ち上がると翡翠色の瞳と全身の宝玉を激しく輝かせながら、徐に大きく息を吸うと、顔を上げてその顎門を大きく開いた。

 

「ガアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ—————————ッッッッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

口唇から放たれたのは勇壮な竜の咆哮。そして、咆哮と同時に紅白色に燃え盛る極太の炎のブレスが天井に向けて解き放たれたのだ。

 

それは己が転生した証明にして、赤竜帝の覚醒を告げるものだ。

 

紅白の閃光は轟音を立てて天井に直撃すると、天井を容易く砕いてそのまま上へ上へと伸びていく。このままではいずれ地上、果ては空にまで届くだろう。

それからしばらくして、ブレスが収まった直後陽和の全身を覆う赤い光がだんだんとその輝きを失い始め、同時に角や、翼、尻尾は魔力の粒子へと変わり、やがて空中に溶けるように崩れ消える。左腕の部位以外も同様に魔力粒子となり、その下から元の人間の肉体が姿を現していった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

左腕、胸の宝玉、尖った耳、紅蓮の髪に翡翠の瞳はそのままに元の人間の外見に変わった陽和は片膝をついて荒い息を繰り返す。

息も絶え絶えで疲れ切った様子だったが、それでも陽和はあの苦痛を耐え抜いたのだ。

一部始終を見ていたドライグは陽和の様子を気遣う。

 

『よく耐えた。大丈夫か?』

「まだ全身痛ぇけど、まぁ、何とかな」

『そうか。とにかく、無事で何よりだ』

 

ドライグは陽和の無事を心から安堵した。

あれほどの苦しむ様を見てしまったのだ、陽和に言われたとはいえドライグは気が気でなかったのだ。そして、安堵するドライグに陽和は笑みを浮かべると、片膝立ちから胡座の体勢に変わり、台座の上で大の字に寝転がると笑みを浮かべる。

 

「わりぃ()()()()。少し休ませてくれ、もう力が入らねぇんだ。話は後でいくらでも聞くからさ」

 

笑みを浮かべながら、力無く呟いた陽和の頼みにドライグは当然だと頷く。

 

『勿論だ。今は少し休め。時間はいくらでもある』

「……ああ……ありがと、な……」

 

最後に何とか礼を言った陽和はゆっくりと意識を手放し、睡魔に身を委ねる。

あと数秒もしないうちに寝ると思われたその時だ。ドライグが眠ろうとする陽和に静かに言葉を投げかける。

 

 

『継承はここに完了した。お前が新たな赤竜帝だ。これからよろしく頼むぞ。紅咲陽和。いや、()()

 

 

答える気力すらなかった陽和は、その言葉を最後に意識を完全に手放した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

この日、世界が震えた。

 

 

『オルクス大迷宮』の魔物達が何かを恐れるかのように身を隠し、人前に一切出てこなくなるという異常事態が発生した。

それに疑問を覚えた冒険者達からの報告を受けた冒険者ギルドは異常事態だと判断して一時大迷宮を立ち入り禁止にさせて、全員を立ち退かせて厳戒態勢を取ったその直後。それは起きたのだ。

 

この日、ホルアドだけでなくハイリヒ王国王都に住まう民達や神山にいる教会関係者などの多くの人間族が確かにそれを見た。

 

『オルクス大迷宮』の後方部の地面から突如、大迷宮を突き破って紅白色のオーラが立ち上り天を貫いた光景を。

 

 

オーラの正体は紅白に燃える聖火の柱。

 

 

大地を、大気を焼きながら天を穿たんと空へと伸びた神話の如き紅白の光熱の柱を多くの人間が見ていた。それと同時に彼等は大地が鳴動する感覚とともに、地の底から響く一頭の怪物の咆哮も聞いた。

それは、力強く勇壮なブレス。———紅咲陽和が赤竜帝の力を継承したことを世界に示す為の咆哮だった。

だが、そんなことを知らない人々はその聖火の柱と竜の咆哮に、ある者は畏怖を。ある者は驚愕を。ある者は動揺を。ある者は安堵を。ある者は歓喜を。さまざまな感情を抱いた。

 

それは、神エヒトによって召喚された神の使徒達も同様であり、ホルアドで異常事態のため宿で待機していた彼等は得体の知れぬ火柱と咆哮に、怯える者。戸惑う者。怒りを抱く者とそれぞれだったが、一部の者達は、彼を信じている者達は違った。

数人がその聖火の柱を見て彼の無事を理解し、彼の帰りを待つ一人の少女や彼に忠誠を誓った1人の従者に至っては親友や主人、先輩と一緒にいた部屋で安堵と歓喜に涙を流し喜んだ。

 

それからすぐに、火柱は消えオルクス大迷宮にできた大穴も直ぐに大迷宮が持つ機能により塞がれた。

だが、何層にいるかは不明だが、オルクス大迷宮を貫くほどの柱を放てる存在が大迷宮地下にいることは、警戒を続けさせるには十分で、早速国王と教皇の名により神の使徒達もまた国王と教皇の命により調査に踏み込んだものの収穫はなかった。

 

そんな時だ。教会に所属する1人の預言者が慌てて玉座に飛び込み恐怖に顔を青ざめ、声を震わせながらはっきりと告げたのだ。

 

 

『破滅の邪竜』が、かの『赤竜帝』が復活したと。あれは、その目覚めを示す咆哮だったのだと。

 

 

こうして、神に牙を剥き、世界を滅ぼそうとした絶対悪が復活したという凶兆の報せは、瞬く間に人間族全体に知らされることとなった。

 

 





はい。『赤竜帝』ドライグさん、正式に登場しました。
見た目はハイスクールD×Dのドライグさんであることは当然として、神器、こちらではアーティファクトですが、ブーステッド・ギアの読みは同じですが、こちらでは籠手ではなく宝玉に変えました。
継承のための空間も作っていたので、ああいった台座の上には籠手よりも、宝玉を置いた方が雰囲気出るかなと思い宝玉にさせていただきました。
そして、陽和が赤竜帝の力を受け継ぐ際の肉体の変化などは自分なりに色々と考察し、両作品の特徴をうまいこと合わせて書いてみました。

ちなみに、前半部で出てきた治癒魔法“ヒール・ブレス”と風と光の複合魔法“アストラル・ウィンド”のモデルはダンまちのリオンさんの“ノア・ヒール”と“ルミノス・ウィンド”です。火と光属性を多用しているから、他の属性魔法はあまり使わないと思った人もいるでしょうが、陽和は全属性に高い適性を持っていることをお忘れなきよう。普通に他の属性との複合魔法や回復、結界魔法など魔法全般を水準以上に使いこなせます。

そして、次回は陽和がドライグと出会い力の継承を済ませた後の展開です。読了してくださった皆様、次回をご期待してお待ちください。
では、また次回お会い致しましょう。感想や評価、をお待ちしておりまーす。


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