FGOの映画マジで感動した。
なにあれ。もう素晴らしい以外の言葉が出てこないんですが。ストーリーはFGOユーザーなので知ってましたけど、やっぱり映画となるともう最高!!(語彙力皆無で草)
グラフィックも曲の入りも完璧でしょっ!!早く続きをやらなければと言う使命感に駆られてしまった。
だけど、ダンメモの四周年記念イベント『アエデス・ウェスタ』も捨てがたいからとにかく両方怒涛の勢いで進めているところです。
そして、今回は珍しく三万文字切りました。
陽和とセレリアがパーティを組んで大迷宮を攻略していく途中のところです。
というわけで、前置きはこのくらいにして早速最新話どうぞ!!
光が収まり転移した二人の眼前に広がる光景は、緑光石の淡い輝きが広がる何ら変わりのない暗い洞窟だった。
「ここが奈落一階層か」
「100階層と変わらないが……なるほど、空気が違うな」
しかし、セレリアの言う通り空気が明らかに100階層の時とは違う。何の技能も使わずとも感じる無数の気配は明らかに100階層の魔物を上回る強さを秘めていたのだ。
『相棒、俺は奈落のことに関してはオスカーからあまり聞いていない。だから、アドバイスは期待しないで欲しい。すまないな』
100階層の特殊な空間で眠りについていたドライグはオスカーから少し話を聞いていただけなので、事前情報は少ないためそう謝罪した。
そんなドライグに陽和は笑みを浮かべた。
「気にすんな。サポートしてくれりゃそれで十分だ」
『承知した』
「とりあえず、先に進むか」
『ああ』
「そうだな」
陽和はそう先を促すと、セレリアと共に早速歩みを進めた。
奈落一階層はまさしく自然の洞窟といった感じだ。表層の浅い階層のような四角い通路ではなく岩や壁があちこちからせりだし通路自体も複雑にうねっている。そしてその規模が桁外れだった。通路の縦横の幅は優に20mは超えており、少し歩いただけでも100階層の数倍の大きさはあることがわかる。
陽和とセレリアはお互いに四肢を変化させると、“気配感知”と“魔力感知”の技能を使って、広範囲を感知しながら疾走する。
肉体が大幅に強化された二人はかなりの速度で疾走する。しかし、彼らはそれだけの速度でありながらも決してその道中での痕跡探索を怠りはしていない。それに、陽和だけでなく、セレリアも陽和と同様の感知系技能を持っているため、探索効率は格段に跳ね上がっていたのだ。
そうして、疾走すること10分程、水音が聞こえてきた為音のする方向に向かうと、そこには幅5メートルの川があった。
「川があったのか、こんな地下に……」
「みたいだな。地下水脈の一種だろうな」
「そうか……」
陽和は手のひらに光球を生み出すと、川岸に屈んで川に光球を複数個放り投げる。
放り投げられた光球は赤光を放ちながら、川底に沈むと輝きを増して数十mの範囲の川底を照らす。
「………」
照らされた川底をしばらく目を凝らして見た陽和はしばらくして、力無くため息をついた。
「……この川底にはいないか」
『……俺が感知しても、川底に遺体らしきものは無かったな。ここにはないと見るべきだろう』
「そうみたいだな」
もしかしたら、川底に遺体が沈んでいるのではないかと思ったのだが、どうやら今見た範囲ではなかった。そして、別の範囲を探そうと顔を上げた時、別の探索を行っていたセレリアが声を張り上げて、陽和を呼ぶ。
「陽和、ちょっと来てくれ‼︎」
「なんかあったのか?セレリア」
陽和は一度中断してセレリアの元に駆け寄る。
セレリアは川岸に立っており、陽和が見えやすいようにその場をどき自身が見つけたものを見せる。
彼女が見つけたものはー
「……魔法陣?」
魔法陣だ。硬い石の地面に、1メートル以上の大きさの複雑な式が描かれた魔法陣がそこにはあったのだ。
「ああ。ここに刻まれてあった。だが、この魔法は……」
『火属性の。しかも、初級の初級だな。確か…』
「“火種”。火を起こす魔法だな」
陽和達はその魔法陣に刻まれた魔法の正体を看破する。だが、セレリアやドライグにはどうしても腑に落ちない点があった。
「なぜ、火種程度の魔法でこんなに大きな魔法陣を作る必要があるんだ?こんなもの、人間族でも10cmはいらないんじゃないのか?」
『同感だな。よほど適性がない限りはこんなに大きなものは必要ないだろう。上級ならまだしも、初級でここまで使うものがいるのは驚いた』
彼女らにはやはりその点が気がかりだった。
彼女らの言う通り、“火種”の魔法は魔人族は陣は不要だし、人間族のその辺の子供ですら10cm程度の魔法陣でできる代物なのだ。だからこそ、彼女らは驚いた。
だが、残った一人は異なる反応をしていた。
「は、ははは………」
「陽和?」
『相棒?』
魔法陣の前で片膝をつき、陣に触れていた陽和はずっと魔法陣を見ており、肩を震わせながら笑い始めたのだ。
セレリア達がそれに訝しみ陽和の顔を覗き込んだ時気づく。彼は、目の端に涙を浮かべながら、歓喜の笑顔を浮かべていたのだ。
陽和はこの魔法陣を描いた者に心当たりがあった。この魔法陣は棒とか石で描いた物ではなく、魔法で、錬成魔法で形成されたものだ。そして、錬成魔法を使い、魔法適性がほぼ無いもの。そんな存在など、一人しか思いつかなかった。
陽和はセレリア達に応えることもなく、静かに呟き始める。
「……あぁ、やっと見つけた。良かった。……ここに、流されてたのか……」
「い、一体どうしたんだ?」
『分からん。……いや、まさか……』
戸惑うセレリアにドライグはそう返すものの、陽和の言葉の意味を考えてやっと理解した。
『相棒、まさか……この魔法陣は、お前がずっと探している親友が描いたものなのか?』
「ッッ、そうなのか?」
セレリアもドライグの指摘に陽和がここまで喜んでいる理由に気づいた。
つまり、陽和はやっと見つけたのだ。親友の、南雲ハジメの痕跡の一つを。陽和はドライグの指摘に頷く。
「ああ、間違いない。この魔法陣はあいつが書いたものだ。恐らくは暖を取るために描いたのだろうな」
おそらく、あの大穴の底は川になっていてそこに落ちてここまで流され、なんとか川岸に上がって服を乾かし暖を取るためにこの魔法陣を書いたとその時の状況を陽和は自分なりに推測した。
ハジメかこの奈落に行き着いた経緯は彼の推測とは違う。だが、そんなこと瑣末なことだ。
ハジメの痕跡を見つけられたと言う事実があればそれでいい。
陽和は立ち上がると、笑みを浮かべながらセレリアに振り向いた。
「よし、セレリア。少しペースを上げるぞ。いいか?」
「構わんさ。急ごう」
陽和の意図を理解したセレリアは笑みを浮かべながら、陽和に賛同する。そして、再び疾走を始め、しばらく走った頃彼等は巨大な四辻の分かれ道にたどり着いた。
「どれにする?」
「右からでよくないか?どうせ全て探索するつもりなんだろ?」
「それもそうだな。じゃ、右端から行くか……ッ」
「ッッ」
そういって、右端の道に入ろうとした時陽和とセレリアはほぼ同時に身構える。
四辻の左から2番目の道の奥から複数の気配を感じたからだ。そしてその気配の主達はすぐに姿を表した。
「グルゥア‼︎‼︎」
「ガァァ‼︎」
獣の唸り声と共に、正面の通路の奥から白い毛並みの狼のような魔物が姿を表したのだ。その白狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が2本あり、赤黒い線が体に走って脈打っている。そして、二尾狼が正面から現れた瞬間、少し離れた複数の岩陰から更に三体の二尾狼が姿を表したのだ。
「……群れで活動するタイプか」
「みたいだな。ここは奴らの狩場のようだぞ」
「ああ。だが……なんと言うかなぁ……」
囲まれたと言うのに、身構えたまま二人はそう呑気に言葉を交わしていた。その間にも、二尾狼達は唸り声を上げながら二人の距離を詰めていく。
やがて、距離を詰めた二尾狼の一体が雄叫びをあげて陽和に襲いかかった。しかし、
「……遅ぇよ」
襲いかかった二尾狼は陽和の手から放たれた火炎に飲まれ、あっという間に消し炭になった。
「フッ!」
同時に、セレリアも動き自身の最も近くにいた二尾狼に一瞬で肉薄すると、頭部を掴み力任せに首を引きちぎった。一瞬にして仲間が二頭も殺されたことに、二尾狼達は危機を感じたのか、少し距離を取りグルルと唸りながらその尻尾を逆立てると放電を始めた。
「グルゥア‼︎」
「ガァルゥア‼︎」
咆哮と共に二つの電撃が陽和達目掛けて乱れ飛ぶ。だが、二人は迫る雷撃に焦ることはなくひどく落ち着いた様子だった。いや、それどころか心なしか期待外れのような顔もしている。
「……チッ、“ファイアボルト”」
「……“
陽和は残念そうに舌打ちすると手から炎雷を放ち、セレリアは右腕を振るい鉤爪に纏わせていた氷の刃を4本放つ。炎雷と紫氷は迫る雷撃を容易く打ち消して、その先にいた二尾狼達を断末魔の悲鳴すら上げさせずに瞬殺した。
四体の二尾狼を瞬殺し再び静寂が戻った洞窟で、陽和は力なくつぶやいた。
「………魔物って、こんな弱かったか?」
「……いや、仮にも100階層より下なのだから、弱くないはずはないんだがな」
陽和の呟きにセレリアも微妙な表情を浮かべて賛同した。
今の二尾狼達はあまりにも手応えがない相手だったのだ。奈落というぐらいだから、100階層の魔物達よりも遥かに強いと勝手に思っていたが、実際には多少強くなった程度に過ぎなかったのだ。
大迷宮の魔物とはこの程度の強さだったか、と疑う二人にドライグは多少呆れながらも告げた。
『単純にお前達が強すぎるだけだ。二人とも肉体が大幅に強化されていることを忘れるな』
「だとしてもよ、こんなに変わるものか?」
『ああ、変わるな。というより、相棒は自分のステータスの上がり幅を見ただろう?』
「……まぁそうなんだが…」
陽和はドライグの言葉に言い淀む。
赤竜帝の力を継承し転生して肉体のスペックが大幅に上がったのは嬉しいことだが、100階層に辿り着くまでにあんなにも苦労したのに、今となっては魔物を弱いとすら感じてしまっていたことに少し物足りなさを感じていたのだ。
「まぁいいんじゃないか?強くなればその分だけ、探索も早くできるだろ。なら、いいこと尽くしじゃないか」
「……それもそうか」
ドライグだけでなくセレリアにもそう指摘され、陽和はようやく納得を示す。確かにそう考えれば、プラスしかない。
「………ん?なんだあれ」
ふと、陽和が視界の端に映ったあるものに気づきそちらに視線を向ける。その視線の先にあったのは、人一人分が通れるほどの大きさの入り口がある小さな洞穴だった。
「……あれは……」
「見た感じ、洞穴だが……人工的に、作られた感じがするな」
『ああ、俺もそう思う。あれは、魔法によって作られた洞穴だ』
セレリアとドライグも陽和の視線の先にある洞穴に気づいた。近づいてみると、明らかに人工的に作られたような形状をしている洞穴だ。
中に入りしばらく進むと、小さな空間にたどり着く。明らかに、安全性と快適さのある拠点であり、誰かがいた痕跡があったのだ。
「これは……誰かがいたな」
「ああ。小さな石の容器のようなものもある。……土魔法じゃないな。錬成魔法で加工したのか?」
セレリアが石床に転がっていた小さな石の容器を手に取りそれらを分析する。
彼女が手に取った容器は、地球にもあるような試験管型だった。それを横目に陽和は部屋の探索を続ける。
「ッッ、これは……」
そして陽和は決定的なものを見つけた。
部屋の奥に無数に転がる小さな金属の礫のようなもの。円柱型で先端は円錐のように尖っている小さな物体だ。
「なんだそれは?」
『鉄の礫か?初めて見る形状だな』
何かを見つけ、動きを止めた陽和にセレリアが後ろから覗き込みながらそう尋ね、ドライグも初めて見るものに不思議そうな声を上げた。
だが、陽和はこの鉄の礫がなんなのか知っていた。当然だ。知らないはずがない。なぜなら、これは地球の現代兵器──拳銃から発射されて飛ぶ物体──銃弾なのだから。
「くっくく、ハハハハハハハハッッ‼︎あいつ、ついにやりやがった‼︎完成させたのか‼︎アレを‼︎‼︎」
陽和は思わず声をあげて笑った。部屋中に、もしかしたら外にも聞こえているかもしれない歓喜の笑い声にセレリアとドライグはぎょっとする。
「ど、どうした急に⁉︎」
『相棒はコレを知っているのか?』
二人の問いかけにも答えずにしばらく笑い続けた陽和は、やがて落ち着いた後笑みを浮かべながら二人の問いかけにやっと答えた。
「ははは……ああ、知ってるさ。知ってるに決まってる。これは銃弾。俺達の世界の武器──銃から放たれる物体のことだ。お前達にもわかりやすくいうと、弓の矢みたいなものだ」
銃の存在を知らない二人に陽和はわかりやすい武器に例えて説明する。
「銃?それは強力な武器なのか?」
「ああ、滅茶苦茶強力だ。遠距離用の武器でありながら、弓よりも遥かに早くて強力で、何人でも簡単に殺せてしまう。しかも、魔法ではないから、どんな人間でも扱える凶悪かつ強力な武器。俺達の世界では戦争に使われる一般兵装だ。この世界でなら、戦争事情を一変できるものの代物だな。
間違いない。これを作ったのはハジメだ。異世界の兵器を知っている錬成師などハジメ以外あり得ないからな」
『ほう、それは興味深いな。そんな武器がそちらの世界には存在しているのか』
陽和の説明にセレリアとドライグは興味深そうに頷いた。陽和は満足げに頷くと再び銃弾に視線を戻す。
「ここでこれを作ったってことは、この階層で必要な材料は全て揃ったということか。燃焼石あたりが火薬代わりで、他は熱に強い鉱物を使った感じか?それに、あいつのことだ。
銃以外にも現代兵器はいくつか作ったと見ていいな。ハハッ、前に話したことはあったが、本当に作成しやがった」
一人陽和はぶつぶつと呟きながら、ハジメが成した事に心底嬉しそうな表情を浮かべる。
前にハジメと二人きりでこんな武器作れないか、など色々と相談して想像を膨らませていたが、まさかこんな地の底で実現してるとなど誰が思うだろうか。
そして、銃を作成したということは、ハジメの生存確率は大幅に上昇していることを意味している。
魔法適性もなく、ステータスも一般人レベルしかないが、それを補ってあまりあるほどの強力な兵器、それがあれば、ハジメ一人でも魔物達と戦えるようになるはずだ。
「これなら、あいつの生存もかなり希望が持てるな。これで、戦闘面での心配は無くなったが、問題は食糧だよな。あいつ、まさか魔物の肉を食ったりなんてしてないだろうな?」
戦闘面での心配は無くなったが、それ以上に食料面の心配があった。
ハジメがここで銃を使った後は、下層へと向かったと仮定した場合もやはり食料の心配が残っている。ここにまともな食料があるはずもなく、あっても魔物の肉だけだ。だが、魔物の肉は人間にとっては致命的な毒物だ。
魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ脅威的な身体能力を発揮する。体内をめぐり変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にするが、この変質した魔力やそれを含んだ肉を人間が取り込むと、体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのだ。
ハジメもそれは知っているはずだが、まさか飢餓感で頭が麻痺して口にしてはいないだろうか?と陽和は危惧していたのだ。
しかし、そこまで考えて陽和はかぶりを振り、その思考を打ち止めた。
「………いや、ここでどれだけ仮説を立てても意味がない、か」
そうして陽和は思考を切り替えようとした時、ふとある事に気づく。
「……そういえば、セレリア」
「なんだ?」
「ここに来るまでの食料はどうしていたんだ?携帯食料とかは持っていたのか?」
「ん?」
セレリアは自分とは違い、バックパックらしきものは持っていなかった。寝袋もなく、何か食料を持ち歩いている様子もない。
ならば、彼女は国から逃亡し彼と出会うまでの間の食料はどうしていたのかとふと気になっていたのだ。セレリアは一瞬キョトンとすると、平然と答える。
「ああなんだそんなことか。食料は持ってなくても、そこら辺にあったからな。全然腹が減るなんてことはなかったぞ」
「そこらへん?」
「魔物だよ。私は、魔石を埋め込まれていて、実質半分魔物だからな。魔力も操作できるし、魔物を食べたところでなにも問題はないんだ」
「あぁなるほど」
魔力を豊富に含んでいる魔物の肉は取り込むと、人間の体は破壊されるが魔力操作の技能があれば、その取り込んだ魔力を操作することで細胞破壊を免れるということだろうか。
なんにせよ、魔力を操作できれば魔物の肉を食べても死なないというのは、彼女が自身の身で検証済みらしい。なるほど、と納得する陽和は気づいた。
「てことは、魔力操作は俺も持ってるから、俺も魔物肉を食べても問題ないってことか?」
『ああ、恐らくな。相棒も魔物肉を食べてもなにも起きないはずだ』
「へぇ、そりゃ得をしたな」
思わぬところで食料の問題が解決できた事に陽和は若干嬉しそうに頷く。
しかし、それを聞いてセレリアはげんなりとした表情を浮かべ、力無く呟く。
「…………味は、保証しないがな」
「…………まずいのか?」
「……………………相当、な。慣れてないやつは、吐くぞ」
「…………マジか?」
「…………大マジだ」
「………うげぇ」
魔物肉の味もよく知っているセレリアの実感のこもった言葉に、陽和もげんなりとした表情を浮かべた。食料面の問題は解決したが、今度は味の問題が浮上してしまった。
「………調味料でなんとかなる?」
「………分からない。ただ、少しは改善される、はず、だ」
「………そうか、ならそれに期待するか」
一応調味料は持ってきているので、それでゲテモノをなんとか調理するしかないだろう。そう腹を括った陽和は拠点の外へと足を向ける。
「もうここはいいのか?」
「ああ。もう調べれるものは全て調べたからな。次の階層に続く階段に向かおう」
「分かった」
そう言って、二人は拠点から出て外に出る。
外に出ると、入り口から少し離れたところに白い毛玉が跳ねていた。
「あれって……」
「兎、だな」
白い毛玉の正体は兎。兎らしく長い耳があったが、大きさは中型犬くらいで、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より、先程の二尾狼と同じように赤黒い線がまるで血管のように浮かんでおり脈打っていた。
「兎型の魔物もいるのか」
「なんだ。陽和は初めて見たのか?」
「ああ。この大迷宮じゃ見てないな」
「確かにここでは見てないな。私も雪原の方でしか見なかったな」
少し離れたところに魔物があるというのに、二人はまたしても和気藹々と話をしている。そして、隠れもせずにそんなことをすれば、当然二人はすぐに見つかる。
「キュウ!」
二人の気配を感じ取ったのか、兎は二人を赤黒いルビーのような瞳でしっかりと捉えると、体ごとこちらへと向き、兎らしく可愛らしい鳴き声を上げながら足をたわめグッと力を溜め始めた。
「ほら、隠れないからこっちに来てしまうぞ?」
「別に問題はないだろ」
それでもなお二人は呑気に話を続けている。
そして、兎は足元を爆砕しながら、残像を引き連れてとてつもない速度で突撃してきた。兎がまず狙ったのは陽和だ。
「キュウ!」
兎は陽和との距離を詰めるとその太く長い足をしならせて陽和に回し蹴りを叩き込んだ。
ドパンッ!
およそ蹴りとは思えない音を発生させた砲弾のような蹴りが陽和の顔面にクリーンヒットすると思われた。だが、
「へぇ、そのサイズでベヒモス以上の突進力か…普通にマシなのもいるんだな」
「キュウ⁉︎」
陽和は平然と竜の腕でしっかりとその足を受け止めていたのだ。渾身の蹴りを止められた事に、兎は戸惑いの声をあげると、陽和から離れると空中を踏みしめて陽和と距離をとり地面に降り立つ。その動きに、陽和だけでなくセレリアも目を見張る。
「空中に足場を作る技能持ちか」
「さっきの狼よりも強いな。なかなかやるようだぞ?」
「みたいだな」
またもや軽口を交わす二人に兎は再度、地面を爆発させると陽和へと突撃した。迫る兎に対して陽和はヘスティアの柄を掴むと一瞬で抜き放ち、炎纏う剣で兎を正面から両断した。
「キュ?」
一瞬で両断されたため、兎──蹴り兎は何が何だかわからないような声を上げながら、慣性に従い陽和の後方に二つになって生々しい音を立てながら落ちる。
断面は炎で焼かれたからか、血は流れておらず焼かれた肉や骨が見えていた。
「さて、兎を仕留めた事だし……」
陽和は剣を鞘に納めると蹴り兎の死体に近寄りその死体の片割れを手に持つ。
「なにをする気だ?陽和」
「いや、俺達の世界ではジビエ料理って言って兎とか猪、あとは熊とか鹿の天然の野生動物を使った料理があるんだよ」
「まさか、今ここで食う気か?」
セレリアは陽和が今この場で早速魔物肉を食べようとしている事に気づく。先程、大丈夫だという話をしたから、早速試すつもりなのだろう。
「ああ、ちょうど兎だし。初めて食うのには抵抗がないやつだろ。それに、魔物肉の味も知っておきたいし。セレリアも食べるか?」
「……私は、味を知ってるから、遠慮しておくよ」
「りょーかい」
蹴り兎の死体を短剣を使って器用に解体していく陽和の問いかけに、セレリアは多少引き攣った笑みを浮かべながら遠慮した。
陽和は毛皮を剥いで簡単に筋を取り除くと、太い足をチキンレッグのように掴み手から炎を出して丸焼きにする。
『焼いて食べるのか』
「生じゃ、流石にちょっとな」
流石に血が滴る生肉の状態で食うのは陽和といえど躊躇は当然である。だから、簡単な手法としてシンプルに焼いて丸焼きにする事にしたのだ。
そして、色は茶色で見た目は見事なローストチキンならぬ、ローストラビットが出来上がった。見た目こそ美味しそうだが、陽和は魔物肉の味をセレリアから聞いているため少し躊躇うものの、やがて意を決し、
「そんじゃ、早速いただきます……」
口を大きく開き、兎肉に噛みつき引き千切ると一気に飲み込む。
そして結果は…………
「オエェェェッッ」
「ああもう、だから言っただろ。不味いって」
少し離れた場所で吐く陽和の背中をセレリアが同情に満ちた声で慰めながら、優しく摩っている姿を見れば一目瞭然だった。
▼△▼△▼△
それから10分後。魔物肉のあまりの不味さに、軽くショックを受けた陽和はしばらく立ち直れなかったが、やがて立ち直り探索を再開させた。
「……絶対、美味くなる調理法を見つけてやる」
「……そんなにショックだったのか」
通路を歩きながら、陽和は悔しそうに呟きセレリアが若干呆れ混じりにつぶやいた。
どうやら、魔物肉の不味さにショックを受けた陽和はなんとしてでも魔物肉を美味しくする調理法を見つけようとしているらしい。
料理はもともと得意だったからか、負けず嫌いの性か、なんであれ魔物肉は陽和のなんらかのスイッチを押したようだ。
そんな中、ドライグが話しかける。
『そういえば、相棒』
「ん?どうした。ドライグ」
『ここはちょうどいい広さだから、探索も兼ねて飛行練習もしてみないか?』
「あー、そうか。しておいたほうがいいか」
ドライグの言葉に陽和はそうだったと頷く。
赤竜帝の力を受け継いだ以上、力を使いこなすのは必須。そして、完全竜化がまだできない以上、部分竜化で翼や尻尾などの、竜として使う器官の操作を慣らしておく必要があった。
「セレリア、悪いんだけどこれ持っててくれないか?」
「ああ構わんぞ」
陽和はセレリアにバックパックを預ける。受け取ったセレリアは少し離れたところにある岩に腰掛けた。そして、陽和は彼女と距離を取ると“部分竜化”の技能を発動する。
「“部分竜化”」
陽和は四肢の他にも翼と尻尾が背中と腰から生えてくる。新たに生じた奇妙な感覚に陽和は少し戸惑いながらも意識を集中させる。
『まずは飛ぶことよりも、動かす事に専念したほうがいいかもな』
「おう」
ドライグのアドバイスに従いパタパタと翼や尻尾を動かすものの、まだぎこちなく自在に動かすのは時間がかかりそうだった。
「うーん、やっぱ難しいな。これ」
『まぁ最初はそんなものだろう。もう少しやってみろ』
「ああ」
それからしばらくパタパタと動かしたりして、翼や尻尾の動作に慣らした後、早速飛ぶ練習に移る。
『まずは大きく広げてみろ』
「こうか?」
陽和は翼をバサァと大きく広げる。その状態でパタパタと動かしてみれば、何か空気を掴むような感覚があり、自分の体が少し上に上がったのを感じた。
『よし。ならそのまま一度羽ばたいてみろ。踏み込んで跳躍すると同時にな』
「おう」
陽和はドライグの言葉に従い、翼を広げたまま屈んで足に力を込める。そして、跳躍と同時に、翼で大気を打つように勢いよく羽ばたかせる。
そうすると、陽和の身体は勢いよく上に飛び上がり、そのまま………
「やべっ」
「『あっ』」
ドガンと天井に突っ込んだ。
勢いが強すぎたのだろう。30m近く上にあったはずの天井に、陽和は上半身半ばまで埋まっていた。逆犬神家だ。
「「『……………』」」
沈黙が3人の間に流れる。
天井に突き刺さりぷら〜んと尻尾を力なく下げながらぶら下がる陽和と、それを見上げながら絶句するセレリアという構図はシュールだった。
『………相棒。力を入れすぎだ』
「……………ぁぁ」
しばらくしてドライグが呆れ混じりに嘆息して陽和はくぐもった声で短く答えた。陽和は天井に鉤爪を突き立てて自分の体を引き抜く。そしてそのまま翼を広げたまま滑空をするようにゆっくりと降下していった。
「あー、びっくりした」
「それはこっちのセリフだ。いきなり突き刺さったのは驚いたぞ」
「いや、だってああなるって誰が思うよ?」
「誰も思わんな」
「だろ?」
確かにあんな事になるとは誰も思わないだろう。というか、飛び上がって天井に突き刺さるなどベタすぎて思いつかない。
『とにかく、今度は跳躍なしで羽ばたきもほどほどでやってみようか』
「そうだな」
陽和は気を取り直して、再び飛行練習を始める。ただし、今度は跳躍なしかつ勢いをだいぶ弱めてだ。
恐る恐る翼を動かして、パタパタした動きから段々と動きを大きくする。そうすると、陽和の身体は段々と浮いていき、ついに足が地面から離れる。
「おっ、おぉぉ〜〜」
初めての感覚に声を上げながらも陽和は集中して、飛ぶ事に専念する。しばらく空中を不安定に上下しながらも、ホバリングを成功させた。
「おぉ、出来た」
『いい感じだ。なら、今度は前に進んでみるか』
「えーと、こんな感じか?」
陽和は翼を自身の後方の空気を打つように動かす。そうすれば、自身の身体は前へと弾くように動き、一度の羽ばたきで4m程の距離を進んだ。
「おー進んだぞ」
『相棒は筋がいいな。この様子だと、すぐに自在に飛べるようになるだろうな』
「だといいんだがな」
そう言いながら、陽和はまた飛び上がって前へ飛んだら、今度は後方へ飛ぶのを試したりと様々な飛び方を試していた。
それから、陽和が飛行練習を終わらせたのは30分後だった。満足そうな表情を浮かべた陽和はずっと岩に座り様子を見ていたセレリアの元に近づいた。
「わり、セレリア。思ったよりも楽しかったもんで、つい」
「大丈夫だ。飛行練習はお前には必要な事だろう。なら、別に止める理由などない」
近寄ってくる陽和にバックパックを返したセレリアはそう言う。そして、彼女は何かを思い出したのか嫌な笑みを浮かべる。
「それに、ふふっ、お前が墜落したり激突したり、突き刺さったりするのを見ているのは…くくっ、楽しかったぞ」
「なっ、おいっ」
陽和は飛行練習中は何度も墜落したり、壁に激突したり、また天井に突き刺さったりもしていた。セレリアはその様子を遠くからはっきりと見ていたため終始笑いを堪えていたのだ。
セレリアにそう言われて、陽和は珍しく若干赤面した。
「ふふっ、お前も私のことを揶揄って笑っただろう。お返しだよお返し」
「ぐっ、お前根に持ってたのかよ」
「さて、何のことやら」
セレリアはそう答えると、岩から立ち上がり陽和の横を通り過ぎて顔だけ後ろに向けると勝気な表情で陽和に言う。
「ほら、探索を再開しないのか?早く行かないと置いていくぞ」
「……はぁ、わぁってるよ」
嘆息しそう答えた陽和はバックパックを肩にかけて小走りで彼女の元に走り寄ると隣を歩く。
「翼と尻尾は出したままなのか?」
「ああ、慣らした方がいいからな」
「戦闘中に間違ってどっかに飛ぶなんてことはしてくれるなよ?」
「そんなヘマはしねぇよ」
その後、時折襲いかかる蹴り兎や二尾狼の群れを片手まで瞬殺しながら探索を続けた彼らはあらかた調べ終えた。
「もう、だいぶ調べたな」
「ああ、あとは下層への階段だけなんだが、なかなか見つからないな」
「まぁあとはこの通路しかないからこの先にあるのは間違いないだろ」
「そうだな。……と言いたいところだが…」
セレリアはそう話しながら、通路の奥へと視線を送る。彼女は通路の向こうから今までで一番強い気配が近づいているのを感知したのだ。
それは陽和も同様であり、怪訝な眼差しを通路の奥へと向けていた。
奥からは断続的に足音が聞こえており、その暗闇からは巨大な魔物が現れた。
「……グルルル」
奥から低い唸り声と共に現れたのは熊のような姿を魔物だった。2mはあるだろう巨軀に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っており、足元まで延びた太く長い腕には30cmはありそうな鋭い爪が3本生えている。
その爪熊が、陽和達を視界に捉えこちらに威嚇していたのだ。
「今までで一番強いんじゃないか?」
『そうだな。おそらくは、ここの階層主の魔物だろう』
「確かに、そんな感じがするな」
眼前に迫りつつある爪熊を前に3人は冷静に分析する。そして、何を思ったのか、セレリアが陽和の前に出たのだ。
「陽和、私にやらせてくれ」
「おう、任せた」
陽和もまだ出会って短いがセレリアの実力は把握してるので彼女に任せてその場で静観することにした。
セレリアだけが前に出て、手をバキバキと鳴らしながら爪熊ヘ近づく。爪熊もまたジリジリと唸り声を上げながら近づき、
「フッ!」
「グゥルァ‼︎」
ほぼ同時にお互いに突進する。爪熊はその巨体からは想像できないほどのスピードで突進して、セレリアが自身の剛腕の間合いに入った瞬間に、その長い腕を使って鋭い爪を振るう。
しかし、その豪風を伴う強烈な一撃は虚しく空振りし、逆に懐に潜り込んだセレリアのサマーソルトを顎にくらった。
「グゥウ⁉︎」
顎をかち上げられた爪熊は蹴りの勢いに負けて、大きく後ろに倒れ込んだ。
倒れ込んだ爪熊はすぐに立ち上がると、平然と佇むセレリアに血走った眼光を向けた。どうやら、彼女を『敵』と認識したようだ。
「ガァァルゥァァァ‼︎‼︎」
咆哮を上げながら再度凄まじい速度で突進する。そして、今度こそその太く長い剛腕でセレリアを切り裂かんと爪腕を振るう。
固有魔法でも使っているのか、三本の爪は風を纏っており、僅かに歪んで見えた。その豪風纏う鉤爪が何の構えも取らないセレリアに振り下ろされたが、今度はガキンと音を立てて爪熊の風纏う鉤爪が、セレリアの鉤爪によって受け止められていたのだ。
「……速度、威力共に中々だが、やはり弱いな。相手にもならん」
「グゥルァ⁉︎⁉︎」
セレリアが嘆息混じりに呟いた直後、彼女は爪熊の腹部に強烈な蹴りを見舞う。何の予備動作もなく腹部に突き刺さった刺突の如き蹴りに爪熊は口から大量の血を吐き出しながら大きく吹っ飛ばされる。
壁に叩きつけられた爪熊は、まだ動けるのか反撃の為に体を起こし怒りを宿した眼光をセレリアに向けて、そして凍りつく。
なぜなら、15mは離れていたはずのセレリアが既に目の前にいて、自分よりも巨大な紫氷の鉤爪を振りかざしていたからだ。
「これでとどめだ」
琥珀色の眼光を携えた白銀の狼は、冷酷な声音で告げると眼前で硬直するここの階層主に向けて鉤爪を振り下ろした。
爪熊は本能に従い横っ飛びで回避しようとするものの、セレリアの攻撃の方が圧倒的に速く、今まで自分が他の獲物達にしてきたように鉤爪で切り裂かれた。爪熊はズルリと四つに分かれて噴水のように血を噴き出しながら崩れ落ちる。
爪熊を蹂躙し、頬についた血を拭うセレリアに陽和は拍手をしながら近づいた。
「お疲れ」
「この程度の相手で疲れるものか」
「だろうな」
「まあそれはそうと、陽和」
「なんだ?」
セレリアはニッと嫌らしい笑みを浮かべると、眼前で転がる爪熊の死体を指差した。
「コレは食わないのか?」
彼女の言わんとしてることを察した陽和はうんざりした表情を浮かべる。
「……パスで」
陽和は若干目を逸らして手で拒絶の意思を示しながらそう言った。
つまり、セレリアは兎肉を食べたんだから、熊肉も食べてみたらどうだと言ってるのだ。
「だが、熊肉もジビエ料理なんだろ?なら、味見してより研究するべきじゃないか?」
「だとしても、今じゃないだろ?」
「そうか?この先も熊型に会えるとは限らんだろ。試せる時に試した方がいいんじゃないか?」
「お前楽しんでるだろ?」
終始嫌な笑みを崩さずにそう話すセレリアにジト目を向ける。どうやら、彼女は陽和が魔物肉を食してショックを受けたのが、中々に面白かったようだ。
『そうだぞ相棒。美味くなる調理法を見つけたいなら、素材の味はしっかり知っておくべきじゃないのか?』
「お前はドラゴンだろうが。調理云々関係ないだろ。つか、悪ノリすんな」
まさかの悪ノリした相棒に陽和はすかさずそうツッコむ。普段は大人びて揶揄う側に回る事が多い陽和が、イジられている光景は雫やハジメが見れば目を丸くさせるかもしれない。それほどに珍しい光景だった。
全く、とため息をついた陽和はセレリアの肩を叩きながら彼女の前に出る。
「とっとと次の階層に行くぞ」
「ふふっ、分かってる」
可笑しそうに笑うセレリアはそう言いながら陽和の後に続く。
魔人族でありながら獣の力を持つ兵器にされた少女と人間族から竜人に転生し内に赤竜帝を宿す少年。
出会いは突然であり、パーティー結成からまだ1日も立っていないが、それでもお互いを名前で呼び、信頼を預けているその姿は、まさしく仲間だった。
▼△▼△▼△
時は少し過ぎた頃、場所は変わってオルクス大迷宮奈落
その館のベッドルーム。大きなベッドには二つの人影が寝転がっていた。
一人は長い金髪に紅い瞳の小柄な少女。そして、もう一人は白髪に少女とは異なる赤い瞳の青年。少女が小柄な体型であり、もしかすれば子供と勘違いしてしまいそうなほどだ。そして、青年の方はというと鍛え抜かれた肉体の他に右目を眼帯で隠しており、左腕も二の腕から先が欠損していた。
青年の腕枕で少女が寛いでいた時、少女はふと顔を上げて青年に尋ねた。
「ねぇ、
「んぅ?どうした、ユエ」
『ハジメ』そう呼ばれた青年は、寝ぼけながらも腕枕でくつろぐ少女ーユエに視線を向けた。
そう。容姿や雰囲気は大きく変化している。だが、それでも生きていたのだ。陽和が今もなお探している大親友『南雲ハジメ』は。
容姿の変化や今までどうしていたかも気になるものの、それでもハジメは確かに生存してこの奈落の最終階層に辿り着いていたのだ。
そして、ハジメの腕に頭を乗せるユエという少女は、奈落で出会った吸血鬼族の生き残りであり、今はパーティーメンバーであると同時にハジメの恋人でもある。
その事実を、陽和が知ってしまったらどんな反応をするかはさておき、ユエは顔を上げてハジメの顔を見上げながらあることを尋ねた。
「………ハルトって、どんな人?」
「は?なんでお前がその名前を知ってんだ?」
ハジメは本来彼女が知らないはずの名前を口にしたことに寝ぼけていた意識が完全に目覚め、疑惑の声をあげながら、思わず怪訝な視線を向けた。その視線にユエは淡々と答える。
「……ハジメ、ずっと寝言で、その人に謝ってた」
「は?マジかよ」
「……うん」
「………」
ユエの頷きにハジメは彼女から視線を逸らして、天井を見上げ自分のかけがえのない親友のことを思い出す。
陽和がハジメのことを大切な親友だと思うように、ハジメもまた陽和の事を大切な親友だと思っている。とはいえ、まさか寝言で謝るほどとは自分でも思っていなかった。
「なぁ、そんなに知りたいのか?」
「うん。きっと、ハジメにとって大事な人だから」
ハジメの問いかけにそう答えたユエにハジメは一度ため息をつくと、観念したのか話し始める。
「仕方ねぇか……ハルト……紅咲 陽和はガキの頃からの唯一の大親友だ」
「親友……ハジメ、いたの?」
「あぁ?お前、それはちょっと失礼じゃないか?」
ハジメはユエのあまりの物言いに思わず頬をピクピクと痙攣させながらドスの効いた声を上げてしまう。だが、すぐに落ち着いた表情になると静かに語り始めた。
「ったく…あいつと出会ったのは…今から7年前ぐらいだったかな」
ハジメと陽和が出会ったのは小学4年生の頃。7年ぐらい前だった。
有名俳優の息子であり、容姿も優れていた陽和はその時には既に才能を発揮しており、勉強、スポーツ、何でもできてしまう才能に溢れた少年だった。だからこそ、人気者になるのは必然であり、彼の周りにはいつも人が集まっていた。男子も、女子も、先生も。陽和が中心にいて、彼こそ物語の主人公や王子様じゃないのかって思うほどだった。
「あいつは何をしてもすごかったな。勉強も運動も一番で、なのに偉そうじゃなくて面倒見は良かったから、誰もがあいつを頼っていたよ」
既に妹達がいた陽和は、その面倒見の良さを学校でも発揮させていた。勉強でわからないところがあればアドバイスしてあげるし、運動では他の子にも活躍させようとサポートに回ったこともあった。学級委員長でもあり、先生の指示を受けながらもクラスでの決め事は殆どが彼が中心になって行われていた。
陽和は多くの人に頼られ、慕われていたのだ。
「俺は昔は本とかゲームばっかで、ずっと教室の隅っことか図書室にこもって一人で黙々と遊んでいた」
本人が言った通り、当時のハジメは高校生の時と同じように本やゲームばかりしていた。成績は平凡であり、運動はできない方だった。特に目立つところもなかったハジメは、当然陽和との関わりなんてあるはずがなかった。四年生になって初めて同じクラスになったハジメはいつも輪の外で陽和の活躍を見ながら、黙々と一人で本やマンガを読んでいた。
「俺とは住む世界が違うし、何の関係もないから何も起こらない。そう思っていたよ。けど、ある日それは変わった」
「それが……」
「俺とあいつが親友になったきっかけだな。確か、あの時は雪が降っていた」
小学4年の冬、雪が降っていた日だった。
あいも変わらずハジメは図書室の隅っこでマンガを読んでいた。先生も所用で席を外しており、誰もいない静かな図書室。そこで一人黙々と本を読んでいたハジメにある者が声をかけてきたのだ。
陽和だ。
どういう要件かはわからないが、図書室に来た陽和はハジメへと声をかけたのだ。
『なぁ、君本好きなの?』
二人の出会いの第一声はそれだった。
顔を上げれば、とても興味深そうにハジメを上から見下ろしていたのだ。
それが彼との出会いだった。
最初は学校一の人気者である陽和が何の取り柄もないモブキャラのような自分に話しかけるなど、一体何の意図があってと疑ったものの、それが杞憂であることはすぐに分かった。
陽和はハジメがしていることをただ知りたがっていたのだ。
ハジメも純粋で真っ直ぐな心を向けてくる陽和に悪い気がしなかったのか、陽和に聞かれたことを次々と答えていった。
自分の趣味である本や漫画にゲームのこと、家族のことなど自分の事を色々と話していった。なぜ出会ったばかりの人間にそんな話をしたのかは自分でもわからない。だが、彼ならば受け入れてくれると思ったのだ。
陽和はハジメがどんな内容を話しても、決して嫌な顔一つしなかった。自分が知らなかった世界を教えてくれるハジメを気に入ったのか、その次の日もさらにその次の日も、そのまた次の日も陽和はハジメに声をかけては色んな話をしたのだ。
「あの時は驚いたなぁ。一度きりだと思ったら、陽和は毎日毎日俺のところに来ては色んな話を聞きにきたんだよ」
当時を思い出してか、ハジメは懐かしそうに呟く。毎日毎日犬のように擦り寄ってくる陽和にハジメは驚きっぱなしだったのだ。
だが、ハジメの趣味をなんも引かずに聞いてくれる陽和に、ハジメもまた絆されたのか毎日陽和と談笑をしていた。
「とはいえ、人気者の陽和とぼっちな俺が仲良くしていた事をよく思わない連中もいた。そんな奴らには陰口を叩かれたし、陽和に直接関わるのをやめた方がいいって言ってきた奴もいたぐらいだよ」
陽和は人気者だ。そして、その人気者が全く目立たない暗い奴と仲良く話している事をよく思わないものだっている。そんな人達からはやっかみもうけたし、陰口も叩かれた事もあった。
ただ、ハジメはもうその時点でスルー技術を会得しており、どんなやっかみであっても事なかれと気にしていなかったのだ。
直接的な手段を取られる事があったものの、それは陽和が偶然遭遇して怒ったり、近寄らせたりしなかった事で事なきを得ている。
陽和に直接ハジメと関わるのをやめた方がいいと嫉妬のままに言ったものもいたが、そんな彼らに陽和は真顔で『何でそんなことする必要があるの?俺がハジメと仲良くなることを、君達がどうこう言うことじゃないよな?』なんて返したぐらいだ。
しかし、ハジメはどうしても気になったのだ。
やっかみをうけるのは別にいい、もうそんなものは受け流せるからだ。だが、陽和がそこまで言い切った意図がわからなかったのだ。
「だから俺は思い切って聞いてみたんだ。『何で、そうまでして僕と仲良くするの?』って」
そう尋ねられた陽和はきょとんと一瞬首を傾げると、真顔でこう答えたのだ。
『だってハジメは俺のことを何も気にしないで話してくれるだろ?俺はそれが嬉しいんだ』と。
彼は『俳優の息子』『天才』『神童』『優等生』『神社の息子』など周りから色々な肩書きで見られており、多くの人間がその肩書きに引き寄せられ集まっていた。しかし、陽和はそんな風に特別扱いされるのが嫌だったのだ。
だからこそ、何の気兼ねなく話せるハジメの存在が彼にとっては嬉しかったのだ。
つまり、陽和は『陽和』個人としてみてくれる『ハジメ』の事を気に入ったのだ。
そして唖然とするハジメに陽和は続ける。
『それにさ、親友って対等な関係のことを言うだろ?なら、俺とハジメみたいな関係こそ親友だと思うんだ』
彼曰く、『親友』とは心許せる仲であり、対等な立場にある者達のことを言う。何の肩書きも、色眼鏡もなくただその人個人として見てくれる人。それこそが彼が思う『親友』の形だったのだ。
それからはハジメも完全に陽和のことを受け入れて、親友と呼ぶ間柄へとなった。
それからはずっと一緒であり、中学も高校も陽和とハジメは一緒だった。ハジメは子供の頃からのスタンスを崩さずに、自分の道をずっとまっすぐに突き進んでいた。趣味を人生の中心において、学業など二の次。しかし、陽和はそんなハジメに呆れることはせず、困ったような笑みを浮かべながらも文句ひとつ言わずに付き合ってくれた。
いつからか、ハジメは自分に快く付き合ってくれる陽和を……、
「……兄貴みたいだなって思うようになってた」
「兄貴?親友なのに?」
「友達同士の間で兄弟分とかもあるからな、俺もその類いだった。一人っ子の俺はアイツのことを兄貴がいたらこんな感じなんだろうなって思ってたんだ」
最初の出会いこそ陽和の方が子供ぽかったが、時が経つにつれ陽和に弟妹が生まれ更には武術も習っていたからかあっという間にハジメや周囲のクラスメイト達よりも大人びたのだ。
加えて背も高く優しいため、小学生の時よりも更に頼られる存在になっていた。そんな彼にハジメも頼っていたし、何度も助けられた。
だからこそ、ハジメは陽和をいつしか頼れる兄貴としても見るようになったのだ。
「……もしも、ヒーローとか英雄とかがいるのなら、間違いなく陽和こそそれに相応しいと思った。そう思えるぐらいにアイツは頼もしくて、優しくて、そして強い存在だった」
そしてそれはこの世界に召喚されてからも変わらなかった。
「アイツはステータスにおいて勇者を凌駕していたんだ。さらに成長速度も他を引き離していて、きっとすぐに人間族最強になれるんじゃないかって思えるぐらいだった。
対する俺は大した才能もなく、ステータスは一般人程度。天職も戦闘に向かない錬成師だ。地球にいた頃から俺を揶揄ってたやつも、そうでない奴も多くのクラスメイト達が俺を無能だと蔑んでいた」
「……違う。ハジメは無能じゃない」
自嘲気味に呟くハジメにユエは耐えかねたのかハジメが言ったことを否定する。その目には、ハジメは凄い人だと言う気持ちがはっきりと浮かんでいた。
ハジメはクスリと笑うとそんな彼女の頭を腕を曲げて優しく撫でる。
「ありがとう、ユエ。まぁ一部の人間は俺のことを認めてくれたよ。陽和も当然その一人だった。アイツは俺と一緒に俺なりにできる戦い方を模索してくれたり、勉強や訓練にも付き合ってくれた。それは、俺らが地球にいた頃と何ら変わらない姿だった。
アイツにとっては例え世界が変わろうとも、俺が親友であることに変わりはなかったんだ」
彼がいたからこそハジメは今まで頑張って来れたんだと思う。彼の支えが、協力があったからこそハジメの心は折れなかったのだ。
しかし、そんな時だ。あの事件が起こってしまった。そう、ハジメが奈落に落ちてしまった事件だ。
「あの日、一人のクラスメイトの不注意で俺達は65階層に転移させられ、絶体絶命の危機に陥った」
誰もがパニックに陥り混乱する中、彼だけは違った。
「誰もが混乱する中、陽和だけはいち早く動いて冷静に状況を分析しながら、誰よりも前に出て戦っていた。陽和の鼓舞で恐怖に呑まれかけていた俺達も立て直せたんだ」
あの時誰よりも早く動き、誰よりも前で戦っていた陽和の叱咤があったからこそ、混乱していたクラスメイト達も早く立ち直りすぐに一致団結して戦う事ができた。
「アイツは誰よりも多く傷を負いながらも、それでも最前線で皆の盾になり道を開くことを躊躇わなかった」
戦っていても周囲に常に気を配り続け、危ない者がいたらすかさず援護に回り、再び最前線に戻る。陽和は最前線で全員の盾になりながら、同時に矛となり道を切り開いていった。
「そして、アイツは戦い続けながら状況を見て、ベヒモスと対峙していた全員を下がらせて自分一人でベヒモスを抑えることを決めたんだ」
「……たった一人で?」
「そうだ。アイツはたった一人でベヒモスを抑えて俺達が階段側に辿り着けるまでの時間稼ぎをしようとしたんだ」
状況を見て、人数と戦力を把握してベヒモスを抑えるのは神の使徒最強である自分一人にし、メルドや雫、光輝、龍太郎などの主力メンバーをトラウムソルジャーの群れの突破にあてることで、より早くクラスメイト達の安全を確保しようとした。
あまりにも無茶な作戦だったが、それでも陽和はたった一人、自分が死ぬことも覚悟してベヒモスに立ち向かったのだ。
「それを八重樫から聞かされた時、アイツなら出来るんじゃないかと思ったと同時に、いくらアイツでも無理なんじゃないかとも思っちまったんだ」
それは信頼し、親友の身を案じていたからこそだ。陽和が強いことなど誰よりも知っている。だが、世の中に絶対は存在しない。どれだけ強くても、死んでしまうことはある。
陽和もその例に漏れず、ベヒモスと戦って死んでしまうのではないかとハジメは危惧していた。
そして、陽和の心配をしながらも自分も道を切り開くために微力ながらも奮戦し、やがて半分ほど退路を確保できた頃、ハジメは見てしまったのだ。
ベヒモスに叩きつけられ、大量に吐血しながら立てなくなっている傷だらけの陽和の姿を。
「あの時、俺はいてもたってもいられなくなった。あのままだと、俺達が退路を確保できて撤退できたとしてもあいつはそこにはいないと思った。だから俺は、ろくな力がなくても助けるためにあいつのもとに走っていった。あいつはあんなとこで死んでいい人間じゃないし、何より——」
俺が親友を死なせたくなかったんだ。
そう告げるハジメは、天井を見上げながら悔しさが滲んだ表情を浮かべる。
「………俺はアイツを助けたかっただけで、あんな顔をさせたかったわけじゃなかった」
思い起こすのは奈落に落ちた時の事だ。
あの時、ベヒモスを気絶させて歩けなくなった陽和を抱えて走っていた時に、誰かの魔法が逸れて自分達を狙った。瀕死の陽和を守ろうと自分を盾にして飛ばされ、その先でベヒモスの攻撃に巻き込まれて奈落へと落ちた。
落ちる自分を、陽和は最後まで諦めずに重傷の体に鞭打って手を伸ばしてくれた。自分も助かろうと手を伸ばして彼の手を掴もうとした。だが、それは僅かな隙間を残して失敗し、自分は彼の眼前で落ちていった。
あの時は対岸で様々な反応を見せるクラスメイト達や騎士団の面々の表情も見ていたが、何よりもハジメは陽和の表情が最も記憶に残っていた。
あの時の陽和の表情は今まで見た事がなかった。悲しみと後悔に満ちて絶望に染まる表情。手が届かないとわかってても、必死に手を伸ばして何度も名前を呼ぶ陽和の顔にハジメは今でも胸が張り裂けそうになる。
「………今頃、あいつは何してんだろうな」
「……気になる?」
「……そりゃあな。あんな別れ方になったんだ、きっと自分を責めてるはずだ。俺が背負わせちまったからな」
誰よりも近くでハジメを助けられなかったのだ、きっと陽和は後悔しているはずだ。最後の最後で陽和は親友を助けられなかった。
守れなかったと、自分が弱かったからと、己を責め続けるだろう。そんな姿がハジメには容易く想像できてしまった。
誰か彼を支えてくれる人がいればいいのだが、もしいなければ今頃———
「………くそ」
想像したくもない光景が脳裏をよぎりハジメは思わずそう毒づいた。助けるために動いたことをハジメは後悔してはいないが、その果てに親友を追い込んだことを思えば悪態もつきたくなってしまう。
悔しそうな表情をするハジメに、ユエは静かに問うた。
「……ハジメは、その人に、会いたい?」
「……あぁそうだな。会いたいな。会って、無事を伝えたい」
会いたくないわけがない。今陽和がどうなっているのかはわからない。だが、ハジメにとって陽和は唯一無二の大事な親友だからこそ、いつか会いに行ってちゃんと無事を伝えたかった。
そう答えたハジメにユエは表情をほんの少し綻ばせる。
「……早く、会えるといいね」
「ああ」
ユエにそう答え、ハジメは静かに親友の無事と再会を心から願った。
しかしこの時には既に陽和も同じ大迷宮内におり、近いうちに二人が再会できることを今の彼らは知る由もなかった。
▼△▼△▼△
セレリアとパーティーを結成し、ハジメ捜索も兼ねた迷宮攻略を始めて10日後。
陽和達は密林のような階層にいた。これまでの攻略で、タールまみれの洞窟や、暗闇の洞窟、そのほかにも迷宮全体が薄い毒霧で覆われたりとまさしくダンジョンと言えるような様々な種類の階層をいくつも攻略していき、同時に強力な魔物達とも連戦を繰り広げた。
石化の光を放つ大蜥蜴や気配を消す鮫、毒の痰を吐き出す2mの虹色の蛙や、麻痺の鱗粉を撒き散らす見た目モスラの蛾などなど多種多様な魔物を陽和達は次々と倒していった。
途中までは陽和が持っていた携帯食料で何とかなったものの、食料が尽きてしまった為仕方なく魔物肉を食わざるを得なくなった。
陽和は持ってきていた調味料を駆使してなんとかまともな味にしようと何度も試行錯誤してるものの、多少良くなっただけでまだまだまともに食べれる味の完成には程遠く、陽和は泣く泣く顔を青ざめながら不味い魔物肉を食べていたが、今となっては悲しいことにその不味さに慣れつつあったのだ。
とっくのとうに慣れているセレリアは、魔物肉を食べるたびに顔を青ざめ悶絶する陽和を楽しそうに眺めながら食事をしていた。ドライグも魂だけであるのをいいことに、悶絶する陽和の様子を楽しんでいた。なんとも薄情な仲間達だろうか。
そうして紆余曲折を経てこの密林のような階層に彼らは辿り着き、今日はここで野営することにしたのだ。
しかしこの階層、密林であるためかものすごく蒸し暑く鬱蒼としていて、今までで一番不快な場所だったのだ。だというのに、ここで野営を取ったのはこの階層で出現する魔物に理由がある。
この階層には巨大百足と樹の魔物がいるのだ。
百足に関しては、木の上から降ってきて体の節ごとに分離して襲ってくるという、見た目、生態共に気持ち悪く流石の二人もあまりの気持ち悪さに、周囲の木を巻き込んで焼き尽くし、凍らせたほどだ。
そして、肝心なのは樹の魔物だ。樹の魔物はいわゆるRPGでも定番なトレントの見た目をしており、樹の根を地中に張り巡らせ突いてきたり、枝を鞭のようにしならせて襲ってきたりしていた。
しかし、それは重要ではない。この魔物の最大の特徴は、ピンチになると頭部をわっさわっさと振り赤い果物を投げつけてくることだ。これには攻撃力はなく、新鮮な食材に飢えていた陽和は好奇心のままに食べたのだが……なんとその果実、めちゃくちゃ美味かったのだ。
甘く瑞々しいその赤い果実は、例えるならばリンゴではなくスイカだった。
陽和だけでなくセレリアまでもがそのスイカの果実に完全に虜になり、彼らは迷宮攻略をひとまず置いてスイカ狩り、もといトレントモドキ乱獲に乗り出したのだ。
果実の虜になり眼を狩人のように光らせた怪物二体からは逃げられるわけもなく、トレントモドキは軒並み狩り尽くされ、百足もついでに殲滅され一時的にその階層の魔物達が絶滅したぐらいだ。
そして、彼らは狩り尽くしたトレントモドキから得た果実を山のように積み重ねながら、その場で野営を始めていた。
鮮度維持かつ、セレリアが暑いというため、氷で作ったドームの内側で彼らは焚き火を囲みながら久々の新鮮な果実に舌鼓を打っていた。
「そういえば、陽和」
「ん?」
「お前がずっと探している親友というのは、どういう奴なんだ?」
果実をシャクシャクと食い続ける中、ふとセレリアが食事の手を止めて陽和にそんなことを尋ねた。陽和も食事の手を止めて、首を傾げる。
「どうした?藪から棒に」
「なに。お前ほどの男がそれだけ大事にしている親友なんだ。どんな奴かぐらいは気になるだろ」
『俺もそれは気になるな』
セレリアはこれまでの戦いで戦力、人格ともに陽和のことを認めていた。
だからこそ気になった。彼ほどの男が大事にしており、今もなお生存を願い捜索を続けている親友の事を。陽和は天井を見上げながら、思い出すように話し始める。
「ハジメは……なんだか、ほっとけない奴だな」
「ほっとけない?」
「ああ、なんとなくなんだけどな。10歳の頃、俺とあいつは学校で同じクラスになった。だけど、あいつはずっと一人でいたよ」
ハジメが陽和のことを始めから一方的に知っていた。しかし、実は陽和もハジメの存在には気づいていた。同じクラスでクラスメイトの名前と顔は全員覚えていたというのもあったが、ハジメは他のクラスメイト達とは違ったから気になっていたのだ。それは、
「自慢じゃないが、俺の周りにはいつも人がいてな。よく頼られていた」
「人気者だったのか?」
「そういうこと。でもあいつだけはさ、俺になんの興味も見せなくて、既に自分の世界を作っていたんだよ」
陽和が多くの者に頼られ、慕われる中、ハジメは陽和に近づくことはなく教室の隅や図書室で本や漫画などを読んで自分の世界を作っていた。
陽和にはそれがひどく印象的に映っており、ハジメに興味が湧いたのだ。
「でも、流石に教室でいきなり話しかけるのも迷惑だったろうから、俺が一人になった時に話しかけれないかなってずっと様子を伺ってたんだ」
それがあの四年生の冬の日だ。
あの日は偶然にも、周りの人達が用事など様々な事情で陽和の側にはおらず、陽和もまた借りてた本を返すために図書室へと立ち寄った。その時は偶然にも図書室にはハジメ以外誰もいなかったのだ。好機と捉えた陽和は意を決してハジメに話しかけた。
それこそが、彼らの出会いだった。
「武術や神楽の稽古ばかりしてた俺には、あいつとの話は全部が新鮮だった。俺が知らなかった世界を、あいつは教えてくれたんだ」
神社の家系であり同時に武術道場も営む家系だったからこそ、家に帰れば武術や神楽の稽古ばかりだった。だから、同年代の遊びなんてあまり知らないし、したことも無かったのだ。
そんな自分にとって、ハジメの話は新鮮以外の何物でもなかった。
「あいつと色んなことを話すのは本当に楽しかったよ。ま、そのせいでハジメを妬む奴もいて面倒なこともあったけど、そこら辺は俺が黙らせることでなんとかなった」
そうしてハジメを自分絡みのいろんなやっかみから守りながら、交流を続けていた。
「色眼鏡を使うこともなく、俺個人を見て接してくれるあいつを俺は気に入り、俺とあいつはいつしか親友になった」
お互いの家に遊びにいったり、新作のゲームを一緒に遊んだり、家族絡みで交流を深めるようになったりと陽和とハジメは着実に親交を深めていった。
いつしか彼らはお互いに初めてと言える親友とも呼べる間柄になっていたのだ。
そうして交流を深めていく中、ハジメが陽和の事を兄だと思うように、陽和もまたハジメのことを。
「俺は、いつしかあいつを弟みたいだと思っていた」
『弟だと?』
「それはなぜだ?」
「最初にもいったが、あいつはなんでかほっとけなくてな。朝から疲れ切った顔で登校して、授業は殆ど寝てる癖に成績は平均をキープして、学校が終わればすぐに帰る。その癖、根暗じゃないから受け答えはしっかりしていて聞き上手。そういう一人の世界で生きてる癖に世渡りが上手い奴は初めてだった」
ハジメのライフスタイルは規則正しい生活を送り、授業も真面目に受けていた陽和からすればチグハグで見たことがないタイプだったからこそ、余計に陽和はハジメの人柄が気になった。
日々彼と過ごす内、ハジメの人柄を知っていき、ハジメがどういうスタンスで生活しているのかを知った。そうこうしているうちに陽和はハジメのことを面白い奴だと思うようになった。
ハジメが授業を寝るたびに呆れるような笑みを浮かべつつも、ハジメに決して飽きることはなかった。ハジメといると毎日が楽しかったのだ。
「ま、そんなわけで俺にとってあいつは『手はかからないが、少し困った弟』な感じだな」
「……なるほどな。だが、親友に弟だと思われるのは複雑じゃないか?」
「さあ?思われた事ないし、分からん」
セレリアの疑問も分かるものの、既に陽和はそう思ってしまっているし、ハジメもまた陽和が知らないだけで彼を兄と思っているから何の問題もないだろう。
『というか、相棒には弟と妹がいるだろう?いないのならともかく、どうして親友を弟と思うんだ?』
「あいつはあの子達とも全く違うタイプだし、そこら辺は……まぁ何となくだ」
『適当だな……』
「それより話を戻すぞ。そうして俺達は日常を過ごしていた。そんな時に、ソレが起きたんだ。俺たちの人生を大きく変えた…………新たな日常が」
それこそが異世界召喚。彼らは異世界に、この世界に神エヒトの手によって神の使徒として召喚された。
召喚された先では勇者を筆頭に神の使徒と呼ばれ、魔人族を殲滅し人間族を救う事を求められた。異常で、非常で、非情で、残酷な日常がその日、幕を開けたのだ。
「俺達はそれぞれが神の使徒として様々な天職を与えられた。多くの者が戦闘に向いた天職を持ち、俺は『竜継士』という勇者並みに希少な天職を持ち、ステータスもメンバー最高数値だった。だがその一方で、ハジメは『錬成師』っていうありふれた天職で、ステータスもメンバー最弱で一般人程度しかなかった。
ハジメは自分が最弱だったことに残念がってたが………俺は少し、安心したんだ」
「安心?」
セレリアの疑問に、陽和は無言で頷く。
「………俺はこの世界がとても残酷で、死がとても近いと言うことがすぐにわかった。
俺達には無縁だった戦争がこの世界では起きていて、俺達はその最前線にいつか駆り出される。そして……この手で人を殺めさせられると言う事に俺は早々に気づいてしまった………だからこそ、俺はハジメが非戦闘系天職を持っていて良かったと思った。ハジメは誰も殺さなくていいと思ったから。それに、あいつは前に出て戦うよりも、そうやって誰かを支える仕事の方が性に合ってると思ってたんだ」
「………陽和」
陽和はハジメが自身の天職に肩を落とす傍らで、密かに安堵していた。それは、親友が手を汚す必要がないとわかったから。
非戦闘系ならば前線には出なくていいはずだ。なら、比較的安全な王都内部で錬成の仕事でもしていれば戦線維持に貢献できる。
そしてそれは、同じ非戦闘系天職である香織にも同じことが言えた。
「白崎は治癒師だから、前線に出ることはあるだろう。だが、人を殺す必要はない。治癒に専念させれば、手を汚すこともない。だが、彼女は……雫は、剣士だった」
陽和は悔しそうに拳を握りしめる。
ハジメや香織は非戦闘系天職であり、前線に出る必要もなく、たとえ出たとしてもサポートに回れば手を人の血で汚す必要がない。
だが、己の恋人は──雫は剣士の天職を持っていた。しかも、ステータスも高く主力メンバーの一人だ。そんな彼女は前線に出る事を義務付けられているし、いずれは人の血で手を汚さざるを得ないだろう。
「……俺は彼女に手を汚させたくない。たとえ、彼女の剣術が人を殺すための理念の上に成り立っていたのだとしてもだ。だったら、残された選択肢は一つしかなかった」
「……自分が、誰よりも強くなるしかない、か」
セレリアは陽和の意図を察して呟く。ここまでいわれれば誰だって気づくことだ。
だから、陽和は静かに無言で頷いた。
「……そうだ。ハジメや白崎は比較的安全なところにいるはず。ならば、そこに敵を近づかせなければいい。しかし、雫は前線に出ることになる。親友も、友達も…恋人も守りたいのならば、俺が誰よりも強くなるしかない。俺が、どんな敵でも雫が戦う前に薙ぎ払えるぐらいに。彼女が戦う必要がないほどに強くなればいい。
たとえ、
そう言い切った陽和は、しかし表情を暗くさせると「だが……」と呟きながら、俯いた。
「そう決意して強くなる為に足掻いてしばらくした頃に、あの事件が起きた」
『それが、65階層の事件か……』
「ああ、あの日、トラップにハマった俺達は65階層に転移させられ、ベヒモスとトラウムソルジャーの群れに挟まれると言う最悪の事態に陥った」
あの日、誰よりも冷静に状況を分析し、判断した陽和はメルドの指示に迷うことなく従い、トラウムソルジャーの群れを突破する為に最前線で戦った。
「とにかくあの時は必死だった。誰も死者を出さずに、全員無事に撤退させる為に俺が先頭に出て戦った。一番強い俺が誰よりも戦えばその分負担が減ると思ったからだ」
しかし、それでも次々と送られてくる物量の前には敵わなかった。いくら大多数を減らしていても、数が多すぎて陽和一人の奮戦では間に合わなくなっていた。しかも、ベヒモスの前ではメルドの指示に従わずに駄々をこねた光輝達のせいで、雫までもが危険に晒されていた。
だからこそ、陽和は賭けに出たのだ。
「俺がベヒモスを相手にして時間稼ぎをする内に、残りの戦力で一気に突破させる賭けに俺は出たんだ」
「一人でか?何て無茶を……」
『一人ぐらいサポートを頼めなかったのか?』
セレリアとドライグはそう呟く。
彼女達の言うことは最もだ。一人で時間稼ぎなど無茶以外ないし、一人で背負わずとも誰か一人ぐらいはサポートに回せなかったのかと。
だが、そんな彼女らに陽和は首を振る。
「いいや、出来なかった。あの状況では一人たりとも俺のサポートに残してはいけなかった。
俺一人が残り、俺以外の全戦力で群れを相手しなければ時間がかかってしまう。なによりも退路を確保することが求められていたからな。
だから俺一人だけが残ったんだ、それが最も最善の策だと思っていたから」
命を賭けた決死の覚悟で陽和は殿を引き受けてベヒモスを相手にした。最初こそ互角に戦えたものの、ついにはベヒモスの強力な一撃をまともに喰らい、動けなくなるほどの傷を負った。そして、そんな時にだ。
「……ハジメが助けに来ちまったんだ」
「『………』」
「あいつは俺が傷だらけだったことに見て見ぬ振りができなかったらしい。俺を下がらせて、自分が役割を引き継ごうとしていたんだ」
「しかし、それは……」
「ああ、無茶にも程がある。あいつがやるには危険すぎるから、下がらせようとしたんだ。だが、あいつはそれでも引かなかった」
ハジメは危険を承知の上で引き下がらなかった。傷ついた友の危機を前に、傍観者でいられるはずがなかったのだ。
「普段は事なかれ主義のくせして、肝心な時は自分の身を犠牲にしてでも行動を躊躇わない奴だからな。結局、俺と二人でベヒモスを抑えることになった」
結果からすれば、賭けには成功して拘束でき意識を落とせた。そうして、ハジメが動けない瀕死の陽和を支えながら、走っていた時だ。
遂に、その時が来てしまった。
陽和はそれを思い出したか、拳を強く握るだけにとどまらず歯をギリッと鳴らすほど噛み締め後悔と怒りを露わにする。
「その後はお前達も知っての通り、俺達はクラスメイトの一人が放った魔弾にやられて大きく弾き飛ばされ、あいつはベヒモスの一撃で崩壊した橋に巻き込まれて奈落に落ちた」
あの時のことは悔やんでも悔やみきれない。
思い出すたびに後悔と怒りがふつふつと今でも湧く。
「あの時伸ばした手は後わずかで届かなかった。あいつは、俺の目の前で奈落へと落ちていった。今でもあいつを無理矢理にでも下がらせた方が良かった。とか、俺がもっと強ければ。と思ってしまう」
「陽和それは……」
「わかってる。そんなこと考えたところで、あの時の状況が変わるわけでもないことは。けれど、それでもふとした時に考えてしまうんだ」
それは深い後悔の現れだ。親友を目の前で失ったからこそ、前を向けたとしてもその考えは簡単には消えないのだ。
しかし、陽和は拳を解くとその暗い表情から幾ばくか明るくさせて、少し嬉しそうな声音で続ける。
「でも、希望がようやく見つかった」
何も絶望ばかりではない。最近、陽和はハジメの生存に希望が持てるようになった。それはハジメの生存の痕跡を見つけることができたからだ。錬成で作ったであろう野営の跡や、銃弾の残骸など。確実にハジメが生きていたと言う証がこの奈落に入ってから次々と見つかっているのだから。
「だから、俺は諦めない。最後まであいつの生存を信じて探し続ける。あいつは……俺のかけがえのない親友だから」
そう穏やかな顔で告げる陽和にセレリアはほんの少しだけ瞠目すると、一瞬の沈黙の後軽く息を吐き、羨ましそうな表情を浮かべる。
「何と言うか、陽和が羨ましいな」
「羨ましい?」
「ああ、それだけ大事に思える親友や恋人がいるのがな。私にはそう言う存在はいなかった。両親が亡くなってから、私も兄さんも生きるのに必死だったから、友達とか恋人とか、そんな事を考える余裕は昔の私には無かった」
「………そうか」
両親という最も大きい存在を失った彼女達は一体どれだけの苦労をしてきたのだろうか。
陽和には彼女の苦労の大きさがわからなかったし、気休めの言葉など意味がないと思ってそう短く返した。
それに対し、セレリアは笑った。
「ふふっ、初めて会った時からそうだが陽和は優しいんだな」
「……は?」
「だってそうだろう?親友や恋人を守る為に強くあろうとし、異世界の人間にも関わらずドライグの力を受け継いで世界を救おうとしている。それに、私もお前に助けられた。今も、両親を亡くした私達の過去に心を痛めてくれた。
これを優しいと言わずして何というんだ?」
「?いや、そう言われてもなぁ……」
陽和はセレリアの言葉に戸惑う。彼女にそう言われても、陽和は自分がやりたいからそうしてるだけであって、別に正義感でやっているわけではないのだから。
そして、戸惑う陽和にドライグも口を開く。
『相棒は人よりも多くのものを背負える人間だ。どれだけ傷ついても、後ろに守るべきものがいる限り、決して折れない不屈の心が相棒にはある。相棒のその優しさと勇気は美徳だ。胸を張れ』
「ドライグまで……」
『だが、同時に相棒は多くの物を背負ってしまうが故に誰よりも多く抱え込んでしまうかもしれない。肉体の傷もそうだが、苦悩を人よりも多く抱えながらも平然としてしまうだろう』
「ッッ……」
ドライグに賞賛され少し照れていた陽和だったが、続くドライグの言葉に目を見開く。
少なくとも、ドライグは陽和が優しいと思うと同時に、その優しさが彼に多くの傷や苦悩を彼に背負い込ませているのではないかと危惧しているのだ。
だから、とドライグは続ける。
『だから、相棒。もしも苦しくなったら、溜め込まずに吐き出せ。恋人や親友の代わりにはなれないが、俺やセレリアがいる。
俺たちでよければ、いくらでもお前の不安を聞こう』
「そうだな。私も陽和には恩がある、だからそれぐらいの恩返しはさせてくれ」
彼らの言い分に陽和は少しだけ穏やかな笑みを浮かべると、目を伏せて笑った。
「………お前らも十分優しいよ」
そう告げるや否や、セレリアに背を向けて横になると、腕を枕にしながら彼女の方を見ずに呟いた。
「………俺は寝る。最初の見張りは任せた。布団は好きに使え」
「ふふっ、ああ任せろ」
セレリアの笑い混じりの承諾の声を聞きながら、陽和は雫やハジメのこと、そしてこれからのことを考えながら意識を暗闇に沈めた。
陽和とセレリアは奈落で無双中です。
トレントモドキもハジメは絶滅一歩手前で止めたのに、二人は絶滅させたから容赦なさすぎぃ。
そして、ハジメと陽和がお互いに抱く印象について、二人の出会いも含めて色々と書かせていただきました。自分なりにはこれで満足。
セレリアに関しては、数少ない陽和をいじれる存在です。元々の姉御肌な気質なためか、同じ兄貴肌の陽和とは相性がいいみたいですね。
後書きはこのくらいにして今回はこの辺でさよならです!!
また次回お会い致しましょう!!