竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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FGOの水着沖田オルター煉獄のCVが中村悠一さんってまじ感動です。
何としてでもガチャで引いて、魔神さんと煉獄さんを我がカルデアにお迎えしなければ……‼︎‼︎

そして、今回はサブタイトルを見ての通りです。

ついに、覚醒します。

というわけで、最新話どうぞ‼︎‼︎



15話 炎帝覚醒

 

 

 

その後も順調に探索を一ヶ月ほど続けて、一行は遂に奈落100階層。つまり、オルクス大迷宮の最後の階層にたどり着いた。

一つ前の階層で一度休憩を挟んだ彼らは、気力、気合共に十分であり、コンディションは万全だった。

ちなみに、力を継承してから奈落の攻略を始め着実に力をつけていった陽和のステータスは現在こうなっている。

 

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紅咲 陽和 17歳 男 レベル:41

天職:竜継士   職業:冒険者   ランク:金

筋力:12130

体力:12110

耐性:12090

敏捷:12110

魔力:12130

魔耐:12100

技能: 赤竜帝の魂[+倍加][+部分竜化][+譲渡]・全属性適正[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+発動速度上昇][+魔力消費減少][+高速詠唱][+持続時間上昇][+連続発動][+回復魔法効果上昇]・全属性耐性[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+火属性無効][+炎熱吸収]・物理耐性[+治癒力上昇][+衝撃緩和][+身体硬化]・複合魔法[+火属性効果上昇][+光属性効果上昇][+高速詠唱][+風属性効果上昇][+雷属性効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+魔力消費減少]・剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+刺突速度上昇]・体術[+金剛身][+浸透頸][+身体強化][+闘気探知]・剛力[+重剛力]・縮地[+重縮地][+爆縮地][+震脚][+無拍子][+瞬動]・先読[+先読II]・高速魔力回復[+回復速度上昇][+魔素吸収]・気配感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・魔力感知[+特定感知][+範囲拡大][+特定感知Ⅱ][+範囲拡大Ⅱ]・言語理解・竜炎・竜光・臨界突破・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成]

 

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反則級。そう言うしかないだろう。

継承したばかりの6000前半のステータスも大概だったが、今の陽和のステータスは12000を超えたのだ、これを反則と言わずして何と言うのだろうか。

しかもここに赤竜帝の倍加の力も加わるのだからその強さはますます拍車がかかるだろう。その上、陽和は未だに赤竜帝の力の完全解放には至っていない。まだまだ未熟な段階でこれなのだから力が完全に解放された時、一体どれほどの数値を叩き出すのだろうか。

 

そして、準備を整え意を決して入った100階層は、無数の巨大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径5mはあり、一つ一つに螺旋模様と樹の蔓が巻きついたような彫刻が施されている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までの高さは30mはありそうなほどだ。地面も荒れたところはなく綺麗で、どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

「……これは、すごいな……」

「ああ、こんな装飾、超一流の彫刻師でもないと作れないぞ」

『オスカーだな。奴の腕は俺が知ってる中でも一、二を比べるほどだ。これくらい奴ならできる』

「つくづくすごいな。解放者ってのは」

 

陽和達がその光景に見惚れつつも足を踏み入れる。すると、全ての柱が突如淡く輝き始めたのだ。

 

「「ッッ」」

 

息を呑み、身構える二人。

しかし、柱は入り口の方を起点に奥の方は順次輝いていくだけで何も起こらない。

 

「何だ、今のは?」

「分からん。だが、警戒は怠るなよ」

「ああ」

 

暫く警戒していた二人も、何も起こらないことに驚きながらも警戒を続けたまま感知系の技能もフル活用して奥へと進む。

200mも進んだ頃、行き止まりーではなく、巨大な扉の前にたどり着いた。

10mはあろう巨大な両開きの扉で、これまた美しい彫刻が施されている。特に、七角形の各頂点に描かれた何らかの紋様が印象的だ。

 

「この紋様、まさか……」

『ああ、各大迷宮の攻略の証だ。そして、この先にあるのが……』

「解放者の一人オスカー・オルクスの隠れ家、か」

『その通りだ』

 

いかにも最後の部屋にふさわしい雰囲気に、陽和達は驚きながらも足を進めていく。

何もしていなくても、この空間にはとんでもない存在が待ち受けていると、彼らは本能で理解しており二人の表情は真剣だった。

そして、二人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を超えた瞬間、扉と二人の間30m程の空間に巨大な魔法陣が現れる。

その魔法陣は赤黒い光を放ち、脈打つように鼓動のような音を響かせている。

魔法陣の大きさは今までで最大。その上、構築された式はベヒモスなどのそれよりも遥かに複雑で精緻なものとなっていた。

 

『相棒、セレリア。これが最後の戦いだ。気を引き締めてかかれ』

「ああ、分かってる。セレリア」

「何だ?」

 

陽和はセレリアに拳を突き出し、ニッと笑って見せる。

 

「絶対に、勝つぞ」

「ッ、ああ‼︎」

 

二人がコツンと拳を合わせた瞬間、それに応えるかのように魔法陣が遂に弾けるように光を放つ。そして、現れたのは体長30mを超える巨躯にそれぞれ色違いの紋様が額に刻まれた六つの頭と長い首、鋭い牙に丸太のような太い四肢と赤黒い眼の化け物。

たとえるならば、神話の怪物の一体ーヒュドラによく似ていた。

ヒュドラは六対の眼光で二人を捉えると、その顎門を大きく開き吠えた。

 

「「「「「「クルァァァァアン‼︎‼︎‼︎」」」」」」

 

不思議な音色の咆哮を上げながら、陽和達を射抜く。最後の守護者らしく、身の程知らずな侵入者に裁きを与えるつもりなのか、常人ならばそれだけで死ぬかもしれない凄絶な殺気を二人に叩きつける。

同時に、赤い紋様と青い紋様が刻まれた二つの頭がガパッと口を開き火炎がセレリアに、散弾のような氷の礫が陽和に放たれる。

 

「散れッ‼︎」

「ああっ‼︎」

 

陽和の合図で二人は弾けるようにその場から飛び退きながら、反撃を開始する。

 

『Boost‼︎』

「“ファイアボルト”ッッ‼︎」

「“凍破轟槌(とうはごうつい)”ッ‼︎」

 

陽和が力を溜めながら、右手から炎雷を放ち青紋様の頭を狙い撃ち、赤紋様の頭を吹き飛ばす。そして、セレリアが狼の瞬脚を以って青紋様に肉薄してその側頭部を両手に生み出した巨大な氷のハンマーで殴り飛ばす。

 

「まず一つっ‼︎」

「クルァアン‼︎‼︎」

 

陽和が声に出して喜んだ時、白紋様の頭が叫んだ。すると、赤紋様と青紋様の頭を白い光が包み込み、逆再生でもしているかのように二つの頭が元通りに戻ってしまったのだ。

 

(赤は炎、青は氷。白は光ー回復か。だとしたら、他の頭も……)

『ああ、それぞれ別の属性を持っていると考えるべきだろう。色から察するに全ての属性魔法を使えるようだ』

 

その一連の様子を見ていた陽和はドライグと共に冷静に分析した。

赤が炎属性、青が氷属性、白が光属性。使える魔法は少ないようだが、それでも複数の属性をかなりの威力で放てるのは大きい。そして、頭の数や色などを見ても、恐らくは全ての属性を扱えると見ていいだろう。

 

「セレリア、こいつらは色ごとに属性が違う‼︎‼︎回復を使える白頭を優先して倒すぞ‼︎‼︎」

「了解した‼︎‼︎」

 

緑紋様の頭も青と赤の攻勢に参加し、風の竜巻を火炎と氷弾と共に放つ。それを回避した二人は、それぞれ動く。

 

『Boost‼︎』

「“スカーレット・アルマ”ッッ‼︎」

 

竜翼を展開して空へと飛び上がりながら炎光の鎧を纏い陽和は一気に白頭へと突っ込む。途中、赤、青、緑の頭が陽和を食い止めんと大口を開けて攻撃をする。しかし、

 

『Boost‼︎』『Explosion‼︎‼︎‼︎‼︎』

「“猛り吼えろ”ァっ‼︎‼︎」

 

己の力を“倍加”で高め、一時的に蓄積した力を一気に解放して全身の炎を解放する。

そうすれば、陽和が一筋の炎の流星へと変わり、迫る攻撃全てを爆砕した。

攻撃を突破された三つ首は迫る陽和を食らわんと大口を開けて首を伸ばしてくる。

だが、

 

「彼には手を出させはしないッッ‼︎」

 

全身に狼を模した紫氷の鎧を、“銀狼魔装(ぎんろうまそう)氷牙(ひょうが)”を纏ったセレリアが地面から飛び上がりながら、長い脚をしならせて緑頭を蹴り飛ばしたのだ。

 

「「「クルァァァァ⁉︎⁉︎」」」

 

ドゴォォンと轟音を鳴らし蹴り飛ばされた緑頭は、青と赤の頭を巻き込みながら、地面へと崩れる。

 

「すまんっ‼︎」

「行けっ‼︎」

 

セレリアに礼を言った陽和は勢いよく竜翼を羽ばたかせて白頭へと肉薄するが、黄色の紋様頭が間に割り込んできて、コブラのように一瞬でその身を肥大化させたのだ。

 

『相棒‼︎‼︎』

「このままぶった斬る‼︎」

 

ドライグが思わず叫ぶも、陽和はそう返してヘスティアを両手で振りかぶり黄頭ごと纏めて斬り裂こうとする。

だが、火炎纏う聖剣は黄頭に直撃するも、その動きを止められる。

 

「なにっ⁉︎」

 

予想外のことに陽和は目を見開く。

見れば、黄頭は淡い黄色の輝きを纏っておりヘスティアの炎を多少焼かれながらも受け止め切っていたのだ。そして、同時に白頭が放つ白い光も纏っており、防御で受け止めつつ白光で回復も行なっていた。

これでは実質無傷で防御されたのと同じだ。

 

「チィっ‼︎厄介だなぁっ‼︎」

 

これ以上は無駄だと判断した陽和は毒づきながら、竜翼を羽ばたかせて一度距離を取る。飛翔し攻撃の機会を探る最中、今まで何もしていなかった黒紋様の頭が陽和へと接近してその眼を向けてくる。

 

瞬間、陽和の視界が暗転した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ッッ⁉︎』

 

気づくと、陽和は真っ暗な空間にいた。

周囲を見渡しても広がるのは漆黒の闇だけ。

 

『ここは…?』

 

陽和はつい先程までヒュドラと戦っていたはずなのに、なぜ、こんな空間にいるのか疑問の声をあげる。

それに、中に宿っているはずのドライグの気配もないし、セレリアの姿も見当たらない。

 

『何かされたな、これは……』

 

この状況に、陽和は冷静に何らかの術をかけられたと推測する。そして、あの黒紋様の頭が何かしたと考えるべきだろう。

そんな時だ。陽和の後方から突然何かが崩れる音が聞こえてきた。

 

『音?なに、が———』

 

振り返った陽和は目を見開き動揺を露わにする。なぜなら、振り返った先には予想だにしていない光景が広がっていたのだから。

 

『しず、く……?』

 

いつの間にか景色は変わり、あの時トラップで転送させられた65階層の石橋の光景に変わっており、自分はその石橋の上に立っていた。

そして、自分から10m程離れた場所に、どう言うわけか、雫が立っていたのだ。

 

『なんで、ここに?……おい、待て、ふざけるなっ、おいっ‼︎』

 

どうして雫がここにいるのか戸惑うものの、雫の後ろに立つ存在に陽和は強烈な不安と恐怖が沸き起こる。

彼女の背後には———ベヒモスが立っていたのだ。ベヒモスは赤熱化した頭部を翳しその場から飛び上がり石橋めがけて落ちる。

そう、それは、まるで、あのハジメを失った時と同じ光景で、

 

『やめろっっ‼︎‼︎‼︎』

 

血相を変え表情を青ざめさせた陽和は、その場から勢いよく飛び出す。しかし、凄まじい速度で飛び出したはずなのに、雫との距離は1mmも縮まらず、やがて陽和の眼前でベヒモスは石橋に突撃して石橋を撃砕した。

石橋は崩れていき、雫がいる場所も崩れていく。

 

『雫っ‼︎早くこっちに‼︎‼︎』

 

陽和は走りながら雫へと必死に手を伸ばす。

しかし、その手は決して届くことはなく、陽和の眼前で雫の体は下へと落ちていき、最後に涙が滲む表情で陽和を見ながら、奈落へと落ちていった。

 

『ああぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

陽和は眼を見開き涙を流しながら、悲痛な叫び声を上げた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「ああぁぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

それは突然だった。

陽和が黒頭と目があった瞬間、突然悲鳴をあげると動きを止めて落下を始めたのだ。

 

「陽和っ⁉︎」

『相棒っ⁉︎』

 

セレリアとドライグが驚愕の声をあげる。

しかし、声は届かずピクリとも動かさずに頭から落下していった。そんな陽和を喰らおうとしているのか、黒頭は大口を開けながら、落ちていく陽和を待ち構える。

 

『セレリアッッ‼︎‼︎』

「やらせるかぁぁ‼︎‼︎」

 

セレリアは両足に力を込めて地面を爆砕しながら、下で待ち構えている黒頭へと肉薄し下顎を蹴り飛ばした。

 

「グルゥアッ⁉︎」

「陽和ッッ‼︎」

 

唸り声をあげて吹き飛んだ黒頭を無視し、セレリアは飛び上がり落ちる陽和とヘスティアをキャッチするとすぐさま柱の影に隠れる。

 

「おい‼︎陽和‼︎しっかりしろ‼︎」

「あ、…ぁぁ……ぁぁぁ」

 

セレリアの呼びかけにも応じず、青ざめた表情と虚な眼差しを浮かべガタガタと体を震わせている。

 

「ドライグ‼︎何があったんだ⁉︎」

『黒紋様の仕業だ‼︎奴はおそらく、見た相手の精神に干渉できる‼︎』

「ッッ闇属性も使えるのかっ。バランスがいいにも程があるだろっ‼︎」

 

敵の厄介さに悪態を吐きながら陽和に何度も激しく呼びかける。しばらくすると、陽和の瞳に光が戻り、セレリアをしっかりと捉えた。

 

「セレ、リア…?今のは、夢、なのか?」

「陽和、何があったんだ?」

 

瞳を震わせながら陽和はセレリアの問いに静かに答え始める。

 

「あの石橋の上に、雫がいた……それで、あの時の、ハジメと同じように、奈落に………」

「わかった。もうそれ以上はもう言わなくていい」

 

陽和の言わんとしたことを察したセレリアは陽和にそう言って止める。あの黒紋様の頭は、闇属性魔法を使い、相手に悪夢を見せて恐慌状態に出来るようだ。

親友だけでなく、恋人すらもあの時と同じ状況で失う光景を見せられてはいくら陽和といえども中々に堪えたらしい。

セレリアは面倒な手を使ってくるなと内心で毒づくと、未だ荒い呼吸をし顔を青ざめている陽和に背を向けて、スッと立ち上がる。

 

「陽和、しばらく時間を稼ぐ。落ち着いたら参戦しろ」

 

落ち着くまでまだ時間がかかると判断したセレリアはそう言った。陽和はそれにわずかに眼を見開くと、一度深呼吸をするとそれに異を唱える。

 

「……いや、もう大丈夫だ。心配かけた」

「……大丈夫なのか?」

「ああ。もう、対処法は分かった。それに、今の俺は一人じゃない、お前達がいる」

 

陽和はもう一度深呼吸をして呼吸を整えると、次の瞬間には表情を引き締めてヘスティアを握りしめ、立ち上がった。

 

「俺も行く」

 

立ち上がり、参戦を決意した陽和にセレリアは笑みを浮かべる。

 

「また危なくなったら援護する」

「俺もお前がやばかったらフォローする」

「ああ。お互いを守りながら、勝とう」

「おう」

『二人とも、気をつけろよ。あの黒紋様の頭の能力はなかなかに厄介だぞ』

 

ドライグの言葉に二人は揃って頷く。直後、ズシンという足音が何度も響き、陽和達が隠れている柱に亀裂が入る。

どうやら、いつまでも隠れている陽和達にヒュドラが痺れを切らして、柱を体当たりで壊して無理矢理に引きずり出そうとしているようだ。

 

「陽和、私が隙を作る‼︎お前がとどめを‼︎‼︎」

「分かった‼︎」

 

セレリアが素早く指示を出して、二人は背中合わせで逆方向に駆け出して行く。

直後、柱は轟音を立てて崩れる。

 

「「「「「「クルゥァァァァァァアアア‼︎‼︎‼︎」」」」」」

 

崩落した柱を押し除けてヒュドラがその強靭な四肢で地面を踏みしめつつ、二人を食らわんと襲い掛かり動くものの、その時にはすでに二人はそれぞれ別の方向へと走っていた。

一瞬どちらを狙うかヒュドラは思考したものの、セレリアに狙いを決めたのかその巨体を反転させながらセレリアへと突貫する。

 

「ああそうだっ、こっちに来いっ‼︎」

 

自分を狙ってくれたことに、セレリアは喜色を浮かべながら疾走の速度をさらに上げる。

紫の魔力を迸らせながらぐんと一気に加速された肉体は紫の流星となって駆け抜ける。

 

「“氷爪刃”‼︎“氷魔槍(ひょうまそう)”‼︎“凍雨”‼︎“氷弾(ひょうだん)”‼︎」

 

凄まじい速度で魔法が構築されていき、三日月の氷刃、氷の槍、氷の礫の雨、氷の弾丸が紫光の尾を引きながら迫るヒュドラに襲いかかる。

赤、青、緑の頭がそれぞれ炎弾や風刃、氷弾などで迎撃して、相殺する。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

白煙が立ち込める中、その煙を突き破って更に襲いかかる氷魔法の嵐に三つ首は滅多打ちにされる。

 

「「「グゥルゥゥゥゥ⁉︎⁉︎」」」

 

苦悶の悲鳴を上げて苦しむ三つの頭。

すかさず、白頭が咆哮を上げて傷を癒しながら、黄頭も咆哮をあげ魔法を発動する。

 

「クルゥアン‼︎‼︎」

 

すると近くの柱が波打ち、変形して即席の盾となったのだ。どうやら、この黄頭は防御の他にも土属性の魔法も使えるらしい。

しかし、展開された盾に構わずにセレリアはそれに構わずに攻撃を続ける。

氷魔法の嵐は石壁を次々と砕いていき、本体に攻撃を届かせた。

 

「「「グゥルゥアァァァァ⁉︎⁉︎⁉︎」」」

 

回復途中の三つ首が悲鳴をあげる。

流石にこれには見かねたのか、黄頭が彼らの前に躍り出てその身を肥大化させて攻撃を全て受け止める。

“金剛”らしき光の膜を全身に覆っているためか、黄頭は中々倒れない。やがて、セレリアの魔法が途切れる。その隙をついて、黒頭がその眼でセレリアを捉えて恐慌の魔法を行使した。

 

「ッッ‼︎‼︎」

 

途端にセレリアの胸中には不安と恐怖が押し寄せる。彼女の場合は、兄に裏切られ実験台にされた時の光景だった。

 

「ぐっ」

 

それにはセレリアも短く苦悶の声を上げて一瞬動きを止める。だが、

 

「そんなもの効くかぁっ‼︎‼︎」

 

彼女には効かない。陽和から話を聞いていたからと言うのもあるが、彼女はもう前に進むと決めた。今更過去のことで怯えるつもりはない。

セレリアは無防備に近寄ってきた黒頭を肥大化させた氷の腕で勢いよく黒頭を殴り飛ばす。

 

「やれやれ、一度かかった身としては情けないな」

『仕方あるまい。あれは初見ならば対応は難しいだろう。情報があったからこそ対応もしやすいということだ』

「慰めありがとうよ」

『Boost‼︎』

 

セレリアが黒頭の恐慌の魔法に耐え切ったことに、術にかかってしまい恐怖に呑まれた身として情けなさそうに肩をすくめ、それをドライグが慰める。その間も“倍加”によって力を溜めて行く陽和。

今はセレリアが必死に隙を作ってくれている。なら、自分がすべきことはその隙ができたときに相手を屠る、或いは回復に時間がかかるほどの攻撃を放てればソレで良い。

だから、陽和はセレリアを信じて別の柱の陰に隠れながら、己の力を“倍加”し続け溜めて行く。

 

陽和が隠れ備える中セレリアは再び回復し切った青、赤、緑の三つの首と相対する。しかも、そこに黒頭や黄頭も攻勢に参加してセレリアへと熾烈な攻撃を仕掛けるも、セレリアはそれをうまく相殺しつつ防いでいた。

 

「くっ、はぁ、はぁ……」

 

しかし、ソレもどうやら限界のようだ。一気に魔力を使いすぎたことによる一時的な疲労にセレリアは攻撃の手を止めてしまい、荒い息を吐き続ける。

 

「クルゥアン‼︎‼︎」

 

それを好機と捉えたのか、四肢を動かしセレリアに迫るとその巨体で押し潰そうと後脚で上体を持ち上げる。

速度で逃げられるなら、間に合わないほどに広範囲を押し潰そうと言うことだろうか。

それを見上げるセレリアは口の端に不適な笑みを浮かべると、静かに告げた。

 

「ふっ、良いのか?私にばかり注意を向けて。私よりももっと強い奴がお前の後ろにいるぞ?」

 

もう自分が囮に徹する必要もない。なぜなら、もう彼の準備が整ったからだ。

 

 

『Boost‼︎‼︎』

 

 

セレリアの言葉の直後、背後から聞こえてくる音声と高まった魔力にヒュドラは悪寒を感じながら後ろを見て気づく。

 

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

ヒュドラの上空背後、そこにいたのは竜の翼で滞空しながら左腕を掲げている陽和だった。

彼の頭上には炎雷の塊と風光の光球が無数に浮かんでいた。

先程の様子を見て陽和は戦えないと判断し、セレリアに神経を注いでいたヒュドラにとっては完全な不意打ちだった。

陽和はヒュドラが完全に防御体勢に入るよりも先に、左腕を振り下ろし魔法を解き放つ。

 

「“ファイア・ボルト”‼︎“アストラル・ウィンド”‼︎」

 

炎雷の塊と風光の光球が無数の流星が如くヒュドラへと襲いかかる。

 

「「「「「「グルゥアアアァァァァァァァァァァ⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」

 

凄まじい音を立ててヒュドラの全身に無数の流星が叩きつけられる。

赤、青頭は首の中程から吹き飛ばされ、緑頭も頭の半分を抉られる。黒頭は先程のお返しもあったのだろう。根本から消しとばされている。

白頭は辛うじて黄頭が庇ったおかげで無事だったが、黄頭も“金剛”を突破され所々傷ができていた。

 

「グ、グゥルゥゥ………」

 

全身から白煙をあげるヒュドラは苦しそうに唸り声を上げながら、無事な二つの首で陽和を睨む。その視線を真っ向から睨み返した陽和はヘスティアの柄を両手でしっかりと掴み、鋒を上に向けて掲げる。

 

「ドライグ、これで終わりにするぞ」

『ああ』

『Boost‼︎』

 

ドライグにそう言ってヘスティアに炎雷と白光を纏わせて光炎の聖剣へと昇華させる。

とてつもない輝きと熱量を宿すソレは、かつてベヒモスを完全に焼き尽くした陽和の最大最強の魔法『“聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)”』だ。

しかし、それだけに終わらず陽和はこの旅路で新たに目覚めた“赤竜帝の魂”の派生技能“譲渡”をも使用した。

 

「ドライグ、ヘスティアに力の全てを“譲渡”だ」

『承知した』

『Transfer‼︎‼︎』

 

“譲渡”。それこそが新たな赤竜帝の力。それは己が“倍加”で増幅させた力を人や魔法、武具を問わず移すものだ。

陽和の左手に移植された『赤竜帝の宝玉』が音声を響かせながら紅蓮の光を放つと、“倍加”で今まで溜めた力の全てがヘスティアへと“譲渡”され、膨大な魔力がヘスティアに移っていく。

紅蓮の光がヘスティアへと移り、ヘスティアに嵌め込まれた宝玉が紅蓮の光を放ち、炎雷と白光が更に膨れ上がり、長さは10mにも及ぶ巨大な剣へと伸長し燦然と輝く。

 

「———」

 

広間を赤と白の2色に照らしながら、陽和はその聖剣を構える。

その輝きにヒュドラは命の危機を感じ取ったのだろう。白頭が回復するのを後回しにさせて、白と黄の二つの首が陽和を魔法を発動させる前に喰らおうと長い首を伸ばし襲いかかった。

しかし、

 

「“魔氷凍河”———ッッ‼︎‼︎‼︎」

『ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

直後、裂帛の雄叫びと共にヒュドラの足元から紫氷の津波が迫り、ヒュドラを二つ首の中程まで氷漬けにしたのだ。

なんとか首を動かし、津波が来た方を見ればセレリアが全身から紫の魔力を迸らせながらしてやったりと不敵な笑みを浮かべていた。

 

「させるわけがないだろう?大人しく焼かれておけ」

『ッッ⁉︎⁉︎』

 

ここでヒュドラはようやく気付いた。

先程、魔力枯渇で疲れたのはブラフだと言うことに。陽和の準備が完了するまで時間稼ぎをし、彼の準備が整ったところで疲れたふりをすることで、ヒュドラにとどめをささせようと大きな動きをさせ、その時にちょうど背後の陽和の存在に気づかせて、彼の方に迎撃に行こうとしたところで自分が氷で動きを止めると言うことだったのだ。

 

全ては陽和が最大火力を放つための準備だったのだ。

そして、白、黄頭は遠距離攻撃は使えないし、近くの柱を操作して即席の盾にしたところであの攻撃ならば意に介さないだろう。回復ももう間に合わない。

 

つまりヒュドラには反撃の手立てはもうないと言うことだ。

 

「陽和ぉぉッッ‼︎ぶちかませぇぇぇぇ‼︎‼︎」

 

氷でヒュドラを拘束したセレリアは距離をとりながら、陽和へとそう叫ぶ。

それに対する返答はただ一つだ。

 

「さっきはよくもやってくれたな、これは礼だ。受け取れっ‼︎‼︎」

 

陽和はそう叫ぶと竜翼を羽ばたかせ大気を打ちながら、ヒュドラへと突貫してその聖剣を振るった。

 

「全てを焼き祓え‼︎“聖火の竜斬(ドラゴ・ウェスタ)”ァァァアア———ッッ‼︎‼︎‼︎」

 

竜の雄叫びが轟き、炎と光が解き放たれる。

紅白の剣は辛うじて間に合わせた黄頭の防御など、始めからなかったかのように容易く切り裂き光炎を生み出して瀕死のヒュドラを飲み込んだ。

 

『———————————————ァァッッ⁉︎⁉︎』

 

圧倒的な破壊の一撃に飲み込まれヒュドラは小さく断末魔の悲鳴を上げながら、胴体部分を残して首の全てが消し炭となって消滅した。

セレリアが使用した氷の拘束も全てが例外なく消し飛ばされ、広間を焼き飛ばす。

光と炎が晴れれば、ヒュドラの背後の壁にまで破壊はおよび、巨大な斬痕が刻まれ崩落している。ヒュドラも首は例外なく全て灰にされており、黒く焼け焦げた胴体部分が残っているだけだ。

陽和は地上へと降りるとヘスティアを鞘に納めながら少し肩を上下させて呼吸を整えて行く。そんな陽和にセレリアが片手を振りながら近づいた。

 

「陽和‼︎大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。セレリアは?」

「私も大丈夫だ」

 

お互いに無事を確認しあった二人は、ニッと笑みを浮かべると拳をコツンとぶつける。

 

「お疲れ。セレリア」

「陽和こそ、お疲れ様だ」

 

お互いを労い少し休憩しようかと陽和が提案しようとした瞬間、

 

『待てっ‼︎まだ終わってないぞっ‼︎‼︎』

「「ッッ⁉︎⁉︎」」

 

ドライグの切羽詰まった声が響く。

その声に、陽和とセレリアはヒュドラの死体に振り向く。そこには、

 

「なっ……」

「嘘だろ?」

 

胴体部分からせりあがった七つ目の頭があった。銀紋様の頭は長い首をもたげ二人を睥睨していたのだ。二人は思わず硬直してしまう。

ヒュドラは二人をその鋭い眼光で射抜くと顎門を開き予備動作も無しで白銀の極光を放つ。

先程のどの攻撃よりも桁違いな速度で放たれた極光は瞬く間に二人に迫る。だが、もう回避は間に合わなかった。

 

「くっ‼︎」

 

だから、陽和は極光が解き放たれた瞬間、即座に動きセレリアを庇うように抱きしめるとさらに翼で包み込む。

 

『相棒っ⁉︎』

「陽和っ⁉︎」

 

突然の行動にドライグとセレリアが驚いたと同時に、二人を極光が呑み込んだ。

 

永遠にも思えるような極光の砲撃が収まった時、極光の余波で凄まじい衝撃を感じていたセレリアは閉じていた瞼をゆっくりと広げる。

 

「……い、いったい、何が?……」

 

視界は暗闇一色で、何かに包まれているのか暖かい何かがセレリアの視界と全身を包んでいた。一体何かと体を動かした時、ドライグの声が響いた。

 

『相棒っ‼︎しっかりしろっ‼︎‼︎』

「ッッ⁉︎」

 

ドライグの悲鳴じみた叫び声にセレリアは思い出す。極光に呑まれる直前、陽和が自分を守るように動いていた光景を。

慌てて顔を上げれば、陽和は確かにそこにいた。だが、

 

「……………ぅ、…ぁ……」

 

陽和は全身から白煙を噴き上げており、息も絶え絶えといった様子でか細い声を上げていた。

 

「陽和?」

「……」

 

陽和はセレリアの呼びかけに応えることができずに、口からゴポと血の塊をこぼし、部分竜化が解除され赤光の粒子を散らしながら横に倒れ込んだ。

 

『相棒‼︎相棒‼︎』

「陽和⁉︎」

 

ドライグとセレリアは焦燥に駆られた声で何度も彼の名を呼びかけるものの、彼は一切の反応を示さない。

倒れる陽和の下からはどろりと血が大量に流れ出し、小さな血溜まりを作っている。

 

「ッッッ‼︎‼︎」

 

そして、横に倒れる彼の背中を見て彼女は絶句する。極光を一番多く受け止めたからだろう。

背中や腰は竜鱗が悉く剥がれており、中から焼け爛れた肉が露出している。

もしも始めから部分竜化を行い竜鱗を纏っていなかったら、きっと陽和でも死んでいたかもしれない。

 

「か、回復をっ……」

『よせ‼︎‼︎』

 

慌てて回復魔法を使って回復させようとするセレリアにドライグがそう警告した。

顔を上げれば、ヒュドラは自身の周辺に無数の光球を生み出して、そこから直径10cm程の光弾を無数に打ち出してきたのだ。

回復の時間など与えないと言うことだろう。

 

『セレリア‼︎まずはこの場から離れろっ‼︎』

「くっ‼︎」

 

セレリアは陽和を背負うと力を振り絞ってその場を離脱し、光弾を氷の盾で何とか逸らしながら柱の影に隠れる。

ガトリング掃射を思わせる激しさで次々と撃ち込まれる光弾は一つ一つが恐ろしいほどのエネルギーが込められており、恐らくは柱も一分も持たないだろう。

 

「……………癒しの慈悲を与えたまえ‼︎“ヒール・ブレス”‼︎」

 

セレリアは陽和を傷に触れさせないように横向きに倒して寝かせ、素早く詠唱を唱えて陽和から教わった回復魔法“ヒール・ブレス”を発動する。

しかし、魔法は確かに効果を発揮し肉体を癒やし始めたものの、ジュゥと肉が焼ける嫌な音が聞こえて治癒の速度が圧倒的に遅くなっていたのだ。

 

「くそ‼︎なんでだっ⁉︎何でこんなに傷の治りがっ‼︎」

『………奴の極光に含まれる毒のせいだ。どうやら、肉体を溶かす効果があるようだ』

「……そんなものまでっ」

 

セレリアはドライグの言葉に歯噛みする。

ドライグの言う通り、ヒュドラが放った極光には肉体を溶かすという一種の毒の効果も含まれており、普通ならば為すすべもなく溶かされて終わりだ。

すぐに溶けないのは、陽和が赤竜帝として竜人に転生し、竜の肉体に変わりつつあったからだろう。赤竜帝が持つ耐毒のおかげで毒の侵蝕速度を大幅に抑えることができていたのだ。

 

しかし、それでも溶解速度と陽和の治癒魔法は五分五分だった。いや、陽和自身の回復力が低下している今は、毒の溶解速度の方が僅かに上回っていたのだ。

このままでは、恐らく……

 

「ドライグ。陽和を頼めるか?」

『待て、セレリア。お前、まさか……』

 

意識を失って倒れ伏す陽和を見つめ、セレリアは決然とした表情を浮かべるとドライグにそう頼んだ。

ドライグも彼女の言わんとしていることに気付く。

 

「………陽和はここで終わっていい男ではない。彼なら必ず立ち上がって奴に勝つ。私が道を切り開くから、陽和のことを頼んだ」

『馬鹿なことはよせッ‼︎それは余りにも無謀だっ‼︎‼︎』

 

ドライグは感情のままに叫びセレリアがやろうとしていることを止めようとする。

だが、それでもセレリアの意思は変わらなかった。

 

「悪いな。それでも、私は今彼を守る為に戦いたいんだ」

 

セレリアは不敵な笑みを浮かべて、ドライグにそうはっきりと言った。

かつてこのオルクス大迷宮100階層で出会った時、彼は全く関係のないはずなのに自分に手を差し伸べてくれた。あの時、彼が手を差し伸べてくれなければ、彼に出会っていなければ、自分はとっくのとうに死んでいただろう。

彼にはこれまで何度も助けられた。パーティーを組んでお互い助け合い、支え合ってきた。

人格、戦闘共にとても頼りになる相棒であり、些細な話でも楽しめる間柄になった。

だから、こんなところで彼を死なせたくはない。彼を守る為に自分はこの命を使おう。元より彼に救われた命だ。だから、次は自分がそうしたいのだ。

いつしかセレリアにとって陽和の存在はそうしたいと思えるほどに大きく、掛け替えの無い『大切な人』となっていたのだ。

 

セレリアは儚げな笑みを浮かべると、陽和の頬にそっと口付けをする。

 

「………すまない。唇じゃないから、これぐらいは許してくれ。陽和」

『………』

 

セレリアは未だ意識を失っている陽和にそう言うとスッと立ち上がる。

その彼女の背中に、ドライグは言葉を投げかける。

 

『必ず相棒は何とかしてみせる。だから、お前も死ぬなよ』

「分かってるさ、簡単に死ぬつもりはない。無論、勝つ気で行くつもりだ……だから、あとは任せた」

 

そう言って、セレリアは決死の覚悟で柱から飛び出していった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

(………身体が、動かねぇ……)

 

 

暗い闇の底で陽和の意識は彷徨っていた。

ヒュドラの極光を受けた直後から、意識を失っていた陽和はかろうじてこの暗闇の底で己の意識を保っていた。

闇の狭間を漂う陽和にな外からの声は聞こえず、全身に走る激痛で体はピクリとも動かすこともできない。

 

なんとか体を動かそうと、意識を取り戻そうと陽和は己の体に何度も叱咤して力を込める。

だが、それでも体は陽和の意志に応えてくれなかった。

限界をとうに迎えている肉体に何度も動け、動け、と叫び続けた———次の瞬間。

 

 

『相棒、このまま終わるのか?』

(———)

 

 

闇の中で、相棒の声が響いた。

見回してもどこにもいない。だが、確かに相棒の声が響いていた。

ドライグは何も応えない陽和にそれでも言葉を続けて行く。

 

 

『いいや、終わるわけがない。あの時、俺の前で覚悟を見せた相棒が、お前ほどの男が、こんなところで終わるわけがない。

俺も、セレリアもそう信じている』

(……セレリア………)

 

 

陽和は意識を失う直前に、自分の体を盾にして庇ったセレリアの身を案じる。

今、彼女は何をしている?俺の回復をしているのか?そうでなければ、まさか動けない俺を守る為に一人でヒュドラと戦っているのか?

そう思考を巡らせる陽和に、ドライグはあっちを見ろと言う。

目だけを向ければ、いつのまにか暗闇の一隅に景色が映り、そこにはセレリアがたった一人でヒュドラに立ち向かう光景が映されていた。

 

『見えるか?相棒。セレリアはまだ戦っているぞ』

 

彼女はたった一人でヒュドラと戦っていた。

自身の俊敏さを最大限に活かして、降り注ぐ光弾の連射から何とか掻い潜って遠距離魔法を連発していく。

高すぎる弾幕の密度を前にセレリアは遠距離魔法を放ちながら駆け回る事しかできず、何度か懐へと潜り込めた彼女は、直接銀頭に攻撃を仕掛けるものの先ほどよりも高まった圧倒的な防御力の前に大したダメージを与えることができていなかった。

しかも、疲労からか光弾が何度か体を掠っており、毒が彼女の体を蝕んでいた。彼女はそれに苦悶の表情を浮かべながら回復魔法と氷で傷を塞ぐことで何とか耐えていたものの動きは段々と悪くなり、倒れるのも時間の問題だった。

 

(何やってるんだっ……早く、逃げろよっ……逃げてくれっ……)

 

何度失敗しても果敢に挑み続けるセレリアに陽和は逃げるように必死に懇願する。

だが、そんな懇願にドライグは静かだが、厳かな口調で言った。

 

『相棒、なぜセレリアは逃げずに戦っていると思う?———相棒を信じているからだ。相棒なら奴に勝てると。そう信じているから、彼女はそのために相棒が目覚める時間を稼ぎ、道を切り開こうとしているのだ』

(……ドライグ……だが……)

 

そう言ったドライグは陽和が口を開こうとする前に怒声をあげて陽和を叱咤した。

 

『だから早く立て‼︎起きろ‼︎戦え‼︎‼︎俺の力を受け継ぎ、世界を救うことを選んだのならば、こんなところで倒れるな‼︎‼︎』

 

再起を促し、戦場へと駆り立てるドライグは一度口を閉じると、ソレを叫んだ。

 

 

『お前は、仲間を、恋人を、大事な者達を護るんじゃなかったのか‼︎‼︎‼︎』

(———‼︎‼︎‼︎)

 

 

そう言われた瞬間、陽和は己の左手が何かに包み込まれるように炎のような熱を灯したのに気付く。

 

(——————)

 

それに気づき陽和は歯を噛み締めると、ドライグの叫びでセレリアが戦う光景に引き寄せられるように己の体を動かして暗闇の中をかき分けて、泳ぐ。

 

そうだ。ドライグの言う通りだ。

なんで俺は諦めようとしていたんだ?

彼女が戦ってるのに、どうして折れかけた?

まだ、まだっ‼︎‼︎何一つ決着などついていないだろ‼︎‼︎

なのに、折れようとしていた。そんな無様をなぜ繰り返そうとしていたんだ⁉︎

 

あの時、誓ったはずだ‼︎仲間を、恋人を、己の大事な者達を護ると‼︎‼︎

 

再起した意志が傷ついた体を動かし心に秘めた炉に火をくべ続け、不屈の炎を不滅の炎へと昇華させて行く。

暗闇の先、自分が向かおうとしている先には光が見えている。

 

違う。あれは炎だ。

暗闇を照らし、道を示してくれる不滅の灯火。

それが、陽和の道を照らそうと燃え盛っている。

 

(——————)

 

陽和は温もりに包まれた左手を炎の先へと、相棒の声が呼ぶあの場所へ向かおうと必死に伸ばす。

そんな時だ。自分の視界の端に『青』が映った。

 

(ッッ———これ、は)

 

視界の端に映る小さな青い光。

それは、陽和の首から下げられたネックレスの先にある青い雫の結晶。

それは、王宮を出る前に雫に見せたものだ。

魔法は刻んでおらず、なんの効果もあるはずがないただのネックレス。そのはずなのにその結晶は、青い光を放って陽和の心に優しく溶け込み前へと進み出すための活力へと変わっていった。

左手には温もりのある炎が灯り、輝く青い雫が力を沸き上がらせてくれた。

 

(———ありがとう、雫)

 

何もしてなくても、彼女の存在が自分に力を与えてくれたことに陽和は密かに感謝する。

 

帰りを待ってくれる恋人がいる。

自分を信じてくれる仲間がいる。

助けを待っている親友がいる。

 

ならば、ここで倒れていい理由などあるわけがなかった。

 

『そうだ。それでいい、それでこそ相棒だ』

 

覚悟を決め、再起した陽和にドライグはそう頷くと、前へ進む陽和に言葉を紡ぐ。

 

『拳を握り、もう一度立ち上がれ。何よりも、大切な仲間を救う為に、限界を超えて、己を賭けろ』

 

左手の炎が確かな形を持って、中心に翡翠の宝玉が埋め込まれた紅蓮色の竜の腕へと変わる。

 

『己が願いを最後まで貫き、不屈の想いを声の限り叫び続けろ。それが出来る者こそ———』

 

ドライグは笑みを浮かべ、前を進んでいく相棒の背中に言葉を送った。

 

 

 

 

『———英雄と呼ばれるのだ』

 

 

 

 

「ッッッ‼︎‼︎‼︎」

 

遂に覚醒する。

両足で確かに起き上がった陽和は伏せていた瞼をゆっくりと開く。

 

「——————」

 

全身は依然として傷だらけだ。

いや、少しだけ違う。全身は紅蓮を超えた灼熱色の光に覆われており、怪我はその半分が既に治っていたのだ。背中は既に皮膚が再生しており、肉体を蝕む毒の効果もほとんど消えかかっている。

 

「傷が、治っている?」

 

訳がわからず、自分の全身を見回す陽和にドライグが言った。

 

 

『———漸く時は満ちた。相棒、至る時だ。共に行こう』

「っっ‼︎…ああっ‼︎‼︎」

 

 

たったそれだけで陽和はドライグの言わんとしてることを察したのか、不敵な笑みを浮かべて確かに笑う。

吊り上げた翡翠の両眼で陽和は禍々しき銀の怪物と美しき白の仲間の姿を捉える。

 

視線の先では傷を負ったのか、左足を抑えるセレリアが逃げることもできずに、ヒュドラが放つ極光に呑まれようとしていたのだ。

窮地に陥っている仲間を見た陽和は、彼女を助けるべく動く。

 

「———」

 

背中から灼熱色に燃え上がる竜翼を広げると、左手の宝玉を激しく明滅させながら、灼熱の閃光となって勢いよく飛び出していった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「くそっ、ここまでか……」

 

セレリアは地面に座り込んで、力なくそう呟いた。

彼女は全身のいたるところに傷ができており、そのうちの半分ほどが氷で覆われている。

氷で覆われているのが光弾が掠り毒に蝕まれた部分で、覆われていない箇所が光弾が着弾して砕け飛び散った瓦礫の破片を受けてできた傷だった。そして、極め付けが左脚だ。

左脚は膝から先が真っ赤な血で染め上げられていた。瓦礫が足に落ちてきて挟まれたのだ。

何とか砕いて抜け出したものの、足の傷は自分が思う以上に大きく彼女はもう先ほどまでの俊敏性を出せなくなっていた。

彼女の美しい白銀の毛に赤い血の色が滲みあまりにも痛々しい姿だった。

 

「…………あぁ、くそっ……死にたくないな……」

 

彼女だって死にたくはない。この大迷宮を攻略して兄を、魔人族を止めないといけないのに彼女の脚は思うように動いてくれなかった。

セレリアはいつしか涙を流していた。悔しくて、悔しくて堪らない。陽和がいなければ、自分一人では何もできないのかと。

自分一人では、これが限界なのだと思い知らされたような気分だった。

 

「クルゥアアン‼︎‼︎」

 

ヒュドラは座り込むセレリアに勝ちを確信したのか、一度大きく叫ぶと頭を後ろに引きながら口内に白銀色の光を宿して、勢いよくセレリアへ向けて極光を解き放った。

 

自分の視界を埋め尽くすほどの白き奔流が彼女へと迫る。

視界が閃光に満たされる中、セレリアはそれを見上げて涙を流しながら、最後に力なく謝罪した。

 

「………すまない、陽和。先に逝く」

 

守れなかったこと。時間を稼げなかったこと。先に逝くことを、セレリアは陽和に向けて謝罪しながら迫る破滅を受け入れて静かに目を閉じようとする。

 

「ッッ⁉︎」

 

その刹那、セレリアと極光の間に一つの炎が割り込み、極光が炎に受け止められた。

 

 

「………えっ?」

 

 

セレリアは信じられないものを見るような目でその炎を見上げる。

その炎ーいや、炎に見えたのは一人の影。

全身から灼熱の燐光を散らしながら、燃え盛る紅蓮の炎を纏った彼は、背中から灼熱に燃え盛る誇り高き赤竜の翼を広げ、竜の左腕で極光を受け止めていたのは一人の男。

 

それを成しているのは先ほどまで瀕死だったはずの紅咲陽和だった。

 

彼は左手から生み出した紅蓮に燃え盛り渦を巻く炎の障壁と光り輝く純白の光の防壁で、先ほど自身を沈めたはずの極光を完全に受け切っていたのだ。

 

「無事というわけでは無いが、間に合ってよかった」

「陽和っ‼︎」

 

彼の復活を理解した瞬間、セレリアは先程とは別の理由で歓喜の涙を流した。

 

『セレリア待たせたな。だが、どうにか相棒を叩き起こすことができたぞ』

「……ああっ……ああっ、本当に……」

 

セレリアはついに感極まって陽和の帰還を喜んだ。

やがて極光は消え、同時に光炎の障壁も消えたことでヒュドラは、やっと陽和の姿を視認した。

 

「………グルルル」

 

余裕の姿勢で佇む陽和に、ヒュドラは死に損ないがなぜ立っているのだと瞳に更なる殺意をたぎらせながら、低い声で唸り睥睨する。

それを真正面から睨み返しながら、陽和は口の端を釣り上げる。

 

「どうした?俺がここに立っていることがそんなに意外か?それとも、倒れたはずなのに、どうして立っている。そう思っているのか?」

「クルゥアアン‼︎」

 

陽和の問いかけにヒュドラは咆哮と光弾の嵐で返す。先程よりもさらに数を増やした光球からとてつもない速度で無数の光弾を放った。

速度、密度、威力を増した光弾は陽和達をまとめて打ち砕かんと迫る。

しかし、

 

 

 

「———“浄火の大光盾(アイギス)”」

 

 

 

呪いが唱えられ紅白に輝く光炎の大盾が出現し、光弾が悉く受け止められた。

轟音を立てて光弾が大盾に降り注ぐものの、多少表面を削る程度で大盾は光弾の悉くを防いでいた。

火・光複合最上級防御魔法“浄火の大光盾”。

炎の障壁で敵の攻撃を焼きつつ、光の防壁で攻撃を防ぐという二段構えの防御魔法。効果は見ての通り、ヒュドラの光弾の嵐を容易く防いでみせた。先程、極光を防いだのもこの魔法だ。

 

「す、すごい……」

 

凄まじい魔法にセレリアが絶句していると、陽和がこちらへと振り向いた。

 

「今のうちに下がるぞ」

「えっ?……わっ!」

 

そう呟いたあと、彼女を抱き抱えると翼をはためかせて凄まじい速度でヒュドラから大きく距離をとった。

そしてセレリアを優しく下ろすと彼女に左手を翳して、彼女を癒すべく力を使う。

 

『Boost‼︎』

『Transfer‼︎』

「———全てを癒す。“ディア・エイル”」

 

一度“倍加”して、その力を陽和は魔法に譲渡して回復力を増幅させてそれを彼女に使う。

セレリアの足元には朱の魔法陣が生まれ、そこから紅白の輝きが溢れる。

その光を受けたセレリアの傷は全て瞬く間に癒やされていき、体を蝕んでいた毒の効果も打ち消された。体力、魔力も回復していった。

 

「き、傷が……それに、毒も消えた?」

 

使ったのは光属性最上位回復魔法“ディア・エイル”。

これは陽和が開発した魔法の中でも“聖火の竜斬”と“浄火の大光盾”に並ぶ最高傑作の魔法の一つだ。

この魔法は傷の治癒、体力、魔力の回復だけでなく、状態異常などの対象を蝕むものあらゆる全てを文字通り癒すことができる。

最上位の全回復魔法なのだ。

 

全てを癒やされたことで回復したセレリアは、未だ信じられないのか何度も自分の体をペタペタと触ったり見回したりと確認していく。

陽和はセレリアが回復したことを確認すると、彼女に背を向けながら、彼女を労う。

 

「セレリア、よく時間を稼いでくれた。あとは俺に任せて、お前は休んでてくれ」

「ま、待て‼︎私もまだ戦えるっ‼︎私も一緒にっ」

 

戦う‼︎そういって、陽和に手を伸ばしてそばに行こうとするセレリアに陽和は振り返って微笑みながら、答える。

 

「お前は俺なら勝てると信じてくれたんだろ?なら、俺にやらせてくれよ。じゃないと、格好がつかないだろ?」

「っっ……」

 

セレリアは思わず言葉を詰まらせる。

確かにそれは言った。陽和ならば再び立ち上がって、あの怪物に打ち勝てると。

それは彼の力を信じていたからだ。

そして、彼は見事立ち上がってみせた。彼女が信じた通りに。

 

「…………」

 

だから、もう言葉は要らなかった。

セレリアは口を噤むと伸ばした腕を下ろして、陽和を真っ直ぐ見つめる。

その瞳には深い信頼が宿っていた。

 

「———勝ってくる」

 

その強い眼差しに陽和は笑みを浮かべてセレリアに一言告げると、ヒュドラの方へと歩いていった。

 

「クルゥアアァァァァ‼︎‼︎」

 

そして、陽和が歩き出したと同時に光炎の大盾は消えてその向こうからヒュドラが四肢を踏み鳴らしながら陽和達へとまっすぐに前進してきたのだ。

今までにない警鐘のような哮り声をあげて、こちらへと歩み寄る一人の人間を睨め付けて、移動を始めた。

迫るヒュドラに向けてある程度歩いた陽和は立ち止まると拳を上へ向けて左腕を構え、笑みを浮かべる。

 

「いくぞ、ドライグっ‼︎‼︎」

『応っ‼︎相棒の力、奴に見せつけろ‼︎そして証明して見せろ‼︎相棒こそが、紅咲陽和こそが新たな赤竜帝であると‼︎‼︎』

「ああっ‼︎」

 

籠手の宝玉を赤く輝かせながら、迸る魔力、猛る想いのままに陽和とドライグはついにその力を叫んだ。

 

『「“竜帝化(バランス・ブレイク)”ッッ‼︎‼︎」』

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

刹那、絶大なまでの力強い音声が鳴り響き、それと同時に、灼熱の魔力光と紅蓮の火炎、純白の光輝が彼の全身から莫大なオーラとなって噴き出し、彼を中心に激しく渦を巻き光炎の柱と化す。

 

「グルゥ⁉︎」

 

ヒュドラはその柱を見て本能で何が起きているかを一瞬で理解し、前進していた体にブレーキをかけながら焦燥を浮かべる。

 

今、生まれようとしているのだ。

 

世界を救う灯火が、我が創造主達が託した次代の、未来の希望が。

 

それは彼らにとっては喜ばしい事。

だが、大迷宮の最後の番人たるヒュドラにとっては違う。そもそも、ヒュドラにとってはここにくるもの全てが敵だ。それが『竜継士』なら尚更。より苛烈で過酷な試練を持って打ち倒すべき存在だ。

 

そして、ヒュドラは漠然とだが理解していた。

アレは、目覚めさせてはならないと。

完全に覚醒する前に、なんとしてでも排除しなければならないっ‼︎‼︎

 

「クゥルゥアアアアアァァァァァァァァァ——————ッッ‼︎‼︎‼︎」

 

だからこそ、ヒュドラは焦燥が示すままその顎門を大きく開き、白銀色に輝く自身の最大極光を躊躇わずに柱に向けて放つ。轟音を持って迫る極光は先程よりも遥かに巨大であり柱を砕かんと迫り直撃する。しかし、柱には傷一つつかず、極光は呆気なく弾かれた。

そして、その直後、光炎の柱が収まり、中から現れたのは———

 

 

『ガアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

勇壮な咆哮をあげる、一頭の赤竜だった。

 

 

 

暗き大地の奥底で、心に不滅の炎を宿す『英雄』は『竜』となり覚醒の雄叫びをあげる。

 

 

 

今ここに新たな赤竜帝が覚醒した。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

かつて一頭の赤竜がいた。

 

 

その赤竜は火と光を司る竜であった。

 

 

赤竜が纏う炎はあらゆる穢れを焼き祓い、人々の心を温める灯火となった。

 

 

赤竜が齎す光はあらゆる悪意を拒絶し、人々の心を照らす恩光となった。

 

 

赤竜は全ての竜族の始祖にして、生まれながらの王であった。

 

 

太古の時代より生き続け、世界を守護していた気高き守護竜の下にはいつか彼を『神』と崇める人達が集い、村となり、国となった。

 

 

『神』と崇められ、国を世界を守護してきた心優しく誇り高き赤竜は、いつしか『帝王』となっていた。

 

 

赤竜は己を崇める巫女達を、己の力を用いて己が眷属に、竜人へと転生させることで彼らに恩恵と加護を分け与えた。

 

 

赤竜が治る帝国には様々な人種が集った。人間、魔人、獣人、竜人。この世界に存在する全ての人種がそこには集っていたのだ。

種族関係なく誰もが笑い合い、寄り添い合えるそんな楽園のような帝国を赤竜は築き上げたのだ。

 

 

人々はその帝王を称え、こう呼んだ。

 

 

赤き竜の帝王『赤竜帝』と。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

 

『ガアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

 

竜の咆哮が響く中、セレリアは言葉を失っていた。

光炎の中から現れたのは、陽和ではなく20mをも上回る体躯の巨大な赤竜。

 

全身を覆う紅蓮色の竜鱗。地面を掴む丸太のように太く強靭な四肢。その先に伸びる鋭利かつ凶悪な赤黒い鉤爪。巨体を隠せるほどの大きな紅蓮の竜翼。頭部から生える金と赤の2色の複数の角。口から覗く鋭利な牙。全身の各部に埋め込まれた翡翠色の宝玉と同色の鋭い竜眼。

何一つとっても凄まじい威圧感を放っていた。

そんな圧倒的な存在感を放つ巨竜が牙を剥き出しにして、ヒュドラへと威嚇していたのだ。

 

「陽和…なのか?」

 

セレリアはその竜の名を呟く。

光炎の柱を生み出したのは陽和であり、その中にいたのも陽和だ。だとすれば、状況的に考えても辻褄が合うし、何よりドライグから赤竜帝の力が完全に解放できれば、いつか竜にも変身できるようになると。

それこそが、今この土壇場で新たに目覚めた“赤竜帝の魂”の派生技能“竜帝化(バランス・ブレイク)”だった。

赤竜ー陽和は首だけを動かしてセレリアへと翡翠の竜眼を向けると牙を剥き出しにして笑う。

 

『ああ、俺だ』

「まさか、この土壇場で、覚醒したのか?」

『そういうことだ』

 

陽和はドライグと同じように、スピーカーを通したような声音で肯定する。少しだけ音が反響しているものの、それは間違いなく陽和の声だ。

そして、陽和の内側からもう一つの声が響いてくる。

 

『ハハハハハハ‼︎‼︎素晴らしいオーラだ‼︎‼︎覚醒したばかりで、まさかいきなりこれほどのオーラを放てるとはな‼︎‼︎相棒‼︎やはり、お前は最高だ‼︎』

 

ドライグは陽和の覚醒に哄笑をあげる。

事実、彼は歓喜していた。力を継承してからわずか一ヶ月余りで彼は赤竜帝の力を解放してみせたのだから。

その凄まじい成長ぶりと、彼の圧倒的なオーラにドライグは相棒として歓喜した。

そして、この変化に反応したのはドライグ達だけではない。

 

「クルゥゥゥアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァンン——————ッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

ヒュドラもまた同じであった。

ヒュドラは空気だけでなくこの広間すら揺るがすほどの大咆哮を上げると、己の肉体を()()()()()()()()

銀頭を囲むように生えている六つの頭の亡骸。それらが、胴体に根元を残して引っ込むと筒のようなものへと変わり、中から白銀の炎にも似た光を放ち始める。

そして、バキバキと嫌な音を鳴らしながら、体を変形させて四肢を長く伸ばして二足で立ち上がったのだ。

 

『どうやら、奴も本気を出すようだぞ』

『みたいだな』

 

陽和達はそう分析しながら冷静に身構える。

そうして、ついにヒュドラの変形が完了して現れたのは先程よりも禍々しさを増した頭部に銀の紋様を持つ黒き巨躯の怪物。

 

『グオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎』

 

それが禍々しい雄叫びを上げながら、青く輝く眼で赤竜と化した陽和を睨め付けている。

 

『セレリア、下がっていろ』

「……ッッ」

 

一歩前に進みながら、陽和はセレリアを見ずにそう呟く。陽和の勝利を信じているセレリアは無言で頷くと陽和に背を向けて柱の影へと移動する。

それを確認した陽和は翼を大きく広げる。

 

『さあ、ドライグ、勝つぞっ‼︎‼︎』

『ああ、好きに暴れろ‼︎』

『クルゥアアァァァァァァッッ‼︎‼︎』

 

ドライグがそう答えると同時に、ヒュドラが咆哮を上げながら前進する。

対する陽和も翼を大きく広げて、飛び出した。刹那、

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』

『ッッ⁉︎』

 

一瞬で限界を外れた凄まじい回数の倍加が行われて、体の底から力が際限なく湧き出してきた。

 

(すげぇなっ‼︎…解放したら、ここまで力が膨れ上がるのかっ‼︎これならっ、こいつに勝てるっ‼︎‼︎)

 

陽和は湧きあがる高揚のままに全身に炎を纏うと翼を勢いよく羽ばたかせて、更に加速しながらヒュドラへと迫り、轟音を立てて激突した。

激突した瞬間、衝撃と形容すべき檄音が響き、物理的な衝撃波を周囲に放ったのだ。

 

怪物と巨竜の戦いは怪物らしく、お互いの巨体を以ての頭突きで始まった。

 

ヒュドラと陽和は頭を突き合わせながら、お互いを押し倒さんと四肢に力を込める。

体格は30mを上回る巨躯を持つヒュドラが上。しかし、パワーは倍加を続ける陽和の方が上。暫くの拮抗の後に、勝ったのは、

 

『ガァァァァ‼︎‼︎』

『グルゥ⁉︎⁉︎』

 

陽和だった。

陽和はヒュドラを弾き飛ばすと、首を掴み勢いよく地面に叩きつける。地面には巨大な亀裂が生まれる。そして、ヒュドラの首を押さえながら陽和は口を開き炎を放ち、焼こうとするがヒュドラもそう簡単にやられはしなかった。

 

『クルゥアっ‼︎‼︎』

『グッ』

 

ヒュドラが自身の周囲に光球を浮かばせて陽和目掛けて光弾を放ったのだ。

先程よりも威力の上がった光弾に陽和は堪らずに首から手を離して、翼を広げながら飛び上がり後退する。

 

『なるほど。威力も上がっているのか』

『相棒、長時間の戦闘は避けろ。消耗し切った状態ではこの状態も長くは続かないからな』

『具体的には?』

『10〜15分と言ったところか』

『十分だ。その間にこいつを倒すっ‼︎‼︎』

 

ドライグとそう話した陽和は大きく息を吸い込みながら、炎雷の塊“ファイアボルト”を口から連発する。

 

『“ファイアボルト”‼︎‼︎』

 

対するヒュドラも光弾を乱発して“ファイアボルト”を相殺しようとするも、いくつかは突破されヒュドラの肉体に傷を作っていった。

陽和は“ファイアボルト”を放ちながら、ヒュドラの真上に移動すると、風を纏って速度を上げながら翼をはためかせて一気に急降下し、迫るヒュドラの背中に向けて炎纏う拳を振り下ろした。

 

『クゥルゥァァ⁉︎⁉︎』

 

着弾と同時に拳の炎が大爆発を起こし、ヒュドラは思わず苦悶の声をあげる。

陽和はそのままヒュドラの背に飛び降りて鉤爪を突き立てると、首の根本に牙を突き立てた。

 

『グゥルゥゥゥ‼︎‼︎』

 

ヒュドラは低い唸り声を上げながら、陽和を引き剥がそうと柱や壁に激突しながら暴れ回るものの、陽和は決して離さずに牙を突き立て続ける。

 

『相棒‼︎今だ‼︎』

『ッッ、グオオォォオォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

やがてヒュドラが壁から離れた時にドライグの声が響き、その声に合わせて陽和は雄叫びを上げ、翼を羽ばたかせながら自身の肉体を空へと持ち上げて、同時にヒュドラの肉体も持ち上げる。

数度の羽ばたきでヒュドラの肉体を完全に空中へと持ち上げることに成功した陽和はそのまま高度を上げていく。

ヒュドラも必死に暴れながら、光弾を陽和へと放つもののそれでも、陽和は離さない。

 

天井まで飛んだところで陽和は上昇を止めると、今度は逆に大気を上に打ちながら勢いよく降下したのだ。

そうすれば、ヒュドラは当然地面に叩きつけられることになる。地面が捲れ上がるほどの激震が響き、ヒュドラの肉体が半ば地面に埋もれる。

 

『ガアアァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎』

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』

 

陽和は埋もれるヒュドラの胴体を強く踏みつけると、両足で立ちながら双拳に炎と雷を纏わせてヒュドラの肉体に問答無用で打ち込む。

一撃のたびに倍加をかけている陽和の拳は、一撃撃ち込まれるたびに檄音と重さを増していき、その衝撃はヒュドラの肉体を貫通して地面を更に砕くほどだ。

 

『グッ、グゥルル、グゥルゥァァァァァァアアアンンッッ‼︎‼︎』

 

なす術もなく殴られ続けたヒュドラは血反吐を吐き、苦しそうにうめきながらも、苦し紛れに顎門を開き四度目の極光を放とうとする。

 

『んなもん、喰らう訳がねぇだろうがぁっ‼︎‼︎』

 

だが、それは事前に察知した陽和が顎を掴み頭の向きを強制的に逸らしたことで、極光は大きく逸らされ、壁を抉るだけに終わった。

 

『大人しくしてろぉ‼︎‼︎』

 

陽和はそのまま無防備になった喉元に噛み付くと、四肢に力をこめてヒュドラを無理やり地面から引き摺り出すと、

 

『オオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎‼︎』

 

力の限りヒュドラの巨体をぶん回した。

地盤を、柱を破壊しながらヒュドラの巨体は呆気なく持ち上げられ、勢いよくぶん投げられ後方の壁に叩きつけられる。

 

「マジか……⁉︎」

『ガアアアァァァァァァァァッッ‼︎‼︎』

 

その様子を遠くから見ていたセレリアは衝撃的な光景に思わず度肝を抜かれた。

そして、壁に叩きつけられ崩れ落ちるヒュドラに陽和はここぞとばかりに襲いかかる。

ここで畳みかけると言わんばかりに崩れる怪物に攻撃を重ねる。

 

『グッ——アアアァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアッッ⁉︎⁉︎』

 

風を纏い加速した頭突きを受け、顔、首、脚、背中、尻尾、あらゆる部位を炎雷纏う拳で乱打されたヒュドラは怒り狂い、暴れまわりながら自分を巻き込むほどの密度で周囲一帯に光弾を放った。

理性を失い暴れ狂うヒュドラを前に、陽和は攻撃を受ける前に呆気なく引き下がり翼を広げて少し距離を取り、滞空する。

 

周囲一帯を一切合切光弾で破壊し尽くしたヒュドラは全身を血塗れにしながらも、その四肢で確かに立ち、中空で佇む陽和を壮絶な殺意で睨む。

すると、顎門を大きく開き口内に白銀の輝きが集い始める。ここからでも分かるほどに魔力がそこに収束されており、ヒュドラが魔力を溜めて最大最強の極光を放とうとしていることがわかる。

間違い無く、これが最後の一撃だ。ならば、

 

『相棒』

『ああ』

 

陽和はそう短く答えると、大きく息を吸いながら頭を後ろに引いて身構える。同時に、倍加の力も発動させた。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎』

 

音声が連続で鳴り響きながら、陽和の口には火、雷、光の三属性が収束されていく。高まり続ける力は限界を知らず、際限なく収束された魔力は高まっていき圧縮されていき、紅白の閃光へと変わる。

そして、ここに更にダメ押しで、ある技能も発動する。

 

 

『———“臨界突破(オーバーリミット)”』

 

 

赤竜帝の固有技能。己の力を一時的に5倍に高める技能。それを発動したのだ。

ドンッと紅白に輝くオーラを一気に増大させながら陽和は更に力を溜め続ける。

 

「なんだ、この魔力は……ッッ」

 

空気が震えているのではないかと錯覚するほどの魔力の高まりにセレリアが戦慄する中、同じようにヒュドラも戦慄していた。

あの紅白の光を見た瞬間本能がけたたましく警鐘を鳴らしていたのだ。

アレを撃たせてはならないと。アレを受けたら、間違いなく自分は死ぬと。あれは『破滅』そのものだと。

そう本能で分かってしまったのだ。だから、アレが放たれる前に奴を倒す。幸いにも、チャージはあと少しで完了する。あとは勢いのままに放てばいいだけだ‼︎‼︎

 

『クゥルゥゥアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンン——————ッッ‼︎‼︎』

 

そしてかつてないほどの大咆哮を伴って放たれたのは、竜に変化した陽和を容易く飲み込めるほどの極太の最大砲撃だ。

白銀色の極光が唸りを上げて陽和へと真っ直ぐ迫っていく。

 

「陽和っ‼︎」

 

遠くでそれを見ていたセレリアは極光が放たれてもまだ撃たない陽和を見て焦燥の声を上げた。

そして、彼女が見守る中、極光は迫り陽和を飲み込もうとして、

 

 

 

 

 

『———“聖火の竜咆(ドラゴ・ウェスタ)”』

 

 

 

 

ソレは解き放たれた。

極光が陽和を飲み込む直前に、収束され完成したソレを陽和は頭を前に戻す勢いのまま解き放つ。

刹那、陽和の顎門から解き放たれたのは限界まで溜められたヒュドラの極光をも凌駕する程の太さを持つ極太の紅白の閃光。

それは、かつて陽和が力を継承した際に100層から地上まで貫き、更に空にも届かせた紅白の閃光そのものだった。

 

使われた魔法は“聖火の竜咆”。陽和の最強の必殺技でもある“聖火の竜斬”を竜形態で放った魔法と言ったところだろう。

剣に収束して斬撃として放つか、顎門に収束させて砲撃として放つかの違いなだけなのだ。

 

放たれた紅白の閃光は極光と拮抗することはなく一瞬で呑み込むと、そのままヒュドラも呑み込んだ。

 

 

『——————————————————————アァァァァ⁉︎⁉︎』

 

 

紅白の極光がセレリアの視界を埋め尽くし、思わず目を腕で覆う。

ヒュドラの悲鳴をかき消すほどの凄まじい轟音と空間を染め上げる閃光に、視覚と聴覚がしばらく麻痺させられ漸く回復したセレリアがヒュドラがいた場所を見れば、そこにはヒュドラがいた痕跡など何一つなく、巨大なクレーターを残して跡形もなく消滅していたのだ。

口の端から残った炎と閃光の残滓を吐き出しながら、ゆっくりとクレーターの端に着陸するのは赤竜の姿の陽和。

その光景に、セレリアは何も言えず立ち尽くしていた。

 

「消滅、させた……」

 

呆然とセレリアは呟きながら、自然と足を前へと動かしていた。

 

「陽和っ‼︎」

 

涙ぐむセレリアは満面の笑みを浮かべながら陽和へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

こうしてオルクス大迷宮最終階層、そこに君臨していた最後にして最強の守護者は、赤竜帝の力を受け継いだ英雄と獣の力を宿す魔人の少女の二人によって倒された。

 

 






後半、ほぼ怪獣対決で草。

そして、遂に出せましたよ。バランス・ブレイク。
ハイスクールdd では禁手化でしたが、こちらでは赤竜帝の力を完全解放するということであるため竜帝化とさせていただきました。安直だけどまあよし。

ヒュドラとの戦闘シーンで今話はほぼ占めているわけですが、ヒュドラ君原作と動き違いすぎない?と思うでしょう。
まあ、こちらもベヒモスと同じように強化されているので、動きは改変しています。それに、ヒュドラが二足で立ち上がるのは漫画版では描写されていたのでそこを使わせていただきました。

あとはまぁ、セレリアですよねぇ。
しちゃいましたよ。頬にキス。状況的に考えれば、納得というのもありますが、正妻()にバレて仕舞えばどうなるのか………クク、楽しみですなぁ。

では、また次回お会い致しましょう‼︎さようなら‼︎



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