竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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お待たせしました〜〜。
今回は予告通り、雫達地上組編の話です。ズバリ、皆さんご存知のベヒモスリベンジ回です。
陽和がベヒモスに大立ち回りを演じましたが、雫達はどのような戦いを見せるのか、そしてタイトルの意味は何なのか!それを是非お確かめください!

あと、魔都精兵のスレイブめっちゃ面白くない?私今お気に入りなんですよね。

では、最新話どうぞ‼︎





18話 水刃煌めく

 

 

時は陽和が赤竜帝の力を継承した数日後に遡る。

 

雫達神の使徒一行は、訓練の為に再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。しかし、訪れているのは光輝達勇者パーティーと檜山達小悪党組、それに加えて重吾率いる男女5人のパーティーだけだ。

これは、前の事件以来戦えなくなった生徒が出て来てしまったからであり、希望者のみ訓練を継続することを決定した結果、彼らのみが訓練を継続することになった。今回もメルドと数人の騎士団員が付き添っている。

尚、ここに雫や重吾がいるのに優花がいないのにはちゃんと理由がある。

 

彼女は愛子の護衛として他の数名の生徒達とともに愛子の農地開改革・開拓の遠征に同行しているのだ。

これは陽和が優花宛に残した手紙の中に、『神殿騎士は信用できないから、お前が同行して先生を守ってほしい』と書かれていたからでもある。自分が立ち直っても迷宮訓練には参加はできないと言うことを見越していた陽和は優花に愛子の護衛を任せたのだ。

愛子もこの件は了承している。ちなみに、優花以外に護衛に参加している生徒達は全員居残り組で王宮で塞ぎ込んでいたところを、優花に焚き付けられて参加している。

結果、雫と重吾が大迷宮攻略に、愛子と優花が世界を回り情報を集める役目を担うことになったのだ。

全ては陽和が自分達に託した想いを無駄にしない為にだ。

 

そして、雫達が迷宮攻略を再開して今日で6日目。現在彼女らがいるのは六十階層。表向きに確認されている最高到達階層までは後五層だ。

しかし、彼女らは現在、立ち往生していた。先はいけないのでは無く、いつかの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまっていた。

彼等の目の前にはいつかのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのだ。次の階層に行くためには崖にかかった吊り橋を進まなければならない、ソレ自体に問題はないものの、未だにあの悪夢のことを思い出していて彼等は進めないでいたのだ。

尤も、彼女らは別だが。

 

「………」

 

雫、香織、重吾の三名の表情は決して強張ってはおらず奈落の闇をじっと見つめたまま動かなかった。

 

「香織、大丈夫?」

 

想い人が未だ見つかっていない香織に雫が心配そうに呼び掛ける。強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると雫に微笑む。

 

「大丈夫だよ。雫ちゃん、心配してくれてありがと」

「そう、でも辛かったら私に言ってね?」

「私は大丈夫だよ。雫ちゃんは?」

「私もよ。だって、信じてるもの」

「えへへ、なら、私と同じだね」

 

雫と香織はそう微笑み合う。二人の瞳には力強い輝きが宿っており、そこに現実逃避や絶望などは微塵もなく、強い決意と希望の輝きが満ちていた。

 

(すごいな。二人とも)

 

二人の様子を後ろから見ていた重吾はそう感心する。

雫が陽和と恋仲になってることも、香織がハジメを好いていることも知っている彼は、彼女らが愛しい男の為に強くなろうと努力している姿を知っている。ゆえに、自分達の中で心情的には最も辛いであろう二人が誰よりも強く、前に進もうとしている姿に友人として純粋に感心したのだ。

その時、彼女らに近づく一人の人影に気付き、重吾は呆れ混じりの溜息をついた。

それはもはや、最近見慣れてしまっているものだった。

 

(またか。どうしてお前は気づかないんだ)

 

重吾は呆れを多分に含んだ視線を彼に、勇者である天之河光輝に向ける。

きっと彼の目には、眼下を見つめる香織の姿が、ハジメの死を思い出して嘆いているように見え、香織に声をかける雫の姿が香織を気遣っているように映ったのだろう。クラスメイトの死に優しい香織は今も苦しんでおり、雫はそんな親友の身を案じているといったところだろう。

思い込みというフィルターが掛かっている勇者クオリティーの前では、雫達の姿も無理をしているようにしか見えず、彼女らの本音に気づきもしなかったのだ。

それに、光輝にとって陽和は殺すべき邪竜という認識しかないので、雫が彼と恋仲になっているとは予想だにしないだろう。

そして、光輝はたびたび、2人にズレた慰めの言葉を掛けてしまうのだ。

ここ数日続く光景にいい加減見慣れた重吾は呆れ一色の眼差しを光輝に向ける。彼の視線の先では、案の定光輝が2人に話しかけようとしていたところだ。

 

「香織、君の優しいところ、俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない‼︎そんな余裕は俺達にはないんだ!前へ進もう!大丈夫だ。俺がそばにいるし、きっと南雲もそれを望んでいる」

「ちょっと、光輝……」

「雫は黙っててくれ!たとえ辛くても、幼馴染である俺がはっきりと言わないといけないんだ‼︎……香織、大丈夫だ。俺がそばにいる。俺は死んだりしないし、誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

 

胸を張って力強くそう宣言する光輝に香織は笑みを浮かべながらも、その目は酷く冷めていた。雫も同様であり、光輝の的外れな発言に呆れている。

雫は額に手を当ててため息をつく。

  

「はぁ〜………香織………」

「……うん、わかってるよ。雫ちゃん。……えっと、光輝くんの言いたいこともわかったから気にしなくて大丈夫だよ」

「そうか!わかってくれたか‼︎」

 

光輝は香織の言葉に満足げに頷くと、勘違い全開の発言をする。香織は、それを見て暗い表情を浮かべていた。

 

光輝の中ではハジメは既に死んだことになっており、碌に痕跡を探そうとすらしてくれなかった。もしも、自分が生存を信じて今も探し続けていると言えば、現実逃避をしているか心を病んでしまっていると解釈してしまうだろう。

そう考えていると光輝の思考パターンからなんとなくわかってしまった香織はその事実が、自分の想い人が碌に捜索もされずにあっさりと死んだとされていることが彼女にはとても辛い事だった。

そうして光輝が満足そうにして再び龍太郎達の元に向かった後、暗い表情を浮かべる香織に二人の女子が近づいた。

 

「香織ちゃん、私、応援しているから、できることがあったら言ってね」

「そうだよ〜、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」

 

そう話しかけてきたのは中村恵里と谷口鈴。

二人とも、高校に入ってからの仲ではあるが、それでも親友と言っても過言ではない仲であり、それぞれ“降霊術師”と“結界師”として同じ勇者パーティーにも加わっている実力者だ。

中村恵里はメガネを掛けて、ナチュラルボブにした黒髪の美人だ。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションにいる。本が好きで、実際、図書委員でもあるから、典型的な文学少女といった感じの女の子である。

そして、谷口鈴は、身長142cmのちみっ子である。しかし、その小柄な体に反して、無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿はとても微笑ましくて、クラスのマスコット的な存在だ。

そんな二人も、ハジメが奈落に落ちた日の香織の取り乱し様に、その気持ちを悟り、香織の目的にも賛同してくれるのだ。

 

「うん、二人ともありがとう」

「うぅ〜、カオリンは健気だねぇ〜、もう南雲君め‼︎鈴のカオリンをこんなに悲しませて!生きてなかったら鈴が殺っちゃうんだからね‼︎」

「す、鈴?生きてなかったら、その、こ、殺せないと思うよ?」

「細かいことはいいの‼︎そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍らせちゃえばいいんだよ!」

「す、鈴、デリカシーないよ!香織ちゃんは、南雲君は生きてるって信じてるんだから!それに、私、降霊術は……」

 

鈴が暴走して恵里が諌める。それがデフォだ。

いつも通りの姦しい光景を見せる二人に、楽しげな表情を見せる雫と香織。ちなみに、光輝達は少し離れているので聞こえていない。

肝心な話やセリフに限って聞こえなくなるというご都合的展開だ。

 

「恵里ちゃん、私は気にしてないから平気だよ?」

「鈴もそれくらいにしなさい。恵里が困ってるわよ?」

 

香織と雫の苦笑い混じりの言葉に「むぅ〜」と頬を膨らせる鈴。恵里は、香織が鈴の言葉を本気で気にしていない様子にホッとしながら、降霊術という言葉に顔を青ざめさせた。

 

「エリリン、やっぱり降霊術苦手?せっかくの天職なのに……」

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのは分かってるんだけど……」

 

恵里の天職“降霊術師”は文字通り、闇属性魔法の一つである降霊術に高い適正がある。

闇属性魔法は主に精神や意識に作用する系統の魔法で、実践などでは基本的に対称にバッドステータスを与える魔法と認識されている。

降霊術はその闇属性魔法の中でも超高難易度の魔法であり、死体の残留思念に作用する魔法だ。教会でも使い手は数人おり、死者の残留思念を汲み取り、遺族などに伝えるという聖職者らしい使い方もしている。

 

もっとも、この魔法の真髄はそこではない。

この魔法の本当の使い方は、遺体の残留思念を魔法で包み実体化の能力を与えて使役したり、遺体に憑依させて傀儡化するというものだ。

つまり、生前の技能や実力を劣化してはいるが発揮できる死人、ソレを使役できるのだ。また、生身の人間に憑依させることで技術や能力をある程度トレースすることができる。

しかし、死体を操るのでその見た目は青白い顔をした生気のない幽霊という感じであり、ある程度の受け答えはできるもののソレは機械的なソレに近い。また、死者を使役するというのはトータスの人間ならともかく、地球人である恵里には倫理的な嫌悪感を覚えてしまい、才能があっても使えていなかったのだ。

そして、暗い顔を浮かべる恵里に雫は優しく言った。

 

「大丈夫よ恵里。誰にだって得手不得手はあるものよ。魔法の適正だって高いんだから気にすることないわ」

「そうだよ、恵里ちゃん。天職って言っても、あくまでその分野の才能があるというだけで好き嫌いとは別なんだから。恵里ちゃんの魔法は的確で正確だから皆助かってるよ?」

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」

 

恵里が小さく拳を握って決意を表す。鈴はその横で「その意気だよ、エリリン!」とぴょんぴょん飛び跳ねる。

二人の様子に、雫達は揃って頬を緩めるとお互いに顔を向けて微笑み合う。

 

「そうね。私達ももっと頑張らないといけないわね」

「うん。そうだね雫ちゃん」

 

二人はそうお互いを鼓舞し合う。

あの日決意した日から十数日。ハジメの調査の進展は言わずもがなゼロだ。しかし、陽和の方は進展が一つだけあった。

それは、数日前にオルクス大迷宮より迷宮を突き破って放たれた、空をも穿つほどの巨大な聖火の柱と竜の咆哮。

 

あれを見た瞬間、心が理解した。

 

陽和が無事に生きており、赤竜帝の力を見事継承したということに。

 

宿の部屋からソレを見上げていた雫はそのことを理解すると歓喜に涙を流して彼の無事と覚醒を喜んだ。

 

その後雫の予想通り、教会から預言者曰く、赤竜帝が復活したという報告が来た。

雫などの事情を知っている者達はその報告に密かに歓喜したが、殆どの者が困惑し、光輝に至っては激怒し「悪しき邪竜は必ず俺が討伐する」と案の定息巻いていた。

それからは目覚めたとはいえ未だ力が回復してはいないであろう邪竜が大迷宮内に潜伏していると教会や国王は考え、大迷宮攻略は万が一邪竜を発見すれば邪竜も即時討伐すべしという邪竜討伐の任務も兼ねるようになった。

 

………ただし、邪竜討伐には光輝以外は乗り気ではなく、あの大迷宮を穿つほどの巨大な閃光を見たからか、自分達ではどう足掻いても勝てないと思うようになってしまったのだ。

重吾と共に武道メンバーとしてつるんでいた龍太郎も陽和を殺すことに躊躇を感じ、万が一陽和と交戦することになっても勝てないし、果たして本当に陽和は邪竜の力を手にして、世界を滅ぼそうとしているのかと疑問に思うようになっていた。

それは、重吾が率いるパーティーメンバーも同じであり、普段の頼もしい彼の姿を知っているがゆえに、龍太郎と同じことを考えるようになっていた。檜山達小悪党組も同様だ。

しかし、当然自分の親友や仲間達がそんなことを考えているなど微塵も思っていない光輝は一人、邪竜討伐に意気込んでいた。

現在では陽和の話題は仲間内では光輝かメルドの口からしかでなくなり、滅多に話には出てこなくなった。

 

その後、攻略を再開した一行は特に問題もなく65階層に辿り着いた。だが、その階層に踏み入れた瞬間、彼らは広がる空間に違和感を感じた。

 

「なんだ?この階層……」

「焼け焦げてる…?」

 

重吾と雫が広がる光景に思わずそう呟いた。

二人の言う通り、淡い緑光石が照らす薄暗い洞窟の壁面や床が心なしか炎に焼かれたかのように煤けており、焦げた匂いがしたのだ。

まだ入り口にしか立ってはいないが、焦げた匂いが充満していることから、階層全体が焼け焦げているのではないかと推測できる。

他の者達もこの階層の様子に少なからず違和感を抱いており、仕切りに壁や床を見渡している。

 

「メルド団長、この階層は元々こんな感じなんですか?」

 

階層の様子に違和感を感じた雫がそうメルドに尋ねた。メルドは壁に指を走らせて指先についた煤を払いながら険しい顔で首を横に振る。

 

「いや、確かにここのマップは不完全で情報も少ないが、それでも階層自体が焼け焦げているという情報はなかったな。それにこの焦げた痕跡は最近のものだ。となると、考えられる可能性は一つ」

「……私達よりも先に来た誰かがここで火属性魔法を使った、ですか?」

「……ああ」

 

メルドは険しい面持ちのまま静かに頷く。

誰かがここで火属性魔法を使って戦いその余波で洞窟が焼け焦げた。言葉にすればそれだけだが、メルドが考えていることは、雫や、香織、重吾も考えていることだ。

 

(彼がここで大暴れしたのね)

 

この痕跡は陽和がやったと雫は断言する。

陽和は既にここの階層に辿り着き、その先に進んでいるのだろう。

間違いなくそうだ。自分が知っている時以上に強くなったであろう彼ならば、ベヒモスも一人で打倒できるはずだし、今はもう既にその先の前人未踏の階層へと足を進めているのだろう。もしかしたら、もう攻略してしまっているのかもしれない。

 

(本当に貴方は凄いわ。私のずっと先を走り続けているんだもの)

 

雫は一人静かにほくそ笑む。

自分達も鍛錬の果てに確実な強くなっている。だが、ソレと同等、いやソレよりも遥かな速度で陽和は強くなり続けているのだろう。

この魔法の余波の痕跡を見ただけでも分かる。陽和は自分なんて目じゃないほどに強くなっていることに。

 

どれだけ強くなろうと努力しても、彼もまた努力しているため、その差は一向に縮まらない。それどころか、距離は離され見えるのは彼の逞しい背中ばかり。

だが、それでいい。それでこそ追いかけ甲斐が、鍛錬のし甲斐があると言うものだ。

 

 

(いつか、必ず貴方に追いつくわ)

 

 

どこかで戦っている想い人に向けてそう心の内で彼女は呟いた。

 

 

それからも焼け焦げた洞窟を歩き続け、やがて一行は大きな広間に出た。

そこは、今まで以上に黒く焼け焦げており、床だけでなく壁や天井すらも炎に焼かれ黒く煤けていたのだ。ソレに加えて、大小様々なクレーターや、砕けた壁、渇いた血溜まりなどがあり、一際目立つのが床から壁、天井へと繋がる一本の巨大な斬痕だ。それは明らかな激戦の跡だ。

自分達より先にこの階層に辿り着いた者。陽和がベヒモスと死闘を繰り広げたほかならない証拠だった。

 

しかし、彼らが広間に踏み込みその光景を目にして何かを呟こうとした瞬間、部屋の中心に魔法陣が浮かび上がったのだ。

脈動する赤黒いソレは、かつてあのトラップで転送させられた先で見たものと同じ。すなわち、ベヒモスの魔法陣だ。

 

「ま、まさか………アイツなのか⁉︎」

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ‼︎」

 

光輝と龍太郎が冷や汗を浮かべながら驚愕の声を上げる。他のメンバー達にも緊張の色がはっきりと浮かんでいる。

彼らの驚愕にメルドが険しいし表情をしながら冷静な声音で応える。

 

「迷宮の魔物の発生原理は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ‼︎退路の確保を忘れるなよ‼︎」

 

メルドはいざという時、確実に逃げられるように退路の確保を優先する指示を素早く出す。

部下の騎士達はソレに即座に従ってそれぞれ動く。

しかし、それに光輝が不満そうな声を上げる。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ‼︎もう負けはしない‼︎必ず勝ってみせます‼︎」

「へっ、光輝の言う通りだぜ。いつまでもやられっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ‼︎」

 

龍太郎も不適な笑みを浮かべてガチンと籠手を打ち鳴らしそう呼応する。メルドはやれやれと肩をすくめると、確かに今の彼らの実力ならば大丈夫だと判断して彼ら同様不適な笑みを浮かべて剣を構える。

そして、ついに魔法陣の輝きが爆発し、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

「グゥガァァァアア‼︎‼︎」

 

咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形の怪物ベヒモス。ソレは壮絶な殺意を双眸に宿して、入ってきた闖入者達に向け低く唸る。

多くの者達に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情を浮かべ正面から睨み返す少女が二人。

香織と雫である。二人は、お互いに聴こえるぐらいの、しかし確かな決意を宿した声音で宣言する。

 

 

「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼の元へ行く」

「あなたはもう過去。私達はあなたを倒して前に進むわ‼︎」

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ベヒモスとの戦い。開幕初手は光輝だった。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”‼︎」

 

曲線状の光の斬撃がら轟音を響かせながらベヒモスに直撃する。以前ならば、通用しなかったであろう攻撃は、確かな傷をつけた。

 

「グゥルガァアア⁉︎」

 

ベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が刻まれており、赤黒い血を滴らせている。ベヒモスは悲鳴を上げ地面を削りながら後退する。

 

「いけるぞ‼︎俺たちは確実に強くなってる‼︎永山達は左側から、檜山達は背後を、メルドさん達は右側から‼︎後衛は魔法準備‼︎上級を頼む‼︎」

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな?総員、光輝の指揮で行くぞ‼︎」

 

メルド直々の指揮官関連の賜物による指示は的確であり、メルドは感心の声を上げながら、騎士団員を引き連れて右サイドに回り込むべく走り出した。前衛が、暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死な防衛線を張る。

 

「グルゥアアア‼︎」

 

ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

「行かせんっ‼︎」

 

クラスの二大巨漢、龍太郎と重吾がスクラムを組むようにベヒモスを受け止めんと組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに!“剛力”‼︎」」

 

身体能力、特に膂力を強化する魔法を使って、地面を滑り削りながらベヒモスの突進を受け止めた。

 

「ガァアア‼︎」

「らぁあああ‼︎」

「おぉおおお‼︎」

 

三者三様に雄叫びをあげて力を振り絞る。矮小な人間如きに、完全ではないとはいえ勢いを止められたことに苛立ちながら地面を踏み鳴らし前へ進もうとする。

当然、そんな無防備な隙を見逃すはずもなく、雫が剣を鞘に収めながらベヒモスへと駆け出した。

 

「全てを切り裂く至上の一閃、“絶断”‼︎」

 

自身の魔力色である瑠璃を纏って切れ味を増した雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。

しかし、刃は半ばまで食い込んだだけで、切断には至らない。

雫はその現実に、悔しさに表情を歪める。

 

(これでも、まだ届かないっていうのっ⁉︎)

 

彼女の胸中にふつふつと湧き上がるのは怒り。

彼の力になるために、あの日からずっと鍛え続けて強くなっても、ベヒモスの角一つ斬り落とせない現実に、憤怒の炎が燃え上がる。

 

(私は、こんなところで立ち止まってる場合じゃないのよ‼︎‼︎‼︎)

 

雫は一刻も早く彼の元に行かなくてはならない。あの日、空を穿つほどの光の柱が大迷宮を突き破って放たれたのを見たとき、雫は陽和が赤竜帝の力の継承に成功したことを理解していた。

 

それを理解した時、雫は待つだけではダメだと思った。強くなるであろう彼の帰りを待つのではない。自分がもっと強くなって彼の元に行けばいいのだと考えたのだ。

 

だから、こんなところで、この程度の怪物に手こずっている場合ではないのだ。

ギリッと歯が強く噛み締められ、剣を握る手に異様に力が込められる。

 

 

(私はっ‼︎彼をずっと支えるって決めたのよっ‼︎‼︎)

 

 

———直後、雫の瞳が青く輝いた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ッッ⁉︎⁉︎」

 

 

雫の変化に誰よりも早く気付いたのは、彼女の援護に回ろうと駆け出したメルドだった。

ベヒモスの角を斬り落とさんと、半ば食い込んだ剣を進めようと力を込めた時だ。

雫の瞳が鮮やかな瑠璃色に輝いたのだ。次の瞬間には刀身にも青い光が宿る。そして、

 

「はぁぁぁぁッッ‼︎‼︎」

 

裂帛の気合いの声と共に剣は振り抜かれ、ベヒモスの角を半ばから斬り落とした。

 

「ガァァァァァァァァ⁉︎⁉︎」

 

角を斬り落とされた衝撃と痛みにベヒモスは悶絶し暴れる。その際に足元で押さえていた重吾と龍太郎が弾き飛ばされる。

 

「優しき光は全てを抱く。“光輪”‼︎」

 

衝撃に息を詰まらせ地面を転がろうとしていた2人を光の輪が無数に合わさってできた網がやさしく受け止めた。形を変化させることで、衝撃を殺す光属性の防御魔法だ。

 

「2人とも大丈夫っ?」

 

角を斬られ未だに暴れ回るベヒモスの頭部を蹴って距離をとった雫が2人の側に飛び降りた。

そこで漸く、メルドははっきりと彼女の変化に気づいた。

 

「水の刃…?」

 

メルドは愕然と呟く。

彼女の剣に宿る青い光の正体は——青く輝く水。それが剣を覆うことでとてつもない斬れ味を秘めた水の刃と化していたのだ。

さらに、赤紫の瞳が青く輝いており、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「雫、ちゃん……?」

「目が、青くなってる……」

「何が、あったんだ……?」

 

メルドに遅れて雫の変化に気づいた香織達も戸惑いの声を上げた。ベヒモスの角を斬り落とした興奮は既になく、あるのは彼女が無詠唱無陣で魔法を行使した驚きと、どういうわけか瞳が青く輝いていることへの困惑だった。

 

「これは…?」

 

雫はメルドや光輝達が困惑する中、自身も刀身に反射して見える自分の瞳を見て己に起きた変化に戸惑う。先ほど急激に力が湧いてきて、何故か無詠唱無陣で魔法を行使できた。

しかし、この剣には“絶断”以外の魔法は付加していないはず。だというのに、何故だか雫は水魔法を使用していた。

己の急激な変化に戸惑う中、雫は手袋越しにでも分かるほどに自分の右手の甲から瑠璃色の輝きが溢れていることに気づく。

 

「右手が……」

 

手袋をめくり見れば、そこには瑠璃色に輝く()()()()があった。

 

「これって……」

 

その紋章の意味に気づいた雫は、クスリと表情を綻ばせるとその竜の紋章にそっと口付けをする。

 

「………ありがとう」

 

雫は一言、今はここにはいない恋人に礼を言うと、メルドへと青く輝く瞳を向けると、決然とした表情を浮かべる。

 

「メルド団長、私にやらせてください。私がアイツを斬り伏せます」

「……あ、ああ」

 

雫の気迫に若干気圧されたメルドは雫の力強い宣言に頷くほかになかった。

今の彼女にはそれができると言う予感があったし、何より今の彼女の邪魔をしてはいけないとメルドは感じたからだ。

雫はメルドに目線で礼を言うと漸くベヒモスへと視線を向ける。ベヒモスは角を斬った雫に殺意のこもった鋭い眼光を向けていた。

雫は水を纏う剣を構えると、自分もまた鋭い眼光でベヒモスを睨み返しながら、叫ぶ。

 

「私が憎いでしょう?なら、かかってきなさい‼︎私が斬り伏せてやるわ‼︎」

 

雫はそう挑発する。ベヒモスに挑発が通じたのかは分からないが、ベヒモスもまた痛みを振り払うように頭を振ると、前脚をガンガンと踏み鳴らし殺意を孕んだ咆哮をあげる。

 

「ガァァァァァァァァアアア‼︎‼︎‼︎」

「行くわよっ!」

 

ベヒモスの咆哮を開戦の合図として、雫は全身から瑠璃色の魔力を迸らせ、刀身を纏う水の勢いをより強くさせながら“縮地”を発動して一気に加速する。

グンッと彼女の体が掻き消える。否、そう錯覚するほどの速度で雫は、青い二筋の眼光の尾を引きながら一条の流星となってベヒモスに突貫したのだ。しかも、それは先程までの速度とは桁違いで、光輝達は目を見開く。

 

「は、速いっ‼︎」

「お、おい、なんかさっきよりも速くなってねぇか⁉︎」

「なんでいきなり、あんなに速く……?」

 

雫の異様な変化に香織達が戸惑う中、メルドは雫の変化を冷静に分析する。

 

(先程とは桁違いな速度だ。まさか、力を抑えてた?いや、違う。間違いなくこの数分の間に彼女のステータスが向上した。だが、いったい、何があったんだ?)

 

ベヒモスの角を斬る直前に何かがあったのは明白。そこまではメルドも分かってはいたが、いかんせんそれからが分からなかったのだ。

メルドは必死にその要因を探ろうと思考を巡らせていたものの、突然響いた悲鳴に現実に戻される。

 

「ガァァアァァァァ⁉︎⁉︎⁉︎」

「なっ……」

 

聞こえてきた悲鳴は、ベヒモスのものだった。

ベヒモスが悲鳴じみた咆哮を上げたことに、視線を向けたメルドは更なる驚愕に目を見開く。

 

「馬鹿な、ベヒモスを、圧倒、してる…だと……」

 

メルドは眼前の光景に呻くように呟く。

光輝達も同様で眼前に広がる光景に唖然とし声を出せないでいた。

 

なぜなら、メルドの言う通り、雫がたった1人でベヒモスを圧倒していたからだ。

 

「ハァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

ベヒモスの周囲を青い閃光が駆け回り、さながら舞を踊るかのように動きながら幾度となく青い水刃を煌めかせる。

鉤爪や頭突きの攻撃の悉くが潜り抜けられ、刃を振るうたびにベヒモスの身体には次々と斬撃が刻まれていき、血が溢れる。

自身の持ち味である速度を生かして、雫は一撃離脱を繰り返しながらベヒモスの周囲を駆け回っていた。

 

その光景は奇しくも、陽和がベヒモスを蹂躙していた光景にも似ており、赤ではなく青い流星が炎刃ではなく水刃を振るいベヒモスを圧倒していたのだ。

 

(すごいわね。どこまでも力が湧いてくる)

 

雫も戦い続けながら己の急激な変化に驚いてはいたものの、決して戸惑うことはなかった。

なぜなら、この変化の原因が未知のものではないことを、あの紋章を見たときに理解したからだ。

 

もしも、今雫がすぐにステータスプレートを確認できていたら、その事実をはっきりと確認できたことだろう。

 

彼女には新たな技能が目覚めていた。

 

その技能の名は———『赤竜帝の恩恵(ドラゴン・ギフト)』。

 

『赤竜帝』が想い、絆を結んだ相手に恩恵と加護を与える技能。それらの効果は———全ステータスの向上と、単一属性限定で属性魔法を無詠唱無陣で扱えるようにすることである。つまり、限定的な“魔力操作”と“想像構成”が付加されるのである。

尚、その属性はその者の適正に由来しており、感情の高まりによって威力は変わる。また、技能に属性の適正がなくても、潜在的に適正があるため、それを目覚めさせることができる。

雫の場合は水属性に適正があり、今は剣に水を纏わせる魔法“水刃”を無意識に発動したのだ。

それに伴い、彼女には『水属性適正』の技能も発現し、さらには剣術の派生技能に『流水剣舞』という新たな技能まで追加されていたのだ。

 

つまり、彼女の変化は『赤竜帝』紅咲陽和によるものだ。

自分の最愛の恋人にして、新たな赤竜帝として覚醒したであろうこの世で最も大切な人。彼こそが、自分に変化をもたらしたのだ。

 

(……前に本で読んだことがある)

 

陽和が王都から去った後、陽和の力になるために図書館で赤竜帝に関する資料を香織と共に読み漁っていたときにある記述を見つけた。

 

それは、赤竜帝は眷属を生み出せると言うこと。

 

かつて赤竜帝ドライグが治めていた帝国『ウェルタニア』。そこで彼を神と崇める巫女や神官達をドライグは己の力で眷属に、後の『竜人族』と呼ばれる種族に転生させたと。

そして、それこそが今や神の敵として滅ぼされた種族『竜人族』の起源であると学者達は語っている。

 

つまり何を言いたいかと言われれば、今雫に起きている変化はその赤竜帝の眷属化の第一歩ではないだろうかと言うことだ。

赤竜帝がどのようにして竜人族を生み出すのかなどの手順や条件はわからないが、自分に起きた変化や、手に浮かんだ竜の紋章などを見ればそう結論づけるほかなかった。

 

だが、そのことに対する恐怖はなかった。むしろ、雫はその事実に喜びを抱いていた。

 

なぜなら、赤竜帝の眷属になると言うことは、陽和の眷属になると言うこと。

それは、自分が彼の眷属として長い時をずっと添い遂げれることができることを意味する。

身も心も捧げた愛する人。彼の為ならば何だってできる。

そんな彼の眷属になれるのだ。今よりもっと強くなれば彼の隣に並び立てることができ、なおかつ支えることもできるのだから、恐れるわけがない。

 

(本当に、貴方には助けられてばかりだわ)

 

雫はベヒモスの鋭い爪の一振りを避けながら表情を綻ばせる。

紋章が浮かぶ右手から全身に広がる熱。

それは火傷するほど熱いものではなく、穏やかな木漏れ日のような温かい熱。それが、全身にじんわりと広がっていた。

 

本当に陽和には感謝しかない。

 

あの夜、彼に貰った『熱』。それは今までずっと彼女の心を温め続けており、彼女に前に進む活力をくれていた。

どれだけ辛くとも、どれだけ寂しくとも、肉体だけでなく心にも刻まれた愛情の熱が自分をずっと励ましてくれていた。

そして、今はこうして自分に力をくれて強くしてくれた。

そばにいなくても、心の拠り所になって力をくれる頼もしすぎる恋人に雫は感謝したのだ。

 

(ありがとう。愛してるわ。陽和)

 

心の内でそう呟くと、雫は足に力を込めて“爆縮地”を発動して更にぐんっと加速する。

青い眼光の尾を引いて疾駆する彼女の姿を見失い、探すベヒモスの右前足に剣を振りかぶる。

 

「ヤァァァっ‼︎」

 

雫は猛る気炎のままに水刃を凄まじい速度で振るった。瞬間八連撃がベヒモスの右前脚に炸裂し、一瞬にして八つの傷を刻みベヒモスの鉤爪を数本切り飛ばす。ベヒモスの右前足からはこれまで以上の鮮血が噴き出した。

 

「グゥガァァ⁉︎」

 

ベヒモスは悲鳴混じりの咆哮を上げながら、蹌踉て数歩後方へ下がってしまう。

血が滴る右前脚を引きずるベヒモスは殺気の篭った眼光を雫に向けた。だが、常人なら失神してしまいそうな凶悪な眼光を向けられても、雫は怯まなかった。

 

「怒っているのねベヒモス。でもね」

 

そう呟きこちらを睨むベヒモスを真っ向から睨み返すと、剣を構えて水刃の鋒を向け青い眼光を一層鋭くし咆哮を上げた。

 

 

「私の方が百倍!荒ぶっているわ‼︎」

 

 

凄絶な覇気に満ちた激声。一人の矮小な人間が放ったとは思えないほどの鬼気迫る威圧。

その鬼気にベヒモスは()()()

 

「グゥ……」

 

ベヒモスは小さく唸り一瞬身体が竦む。

たった一人の矮小な人間が放つ鬼気に怯むなど怪物としてはあるまじき事だったが、それでも彼女の並々ならぬ気迫に怪物の本能は一瞬屈してしまった。

だから、一瞬怯んでしまった事に屈辱でも感じたのか、ベヒモスは一層殺意と怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

「グゥガァァァァァァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

ベヒモスは咆哮を上げると、全身から赤黒い魔力を噴き出しながら健在な片角と頭部を激しく燃え上がらせて雫を角で貫かんと襲い掛かる。

 

「ッッ‼︎」

 

先程よりも一段階加速した動きに、雫は一瞬驚くも直ぐに対応する。迫るベヒモスに雫は素早くバックステップをする。

ベヒモスの角は虚しく空を切り、雫が直前までいた場所に突き刺さり地面を爆砕した。

 

「そんな遅い攻撃当たらないわ‼︎」

 

雫は余裕を持って回避すると、突き刺さっているベヒモスの角を切り落とさんと再び距離を詰める。

しかし、

 

「グゥァァ‼︎」

「ッッ!」

 

あろうことかベヒモスは角を突き立てたまま、鉤爪のない右前脚を振るってきたのだ。

角の突き立てはあくまでブラフ。本命は角を斬り落とさんと狙ってきたところを腕の薙ぎ払いで仕留めると言う事だろう。鉤爪が機能せずとも、太い前脚は十分な打撃武器になる。

完全に裏をかかれた雫はすぐさま退避しようと動いたが、

 

(駄目っ、掠るっ‼︎)

 

彼女自身の優れた動体視力が回避は間に合わないと断定する。僅かにでもかすって仕舞えば形成は覆ってしまうだろう。

だから、迫る丸太のような太い前脚の一撃に受け身を取ろうと身構えた時だ。

 

「“金剛”———ッッ‼︎」

 

人影が飛び出てきて、裂帛の気合とともにベヒモスの右前脚を体当たりをするようにその巨漢で受け止めたのだ。

 

「っ、永山くんっ?」

「ぐっ、おぉぉぉ‼︎」

 

その人影は──重吾だった。

誰もがベヒモスを圧倒している光景に唖然としている中、ただ一人誰よりも早く動いて雫の盾にならんと飛び出てきたのだ。

ベヒモスの右前脚を受け止めた彼は地面を削りながらも踏ん張り続ける。見事防御は功をなし、雫には当たることはなく右前脚の攻撃を止めることができた。

そして、重吾は雫に視線は向けずに声を張り上げる。

 

「八重樫‼︎お前の身に何かあったのは分かる‼︎だが、一人で突っ走るな!お前に何かあれば、俺はあいつに顔向けできんっ‼︎」

 

重吾は右前脚を必死に抑えながら、そう叫ぶ。

彼には雫だけでなく、他の仲間達も含めて全員を自分が守り抜くという強い覚悟があった。その裏には陽和の手紙に綴られていた彼宛のメッセージにあったのだ。

 

『これから雫にかかる負担は大きくなるだろう。だが、俺は彼女一人に全てを背負わせたくない。お前が残ったメンバーの中で一番頼りになるから、勝手な話だが俺が戻るまで雫のフォローを頼みたい。俺はお前のことを友として信用しているし、信頼しているからな。お前になら任せられる。雫や他の皆の事を頼んだ』

 

そう、重吾は陽和から皆を守る事を頼まれたのだ。光輝は信用できないし、龍太郎は脳筋であまりそう言ったフォローは期待できない。

そして、そうなれば当然苦労を背負い込んでしまう雫が不必要なことも背負って苦しんでしまうだろう。だが、そんな事を陽和は許すつもりはない。

だからこそ、雫と同じぐらい冷静な判断ができる重吾に雫や皆のフォローをし、彼女の負担を減らしてもらうよう頼んだのだ。

それを重吾は快諾した。

 

(ああ分かっているさ‼︎お前にそこまで信頼されてるんだ‼︎なら、その期待に応えなくちゃお前の友だと胸を張って言えるわけがないっ‼︎)

 

重吾は陽和を地球にいた頃から認めていた。

同じ武道の道を進んでいる者同士であり、合気道や柔道もやっていた陽和とも何度も組み手をしたほどだ。その時から彼の人柄には触れており、凄い男だと認めてすらいた。

そして、この世界に来てベヒモスをたった一人で引き受けて戦った時の彼の背中を見てそれは尊敬へと変わっていった。

誰よりも冷静に状況を見て、自分が犠牲になることすら厭わない彼の気高い志に、重吾はその日以降純粋な尊敬を抱くようになったのだ。

 

そんな男が自分を信頼してくれて想いを託したのだ。ならば、その想いに応えずしてどうして彼の友だと言えようか‼︎

 

そして、自分の天職は“重格闘家”。防御に適性がある格闘系天職であり、守る闘いこそその真価を発揮できる‼︎

 

「俺がお前の、お前達の盾になる。攻撃は全て俺が引き受けよう。だから、八重樫は奴をぶった斬れ‼︎‼︎」

「ッッ‼︎‼︎」

 

重吾への返事は行動を以て返された。

彼の言葉に表情を引き締めた雫は一層全身に纏う瑠璃色の魔力を昂らせると、グンッと加速して未だ地面に突き刺さっているベヒモスの頭部に駆け寄ると、残った片角を根本から断ち切る。

ザンと青い軌跡が描かれ、斬られた角が宙を舞って地面に転がった。

 

「グゥォォォォォ⁉︎⁉︎」

 

残った片角も斬り飛ばされたベヒモスは引き抜こうとした勢いも相まって、大きく後ろに後退しながら角を切られた激痛に苦しむ。

 

「永山くん、ありがとう。正直助かったわ」

 

一度距離を取った雫は同じく距離を取った重吾のそばに降り立つと笑みを浮かべてそう告げた。重吾はそれに少しだけ驚く表情を浮かべるも、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 

「なんて事はない。これが俺の役割だからな。それで、次はどうする?一撃離脱を繰り返すか?」

「それはそれでいいけど、時間がかかりすぎるわ。だから……」

 

次で終わらせる。そう言おうとした瞬間、

 

「天恵よ、神秘をここに。“譲天”」

 

雫の身体を白菫色の魔力光が包み込んで、膨大な魔力が流れ込んできたのだ。

それは他者の魔力を回復させることができる回復魔法“譲天”だ。

誰かなど問う必要はない。これだけの回復魔法を扱える者など自分は一人しか知らないのだから。

 

「———」

 

雫は肩越しに振り返り、それを成した少女を見る。

その視線の先にいるのは白い長杖に白菫の魔力光を灯しながら、雫へと視線を向ける“治癒師”の少女ー香織だ。

この力は魔力の消耗が激しく、それを看破した彼女が魔力回復の魔法をかけてくれたのだ。

香織は何も言葉にはせずとも、力強い表情を浮かべながら雫と目を合わせると一度頷く。

それはまるで『回復は私がするから行って』と言っているようだ。

親友である香織の意図を正確に理解した雫は微笑むと、香織から視線を外してベヒモスに戻し表情を再び引き締め鋭い眼光でしっかりと捉えた。

ベヒモスは痛みに苦しみながらも体勢を立て直しつつあった。雫は立て直しつつベヒモスに殺気すら篭った眼光を向けると低く呟く。

 

「そろそろ、終わらせるわ」

 

雫は剣を鞘に納刀し腰を低く落とすと柄に軽く手をかけて足を引き半身となって抜刀術の構えをとった。

 

「ふぅ———はぁ———」

 

静かに息を吸って、ゆっくりと吐く。

たったそれだけの行為で彼女の気配はどこまでも研ぎ澄まされていき、まるで彼女自身が一振りの刀に変わったようだ。

 

「ッッ」

 

急速に膨れ上がる剣気とも呼ぶべきプレッシャーに、間近にいた重吾は短く息を呑んだ。

鞘からは抑えきれないほどの膨大な瑠璃色の魔力が溢れており、雫の周囲の空間を青く照らす。そして、彼女自身が発するプレッシャー、冷気とは異なる鋭く冷たい剣気には、相手を絶対に斬り裂くという強い意志が宿っていた。

 

「グルルル……」

 

ベヒモスもそれを感じ取ったのか、低く唸り声を上げると、四肢を踏み鳴らし大咆哮を上げる。

 

「グゥルガァァァァァァアアア‼︎‼︎‼︎」

 

ベヒモスは地響きを鳴らしながら、四肢を前に進めて目の前の危険な存在を排除せんと襲い掛かる。段々と二つの距離が縮まって行く。

だが、ベヒモスが動き出したのにも関わらず、雫は未だ剣を構えたまま動かない。

それを見て、光輝や龍太郎が慌てて彼女を助けに行こうと声を上げながら駆け出すも、香織やメルド、そして重吾は彼女の救出には向かわなかった。じっと彼女の成り行きを見守るだけだった。

 

やがて、ベヒモスがある程度の距離まで踏み込んだ瞬間、雫は踏み込みベヒモスへと自分も飛び出すように接近し、剣を解き放った。

 

 

「———はぁっ‼︎」

 

 

刹那、気炎の咆哮と共に『青』が煌めいた。

ポニーテールを流星のように靡かせた雫がベヒモスも交差した瞬間、青の一閃が煌めき鈴の音のような甲高い音が鳴る。

青い燐光と水を纏いし一閃は、あまりにも流麗であり背後で見ていた者達が皆その剣の煌めきに魅せられ動きを止めたほどだ。

 

ベヒモスの横を通り抜けて、背後の地面に着地した雫は背を向けたまま残心をとると、静かに呟く。

 

 

 

「居合奥義———“雨斬(あまぎり)”」

 

 

 

それは八重樫流刀術の居合にして奥義の一つでもある型。

それは形としてはただの居合斬りだ。

だが、これはただの居合斬りにあらず。

この居合斬りは()()()()()()初めて居合斬り“雨斬”となる。

ただ雨粒を切ればいいのではなく、降り注ぐ雨の中、落ちてくる雨粒一つをはっきりと視認し、それを正確無比に斬るのだ。

言葉にすればそれだけだが、実際には至難の業だ。なぜなら、雨粒はその軽さゆえに、風の影響をたやすく受けてしまう。小さいソレを寸分狂わずにピンポイントで刃を当てるのはそう簡単なことではない。

半端な剣では振るった際に行動の無駄である風が生じてしまい、刃の周囲にあるものは容易く影響を受けてしまうだろう。故に求められるのは風圧の影響を受けないほどの素早い剣速と、乗せた力を一切無駄にしない力の制御。

その二つが達成されることで、初めてその居合斬りは“雨斬”として昇華するのだ。

 

そして、雫は残心を解くと剣に付いた血糊を払うように剣を振るった。そうすれば、青い燐光が宙を舞い剣に宿っていた輝きが消え瞳も元に戻る。直後、雫の背後で硬直していたベヒモスの首がズルリとずれた。

 

「グ……ガ………?」

 

ベヒモスは斬られたことに気づいていないのか、訳かわからないというふうな声を上げながら、首が落ちていく。次の瞬間には、ベヒモスの首の後を追うように巨体が首元から血を噴き出しながらぐらりと大きく巨体を揺らし大きな地響きを立てて崩れ落ちた。

 

『……………』

 

歓声はなかった。

殆どの者がベヒモスをたった一人で圧倒し、最後には首を斬って倒してしまった雫へと視線を向けていた。

目の輝きやベヒモスを圧倒できるほどの力の出所など、彼女の変化に対する衝撃が強すぎて、自分達にとっての悪夢であったベヒモスに勝利した歓喜が薄れていたのだ。

 

「……っ」

 

やがて、彼らの視線が注がれる中、背を向けていた雫は剣を鞘に収めた直後グラリとその体を傾ける。

だが、彼女の身体は地面に打ち付けられることはなかった。

 

「っと、八重樫、大丈夫か?」

 

一番近くにいた重吾が倒れる雫の身体を抱き止めたからだ。雫は重吾の支えで片膝をつくと荒い呼吸を繰り返しながら彼に微笑む。

 

「……えぇ……私は、なんとか、大丈夫よ……」

「ならいいんだが……本当に、何が起きたんだ?一人でベヒモスを倒すなんて……」

「香織達にも、話すけど……陽和が……力を貸してくれたのよ」

「?どういうことだ?」

 

重吾は困惑の声をあげて首を傾げる。ここに陽和はいない。だと言うのに、彼が力を貸してくれたという雫に、重吾は何か気持ち的に後押しされたのかと思った。

しかし、雫はクスリと微笑むと「後でちゃんと説明するわ」と言って立ちあがろうとする。

だが、上がりかけた足はガクンと曲がって再び彼女は地面に座り込む形になった。

 

「魔力を大量に消費した上に肉体的な疲労も大きいのだろう。あまり無理はするな」

「そう、ね。……永山君……悪いんだけど、向こうまで、運んでくれないかしら?私一人じゃ、多分まともに歩けないから」

「ああ、お安い御用だ」

 

そう言って重吾は雫の両肩を優しく掴むと彼女の立ち上がりに合わせて持ち上げる。最初は抱えて持ち上げようかと思ったが、陽和に申し訳が立たないのでこの持ち方が妥当だと思ったのだ。

雫もそんな重吾の気遣いに気付いたのか、おかしそうにくすくすと笑う。

 

「ふふ、もしかして、陽和のこと気にしてる?」

「………まぁ、な」

「別に気にしなくていいわよ。陽和だって、そこまで心の狭い人じゃないから、話したところで怒られはしないわ」

「と言ってもなぁ…」

 

重吾は微妙な表情を浮かべる。

いくらなんでも一人では歩けないほど消耗しているとは言っても彼氏持ちの女子を背負ったり、お姫様抱っこしたりするのは、緊急事態でもないのにしてはいけないと個人的に思っている。そんな考えも察したのか、雫は笑った。

 

「でも、彼氏持ちへの対応は正解ね。気安く抱っこなんてしたら、怒ってたかも」

「……勘弁してくれ」

「ふふっ、冗談よ」

 

僅かにげんなりした重吾に雫がそう微笑んだ時、困惑している光輝達の中から香織が飛び出してきて近づいてきた。

 

「雫ちゃん!怪我はないっ⁉︎」

 

雫の様子を見て心配で堪らなかったのだろう。彼女は心配そうな表情で足速に雫達に近づいてそう尋ねてきた。

 

「ええ、大丈夫よ。でも、魔力を大量に消費しちゃったから疲れちゃったわ」

「待ってて。今回復するから」

 

やんわりと苦笑いを浮かべて答えた雫に、香織は慌てて白杖を構えながら回復魔法を雫につかう。

白菫の光を帯びた雫は、少し沈黙したのちにポツリと呟く。

 

「………ねぇ、香織、永山君。私は、彼に追いつけるかしら……」

 

その呟きに、顔を合わせた二人はすぐに微笑みながら優しく答えた。

 

「うん、雫ちゃんならいつかきっと追いつけるよ」

「八重樫はベヒモスを一人で倒せるぐらいに強くなったからな。すぐにあいつの背中に追いつけるだろう」

 

二人の励ましに雫もまた微笑み「ありがとう」と呟く。そして、雫は手を伸ばして香織の手を強く握ると力強く言った。

 

「……きっとこの先にいるわ。だから、頑張りましょう」

 

何がとはもう言わなくてもわかる。

だから、香織は彼女の力強さに励まされるように笑みを浮かべると、手を握り返した。

 

「……うん、そうだね」

 

香織の胸中ではベヒモスを倒し、先へ進めるようになったことで、ハジメの生存を確かめられる可能性が高まったことを理解し、答えが出てしまうという恐怖に、弱気が顔を覗かせていた。

そんな湧き上がってきた弱気を雫の力強さが払拭してくれたのだ。

そして、和やかな空気になっている三人の元に光輝達がおずおずと近づいてきた。

 

「……そ、その、雫、体は大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫よ。少し疲れただけよ」

「そ、そうか。でも、さっきのあの青い光は何だったんだ?何か心当たりでもあるのか?」

 

光輝のもっともな問いかけに、雫は首を横に振って微笑を以て返した。

 

「ごめんなさいね。実は私もよくわかってないの、まぁ火事場の馬鹿力って言うやつかしらね。もしかしたら、潜在的な技能が目覚めたのかも」

「そうか。確かにそう言うことなら、頷ける。でも、雫が一人でベヒモスを倒してしまったものだしな、これは俺も頑張らないと」

 

完全に嘘ではないが、大部分が嘘の返答に光輝は特に疑うこともなくそう納得すると、もっと強くならないと一人で意気込む。

そして、感慨深そうな表情を浮かべると、「それに……」と続けた。

 

「南雲も浮かばれるな。自分が守ったクラスメイトが、仇を討ってくれたんだから」

「「「……っ」」」

 

光輝の続いた言葉に、雫達は揃って表情を暗いものにする。どうやら、光輝の中ではハジメを落としたのはベヒモスだけと言うことになっているらしい。

直接的な原因は確かにそうだが、実際は陽和を支えながらの撤退中に二人を狙って放たれた魔弾が元凶だ。

しかし、そんなことを無かったことにしているのか光輝の中ではベヒモスを倒せばハジメも浮かばれると思っているのだろう。光輝としてはそれが真実であり、誰かが故意に撤退中の二人に魔法を打ち込んで妨害したことなどあり得ないのだから。

 

無かったことにしている光輝の発言に香織はショックを受け、雫と重吾は密かにため息を吐いていた。

 

香織はまだ犯人のことを知らないからこそ、耐えられているだけで、その『誰か』を知って仕舞えば、責め立てるに決まっている。

重吾も同じであり、知らないだけで自分達を守ってくれた恩人二人を殺そうとした者の正体が分かれば、恨まずにはいられないだろう。

 

雫だけは密かに犯人と思しき者の正体をー魔法を打ち込んだのはおそらく檜山だと言う推測を陽和から聞かされており、それとなく警戒するように伝えられている。無論、誰にも明かさないようにとキツく言われているので、メルドと共有するだけにとどまっている。もっとも、言ったところで、光輝が庇うだろうから無意味な話だ。

重吾や雫は今の光輝の物言いに何か文句を言いたかったが、言ったところで聞く耳を持たないだろうから早々に諦めた。

 

光輝の愚かな発言により若干、暗い空気が漂う中、クラス一の元気なちみっ子が乱入してきた。

 

「シズシズ〜〜‼︎」

「わっ、ちょっと鈴⁉︎」

 

奇怪な声を上げながら駆け寄って抱きついてきた鈴に雫は困惑の声を上げる。

鈴は雫に抱きついた後、彼女の豊満な胸に顔を半分埋ませながら言った。

 

「もーシズシズ一人でベヒモス倒すとか凄すぎるよぉ〜‼︎でも、鈴も出番が欲しかったよ〜〜‼︎‼︎」

「あぁごめんなさいね。鈴の活躍をとっちゃったわ」

「そんなこと気にしなくていいよ〜〜‼︎でも、お詫びしてくれるならその胸の感触を気が済むまで堪能させてくれへばぁっ⁉︎」

 

セクハラ発言をかまそうとした鈴に雫の右手刀が炸裂。ゴンと若干鈍い音を立てて彼女の脳天にチョップがめり込んだのだ。

痛みに思わず手を離し悶絶する鈴に雫は平然と言う。

 

「セクハラは禁止よ。鈴」

「ぼ、暴力も反対だよ〜〜」

 

平然と言ってのけた雫に、鈴は頭をさすりながらそう反論する。とは言え、また抱きつかないのは、チョップが割と痛かったからだろう。

ジンジンとしてて、滅茶苦茶痛そうだ。

しかし、鈴のおかげか、暗い雰囲気はいつの間にか振り払われており、多少のギクシャクさは残るものの、暗い空気からは脱却できたようだ。

 

雫達は遂に表向きには誰も達成できなかったベヒモスを討伐したが、まだここは65階層であり、ここから先は完全なる未知の領域だ。

 

ここから先の情報はなく、何の魔物が出るのか、どんな階層構造なのかも知らされていない全くの未知。

 

雫達は過去の悪夢を打ち倒して、その未知の先へと足を進めたのだった。

 





というわけで、雫がベヒモスをほぼ一人で圧倒して倒した展開になりました。
タイトルはまぁ文字通りと言うことですね。
雫もまた魔改造されつつあるということですよ。赤竜帝、つまり陽和から何らかの形で恩恵を与えられており、強化されたと言ったところです。ダンまち風に言うと、【ハルト・ファミリア】所属で神の恩恵を与えられたばかりのレベル1の冒険者、です。
個人的にですが、雫がは水魔法が似合うかなと思ったので、水魔法を使わせました。

さぁてこれでセレリアと出会ったときの正妻戦争がどうなるかわからなくなってきましたよー!今から書くのが楽しみです‼︎

次回はガハルドが王国に来る話です!

そして、アンケートの方もご協力ありがとうございました!まだ続いていますので、気軽にどうぞ!!

ではまた次回お会い致しましょう!さらば!!



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