竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

19 / 59

皆さん5ヶ月ぶりですね‼︎大変遅くなってしまい本当に申し訳ございません‼︎‼︎

アマツが一区切りついたので、こちらも投稿を再開していきますのでこれからもよろしくお願いします‼︎




19話 皇帝邂逅

 

 

時は陽和達がまだヒュドラとの決戦をする前に遡る。

 

ベヒモスを討伐し、その先の階層へと足をすすめた勇者一行は、一時迷宮攻略を中断してハイリヒ王国に戻っていた。

 

マッピングがされていない階層の地道な探索や、魔物の強さの上昇などからメンバーの疲労が激しく一度中断して休息を取るべきだという理由もあったのだが、一番の理由は、今まで音沙汰のなかったヘルシャー帝国から勇者一行へ会談の申し込みがなされたことで、急ぎ王国へと戻るよう王宮から迎えがきたからだ。

その報告を受けた時、雫達の脳裏に「なぜ、今?」と疑問が浮かんだのは言わずもがな。

 

勇者召喚の際、同盟国である帝国の人間が居合わせていなかったのは、エヒト神による神託と召喚までの間がほとんど無く、知らせが間に合わなかったからなのだが……もしも、事前に通達が来たとしても、帝国が動くことはなかっただろう。

なぜなら、帝国は実力主義の国家だからだ。

遡るは300年前。とある一人の名を馳せていた傭兵が国を興し、冒険者や傭兵が集ってできた国であり、冒険者や傭兵達の聖地とも呼ばれている。

そんな実力主義国家だからこそ、突然現れ、人間族を率いる勇者と言われたところで納得はいかない。確かに聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒ではあるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められており、信仰よりも実益を優先する者がほとんどだからだ。

もっとも、何方かと言えばというだけで、熱心な信者であることには変わりない。

そんなわけで、召喚されたばかりの光輝達と顔を合わせたところで内心では軽んじられるのがオチということで、顔合わせを引き延ばしたのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持たず、今まで関わってこなかっただけだ。

 

しかし、今回の【オルクス大迷宮】攻略で、歴史上の最高記録である65階層が突破されたという事実を持って、ついに帝国も神の使徒達に興味を持つに至ったのである。

帝国から是非会ってみたいという知らせを聞き、王国も教会も、いい時期だと了承して今回の顔合わせになったのだ。

そんな話を帰りの馬車の中でツラツラと教えられながら、雫達は王宮へと到着した。

馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から10歳ぐらいの金髪碧眼の美少年が駆け寄ってきた。

光輝と似た雰囲気を持つが、随分とやんちゃそうな感じでもある。彼こそ、ハイリヒ王国の王子ランデル・S・B・ハイリヒだ。

ランデルは犬耳とぶんぶんとふられた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ると大声で香織へと叫んだ。

 

「香織‼︎よく帰った‼︎待ち侘びたぞ‼︎」

 

この場には香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が大勢いる。その中で、まっすぐに香織に駆け寄った彼の様子からどういう感情を持っているかは容易く想像できる。

実を言うと、彼は召喚された翌日から香織に猛アプローチをかけているのだ。しかし、彼は悲しい事にまだ10歳。香織からすれば小さい子に懐かれている程度の認識であり、想いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟のように可愛がっているだけなのだ。

実に哀れである。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

パタパタふられる尻尾を幻視しながら香織は彼に微笑む。香織に恋するランダルはその笑みにやられ一瞬で顔を真っ赤にするものの、それでもなお精一杯香織を口説きにかかる。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行っている間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか?余がもっと強ければ、お前にこんなことはさせないと言うのに………」

「お気遣いくださりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ?自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 

ランデルの言葉に首を傾げる香織。その仕草ですらもランデルは顔を真っ赤にしてしまう。隣にいる雫はそんな彼に冷めた視線を向けているが、子供が香織を口説いているのが理由ではない。

 

「う、うむ、例えば侍女などどうだ?その、今なら余の専属にしてやってもよいぞ?」

「侍女ですか?いえ、すみません。私は治癒師ですし……」

「な、なら、医療院に入ればいいだろう?迷宮なんて危険な場所や前線になど行く必要はないはずだ」

 

医療院とはつまりは国営の病院である。場所は王宮のすぐそば。つまり、ランデルが香織と離れたくないのである。

だが、悲しい事にハジメ一筋である彼女にはその想いはかすりもしない。

 

「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配してくださりありがとうございます」

「うぅ」

 

ランデルはどれだけ手を尽くしても香織の気持ちを動かせない事に唸る。そんな彼に空気を読めない善意の塊野郎光輝が参戦する。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に傷つけさせませんよ」

 

彼としては、子供を安心させるつもりで行ったのだが、この場においてはアウトだ。

なぜなら、恋するランデルには今の発言が『俺の女に手を出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ!絶対にな!』と脳内変換されてしまうのだ。

勇者と治癒師が親しげに寄り添うと言う絵になる光景が彼の怒りに拍車をかける。

ランデルは悔しげに表情を歪め、プルプルと体を振るわせるとまるで不倶戴天の仇を見るようにキッと光輝を睨むと叫ぶ。

 

「香織を危険な場所に行かせておいて、そのことを何も思っていないお前が何を言う‼︎絶対に負けぬぞ‼︎香織は余といる方がいいに決まっている‼︎」

「え〜と……」

 

ランデルの純度100%の敵意に満ちた言葉に、香織はどうしたものかと苦笑いし、光輝はキョトンとしている。

そして、怒りが止まらないランデルは更なる発言をする。

 

「大体何が勇者だ‼︎裏切り者の邪竜一匹未だに仕留められていない奴が何を言う‼︎‼︎とっとと仕留めてこ「お言葉ですが、邪竜は強大な存在です。そして、そんな存在を一匹と揶揄するのはいささか軽視しているかと。殿下としてその発言はあまりにも浅慮ではないかと思いますが?」ひっ—」

 

彼の言葉に被せるように発言した不機嫌マックスの雫にランデルは短い悲鳴をあげて、今度は恐怖に体を震わせる。

彼女がランデルに冷たい視線を向けていた理由がコレだ。

勿論、殿下であるランデルの耳にも陽和が邪竜の後継者として勇者達神の使徒を裏切ったことは聞いている。それを聞いたランデルは激昂し光輝達の元に乗り込んでこう言ったのだ。

 

『何故お前達が奴の裏切りに気づかなかった‼︎‼︎神の使徒から邪竜の後継が出たなど前代未聞だぞ‼︎そんな危険な奴を何故神の使徒として扱っていたのだ‼︎危険と判断した時点でとっとと処分すればよかったのだ‼︎それが勇者の役割だろうっ‼︎‼︎だと言うのにっ、ひっうわぁぁぁぁぁ‼︎‼︎』

 

処分、と言う人を人と思わない発言や自分の恋人をここまで侮辱された事に雫は思わず本気の殺意をぶつけてしまったのだ。その結果、まだ幼い子供でしかないランデルは泣き出して逃走。それ以来、雫の存在がトラウマになっているのだ。

そして、雫の存在にランデルが恐怖に震える中、救いの存在が現れた。

 

「ランデル、それ以上の発言は控えなさい」

「あ、姉上……」

「貴方は先に戻っていなさい」

「は、はい…」

 

救いの存在ー姉リリアーナの言葉にランデルは静かに頷くと、そそくさとその場を後にする。

その背を見送りながら、雫は嘆息する。

 

「随分と嫌われたわね。まぁ、どうでもいいけど……」

「あの子は彼に懐いていましたからね。裏切られたと思ってしまったんでしょう」

 

実を言うと、ランデルは香織にもうアプローチを仕掛けているのと同じぐらい、陽和を慕っていた。リリアーナとの良好な関係を築けていたように、陽和は王子であるランデルとも親しかった。一人鍛錬する陽和に近づき色々と話しているのをレイカや雫はよく目にしていた。

しかし、だからこそ、陽和が邪竜として神の使徒を裏切った事に対するショックが大きかったのだ。親しかったお兄さんが裏切り者だったと思えば、憎悪へと反転してしまうのも仕方がない。

そして、リリアーナは改めて彼らへと向き直る。

 

「では、改めて、お帰りなさいませ。皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

リリアーナはそう言うと、ふわりと微笑む。

香織や雫と言った美少女が身近にいるクラスメイト達でも、その笑顔には思わず頬を染めた。

彼女の美しさには二人にはない洗練された王族としての気品や優雅さと言うものがあり、多少の美少女耐性では太刀打ちできなかった。

だが、そんな中でも全く動じないのが一人。勇者の光輝だ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

サラリとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってのける。繰り返すが、彼に下心は一切ない。本当にそう思っているだけで、自分の容姿や言動の及ぼす効果について病的なレベルで鈍感なだけである。

しかし、リリアーナにはそれが通用しなかった。

 

「ふふ、そうですか。ありがとうございます」

 

なんと、彼女は全く赤面することなく普通に言葉を返したのだ。

王女という立場上、彼女は国の貴族や各都市、帝国の使者などからお世辞まじりの誉め言葉をもらうのには慣れている。なので、笑顔の仮面の下に隠れた下心を見抜く目も自然と鍛えられており光輝が素で言っているのが分かったのだ。だが、いくら鍛えられた審美眼があるといえど、彼女が赤面しない理由には足りない。

 

最も大きな理由は———陽和の存在だ。

 

陽和と関わり、彼女もまたランデル以上に陽和に絶対の信頼を置き、とても頼りにしていた。同時に、彼の優しさに触れあの時頭を撫でられて以来、彼女は陽和に惹かれつつあったのだ。

そして、確かな信念を宿す陽和の存在を知った今となっては、光輝の発言は少しばかり軽いものに見えてしまっていた。

彼が下心なく善意で言っているのは分かる。だが、それだけだ。そこに何か確かな想いが宿っているわけでもなく、決まりきった定型文を言っているようにリリアーナには聞こえてしまっていたのだ。だから、彼の言葉に赤面しなかったのだ。

 

「皆様お疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますからゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日はかかりますから、お気になさらず」

 

リリアーナはそう優しく彼らを促した。

雫達はその後迷宮での疲れを癒しつつ、居残り組にベヒモスの討伐を伝え歓声が上がったり、これにより戦線復帰するメンバーが増えたり、愛子が一部で『豊穣の女神』と呼ばれ始めていることが話題になり彼女を身悶えさせたりと色々あったが、雫達はゆっくりと迷宮攻略で疲弊した体を癒していった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その日、ベヒモスを討伐したことでクラスメイトたちが羽目を外して飲んで笑ってのどんちゃん騒ぎの後、雫、香織、重吾、優花、愛子、メルド、リリアーナ、レイカの8名はメルドの私室に集まっていた。

話の内容は定期的な情報交換もあるが、メインは、

 

「………で、雫に起きた変化なんだが……雫、何か心当たりはあるか?」

 

雫に起きた変化についてだ。

ベヒモス戦で見せた『赤竜帝の恩恵』の力。ベヒモス戦後宿に戻った雫はステータスプレートを見てその存在をしっかりと確認したが、まだ情報共有は同室の香織にしかしていない為、今回共有しようと言うわけだ。

そして、メルドの問いかけに雫は頷く。

 

「ええ、あの後ステータスプレートを見て確認しましたが、新しい技能が発現してました」

「その技能の名は?」

「“赤竜帝の恩恵(ドラゴン・ギフト)”です」

「名前からしてドラゴン…この世界では竜に関係するものですね。というか、これは明らかに…」

 

名前から簡単に連想できた愛子が短く呟き、雫も彼女の気づきを肯定する。

 

「はい。赤竜帝の…陽和の加護です。説明欄にも赤竜帝が想い絆を結んだ相手に恩恵と加護を与えると書いてありましたし、陽和が赤竜帝として覚醒したからこそ起きた変化だと思います。勿論、どんな条件下で発現したのかは不明なんですけどね」

「恩恵と加護って言ってましたけど、具体的にどんな力が発現したんですか?」

「ええ、見せたほうが早いですね。これを見てください」

 

そう言って雫は自分の瑠璃色のステータスプレートを愛子へと手渡す。そして、そこに記されている技能欄のとこを見るように促しながら説明をし始めた。

 

「“赤竜帝の恩恵”とはいわば“限界突破”に似ている技能だと思います。発動中全ステータスが向上し、それ以外にも単一属性、私の場合は水属性の適正が発現し、更には剣術の派生技能“流水剣舞”というものも発現しています。そして、その時私の瞳は青に輝く竜の眼に変わって、右手には竜を象った紋章が浮かびました」

 

こんな風に、そう言って雫は“赤竜帝の恩恵”を発動して瞳を青く輝く竜の瞳へと変え、右手の甲に紋章を浮かばせながらそれを見せる。

迷宮攻略に参加しておらず完全に初見である愛子達四人は目を丸くして驚く。

 

「……うわっ、本当に変わってるわね」

「……確かに、その瞳は爬虫類…いえ、ドラゴンのものと同じですね」

「魔力の高まりもはっきりと感じられますね」

「……はい、しかも魔力だけでなく気配すらも研ぎ澄まされているようにも感じます」

 

各々が雫に反応を示す中、雫は「まだ終わりではありません」と言って顔の前に掲げた右手の紋章を輝かせながら、右腕全体に水を纏わせ始めたのだ。

 

「このように、私は水属性の魔法に関しては詠唱も魔法陣も必要なくなりました。魔力を直接操作する技能“魔力操作”もあります」

 

無詠唱無陣で魔法を発動して見せたことに香織以外の全員が更に驚愕する。そして、メルドが険しい面持ちを浮かべて顎に手を当てながらつぶやく。

 

「………見間違いではなかったか。……だが、その技能は……」

 

その先の言葉をメルドは言い淀んだが、誰もが彼の言いたいことはわかっていた。

“魔力操作”。その技能は本来ならば魔物にしかないものだからだ。魔物にしか扱えないはずの技能。それを神の使徒とはいえ一人の人間が扱えていること自体がおかしいのだ。

だが、そんな彼らの反応に対して雫は平静としていた。そして、彼女がその根拠を告げようとした時、一瞬早く口を開いたものがいた。

 

「………もしかして、竜人ですか?」

 

レイカだ。彼女は先ほどからずっと何か考え込んでいており、漸く考えがまとまったのかそう呟いたのだ。そのままレイカは己の推測を話し始める。

 

「……もしかしたら、雫様の変化は竜人族に転生する第一歩のものではないのでしょうか?竜人族の起源は赤竜帝の眷属という話もあります。赤竜帝が巫女や神官に力を与え竜人族に転生させたと、陽和様が読んでいた神話には記されていました。

ですから、赤竜帝として覚醒された陽和様から恩恵や加護が与えられたということは、もしかしたら雫様は竜人に転生しつつあるのではないでしょうか?」

「ッッそういえば、確かに私も資料でそんな記述を読んだよ。てことは……」

 

レイカの推測に続いて、香織も雫と共に調べ物をしていく中でそれについての記述を見た事を思い出した。

 

「ええ、私も二人と同じ事を思ったわ。私のこの変化は、私が彼の眷属になる為の、竜人になる為の第一歩じゃないかって思ってるわ」

 

自分が人間ではなくなることについて微塵の恐怖がなく、それどころか喜びが明らかに伺える表情に優花が多少戸惑いながら尋ねる。

 

「……その、雫……怖くないの?」

「なにが?」

「だ、だって、その、人間じゃなくなるのよ?いくら、紅咲の力だったとしても……それは……その……」

 

優花の言わんとしてることも理解はできる。

いくら恋人の力によるものとはいえ、恋人によって人間を半強制的に辞めさせられることになるのだ。それについて多少なりとも恐怖は無いのかと聞いているのだ。

だが、そんなこと

 

「優花の言いたいことはわかるわ。でもね、全く怖く無いわ」

 

雫にとっては些事だった。

彼女は右手の紋章に視線を落としながら、優しく微笑み答える。

 

「私は彼の力になりたいと思ってるの。今よりもっと強くなって、彼の隣で戦って彼の事を支えたいってずっと思ってたわ。だから、こうして思わぬ形だけど力を得れたのは嬉しいの。

確かに人間を辞めて竜人に転生することに思うことがないわけじゃ無いわ。でも、それ以上に彼の眷属になって、彼と同じ竜人になればこれからの長い時をずっと添い遂げれるから、愛する人のそばでいれるのは何よりも嬉しいことなの」

 

晴れやかな笑顔でそう言い切った雫に優花達が瞠目する中、香織は一人嬉しそうに表情を綻ばせていた。あの日以来、雫が自分の心に正直になれたことが嬉しかったからだ。

 

(雫ちゃん……本当に強くなったね)

 

恋は女を変える。よく言ったものだと香織は密かに思った。あんなにも誰かを優先して自分の想いを隠してしまう彼女が、こんなにも強くなったのだから。

香織は一人満足そうに笑いながら、彼女の肩に手を置き、ぐっと拳を握る。

 

「雫ちゃん。何か異変があったら言ってね!私がなんでも治すから‼︎」

「ええ、その時はお願いね。でも、異変は起きそうに無いと思うわ。だって、陽和だもの。そんなデメリット残さないと思うし」

「それはそうだけど、でも何かあったら絶対に言ってよ。私は雫ちゃんの味方だから」

「勿論よ」

 

本来ならば事態は重いものであるはずなのに当の本人が全く平然としている雫の様子に毒気でも抜かれたのか、優花は軽く息をつくと呆れたように笑う。

 

「……まぁ雫が良いならいいわ。でも、紅咲も抜け目ないというかなんというか……」

「いや、流石のあいつも予想していないはずだぞ、こればかりは」

「………再会した時、紅咲君はきっと驚くでしょうね……」

「……同感だ」

 

重吾、愛子、メルドも彼女に釣られ乾いた笑みを浮かべる。陽和もこんなこと予想すらしていないだろう。きっと、目を剥いて驚くかもしれない。

 

「‥‥ともかく、雫。その技能のことは秘密にしておくんだ。魔力操作の事もそうだが、それ以上に赤竜帝との関わりがステータスプレートに現れてしまった以上、教会にバレてしまえば処罰は免れないだろう」

「ええ、おそらく私が訴えても難しいでしょうね」

「私の権力でも雫の保護は難しいでしょうね」

「はい。勿論、それはわかっています」

 

聡明な彼女は迷わずに二人の言葉に頷く。

ただでさえ邪竜復活で教会はピリついているのだ。ましてや神の使徒の一人が邪竜の眷属になるなど教会の威厳にも関わる大問題になるからだ。

 

その後、雫の変化については当然他言無用となり、その他にも陽和やハジメの捜索に関しても大した進展や新たな情報を得ることはできず、その日の報告会は終了した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

雫達一行が城へと戻り疲れを癒してから三日。遂に帝国の使者が現れた。

 

現在は謁見の間にてレッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っている。雫達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人も揃っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の史上の武勇、存分に確かめられるが良かろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れてくださり誠に感謝いたします。さて、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させていただこうか。光輝殿、前は出てくれるか?」

「はい」

 

陛下と勇者の提携的な挨拶の後、早速、光輝達のお披露目となる。陛下に促され光輝は前に出た。その顔つきは召喚された当初と比較して随分と精悍なものになっていた。

ここにはいない王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとりと見惚れることだろう。彼にアプローチをかけている令嬢は二桁はいるのだが、安定の勇者クオリティのせいで「親切で気さくな人達」程度にしか思われていないのだ。

使者は光輝の姿を観察するように見ると、疑わしそうな視線を向けながら口を開く。

 

「ほぅ、あなたが勇者さまですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に65階層を突破したので?確か、あそこにはベヒモスという化け物が出ると記憶しておりますが………」

「えっと、ではお話ししましょうか?どのように倒したとか、あっ、65階層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

光輝は居心地悪そうに身動ぎしながら答える。実のところ、ベヒモス討伐はほぼ雫一人によるものだ。

だが、彼女一人の功績にしたら勇者の立場がなくなるので彼女本人の希望もあって光輝達全員での功績になっており、あの一件に関してはメルドからもあまり口外しないようにと念を押されている。

そして、信じてもらおうとマッピングを終わらせた65階層の地図を見せようと提案したのだが、使者はあっさりと断るとニヤッと歩的な笑みを浮かべた。

 

「いえいえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか?それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

光輝は使者の提案に若干戸惑ったようにエリヒドを振り返る。彼は光輝の視線を受けるとイシュタルに確認をとり、イシュタルはそれに頷く。

神威を以て光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、実力至上主義の帝国に、早々に本心から認めさせるには模擬戦が手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな。では、場所の用意をお願いします」

 

急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦が発生したことで、一行はぞろぞろと場所を変えた。

そして、いざ準備が整い護衛と相対した光輝だったが、まず抱いたイメージが『平凡』だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人混みに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに思えない。刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており、構えらしい構えも取ってない。

光輝は構えもしないその姿勢に、舐められているのかと怒りを抱き、最初の一撃で度肝を抜けば多少は真面目にやるだろうと意気込み足に力を込め、

 

「では……行きます‼︎」

 

瞬間、光輝は“縮地”の高速の踏み込みで一陣の風となると豪風を伴った唐竹割りを繰り出す。並の戦士ならば視認することも難しいだろう。

とはいえ、光輝は模擬戦であるために寸止めするつもりであった。

もっとも、光輝はその直後思い知らされることになる。舐めていたのは、自分の方だったと。

 

「が、ぁっ⁉︎」

 

直後、光輝は吹き飛ばされた。

不意に襲った衝撃に短い悲鳴をあげながら地面を転がる彼は、すぐに体制を整えて驚愕に満ちた顔で護衛を見る。

見れば、護衛は剣を掲げるように振り向いたまま光輝を睥睨していた。光輝が力を抜いた一瞬、だらりと無造作に下げられていた剣が跳ね上がって彼を吹き飛ばしたのだ。

光輝はその一連の動作をほぼ認識できていなかったのだ。それはクラスメイト達も同じ、たった一人を除き光輝が吹き飛ばされたことに動揺していた。

そして、護衛は掲げた剣をまた力を抜いた自然な体勢で下すと不遜さを感じさせる声音で尋ねる。

 

「………おい、勇者。元々、戦いとは無縁か?」

 

衝撃覚めやらぬ光輝に少し目をすがめて考えるようなそぶりを見せていた護衛のいきなりの質問に、光輝は声を詰まらせつつも答える。

 

「えっ?えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生だから」

「………それが、今や“神の使徒”か」

 

護衛はチラッとイシュタル達教会関係者を見ると不機嫌そうに鼻を鳴らすと、自然な歩みで光輝との距離を詰めていく。

 

「おい、とっとと構えな、勇者。今度はこっちから行くぞ。これ以上腑抜けているようなら………うっかり殺しちまうかもな」

「ッッ‼︎⁉︎」

 

護衛の言葉に光輝の背筋が一気に粟立つ。言葉と共に叩きつけられた濃厚な殺気に光輝は理解してしまったのだ。

 

———このままだと殺される、と。

 

けたたましく警鐘を鳴らす本能に従って、咄嗟に聖剣をかざせたのは僥倖と言えるだろう。

 

「っうぅ⁉︎」

 

ガァン‼︎と盛大な火花を散らしながら凄まじい衝撃音が響き渡る。跪いた状態で真上から振り下ろされ無骨な剣を受け止めるもその顔は驚愕に満ちていた。

 

(なんでっ⁉︎いつの間に間合いを詰められていたっ⁉︎)

 

自分が瞬きした瞬間に、護衛が光輝との間合いを詰めていたからだ。彼が驚愕に思考を奪われる中、至近距離から見下ろす護衛の男と目が合う。途端、さらに濃密な殺気が光輝の体を貫くように叩きつけられた。

 

「ぁ、っ、うぁわぁあああっ‼︎‼︎」

 

光輝は叩きつけられた殺気に無意識に悲鳴のような絶叫をあげながら、全身から凄絶な魔力の奔流をほとばしらせる。

護衛の男はその本流に押されて体勢を崩し、その隙を突き聖剣の一撃を繰り出そうとする。不意打ちは成功して男の身に傷を刻もうとした瞬間、聖剣の動きが明らかに鈍った。

それは、模擬戦だからという寸止めの意志が働いたから、というよりももっと深層の、無意識化によるもの。護衛の男は其れを感じとりスッと目を細めた。

 

「やめだ。これ以上は無駄だな」

 

そんな冷めた呟きと同時に男はあっさりと姿勢を立て直すといとも簡単に距離を取って、そのまま剣を鞘に収めてしまった。

 

「え?えっ?なん、で?」

 

いきなりのことに困惑するしかない光輝に、男は冷めた眼差しの奥に侮蔑の色をこめながら口を開く。

 

「………おい、小僧。お前さん今なぜ手を緩めた?」

「え、そ、それは……」

 

男の指摘に光輝は自分でもわからないのかどもってしまう。その様子に、護衛はつまらなそうに鼻を鳴らすと、続けた。

 

「まぁいい。んなもん、聞かなくても見りゃ明らかだ。それはそうと、お前さん、自分達が何と戦うのか理解してんのか?」

「え、えと、それは当然、魔物とか魔人族とか……そういう人々を苦しめているものとです」

 

曖昧な返答をした光輝に護衛は明らかに不機嫌な様子を出しながら、淡々と呟く。

 

「“魔物とか魔人族とか”ね。………随分とふざけた考えだな。その程度の認識しかお前さんにはねぇってことだな。……ったく、勇者だからどんなもんかと思えば、ただの腰抜けだな。

なぁ、おい、勇者さんよ。そんな腑抜けた剣で本当に俺ら人間族を率いて戦えんのか?俺にはとてもそうは思えねぇな。ガキの夢物語でも語られてる気分だ」

 

明らかな侮蔑と嘲りが込められた酷評には流石の光輝もカチンときたようで、表情に静かな怒りをうかばせながら咄嗟に反論する。

 

「腑抜けとか腰抜けとか、それに夢物語なんて……あまりにも失礼じゃないですか?俺だって本気で人々を救おうと「人を傷つけることもできねぇのにか?」…っ」

 

不意に被せてきた護衛の言葉に光輝は思わず息が詰まる。指摘をした護衛はつまらなそうな表情を浮かべると、淡々と告げた。

 

「傷つけることも、傷つくことも恐れているような腰抜けに何ができる?剣に殺気一つ込められない奴が、殺気に震えることしかできない奴が、御大層なこと言ってんじゃねぇぞ。“本気”なんて言葉はな、現実をちゃんと見てる奴しか言っちゃいけねぇ言葉なんだよ。お前みてぇに夢と現実の区別もできねぇガキが口にするな」

 

あまりの物言いに光輝は絶句して何も言えなくなる。そして、彼の言葉を否定しようと反論することもできなかった。

護衛は言いたいことだけ言うと、踵を返す。

勇者に対するあまりにも不遜で無礼な態度や言動だけでなく、自分達の方から模擬戦を申し込んでおいて、まともに戦うこともせず一方的に終わりを宣言したことに、王国や教会側の観戦者達もにわかにざわつき始める。唯一、メルドだけは困ったように眉を顰めていたが。

そして、周囲のざわめきに後押しされるように光輝がやっと抗議の声を上げようとした時、老成した声音が護衛へと注がれる。

 

「ふむ、勇者殿は未だ発展途上。経験が足りぬのは仕方のないこと。そう結論を急ぐ必要もないでしょう。今の発言は勇者殿を気遣ったものとして受け取っておきましょう。でなければ、如何に貴方と言えど聖教教会の教皇として信仰心を確かめなくてはなりませぬからな。わかっておいででしょう———ガハルド皇帝陛下」

「チッ……やはりバレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

護衛の男は周囲に聞かれない程度の声量で悪態をつくと、右の耳にしていたイヤリングを外す。すると、まるで霧がかかったように護衛の男の周囲の空気が白くぼやけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れる。

四十代の野性味溢れる男。短く刈り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼。スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がみっしりと詰まっているのが服越しでもわかるほどだ。その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「が、ガハルド殿⁉︎」

「皇帝陛下⁉︎」

 

そう、この男こそヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーなのである。まさかの事態にエリヒドが眉間をもみほぐしながら尋ねる。

 

「どういうおつもりですかな?ガハルド殿」

「これはこれはエリヒド殿。碌な挨拶もせずすまなかった。ただな、どうせなら自分で確認したほうが早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許していただきたい」

 

全く悪びれるつもりのないガハルドに、ため息を吐きながら「もう良い」とエリヒドは首を振った。彼の様子からしても、こう言ったサプライズは日常茶飯事らしくエリヒドも慣れた対応だった。

状況についていけない光輝達を他所にガハルドはイシュタルに視線を向け白々しい声で謝罪する。

 

「イシュタル殿。もちろん、貴方の言う通り、先の発言は危うい様子の勇者殿への助言のつもりだ。我らが神の使徒を侮るなどあるはずがない。粗野な言葉遣いは、国柄ということでご容赦を」

「うむ、分かっているとも」

 

全く謝罪とは思えない返答に、イシュタルは僅かに目をすがめつつも穏やかな表情を崩さずに頷いた。

その後、微妙な雰囲気を散らすように場が取り繕われ、形式的な会談がなされる中で帝国からも将来性を理由に勇者を認め、そして邪竜討伐の件でももしものときは協力するというなんとも機械的な返答がなされたことで、一応、今回の訪問の目的は達成された。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

帝国使者ー否、皇帝陛下ガハルドとの一悶着があった翌日の早朝。

雫は普段通りに訓練場で早朝の鍛錬をしていた。

 

「ふっ、はぁっ‼︎」

 

空気を裂く鋭い音とそれに同調した短い呼気が響くたびに、銀閃が宙を奔る。淀みなく、流水のように滑らかなその動きはとても洗練されていて、翻る黒髪と合わさればまるで一種の神楽舞のようにも思えるほど。

その剣舞をしばらく続けていた時、ふと彼女に声をかけるものがいた。

 

「ふむ、精が出るな」

 

突然聞こえた野太い男の声。剣舞を止め振り返れば、そこにいたのは少しラフな格好のガハルドだった。

 

「ガハルド皇帝陛下、おはようございます」

「おう、おはよう」

 

雫が剣を鞘に収めて恭しく一礼すると、ガハルドは軽く手を振って返す。するとガハルドは顎を撫でながら興味深そうに呟く。

 

「お前さんの剣舞少し見させてもらったが、見たことない振り方だったな。刃が常に太刀筋の方向に合わせている。……なるほど、お前さんの剣は斬るということに特化しているものだな。それがお前さんの剣術というわけか」

「……よくお気づきで。ええ、その通りです。この剣は、私の故郷の剣術です」

 

雫は僅かに見ただけで完璧に自分が扱う剣術の特性を言い当てたことに感嘆の声をあげる。

流石は、実力至上主義の帝国での頂点なだけはあると。

 

「うむ、実に興味深い剣術だな。しかし、それだとお前さんの武器とはいまいちあってないみたいだな。いささか使いにくいんじゃねぇか?」

「ええ、まぁ。なるべく形に近いものを選んだのですが、それでも、やはり使いにくさはありますね」

「だろうな。だというのに、その腕前か。見事なもんだ」

「お褒めに与り光栄です」

 

雫の実力を見て掛け値なしの高評価をするガハルドに雫は丁寧にお辞儀をすると、ここに来た目的を尋ねた。

 

「それで、陛下。私に何の御用でしょうか?」

「おぉそうだった。実を言うとな、お前さんとちょっと手合わせしてぇと思ったんだよ」

 

獰猛な笑みを浮かべてそう手合わせを申し込んできたガハルドに雫は驚愕に目を見開くと、すぐに真剣な表情になってその理由を問う。

 

「………理由をお聞きしても?」

「不完全燃焼って奴だな。昨日の勇者との手合わせはあまりにも手応えがなかったからなぁ。それで、朝の軽い運動をしようと思った時にお前さんの剣舞を見て感じたんだよ。お前さんはあのクソガキよりも強いってな」

「ご冗談はよしてください。彼は勇者ですよ?私が彼より強いわけないでしょう?」

 

雫は苦笑混じりにそう謙遜する。

しかし、実のところ、自分が勇者である光輝よりも強いかもしれないとは思っていた。と言っても、陽和より授かった『赤竜帝の恩恵』の技能を使えばの話だが。

あの技能を使えば、勇者である彼よりも強いことは自分でも分かる。だが、それを昨日会ったばかりのガハルドが知るはずもない。ではなぜそう思ったか。それは何故か──

 

「嘘をつくな。お前さんから感じる研ぎ澄まされた気迫。まさしく一流の戦士のものだ。あの餓鬼共の中じゃ、お前が一番研ぎ澄まされていた。だから、俺はお前さんが勇者よりも強いと確信したわけだ」

「……………」

 

確かな根拠ではなく、戦士としての直感で判断した。その事に、雫は内心で感心した。

一流の剣客や戦士ならば敵と相対したとき感じれる気配から力量を判断することができる。彼が言っているのはまさしくそれなのだ。

 

「そしてお前さんの剣からは確かな信念と強い覚悟が感じられる。あのクソガキなんかとは比べ物にならねぇ程のな」

「信念に、覚悟……ですか」

「おう、そういう奴はとことん強い。お前さんからはそれが感じられた」

 

そういうとガハルドは訓練場に備え付けられている訓練で使ういくつかの剣のうち大剣を手に取ると、片手で数度振り回した後大剣の鋒を雫に向けながら告げた。

 

「それにお前さんはあの時俺の殺気の余波を受けながら全く動じなかった。まだ若ぇのに俺の殺気を受け流したお前さんと俺は戦ってみてぇと思ったわけだ。どうだ?手合わせを受けてくれるか?」

「…………」

 

雫はガハルドの申し出に少し考える。

剣士として帝国最強のこの男と立ち会えることはいい経験になるのは間違い無いだろう。

自分のこれからの成長の為にも強敵と戦えるのは良いことだ。その経験を糧とできるのだから。とはいえ、もしかしたらあの技能を使うことになるかもしれないが、彼ならば心配ないだろう。教会に告げ口なんて小賢しいことするような人間でもあるまい。

それに今断ったとしても、彼の戦うのを楽しみにしているような様子を見れば、どのみち戦う事になるのは確実。つまり、何が言いたいかと言うとだ。

 

(まぁ、断る理由なんてないわね……)

 

自分が彼の提案を断る理由なんて皆無ということだ。だから、雫は剣を構えながら彼の申し出を受けた。

 

「分かりました。僭越ながら私が貴方のお手合わせの申し出を受けましょう」

「くく、そうこなくてはな」

 

予想通りと満足げに笑ったガハルドは構えをとっていないが自身の周囲の空気を剣気でピリつかせる。そして、しばらくの睨み合いののち、雫が飛び出した。

 

「シィッ‼︎‼︎」

 

“縮地”の技能で彼に一気に肉迫した雫は躊躇のない唐竹割を繰り出す。だが、それはあっさりと受け止められた。受け止めたガハルドは獰猛に笑う。

 

「やはりだ。お前さんは躊躇なく振り抜いたな。ちゃんと戦うことが何なのかを理解している」

「……ッッ‼︎」

 

あっさりと受け止められた事に動揺を見せない雫は鍔迫り合いをすることを避けて、あっさりとバックステップで引き下がると“縮地”と“無拍子”を織り交ぜた移動で彼の周囲を駆け回りながら、一撃離脱を繰り返す。

大剣を振り回せるほどの剛腕を持つ彼のことだ。膂力の差ではまだあちらの方が上と彼女は判断し、持ち前のスピードで戦おうという考えだ。ガハルドは凄まじい速度でその場から動かずに、駆け回りながらたびたび襲い掛かる攻撃を容易く捌いていく。

 

「いい動きだ‼︎常に死角に回り込もうと動き、時折フェイントも織り交ぜているなっ‼︎その動きだけでも俺の国じゃ十分に通用するレベルだっ‼︎だがぁっ‼︎」

 

ガハルドは雫の動きを評価しながら腰を落として大剣を構えると、襲い掛かる雫へと自分も飛び出した剣を突き出した。

 

「まだまだ甘いなっ‼︎‼︎」

「きゃっ‼︎」

 

突き出された大剣を雫は回避が間に合わずに剣の腹で受け止める。だが、予想以上の膂力に雫はあっさりと吹き飛ばされてしまった。

間一髪で防いだことにガハルドは感心する。

 

「ほぉ、よく防いだな。今のは割と強めにいったんだが」

「………いえ、本当にギリギリでしたよ」

 

素早い一撃を防いだものの吹き飛ばされた雫はすぐに立ち上がると、剣を構えたまま距離を保つ。

 

(……やっぱりこのままじゃまだ太刀打ちできないわね)

 

雫は『赤竜帝の恩恵』の技能無しではまだガハルドと渡り合うことはできない事を理解する。

これ以上は続けても無意味だ。だから、

 

「………陛下。これから見せることは他言無用でお願いします」

「?…それは、構わねぇが。お前さん、何をやろうとしてんだ?」

 

訝しげなガハルドの問いに雫は静かに笑うと、腰を低く落として剣を顔の横で構えながら告げる。

 

「………ベヒモスを圧倒した力を少しお見せしましょう」

「……ほう。そいつは興味深いな。いいぜ、かかってきな」

 

雫の発言にガハルドが面白そうに笑う中、雫は目を閉じて数度深呼吸をして、

 

「———『赤竜帝の恩恵(ドラゴン・ギフト)』」

「ッッ⁉︎」

 

遂にその技能を発動する。

自分の右手の甲に瑠璃色の竜の紋様が浮かび輝き、瞳は赤紫から青の竜の瞳へと変化する。先程とは明らかに別格の剣気にガハルドは驚愕に目を見開く。

だが、その直後には獰猛かつ好戦的な笑みへと変わり笑いながら、初めて剣を構えた。

 

「ははっすげぇな。ここまで変わるかっ‼︎」

「———参ります」

 

そして、雫は青い残光を引きながら桁違いの速度でガハルドへと襲い掛かる。

その直後には雫とガハルドは甲高い金属音を鳴らしながら鍔迫り合いをしていた。しかも、今度はガハルドが押され始めていたのだ。

『赤竜帝の恩恵』によるステータス向上により、今の彼女の膂力はガハルドのそれを上回っていた。鍔迫り合いでガハルドはゆっくりと押し込まれる中、感心、驚愕まじりに呟く。

 

「……重い剣だ。速度、膂力共に向上している。まさかお前さんが、“限界突破”と似た技能を持っているとはな」

「……ある人からの贈り物ですよ」

「はっ、面白ぇ。なら、もっと見せてみろ‼︎」

「ええ、存分に」

 

その直後、雫の姿が掻き消える。

向上したステータスを活かした超速ステップだ。彼女は消えては現れてを繰り返しながらガハルドの周囲を駆け回り隙を探り、時折斬り込んでいく。

一見すればそれは先ほどと何ら変わらない。だが、先程と確実に違うと言うことは彼女の剣を捌くガハルド本人がよく分かっていた。

 

(おいおい、マジかよ。強くなるにも程があんだろ。気を抜いたらこっちがやられかねねぇな)

 

いくら本気を出さずに訓練用の大剣で相手しているとはいえ、このハンデでは負けるかもしれないと思わせるほどの凄まじい連撃は帝国最強のガハルドを持ってしても驚愕ものだったのだ。

先程までは一歩も動いていなかったガハルドも、仕切りに動きながら攻撃を捌いていく。それがいよいよ百に届こうとした時、不意に雫が更なる攻勢に出た。

 

「……シッ!」

 

風を切るような短い呼吸音を吐き出しながら、雫が舞いと錯覚するようなステップをガハルドの目の前で取ったのだ。

不意打ちじみた独特な動きに、ガハルドは一瞬動きが止まるも、すぐに動いて剣を振るう。剣は彼女を斬り裂いた。──しかし、それが隙となった。

 

(ッッ幻っ、フェイントかっ‼︎)

 

ガハルドは自分の手に伝わる感触に目を剥く。

何も感じなかったのだ。斬った感触も、防がれた感触も。つまり、今自分が斬った雫は足捌きによる残像で生み出された幻であり、自分はそのフェイントにまんまと引っかかったというわけだ。

 

(ッッヤベェっ‼︎)

 

そして、真横から聞こえる地面を踏み締める音と迫る危機感に彼は初めて焦りそちらへと振り向く。

振り向いた先には、雫がいて、既に剣を振る動作に入っていたのだ。ガハルドは彼女の剣に対し防ぐように大剣を持ち上げると同時に背後へとバックステップする。

直後、大剣と剣がぶつかりガハルドがザザッと地面を削りながら後退する。ガハルドが大剣を掲げ、雫が振り抜いた姿勢で硬直する中、ガハルドは静かに笑った。

 

「………くくっ、本当にやるな。まさか戦いを始めて数ヶ月程度の女が、この俺に傷をつけるとはな」

 

ガハルドの二の腕に浮かんだ決して浅くは無い裂創。そこからは血がポタポタと流れて続けている。ガハルドは防御が間に合わなかったのだ。ほんの一瞬間に合わずに腕に一太刀浴びたのだ。雫はそれを見やると、残心を解いて剣を鞘に収めた。

 

「結構本気で行ったのですが……流石は帝国最強ですね」

「いや、そうだとしてもこの俺に傷をつけられるものはそうはいない。十分に誇っていい。お前さんは一流の剣士だ」

「お褒めに預かり光栄です」

 

ガハルドは大剣を地面に突き刺して怪我をした方の袖をちぎり傷口に片手で器用に巻きつけきつく縛りながら彼女に尋ねる。

 

「お前さん、名前は?」

「八重樫 雫です」

「そうか、おい、シズク。お前さんは何の為に戦う?何の為に剣を振るう?」

 

突然の問いかけに雫は剣を鞘に収めながら、自分の志を告げる。

 

「……私が剣を振るのは大切な人と一緒に元の世界に帰る為です」

「ほぉ。勇者のガキみてぇに人々を救う為とは言わねぇんだな」

「えぇ、正直勝手に異世界に拉致して戦争参加を強要してくる人達をよく思ってませんので」

 

教会関係者がいれば卒倒しそうなことを躊躇なく彼女は言う。彼女もまた陽和と同じように大切な人と一緒に元の世界に帰る為に戦っているのだ。

そして、その強気な発言にガハルドはニヤリと笑う。

 

「随分な言いようだな。教会の爺さんに聞かれたら、いくら神の使徒といえどやばいかもしれないぞ?俺が報告するとか思わないのか?」

「ご冗談を。そんなことするような人が、昨日光輝にあそこまでは言わないでしょう?実力至上主義の陛下だから、言ったんですよ」

「くく、ハハハハハ」

 

雫の言葉にガハルドは一瞬キョトンとした直後に、肩を震わせて大きな笑い声を上げる。

 

「ハハッ、全くもってその通りだな。お前さんらの立場なら俺だってそう思うかもしれねぇ。ああ、お前さんの言ってることは間違ってねぇな」

 

事実雫の指摘は正しい。ガハルド個人としては雫の今の言葉をわざわざ教皇に報告する気もないし、彼女がそう言う理由も理解できている。

そして、雫自身がガハルドなら言わないとわかった上で言っていたことが面白かったのだ。

ガハルドが愉快に笑っていた時、訓練場に思わぬ来訪者が来る。

 

「雫、朝練か?って、皇帝陛下もいらしてたんですか?」

 

光輝だ。散歩でもしていたのだろうか。割とラフな格好で訓練場に繋がる通路を歩いていた彼は、雫だけでなくガハルドもいる光景に眉を顰めると、尋ねながらも胡乱な目を向けた。ガハルドはそんな視線につまらなそうに視線を逸らし雫がやんわりと答える。

 

「朝練のついでに手合わせしてもらってただけよ」

「そ、そうなのか?それならいいんだが……」

 

一応の納得を見せたものの、それでもまだ何か言いたげな光輝の様子にガハルドは訝しげな視線を向けながらも、すぐにニヤリとした笑みを浮かべ雫に振り向く。

 

「おい、雫。お前俺の愛人になる気はねぇか?」

「はっ⁉︎」

「…………」

 

ガハルドからの言葉に光輝が目を丸くし驚愕を顕にし声を上げるが、雫は無言のままだ。そして、雫が静かに口を開き尋ねた。

 

「………どうして私なのですか?」

「お前の強さと志を気に入ったからだ。戦いを始めて数ヶ月でこのレベルだ。もっと鍛えていけば確実に強くなるだろう。それに、ここまで芯の強い女もそうはいねぇ。だからこそ帝国最強たる俺の愛人に、いや俺の妻に相応しい」

 

しまいにはそう言い切って雫を口説きにかかるガハルド。彼の表情や声音からも割と本気で口説いていることは明らかだった。

だが、ここで光輝が二人の間に割って入る。

 

「ガハルド陛下。冗談はやめてください。皇后がいるはずですよね」

「それがどうした?俺は皇帝だぞ。側室の十人ぐらいいたってなんらおかしくねぇんだ。大体、なんで小僧が止める?これは俺と雫との話だ。関係のないガキはすっこんでろ」

 

光輝の正義感+思い込みフィルターがかかった言葉に彼はお前には興味がないと言わんばかりの態度をとる。光輝は未だかつてされたことがないぞんざいな態度に引き下がらない。

 

「いいえ、関係あります。雫は大切な仲間で幼馴染です。変な男に口説かれてるなら、助けるのが道理です」

 

それがさも当然であるかのように言い放つ光輝。それはまるでイケメンの幼馴染が妻子持ちでありながら他の女に手を出そうとしている男から守っているように見える構図なのだが………守られたはずの雫の反応は頬を赤めるどころか、その瞳が冷たいものに変わっていて、光輝の対応に呆れや冷めた様子が十二分に含まれていたのだ。

 

(………なるほど、こいつは周りが自分の理想通りになってると思って疑わねぇタイプか。雫のことも、何もかも。……だが、それで周りを無意識に傷つけてちゃ迷惑極まりねぇな)

 

その様子に目ざとく気づいたガハルドは、光輝の認識を決める。

理想や正義をなんの疑いもなく信じ、自分の理想が全て正しいと思い込み、それを周りに押し付け持ち前のカリスマや実力でそれを押し通してしまう傍迷惑な存在。

仲間としてこれ以上迷惑な存在はいないだろう。

 

(戦争が本格的に始まって、ソノ時が来れば多少はマシになるかもしれねぇと思ったが……期待しねぇ方がいいか。それよりも、こいつに振り回されないように立ち回るべきか)

 

ガハルドはその時が来れば現実を見て認識を改めるだろうと期待していたが、それが無駄なことを理解しうまく距離をとって実害を被らないようにする方針に変えた。

そして、つまらないことを言う光輝にガハルドが何かを言おうとした時、雫がそれよりも早く先に口を開く。

 

「ガハルド陛下、光栄なお誘いありがとうございます。ですが、その件に関しては謹んでお断りさせていただきます。私は貴方の妻にも、愛人にもなる気は毛頭ございません」

「雫……」

 

ガハルドの誘いに対し、丁寧に断り頭を下げると、光輝があからさまに安堵して肩を撫で下ろした。ガハルドは半ば予想していた返事に特に動じることはなかった。

 

「ほぅ、いいのか?もしかしたら、お前は最強の皇后として名を馳せるかもしれないんだぞ?」

「だとしてもです。別に私は名声に興味はありません。先程も言った通り、『大切な人』と一緒に元の世界に帰る為に戦っているんです。彼と一緒に帰れたら、それでいいんです」

 

自分の胸から下げられる炎のペンダントを手に取り慈愛に満ちた声音でそう言う雫。そんな彼女の様子に真剣な表情を浮かべたガハルドは尋ねた。

 

「………それは、さっき言ってた『ある人』とやらに関係あるのか?」

「はい。彼との約束なんです」

「…………」

 

自分が口説いたときには決して見せなかった頬を少し赤らめた彼女の微笑みに光輝が呆気にとられる中、ガハルドは面白そうに口の端を吊り上げると、

 

「雫、一つ聞かせろ。そいつは強いか?」

「?」

 

意味深な問いかけに光輝が首を傾げる中、雫は力強く頷いた。

 

「はい、私が知る限り彼は最も優しく、最も気高く、そして最も強い———私の英雄です」

 

はっきりと告げられた言葉にガハルドはしばし沈黙すると、楽しそうに好戦的な笑みを浮かべた。

 

「そうか、ククッ、なるほどなぁ。既にお前にはそう言う奴がいたのか。道理でいい女なわけだ」

「…………」

「俄然お前が欲しくなったな。今回はこれで引くが、まだまだこの世界にいるようだから、時間をかけて口説かせてもらおうか。雫、いつか必ず俺の方がいいと言わせてやる。その綺麗な顔が赤く染まるのが楽しみだ」

 

そう楽しそうに言い放つと、雫の隣を歩いていき「じゃあな」と言うと豪快な笑い声を上げながら訓練場から立ち去った。

ガハルドの笑い声も聞こえなくなった頃、訓練場に残された一人ー光輝は少しばかりの疑問と困惑が残る表情を浮かべていた。

 

「な、なぁ、雫、さっきのって一体、どう言う……」

「別にどうと言うことではないわ。それより、陛下と戦ったせいで汗だくだわ。今から汗を流してくるから、先生達に伝えておいて」

「え?ちょ……」

 

光輝の言葉を一方的に妨げ矢継ぎ早にそう言った彼女は、さっさと訓練場を後にした。

一人ぽつんと取り残された光輝は違和感を覚えていた。

 

(………さっきの雫、今までとどこか違ったように見えた)

 

はっきりとした確信もない漠然とした違和感。

ガハルドと会話している雫の様子はどこか普段と違っているように見えたのだ。

だが、その理由が全くわからないし、何一つ思いつかない。

 

(…………うーん、分からないな。何かいいことでもあったのか?)

 

ガハルドとの会話にヒントはたくさん残されていたのだが、ガハルドに対して嫌悪感を抱いていた彼は、情けない話二人の会話の内容にあまり意識を向けていなかったのだ。

とはいえ、流石に最後の会話だけは記憶に残っており、気になる部分もあった為彼女に尋ねようとしたのだが、肝心の彼女は朝風呂に行ってしまったし、ガハルドもまともに取り合ってはくれないだろう。

 

(………まぁ、今度それとなく聞いてみよう)

 

考えても結論が出なかった光輝は今度、彼女に聞いてみようと思い自分も訓練場を後にした。

 

 





………雫、だいぶ素直になりましたよね。
やはり、自分を受け入れてくれる恋人がいるというのは、大きいようです。
そして、皇帝の求婚はこちらでも健在ですが、既に雫には陽和がいるのでガハルドはあっさりと振られましたね。ただ、諦めるつもりがないようなので、ガハルドと陽和が出会ったときどうなるかが今から楽しみですね。

今回でようやく原作一巻は終了です。そして、次回からは2巻突入。
恐らく、原作史上一番イカれた成長を遂げたバグウサギとの出会いも近いっ‼︎‼︎

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。