竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回から原作2巻スタートです。


20話 大峡谷の残念ウサギ

 

 

視界を満たした光が晴れたとき、陽和達の視界に現れた光景は待ち望んだ陽光あるいは月光が照らす地上の風景………ではなく、僅かな光もない暗闇に包まれた洞窟の中だった。

洞窟の中央に存在していた、複雑にして精緻な、直径3m程の極めつくされた壮麗な魔法陣の上に人影が四つ、つまり陽和達が転移してきたのだが、目に映った予想外の光景にハジメは思わず、

 

「なんでやねん」

 

雰囲気ぶち壊しの関西弁のツッコミを呟いてしまうほどに彼は心底ガッカリしていた。

しかし、奈落に落とされてから数ヶ月の間命懸けのサバイバルを続けてきた彼がようやく地上に出られると心を逸らせており、魔法陣の向こう側は待ち侘びた地上だと信じて疑っていなかった。にも関わらず目を開けば、代わり映えのしない岩、岩、岩、岩………思わず肩を落とすのも仕方のないことだった。

そんな中、左側からは服の裾をユエがくいくいと引っ張り、右側からは陽和が彼の肩に手をポンと置いて慰めるように言った。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「気持ちは分かるが、隠し通路ってのは隠すから成り立つんだぞ」

「……ああ、そうか、確かにな。解放者の隠れ家への直通の道が、隠されていないわけないか」

 

二人の言う通りだ。

確かに反逆者の隠れ家への直通魔法陣が人の目にあるところにあれば、解析されてしまう可能性がある。そうさせないための隠蔽。それにも気づかないほど、自分は浮かれていたのだとハジメは恥じ入るように頭をかいた。

それからは気を取り直して、陽和が先頭で左手の宝玉を輝かせてライト代わりにしながら洞窟の中を歩く。

この場にいる全員が、技能や魔法なりで暗闇を問題にしてはいないのだが先走ったハジメのフォローも兼ねての使用だ。そんな気遣いに陽和の後ろでハジメがバツが悪そうにしていた。

 

「お、あれか……」

 

しばらく歩くと洞窟の奥に綺麗な縦線が刻まれ、陽和の目線より少し低い位置に掌大の七角形が描かれた壁を見つけた。各頂点には異なる模様があり、そのうちの一つはオスカー・オルクスのものだ。更に七角形の中心には竜の紋章がある。見慣れた赤竜帝のものだ。

陽和はその壁に歩み寄ると、左手を竜化させ宝玉を生やし壁にかざす。すると、直後にはゴゴゴっと雰囲気たっぷりの音を響かせながら壁が左右に開いて奥の通路を晒したのだ。

ちなみに、この扉の開閉は大迷宮攻略の証でも可能だが、陽和の『赤竜帝の宝玉』もまた同様に鍵の役割を示すらしい。

 

「よし、先に行くか」

 

陽和達は顔を合わせて頷くと通路へと踏み出し、道なりに進んでいく。途中、いくつか封印が施された扉やトラップなどもあったが、宝玉が反応して悉く勝手に解除されていき、拍子抜けするほどにスムーズに洞窟内を進んで行き………漸く、光を見つけた。

 

外の光だ。太陽の光だ。ハジメは数ヶ月、ユエは三百年間、求めてやまなかったものだ。

ハジメとユエが陽和とセレリアの背後で思わず立ち止まり、お互いに顔を合わせると、湧き上がる感情を抑えきれずに溢れ出た笑みを浮かべ、陽和達を追い越して求めた光に向かって駆け出していた。

 

徐々に大きくなる光と吹き込んでくる風。

奈落のような澱んだ空気ではなく、ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメやユエはこの時ほど、空気がうまいと実感したことはなかった。

そして、二人は同時に光に飛び込み………遂に、念願の地上へと出た。

二人の目に飛び込んできた地上の風景。そこは、地上の人間にとっては地獄にして処刑場である場所、断崖の下では殆ど魔法が使えず、にも関わらず強力にして凶悪な魔物が跋扈する魔境。幅は900mから最大8km、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼んでいる。

 

【ライセン大峡谷】と。

 

ハジメ達はその大峡谷の谷底にある洞窟の入り口にいたのだ。地の底とはいえ燦々と暖かな光が降り注ぎ、大地の匂いを孕んだ風が二人の鼻腔をくすぐる。間違いなく地上であることに、二人は呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ており、次第に緩んだ笑みを形作っていた。

あの無表情がデフォのユエですら誰もが見て分かるほどに頬が綻んでいたのだ。

 

「………戻って…………きたんだな………」

「……んっ」

 

様々な感情を孕んだ声音でハジメが呟き、ユエが力のこもった返事をする。そして、二人は太陽から視線を逸らすとお互いに見つめ合ってお互いに思いっきり抱きしめ合いながら魂の叫びを迸らせた。

 

「よっしゃぁああ——‼︎‼︎戻ってきたぞぉおおおおおっ‼︎‼︎」

「んっ——‼︎」

 

感無量と言った風に叫ぶハジメは小柄なユエを抱きしめたままくるくると愉快に廻った。二人のそんな明るさに満ちた笑い声を聞きながら、陽和達も漸く外の光を浴びる。

 

「あぁ、やっぱ太陽はいいな」

「そうだな。自然の恵みをここまでありがたく感じたのは初めてだ」

 

二人もまた1ヶ月と少しぶりとはいえ、陽光の暖かさには思わず気が緩んでいた。そして、陽和は笑みを浮かべながら、左手の宝玉を太陽に当てながら相棒の名を呼んだ。

 

「どうだ?ドライグ、久しぶりの太陽の光は」

『………あぁ、宝玉越しでもとても暖かいのが分かる。……本当に、俺も、地上に出られたんだな………』

 

ドライグはしみじみと感慨深そうに呟いた。ハジメやユエも大概だが、ドライグは数千年の永い時を魂だけの身となって地の底で待ち続けていたのだ。

一時は、もう見ることは叶わないと思っていた太陽の輝き。それを宝玉越しにでもはっきりと感じられて、胸の内に感動が満ちていたのだ。

そんなドライグの心情を感じ取ったのだろう、陽和も表情を綻ばせた。

 

「………良かったな」

『ああっ、何もかも相棒のおかげだ。本当に感謝しかない』

「ハハッ、大袈裟だな。これからはいくらでも外を移動できるんだ。これだけで感動してたら、魂がもたないかもしれねぇぞ?」

『ククッ、そうかもしれんな』

 

軽口を叩き合う彼らの様子にセレリアは隣で微笑んでいたが、周りに視線を移すと呆れたようにため息をついた。

 

「全く無粋な奴らめ。ハジメ、ユエ、感動に浸るのはいいが、周りを囲まれてるぞ」

「ったく、こんないい時によ。もう少し浸らせてくれよ。あーそういや、ここって魔法使えねぇんだっけか?」  

「ああ、そうだ。ここはライセン大峡谷らしいからな、魔力の分解作用が働いてるぞ」

 

ドンナー&シュラークを抜きながらハジメが座学で得ていた知識を呟き、陽和がそれに頷いた。二人の言う通りであり、ここライセン大峡谷では発動した魔法に込められた魔力が分散されてしまうのだ。

ただ、一般的にはであり、ここにいる面子にとっては大した問題ではない。

ユエはかつて世界最強の一角として周知されていた吸血姫であり、内包する魔力も最高位の上、外付け魔力タンクの“魔晶石シリーズ”もある。その他の三人においても魔力量はユエを凌駕するほどであるため、大峡谷の特性を持ってしても、瞬時には分解しきれないほどの大威力でのゴリ押しが可能なのだ。

ハジメは妙に息巻くユエを横目に苦笑いしながら尋ねる。

 

「ユエ、効率はどんくらいだ?」

「………ん………10倍くらい」

「あー、それなら、俺らがやるからユエは自衛程度にとどめておけよ」

「うっ……でも」

「でも、ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ?適材適所ってやつだ」

「ま、俺らもいるからな。問題ねぇだろ」

「そうだな」

 

渋々と言った様子で引き下がるもやはり不満なのか唇を尖らせて拗ねているユエを横目にくすりと笑いながら、陽和が腰から“ヘスティア”を抜き放ち、セレリアが“ヴァルナガンド”をつけた両拳をガキンと鳴らして構えた。

魔法の効率がかなり悪くなっても、こちらには近接得意の三人がいるのだ。大した問題にはならないだろう。

ユエを下がらせて前に出た三人は魔物達と向かい合う。そして、真ん中に立つ陽和が魔物達に“ヘスティア”の鋒を向けながら、不敵に笑い告げた。

 

「さぁて、久々の地上での魔物戦だ。どの程度のものか、試させてもらうぜ?精々退屈させんなよっ‼︎‼︎」

 

そして、陽和達は魔物達へと襲いかかった。

 

それから、魔物達との戦闘、というより蹂躙を開始してから2分後。

陽和達がいた場所一面は魔物達の屍で埋め尽くされており、死体の山をいくつも作り上げていた。

その一際大きい山の頂点に佇み“ヘスティア”を鞘に納めた陽和は心底拍子抜けという風につぶやいた。

 

「…………弱すぎんだろ」

「だよなぁ。あまりにも呆気なさすぎないか?ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったろ?」

 

陽和の呟きにハジメも同意する。そんな二人にユエとセレリアが近寄ってきた。

 

「……三人が化け物なだけ」

「私もカウントされるのか」

「つか、よく考えたら大迷宮クラスの魔物が地上にいたら、人間の生存圏相当小さいことになってるだろうから、大迷宮が異常なだけか」

「確かに、それもそうだな」

 

陽和の妥当な推測にハジメも頷く。確かにその説が妥当と見ていいだろう。そして、ハジメは死体の山から視線を逸らし峡谷の絶壁を見上げながら呟く。

 

「さて、この絶壁登ろうと思えば登れるが……どうする?ライセン大峡谷といえば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ?樹海側なら、どこかの町にも近そうだし」

「………ん。確かに」

 

ハジメのそんな提案にユエは納得するも、陽和がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながらハジメを揶揄うように呟く。

 

「とかいって、実はケモ耳娘が見たいだけじゃないのか?」

「………さて、なんのことやら」

 

陽和の揶揄いにそっぽを向いて誤魔化すハジメ。だが、その反応から今のが図星だというのは想像に容易い。

陽和だけでなく、ユエやセレリアまでもが生暖かい視線を向ける中、ハジメは右手の中指にはめている“宝物庫”に魔力を注ぎ魔力駆動二輪“シュタイフ”を取り出した。

アメリカンタイプの黒いボディで、かなり大型だ。地球のガソリンタイプとは違い、魔力の直接操作で直接車両関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。

ハジメとしては排気音を出したかったのだが、いかんせんマフラー構造にハジメだけでなく陽和も強くはない為、形だけしか再現はできなかった。ちなみに、速度調整も魔力で可能である。

そして、ハジメが颯爽とシュタイフに跨り、その後ろにユエがぴょんと横乗りしてハジメの腰にしがみついて出発の準備を整える中、陽和は“白桜”を展開せずソワソワしており、セレリアが尋ねた。

 

「陽和どうした?“白桜”は出さないのか?」

「ん?ああ、俺は竜化して空から探してみようかなと思ってな」

「しかし、魔力の消費を考えたらおすすめできないだろう?」

「そうなんだがな、まぁ絶壁の上に出ればそれも関係ないだろ。それに正直いうと、早く大空を飛びたくてうずうずしてんだよ」

「あぁそういうことか」

 

陽和の言い分にセレリアは納得する。

力を継承したことで竜の肉体に変化することが可能になった陽和だったのだが、これまでずっと奈落にいた為に満足に空を飛ぶという経験をしたことがないのだ。

だからこそ、漸く外に出れ、しかも周囲には人の姿もないこの状況は竜の姿で空を飛ぶ絶好のチャンスなのだ。

その意図をセレリアだけでなくハジメも理解して汲んだ。

 

「じゃあ、俺とユエが地上から探すから、お前らは空から探してくれよ」

「ああ、悪いなわがまま言って」

「いいって、気にすんな」

 

ハジメの了承ももらった陽和は三人から距離を取る。

 

「よし、んじゃ“竜帝化”」

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

力強い音声が鳴り響くと同時に紅蓮の魔力と紅白の光炎が彼を包み込んで、次の瞬間には勇壮な赤竜が姿を現した。

 

「おぉ……」

「……ん」

 

陽光に紅蓮色の竜鱗を煌めかせるその姿は、奈落で見慣れたはずなのに、あまりにも荘厳であり、ハジメ達は思わず見惚れていた。

 

『グゥルルゥ』

 

赤竜と化した陽和は気持ちよさそうに唸り声を上げながら翼を大きく広げてパタパタと動かしていた。そして、セレリアに近づき彼女の側に頭を下ろすと、彼女に乗るように促す。

 

『セレリア、乗れ』

「ああ、失礼するぞ」

 

セレリアはひとっ飛びで彼の頭の上に飛び移ると角を掴んで落ちないようにする。セレリアがちゃんと乗れたことを確認した陽和は顔を上げて翼をバサッと大きく広げながら、ハジメへと声をかけた。

 

『じゃあ、空から見てくる。何か目ぼしいものがあったら戻るから』

「おう、そっちは頼んだぜ」

『ああ』

 

大きく頷いた陽和は一つ咆哮を上げて翼を大きく羽ばたかせると、その巨体をふわりと浮かばせあっという間に天高く飛び上がっていった。

ぐんぐんと飛んでいく陽和達の姿を見送っていたハジメは羨ましそうにポツリと呟く。

 

「………俺も乗りてぇな」

 

ドラゴンの背に乗って、空を飛ぶ。

ファンタジー好きなら誰もが一度は夢見るだろうその体験が出来るのだ。オタク男子であるハジメなら体験したいに決まってる。

今回はセレリアが先に乗ったが、乗れる機会があれば頼み込もう。そう強く思ったのだ。

その呟きを聞いていたユエは後ろでくすりと笑う。

 

「………今度、お願いしたら?」

「……そうする」

 

そして、ハジメ達も大迷宮の入り口を探すべく“シュタイフ”を走らせた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

バサッ、バサッと赤い竜翼が大気を打ち赤竜と化した陽和の身体を天高く上昇させていく。

1.2kmの高さの絶壁を陽和は凄まじい速度で飛翔し、十数秒の後に遂に絶壁を超えた。

 

『「おぉ……」』

 

そうして絶壁を超えて天高く飛び上がった陽和とセレリアは突如広がった光景に思わず声を漏らしていた。

 

天には無限に広がる蒼穹と散らばる白雲。蒼穹の頂で輝くのは紛うことなき本物の太陽。

眼下には薄茶色の大地とそれを大きく割って長い線を引いた黒い亀裂。視線を遠くに向ければ、翡翠の枝葉が生い茂る樹海の姿が。その反対側を見れば、赤茶色の熱砂に覆われた砂漠の姿が。陽和達の目に映ったのだ。

太陽の光が自分たちの体に降り注ぎ、天地を駆け抜ける風が自分達の体を撫でるように吹き抜け、土や草の匂いが入り混じる空気の匂いが鼻腔をくすぐった。

これまでない程に全身で大自然の存在を感じ取った二人は、少しの間呆気に取られていたのだ。

翼をはためかせてその場で滞空している陽和に今度はドライグがくつくつと楽しそうに笑った。

 

『くく、どうだ相棒。竜化してからの初めての大空での飛翔は。地下で飛ぶのとはまた違った感覚だろう?』

『……ああ、なんていうか、凄いな。これが大空を飛ぶって感覚なんだな』

「私もだ。こんなに高い所から見たことなかったから、新鮮だ」

『そうだろうな。さて、相棒、時間は少ししかないが、初の太陽の下での飛翔、存分に楽しむといい。何かあれば、ハジメ達が知らせてくれるだろう』

 

ハジメとて陽和に空からの偵察を頼んだ理由の半分は確かに大迷宮探しのためだが、半分は陽和に大空での飛翔を満喫させてやりたいという気遣いだったのだ。

そんな気遣いは陽和も気づいており、ドライグの言葉に陽和は大きく頷いた。

 

『じゃあ、遠慮なく遊覧飛行させてもらおうかな。セレリア、振り落とされないようにな?』

「お手柔らかに頼むぞ」

 

セレリアが角をしっかりと掴みながらそう言った直後、陽和は咆哮を一発上げて翼を強くはためかせると更なる上昇を行う。

急上昇の後は、体勢を斜めにずらしその場で大きく旋回し、翼を畳んでの急降下。そして、大気を吹き飛ばすほどの勢いで翼を広げ再び急上昇。しかも、体を大きく回転しながらの上昇だ。そして空中で反転した後は、波を越えるように上下に動きながら自由自在に飛翔していく。

 

『ハハハハ‼︎気持ちいいなっ‼︎ドライグっ‼︎』

 

地下とは違う、全く制限のない広大な空間で自由気ままに飛べることに陽和は顎門を大きく開きながら嬉しそうに笑った。

 

『そうだろうそうだろう。空を飛ぶのは気持ちいいものだ。漸く相棒にもその楽しさを教えてやれた』

 

ドライグもドライグで相棒が満足そうに空を飛んでいることにご満悦だった。

遊覧飛行に子供のようにはしゃぐ陽和と、ご満悦なドライグ。その一方で、彼の頭に乗っていたセレリアはというと、

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜」

 

角をしっかりと掴んで踏ん張り、吹き付ける風に銀髪を靡かせながら、まるでアトラクションにでも乗っているかのように楽しそうな声をあげていたのだ。

急激にかかるGや回転したことでの三半規管の影響などを考えれば、常人ならば酔う可能性が高いのだが、彼女は全くそんな反応を見せず、それどころか楽しそうに笑っていた。

竜に乗って空を飛ぶこと自体がそもそも初めてであり、更にはただ飛ぶのではなくさまざまな空中機動も体験したとあれば、耐性次第では興奮するに違いない。どうやら、彼女は楽しめるタイプのようだ。

 

「ハハハハっ、楽しいなっ‼︎これはいいっ‼︎風が気持ちいいぞっ‼︎‼︎」

『気に入ってもらえたようで何よりだ』

「ああっ‼︎こんな経験はそうそうできるものじゃないからな‼︎だれだって胸が躍るさっ‼︎」

『だろうなっ‼︎俺も逆の立場ならそう思う‼︎‼︎』

 

セレリアの言葉に陽和は同意と言わんばかりに声をあげながら、凄まじい速度で飛翔する。

それからしばらく自由に飛翔した後、不意に陽和の脳内に声が響いた。

 

『あーテステス、陽和。こちらハジメ、少し問題が発生したから、こっちに戻ってくれー』

 

声の主はハジメだ。彼が念話で陽和に連絡をとってきたのだ。しかし、マイクテストのような少しおちゃらけた通信であるため、それほど緊急性は感じられないものの、何か見つけたんだろうかと思って陽和は返事をする。

 

『了解。今からそっちに向かう』

『おう』

 

簡潔に答えて念話を切った陽和はセレリアに声をかける。

 

『セレリア、ハジメから呼び出しだ。少し問題が発生したから、来てくれだと』

「そうか、なら、今回の遊覧飛行はもう終わりか」

『とりあえず戻るか。……もうちょい飛びたかったな』

「また後で思う存分飛べばいいだろ」

 

名残惜しそうにしながらも陽和はハジメの魔力を辿って彼らのいる場所へと降下を始める。

自由落下の速度も合わさり、凄まじい速度で降下していき再び峡谷の中へと入ると中程で方角を変えて水平に飛翔しハジメ達がいる方角へと翼を羽ばたかせる。

少ししてハジメ達の姿が見えたのだが、

 

『ん?なんか増えてるな?』

「見たところ……兎人族のようだが……」

『妙だな。峡谷に兎人族はいないはずだぞ』

 

陽和に続きセレリアとドライグも気づく。数百m先にいるハジメとユエ。二人は“シュタイフ”に腰掛けたままなのだが、彼らの前になぜか少し青みがかかったロングストレートの白髪に、同色のウサミミを頭から生やす一人のウサミミ少女が座っていたのだ。………服も含めて体が薄汚れているように見えるのが気になるところである。

なぜ兎人族がいるのか、多少困惑する二人だったが、後で聞けばいいかと思い、陽和の姿に気づいて手を振るハジメ達の元へと近づくと20m程手前で停止してズシンと地響きを鳴らしながら降り立った。

 

「来たか。どうだったよ、遊覧飛行は」

「………おかえり」

『遊覧飛行は楽しかったが、とにかく状況説明を頼む。なんでここに兎人族がいるんだ?』

 

頭を下げてセレリアを地面へと降ろしながら陽和はハジメに顔を近づけてそう尋ねる。だが、ハジメが答えるよりも先にウサミミ少女が声をあげた。

 

「ヒィッ‼︎た、食べないでくださいぃぃ〜〜」

 

ハジメに顔を近づけたのだが、側に座り込んでいたために食べられると錯覚したのだろう。顔を上げてぷるぷると震えて命乞いをしていた。

それを見て、『やべ怖がらせた?』とちょっと焦った陽和はすぐに“竜帝化”を解除する。

赤い魔力の粒子を散らしながら、崩れていき中からは人間体の陽和の姿が現れる。そうして地面に降り立った陽和はウサミミ少女へと近づきながら謝罪する。

 

「悪いな。怖がらせたみたいだ。とりあえず食わねぇから安心してくれ」

「あ、い、いえっ、そ、その、こちらこそ怖がってしまってすみませんっ‼︎私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言いますっ‼︎」

「おう、俺は紅咲陽和だ。んで、こっちが」

「セレリア・ベルグライスだ」

「ハルトさんとセレリアさんですね」

 

とりあえず簡単な自己紹介を終わらせた後、陽和は面倒臭そうな表情をしているハジメへと向き直る。

 

「じゃ、説明頼む」

「おう。実はだな………」

 

そうしてハジメは陽和達と別れた後のことを話し始めた。

要約するとこうだ。

 

まず陽和達と別れた後、地上からの探索を開始したハジメ達はシュタイフを走らせて途中襲いくる魔物達を適当に片付けながら進んでいたのだが、その道中で双頭のティラノサウルスもどき『ダイヘドア』という魔物に追われているシアが進行方向の先から来たらしい。

最初は面倒事だと思い我関せずでハジメとユエは呑気におしゃべりに興じるという鬼畜行為をしていたのだが、ハジメ達に気づいたシアが猛然と駆け出して顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、『やっとみつけた』という意味深な発言の後に助けを求めてきたそうだ。

しかし、それでも変心したハジメやハジメ一筋のユエには響かなかったらしくあっさりと見限ったのだが、ダイヘドアに喧嘩を売られた為にサクッとドパンッした為に偶然にもシアは救われ、ボロボロの姿のままハジメへと手を伸ばした。酷い泣き顔であってもボロボロな女の子が助けを求めてきたのなら、男なら迷いなく受け止めるべき場面だろう。だが、悲しいことにハジメクオリティーの前では無意味だった。

ハジメはシアが晒した醜態に苛立ちの悪態をついたり、ユエも残念ウサギと酷い言葉を言ったりしており、殺し損ねたダイヘドアを今度こそドパンッしたのだが、シアはユエにも肘鉄や足蹴をされながらも、不退転の如く「逃しませんっ」とハジメの腰にしがみつくという中々の打たれ強さを発揮しながら、「取り敢えず、私の家族も助けてください」と中々に図太いお願い事もしたそうだ。

 

早々に舞い込んだ面倒事にハジメは今度はシアに“纏雷”でアババババして無理やり引き剥がし適当な励ましの言葉を放り投げて、走り去ろうとしたのだが、何と死なないように調整されたとはいえそれでも気絶確定な攻撃を耐えてゾンビの如く起き上がりハジメの脚にしがみついたのだ。異常な頑丈さにハジメが驚愕したり、巨乳でスタイル抜群なシアがユエに胸のことを言って“嵐帝”の竜巻で巻き上げられたらとちょっとゴタゴタがあったものの、とりあえず話を聞く事にしたのだ。

 

シアは兎人族ハウリアの長の娘であり、【ハルツィナ樹海】にて集落をつくりひっそりと暮らしていたのだが、ある日異常な女の子が生まれたそうだ。

それこそがシアだ。兎人族は基本的に濃紺の髪をしていたのだが、シアだけは青みがかかった白髪であり、更には亜人族にはないはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る術ととある固有魔法まで使えたらしいのだ。

 

そうした例外は樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】では魔物と同様の力を持っている者を忌み子として追放するらしい。

しかし、ハウリア族を含め兎人族は百数十人規模の集落全体を家族として扱うほど仲間同士の絆が強い種族であるらしく、シアを見捨てることはしなかった。そうして、シアを隠しひっそりと育ていたのだが、先日ついに彼女の存在がバレてしまい、フェアベルゲンで処刑される前に一族ごと樹海を出たそうだ。

行く当てもない彼らは山の幸を頼りに北の山脈地帯を目指すことを決意したのだが、その矢先に帝国によって潰えた。

余談だが、兎人族は総じて容姿に優れており、帝国などに捕まれば愛玩奴隷にされるそうだ。樹海を出てすぐに運悪くその帝国に見つかった彼らは南に逃げるしかなかった。

女子供を逃す為に男達が追っ手の妨害を試みるが、温厚な種族である彼らが敵うわけもなく気が付けば半数以上が囚われたそうだ。

全滅を避ける為に必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼らは、魔法の使えない峡谷にまで追ってはこないだろうと思い、峡谷へと逃げ込んだ。だが、その願いは裏切られ、帝国兵は東西それぞれの端にある崖に存在する出入り口に一個小隊を陣取り魔物に襲われて出てくるのを待ち伏せているのだ。

出入り口に行くことすら叶わなくなった彼らに無慈悲にも魔物の襲来があり、追い立てられるように逃げ惑い続けていたが、抵抗虚しく今はもう四十人ほどに減ってしまったそうだ。

 

………しかし、そんな説明ですらもハジメの心は動かずに端的に断られた。当然、家族の命がかかっているシアは形振り構っていられなかった。どうにか説得を試みた彼女は、先程から言ってる『見えた』という言葉の根拠についても説明する。

 

彼女が持っている固有魔法が関係していたのだ。その固有魔法は“未来視”。仮定した未来が見えるという割と優れた固有魔法だ。

彼女はその未来視で自分と家族を守るハジメ達の姿を見て、ハジメを探す為に飛び出したそうだ。

 

一族は樹海を追われ、多くの家族が傷つき、倒れ、捕われ、ようやく見つけた希望の存在には邪険に扱われ、それでも尚死に物狂いで助力を彼女は懇願した。

一族の命運をかけ、文字通り一生懸命にハジメという救いの未来を掴もうとしていたのだ。その姿にハジメは多少縛っていたものの、思わぬところからーユエがシアを援護して樹海の案内にちょうどいいということで、彼女達一族を助ける選択肢を取ったのだ。

流石のハジメも最愛の恋人であるユエの言葉には折れて、シア達を助けることを樹海の案内と引き換えに約束した。

 

「それで、共有しておくべきだと思ってお前らを呼んだわけだ」

『「「………………………」」』

 

ハジメの長い説明を聞き終えた2人は何とも言えない表情を浮かべる。ドライグも無言のままだ。心なしが二人の視線が冷たい。ジト目だ。

陽和は少しの沈黙の後、額に手を当てて天を仰ぎ見て、深いため息をついた。

 

「はぁ〜〜〜とにかく、事情はわかった。シアの家族のことについては俺らも協力しよう。……だが、その前に色々と言いたいことがある」

「お、おう」

「………」

 

雰囲気が変わった陽和の様子に戸惑うハジメ。ユエも何かを感じたのかちょっとビクビクしている。そして、ゆっくりとハジメ達に歩み寄った陽和はすっと両腕を持ち上げ、

 

「こんの阿保共がぁぁッッ‼︎‼︎」

「ぐぉっ⁉︎」

「ふみゅっ⁉︎」

「うえぇっ⁉︎」

 

問答無用に二人の頭にチョップを落とした。

ドゴッと鈍い音が二人の頭から響き、シアが突然の光景に目を丸くする。そして、チョップの痛みに二人が悶絶する中、陽和の説教が始まった。

 

「お前らは鬼かっ‼︎⁉︎窮地の人間にする対応じゃねぇだろっ‼︎‼︎まず話を聞いてやるぐらいの配慮は持ち合わせろ‼︎‼︎足蹴に肘鉄、纏雷ってどんだけお前らウザがってんだっ‼︎‼︎対応がひどいにも程があんぞっ‼︎‼︎」

「だ、だって、残念ウサギの態度が図々しくてだな「言い訳は受け付けんっ‼︎‼︎」あだっ⁉︎」

 

苦し紛れの抗議をしようとしたハジメに二度目のチョップが炸裂。再び悶絶するハジメに目を吊り上げた陽和は尚続けた。

 

「だとしても、家族のために命懸けで助けを求めてきたんだぞっ⁉︎ちょっとぐらいは話を聞いてやってもいいだろうがっ‼︎それをお前らはっ……」

 

それからも陽和の説教は続く。陽和の説教に二人は縮こまるばかりだ。そんな光景を先程まで理不尽な目にあわされていたシアが信じられないというふうに目を丸くしていた。

 

「え、えぇと、あの、どういうことです?」

「あぁ気にするな。よくあることだから」

「えっとセレリアさん、それはつまりハルトさんはよくお二人を叱ってるってことなんですか?」

「その通りだ。まぁ手のかかる弟分と妹分だからな。兄貴分は気苦労が絶えないんだよ」

「そ、そうなんですか」

 

シアは頬を引き攣らせながら頷くしかなかった。まさか、圧倒的格上であるハジメとユエを頭ごなしに叱れる人が存在するとは思っていなかったのだ。

事実、奈落で合流した後オスカーの隠れ家では度々ハジメとユエが正座をさせられて陽和に説教されている姿が見られていた。

理由は様々だが、奈落生活で常識が吹っ飛んでしまった二人の問題行動が主な原因である。

そして、セレリアが困ったような笑みを浮かべると、ガミガミと説教する陽和に声をかける。

 

「陽和、説教はそのくらいにしてそろそろシアの家族を助けにいかないか?」

「………ん?ああ、そうだな。確かに道草食ってたらいけねぇな。とにかく、お前らはもうちょい柔らかい対応を心がけろ。いいな?」

「「は、はい」」

 

既に上下関係が確立されているため、陽和の言葉に反論することなく頷く二人。

 

「とにかく急ぐか。俺はもう一度竜化する。ハジメ、お前がシアを乗せろ」

「へいへい。おら、残念ウサギ後ろに乗れ。とっとと行くぞ」

「セレリアは俺の頭に乗れ」

「ああ」

 

陽和は矢継ぎ早に指示を出すと、再び“竜帝化”を行った。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

音声と共に赤光に包まれ再び赤竜の姿に変身した陽和の頭にセレリアが素早く飛び乗る。そして、首を動かし下を見ればシュタイフに跨りユエを腕の間に収め、シアを後ろに乗せたハジメが準備万端と魔力を注ぎ込み始めていた。

それを確認した陽和は翼を大きく広げ飛び立つ。ハジメもシュタイフを走らせ、彼の後を追った。そして、目的の地に向かっていた途中、シアがハジメの肩越しに疑問をぶつけた。

 

「あ、あの助けてもらうのに必死でつい流してしまったのですが…‥この乗り物?何なのでしょうか?それに、ハジメさんもユエさんも魔法使ってましたよね?ここでは使えないはずなのに……あと、ハルトさんってもしかして竜人族なんですか?」

 

シアの疑問にハジメは、シュタイフのことやユエガ魔法を使える理由、ハジメの武器がアーティファクトみたいなものだと簡潔に説明し、最後に陽和が『俺は後天的に竜人になった』と答えた。すると、シアは目を見開いて驚愕をあらわにした。

 

「え……それじゃあ、その皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

「ああ、そうなるな」

「……ん」

 

二人はそう頷く。しばらく呆然としていたシアだったが、突然泣きべそをかきはじめたのだ。

 

「……いきなりどうした?突然泣き出して……」

「あ、い、いえっ……その、私は一人じゃなかったんだなって思ったら……何だか嬉しくなっちゃって……」

 

どうやらこの世界で自分が特異な存在であることに孤独感を感じていたらしい。

十六年もの間危険を背負い、シアのために故郷である樹海までも捨てて共に居てくれる家族に囲まれていた以上、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。だからこそ『他とは異なる自分』に余計に孤独を感じていたのかもしれない。

シアの言葉にユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。

魔力の直接操作や固有魔法という異質な力をもつ、という似たような境遇だったが、シアとユエでは愛してくれる家族がいるかいないかという決定的な違いがあった。それがユエに嫉妬とまではいかずとも複雑な心情を抱かせていたのだ。

 

「ユエ」

 

そんなユエの心情を感じ取ったハジメは彼女の頭をポンポンと撫でる。

自分の育ち方ではシアの『同類』がいなかったことや、ユエのように特異な存在として女王という孤高の存在に祭り上げられた孤独も、真の意味では理解できない。

だからこそ、今は一人ではないことを示したかったのだ。そんな不器用ながらも心のこもった気遣いの気持ちにユエは無意識に入っていた力を抜いて、より一層ハジメに背を預けた。

 

「あの〜、私のこと忘れてませんか?ここは“大変だったね。もう一人じゃないよ。『傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは?」

「ああ、だからユエを慰めてんだよ」

「私を慰めてくださいよ⁉︎何でいきなり二人の世界を作っているんですか?私も混ぜてください‼︎寂しいです‼︎」

『シア、諦めろ。そいつらはそれが普通なんだよ』

「そうだぞー。私達ももう面倒だから諦めてるぐらいだ」

 

ハジメ達の上を飛翔している陽和とセレリアが抗議するシアにそう言う。その声音には諦観が多分に含まれていた。

二人の声音に彼らは散々見てきたのだと察したシアは内心で『まずはお二人に名前を呼ばせますよぉ〜、せっかく見つけたお仲間なんですから、逃がしませんからねぇ〜‼︎』とハジメとユエに自分の認識を変えさせるという新たな目標を抱いて闘志を燃やした。

そして、下でシアが騒いでハジメかユエに怒鳴られると言うやりとりが繰り返される中、不意に今まで黙っていたドライグが呟く。

 

『…………しかし、忌み子か』

(どうした?ドライグ)

『いや、先程の話でな、現代の獣人達の間では随分とおかしな風習があるものだと、呆れていたところだ』

(………やっぱりか)

 

不機嫌そうに呟くドライグの返答に陽和はやはりかと思った。

なぜなら、陽和は知っているのだ。ドライグが生きていた頃の時代では、亜人、否、獣人にも固有魔法を持つものが多かったことを。

継承を行なってから、陽和はドライグの記憶を度々夢という形で見ることがあった。

解放者達との交流や、『ウェルタニア』の風景。神が操る『聖光教会』の騎士団達と解放者との長く壮絶な戦いの一部を陽和はドライグの記憶を通して夢という形で見たのだ。

だからこそ、分かっている。かつての獣人族達の中にも固有魔法を有する者もいて、固有魔法の有無関係なく誰もが自分達の祖国や同胞を守るために共に戦っていたことを。

だというのに、今の亜人達は魔力を宿し固有魔法を有する同胞を忌み子だと切り捨て追放している。その忌まわしき所業に気分を害するのは当然のことだった。

 

(時代が移り変わって固有魔法を亜人、魔人含め全ての人種族が持たなくなった時代だ。そんな時代だからこそ、その他大勢とは違う異質な個は忌み嫌われるんだろうな。……ったく、そういうところはどこの世界でも同じか)

『………相棒の世界でも同じなのか?』

(…‥悲しいことにな。それもまた人の在り方だ)

 

人は他とは違う存在に対して何らかの対応をとることが多い。特別扱いや、排斥し虐げることもある。『普通』とは違う人間を人は集団で蔑ろにすることがある。

悲しいことにそれもまた人の性であり、業でもあるのだ。こればかりはどうしようもできないだろう。

その時だ。陽和の耳が魔物の咆哮と悲鳴を捉えた。

 

『ん?ハジメ、咆哮と悲鳴が聞こえた‼︎近いぞ‼︎』

 

陽和が警告を上げた直後、シアの耳にも届いたのか顔をガバッと上げる。

 

「ハジメさん‼︎もうすぐ皆がいる場所です‼︎あの魔物の声……ち、近いです‼︎父様達がいる場所に近いです‼︎」

「チッ、ちょうど襲われてんのかよっ‼︎陽和っ‼︎」

『分かってる‼︎‼︎先行するっ‼︎‼︎』

 

陽和は咆哮を上げると風を纏い翼を力強く打ち一気に加速する。併走していたシュタイフを一気に引き離して圧倒的な速度で飛翔し、最後の大岩を迂回した先で遂に見つけた。

 

「陽和っ‼︎いたぞっ‼︎」

 

セレリアが指を指す先ではウサミミを生やした人影が岩影に投げ込む姿だった。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数で二十人前後。隠れているのも合わせれば四十人ほどだ。

そんな怯えながら隠れる彼らを奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物ー俗に言うワイバーンモドキが睥睨していた。体長は3〜5m程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみがついている長い尻尾を持っていた。

陽和はあの魔物を図鑑で見たことがあり、すぐに“ハイベリア”だと言うことに気づいた。大峡谷では厄介で危険な魔物と知られている。

そして、そのハイベリアの一体がちょうど兎人族が隠れていた岩場を尻尾で粉砕し、這い出てきた兎人族を顎門を開いて喰らおうとしていたのだ。

だが、

 

 

 

『ガアアァァァァァァァァァァァッッ‼︎‼︎‼︎』

 

 

 

大峡谷を揺るがす程の赤竜の咆哮が轟く。

ハイベリアのそれよりも遥かに猛々しく凄まじい咆哮に兎人族は腰を抜かし動けなくなり、ハイベリアすらも身をこわばらせる。

そして、硬直するハイベリアに彼らを遥かに凌ぐ巨躯を有する陽和が顎門を剥き出しにして襲い掛かった。

 

まず空を飛ぶ一体が突っ込んできた陽和に翼ごと胴体に噛みつかれ、首と尻尾が千切れ飛ぶ。

一瞬にして仲間が一体やられた事に唖然とする中、陽和の頭から飛び出したセレリアが氷の鉤爪で上空を飛ぶハイベリアの片翼を斬り飛ばした。バランスを崩したハイベリアが地に落ちようとする中、陽和が片腕を伸ばして握り潰す。更に、ちょうど自分の背後にいたハイベリアを尻尾を振るい岩壁に叩きつけて潰した。グシャと生々しい音を立ててハイべリア二体は血を滴らせながら地へと落ちていく。

6体いたハイベリアの群れは既に半分に減っており、残りの半分は突然強大な竜が現れた事に本能的に恐怖し弱々しい鳴き声をあげて反転して逃げようとする。だが、見逃すほど陽和は優しくない。

 

『グオオォォォ‼︎‼︎』

『『『ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』

 

赤竜の咆哮が自分達の頭上から聞こえてくると同時に、視界に影が落ちる。何事かと上を見れば、そこには既に陽和がいたのだ。

陽和はハイベリア達が回避行動するよりも先に動き、真ん中のハイベリアを顎門を開いて頭から噛み砕き、左右のハイベリアを鉤爪で斬り裂いた。

バラバラに切り裂かれたハイベリアの死体が血を撒き散らしながら地に落ち、直後顎門や鉤爪から血を滴らせる陽和が大地に降り立つ。

 

『……ん、割といけるな。ハイベリアの生肉』

 

陽和は口に咥えたハイベリアを吐き捨てるのではなく、そのまま噛み砕いて丸呑みにすると、呑気にそんな事を呟いた。

どうやら、ハイベリアの生肉は陽和の味覚にかなったらしい。程よい弾力があって噛みごたえがあるらしい。心なしか声が少し弾んでいた。

しかし、竜が獲物を喰らう光景は確かに自然の摂理にかなってはいるのだが、状況が状況なだけにドライグと、横から駆け寄ってきたセレリアからツッコミが入る。

 

『……相棒、今は味を堪能している場合ではないと思うんだが……』

「というか、躊躇なく骨ごといったな。喉に引っかからないのか?」

『いや、それは大丈夫だ。って、確かに食ってる場合じゃないよな。彼らは大丈夫か?』

 

生肉を食べるのを後にし、兎人族の安否を確認する為に首を動かして振り向く。

振り向いた先では、兎人族が一様に腰を抜かして座り込んで化物を見るような目で自分を見上げており、子供に至っては涙目だったり、しまいには泣いている子すらいた。

 

「どうやら、怖がらせてしまったみたいだな」

 

兎人族の様子にセレリアが慰めるように陽和の右腕をポンポンと叩きそう言う。

 

『…………』

 

すっかり怖がらせてしまった事に何とも言えない表情になる陽和。助けるためとはいえ割とショッキングな光景を見せていたため、刺激が強かったのかもしれない。

だから、恐怖を与えてしまった陽和に代わり、セレリアが前に進み出て彼らに声をかける。

 

「あーー、ハウリア族の者だな?皆、怪我はないか?」

 

セレリアが話しかけた事で、漸く硬直が解けたのか濃紺の短髪に初老の男性が慌てて頷きながら答える。

 

「え?あ、ああ、はい、私達は無事です。……その、貴女達は?それに、後ろの竜は……」

「私は、セレリア・ベルグライスという者だ。後ろの赤竜は味方だから安心してくれ。私達はシアに頼まれ君達を助けにきたんだ」

「シアがですかっ⁉︎あの子は無事なんですかっ⁉︎」

 

シアの名を出した瞬間に、男は血相を変えて声を上げてセレリアに詰め寄った。セレリアは男の剣幕に少し驚きつつも答える。

 

「あ、ああ、無事だ。もうすぐ、こちらに来るはずだ」

「そう、ですか。それは良かった」

 

男は心底安堵して肩を撫で下ろす。他の兎人族達も我が事のようにシアの無事を心から安堵していた。その様子を見て本当に一族全員が強い絆で結ばれているのだと気づいた時、異音が聞こえてくる。

キィィイイと蒸気が噴出するような甲高い音に、陽和達はようやく来たかと、兎人族は何事かとその音の聞こえる方向に視線を向ける。

彼らの目に飛び込んできたのは、見たこともない黒い乗り物に乗って、その後ろで立ち上がり手をブンブンと降っているシアの姿だった。

今朝方突如姿を消す前の、思い詰めた表情とは違って、普段通りの天真爛漫な明るい表情を浮かべる彼女を見つめる兎人族達。

 

「みんなー、助けを呼んできましたよぉ〜‼︎」

「「「「「「「「シア‼︎‼︎」」」」」」」」

 

大事な家族の無事が確かに確認できて彼らは安堵の声を上げて彼女の名を呼んだ。

そして、シュタイフが陽和達の手前で止まりシアが降りれば、兎人族達が彼女の元にわらわらと集まった。

 

「シア‼︎無事で良かった‼︎」

「父様‼︎」

 

どうやらセレリアと話していた男がシアの父親だったらしい。ウサミミのおっさんと美少女が話すシュールな光景にハジメは微妙な空気になって視線を背けると陽和へと視線を向けた。

 

「よっ、すっかり出遅れちまったな」

『まぁ数も少なかったし、雑魚だったからな。すぐ終わったぞ』

「それはそうと、口から血垂れてんだが……もしかして、あのワイバーンモドキを食ったのか?」

『ああ、生でも割といけたぞ。とはいえ、竜の味覚だからな。人間だと変わるかもな』

「おいおい、生でいったのかよ」

「しかも、噛み砕いて丸呑みにしてたぞ」

「おぉ丸呑みとはまた豪快な」

「……ん……」

 

ハジメが眉をひくつかせ、ユエがちょっと驚く反応を見せる中、シアと父親の会話は終わったようで、陽和に向き直り見上げる。

 

「ハルト殿で宜しいかな?私は、カム・ハウリア。シアの父であり、ハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助けいただき、なんとお礼を言えばいいか。しかも、脱出までご協力してくださるとか……父として、族長として深く感謝いたします」

 

そう言って、カムが深々と頭を下げて他の兎人族も彼に習って陽和達に頭を下げた。

陽和が竜帝化を解除して人間の姿に戻りながら、優しく言葉を返した。

 

「気にしないでくれ。目の前で人死を見るのは流石に気分が悪いからな。樹海の案内をしてくるなら構わんさ。それはそうと、随分とあっさり他人のことを信用するんだな?」

 

シアの存在で忘れそうだが、亜人族とは被差別種族だ。峡谷に追い詰められる原因も元を正せば人間族のせいだ。だというのに、こうもあっさりと頭を下げた事に陽和は我慢を覚えたのだ。カムは、それに困ったような笑顔で返す。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

予想通りの返答だが、それ故に陽和は危ういと思った。いくら情の深い一族とは言え、身内の言葉を信じて初対面の人間相手にあっさりと信頼を向けるのははっきり言って警戒心が薄いとしか言いようがない。

そう陽和が危機感を抱くが、それを知る由もないカムは「それに」と言葉を繋げ続ける。

 

「ハルト殿は竜人族なのでしょう?我らと同じ亜人であり、更には我らを助けてくれたハルト殿ならば特に信頼できます」

「……まぁ一応、今は竜人族ってだけなんだがな……何にせよ、貴方達がいいならそれでいい」

「ええ」

 

同じ亜人からも見放されたと言うのに、この人の良さ。陽和は多少呆れるが、彼らがいいならばそれでいいかと思い、ハジメも交えて簡単に話をした後、峡谷を抜ける為に出発した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ウサミミ四十二人を引き連れての大移動は当然目立ち、峡谷に潜む魔物達にとっては絶好の獲物であるためこぞって襲い掛かってくるのだが、ただの一体もご馳走にありつけることはなかった。

例外なく、陽和やセレリア、ハジメによって瞬殺されているのだ。

魔力が分解され消費が通常よりも激しくなる為、また兎人族を必要以上に怖がらせない為に陽和は“竜帝化”を解き高すぎる身体能力を活かし魔物達との距離を詰めて“ヘスティア”でぶった斬り、セレリアも“ヴァナルガンド”でぶん殴り粉砕し、ハジメがドンナー&シュラークで撃ち抜いていった。

凶悪なはずの魔物達がなす術もなく蹂躙され駆逐されていく光景に、兎人族は唖然とし、先ほどの蹂躙も相まって陽和には特に畏敬の念を向けた。しかし、小さな子供達に至っては、総じてそのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るう三人にヒーローのような眼差しを向けていた。

 

「ふふ、子供達に大人気だな。陽和」

「みたいだな。さっきは泣いてた子もいたから、怖がられると思ったんだがな」

『それを差し引いても、子供達の目にはカッコよく映ったんだろう?』

 

前衛を務めるセレリアは隣で一番多く子供達に純粋な眼差しを向けられている陽和に微笑む。ドライグにもそう言われた陽和は『まぁ子供だもんな』と思いながら後ろを歩く子供達に振り向いて優しく笑ってあげた。

そうすれば、子供達の表情がパァと明るくなったのだ。後衛を務めるハジメの方でも似たようなことが起きていて、若干居心地が悪そうなハジメをシアが実にうざい表情でからかって、ゴム弾で撃たれてワタワタしている光景があった。

それからしばらく歩き続け、一行は遂に【ライセン大峡谷】から脱出できる場所に辿り着いた。見る限り、なかなかに立派な階段があった。どうやら岸壁に沿って壁を削って作られた階段は、50m進む度に折り返す緩やかなタイプのそれだ。その先を見れば樹海も薄っすらと見えた。陽和はその場で立ち止まり、気配感知の技能を使って階段の向こう側を索敵し、人が待ち伏せていることを把握する。

 

「………人がいるな。恐らくは帝国兵だ」

「なんだ、やっぱりいんのか?」

「ああ、数は……三十人だな」

「割といるな。でも、問題はねぇか」

 

前に進み出たハジメとそんな会話をする陽和に達にシアが恐る恐ると尋ねた。

 

「あ、あの……お二人とも……どうするのですか?」

「無論、戦うしかないだろうな。平和的に解決できるとは思えない」

「で、でも、相手は魔物と違って帝国兵……人間族ですよ?」

 

魔物ならば何の躊躇いもなく殺せた。だが、相手が同じ人間ならば果たして殺すことができるのかという問いかけにハジメが言葉を返した。

 

「おい、残念ウサギ。お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい。見ました。帝国兵と相対するお二人を……」

「だったら、何が疑問なんだ?」

「確認したいんだろ?帝国兵からハウリアを守ると言うことはつまり、人間族と敵対すると言っても過言じゃない。同族と敵対していいのか……って思ってんだろ?」

 

陽和の推測にシアははいと頷く。それと同時に他のハウリア族も神妙な顔つきで二人を見ていた。子供達は何が何だかわかっていないが、不穏な空気を察して忙しなく交互に大人達と陽和達を見ていた。

だが、そんな不穏な空気に反して陽和が呆気なく答えた。

 

「別に俺にとっては今更な話だ。俺はもう既に人間族と敵対しているからな」

「え?」

「陽和は訳ありだからな。その辺りの覚悟はできてんだろ。それになお前らはそもそもの根本が間違ってる」

「根本、ですか?」

 

首を捻るシア。周りの兎人族達も疑問顔だ。そんな彼らにハジメは説明する。

 

「いいか?俺達は、お前らが樹海探索に便利だから雇ったんだ。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけの話だ。断じて、お前らに同情してとか、義侠心に駆られて助けてるわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。俺らのためにな。それを邪魔する奴は敵だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵だ。敵は殺す。それだけの話だ」

「な、なるほど……」

 

ハジメらしいぶっとんだ考え方に、シアは苦笑いしながら納得する。シアとしては帝国兵と相対するハジメの姿を見たのだが、未来というのは絶対ではないと思っているため、万が一のことを考えて確認せざるを得なかったのだ。

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

下手に正義感を持ち出すよりも、ギブアンドテイクな関係を望んだ方が信用に値したのか、表情に含むところは全くなかった。

ハジメは横で狐面を被り素顔を隠した陽和に小さな声で尋ねた。

 

「おい、さっきはああ言ったが覚悟はできてんのか?」

 

ハジメの問いかけに翡翠の眼光を鋭くしながら陽和は威圧感を感じさせる声音で返した。

 

「今更だ。俺はこの世界にきた時点で腹は括ってた。それに覚悟のない奴が力を受け継ぐと思うか?」

「あぁ愚問だったな」

 

もしかしたら、いや、ほぼ確実に自分達はこれから人を殺す。常人ならば確かに躊躇うことだ。だが、ハジメは奈落でのサバイバル生活で倫理観などが大きく変貌し、陽和も雫やハジメの為に己の手を汚す覚悟はとうに済ませていた。

そんなことを話しながら、一行は階段に差し掛かり、順調に登っていき遂に階段を登りきり、登り切った崖の上には、陽和の言った通り三十人の帝国兵がいた。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがな。こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

周囲には大型の馬車数台と、野営跡が残っており、全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を構えていて上がってきた陽和達を見るなり驚いた表情を見せた。

だが、それも一瞬のこと。すぐに喜色を浮かべると、品定めでもするようにハウリア族へ視線を向けた。

 

「小隊長!白髪の兎人族もいますよ!隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますついてるな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ?こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つあってもいいでしょう?」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ〜。流石、小隊長‼︎話がわかる‼︎」

 

ハウリア族を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢を取ることもなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けており、女性達はその視線にただ怯えて震えるばかりだった。

 

それを見た陽和は心の中でふつふつと静かに怒りの炎が燃え始めていた。

 

そして、帝国兵達が勝手に騒ぐ中、ニヤついた笑みを浮かべた小隊長の男が、ようやく陽和達の存在に気づき近づく。

 

「あぁ?お前誰だ?兎人族……じゃあねぇよな?」

 

帝国兵の態度から平和的解決は無理だなと諦めながら、一応会話に応じた。

 

『ああ、人間だ』

 

聞こえた音声は陽和の声ではなく、幾分か低い男の声だ。変声機能はしっかりと働いているようだ。後ろでシア達が「えっ誰っ⁉︎」とびっくりしているが無視する。

 

「はぁ〜?何で人間が兎人族と一緒にいるんだ?しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か?情報掴んで追っかけたとか?そいつぁまた商魂たくましいねぇ。まぁいいや。そいつら皆、帝国で引き取るから置いていけ」

 

勝手に推測し勝手に結論づけた小隊長は、随分な上から目線な口調で陽和にそう命令したのだ。当然、陽和に従う理由などない。

 

『却下だ』

「……今、なんて言った?」

『却下と言ったんだ。後ろの兎人族達は俺のものだ。お前達には一人たりとも渡す気はない。俺との交渉は無駄だ。とっとと本国に帰って仕事に励むといい』

 

聞き間違いかと問い返し、帰ってきたのは傲慢な物言いだった。小隊長の額に青筋が浮かんだ。

 

「……おい、小僧。口の聞き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

『帝国の人間だろ?それぐらいは分かっているさ。むしろ、お前達の頭の方が心配だ』

 

必要以上に煽った陽和の言葉に、小隊長はスッと表情を消し、周囲の兵士達も剣呑な雰囲気で剣を抜き陽和を睨んでいる。しかし、陽和を観察するように視線を這わせていた小隊長は陽和の後ろにいるセレリアとユエの存在に気づくと下卑た笑みを浮かべる。

 

「あぁ〜、なるほど。よぉーくわかった。訳わかんねぇ仮面をしているテメェはただの世間知らずなクソガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってやつを教えてやるよ。ククっ、そっちの嬢ちゃん達もえらい別嬪じゃねぇか。テメェとそっちのガキの手足を削いだ後、俺達で犯して奴隷商に売りつけてやるよ」

『………そうか。ならー』

 

小隊長の言葉に陽和は少しの沈黙の後、口を開いて、

 

 

 

『———消えろ』

 

 

 

小隊長を真っ二つに斬り裂いた。

 

 





途中途中出てくるドライグが生きていた時代と現代を比較している描写に関しては、ありふれの零を読んでる人なら分かるはず。
分からなければ、ぜひ零をお読みください。
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