最近、ウマ娘にハマっています。推しウマ娘は『ナリタブライアン』です。かっこ可愛くないですか?……まあ、まだ引けてないんですけどね。……ピックアップ来てくれないかな。
「ぁ……ぇ………?」
一瞬で振り抜かれた“ヘスティア”。
それは常人の目には捉えられないほどの速度で振るわれており、小隊長の腰から左肩を斬り裂いた。小隊長の胴体には斜めの斬線が浮かび上がり、それに沿ってずるりと肉体が分たれ、奇怪な声をあげながら崩れ落ちる。ただし、血は噴き出しておらず、断面が焼けていたことから陽和が炎を纏わせて斬ったのだと分かる。
『『『ッッ⁉︎⁉︎』』』
一瞬にして小隊長が殺されたことに呆然としていた帝国兵士達に全く容赦のない追い討ちがかけられる。
ザザザンッッ‼︎
一瞬にして兵士達の前に陽和が肉薄し、無数の赤い軌跡が描かれた直後、六人の兵士がバラバラに斬り裂かれ崩れ落ちたのだ。
突然、小隊長含め七人の仲間が斬り刻まれるという異常事態に兵士達が半ばパニックになりながらも、接近した陽和から距離をとりながら武器を向けた。
中々に素早い行動に、人格はともかく実力は本物かと陽和は少し感心する。
「奴を殺せ‼︎」
「詠唱を始めろっ‼︎」
兵士の前衛が陽和を囲って、後衛が詠唱を開始する。だが、その気勢を嘲笑うかのようにドパァァンッ‼︎と銃声が響き五人の兵士が頭部を爆散させた。ハジメの援護だ。
何事かと振り向いた前衛が一瞬にして後衛が五人殺されたことに驚愕する中、陽和は“ヘスティア”に纏わせた炎の刃を伸張させて一閃。
赤い炎の軌跡が円を描き兵士を捉えた直後、陽和を囲んでいた前衛の兵士7名全員が腹部に横一文字に刻まれた傷口から炎を噴き出して程なくして炎に呑まれ焼け死んだのだ。
生き残りの後衛11人は前衛が一瞬で全滅したことに思わず詠唱が止まった。
そして、硬直する彼らに陽和は左腕を突き出して一言。
「“ファイアボルト”」
放たれるのは紅緋色の雷炎。それが10発。
それらは寸分違わずに後衛を狙い撃ち爆散させる。たった一人を残して帝国兵士は殲滅された。
最後の生き残りの兵士は、力を失ったように、その場に座り込んだ。
無理もない。ほんの一瞬で仲間達が殲滅されたのだから。彼らは決して弱い部隊ではない。むしろ、上位に勘定しても文句がないほどの精鋭だ。それがほぼ一瞬で殲滅。そんなの、タチの悪い夢としか思えないだろう。
恐怖に歯を震わせる彼の耳に、土を踏み締める音が聞こえる。ビクッと体を震わせて振り向けば、狐の仮面を被った陽和が彼の目の前に立っていて見下ろしていたのだ。
「ひぃ‼︎こ、来ないでくれっ‼︎し、死にたくない‼︎嫌だ、嫌だぁっ‼︎」
兵士は怯えに満ちた瞳を向けながら、命乞いをして這いずるように後ずさる。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れ出してしまっているほどだ。
陽和は冷酷な瞳でそれを見下ろすと、静かに口を開いた。
『俺が今から聞くことに嘘偽りなく答えろ』
「は、はいっ、なんでも話しますっ‼︎だから、殺さないでくださいっ‼︎」
陽和の有無を言わせない迫力に心が折られた彼は無様に命乞いを始める。
『他の兎人族はどうなった?百人以上は居たはずだ。既に帝国に移送済みか?』
百人規模の移送は時間がかかるはずだ。まだ手の届く範囲にいれば助けようと考えていたのだ。だが、兵士の口から出た答えは陽和を不快にするには十分だった。
「は、はいっ、ぜ、全員移送済みですっ‼︎人数は絞ったので、恐らくはもう帝国に……」
人数を絞った。それは、つまり老人などの売れない者は処分ー殺したということだろう。後ろで聞いていたシア達兎人族達は一様に悲痛な表情を浮かべた。
その様子をチラッと見た陽和は、すぐに視線を兵士に戻し“ヘスティア”を上に構えた。
それを見て殺されると理解した兵士は何度も頭を下げながら涙でぐしゃぐしゃになった顔を向けて命乞いをする。
「ま、待ってください‼︎他のことも話します‼︎なんでも話します‼︎だから‼︎」
必死に懇願する兵士に、陽和は冷酷な声音ではっきりと告げた。
『必要ない。お前達の存在自体が不快だ。だから、俺の前から消えろ』
「ひっ、まっー」
兵士の懇願も虚しく、陽和は“ヘスティア”から炎を噴き出しながら迷いなく振り下ろす。
紅蓮の炎が兵士を呑み込み、しばらくして炎が晴れた後現れたのは、真っ黒に焼け焦げて半ば炭化し崩れかけている兵士の死骸だった。
惨い光景に兎人族達は息を呑む。あまりの容赦のなさに完全に引いているようであり、その瞳には先ほどの竜化した陽和に向けていたのと同じ恐怖が宿っていた。それはシアも同じだったらしく、おずおずと震える声で陽和に尋ねた。
「あ、あの、さっきの人は、見逃してあげても、良かったのでは………」
『何を言ってるんだ?お前は』
低い声音で面の奥から覗く翡翠の眼光にシアが怯む。自分達の同胞を殺し、奴隷にしようとした相手にも慈悲を持つようで、兎人族とはとことん温厚というか平和主義のようだ。
そのあまりの生温さに変声機能を解除した陽和は呆れが多分に含まれた声音で答える。
「誰かを殺そうとするのなら、誰かに殺されることも覚悟しておくべきだ。一度剣を抜けば、敵を倒し殺すまで剣を納めてはならない。一度剣を抜いたものが、敵が強いからと見逃してもらう?巫山戯るな。剣を抜いたのなら、最後までその意志を貫き通せ。それが出来ない腰抜けに剣を振るう資格はない」
「そ、それは、で、でも………」
「…………そもそも、なぜお前達が陽和にそんな目を向けている?守られるだけのお前達が、守った陽和にそんな目を向けるな」
『その通りだな。何も出来なかった者が守った者にそのような目を向けるのは、守った者に対する侮辱だ』
前に進み出てシア達に振り向いたセレリアがそう言って、続いてドライグもシア達にも聞こえるようにそう言ったのだ。
彼女達は怒っていたのだ。守られるだけだったシア達が、陽和に負の感情を向けた事に。ドライグも相棒を侮辱された事に怒り、態々声を出したのだ。
全くの正論を叩きつけられて、シア達はばつが悪そうな表情を浮かべた。
「ハルト殿。申し訳ない。別に、貴方に含むところがあるわけではないのだ。ただ、こういう争いに、我らは慣れておらんのでな……少々、驚いただけなのだ」
「ハルトさん、すみません」
「いや、気にしなくていい」
代表してカムとシアが陽和に謝罪するも、陽和は短くそう返しただけだった。
「ハジメ、馬車を見てこい。問題がなければ、あれで樹海まで行くぞ。俺はここの死体を片付ける」
「あいよ。任せたわ」
そうしてハジメがユエやハウリア族達を引き連れて馬者の方へと移動する。陽和は無惨に散らばる死体へと視線を移すと徐に手を翳して炎で全て包み込む。死体を焼却処分しようというわけだ。肉体だけでなく服や鎧すらも超高熱の炎によって瞬く間に灰へと変えられていく。
紅蓮の炎が死体を呑み込み焼き尽くす中、燃え盛る炎の光に仮面を照らしながら無言で佇む陽和に、唯一残ったセレリアが声をかけた。
「………陽和、大丈夫か?」
「何がだ?」
「人を殺した事だ。初めてだったんだろう?」
「………」
セレリアの言葉に陽和は沈黙する。
確かに彼女のいう通り人を殺したのは先程のが初めてだ。いくら覚悟ができていたとしても、なんらか思うところはあるかもしれない。彼女はそんな陽和の心情を慮って尋ねたのだ。
「………あぁ、まぁな、俺は今日初めて人を殺した」
「…………」
「……俺としてはもう少し動揺すると思ってたんだがな、思ったよりも動揺は小さかった。これなら、教会の人間と戦うにしても問題はないだろう」
世界を敵に回して戦う覚悟は済ませた。
しかし、いざそういう場面に直面したときに、果たしてその覚悟が揺らいでしまわないかという懸念もあったのだ。
だからこそ、今回の一件はちょうど良かった。自分が人を殺せるかどうかを試せる絶好の機会だったのだ。
「………陽和」
淡々と告げる陽和にセレリアは少し辛そうな表情を浮かべながら、彼の着物の裾をキュッと掴むと震える声で言った。
「……辛かったら抱え込まないで言ってくれ。私は、お前の味方だから、何があってもずっと支える」
「……ああ、ありがとうな」
セレリアに感謝の言葉を伝え、優しく彼女の頭を撫でる陽和にドライグも神妙な声音で声をかける。
『……相棒、この際だからはっきり言うが、人を殺す事に慣れるなよ?殺す事に慣れてしまったら、相棒はきっと相棒ではいられなくなる。心が変わってしまう。俺は、相棒のそんな姿は見たくない。どうか命の尊さを忘れないでほしい』
ドライグの忠告に陽和は狐面の下で表情を綻ばせた。
「……勿論だ。ただ、もしも俺が俺でなくなった時は、その時はお前達が止めてくれないか?」
『ああ、無論だ。ぶん殴ってでも止めてやる』
「私も約束する。お前を殺人鬼にはさせない」
「ああ、ありがとう」
かけがえのない相棒と仲間からの言葉に陽和は狐面の下で笑いながら礼を言う。そして、ちょうど死体の焼却が終わりハジメ達の方に振り向けば、シュタイフを馬車に連結させているところだった。
「あっちも準備が終わったみたいだ。行くぞ」
「ああ」
陽和とセレリアは短く言葉を交わすとハジメ達の方に歩いて行った。
▼△▼△▼△
一行は樹海へと進路をとった。
ハジメがシュタイフで馬車を連結し牽引していき、馬車の左右を馬に乗った兎人族達が並走している。
これから向かう場所である【ハルツィナ樹海】は七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国【フェアベルゲン】を抱えている。少しずつ樹海の輪郭が大きくなっていくので近づいているのがよくわかった。
シュタイフにはハジメの腕の中にすっぽりと納まるようにユエが乗っており、ハジメの後ろにはシアが乗っている。当初、シアには馬車に乗るように言ったのだが、断固として拒否。ユエが何度叩き落としてもゾンビのように起き上がりヒシッとしがみつくので、ユエの方が根負けしたのだ。
そして、陽和とセレリアはと言うと馬車の屋根に乗っており陽和は腕を組んで寝転んでおり、セレリアは屋根の淵に腰掛けて脚をぶらぶらとしていた。
まだ樹海に着くまで時間がかかる為、馬車の上でのんびりとくつろぐ陽和達にシアが声をかける。
「あ、あの!皆さんのこと、教えてくれませんか?」
「?俺たちのことは話したろ?」
「いえ、能力とかそう言うことではなくて、なぜ、奈落?と言う場所にいたのかとか、旅の目的ってなんなのかとか、今まで何をしていたのかとか、皆さんのことが知りたいです」
「……聞いてどうするの?」
「どうすると言うわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族にはたくさん迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆は迷惑なんかじゃないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみ出し者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。皆さんに出会って、私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみ出しものなんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、そのもっと皆さんのことを知りたいといいますか……なんと言いますか……」
シアは話の途中で恥ずかしくなってきたのか、次第に小声になってハジメの背に隠れるように身を縮こまらせた。シアの様子にハジメはなんとも言えない表情になった。
確かに、この世界で、魔物と同じ体質を持った存在など受け入れ難い存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。……最も、ハジメやユエの側が、シアに対して直ちに仲間意識を持つわけではないが。
とはいえ、特段隠すことでもないので自分とユエの経緯は語ってもいいのだが、馬車の上に座る二人は曰く付きで追われる者達だ。いくら亜人族、それも兎人族とはいえ話してもいいのかと思ったのだ。
だから、ハジメは陽和達に振り向いて尋ねた。
「おい、陽和、セレリア、俺らのことについては話してもいいと思うが、お前らはどうなんだ?」
ハジメの言葉に若干寝入っていたのか陽和が少し気だるげにしながら答える。
「ん〜〜、まぁ良いんじゃねぇか?俺が敵対してるのは人間族だからなー。人間族に俺の正体がバレなきゃなんでも良い。まぁ、口外しないようにしてくれるのが一番良いんだがなぁ。セレリアはどうなんだ?お前の話は割と重いだろ?」
「一番重い事情を抱えてるお前にだけは言われたくないな。私も別に隠すようなことでもない。お前が良いなら、私も話して構わんさ」
「だってよ〜」
軽い感じで二人から許可を得たハジメは改めてシアへと向き直りはっきりと言った。
「言っとくが、あんまり聞いてて気分のいい話じゃないぞ?陽和のなんかは特にだ。それでも聞くか?」
「は、はいっ、知りたいです」
それでもなお聞く姿勢をやめないシアにハジメとユエ、セレリア、陽和はこれまでの経緯や境遇を順に語り始めた。その結果……
「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ〜、皆さんがわいぞうですぅ〜。そ、それに比べたら、私はなんで恵まれて……うぅ〜、自分が情けないですぅ〜」
大号泣した。
滂沱の涙を流しながら『私は甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いて、さりげなく、ハジメの外套で顔を拭いていた。どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、陽和達四人とも自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔をしていた自分が情けなくなったらしい。しばらくメソメソしていたシアだったが、突然、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。
「皆さん‼︎私、決めました‼︎皆さんの旅についていきます‼︎これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます‼︎遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった五人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう」
「いらん」
「やめとけ」
勝手に盛り上がっているシアに、ハジメと陽和が即却下した。
「辛辣ぅ⁉︎な、なんでですかぁっ⁉︎」
「現在進行形で守られている脆弱ウサギが何言ってんだよ。完全に足手纏いにしかならねぇ。……つぅか、単純に旅の仲間が欲しいだけだろう?」
「ッッ⁉︎⁉︎」
ハジメの言葉に、シアの体がビクッと跳ねる。どうやら、図星のようだ。
「やっぱりか。お前、一族の安全がひとまず確保できたら、あいつらから離れる気なんだろ。そこにうまい具合に“同類”の俺らが現れたから、これ幸いに一緒に行くってか?そんな珍しい髪色の兎人族なんて、一人旅できるとは思えないしな」
「……あの、それは、それだけでは……私は本当に皆さんを……」
しどろもどろになるシア。ハジメの言う通り、シアはなんとしてでもハジメ達の協力を得て一族の安全を確保したら、家族の元を離れると言う決意をしていたのだ。
自分がいる限り、家族は常に危険にさらされる。今回多くの家族を失ったが運良くハジメ達に助けられた。しかし、次も同じことがあるとは限らない。次は本当に全滅するかもしれない。それだけ、シアには耐えられそうになかった。
最悪、一人でも旅に出るつもりだった。だが、心配性の家族のことだ。追ってくる可能性が高い。だが、圧倒的強者であるハジメ達についていくと言えば、きっと家族も納得してくれると考えたのだ。見た目に反して、シアは必死に思考を巡らせていたのだ。
勿論、シア自身がハジメ達に強い興味を惹かれているというのも事実。“同類”であるハジメ達に、シアは理屈を変えた強い仲間意識を感じていたのだ。まさに、ハジメ達との出会いは運命的だった。
「シア、悪いことは言わないから考え直したほうがいい。俺達は各々の願いのために大迷宮の攻略を目的として旅をしている。大迷宮は生半可な者じゃ生きていけない程に過酷だ。そんな危険な旅に簡単に死ぬような奴を連れていくことはできない。お前の言いたいこともわかるが、それでももう一度よく考え直したほうがいい」
「…………」
陽和の優しくも容赦のない言葉にシアは落ち込んだように黙り込んでしまった。陽和の言葉に他の三人が異論を唱えないことがさらに追い打ちをかけた。
シアは、それからの道中、大人しくシュタイフの座席に座りながら、何かを考え込むように難しい表情をしていた。
それから数時間して、ついに一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないが一度中に入るとすぐさま霧に覆われるらしい。
「それでは皆さん、中に入ったら決して我等から離れないでください。四人を中心にして進みますが、万が一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下でよろしいのですな?」
「ああ、ドライグ曰く、大樹の中に大迷宮があるらしいからな」
カムと陽和が言う“大樹”とは【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹のことで亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として近付くものは滅多にいないらしい。
ハジメやユエは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮と考えていたが、ドライグによりそれは否定される。ドライグ曰くこの樹海にある大迷宮は解放者の一人『リューティリス・ハルツィナ』という森人族の女性が大樹ウーア・アルトの中に作ったらしい。
カムは陽和の言葉に頷くと、周囲のハウリア族に合図をして陽和達の周りを固める。
「では、皆さんできる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づく者はおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」
「承知している。俺達はある程度、隠密行動が可能だから気にするな」
そして、陽和達は各々の方法で気配を薄くする。しかし、その中でも陽和のソレは常軌を逸していた。
「ッッ⁉︎これは、また……そのハジメ殿、セレリア殿、できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?あと、ハルト殿はすみませんが、一度隠密を解いてもらえないでしょうか?情けない話、貴方の気配が全く掴めなくなってしまいまして……」
「ん?ああ、すまん。……うん、こんなものでいいか?」
「はい。ありがとうございます。いやはや、全く、見事としか言いようがありませんな。まさか、我々が完全に見失うことになるとは」
元々、兎人族達さは全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと同レベルなのだから、その精度は凄まじい。
だが、ハジメの“気配遮断”の技能や、セレリアの野生の本能による隠密は更にその上を行き、陽和に至ってはその二人すら超えている。
樹海の中では兎人族の索敵能力を持ってしても見失いかねない、あるいは見失う程に高レベルなものだった。
カムは、自分達の唯一の強みをあっさりと凌駕され苦笑いを浮かべ、シアは彼らとの実力差を改めて痛感して複雑な表情を浮かべていた。
「それでは、行きましょうか」
カムの号令と共に一行は樹海へと踏み込む。
しばらく、道ならぬ道を突き進むが、直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなく、現在位置も方角も完全に把握しているようだ。
そして、それは———陽和とセレリアも同じだった。
(……自分のいる場所が把握できているな)
(……奇妙だな。私も何となく道がわかるぞ?)
陽和とセレリアが霧の中を進んでも自分達の居場所だけでなく周囲の状況を把握できていることに密かに驚いていた。
だが、考えてみれば実に単純なこと。彼らは獣の性質を有しているからだ。
陽和は竜人として転生したことで竜の特性を、セレリアは狼の魔物の魔石を移植されたことで魔狼の特性を、それぞれ獲得している。純粋な亜人ではないが、獣の特性を有していることで彼らは亜人族と同じように樹海の霧の中でも正確に現在地も方角も把握できているのだ。
そうして、順調に進んでいると突然カム達が立ち止まり、周囲を警戒し始める。魔物の気配だ。当然、陽和達も感知していた。
樹海に入るにあたって、貸し与えたナイフ類を構えるハウリア族達。彼らは、本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだが、今回はそう言うわけにはいかなかった。皆、一様に緊張の表情を浮かべていた。
だが、陽和が徐に指をパチンッと鳴らし一言呟く。
「“緋槍”」
魔法名と共に放たれるは10数本の炎の槍。それが霧の中を真っ直ぐに突き進み、その先にいる魔物達を寸分違わずに狙い打つ。
「「「「キィィイイイ⁉︎⁉︎」」」」」
霧の奥から突き刺すような音と何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえてきた。しばらく悶絶するような悲鳴が響いたが、パタリと音が途絶え同時に気配も消失した。死んだと言うことだろう。
「魔物は片付けた。進んでくれ」
「え、あ、はい。わかりました」
陽和の言葉に呆気に取られていたカムがあわてて頷きながら先導を再開する。そのあとも、ちょくちょく魔物の襲撃にあうものの陽和達が静かにサクッと片付けていった。
樹海の魔物は一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、オルクス大迷宮の魔物達を攻略した彼らには、何の問題もなかった。
しかし、数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれた。
数も殺気も、連携の練度も、今まで魔物とは比べ物にならない。
忙しなくウサミミを動かしていたカム達が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、シアに至ってはその顔を青ざめさせていた。なぜなら、彼らが感じた気配の正体とは………
「お前達……何故人間といる‼︎種族と族名を名乗れ‼︎」
虎模様の耳と尻尾をつけた筋骨隆々の亜人ー虎人族だった。
樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている有り得ない光景に、虎人はカム達へ裏切り者を見るような眼差しを向け、両刃の剣をむけていた。周囲からも大勢気配を感じることから、数十名の亜人が陽和達を囲っている。
「あ、あの私達は………」
カムが何とか誤魔化そうと弁明を試みるも、その前に虎人がシアの存在に気づき目を大きく見開いた。
「白い髪の兎人族……だと?貴様ら、報告にあったハウリア族か。亜人族の面汚し共めっ。長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとはっ。反逆罪だ‼︎もはや弁明など聞く必要もない‼︎全員、この場で処刑する‼︎総員かかっ——」
ドガァンッ‼︎ドパンッッ‼︎
虎人が問答無用で攻撃命令を下した瞬間、陽和とハジメの腕が同時に跳ね上がり、雷鳴と銃声と共に二条の閃光が彼の頬と肩を掠めて背後の木を吹き飛ばした。
理解不能な攻撃に凍り付く虎人の頬に擦過傷が、肩には小さな火傷が出来る。あまりに一瞬の出来事に誰もが硬直していた。
そして、その音の主の方に目線だけを動かして見れば、そこには左腕を前に突き出し緋色の雷を迸らせる陽和と“ドンナー”を構えるハジメの姿があった。
直後、とてつもない威圧を秘めた陽和の声が響く。
「言っておくが、抵抗しないことをお勧めする。すでに、周囲にいる者も含めて全て把握している。そして、俺達はお前達を一瞬で殺せる手段を持っている。死にたくなければ、大人しくしろ」
「な、なっ、詠唱がっ」
詠唱もなく、知覚外の速度で強烈な攻撃を放てる上に、味方の場所を把握していると告げられ虎人は思わず吃る。
そんな彼に陽和は指をパチンと鳴らし、自身の頭上に雷炎の塊を数十発一瞬で展開しながら告げる。
「抵抗したければ好きにしろ。だが、抵抗した瞬間、上のコレがお前らに降り注ぐ。一人も生き残れると思うなよ?」
威圧だけでなく殺気すらも放ち陽和は見せつけるように言った。お前達などいつでも殺せる、だから無駄な抵抗はするなと。
有無を言わさない迫力に、虎人は冷や汗を大量に流しながら、下手をすれば発狂してしまいそうな自分を必死に抑え込んでいた。
(冗談だろ⁉︎こんな、こんなのが人間なのか⁉︎まるっきり、化け物じゃないか⁉︎)
内心で盛大に喚く虎人に、陽和は“ファイアボルト”を頭上に展開したまま言葉を続けた。
「ただし、退くのなら命は奪わない。任務を優先するか。命を優先するか。好きな方を選べ」
「……っっ」
虎人はついに確信する。攻撃命令を下した瞬間が、自分達の死ぬ時だと。あの炎雷の塊からは逃れる術は無いのだと思い知らされた。
彼は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だ。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守ると言うこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、そう易々と引くことなどできなかった。
だから、彼は必死に掠れそうな声で陽和に、尋ねた。
「……その前に、一つ聞きたい」
「言ってみろ」
「……何が目的だ?」
端的な質問だが、質問次第では身命すら賭す覚悟があると言外に込めた覚悟の質問。
彼は、同胞を傷つけるつもりなら、自分達は決してひかないという不退転の意志をその瞳に宿していた。
その命を賭けた質問に陽和もまた端的に答えた。
「大樹ウーア・アルトにある七大迷宮の攻略」
「…………何だと?」
てっきり亜人を奴隷にするため等の自分達を害する目的かと思えば神聖視されている大樹に目的があり、あろうことかその中に大迷宮があると言っているのだ。
彼の言葉に虎人は明らかに戸惑う。
「何を言ってる?七大迷宮とはこの樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰ることも叶わない天然の迷宮だ。大樹の中にあるわけがない」
「いいや、それがあるんだよ」
「何だと?」
はっきりと確信を持った陽和の言葉に虎人は訝しそうに問い返す。
「ドライグ曰く、ここの大迷宮はリューティリスが大樹の中に造ったらしい。それに、樹海の魔物はお世辞にも強いとは言えない」
「どういう、ことだ?」
「大迷宮というのは、“解放者”達が残した試練だ。試練のはずなのに、ここの魔物達は弱すぎる。それに亜人が簡単に深部へ行けると言うのもおかしな話だろう?」
「……………」
陽和の言葉に虎人は明らかに困惑する。
陽和の言っていることが何一つとしてわからないからだ。
(解放者?試練?さっきから何を言ってるんだこの男はっ⁉︎だが………)
虎人は気づいていた。普通なら戯言と切って捨てるだろう聞き覚えのないことだが、彼の様子と確信に満ちた言葉から、それが、嘘だとは断定できなかった。それに、同胞やフェアベルゲンを害する気がないのなら、部下の命を無意味に散らすのではなく、さっさと目的を果たさせて立ち去ってもらったほうがいいに決まっている。
虎人はそこまで瞬時に判断するも、一警備隊隊長である自分の一存では手に余ると判断し、陽和に提案した。
「‥‥…お前が国や同胞に危害を加えないと言うのなら、大樹のもとへ行くくらいは構わないと、私は判断する。部下の命を無意味に散らすわけにはいかないからな」
「隊長っ、それではっ……」
虎人の言葉に周囲の亜人達が動揺し、そばにいた部下らしき虎人が思わず声を上げていた。
侵入してきた人間族を見逃すと言うのだから、動揺するのも無理はないだろう。
「だが、一警備隊隊長の私如きが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方がおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないと言うのなら、伝来を見逃し、私達とこの場で待機しろ」
冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨みつけてくる虎人の言葉に陽和は、仮面の下でほくそ笑んだ。
樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑される為、本来なら陽和達もそうなるはずだった。だが、そうすれば部下の命は確実に失う為に、それを避ける為や最大限譲歩した提案だった。
陽和はその提案に満足げに頷いた。
「理性的な判断、感謝しよう。ただし、先ほどの言葉を一言一句間違えずに伝えろよ?」
「無論だ。ザム!聞こえていたな‼︎長老方に余さず伝えろ‼︎」
「了解‼︎」
虎人の言葉と共に、一つの気配が急速に遠ざかっていく。それを確認すると陽和は“ファイアボルト”を解除し、殺気も解いた。
一気に弛緩した空気に、背後ではハウリア族達が安堵すると共に、あっさりと警戒を解いた陽和達に訝しげな視線を向ける虎人。しかし、その中には今なら殺れると臨戦態勢に入りかけた亜人もいた。そんな彼らに陽和が左腕を掲げながら告げる。
「言ったはずだぞ。一瞬で殺せると」
「…‥わかっている。だが、下手な動きはしないでくれ、我らも動かざるを得なくなる」
「ああ」
包囲は解かれなかったものの、ひと段落ついた事にカム達は安堵から座り込む。だが、周囲の亜人達が彼らに向ける視線は、陽和に向けられるものよりも数段厳しいものがあり、居心地は相当悪そうであった。
▼△▼△▼△
虎人の部下が長老達に伝えに行ってからしばらく重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、雰囲気に飽きたユエがハジメにちょっかいを出してイチャイチャしたり、そこにシアも参加してユエに返り討ちされたり、それを見た陽和やセレリアが呆れてため息をついたりと場違いなことをして、1時間が経過した頃、急速に複数の気配が近づいてきた。
霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。
彼らの中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼。その身は細く、吹けば飛んでいきそうな軽さを感じさせる。だが、その威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。なにより、最も特徴的なのが、尖った長耳だ。つまり、彼は森人族ということだ。
陽和はその佇まいから、すぐに彼が長老の一人だと理解した。
「ふむ。お前さんらが問題の人間族かね?名は何という?」
「紅咲陽和です。貴方は?」
先程とは違い丁寧な言葉遣いの陽和に、森人族の男性も名乗り返した。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“リューティリス・ハルツィナ”と“解放者”。その名と言葉を、どこで知った?」
アルフレリックの問いかけに陽和は狐面を外し姿を顕にし、森人族とはまた違う尖った耳と縦に割れた竜眼を晒した。
「その前にひとつ訂正を。今の俺は元人間の竜人です」
「……確かにそのようだな。しかし、元人間とはどう言うことかね?」
当然の疑問が浮かんだアルフレリックに、陽和は最初の質問の返答も踏まえて答える。
「オルクス大迷宮の奈落に眠る赤竜帝ドライグから力を受け継ぎ、竜人に転生したからです。そして、なぜ俺がリューティリス・ハルツィナの名と解放者という言葉を知っているというと、俺の中に宿るドライグから直接話を聞き、またオルクス大迷宮を攻略し、解放者の一人オスカー・オルクスの隠れ家に辿り着いたからですよ」
そうして陽和は左腕を変化させて、籠手の宝玉に赤竜帝の紋様を浮かばせる。
亜人達が陽和の変化に驚く中、アルフレリックは別の意味で驚愕を隠しきれずに目を見開いた。
なぜなら、解放者という単語とリューティリス・ハルツィナとオスカー・オルクスが解放者であることは、長老達と極僅かな側近しか知らないことだからだ。
そして、赤竜帝の力の継承に関しても同様だ。アルフレリックは気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。
「………その紋様、確かにお前さんはあの赤竜帝の後継者のようだな。ということは、お前さんの中には、かの帝王がいるということなのか?」
「その通りです。ドライグ」
『ああ。さて、森人族の長よ。名はアルフレリックと言ったな。我が名はドライグ。かつて貴様と同じ森人族のリューティリスや他の解放者達と共に神と戦った赤き竜の帝王だ』
宝玉が点滅して響く威厳に満ちたドライグの声に、亜人達が再び驚愕する中、アルフレリックは納得するように頷くと恭しく頭を下げる。
「赤竜帝ドライグ殿。お初にお目にかかる。こうして貴殿に出会えたこと、光栄に思う」
『別に構わん。大方、リューティリスが残した口伝に丁重に扱うようにでも記されていたのだろう?』
「左様。もしも、貴殿を宿す後継者が現れたのならば、敬意をもって丁重にもてなせと記されておりましたので」
『そうか。奴らしいな』
敬意を感じられるアルフレリックの態度にハウリア族も含めた周囲の亜人達が揃って驚愕の表情を浮かべた。まさか、長老の一人がここまで下手に出る姿を見る日が来ようとは思わなかったからだ。
「取り敢えずは、フェアベルゲンにお越しくだされ。もちろん、ハウリアも一緒に構いませぬ」
『ッッ⁉︎』
アルフレリックの言葉に亜人達は何度目かわからない驚愕の表情を浮かべる。そして、虎人を筆頭に抗議の声が上がる。当然だ。これまでに一度もフェアベルゲンに、人間が招かれることなど無かったのだから。
「赤竜帝殿をはじめ彼等は客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座についた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情と有無を言わせない口調で周囲の亜人達を宥めた。だが、ハジメが抗議の声を上げた。
「おい待て。何勝手に俺達の予定を決めてるんだ?俺達は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらうぞ」
「いやお前さん、それは無理だ」
「何だと?」
あくまで邪魔する気か?と身構えたハジメに、陽和が片腕を上げて制止する。
「待て、ハジメ。お前が思ってるようなことじゃない。ちゃんと理由があるはずだ」
「じゃあ、どういうことだ?」
陽和の言葉に怪訝そうにするハジメに、陽和の視線で促されたアルフレリックが引き継いで答えた。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹のもとへ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」
アルフレリックは「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメを見た後、案内役のカムを見た。聞かされた事実に陽和とハジメが揃ってカムへと視線を向ける。すると、カムは………
「あっ」
まさに、今思い出したという表情を浮かべたのだ。ハジメの額に青筋が浮かぶ。
「おい、カム」
「あっ、いや、そのなんといいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」
しどろもどろになって必死に言い訳をするカムだったが、次第にハジメ、ユエ、セレリアの三人からのジト目と圧に耐えられずに逆ギレし出した。
「ええい、シア、それにお前達も‼︎なぜ、途中で教えてくれなかったのだ‼︎お前達も周期のことは知っているだろ‼︎」
「なっ、父様、逆ギレですかっ!私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」
「そうですよ、僕達も、あれ?おかしいな?とは思ったけど、族長があまりにも自信たっぷりだったから、僕達の勘違いかなって……」
「族長、何だかやたらと張り切ってたから……」
逆ギレするカムに、シアがさらに逆ギレし他の兎人族達も目を逸らしながら、さりげなく責任をなすり付ける。何と醜い争いだろうか。
「お、お前達!それでも家族か‼︎これは、あれだ、そう!連帯責任だ‼︎連帯責任‼︎ハルト殿‼︎ハジメ殿‼︎罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします‼︎」
「あっ、汚い‼︎父様汚いですよぉ‼︎一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてェ‼︎」
「族長‼︎私達まで巻き込まないでください‼︎」
「バカモン‼︎ハルト殿なら許してくれそうだが、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう‼︎一人で罰を受けるなんて絶対に嫌だ‼︎」
「あんた、それでも族長ですか‼︎」
情の深さがどこにいったのやら。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任をなすりつけあう醜い闘争を繰り広げていた。実に、残念なウサギ達である。
これには、流石の陽和も呆れたような視線を向けており、青筋を浮かべたハジメを止めようともしない。セレリアも露骨なため息をついていた。そして、ハジメが一言、ポツリと呟く。
「………ユエ」
「ん」
ハジメの一言に一歩前に出たユエがスッと右手を掲げた。明らかな処刑宣告にハウリア達の表情が引き攣る。
「まっ、待ってください、ユエさん‼︎やるなら父様だけを‼︎」
「はっはっは、いつまでもみんな一緒だ‼︎」
「何が一緒だっ、ふざけんな‼︎」
「ユエ殿、族長だけにしてくださいっ‼︎」
「僕は悪くない、僕は悪くない。悪いのは族長なんだ‼︎」
喧々囂々に騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かにつぶやいた。
「———“嵐帝”」
『アッ———!!!』
突如発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天高く舞い上がるウサミミ達。
樹海に彼らの悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなく、むしろ陽和達と同じように呆れた表情で天を仰いでいた。
ハウリア族がいかに残念な存在かが、よくわかることだろう。
死屍累々と言った様子で地面に横たわりピクピクと痙攣している哀れなハウリア族達を、ハジメが、容赦なくゴム弾で叩き起こすという鬼畜の所業を行ったが、ここでも陽和のストップは入らなかった。
何とも言えない表情を浮かべた陽和がアルフレリックに視線を向ければ、アルフレリックは一つ頷き虎人ギルに視線で合図を送る。
ギルはどこか疲れた様子でため息をつくと、一行を先導して濃霧の中を歩きはじめた。
そうして歩くこと、一時間。突然、霧が晴れた場所に出た。
晴れたと言っても文字通りのではなく、一本道ができた霧のトンネルのような感じだ。
よく見れば、道の端には誘導灯を連想させる青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分ほど埋め込まれており、そこを境界に霧が晴れていたのだ。陽和達が何となくその結晶に注目していると、アルフレリックが解説する。
「あれはフェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲン周辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は“比較的”という程度だが」
「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらいは霧は晴らしたいよな」
ハジメが頷く。確かに自分が住む場所にも霧があったら、いくら場所の把握ができるとは言え鬱陶しいこと仕方ない。
場所の把握ができないハジメやユエなら尚更のことだろう。
そうこうしているうちに、眼前に巨大な門が見えてきた。
【フェアベルゲン】の門だろう。
太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、そこに木製の10mはある両開きの扉が鎮座している。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも30mはありそうだ。亜人の“国”というに相応しい威容を感じる。
陽和もこれには流石に驚いた。
(すごいな。天然の樹が壁を作っているのか……)
日本、いや、地球上どこを探しても絶対に見れない光景に陽和が驚く中、ドライグが捕捉するように密かに呟く。
『……いや。これは天然ではない。人工的に作られたものだ』
(は?こんな大樹をか?いくら魔法があるとは言え、こんなこと出来るはずが……)
『可能なんだよ。ある方法を持って大樹に干渉することで、ある程度樹海を操作することが可能なのだ』
(樹海を操作って……おいおい、マジかよ……)
これほどの規模の樹海を操作など、一体どんな魔法を使ったのだろうかと陽和は疑問に思う。
なんにせよ、とてつもない大魔法なのかもしれないと考えた時、ドライグがそれを否定した。
『………いや、これは魔法ではないんだ』
(じゃあ、何なんだ?)
『……話すと長くなる。詳しい話はまた後でだ。ほら、扉が開くぞ』
一瞬言い淀んだドライグを訝しむも、彼のいう通り陽和の眼前ではゴゴゴと重そうな音を立てて門がわずかに開いた。同時に、陽和達に視線が突き刺さる。人間が招かれていることに動揺を隠せないようだ。
長老であるアルフレリックや警備隊隊長のギルがいなければ一悶着あったのは想像するに難くない。
そして、門を潜ると、その先はまさに、別世界だった。
眼前に広がった光景に陽和達は圧倒される。
「おぉ……」
「「………!」」
「これはまた……」
人は本当に感動すると碌な言葉が出ないとはまさにこの事。それほどまでに、広がった景色は壮大だったのだ。
直径数十m級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの灯りが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。見上げれば、人が優に数十人規模で渡り歩けるだろうという極太の樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。
樹の蔓と重り、滑車を利用したエレベーターのような物や樹の間を縫うように設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも20階建てのビルくらいありそうだ。
陽和達が揃いも揃って、その美しい街並みに見惚れていると、ゴホンっと咳払いが聞こえた。
慌てて見れば、アルフレリックが嬉しげにこちらを見ていた。どうやら自分達は気がつかないうち立ち止まっていたらしい。
「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」
アルフレリックだけでなく周囲の亜人達もどこか得意げな表情を浮かべていた。陽和達はそんな彼らの様子を見つつ、素直に称賛を口にした。
「見事としか言いようがありません。まさか、ここまで幻想的な街が存在するとは……」
「ああ、こんな綺麗な町を見たのは初めてだ。空気もうまい、自然と調和した見事な町だな」
「……綺麗」
「本当にな。素晴らしい光景だ」
まさか、そこまで褒められるとは思っていなかったのか、亜人達は少し驚いていた。
とはいえ、故郷をほめられるのは嬉しいのか、皆、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。
『……懐かしいな。かつて俺が見た共和国の景色もこんな感じだった。自然と共に生きる獣人の国。多少の差異はあれど、やはりここの景色は格別だな。世界中を探しても、これに比肩する絶景はそうはないだろう』
「それは、光栄ですな」
ドライグも昔を懐かしんでそう称賛し、アルフレリックは得意げに笑った。
そうして陽和達は住人達の好奇と忌避、あるいは困惑や憎悪といった様々な視線を気にした様子もなく、フェアベルゲンの心躍る街並みを存分に楽しみながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。
陽和が(……)でドライグと会話しているときは、基本心の中で会話していることになります。一応の補足です。