竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回もわりとありふれ零要素多めですね。零読んでないと、わからないところがちらほらとあります。


22話 帝王の怒り

 

「………なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

アルフレリックに会談の場へと案内された陽和達は現在、アルフレリックと向かい合って話をしていた。主な話をしているのは陽和だ。

内容は、“解放者”のことや“神代魔法”のこと、自分達が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないことなど。そして、赤竜帝に関することだ。

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。

何故なのかというと、既にアルフレリックとて「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」と現状を理解していたからだ。

聖教教会の権威もないこの場所では信仰心なんてあるはずもなく、あるのは自然への感謝の念だ。

 

話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座についた者に伝えられる掟を話した。

 

それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたら、それがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことというなんとも抽象的な口伝だった。

 

そして、口伝には続きがあり、もしも、赤竜帝ドライグの力を受け継いだ者が現れたのならば、その者には敬意を以て丁重にもてなせ。かの者こそ、我らの盟友誇り高き竜の帝王ドライグが認めし、世界に抗う最後の英雄であるという『竜継士』、次代の赤竜帝に対する口伝も残されていたのだ。

 

これを残したのは、【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創設者リューティリス・ハルツィナだ。彼女が自分が“解放者”という存在であること(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲン創立以前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を超えた者の実力がとてつもないことを知っているからこその忠告だ。

そして、陽和が見せた赤竜帝の紋様にアルフレリックが反応したのは、大樹の根本に七つの紋章と竜の紋様が刻まれた石板があるからだそうだ。

 

「………それで、俺達はここに招かれたというわけですか…」

 

アルフレリックの説明により、自分達がこのフェアベルゲンに招き入れられた理由が分かり、陽和は納得を示す。ただし、全ての亜人がそんな事情を知るはずもないので、今後の話をしようとした時、なにやら階下が騒がしくなった。

陽和達のいる場所は最上階に当たり、階下にはシア達ハウリアが待機しているはずだ。

どうやら、彼女達が誰かと争っているらしい。陽和とアルフレリックは顔を見合わせて同時に立ち上がると、階下へと下りる。

降りて部屋を見れば、そこには大柄な熊人、虎人、狐人、背中から翼を生やした翼人、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき土人が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていたのだ。

部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。二人とも頬が腫れており、既に殴られたのだと分かった。

アルフレリック達が降りてくると、彼らは一斉に鋭い視線を向け、熊人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど…‥返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

拳を握りしめるわなわなと震わせるほどに激情に満ちている熊人。不倶戴天の敵である人間族だけでなく、忌み子とハウリア族まで招き入れたことに、非難するように全員がアルフレリックを睨みつけていた。

しかし、アルフレリックはそんな視線をどこ吹く風と言った様子で受け流しながら淡々と答えた。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「なにが口伝だ‼︎そんなもの眉唾物ではないか‼︎フェアベルゲン建国以来、ただの一度とて実行されたことなどないではないか‼︎」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、そこの小僧が()()()()()()()()()()()()()()の後継者だとでもいうのか‼︎世界を救う英雄だと‼︎」

『「………」』

「そうだ」

 

あくまで、淡々と返すアルフレリック。熊人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして陽和を睨む。

 

ちなみに、フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの種族があり、その各種族を代表する者が長老となって、長老会議という合議制の集会が定期的に開かれるそうだ。そこで国の方針を決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行い、今、この場に集まっている亜人達がどうやら当代の長老達のようだ。だが、彼らの会話から察するに、口伝に対する認識には差があるようだ。

アルフレリックは掟を重要視するタイプだが、他の長老達は少し違う。アルフレリックと彼らとでは年齢がだいぶ異なり、種族別での平均寿命の差が価値観の差を生んでるのかもしれない。

そう言った理由で、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないらしい。

 

「………ならば、今、この場で試してやろう‼︎」

「ッよせっ‼︎」

 

いきりたった熊人が突如、陽和へと突進する。あまりに突然のことに周囲は反応できておらず、アルフレリックですら予想外のことに驚愕に目を見開き慌てて制止の声を上げた。

そして、一瞬で間合いをつめた身長2m半はある脂肪と筋肉の塊のような男の剛腕が、陽和に向かって振り下ろされた。

亜人の中でも特に耐久力と腕力に優れた種族である熊人の剛腕の一撃は野太い樹をへし折れるほどで、種族代表ともなれば更に高い破壊力を持っているだろう。

セレリア、ハジメ、ユエ以外の全員が、肉塊となった陽和の姿を幻視したが、現実はそうはならなかった。

 

この時、熊人の長老──ジンは決定的な間違いを犯した。他ならぬ彼がいる場で言ってはいけないことを言ってしまったのだ。

すぐに謝っていればどうにかなっていたかもしれない。だが、もう遅い。

 

 

———彼は、竜の逆鱗に触れてしまった。

 

 

衝撃音と共に振り下ろされた拳が、あっさりと陽和の左手で受け止められる。

ジンが自分の剛腕の一撃が容易く受け止められたことに凍り付く中、この場に来て陽和が初めて声を発した。

 

「……軽い。それに柔い拳だな。それよりもだ。お前、さっきなんて言った?」

「ッッ⁉︎」

 

直後、その場を壮絶な殺意が支配する。

ドンッと一気に張り詰め、空気自体が質量を持っていると錯覚するほどの重圧に亜人達が揃って顔を青ざめ、ハジメ達ですら冷や汗を流す中、静かな怒りを滾らせる陽和はその鋭い翡翠の竜眼でジンを射抜く。ジンは突然の殺気に思わず怯んだ。

そして、陽和は淡々と、しかし明確すぎる怒りと殺意を宿らせて言葉をつづける。

 

「口伝が眉唾者?ドライグが存在していたかもわからない?……何をいうかと思えば、お前、ふざけんのも大概にしろよ」

『Boost‼︎』

 

怒りの言葉と共に陽和の左腕がビキビキと変化して紅蓮の鱗に覆われ鋭い鉤爪を宿す竜の腕へと変えて、倍加の音声を鳴らしながら熊人の拳を掴む力を高める。

埒外の膂力にミシッ、メキメキと嫌な音が響き、ジンが危機感を覚え拳を引き抜こうとする。だが、拳は決して抜けることはなかった。

 

「ッッぐぅっ、放せ‼︎」

 

必死に腕を引き抜こうとするが、身長が首元しかない陽和は微塵も揺るがない。まさに不動だった。その間も拳を握る力はだんだんと強くなっていく。遂に、骨に亀裂が入ったことを感じた熊人が更に焦る中、陽和の言葉はなおも続く。

 

「……随分とお前達は口伝を軽視しているんだな。ドライグの盟友であるリューティリスが未来を想ったが故に残した言葉を、残した意志を、お前達は踏み躙った」

『Boost‼︎』

「ぐっ、くそっ、なぜ、放せないっ⁉︎」

「しまいにはドライグの存在を有耶無耶にしたな。真に世界を愛し、誰よりも長くこの世界のために戦い続けたドライグを、俺の相棒を、テメェは侮辱しやがったっ‼︎」

『Boost‼︎』

「ぐっあぁぁぁ‼︎」

 

最後は声が荒ぶる程に怒りを露わにすると同時に、赤竜帝の“倍加”の力により高められ圧倒的な膂力で陽和はジンの拳をバギィッ‼︎と怒りのままに勢いよく音を立て握り潰したのだ。

骨が肉を突き破り、血が噴き出す激痛にジンは堪えきれずに悲鳴を上げてその場に膝をつき、激痛に苦悶の声をあげる。

あの熊人の長である彼が力負けし拳を握りつぶされたという異常な光景に、亜人達が絶句する中、陽和はジンの横を歩き、亜人達の間を押し分けながら、壁面に手をつける。

 

「正直、この手は使いたくなかったが、見せてやる。お前達が存在しているかわからないと侮辱した赤竜帝ドライグは確かに存在し、この俺がその力を継承したその証を」

 

左手の宝玉と翡翠の眼光を爛々と輝かせながら、宣言した陽和は迸る雷で扉や窓を壁一面ごと吹き飛ばした陽和は背中から赤い竜翼を生やし外へと飛び立ち、力を発動した。

 

 

『Welsh Dragon Balance Breaker‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

 

音声と共に陽和の全身を紅蓮の輝きに包み込んで、それが勢いよく膨れ上がり、赤竜が解き放たれた。

 

 

 

『ガアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ——————ッッ‼︎‼︎』

 

 

 

樹々を震わせる竜の咆哮がフェアベルゲン中に轟く。

周囲にいた亜人達が突如出現した赤竜に悲鳴を上げて戸惑う中、陽和は翼を羽ばたかせて滞空しながら元々いた建物の壁や天井を握りつぶし、床に鉤爪をかけると中にいる長達を睥睨し唸り声を上げる。

長達は一様に驚愕と恐怖に顔を青ざめさせており、翼人の長老──マオは腰を抜かして座り込んでいる。拳を握り潰されたジンも、痛みを忘れる程に動揺していた。

兎人族も全員が腰を抜かしている。ハジメ達はあちゃーという風に天を仰いだり嘆息したりしており、アルフレリックはまるで国の存亡の危機に瀕しているような、そんな悲壮な表情を浮かべている。

そんな中、狐人の男──ルアが陽和の姿を見て冷や汗を流しながら呻くように呟く。

 

「……赤い鱗に、翡翠の瞳と同色の宝玉。……口伝に残された『赤い竜(ウェルシュ・ドラゴン)』の特徴通りだ。……つまり、赤竜帝は確かに存在していて、彼が継承したというのは、事実のようだね」

 

漸く現実を認識したルアの言葉に、他の口伝を軽視していた長老達も遅れて理解せざるを得なかった。

口伝は本物で、赤竜帝も実在していたということを。

動揺する彼らを一望した陽和は徐に左腕を伸ばして蹲るジンを掴んだ。

 

「ッッ‼︎」

「ジンっ‼︎」

 

土人の長老ーグゼが慌てて彼の名を呼びながら手を伸ばすも、それよりも早くジンの身体は部屋から引き抜かれ、陽和の眼前に運ばれる。

そして、自身の眼前にジンを持ってきた陽和はジンを掴む手にゆっくりと力を込め始める。じっくりと懲らしめるように、陽和はゆっくりとジンを握る手を閉じ始めた。ミシミシと嫌な音がジンの体内で鳴り響く。

 

「ぐっ、うぅっ…」

 

超至近距離で翡翠の竜眼を向けられ、じわじわと握り締められていくジンは激痛と恐怖に呻き声を上げる。そんな彼に陽和は牙の隙間から炎を零しながら冷酷な声音で唸るように告げた。

 

『これがお前が侮辱した赤竜帝の姿だ。これを見ても尚、お前は俺の相棒を存在していたか分からないと言えるか?』

「〜〜〜〜ッッ」

 

陽和の言葉に身を強ばらせるジン。彼は恐怖に飲まれかけており、一言も発することができなくなっていた。

そして、言葉を発せないジンに変わり、アルフレリックが声をあげる。彼の表情は一つの失敗も許さないほどに緊迫したもので、彼は必死に陽和に叫んだ。

 

「ハルト殿‼︎ジンの非礼は私が詫びる‼︎だから、どうかここは怒りを抑えてほしい‼︎もしそれでも怒りが収まらないのなら私の命を差し出す‼︎‼︎頼む‼︎‼︎この通りだ‼︎‼︎」

 

アルフレリックは必死に叫び、最後には両膝と両手を床につけて土下座までして己の命を差し出すと言ったのだ。

 

「アル、フレリック……っ」

 

ジンはアルフレリックの捨て身の覚悟に瞠目する。そして、頭を下げるアルフレリックをしばらく無言で見下ろしていた陽和は、ジンを長老達の方へと放り捨てた。

虎人の長老──ゼルとグゼが慌てて動き彼を受け止める。なんとか床に体を打ち付けることは避けれたものの、左手から血を滴らせる彼の顔は恐怖一色に染まっている。陽和は彼らを見下ろしながら告げた。

 

『アルフレリックさんに免じて今回だけは許してやる。だが、2度はない。次、俺の相棒を侮辱するようなことがあれば………その時は、覚悟しておけ』

「ああっ、誓うっ‼︎寛大な判断、感謝するっ‼︎」

 

陽和の譲歩にアルフレリックが深々と頭を下げて感謝する。

そして、陽和は“竜帝化”を解除して竜翼と左腕はそのままにすると、アルフレリックの隣に降り立った。

 

「じゃあ、話の続きをしましょうか。とっとと上の階に移動しましょう。……ああ、勿論、熊以外の長老共とハウリア達も一緒にな」

 

有無を言わせない口調で会談の再開を告げると、陽和は未だ動かない亜人達を無視してさっさと階段を登って上階へと戻っていく。

一人さっさと階段を登っていく道中、ドライグがぽつりと呟いた。

 

『……相棒、やりすぎだ。だが、ありがとう』

「………おう」

 

ドライグの短い感謝の言葉に込められた想いに気づいた陽和は、一人表情を綻ばせながら一言言葉を返した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和が激怒し一悶着あった後、ジンを除く全員が上の階の階段の場に集まっていた。

陽和によって左手を握りつぶされたジンは、治療の為会談の場には参加しなかった。潰された左手は高価な回復薬でも治せなかったことから、手首から先を切断することになった。

 

そして、ジン以外の長老達が陽和と向かい合って座り、陽和の左側にはセレリアとカムが、右側にはハジメ、ユエ、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

陽和と向かい合う長老衆の表情は、アルフレリックも含めて緊張感で強張っている。一応怒りは収めてもらえたが、何かの拍子に再び先ほどと同じになりかねない。だからこそ、己の発言には細心の注意を払っていた。

 

「前もって言っておきますが、俺は貴方達に大樹までの案内は求めない。案内は兎人族に任せるつもりです。その上で、貴方達の意志を統一してほしい」

 

陽和の言葉に、まず狐人族の長老ルアが答える。

 

「ん〜、僕は彼らを口伝の資格者と認めるよ。七大迷宮の紋章の一つを所持しているし、赤竜帝殿は勿論のこと、他の三人も僕達では到底及ばない実力を持っていることは確かだからね」

 

糸のように細めた目で陽和達四人を順に見た後、他の長老達に視線を移してどうするのかと視線で尋ねた。

 

「……わ、私も彼らを口伝の資格者と認めます」

「……俺も、異論はない」

 

マオとゼルは同意を示した。マオは先ほどので完全に屈したのか、陽和に対して怯えるような反応を見せ、ゼルは思うところがあるようだが、実力は本物なので致し方ないという感じだろう。

そして、残る一人であるグゼは……苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

 

「俺は……資格者であることは認めるが、大樹への案内は拒否させてもらう。こちらの仲間をあんなにしておいて、友好的になれるわけがない」

「先に仕掛けたのはあっちだ。あの怪我は自業自得のはずだが?」

「だ、だが!ジンはな‼︎いつも国のことを想って‼︎」

「それが、初対面の相手を問答無用に殺していい免罪符になるとでも思ってるのか?」

「そ、それは!しかしっ」

「黙れ。加害者と被害者の区別ぐらいつくはずだ。罪科の判断を下す長老の立場にあるお前が、私情でそれを歪めるつもりか?」

 

陽和の目がスッと細められ、僅かに殺気が漏れる。先程の様子も見る限り、グゼはジンと仲が良かったのだろう。だからこそ、頭では理解してても心が納得していないのだ。

陽和に論破され押し黙るグゼをアルフレリックが窘める。

 

「グゼ、そのくらいにしておけ。彼が正しい」

 

アルフレリックの言葉にグゼは悔しさに表情を歪めて腕を組んで瞳を閉じてそっぽを向いて黙り込む。そして、長老衆の総意をアルフレリックが代表して伝える。

 

「紅咲陽和殿。並びに、他の三人を我らフェアベルゲンの長老衆は、口伝の資格者と認める。故に、敵対はしないというのが総意だ。……末端の者にも手を出さぬように伝えることを約束しよう。だが……」

「保証はできない、と」

「ああ。知っての通り亜人族は人間族をよく思ってない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回のジンの一件、あいつの種族の熊人族は怒りを抑えきれない可能性が高い。人望があったからな……」

「…………つまり、そう言った奴らはなるべく殺さないようにしてくれ、そう言いたいのですか?」

 

アルフレリックの言わんとしてることを察した陽和がそう言うと、アルフレリックは頷いた。

 

「そうだ。ハルト殿の実力なら可能なはずだ」

「……まぁ確かに、可能です。だが、そっちの事情であり、俺達にはなんの関係もないことです。なるべく、手加減はするが、それでも貴方達が死ぬ気で止めてくれるに越したことはない」

「無論だ」

 

アルフレリックの頼みに最低限の譲歩をした陽和に礼を言った直後、ゼルが口を挟む。

 

「先程、ハウリア族に案内してもらうと言ったが、そいつらは罪人だ。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのかは知らんが、そいつらは忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪で処刑処分が下っている」

 

ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「長老様方!どうか、どうか一族だけはご寛恕を‼︎どうか‼︎」

「シア‼︎止めなさい‼︎皆、覚悟はできている。お前にはなんの落ち度もないのだ。そんな、家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様‼︎」

 

土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで住んだかもしれんのにな」

 

シアはワッと泣き出し、カム達が優しく慰める。アルフレリックが何も口出ししないことから、長老会議で決定したのは事実なのだろう。

忌み子であることの他に、危険因子をフェアベルゲンのそばに隠し続けたことも罪を重くしたのだろう。

家族愛が逆に事態を悪化させるという、なんとも皮肉な結末だ。

 

「そういうわけだ。これで、貴様らが大樹に行く方法は途絶えたわけだが?どうする?運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

陽和に一矢報いたと思っているのか、少し上機嫌となったゼル。他の長老達も異論はないらしく、何も口を挟んでこない。

陽和はその様子に表情に苛立ちの色を浮かばせながら返す。

 

「……この際だから言うが、別に俺なら亜人の案内がなくても濃霧の中大樹に問題なく辿り着ける」

「なにっ⁉︎」

 

樹海に入った直後に気付いた事実を口にすれば、ゼルは思わず立ち上がるほどに驚いていた。ゼルだけでなく他の長老衆や、ハジメ達、ハウリア族達すらも陽和の言葉には驚いていた。

 

「竜人として転生したからか、カムの案内で樹海を歩いていても自分の場所が把握できたんだよ。だから、亜人の案内がなくても大樹には、運良くなんて関係なく、問題なく辿り着くことができる」

「ならば、ハウリアの案内は尚更不要ではないのか?」

 

アルフレリックが当然の疑問をぶつける。だが、それに陽和は首を横に振るとハジメに視線を向けながら、答える。

 

「いいや、それは俺が決めることじゃない。最初にハウリア族と約束したのはハジメだ。だから、ハジメお前が選べ。ハウリア族に案内をさせるか、切り捨てるかを。最初にシアの手を取ったのはお前なんだからな」

 

残酷な問いかけにシア達が息を呑む中、陽和に質問を投げかけられたハジメはフッと笑うと、なんでもないように軽く答えた。

 

「そりゃ当然、ハウリア族に案内をさせる。そう言う約束をしたからな」

「本気かね?フェアベルゲンから案内を出すと言っても、お前さんはハウリア族を選ぶと?」

 

アルフレリックは誤魔化しは許さないとばかりに鋭い眼光をハジメに向けるが、ハジメはそれを真正面から睥睨する。

 

「ああ。さっき陽和が言ったが、お前らの事情なんざ俺らには何の関係もない。案内を任せたこいつらを奪うってことは、結局、俺たちの邪魔をすると言ってるようなもんだ」

 

そう言うとハジメは、泣き崩れているシアの頭にスッと手を伸ばした。シアはピクっと体を震わせ、涙でくしゃくしゃになった顔を晒しながら、ハジメを見上げた。

 

「俺はこいつらと約束したんだよ。案内と引き換えに助けるってな。だから、こいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めてもらおうか」

「ハジメさん……」

 

今の言葉はハジメにとっては、自分達の邪魔をさせないという意味で、それ以上ではない。それでも、ハウリア族を死なせないためにフェアベルゲンと事を構えるのも辞さないと言う言葉な、その意志は絶望に沈んでいたシアのここらを引き上げ真っ直ぐに貫いた。

 

「約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか?峡谷の魔物からも帝国兵からも守ったのだろう?なら、後は報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡すものが変わるだけで問題なかろう」

 

ハウリア族の処刑は、既に長老会議で決まったことだ。それを、脅しに屈して覆すことは国の威信に関わる。故に長老会議の決定を覆さないために、交渉を続けるのだが、ハジメは問題ありだとはっきりと告げる。

 

「大有りだ。約束の内容は案内するまで身の安全を確保するってものだ。途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ……」

 

ハジメは一度、言葉を切るとユエ、陽和、セレリアへと視線を移していき、全員が笑みを浮かべているのをみると肩を竦めて、アルフレリックに飄々とした態度で告げた。

 

「格好悪いだろ?」

「フッ」

 

そう告げたハジメに、隣で陽和が小さく声を出して笑う。

ハジメとて一人の男だ。殺し合い以外では守るべき仁義くらいは守りつもりだし、何より、最愛の少女が繋ぎ止めてくれた一線を、自ら越えて外道に堕ちるような真似はしたくない。

できることなら、彼女の自慢であり、誇りでありたい。つまりは最愛の彼女の前では、格好良くありたいだけなのだ。

ハジメだけでなく、他の三人も彼の言葉に同意と言わんばかりに笑う様子から交渉の余地はないと悟ったアルフレリックが深々とため息をつく。他の長老達がどうするんだと顔を見合わせ、しばらく静寂が続いた後、やがてアルフレリックがどこか疲れた表情で提案した。

 

「ならば、ハルト殿、ハジメ殿、二人の奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかったもの、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我等にも勝機はあるが、外では魔法を使う者相手に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡したと見做して後追いを禁じているのだ。……既に死亡したものを処刑はできない」

「アルフレリック‼︎それでは‼︎」

 

完全な屁理屈だ。長老達は揃ってギョッとした表情を向け、ゼルは思わず身を乗り出して抗議の声を上げていた。

 

「ゼル、分かっているだろう。彼らの力の大きさを。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。そうなれば、我らは全滅だ。長老衆の一人として、そのような危険は断じて冒せん」

「しかし、それでは下の者に示しがつかん‼︎力に屈して、化け物の子やそれに与する者を野放しにしたと噂が広がれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ‼︎」

「なら、全滅を選ぶか?先程ハルト殿を怒らせて分かっただろう。彼らには勝てないと。民を守る為に私は今回ばかりは特例として見逃すと判断した」

「ぐっ……」

 

アルフレリックの言葉にゼルは悔しそうに呻く。彼とて分かっているのだ。陽和と自分達の実力の差を。だが、それでも悪しき前例の成立、長老会議の威信喪失などが、頭を過り決断を下せずにいたのだ。

そんな中、ハジメが敢えて空気を読まずに発言する。

 

「ああ〜、盛り上がっているところ悪いが、この残念ウサギを見逃すことについては今更だぞ?」

 

ハジメの言葉に、どういうことだと長老衆がハジメに視線を向ける。ハジメは徐に右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行い、“纏雷”を発動してスパークを発生させたのだ。

そして、セレリアは右腕を狼のソレに変えて氷を纏わせ、ユエはピンと立てた右の人差し指に炎を灯したのだ。詠唱も魔法陣もなく魔法を発動したことに長老衆達は揃って驚愕をあらわにした。

 

「見ての通り俺らは全員が魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。つまりだ、あんた達のいう化け物ってことだ。魔物と同じ特性ってのが処刑の理由なら、俺たちも該当するだろう。だが、口伝では“それがどのような者であれ敵対するな”とあるんだろ?掟に従うなら、あんた達は化物を見逃さなくちゃいけない。こいつ一人見逃すくらい今更だと思うがな」

 

ハジメの言葉にしばらく硬直していた長老衆だが、アルフレリックが深々と溜息を吐きながら自分の意見を告げる。

 

「はぁ〜、ならハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、赤竜帝ハルト殿の身内とする。他の三人も同様だ。そして、ハルト殿達に対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、ハルト殿の一族に手を出した場合は全て自己責任とする。……これで異論はないな?お前達」

 

そう決定したアルフレリックは他の長老衆に視線を向ける。誰も何も反論せず口をつぐんでいることから異論なしと判断したアルフレリックは陽和へと改めて向き直る。

 

「以上が我らの決定だ。これでいいだろうか?」

「ええ、理性的な判断に感謝します」

「……そうか、ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた赤竜帝殿や、口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「構いません。それがお互いのためになりますからね」

 

そう言って、陽和がアルフレリックに背を向けようとした時、ドライグが待ったをかけた。

 

『相棒、少し待ってくれ』

「どうした?ドライグ」

『少し聞きたいことがある。……アルフレリックよ、構わないな?』

「ドライグ殿?はい、構いませぬ。何か疑問でも?」

 

突如響くドライグの声に、アルフレリックを除く初見の長老達が驚く中、ドライグはずっと抱え込んでいた疑問を口にした。

 

『なぜ、魔力を有する亜人を忌み子と見做し、追放する。その理由を聞かせろ』

『ッッ⁉︎』

 

フェアベルゲン創立から伝わる掟を真っ向から否定する疑問に、アルフレリックが真剣な表情を浮かべながら言葉を返した。

 

「……忌み嫌う魔物と同じ特性を持っているからこそ危険であり、その危険から民を遠ざける為に」

『追放という形を取ったのか』

「そう、我らは聞かされています」

『……………………………』

 

アルフレリックの説明を聞いたドライグは沈黙する。何も言わないドライグに誰もが怪訝そうにする中、しばらくしてドライグが発したのは———笑いであった。

 

『ククッ、クククッ』

「ドライグ?」

『ハハハハハハハハハッッ‼︎なるほど、それは傑作だ‼︎‼︎なんともくだらなく、どうでもいい理由で貴様達はその因習を守り続けてきたというわけか‼︎‼︎』

 

次第に堪えるような笑みは呵呵大笑へと変わる。その様子に、陽和以外の全員が呆気にとられる中、笑い続けたドライグは次第に落ち着くと明らかな怒りと呆れを言葉に宿しアルフレリック達に向けた。

 

『はぁ……全く、呆れてものが言えんな。貴様らのやってることは、リューティリスへの侮辱に他ならんぞ』

「何、を言って……」

『なに、簡単なことだ。“解放者”に所属していた森人族リューティリス・ハルツィナと海人族メイル・メルジーネは、魔力を有し神代魔法を扱えていた。貴様らの愚かな常識で照らし合わせれば、彼女達もまた忌み子にあたるな』

『なっ⁉︎』

 

ドライグより齎された古代の獣人族の話にアルフレリック達は驚愕に目を見開く。ドライグはやはり知らなかったかとつまらなそうに呟いた。

 

『ふん、やはり知らんか。いや、知っていればこのような因習が存在するはずもないか。よもや口伝を残した者が忌み子と同類の存在だと思うはずがないからな』

 

もしも、リューティリスが魔力持ちであることを知っていれば、現代に忌み子という因習は存在しなかっただろう。そして、当時では獣人が魔力を持っていようと迫害されることはなかった。

 

『だが、今と違い彼女達は決して魔力持ちだからと同族から迫害されることはなかった。メイルは西の海で海賊をしていたが、仲間からはよく慕われていたな。まぁ、やってたことは文字通りの海賊というわけではないしな。

リューティリスは当時ここ【白の大樹海】に存在していた共和国、ハルツィナ共和国の女王であり、同胞を愛し祖国を守らんが為に己が持つ神代魔法“昇華魔法”の力を振るっていた。

そして、当時の共和国には多くの戦士団があり、その隊長、部隊長の地位にいた猛者達はその多くが固有魔法を、魔力を持っていたぞ』

『『『………ッッ』』』

 

明らかにかつての知る獣人達と今の亜人達を比較して、アルフレリック達の在り方を否定する彼の言葉にアルフレリック達は何も反論することができなかった。

誰が聞いても分かるほどにドライグは激怒していた。それはかつて認め共に戦った仲間が残した口伝を軽んじられていることや、時代が巡り魔力を持つ亜人が極度に減ったことで忌み子というふざけた因習が根付いてしまったことに対して、彼は込み上げる怒りを抑えきれなかったのだ。

 

そして、この場にいる長老達は完全にドライグに気圧されていた。

肉体はなく、魂だけの存在のはず。先程見せた巨大な赤竜の姿にはならず、宝玉を点滅させて声を発しているだけのはず。

だというのに、感じる威圧感は先程の赤竜と化した陽和に匹敵するほど。いや、彼自身が持つ帝王としての覇気や威厳を踏まえれば、もはやそれ以上だった。

圧倒的な威厳と覇気、そして怒りに満ちた彼の声音がアルフレリック達に一切の発言を許さなかったのだ。

 

『母なる樹の守護者。誇り高き樹海の国の王。聖域の護り手。国を愛し同胞を慈しんだ優しき女王であった彼女を慕う者は多かった。

俺も同じく国を治めるものとして、彼女の在り方には感心したものだ。彼女がもしも今の貴様らの有様を見ればさぞ悲しむことだろう。

なぜ、同胞同士で傷つけあっているのだと。守るべき家族ではないのかとな。

分かるか?貴様達が続けた因習とはかつての森人族の女王であるリューティリスの意志を穢す事に他ならない』

 

怒りが滲む声音でドライグは自身が知る誇り高き『樹海の女王』の心を代弁するように冷たい声音で続けた。

 

『魔力を持ってるからなんだ?固有魔法を持って生まれたのは悪か?罪か?否、否、否、そんなわけがない。あっていいはずがない。

魔力があろうとなかろうと、その子らは愛し守るべき幼子に過ぎない。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。だというのに、貴様らは我が身可愛さで因習に従い、先祖返りにしかすぎない幼子らを追放してきた。実に嘆かわしいことだな』

 

心底嘆くような口調でそう告げたドライグは、一転して憐れむような口調へと変えて、これまで処分されてしまった多くの幼子らを想った。

 

『これまで忌み子として処分された子供らは哀れだな。くだらぬ因習のせいで享受できるはずだった家族からの愛情をもらえなかったのだから。だからこそ、ハウリア族達の行動は賞賛に値する。よくその娘をこれまで守り通した。家族だからこそ、どんな存在であろうと愛するその姿勢は、俺が知る誇り高き樹海の民の姿そのものだ。きっとリューティリスも同じことを言うだろう』

「え、あ、はい、あ、ありがとうございます」

 

完全に蚊帳の外だと思っていたのに、突然あのドライグから称賛されたことにカムは戸惑いつつも咄嗟に頭を下げた。そして、ドライグは再びアルフレリック達へと言葉を投げかける。

 

『それに比べ貴様らは……なんたる無様だ。

樹海の外に出た者を追わないのは聖域を守る為の合理的な判断として理にはかなっている。だがっ‼︎魔力を持つだけの同胞を忌み子としてあえて樹海の外に追放し見捨てるなど、誇り高き樹海の民が聞いて呆れるッッ‼︎‼︎恥を知れッッ‼︎‼︎‼︎』

 

ドライグの怒声が部屋に響き渡る。

ビリビリと伝わる威圧に長老達が揃ってビクッと身体を震わせる中、ドライグは威圧を解き怒りを霧散させながら、最後に告げた。

 

『忌み子の因習は即刻取りやめろ。そんなもの、続けたところで憎しみと悲しみしか生み出さない。真に国を想い、この樹海を愛し、口伝を残したリューティリスに敬意を抱いているのなら、全ての同胞を愛せ。

たとえ、魔力があろうとなかろうと、愛すべき子であることに変わりはないのだからな』

 

そう最後に言い放ったドライグは言いたい事を言い終えたのか、アルフレリック達からは完全に意識を逸らして、今まで黙って話を聞いていた相棒へと声をかける。

その声音は、明らかに優しく思いやりに満ちていたものだった。

 

『相棒、手間を取らせて悪かったな。ここから出よう』

「ああ。これで話は終わりだな。お前ら、さっさと行くぞ」

 

陽和はそう言うと、セレリア達にそう言ってさっさと出ていく。セレリア達も彼の後を追いかける。アルフレリック達も、陽和達を門まで送ってくれるようで後から着いてきた。

門に向かいながら、その道中陽和が密かにドライグに尋ねた。

 

(……ドライグ、お前の気持ちはわかるが、どうしてあそこまで言ったんだ?)

『………我慢ならなかったんだ。口伝を軽視してるのもあるが、それ以上に忌み子という因習が、リューティリスを、メイルを………そして、相棒の存在を否定しているように感じてしまった』

(俺の?)

 

ドライグの言葉に陽和が疑問を感じ首を傾げる。どうして自分の存在が否定されてると思ったのだろうかと。

 

『……相棒がオルクス大迷宮に来た経緯と忌み子の在り方が似ていた。似ていたからこそ、俺はどうしても怒りが抑えられなかった』

(……………そういうことか)

 

陽和はドライグの言葉に納得する。

先程、ジンに対して陽和が激怒したように、ドライグが長老衆に激怒した理由は陽和と同じように他ならぬ相棒の為だった。

 

忌み子は魔力を宿し、忌み嫌われる魔物の特性を持っているからこそ、恐れられ追放され、その生を奪われてきた。

 

陽和も表向きは破滅の邪竜として恐れられる赤竜帝に関する技能や天職を持っていたからこそ、教会に目をつけられあわや処分されそうになり、命からがら逃げ出してきた。

 

そう、似ていたのだ。

 

ただ偶然宿ってしまった望んでいない力のせいで、存在を否定され、将来を奪われる彼らの姿が。

 

だからこそ、魔力を持っているだけの亜人を魔物と同じ存在だと勝手に定めて問答無用で追放しようとする忌み子の因習にドライグは怒りを抑えられなかった。

 

その因習はつまり、共に戦った仲間であるリューティリスやメイル、そして、頼もしい相棒である陽和達も魔物と認識するということであり、彼女らが歩んできた軌跡や抱いた覚悟を彼女らの存在を構成する全てを否定することに他ならなかったのだから。

 

陽和はそんなドライグの想いを理解したのだ。

だから、陽和は一人密かにほくそ笑むと左手の宝玉を優しく撫でる。

 

(……俺達の為に怒ってくれてありがとう。本当にお前は頼もしい相棒だよ。お前に出会えて本当によかった)

『それはお互い様だろう。俺も、相棒に出会えてよかった』

 

お互いがお互いのために怒れるその姿はまさしくかけがえのない仲間そのもの。

人と竜。種族が違えど彼らは一心同体であり、共に世界を救うと志し戦うことを決意した運命共同体。

陽和とドライグ。まだ出会って2ヶ月程度だというのに、彼らは確かに強固な絆で結ばれていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

「さて、お前らには戦闘訓練を受けてもらう」

 

 

フェアベルゲンを出た陽和達が、一先ず大樹の近くに拠点を作って一息ついた時の、ハジメの第一声がこれだった。

拠点といっても、ハジメがさりげなく盗んで……貰ってきたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ。ちなみに、平然と割と重要な水晶を盗んだハジメに陽和は遠い目をしていたりする。

そした、ハジメが切り株に腰掛けて放った言葉に、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

 

「え、えっと、ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へは辿り着けないんだろ?ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱な負け犬根性が染み付いたお前らを、一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

「な、なぜ、そのようなことを……」

 

ハジメの据わった目と全身から迸る威圧感にぷるぷると震えるウサミミ達。シアが、あまりに唐突なハジメの宣言に当然のごとく疑問を投げかける。

 

「なぜ?なぜと聞いたか?残念ウサギ」

「あぅ、まだ名前で読んでもらえない……」

「……いい加減、名前で呼んでやれよ」

 

落ち込むシアと流石に憐れんだ陽和を尻目にハジメが語る。

 

「いいか、俺がお前達と交わした約束は、案内が終わるまで守るというものだ。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前達は考えているのか?」

 

ウサミミ達が互いに顔を見合わせて、ふるふると首を振る。族長であるカムも難しい表情だ。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだりあるいは、考えないようにしていたのか。

 

「まぁ、考えていないだろうな。考えたところで答えなどないしな。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前らは、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺らの庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

「「「「…………」」」」

 

全くもってその通りなので、ハウリア族達は一様に暗い表情で俯く。そんな彼らに陽和とハジメの言葉が響く。

 

「フェアベルゲン以外でお前達の安全を確保できる場所があるなら、そこに送るぐらいはできた。だが、生憎、俺らにはそういったツテはない」

「つまり、お前らに逃げ場はないってことだ。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ。……それでいいのか?弱さを理由に淘汰されることを許容するか?幸運にも拾った命を無駄に散らすか?どうなんだ?」

 

誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなものいいわけがない」

 

誰かがあった言葉に触発されたのか、ハウリア族が顔を上げ始める。彼らの瞳には一様に強い輝きが宿り始めている、シアも同じだった。

ハジメは、彼らの様子にかつての無力な自分の姿を頭の片隅に浮かべながら言葉をつづける。

 

「そうだな。いいわけがない。ならば、どうするか?答えは、簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」

「………ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように、特殊な技能も持っていません。とても、そのような………」

 

兎人族は弱い。戦うことができない最弱種族。どうあがいても強く離れないとそう自分達を卑下する彼らをハジメは鼻で笑った。

 

「俺はかつての仲間から、“無能”と呼ばれていたぞ?」

「え?」

「“無能”だ“無能”。ステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の最弱。戦闘では足手纏い以外の何者でもない。ゆえに、かつての仲間達は俺を“無能”と、呼んでいたよ。実際、その通りだった。そして、俺はいつも陽和に守られるだけだった」

 

ハジメの衝撃的な告白にハウリア族達は例外なく教学を顕にする。ライセン大峡谷の魔物達を容易く一蹴して見せたハジメが、無能で最弱など誰が信じられるというのか。

だからこそ、当時を知る陽和が保証する。

 

「事実だ。少なくとも、奈落に落ちる前のハジメは戦う力はほぼ皆無と言っていいぐらいに弱かったな」

「だが、奈落の底に落ちて陽和の庇護すらも無くなった俺は強くなるために行動した。出来るか出来ないかなんて頭になかった。出来なければ死ぬ、その瀬戸際で自分の全てを賭けて戦った。………気がつけば、この有様さ」

 

淡々と語られる……しかし、あまりにも壮絶な内容にハウリア族達の全身を悪寒が走る。

一般人並みのステータスということは、自分達兎人族よりも低スペックだということだ。その状態で、自分達が逃げ隠れるだけだったライセン大峡谷の魔物達よりも遥かに強力な怪物達を相手にしてきたというのだ。実力云々や実際生き残ったという事実よりも、そんな怪物共に挑もうとしたその精神の異常さに戦慄した。

自分達ならそんなこと到底出来ない。絶望に押しつぶされ、諦観と共に食われるのが関の山だ。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束のうちにある今なら、絶望を砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だというのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ。約束が果たされた後は、助けるつもりは毛頭ないからな。残り僅かな生を、負け犬同士で傷を舐め合って過ごせばいい」

「残酷なようだが、俺らだっていつまでもお前らを守ってやるつもりはない。こっちにも目的があって旅をしているんだ。わざわざ、お前達を守る為に悲願を曲げるようなことはできない。だから、強くなれ。自分達の意志で未来を選ぶんだ」

 

さぁどうする?とハジメ達は問うた。ハウリア族達達はすぐに答えることはできなかった。

彼らの言い分が正しいのはわかる。ハジメは正義感から助けたわけではないから、約束が果たされれば容赦なく見捨てるだろう。陽和もいつまでもここにはいない為、ハジメと同じ選択を取るだろう。

そう頭では理解していても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、二人の提案はまさに道の領域に踏み込むに等しい決断だったのだ。そして、完全に黙り込むハウリア族達に、今度はドライグが言葉を投げる。

 

『カム・ハウリアよ。そして、他のハウリア族達よ。先程、かつての共和国には多くの戦士団があり、その隊長、部隊長の地位にいた猛者達はその多くが固有魔法を、魔力を持っていた、という話は覚えているか?』

「え?え、ええ、覚えております。まさか、私達亜人族の先祖が固有魔法を持っていたというのは、あまりにも衝撃的でしたから」

 

カムの言葉に多くのハウリア族達が頷く。そんな彼らにドライグは衝撃的な事実を告げた。

 

『五つの戦士団の一つ、気配操作に優れた獣人だけで構成された隠密戦士団。その戦士長の名はスイ。16歳の少女であり、貴様達と同じ兎人族だ』

『『『『ッッッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』』』

 

ハウリア族達の目がこれでもかと驚愕に見開かれ、衝撃のあまり声すら出せないでいた。当然だ、まさか部隊の隊長格の一人が、自分達と同じ最弱種族であり、しかもそれがシアと同い年のまだ、子供と呼べる少女だったのだから。

衝撃のあまり、シアが問い返してしまうほどだ。

 

「そ、それは、事実なんですかっ?」

『事実だ。その娘は、周囲の光を屈折させ不可視化させる固有魔法“曲光”を持っており、元来有していた発達した気配操作を合わせれば、その姿を見つけることすら至難の業も言わしめるほど。並み居る他種族の獣人がいながら、彼女が己自身の実力で5つしかない戦士長の座に上り詰めたのだ。かつての教会の軍団長を僅かとはいえ翻弄できたその実力は、共和国有数のものであった。だからこそ、貴様らにも強くなれる可能性はある。それは過去の歴史が証明している』

 

まさか、自分達の同族の少女が国有数の実力者として名を馳せていたとは思わず、ハウリア族達は信じられないと動揺していた。だが、その中で一人、シアだけは決然とした表情に満ちていたのだ。

そして!シアは一人ずっと立ち上がり声高に叫ぶ。

 

「やります!私に戦い方を教えてください‼︎もう、弱いままは嫌です‼︎」

 

樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ないほど想いを込めた宣言だった。

もちろん、シアとて争いは嫌だ。怖いし痛いし、傷つくのも傷付けるのも悲しい。だが、一族を窮地に追い込んだのは他ならぬ自分だ。

家族思いの彼女が、このまま何もできないのを許容できるはずがない。シアはとあるもう一つの目的のためにも、今確かに強くなると立ち上がったのだ。

 

不退転の決意を瞳に宿し、真っ直ぐにハジメを見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達も、次第にその表情を、シアと同じ決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていった。

そして、女子供含め全てのハウリア族が立ち上がったのを確認すると、カムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿、ハルト殿……宜しく頼みます」

 

その短い言葉には確かに、遅いから理不尽と闘うという強い意志が宿っていた。

 

「わかった。なら、覚悟しておけよ?あくまでお前ら自身の意志で強くなるんだ。俺らはただの手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやることなんてしないからな。おまけに期間は十日だ。…………死に物狂いにやれよ?」

 

ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で大きく頷いた。

 

そうして、はじまったハウリア族の訓練。

まず、ハジメが“宝物庫”から取り出した錬成の練習用に作った装備を彼らに渡した。先に渡していたナイフの他に反りの入った片刃の小太刀と呼ぶべき形状のナイフ。

これらの小太刀は、ハジメが、精密錬成を、鍛えるためにその刃を極薄にする練習の過程で作り出された、強度、切れ味などに優れたものだ。

そして、その武器を持たせた上で武術の心得がある陽和が小太刀での基本的な立ち回りや動作などを教えていく。既に実家の道場で師範代として門下生に指導している立場である陽和が分かりやすく、実戦的な動きを交えながら教えていく。ハジメは武術の心得はないため、奈落の底で数多の魔物と戦い磨き上げた、合理的な動きを教えていく。

1日目でそれらを叩き込み、二日目以降は適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませようという方針だ。

いつかは兎人族の強みである索敵と隠密能力を活かし奇襲と連携に特化した、集団戦法を身につけようと考えている。

 

ちなみに、シアに関してはユエとセレリアが専属で魔法と体術の訓練を施している。

亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使えるはずだし、身体強化魔法を活かした体術戦も叩き込めれば上々というわけだ。

多彩な魔法を扱える魔法特化の吸血鬼と体術と魔法どちらもこなせる狼娘に扱かれるウサミミ少女。絵面としてはシアが可哀想かもしれないが、まぁ強くなるためだ。甘んじて彼女らの扱きを受けてもらう他ない。

そして、時折、霧の向こうからシアの悲鳴や爆音、轟音などが聞こえるので特訓は順調のようだ。

それからしばらくして、1日目の訓練がようやく終わりを告げた。

 

「よし、今日はここまでだ‼︎‼︎全員休んでいいぞ‼︎‼︎」

 

陽和が大きく手を打ちながら、1日目の訓練終了を告げる。

陽和が告げた瞬間、カム達は一斉に地面に座り込んだ。彼らは一様に全身汗びっしょりであり、肩を揺らし荒い呼吸を繰り返していた。

 

まず、ハジメが合理的な立ち回りを簡単に教えた後、バトンタッチした陽和が小太刀術の構えから始め、基本的な動作や対人戦での動きなどを叩き込み、実際に軽い模擬戦なども行なって見取り稽古までさせたりと、通常ならば長期間かけて繰り返して行うソレを陽和はたったの1日どころか半日の間に徹底的に叩き込んだのだ。

武術のぶの字も知らなかったド素人である兎人族には過酷としか言いようがないだろう。現に、子供達に至っては疲労のあまりうとうとしかけている者までいる。

その様子を見ながら苦笑する陽和に、切り株に座って呑気に様子を見ていたハジメが近づき労う。

 

「お疲れさん。流石、紅咲流師範代。教えんのに慣れてんな。滅茶苦茶分かりやすいじゃねぇか」

「そりゃ、実家の方じゃもう指導する側だからな。一応、期間も鑑みて小太刀術の基本的なことは全部教えたつもりだ」

 

陽和はハウリア達の飲み込みが思ったよりも速かったのもあって、小太刀術の基本的な動きは全て教えることができた。あとは、細かい動きの修正をしていけばいいぐらいだ。

だが、ここまで教えれたのはハウリアの飲み込み以上に、陽和の教えがうまかったからというのが大きい。

実は、道場での陽和の指導は門下生達に好評であり、厳しくも丁寧な教え方はとても分かりやすく、門下生達の心を見事に掴んでいたりする。

 

「いくら十日間で叩き込むからと言っても、初日はこんなもんだろ。明日からは早速魔物を使った実戦訓練ってところか」

「それが妥当だろうな」

 

これからの予定を組み立てていく二人。その後ろでは既に半数のハウリア族達が疲労のあまり寝入ってしまっていた。

陽和はハジメと今後の予定を組み立てながら、ハジメに提案する。

 

「これからなんだが……ハジメ、お前に任せてもいいか?」

「いいけど、なんでだ?」

「俺が教えたのは戦うための技術で当然これも必要だが、あいつらに最も必要なのはいかに生き残れるかの技術だ。生き残るための戦いに関してはお前の方が得意だろう?」

「…‥まぁ、それは確かにな」

 

ハジメも陽和の言葉には納得する。

確かに、お互いのこれまでの状況や経験を比較しても、陽和は単純に敵に勝つ為の技術を獲得し、一方のハジメは何が何でも生き残る為の技術を獲得しており、ハウリア族に最も必要な技術は後者の方だ。

小太刀術は対人用のものだ。陽和ならば既に魔物相手にも十分通用するほどに使いこなしているが、それはこれまでの長い研鑽や陽和の才能、培った経験からなる対応力の高さがあってこそのものだ。ハジメのように最初から対魔物戦を想定したわけではない。だからこそ、魔物蔓延る樹海で生き抜く為には、ハジメが持つ技術を教えた方がいいのだ。

だから、今日こうして基本的な動きの全てを叩き込めた以上、必要なのは魔物との戦闘経験であり、これから陽和が1から教えれることはほぼない。ゆえに、今後の指導の主導権をハジメに譲ったのだ。

そして、理由は他にもある。

 

「後はセレリアとの稽古に、ユエへの護身術指導とかあるからな。流石に全部ハウリア達の特訓に費やすわけにもいかない。……個人的に調べたいこともあるからな」

 

最後の方だけ真剣な表情になりそう言った陽和に、ハジメはその理由を深く尋ねることはせずに手をひらひらと振って快く了承した。

 

「OK。引き受けた、指導すんのは初めてだが、まぁなんとかやってみせるよ」

「じゃあ、明日からは任せた。それはそうと、なんか食えそうなモン探してくる。ハジメはとりあえず寝てる奴ら起こしてくれ」

「おう。今日も美味い飯頼むぜ」

「任せとけ」

 

既に陽和の料理に胃袋をがっちり掴まれているハジメは、まだ見ぬ陽和の樹海料理に声を弾ませた。

陽和はそれに笑い返しながらセレリア達の所へと向かう為に竜翼を広げ飛んでいった。

 

 

 

 

この時の選択を。陽和は後に一生後悔することになる。

 

 

 

二日目以降のカム達の訓練をハジメに任せるんじゃなかったと、俺がちゃんと見ていればあんなことにはならなかったと、彼は事ある度に語る。露骨に肩を落として、手で目元を覆い隠して意気消沈してしまうほどに。

 

 

 

なぜなら、陽和が二日目以降も訓練にしっかり携わっていれば…………あんな悍ましい奴らは生まれてくるはずがなかったのだから。

 

 




陽和だけでなく、ドライグもマジギレして怖っ。
元ネタ同様相棒同士の関係はかなり良好。ここからドライグが残念ドラゴンになるかどうかは、陽和と周りの環境次第ですかねww

まぁ今のところ、変わり果てたハジメの存在が、陽和の悩みの種になりつつあるどころか、それを超えて胃痛引き起こしたり、精神ブレイカーになったりするかも。

後、個人的に忌み子とかの因習って大した理由はないけど、割と長く続いてるくだらない風習だと思ってます。



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