竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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ありふれのOVAが早くて見たくてしょうがない。
ミレディとオスカーが出るってことは、小篇集のあの海の神殿での戦いのことだろうから、ナイズとメイルも出るはず。いや、出るに決まってる‼︎‼︎



23話 何が為に

 

ハウリア族達の特訓を始めた翌日。陽和はさっそくハジメと別行動を取っていた。

ハウリア族達を叩き起こし、朝食を食べさせた後、陽和はハジメに訓練の指導を委任し、早速セレリア達のところへと向かった。

霧が満ちる樹海の中を陽和はセレリア達の気配を辿って歩く。しばらく飛べば、遠くから悲鳴と雄叫びが聞こえてきた。

 

『はぐぅ⁉︎ひぃっ⁉︎こ、怖いですよぉっ‼︎』

『どうしたっ‼︎モタモタしてると、樹海の養分になるだけだぞっ‼︎‼︎』

『だ、だからといって、そんな凶器みたいな鉤爪振るわないでくださいぃぃ〜〜〜っっ‼︎‼︎』

 

更に少し歩いて陽和が見たのは、氷の鉤爪を振るってシアを追いかけ回すセレリアの姿だった。

シアが大泣きしながら逃げ回り、それをセレリアが肥大化させた氷の鉤爪を振るいながら追いかけ回している。しかも、セレリアは全身獣化に加え紫氷の鎧“銀狼魔装・氷牙”を纏っていることから、割と本気で追いかけ回しているのが窺える。

もはや構図が完全に獲物の兎を追いかける狼だ。ヤバい。もしかしたら、シアは喰われるかもしれない。陽和はそんなことを思いながら、切り株に座り眺めているユエの隣に降り立った。気配と羽ばたきの音で陽和の接近に気づいていたユエは特に驚くことなく、陽和へと振り向いた。

 

「ん、ハル兄」

「よ、調子はどうだ?」

「……見ての通り」

「……………」

 

ユエの言葉にもう一度シア達の方に振り向き、陽和はしばらく無言で観察を続けると、彼女の状態を把握して頷いた。

 

「なるほどな、シアは身体強化に特化してんのか」

「ん」

 

ユエが陽和の考察にこくりと頷く。

よく考えれば、獣化したセレリアの追撃にシアは文句を言って泣きながらも、未だ捕まることはなく逃げ続けているのだ。セレリアの様子を見ても程々に手加減しているが、前のシアならば対応はできないはず。だが、今の彼女は見違えるほどの俊敏さで、泣き喚きながらもセレリアから逃げ回っているのだ。脱兎の如しとはまさにこのことか。

 

「魔法の適性は?」

「…ん…ハジメと同じくらい」

「あらま、勿体ねぇ。つーことは、完全にパワーファイターだな。ちなみに、身体強化のレベルはどれくらいだ?」

 

そう聞くと、ユエは無表情からなぜかドン引きした表情を浮かべると、右手首をさすりながら答える。

 

「…………試しに本気で叩いたら、手首折れた」

「マジか」

 

陽和は純粋に驚いた。ユエは魔法特化であり、自動再生もある為肉体強度はそれほどに高くはない。だが、それでも、常人が少し強くしたレベルのビンタで手首が折れるなんて、金属の塊でも叩いたのではないかというレベルの頑丈さだ。未熟な段階でこれなのだから、あの残念ウサギは化ける可能性が高いだろう。

というか、人体を叩いて手首が折れるなど初めて聞いた。ユエも予想外すぎたのか、その時のことを思い出して戦慄していた。

 

「何にせよ、シアの潜在能力は高いと見ていいのか」

「……ん」

 

それは認めざるを得ない事実のようでユエは若干悔しそうに頷く。魔法の才はないが、それを補って余りあるほどの身体強化はこれからの彼女の未来の大きな支えとなることだろう。

 

「………ハル兄はどうして、こっちに?」

 

彼女のこれからの成長を考えていた陽和にユエが静かに尋ねる。

 

「お前らの稽古をしに来た。カム達の方は俺が教えれることは、もう昨日のうちに全部叩き込んだからな。あとは、ハジメに任せてひたすら実戦で鍛えていくって方針だ」

「………なるほど」

「どうやらセレリアが今は相手しているようだからな。ユエ、お前も暇だろう。護身術の稽古、今からやるか?」

「………ん、お願いします」

 

ユエはこくりと頷くと、切り株から立ち上がって構えをとる。

実は奈落の底でユエは陽和から護身術の稽古をつけてもらっている。というのも、ユエは魔法特化の完全なウィザードタイプであり大体の敵は魔法でゴリ押しできる。だが、万が一を考えて護身術程度は身につけておいた方がいいと陽和から提案されたからだ。

それにはハジメも同意らしく、陽和の指導を受けるように提案したのだ。ハジメスキーのユエはその提案を断るわけなく、快く了承。それから陽和の護身術稽古が始まったのだ。

そして、いざ始めようとした時、霧の奥からドガンッと凄まじい打撃音が響き、シアが飛んできた。

 

「あびゃ〜〜〜〜〜〜〜ッッ‼︎‼︎」

 

奇怪な悲鳴を上げながら、霧の奥からシアがくるくると舞いながらこちらへと飛んできた。どうやら、セレリアに捕まって吹っ飛ばされたようだ。そして、見事な弧を描いたシアは「はきゅん」と声を上げながら地面を数度バウンドしてこちらへと転がってきて、陽和達の目の前で止まった。

 

「おぉ、大丈夫かシア、意識はあるかー?」

 

目を回しているシアに陽和が笑いながら声をかける。気を取り戻したシアは何故か目の前に陽和がいることに目をぱちくりさせた。

 

「あれ?ハルトさん?どうしてこっちに?父様達を鍛えるんじゃなかったんですか?」

「カム達の方はハジメに任せてきた。こっからはシアも含めた三人の指導と、野暮用をな」

「野暮用?」

「お前は気にしなくていいことだ」

 

首を傾げたシアにそうやんわりと答えた陽和はついでセレリアへと視線を向ける。ちょうど霧の中から姿を現したセレリアは陽和の姿に驚くこともなく、平然と声をかけた。

 

「陽和か。お前も今日からはこっちに参加するんだな」

 

どうやら獣化していたおかげで高まった聴力が陽和達の会話を聞き取っていたのだろう。事情は把握しているというセレリアに陽和は頷く。

 

「ああ。とりあえず、ユエの指導をこれからするから、セレリアはしばらくシアの相手をしててくれないか?」

「いいだろう。キリがいいとこで私とユエが交代か?」

「そうだな。セレリアが終わったらシアにも指導をするつもりだから二人ともそのつもりで」

「ん」

「了解した」

 

セレリアとユエと軽い打ち合わせをし、いざ訓練を再開しようとした時、休憩していたシアが意を決したような表情で陽和へと声をかけた。

 

「あ、あのっハルトさん、一つお願いがあるんですけどいいですかっ?」

「ん?何だ?言ってみな」

 

シアは少しモジモジして何度か言おうとしてやめるを繰り返したのちに、ついに意を決して陽和にそのお願い事を言った。

 

「あ、あのですね、ユエさんとセレリアさんにはもう話したんですが、もし私がこの十日以内の模擬戦でユエさんにほんの僅かでも一撃を与えれたら、皆さんの旅に同行させてくださいっ‼︎」

「………一応、理由を聞いてもいいか?」

 

シアの頼みに、最初シアの同行を実力不足だと諦めることを薦めた陽和は少し真剣な表情を浮かべながらその理由を尋ねた。シアは恥ずかしそうに顔を赤くして、しどろもどろになりながら答える。

 

「そ、その、ハジメさんの傍に居たいからですぅ。す、好きになったので。それに、皆さんとも、お、お友達になりたくてぇ」

「……………………そう来たかぁ」

 

予想の斜め上に行った理由に陽和は一瞬唖然とするも、直後言葉の意味を理解して思わずそう言ってしまう。まさか、同行の理由が恋愛や友情絡みだと誰が思うだろうか。

陽和が頭痛を堪えるように眉間に皺を寄せながら、シアに尋ねる。

 

「ハジメが好きなことに関しては、まぁ当人達の問題だからどうでもいいとして、何で俺らと友達になりたいんだ?やっぱ同類ってわかって仲間意識が湧いてきたからか?」

「そ、それも理由の一つです。でも、それと同じくらいに私は皆さんのおそばにいて、もっと仲良くなりたいんです」

「………仲良く、ねぇ。うぅん、でもなぁ、カム達はどうする気だ?家族と離れ離れになるのはお前だけじゃなくて、あいつらも辛いところだろう?それにお前が強くなれば、一族も守れるしそれでいいんじゃないか?」

 

陽和は家族という懸念があることを指摘する。だが、そんな疑問にシアは想定通りだと言わんばかりに自信満々に答える。

 

「父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めませんけど、私自身が本気でついていきたいと本気で思ってるなら構わないって」

「……………」

 

覚悟を決めたシアの真剣な表情に陽和は思わず無言になる。彼女の蒼穹の瞳を見れば、シアが本気だということがはっきりと分かったのだ。

陽和はちらりとセレリアとユエの反応が気になり、視線を向ける。

 

(セレリアとユエが何の反応を見せないってことは、この二人には昨日のうちに話したってことか)

『だろうな。セレリアにはデメリットはないから異論はなさそうだが、ユエの方はめちゃくちゃ不満そうだがな』

 

確かにセレリアは私は構わんぞと聞こえるぐらいの笑みを浮かべ、というか頷いており、シアの同行を認めている。ただし、ユエの方に関してはドライグの指摘通りに露骨に嫌そうな表情を浮かべていたのだ。その理由は手に取るように分かる。

 

(そりゃそうだ。自分の恋人に他の女が言い寄ろうとしたんだぞ?いい気分はしな…‥ああ、そういうことか)

 

陽和はユエの様子を見てなぜユエが今何も言ってこないのか気がかりだったが、その理由に思い至った。

一言で言えば………女の意地というものではないだろうか。シアとの約束をユエは『私が邪魔なら実力で排除してみてください。出来なかったら私がハジメさんのそばにいることを認めてください‼︎』とでも捉えたのだろう。

惚れた男をかけて勝負を挑まれたのだ。その辺の女なら、どうとも思わなかったかもしれない。だが、ユエはシアと同じように“同類”という仲間意識を抱いたことで、シアに対する“甘さ”を抱いてしまい、また凄まじい集中力と何度泣いても、何度倒れても立ち上がり諦めずに鍛錬に励む姿に、想いの深さを突きつけられたのだろう。

事実、ユエがシアの挑戦を受けて立った理由は陽和の推測通りシンパシーと女の意地によるものだ。とはいえ、やはり嫌なものは嫌らしく、ユエは滅茶苦茶不満そうだが。

 

(……まぁシアが大迷宮攻略に参加できるほどに強くなれば戦力は増強するから困らないしな)

 

セレリアが認め、ユエがシアの約束を受けて立った以上、陽和としては彼女に強さ以外の面では異論はない。だから、

 

「俺としては別にシアが俺達の旅についてくることに関しては、文句はない」

「あ、ありがとうご「だが、それはお前が俺を納得させられるだけの実力をこの十日で身につけられたらの話だ」……」

 

俺を納得させれるぐらいに強くならなければ、旅の同行は反対する。そう言われた事にシアは口を噤む。陽和は先程までの優しい様子から一転して、どこか冷徹で厳格な様子へと変える。

 

「俺とセレリア、ハジメとユエで旅の目的は違う。あいつらは地球への帰還を何よりも優先しているが、俺達はこの世界を支配する神を殺し、世界を解放することを目的としている。

その為に神代魔法が必要だからこそ、俺達はハジメと共に旅をしている。最終的な目的は違えど、その過程の旅路を共に歩んでいるのが今だ。だが、その旅路に何もないはずがない。必ず、何かしらの戦いが発生するだろう。

だからこそ、助けた奴を連れて行き、自分達の目の前で力不足だからと死なせてしまっては、きっとお前を連れてきたことを後悔する事になる。だから、軽々しく連れていくとは言えない。ついていく為にお前自身がその覚悟をこの十日以内に見せてみろ」

「…………………」

 

厳しい口調で叩きつけられた現実と陽和が提示した条件にシアは、陽和達の旅が改めて危険なものだということを理解し俯いてしまう。だが、そんな彼女の頭にポンと誰かの手が置かれたのだ。

ふと、顔を上げてみれば、陽和が優しく思いやりのある表情を浮かべ、苦笑いを浮かべていたのだ。

 

「だから、まぁなんだ、厳しい言い方をしたがとにかく頑張れ。強くなりたい心があれば、人は強くなれるもんだ」

「っっ、はいっ‼︎‼︎」

 

てっきり陽和に怒られたと思っていたシアは一瞬呆然とした後、一気に表情を輝かせて元気よく頷いた。叱責かと思ったら激励なのだから、嬉しいに決まっている。

そして、一人喜び意気込むシアに陽和がサラリと告げた。

 

「よし、じゃあセレリア。本気でやれ」

「…………え?」

「了解だ」

 

セレリアはシアが唖然とする中、紫色の魔力を迸らせながら“銀狼魔装・氷牙”の魔力出力を大幅に上げると、セレリアのウサミミを背後からムンズッと掴み、引きずる。

 

「え?ちょ、あの、セレリアさーん?」

 

ウサミミを掴まれ、青白いタマネギみたいな奇怪な存在と化したシアは、訳がわからずセレリアに声をかけるが、セレリアは答えず代わりに陽和が答えた。

 

「文字通り、死地に飛び込んでもらうぞ。死なないように加減するが、何度も死にかけるのは確実だ。なに、安心しろ。死にかけたら魔法で治癒する。四肢の欠損は治せないが、倍加で高めるから瀕死の傷でも元通りだ。だから、気張っていけよー。お前の覚悟がやわじゃないことを証明してみろ」

「え、えぇ———⁉︎そ、そんなぁっ‼︎」

「シア、安心しろ」

 

陽和の容赦ない宣告に悲鳴じみた驚愕の声をあげるシアに背後からセレリアが声をかける。ビクゥッと体を震わせ、恐る恐るとセレリアを見上げたシアにセレリアは氷兜の奥から琥珀色の獣眼を向けながら笑うように言った。

 

「強くはしてやる。その代わりに、少し地獄を見るだけだ」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ——————ッッッッ‼︎‼︎勘弁してくださぁぁぁぁぁいぃぃっっ‼︎‼︎」

 

樹海の霧の中で、これまでで一番のシアの悲鳴が木霊していく。だって、笑うセレリアの背後に獰猛な牙を剥き出しにして嗤う白銀の氷狼の姿を幻視してしまったのだから。

森のウサギさん的には天敵中の天敵がこっちをみているんだもの。兎人族というか、ウサギ的に今すぐに逃げ出したい。

だが、シアがセレリアから逃げられるわけもなく、そのままずるずると引き摺られセレリアと共に霧の奥に消えていく。

そして、少しして聞こえてくるシアの絶叫とセレリアの咆哮を聞いた陽和は満足げに頷きユエへと振り向いた。

 

「よし、じゃあユエ、こっちも稽古をやるか」

 

何と爽やかな笑顔で言うのだろうか。たった今、1羽のウサギさんを狼の目の前に放り捨てたとは思えない。

 

「………ハル兄、怖い……」

 

ユエも陽和の容赦のなさには少し怯えていた。

陽和のあの鬼のような容赦の無さは奈落にいた時から見知っており、その恐ろしさを身を以て知っているからこそ、ユエはシアにちょっぴり同情をしてしまうほどだ。

そして、怯えるユエが陽和の後をついていく中、ドライグが小さく呟いた。

 

『もしかしたら、シア・ハウリアがそうかもしれんな』

(何がだ?)

『いやなに、少しな』

 

ドライグにそう誤魔化されるものの、陽和は気づいていた。ドライグの声が心なしか嬉しそうだった事に。

 

 

その後、シアの悲鳴が響くのは当然として、そのほかにもユエとセレリアの悲鳴が交互に、時には同時に響くようになった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ハウリア族達の訓練を初めて六日目。セレリアの稽古とユエへの護身術指導を行い、シアにも体術戦におけるアドバイスなどもこなした陽和は、この日、早朝から単独行動を取っていた。

白い霧が満ちる樹海の上空を竜翼で大気を打つ音を響かせながら陽和は飛翔する。

 

彼は、一人密かに大樹へと向かっているのだ。

 

というのも、陽和がハジメに話した個人的に調べたいことが大樹に関することだったからだ。ドライグから大樹に関して陽和だけにどうしても伝えておきたいことがあると言われたが為にこうして一人単独で大樹に向かっていたのだ。

 

セレリア達には野暮用でしばらくここを離れると伝えてある。詳しい理由は、ドライグから強く口止めされているからだ。なお、陽和の扱きがしばらくなくなった事に、シアだけでなく、セレリアとユエまでもが安堵の息を深く吐いたのは秘密である。

 

本来ならば周期的にまだ大樹の周囲の霧は弱まっておらず、陽和一人では大樹に辿り着くことは難しい。だが、先程から飛翔している陽和には迷っている様子はなく、真っ直ぐと突き進んでいたのだ。その理由は、

 

「ドライグ、こっちであってるのか?」

『ああ、あってるぞ。そのまま真っ直ぐ進んでくれ』

 

ドライグのナビがあるからだ。

陽和には弱まっていない大樹周辺の霧の濃さは突破することはできない。だが、ドライグはこの霧の中でも大樹の場所がわかるそうだ。だから、彼の案内に従って陽和は全く前の見えない霧の中を移動している。

そして、飛翔して数十分後、ドライグのナビのおかげで陽和は遂に大樹の元へと辿り着いた。

しかし、それを見た彼の第一声は、

 

 

「………これが、大樹か?」

 

 

そんな困惑に満ちたものだった。

陽和がイメージする大樹とは、壮麗で威容に満ちた大きい木というイメージだった。だが、実際に目にした大樹は、枯れていた。

大きさに関しては予想を超えており、直径は目算では計り知れないほど大きく、予想では直径50mはあると見た。明らかに木々の域を逸脱した大きさだ。

しかし、そんな立派な太さにもかかわらず、周りの木々が青々とした葉を広げているのに対して、大樹は見事に枯れていたのだ。

陽和がその様子に困惑する中、ドライグが呟く。

 

『………やはりか。やはり、このままだったか』

 

どこか予想通りとでも言わんばかりの意味深な呟きだ。まるで昔から変わってないと、そういう風に聞き取れた。

 

「ドライグ、大樹はずっとこうなのか?」

『……ああ、恐らくな。共和国の時代からだ。この大樹は数千年、ずっと枯れた状態にある』

「………よく枯れ落ちないな。巨大すぎるから朽ちるのも時間がかかるのか」

 

陽和は納得する。確かにこれほどの大きさならば、朽ち果てるのもかなり時間がかかるだろう。だが、他ならぬドライグがそれを否定した。

 

『いいや、違う。そうではないんだ。これにはワケがある』

「そうなのか?」

『ああ、それも含めてこれから話すつもりだ。だが、その前に、大樹に近寄ってくれ。相棒』

「?おお」

 

どうしてかはわからないが、相棒の言葉だからこそ陽和は素直に従い大樹へと近づく。そして根元まで近づいた時、陽和は石板を見つける。

 

「これは……七つの大迷宮の紋様と赤竜帝の紋様か」

 

石板にはオルクス大迷宮からの転移魔法陣でライセン大峡谷で見つけた各頂点に紋様が刻まれた七角形とその中に竜の紋様と全く同一の紋様が刻まれている。

そして、陽和は石板を見つけたあと、他に何かないかと大樹へと再び視線を戻した時、腰で何かが震えてるのに気づく。

 

「?……っ、ヘスティアが、共鳴している?」

 

視線を向ければ、竜聖剣・ヘスティアが淡い翡翠の輝きを纏いながら小刻みに振動していたのだ。同時に、左手の《赤竜帝の宝玉》も左腕が勝手に竜化して出現して、紅蓮の輝きを放っていた。

それはまさしく共鳴で、奇しくも初めて竜聖剣を握った時と同じだった。だが、共鳴はこの二つだけではなかった。

 

「ッッ⁉︎大樹に、紋様がっ」

 

陽和は上から溢れる翡翠の輝きに目を見開く。

彼が見上げた先では、大樹までもが共鳴するようにその幹を輝かせ、植物の蔓と葉が絡み合い赤竜帝の紋様を囲むように輪を描いた独特な紋様が浮かび上がっていた。

 

大樹までもが共鳴していることに、陽和が唖然とする中、ヘスティアの宝玉と《赤竜帝の宝玉》に大樹の幹に浮かんだ紋様が浮かび、ドクンと強く脈動したのだ。

程なくして、輝きも収まり宝玉や幹に浮かんでいた紋様も消えてしまう。

 

「な、何だったんだ?」

 

最初から最後まで全く状況が掴めなかった陽和に対して、ドライグは少し残念そうに呟く。

 

『………そうか、やはりお前はまだ目覚めてはいないんだな』

 

まるで誰かに語りかけるかのように話すドライグに、陽和が困惑混じりの声で尋ねた。

 

「おい、ドライグ。何がどうなってんだ?お前が、俺に話そうとしていることは何なんだ?」

 

困惑と動揺が入り混じる陽和の問いかけに、ドライグは厳しい口調ではっきりと頼む。

 

『相棒………これからする話は、決して誰にも話さないことを約束してくれ』

「っ、どういうことだ?」

『本来ならばこれは、一人の人間が知っていいような内容ではない。衝撃が大きすぎるし、あまりにも残酷な話だ。もしかしたら、この事実を受け止めきれないかもしれない。お前の決意が、覚悟が揺らぐかもしれない』

 

今からドライグがする話はそれほどまでに壮絶な内容のものだ。

一人の人間が知るにはあまりにも絶望的で、残酷な話だ。本来ならば、知るべきではない話だ。だが、陽和は違う。彼にはその真実を知る資格があった。

その真実が、どれだけ残酷であっても、彼は世界に抗う道を選んだのだから。

 

『だが、相棒はこの俺の『赤竜帝ア・ドライグ・ゴッホ』の後継者として俺の力を受け継ぎ、神エヒトと戦い世界を救うという解放者達の意志を託され、この世界の悲願を背負った最後の英雄だ。だからこそ、相棒には話しておかなければならない』

「………」

『大迷宮を一つしか攻略していない今の相棒には、時期尚早かもしれん。だが、いつ何が起こるかわからない以上、相棒には遅かれ早かれ知ってもらわねばならない。いついかなる時でも、対応できるように』

 

ドライグの覚悟と決意に満ちた言葉に、陽和は何も言えなくなる。彼の覚悟の強さに圧倒されただけではない。彼が話そうとしている真実を、聞くべきだと、知るべきだと魂が訴えかけているように感じたのだ。

だから、陽和は静かに頷いた。

 

「…………………分かった。約束する。今から聞く話の全てを俺は他言しないことを誓おう」

『………礼を言う』

「それで、ドライグは何を話そうとしているんだ?」

『………………………………』

 

陽和の問いかけにドライグは長い、とても長い沈黙の後に答えた。

 

『…………竜聖剣・ヘスティアのことを、解放者達が歩んだ道を、エヒトが齎した悪辣な遊戯を……そして、()()()()()()()ことを、俺が知る限り全てを話す』

「………っ」

 

あのオルクス大迷宮の継承の間ではドライグは全て語ってはいなかった。

長々と細かい話をするのではなく、簡潔にまとめた解放者達の軌跡と神の悪辣さを伝えたにすぎず、陽和も全ては知らなかった。時間をかけて全て話してくれればいいと思っていたから。

 

そして、これからドライグが話すことこそ、彼自身が見聞きした当時の解放者達が紡いだ愛おしく尊い軌跡の全て。しかも、それだけではない。神がいかに邪悪で、悪辣で、厄介な存在なのかをはっきりと陽和に教え、更には大樹にまつわるという訳の分からない話までしようとしている。

 

「大樹に、まつわる?それに、ヘスティアのことって、それはどう言う……」

 

ドライグの話にわけがわからず困惑しながら尋ねる陽和にドライグははっきりと告げる。

 

『それを含めて、全て話す。どうか、最後まで聞いてほしい』

「ッッ、ああ、話してくれ」

『ああ。——————』

 

ドライグは陽和の強い覚悟に頷き、遂に全てを話す。

 

 

 

「——————」

 

 

 

そうして、陽和は全てを知った。

 

 

 

『——————以上が、俺が話したかったことの全てだ』

 

 

 

ドライグが全てを話し終えた頃には外では既に太陽は沈んでおり、次の太陽が天高く登り始めた頃だった。

 

「………………………ッッ」

 

全ての話を聞いた陽和は———無言で泣いていた。

いくら堪えようとも決して抑えることのできないほどの大きな驚きが、悲しみが、悔しさが、怒りが、ごちゃ混ぜとなって陽和の胸中を埋め尽くし、涙となって止めどなく溢れて止まらない。

幹に背を預け座り込み、指を組んだ握り拳を額に当てているせいで表情は見えない。だが、血が滲むほどに噛み締められた唇と震える拳がその感情の大きさを如実に表していた。

 

『……………』

 

その感情の大きさをドライグも感じ取ったのか、何も言葉をかけない。

 

 

幾多の奮闘を知った。

 

 

幾多の喪失を知った。

 

 

幾多の覚悟を知った。

 

 

幾多の誇りを知った。

 

 

幾多の献身を知った。

 

 

解放者が信じた道を知った。

 

 

全てを踏み躙った神の悪辣さを知った。

 

 

解放者達が迎えてしまった末路を知った。

 

 

解放者達が苦悩と葛藤の果てに選んだ最後の選択を知った。

 

 

そして、自分達が神に敗れたのだとしても、いつか世界を救う存在が現れることを信じ、未来へ希望を繋いだ彼らの高潔な意志を知った。

 

 

やがて、全てを聞き終わってから更に数時間が経った頃、太陽が沈み夕焼けが大地を、樹海を橙色に照らし始めた頃、漸く陽和は口を開いた。

 

 

「………‥……ドライグ、話してくれてありがとう。話すのも、思い出すのも辛かっただろうに」

『……否定はしない。だが、それでも相棒は知るべきだと思ったからな』

「あぁ、本当にありがとう」

 

 

そう言って、陽和は涙を拭うと徐に立ち上がり大樹へと振り向き、ヘスティアを鞘から抜いて地面に突き立てる。聖剣を突き立て片膝を立てて跪く陽和は額をヘスティアの剣腹に当てて瞑目した。

 

その姿はまさしく、騎士が誓いを立てている姿そのものだった。

 

瞑目する陽和は声高に言葉を紡ぐ。

 

「今ここに、二代目赤竜帝・紅咲陽和が全ての解放者達に改めて誓う」

 

紡がれるは、全てを知った後継者が受け継ぎし解放の意思。

 

「解放者に所属する者全てが、俺にとっては尊敬すべき高潔な英雄達だ。

その覚悟に、その献身に、その優しさに、その心の強さに、心からの感謝と敬愛を捧げる。

貴女達が未来へと繋いだ希望は確かにこの俺が受け継いだ。だからこそ、貴女達が歩んだ希望の道を決して絶やさせはしない。必ず未来へと繋げよう。

俺が俺である限り、この世界を解放することを決して諦めない。貴女達が残した意思が、貴女達が信じた人の強さが、神に抗えることをこの俺が証明する」

 

その時、不思議なことが起きた。

まるで陽和の宣言に呼応するかのように、《赤竜帝の宝玉》と『竜聖剣・ヘスティア』の宝玉が輝き、そこから紅蓮と翡翠の輝きが溢れ、燐光となって陽和の周囲を舞ったのだ。

闇夜を照らすかのような、赤と緑の美しく、鮮やかで温かい燐光が大樹周辺を淡く照らしていく。瞑目した陽和は、そのまま更に言葉を紡いでいった。

 

「俺が貴女達が成し得なかった変革を成そう。

 

誰もが自分の意思で決めて、手を取り合える未来を勝ち取ろう。

 

人々の手に自由の意思を取り戻そう。

 

———神の呪縛から人々を解放しよう」

 

 

 

 

———これからの世界が自由な意思の下にあらんことを。

 

 

 

紅蓮と翡翠の燐光が舞う幻想的な世界の中で、一人の英雄は決意を確かにし、万感の想いと多大な熱を込めて、瞑目した瞳から一筋の涙を流しながら、最後にそう呟いた。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ハウリア族達の訓練が始まり、十日後。

ハジメがハウリア族達を鍛え上げ最終日を迎えた日、彼らが訓練しているのとは反対側の樹海の中でも、シアが訓練の仕上げに入っていた。

 

ズガンッ‼︎ドギャッ‼︎バキッバキッバキッ‼︎ドグシャッ‼︎

 

樹海の中に凄まじい破壊音が連続して響く。その音の発生源では野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には燃えて灰化した樹や氷漬けになった樹、綺麗に斬り落とされた樹、細かく切り裂かれた樹などなど多大な自然破壊の跡が多く見られていた。

そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。

 

「でぇやぁああ‼︎」

 

シアの裂帛の気合いと共に半ばから折られたであろう直径1m程の樹が、豪速を以て目標へと飛翔する。

 

「“緋槍”」

 

それをユエは全てを灰燼に帰す豪炎の槍で迎え撃つ。炎槍は巨大な質量をものともせず端から消滅させていき、灰へと変えた。

 

「まだです‼︎」

 

“緋槍”と投擲された丸太の衝突が齎した衝撃波で払われた霧の向こうから声と共に影が走ったかと思えば、今度は隕石の如く天より丸太が落下し、大地に深々と突き刺さったのだ。

しかし、突き刺さる直前、ユエはバックステップで後退しており、直後炎の槍を連射する。

しかしだ、そこへ高速で霧から飛び出してきたシアが、突き刺さったままの丸太に強烈な飛び蹴りをかまし、丸太を破片へと変えて散弾のようにユエへと放ったのだ。

 

「ッ———“城炎”」

 

飛来する即席の木片散弾は、突如発生した炎の壁に阻まれユエに届くことなく燃え尽きる。

しかし、これはフェイクだ。

 

「もらいましたぁ‼︎」

「ッ‼︎」

 

その時には既にシアが気配断ちによりユエの背後へと回り込んで奇襲を仕掛ける。

大きく振りかぶられたその手には超重量級の大槌が握られ、豪風を伴って振り下ろされた。

 

「“風壁”」

 

振り下ろされた大槌により強烈な衝撃が大地を襲い爆ぜ、砕かれた石が散弾となって四方八方へと飛び散った。

ユエはそんな石礫の直撃をかわしながら、余波を風の障壁で散らして、風に乗って安全圏まで一気に後退する。そして、技後硬直により死に体となっているシアに容赦なく魔法を放った。

 

「“凍柩”」

「ふぇ!ちょ、まっ———」

 

シアが慌てて制止の声をかけるも、止まるわけなく問答無用にシアは頭だけを残して氷漬けにされた。シアは寒そうに震え鼻水を垂らしながら、ユエに懇願する。

 

「づ、づめたいぃ〜、早く解いてくださいよぉ〜、ユエさ〜ん」

「……私の勝ち」

 

シアの最終訓練としてユエとの模擬戦をしていたのだが、今日もユエの圧勝だった。

二人の決着がついたのを見て、少し離れたところから観戦していた陽和達が近づいてくる。

 

「は、ハルトさ〜ん、セレリアさ〜ん」

「またユエの圧勝‥‥と、思ったんだが、へぇ、シアやったじゃねぇか。お前の勝ちだ」

「「えっ⁉︎⁉︎」」

 

陽和の言葉にシアとユエが揃って驚くと、陽和が自分の人差し指でユエに頬に触れてみなと言わんばかりに自分の頬を叩く。

ユエが触れてみれば、その指には赤い血が付着していた。ユエの頬には小さな傷がついていたのだ。おそらくは、最後の石礫がユエの防御を突破したのだろう。

 

「や、やった〜‼︎やりましたぁ‼︎私の攻撃がやっと当たりましたぁ‼︎私の勝ちですぅ‼︎」

 

それに気づいたシアが顔から上だけの状態で大喜びしていた。満面の笑みを浮かべウサミミが嬉しさでピコピコしていた。

しかし、その一方でユエは“自動再生”で傷を一瞬で消すと、心底面白くないという風な表情を浮かべていた。

 

「………んぅ、不覚」

 

拗ねたかのようにそっぽを向くユエに陽和が笑いながら近づいてその頭を撫でた。

 

「ははは、まぁ不機嫌になるのもわかるが、約束しちゃったものは仕方ないからな。こればかりは諦めろ。ほら、シアの魔法解いてやれ」

「……んぅ」

 

ユエが悔しそうにシアをチラ見して、深々とため息をついた後、心底気が進まないというふうに魔法を解いた。

 

「ぴくちっ‼︎ぴくちぃ‼︎あうぅ、寒かったですぅ。危うく帰らぬウサギになるところでした」

「お疲れ、よく頑張ったな。シア」

「よく気張ったな。お前の覚悟はしっかり見させてもらった。俺もお前の同行を認めよう」

「えへへ〜〜、セレリアさん、ハルトさん、ありがとうございますぅ」

 

氷から解放され、可愛らしいくしゃみをして近くの葉っぱでチーンと鼻をかんだシアの頭をセレリアが優しく褒めながら撫でて、陽和がシアに合格を出した。シアはウサミミをピコピコさせながら二人に礼を言った後、ユエへと向き直り、その瞳に真剣さを宿す。

ユエはその視線を受けて無表情が崩れるほどものすごく嫌そうな表情を浮かべた。

 

「ユエさん。私、勝ちました」

「………………ん」

「約束しましたよね?」

「…………………ん」

「もし、十日以内に一度でも勝てたら……皆さんの旅に連れて行ってくれるって。そうですよね?」

「……………………ん」

「少なくとも、ハジメさんに頼む時味方してくれるんですよね?」

「………………………今日のご飯、なにかな?」

「ちょっとぉ!何いきなり誤魔化してるんですかぁ!しかも、誤魔化し方が微妙ですよ‼︎ユエさんはハジメさんの血があればいいじゃないですか‼︎なに、ご飯気にしているんですかぁ‼︎ちゃんと味方してくださいよぉ‼︎ハルトさんとセレリアさんの許可は出てるんです‼︎ユエさんまで味方してくれるなら、もう確実にOK貰えるんですからぁ‼︎」

 

歯切れ悪そうにどこまでも濁して約束を無かったことにしようとするユエにシアがギャーギャーと騒ぐ。それをユエは心底鬱陶しそうな表情を見せていた。

とはいえ、シアにシンパシーを感じた上に、女の意地で、ユエ自身に何のメリットもない約束を引き受け、結果、負けてしまったのだから、ユエとて認めざるをえなかった。

 

「………はぁ。分かった。約束は守る」

「ホントですか⁉︎やっぱり、やーめたぁとかなしですよぉ‼︎ちゃんと援護してくださいよ‼︎」

「……………………ん」

「何だか、その異様に長い間が気になりますが………ホント、お願いしますよ?」

「………しつこい」

 

渋々、ほんと〜に渋々といった感じでユエがシアの勝ちを認めた。シアはユエの返事に多少の不安は残しつつも、すでに二人の協力を得られている上に、ユエがハジメ同様約束を反故にすることはないだろうと思っていたので、安心と喜びの表情を浮かべた。

尚、既にシアに協力を保証した二人はというと、

 

「ちなみに、今日の夕飯は何なんだ?」

「ちょっと離れたところにある池で釣った魚の蒲焼と、豚みたいなやつの丸焼きと、鶏肉と野草の炒め物。デザートには果実の盛り合わせ。ちなみに、果実をミキサーにかけたスムージーも作るから、味はお好みで選べ」

「流石陽和シェフ」

「おいおい、褒めんなよ」

 

呑気に今夜の夕食について話していた。

まぁ既に協力を確約した以上は目の前でユエが不機嫌そうにしていようが、シアが上機嫌にしていようが、あまり関係ないので別の話題に移るのは当然のことだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和達がハジメのもとへ戻り合流した時、ハジメは腕を組んで近くの木にもたれたまま瞑目しているところだった。四人の気配に気がついたのか、ハジメはゆっくりと目を開ける。

ユエとシアが全く正反対の雰囲気が気にはなったものの、ハジメは片手を上げて声をかけた。

 

「よっ、勝負とやらは終わったのか?」

 

ハジメはユエとシアが何かを賭けて勝負していることだけは知っていた。シアのために超重量の大槌を用意したのが他ならぬハジメだからだ。

シアが、真剣な表情でユエに勝ちたい、武器が欲しいと頼み込んできたそうだ。賭けの内容は一切教えてもらえなかったが、それでもユエの不利になることもないだろうと使ってやったのだ。しかし、いざ帰ってきた二人の表情を見れば、どうも自分の予想は外れたようだと内心驚くハジメにシアが上機嫌で話しかけた。

 

「ハジメさん‼︎ハジメさん‼︎聞いてください‼︎私、ついにユエさんに勝ちましたよ‼︎大勝利ですよ‼︎いや〜、ハジメさんにもお見せしたかったですよぉ〜、私の華麗な戦いぶりを‼︎負けたと分かった時のユエさんたらへぶっ⁉︎」

 

身振り手振りで大はしゃぎしながら戦いの顛末を語るシアだったが、あまりにも調子に乗りすぎたからか、ユエのジャンピングビンタが炸裂。とても小気味いい音を響かせながらシアは錐揉みしながら吹き飛び、ドシャと音を立てて地面に倒れ込んだ。よっぽど強烈だったのか、ピクピクして起き上がる気配がない。

左右から陽和とセレリアが彼女の肩と頭に優しく手を置いている。

フンッと鼻を鳴らし更に不機嫌そうにそっぽを向くユエに、ハジメが小さく笑みを浮かべながら尋ねた。

 

「で?どうだったんだ?」

 

勝負の結果というよりは内容についてハジメは質問する。方法は何であれ、あのユエに勝ったのだ。彼女から見てシアがどれほどのものかを知りたかった。

ユエは話したくない雰囲気を隠しもせず醸し出しながら、渋々と言った感じでハジメに答えた。

 

「……魔法の適性はハジメと変わらない。でも、身体強化に特化してる。正直、化け物レベル」

「そりゃまぁ、あのレベルの大槌をせがまれたからある程度は予想してたが、そんなにか?」

 

予想外の好評価にハジメは目を細める。珍しく無表情を崩し、苦虫を噛み潰したかのようなユエの表情がシアの能力の凄まじさを語っていた。ユエは、ハジメの質問に少し考えるそぶりを見せると視線を合わせて答えた。

 

「………ん、強化してないハジメの8()()くらい。……しかも、まだ発展途上」

「おぉう。そいつは確かに化け物レベルだ」

 

ハジメは内心唖然としながら、シアに何とも言えない眼差しを向ける。

強化していないハジメの8割と言えば、本気で身体強化したシアは殆どのステータスが8000を超えるという事だ。まさしく、“化け物”レベルと言うべき力だろう。曲がりなりにもユエに傷をつけることができたわけだ。

陽和達に慰められていたシアは、ハジメが呆れ半分驚愕半分の面持ちで眺めている事に気がつくと、いそいそと立ち上がり、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメのもとへと歩み寄った。

 

「ハジメさん。私を貴方達の旅に連れて行ってください。お願いします‼︎」

「断る」

「即答⁉︎」

 

シアはこの状況で即答されるとは思わなかった為驚愕に目を見開いているが、ハジメからすれば「いきなり何言ってんだこいつ」案件だ。実際、そんな風に残念な目でシアを見つめるハジメの姿があった。

 

「ひ、酷いですよ。ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、ソレをあっさり……」

「いや、こんなにって言われても知らんがな。大体、カム達どうすんだよ?まさか、全員連れていくって意味じゃないよな?」

「違いますよ‼︎今のは私だけの話です‼︎父様達とは修行が始まる前に話をしていて、一族の迷惑になるからって理由じゃダメだけど………その………」

「何だよ。早く言えよ」

 

何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンとしながら頬を染めて上目遣いでハジメを見上げると言う実にあざとい仕草だ。

ハジメが不審者を見る目でシアを見て、傍のユエがイラッとしており、ちょっと離れたところにいる陽和とセレリアは野次馬根性全開で「よし言え!言え!」とファイトポーズをとっている。

 

「その…‥私自身が、ついて行きたいと本気で思ってるなら構わないって……」

「はぁ?何でついてきたいんだ?今なら一族の迷惑になんねぇし、その実力なら守れるだろうが」

「で、ですからぁ、それは、あのぉ……」

 

モジモジしたままなかなか答えないシアに、いい加減痺れを切らしたハジメがドンナーを抜きかける。しかし、抜くよりも先にシアが女は度胸!と言わんばかりに思いの丈を乗せて声を張り上げた。

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ‼︎」

「「『……噛んだ』」」

「……は?」

 

外野から話を聞いていた野次馬二人と一頭が思わずそう呟いてしまい、ハジメは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でポカンとしている。

しかし、少し間をおいてハジメがようやく理解したのか思わずつっこむ。

 

「いやいやいや、おかしいだろ?一体、どこでフラグなんて立ったんだよ。自分で言うのも何だが、俺結構雑な扱いしてたぞ?……まさか、お前そう言うのに興奮する口か?」

「誰が変態ですか‼︎そんな趣味ありません‼︎っていうか、雑だと自覚があるならもう少し優しくしてくれてもいいじゃないですかぁ」

「いや、何でお前に優しくする必要があるんだよ。そもそも本当に好きなのか?陽和じゃなくて俺を?状況に釣られてやしないか?」

 

ハジメは未だにシアの好意が信じられないのか、なぜ優しい対応をしていた陽和ではなく自分なのかと。そして、いわゆる吊橋効果を疑った。

今までのハジメの態度からすればシアがハジメに惚れる要素は皆無でむしろ、苦手意識を持ちかねないと思ってもおかしくないほどだからだ。しかし、自分の気持ちを疑われたシアからは溜まったものではなく当然不機嫌になる。

 

「状況が全く関係ないとは言いません。窮地を救われて、同じ体質で……長老方に啖呵を切って私との約束を守ってくれた時は、本当に嬉しかったです。……ただ、状況が関係あろうとなかろうと、もうそう言う気持ちを持ったんだから仕方ないじゃないですか。そりゃ私だって時々思いますよ。どうしてハルトさんじゃなくて、この人なのかなって。ハジメさん、今だに私のこと名前で呼んでくれないし、何かあるとすぐ撃ってくるし、鬼だし、返事はおざなりだし、容赦ないし、優しくしてくれないし、ユエさんばかり贔屓するし、鬼だし、……あれ?本当に何で好きなんだろ?あれ〜?」

「ブフッ」

「クフッ」

 

話しているうちに自分で自分の気持ちを疑い始めて首を傾げるシアに、ハジメは青筋を浮かべつつも何一つ間違ってはいないので、ドンナーを抜こうに抜けないでいる。陽和とセレリアは完全に無関係なのをいいことに、シアの辛辣な評価に全くその通りだと噴き出して腹を抱えていた。テメェら…とハジメの睨みが向くも、二人はなんのその。

 

「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れていくつもりはない」

「そんな!さっきのは冗談ですよ?ハルトさんのことも、好きと言うよりかはまるでお兄さんみたいな人だと思ってますし。ハジメさんのことちゃんと好きですから連れて行ってください‼︎」

「陽和が兄みたいだってのは大いに同意だが……俺にはユエがいるって分かってるだろう?というか、よく本人を前に堂々と告白なんざできるな。……前から思っていたが、お前の1番の恐ろしさは身体強化云々じゃなくて、その図太さだろ。お前の心臓絶対アザンチウム製だわ」

『「「「確かに」」」』

「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですかぁ‼︎うぅ〜、やっぱりこうなりましたかぁ……ええ、分かっていますよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました」

 

突然、フフフと怪しく笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。外野が楽しそうに見ている、なんかウザい。

 

「こんなこともあろうかと‼︎命懸けで外堀は全て埋めているんです‼︎ささっ、ユエ先生‼︎お願いします‼︎」

「は?ユエ?」

 

完全に予想外の名前が出てきたことに目を瞬かせるハジメにシアがしてやったり!という表情を向ける。ハジメがイラッとしながらも、ユエに視線を向ける。

ユエは苦虫を噛み潰したような表情で、心底不本意そうにハジメに告げた。

 

「………………………………………………ハジメ、連れて行こう」

「いやいやいや、何その間。明らかに嫌そう………もしかして、勝負の賭けって……」

「……………無念」

 

ガッカリと肩を落としたユエに大体の事情を察したハジメは、呆れや怒りを通り越して感心すらしていた。しかもだ、シアは先ほど全ての外堀を埋めたと言った。と言うことは、つまり……

 

「あ、ちなみにハルトさん達にも許可はもらってますので。二人に交渉しようとしても無駄ですよ?」

「……マジかよ」

 

ハジメが陽和達の方に振り向き視線で問い詰めようとしたときに、被せるように言ってきた言葉にそんな声が漏れるハジメ。本当かと陽和達の方に振り向けば、これまたウザい笑顔でサムズアップをそろって決めていやがった。

シアはわかっていたのだ。自分の力だけでは本気は伝わらなくても、彼が仲間として大切にしている三人を味方につければいけるのではと。

実際のところ、ハジメは身内に甘い。ユエは恋人だし、陽和は兄同然の人、セレリアもその兄が信頼する仲間。そんな彼らからの言葉があればハジメとて簡単には断れないのだ。そして、三人を味方にする為に死に物狂いで頑張ったのなら、それだけシアの想いが本物だと言うことだ。

 

「……はぁ〜〜」

 

ハジメはため息をつくとガリガリと頭を掻いた。別に、三人が認めたからと言って、シアを連れていかなければいけない理由はない。結局のところ、好意を向けられているハジメが決めることだ。

ユエは不本意ではあるものの仕方ないと肩をすくめているし、陽和とセレリアは異論なしだ。三人は近くで彼女の頑張りを見たからこそ認めているのだろう。

一方、シアの方は、三人を味方につけても不安が残っているのか、不安そうにしながらもやはり覚悟を決めている表情だ。

ハジメは観念したかのようにため息をつくと、シアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアもまた、言葉に力を込めて返した。

 

「付いてきたって答えてはやれないぞ?」

「知らないんですか?未来は絶対じゃないんですよ?」

 

それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉だ。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。

 

「危険だらけの旅だ」

「化け物で良かったです。お陰で貴方達の旅についていけます」

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

「話し合いました。“それでも”です。父様達もわかってくれました」

 

かつての蔑称は、今や誇りへと変わり、化け物でなければできないことがあると知れた。自分をこれまでずっと守ってくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれた時の感情は、きっと言葉に一生表すことはできないだろう。

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだぞ」

「何度でも言いましょう。“それでも”です」

 

ハジメは何とか言葉を紡いでいくも、シアの意志はその程度では揺るがない。そんな言葉ではたまらない。恋とはそう言う類のものだ。

そして、ハジメはシアに完封され何も言えなくなる。

 

「………」

「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね?」

「勝ちってなんだよ」

「私の気持ちが勝ったと言うことです。……ハジメさん」

「……何だ」

 

シアはもう一度、確かな意志を込めてはっきりと言った。シア・ハウリアの望みを。

 

「……私も連れて行ってください」

 

見つめ合う二人。ハジメがシアの蒼穹の瞳を覗き込み、真意を確認する。

 

彼女の瞳は、隠す必要がないほどに真剣な光を宿していた。

 

だから…………

 

「…………………はぁ〜、勝手にしろ。物好きめ」

「はいっ‼︎」

 

ハジメはため息をつき事実上の敗北宣言をした。シアは今までで一番明るい笑顔を浮かべるたら樹海に響き渡るほどの嬉しそうに返事をした。

 

こうして、陽和達の旅に異端の兎人族の少女ーシア・ハウリアが加わった。

 

 

 




テッテレー シア・ハウリアが仲間になった。

後のバグウサギことシアがようやく仲間になりましたね。多分、ありふれのキャラではトップを争うほどのバグり具合を見せてますよねww

ちなみに、陽和ズブートキャンプはユエやセレリアですら悲鳴を上げるレベルであるので、陽和がカム達を最後まで見ていたら、どうなったのやら……。

そして、陽和がドライグから全てを聴いたことに関して、この序盤でそう言う話をするのは早くないか?と思う人もいるはずなので、説明をさせていただきます。

まず、話をした理由ですが、単純に陽和は世界の脅威や解放者達の辿った軌跡を知ってもらうことで早いうちに覚悟を確かなものにして欲しかったからです。
そもそも、大迷宮の攻略順番が陽和の場合は逆転しており、いきなりオルクス大迷宮を攻略し、ドライグの力を継承したからこそ、陽和には来る神との戦いに備えて、知っておくべきだと判断したと言うわけです。それに加え、陽和はドライグを体に宿してから彼の記憶の断片をいくつか見ています。いずれ全てを知るとしてもどれだけの時間がかかるかわからない為、初めから全て知っていればいいと言うことで、どこか二人きりで長時間話せるタイミングと場所ということで、この樹海でのハウリア鍛錬期間を選ばせていただきました。

以上が、この早い段階でドライグが陽和に全てを話した理由となります。説明不足なところもあるかもしれませんが、どうか温かい目でこれからの展開を見守ってください。ペコ


そして、いよいよ次回………ついに、奴らが来るぞっ‼︎‼︎熊人族の皆さんはすぐに退避してくださいっ‼︎‼︎首を刈られるぞっ‼︎‼︎





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