竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回で樹海編は終了します‼︎次回からはブルックに行きます。

今回はいよいよ奴等が現れます。陽和はどうなってしまうのかっ⁉︎⁉︎

そして、お気に入り件数が700を突破しました。読んでくれてる皆さん、本当にありがとうございます‼︎
これからもこの作品をよろしくお願いします‼︎‼︎



24話 ビフォーアフター

 

 

 

「えへへ、うへへへ、くふふ〜」

 

 

最後の関門であったハジメの同行の承認を得てからずっと上機嫌のシアは、奇怪な笑い声を発しながら緩みっぱなしの頬に両手を当ててクネクネと身をよじらせている。それは、ハジメと問答した時の真剣な表情が嘘のように残念な姿だった。

 

「……キモイ」

「ちょっ、キモいって何ですか。キモいって……嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ。なにせ、ハジメさんの初デレですよ?見ました?最後の表情。私、思わず胸がキュンとなりましたよ〜。これは私にメロメロになる日も遠くないですねぇ〜」

 

シアがこれでもかというほどに調子に乗っている。そんな彼女に向かってハジメとユエは声をそろえてうんざりしながらつぶやいた。

 

「「……ウザウサギ」」

「んなっ⁉︎なんですかウザウサギって‼︎いい加減名前で呼んでくださいよぉ〜、旅の仲間ですらよぉ〜、まさか、この先もまともに名前を呼ぶつもりがないとかじゃないですよね?ねっ?」

「「………」」

「な、なんで黙るんですかぁ……ちょっと、目を逸らさないでくださいぃ〜。ほらほらっ、シアですよ。シ・ア。りぴーとあふたみー、シ・ア」

「………さて、陽和この後の予定なんだが……」

 

必死に名前を呼ばせようと奮闘するシアを露骨に無視して、今後の予定について話そうと後ろで苦笑いを浮かべている陽和達に振り向く。それに、シアは「無視しないでぇ〜、仲間はずれは嫌ですぅ〜」と涙まで縋りついている。どうやら、旅の仲間になっても扱いの雑さはしばらく変わらないのだろう。

そして、シアはセレリアに慰めらながらシクシクと泣いていると、霧をかき分けてカムを含めて数人のハウリア族が現れた。

ハジメが最終日に課した課題をクリアしたようで魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきたのだ。

 

「………ん?」

 

カム達の登場に二日目からは見ていなかった陽和が彼らに振り向いた途端に首を傾げる。

感じる雰囲気からしてもカム達がハジメに鍛えられ、強くなったのはわかった。だが、妙な違和感というか、嫌な予感がしたのだ。その根拠がわからずに首を傾げる陽和。

シアもカム達の違和感に気づいたのか、久々の家族の再会に頬を綻ばせていたのを止め、息を呑み込んでじっと彼らを見ている。

歩み寄ってきたカムは、シアを一瞥するとわずかに笑みを浮かべ、すぐに視線をハジメに戻すと………

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩ってきやしたぜ?」

「……は?」

「ボ、ボス?と、父様?何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

カムの変わり果てた言動に陽和は目を丸くし、シアは戸惑いの声を発するのだが、カムは二人をサラリと無視して、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙や爪やらをバラバラと取り出していく。

 

「俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

 

ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を1チーム一体狩ってくること。しかし、眼前に置かれた剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、優に10体分はある。そんなハジメの疑問に対し、カム達は不敵な笑みを以て答えた。

 

「ええ、そうなんですがね。殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやきて……生意気にも殺意を向けてきやがったので、丁寧にお出迎えしてやったんですよ。なぁ?みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザい奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ。それでよしとしとこうぜ?」

 

不穏すぎる発言にオンパレードだった。これが全員、元々温和で平和的な兎人族だと誰が思うだろう。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をしていく。

それを呆然と見ていた陽和達は一言、

 

「……誰?」

「……マジかよ」

「……変わりすぎじゃないか」

 

まるで別人のような言動と雰囲気を発する彼らの代わりように揃って唖然とする。頭痛を堪えるように眉を顰める陽和にドライグが恐る恐る尋ねた。

 

『………………お、おい、相棒。アレは誰だ?』

 

あのドライグですら、今のカム達の代わりようには唖然とするほかなかった。そんな彼に陽和は多分な後悔が滲む表情で呻くように答える。

 

「………………ドライグ、アレが今のハウリア族達、らしい」

『…………………嘘だろ?もはや、別人じゃないか。この九日に何があったんだ?』

「…………そんなの俺が知りたい」

 

しまいには陽和は肩を落としてそう呟いてしまうほど。ハウリア達が強くなっているのは喜ばしいことなのだが、その強さの代償に彼らは人格を差し出してしまったらしい。

誰になど言わなくてもわかる。落ち込む陽和の後ろで、気まずそうな表情を浮かべるハジメだ。シアも元凶はハジメだと確信し、彼に詰め寄る。

 

「ど、どういうことですかっ⁉︎ハジメさん‼︎父様達にいったいなにがっ⁉︎」

「お、落ち着け……どういうことも何も……訓練の賜物に……」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ⁉︎完全に別人じゃないですかっ‼︎ちょっと、目を逸らさないでください‼︎こっち見て‼︎」

「……別に、大して変わってないだろ」 

「貴方の目は節穴ですかっ‼︎見てください。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですかっ‼︎あっ、今、ナイフにジュリアって呼びかけた‼︎ナイフに名前つけて愛でてますよっ‼︎普通に怖いですぅ〜」

「ほ、本当にお前はどんな訓練を施したんだ?人格が変わってるぞ」

 

シアの焦燥に満ちた怒声が響き、セレリアもカム達の変貌には少し怯えている。

しかし、当の本人達は「一体、どうしたんだ?」とわかってなさそうなのが尚のことタチが悪い。そんなこんなで、他のハウリア族も戻ってきたのだが、カム達だけかと思いきや……何と、全員豹変してしまっていたのだ。男衆だけでなく女子供、老人まで。

 

シアに詰め寄られたハジメは、どことなく気まずそうに視線を逸らしながら、のらりくらりとシアの尋問を躱していた。だが、そんな彼の背後からガシッと力強く肩を掴む者が一人。

ハジメが振り向けば、そこにいたのは陽和で、全く笑っていない笑顔を浮かべていた。しかも、額には青筋が浮かんでいる。陽和は一切の抑揚のない口調で、優しく、だがその裏に怒りを多分に含ませながら、ハジメに迫る。

 

「俺が見なくなった後、お前は何をした?吐け」

 

有無を言わせない口調。というか、誤魔化したら許さんと言わんばかりの声音に、ハジメも観念したのか、冷や汗を流しながら遂に答えた。

 

「…………ハー◯マン式訓練法を施しました」

 

ハジメが言った訓練方法。異世界人であるセレリア達は揃って首を傾げているものの、陽和だけは、それを知っていた。その訓練方法はおおよそ真っ当なものではなく、精神を魔改造し兵士を戦争マシーンにする最悪な訓練だ。

それを聞いた陽和はこれでもかと目を見開くと、あからさまに狼狽する。

 

「お、おま、お前っ、何してんだっ!なぁ、何してくれやがった!よりによって、ハー◯マン!?!?お前、アレをカム達にやったのか!?軍属でもない超お人好し気質のこいつらにっ!?お前正気かっ!?」

「い、いや、だって、コイツらが、余りにも生温かったもんだから」

「だからって、ハー◯マンはやっちゃダメだろ!!!あんな温厚だった森のウサギ集団が、殺戮大好きなアサシン集団になっちまってるじゃねぇかっ!!!」

「お、おう」

 

今度は陽和の叫びが樹海に響き渡った。ハジメの両肩を掴みぶんぶんと揺らしながら叫ぶ陽和に、流石のハジメもやっぱりやりすぎたかと、少したじろいでいた。

あまりの陽和の狼狽えように、セレリアは驚きに目を丸くしながら、手を離して頭を抱えている陽和に恐る恐る尋ねる。

 

「な、なぁ、ハルト?そのハー◯マン式訓練法ってなんなんだ?」

「………………俺らの世界で絶対に真似しちゃいけない訓練法の一つで、新兵に人格を否定するほどの徹底的な罵詈雑言を浴びせて、自尊心を砕き尽くして、即戦力として鍛え上げる訓練法だ。ただ、はっきり言ってこれは精神を魔改造する、というかもはや洗脳のようなものだから、やばい」

「……うわぁ」

 

陽和の説明にセレリアは口元をひくつかせながら、ドン引きする。話を聞いただけでもこれなのだ。実際に目にしたらさぞや恐ろしい訓練なのだろう。そして、それをやったハジメにセレリアは非難するような視線を向けた。ハジメは一切視線を合わせない。

 

そして、陽和が頭を抱える傍らでシアが正気に戻そうとカム達に縋り付く。

 

「皆さっきから口をひらけば恐ろしいことばかり。正気に戻ってください!ハジメさんに洗脳されてますよ!」

「大丈夫だぞ、シア。私達は皆至って正気だ」

 

縋り付くシアにカムは安心させるように言う。その表情は前の温厚そうなものであり、シアは少し安心するも、「ただ」と続いたことで嫌な予感が急速に湧き上がり頬を引き攣らせる。カムは、そんなシアににっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「ボスのお陰でこの世の真理に目覚めただけさ。この世の問題の9割は、暴力で解決できるとね」

「やっぱり別人ですぅ〜!優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ〜、うわぁ〜ん」

 

シアはショックのあまりその場で盛大に泣きべそを掻く。そして、カム達の変わりようにショックを受けたのはもう一人、陽和もだ。

 

「シア、本当にすまんっ。俺がちゃんと見てれば、お前の家族はっ、こんなイカれ野郎にはならなかったのにっ」

 

陽和は凄まじい罪悪感をその表情に浮かばせながら、シアに必死に謝罪する。ハー◯マン式訓練法の実態を知っているからこそ、彼らの変わりように本当に罪悪感を感じているのだ。

そして、そんな彼女らにさらに追い討ちをかける存在が現れる。

 

「ボス‼︎手ぶらで失礼します‼︎報告と上申したいことがあります‼︎発言の許可を‼︎」

 

そんな歴戦の軍人もかくやという雰囲気でビシッと惚れ惚れするような敬礼をしてハジメに報告するのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年。

しかし、その肩には子供には似合わない大型のクロスボウが担がれており、腰には2本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。その顔には子供のような可愛らしい笑みではなく、ニヒルなものへと変わっていた。

目の前の少年は確か、シアのことをシアお姉ちゃんと呼んだり、陽和に懐いていた子供の一人なのだが………そんな子供ですら歴戦の軍人へと変わってしまったことに、シアと陽和は揃って硬直する。少年は二人に構わずに報告を続ける。

 

「はっ!樹海の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します‼︎」

「あぁ、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。……で?」

「はっ‼︎宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか‼︎」

「う〜ん。カムはどうだ?コイツはこう言ってるけど?」

 

話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷く。

 

「お任せいただけるのなら是非。我らの力、奴らにどこまで通じるか……試してみたく思います。な〜に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

カムの言葉に周囲のハウリア達が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が増えたのも相まって、シアの表情が絶望に染まり、陽和の表情が死んでいく。

 

「……できるんだな?」

「肯定であります‼︎」

 

最後の確認をするハジメに元気よく返事したのはさきほどの少年だ。ハジメは1度目を閉じ深呼吸すると、カッと目を見開き、

 

「聞け‼︎ハウリア族諸君‼︎勇猛果敢な戦士諸君‼︎今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する‼︎お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない‼︎力を持って理不尽を粉砕し、知恵を持って敵意を捻じ伏せる!最高の戦士だ!私怨に駆られ状況判断もできない“ピッー”な熊共にそれを教えてやれ!奴等はもはやただの踏み台に過ぎん!ただの“ピッー”野郎共だ!奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ!生誕の証だ!ハウリア族が生まれ変わったことをこの樹海の全てに証明してやれ!」

「お、おい、それ以上は取り返しがつかなく……」

「「「「「「「「「「Sir, yes, sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ!諸君!最強最高の戦士諸君!お前達の望みはなんだ!」 

「ま、待てっ、お前熱入り過……」

「「「「「「「「「「殺せ‼︎殺せ‼︎殺せ‼︎」」」」」」」」」」

「お前達の特技はなんだ!」

「やめろぉ!それは聞く……」

「「「「「「「「「「殺せ‼︎殺せ‼︎殺せ‼︎」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「だからっ、やめろって……」

「「「「「「「「「「殺せ‼︎殺せ‼︎殺せ‼︎」」」」」」」」」」

「そうだ!殺せ!お前達にはそれができる!自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「話を、き……」

「「「「「「「「「「Aye, aye, Sir!!」」」」」」」」」」

「いい気迫だ!ハウリア族諸君!俺からの命令は唯一つ!サーチ&デストロイ!行け‼︎」

「…………………」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」」」」」」」」」」

「うわぁ〜ん、やっぱり私の家族はみんな死んでしまったんですぅ〜」

「……あぁ、もうあの大人しかったハジメはいないんだ。奈落の底で死んだんだな……ハハハ」

 

ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へと消えていくハウリア族達。

温厚で平和的、争いが何よりも苦手な心優しき森のウサギさん一族は……悲しいことに死んでしまったようだ。変わり果てた家族にシアが、すっかり変わってしまった親友に陽和が、揃って膝から崩れ落ちシアは泣き、陽和は乾いた笑い声を上げる。

 

「………ん、流石に可哀想」

「だ、大丈夫か?陽和」

『あ、相棒。し、しっかりしてくれ』

 

流石に見かねたのか、ユエとセレリアがポンポンとシアの頭を、陽和の肩を慰めるように手を置いて撫でていた。ドライグも陽和を優しく慰める。

 

ちなみに、先程ハジメに軍人さながらの報告をした少年の名前はパル。今年11歳である。

大人はもう手遅れでも、まだ子供なら引き戻せるかもしれない。そんな一縷の望みをかけてシア(途中から陽和も参戦)が説得にかかるも、彼もまた既に手遅れであり、一人称が僕から俺に変わっただけでなく、自身の呼び名もパルから“必滅のバルトフェルド”という本当にわからない厨二病的なソレへと改名していたのだ。

シアをお姉ちゃんと慕い、お花が大好きな心優しき少年の姿はもはや見る影もなく、パル改め“必滅のバルトフェルド”は他のハウリア達と共に猛々しく霧の中へと消えてしまった。

 

既に彼女の知る家族の姿はどこにもなく、シアは一人項垂れ再びシクシクと泣き始める。

陽和もまた自分の弟と歳の近い少年が、人格から変わってしまったことに弟の姿でも重ねてしまったのか、ショックに再び意気消沈する。

実に哀愁漂う二人の姿に、セレリアとユエが何とも言えないような表情を浮かべ、どことなく気まずそうに視線をさまよわせているハジメへと視線を向けて、ボソリと呟いた。

 

「……流石ハジメ、人にはできないことを平然とやってのける」

「いや、だから何でそのネタ知ってるんだよ……」

「………ハジメ、お前、よくもまぁ平気でやれるな。人の心はないのか」

「いや、セレリア、そこまで言わなくても……」

「……闇系魔法も使わず、洗脳……すごい……」

「……正直、ちょっとやり過ぎたとは思っている。反省も後悔もないけど」

「お前、それを陽和の前で言ってみろ。ほら早く言え」

「絶対にぶん殴られるから嫌だ」

「……ん、でも、自業自得」

「陽和に怒られる前に少しは反省しろ」

「…………」

 

ハウリア達が去った後、元々いた場所ではしばらく啜り泣くシアと項垂れる陽和の姿があり、微妙な空気が漂っていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

もっともそれは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でもジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 

そんな彼が、右手を失うという怪我を負った。

 

自分達の心酔する長老が、一人の竜人に成す術もなく片手を奪われ、竜化した彼に殺されかけるという事態に、レギンは煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。しかも、医師曰く近いうちに族長の座を退かなければならないと言われるほどだった。

レギンは腹の底から湧き上がるソレを堪えることもなく、現場にいた長老衆に長老達に詰め寄り全ての事情を聞くと、長老達の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え。報復へと乗り出したのだ。

 

長老衆や他の一族、そしてジン本人からの説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、特にジンを慕っていた若者達が集まり、仇を討とうと息巻いていた。

その数は実に四十人ほど。仇の竜人の目的が大樹ウーア・アルトであることを知ったレギンは、最も効果的な報復として大樹に到達する目前で襲撃することにしたのだ。

相手は竜人とはいえ、他は人間と兎人族だ。彼自身を倒せずとも、他のものを人質などにして袋叩きにすればいい。仲間意識が強いようなので、人質に取れば手出しはできないだろうと、そう考えたのだ。

だが、その見通しは甘すぎるとしか言わざるを得ない。レギンは次期族長と噂されるぐらい優秀である。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎるのだ。とはいえ、その目論見は予想外の方向で裏切られる。

 

「これはないだろう!?」

 

レギンはたまらず絶叫をあげた。なぜなら、最強種の一角である自分達熊人族が、よりにもよって亜人族最弱とまで言われている兎人族に、蹂躙されているというあり得ざる光景が目の前で広がっていたからだ。

 

「ほらほらほら!気合い入れろや‼︎刻んじまうぞぉ!」

「アハハハハ、豚のように悲鳴をあげなさい!」

「汚物は消毒だぁ!ヒャハハハッハ‼︎」

 

ハウリア族の哄笑が響き渡るとたまに、致命の斬撃が無数に振るわれる。

温厚で平和的で争いが何よりも苦手だった兎人族とは思えない姿に、必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに悲鳴まじりに叫び返す。

 

「ちくしょう!なんなんだよ!誰だよ、お前ら‼︎」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ!来るなっ!来るなぁあ‼︎」

 

奇襲しようとしていたはずなのに逆に奇襲されていること。圧倒的格下の兎人族とは思えない強さ。どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携。そして何より、嬉々として刃を振るう狂気の姿、ソレら全てが激しい動揺を生んで、スペックの差を覆し熊人族達を窮地に追い詰めていたのだ。

元々、兎人族はスペックで見れば亜人の中でも底辺。だが、ソレと引き換えに磨き抜かれた危機察知能力と隠密能力は群を抜いている。ソレらを活かした奇襲戦法は実に暗殺に向いていたのだが、元来の気質がそれを出来なくさせており、ハジメはそこに目をつけた。

 

ハジメが施したのは彼らの闘争本能を呼び起こすという方法だ。ひたすら罵り追い詰めて、武器を振るうことや相手を傷つけることに忌避感を覚える暇も与えないようにした。

約九日間それを続けた結果、ハウリア達の心は完全に戦闘者のソレへと変貌を遂げたのだ。

躊躇いのない攻撃性を獲得した彼らは、見違えるほどの戦闘力を発揮し、一族全体を家族と称するほどの絆の強さが、連携力を向上させ、卓越した気配の微調整と合わせれば絶大な効果を発揮した。

その上、そこにハジメ特性の武器の数々が加わることで、戦闘力はさらに向上した。

 

全員が常備している小太刀は、優れた切れ味を有し、タウル鉱石を使うことで衝撃にも強くなっている。投擲用ナイフも同じだ。

他にも、奈落の底の蜘蛛型の魔物から採取した伸縮性・強度共に抜群の糸を利用したスリングショットやクロスボウだ。近接戦は厳しい者がいても、索敵能力を組み合わせることで、霧の向こう側からの遠距離狙撃も可能にしていた。

 

そんなわけで、異常な変貌を遂げたハウリア族達を前にパニック状態に陥っている熊人族が抗えるわけもなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分討ち取られていた。

 

「レギン殿!このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿は私が務めっクペッ⁉︎」

「トントォ⁉︎」

 

撤退を進言した部下のこめかみが正確無比に矢で貫かれ、レギンが動揺してさらに陣形が乱れる。

それを好機と見たカム達が一斉に襲いかかり、霧の中からの狙撃、足首を狙い打つ斬撃。それらを囮とした本命の首を刈る一閃。背後からの刺突などなど、連携と気配の強弱を利用した戦略でレギン達を翻弄する。レギン達はこれが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか⁉︎と戦慄すらしていた。

そうして、遂に追い詰められたレギン達。満身創痍となり武器を支えに何とか立つ彼らは、大木を背に一塊になっていた。それをカム達が取り囲む。

 

「どうした“ピッー”野郎共!この程度か!この根性なしが!」

「最強種が聞いて呆れるぞ!この“ピッー”共が!それでも“ピッー”は付いてるのか!」

「さっさと武器を構えろ!貴様ら足腰の弱った“ピッー”か!」

 

人が言うとは思えないような罵声が浴びられ、熊人族達は更に戦慄の表情を浮かべている。

中には既に心が折られたものもおり、プルプルと震えながら「もう、いじめないで?」と涙ぐんで訴えるものもいた。

 

「クックックッ、何か言い残すことはあるかね?最強種殿?」

「ぬぐぅ……」

 

カムの皮肉げな物言いに悔しげに表情を歪める。しかし、何とか混乱から立ち直れたからか、その瞳には理性が戻ってきており、ジンの敵討ちという怒りはまだあるものの、それ以上に、生き残った部下を一人でも多く存命させることに集中し始めていた。

同族を駆り立てて、この窮地に陥らせた元凶は他ならぬ自分なのだから。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなら好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃してほしい」

「なっ、レギン殿!?」

「レギン殿!それはっ……」

「黙れっ。……頭に血が上り目を曇らせた俺の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい!この通りだ」

 

ざわつく部下達を一喝したレギンは武器を手放し跪いて頭を下げる。部下達はレギンの武に対する誇り高さを知っているがために、敵に頭を下げる彼の覚悟の大きさに、言葉を詰まらせ立ち尽くす。

そして、そんな彼らに対するカム達の返答は、

 

「だが断る」

 

拒絶の言葉と投擲されたナイフだった。

 

「うぉ⁉︎」

 

咄嗟に身を捻りかわすレギン。ソレを合図にカム達は一斉に矢やら石を放つ。高速で撃ち放たれるソレを大斧で必死に耐え凌ぐレギン達を、カム達は哄笑を上げながら心底楽しそうに攻撃を加えていく。

 

「なぜだ⁉︎」

「なぜ?貴様らは敵であろう?殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

「ぐっ、だが!」

「それになにより……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ!ハッハッハッ‼︎」

「んなっ⁉︎おのれぇ!こんな奴らに‼︎」

 

問答無用で攻撃を続けるカム達らは実に楽しそうだ。安全圏から弓やクロスボウで相手を嬲るその姿は、力に溺れた者に典型的な狂気じみた高揚感に満ちたそれだ。

どうやら、今まで差別し続けてきた他種族に対する初めての勝利、同胞たる亜人を殺したことで心のタガが外れ完全な暴走状態にあったのだ。

そして、カム達の苛烈さを増していく攻撃に、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが、もう満身創痍だ。次の掃射でおそらく殺されるだろう。

 

(……ここまでか………皆、すまん……)

 

カムが口元を歪めながらスッと腕を掲げ、ハウリア達が狂気の眼で矢をつがえる姿に、レギンはここが死に場所と感じながら体の力を抜き、巻き込んでしまった部下達に心の中で詫びる。

そして、直後カムの腕が振り下ろされ、一斉に矢と石が放たれる。レギンが最後の抵抗と言わんばかりに、決して目を逸らさずに睨み続け………

 

「いい加減にしなさぁ〜い‼︎‼︎‼︎」

「そこまでだっ‼︎‼︎」

 

白き人影と鉄槌が、赤き人影と炎剣が、轟音と共に全てを吹き飛ばす光景を目の当たりにした。

 

「へ?」

 

死を覚悟したレギンは思わず目の前の光景に間抜けま声を出してしまう。淡青白色の髪を靡かせたウサミミ少女と赤い鎧に身を包む人影が、巨大な鉄槌と炎纏う剣と共に天より降ってきた挙句、地面に槌を叩きつけて発生させた衝撃波と、凄まじい熱量を秘めた炎で矢や石をまとめて消し飛ばしたのだから。

目が点になるとはまさにこのことだ。

怒り心頭!といった感じで登場したのは、シアと陽和だ。シアが大槌をブォンッと突風を発生させながら振り回して、カムへと突きつけた。

 

「もうっ!ホントにもうっですよ!父様も皆も、いい加減に正気に戻ってください!」

「お前ら、いい加減にしろ。これ以上は本当に取り返しのつかないことになる」

 

二人の言葉に、最初は驚愕で硬直していたカム達はハッと我を取り戻すと責めるような視線を二人に向ける。

 

「シア、何のつもりか知らんが、そこを退きなさい。ハルト殿も、どうか通してもらえませんか?奴らを殺せないでしょう?」

「いいえ、退きません。これ以上はダメです!」

「訓練をハジメに任せた俺にも非はある。だが、これ以上は看過できない」

「ダメ?まさかシア、ハルト殿。我らの敵に与すると?返答によっては……」

「いえ、この人達は別に死んでも構わないです」

「「「「いいのかよっ⁉︎」」」」

「……まぁ、長老達は俺らに手を出した者は自己責任って決めてたからな」

「ハルトさんのいう通りです!殺意を向けてくる相手に手心を加えるなんて心構えでは、ハルトさん達の特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」

 

一瞬、同族の虐殺を止めに来てくれたのかと考えていた熊人族達だったが、あっさりと斬り捨てられたことにツッコミを入れるも、続く陽和達の言葉に押し黙るほかなかった。

 

「ふむ。では、なぜ止めたのだ?」

 

カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。どうやら、本当にわからないらしい。

 

「そんなの決まってます‼︎父様達が、壊れてしまうからです!堕ちてしまうからです!」

「壊れる?堕ちる?」

 

訳がわからないという表情のカムに陽和が静かに指摘する。

 

「なぁ、お前ら。今自分達がどんな顔してるかわかるか?お互いの顔を見てみろ」

「?顔を、ですか?」

 

陽和の指摘にカム達は周囲の仲間と顔を見合わせてお互いの顔を見る。赤い血が付着した狂気に満ちた歪んだ笑み。しかし、それらを目の当たりにしてもなお首を傾げる彼らに、陽和はよく聞こえるようにはっきりと告げる。

 

「全く同じだよ。俺が殺した帝国兵の顔と」

「「「「「っっ⁉︎⁉︎」」」」」

 

カム達は驚愕に目を見開く。宿っていた狂気が吹き飛ぶほどの衝撃であり、彼らは小太刀を落としたり、あからさまに狼狽えたり、顔を仕切りに触ったりしている。

自分達家族の大半を嘲笑と愉悦混じりに奪っていった帝国兵達と同じ表情をしていた。それがどれだけショックを受けたのか、彼らの様子を見れば一目瞭然だろう。

 

「わ、私は…ちが……」

「ふぅ〜、少しは落ち着いてくれたみたいですね。よかったです。最悪、全員ぶっ飛ばさなきゃと思ってましたからね」

「シア、その時は俺も遠慮なく参加させてもらうぞ」

「勿論ですよ」

 

シアが大槌をフラフラさせ、陽和が籠手を打ち鳴らす。2人の指摘にハウリア達が少し動揺する。そんな彼らに、シアが頬を少し緩めた。

 

「まぁ、初めての対人戦ですし、今気がつけたのなら、もう大丈夫ですよ!大体、ハジメさんも悪いんです!戦える精神にするというのはわかりますが、あんなのやり過ぎですよ!戦士どころかバーサーカーの育成じゃないですかっ!」

「全くだな。ハジメが大体悪い」

 

今度は全ての元凶たるハジメに怒り出す2人。そして、シアが小声で「なんであんな人好きになっちゃったんだろ?」とか呟いているのを横目に、陽和は背後に視線を向ける。

 

「おい、何逃げようとしてるんだ?そこで大人しくしてろ」

 

左手を振るい、動けなくなる程度の雷撃を今まさに逃げようとしていたレギン達を狙い撃つ。レギン達は「ぐわっ⁉︎」呻き声と共に崩れ落ち、倒れたまま痙攣する。

ビクビクと痙攣するレギン達に陽和は近づくと、濃密な殺気を放つ。かつてないほどの殺気にガクブルしてる彼らから視線を外すと、今度は霧の方へと視線を向けながら声を上げる。

 

「おい、ハジメ。俺が言いたいことはわかるよな?」

「………うす」

 

陽和が視線を向けた先の霧の奥からハジメとユエ、セレリアが現れる。しかし、ハジメの頭には明らかに大きなたんこぶができていた。誰かに拳骨でも落とされたのだろうか。

ハジメが頭にたんこぶをこさえてることにカム達が驚く中、ハジメは陽和に多少ビクビクしながらそう頷くと、カム達に視線を向けると気まずそうにしながらも謝罪の言葉を口にした。

 

「あ〜、まぁ、なんだ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

なお、ハジメの頭のたんこぶは何を隠そう陽和がやった。あの後、カム達が蹂躙をしている頃、立ち直った陽和がハジメに倍加済みの拳骨を落としたのだ。そして、陽和にブチ切れされたハジメは流石に反省し、素直に謝罪したのだ。

しかし、ハジメの素直な謝罪という予想外の光景にシアとカム達はポカンと口を開けて目を点にしていた。

 

「ボ、ボス⁉︎正気ですか⁉︎頭打ったんじゃ⁉︎」

「メディーック!メディーーック!重傷者一名!」

「ボス!しっかりしてください‼︎」

 

となれば、こんな阿鼻叫喚になるのは当然。

彼らの様子に青筋を浮かべ、口元をひくひくさせるハジメ。流石に、ハジメとて今回ばかりは自分が悪いとはわかっているのだ。陽和にもこっぴどく叱られ、反省して謝罪したというのに……この反応は失礼ではないだろうか?

いやまぁ、気持ちは分からんでもないが、自分がそう思われているとキレるべきか、日頃の自分を振り返るべきか悩むところだった。

ハジメ達のことを傍に置いた陽和は、鎧を解除して痺れ動けないレギンの元へ歩み寄ると、その真横で胡座をかいて座った。

 

「お前、名前は?」

「……レギン。レギン・バントンだ」

「そうか、じゃあレギン、俺はここでお前らを殺すこともできるが、俺としてはお前達を無意味に殺したくはない。そこで、一つ条件がある」

「……条件だと?なぜ我らを見逃そうとするんだ?」

 

レギンの当然な疑問に陽和は、露骨にため息をつくと頭をガシガシとかきながらうんざりとした表情で答えた。

 

「はぁー……今回後ろのバカ共の暴走の件は、俺にも非があるからな。まぁなんだ、つまりは監督不行きってことだ」

 

そう言って後ろのハジメ達を恨みがましそうに睨む。陽和に睨まれたハジメとカム達は揃ってビクゥッと体を震わせると、冷や汗をダラダラと流していた。その様子に、再びため息をついた陽和はレギンへと向き直った。

 

「そういう訳で、詫びの意味も込めてお前らを生かして帰すと判断した訳だ。勿論、ただでとは言わん。さっきも言ったとおり、ちゃんと条件を飲んでもらうがな」

「その、条件、とは?」

 

見逃してもらえることに安堵するも戸惑いを隠せないレギン達に陽和はその条件を告げた。

 

「“貸一つ”とアルフレリックさん達に伝えることを誓え」

「………っ⁉︎それはっ!」

「引き受けるなら見逃そう。だが、できないなら……言わなくてもわかるよな?」

 

条件の内容の意味を知り、凍り付くレギンに陽和は淡々と告げる。

長老会議が会議の決定を覆してまで苦渋の選択を取り不干渉を結んだというのに、その伝言を伝えれば長老衆は無条件で陽和の要請に応えなくてはならなくなった。

客観的に見れば、ジンの件も、レギンの件も、どちらも一方的に仕掛けておいて命を見逃されているのだから、長老衆の威信にかけて無碍にはできない。無視して仕舞えば、無法者に成り下がるし、今度こそ陽和の報復があるかもしれない。

つまりだ、レギン達は情けをかけられて見逃されるどころか、フェアベルゲンに不利な条件を持たされることを意味している。自分達の私怨での独断行動の結果が、フェアベルゲンに負債を背負わせる事態を招いたのは、レギンにとっては屈辱でしかないだろう。生き恥を晒せと言ってるようなものだ。

表情を歪めるレギンに陽和は追い討ちをかける。

 

「で、どうするか気だ?ああ、勿論部下の死の責任はお前が持てよ?ハウリアに惨敗しましたってな」

「ぐぅっ」

 

陽和はここで保険をかけたのだ。陽和は知っているのだが、この樹海の大迷宮には条件を満たしていないので今のままでは入れない。

だからこそ、条件を満たしてから来るつもりなので、もしもその時フェアベルゲンに何かしらの用事があった時に無条件で協力させることができるのだ。

悩むレギンに、陽和は“ヘスティア”に炎を纏わせながら上に掲げて脅す。

 

「ほら、判断は迅速にしろ。でなければ、お前らは丸焼きになるだけだ」

「わ、分かったっ‼︎ち、誓うっ‼︎伝言を必ず持って帰ると約束するっ‼︎‼︎」

「分かればいいんだ」

 

慌てて約束したレギンに陽和は頷くと、炎を消して代わりにヘスティアの鋒に朱い魔力の光を灯すと、

 

「全てを癒す。“ディア・エイル”」

 

あろうことか回復魔法を使ったのだ。

レギンの足元だけでなく、部下達を、その他の虫の息になっている熊人族をも呑み込むほどの大きさの朱色の魔法陣が展開され、紅白の輝きがレギン達だけでなく、瀕死状態の熊人族達も包み込み瞬く間に癒していったのだ。

 

「ど、どう言うつもりだ?」

 

自分達の怪我が瞬く間に消え、遠くで瀕死の者達が呻き声を上げながら起き上がる様子を見ながら、戸惑いの声を上げるレギン。

その疑問に陽和は立ち上がり、土埃をパッパッと払いながら、当然のように応えた。

 

「だから、うちの馬鹿共の暴走の詫びだっつったろ。俺個人として亜人族とは余計な禍根は残したくはねぇからな。あの族長の件は別として、今回は元を辿れば俺の監督不行きが原因だ。なら、俺が尻拭いすんのも仕方ねぇことなんだよ」

 

困ったように、呆れたようにそう吐き捨てながら言うと、今度は苦笑いを浮かべながら言う。

 

「それに本当に不本意だが、あいつらはもう俺の身内だ。身内の不始末は身内がつける。至極当然の話だろ?」

「…………」

 

陽和の言葉にレギンは呆気に取られる。

レギンだけでなく、周囲にいた部下や瀕死から復帰した熊人族も、そしてカム達ハウリア族達ですら陽和の言葉に大きく目を見開いて硬直していたのだ。

少しして、いらんことを言ったと陽和は気づき、露骨に顔を顰めてレギンに帰るように促す。

 

「話は終わりだ。俺の気が変わらんうちにとっとと帰れ。ほら、帰った帰った」

「わ、分かったから蹴るな!お前ら、撤退するぞ‼︎」

 

照れ隠しで熊人族達をゲシゲシと蹴る陽和に、レギンがそう抗議しながらも、全員に撤退を促した。ハウリア族により心を折られ、レギンの決死の命乞いも聞いていた部下の熊人族も反抗する気力もないようで、陽和に蹴っ飛ばされながら慌てて帰路に着いた。

若者が中心だったことも素直に敗北を受け入れた要因なのだろうが、レギンはもうこれからはフェアベルゲンで幅を利かせることはできないはずだ。理不尽に命を狙い、返り討ちにされ、更には治療され見逃されたのだから。

霧の向こうへ熊人族達が消えていくのを見送った陽和は、疲れたと言わんばかりに大きなため息をついた。

 

「はぁ〜〜〜、何とかなったかぁ」

『お疲れ、相棒。相棒はよくやったぞ。よく、あの混沌とした状況を取りまとめたな。あとは、奴らがどうなるかで変わるだろうな』

「そうだといいな。さて、それはそうとして……オイ、眼帯とウサミミのド阿呆共、全員そこに正座しろ」

「「「「「は、はいっ‼︎‼︎」」」」」

 

そうして陽和はハジメ達振り向きながら声を振り上げる。いきなりの罵声に一纏めでド阿呆と呼ばれたハジメとカム達はすかさず正座をしてビシィッと姿勢を正す。

陽和はズンズンと大股でハジメ達に近寄ると、深く嘆息する。

 

「こうなったのは元を辿れば俺のせいだ。俺がハジメに訓練を任せきりにして、お前達の訓練を見てやらなかったのがそもそもの原因だな。だから、お前らの訓練をおざなりにしていたことは本当にすまなかった」

 

そう言って頭を下げて謝罪した陽和にハジメ達全員がポカンとする。てっきり怒られると思っていたのに、まさか謝罪をされるとは欠片も思っても見なかったからだ。

そして、頭を下げる陽和に何とか頭を上げさせようと、慌てて言葉を並べようとしたカム達は直後、上げられた陽和の顔を見て固まる。

彼の顔には満面の笑みが浮かんでいたのだ。しかし、細められた瞳は一切笑っておらず、完全に据わっていた。そこで理解する。彼はまだ怒っていることに。

 

「それはそれとしてだな。ハジメが何をするかぐらいは聞いとけばよかった。聞いてればこんな手間がかかることもなかったはずだ。まぁ、フェアベルゲンに貸しができたと思えば、それほど痛手ではないけどな」

「そ、そうすか。じゃあ、あの……」

「黙れ。俺が話してる」

「う、うす」

 

何か言おうとしていたハジメを陽和が恐ろしいほどに低い声音で黙らせる。今の陽和は発言を許していない。その後も、陽和の説教は続く。

 

「まずハジメ、お前はやっていい事とダメなことぐらいの分別はできるとは思ってた。だというのに、ハー◯マンを選びやがって。やる前に俺に相談するなりなんか出来たはずだろうが」

「ほ、ほんとマジでそうなんすけど、その、カム達の腑抜け具合が、余りにも酷くてだな「あ"ぁ?」いえ、何でもありません。ほんとマジで勝手してすんませんした」

 

何とか自身の正当性を主張しようとするハジメに、陽和がドスの効いた声を出して、一瞬で屈服させる。

自分達にトラウマを刻みつけたハジメが、陽和に屈していると言う予想外の光景に、ハジメの背後で正座をするカム達の間に戦慄が走った。

 

「とにかく、何か困ったことがあんなら連絡しろ。対策ぐらいは一緒に考えてやるから。ホウレンソウは大事なんだぞ。いいな?」

「は、はい。以後気をつけます」

「よろしい」

 

そして、ハジメへの説教を終えた陽和は今度はその後ろにいるカム達へと視線を向ける。

カム達は完全に据わった陽和の目に、冷や汗を滝のように流しながら、この場から逃げたい衝動に駆られていた。もっとも、逃げ出した時点で終わりなので逃げようにも逃げれない状況だ。

 

「そんでハウリア。お前らは確かに強くなった。その一点だけ関しては、純粋にお前らの成長は嬉しい。だがな、人を傷つけることを楽しむような愚図に成り下がるな。

あくまで俺が教えたのは守る為の戦い方で、ハジメは生き抜く戦い方を教えたはずだ。確かに、今まで虐げられてきたお前達が、熊人族を圧倒できるほどに強くなれたことに高揚するのは当然だ。かといって、今までされてきた仕打ちをそのまま返していいわけじゃない。それをすれば今までお前達を虐げた奴らと同列の存在に堕ちるだけだぞ」

「は、はい、ごもっともです」

「弱者であったお前達は、知っているはずだ。命の尊さを。心の痛みを。だからこそ、それを強者になったとしても忘れるな。強者だからこそ弱者を虐げるのではなく、守れる存在になれ。

最も臆病な種族ー兎人族。しかし、それは恥じることじゃない。臆病ということは、命の重さを知っているということだ。知っているからこそ、優しく平和を好む種族になったのだろう。

ならば、お前達もそうあるように振る舞え。自分達兎人族は臆病だからこそ強いのだと、胸を張って生きろ」

「………………」

「説教は終わりだ。これから早速大樹に向かおう。ハジメ、立っていいぞ」

「……おう」

 

苦笑いから一転し、くすりと小さな笑みを浮かべながら、慈しむような声音でそう言った陽和は説教は終わりだと彼らに背を向けて、ハジメに立つように許可を出す。

ハジメは何とも言えないような表情で立ち上がると、前を歩く陽和の後を追いかけるように歩く。しかし、後ろから本来ならば聞こえるはずの足音が聞こえない。まさか、まだ正座してるのか?と気になった陽和は不意に背後に振り向いた。

そこには陽和の予想通り、正座したままのカム達がいる。彼らは一様に感極まったような表情を浮かべており、カムが唇を震わせながら必死に言葉を紡ごうとしていた。

 

「ご」

「ご?」

 

なんて?と反芻する陽和にカム達ハウリア族一同が一斉に両手を地面につけて深々と頭を下げて土下座したのだ。

 

「「「「「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした‼︎‼︎師匠‼︎‼︎」」」」」

「はぁ?」

 

途中までは狂気に堕ちてしまった自分達の未熟さを恥じた上での謝罪なのかと思ったが、最後の一言に陽和は思わずそんな声が漏れた。

顔を上げたカム達はキラキラした目で陽和を見ており、中には涙を流すものもいたほどだ。

 

「おい、ちょっと待て。俺が師匠?どう言うことだ?」

「どう言うことも何も、今の親分の言葉には我ら一同感動いたしましたっ‼︎私達亜人のことを貴方はしっかりと見て下さり感動しているのです‼︎」

「それにあの鬼畜で外道で残忍なボス相手に真っ向から説教ができる人など貴方以外におりません‼︎‼︎」

「さすがボスの兄貴分です‼︎‼︎一生貴方について行きます‼︎‼︎」

「俺もあなたの部下にさせてください‼︎‼︎」

「私もお願いしますっ‼︎‼︎」

「お、おぉ……」

 

口々に言われる賞賛や感動の言葉に陽和は思わずたじろいだ。どうやら、あのハジメを説教できる上に、自分達のことをしっかりと見てくれる陽和の存在は、彼らにとってはまさに救世主そのものだったらしく、ハウリア族<ハジメ<陽和という構図が出来上がったらしい。

 

「さ、流石、ハルトさんですね。まさに、皆のリーダーというわけなんですね。納得です」

 

シアも完全に陽和に、感動で潤んだ瞳で尊敬の眼差しを向けていた。しかし、だからこそ、彼らは気づいていない。自分達がいつのまにか地雷を踏み抜いていることに。

 

 

「おい、お前ら」

 

 

突然聞こえる声。それを聞いた瞬間、ハウリア族達の顔から一様に血の気がひき青白くなる。

そちらに振り向けば、ハジメが満面の笑みを浮かべて立っていた。ただし、目は全く笑っていなかったが。

 

「ボ、ボス?」

「うん、ホントにな?今回は俺の失敗だと思っているんだ。短期間である程度仕上げるためとは言え、歯止めは考えておくべきだった。全くもって陽和の言う通りだよな」

「い、いえ、そのような。我々が未熟で……」

「いやいや、いいんだよ?俺自身が認めているんだから。だから、だからさ、素直に謝ったというのに……さっきのことと言い、随分な反応だな?いや、わかってる。日頃の態度がそうさせたのだと。しかし、しかしだ……このやり場のない気持ち、発散せずにはいれないんだ……わかるだろ?」

「い、いえ。我らにはちょっと……」

 

カムだけでなくハウリア族全員が「あ、ヤバい。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながらジリジリと後退する。その時だ、シアが「今ですぅ!」と一瞬の隙をついて踵を返し逃亡を図る。しかも、そばにいた男のハウリアを盾にするという外道行為をして、しかし……

 

「はきゅん!」

 

1発の銃弾が男の股下を通り、地面に迫り出していた木の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さったのだ。

跳弾を利用した多角撃ちでシアはケツを狙い撃たれ、悲鳴を上げながらピョンと跳ねて地面に倒れる。シュウーとお尻から煙が上がっており、痛みにビクンビクンしている。

シアの様子とハジメの銃技に戦慄の表情を浮かべるカム達。股通しをされた男が、銃弾の発生する衝撃波に股間をフワッと撫でられ、股間を両手でおさえて涙目になっている。

そして、何事もなかったようにドンナーをホルスターにしまったハジメは、笑顔を般若に変えて、怒声と共に飛び出した。

 

「とりあえず、全員1発殴らせろ‼︎」

『わぁあぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎』

 

ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ去り、逃がさんと後を追うハジメ。樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。

後に残ったのは、ケツから煙を出しているシアと、すっかり蚊帳の外のユエ。そして、

 

「………いつになったら大樹に行くの?」

「………うん、決めた。町に着いたらまず胃薬を買おう。最優先で大量に買おう。じゃないと、俺の胃がストレスで死ぬ」

「は、陽和、私が薬草を集めてくるぞ?胃痛に効くやつを。だから、町で買い占めるのはやめとけ?な?」

『……相棒よ、もうあいつらは放って、俺達だけで大樹に行かないか?』

 

良いこと言ったと思って大樹に行こうとしていたのに……と遠い目をしながら、避けられない胃痛に悩む未来を確信して、胃薬を買い込む宣言をする陽和とそれを必死に慰めるセレリアと、ハジメ達に呆れてもう置いていこうと提案するドライグの四名と一頭だけだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

それから数時間、宣言通り、全てのハウリア族に理不尽極まりないお仕置きをして溜飲を提げたハジメは、今度こそ大樹ウーア・アルトを目指して深い霧の中をカム達の先導で歩みを進めていた。

しかし、先頭を歩くカムや周囲を警戒し索敵しているハウリア族達は表情こそ真剣そのものだったが、全員がコブか青あざを使っているので何とも締まりはない。

 

「うぅ〜、まだヒリヒリしますぅ〜」

「そんな目で見るなよ。鬱陶しい」

「鬱陶しいって、あんまりですよぉ。女の子のお尻を銃撃するなんて非常識にも程があります。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「そう言うお前こそ、逃げる時隣にいた奴を盾にするとか……人のこと言えないだろ」

 

恨みがましい視線をつけるシアにそう返すハジメ。全くもってその通りであり、被害を受けた男が少し離れたところでうんうんと頷いている。

 

「うっ、ユエさん達の教育の賜物です……」

「……シアはワシらが育てた」

「……突っ込まないからな」

 

自慢げに「褒めて?」とでも言うようにハジメを見るユエに、ハジメは鍛えられたスルースキルを駆使する。

そんなこんなで和気藹々?しながら進むこと15分ほどで、一行は遂に大樹にたどり着いた。枯れた大樹を見上げた彼らは、

 

「……なんだこりゃ」

「‥…枯れてるのか」

 

ハジメ達が驚き半分、疑問半分といった感じで予想外の光景に呟いていた。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないと言う点から、いつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、行ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

三人の疑問顔にカムが解説を入れた。それを聞き流した陽和は大樹の根元にある石板の元に近寄る。ハジメ達もその後をついていった。

 

「やはり、大樹の大迷宮の入り口のようだな」

「だとしても、こっからどうすりゃ良いんだ?」

 

ハジメは大樹に近寄り、幹をペシペシと叩いてみたが何の変化もない。そんな彼なら石板を触れながら観察するふりをしていた陽和が、その裏側を見てわざとらしく声を上げる。

 

「おい、ハジメ。見てみろ」

「ん?なんかあったか?」

 

陽和が注目していた石盤の裏側。そこには、表の七つの紋様に呼応するように小さなくぼみが開いていたのだ。

 

「これは……」

「とりあえず、オルクスの紋章の指輪を入れてみるか」

「おう、そうだな」

 

ハジメが手に持っていた表のオルクスの紋章に対応している窪みに嵌めて、陽和が左手に展開させた《赤竜帝の宝玉》を表の石板に翳す。

すると、石板が淡く輝き出し、しばらくすると光が収まる代わりに、文字が浮き出始めたのだ。

 

——— 四つの証

———再生の力

———紡がれた絆の道標

———全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう

 

その文字の意味にハジメ達は揃って首を傾げた。

 

「どう言う意味だ?」

「……四つの証は……多分、他の迷宮の証?」

「そうだな。じゃあ、再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

頭を捻る三人にドライグが答えた。

 

『四つの証とはまさしく、四つの大迷宮の攻略の証のことだ。そして、再生の力とは神代魔法の一つ再生魔法を指しており、紡がれた絆の道標とは人間、獣人、魔人のあらゆる種族の者が種族間の垣根なく手を取り合い協力することで共に困難をくぐり抜けることを意味する。我等、解放者に種族の差別はなく、誰もが共に苦難に立ち向かっていたからな。いや、そもそも種族で差別するものに大迷宮を攻略する資格はないと言うべきか』

「なるほど。つーことは、大迷宮を攻略するには人間族だけでは不十分で、亜人族も必要だったことか?」

『その通りだ。詳細は省くが、確かメルジーネ海底遺跡は海人族の助けがなければ、入るのが難しいところだったな。この樹海は獣人と友好を結ぶことが何より必要というわけだ。

だから、残念なことに今の状態ではこの大迷宮には入れない。他の大迷宮の攻略をすることを進めよう』

 

当時の解放者メンバーと交流があるドライグの説明に、ハジメ達は納得する。

 

「はぁ〜、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒臭いが他の迷宮からあたるしかないな……」

「ん……」

「こればかりは仕方ないか」

 

ここまできて後回しにしなければならないことに、ハジメ達は揃って残念そうにする。陽和は事前に知っていたので、反応は薄かった。

大迷宮への入る条件を満たしていない以上、グダグダと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を入手することを決意した。

ハジメは、ハウリア族に集合をかける。

 

「今、聞いた通り、俺達は先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の元へ案内するまで守ると言う約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そう言うわけで、ここでお別れだ」

 

そう言って、ハジメはちらりとシアを見た。別れの言葉をするなら、今しておけと言う意図が含まれているのシアは正確に読み取る。

三つの大迷宮の攻略をする以上、時間はかかるため当分は会えなくなる。だから、カム達と別れの言葉を交わそうと一歩前に出た。

 

「とうさ——」

「師匠‼︎ボス‼︎お話があります‼︎」

「……あれぇ?父様?今は私のターンでは……」

 

シアの呼びかけをサラリと無視してカムが一歩前に進み出る。ビシッと直立不動の姿勢で、さながら不動を貫くイギリス近衛兵のように、まっすぐ前を向いている。

 

「どうした?お前ら」

「あ〜、何だ?」

 

「父様?あの、父様?」と呼びかけるシアを無視してハジメはカムに聞き返す。カムもまたシアを無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

 

「師匠、ボス、我々もお二人のお供をさせてください‼︎」

「えっ!父様達もハジメさん達についていくんですか⁉︎」

 

十日前の話し合いでは自分を送り出す雰囲気だったのに、この心変わりはなぜだと驚愕を露わにして声を上げるシア。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし‼︎師匠とボスの部下であります!是非、お供に!これは一族の総意であります‼︎」

「ちょっと、父様‼︎私、そんなの聞いてませんよ‼︎ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

「ぶっちゃけちゃった!ぶっちゃけちゃいましたよ!ホント、この十日間で何があったんですかっ‼︎」

 

カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコみつつ話しかけるが無視される。「なんだ、この状況?」と思いつつ、ハジメと陽和はきっちり返答した。

 

「「却下」」

「なぜです⁉︎」

 

2人の実にあっさりとした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他のハウリア族達もジリジリと2人に迫る。

 

「お前らはまだ旅についてこれるほど強くはないからな」

「しかしっ」

「調子に乗るな。俺らの旅についてこようなんて180日くらい早いわ」

「凄く現実的な日数⁉︎」

「できそうなのがなんともなぁ」

 

そっけなく断られてもなお、食い下がるカム達。しまいには、「許可を得られなくても勝手についていきます!」とまで言い始める。どうやら、ハー◯マン式訓練などのあれこれで陽和やハジメに妙な信頼とか畏敬とかそんな感じのものが寄せられているようだ。

しかし、陽和的にはマジでこいつらにはついて来てほしくない。だって、町とかに来たら面倒を起こすに決まってるからだ。胃痛を危惧している陽和はその可能性がある以上、決して彼らの同行を許さないだろう。ハジメは陽和から感じる無言の圧力にハジメは仕方なく条件を出した。

 

「じゃあ、あれだ。お前らはここで鍛錬してろ。次に樹海に来たときに、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「………そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「嘘だったら、人間族の町の中心でお二人の名前を連呼しつつ、新宗教の教祖の如く祭り上げますからな?」

「お前、それやったらマジで叩き潰すからな?」

「お、お前ら、タチ悪いな……」

「冗談です。とはいえ、お二人の部下を自負していますので、最終手段でやります」

 

とても逞しくなってしまった彼らに陽和は割と本気のトーンで言って、ハジメは頬を引き攣らせる。

セレリアとユエが、ぽんぽんと慰めるように陽和の肩とハジメの腕を叩く。陽和は樹海に戻ったときは、直で樹海目指そうかな?と考え天を仰いだ。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日ですのに……」

 

傍でシアが地面にのの字を書いていじけているが、今回は誰も気にした様子はなかった。

その後は、もうじき夜を迎えると言うこともあって、翌朝に樹海を出ることにし今夜はひとまず樹海で過ごすことにした。

 

色々とショッキングはことはあったものの、それでも十日間の訓練をやりきったハウリア族達への慰労と御褒美を兼ねて陽和とセレリアが腕を振るい全員分の豪勢な晩餐を作った。

全部樹海産の食材で作られた晩餐は、ハジメとの訓練では保存食や簡単なものしか食べさせてもらえなかったカム達の胃袋をがっちりと掴んでしまい、彼らは美味な食事に感動に涙を流しながら、歓喜の声を上げてその晩餐にありついた。ちなみに、ハウリア族の女性陣ほぼ全員が陽和にレシピを教えてもらおうと詰め寄っていた。

 

そして、翌朝、陽が出始めたりばかりの頃、陽和達はいよいよ出発の時間を迎え、樹海の境界に来ていた。カム達も見送りの為について来ている。

 

ハジメが魔力駆動二輪シュタイフを取り出して跨ると、その前後にユエ、シアがハジメを挟んで座る。

陽和も魔力駆動二輪“白桜”を宝物庫の宝玉から取り出す。

 

形はハジメのシュタイフとは違い、アメリカンタイプとスポーツタイプを混ぜたかのような低いシート位置とフルカウルを備えたものになっている。カラーリングは白を基調とし赤いラインが入っている。全体的にマシンじみた見た目でもあり、4本2対計8本のマフラーからは魔力を炎に変換して噴出する加速機構を備えており、全開の加速となると相当速くなる。

陽和が白桜に跨り、その後ろにセレリアが跨って、彼の肩に手を乗せる。

そうして、いざ出発というときにカムが進み出た。

 

「ボス、シアのことよろしくお願いします」

「……ああ」

「シア、皆さんに迷惑をかけないようにな」

「勿論ですよ父様」

 

ハジメやシアと言葉を交わしたカムは今度は陽和へと視線を向ける。その表情は、変貌する以前に見た心優しく大人しいモノだった。

カムは陽和に向き直ると、感謝の言葉を言った。

 

「師匠……あの時は私達を助けてくれてありがとうございます。その後も、フェアベルゲンでのこともです。我々の味方になってくれました。ボスもですが、貴方こそ我々の1番の恩人です」

「………そうか」

「貴方が仰られたことに我々は何度も心を救われました。先祖の兎人族のこと、我等兎人族が臆病なのは命の重さを知っていて、知っているからこそ優しくて平和的な種族であると。そんなことを言われたのは貴方が初めてでしたよ」

 

カムは表情を綻ばせてそう言う。カム達の後ろにいるハウリア族達も微笑んでおり、陽和に感謝を示していたのだ。

陽和はクスリと笑うと謙遜する。

 

「ドライグの話を聞いて率直に思ったことだ。立ち上がれたのは、お前達自身の力だよ。俺はほんの少し背中を押しただけに過ぎない」

「それでもです。そのほんの少しの手助けが我々をここまで強くしてくれた」

「……その戦闘狂に関しては俺は知らんがな」

「ええ、まぁ、そうですが。師匠の言葉は我々の存在を肯定してくれるとともに、原動力になったのも事実です。

『強者だからこそ、弱者を虐げるのではなく守れる存在になれ』

『兔人族は臆病だから強いのだと、胸を張って生きろ』

師匠のお言葉は全てありがたいモノですが、特にこの二つを我等胸に刻み、これからも研鑽を積まさせていただきます。

それでは、改めて感謝を。心優しき赤竜帝紅咲陽和様。此度は本当に我らをお救いしてくださり、ありがとうございました。この御恩は我等決して忘れません」

「「「「「師匠‼︎‼︎ありがとうございました‼︎‼︎」」」」」

 

カムに続いてハウリア族一同が声を合わせて一斉に頭を下げて感謝の意を陽和に伝えた。

陽和を含めて全員がカム達の態度に目をぱちくりさせる中、いち早く立ち直った陽和は口を上げて笑う。

 

「ははは、ならこれからも頑張れよ。俺らが戻って来たときに少しでも鈍ってるようなら、俺が直々に鍛え直すからな?」

「ええ、師匠に幻滅されないように鍛錬を続けましょう」

「おう、頑張れよ」

 

そう言って陽和は狐面を被り、白桜に魔力を込める。そして、ハジメにも出発するように視線を向けながら、もう一度カム達に振り向くと、笑みを浮かべながら高らかに声を張り上げた。

 

「誇れっハウリア族‼︎お前達は確かに自分達の意思で未来を勝ち取った‼︎‼︎お前達の可能性がそれを成し遂げたんだ‼︎‼︎だから、これからもお前達は自分の可能性を、自分の意思を信じて突き進め‼︎‼︎」

 

そう叫んだ直後、陽和とハジメはほぼ同時にバイクを走らせ平原へと飛び出した。

後ろでカム達が感謝の言葉を叫びながら、手を振っている。

 

そうして陽和達は新たにシアを旅の仲間に加えて、ハウリア族に見送られながら樹海を後にした。

 

 





魔改造されたハウリアの存在は陽和の胃を容赦なく殺しに来たと言うね、陽和よ、哀れ。ただし、陽和のありがたい言葉で多少改善される……はず……だと、願いたい。
ハー◯マン式‥‥やばいですね。

ちなみに、陽和が最後まで訓練を見た場合、ハウリア達はとても優秀な将軍に仕える忍部隊みたいになってそう。あんなイカレタバーサーカーじゃなくて、冷徹であるものの心優しき忍集団になりますね。
陽和のことは「殿」とか「主様」とか呼んで、御意とか言ってそうだなー。

“白桜”に関しては、バイク知識はにわかで説明が合ってるかわからないけど、なんとか想像してみてほしいです。


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