竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回はブルックの町に入ります。ここでは原作では色々とカオスな町ですから、陽和はまたしても頭を抱えることになりそうwww


25話 ブルックの町

 

 

樹海を出た陽和達一行はライセン大峡谷には向かわずに、近くにある町へと向かっていた。

本来の目的地はライセン大峡谷にある大迷宮なのだが、食料や調味料の補充、金銭の確保の為に町へ向かうことにしたのだ。

 

樹海を抜けて雄大な草原地帯を黒と白のバイクが疾走して、早数時間。そろそろ夕方に差し掛かる頃にようやく、前方に町が見えてきた。

 

「お、見えてきたか」

 

陽和はようやく町が見えてきたことに安堵する。今まではずっと野宿生活であったから、町が見えてきたのは、安心するというものだ。

それからしばらくして、徐々に町の様子がはっきりと分かってきた。周囲を堀と柵で囲んだ小規模な町であり、街道に面した場所には木製の門が、その傍らには門番の詰所であろう小屋もある。門番を配置する程度の規模はあるようだ。

そして、町の外観がある程度見えてきたところで、一行は白桜とシュタイフを止めてそれぞれ宝物庫に仕舞う。流石に、この世界には存在しない乗り物であるバイクで乗りつけては大騒ぎになるだろうからだ。

 

「んじゃ、確認するぞ」

 

バイクをしまいその場で立ち止まった陽和は、他4人を見渡しながら今後のことを改めて話す。

 

「まず、俺とハジメはステータスプレートの隠蔽と偽装だな」

「そうだな。けどよ、俺はステータスの数値を隠蔽すればいいが、お前はどうすんだ?」

 

ハジメの言ったとおり、ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能がある。冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからだ。

ハジメは10000超えの数値を隠蔽するだけで済むのだが陽和はそうはいかない。

なにせ、彼は王国中で指名手配されている極悪人だ。名前だけでなく、天職や職業も特定されているはずだ。ステータスプレートに書かれているそれらは隠蔽ができない。だからこそ、陽和はどう対応するのかと尋ねた。

だが、当然陽和が何も考えていないわけがない。

 

「安心しろ。その為に偽装用のカバーフィルム作ったんだから」

 

そう言いながら、陽和は懐からステータスプレートと同サイズの半透明のフィルムを取り出すと、自身の朱色のステータスプレートにスマホのカバーを被せるように取り付ける。

すると、朱色だったステータスプレートは翡翠色へと変わり、そこに刻まれている名前やレベル、天職、職業が変化したのだ。

 

名前は紅咲陽和からソルレウス・ヴァーミリオン。レベルは63から54。天職は竜継士から魔法剣士。職業は冒険者は変わらないが、ランクが金から赤になっていた。

 

これは陽和が作ったステータスプレート偽装用アーティファクトである。ステータスプレートの変色もだが、表示されてる情報も改竄できるように闇属性魔法“幻夢”を付与して作った。

ハジメ達もそういえば、そんなものを陽和は作っていたなと思い出し納得する。

ステータスプレートを偽装し終えた陽和は懐に戻しながら話を続けた。

 

「ま、ステータスプレートはこれで問題ねぇだろ。まさか、これの偽装に態々アーティファクトを使うなんて思わねぇだろうしな。あと、俺はこれからソルレウス・ヴァーミリオンで通すから、人がいる時は間違っても陽和って呼ぶなよ?」

 

そう陽和はハジメ達に念押しする。

自分が指名手配されている以上、ハルトという単語は本人ではないにしろ注目はされるかもしれない。だから、名前も偽名で通そうというわけだ。

ハジメやユエ的には「そんなの一々気にしなくても、来るなら殺せばいいじゃん」と呼び方を変えることに多少なり抵抗を示したものの、万が一を考えた場合にと陽和が押し通したのだ。とはいえ、やはりまだ不満なのかハジメとユエは不満げにしている。

 

「それは分かってるけどよぉ。そこまでするほどか?別に名前ぐらい同名のやつなんているんじゃねぇのか?」

「……ん、そこまで気にしなくてもいいのに」

「お前らの言いたいことは分かるから、変えても呼びやすいような名前にしたんだ。こればかりは無理にでも納得してもらうぞ」

「へいへい」

「……ん」

 

ハジメとユエもまだ不満気ではあるものの一応の納得を見せる。何とか納得させた陽和はついでセレリアとシアにも念を押した。

 

「お前らも頼むぞ?呼ぶにしてもせめて、ソルな」

「は、はい。分かりました」

「……まぁ、私も同じお尋ね者だからな。対策をすることに異論はない」

 

付き合いが浅いシアや、同じ追われる者として何らかの対策を講じなければいけないのは分かっている為、セレリアはすぐに納得を示してくれた。

一つ頷いた陽和は今度は宝玉から白に紫の装飾が施されたチョーカーを取り出すと、セレリアに差し出す。

 

「セレリア、お前には悪いがこれを付けてもらうぞ」

「何で私が……って、あぁ、そう言うことか」

「そういうことだ」

 

差し出されたチョーカーを見て一瞬疑問が浮かび上がったものの、セレリアはすぐに彼の意図を察して大人しく受け取ると同時に、獣化を発動して狼耳と尻尾を生やす。ハジメもユエもそれに異論を挟むことはなく静観する中、おずおずとシアが手を上げた。

 

「あ、あの、どうしてセレリアさんはチョーカーをもらって、獣化したんです?後、私のこの首輪のことも教えてもらえると嬉しいんですが……」

 

状況が全く掴めていないシア。彼女の首には黒を基調とし小さな水晶のようなものが目立たないように付けられている首輪が嵌められている。移動中、シアが失言しハジメが無理やり取り付けたものなのだが、なぜか外れない為その理由を知りたいようだ。

そんな彼女に陽和は苦笑いを浮かべながら理由を説明する。

 

「簡単にいえば、二人を奴隷と認識させる為のものだ」

「ど、奴隷ですかっ⁉︎酷いですよぉ〜、私達、仲間じゃなかったんですかぁ〜」

 

シアが怒る。旅の仲間だと思っていたのに、奴隷扱いさせられることが相当ショックなようだ。だが、ショックで怒るシアにセレリアが嘆息しながら落ち着かせる為に言った。

 

「シア、私達が奴隷扱いされるのはちゃんと理由があるんだぞ。お前の首輪も私のチョーカーも奴隷用の首輪じゃないし、私達の行動を制限するような力もないんだ」

「うぅ〜じゃあ、その理由ってなんなんですかぁ?」

「そりゃ勿論、お前ら二人を守る為だ」

 

陽和の言葉にシアが「へ?」と間抜けた声を上げポカンとする。そんな彼女の様子に陽和が苦笑いしながら答えた。

 

「奴隷でもない亜人族が二人。しかも片方は愛玩用として人気の高い兎人族だ。セレリアも魔人族であることを隠す為に狼人族を装ってもらっているが、銀髪と白髪なんてどちらの種族でも物珍しい髪色の上、二人とも容姿もスタイルも抜群だ。その手の愛好家じゃなくても、欲しがる奴は多いだろう。誰かの奴隷だと示してなかったら、お前らは町に入って5分もたたずに人攫いに襲われると断言できる。それを未然に防ぐ為の首輪とチョーカーってわけだ」

「人間族のテリトリーだと、むしろ奴隷という身分がお前らを守ってるんだよ。それ無しじゃあ、トラブルホイホイになっちまうからな」

「トラブルメーカーのお前には言われたくないな」

「それは………わかりますけど………」

 

むしろお前の方がトラブルを持ってくるだろと非難の眼差しをハジメに向けるセレリアの一方で、シアは理屈や有用性はわかるもののそれでも納得できないと不満そうだった。

仲間というのに強い憧れを抱いていたからこそ、簡単には割り切れないのだろう。そんなシアに今度はユエが声をかける。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「……大切なことは、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

「……………そう、そうですね。そうですよね」

「……ん。不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さいこと気にしちゃダメ」

「そうだな。それにシアは強くもなったからな。周りのことなんていちいち気にしなくて良いんだぞ」

「‥‥ユエさん、セレリアさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

かつて大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。裏切りの果てに至った新たな答えは、たとえ言葉少なでも確かな重みがあった。セレリアも家族を、同胞を救わんがために戦っているからこそ、彼女達の言葉はシアの心にストンと落ちた。

自分が陽和達の大切な仲間であるということは、ハウリア族の皆だけでなく、陽和たちもわかってることだ。

そして、シアは、ユエとセレリアの言葉に照れたように微笑みながらチラッチラッと何かを期待するようにハジメをみていた。陽和に肘で小突かれたハジメは仕方ないという風に肩をすくめて言葉を紡ぐ。

 

「まぁ、奴隷じゃないとバレて襲われても見捨てたりはしないさ」

「街中の人が敵になってもですか?」

「あのなぁ、既に俺らは帝国兵とだって殺りあってんだぞ?」

「じゃあ、国が相手でもですね‼︎ふふ」

「何言ったんだ。世界だろうと神だろうと変わらねぇよ。敵対するなら何とだって戦うさ」

「くふふ、ユエさん、聞きました?ハジメさんったらこんなこと言ってますよ。よっぽど私たちが大事なんですねぇ〜」

「……ハジメが大事なのは私だけ」

「ちょっ、空気読んで下さいよ!そこは、いつも通り『………ん』て素直に返事するところですよぉ」

 

文句を言いながらも嬉しげで楽しそうな表情をするシアと、鬱陶しそうにするユエ。二人が戯れあってるのを尻目に、セレリアは陽和に声をかける。

 

「ハル…いや、ソルも私のことが大事なのか?」

『……まぁお前のことは大事な仲間だと思ってるからな。何かあれば、ちゃんと守るつもりだ』

「ふふっ、そうかそうか」

『言っとくが、恋愛感情とかじゃないからな?』

「それぐらいは分かってるさ。それとも、そう思って欲しいのか?」

『分かって言ってるだろ、お前』

「なんだ、バレてたか」

 

あっさりと認めて笑うセレリアに陽和は思わずため息をついてしまう。確かにセレリアの事は背中を預けるに足る大事な仲間だと思ってるので、守るのは当然だがそこに恋愛感情はない。

セレリアもそれは分かっているが、陽和に惚れてるため、守ると言われるのは嬉しいのだろう。

陽和はそんな彼女を尻目に、首輪について補足説明を始める。

 

『ちなみに、シアの首輪はハジメが、セレリアのは俺が作ったから、それぞれの奴隷ってことになる。デザインの違いはそういうことだ』

「あと念話石と特定石も組み込んでるから、必要な時に使え。直接魔力を発動すれば使えるようにしてる」

 

念話石は文字通り念話ができる鉱物のことであり、それが付与されており込められた魔力に比例して遠方と念話が可能になるのだが、現段階では特定の相手に指定する事はできないため、範囲内の所持者全員が受信してしまう。つまりは、グループトークしかできないという事だ。

特定石は気配感知の派生技能[特定感知]を付与したもので、魔力を流し込む事でビーコンのような役割を果たすことができるのだ。

 

「ほぇ〜、そうなんですねぇ」

 

陽和とハジメの説明に、シアな感心の声をあげる。

 

「ちなみに、その首輪、きっちり特定量の魔力を流すことで、ちゃんと外せるからな?」

「なるほどぉ〜、つまりこれは‥‥いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいというハジメさんの気持ちというわけですね?もうっ、そんなに私のことが好きなんですかぁ?流石にぃ、ちょっと気持ちが重いっていうか、あっても別に嫌ってわけじゃなくっバベルんっ⁉︎」

「……調子に乗るな」

「ぐすっ、ずみまぜん」

 

美しい曲線を描いて飛来したユエの蹴りが後頭部に決まり、奇怪な悲鳴を上げながら倒れるシアにユエから冷ややかな声がかけられる。

見事なハイキックを披露したユエにシアが涙目で謝る中、陽和とセレリアは既に歩き出しており、彼女達に呆れた視線を向けていた。

 

『何やってるんだ。早く行くぞー』

「ああ」

「……ん」

「わわっ、待ってくださいぃ〜」

 

ハジメ達が揃って陽和達を追いかける中、セレリアはチョーカーに手を添えて嬉しそうにしていた。どうやら、チョーカーを気に入ったらしい。デザインもそうだが、何より陽和が作ってくれたアクセサリーというのが嬉しいらしい。

 

『デザインは気に入ってもらえたか?』

「ああ、素晴らしい出来だな。それに首輪じゃなくてチョーカーというのも嬉しいな。だが、奴隷ならシアと同じように首輪でもよかったんじゃないか?」

『それは俺が嫌だったんだよ。いくらお前を守るためとは言え、大切な仲間に首輪なんてつけたくなかった。だからこそ、チョーカーにしたんだ。チョーカーならアクセサリーとしても使えるからな』

 

陽和とてセレリアを奴隷扱いして首輪をつけるのは気が進まなかったのだ。勿論、魔人族である彼女は狼人族に変装して奴隷にした方が都合がいいのは確かだ。だが、やはり共に苦楽を共にした仲間を奴隷扱いするのは陽和の心情的に嫌だった。

せめてチョーカーにすることが陽和の最大限の譲歩でもあったのだ。そんな彼ならの気遣いにセレリアはあからさまに頬を緩める。

 

「ふふっ、気遣いありがとう。貴様にそう思われていて私は嬉しいよ」

 

恋仲ではないとは言え惚れた男に大切にされている事実にセレリアは湧き上がる嬉しさを抑える事はできなかった。

だからこそ、セレリアは頬を赤らめ妖艶に微笑むと陽和の着物の裾を引っ張りながら、上目遣いで見上げると小さく呟いた。

 

「とはいえ、私としては本当にお前の奴隷になってもいいんだがな?」

 

そんなことを小さく呟いたセレリアに陽和はスッと視線を逸らしながら、ただ一言短く返した。

 

「………ノーコメントで』

「それは残念だ。ま、私はいつでも良いから、気長にアプローチさせてもらおうかな」

『…………』

 

セレリアの宣言に陽和は何も答えなかった。

そんな彼の背にハジメ、ユエ、シアの三人がニマ〜とした表情を向けて揶揄うような視線を向ける。

 

「おいおい、そこは受け入れろよ」

「………ソル兄のヘタレ」

「男なら据え膳は何とやらですよ?」

『外野は黙ってろ』

『おい、相棒。もう良いんじゃないか?受け入れても』

『ドライグも頼むから黙っててくれっ‼︎』

 

三人+一頭の野次に陽和が面の下で青筋を浮かべながら低い声で返す。

それから町の門にたどり着くまで、陽和はドライグ達に揶揄われた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

徒歩に切り替え、町の門まで辿り着いた時、門の脇の小屋ー門番の詰所から武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というよりは冒険者に見える風貌の男だ。彼は陽和達の姿を見つけると、早々に呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、街に来た目的は?」

 

想定通りの質問に陽和はステータスプレートを取り出しながら変声機能をオンにしながら質問に答えた。

 

『旅の途中で物資の補給にこの町に立ち寄った』

 

ふ〜んと相槌を打ちながら門番の男が陽和のステータスプレートを確認し、次いでハジメのステータスプレートも受け取り、確認すると二人に返す。

 

「……魔法剣士に、錬成師か。ああ、問題はないよ。それで、そっちの三人は………」

 

門番がセレリアとユエ、シアにもステータスプレートの提出を求めようとして、三人を視線を向け彼女達の姿を完全にみると……ものの見事に硬直する。高レベルの美少女を前に、門番は完全に見惚れていて、みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない瞳で三人を交互に見ていた。

ハジメがわざとらしく咳払いをして、門番を現実に引き戻すとユエの頭に手を置きながら言う。

 

「こっちの子は魔物の襲撃にあって失くしちまったんだ」

『そんで、あとの二人は……まぁ分かるよな?』

 

陽和がそう言うと、門番はあっさりと納得する。

 

「成る程な。それにしても、随分と綺麗所を手に入れたな。白髪の兎人族に銀髪の狼人族なんて相当レアなんじゃないか?あんたらって意外に金持ちか?」

『さぁな。まぁ、だいぶ奮発はしたがな』

 

羨望と嫉妬の入り混じった表情で門番が陽和に尋ねると、陽和はわざとらしく肩をすくめながらそうおどけた。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

『ありがとう。それはそうと、冒険者ギルドはどこにある?素材を換金したい』

「それなら、中央の道をまっすぐ行けばあるぞ。他の店に持ち込みたいなら、ギルドで聞くといい。簡単な地図をくれるから」

『親切だな。ありがとう』

 

門番から情報を得た陽和は礼を言って、四人と共に門をくぐり町へと入って行った。

陽和達が入った『ブルック』という町は、それなりに活気があった。『ホルアド』ほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

久々に人々の騒がしさを聞き陽和が密かに気分を高揚させる中、セレリアやハジメ達も同じように楽しそうにしていた。

そうして、露店を眺めながらメインストーリーを歩いている時、陽和は掲示板に視線を向けて不意に足を止める。

 

『………これは……』

 

陽和はその掲示板に貼られている一枚の紙を見て、思わずそんな声を漏らす。

なぜなら、その紙は、

 

 

『最重要指名手配【邪竜の後継者】紅咲陽和。

 

彼は神エヒトに牙を剥き、世界を混乱を招く異端者にして神敵である。

 

以下の特徴の男を見つけ次第、即刻教会並びに王国軍に報告すべし。

 

彼を捕縛、あるいは討伐した者には褒章を与える』

 

 

他ならぬ自分の指名手配書だったのだから。

やはり、陽和の予想通り陽和が邪竜の後継者であることを教会は公表し全国指名手配したのだ。

しかも、指名手配の文面と共に大層よく出来た似顔絵まで描かれており、容姿の特徴も書かれている。その下には数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの桁数の懸賞金まであったのだ。ここまで似顔絵が精巧だと髪色や瞳の色が違っても疑われることは確実だろう。狐面で顔を隠して正解だったと陽和は内心で安堵しながら、懸賞金の額に頬を引き攣らせる。

 

(この額、一生遊んで暮らしても余るほどじゃねぇか)

『……うぅむ、やはり、教会の連中は余程相棒を殺したいらしいな』

(……そりゃまぁ、神敵だしなぁ)

 

ドライグと内心でそんなことを話す。確かに、神敵と定められた以上、何が何でも陽和には死んで欲しいのだろう。陽和は文面の内容と懸賞金額にどれだけ本気なのかを思い知った。

ハジメ達も手配書の存在に気づき、眉を顰める。

 

「うぉ、何だこの額。桁がおかしすぎねぇか?」

「………ん、こんな額、見たことない」

「それだけ危険視されてるってことなんだな」

「……えぇと、もしかして、これってソルさんの?」

 

ハジメ、ユエ、セレリアが手配書の内容に驚く中、シアが小声で恐る恐る陽和にそう尋ねた。

陽和はシアの問いかけに小さく頷き、視線を外す。

 

『まぁ、予想通りだな。それよりも、さっさと行くぞ。止まってると逆に怪しまれそうだ』

「ああ、そうだな」

 

陽和の言葉で手配書から視線を外した一行は再び歩き出し、冒険者ギルドへと向かった。少し歩くと、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつて【ホルアド】や王都でも見た冒険者ギルドの看板だが、規模はだいぶ小さい。

陽和は看板を確認すると、重厚そうな扉を開き中に踏み込む。王都やホルアドの冒険者ギルドにも入ったことのある陽和はどうせここも薄汚れてるんだろうなと思っていたが、実際には意外に清潔さが保たれた場所だった。

入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店のようだ。何人かの冒険者らしき者達が食事を取ったり雑談してはいるが、誰一人酒を注文していないのをみると、ここに酒は置いてなく、飲みたいなら酒場で飲めということだろう。

陽和達がギルドに入ると、冒険者達の視線が当然向けられる。最初こそ、見慣れない五人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼らの視線がセレリア、ユア、シアに向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増す。なかには「ほぅ」と関心の声を上げる者や、門番同様ボーと見惚れている者もいる。恋人なのか女冒険者に殴られている者もいた。

しかし、テンプレよろしく美女を連れてることで嫉妬から絡んでくる輩は一人もいなく、理性的に観察している彼らに拍子抜けしつつも、陽和達はカウンターへ向かった。

カウンターには大変魅力的な笑みを浮かべた、恰幅の良いおばちゃんがいた。

王都とかは美女が受付をしていたが、地方ではそうはいかないのだろうと陽和は思っていたが、どうやらハジメは本気で美人の受付に期待していたらしく、心なしか残念そうにしている。そんなハジメに左右にいるユエとシアが冷たい視線を向けていた。

そんな彼らの内心を知ってか知らずか、オバチャンはニコニコと人好きのする笑みで陽和達を迎えてくれた。

 

「とびっきり綺麗な花を三つ持ってるのに、まだ足りないのかい?残念だったね、美人の受付じゃなくて」

『申し訳ない。こいつは少しそういうところがありまして、気分を害したのなら謝罪します』

「あらまぁこれは丁寧に。でも、構わないよ。男は中身単純なのが多いしね。でも、そっちのお兄さんははあんまりよそ見ばっかしてると愛想尽かされちゃうから気をつけな?」

「………肝に銘じておこう」

 

陽和の謝罪におばちゃんは笑いながら、ハジメにそう忠告する。そして、ハジメの返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにごめんね?」と申し訳なさそうに謝る。

それを見た冒険者達が「あ〜、あいつもオバチャンに説教されたか〜」みたいな表情を浮かべていることから、このオバチャンはなかなかに大物のようだ。

 

「さて、じゃあ改めて。冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

『素材の買取を頼みたい。こちらがステータスプレートです』

「確認するよ」

 

陽和からステータスプレートを受け取り、確認する中、ハジメが疑問の声を上げた。

 

「どういうことだ?買取にステータスプレートが必要なのか?」

 

ハジメの疑問に顔を上げて「おや?」という表情を浮かべるオバチャン。そんな彼に、陽和が答えた。

 

『冒険者だと確認できれば、素材は一割増で買い取ってくれるんだよ』

「そういうこと。どうやら、冒険者はこのお兄さんだけみたいだね」

「そうだったのか」

 

陽和の言う通り、冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬をはじめとした薬関係の素材は冒険者が採ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取に行くことはほとんどなく、危険に見合った特典がついてくるのも当然だった。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一割から二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする?登録しておくかい?登録には千ルタ必要だよ」

『そうですね。じゃあ、とりあえずハジメの分だけ登録してもらいましょうか。ハジメはそれで良いか?』

「ああ、お前に任せるよ」

『では、彼だけお願いします。金はこちらに』

 

ハジメの了承を得た陽和は懐から通貨の詰まった袋を取り出すと、その中から白の通貨を取り出して差し出した。

 

「あいよ、千ルタちょうど貰ったよ。でも、そっちのお嬢さん達はいいのかい?」

『ええ、彼女達は今回は遠慮させてもらいますよ。また別の機会にでも登録をします』

 

オバチャンに陽和はやんわりと断る。

三人ともステータスプレートを持っていないので、まず発行してもらう必要があるのだが、彼女らの数値や技能が隠蔽されてない状態でオバチャンの目につくことになってしまう。

固有魔法が表示されていることを考慮すれば、知らない方が面倒かけなくて済むと考えたのだ。

そして、ハジメの登録が終わりステータスプレートが返され、冒険者欄ができたことを確認する。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ?お嬢さん達にカッコいいところを見せなきゃね。まぁ、魔法剣士の天職を持ってるあんたなら金を目指してもいいかもね」

『そうさせてもらいます。でも、金ですか。私はまだ赤ですから道は遠そうですね』

「普通はそうなんだけどねぇ。実は少し前にすごい冒険者がいて、まさかの一週間で青から金に上り詰めた人がいるんだよ」

 

オバチャンの言葉に陽和がピクリと反応する。

陽和は少し声のトーンを落としながらも、平静を装いつつ少し驚きを混ぜながら尋ねた。

 

『へぇ、それは凄い。そういえば、私もそう言う噂は聞きましたね。なんでも、火属性魔法を得意としているとか』

「そうそう、王都やホルアドで活動していた無双の火属性魔法の使い手、『金ランク“炎帝”のハルト』。オルクス大迷宮の四十階層を1日で踏破したとか、1日で魔物の群れ500体を狩り尽くしたとか、類を見ない火属性魔法を使うとかでそれはもう一時期は超大型ルーキーが現れたって大騒ぎだったんだよ。ただねぇ……」

『ただ?』

 

言い淀むオバチャンに陽和が首を傾げると、オバチャンは頬に手を当てて残念そうにする。

 

「残念なことに、その冒険者は邪竜の後継者として指名手配されちゃったんだよ。だから、冒険者ギルドじゃブラックリストに登録されたし、見つけ次第報告するよう教会からも言われてねぇ」

『それはまた大変なことになりましたね』

「そうそう。しかも王都やホルアドで彼の戦いぶりを見た人は多くてねぇ。あまりにも強すぎるもんだから、銀以上の冒険者じゃないと太刀打ちできないって分っちまってるんだよ」

 

確かに王都やホルアドでは陽和の存在は相当注目を浴びており、陽和もギルドに出入りするたびに冒険者達がこちらを見てヒソヒソと何かを話していたのは知っていたが、まさかそう思われていたとは思わなかった。

 

「仕事で王都に行った時、あたしも見たことあるけど、戦闘素人のあたしでも彼はとんでもないと思ったよ」

『それほどなんですか?』

 

陽和の問いかけにオバチャンは真剣な顔つきで大きく頷く。

 

「そうだねぇ。依頼を十数件纏めて受けるっていう無茶をしたかと思えば、群れのボスの首と子分の魔物に、他の魔物の耳とか爪とか心臓、後は魔石を数百個分大量に袋に詰めて、返り血に塗れた姿で袋を引き摺りながらギルドに来たんだよ?

しかも、妙に殺気立ってて笑顔どころか、それはもう怖くて冷たい顔をしていてねぇ。受付の女の子なんて涙目だったし、周りの冒険者達もあれには度肝を抜かれたようで驚いていたからねぇ。というか女の子は泣いてたね。よく覚えてるよ」

『そ、そうですか……』

 

オバチャンに言われて陽和も思い出す。確かにそんなことがあったと。

アレは冒険者登録をして三日ぐらいたった時のことだ。とにかく、魔物との戦闘経験を積みたかった陽和は王都近郊の魔物の討伐依頼を十数件ほど纏めて受けたのだ。受付の女の子は数が多すぎるから止めようとしたものの、あの頃の陽和はとにかく殺気立ってて怖く女の子は震え上がり、泣く泣く依頼受注を許可した。

陽和が依頼に行った後、十数件の同時受諾を承認したことが先輩にバレて怒られていた女の子の前に、十時間ほど経って陽和が無事に帰還したのだがとにかくその見た目がやばかった。

全身返り血まみれで、まだ乾ききっていない生々しい血が滴り血の道を作っており、しかも、彼が担いでいた血が滲む大袋には魔物の生首や心臓、毛皮、爪、魔石などの多種多様な素材が沢山詰め込まれていたのだ。しかも、片手には獅子型の大型魔物の生首も持っていた。

汗や返り血に濡れて垂れ落ちる髪の隙間からは赤黒い冷徹な眼光が覗いており、その姿には殆どの者が恐怖に震えるほど。

十数件の依頼を纏めて受けて無事帰還するのも驚きだが、それ以上にそんな陽和の猟奇的な姿に受付の女の子は腰を抜かして泣き出し、冒険者達すらも戦慄していた。

どうやら、あの中にオバチャンもいたらしい。

 

ちなみに、その魔物500体狩りが陽和を青から金ランクへの異例の昇格を遂げて最後の後押しだったのである。確かあの時の稼ぎは依頼の報奨金や素材の換金を合わせて200万ルタは超えていた気がする。

更に余談だが、陽和を探しに来た雫とレイカにもその光景は見られてしまい、こっぴどく怒られていたりする。

 

アレをオバチャンに見られていてドン引きされていたことに陽和は狐面の下で思わず頬を引き攣らせてしまう。

そして、後ろからは『そら怖がられるわ。てか、何やってんだ』という納得と呆れ混じりの視線が四つ向けられ背中にブスブスと突き刺さる。

 

『……相棒……それは怖がらせるに決まってるだろ』

(……………あの時は、必死だったんだよ)

 

まさかの相棒からも苦言をもらってしまった陽和はなんとも言えない表情を浮かべてしまう。若気の至りというわけではないものの、あの時はとにかく強くなることに必死だったのだ。

 

「とはいえ、王都で大事件起こした後はオルクス大迷宮に潜伏しているっていうからね。外に被害は出てないのが唯一の救いだよ」

『なるほど。確かに外に出てない以上ひとまず安心出来ますね』

「そうだねぇ。って、悪いね、話し始めるとつい長くなっちゃうよ。それで、素材の買取だったよね?ここでいいならやっちゃうよ。あたしは査定資格持ってるから」

『ええ、こちらの素材でお願いします』

 

自分のことだが、長話が終わってやっと素材の買取を始めれた陽和はあらかじめ宝玉からバックパックに移しておいた素材を出していく。

魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の籠に入れられていくのを見て、オバチャンが驚愕の表情を浮かべる。

 

「こ、これは!」

 

恐る恐る素材を手に取り、隅から隅まで丹念に確かめたオバチャンは、息をつめるような緊張感の中、ようやく顔を上げてため息をつく。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは………樹海の魔物に大峡谷の魔物だね?」

『ええ』

 

陽和が出したのは、ハルツィナ樹海とライセン大峡谷の魔物の素材だ。奈落の魔物の素材は未知の素材のため、出したら出したで騒ぎになるだろうということで出したのだが、やはり珍しいらしい。

 

「樹海や大峡谷の素材は良質なものが多いからねぇ。売ってもらえるのは助かるよ」

 

オバチャンが礼を言いながら他の素材も査定していく。その最中にハジメが疑問を溢す。

 

「やっぱ、樹海とか大峡谷の魔物は珍しいのか?」

「そりゃあね、樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし。一度迷えば2度と出てこれないからハイリスク。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るぐらいだ。大峡谷も魔法が使えないから基本的に人は立ち入らない。持ってこれても、端から出てきた魔物を狙うぐらいだよ。けど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

そう言って、オバチャンはチラリとセレリアとシアを見る。おそらくは、二人の協力を得て樹海を探索したのだと推測したらしく、不審にまでは思われなかったようだ。

それから、全ての素材を査定し金額を提示する。買取額は八十万九千ルタ。相当な額だ。

 

「これでいいかい?中央ならもっと高くなるだろうけど」

『いえ、それで構いません』

 

そう言って陽和は八十五枚の通貨を受け取り、袋にしまう。元々大金が詰まっている袋に更に大金が入り、袋が少し重くなる。

 

『ところで、門番の彼にこの町の簡単な地図をもらえると聞いたので、もらいたいのですが……』

「ああ、ちょっと待っといで。…………ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来のものだった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来だ。

手渡された地図を五人で覗き込んで目を丸くする。

 

「これが…」

「簡易な…」

「地図……」

「ですか?」

 

四人がテンポ良く驚きの声をあげる。確かにこれが簡易な地図なら、世間一般の簡易な地図とはもはや子供の落書きレベルに落ちると断言できる。

 

『これが無料ですか?十分にガイドブックとして売れるレベルですよ』

「構わないよ。あたしが趣味で書いてるだけだから。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなものだよ」

 

ギルドの受付だけでなく素材の査定資格、その上書士の天職持ち。オバチャンの事務レベルがとんでもなかった。なぜ辺境の受付なんてやってるのだろうか。きっと裏では壮絶なドラマがあったに違いない。

 

『それなら、お言葉に甘えて』

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊まりなよ。治安が悪いわけじゃないんだけど、その三人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

『気をつけておきますよ』

 

最後まで気配りを忘れないオバチャンの有能さに陽和は素直に頷くと、軽く会釈してから踵を返して四人を引き連れながら入口へと歩いていく。食事処の冒険者の何人かがコソコソと三人のうち誰が好みか話し合いながら、最後までセレリア達女子三人を目で追っていた。

 

「ふむ、色んな意味で面白そうな連中だねぇ」

 

そんなオバチャンの楽しげな呟きが最後には残された。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『とりあえずこの後はどうする?宿に行くか?』

 

ギルドを出た後、これからの方針をどうするか提案した陽和にハジメがいち早く提案する。

 

「ああ、そうしたい。とにかく、ちょっと休みてぇな。ずっとバイクの移動だったしな」

 

ハジメはそう言いながら、肩に手を当てて首を捻る。バイクでの長時間の移動にハジメとしては少し宿で休みたかったのだ。その提案に、ユエ達も賛成する。陽和も異論はなかった。

 

『さてと、じゃあ、宿屋はどんなのがあるのか……』

 

陽和はもはや地図というより、ガイドブックと称すべきそれを見ていくつかある宿屋とその紹介文を見て一つの宿に決める。

 

『ああ、ここにしようか。料理が美味く防犯もしっかりしていて、金は多少はるが何より風呂が入れるようだな』

「絶対そこ一択で」

「宿の名前は?」

 

風呂が入れるのが決め手だったのか、ハジメが若干食い気味にそう言って、セレリアが宿の名前を尋ねる。陽和は宿の名前を見て苦笑いしながらも答えた。

 

『“マサカの宿”だってよ』

「……何が“まさか”なんだ?」

『さぁな。まぁ評判はいいみたいだしとりあえず、そこにするか』

 

そうして一向は“マサカの宿”に向かう。少し歩いてたどり着いたその宿は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事を取っていた。陽和達が入ると、お約束のように女子三人に視線が集まるがそれらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、15歳くらいの女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ“マサカの宿”へ‼︎本日はお泊まりですか?それともお食事だけですか?」

『宿泊だ。このガイドブックを見て来たんだが、ここで合ってるか?』

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

『一泊でいい。食事付きで後は風呂も頼む』

 

女の子がテキパキと宿泊手続きを進める中、後ろでハジメが遠い目をしていた。ハジメ的にあのオバチャンの名前がキャサリンだったことになんとなくショックだったようだ。

だが、陽和はそれを無視して手続きを進めていく。

 

「はい。お風呂は15分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いていますが」

『そうだなぁ……男女で分けたいから、ここの二時間で頼めるか?』

「えっ、二時間も⁉︎」

 

見せられた時間帯表を見て男女別でゆっくり入りたいと考えていた陽和は二時間を指定するが、女の子はなぜか驚いていた。

しかし、日本人として風呂は譲れない問題だ。だから、二時間で押し倒した。

 

「え、え〜と、それでお部屋はどうされますか?二人部屋と三人部屋が空いていますが……」

『二人部屋と三人部屋を一つずつで頼む。それで丁度いいだろ』

 

ちょっと、好奇心が含まれた目で後ろのハジメ達を見ながらそう聞く女の子に陽和は間髪入れずに部屋の指定をした。

周囲の食堂にいる客達が聞き耳を立てていたが、男二人、女三人での割り振りだと当然予想した彼らは「そりゃそうだ」と納得する。だが、次いで聞こえたユエの呟きにそれは一変する。

 

「……ん。私とハジメが二人部屋で他は三人部屋で丁度いい」

「ちょっ、なんでですかぁっ‼︎私もハジメさん達と同じ部屋がいいですぅ‼︎」

 

ハジメに腕を絡ませながらそう言ったユエに猛然抗議するシアに聞き耳を立ててた男達が「はぁ⁉︎」という表情を浮かべてハジメに視線を向ける。そして、男達の視線が向けられる中、ユエは猛然と抗議するシアにサラリと言ってのけた。

 

「……シアがいると気が散る」

「気が散るって……何かするつもりなんですか?」

「……なにって……ナニ?」

「ぶっ⁉︎ちょっ、こんなとこで何言ってるんですか‼︎お下品ですよっ‼︎」

 

ユエの言葉に男達がハジメに向ける視線に嫉妬の炎が宿り始める。宿の女の子はすでに顔を赤くしてチラチラとハジメとユエを交互に見ていた。ハジメが咄嗟に止めに入った。

 

「おい、ユエ。普通に考えてここは男子と女子でわかれるとこだろ?」

「……そんなの知らない。私とハジメは恋人同士だから、同室にするべき」

「いや、それは確かにそうだが……」

「異議ありです‼︎私とハジメさんが一緒でユエさんはハルさん達と同じ部屋ですぅ‼︎」

 

指先を突きつけ「ええい、女は度胸‼︎」とユエを睨むシアと冷気を漂わせた眼光で睨み返すユエはもう止まらなかった。

 

「………どうするつもり?」

「うっ、そ、それで、ハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ‼︎」

 

静寂が舞い降りた。誰一人言葉を発することなく、物音ひとつ立てない。今や、宿の全員がハジメ達を凝視し、厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出て来て「あらあら、まぁまぁ」「若いっていいね」と言った感じで注目していたのだ。

陽和は「今すぐ、コイツらと別行動を取りたい」と頭痛を堪えるように頭を抱え、セレリアも「私と陽和は別の宿に行きたいなぁ」と遠い目をしている。

 

「………今日がお前の命日」

「うっ、ま、負けません!今日こそユエさんを倒して正ヒロインの座を奪って見せますぅ‼︎」「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」

「下克上ですぅ‼︎」

 

ユエから絶対零度の如き尋常じゃないプレッシャーが迸り、震えながらもシアが背中に背負った大槌に手をかけ、まさに一触即発、修羅場の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身をこわばらせるが、

 

ゴチンッ‼︎ゴチンッ‼︎

 

拳骨が叩き込まれる音が2発分響く。

 

「ひぅ⁉︎」

「はきゅ‼︎」

 

二人の悲鳴が響き、ユエとシアは涙目になってうずくまり両手で頭を抱えている。二人に拳骨を叩き込んだのは、もちろんハジメだ。ハジメは、二人に冷ややかな視線を向ける。

 

「ったく、周りに迷惑だろうが。何より、俺が恥ずいわ」

「……うぅ、ハジメの、愛が痛い……」

「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが………」

「自業自得だ。ド阿呆」

 

二人にそう注意するハジメを横目に陽和は頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てながら、女の子に話しかける。

 

『悪い。とにかく、部屋割りは二人部屋が俺とこっちの彼女で、三人部屋はそっちの三人にしてくれ』

『『『ッッッ⁉︎⁉︎』』』

 

陽和の一言に今度は観客が全員「マジかっ⁉︎」「あの状況で、迷いなく言いやがったぞっ⁉︎」と言わんばかりの驚愕に満ちた表情を一斉に向ける。ハジメも訝しむような目を向けた。

 

「おい、ソル、セレリアと同室にして何する気だよ」

『何もしねぇよ。お前らの面倒ごとに巻き込まれたくねぇだけだ』

 

ハジメの言葉にうんざりした様子で陽和が返す。ガイドブックによれば、防犯がしっかりしてるこの宿は各部屋の防音対策もバッチリらしく、『どれだけお疲れでも、安らかな眠りを提供できます‼︎』と謳い文句があったのだが、男女で分かれる部屋割りにすれば、確実にユエとシアがハジメに夜這いを仕掛けに突撃しかねない上に、真夜中に隣で励む音が聞こえてきたらたまったものじゃない。

ならば、オルクス大迷宮にいた頃から、共に野宿をしていたセレリアと二人部屋にしたほうが、陽和の心身共に安らかに休まるというものだ。しかし、その判断は実体験のある陽和だからこその結論であり女の子はというと、

 

「そ、そんなっ、男女別じゃなくて当たり前かのようにそれぞれ別の部屋に………す、すごい………はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと⁉︎それぞれでお互いの体で洗い合ったりするんだわ‼︎それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ‼︎」

 

遠くにトリップしていた。そういうお年頃なのだ。

見かねた女将らしき人がずるずると女の子を奥に引き摺っていき、代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その瞳には「男だもんね?わかってるよ?」と全く嬉しくないどころか、殺意を抱きたくなるような理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とかいうタイプだろう。

何を言っても無駄だと悟った陽和は速攻で二つの鍵を受け取ると、そのままセレリアを連れて3階の部屋に逃げる。ハジメも急な展開に呆然としてる客達を尻目に、ユエとシアを肩に担ぎながら、早々に陽和達の後を追った。

しばらく、静寂に満ちていた食堂だったが、止まった時が動き出したかのようにやがて階下で喧騒が広がっていた。

 

部屋の中に入った陽和は狐面を外してテーブルに置きベッドに頭からダイブすると深いため息をついた。

 

「はぁぁぁ———、マジ疲れたぁっ」

『本当にお疲れ様だ。相棒』

「大丈夫か?陽和」

「……ああ、何とかな」

 

ひとまずの安息を得たせいか、疲れを隠しもしない陽和にドライグとセレリアが労いと慰めの声をかける。彼らとしても先ほどのことで今の陽和と全く同じ事を思ったので、気持ちは痛いほどによくわかる。

 

「これからどうする?夕食の時間まで休むか?」

 

セレリアは気持ちを切り替えて話題をどうにか逸らそうと予定をどうするか尋ねる。セレリアとしては心労的に少し休んでもらいたいのだが、その返答は……

 

「とりあえず、薬屋に行って頭痛薬と胃薬を買いに行く。最初から決めてたからな」

 

駄目だった。

町に着く前から決めていた方針を変えることはできず、陽和は更なる安息のために安定剤となる薬を買いに行こうとしているのだ。

予想通りといえば予想通りの返答にセレリアは待ったをかける。

 

「待て待て。薬を買うのはいいが、それは明日にして今日は休まないか?それに今降りればまた客達の視線に晒されるぞ?だから、今は少し休め。な?」

 

ベッドに突っ伏した陽和にセレリアはそう言うが、枕に顔を押し付けていた陽和は首だけを動かして顔だけをセレリアに向けると、真顔で返す。

 

「…………………嫌だ。せめて薬を飲んでから寝たい」

「…………」

 

どうやら大分キテるらしい。

疲れてるのは確かだろうが、それでも先に薬を飲んで休みたいようだ。しかし、今下に降りれば先ほどのユエとシアの会話を聞いていた客達がいるはずだ。降りれば確実に好奇の視線に晒されるはず。だが、陽和はたとえそうだとしても、それでも先に薬を飲みたいらしい。

思わず沈黙するセレリアに陽和は真顔のまま話し始める。

 

「セレリア、考えてみろ。今ここで仮に薬を買いに行かずすぐに休んだとしよう。その後のことを考えたら、絶対に後悔するぞ」

「わ、私もか?というか、その後って……」

「夕飯と風呂の時だ」

「……………なるほど。言いたいことはわかった」

 

セレリアは陽和の言わんとしてることに納得して顔を顰めるとため息をついてしまう。

夕飯時には確実に宿の人からは好奇の視線を向けられるだろうし、他の客も夕食のために再び食堂に訪れるかもしれない。そうすれば彼らからも好奇と嫉妬の視線を向けられるだろうし、ユエとシアがハジメ絡みでまたわちゃわちゃと騒ぐのは確実。風呂も同じだ。

風呂は一応男女で一時間ずつの二時間にしたのだが、ユエとシアは確実にハジメと入ろうと男の時間帯に突撃してくるだろう。陽和がいるにもかかわらずだ。

実際、過去にオスカーの屋敷でハジメと一緒に入っていたにもかかわらず、ユエが突入してきたことがある。

その時は、理不尽なことにハジメが恋人の裸体を見せまいと陽和に目潰しを強行したのだ。反応が遅れ、目を穿たれた陽和は「イッタァイ、目がァァー」と痛みに悶絶したことがある。

そういった被害が過去にあるからこそ、陽和はこの後の夕飯と風呂の時間は精神的苦痛どころか、肉体的にもダメージが来るのは確実だと断言している。セレリアもその可能性に思い至ったのだ。だからこそ、もう陽和の行動を止めることはできなかった。

 

「……………わかった。それなら、私もいこう」

「……お前は休んでていいんだぞ?」

「いや、お前は指名手配されてるからな。万が一に備えて一緒にいた方がいいだろ」

 

万が一外で狐面が外れて素顔が露わになった場合、あの精巧な似顔絵が貼られている以上、もしかしたら正体がバレて追われるかもしれない。だからこその護衛というわけなのだ。

もっとも、今の陽和を一人にしたらどうなるかわからないからというのが1番の本音である。

陽和はセレリアの説明に暫し考え込むと、やがて納得する。

 

「分かったよ。なら、着いてきてくれ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

陽和は再び狐面を被ると、セレリアを伴って隣室のユエに少し出かけてくると伝言を残してそのまま階下へと降りていく。

下に降りれば、チェックインの時にいた客が全員、未だ席についたままで降りてきた陽和達に一斉に視線を向けて好奇心や嫉妬やらに満ちた視線を向けてくる。その視線に、陽和は決して目を合わせずに足早で階段を降りると、そそくさと宿を出ていく。

 

外に出れば、先ほどと変わらず喧騒に包まれており、行き交う人々が買い物をしたり、露店の食べ物を食べ歩いたり、立ち話をしていたりと様々だ。

 

『とりあえず、薬屋の場所はと……』

 

陽和はそれらを横目にガイドブックを開き薬屋の場所を確認する。ガイドブックには、冒険者用と一般人向けの薬屋があるらしく、陽和がまとめている頭痛薬や胃薬などを扱う薬屋はどうやら、町の中心から少し外れた場所にあるようだ。二人は、早速そこへと向かった。

少し露店を眺めつつ歩けば、目に優しい緑色の看板のある薬屋“リーシア”に着いた。中へ入れば、数々の種類の薬の瓶が並べられており、更には包帯などの医療用具なども取り揃えてあった。キャサリンのガイドブックによれば、品揃え豊富、品質良質、店内の雰囲気も良しという良店らしい。しかも、そこには……

 

「いらっしゃいませー!どんなお薬をお求めでしょうか?」

 

可愛らしい看板娘がいた。

年は陽和やセレリアと同い年か年上といったところだろう。整った容姿に身長は160前後、鮮やかな薄緑の髪のボブカットに、橙色の瞳は見るものを和ませるような雰囲気がある。陽和は受付にいる彼女に早速自分が求めてる薬を頼んだ。

 

『頭痛薬と胃薬を欲しい。できれば多めにもらいたいんだが』

「はーい、頭痛薬と胃薬ですね。何日分ご用意すればよろしいですか?」

 

柔らかで親切な対応に狐面の下で表情を綻ばせた陽和は指を3本立てて欲しい日数分を提示する。

 

『そうだなぁ………とりあえず、3ヶ月分くれないか』

「「え……?」」

 

セレリアと看板娘が揃って硬直し声を漏らしてしまう。いち早く気を取り戻したセレリアが慌てながら陽和に詰め寄った。

 

「ちょちょちょっと待てソル!流石に3ヶ月は多過ぎだ!せめて1ヶ月分にしろっ」

 

セレリアが陽和を宥める。悲しいことにこれからのことを考えたら胃薬や頭痛薬なり安定剤が必要なのは否定できない。だが、入店していきなり数ヶ月分の薬をくれなど言うとは思わなかった。目の前の看板娘も硬直している。だが、陽和はそれでも頑として譲らず若干、不貞腐れながらセレリアに言った。

 

『嫌だ。だって、アイツらと旅してるとこの先も絶対疲れるし。町にいないときにストックが尽きたらと思うとゾッとする』

「いや確かに気持ちはわかるがな?なら、別の町でも定期的に買い足していけばいい話じゃないか?わざわざ、ここでまとめて買わなくても……」

『断固拒否。絶対嫌だ。買える時に買っとかないと俺が安心できない』

「……そ、そこまでいうか」

 

セレリアは陽和の本気度合いに若干引く。

まぁ、自重を知らないトラブルメーカーが二人から三人に増えてしまったのだ。気持ちはわからないでもないから、強くは言えない。

そう二人が言い合ってる時、看板娘も硬直から戻り、二人に恐る恐る尋ねた。

 

「あ、あの、もしかしてお二人は、旅人さんでしょうか?」

『一応旅人兼冒険者だな。それが?』

「いえ、お二人とも強そうだなと思っていたので、もしかしたらと思ったんです。それで、頭痛薬と胃薬でしたね。もしかして、持病とかありますか?それとも、日頃からストレスが溜まりやすいのですか?」

 

看板娘は営業モードに切り替えたのか、緑のエプロンのポケットからメモを取り出しながら陽和にそんなことを尋ね始めた。

 

『いや、持病とかはないが、旅の連れがな。自重しないし、トラブルメーカーなもんだから、こっちは色々と疲れるんだ。だから念のために薬を持っていたほうがいいと思ってな』

「ふむふむ、なるほど。大変なんですね」

『全くだ』

 

肩をすくめてそう言った陽和に、看板娘はメモを取り終えたのかにっこりと笑みを浮かべると、背を向ける。

 

「分かりました。では、いくつか薬を持ってきますのでここでお待ちください」

 

そう言って受付の奥にある薬棚の方へと向かうと、テキパキとした動きで次々に薬を選んでは戻して、また取り出したりというプロさながらの動きに陽和達が感心しつつ待つこと十分。

看板娘がいくつかの薬草や木の実、錠剤の入った小瓶を受付に並べていく。

 

「お待たせしました!右から7種類の薬草と木の実が頭痛に効く薬で、こちらの6種類が胃薬用です。こちらの錠剤は気分を落ち着かせたい時にお飲みください。一応それぞれ三種類ご用意させていただきますね」

『別に頭痛薬とか胃薬は一つでもいいんだが……』

「ええ、短期間なら一種類で大丈夫なんですけど、旅人さんが提示した期間服用することを仮定した場合、薬が常態化して効果がなくなってしまう可能性がありますので、体に慣れさせない為に1ヶ月分を三種類用意させていただきました。胃薬も同様の理由です」

『……おぉ、それはありがたいな』

 

看板娘の医学的根拠に則った素晴らしい気遣いに感動のあまり感謝の言葉が出るほどだ。

陽和は看板娘の気遣いに感謝すると、財布を取り出す。

 

『それじゃあ、全部もらおう。幾らだ?』

「そうですねぇ。こちら全てだと………全部で8420ルタですね」

『分かった』

 

陽和は財布から十枚の通貨をだして受付に置こうとするも、看板娘が待ったをかけた。

 

「あ、お会計は後でで構いませんよ。今から薬を調合して参りますので、薬が完成してお渡しする時にお会計を当店ではお願いしてるんです」

『そうなのか。分かった。なら、どれくらいかかる?』

「そうですねぇ。数が数ですので、二時間ほどで用意出来ますよ」

『二時間?3ヶ月分ならそれなりの量のはずなのに早いな』

 

陽和は王都にいた頃治癒魔法を開発する傍らで薬剤の調合法などの医術書や薬学書も読み漁っていた。だからこそ、3ヶ月分の薬の調合には数日の時間はかかると思っていたのだ。

そんな驚きに、看板娘は胸を張って得意気に応える。

 

「ええ、本当なら三日はかかりますけど、私が薬師の天職を持っていますし、父と母も調合士と治癒師の天職を持っていますので、薬の調合は家族全員が得意なんです」

『家族経営の店だったのか。しかし、それなら納得だ』

「はい。ですので、二時間ほどで完成してますのでまたご来店ください。ちょうどいいので、この町を観光してみたらどうでしょうか?この町に来るの初めてなんですよね?」

『ああ、ついさっきこの町に来たばかりだ。しかし、よく気づいたな』

 

この町に来たばかりなのは確かだが、どうして分かったのか陽和は疑問に思う。セレリアも同じだ。なぜだ?という視線を彼女に向けていた。そんな二人に彼女は答える。

 

「もうちょっとした有名人ですよ?綺麗な奴隷を連れた旅人さん達ってことで、町の男性達が羨ましそうにしてました。それに、ちょうどお使い帰りに町に入ってくる貴方達を見かけたものでして…」

『………噂が出回るの早過ぎじゃないか?』

 

そんなに自分達は注目を集めていたのか?いや、集めていたのか。と陽和は多少げんなりする。看板娘は、苦笑いをしながら付け加えるように言った。

 

「ええ、ですのでお気をつけください。そちらの彼女さんはとてもお綺麗ですから、もしかしたら暴走してしまう人も出そうなので」

『キャサリンさんも同じこと言ってたな。ああ、気をつけさせてもらうよ。じゃあ、また後で来る』

「ええ、お待ちしてます。あ、お姉さんちょっと……」

「ん?私か?」

 

陽和がそう言って店の外へ歩きセレリアもついて行こうとした時、看板娘がセレリアを手招きしながら呼び止めたのだ。セレリアは首を傾げながらも彼女の元へと戻る。陽和は店の出入り口のところで待っている。

そして、戻ったセレリアに看板娘は笑みを浮かべると、彼女の耳に口を近づけてコソコソと何かを話したのだ。

 

「……………」

「……ん、いや、それは違うが………」

「……………」

「……えぇっ?流石にそれは、急すぎるだろ?」

「……………っ」

「…………うっ、そ、そうなのか?」

 

何を話しているのかは知らないが、看板娘の話に赤面したり戸惑ったりとさまざまな反応を見せるセレリアに陽和は首を傾げる。

 

(………何を話してんだ?セレリアの奴)

『さぁな。まぁ、不都合な話では無さそうだが……』

 

ドライグと呑気に内側で会話をしながら待つこと数分。二人の話はどうやら終わったようだ。

 

「では、お姉さん頑張ってください!」

「……ああ」

 

まだ若干顔が赤いセレリアになぜか鼓舞した看板娘は陽和にチラリと視線を向けると、無駄に爽やかな笑顔で陽和に「私、期待してますからね?」と言わんばかりにグッとサムズアップをして店の奥へと消えていった。

 

『なぁ、何を話してたんだ?』

「女の秘密だ」

 

セレリアに聞いてもそう誤魔化されてしまい、陽和は気になりつつも答えを聞くことはできず悶々とした状態でセレリアと共に店の外に出た。

店の外に出た後、二時間の待ち時間を看板娘のいう通り町の観光でもしようかと適当に歩き回っていた。

 

「あ、ソル。あれ食べてみないか?ずっと気になってたんだ」

『アレか。確かに俺も気になってたところだ。いいぞ』

 

セレリアが指を指す方を見れば、おっちゃんが露店で肉の串焼きを焼いていて元気よく売っている姿があった。肉の焼ける香ばしい匂いとタレの焦げる濃厚な香りが少し離れたここまで漂ってきたいた。

陽和も陽和で肉の串焼きには興味があったらしく、セレリアに二つ返事で了承し、早速露店に近寄る。店主は近づいてくる二人に元気のいい掛け声をした。

 

「へい、いらっしゃい!」

『串焼きを4本くれ』

「あいよ、4本ね。ちょっと待ってな!」

 

おっちゃんは手際よく焼いていた串をひっくり返し、焼きたての串焼き4本を陽和に手渡す。

 

「お待ちどお!金は600ルタだぜ」

『ああ、これで』

「ちょうどだな。毎度あり!」

『ありがとう』

 

元気のいい声で金を受け取る店主に礼を言った陽和は受け取った串のうち2本をセレリアに差し出した。

 

『ほら』

「ありがとう。ソル」

 

陽和から串を受け取ったセレリアはその場で肉に頬張ると、その肉のおいしさに表情を明るくさせる。

 

「ん、美味いな」

「だろー?うちの串焼きは美味いんだよ」

 

セレリアの忌憚のない評価に嬉しそうに頷く店主を見て、陽和は狐面を操作して口部分だけが中心から縦に線が入って左右へとカシュッと開かせて口だけを顕にすると自分も肉を頬張る。途端に口内に広がる香ばしい香り。肉も食べ応えがあり美味かった。

 

『おお、確かに美味いなこれ』

「へへっ、そうだろうそうだろう」

 

店主は陽和からも高評価をもらえたことに満足気に頷く。ちなみに、陽和の狐面は口部分をずらしていても、変声機能は問題なく作動するように出来ている。

 

「しっかし、兄ちゃん、随分別嬪な奴隷連れてるじゃねぇか。相当値段張ったんじゃねぇのか?」

 

そして、店主はセレリアにもう一度視線を向けると、羨ましそうに尋ねた。陽和はそれに「またか」と思いながらも肩をすくめて答える。

 

『まぁそれなりにな。とはいえ、それ以上の価値があったから、今となっては彼女は頼もしい仲間さ』

「ソル……」

「おーおーお熱いことで。よしっ、じゃあ綺麗な嬢ちゃんに免じてサービスしてやるよ!」

 

肩をすくめてそう答えた陽和にセレリアが妙に熱い視線を向けており、そんな二人の様子に店主は羨ましそうに言いながら串を2本突き出してきたのだ。

 

『おいおい、いいのか?』

「いいっていいって、いいもん見たからな。ちょっとしたサービスだよ」

『そうか。なら、お言葉に甘えて受け取ろう』

「そうしてくれ」

 

そして店主にお礼を言った陽和はセレリアを連れてまた散歩を始める。肉を頬張り舌鼓を打ちながら、時折フルーツジュースを買ったり、サンドイッチを買ったりと食い歩きをしていた。

そして、一時間ほど食い歩いた二人はベンチに腰を下ろしてしばしな休息を取っていた。

ゴクゴクとよく冷えたフルーツジュースを飲んでいる陽和の隣では、セレリアがサンドイッチを美味しそうに頬張っていた。

 

『よく食うなぁ。お前は』

 

陽和は美味しそうに頬張るセレリアを見てそう呟く。座るセレリアの膝の上にはこの一時間ほどで買った露店の包みがたくさんある。奈落時代からの付き合いだが、セレリアはよく食べる方だ。彼女曰く、逃亡生活でいつ満足に食べれるかわからないから、食べれるうちに食べるということらしい。とはいえ、あと数時間ほどで夕飯なのに、よく食べるなと陽和は感心していたのだ。

感心する陽和に、セレリアはサンドイッチを頬張る手を止めて若干恥ずかしそうにする。

 

「う、うるさい。こういった露店は久しぶりなんだ。それに昼を食べてないんだ。たくさん食べて何が悪い」

『いや何も悪くないな。飯をよく食うのは良いことだ。とはいえ、夕飯が入らねぇかもしれねぇぞ?』

「なんだそんなことか。ならば問題はない。食った分動けば良いだけだからな」

『思考がもはや脳筋だぞ、それ』

「やかましい」

 

茶化す陽和にジト目を向けて一喝したセレリアは食事を再開させる。陽和はくつくつと笑みを浮かべると、ジュースを飲みながら物思いに耽る。

 

(雫は今頃、どうしてっかな。それに、レイカも気になる。二人とも無事だと良いんだが……)

 

誰よりも大事で愛しい恋人と自身に忠誠を誓ってくれた従者。二人が今どうしてるか気になってしまっていた。

自分の指名手配書を見たからというのもあるだろう。王都を逃げ出してからもう2ヶ月は過ぎてる。その間、彼女達がどのように過ごしているか何も分からないため、無性に心配なのだ。

自分のこともあるため、何の根拠もなしに大丈夫だと思えなかったのだ。

空を見ながら二人に想いを馳せる陽和に不意に声がかかる。

 

 

「…………恋人のことが気になるのか?」

 

 

声の主は勿論セレリア。

サンドイッチを食べ終えたのか、指についたソースなどをなめとった彼女は、ジュースを一口飲んでから陽和の顔を覗き込むようにしながら尋ねてきた。

 

『ああ、まぁな。雫もだが、残してきた従者のレイカの二人が心配なんだよ。二人とも俺に近しい人間だったからな』

「………そうか。なぁ、ソル」

『なんだ?』

 

セレリアは一度口を閉じると、さもありなんという風に平然と、だが、陽和を安心させるような声音で告げた。

 

「………無責任なことを言うが、私としては二人は大丈夫だと思うぞ」

『その根拠は?』

「貴様が信頼を寄せる人間だからだ」

 

セレリアは自信満々にそう言うとその根拠を話し始める。

 

「何せ、貴様が惚れた女と、認めた従者だ。それほどの者達が思考停止の愚物共相手にヘマをして危険なことになると思うか?いいや、そんなはずはない。貴様が信頼を寄せる人間がそんな愚行をするはずがない」

『確かに、それは…そうだが……』

 

そんなことはわかってる。二人とも頭が良く回る。きっと、危機に直面しても彼女達ならば己の機転で乗り越えてしまいそうだと思うのも確かだ。だが、信頼を寄せるからこそ心配に思うのも仕方のないことだ。その心情をセレリアは当然理解していた。

 

「心配なのは確かにわかる。だがな、もう少し信じてみたらどうだ?彼女達ならきっと大丈夫だと」

『……いや、別に信じてないわけじゃないんだが』

 

それでもなお言い淀む陽和にセレリアは胸を張って得意気に微笑むと陽和にビシッと指を突きつける。

 

「一つ良いことを教えてやろう。女というのはな、惚れた男に守られるのは当然嬉しいが、それ以上に信頼されることが何より嬉しいんだぞ」

『……………』

 

自信満々に言い切ったセレリアに陽和はしばらく無言で彼女の琥珀色の眼差しを見つめ、やがて視線を逸らしため息をつくと面の下で笑みを浮かべる。

 

『………そうだな。あいつらなら、確かに大丈夫か』

 

ここで不安になっていても仕方がない。遠く離れている自分では彼女達にしてあげることなど何もなく、できるといえばせめて信じることだけ。だからこそ、信じよう。また会うその日まで、彼女達が無事に生きていてくれることを。

 

『‥‥…悪いな。セレリア、お前にはよく助けられる』

「問題ない。貴様を手助けできるのならいくらでも相談に乗ろう」

 

陽和の感謝にセレリアは笑いながらそう答えると、今度は自分の胸に手を当てながら妖艶に微笑み言う。

 

「それに、不安で人肌が恋しくなったらいつでも私に言うと良い。私は貴様の奴隷だからな。この体、好きにしてくれて構わないぞ」

『人を揶揄うな。女の子は体を大事にしろ』

「あいたっ」

 

自分の体を好きにして良いと言うセレリアに陽和は頭をかきながら、彼女にデコピンをして咎める。そして、陽和はジュースを飲み干すとベンチからスクッと立ち上がった。

 

『そろそろ時間だ。薬取りに行くぞ』

「ああ、そうだな」

 

陽和に言われ、額を摩っていたセレリアも立ち上がると今度はホットドッグモドキを取り出し食べながら陽和の後をついていった。

 

その後、薬を受け取った陽和達は宿に戻り数時間仮眠をとった後、夕食の時間ということでハジメ達と共に階下の食堂に向かった。しかし、そこにはチェックインの時にいた客が未だ全員残っており、陽和は面の下で顔を引き攣らせた。それでも、冷静を装い先に着くも、宿の女の子がめちゃくちゃ赤い顔をしながら給仕にやってきて、「先程は失礼しました」と謝罪するも、瞳の奥の好奇心が全く隠せていなかった。

注文した料理は確かに美味しかったのだが、食べてる間も好奇と嫉妬の眼差しがグサグサと突き刺さっているので、まともな食事を楽しむ余裕はなく、陽和は早速購入した頭痛薬と胃薬、そして気分を落ち着かせる錠剤を飲んだ。

 

風呂は風呂で、男女で時間は分けたのだがユエとシアが乱入し目潰しをされると予想した陽和はハジメに先に入らせた。そしたら、案の定ユエとシアが乱入しており風呂場は修羅場になって騒がしかった。ちなみに、宿の女の子が彼らの様子を風呂場の影から覗き見していたらしく、覗きがバレて女将さんに尻叩きをされていたそうだ。

ユエとシアの突入からの修羅場を予想していた陽和は後半の一時間を30分ずつに分けて入ろうとセレリアに提案し、彼女に先に風呂に入るように言われ先に入ったのだが、今度はセレリアが平然と乱入してきたのだ。既に怒る気力すらないほどに疲れていた陽和は、セレリアからの猛アプローチをタオルで目隠しをし視覚を完全にシャットダウンすることで、何とかやり過ごした。混浴ではあり背中は洗われたものの、過激な肉体接触は無かったため、陽和も理性を手放すことはなかった。

 

そして、夜寝る時は向こうにシアがいたおかげか、致す音は聞こえてこなくて、セレリアも隣のベッドで大人しく寝てくれたので、陽和も久々に柔らかいベッドで安らかに就寝することができた。

 

 





陽和の偽名ソルレウス・ヴァーミリオンの語源についてですが、ソルはラテン語で太陽の意味で、レウスはリオレウスの語源にもなった王者という意味を持つバシレウスから、ヴァーミリオンは朱色を英語に直したものです。何の捻りもないシンプルなものになりました。

そういえば、マサカの宿って零のワンダの宿の看板娘キアラの子孫の宿屋なんだろうなぁー。
アフターの旅行記でも兎人族が先祖にいたんじゃないかって言われてましたし、リューティリスとも関係あるし、キアラの子孫だろうね。

そして、次回…………男にとっては悪夢よりも恐ろしいあの事件が……ガクブル


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