竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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皆さんお久しぶりです。
竜帝の方では本当にお久しぶりですね。最近は最近でリアルの方で色々と忙しくて投稿頻度がだいぶ落ちてしまいましたが、まぁちゃんと生存しております。

さて、今話はライセン大迷宮に挑む話です。カオスで愉快でウザいな大迷宮ですね。
原作ではハジメ達のストレスが天元突破しましたが、果たして陽和とセレリアは天元突破するのか。

では、3ヶ月お待たせした最新話をどうぞ‼︎



27話 カオスラビリンス

 

 

 

ライセン大迷宮の谷底には死屍累々という言葉がぴったりな光景が広がっていた。

 

ある魔物は炎に焼かれ炭化し、ある魔物は全身に風穴を開けて、ある魔物は頭部を地面にめり込ませて、またある魔物は全身を氷漬けにされて、更にはバラバラに切り刻まれ、などなど死に方は様々だが一様に全て一撃で絶命していた。

 

ここライセンは古くより処刑場として恐れられてきた場所。谷底には魔物が蔓延り、魔力の分解作用により常人ならば谷底で生き抜く術はないはず。そんな地獄のような場所で、こんな馬鹿げた芸当をやっているのは…………

 

「一撃必殺ですぅ!」

ズガンッ‼︎

 

「邪魔」

ゴパッ‼︎

 

「うぜぇ」

ドパンッッ‼︎

 

「鬱陶しいな」

ザシュッ‼︎

 

『温い。…お、美味ぇ』

バグンッ‼︎

 

陽和、セレリア、ハジメ、ユエ、シアの5人である。彼らは見送り付きでブルックの街を出た後それぞれ魔力駆動二輪を走らせて、ライセン大峡谷の入り口に戻ってきたのだ。

彼らはそこからまた峡谷に入り、野営をしつつ『ライセン大迷宮』の入口を捜索している。

捜索を始めて2日。相変わらず魔物達が凝りもせずに襲ってくるが、当然返り討ちにされている。

 

シアの戦鎚が、その絶大な膂力を持って振るわれるたびに、文字通り一撃必殺となって魔物を叩き潰す。自身の耐久力を遥かに越えた絶大な衝撃になすすべなく潰され絶命する。お月様の餅付きウサギが見たなら、『アレ、ウサギ、チガウ』と真っ青になることだろう。

ユエは、至近距離まで迫った魔物を、魔力にものを言わせて強引に発動した魔法で次々と屠っていく。ユエ自身の膨大な魔力に加えて、魔晶石シリーズに蓄えられた魔力も莫大であることから、弾切れなしの爆撃と化している。谷底の魔力分解作用のせいで発動時間・飛距離共に短くても、超高威力の魔法がノータイムで発動するので魔物達は例外なく絶命する。

ハジメはシュタイフを走らせながらドンナーで頭部を狙い撃ちにしていく。シュタイフに魔力を注ぎながら“纏雷”をも発動させ続けるのは相当魔力を消費する行為なのだが、やはり魔力切れを起こす様子はない。

セレリアは、獣化をし人狼と化した姿で峡谷を駆け回り氷を纏わずに鉤爪で魔物達を一撃で狩り殺していった。大峡谷の分解作用が体内にまでは影響を及ばさないことが分かったので、身体強化を行い爆発的な速度で閃光と化してまさしく狩りをする狼のように次々と魔物を屠っていく。

陽和は最初から“竜帝化”を発動し赤竜状態のまま大峡谷を飛び回り次々と魔物をその牙で喰らい、鉤爪で切り裂き、尻尾で叩き潰していき、口から吐く炎で焼き尽くしていく。ユエ以上に莫大な魔力を持ち、かつ倍加による強化をも並行しており、次々と蹂躙していく。しかも、スナックを食べるかのように片手間に魔物達を喰らっては味を堪能しつつだ。

 

谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだ。しかも、一人に至ってはおやつ扱いしている。大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにしていく。道中には魔物達の死体で溢れかえっている。

 

「はぁ〜。ライセンのどこかにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把すぎるよなぁ」

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな」

「ん……でも、魔物が鬱陶しい」

「あ〜、ユエさんには好ましくない場所ですものね〜」

「でも別に問題はねぇだろ。瞬殺できるし」

「そうだけど……」

 

魔力の分解作用のせいで必要以上に魔力を使うことに辟易するユエにシアとハジメが慰める。

そして、空を飛ぶ赤竜状態の陽和はセレリアを背に乗せながらドライグに尋ねる。

 

『おい、ドライグ。ミレディから目印のようなものは何か聞いてないのか?』

『悪いな。ソレは聞いてない。そもそも、そういうのも探すのも必要なことだ』

「まぁいいだろ陽和。気長に探そう』

 

そんな風に愚痴をこぼし、辟易しつつも捜索を続ける事3日。

その日も収穫なく日が暮れて、谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、陽和達一行は野営をしていた。

 

町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。野営テントや調理器具などはほぼほぼハジメ謹製のアーティファクトである。(一部陽和も製作を手伝っている)。

 

 野営テントには生成魔法で創り出した“暖房石”と“冷房石”が取り付けられ、快適な温度を保っている。“冷房石”を利用した“冷蔵庫”や“冷凍庫”も完備され、金属製の骨組みには“気配遮断”を付加した“気断石”を組んでおり、テントが襲われる心配は大幅に軽減されている。

調理器具には、流し込む魔力量に応じて熱量を調整できる火要らずのフライパンや鍋、“風爪”が付与された切れ味の鋭い包丁があり、更にはスチームクリーナーもどきまである。旅の食事を豊かにしてくれるハジメの愛し子たちであり、魔力の直接操作が必要なため、防犯性も整っている逸品達である。

 

結論から言うと、神代魔法は超便利という事だ。

 

この世界どころか、陽和達の世界にも存在しない様な逸品達。この世界で現代の魔法に携わる魔法達が聞けば、白目を剥いて現実逃避するだろうし、あちらの世界で技術者達が聞けば、何がなんでも特許契約を結ぼうとするだろう。

陽和もこれらが完成した時、『野営ってなんだっけ?』と首を傾げて野営の定義を考え直したほどだ。

 

ちなみに、その日の夕食はクルルー鳥のトマト煮である。クルルー鳥とは空飛ぶ鶏のことであり、肉質や味もまんま鶏だ。この世界でもポピュラーな鳥肉である。一口サイズにカットし、先に小麦粉をまぶしてソテーしたものを各種野菜と一緒にトマトスープで煮込んだ料理である。

肉にはバターの風味と肉汁がたっぷりと閉じ込められており、スッと鼻を通る様なトマトの酸味が染み込んでおり、口に入れた瞬間に風味が口いっぱいに広がるのだ。

肉はホロホロと崩れ、野菜もスープがしっかり染み込んでおり、ホクホクだったり自然な甘みを伝えてくれる。旨味が溶け出したスープにつけて柔らかくしたパンの美味なことか。

どうあっても野営で食べることが果たしてできるのだろうかと疑うほどの絶品さだった。

 

元々の料理担当だった陽和とセレリアに加え、料理が得意というシアも参加して作った夕食は大満足に終わり、その余韻に浸りながら、陽和達はいつも通り食後の雑談をする。

テントの中にいれば、それなりに気断石が活躍して魔物が寄ってこないし、そもそも陽和が周囲に威圧をむき出しにしていることからそもそも魔物達も近づいてすらしてこないため、何も起きない。そして、就寝時間がくれば、5人で見張りを交代しつつ朝を迎える。

 

その日も、就寝時間だと寝る準備に入る陽和、セレリア、ユエ、シア。最初の見張りはハジメである。

テントの中にはふかふかの布団があり、野営にも関わらず快適な睡眠が取れる。野営の定義は彼らには適用しないのだ。ちなみにテントは二つあり、分け方はマサカの宿の時同様、陽和とセレリア、ハジメとユエとシアである。理由は推して知るべし。

だが、布団に入る前にシアがもぞもぞとテントの外に出ようとしていた。

 

「ちょっとお花摘みに」

「谷底に花はないぞ?」

「ハ・ジ・メ・さ〜ん!」

 

デリカシーゼロの発言にシアがキッとハジメを睨むが、意味が分かった上で揶揄ったハジメは全く詫びれもせずに苦笑いする。

そんな彼の言動にぷんすかと怒りつつテントに外に出て行ったシアは、しばらくすると………

 

「み、皆さ〜ん‼︎大変ですぅ!こっちにきてくださぁ〜い!」

 

と、魔物を呼び寄せる可能性と忘れたかの様に大声をあげたのだ。何事かとハジメとユエは同時にテントを飛び出し、その直後、陽和達もテントを飛び出す。

シアの元へ行けば、そこには巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれかかる様に倒れており、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があったのだ。シアは、その隙間の前でブンブンと大きく手を振っていた。

 

「こっち、こっちですぅ!見つけたんですよぉ‼︎」

「分かったから、とりあえず引っ張るな。身体強化全開じゃねぇか。興奮しすぎだろ」

「………うるさい」

 

はしゃぎながらハジメとユエの手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味に、ユエは鬱陶しそうに顔を顰める。

 

「陽和。真っ直ぐ歩け。岩にぶつかるぞ」

「………ねみぃ…」

「シアのを確かめたら直ぐに寝ればいいから、今は起きろ」

 

ハジメ達の後ろを歩く陽和はセレリアに手を引かれている。陽和は寝ぼけ眼でありボーとしている。快眠していたところを無理やり起こされたのだ。仕方がない。そんな足元のおぼつかない彼の手を、セレリアがしっかりと握って引っ張り連れて行った。

シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外と広い空間が存在した。シアは空間の中ほどまでいくと無言で、しかし得意げな表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

その指差しを辿って視線を転じた陽和達は、ソレを見た瞬間「は?」と思わず呆けた声を出し、目を輝かせる。

 

彼らの視線の先には、壁を直接削って作ったであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、しかしソレに反して妙に女の子らしい丸っこい文字でこう彫られていた。

 

——おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪

 

“!”や“♪”のマークが妙に凝っているのがなんとも腹立たしい、奇妙な看板があったのだ。

 

「……なんだこりゃ」

「……なにこれ」

「……なんだこれは」

 

ハジメ、ユア、セレリアの声が重なる。彼らの表情はまさに、“信じられないものを見た!”という感じだ。3人が呆然とその地獄の谷底に似つかわしくない看板を見つめている中、一人陽和だけはその看板を見て目が覚めたのか、真剣な表情を浮かべつつ相棒に尋ねていた。

 

「……なぁ、ドライグ。これがそうなんだよな?」

『間違い無いな。ここはミレディの作った大迷宮だ』

 

生前のミレディをよく知るドライグは、この看板の作り主がミレディだと断言する。

オスカーの手記からもミレディの名前は確かに残っており、ここがライセン大迷宮の可能性は非常に高い。……のだが、文面があまりにもチャラい。しかしだ、このチャラさこそミレディが作ったと断言できる何よりの証左。

 

『………このそこはかとなく感じるウザさ、ミレディの他にありえん』

「あー、なるほど、そういうことね」

 

ドライグの言葉に陽和は納得を示す。

確かにドライグの言う通り、彼の記憶を通してミレディのことも知っていた陽和は、ミレディがそう言う人間だということを知っていたのだ。

だからわかる。この文面を書いたのは間違いなくミレディで、こここそライセン大迷宮の入り口なのだと。

 

「本当に大峡谷に大迷宮があったのは驚きですけど、入り口らしい場所は見当たりませんね?奥も行き止まりですし……」

 

きょろきょろと入口を探し回るシアは、壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「おい、シア。あんまり……」

「ふきゃ⁉︎」

 

不用意に動き回るなと忠告しようとしたハジメ達の眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、忍者屋敷の仕掛け扉の如く巻き込まれたシアは、そのまま壁の向こう側へと姿を消したのだ。

 

「「「「『…………』」」」」

 

シアが飲み込まれた回転扉を見ていた陽和達は、一度顔を見合わせると、揃ってため息をつきながら回転扉を押して中に入る。

中は真っ暗で、扉がグルリと回転して元の位置へとピタリと止まった。と、次の瞬間、無数の風切り音が響いて、暗闇の中を陽和達目がけて何かが飛来する。その正体は、光を反射しない漆黒の矢だ。

 

「「ッッ‼︎‼︎」」

 

侵入者を排除せんと二十本の矢が飛来する。それらを陽和が腕を振るい一瞬に数本掴み、ハジメがドンナーを右手に撃ち落として行った。

金属から削り出した様な艶のない黒い矢が地面に散らばり、あるいは陽和にへし折られて捨てられると再び静寂が戻る。

 

すると、周囲の壁がぼんやりと光り出して辺りを照らしだす。陽和達がいる10m四方の部屋の中央に石板があり、看板と同じ丸っこい女の子マジでとある言葉が彫られていた。

 

“ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして。ニヤニヤ”

“それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?……ぶふっ”

 

「「「「…………」」」」

『……はぁ、ミレディめ…』

 

陽和達四人はミレディの言葉にうぜぇ〜とイラッとした表情を浮かべ、ドライグがため息をついていた。

“ニヤニヤ”と“ぶふっ”の部分が強調されてるのが余計腹立たしく、人の神経を逆撫でにしかしない文面だった。

 

「………あ」

 

石板から目を逸らして周りを見ていた陽和がソレに気づき、思わず声が漏れる。他の3人が何事かと陽和を見る中、陽和は回転扉に近づき回転させる。

扉が回転して向かい側にあった壁が半回転してこちらに戻って来れば……そこにはシアが磔にされていた。

 

「うぅ、ぐすっ、皆ざん……見ないでくださいぃ〜。でも、これは取ってほしいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじでぐだざいぃ〜……」

「あー、その、ドンマイ」

 

実に哀れを誘う姿に、陽和はそう言うしかなかった。

シアは、おそらく矢の飛来には天性の索敵能力で気づいていたのだろう。だが、間一髪で衣服のあちこちを射抜かれて、非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で固定されていた。ウサミミも稲妻型に折れ曲がっていて、無理をしている様でビクビクと痙攣しているのだが……彼女が泣いている理由はそれではない。それは、足元の水溜まりである。

 

「そう言えば、花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、なんだ。よくあることだって……」

「ありまぜんよぉ!うぅ〜、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ〜‼︎」

「……動かないで」

「今下ろすぞ」

 

惚れた男の前で醜態を晒したことにシアが滂沱の涙を流す。しかし、ハジメとしては出会った時に醜態を見ていたので、特に目を逸らすこともなく呆れた表情をむけており、陽和が、申し訳なさそうに視線をそらしている。

そして、セレリアとユエがシアを解放したあと、ハジメの“宝物庫”から着替えを出させて手早く着替えさせた。

 

「ご、ご迷惑をおかけしました!では、早速大迷宮、攻略、に…?」

 

そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ!と意気込み奥へ進もうとした時、シアが石板の存在に気がつく。

顔を俯かせたれ下がった髪が表情を隠し、数秒の無言の後、シアは徐にドリュッケンを取り出して渾身の一撃で石板を破壊。

一撃で粉砕したはずなのに、怒りが収まらないからか何度も何度も振り下ろす。

しかしだ、なんと砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、その文面は……

 

“ざんね〜ん♪この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ〜、プークスクス‼︎‼︎”

「ムッキィ——!!」

 

シアがついにマジギレした、何度もドリュッケンを振るう。部屋全体に小規模な地震が発生する中、ハジメはポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンだけは“解放者”云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

「……激しく同意」

「異論なし」

「お前ら……気持ちはわかるが……」

『まぁ初見ならこうなるさ』

 

 

何はともあれ、こうして【ライセン大迷宮】の攻略は始まったのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

シアのプチ発狂から数時間後。

攻略は困難を極めていた。まず魔力の分解作用が谷底のそれよりも遥かに強く、魔法がまともに使えないのだ。

魔法特化のユエにとっては天敵にも等しく、上級以上は使用できず、中級も射程が極端に短い。瞬間的に魔力を高めれば使えるレベルである。しかも、魔力の消費が激しいため、魔晶石に蓄えた魔力も効率的に使わなければいけないのだ。

ハジメにも影響が出ていた。体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て使用不可となっており、頼みの“纏雷”も出力が大幅減。ハジメが有する銃火器系も威力が大幅に落ちているのだ。

 

しかし、体内に作用するタイプの魔法ーつまりは身体強化系の魔法や肉体を変化させる魔法に関しては影響を受けず、あくまで体外に放出された魔力の消費が激しいため、身体強化を得意とするシアは勿論のこと、肉体そのものを変化させる獣化や部分竜化の技能を持ち、身体強化も扱えるセレリアや陽和にとっては独壇場となる領域でもあった。

そして、シアはというと………

 

「殺ルですよぉ……絶対、隠れ家を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

殺意に満ちていた。

ドリュッケンを担ぎ、周囲を見渡す姿は、凶悪な殺人鬼のそれだ。理由はわかるので、陽和達は何とも言えない表情になっている。

それに、これまで様々なトラップに加えて、ほぼ全てのトラップに、もれなくウザい文の彫刻もあったのだ。シアがキレてなければハジメ達もキレていたことだろう。

しまいには「フヒヒ」と奇怪な笑みを浮かべるシアに引きつつ、周囲を注意深く観察しながら通路を進んだ。

 

「お、出たか。へぇこれは……」

 

しばらく歩くと、複雑怪奇な空間に出て陽和が小さく呟いた。

出た空間は、階段や通路、奥へと続く入り口が規則性なくつながり合っており、一階から伸びる階段が三回の通路に繋がっていたり、3階の通路が緩やかなスロープだったりと、メチャクチャな構造だった。

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしいな」

「……ん。迷いそう」

「見てるだけで混乱しそうだ」

「ふんっ、さすがは腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃな具合が奴の心を表しているんですよぉ!」

「……うん、気持ちはわかるから、そろそろ落ち着け」

 

未だに怒り心頭のシアと呆れ半分同情半分のハジメを見ながら、陽和がヘスティアを構えてハジメに提案する。

 

「とりあえず、ここもマーキングと印刻んどくか」

「そうだな。頼むわ」

 

ハジメに提案した陽和は早速壁に近づき、ヘスティアで壁を斬り“I”を刻みかつ、その傷の下に赤い勾玉の紋様を魔力で刻み貼付する。

これは、ハジメがもつ“追跡”の固有魔法を真似したもの。触れた場所に魔力でマーキングすると痕跡を追うことができるものであり、陽和はそれを模倣して魔力の印を刻んだのだ。魔力の直接貼付なので、分解作用も及ばない。

それから早速通路を進む。

幅2m程でレンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさってできており、壁そのものが薄い青に発光しており視界には困らなかった。

ちなみに、ハジメが“鉱物鑑定”を使ってみると、空気と触れることで発光する“リン鉱石”が使われているらしい。

それからもしばらく歩いていると、突然ガコンッと音を響かせて、ハジメが床のブロックの一つを踏み抜いたのだ。

全員が「えっ?」と足を止めてハジメの足元、沈んでいる地面を一斉に見た。その次の瞬間、

 

シャャアアア‼︎‼︎

 

そんな刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形で鋸状の巨大な刃が取り出してきたのだ。

右の壁からは首の高さ、左の壁からは腰の高さで飛び出ており、前方から薙ぐように迫ってきた。

 

「ッッ回避ぃ‼︎‼︎」

 

ハジメが咄嗟に叫び、ユエ達がそれに反射的に回避行動を取るものの、陽和は仁王立ちのまま動かない。そして、ハジメが叫ぶよりも先に刃が陽和の首と腰に迫り、

 

「邪魔だな」

 

バギィィイと刃が砕かれた。

刃を砕いたのは赤い竜鱗に覆われた腕。陽和は両腕で迫る刃を正面から粉砕したのだ。

砕かれた刃の破片を陽和の周囲に撒きながら、すっかり短くなった刃は誰も斬る事なく陽和達の横を通り過ぎると壁の中に消えていった。そして、周囲を警戒する陽和は何かに気づき、上を仰ぎ見る。

 

「「「「っっ⁉︎⁉︎」」」」

 

直後、陽和達の頭上からギロチンの如く、無数の刃が射出されて降り注いできたのだ。

しかし、

 

「っっシッ‼︎」

 

短い呼吸音と共に振り抜かれた炎纏うヘスティアの刃によって、全て焼き払ったのだ。

 

「うっそぉ……」

 

焼かれ灰になったトラップの残骸が降る中、後ろに座り込んでいたハジメは二つのトラップを容易く粉砕してみせた陽和を見上げながら、冷や汗を流して頬を引き攣らせていた。ユエ達も似たような表情を浮かべており、陽和を見上げている。

 

「定番な物理トラップか。大峡谷の特性上、魔法は使えないから物理系になるのは当然か」

『ああ。俺もミレディからは、この大迷宮には魔法トラップは作ってないと聞いている。これからもこういう類ばかりだろう』

 

ヘスティアを鞘にしまいながら納得する陽和に、ドライグがそう補足した。

二人の会話でようやく一難去ったと理解できるハジメ達は、強張っていた体を弛緩させた。

 

「はふぅ〜、た、助かりましたぁ〜〜。ハルトさんありがとうございますぅ〜」

「ん?まぁ大したことないから気にすんな」

 

感謝するシアに陽和はそう答えつつ腕の竜化を解く。そんな彼にセレリアが心配そうに尋ねた。

 

「ハルト、鱗は大丈夫なのか?」

 

セレリアの見立てでは、先ほどの刃はどちらとも相当な切れ味があったはずだ。自分の毛皮では勿論、ハジメの義手でも傷ができるのは確か。そう思わせるほどのものだったのだ。

そんな心配に陽和はなんて事のないように笑う。

 

「ああまぁ切れ味はそれなりにあったが、俺の鱗の強度の方が上だった。かすり傷もついてねぇよ」

 

確かに相当な切れ味があったことは確か。だが、陽和の鱗が遥かに強度があっただけの話だ。

 

「最初は驚いたが、改めて考えるとここのトラップがあれくらいなら、問題はねぇか」

「ああ、この程度なら死ぬことはないだろう。一人を除いてな……」

 

そう言うと二人はスッとシアへと視線を向ける。このメンバーの中で唯一命の危険が高いのはシアだけだ。ただ、それを言ったらシアのストレスが限界を越えそうなので、哀れんだ視線を向けるだけに止める。

 

「あれ?ハジメさん、ハルトさん?なんでそんな哀れんだ目で私を……」

「強く生きろよ、シア」

「え、ええ?なんですか、いきなり。なんかすごく嫌な予感がするんですけど…」

 

いきなり妙な雰囲気で励ましの言葉を送ったハジメに、気味悪そうな表情を浮かべながら腕を摩るシア。

陽和達は、キョロキョロと忙しなく周囲へ注意を向けるシアをつれながら先へと進む。

この大迷宮には魔物の類は存在していないため、トラップに警戒しつつ進んでいくと、一つの空間に出る。部屋には三つの奥へと続く道があり、サクッと傷と印でマーキングしてから、階段がある一番左の通路へと進んだ。

 

「うぅ〜、なんだか嫌な予感がしますぅ。この、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

「お前、変なフラグ立てるなよ。そう言うこと言うと、大抵直後に何か『ガコン』……ほら見ろっ」

「わ、私のせいじゃないですぅっ⁉︎」

「⁉︎……フラグウサギめっ」

「シア、お前少し黙ってろ‼︎」

「ひ、酷いですぅ〜‼︎」

「全員話してる暇があんなら構えろっ‼︎‼︎」

『足元に気をつけろっ‼︎何か出てるぞっ‼︎』

 

嫌な音が響いた瞬間、シアを咎める声が複数飛ぶが陽和が一喝する。直後、階段から段差が消えてスロープになったのだ。更にはドライグの警告通り、地面に空いた小さな無数の穴からタールのような色のよく滑る液体が溢れ出したのだ。

 

「くっ、このっ!」

「ちっ!」

 

ハジメと陽和はすかさず動く。

ハジメは咄嗟に、靴の底に仕込んだ鉄板を錬成してスパイクにして、義手の指先からもスパイクを出して地面に突き立てて堪える。

陽和はヘスティアを地面に突き刺し、かつ右脚を埒外な膂力でピッケルのように地面に突き刺さして堪える。ユエは咄嗟にハジメに飛びつき、セレリアは陽和が伸ばした手を掴んでいた。共に阿吽の呼吸だった。

 

「うきゃぁあ⁉︎」

 

しかし、シアはそのどちらもできずに、悲鳴を上げながら液体まみれになり滑落。そのまま、M字開脚の状態でハジメの顔面に衝突してしまったのだ。

 

「ぶっ⁉︎」

「ハジメっ⁉︎」

 

悲しいことにその衝撃で義手のスパイクが外れて、ハジメは後方にひっくり返る。足のスパイクも外れて、シアとユエと共に滑り落ちていったのだ。

 

「てめぇ、ドジウサギ!早くどけ‼︎」

「しゅみません〜、でも身動きがぁ〜」

 

滑り落ちる速度がどんどん増していき、ハジメとシアの声があっという間に遠ざかる。凄まじい速度で滑り落ちていくハジメ達に、陽和は悪態をつく。

 

「あぁくそっ、セレリア追いかけるぞっ‼︎掴まれっ‼︎」

「あ、あぁっ‼︎」

 

セレリアが首に腕をしっかりと通してしがみついたのを確認すると、陽和はすぐにヘスティアと右足を抜いて、バランスをとりつつ滑りハジメ達を追いかける。

ヘスティアの鋒を地面に、右腕の鉤爪を壁に突き立てながら速度軌道を調整しつつ滑ると、視線の先で道が途切れているのを見た。

 

「ッッ⁉︎ハルトっ道がなくなってるっ」

「飛ぶしかないだろっ‼︎」

 

この道の果てはどこかに放り出されるのを理解した陽和は、背中から翼を出して身構える。そして、スロープが切れた瞬間に地面を蹴って高く跳び上がり、翼を広げてホバリングする。

飛び上がった先では、ハジメが右手にユエを、首にシアをしがみつかせたまま、義手に内蔵していたワイヤー一本で天井からぶら下がっていた。

 

「よぉ、ハジメ。無事か?」

「なんとかな。ってか、つくづくお前の身体が羨ましいぜ」

「まぁ無事ならいいが、この下は……うぉ」

 

何気なく下を見た陽和がそんな声を出す。つられて四人が下を見れば、カサカサ、ワシャワシャ、キィキィと嫌な音を立てながら、夥しい数のサソリが蠢く光景があった。

サイズは地球にもいるような10cm程だが、視界を埋め尽くすほどの数がいるからこそ生理的嫌悪は消えず、全身に鳥肌が立つ思いだった。

 

「「「「………」」」」

 

思わず黙り込む5人は、目を背けるように天井に視線を向ける。すると、発光する文字があり、そこには、

 

“彼らに致死性の毒はありません”

“でも麻痺はします”

“存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー‼︎”

 

『………ミレディ、お前と言う奴は……』

 

薄暗い空間で目立つその文字にドライグは呆れる。ここに落ちた者はきっと、蠍に全身を這い回れながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばして、あのふざけた文を見てしまうのだろう。

 

「「「「「……………」」」」」

 

その光景を想像してしまい黙り込む陽和達。なんとか気を取り直した陽和が周囲を観察して、下方の壁に横穴が開いていることに気づく。

 

「……ハジメ、横穴を見つけたぞ。そこに移動しよう」

「……ああ、そうだな。そうしよう」

「あ、あの、ご迷惑おかけしてすみません……」

 

迷惑をかけてシアがおずおずと謝罪をする。だが、ハジメは無慈悲に処分を下す。

 

「お前へのお仕置きは迷宮に出てからする」

「うぇっ⁉︎お仕置きですかぁ⁉︎」

「……口答え。お仕置き2倍」

「んなっ、ユエさんまでぇっ⁉︎うぅ、私の未来が暗いですぅ」

 

ハジメとユエの容赦のなさにシアは嘆き肩を落とす。こうなった原因は自分だが、二人からのお仕置きなんて想像したくない。

 

「まぁ、程々にしておけよ。ハジメ、足に掴まれ。横穴に飛ぶ」

「おう、任せるわ」

 

陽和がハジメの義手の位置に足が届くように上へと飛び、アンカーをしまったハジメがすぐさま掴んでぶら下がる。そして、陽和がゆっくりと降下して、全員なんとか横穴へと辿り着いた。

横穴からは通路が奥まで続いており、ひますらまっすぐだった。しかし、捻りのないまっすぐなのが怪しかった。

それから数百m進んで一つの大部屋に踏み込んだ時、ガコンッとお馴染みの音が響いた。

 

「っ、今度は何って……天井かっ」

「やべっ、走れっ‼︎」

 

全員が頭上に注意を向けた瞬間、天井が降ってきた。古典的ではあるものの、魔法行使が制限されてる状況下では、範囲型はもはや反則だ。

 

「セレリアっ‼︎」

「分かってるっ‼︎」

 

陽和の掛け声と共に全員が向かいの通路へと走り出す。同時に、身体強化を支える陽和とセレリアが、ハジメ、ユエ、シアの腕を掴んで爆発的な加速で駆ける。

そして、天井が彼らを押し潰そうとした瞬間、陽和達は間一髪向かいの通路へに辿り着き、滑り込んだ。

 

「っっぶねぇっ‼︎‼︎」

「間に合ったっ‼︎‼︎」

 

なんとか受け身を取りつつ地面を転がった陽和とセレリアが思わず叫ぶ。他の3人も地面に投げ出されながらも、身を起こして自分達がいた元の部屋を見る。

元の部屋は既に見えず、落ちてきた天井のせいで行き止まりとなった通路のように見える。

 

「た、助かったぜ」

「……間一髪」

「うぇぇん、お二人ともありがとうございますぅ〜!」

 

陽和達の咄嗟の判断のおかげで圧殺されることは避けれて、ハジメとユエが安堵して、シアが泣きながら二人に感謝をする。

 

「ああ、気にすんな」

「……そ、そうだぞ。無事で何よりだ」

 

陽和とセレリアは地面に座り込み、呼吸を整えつつシアの感謝に軽く手を振った。

その時、再びウザい文が陽和達の眼前の地面に浮かび上がる。

 

“ぷぷー、焦ってやんの〜、ダサ〜い”

「「あ゛ぁ゛っ!!?」」

 

ミレディのウザいことこの上ない文に、陽和とセレリアが揃ってどすの利いた声をあげて文を鋭く睨む。

 

「ひぃっ⁉︎」

 

二人の眼光が竜と狼のそれであるため、どすの利いた声と共に鋭くなった眼光に、直接向けられていないのにシアがビビった。

とはいえ、圧殺を避けるために必死に駆け抜けた先でこんなことを言われては、いくら陽和達といえどもキレかけるのも無理はない。しかも、これまでのでストレスが蓄積されているので尚更だ。

だが、キレて暴れる寸前で陽和が深く息をついて落ち着かせる。

 

「〜〜〜っっ、ここでキレても始まんねぇ。さっさと行くぞ」

「ああ、そうだな。発散するのは後だ」

 

セレリアも落ち着くと、そう答えて立ち上がり陽和の後をついていく。その更に後をついていくハジメ達は、陽和達がブチギレかけていることに若干怯えつつ、大人しくついていった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

その後も進む通路、たどり着く部屋の悉くでトラップが待ち受けていた。

全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、蟻地獄のように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋。そして、すべてのトラップに付属するウザい文。

陽和達のストレスは天元突破しそうだった。

 

そんなトラップの悉くを突破し、この迷宮に入って一番大きな通路に出た。横幅は6〜7mで、結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっていた。恐らくは螺旋状になっているだろう。

 

(………こう言う道って、多分アレだよなぁ)

『アレとはなんだ?相棒』

(じきにわかる)

 

なんとなく予想がついていた陽和は、ドライグにそう答えつつ警戒をする。

自分の予想が正しければ、ここで出てくるトラップはおそらく………

そう思い至った時、嫌と言うほど聞いた『ガコンッ!』と言う作動する音が響く。トラップがくると身構える陽和達の耳に、それが聞こえてくる。

ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

何か重たいものが転がってくる音だ。

 

「「「「………」」」」

「うわぁ、やっぱりかぁ」

 

四人が無言で顔を見合わせ同時に頭上を見上げる。陽和は予想通りなことにため息をつく。

そして、5人揃って見上げれば、スロープの上方のカーブの奥から、通路と同サイズの大岩が転がり落ちてきたのだ。

セレリア、ユエとシアが踵を返し脱兎の如く逃げ出そうとするが、陽和とハジメがついてこないことに気づいてすぐに立ち止まる。

 

「おい、陽和?」

「……ん、ハジメ?」

「お二人とも何してるんですか⁉︎早くしないと潰されますよ‼︎」

 

3人の呼びかけに二人は答えず、それどころかその場で腰を深く落としたのだ。

陽和は左手を、ハジメは右手をまっすぐに伸ばし、反対の腕を限界まで引き絞っていた。

ハジメの義手は「キィィイイイ!」と機械音を響かせ、陽和の左籠手からは『Boost‼︎』の音が響く。

二人は、轟音を響かせながら迫ってくる大岩をまっすぐに見つめると、笑みを浮かべる。

 

「いつもいつも、やられっぱなしじゃぁっ‼︎」

「性に合わねぇんだよっ‼︎」

 

機械音が一層激しさを増し、倍加な音声が二度三度と響き『Explosion!!』と解放の音声が響く。そして……

 

「「オオラァァアア‼︎‼︎」」

 

裂帛の気合いの声と共に二人は揃って足を踏み込み、腰を捻り、拳を迫る大岩にぶつけた。

ハジメの“豪腕”と義手を振動させて相手を砕く“振動破砕”。陽和の“金剛身”と“浸透頸”、“倍加”の技能により高められた二つの拳がぶつかると凄まじい破壊音が響き、二人の拳と大岩との接触点を起点にあっという間に亀裂が生まれて大岩は粉々に砕けた。それに加えて、最後の通路、壁にも衝撃の余波が響き軋んだ。

 

二人が拳を振り抜いた状態で残心し、やがて気を抜くと態勢を立て直すと、実に清々しいドア顔を浮かべつつ、無言で拳をコツンとぶつけた。

これまでのトラップやウザい文でストレスが溜まっていて、それをある程度発散できて心地よかったのだろう。

しかしだ……

 

『二人とも、悪いが2個目が来るぞ』

「え?」

「は?」

 

満足げな様子を浮かべる二人にドライグがそう忠告する。

二人は顔を引き攣らせながら間抜けた声をあげつつ、ギギギとぎこちなく後ろを振り向けば、ゴロゴロゴロゴロと言う聞き覚えのある音と共に、今度は黒光する金属製の大玉が転がってきたのだ。

 

「うそん」

「………」

 

ハジメが思わず呟き、陽和が絶句する。

 

「あ、あのハジメさん、気のせいでなければ、あれ何か変な液体撒き散らしながら転がってくるような……」

「………溶けてる」

「……あれは、触れられないぞ」

 

こともあろうに、金属製の大玉は表面に開いた無数の穴から溶解液を撒き散らしており、通路や壁を所々溶かしながら迫ってきたのだ。

 

「に、逃げるぞォォォ‼︎‼︎」

「りょ、了解‼︎」

「ぐぇっ‼︎」

「はぎゅ⁉︎」

「ひぐっ⁉︎」

 

陽和がセレリア達に振り向くや否やそう叫び、スプリンターも真っ青な踏み切りでスロープを駆け降りる。しかも、ハジメとユエの首根っこを掴み置いて行かないように。セレリアは陽和の指示に従い、シアを担いですぐさま陽和に追従する。

反応が遅れた3人は、奇妙なうめき声を上げながら二人に掴まれ運ばれる。

背後からは、溶解液を撒き散らす金属球が、凄まじい音を響かせながら徐々に速度を上げて迫ってきていた。

 

「いぃやぁあああ‼︎来てます来てますぅ‼︎轢かれた上に溶けるなんて嫌ですぅ‼︎」

「喋るな‼︎舌を噛むぞ‼︎」

 

通路内にシアの泣き言が木霊し、セレリアの叱責の声が飛ぶ。

 

「おい陽和‼︎もうちょい持ち方ってのがあんだろ‼︎」

「うるせぇ‼︎緊急事態だぞ⁉︎贅沢言うなっ‼︎」

「だからってなぁ‼︎一瞬首抜けると思ったんだぞっ‼︎」

「知るか‼︎‼︎これ以上文句言うと投げ捨てるぞっ‼︎」

「はぁっ⁉︎テメェ、それはあんまりだろうがっ‼︎」

「なら黙って運ばれてろやっ‼︎」

「……二人とも、意外と余裕?」

 

ぎゃいぎゃいと言い合う二人に、ユエが呆れたような視線を向ける。

そうこうしているうちに通路の終わりが見えており、その向こうには相当大きな空間が広がっているようだ。しかし、部屋の床がずっと遠くの部分しか見えておらず、おそらく、部屋の天井付近に通路の出口があるのだろう。

 

「真下に降りる‼︎セレリアこっちに来い‼︎」

「ああっ!」

「ユエ、お前はハジメにしがみつけ‼︎」

「んっ」

 

手早くユエをハジメに抱えさせて空いた手でシアを担ぐセレリアを掴むと部屋に飛び込んだ。

 

「はぁっ⁉︎」

「なにっ⁉︎」

「げっ⁉︎」

「んっ⁉︎」

「ひんっ⁉︎」

 

三者三様の呻き声が上がる。

出口の真下が明らかにやばそうな液体で満たされて、プールのようになっていたからだ。

 

「ここまでやんのかよっ!?」

 

陽和は悪態をつきながら翼を出して滞空する。直後、陽和の背後から金属球が飛び出してきた。それに気づいた陽和は、

 

「あぁうぜぇっ‼︎」

 

口に雷炎を溜めて“ファイアボルト”を金属球に向けて放つ。分解作用のせいで威力が減衰した“ファイアボルト”は金属球を砕くことは叶わなかったものの、軌道を逸らして下の壁に叩きつけることには成功し、金属球は眼下のプールへと落下して煙を上げながら沈んでいった。

 

「た、助かったか」

「……ん、ハル兄に感謝」

「ああ、ありがとう陽和」

 

ハジメ、ユエ、セレリアは肩の力を抜くと素直に陽和に感謝するものの、一人だけ反応が違った。

 

「うぅ〜ユエさんが羨ましいですぅ。私もハルトさんに捕まってたら、今頃ハジメさんの腕の中に〜〜」

 

シアがハジメと彼に抱き抱えられているユエを見ながら、羨ましそうな視線を向けていたのだ。セレリアが呆れる。

 

「……シア、お前こんな時に……」

「だって羨ましいじゃないですかぁ〜。あ、でも陽和さんにもちゃんと感謝してますよ?陽和さんありがとうございますぅ!」

「………おう」

 

ついでのように言われた感謝に陽和は何とも言えない表情を浮かべる。そして、シアはすぐさまハジメ達に視線を移して再び羨ましがる。

 

「うぅ〜、私もユエさんみたいに抱っこされたかったですぅ〜!」

「………シア、現実を見て」

「どう言う意味ですかぁ⁉︎」

「そのままの意味だろ。お前のことは仲間として認めちゃいるが、それだけの話だ。俺が惚れてるのはユエなんだぞ」

「うぅ〜」

 

最もといえば最もな言い分に、シアは目の端に涙を浮かべて唸る。ユエは惚れてると言う言葉に頬を染めて、より一層抱っこしているハジメの胸元に頬を寄せスリスリした。

そんな彼らに低い声が降ってくる。

 

 

「………………お前ら、落としていいか?」

「陽和、気持ちはわかるから落ち着け」

 

 

陽和だ。彼はこめかみに青筋を浮かべながら、ラブコメするハジメ達を据わった瞳で見下ろしていた。1番の功労者の自分そっちのけで、足元でラブコメする彼らに苛ついていたのだ。

セレリアが苦笑いを浮かべながら彼を宥めるも、彼の瞳から殺意は消えていない。

 

「「「……す、すみません」」」

 

そんな苛立ちを感じ取ったハジメ達はすかさず謝罪する。それを見て呆れたように鼻を鳴らした陽和は、溶解液のプールを飛び越えて部屋の地面に着地する。

ハジメとユエを乱暴に放り投げつつだ。セレリアもシアをぺいっと投げ捨てた。

 

降りた部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり、騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した全長2m程の像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と、奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔を顰める。

 

「いかにもな扉だが、ミレディの隠れ家に到着したのか?それならいいんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「…‥大丈夫、お約束は守られる」

「それって襲われるってことですよね?全然大丈夫じゃないですよ?」

「だが、これまでのトラップに比べたら一番やりやすいものだ。だったら…」

「全部ぶっ倒せば問題はないな。発散もできてちょうどいい」

『相棒、大分ストレスが溜まっているな。まぁ仕方ないか』

 

そんなことを話しながら部屋の中央まで進んだ時、お馴染みのガコン!と言う音が響いた。

お約束のトラップ作動音だ。

『やっぱりなぁ〜』と思いつつ周囲を警戒すれば、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝き、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきたのだ。

 

その数は総勢五十。

 

騎士達は、スッと腰を落とすと縦を前面に構えつつ大剣を突きの型で構えると、ジリジリと包囲網を狭めてきたのだ。人形のくせに、妙なところで人間じみた動きをしてくれる。

 

「ふっ、一端の騎士のつもりか?面白ぇ、相手してやるよ」

『Boost‼︎』

『ククッ、相棒の昂りが伝わってくるぞ』

「ああ、ようやくまともな戦闘ができるからな。かく言う私も昂ってる」

 

陽和とセレリアがやる気十分と言った風に構える。陽和は翼と尻尾を生やし、四肢を部分竜化で変化させて、右手の剣と左拳を構える。セレリアは四肢を獣化させて、腰から尻尾、頭から耳を生やしながら鉤爪を構える。

 

「……動く前に壊しとけばよかったとかは、今更か。やるぞ」

「んっ」

「か、数多くないですか?いや、やりますけどもぉ……」

 

ハジメはドンナーとシュラークを抜く。大多数の相手用の武器もあるにはあるが、トラップの数が未知数な以上、無差別攻撃でトラップを発動させないための選択だ。

ユエはハジメの言葉に気合いに満ちた返事をする。魔法が制限されるこの迷宮内では、単純な戦力的には一番低い。だが、ハジメのパートナーである以上、足手まといになるつもりはない。

しかし、唯一シアだけは、腰が引け気味だった。陽和、セレリアに続いて実力を発揮できるが、これまでの実戦経験の乏しさが不安を招いていたのだ。出身が出身なだけにこればかりは仕方ない。むしろ、ドリュッケンを構えている時点でかなり好評価だ。

そんな彼女にハジメが声をかける。

 

「シア、お前は強い。俺達が保証してやる」

「…え?」

 

突然の激励にシアが目を丸くする中、ハジメは更に続ける。その声音は普段よりどことなく柔らかかった。

 

「ユエ達に扱かれたお前なら、こんなゴーレム如きに負けはしない。だから、下手なことは考えずに好きに暴れろ。フォローは任せとけ」

「……ん、弟子の面倒は見る」

「貴重な実戦だ。遠慮なく自分の力を試せ」

「ああそうだな。それに俺達もいる。命の危険は限りなく低いだろう。だから、心置きなく戦え」

 

ハジメに続いた全員の言葉に、シアは嬉しさに思わず涙目になる。これまでのことから、少し不安になっていたが、それは杞憂に終わった。

なら、これからは未熟者なりにせいいっぱい足掻いてみよう。そう意気込むと、全身に身体強化を施して力強く地面を踏み締めた。

 

「ふふ、ハジメさんのちょいデレを頂けてやる気十分ですよ!ユエさんもそろそろ気をつけたほうがいいんじゃないですか?」

「「………調子に乗るな。ドジウサギ」」

 

ハジメとユエから呆れた眼差しを向けられるものの、既にテンションが爆上がりしているシアには聞こえていない。

 

「さぁ、かかってこいやぁ!ですぅ!」

「いや、だから、なんでそのネタ知ってんだよ……あっ、突っ込んじまった」

「……だぁ〜」

「……つっこまないぞ。絶対突っ込まないからな」

「といって、突っ込むんだろ?」

「お約束だな」

「やかましいわ!」

 

ゴーレム達と戦うというのに呑気な空気を醸し出す彼らに、ゴーレム達は一斉に侵襲者達を切り裂かんと襲い掛かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ゴーレム騎士達の動きは予想以上に俊敏であり、金属音を立てながら迫るその姿は、武器や眼光と相まって凄まじい迫力で、四方八方から壁が迫っていると錯覚するほど。だが、そんなゴーレム騎士達の濁流を打ち破るように、赤と紫の二つの閃光が駆け抜ける。

 

「“炎拳”」

「“氷魔拳(ひょうまけん)”」

 

緋炎と紫氷が迸り、ゴーレム騎士を十数体纏めて吹き飛ばした。騎士達の中心には陽和とセレリアが背中合わせで拳を突き出した姿があり、二人の息のあった拳撃で殴り飛ばしたのだとわかる。

吹き飛んで地面を転がる騎士達を飛び越えて迫る後続の騎士達に、陽和は翼を広げて飛び上がり、セレリアはバックステップする。

飛び上がった陽和はヘスティアを構えつつ、翼で大気を勢いよく打って急降下する。

 

ザザザザザンッッ‼︎‼︎

 

赤の剣閃が無数に煌めき、襲いかかった後続の騎士数体がバラバラに斬り裂かれる。細切れになった騎士の残骸が落ちる中、残りの騎士達が陽和を四方から貫かんと迫るも、それはセレリアによって阻まれる。

 

「ガァァアッ‼︎‼︎」

 

バックステップで距離を取った彼女は、両手を地面につけてまさしく狼が如く四つん這いになると、地面を爆砕して超加速を行い、氷を纏わせた爪牙を以て陽和に迫る敵を狩り尽くす。

鎧を切り裂き、大剣を噛み砕き、盾を粉砕する。主人を守る猟犬ー否、惚れた男を支える狩狼となって彼女は駆け抜けた。

 

そして、一体のゴーレム騎士の大剣を牙で噛み砕きつつ、胴体と頭部を鉤爪で斬り裂いた彼女の背後から一体のゴーレム騎士が迫って大剣を振り上げるものの、騎士の真横から迫った陽和の蹴りで胴体部分が粉砕され、空中で分解して崩れ落ちる。

 

「“紅火穿”」

「“氷魔槍”」

 

ゴーレム騎士を蹴り飛ばした陽和はセレリアの方へと振り向くと、ヘスティアの鋒を向けて突き出す。対するセレリアも右手を貫手に変えて、氷の槍を纏わせながら陽和へと突き出したのだ。

同士討ちをする気かと一見すれば疑うものの、実際は違う。双方の攻撃が二人の顔の真横を通り過ぎて、背後に立っていたゴーレム騎士達の頭部を同時に貫いた。

頭を貫かれたゴーレム騎士2体が動きを止める中、二人はゴーレム騎士を左右へと投げ捨て、背中合わせになると同時に前方へと駆け出す。

 

『Boost‼︎』

 

陽和は疾走の勢いのまま、前方から迫る騎士数体に、炎纏う拳を振りかぶると盾の上から殴り、凄まじい破壊音を響かせ、倍加で高められた膂力にものを言わせて、盾の防御を意に介さずに他の騎士数体もろとも殴り飛ばす。

セレリアもセレリアで自身に迫った騎士達の間を縫うように駆け抜ける。駆け抜けた彼女の手には騎士の中身のないひしゃげた兜が数個あり、すれ違いざまに全ての首をもいでいた事を示していた。

 

「………」

 

首を投げ捨てた彼女に影がかかり、振り向けば騎士数体が大剣を振り上げている姿があった。しかし、彼女は動揺することなく、さらには防御体勢を取ることなく平然と見上げる。まるで構える必要がないとわかっているかのように。

その直後、騎士達の背後に人影が現れ、背後から騎士達を大剣ごと両断したのだ。

両断したのは当然陽和だ。翼で一気に騎士達の背後に迫った彼は、無防備なのをいいことに容赦なく両断する。

 

「……ふっ」

 

崩れ落ちる騎士達を見て小さく笑みを浮かべたセレリアは、四肢に力を込めて弾丸の如く前方へと飛び出し、陽和の肩を踏み台にして天井付近まで飛び上がると、天井を蹴って急降下して、陽和の右側から迫る騎士2体の頭部を上から掴み、落下の勢いのまま叩きつける。

叩きつけられた騎士達の頭部はものの見事にひしゃげており、地面にめり込んでいた。

 

「「…………」」

 

二人の間に言葉はない。

作戦会議もなければ、声をかけて合わせるなどもない。いや、そもそもその必要がない。

なぜなら、お互い言葉を交わすまでもなく、どのように動くかがわかっているからだ。

 

それは、これまで背中を預けあい、命をかけて共に戦ってきた経験があるから。

陽和もセレリアも、お互いが背中を預けるに足る仲間であり、全幅の信頼を置いている。

二人が紡いできた短いながらも濃密な絆が、言葉を交わさずとも、お互いが次どのように動くかを伝えていたのだ。

 

以心伝心。比翼連理。そう例えてもいいほどの素晴らしい連携を二人は見せつけており、ゴーレム騎士達はそんな完璧な連携を前に成す術もなく蹂躙されていく。

そんな見事な連携を披露する二人の傍らで、ハジメ達も騎士達を駆逐していた。

戦いが始まってすぐ、陽和とセレリア、ハジメとユエとシアの二組に戦線が分かれ、数にして半分ずつそれぞれが相手している。

 

シアとユエが見事な連携を見せており、シアの爆発的な近接攻撃力と、その死角を補うようにユエがハジメお手製の武器を駆使してフォローを行なっている。二人のコンビネーションも陽和達の連携に負けず劣らずであり、騎士達がいいように翻弄されている。

 

ハジメはハジメで一人ではあるものの、ゼロ距離射撃を行いつつ、体術と射撃を組み合わせたガンカタを駆使してゴーレム騎士達を潰していった。

三者三様見事な戦いを披露する中、陽和が気づく。

 

(………ゴーレムの数が一向に減らないな)

 

戦いが始まってから相当な数を陽和達は粉砕している。見た通りの数ならばすでに終わっていてもおかしくないほどだ。だが、依然として騎士達は迫り来ており、撃破数と敵残数が合わないのだ。

その疑問はセレリアも気づき、背中合わせになりながら不意に呟く。

 

「……再生しているのか?」

「そのようだな」

 

彼女の言葉通り、騎士達は破壊された後、眼光と同じ光を一瞬全身に宿すと、瞬く間に再生して再び鮮烈に加わっていたのだ。

 

「……おい、陽和!こいつら再生してるぞっ‼︎」

「……面倒」

「キリがないですよぉ!」

 

ハジメ達も気付いたのだろう。ゴーレム騎士の海の向こうから3人のそんな声が聞こえてきた。あちらも陽和達同様ゴーレム騎士達の相手は余裕そうで、面倒そうではあるものの、声音には余裕があった。

そんな中、陽和が不意に気づきドライグに尋ねる。

 

「ドライグ!こいつらオスカーの黒騎士と同じ奴か⁉︎」

 

ドライグの記憶の中で、オスカーが魔力の糸を使って目の前にいるようなゴーレム騎士を操る姿があった。

だとすれば、この騎士達はそれと同じ類のものだと断定してドライグに問うたのだ。その推測にドライグは頷く。

 

『ああ、奴お手製の戦闘用ゴーレムだろう。操作方法は違うが同類のものだ』

 

記憶の中では魔力の糸を媒介にしていたが、このゴーレム騎士は、おそらく鉱石に遠隔操作できる性質を付加させて操っているのだろう。

 

その予測は正しい。ゴーレム騎士達に使われている鉱石の名は感応石。魔力を定着させることができ、同質の魔力を定着させた二つ以上の感応石の片方に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作できる仕組みの鉱石だ。

ゴーレム騎士達が再生しているように見えたのも、実際は再生ではなく再構築であり、床に設置した感応石も使って形を整えたり、継ぎ足したりしてゴーレム騎士を補充していたのだ。

だとすると、ゴーレム騎士達を倒していてもキリがなく、操縦者本人を叩かなければ意味がないということになる。

 

「ハジメ!これだと埒が明かない!強行突破するぞ!」

「あいよ‼︎」

 

声を張り上げて指示を出した陽和にハジメがそう返事すると、セレリア達もそれに応えて、一気に踵を返して祭壇へ向かって突進する。

ハジメがドンナー&シュラークを連射して、進行方向の騎士達を蹴散らし隙間を開けつつ、陽和とセレリアが左右から迫る騎士達を押し留める。しかも、ハジメが後方に向かって手榴弾を投げ込んで、爆発によりゴーレム騎士達の追撃を妨害していく。

そして、空いた隙間にシアが飛び込んでドリュッケンを体ごと大回転させながら進み、祭壇への道を開け、その道をユエが進み、祭壇を飛び越えて扉の前に到着した。

 

「ユエさん!扉は⁉︎」

「ん……やっぱり封印されてる」

「あぅ、やっぱりですかっ!」

 

見るからに怪しい祭壇と扉だからこそ封印など想定内。だから最初は殲滅戦を選択したのだが、敵が無限湧きだと分かった以上、祭壇を守りつつの防衛戦しかない。

 

「なら、封印の解除はユエとハジメに任せる。俺とセレリア、シアの三人が殿だ。やるぞ」

「ああ」

「はいですぅ!」

 

素早く指示を出した陽和が祭壇前に陣取り、シアとセレリアが頷き左右に並び立つ。ユエとハジメは扉の封印に専念させる。

 

「おう。任せろ」

「……ん、任せて」

 

ハジメとユエは二つ返事で了承し早速取り掛かる。祭壇に置かれてる黄色の水晶をユエが手に取り、ハジメが上から覗き込む。

水晶は正双四角錐の形状で、よく見れば幾つもの小さな立体プロックが組み合わさってできていた。

ハジメが背後の扉を振り返る。そこには三つの窪みがあり、ハジメは少しの思考の後、ユエに指示を出す。

 

「ユエ、ソレバラして組み直すぞ。あの壁の窪みにはまるような形に変えるんだ」

「……ん」

 

ハジメの指示に従ってユエが水晶を分解し、二人で各ブロックを組み直し始める。二人は分解しながら窪みを観察すると、よく観察しなければ見つからないくらい薄く文字が彫っている事に気づく。見れば………

 

“とっけるかなぁ〜、とっけるかなぁ〜,,

“早くしないと死んじゃうよぉ〜,,

“まぁ、解けなくても仕方ないよぉ!私と違って君達は凡人なんだから!,,

“大丈夫!頭が悪くても生きて……いけないねぇ!ざんねえ〜ん!プギャアー!,,

 

「…………」イラァッ

「ユエ、乗るなよ?乗ったらあっちの思う壺だ」

 

いつも通りのウザい文だ。めちゃくちゃイラッとして扉を殴りたい衝動に駆られるが、ハジメの言葉にパズルの解読に集中する。

陽和達は背後から怒気が溢れているのを感じつつも、ゴーレム騎士達の排除に専念する。

 

「陽和さ〜ん。纏めてぶっ飛ばしたりできないんですか?」

 

台所の黒い奴の如くわらわらと湧いてくるゴーレム騎士達をドリュッケンで豪快に吹き飛ばしながら、陽和に大規模魔法の使用を請うた。だが、それはあえなく却下される。

 

「駄目だ。何があるかわからん以上、大規模魔法は使わないほうがいいだろう」

「でも、こんなにゴーレムが踏み荒らしてるんだし今更じゃないのか?」

「ミレディのことだ。俺達の攻撃にだけ反応する罠も仕込んでそうだからな」

「うっ、それは否定できませんね……」

 

三人は談笑しつつゴーレム騎士を吹き飛ばしていく。最初こそ焦っていたシアも、陽和達の冷静さを見て落ち着いたようだ。

シアはドリュッケンをクルクルと回しながら笑みを浮かべた。

 

「陽和さん、セレリアさん、私嬉しいです」

「ん?」

「急にどうした?」

 

突然のことに訝しむ二人にシアは呟く。

 

「ほんの少し前まで、逃げることしかできなかった私が、こうして皆さんと肩を並べて戦えていることが……嬉しいんです」

 

純粋な嬉しさ。惚れた男と、頼りになる仲間達と肩を並べて戦えるこの現実に、自分は確かに成長できたことを実感していたのだ。

シアの言葉に一瞬驚いた二人だったが、直後目を合わせると同時にフッと笑った。

 

「泣き虫で貧弱だった頃がもう懐かしいな。だいぶ逞しくなった」

「この成長はお前自身が掴んだものだ。俺達はほんの少し背中を押してやっただけだ」

「えへへ。お二人ともありがとうございます!本当に皆さんに出会えてよかったですぅ!」

 

そんな雑談をしながら騎士達を退け続けて数分。陽和達の耳にハジメの声が届く。

 

「おい開いたぞ‼︎こっちに来い!」

「シア、セレリア先に行け‼︎」

「ああっ!」

「はいっ!」

 

陽和達がちらりと後ろを振り返れば、確かに封印が解かれて扉が開いている。奥は特に何もない部屋になってるようだが、開いた以上は行くしかない。

陽和はシアとセレリアに先に撤退を呼びかけ、陽和もゆっくりと後退を始める。ユエとハジメが扉の向こうに飛び込み、両開きの扉の両サイドを持ってスタンバイしている。

シアとセレリアが先に飛び込み、陽和は扉の目前まで後退すると大きく息を吸い込み、

 

「こいつは餞別だ」

『Transfer‼︎』

 

陽和は口内に生み出した雷炎に今まで溜め込んでいた力を全て譲渡させて、強化された“ファイアボルト”を騎士達に放つ。

分解作用があってもなお巨大なサイズになった“ファイアボルト”は、迫る騎士達を纏めて爆砕した。陽和はその隙に部屋に飛び込み、ハジメ達が素早く扉を閉める。

部屋の中は、遠目に確認した通り何もない。なにかしらの手掛かりがあるのではと思ったが、違うようだ。

 

「これはあれか?これ見よがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか?」

「……ありえる」

「ミラディならやりかねないだろうなぁ。それに加えてまたあのウザい文がついてくるだろ」

「……だったら、私達の苦労はなんだったんだって話になるが」

「うっ、ミレディめぇ。どこまでもバカにしてぇ!」

 

一番あり得る可能性に肩を落としていると、突如ガコン!と音が響き渡った。

 

「「「「「⁉︎」」」」」

 

仕掛けが作動するとともに部屋全体がガタンっと揺れて、陽和達の体に横向きのGがかかる。

 

「っ、なんだ?この部屋自体が移動してるのか?」

「……そうみたっ⁉︎」

「うきゃ⁉︎」

「うぉっ⁉︎」

「今度は、上かっ!」

 

今度は真上からGがかかる。その後も何度か方向を変えて移動しているようで、約40秒ほどで、慣性の法則を完全に無視するように止まった。

陽和やハジメはヘスティアやスパイクを地面に突き立てて体を固定していたため、急激な衝撃にも耐えれたが、シアだけは耐えられずにゴロゴロと転がって最後に壁に頭を強打した。転がり続けて酔ったのか顔色が悪く、完全にダウンしていた。

ちなみに、セレリアとユエは最初の方で陽和とハジメに抱きついていたため問題はない。

 

「ようやく止まったか…‥全員、無事か?」

「……ああ」

「こっちも、なんとかな」

「……ん、平気」

「うぅ〜気持ち悪いですぅ」

 

ヘスティアを抜いて立った陽和は全員に声をかけつつ周囲を観察するが、特に変化はなく、扉を開けない限りは分からないだろう。

陽和が周囲を観察する中、セレレアが青顔で口元を押さえて四つん這い状態のシアに近づく。

 

「シア、大丈夫か?」

「セレリアさ〜ん、まだ気持ち悪いですぅ」

「だろうな。少し休んでろ」

「うっぷ。はいぃ」

 

今にも吐きそうな状態のシアはセレリアに任せつつ、三人は周囲を確認していき扉へと向かった。

 

「さて、何が出るかな?」

「‥‥操ってた奴?」

「その可能性もあるな。ミレディは死んでるはずだし……一体誰があのゴーレム騎士を動かしていたんだが……」

 

ハジメがそう呟く。オスカーの手記ではミレディ・ライセンは故人だった。そして、創設者がいない以上、創設者の代わりにゴーレム騎士達を操っていた存在があるはずなのだ。だが、その推測を他ならぬ陽和が内心で否定する。

 

(……実は生きてるって知ったらどんな反応すんだろうなぁ)

『驚きはするだろうな』

 

陽和とドライグは知っているがミレディ・ライセンは確かに死んだが、その後依代に魂を移して今もなお生きていることを知っている。今もなお、この大迷宮の最奥で待っているのだ。

 

世界を救う資質を秘めた攻略者が現れるのを。

 

(ドライグ。もうすぐだ。もうすぐ彼女に会えるぞ)

『……ああ、待ち遠しい。彼女はずっと孤独だったからな。早く話をしたい』

(……うん、俺も彼女には伝えたいことがたくさんある)

 

ドライグはかつての友として、陽和は尊敬する英雄達のリーダー的存在だから、彼らは今もなお孤独に待ち続けている彼女に早く会いたかった。

そんな気持ちが出たのか。陽和は少し小走りで扉の前に立ち、手をかけるとハジメ達に振り向く。

 

「とにかくここを出よう。次は何かしらの手掛かりがあるかもな」

 

そう言いながら扉を開くと、そこには………

 

「………なぁ、気のせいか?この部屋、見覚えあるぞ?」

『……ああ、気のせいじゃないな。特にあの石板は』

 

扉を開けた先は、確かに別の部屋につながっていた。

中央に石版が立っており、左側に通路がある。極め付けは、扉と思しき場所の地面にある水溜まりだ。そう、ここの部屋は……

 

「………最初の、部屋、だな」

 

ハジメがついに言ってしまう。

そう、この部屋は最初に入ったあの部屋だったのだ。そして、元の部屋の床に文字が浮かび出て、つい視線が向いてしまう。

そこには……

 

“ねぇ、今、どんな気持ち?,,

“苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?,,

“ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?どんな気持ちなの?ねぇ、ねぇ,,

 

「「「「…………」」」」」

『……はぁ』

 

陽和達の顔からスッと表情が消えて、ドライグの何度目かわからない呆れのため息が出る。

先程陽和はドライグにミレディに会いたいと思っていたが、それをも超えるほどの怒りが生じた。ドライグも文句を言いたい気持ちはあるものの、こちらの気持ちなど知るはずもないので呆れるしかない。

能面と例えれるほどの無表情さでその文字を見下ろしていると、さらに文字が浮かび上がってくる。

 

“あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します,,

“いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです,,

“嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!,,

“ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です,

“ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー,,

 

ドガァァンっ‼︎‼︎‼︎と、陽和が無言で文字に拳を叩きつけていた。

全力だったのだろう。地面には蜘蛛巣状にヒビが入っており、その一撃がかなり重いことがわかる。

 

「くくっ、くははは……」

「は、ははは」

「フフフフフフ」

「フヒ、フヒヒ」

「フフ、フハハハ」

『………………』

 

拳を地面から抜いた陽和は、肩を揺らしながら不気味な笑い声を上げる。彼につられて他の四人も気味悪い壊れた笑い声をあげ、三者三様の笑い声が響く。

ドライグは予想通りな光景に無言になってしまう。

そして、しばらく笑った後、全員がクワッと目を見開き、

 

 

 

「「「「「ミレディィィィィィィ—————————ッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」」」」」

 

 

 

迷宮どころか大峡谷にまで響き渡るのではないかと思うほどの、怨嗟の絶叫をあげた。

更にその直後、最初の部屋からは打撃音、銃声、爆音などなど、彼らのストレスが限界突破したことを示す破壊音が響き、それが治まった後最初の部屋は、見るも無惨に粉々に破壊され尽くしていた。

 

 





ミレディに煽られりゃ誰だってブチギレる。是非もないよネ!

はい、結果は最後の最後で天元突破しましたよ。しかも、陽和に至ってはドライグと感動的な話をしていた直後ですからねぇ。ブチギレ具合も半端ないっす。
とはいえ、陽和とセレリアが攻略に参加したことで原作と比較しても一人一人にかかる負担は軽減されてると思います。



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