ベリオロスの特殊個体も名前も姿もかっこ良すぎて驚き。もう早く狩りたくてうずうずしてます。
翌日から戦う術を学ぶために早速訓練と座学が始まった。
まず集まった生徒達に12センチ×7センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。騎士団長自らとはなんともVIP待遇だ。“神の使徒”と呼ばれてるくらいだからそれほどの相手でなければ対外的にも対内的にも失礼だ、というのもあるのだろう。
しかし、当の本人は「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っている。
まだ見ぬ副長さんに陽和は同情して、胃の心配をした。
「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
非常に気楽な喋り方をするメルド団長。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するぐらいだ。陽和達もその方が気楽でよかったので彼の対応はありがたかった。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう?そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所有者が登録される。“ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とかは聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
「アーティファクトっていうのはな、現代じゃ再現できない強力な能力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷族達が地上にいた神代に作られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトといえば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証明に便利だからな」
ちなみに、このステータスプレートを作成するアーティファクトも存在しており、毎年、教会の厳重な管理のもと必要に応じて作製・配布されている。
それらの説明に、「そんな都合よくあるものなのか?」と疑いながらも陽和は指先に針を刺し、浮き上がった血を魔法陣に擦り付けた。
すると、魔法陣が一瞬淡く輝き、同時にステータスプレートも一瞬淡く輝き、すっと真綿に染み込むように鮮やかな朱色へと変色していった。他の生徒達も瞠目している。そんな生徒達にメルド団長が説明を加えた。
曰く、魔力というものは人それぞれ違う色を持っているらしく、プレートに自分の情報を登録すると、所持者の魔力色に合わせて染まるのだそうだ。つまり、そのプレートの色と本人の魔力色の一致をもって身分証明とするのだ。
(赤……いや、朱色か。綺麗だな)
自分の魔力色に満足しながら陽和は視線を巡らす。クラスメイト達もそれぞれの色のステータスプレートを持っており、ハジメは空色、雫は瑠璃、香織は白菫、龍太郎は深緑色で、光輝は純白色だった。
「おいおい、珍しいのはわかるが、しっかり内容も確認してくれよ?後で報告してもらうんだからな」
メルド団長が苦笑いしながら確認を促す。その声に、陽和は自身のステータスプレートに視線を落とす。そこに映っていたのは……
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紅咲 陽和 17歳 男 レベル:1
天職:竜継士
筋力:170
体力:140
耐性:150
敏捷:130
魔力:170
魔耐:130
技能:赤竜帝の魂・全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・体術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・言語理解
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と、表示されていた。
(技能は沢山あるが……竜継士?何だこれ)
“技能”の欄に沢山あるのはまあいい。それよりも“天職”の欄にある見慣れない、というか、明らかに普通じゃないそれに陽和は疑問を抱く。
天職欄の『竜継士』や技能欄にある『赤竜帝の魂』は名前から連想するに『竜』とやらに関係するものなのだろうかと考えているとメルド団長が全員に説明を始めた。
「全員見られたか?説明するぞ?まず、最初に“レベル”があるだろう?それは各ステータスの上昇とともに上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルとは、その人間が到達できる領域の現在地を示しているというわけだ。レベル100ということは、自分の潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」
どうやらゲームのようにレベルが上がればステータスも上がるというわけではないようだ。
「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇することもできる。また、魔力の高いものは自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等ように装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」
流石にそこまではゲームのようにはできていないらしい。強くなるためには地道に腕を磨く必要があるようだ。
(装備か。刀か薙刀、それか和弓があればありがたいんだがなぁ)
陽和は技能には記されてはいないが実家の道場で剣術や体術だけでなく薙刀術と弓術も修めているためどれかの武器があれば他の武器に比べ馴染むのに時間は遥かにかからないはずだ。
しかし、この世界はおそらくは地球での中世ヨーロッパと似ている。そのことから弓や剣、槍はあっても、日本の武器、刀や薙刀、和弓の存在は望み薄だろう。
「次に“天職”ってのがあるだろう?それはいうなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦闘系天職に分類されるんだが、戦闘系は三人に一人、物によっちゃあ万人に1人の割合だ。非戦系も少ないといえば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないのも結構ある。生産職は持っているやつが多いな」
技能を見るからに陽和の天職『竜継士』は戦闘系に属するものなのだろうが、いかんせんどんなのかが分からない。後で、メルド団長に聞こうとそう思ったとき、少し離れたところでステータスプレートを見ながらにやけるハジメを見つけた。
彼の表情から見るに、自分にも何かしらの才能があるということが嬉しいのだろう。
「あとは……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!」
(平均軽く超えてるな。俺……)
自分の全てのステータスが10倍以上ということに陽和は内心でそう呟いた。
そしてメルド団長の呼びかけに、早速、光輝がステータスの報告をしに前に出た。そのステータスは……
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天之河 光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
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思った通り光輝が勇者だった。
「ほお〜、さすが勇者様だな。レベル1で既に3桁か……技能も普通は二つが三つなんだがな……規格外なやつめ!頼もしい限りだ!」
「いや〜。あはは……」
メルド団長の称賛に照れたように頭を搔く光輝。
ちなみにメルド団長のレベルは62。ステータスは平均300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、陽和はレベル1の時点で既に半分近くに迫っている。追い抜くのも時間の問題だ。
ちなみに、技能=才能である以上、先天的なもので増えたりはしないらしい。唯一の例外が“派生技能”だ。
これは一つの技能を長年磨き続けた末にいわゆる“壁を越える”レベルに至ったものが取得する後天的技能だ。簡単に言えば今までできなかったことが、ある日突然、コツを掴んだように猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。
それを皮切りに陽和の周囲からは「俺水術師だったー」など、「見て見て私の魔力値高くない?」など皆、光輝には及ばずとも十分チートレベルだった。
ちなみに、陽和も謎の天職に戸惑ったものの、ステータスはこのメンバーの中で一番高いことから若干顔がにやけていたりする。
そしてふと、ハジメのステータスはどうなったんだろうかと思い、少し離れたところにいたハジメの元に近づいた。
「ハジメ、お前ステータスどうだった?」
「あ、陽和くん。その、笑わない?」
ハジメは嫌な汗をかき表情を蒼白にしながらも、一抹の希望を残した瞳で陽和を見る。
「いや別に笑わねぇけど、そんなに低かったのか?」
「……」
ハジメは無言でステータスプレートを差し出した。彼の魔力色であろう空色に染まったステータスプレートを受け取りそこに記されているステータスを見る。そこには……
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南雲 ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:10
耐性:10
敏捷:10
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
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見事に全部10だった。技能も二つしかない。本当に平均だった。
陽和は笑わなかったものの、ステータスの低さに思わず絶句してしまい、少しの間を置いて、プレートをハジメに返す。
「……あー、その、どんまい」
「……やめて」
げんなりと答えたハジメの肩を陽和は無言で優しくポンポンと叩いた。しかし、逆効果だったのかハジメはさらにどんよりとした空気を漂わせてしまった。
ハジメは暗い空気を振り払うように無理やり話題を変えた。
「そ、そういえば、陽和君はどうだったの?」
「俺か?ほれ」
自分のプレートをハジメに渡す。
ハジメは受け取ったプレートを見て「え?」と固まり、次いで目をゴシゴシと擦って再確認。本物だと確認するとプレートを陽和に返して頭を抱える。
「どうしよう、僕の親友が勇者よりもチートだよ…」
「お、おう。ま、まぁ、俺のことはいいとして次、お前の番だぞ」
「……あぁ、うん、そうだね、はぁ」
ハジメは深く深くため息を吐くと悲壮感を漂わせながらメルド団長のもとへと報告しに行った。
今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。だが、ハジメのステータスを見た瞬間「うん?」と笑顔のまま固まり、次いで「見間違いか?」とプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、物凄く微妙な表情でプレートをハジメに返した。
「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛治するときに便利だとか、その……」
「……いえ、その気持ちだけで充分です…」
歯切れ悪く説明するメルドにハジメはそう言って陽和の元に戻ろうとする。だが、先ほどとは明らかに違う様子に普段からハジメを目の敵にしている男子たちが食いつかないはずがない。
鍛治職は明らかな非戦系天職。クラスメイト全員が戦闘系天職をもち、これから戦いが待っている状況では明らかに役立たずだ。そして、案の定檜山がニヤニヤとしながら声を張り上げる。
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か?鍛治職でどうやって戦うんだよ?メルドさん、その錬成師って珍しいんですか?」
「……いや、鍛治職の10人に1人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい。南雲〜。お前、そんなんで戦えるわけ?」
檜山が、実にウザい感じでハジメと肩を組む。
周りを見渡せば、生徒達ー特に男子達はニヤニヤと嗤っている。
「さぁ、やってみないとわからないかな」
「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボい分ステータスは高いんだよなぁ〜?」
メルド団長の表情から内容は察しているはずだろうに、わざわざ執拗に聞いてくる檜山。本当にいい性格をしている。取り巻きの3人も囃し立てている。
強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。
事実、香織や雫などは不快げに眉を顰め、陽和に至っては静かに怒りを滲ませていた。
香織に惚れているくせに、陽和にはビビっているくせになぜ2人の様子に気づかないのか。そんなことを考えながら、ハジメは投げやり気味にプレートを渡す。
檜山はハジメのプレートの内容を見て、爆笑する。そして、斉藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり嘲笑なりをしていく。
「ぶっはははっ〜、なんだこれ!完全に一般人じゃねぇか!」
「むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな〜」
「ヒァハハハ〜、無理無理!すぐ死ぬってコイツ!肉壁にもならねぇよ!」
「コイツの作る武器なんか使いたくねぇわ!」
次々と笑い出す生徒に香織が憤然と動き出す前に、呆れと怒りが混ざった低い声が発せられた。
「黙れよ。馬鹿どもが」
クラスメイト内で三番目に大きい陽和がハジメ達の元に近づく。彼の怒りの形相に檜山達はさっきのウザったらしい笑顔は消え失せ、代わりにビクビクと怯え始めた。
陽和は取り巻き達が手に持っていたプレートを強引に取ると檜山達を見下ろす。
「な、なんだよ、紅咲。事実だろ?コイツは無能だってお前だってそう思うだろ?」
「誰がそんなこと言った?俺は一度もハジメを無能だと思ったことはない」
そう言って檜山から視線を外し、ハジメを笑った者達全員に視線を巡らせ、再び檜山に視線を戻し陽和は静かに言った。
「そもそも、鍛治師がいなければ誰が武器や防具を整備するんだ?前衛が戦えるのは後衛の援護があってこそだ。そして食料も武器があるからこそ前衛は戦える。分かるか?鍛治職を含めた後衛がいなければ前線の者は戦えない。少し考えればすぐ分かることだろうに、そんなことも分からないのか。お前達は」
「ぐっ……」
「それに、俺達は普通よりも才能があると言われた。だとしたら、ハジメは鍛治の分野で才能があって、もしかしたらメルド団長が言っていたアーティファクトのような国宝級の武器を作れるかもしれない。それなのに、お前達はステータスが低いだけでハジメを馬鹿にしたな。馬鹿馬鹿しい、お前程度よりもハジメの方がよっぽど価値がある」
「はぁ⁉︎んなわけ『黙れ』〜〜ッッ!チッ!」
陽和は反論しようとした檜山をその一言で黙らせついでにハジメを笑った全員を睨み付ける。
離れていた者達はビクッと体を震わせ顔を背ける。檜山達は彼に怖気付いて、舌打ちをしながらそそくさと離れていった。
陽和はそんな彼らを一瞥しつまらなそうに鼻を鳴らすと、ハジメに向き直りプレートを返す。
「ほら、プレート」
「う、うん。いつもありがとう。陽和君」
「なに気にすんな。それに、あんな奴らに馬鹿にされたんなら見返してやればいい。自信持てよ」
「そうですよ!気にすることありません!先生だって、非戦系?とかいう天職ですし。ステータスだってほとんど平均です。南雲君は1人じゃありませんからね!」
励ますように肩を叩いた愛子先生が、「ほらっ」と桜色に染まった自分のステータスプレートを見せる。
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畑山愛子 25歳 女 レベル:1
天職:作農師
筋力:5
体力:10
耐性:10
敏捷:5
魔力:100
魔耐:10
技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解
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「ハハ、ハハハ」
ハジメは死んだ魚のような目で遠くを見出し、さらには乾いた笑みまで溢し始める。
「あれっ、どうしたんですか!南雲君!」とハジメをガクガク揺さぶるが反応しない。
愛子先生の言う通り確かに全体のステータスは低い。平均以下のものもあるし、非戦系の天職は明らか。だが、魔力だけは勇者に匹敵しているし、技能数なら陽和に匹敵している。
食料問題は戦争において最も重要なものだ。ハジメのようにいくらでも変わりのある職業ではない。
つまり、愛子先生も十二分というか、皆の中でもトップクラスのチートだったのだ。
ちょっと、1人じゃないかもと期待していた分、ハジメのダメージは深かった。
「あらあら、愛ちゃんったら止め刺しちゃったわね……」
「これはどう見ても平凡じゃねぇな」
「な、南雲君!大丈夫⁉︎」
反応がなくなったハジメを見て雫と陽和が苦笑いし、香織が心配そうに駆け寄る。愛子先生は「あれぇ〜?」と首を傾げている。相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。
そしてまだステータスプレートを報告していない陽和をメルドが呼んだ。
「陽和で最後だ。ステータスを見せてくれ」
「ええ、どうぞ」
そう言って陽和はメルドに自分のステータスプレートを見せる。
メルドは光輝のステータスを見た時以上に驚いた顔をする。
「おお!凄いな!全ステータスが勇者よりも高いとは!しかも、技能数も最高数だ!これは頼もしいな!」
「どうも」
メルドの言葉に周囲が騒めく。
勇者である光輝よりもステータスが上だったことに驚いたようだ。勇者である光輝に至っては「なぜ、あんな奴が勇者の自分よりも上なんだ?」と言わんばかりに睨んでいる。
知っていたハジメは特に変化はなく、雫や香織は純粋な驚きを浮かべていた。
メルドはまた強力無比な戦友が誕生に嬉しそうだったが天職を見た時、一瞬だけ息を呑んだ。
「これはッ……」
「どうしましたか?」
「い、いや、何でもない。だが、これは困ったな」
「?」
「いや、君達の天職やステータスを見てこれからの訓練方針を考えるつもりだったんだが、『竜継士』という天職は見たことも聞いたこともない。ステータスや技能を見ればお前さんが前衛向きなのは明らかなんだがな……」
「そうですか」
これは陽和も予想はできていたのであまり驚かなかった。此の世界のことを知らなくてもこの『竜継士』という天職がありふれていない気はしていたのだ。
そして、前例がないということはどんな訓練方法や才能を十全に生かすためになにが必要なのかも全く分からないということ。他のはっきりしている天職持ちの者達とは違って陽和の『竜継士』に関しては独学で模索していくしかないようだ。
メルドは陽和にプレートを返すと称賛する。
「ま、まぁ、『竜継士』の天職は後で調べるとして、お前さんはそれを差し引いたとしても前衛として頼もしいからな!これから宜しく頼むぞ!」
「はい」
「しかし、お前さん達の世界は平和だと聞いたが、お前さんは戦争のことをよく理解しているようだな」
「俺達の世界も今は平和でもそれまでに過去に多くの戦争がありましたからね。それに、この程度のことは少し歴史を勉強すれば分かることですよ」
「なるほどな」
感心したように頷くメルドに陽和は一礼すると背中を向けてハジメ達の元へと戻る。
その背中をメルドは真剣な表情で見送ると彼のステータスを思い出す。
(紅咲陽和。ステータスは勇者よりも高く、技能数もこのメンバーでは最高数。戦争に対する心構えもあるのだろう。確かに戦士としてとても優秀な子だ。だが……)
陽和の技能欄にあったある技能についてメルドは気がかりだった。
(技能にあった“赤竜帝の魂”。あれは偶然なのか?)
メルドは僅かな危機感を覚えてしまった。
再びメルドは陽和へと視線を向ける。
ハジメや雫と楽しそうに談笑する姿はメルドが思うソレとは明らかにかけ離れている。
(まさか、な……)
だから、メルドは調べれば分かるだろうと思いその疑問を一先ず偶然だと結論づけることにして、ざわめいている生徒達に次の指示を出した。
その心に一抹の不安を残しながら。
▼△▼△▼△
ステータスプレートを貰った日の夜。陽和は自室のベッドの上で寝転がり、ステータスプレートを見ながら考え事をしていた。
気になるのはやはり自分の天職や技能のことだ。
「“竜継士”に“赤竜帝の魂”か。絶対やばい奴だよなぁ。……それに、メルド団長のあの時の……」
陽和はメルドが陽和のステータスプレートを見た時、一瞬息を呑んだのを見逃さなかった。
この世界に来てからまだ2日しか経っていないが、陽和は主要人物達と話す時の彼らの表情の変化を悟られないように注意深く観察していた。
そのおかげで、あの時、メルドが息を呑んだのを見逃さなかったのだ。
そしてあの表情を見せたのは陽和のステータスプレートを見た時だけだ。ハジメの時の微妙な表情は別として。
他の生徒達との違いといえば、ステータスが高いことと、自分の天職と技能だ。
名前からも分かる通りにこれは龍に関係するものだろう。
こちらの世界では竜、つまりドラゴンは西洋圏では勇者や聖人によるドラゴン退治の伝説が多くあるように、基本的に『悪』の象徴であり、聖書のヨハネの黙示録に出てくる赤い竜は魔王サタンと同一視されることもある。
対する東洋圏では竜は龍と呼ばれ、『神聖』の象徴であり、中国の四神の一角の青龍や日本の神話にある龍宮に住まうと言われている龍神などは守護神などの聖なる神獣や神の側面も持っている。
大まかに言えば西洋圏では竜は『悪』であり、東洋圏では龍は『善』を象徴しているのだ。
そしてこのトータスでは竜がどういう存在なのかをまず知らない。
だが、メルドの反応を見るにこの世界、聖教教会での竜という存在はおそらくは前者。『悪』に属する者になるだろう。
だとしたら、竜にまつわる天職を持っている自分は、何らかの処分を受ける可能性がある。
“神”が全ての世界だ。“神”が邪悪だと認定して仕舞えば、簡単に殺される可能性がある。
「……考えすぎ、か」
しかし、幾ら歪んでいるとは言え流石にそこまではしないだろうと陽和は頭を振ってその考えを振り払う。
それよりも、必要なことはこの世界を知ることと強くなることだ。
その過程で竜帝について調べていけばいい。そう思い陽和はプレートを枕元のテーブルに置いて寝ようとする。
が、不意にドアをノックする音が聞こえた。
「陽和起きてる?私だけど少しいいかしら」
声の主は雫。こんな夜中に何の用だろうと思い、陽和はドアを開けた。
ドアの前には身体のラインが浮かび上がるパジャマの上にカーディガンを羽織った雫がいた。
「……」
刺激の強い光景に陽和は思わず赤面し固まる。
幾ら仲のいい友達だからといって、夜の男の部屋にそんな格好で来るのは警戒心がないのかと疑ってしまう。
その様子に雫はキョトンとする。本人は気にしていないらしい。
「え、えと、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない。それでこんな夜にどうしたんだ?」
「少し貴方と話をしたくて……迷惑だったかしら?」
「いいや全然。それならどうぞ」
彼女の少し不安げな表情になんとなく察した陽和は部屋の中に招き入れた。
雫は何の警戒心もなく入り、陽和が出した椅子に腰掛ける。
陽和は雫と向き合うようにベッドに腰かけると自分から切り出した。
「やっぱ不安か?」
「っっ」
陽和の言葉に雫はビクッと体を震わせると、儚い笑みを浮かべた。
「そう、ね。やっぱり貴方にはすぐに見抜かれちゃうわね」
「当たり前だ。お前とは十年以上の付き合いなんだからな。それで、不安というと戦争のことだろ」
「ええ……やっぱり戦争をするということは……」
「ああ、間違いなく人殺しをさせられるだろうな」
「ッッ」
勿体ぶらずにはっきりと告げられた事実に雫は息を呑み自分の震える腕を抱く。
やはり雫は気づいたようだ。戦争とはつまるところ殺し合いであり、自分達は殺し合いのために呼ばれたのだということを。
「やっぱり、あの時は光輝を止めるべきだったのかしら……帰る方法がエヒト神にしかない以上、そうするしかないと思ったけど…」
「いいや、たとえあの時止めたとしても俺達が戦争に参加させられるのは時間の問題だったはずだ」
そう、あの場で戦争参加を全員で断固拒否したら最悪“神の使徒”ではないと言われ国から追放されていたかもしれない。
そうなれば、この世界のことを何も知らない自分達は国の庇護を失い、どこかで野垂れ死ぬしか道はない。それを考えれば、戦争に参加する以外に方法はなかったのだ。
その考えを雫に話すと彼女は思い詰めたような表情を浮かべる。
「私……凄く怖いわ」
「……」
「こんな訳の分からない世界に召喚されたかと思えばいきなり戦争に参加しろって言われて……人殺しなんてしたく無いのにどうすればいいのかわからなくて……」
ポツポツと告げられる雫の独白を陽和は静かに聞いている。
凛として頼り甲斐があって剣の腕もあるカッコいいお姉様。だが、それは彼女の本質では無い。それは自身の才能や周囲の状況、家族の期待に応えようとした結果生まれてしまった表向きの姿。本当の彼女はぬいぐるみやアクセサリー、可愛い服を好む、どこにでもいるような何の変哲もない普通の女の子だ。それを陽和はよく知っている。
「本当は昨日のことは夢で、寝て目を覚ませばいつもの日常があると思っていたわ。でも、目を覚ませばそこは城の部屋で夢じゃなかったって思い知らされた。……ステータスプレートを配られた時もそう。“剣士”の天職が出た時はゾッとしたわ。私には戦う力が、人を殺す力があることに心底恐怖したわ」
皆の前ではかっこよく凛々しく振る舞ってはいるものの、その中身は誰よりも乙女で、甘えたがりな女の子。
だが、彼女の人をほっとけない優しい性格がその本心を押し殺してしまい今の今まで来てしまった。まあ、その本心を自分の前では曝け出せていることは良い傾向なのだろう。
そして、今彼女の心は不安と恐怖でいっぱいなのだろう。だから、地球にいた頃から本音を打ち明けることができていた陽和のところに来た。
だとしたら、自分が彼女にできることはただ一つだ。
「雫」
「なに?」
「ちょっとこっちに来い」
陽和は自分の隣をポンポンと叩く。雫はそれに戸惑いながらも特に反対することはなくおずおずと陽和の隣に腰を下ろす。
そして、隣に座った雫を陽和は抱きしめると、頭を優しく撫でた。
「ふぇっ⁉︎」
突然の行動に雫は赤面し変な声を漏らす。
だが、次の陽和の一言に彼女は固まる。
「俺がお前を守るよ」
「っ」
「皆の前では強くても、お前だって女の子だ。怖ければ泣いてもいいし、甘えたければ甘えていい。けど、皆の前でそれができないならせめて俺の前でだけはそうしろ。俺はお前の素を知っているからな。別に驚きはしないさ。
それでも、不安なら俺がお前を守ってやるよ。お前が怖いと思うものは全部俺が倒してやる」
「陽和……」
「だからさ、これからも辛い事があったらどんどん俺に頼れ。どんなことでも受け止めてやるから」
「っ、うん、ありがとう」
陽和ができることは少しでも彼女を安心させることだ。月並みな言葉だが、何も無いよりはマシだろうと陽和は思ったからだ。
陽和の言葉に雫は目尻に涙を滲ませると、陽和の背中に腕を回し顔を肩に押し付けると小さな嗚咽を漏らした。そしてしばらく彼女が落ち着くまで陽和は雫を抱きしめ頭を撫で続けた。
「少しはマシになったか?」
「……うん」
「なら良かった」
「ありがとう陽和。大分楽になったわ。そ、それでね、その……」
「どうした?」
「また、不安になったら抱きしめてくれないかしら?」
「ああ、それぐらいならお安い御用だ」
陽和は快く雫の我が儘を了承した。
元々そうするつもりだったので、断る理由もない。雫は幾分かスッキリした表情でベッドから立ち上がると穏やかな笑みを浮かべた。
「こんな夜遅くにごめんなさいね。……それと、相談に乗ってくれてありがとう」
「気にすんな。じゃ、また明日な」
「ええ、また明日。おやすみなさい陽和」
「おやすみ。雫」
そして雫を見送ったあと、陽和は窓際に立ち夜空に浮かぶ満月を見上げた。
藍色の夜空に浮かぶ青白い満月が憎たらしいほどに美しかった。
「この世界がどんなのかは知らない。“竜継士”の天職が俺に何を齎すのかも分からない。だが、覚悟は決まった」
陽和は満月から視線を落とし自分の手に握られたステータスプレートを見て、決然たる表情を浮かべる。
「いいさ、やってやるよ。どんなことになっても俺はあいつを、あいつらを守り通す。それで、皆で元の世界に帰る。もしも、俺の大切を傷つけるのなら、容赦はしない」
自分が惚れた女の子を、自分のかけがえのない親友を、最後まで守り通し元の世界に一緒に帰る。もしもそれを阻むものがいるのなら、
「全て俺が倒す」
陽和は人知れずに満月の夜にそう強く誓った。
雫は可愛い。異論は認めん。