竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回は平和な護衛以来のお話です。
そして、今回から原作3巻スタートです。


31話 護衛依頼

 

 

カランカラン

 

そんな音を立てて冒険者ギルド【ブルック支部】の扉が開いた。入ってきたのは五人の人影だ。ここ数日ですっかり有名人となってしまった陽和達一行である。

ギルド内のカフェにはいつもの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしている。陽和達の姿に気づき片手をあげて挨拶してくる気さくな者たちもいる。男達はセレリア、ユエ、シアに見惚れておりついでに陽和とハジメに嫉妬と羨望の視線を向けてくるが、そこに陰湿なものはない。

ブルックに滞在して早一週間。その間にセレリアやユエ、シアを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知らず。かつて意を決して告白した男に“股間スマッシュ”という世にも恐ろしい酷い所業をなしたユエ本人を直接口説くような命知らずはもういないが、外堀を埋めようとハジメから攻略してやろうと言う輩がそれなりにいた。

セレリアとシアは股間スマッシュをしていないので言い寄る者たちが多かったのだが、どちらも心に決めた相手がいるので取りつく島もなく悉く撃沈している。

セレリアは表向きには陽和の奴隷という認識があるため陽和に交渉してくる者達もいたのだが、陽和が当然それを許可するはずもない。しかし、それで止まらない面倒な輩は多数続出した。

 

ハジメも陽和も最初はそんな面倒ごとをまともに受けずに無視し続けていたのだが、男達はヒートアップしたのか最終的に「決闘しろ!」とまで言ってきたのだ。

しかし、ここから二人の対応はそれぞれ変わった。

ハジメは「決闘しろ!」の“け”の部分で問答無用に発砲、非致死性のゴム弾が哀れな挑戦者の頭部に炸裂し三回転捻り披露して地面とキスするのが常となっている。

一方の陽和は事を荒立てたくない為やんわりと断っていたのだが、流石に何度も続けば鬱陶しいと感じたのだろう。宣戦布告してきた男達に殺気を放って強制的に黙らせて腰を抜かさせて、不用意に関わってこないようにしたのだ。

 

そんなわけで、穏便な対応をした陽和やセレリア、シアとは違いハジメ、ユエは決闘が始まる前に相手を瞬殺する“決闘スマッシャー”と股間をスマッシュする“股間スマッシャー”の二つ名がつけられて、二人のコンビは一目置かれる存在となったのだ。

 

パーティー名の申請などしていないのに“スマッシュ・ラヴァーズ”というパーティー名が浸透しており、それを知ったハジメは遠い目をしたそうな。

ちなみに、自分の存在感が薄いとシアが涙したのは余談だ。

そして、更に余談ではあるが、この決闘潰しと股間潰しの騒ぎと不名誉なパーティー名を知った陽和は、乾いた笑みを浮かべつつ滑らかな動作で胃薬と頭痛薬を飲んでいるそうな。

 

「おや、今日は五人一緒かい?」

 

陽和達がカウンターに近づくといつも通り、キャサリンが先に声をかけてきた。なぜ彼女の声音に意外さが含まれているかは、この一週間でギルドにやってきたのは、陽和とセレリア、ハジメ、ユエとシアの3組に別れていたからだ。

 

『ええ、明日にでも町を出るので、一応挨拶をと。あなたには色々お世話になりましたので。ついでに、目的地に向かうついでに受けれる依頼があればと思って』

「そうかい、行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ〜」

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服屋の変態といい、“お姉様”とか連呼しながら三人をストーキングする変態共といい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌な奴がいねぇじゃねぇか。出会った奴の七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

 

ハジメが苦々しい表情で愚痴をこぼすように語る内容は、悲しいことに全て事実である。

宿屋の娘ソーナはやたら部屋を覗こうてしてくるし、服屋の店長クリスタベルは会うたびにハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるのだ。

何故か、陽和はとても良好な関係を気づいており、尻に向けられる視線をうまくかわしている。

 

そして、ブルックの町には三大派閥、もとい馬鹿と阿呆と変態の愉快で傍迷惑な集団ができており、日々鎬を削っている。

一つは「セレリア様に侍り隊」。

一つは「ユエちゃんに踏まれ隊」。

一つは「シアちゃんの奴隷になり隊」。

そして、最後が「お姉様方と姉妹になり隊」である。

それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っているらしい。

あまりにもぶっ飛んだネーミングと思考の集団に陽和達はドン引きするほかなかった。

 

男達が街中でセレリアの前で徐に片膝をつき頭を垂れると、セレリアに向かって「どうか下僕にしてください!」など言うのだ。気持ち悪い。

大の男が、街中でいきなり土下座したかと思うと、ユエに向かって「踏んでください!」中絶叫するのだ。もはや恐怖だ。

シアに至ってはどう言う思考回路を経てそんな結論に至ったのか理解不能だ。セレリアも同じだが、亜人族は被差別種族ではなかったのか、お前らが奴隷になってどうすんだとか、ツッコミどころしかないが、深く考えるのをやめて出会えば即刻排除している。

 

最後のが一番迷惑であり、この集団は女性のみで構成されており、セレリア達女性陣に付き纏うか、陽和とハジメの排除行動が主である。一度は、「お姉様方に寄生する害虫が!玉取ったらぁああー!!」の叫びながらナイフ片手に突っ込んできた少女もいたのだ。

そんな少女を、ハジメは流石に殺すこそしなかったものの、裸にひん剥くと亀甲縛りもどきをして一番高い建物に吊し上げた挙げ句、“次は殺します”と書かれた貼り紙を貼って放置したのだ。

あまりの所業と淡々と書かれた貼り紙の内容に、少女たちの過激な行動が鳴りを潜めたのはいいことだ。しかし、陽和の頭痛は更に悪化したが。

そんな出来事を思い出して顔を顰めるハジメに、キャサリンは苦笑いだ。

 

「まぁまぁ、なんだかんだで活気があったのは事実さね」

「嫌な活気だな」

『全くだな』

「で、どこに行くんだい?」

『フューレンです』

 

そんなふうに雑談しつつも、仕事はきっちりこなしてくれるキャサリン。

早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始めてくれていた。

 

ちなみに、【フューレン】とは、中立商業都市のことである。

次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある大迷宮【グリューエン大火山】であり、その経由地にフューレンはある。せっかくなので、大陸一と謳われている商業都市に行ってみようということなのだ。ちなみに、【グリューエン大火山】の次はその更に西方の海底にある大迷宮【メルジーネ海底遺跡】でかる。

 

「う〜ん、おや。丁度いいのがあるよ。隊商の護衛依頼だな。丁度空きが二人分あるけど……どうだい?受けるかい?」

『護衛依頼ですか…』

 

キャサリンより差し出された依頼者を受け取り内容を確認する陽和。中規模な隊商らしく、十五人分の護衛を求めているらしい。冒険者登録をしている陽和とハジメを加えれば丁度だ。

 

『連れの同伴は大丈夫ですか?』

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れていたりする冒険者もいるからね。ましてやお嬢ちゃんたちは結構な実力者だ。二人分の料金で更に三人優秀な冒険者を雇えるようなもんだし、断る理由もないさね」

『そうですか。俺は受けようと思うが、お前らはどうする?』

 

陽和はそう言って仲間達に意見を求め振り返る。自分としてはたまにはこう言う依頼をこなしてもいいと思うが、護衛任務で他の者と足並みを揃えると言う手間に対して、セレリア達がどう思うかを尋ねたのだ。

 

「私は異論なしだ。たまにはこう言うことがあってもいい」

「そうだな。俺も賛成だ。急いても仕方ないしな」

「……ん、別に急ぐ旅じゃ無い」

「そうですねぇ〜。偶には他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんしね」

『では、そういうことでこの依頼を受注します』

 

四人の意見を聞き受注を決めた陽和はキャサリンにそう伝える。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正門前にいっとくれ」

『了解です』

 

陽和が依頼者を受け取ったのを確認すると、キャサリンが後ろのセレリアとユエ、シアに目を向けた。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ?この子らに泣かされたら、いつでも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「それはありがたいな」

「……ん、お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれてありがとうございました!」

 

キャサリンの人情味あふれる言葉に彼女達の頬も自然と緩む。特にシアは嬉しそうだ。

この町に来てからというもの、キャサリンを筆頭に多くの人がシアを亜人族だと差別しないのだ。土地柄かそうなのか、そういう人達が自然と流れる町なのか、なんにせよ、シアにとっては故郷の樹海に近いくらい暖かい場所だった。

 

「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ?精一杯大事にしないとバチが当たるからね?」

『肝に銘じておきますよ』

「……世話焼きな人だな。勿論、承知してるよ」

 

キャサリンの言葉に肩をすくめる陽和の苦笑いを浮かべるハジメ。そして、キャサリンはカウンターの引き出しから一通の手紙を取り出して陽和に差し出した。

 

『これは?』

「あんた達、色々と厄介なもの抱えていそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

ばっちりとウィンクするキャサリンに、陽和は彼女は一体何者だろうかと疑問が浮上し、思わずじっと見てしまう。

そんな視線に、キャサリンは快活に笑う。

 

「おや、詮索はなしだよ?いい女に秘密はつきものさね」

『……分かりましたよ。これはありがたく貰っておきます』

「素直でよろしい!色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

謎多き、片田舎のギルド職員キャサリン。

陽和達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出される。

 

その後は、陽和達はクリスタベルの場所にも挨拶に行った。ハジメは断固拒否したが、陽和が強引に首根っこを掴み連行した。

そして、軽く言葉を交わし町を出ることを話した瞬間、クリスタベルは最後のチャンスと言わんばかりに陽和とハジメに襲い掛かる巨漢の化け物と化したのだ。

恐怖のあまり振動破砕を使って葬ろうとするハジメの鎮圧をユエとシアに任せた陽和は、クリスタベルの顔面をアイアンクローしつつ超重力場で動きを抑えつつ、『また機会があればよりますので、その時は新作の服を楽しみにしてますよ』とやんわりとまた店によることを伝えたのだ。そう伝えるとクリスタベルは、沈静化して『ならまた次回のお越しをお待ちしてるわん♡』と言ってバチコンとどぎついウィンクを二人に送った。

ハジメはぞわぞわと背筋から這い寄る悪寒にエクトプラズムを吐き出しかけ、陽和は苦笑いを浮かべた。

もっとも、その苦笑いの原因はウィンクではなく、超重力場でも抑えきれないクリスタベルのヤバさに若干戦慄していたからだ。

 

最も、漢女という人種は、古来より常識が通用しない埒外の化け物なので、考えても仕方がない。

 

そして、最後の晩と聞き、遂には堂々と風呂場に乱入して、そして部屋に突撃を敢行したソーナちゃんは、ブチ切れた母親に連行され本物の亀甲縛りをされて、一晩中宿の正面に吊されるという事件もあったが、割愛する。

 

なぜ、母親が亀甲縛りを知っていたのかという話も割愛だ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

翌朝。

阿呆で、馬鹿で、愉快なブルックの町の人々を思い出にしながら、正門前にやってきた陽和達を迎えたのは、隊商のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だ。

陽和達が最後だったらしく、まとめ役らしき人と十四人の冒険者が陽和達を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさか残りの護衛って“スマ・ラヴ”なのか!?」

「マジかよ!嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ。俺の手、さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それは単に酒が切れただけだろ?」

 

セレリア達女子の登場に喜びをあらわにする者。

股間を両手で隠し涙目になる者。

手の震えを陽和達のせいにして仲間達にツッコまれる者など反応は様々だ。陽和が若干遠い目をしつつ近寄ると、まとめ役らしき人物が声をかけてきた。

 

「君達が最後の護衛かな?」

『はい。ソルレウス・ヴァーミリオンと申します。こちらが依頼書です』

 

陽和は自己紹介してから懐から取り出した依頼者を見せる。それを確認してまとめ役の男は頷き、自己紹介を始める。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この隊商のリーダーをしている。君達のランクは赤と青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀だと聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

『ええ、分かりました。期待は裏切らないと保証しましょう。こちらはパーティーメンバーのセレリア、ハジメ、ユエ、シアです』

「それは頼もしいな………ところで、そちらの狼人族と兎人族。売るつもりはないかな?それなりの値段をつけさせてもらうが」

 

モットーの視線が後ろのセレリアとシアに向けられ、モットーは値踏みするように見る。

白銀の髪の狼人族と青みがかかった白髪の兎人族。どちらも超がつく美少女であり、商人の性として口を出さずにはいられなかったのだろう。

首輪とチョーカーから奴隷と判断して交渉をするあたり、きっと優秀な商人なのだろう。

 

その視線を受けて、セレリアが不快そうに目を細めつつ陽和に身を寄せ、シアが「うっ」と嫌そうに唸りハジメの背後にささっと隠れる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。

しかし、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族は、基本的に奴隷の扱いであり、売買交渉をするのは商人として当たり前のことなのだ。

 

「ほぉ、どちらも随分と懐かれている……どちらも中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらう、いかがかな?」

『却下です。貴方がこの先どんな条件を並べようとも、たとえ神が欲しようとも、私もハジメも彼女らを手放すつもりは毛頭ございません。どうか、この辺りで手を引いてください。その方が平和的にすみますよ?』

 

モットーは陽和が何をしても彼女らを手放さないことはわかっていた。しかし、それでも彼女達が生み出す利益は魅力的なのでどうにか会話を引き延ばそうとしたのだが、それを読んでいた陽和が早々に切り上げることを提案したのだ。

ハジメも同意で後ろでうんうんと頷いている。

仮面の奥でスッと細められた翡翠色の眼光にモットーは息をついて諦める。

 

「…………そうか、仕方ないな。ここは引き下がろう。……だが、その気になった時は是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

『強かですね。商人らしいと言えばそれまでですが。ええ、分かりました。では、改めてお願いします』

 

陽和の言葉は限りなく黒寄りのグレーゾーンだった。下手をすれば教会から異端の烙印を押されてもおかしくはないほどだ。

しかし、幸運にもエヒト以外にも崇められた神は存在するので、直接的に敵対する言葉ではない。

それでも神をも恐れない発言であることは変わらないのだが、それだけ陽和とハジメの意志を心底理解させられたのだ。

その後も未練を断ち切らずに、顧客のような関係を繋ごうとしているのは商人の性なのだろう。

陽和はすごすごと隊商の元に戻るモットーを尻目に冒険者の団体へと近づく。

 

『すみません。リーダーはどなたですか?護衛依頼の詳細についてお聞きしたいのですが』

「ああ、リーダーは俺だ』

 

陽和がリーダーらしき冒険者と依頼について話し合う中、周囲はざわつく。

 

「す、すげぇ………女と仲間達のためにあそこまでいうのかよ。…‥痺れるぜ!」

「ふっ、漢だぜ」

「いいわねぇ〜、私も一度くらいは言われてみたいわ」

「いや、お前、男だろ?誰が、そんなことっあ、すまん、あやまるからやめっアッー!!」

 

愉快な護衛仲間の愉快な発言を、陽和は内心苦笑いしつつも極力スルーして、リーダー格の男と打ち合わせを手早く済ませた。

そして、打ち合わせを終えて戻ってきた陽和にセレリアが近づく。頬は僅かに赤く染まり、見るからに嬉しそうだ。

 

『?何だ?』

「なに、ただかっこよくて惚れ直しただけさ」

『………大事な仲間だからだ』

「ふふっ、ああ、わかってるさ」

 

顔を背けてそう言葉を濁す陽和にセレリアは嬉しそうに微笑むと、彼の傍にピッタリとくっついて離れようとしなかった。

ハジメもハジメでユエとイチャコラしつつ、背中にはシアが張り付いていた。

そんな微笑ましくも憎たらしい光景に、商隊の女性陣は生暖かい眼差しで、男性陣は死んだ魚のような眼差しを向ける。

陽和とハジメに突き刺さる煩わしい視線や言葉は、自業自得としか言いようがない。

そして、そんなこんなで商隊はようやく出発した。

 

ブルックの町から中立商業都市フューレンまでの道のりは馬車で6日かかる。

日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入ることを三日。

陽和達は道程の半分ほどを何事もなく進んできた。陽和達の担当は後方なのだが、実にのどかで平和なものだ。

この日も、特にアクシデントはなく野営の準備を行う。ちなみに、冒険者達の食事関係は自腹だ。それに加えて周囲を警戒しながらなので、別々に食べるのが暗黙のルールになっていた。

冒険者達も簡単な保存食や携帯食で済ませてしまう。ちゃんとした食事を用意すると荷物が嵩張り邪魔になるからだ。その代わりに、報酬をもらったら速攻で美味いものを腹一杯食うのがセオリーだとか。

 

そんな話を、この二日間に陽和達は他の冒険者達から聞いていたのだ。豪勢なシチューもどきをふかふかなパンを浸して食べながら。

なんてふざけたあんちくしょう共だろうか。

最も、陽和の提案でお裾分けがされているので憎悪一色というわけではない。その結果ー

 

「カッーー、うめぇ!ほんと美味いわぁ〜、流石シアちゃんとセレリアちゃん!もう、亜人とか関係ないからどっちか俺の嫁にならない?」

「ガツッガツッ、ゴクンッ!ぷはっ、てめぇ、なに抜け駆けしてやがる!二人は俺の嫁だ!!」

「何ほざいてんだ!二人は俺の嫁だぞ!」

「はっ、お前らみたいな小汚いブ男が何言ってんだ?身の程を弁えろよ。あ、ところでセレリアちゃん!シアちゃん、町に着いたら一緒に食事でもどう?もちろん、俺の奢りで」

「な、なら、俺はユエちゃんだ!ユエちゃん、俺と食事に!」

「ユエちゃんのスプーン……はぁはぁ」

「ヴァーミリオンさん!この料理のレシピとかありますか!?あったら教えてもらえませんか!?」

「何かコツとかあります?こう手際をよくする秘訣とかぁ」

「いやー料理ができる男性っていいわね。ヴァーミリオンさん。町に着いたらいろいろと教えてくれませんか?もちろん、二人きりで」

「ちょっと何抜け駆けしようとしてるのよっ!私がヴァーミリオンさんとお食事するのよ!」

 

こうなった。

男共がこぞって女性陣を口説き始め、陽和が女性陣に質問責めにあっていたのだ。

初日に彼らがもそもそと干し肉やらカンパンなどの携帯食を食べている傍らで、陽和達はナチュラルに“宝物庫”から取り出した食器と材料を使って料理を始めるという煽りにも等しい行為を始めたのだ。

いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられ、陽和達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全員が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になり、ものすごくいたたまれなくなった陽和がお裾分けを提案した結果、こうなったのだ。

 

当然、彼らを前にお裾分けの話をされたハジメは渋った。知ったことか、お前らは冷たい飯でも食ってろと言わんばかりな態度をとっていたが、同時に断りづらそうでもあった。

それもそのはず。陽和達一行の旅を彩る野営の食事は陽和、セレリア、シアが担っており、ハジメもユエもしっかりとした料理は作れないのだ。ハジメは男料理ゆえに、ユエは元王族であるがゆえに。

だからこそ、胃袋をがっちりと掴まれている彼らは、その裁量権を持つ陽和の提案に従わざるを得なかったのだ。

それからというものの、冒険者達はこぞってお裾分けに与ろうとしてきた。最初はお裾分けを提案してくれた陽和に感謝し、恐縮していた彼らだったが、次第に調子に乗り始め陽和への感謝も無くなり、セレリアとユエ、シアを口説くようになったのだ。

あるいは、料理の旨さに女としてのプライドでも刺激されたのか、何としてでもこの絶品料理の秘訣を知りたいと陽和に詰め寄り、しまいにはアプローチすらし始めたのだ。

 

ぎゃーぎゃーきゃっきゃっと騒ぐ冒険者達に、具体的には男共に陽和はイラっとしつつ殺気を放つ。ついでに、ハジメも便乗し“威圧”を発動。

熱々のシチューもどきで体の芯まで温まったはずなのに、一瞬で芯まで凍結された冒険者達は、青ざめた表情でガクブルし始める。

陽和は、スッと立ち上がり腕を組むと男共を見下ろし、低ぬ、されどよく響く声で告げる。

 

『この俺に感謝もなしとはいい身分だなお前ら。例外なく、腹の中身を出さしてやろうか?』

「「「「「調子乗ってすんませんっしたぁぁっ!!!!」」」」」

『それと、貴女方もレシピは後で渡すのでそれで手打ちだ』

「「「「「は〜〜〜い」」」」」

 

見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する男共と、名残惜しそうにしつつも渋々頷く女性陣。

彼らの殆どは陽和達よりも年上でベテランの冒険者なのだが、威厳などあってないようなものだった。

二人の威圧感が半端ないからというのもあるが、ハジメとユエの所業を知っているからこそ、彼らのリーダーである陽和にも逆おうという者はいないのだ。

 

『はぁ、ったく……』

 

鎮静に成功した陽和はため息をつきながら食事を再開する。そんな彼を隣に座っているセレリアが労う。

 

「毎度お疲れ様だなソル。ほら、ちょうど焼きたての肉だ。上手に焼けたぞ?」

『あぁ、ありがと……おい、なんのつもりだ?』

 

陽和は礼を言おうとして自分の眼前に突き出された串焼き肉を凝視し、ついでセレリアに疑問の視線を向けた。

いや、何をしようときているのは察しているのだがあえて聞いたのだ。

 

「なにって、あ〜んだが?」

『………』

 

ニヤリと不敵に笑う彼女はあっけらかんとそう言った。

やはりセレリアは「あ〜ん」をしたいらしい。

陽和は冒険者達の視線に晒されながらしばし沈黙すると、徐にため息をつき口を開けると肉を咥えた。

セレリアの表情がパァッと喜色に染まる。

咀嚼し飲み込めば、再び「あ〜ん」と差し出され陽和はそれもパクリと咥えてゴクリ。それを延々と繰り返していく。ハジメもユエとシアに交互に「あ〜ん」をされており無言で咥えている。

 

客観的にその羨ましい様子を見せつけられている男達の心の声は「頼むから爆発してください!!」とシンクロしていた。内心でも敬語なのは力関係を理解しているからだろう。

女性陣は微笑ましそうに、かつ「いいな〜」と羨ましそうに見ていた。

 

それから二日。

残す道程があと1日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れる。

最初に気づいたのは陽和だ。荷車の屋根の上で遠くを警戒していた陽和は街道沿いの森の方へと視線を向けて警告を発する。

 

『全員構えろ!敵襲だ!数は百以上!森の中から来るぞ!!』

「なっ、そんな馬鹿なっ」

「百体以上だと!?」

 

陽和の警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが、商業都市へのルートであるため、道中の安全は確保されておりそこまで危険な場所ではないはずなのだ。

なので、魔物に遭遇する話はあっても精々二十体前後、多くて四十体ぐらいのはずなのだ。

にもかかわらず、今回はその倍以上の数。動揺が走るのも無理はなかった。

 

「くそっ、百以上だと?最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか?ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

護衛隊リーダーのガリティマが、そう悪態を吐きながら苦い表情を浮かべた。こちらの戦力は十八人。この人数では、隊商を無傷で守り切るのは難しいと判断する。

だから、いっそ護衛隊の大部分を足止めにして隊商だけでも流そうかと考え始めた時、屋根の上からガリティマの隣に飛び降りた陽和が提案する。

 

『ガリティマさん。私達がやります。皆さんはここで防御を固めといてください』

「えっ?」

 

軽い口調で信じられない提案をした陽和は、そう言いつつガリティマの前に進み出る。ガリティマは突然の提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返してしまう。

陽和がガリティマに振り返りつつ、はっきりと告げた。

 

『だから、私達が魔物の群れを引き受けると言ってるんです』

「あ、いや、それは確かに、このままでは無傷で守り切ることが難しいのだが……えっと、できるのか?この辺りの魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

『問題ありません。あの程度ならば障害にもならない』

 

そう答えると陽和はユエに視線を向けて声をかける。

 

『ユエ、お前も来い。創った魔法を使ういい機会だぞ』

「……ん、やる」

 

新しい魔法を試せるということでユエも嬉々として頷き陽和の下へと歩み寄る。

ガリティマは自身の前に立つ二人を見ながら逡巡する。

一応、彼も噂では二人が類希な魔法の使い手であるということは聞いている。仮に言葉通り殲滅できずとも、相当数を削ることができると判断して初撃を彼らに任せることを選んだ。

 

「分かった。初撃は彼らに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法でさらに減らして、最後は直接叩けばいい。皆、分かったな!」

「「「「了解!!」」」」

 

ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で答えた。

どつやら、二人で殲滅できる話はあまり信じられていないようだ。後ろでセレリア達は「本当に二人で片付けれるんだけどなぁ〜〜」と呑気に考えつつ、彼らの考えも仕方ないかと肩を竦めていた。

冒険者達が迅速に隊列を組み隊商の前に陣取る。食事中のふざけた雰囲気など微塵も感じさせない、覚悟を決めたいい顔つきだった。隊商の人々は、かなりの規模の魔物の群れと聞いて怯えた様子で、馬車の影から顔を覗かせている。

 

『ユエ、念のため詠唱をしておけ』

「……必要?」

『一応な。無詠唱はこの世界じゃ普通じゃない。面倒ごとに繋がる可能性がある』

「………ん、分かった」

『まぁ、なんでもいいから。さて、そろそろ来るぞ。構えろ』

 

ユエに小声で何でもいいので詠唱をしておくよう告げた陽和は、左手を頭上に掲げて構える。ユエも右手をスッと森に向けて掲げると同時に詠唱を紡いだ。

 

『我が声に応じ顕現せよ。四方の南を守護せし、火を司りし朱き霊獣よ。熒惑の火炎をその身に宿し不滅の灯火と化せ。蒼穹を舞い遍く凶兆を焼き祓え。“朱雀”』

「彼の者、常闇に紅き光を齎さん。古の牢獄を打ち砕き、障碍の悉くを退けん。最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ。“雷龍”」

 

二人の詠唱が終わり魔法のトリガーが引かれる。その瞬間、詠唱の途中から陽和の背後に集った火花が明確な形をなし炎の巨鳥が姿を表し、同じく途中から立ち込めた暗雲より雷で出来た蛇を彷彿とさせる東洋の龍が姿を表した。

 

「な、なんだあれ……」

「あれは、魔法なの……?」

 

それは誰が呟いた言葉だったろう。

目の前に魔物の群れが迫っているにもかかわらずに、誰もが暗示でもかけられたかのように天を仰ぎ、激しく燃え盛る炎の巨鳥と放電する雷の巨龍の威容を凝視している。

護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組ですら、見たことも聞いた方もない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。

 

それは、味方だけでなく魔物達も例外ではなかった。

 

森の中から獲物を喰らいつくさんと殺意に塗れてやってきた魔物達も、隊商と森の中間あたりの場所で立ち止まり、唸りながら天より自分達を弊害する炎の巨鳥と雷の巨龍に、さながら蛇に睨まれた蛙の如く射すくめられて硬直していたのだ。

それらを前に、陽和はパチンと指を鳴らし、ユエは細く綺麗な指をタクトのように動かして朱雀と雷龍を魔物達へと差し向けた。

 

キィアアアァ!!!

ゴォガァアア!!!

 

「うわっ!?」

「どわぁあ!?」

「きゃぁああ!!」

 

朱雀は爆発音じみた轟音を鳴らしながら翼を広げ、雷龍は雷鳴が如く激しい轟音を迸らせながら大口を開く。

朱雀が翼を羽ばたかせれば、その巨体からは想像できないほどの加速で一気に魔物達へと迫り、炎の鉤爪と炎の大翼を以て魔物達を焼き尽くす。

雷龍が大口を開けば、なんとその場にいた魔物の多くが引き寄せられるように自ら顎門へと飛び込み、一瞬や抵抗を許されずに顎門に滅却される。

 

陽和とユエの指揮に従い二頭の怪物は魔物達へと追い打ちをかける。

雷龍が魔物達の周囲で蜷局を巻いて包囲し、逃走中の魔物を雷撃の壁に突っ込ませて塵に変える。朱雀が羽ばたき、雷龍の包囲の中に飛び降り、雷撃の壁の中を炎の海へと変えて、魔物達を焼き尽くした。

朱雀と雷龍は、全ての魔物を滅却させると最後にもう一度雄叫びをあげて天に昇りながら霧散していった。

隊列を組んでいた冒険者達や隊商の人々が、轟音と閃光、炎熱、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身をすくめた。

しばらくたって、ようやくその身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、うっすら目を開けて前方の様子を見る。

前方の大地には何も存在していなかった。焼き尽くされ焦土と化した大地に、先の非現実的な光景が現実だったと思い知らされた。

 

『……まぁ、上々かな』

「……ん、やりすぎた」

『使ってる魔法が魔法だからな。こんなもんじゃないか?』

「……ううん、普通に威力は強めになってる」

 

試し撃ち感覚で使った魔法の手応えに二人が言葉を交わす中、ハジメ達が近づく。

 

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

「二人のオリジナルらしいですよ?ユエさんはハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

「ソルの方も確か…シジン?の一角をモチーフにしたとか言ってたな。見た限り、炎の鳥だったな」

「俺がギルドにこもっている間に、そんなことしてたのか………ていうか、陽和達はともかく、ユエ、さっきの詠唱って……」

「ん……出会いと、未来を歌ってみた」

『ヒュー、ずいぶん情熱的じゃねぇか』

 

無表情ながらドヤァ!という雰囲気でハジメを見るユエ。我ながらいい出来栄えだったのだろう。そして、ユエの詠唱の内容に陽和が口笛を鳴らして冷かした。

ちなみに、今の魔法だが、どちらも完全にオリジナルである。

 

陽和の魔法は火・光・重力複合魔法“朱雀”。

 

これは、火と光の二つの属性魔法を複合させたオリジナル魔法を、重力魔法によって鳥の形状に形作り自在に操作する魔法だ。

しかも、重力加速も組み込まれており、“朱雀”自体が戦闘機並みの速度で動き回り、尚且つ戦闘機以上の複雑な軌道を可能としている超高機動型の殲滅魔法でもあるのだ。

 

そして、ユエの魔法は雷・重力複合魔法“雷龍”。

 

これは、“雷槌”という空に暗雲を創り極大の雷を落とす雷系上級魔法に重力魔法の複合魔法だ。本来ならば落ちるだけの雷を重力により纏めて、任意でコントロールする魔法である。

ハジメから聞かされた龍を形作っているあたり、陽和同様ユエも魔法に対するセンスを感じさせる。

 

この雷龍は、口の部分が重力場になっていて、顎門を開くことで対照を引き寄せることができるのだ。

朱雀も雷龍も魔力量は上級程度にも関わらず、威力は最上級レベルというそれぞれの自慢の逸品だった。

 

と、陽和達が呑気に話している間に、焼き爛れてた大地を見ていた冒険者達が我に帰ると猛烈な勢いで振り向き陽和達を凝視すると一斉に騒ぎ始めた。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「おかしい、おかしいですっ、魔法があんな形になるなんて聞いたことありませんっ!!」

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

「なによっ!!あんたら、ソル様を化け物だっていう気!?」

「そうよっ!!ヴァーミリオン様の魔法ならなんだってありなのよ!!」

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、ソルレウスの旦那は戦神、これで全ての説明がつく!」

「「「「なるほど!!」」」」

 

二人の魔法の凄まじさに、冒険者達は壊れかけていた。

しかしそれも無理はない。なぜなら既存の魔法になんらかの生物を形作るものは存在せず、ましてやそれを自在に操る魔法などもってのほかだったからだ。超一流をも超えた魔法の使い手に彼らは驚愕と動揺のあまりにプチパニックを引き起こし、二人を神格化までした。

 

壊れて「ユエ様万歳!ソル様万歳!」などと称え始めた連中に、唯一まともだったリーダーのガリティマが、仲間達をみて盛大にため息をつくと陽和達のもとへとやってきた。

 

「とにかく、二人とも礼をいう。二人のおかげで被害ゼロで切り抜けることができた」

『構いませんよ。今は仕事中ですし、我々はできることをしたまでです』

「はは、そうかよ……で、さっきのはなんだったんだ?」

 

ガリティマが困惑を隠さずにそう尋ねると、陽和は仮面の下で悪戯っぽく笑みを浮かべながら口の前で人差し指を立てる。

 

『残念ながら、企業秘密ですよ。私共としてはあまり手札を晒したくはないので』

「っっ、そうか、まぁ、そうだろうな。切り札を晒す冒険者なんているわけがないか」

 

ガリティマは深いため息と共に、追求を諦める。冒険者として同業者の手の内を無闇に明かしてはならないのは暗黙のルールだったからだ。

詮索を諦めたガリティマは壊れかけた仲間を正気に戻しにかかる。

そして、隊商の人々が陽和達に畏敬を含んだ視線をちらちらと向けつつ、一行は歩みを再開した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

陽和とユエが同行していたもの全ての度肝を抜いた日以降は、特に障害もなく一行は遂に【中立商業都市フューレン】に到着した。

 

フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品などのチェックをする。陽和達もそのうちの一つの列に並んでいるのだが、人数が多く少し時間がかかりそうだ。

馬車の屋根で、縁で胡座をかきうたた寝をし船を漕いでいる陽和の隣でセレリアが本を読み、ハジメがユエに膝枕をされ、シアを侍らせなが寝転がり各々の時間を過ごしていたところにモットーがやってくる。

何やら、話があるようだ。だが、このやりとりは何回もあったらしく、気づいたハジメが呆れ気味にモットーを見下ろすと、軽く頷き屋根から飛び降りる。

 

「全く豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

彼の言う周囲とは、毎度お馴染みの陽和とハジメに対する嫉妬と羨望の目、そしてセレリアとユエとシアに対する感嘆と嫌らしさを含んだ目だ。それに加えて、今はセレリアとシアに対する値踏みの視線まで増えている。

流石は大都市。様々な人間が集まるからこそ、表向きは奴隷の扱いを受けている二人に、利用価値を見出して注目しているようだ。

 

「まぁ、確かに煩わしいが、仕様がないだろう。気にするだけ無駄だ」

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女達を売る気は……」

 

やはりまだ諦めていないのかセレリア達の売買交渉を申し出るが、その話は終わっただろ?というハジメの無言の主張に、両手をあげて降参のポーズをとる。

 

「そんな話をしにきたわけじゃないだろ?要件はなんだ?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方方のアーティファクト、特に“宝物庫”は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

そう言いながらもモットーの眼は全く笑っておらず、“殺してでも”と言う方がピッタリな感じだ。

しかし、こればかりは仕方がない。なにせ、商人にとって常に頭の痛い懸念事項である商品の安全性確保かつ大量輸送の極限までの低コスト化。それら二つの問題が一気に解決するのだから。

野営中に“宝物庫”から色々取り出している光景を見た時のモットーの表情といったら、まるで砂漠を何十日彷徨い続けて死ぬ寸前でオアシスを見つけた者のようだった。あまりにもしつこい交渉に、ハジメが軽く殺気を放てば、流石に引き下がってくれたが、この様子を見る限り、まだまだ諦める気はないのだろう。

なんなら、ハジメのドンナー&シュラーク含めて色々と引き取ろうと画策してすらいたのだ。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はないな。ソルも同意見だ。だから、諦めな」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を利かせられないかもしれませんぞ?そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうな……たとえば、彼女達の身にっ!?」

 

モットーが、少々狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にあるセレリア達に視線を向けた瞬間、ゴチッと額に冷たく固い何かが押し付けられた。壮絶な殺気と共に。

周囲は誰も気が付いていない。馬車の影ということもあるし、殺気がピンポイントに叩きつけられているからだ。

 

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

静かな声音。されど氷の如き冷たい声音で硬直するモットーの眼を覗き込むハジメの隻眼は、まるで深い闇のようだ。

もう一つの殺気。いつの間に起きていたのか陽和が、屋根の上からこちらを見下ろており、仮面の奥から覗く翡翠の眼光は、地獄の業火のようだ。

モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

 

モットーの言う通り、ハジメ達はアーティファクトや実力をそこまで隠すつもりはなかった。陽和の事もあるため、ある程度の線引きはあるものの、その線を越えれば躊躇なくやってしまうのだ。

だが、それは敵対するものは全て薙ぎ倒して進むと言う強い覚悟の表れだ。

 

「そうか、ならそう言うことにしておこうか」

 

そう言って、ドンナーをしまい殺気を解くハジメ。モットーはその場に崩れ落ちると、大量の汗を流し肩で荒い息を繰り返す。

 

「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ。あるいは誰かに言いふらして、そいつらがどんな行動を取っても構わない。だが、敵意を持って俺らの前に立ちはだかるなら……その時は、全員血の海に沈むことを覚悟しておけ」

「はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」

 

未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人なのは間違いないのだろう。道中の様子でもそれは伺えた。

しかし、そんな彼に狂的な態度をとらせた魅力が、ハジメのアーティファクトにはあったのだろう。

 

「……それと、一応言っておくが、俺よりももっとおっかないやつがうちにはいる。あいつを怒らせたら、その時はもう諦めておけ。とはいえ、今回は見逃そう。次はないぞ」

 

ハジメの視線が頭上で見下ろす陽和に向けられる。ハジメが言うおっかないやつが陽和なのが明白だった。

 

『………』

 

そして、陽和は話が終わったと判断したのか殺気を収めると瞳を閉じて再び眠りに入る。モットーは、少し落ち着くと乾いた笑みを浮かべる。

 

「………全くですな。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

“竜の尻を蹴り飛ばす”とは、この世界の諺であり、竜とは竜人族のことを指している。

彼らが竜化すれば陽和のように全身を覆う鱗による鉄壁の防御力を誇っているが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近に鱗がなく弱点となっている。そして、防御力の高さゆえに眠りが深く、一度眠るの余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うとか。

昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたとか。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちにあう愚か者という意味で伝わるようになったと言う。

ちなみに、竜の尻が弱点なのはハジメは確認済みだ。なぜなら、奈落生活の時に陽和対セレリア、ユエ、ハジメの1対3の模擬戦をしていたのだが、竜化した陽和を三人で取り囲んでいた時にハジメが足元を爆破させようと手榴弾を投げた際に、位置がずれて尻の真下に来たことがあり、爆発を尻にモロに受けたことがあったからだ。鱗のおかけで手榴弾をものともしないはずの陽和が、久々に肉を焼かれる壮絶な痛みを経験した一件でもある。

その時の陽和は『イッテェェェェェ!?!?』と絶叫を上げて、痛みに悶えた後、普段よりも苛烈にハジメをぶちのめしたのだ。

ドライグも過去にミレディにイタズラで尻付近に魔法を当てられて、激痛に悶えたとか。当時のことを思い出したドライグは『……あれは、別種の痛みだ。もう経験したくない』と声を震わせていた。

よって、竜の尻を刺激することは危険だと言うことは、ハジメは身をもってよく知っていたのだ。

 

「そういえば、ソルレウス殿はともかく、ユエ殿のあの魔法は竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬ方がいいでしょう。竜人族は、教会からよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」

 

なんとか立ち上がれるほどに回復したモットーは、服の乱れを直しながらハジメに忠告をした。たった今、場合によっては殺されていたかもしれないのに、その相手と普通に会話するとは豪胆な人物だ。

並の神経ではできない。

 

「……なるほどな。気をつけておこう」

「ええ、そうすべきでしょう。教会の権威主義者に目をつけられれば厄介ですからな」

「随分や言い様だな。不信心者と思われるぞ?」

「私が信仰しているのは神であって、権威をかさに着る“人”ではありません。人は“客”ですな」

「………なんとなく、あんたのことがわかってきたわ。根っからの商人だな。あんた。そりゃ、それ見て暴走するのも頷けるわ」

 

そう言って、手元の指輪をいじるハジメに、バツの悪そうな表情と誇らしげな表情が入り混じる複雑な表情を浮かべるモットー。

そんな彼には、もう先ほどのような狂的な態度は見られず、陽和達の殺気に懲りたようだ。

 

「とんだ失態を犯しましたが、ご入用の際は、我が紹介をぜひご贔屓に。貴方方は普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「………ホント、商売魂が逞しいな」

 

ハジメから呆れた視線を向けられても、モットーは何食わぬ顔で「では、失礼しました」と踵を返すと前列へと戻っていった。

 

モットーとの件は方がついたものの、周囲の視線は未だ変わるどころか、むしろより強くなっており、モットーの背を追えば、さっそくどこぞの商人風の男がセレリア達を指さして何かを話かけている。

何気なく立ち寄ったフューレンだったが、どうやら一波乱ありそうだなとハジメは思わずにいられなかった。

 

 





漢女に常識は通用しない。これすなわち世界の真理である。

いかなる攻撃も漢の筋肉で耐え抜き、乙女のフリルを身に纏うある意味神よりもやばい存在。それこそが漢女だ。
だから、超重力場だって耐えれちゃうんです。だって、漢女だから。

そして、基本的に他人との交渉事などは陽和が担当しております。ハジメは傲岸不遜がデフォルトであるため、穏便に話を進めるために陽和が丁寧な物腰で対応をしています。自分自身の胃を守るためにも彼は一行のリーダーとして頑張っています。………早く雫と合流させて癒してあげたい。

陽和君とドライグ君はケツパイルならぬケツボムの被害者です。
通常の痛みとは別種の壮絶な激痛に悶えた後、ブチギレた陽和はハジメを重点的にボコしました。それだけ、ケツの痛みが凄まじかったということですねwww


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