竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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お陰様でこの作品もUAが十万を超えました。
これまで読んでくれた皆様、本当にありがとうございます!
これからよ、是非とも『竜帝と魔王の異世界冒険譚』をよろしくお願いします!!


32話 中立商業都市フューレン

 

 

 

【中立商業都市フューレン】

 

高さ20m.長さ200kmの外壁で囲まれた大陸一の商業都市。

あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言えるだろう。

 

その巨大さからフューレンは四つのエリアに分かれている。

この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区。

娯楽施設が集まった観光区。

武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区。

あらゆる業種の店が並ぶ商業区だ。

東西南北にそれぞれ中央区に続くメインストリートがあり、中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。メインストリートからも中央区からも遠い場所は、かなりアコギでブラックな商売、言い換えれば闇市的な店が多い。その分、時々とんでもない掘り出し物が出たりするので、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達が、よく出入りしているようだ。

それぞれの区画での特色が如実に現れている都市でもあるのだ。

 

そんな話を、中央区の一角にある冒険者ギルド:フューレン支部内にあるカフェで軽食を食べながら聞く陽和達。話しているのは案内人と呼ばれる職業の女性だ。都市が巨大であるため需要が多く、案内人というのはそれになりに社会的地位のある職業らしい。多くの案内屋が日々客の獲得のためサービスの向上に努めているので信用度も高い。

陽和達はモットー率いる商隊と別れると証印を受けた依頼書を持って冒険者ギルドにやって来た。そして、宿を取ろうにも何処にどんな店があるのかさっぱりなので、冒険者ギルドでガイドブックを貰おうとしたところ、案内人の存在を教えられたのだ。

そして、現在、案内人の女性、リシーと名乗った女性に料金を支払い、軽食を共にしながら都市の基本事項を聞いているところなのだ。

リシーを含めると六人なので、陽和とセレリアとリシー、ハジメとユエとシアの二組にテーブルを分けて話をしている。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをおすすめしますわ。中央区にも宿がありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べものになりませんから」

『そうですか。それなら、観光区の宿にしときましょうか。どこかおすすめはありますか?』

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

『……そうですか。だとすると、私達が希望するのは食事が美味しいこと。風呂が付いていること。そして、最後に責任の所在が明確であるところ。それら三つの希望を満たせればそれで十分です』

 

途中まではにこやかに陽和の要望を聞いてうんうんと頷きながら、宿を脳内でリストアップしていたリシーだったが、最後の責任の所在のところで「ん?」と首を傾げてしまう。

 

「あの〜、責任の所在というのは…?」

『例えばですが、もしも宿で争い事が起きた際、こちらが完全に被害者だった場合宿内で発生した損害について誰が責任を持つということです。せっかくフューレンに来たのでいい宿には泊まりたいのですが、備品などの諸々の問題もあるので』

「え〜と、そうそう争い事に巻き込まれることはないと思いますが……」

 

困惑するリシーに陽和は肩をすくめる。

 

『そう願いたいのですがね。私達の連れは否が応でも目立ってしまいます。ですので、もしかしたら強硬手段に出かねない者も出てくる可能性は否定できません。……とはいえ、最後の責任の所在に関しては可能な範囲でいいので先の二つの条件が満たせているのなら構いませんよ』

 

そういう陽和の言葉に、リシーはうまうまと軽食を食べるユエとシア、紅茶を飲むセレリアに視線を向けると、納得するように頷く。

確かにこの美少女三人は目立つ。現に今も周囲の視線をかなり集めているからだ。加えて、シアもセレリアも亜人族。見目麗しい奴隷を前に、暴走しない者がいない保証などないのだ。

 

「し、しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは?そういうことに気を使う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが……」

『それでも構いません。ですが、欲望に目が眩んだ者は、何をしでかすかわかりません。直接的な手段になる可能性も考慮してのことです』

「な、なるほど…‥それで、責任の所在なわけですか」

 

完全に陽和の意図を理解したリシーは、あくまで可能であればという陽和の妥協に案内人根性が刺激でもされたのか、やる気に満ちた表情で「お任せください」と了承した。

そして、ハジメ、セレレア、ユエ、シアの方にも視線を巡らせて、四人にも要望がないかを聞く。

客のニーズに応えようとする点、リシーも彼女の所属する案内屋も、きっと当たりなのだろう。

 

「俺は異論なしだ。その条件で頼むよ」

「私もだな。最低限それらが整っているならそれで構わない」

 

ハジメ、セレリアは他に要望を出すことなく異論なしと頷いていたのだが、ユエとシアは、

 

「……お風呂があればいい、但し混浴、貸切が必須」

「えっと、大きなベッドがいいです」

 

少し考えて、そんな要望を伝えてきた。

なんてことない要望だが、二人の要望を組み合わせると、自然ととある意図が透けて見える。リシーも察したようで、「承知しましたわ、お任せ下さい」とすまし顔で了承するが、頬が僅かに赤くなっている。そして、チラッチラッとハジメとユエ達を交互に見ると更に頬を染めた。

陽和は額に手を当てて軽くため息をつく。分かってはいたことだが、大っぴらにやらないでほしい。常々思っていることだが、それが叶わないので諦めのため息だ。

 

ちなみに、すぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中が「視線で人が殺せたら!」と云わんばかりに男2人を睨んでいたが、すっかり慣れた視線なので、陽和とハジメは普通にスルーする。

宿の話がひと段落つき、それからは他の区について話を聞いていると、陽和達は不意に強い視線を感じた。特に、セレリアとシアとユエに対しては、今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。視線など既に気にしない三人だが、あまりに気持ち悪い視線に僅かに眉を顰める。

 

陽和がチラリとその視線の先を辿ると……ブタがいた。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。そのブタ男がセレリアとユエとシアを欲望に濁った瞳で凝視していた。

 

陽和とハジメが、「面倒だな」と思うと同時に、そのブタ男は重そうな体をゆっさゆっさと揺すりながら真っ直ぐ陽和達の方へ近寄ってくる。どうやら逃げる暇もないようだ。もっとも陽和達が逃げる事などないだろうが。

リシーも不穏な気配に気が付いたのか、それともブタ男が目立つのか、傲慢な態度でやって来るブタ男に営業スマイルも忘れて「げっ!」と何ともはしたない声を上げた。どうやら、あのブタは評判が悪いらしい。

とはいえ、そんなものは滲み出る醜さで一目瞭然だが。

 

ブタ男は、陽和達のテーブルのすぐ傍までやって来ると、ニヤついた目でセレリアとユエとシアをジロジロと見やり、セレリアのチョーカーとシアの首輪を見て不快そうに目を細めた。そして、今まで一度も目を向けなかったハジメと陽和に、さも今気がついたような素振りを見せると、これまた随分と傲慢な態度で一方的な要求をしてきた。

 

「お、おい、ガキ共、ひゃ、百万ルタやる。その狼と兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

耳障りなきぃきぃ声でそう告げてブタ男はユエに触れようとする。彼の中では既にユエは自分のものになっているらしい。

その瞬間、その場に凄絶な殺気が降り注いだ。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返って、後退りしながら必死に陽和達から距離を乗り始めた。

そして、直接その殺気を受けたブタ男はというと……

 

「ひぃ!?」

 

実に情けない悲鳴をあげて尻餅をつくと、後ずさることもできずにその場で股間を濡らし始めた。

しかし、これでも加減した方だ。陽和とハジメが本気の殺気をぶつければ、意識を刈り取るどころかショック死すら可能になってしまうからだ。

 

「お前ら行くぞ。場所を変えよう」

『そうだな。ここは汚い。清潔なところに行こう』

 

汚い液体が漏れ出し異臭がし始めたので、ハジメと陽和はそう話して席を立つ。

セレリア達も顔を顰めつつ席を立った。リシーだけが「え?え?」と混乱気味に目を瞬かせていたが、彼女は陽和とハジメの殺気と威圧の対象外にされており、影響を受けていないため平気だったのだ。

モットーにピンポイントで当てた時の逆版である。

彼女からすれば、ブタ男が意味不明なことを言い出したと思えば急に尻餅をついて股間を濡らし始めたのだから混乱するのは当然だ。

ちなみに、周囲にも影響が出ているのはついでだ。周囲にも“手を出したら分かってるだろうな?”という警告をしたのだ。

その警告がしっかりと伝わったのは、周囲の男達の表情を見れば明らかだった。

 

そして、殺気と威圧を解いてギルドから出ようとした直後、陽和と同じぐらいの背丈の大男が陽和達の進路を塞ぐような位置取に移動して立ちはだかった。

ブタ男とは違う意味で100kgはありそうな筋骨隆々の巨体だ。腰には長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。その巨漢に気付いたのか、ブタ男がキィキィと喚き出す。

 

「そ、そうだ、レガニド!そのクソガキ共を殺せ!わ、私を殺そうとしたのだ!嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ!い、いいからやれぇ!お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

どうやら、レガニドとはブタ男の雇われ護衛のようだ。

陽和達から目を逸らさずに、報酬の約束をするとニンマリと笑う。しかし、どうやら彼は貰える報酬にニヤついているようで、セレリア達には見向きもしなかった。

 

「おう、坊主共、わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。何、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

レガニドはそういうと拳を構える。剣を抜かないのは、場所を考えてのことだろう。周囲がレガニドの名を聞いてざわめいた。

 

「お、おい、レガニドって“黒”のレガニドか?」

「“暴風”のレガニド!?何で、あんなヤツの護衛なんて……」

「金払じゃないか?“金好き”のレガニドだろ?」

(……黒ねぇ。これで黒なのか。前に別の黒を見たことはあったが、こんなに弱かったか?いや、俺らが強くなって麻痺してるのか)

 

周囲のヒソヒソ声で大体の素性は把握できた。

黒とは裏を返せば冒険者ランクが上から3番目であり相当な実力を持っているということ。

だが、“金”まで上り詰めた陽和からすればこれで黒なのかという程度だった。

そんなことを思われてるとは知らずにレガニドが闘気を吹き上がらせる。ハジメがこれなら正当防衛が成り立つと考え迎撃しようとした時、意外な場所から静止の声がかけられる。

 

「……ハジメ、待って」

「?どうしたユエ?」

 

ユエはシアとセレリアを引っ張ると、ハジメの疑問に答える前にレガニドの前に立つ。訝しむ陽和とハジメ、レガニドにユエは背を向けたまま答える。

 

「……私達が相手をする」

「えっ?ユエさん、私もですか?」

「必要あるか?それほどの相手ではないだろ?」

 

シアとセレリアの質問をさらりと無視するユエ。

その言葉に、レガニドが誰よりも早く反応し失笑する。

 

「ガッハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって?なかなか笑わせてくれるじゃねぇの。なんだ?夜の相手でもして許してもらおうって「黙れ、ゴミクズ」ッッ!?」

 

下品な言葉を口走ろうとしたレガニドに、辛辣な言葉と共に、神速の風刃が襲い掛かりその頬をスパッと切り裂いた。

プシュと小さな音を立てて、血がだらだらと滴り落ちる。

レガニドは思わず黙り込んでしまう。ユエの魔法が速すぎて、全く反応できなかったので、心中では「いつ詠唱した? 陣はどこだ?」と冷や汗を掻きながら必死に分析していた。

 

ユエは何事もなかったように、意図に気づいた陽和、ハジメ、セレリアと未だに分かっていないシアに向けて話を続ける。

 

「……私達が守られるだけのお姫様じゃないことを周知させる」

「ああ、なるほど。私達自身が手痛いしっぺ返し出来ることを示すんですね」

「まぁ確かに相手は“黒”だ。いいデモンストレーションになるだろうな」

 

ユエの言葉にシアとセレリアがやる気十分と言った風に頷き、鋭い視線をレガニドに向けた。

陽和とハジメもユエの言いたいことを察して苦笑を浮かべる。

 

『ククッ、それはいいな。いい見せ物になる。それに、俺達が守るよりもお前らがやったほうがより効果的だな』

「言いたいことはわかった。確かに、お姫様を手に入れたと思ったら実は猛獣でしたなんて洒落にならんしな。幸い、目撃者も多いし……うん、いいんじゃないか?」

「……猛獣はひどい」

『いや、事実だろ』

 

二人は苦笑いしながら一歩後ろに下がった。ユエは、ハジメが下がったのを確認すると、左右のシアとセレリアに先にいけと目で合図を送る。それを読み取ったシアは、背中に取り付けていたドリュッケンに手を伸ばすと、まるで重さを感じさせずに一回転さて、その手に収めた。

セレリアもヴァナルガンドを嵌め直し、掌を開いたり閉じたりし、状態を確かめる。

 

「おいおい、亜人族の嬢ちゃん達に何が出来るってんだ? 雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」

 

ユエから目を離さずにレガニドは、そうセレリアとシアに告げる。しかし、二人はレガニドの言葉を無視するように、逆に忠告をした。

 

「腰の長剣。抜かなくていいんですか? 手加減はしますけど、素手だと危ないですよ?」

「女だからと舐められては困るな。むしろ、剣を抜かないと勝負にすらならんぞ?」

「ハッ、兎ちゃんと狼ちゃんが大きく出たな。坊ちゃん!わりぃけど、傷の一つや二つは勘弁ですぜ!」

 

レガニドはセレリアとシアのことは大して気にせずユエにだけ気を配りながら未だ近くでへたり込むブタ男に一言断りを入れる。

流石に、無傷で抑えることはできないと理解したらしい。

だが、それでもレガニドは浅慮であった。

まず前提として亜人族で奴隷である彼女らが武器を持っているということは、つまり戦えるということだ。そして、相応の実力が垣間見える陽和、ハジメ、ユエが彼女らに任せたことから問題ないと判断してのものだということは明らかだった。

しかし、もはやそれに気づく時間はもうない。

シアはドリュッケンを腰だめに構えると、一気に踏み込みレガニドの眼前に移動した。

 

「っ⁉︎」

「やぁ!!」

 

可愛らしい声音に反して豪風と共に振るわれた超重量の大槌が、表情を驚愕に染めるレガニドの胸部に迫る。直撃の寸前、レガニドは辛うじて両腕を十字にクロスさせて防御を試みた。

流石は“黒”。判断能力はそれなりにあるようだ。ただ、分かっていても無駄だった。それだけの話。

 

(重すぎるだろっ!?)

 

凄まじい衝撃に踏ん張ることなど微塵もかなわず、咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がそうとするも、スイングが速すぎてほとんど意味をなさなく、結果、グシャ!とそんな生々しい音を響かせながら、レガニドは勢いよく吹き飛びギルドの壁に背中から激突した。

轟音を響かせながら、肺の中の空気を余さず吐き出したレガニドは、揺れる視界の中に拍子抜けしたようなシアの姿を見る。どうやら、もう少し抵抗があると思っていたようだ。

 

「は、はは……んだよ……そりゃ……」

 

冒険者ランク〝黒〟にまで上り詰めた自分が、まさか兎人族の少女に手加減までされて、なお、拍子抜けされたという事実に、レガニドはもはや笑うしかなかった。

激痛にしかめたようにしか見えない笑みを浮かべ、立ち上がろうと手をつき、激痛と共にそのまま倒れこむ。激痛の原因に視線を向ければ、ひしゃげたように潰れた自分の腕が見えた。

 

「づぅ……」

 

幸い、潰されたのは片腕だけだったようで、痛みを堪えながらもう片方の腕で何とか立ち上がる。視界がグラグラ揺れるが、何とか床を踏みしめることが出来た。

ほとんど意味は無かったと言えど、咄嗟に、後ろに飛ばなければ、立ち上がることは出来なかったかもしれない。

しかし、立ち上がったレガニドにセレリアが容赦のない追撃を仕掛ける。

 

「フッ!!」

「ガッ、ハァッ!?」

 

一息でレガニドの懐に潜り込んだ彼女は、握りしめた右拳を鳩尾に叩き込む。

モロに拳を受けてしまったレガニドの胸部からバキバキバキィと肋が砕ける音が響き周りの人間が青ざめる中、レガニドは口から大量の血を吐き出しながら上空へと容易く殴り飛ばされる。

そして、天井に激突して落ちるレガニドは、眼下でユエが氷の如き冷めた目で右手を突き出している姿を見て、内心で盛大に愚痴った。

 

(坊ちゃん、こりゃ、割に合わなすぎだ……)

 

直後、レガニドは空中で体を固定されて生涯で初めて“貴重で最悪な体験をすることになった。

 

「舞い散る花よ、風に抱かれて砕け散れ———“風花”」

 

———ユエオリジナル魔法第二弾。重力・風複合魔法“風爆”。

風の砲弾を飛ばす魔法と重力魔法の複合魔法だ。複数の風の砲弾を自在に操りつつ、その砲弾に込められた重力場が常に目標の周囲を旋回することで全方位に“落とし続け”て空中に磔にするのだ。

そして、打ち上げられたが最後、そのまま空中で無限サンドバックになるというえげつない魔法である。ちなみに、相性は適当だ。

しばらく空中での一方的なリードによるダンスを終えると、レガニドは、そのままグシャと嫌な音を立てて床に落ちてピクリとも動かなくなった。

 

実は、セレリアの一撃で意識がほとんど飛びかけており、ユエの初撃で意識が飛んでいたのだが、ユエはそれでも容赦なく追撃をかまして、特に股間を中心に狙い撃っていたので周囲の男連中の股間をまず組みあがらせたのだ。

この凶悪極まりない一撃に、後ろで見ていたハジメをして「おぅ」と悲痛な震え声を上げさせ、陽和はかつての悲しきスマッシュを思い出して右手で顔を覆い隠してしまった。

あり得べからざる光景の三連発と容赦のなさにギルド内は静寂に包まれる。誰も彼もが陽和達を凝視しており、止めようとしたギルド職員すらも手を伸ばしたまま硬直している。

そうして誰もが硬直している中、ハジメがツカツカと歩き出して静寂を破る。向かう先は……ブタ男の元だ。

陽和はハジメの意図を察して、ため息をついて一応の警告をする。

 

『はぁ、一応言っておくが、殺しも気絶もダメだぞ。後が余計に面倒になる』

「それは保証できねぇな」

「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「……地球の全ゆるキャラファンに謝れ、ブタが」

 

 ハジメは、ブタ男の名前に地球の代表的なゆるキャラを思い浮かべ、盛大に顔をしかめると、尻餅を付いたままのブタ男の顔面を勢いよく踏みつけた。

 

「プギャ!?」

 

文字通り豚のような悲鳴を上げて顔面を靴底と床にサンドイッチされたプームはミシミシとなる自身の頭蓋骨に恐怖し悲鳴を上げた。そんな耳障りな悲鳴をうるさいと言わんばかりに、鳴けば鳴くほど圧力が増していく。

顔は醜く潰れ、目や鼻が頬の肉で隠れてしまっている。やがてプームは大人しくなり始めた。単に体力が尽きただけかもしれないが。もしくは、意識が遠のいているかだ。

 

「おい、ブタ。二度と視界に入るな。直接・間接問わず関わるな……次はない」

 

プームはハジメの靴底に押しつぶされながらも、必死に頷こうとしているのか小刻みに震える。既に、虚勢を張る力も残っていないようで、完全に心が折れていた。

しかし、その程度で、あっさり許すほどハジメは甘くはない。“喉元過ぎれば熱さを忘れる”というように、一時的な恐怖だけでは全然足りない。殺しを陽和から止められている以上、その代わりに恐怖を忘れないように刻まねばならない。

なので、少し足を浮かせると、ハジメは錬成により靴底からスパイクを出し、再度勢いよく踏みつけた。

 

「ぎゃぁああああああ!!」

 

スパイクが、プームの顔面に突き刺さり無数の穴を開ける。更に、片目にも突き刺ささったようで大量の血を流し始めた。プーム本人は、痛みで直ぐに気を失う。ハジメが足をどけると見るも無残な……いや、元々無残な顔だったので、あまり変わらないが、取り敢えず血まみれのプームの顔が晒された。

 

『おいおい、気絶させるなと言っただろうが、気絶させてどうする』

「いいだろ別に。ギャンギャン喚かれんのが耳障りだったんだよ。それに、気絶でもさせねぇとスカッとできねぇな」

『ったく、まぁ気持ちは分かるがな』

 

咎めた陽和にそう返したハジメは、どこか清々しい表情を浮かべている。ユエとシアも、微笑みでハジメを迎えた。セレリがは陽和の気苦労を察してから苦笑いだ。

微笑み合う三人を横目に、陽和は呆然としているリシーへと声をかけた。

 

『見苦しいものを見せました。まぁ、こういうことです。こう言ったゴタゴタがあった際の責任の所在というわけなんですよ』

「はひっ!そ、そうなんですね……」

『それで、話の続きなのですがこの後事情聴取があると思うのでその後にでも頼めますか?』

「い、いえ、その、私、何といいますか……」

 

一連の光景に恐怖を覚えたのか、しどろもどろになるリシー。その表情は、明らかに関わりたくないと物語っている。それぐらい陽和達が恐ろしく見えたのだ。

陽和はリシーの心情は察してはいるが、今から別の案内人を探すのは面倒なので、逃すつもりはないため、懐から金の通貨を十数枚取り出す。

 

『まあ、気持ちはわかります。ですので、無礼だとは思いますが、迷惑料ということでこちらを』

「えっ、え?こんな、大金をっ?」

『ええ、事情聴取が終わった後、案内をしてくださるのであれば迷惑料も兼ねた追加料金をお支払いします。どうですか?』

「え、えぇと、そ、それは、でもぉ……」

 

リシーの間で逃げたいという恐怖と臨時収入が入るという歓喜が入り混じり、目が空を泳ぐ。

こんなトラブルを呼び込む体質の人達の案内をしたら心臓がいくらあっても足りないと思う反面、これを乗り切れれば臨時報酬をもらえて贅沢ができる!と内心での欲望の綱引きが始まっていた。

余談ではあるが、この金の通貨は陽和のポケットマネーである。金銭管理は陽和が主に担っており、前に荒稼ぎした陽和個人の収入から取り出したものである為、共用のお金ではない。

彼女の葛藤に陽和はくすりと笑うと、金の通貨を懐にしまう。リシーが「あ……」と名残惜しそうに思わず声に漏らして、通貨を目で追っていた。

 

『答えはこの後にでも聞きましょう。それまでは存分にお考えください。私はあちらのギルド職員と話してきますので』

 

そう答えると陽和はこちらに近づいてくるギルド職員へと自分から近づく。

 

「あ、あの、申し訳ありませんが…」

『分かっています。事情聴取ですよね。ええ、勿論、お受けしましょう』

「あぁ?なんでわざわざ事情聴取を受けなくちゃいけねぇんだよ」

 

事情聴取を引き受けようとした陽和に横からハジメが心底嫌そうにしながら割り込む。

その様子にギルド職員達四名ほどが、陽和達を囲むような陣形を取る。何がなんでも逃がさないつもりだろう。しかし、全員腰が引けている。

ちなみに、もう数人は、プームとレガニドの容態を見に行っている。

陽和は怠そうな視線を向けるハジメに嘆息しつつ答える。

 

『当たり前だろうが。いくら完全にあっちに非があって返り討ちにあったとしても、騒ぎを起こしたことには変わりない。それなら、ある程度の説明はすべきだろう』

「つってもなぁ、ユエ達を奪おうとして、断ったら逆上して襲ってきたから返り討ちにした。これ以上説明することあるか?それに、周りの連中、特に近くのテーブルにいた奴らは見ていたんだし、証言はそれで十分足りるだろ」

 

そういいながらハジメが周囲の男連中を睥睨すると、目があった彼らはこぞって首がもげるのでは?と思うほど激しく何度も頷く。

だが、陽和がそれを容認しない。

 

『いいわけあるか。ギルド内で起こされた問題は当事者双方の言い分を聞いて公式に判断するのが規則だ。だから、俺はあのブタを気絶させるなって言ったんだよ。なのに、気絶させやがってよ……』

「そ、その通りです。冒険者なら規則に従っていただかないと……」

「チッ、面倒な……」

 

ハジメは苛立ちに舌打ちしながらプームとレガニドの二人を見る。ボコボコにしたからか当分目を覚ましそうになくて、おそらく二、三日は目を覚まさないだろう。

 

「あれが目を覚ますまで、ずっと待機してろっていうのかよ。被害者の俺達がか?」

『そうだ。被害者であっても話はしなければならないからな。とにかく、話に応じなければ出ようにも出られない。諦めろ』

「チッ、へいへい。わぁったよ、お前に任せる」

『ああ』

 

ハジメが批難がましいし視線を向けつつも、陽和の言葉に折れて陽和に全てを任せた。

ようやく話が通じた陽和は、戦々恐々としているギルド職員に対して軽く頭を下げて対応をする。

 

『申し訳ありません。こちらでの話は終わりましたので、事情聴取に応じます。ここでは周囲の目もありますので、別室で話をしたいのですがよろしいですか?』

「は、はい。それは勿論構いません!では、お部屋にご案内しま「何をしているのですか?これは、いったい何事ですか?」っ」

 

陽和の言葉に応じて別室に案内しようとしたギルド職員に突如、凛とした声がかけられる。

そちらを見れば、メガネをかけた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男性が厳しい目を陽和達に向けていた。

 

「ドット秘書長!いいところに!これはですね……」

 

職員達がこれ幸いと、ドット秘書長と呼ばれた男の元へと群がり事情を説明する。話を聞いたドットは、陽和達に鋭い視線を向けると、片手の中指でクイッとメガネを押し上げると落ち着いた声音で話しかけた。

 

「話は大体聞かせてもらいました。証人も大勢いることですし嘘はないのでしょうね。やりすぎな気もしますが……まぁ、死んでいませんし許容範囲としましょう。取り敢えず、彼らが目を覚まし、一応の話を聞くまでは、フューレンに滞在はしてもらうとして、身元証明と連絡先を伺っておきたいのですが、構いませんか?」

『構いませんよ。そちらのブタが難癖をつけてくるようでしたら、対応が必要ですし。それと、宿に関してはまだ決まっておりません。そちらの案内人、もしくは別の案内人が勧めた宿に泊まるつもりですので、宿が決まり次第連絡しましょう』

 

リシーの方を見ずにそう告げた陽和に、リシーはビクゥッと肩を震わせた後、「うぅ〜この人達怖いよぉ。でも、臨時収入がぁ……」と未だに葛藤している。

その間に陽和からステータスプレートを受け取ったドットは内容に目を通す。

 

「ふむ、いいでしょう。……“赤”ですか。向こうで伸びている彼は“黒”なんですがね……そちらの方達のステータスプレートはどうしました?」

 

陽和の偽造したステータスプレートのランクが下から2番目の赤であることに驚きつつも、レガニドを倒した女子三人と、ハジメのステータスプレートの提出も求めてきた。

陽和はハジメに視線を向けてステータスプレートを出すように促しつつ、説明する。

 

『えぇ、こちらの眼帯の方はランクは“青”です。しかし、こちらの彼女達はステータスプレートを紛失してしまいましてね。近いうちに再発行をするつもりだったんですよ』

「なるほど。そういうことでしたら、ギルドで立て替えましょう。身元は明確にしてもらわないといけません。もしも、君達が頻繁にギルド内で問題を起こすようならば、加害者・被害者関係なくブラックリストに載せることになりますから」

『ええ、分かりました。……ああ、後これを』

 

陽和はそう返すと懐から手紙をとりだしてドットに手渡す。それは、ブルックの町を出る際にキャサリンから問題が起きた時にお偉方に渡せばいいと言われた手紙だ。

 

『一応、知り合いのギルド職員に困った時にこれをお偉方に渡せと言われたものがあります。ブルック支部のキャサリンという方からです』

「ッッ……拝見します」

 

キャサリンの名に明らかに目を見開いて驚いたドットは神妙な表情になると手紙を開いて内容を読んでいく。読んでいくうちにギョッとした表情を浮かべると、しきりに陽和の顔と手紙の間で視線を何度も彷徨わせながら真贋を見極める。

そして、読み終えたのか手紙を折りたたむと丁寧に封筒に入れ直して、陽和に視線を戻す。

 

「この手紙が確かなら身分証明にもなりますが……この手紙が差出人本人のものかは私の一存では決めかねます。支部長に確認を取りますので、少し別室で待っていてもらえますか?そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みませす」

『それくらいは構いませんよ』

「職員に案内させます。では、後ほど」

 

ドットは傍の職員を呼ぶと別室への案内を言付けて、手紙を持ったまま颯爽とギルドの奥へと消えていった。指名された職員が陽和達を促すが、陽和が待ったをかけてリシーの方へと近寄る。

 

『……それで、リシーさん。どうするかは決めてくれましたか?』

「…………う、うぅ〜……わ、分かりましたよぉ。お受けします。こちらでお待ちしてますので、お話をしてきてくださいぃ」

 

腹を括ったのか肩を落とし意気消沈しつつも待つことを決めたリシー。そんな彼女に陽和は微笑むと、渡そうと思っていた金の通貨の半分を彼女に渡す。

 

『ありがとうございます。では、前金として半分お渡しします。残りの半分はこちらに戻ってきたら渡しますので、どうか持ち逃げなんてことはしないように』

「……は、はいぃ」

 

一瞬お金を受け取れてパァッと明るくなった顔も、最後の言葉に一気に暗くなりリシーは肩を落としながらカフェ奥の座席に向かう。その背中には社会人の哀愁が漂っており、陽和は『少し意地悪したかな?』と思わざるを得なかった。

そして、応接室に案内されてからきっかり十分後、ついに扉がノックされて陽和の返事の一拍後に扉が開かれる。現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目つきの三十代後半くらいの男性とドットだった。

 

「初めまして。冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ソルレウス君、ハジメ君、セレリア君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

簡潔な自己紹介の後、陽和達の名を確認がてらに呼び握手を求める支部長イルワ。陽和も握手を返しつつ返事をする。

 

『ええ、構いません。それで、名前は手紙に?』

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

 

トラブル体質と呼ばれたことに、ハジメ達に悩まされる陽和としては実に心外な呼び方に陽和は露骨にげんなりとする。

 

『………トラブル体質………とても否定したいですが、こいつらがまぁトラブルメーカーなので否定できないのが悲しいところですね。はぁ〜〜』

 

露骨にため息をつき肩を落とす陽和にイルワが思わず慰める。

 

「だ、大丈夫かい?」

『……いえ、大丈夫です。慣れてるので。まぁそれはいいとして、身分証明の方はそれで問題ないでしょうか?』

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

 

どうやらキャサリンの手紙は本当にギルドのお偉いさん相手に役立ったようだ。随分と信用があるらしく、キャサリンを“先生”と呼んでいることからかなり濃い付き合いがあるように思える。

シアはキャサリンに特に懐いていたことから、その辺りの話が気になるようでおずおずとイルワに尋ねる。

 

「あの~、キャサリンさんって何者なのでしょう?」

「ん? 本人から聞いてないのかい? 彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

『やはりというか、なんというか、キャサリンさんはそれだけの大物だったというわけですか』

「顔が利くから、元々上の立場の人間だと思っていたが、その通りだったな」

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

「……キャサリンすごい」

「ていうか、そんなにモテたのに……今は……いや、止めておこう」

 

聞かされたキャサリンの正体に感心する陽和達。想像していたよりずっと大物だったらしい。もっとも、ハジメだけは若干、時間の残酷さに遠い目をしていたが。

ちなみに、席の配置は陽和とセレリアがイルワと向かい合わせのソファーにテーブルを挟んで座っており、その後ろの別のソファーではハジメ、ユエ、シアが座っており交渉方を完全に陽和に丸投げして寛いでいたりする。

各々がキャサリンについて驚く中、陽和は仮面の奥で瞳をすっと細めると、

 

『……………それで、貴方は私達に何を要求するつもりですか?』

 

静かな声音でそんなことを聞いたのだ。

ハジメ達がどういうことだと陽和に視線で問いかけるながらイルワはニヤリと小さく笑みを浮かべ瞳の奥を光らせると、隣に立っていたドットを促して一つの依頼者を陽和達の前に差し出した。

 

「話が早くて助かるよ。先生からの手紙は身分証明にはなり得るけど、それと今回の件は別だ。もしも話を聞いてくれるのなら、今回の件は不問にしよう」

『……なるほど。そういうことですか。いい性格をしていますね。ええ、分かりました。その依頼の話は聞きましょう』

 

陽和は依頼者に軽く目を通しながら苦笑いを浮かべる。

イルワがこの依頼書を提示した理由を察したからだ。

今回の一件について、もしも依頼の話を聞かなければ、正規の手続きで相応の時間が取られることになる。そして、この手続きから逃げればめでたくブラックリスト入りしてしまうことになるのだが、ここで話を聞けばその諸々の面倒を回避することができるというわけだ。

 

「ありがとう。さて、今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。【北の山脈地帯】の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

 

イルワの話を要約すると、つまりこういうことだ。

最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。

しかし、ここで一つ問題が発生した。この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになったのだ。

この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

『……なるほど。貴族のボンボンが我儘言ってついていって、帰ってこないから実家が捜索願を出したというわけですか。察するに、伯爵とは友人とかですか?あるいは、ここで伯爵家に貸しでも作っておきたいのですか?』

「前者だよ。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。生存は絶望的だが、可能性はゼロじゃない。だからどうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか」

 

懇願するようなイルワの態度には、単にギルドが引き受けた依頼という以上の感情が込められており、伯爵と友人関係に加えてその息子のウィルとも面識があったのだろう。

だから、個人的にも安否を憂いているのだとそう推測できた。

 

『……………………』

 

陽和は暫し沈黙する。

デメリットメリットで言えば、完全にデメリットで時間の無駄だ。全ての大迷宮を攻略し、全ての神代魔法を集めなくてはいけず、その旅に寄り道はあまりするべきではない。それに、ここには所詮は寄り道しただけのこと。寄り道した先々でこうも面倒ごとを引き受けていては時間の浪費が凄まじいことになる。後ろのハジメ達の様子からは明らかに面倒ごとに関わりたくねぇという感じが滲み出ていた。

 

だが、その反面、陽和個人としては依頼を受けたいと思っていた。

それは、イルワの姿が重なったからだ。

かつて奈落に落ちたハジメを探し出す為に様々な方法を模索し続けていた昔の自分に。

ハジメが奈落に落ちた時、絶望に打ちのめされ、一時は心が壊れかけたこともあった。それから、生死を問わずとにかく探し出す為に必死に戦ってきた。その末に、陽和はハジメを見つけることができた。直接助けたわけではなく、勝手に一人で助かっていたが、それでもハジメが生きててくれたという事実は陽和の心を歓喜で満たしていたのだ。

だから、出来ることならばそのウィルという少年本人が生きた証を彼と家族の元へと持ち帰りたいとも思っていたのだ。

もっとも、セレリアは無条件でついてきてくれそうだが。

押し黙る陽和にイルワは「それに」と続けると初めて表情を崩した。後悔を多分に含んだよく知っている表情だ。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

『……………』

 

思ったよりもずっとイルワとウィルの関係性は深く、イルワは藁にもすがる思いで自分達に依頼をしてきたのだ。

そんな彼の様子に、陽和は更に考え込む。

依頼を受ける理由としては今の話でもう十分だった。だが、それはあくまで自分個人の話。ハジメ達がどう思っているかも考慮しなくてはならない。

そこまで考えた時、これまで外だからと静かにしていたドライグとヘスティアがこっそりと脳内で声をかけてきた。

 

『相棒。受けてもいいんじゃないか?やりたいようにやればいい』

『うん、ボクも同意見だ。それに、ここで見捨てる選択をしたら、マスターは多分ずっと引きずるだろう?』

『ああ、相棒はお人好しだからな。救えるのに救わなかったと思えば後悔するな』

(…………お前ら……)

 

相棒達からの思わぬ言葉に陽和は一瞬目を見張ると直後には仮面の下で笑みを浮かべた。

もう結論は決まった。この依頼を断る理由は陽和にはもうなかった。

 

『分かりました。依頼を受けましょう』

「っ、本当かい?」

『ただし、いくつか条件をつけさせていただきます』

「ッッ、そ、その、条件とは?」

 

陽和は恐る恐ると尋ねたイルワの問いかけに頷くと右手の指を三本立ててる。

 

『私が出す条件は三つです。とはいえ、前二つはそれほど難しくはありません。まず、セレリア、ユエ、シアの三名にステータスプレートの発行、並びに表記された内容についての一切の他言無用を確約すること。二つ目は、私共の詳細については一切の詮索をしないこと。そして、最後に三つ目。これが最も重要です。貴方が持つコネクションすべてを使い必要に応じて便宜を図ることです』

「それはあまりに……」

 

陽和の三つ目の条件にイルワは苦い表情を浮かべる。なぜなら、彼が提示した条件はそれはつまり、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものであり、責任のある立場のものがおいそれと頷けるものではなかったからだ。

だから、陽和はすかさず補足を入れる。

 

『無論、犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望はしません。そして、私共が要望を伝える際に貴方に詳細な説明を行い、貴方自身に最終判断をしてもらいます』

「……そこまでいうとは、何をするつもりなんだい?」

『私共は少々特殊な事情を抱えておりまして、いずれ確実に教会に目をつけられます。その時、何かしら使える伝手があれば万が一にも役立てるというわけですよ』

「指名手配は確実なのかい?ふむ、個人的にも君達の秘密が気になってきたが、キャサリン先生が悪い人間ではないと保証しているし、何より詮索は禁止されてるからね。聞かないでおこう。……しかし、いずれ教会に目をつけられるとはね、しかもそれを覚悟の上のようだ。なるほど、それで便宜をね……」

 

流石は大都市のギルド支部長というべきか。頭の回転が速く、イルワはしばらく考え込んだ後、意を決したように頷いた。

 

「分かった。それらの条件を呑もう。出来る限り君たちの味方になることを約束する」

『懸命な判断感謝致します。もちろん、報酬は依頼が達成されてからで構いません。ウィルさん本人か遺品を持ち帰れば構いませんね?』

 

全ての条件を呑んでくれたことに陽和は仮面の下で笑みを浮かべながらそう言う。

ステータスプレートの作成は絶対として、自分達の特異性がバレないように、作成を後にすることで告発の可能性を排除してフューレンに戻ってきた時に教会の部隊に待ち伏せされると言う事態を防ぐと言うわけだ。もっとも、教会の騎士達程度相手にはならないのだが。

とにかく、自分達の納得いく条件を通せることができて陽和は満足だった。その様子を察したが、イルワは苦笑いを浮かべつつも捜索の引き受け手が見つかったので安堵した。

 

「ああ、構わない。どんな形であれウィル達の痕跡を見つけてもらいたい。………ソルレウス君、ハジメ君、セレリア君、ユエ君、シア君。どうかよろしく頼むよ」

 

イルワは最後に真剣な眼差しで陽和達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者達に頭を下げる。そうそう出来ることではないが、キャサリンの教え子というだけあって、人の良さが滲み出ていた。

そんな彼の様子を見て、陽和は立ち上がると快く答えた。

 

『ええ、分かりました』

「ああ」

「あいよ」

「……ん」

「はいっ」

 

その後、支度金や【北の山脈地帯】の麓にある湖畔の町への招待状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、陽和達は部屋を出ていく。

陽和達が部屋を出てバタンを立てて扉を閉めた後、イルワは閉じた扉をしばらく見つめると、やがて「ふぅ~」と大きく息を吐いた。部屋にいる間、一言も話さなかったドットが神妙な表情を浮かべてイルワに声をかける。

 

「支部長……よかったのですか? あのような報酬を……」

「……ウィルの命がかかっている。彼ら以外に頼めるものはいなかった。仕方ないよ。それに、彼等に力を貸すか否かは私の判断でいいと彼等も承諾しただろう。問題ないさ。それより、彼らの秘密……」

「ステータスプレートに表示される『不都合』ですか……」

「ふむ、ドット君。知っているかい?ハイリヒ王国の勇者一行は皆、とんでもないステータスらしいよ?」

 

ドットは、イルワの突然の話に細めの目を見開いた。

 

「!まさか、支部長は、彼らの中に召喚された者…“神の使徒”がいると?しかし、彼らはまるで教会と敵対するような口ぶりでしたし、勇者一行は聖教教会が管理しているでしょう?」

「ああ、その通りだよ。でもね……およそ四ヶ月前、その内の一人がオルクスで亡くなったらしいんだよ。奈落の底に魔物と一緒に落ちたってね」

「……まさか、その者が生きていたと?四ヶ月前と言えば、勇者一行もまだまだ未熟だったはずでしょう? オルクスの底がどうなっているのかは知りませんが、とても生き残るなんて……」

 

ドットは信じられないと首を振りながら、イルワの推測を否定する。しかし、それにイルワは更なる情報を追加した。とびきりの爆弾にも等しい衝撃的な情報を。

 

「それに加えて、彼らの中に一人既に『邪竜の後継者』として教会から異端者認定を受けて指名手配されて行方をくらましている少年もいるんだよ」

「っっ⁉︎まさか、『赤竜帝』ですかっ⁉︎かの邪竜の力を受け継ぐ者が神の使徒だったんですかっ⁉︎」

 

ドットは衝撃な事実に目をこれでもかと見開き動揺する。世界の怨敵とも言える赤竜帝。その力を受け継ぐ者がよもや神の使徒の中にいようとは思いもしないだろう。

 

「そ、その者は今どこに…?」

「さぁ分からないよ。王都で騎士団団長メルド・ロギンスを倒すという大事件を起こした後、オルクス大迷宮に潜伏したことまでしか知らないからね。ただ、赤竜帝の後継者が力を受け継ぎ覚醒を果たしたのは誰もが知る話だ。君も覚えてるだろう?あの天を貫く光の柱を」

「…………はい。ホルアドから離れたここからでもはっきりとわかるほどの巨大な柱。あれがどれほどの大きさなど想像したくありませんよ」

 

ドットは額の端に冷や汗を浮かべながら呻くように呟く。

あの日、陽和が赤竜帝の力を受け継いだ日。絶大なブレスでオルクス大迷宮を貫き天にまで届かせた絶大な光炎の柱は遠く離れたフューレンからもはっきりと視認できるものであり、それを目の当たりにした者達は後に知らされた赤竜帝復活の知らせに思い出して戦慄したほどだ。

それを思い出し冷や汗を流すドットに反してイルワは面白そうにしながら一つの可能性を口にする。

 

「仮にこう考えてみようか。共に神の使徒だった行方不明者と赤竜帝。彼らは友人関係であり、奈落の底で再会して地上に脱出したら?そして、赤竜帝の青年は正体がバレないように素性を偽り変装していたら?……例えば、()()()()()()()()()()()()()ね」

「ッッ‼︎ま、まさか、支部長…‥貴方は、先程の仮面の青年、ソルレウス・ヴァーミリオン殿が……『邪竜の後継者』紅咲陽和だとでも言いたいのですか?あの格好は変装をしていると?」

 

ドットの推測にイルワはなおも表情を崩さずに、それどころか人差し指を立てると静かにというジェスチャーをする。

 

「あくまで憶測の話さ。あまりにも出来すぎた話だから、()()あり得ないだろう。ソルレウス君は旅の途中で出会った仲間だろうね。だから、ドット君。間違っても、教会には報告してはいけないよ?傍迷惑なことになるからね」

「………はぁ、分かりましたよ。……しかし、その行方不明者の方ですが、仮に生きていたとしてなぜ仲間と合流せずに旅を…?」

 

ドットの質問にイルワは少し考え込むと面白そうな表情を浮かべたまま己の推測を返した。

 

「きっと闇の底で何かを見て、何かを得たのだろうね」

「何かを……ですか……」

「ああ、何であれ、きっとそれは、教会と敵対することも辞さないという決意をさせるに足るものだ。それは取りも直さず、世界と敵対する覚悟があるということだよ。しかも、他の全員がそれに異論を唱えていないから、全員敵対する気なんだろうね」

「世界と……」

「私としては、そんな特異な人間達とは是非とも繋がりを持っておきたいね。例え、彼らが教会や王国から追われる身となっても、ね。もしかすると、先生もその辺りを察して、わざわざ手紙なんて持たせたのかもしれないよ」

「支部長……どうか引き際は見誤らないで下さいよ?」

「もちろんだとも」

 

スケールの大きな話に、目眩を起こしそうになりながら、それでもイルワの秘書長として忠告は忘れないドット。しかし、イルワは、何かを深く考え込みドットの忠告にも、半ば上の空で返すのだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

 

『勝手に決めて悪いなお前ら』

 

 

準備を終えていざ依頼場所である【北の山脈地帯】へ向かおうと白桜に跨った陽和は、後ろに座るセレリアと隣でシュタイフに乗ろうとしていたハジメ、ユエ、シアに振り返ると急にそう言ったのだ。

その急な謝罪にセレリア達は一瞬きょとんとするとすぐに笑った。

 

「気にするな。お前なら依頼を受けると私は思っていたからな」

「だな。俺としてはクソ面倒だが、お前が好条件を呑ませたから文句はねぇ」

 

セレリアは何を今さらと言わんばかりに笑っており、ハジメもまた呆れるような笑みを浮かべていた。

 

「………ん、ソル兄なら、人助けの為に動くと思っていた」

「そうですねぇ〜ソルさんはお人好しですからぁ」

 

ユエとシアからもそう言われてしまい、陽和は複雑な表情で笑うと肩を竦めてしまう。

 

「それによ、ソル。テメェ、仮にも俺らが依頼を拒否してもお前一人で行くつもりだったろ?」

『……っ、よく気づいたな』

「何年お前の親友やってると思ってんだ。そんなの簡単に分かるぜ。だからお前は俺を納得させる為にあんな条件を出したんだろ?」

 

まさしくその通りだ。

陽和個人ならばなんの条件もつけずにイルワの依頼を受けて現場に向かっていた。だが、確実性を高める為にハジメ達の同行はあったほうがいい。

だからこそ、陽和はあの三つの条件を出したのだ。

了承されればそれでよし。もしも、拒否されたとしても前二つの条件は呑ませて陽和はセレリアを連れてハジメ達と別行動を取るつもりだったのだ。

その意図に気付いたハジメは、一層呆れた表情を浮かべると陽和の肩を軽く叩いた。

 

「ナメんなよ?お前が一人で行くぐらいなら、クソみたいな依頼でもついて行くぞ。俺は親友に面倒ごとを全部任せるほど薄情じゃねぇつもりだからな」

『………ハジメ』

「テメェがお人好しなのはよく知ってんだよ。救える可能性があるのに、それを見過ごすのをテメェが容認するはずねぇ。テメェは助けれるなら助けねぇと気が済まねぇ性質の人間だからな」

『……………ったく、よく見てるな』

 

ハジメからの掛け値ない評価に陽和は照れ臭そうに笑いそう答えるしかなかった。

幼い頃からの親友にして弟分でもある彼にこうも本心を言い当てられたしまえば、取り繕うことすらできなかった。

周りを見れば、セレリア達も優しい生暖かい視線を向けており、もう何を言っても無理だなと陽和は悟る。

だから、陽和は開き直って全員に言った。

 

『……と、とにかく、依頼を受けるならきっちり達成しないとな。しかも、より良い形でだ。だから目標はウィル・クデタ本人の救出。並びに、他の冒険者達も救出。あるいは遺品の確保。これが最低条件で必須条件だ。いいな?』

 

開き直り依頼の成功条件を改めて告げる陽和に四人はそれぞれ頷く。

 

「ああ」

「おうよ」

「……ん」

「はいですぅ!」

『よし、なら早速行くぞ!【北の山脈地帯】へ!』

 

そう告げるや否や、陽和は“白桜”に魔力を込めて急加速で飛び出した。ユエとシアを前後に乗せたハジメも“シュタイフ”に魔力を込めて“白桜”の後を追うように飛び出した。

 

 





イルワですがハジメが神の使徒の行方不明者であることは気づいていますが、陽和に関しては7割方確信してるという感じですかね。後の3割は旅の途中で出会った仲間だったりと、別人の可能性がある為まだ断定したわけではありません。
それに、多分ですがイルワなら真偽はどうであれ教会には報告しないはずなんですよね。なにせ、原作でもハジメが教会と敵対することが確実と言っても教会に告発どころか、むしろ繋がりを持っておきたいというぐらいですし。
彼自身が持つ審美眼でその人柄を判断しているのでしょうね。流石は大都市のギルド支部長。


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