竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回は二万六千文字かぁ、気づいたらめっちゃ書いてたな。
そして、今回はサブタイトルを見ての通り、彼女達との再会です。果たしてどんな会話をするのか。


33話 意外な再会

 

 

 

広大な平原のど真ん中。

人々の往来によって踏み固められ自然とできた街道を爆走する二つの影がある。

白塗りの車体と黒塗りの車体、それぞれ二つの車輪だけで凹凸の激しい道を苦もせず突き進むのは陽和達一行だ。

 

時速は100kmは出ているかもしれない。

通報待ったなしで速度違反で捕まるのだが、生憎とかの世界には日本の法など適用されるわけがないので、彼らは遠慮なく魔力駆動二輪のスペックをフル活用して爆走していた。

ユエと陽和が風魔法で風を調整している為、自分達にあたる風は穏やかであり、また天気も快晴である為まさしく絶好のツーリング日和と言えるだろう。

実際にハジメの後ろに座るシアはウサミミをパタパタとさせながら、ハジメの肩に頭を乗せて全体重をかけて気持ち良さそうに微睡んでいる。

 

『このペースじゃ後1日ってところか。もう少し速度上げるか』

「そうだな。もう少し、早くすっか」

 

陽和の呟きに同意したハジメは共に速度を上げる。

陽和達は、ウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い街まで後1日というところまで来ていた。このまま休憩なしで行けば、おそらく日が沈む頃には到着するだろう。街に到着してからは、一泊し明朝から捜索を始める予定だ。

急ぐ理由はもちろん、時間が経てば経つほど、ウィル一行の生存率が下がるからだ。

 

しかし、理由はそれだけではない。

 

「しっかし、聞いた話によれば湖畔の街ウルは稲作が盛んなんだろ?早く食いてぇな米料理」

『一応、仕事しに行くんだぞ?そこらへん忘れるなよ?』

「わーってるよ。でも、日本人としちゃあ米料理と聞いて黙ってられねぇよ。だって、ソウルフードだぜ?」

『それは同意だ。ウルの米料理は絶品と聞くからな。俺も期待している』

 

もう一つの理由。それは、この世界で未だ食べれていない米料理が食べれるということだ。

彼らが向かおうとしている湖畔の町ウルは水源が豊かであり、町の近郊は大陸一の稲作地帯でもあるのだ。

稲作。そう、米である。

日本の主食である古き良きソウルフードだ。

日本人である彼らにとっては是が非でも食べたいと思うところだ。その為、ハジメに至っては仕事だと分かっていても、早く米料理が食べたいという気持ちが前面に出ていた。もっとも、陽和も食べたい気持ちはあるので、そこまで厳しく咎めはしなかったが。

 

「それほどか、なら私も楽しみだな」

「……ん、私も食べたい」

 

遠い目をして米料理に思いを馳せる二人に、セレリアとユエが表情を綻ばせて微笑ましそうな眼差しをむける。

 

「ふやぁ〜〜」

 

そんな中、シアだけは吹き付ける微風に気持ちよさそうな声をあげていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和達一行が目的地としている湖畔の町ウル。そこには驚くべき先客がいた。

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩くのは一人の子供だと見紛うような小柄な女性。

陽和の恩師にして、異世界人の中で唯一の教師の畑山愛子だ。どういうわけか、彼女はウルの街いて、更には普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせていたのだ。

 

なぜ彼女がこの街にいるのかというと、それは作農師としての遠征任務だ。

希少な天職“作農師”として各地の農地改善及び新農地の開拓任務に赴いている。それは、陽和が王宮で騒ぎを起こして脱出した後も変わらずであり、彼女は今日までその任務に従事していた。そして、当然愛子一人で遠征しているわけではなく、その能力の希少性から教会が数名の神殿騎士が護衛役として同行している。

神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド=ザーラー。

神殿騎士同副隊長チェイス=ドミノ。

近衛騎士ジョシュア=オーキーズ。

近衛騎士ジェイド=ハット。

この四名が代表的なメンバーであり、実力も確かなものである為。愛子の護衛としてはうってつけではあった。

しかし、ただ本当に守るというだけではなく、教会側は愛子を教会や王国に繋ぎ止める為に護衛をつけてもいたのだ。

なぜそう断定できるかというと、護衛騎士全員が全員、凄まじいイケメンだからな。つまりは、ハニートラップである。とはいえ、そのハニートラップ作戦は上層部の思惑とは正反対の方向へと迷走して、護衛騎士達は軒並み愛子の一生懸命な誠実さと空回るというギャップ的な可愛らしさに陥落。

むしろ、彼らが落とされてしまい愛子の信者になっていたのだ。なんとも情けない話だろうか。

 

初めこそ愛子の護衛は神殿騎士数名のみだったが、陽和が姿を晦まして以降はオルクス大迷宮の訓練に参加していない生徒達からも数名護衛として同行するようになった。

理由は愛子を騎士達の毒牙から守る為。

鈍感な愛子が気付かぬうちに騎士達の毒牙にかからないように彼女を魔物と騎士達から守る為に遠征に同行することになったのだ。

『愛ちゃんをイケメン軍団から守る会』改め、『愛ちゃん護衛隊』のメンバーはリーダーである園部優花を始め、宮崎奈々、菅原妙子、前田淳史、相川昇、仁村秋人、清水幸利の総勢七名だ。

 

この護衛隊に先陣を切って名乗りを上げたのは、陽和が信頼し想いを託した数少ない者達の一人である優花だ。

彼女だけは他の生徒達のように愛ちゃんを毒牙から守る為だけに同行しているのではない。

 

彼女は他ならぬ陽和から頼まれているのだ。

 

『どうか、俺がいない間先生を、俺の恩師を守って欲しい』と。

 

教会や王国の動きをある程度予想していた陽和は、愛子に護衛騎士を送った教会が善意で行ったわけがないということをほぼほぼ断定しており、教会の悪意から愛子を守ってほしいと頼んだのだ。

他にも優花には遠征で各地を回る為、何か有益な情報があれば集めて欲しいとも頼んでいた。

 

重吾にはオルクス大迷宮で共に戦う仲間達を守り、雫の負担を減らして欲しいと願い、優花には愛子の護衛として遠征に同行し、外で何かしらの情報を集めて欲しいという頼んでいたのだ。

その願いを受け取った優花は、度重なる失意と絶望で塞ぎ込んでいたクラスメイト達を叱咤、鼓舞して遠征に連れ出すことに成功したのだ。

そして、今から三週間ほど前に愛子を落とそうとしてくる護衛騎士達を威嚇しつつ次の遠征任務の場所であるウルの街にたどり着き任務と情報集めに勤しんでいた。

これまでの結果はめぼしい情報は得ることができず芳しくはなかったものの、各地を巡ることでこの世界に対する認識を深めることができたのはいいことだった。

 

しかし、ウルの街についてしばらくした頃に一つ問題が発生し、それが未だ解決の目処が立たないことから愛子は肩を落としていたのだ。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください」

 

元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと優花だ。

周りには他にも騎士達と生徒達がおり、口々に愛子を気遣っている。

愛子がここまで沈んだ様子を見せるのは、彼女の大事な生徒の一人であり、愛子の遠征に護衛隊として参加していた清水幸利がウルの街についてしばらくしてから行方を晦ましたからだ。

当然、愛子達は八方手を尽くして清水を探したが、その行方は全く知れず既に二週間が経過した。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、めぼしい情報は一つもなかった。

 

当初は事件に巻き込まれたのではと騒然となったのだが、清水の部屋が荒らされていなかったこと。

清水自身が『闇術師』という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持していること。

また、他の系統魔法についても高い適性を持っていたこと。それら、諸々の事情を考慮した結果、その辺のゴロツキにやられるとは思えず、今では自発的な失踪と半ば結論づけられている。

 

元々、清水は、大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなかった。クラスメイトとも、特別親しい友人はおらず、愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたぐらいだ。そんなわけで、既に愛子以外の生徒は、清水の安否より、それを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配だった。護衛隊の騎士達に至っては言わずもがなである。

 

王国と教会にも報告は済ませてある。どうやら、捜索隊を編成して応援に来るようだ。清水も魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメの時のように、上層部は楽観視していない。

捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

陽和がその事実を知れば、ブチギレ待った無しだ。知ればすぐにでも上層部に報復に赴くことだろう。愛子も優花もそれを想像して身震いしてたりする。

 

次々とかけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴る。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配であることに変わりはない。

しかし、それを表に出して、今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも、自分はこの子達の教師なのか!何よりも、信頼している陽和からも生徒達を頼むように託されている。ならば、教師として応えなければ!と。愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

無理しているのは丸分かりだが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、その様子を微笑ましげに眺めた。

 

カランッカランッ

 

そんな音を立てて、愛子達は、自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を〝水妖精の宿〟という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来らしい。

ウルディア湖は、ウルの町の近郊にある大陸一の大きさを誇る湖だ。大きさは日本の琵琶湖の四倍程である。小さな国ならば入ってしまうほどの大きさだ。

実際に、解放者達が戦っていた神代では、ウルディア公国という水上国家があったりする。

 

彼女らが泊まっている水妖精の宿は一階部分がレストランになっており、2階部分から上が客室になっている。内装は、落ち着きがあり目立ちはしないが細部までこだわりが見て取れる装飾の施された重厚なテーブルやバーカウンターがある。

天井には派手すぎないシャンデリアがあり、落ち着いた空気に花を添えていた。まさしく古き良き『老舗』という言葉が自然と湧き上がる、歴史を感じさせる宿だった。

 

当初、愛子達は、高級すぎては落ち着かないと他の宿を希望したのだが、『神の使徒』あるいは『豊穣の女神』とまで呼ばれ始めている愛子や生徒達を普通の宿に泊めるのは外聞的に有り得ないので、騎士達の説得の末、ウルの町における滞在場所として目出度く確定した。

元々、王宮の一室で過ごしていたこともあり、愛子達は宿の生活に次第に慣れ、今では、すっかりリラックス出来る場所になっていた。

農地改善や清水の捜索に東奔西走し疲れた体で帰って来る愛子達にとって、この宿でとる米料理は疲れを癒してくれる毎日の楽しみになっている。

そして、全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打ち堪能するのが日常の光景とかしていた。

 

「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」

「いや、それよりも天丼だろ?このタレとか絶品だぞ?日本負けてんじゃない?」

「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ?ホ○弁の天丼と比べちゃだめだよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。一時でも地球に帰ってこれたような気分にもなれるからだろう。何にせよ、落ち込んでいた生徒達の心を潤わせるには十分な代物だった。

提供される米料理は見た目や微妙な味の違いはあるのだが、発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだ。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもあるのだ。

まさに山の幸と湖の幸の宝庫と言っても過言ではないだろう。

美味しい料理で一時の幸せを噛み締め堪能している愛子達のもとへ、六十代くらいの口髭が見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん」

 

愛子達に話しかけたのは、この“水妖精の宿”のオーナーであるフォス・セルオ。

スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

 

愛子が代表してニッコリ笑いながら答えると、フォスも嬉しそうに「それはようございました」と微笑んだ。

しかし、次の瞬間には、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。普段何があっても穏やかに微笑んでいるフォスには似つかわしくない表情。何事かと、食事の手を止めて皆がフォスに注目する中、フォスが話し始めた。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

カレーが大好物の優花がショックを受けたように問い返した。フォスは申し訳ないような表情を浮かべて頷く。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね……」

 

愛子が眉をしかめ、他の皆も若干沈んだ様子で互いに顔を見合わせた。フォスは「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情になると、場の雰囲気を戻そうと明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

愛子達はピンと来ないようだが、食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げる。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはず。

同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのだ。騎士達の頭には、早速有名な“金”クラスの冒険者がリストアップされていた。そして、その中から誰がきそうなのかを各々が予想している。

 

愛子達が、デビッド達騎士のざわめきに不思議そうな顔をしていると、二階へ通じる階段の方から声が聞こえ始めた。男の声二人と少女三人の声だ。何やら少女の一人が男に文句を言っているらしい。それに反応したのはフォスだ。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

 

デビッド達騎士は、脳内でリストアップした有名な“金”クラスに、今聞こえているような若い声の持ち主は一人の例外を除きいないので、若干、困惑したように顔を見合わせた。

ちなみに、一人の例外とは“炎帝”の二つ名を持っている陽和のことであり、彼は表舞台に出ていないので当然脳内リストからカットされている。

そうこうしている内に、五人の男女は話ながら近づいてくる。

 

愛子達のいる席は、三方を壁に囲まれた一番奥の席であり、店全体を見渡せる場所でもある。一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる。

唯でさえ目立つ愛子達一行は、愛子が“豊穣の女神”と呼ばれるようになって更に目立つようになったため、食事の時はカーテンを閉めることが多い。今日も、例に漏れずカーテンは閉めてある。

そのカーテン越しに若い男女の騒がしめの会話の内容が聞こえてきた。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? 『ハジメ』さん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました?ユエさん。『ハジメ』さんが冷たいこと言いますぅ」

「……『ハジメ』……メッ!」

「へいへい」

「もう、シアこっちの部屋来るか?『ハジメ』がシアの扱い雑すぎて、何だか見てて可哀想になってきたぞ。ソルもいいだろ?」

『俺も構わ……いや、やっぱ却下で。シアをこっちの部屋に来させると、『ハジメ』達がおっ始める。正直、ウンザリする。お前はある意味俺達の安眠の為の犠牲だな。我慢しろ』

「そんなぁ!ソルさん酷い言い方ですよぉ!」

 

その会話の内容に、そして少女の声が呼ぶ名前に、愛子の心臓が一瞬にして飛び跳ねる。

彼女達は今何といった?

少年を何と呼んだ? 

少年の声は、『彼』の声に似てはいないか? 

愛子の脳内を一瞬で疑問が埋め尽くし、金縛りにあったように硬直しながら、カーテンを視線だけで貫こうとでも言うように凝視する。

 

それは、傍らの優花や他の生徒達も同じだった。彼らの脳裏に、およそ四ヶ月前に奈落の底へと消えていった、とある少年が浮かび上がる。

クラスメイト達に『異世界での死』というものを強く認識させた少年、消したい記憶の根幹となっている少年、良くも悪くも目立っていた少年。

 

尋常でない様子の愛子と生徒達に、フォスや騎士達が訝しげな視線と共に声をかけるが、誰一人として反応しない。騎士達が一体何事だと顔を見合わせていると、愛子がポツリとその名を零した。

 

「……南雲君?」

 

無意識に出した自分の声で、有り得ない事態に硬直していた体が自由を取り戻した。愛子は、勢いよく椅子を蹴倒しながら立ち上がると、転びそうになりながらカーテンを引きちぎる勢いで思いっきり開け放った。

 

シャァァァ!!

 

存外に大きく響いたカーテンの引かれる音に、ギョッとして思わず立ち止まる五人の少年少女。

愛子は相手を確認する余裕もなく、開けて真っ先に大切な教え子の名前を叫んだ。

 

「南雲君!」

「あぁ?……………………………………………先生?」

『…………!』

 

愛子の目の前にいたのは、片目を大きく見開き驚愕をあらわにする、眼帯をした白髪の少年がいた。傍には金髪の少女。ウサミミが特徴な青白い髪の兎人族の少女がいて、その後ろを仮面を被る赤髪の大柄な青年と白銀の髪と褐色の肌が特徴の狼人族の少女がいた。仮面の青年は白髪の少年よりも反応は薄いものの、どういうわけか愛子を見て少し驚いたような表情を浮かべていた。

仮面の青年がなぜ驚いているのかはわからない。愛子は自然と白髪の少年へと視線が吸い寄せられた。

 

記憶の中にある南雲ハジメとは大きく異なった外見だ。外見だけでなく、雰囲気も大きく異なっている。

愛子の知る南雲ハジメは、何時もどこかボーとした、穏やかな性格の大人しい少年だった。実は、苦笑いが一番似合う子と認識していたのは愛子の秘密である。

いつも陽和と親しげにしており、彼と対等な関係を築けていた親友の間柄の少年だ。

しかし、目の前の少年は鷹のように鋭い目と、どこか近寄りがたい鋭い雰囲気を纏っている。あまりに記憶と異なっており、普通に町ですれ違っただけなら、気づかないだろう。

 

だが、よくよく見れば顔立ちや声は記憶のものと一致する。そして何より……目の前の少年は自分を何と呼んだ?そう、『先生』だ。

決定的な一言に愛子は確信する。外見も雰囲気も大きく変わってしまっているが、目の前の少年は、確かに自分の教え子である『南雲ハジメ』だと!

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

 

死んだと思っていた教え子と奇跡のような再会。感動して、涙腺が緩み涙ぐむ愛子。

今まで何処にいたのか、一体何があったのか、本当に無事でよかった、と言いたいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。それでも必死に言葉を紡ごうとする愛子に返ってきたのは、全くもって予想外の言葉だった。

 

「いえ、人違いです。では」

「え?」

『は?』

 

予想外の言葉に思わず間抜けな声を上げて、涙も引っ込む愛子。なぜか、仮面の青年も驚いた様子を見せていた。

しかし、二人の反応を無視しスタスタと宿の出口に向かって歩き始めたハジメを呆然と見た愛子は、ハッと正気を取り戻すと慌てて追いかけハジメの袖口を掴む。

 

「ちょっと待って下さい!南雲君ですよね?先生のこと先生と呼びましたよね?なぜ、人違いだなんて」

「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で“チッコイ”て意味だ。うん」

『そんな方言ないだろ。なかなかに失礼なことを言うな。お前』

「そうです!それは物凄く失礼ですよ!ていうかどうして誤魔化すんですか?それにその格好……何があったんですか?こんなところで何をしているんですか?何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか?南雲君!答えなさい!先生は誤魔化されませんよ!」

 

愛子の怒声がレストランに響き渡った。幾人かいた客達も噂の『豊穣の女神』が男に掴みかかって怒鳴っている姿に、「女神に男だとっ!?そんな馬鹿なっ!!」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせている。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 

生徒達はハジメの姿を見て、信じられないと驚愕の表情を浮かべている。

それは、生きていたこと自体が半分、外見と雰囲気の変貌が半分といったところだろう。だが、どうすればいいのか分からず、ただ呆然と愛子とハジメを見つめるに止どまっていた。

 

(南雲…生きててよかった。……でも、紅咲は一緒にはいないのね……)

 

優花に関しては、陽和が探していた親友が生きていた事実に安堵していたが、同時に陽和は一緒にいないことに少し悲しい気持ちになっていた。

見たところ、ハジメと共にいるメンバーに陽和の姿はない。一人、仮面をつけた青年はもしかしたらと思うが、髪や目の色が違う為きっと違うのだろう。

だとすれば、彼は今もなおオルクス大迷宮にいるのではないだろうか?外に脱出した親友の姿を今もなお探し続けているとしたら、それは……

 

(あんたはまだ……南雲を探し続けているの……?)

 

未だ邪竜討伐の報告はおろか、発見すらされていない。だから、未だオルクス大迷宮に潜伏しているのではないかと思っている優花は、目標の一つであるハジメが無事に生きていることを伝えられないことにもどかしさを感じていた。

 

まぁ、その本人はハジメの後ろで事態の成り行きを見守っているのだが。それを優花が知るはずもない。

 

一方で、ハジメはというと見た目冷静なように見えるが、内心ではプチパニックに襲われていた。

まさか偶然知り合ったギルド支部長から持ち込まれた依頼で来た町で、偶然愛子やクラスメイトと再会するなどとは夢にも思っていなかったのだ。

あまりに突発的な出来事だったため、つい“先生”などと呟いてしまい、挙句自分でも「ないわぁ~」と思うような誤魔化しをしてしまった。愛子の怒涛の質問攻めに内心で手札を探るが、『逃げる』『人違いで押し通す』『怪しげな外国人になる』『愛ちゃんを攫っていく』という碌でもない自爆技のカードしか出てこない。特に最後のは意味不明だった。というか、陽和が断固として妨害するだろうから何もできやしない。

と言うか、それ以前にもうどう取り繕ってもバレているのは明白だった。だから、諦めて愛子の言葉を肯定する。

 

「ああ。久しぶりだな、先生」

「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね……」

 

再び涙目になる愛子に、ハジメは特に感慨を抱いた様子もなく肩を竦めた。

 

「まぁな。色々あったが、何とか生き残ってるよ」

「よかった。本当によかったです」

 

それ以上言葉が出ない様子の愛子を一瞥したハジメは近くのテーブルに歩み寄りそのまま座席につく。それを見て、ユエとシア、陽和とセレリアも席に着く。シアは困惑しながらだったが。ハジメ達の突然の行動にキョトンとする愛子達。ハジメは、完全に調子を取り戻したようで、周囲の事など知らんとばかりに、生徒達の後ろに佇んで事の成り行きを見守っているフォスを手招きする。

 

「ええと、ハジメさん。いいんですか?お知り合いですよね?多分ですけど……元の世界の……」

「別に関係ないだろ。流石にいきなり現れた時は驚いたが、まぁ、それだけだ。元々晩飯食いに来たんだし、さっさと注文しよう。マジで楽しみだったんだよ。知ってるか?ここカレー……じゃわからないか。ニルシッシルっていうスパイシーな飯があるんだってよ。想像した通りの味なら嬉しいんだが……」

「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」

「あっ、そういうところでさり気ないアピールを……流石ユエさん。というわけで私もそれにします。店員さぁ~ん、注文お願いしまぁ~す」

『ほぉ、飲み物も豊富だな。しかも、香辛料を使ってない料理も豊富だ。これは楽しみだな』

「このデザートも中々だ。これは……う〜ん、迷うなぁ」

 

最初は、愛子達をチラチラ見ながら、おずおずしていたシアも、ハジメがそう言うならいいかと意識を切り替えて、困った笑みで寄って来たフォスに注文を始めた。

陽和やセレリアも早速メニューを開き、一覧に目を通してどれを注文すべきか悩んでいた。

しかし、そこで待ったがかかる。勿論、愛子だ。

陽和達があまりにも自然にテーブルにつき何事もなかったように注文を始めたので再び呆然としていた愛子が息を吹き返し、ツカツカとハジメのテーブルに近寄ると「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシペシ!と叩いた。

彼女自身本気で怒っているのだが、テーブルを叩く音からもわかる通り、悲しいことに全く威厳が感じられない。

 

「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

愛子の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたので、ようやくハジメが四ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、ハジメの回答を待った。

ハジメは少し面倒そうに眉をしかめるが、どうせ答えない限り愛子が持ち前の行動力を発揮して喰い下がり、落ち着いて食事も出来ないだろうと思って、仕方なさそうに視線を愛子に戻す。

 

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらが……」

 

ハジメが視線をまず仮面の青年ー陽和と狼人族の少女ーセレリアに向ける。

陽和とセレリアはメニューから視線を離すと、軽く頭を下げる。

 

()()()()()。ソルレウス・ヴァーミリオンと申します。彼とは旅の途中で出会い、パーティーを組んで共に旅をしている仲です。以後お見知り置きを』

「セレリア・ベルグライスだ。私はソルの従者として彼の旅に同行していたが、ハジメ達と共に旅を始めたのでついてきたしがない狼人族の者だ』

 

陽和とセレリアは表向きには主従関係ということにし、陽和とセレリアが旅をしている道中でハジメ達と出会い共に旅をしているという設定にしている。

基本的に外ではそういう設定であり、それは同郷の優花達に再会したとしても変えようとはしなかった。

陽和が信頼し手紙を託した者達だけだったならば正体を明かしてはいたが、他のクラスメイトの他に神殿騎士達までいるので、初対面という体を装っている。

ハジメ達にも念話でうっかり口を滑らせないようにしっかりと口止めもしている。

 

「え、あ、はい。ど、どうも、ご丁寧にありがとうございます。私は畑山愛子です。後ろにいるのが私の生徒さん達と護衛騎士の方々です」

 

ハジメの対応とは打って変わって、丁寧な対応に愛子は一瞬唖然とするものの社会人としてすぐさま頭を下げて自分も名乗ると、ついで後ろにいる優花達生徒やデビッド達護衛騎士も簡潔に紹介していく。

優花達が慌てて頭を下げ、自己紹介を済ませると陽和達はもう一度頭を下げた後メニューへと視線を戻した。

 

「そんで、こっちの二人が……」

 

そして、陽和達の自己紹介が終わった為残る二人の方へと視線が向けられ、ハジメが紹介しようとするが、その前に二人は口を開き、愛子達にとって衝撃的な自己紹介をした。

 

「……ユエ」

「シアです」

「ハジメの女」

「ハジメさんの女ですぅ!」

「お、女?」

 

愛子が若干どもりながら「えっ?えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 

「おい、ユエはともかく、シア。お前は違うだろう?」

「そんなっ!酷いですよハジメさん。私のファーストキスを奪っておいて!」

「いや、何時まで引っ張るんだよ。あれはきゅ『南雲君?』……何だ、先生?」

 

シアの『ファーストキスを奪った』という発言で、遂に情報処理が追いついたらしく、愛子の声が一段低くなる。愛子の頭の中では、ハジメが二人の美少女を両手に侍らして高笑いしている光景が再生されているようだった。表情がそれを物語っている。

 

顔を真っ赤にして、ハジメの言葉を遮る愛子。

その顔は非行に走る生徒を何としても正道に戻してみせるという不退転の決意に満ちていた。

そして、“先生の怒り”という特大の雷が、ウルの町一番の高級宿に落ちた。

 

「女の子のファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんて!直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか!もしそうなら……許しません!ええ、先生は絶対許しませんよ!お説教です!そこに直りなさい、南雲君!」

 

きゃんきゃんと吠える愛子を尻目に、面倒な事になったとハジメはため息をつく一方で、陽和とセレリアはというと……

 

『お、これとか美味そうだな』

「あぁ確かにな。だが、私はこっちも捨てがたいな」

『どうせ全メニュー制覇するつもりだし、小皿もらって分けるか?』

「それはいいな。なら、それでいこう」

『すいません。ここから、ここまでの料理全部くださーい』

 

関係ないのをいいことに、呑気にメニューを見てどれを食べるか、果てにはシェアしてメニュー全制覇しようとまで話し、大量の料理を注文しようとしていたのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

散々、愛子が吠えた後、周囲の目もあるからとVIP席へと案内された陽和達。そこで、改めて愛子や優花達の怒涛の質問が投げかけられたわけなのだが、ハジメは目の前にある今日限りのカレーもどき、正式名称をニルシッシルに夢中であり、適当に返していた。

 

Q、橋から落ちた後、どうしたのか?

A、超頑張った

Q、なぜ白髪なのか

A、超頑張った結果

Q、その目はどうしたのか

A、超超頑張った結果

Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

A、戻る理由がない

 

と、こんな感じで、取りつく島がなかった。

 

「真面目に答えなさぁいっ!!」

 

流石の愛子もこれには頬を膨らませて怒る。だが、全く迫力がないので哀れである。

しかし、ハジメは柳に風といった様子でまともに取り合う気が微塵も感じられない。目も合わせずに時折、ユエやシアと感想を言いながら料理に舌鼓を打っていた。

人の話を無視しているというのに、表情はとても満足げだ。

 

陽和はというと、そんな彼の様子に内心で「先生、本当にうちのバカがすみません」と謝罪しつつ、自分からは何も言えないので、大量の料理を食べて気を紛らわせていた。セレリアもそんな彼の内心を察してはいたが、同じく何もできないので普通に料理を堪能している。

ハジメ達の様子に苛立ったのか、デビッドが目をギンっと釣り上げて拳をテーブルに叩きつけて大声を上げた。

 

「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ!」

 

ハジメは、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。

 

「食事中だぞ?行儀よくしろよ」

 

全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに、元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にする。

そして、何を言ってものらりくらりと適当な対応をするハジメから矛先を変え、その視線がシアとセレリアに向いた。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前達の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ?少しは人間らしくなるだろう」

 

侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメの存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。

つまり、陽和達と旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのだ。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがありシュンと顔を俯かせるシア。

しかし、セレリアは表向きは亜人族だが、そもそも魔人族である為、差別的言葉の暴力を受けても全く動じずに一度デビッドに視線を向けただけで、すぐに視線を料理に戻すという「それがどうした?」と言わんばかりの態度をとっていた。

その態度が更に癪に触ったのか、セレリアとその主人たる陽和に狙いが変わった。

 

「ふんっ、亜人を従者など、馬鹿馬鹿しい。醜い獣モドキを従者にするなど同じ人間として恥ずかしいな。気が触れてるとしか思えん。精々奴隷扱いがいいところだろうに。食事の時も床に這いつくばらせて家畜のように食わせてやればいいのだ」

「デビッドさん!それは言い過ぎです!」

 

シアよりも更に酷い言葉に愛子が思わず注意する。だが、デビッドは愛しの愛子から咎められても尚セレリアと陽和に侮蔑の視線を向けている。

 

「愛子も教会から教わっただろう?亜人族は神から見放された下等な種族。生かされているだけで感謝すべきものなのだ。ただでさえ、同じテーブルに着いているだけでも腹立たしいのに、奴隷ではなく従者だと?巫山戯るのも大概にして欲しいものだ」

「私達と殆ど変わらない姿じゃないですか!それをどうしてそこまで嫌悪するんですか!」

 

愛子はあまりな物言いに遂には立ち上がって抗議する。愛子達だけでなく、優花達生徒組も食事の手を止めてデビッド達を見ている。その表情は明らかな嫌悪に満ちており、ここまで露骨な差別的発言をするデビッドを心底嫌悪したのだ。

 

しかし、デビッド含め騎士達にとってはこれが普通だった。チェイス達他の騎士達もデビッドと同様の視線をシアとセレリアに向けていた。彼らがいくら愛子達と親しくしたとしても、所詮は神殿騎士と近衛騎士だ。差別的価値観の元凶たる教会や国の中枢に近いからこそ、それに比例して亜人族に対する差別意識も強い。愛子達と関わることで多少は柔軟な思考ができるようにはなったものの、根底にある価値観までは変わっていない。

 

『……………』

 

しかし、ここまで言われても陽和とセレリアは全く動じてすらいなかった。むしろ、哀れむような視線をデビッドに向けてすらいたのだ。

仮面の奥から覗く翡翠の眼光と銀髪の隙間から覗く琥珀の眼光。冷徹と憐憫を宿す二つの視線に、デビッドは気圧されたのか少し怯んだ。

それに気づいたデビッドは一層怒りを募らせる。亜人族とそれを従者にしている精神異常者だと思っている二人に逆に哀れまれたのだからだ。

怒りは一層エスカレートする。愛子からも咎められて我を失っているらしい。

 

「ふ、ふんっ、ここまで言われて何も言わないなど、何か言ったらどうだ!?それとも、神殿騎士には逆らえんからただ黙って聞いているだけかっ?ふんっ、この腰抜けがっ…『黙れ。小物が』っっ!?」

 

苦し紛れにいった言葉の途中で陽和が被せるように言い放った言葉は、デビッドを唖然とさせるには十分だった。

心なしか空気が冷たくなったような感覚に陥った愛子達が息を呑む中、陽和が冷ややかな眼差しを向けて口を開く。

 

『さっきから黙って聞いていれば、よくもまぁそこまでベラベラと人を侮辱するような言葉が出てくるものだ。いやはや、流石は狂信者集団の騎士だ。口から出てくる侮蔑の言葉の引き出しも多いのだな』

「きょ、狂信者だとっ!?」

 

神をも恐れぬ無礼な物言いにデビッドは驚愕を通り越して、唖然として口をパクパクとさせてしまう。他の騎士達も唖然としており、動揺が大きすぎたことが窺える。

そんな彼らの様子を見て陽和は、尚も無礼な物言いを、もとい挑発を続ける。

 

『事実だろ?神が定めたことが全てと言い、亜人族…いや、獣人族を神から見放された種族だと愚弄する。神の言うことに盲信する思考停止の狂信者。それがお前達、聖教教会だ。全く、反吐が出る。薄汚くて醜いのはお前達のほうだ。特に心が特に汚い。しつこくこびりついた腐った臭いがしてきてせっかくの美味い料理が不味く感じてしまうよ』

 

やだやだと悪臭を払うように手を振りながら露骨に侮辱する陽和。その様子に愛子達や騎士達が絶句し硬直する中、ハジメ、ユエ、セレリアはよく言ったと言わんばかりに頷いている。シアも驚いてはいたが、それはすごいと言った感嘆の意味での驚きだった。

 

デビッドは限界を超えた怒りにワナワナと体を震わせると、血走った目を陽和に向けて遂に傍の剣の柄に手をかけた。

 

「………この、神を愚弄する異端者め。今すぐ裁きを下してやるっ」

 

無表情で目だけが血走っているデビッドは、そう呟き剣を鞘から抜こうとする。

突如発生した修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子が止めようとする。騎士達が止めようとしないのは、同じ気持ちだったからだろう。

そして、デビッドが剣を鞘から更に引き抜き剣身を覗かせた次の瞬間、

 

ドパンッ!!

「づぅっ!?」

 

乾いた破裂音が響き、デビッドの剣にかかっていた手が何かに弾かれたように勢いよく跳ねて剣がその勢いで床に落ちてカシャン!と派手な音を立てる。

直後、手を打った激痛に顔を顰めたデビッドは何事かと動揺に表情を染め上げた直後、

 

ドゴンッッ!!

「つっ!?」

 

今度は、デビッドの頭上に氷槌が作り出されて、それが勢いよく振るわれデビッドの頭頂部に直撃する。デビッドは鈍い音を立ててテーブルに頭を勢いよく打ち付けた。そのまま失神でもしたのか、テーブルに突っ伏したままぴくりとも動かなかった。

 

「「「「「…………………」」」」」

 

突然のことに、誰もが正しく認識できずに唖然とした。大きな音に何事かと駆け込んできたフォスも、目の前の惨状に目を丸くしている。

その代わりに、フォスが入ってきたことで愛子達は我を取り戻し、二つの音の元凶へと自然を向けていた。

 

座る陽和の左右ではハジメとセレリアが立ち上がり、ハジメが右手でドンナーを。セレリアが左手を突き出して紫の魔力の輝きを纏っていた。

自分達の世界にあれどこの異世界には存在しないはずの未知の武器銃があることと、亜人族であるはずの彼女が魔法を使ったこと。その二つの事柄は彼女達を驚かせるには十分だった。

何が何だかわからないものの、騎士達は今デビッドがやられた原因が二人にあると理解するや一斉に剣に手をかけようとするが、その直前、

 

『動くな』

 

冷酷な一言と共に騎士達の殺気を塗り潰すほどの強大な殺気が叩きつけられ、さらには物理的な重圧ーつまり、重力場が騎士達にのみ発生して騎士達を座らせるどころか、地面に強制的に跪かせる。

膝をつくどころか、顔すらも床についてまさしく這いつくばらされる格好を取らされる騎士達は訳が分からず混乱していた。

愛子達もその殺気を直接浴びているわけではないと言うのに、その余波でガタガタと震えてしまっている。濃密な殺気が大気を震わせねいるのではと錯覚しかねないほどに強力なのだ。

その殺気と重力場を放った元凶である陽和は、自身の左右に立つ二人に視線を向ける。

 

『おい、別にお前らがやらなくても良かったんだぞ?』

「仮にお前に任せていたら、あの痴れ者が完全に剣を抜いた瞬間、殺していただろ?ここでの殺しは面倒だから私たちが代わりにやっただけだ」

「セレリアの言う通りだ。テメェ、俺にはあまり殺すなと言っていたくせに容赦なく殺そうとしていたろ」

『………基本的に俺は教会の人間と敵対したならば容赦はしないと決めているからな。教会の人間ほどこの世界で面倒な奴はいない』

 

セレリアとハジメの言葉に陽和は何食わぬ顔でそう答えると席から立ち上がる。そして、腰の鞘からヘスティアを抜くと鋒を無様に這いつくばる騎士達へと向ける。

 

『さて、なぜお前達がこうして無様に地面に這いつくばってるか分かるか?』

「ぐ、な、なに……?」

 

訳がわからないと重力場の中で視線だけを動かして見上げる騎士達を見下ろしながら、淡々と告げた。

 

『簡単なことだ。お前達が俺の仲間達を侮辱したからだよ。亜人族だからと、侮蔑し、しまいには家畜のように扱え?ふざけるなよ。これだから、教会の人間は嫌いなんだよ。たかが身体的特徴。たかが魔力の有無。たったそれだけのことで下等だと高貴だと優劣をつける。

俺はそれが気に入らない。俺はお前達とは違う。俺は、どんな種族であろうと差別はしない。どの種族も等しく『人』として扱う。そして、セレリアもシアも俺の大事な旅の仲間だ。だから、彼女達の侮辱を俺は許さない』

「「「「っっ‼︎‼︎」」」」

 

最後の一言ともに威圧を増した濃密な殺気に騎士達が遂に声を出すことすらできずに、恐怖に顔を青ざめガタガタと震える。そんな中、少し恐怖から回復した愛子が意を決して震えつつも声を上げる。

 

「ヴァ、ヴァーミリオンさん。デビッドさん達の非礼は私がお詫びします。だ、だから、どうか、その殺気をおさめてくれませんか?」

『…………』

「あ、愛子……」

「せ、先生……」

 

愛子が震える体に鞭打って頭まで下げる姿に、騎士達や優花達が冷や汗を滲ませる。一歩間違えれば殺されかねないような状況に身を投じているのだから、心配するに決まっている。

陽和はそんな彼女をじっと見据えると、やがて殺気と重力場を解いて騎士達を解放するとヘスティアを鞘に仕舞うと背を向ける。

 

『彼女に免じて今回は見逃してやろう。ただ、次はない。次俺の前で仲間を侮辱するなら、もう明日はないと思え』

「はい、ありがとうございます」

 

そうして陽和は席に戻り食事を再開する。

セレリアは彼が落ち着いたのを見ると自分も手を下ろして座る。ハジメはドンナーをゴトッとわざとらしく音を立てながらテーブルの上に置くと、愛子達を見据えながら宣言する。

 

「一応、言っておくが、俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わってほしいとも思わない。一々、今までのこととか、これからのこととかを報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。それでお別れだ。あとはお互いに不干渉でいこう。

あんたらがどこで何をしようと好きにすればいい。ただ、俺達の邪魔はするな。そして、ソルの言う通り、俺達にちょっかいもかけようとするな。もししたら、その時は殺す。うちのリーダーは怒らせるとおっかねぇのはよく分かっただろ?だから、俺達に関わるな。いいな?」

 

その問いかけに、誰も答えられなかった。

騎士達や生徒達は未だ陽和からの殺気の動揺と恐怖が大きかったと言うのもあるのだが、愛子は、ここで頷けば何もわからないまま変貌した教え子を放置してしまうことになると分かっているから頷くことができなかったのだ。それは、彼女の教師としての矜持に反していた。

そして、殺気は解かれたものの未だに動揺は大きかった。奈々や妙子は明らかに怯えており、淳史達は明らかに緊張して固まっている。唯一、優花だけは疑惑と驚愕が入り混じった表情を、陽和へと向けていた。

陽和達は何事もなかったかのように、食事をしており、シュンとしているシアにハジメが話しかけた。

 

「おい、シア。いつまでそうしてるんだ。これが“外”の普通だ。分かってたことだろ」

「はい。そうですよね……。分かってはいるのですけど……。やっぱり、人間の方にはこのウサミミは気持ち悪いのでしょうよね」

 

自嘲気味に自分のウサミミを手で撫でながら苦笑いをするシアに、ユエとセレリアが真っ直ぐな瞳を向けて慰める。

 

「……シアのウサミミはうっさうさで可愛い」

「そうだな。シアの耳の触り心地は心地いいぞ」

「………そうなのでしょうか?」

 

2人から慰められてもなお、自信がなさげなシアに、次はハジメは若干呆れた様子で、陽和が穏やかな笑みを浮かべて慰める。

 

「あのな、こいつらは教会やら国の上層部に洗脳じみた教育を受けて忌避感が半端ないだけで、世界的には兎人族は愛玩奴隷として一番需要あんだから、そこまで気落ちしなくてもいいだろ」

『ああ、別にウサミミと尻尾があるだけで他は大差ないからな。いちいちそんなことを気にしてたらキリがない。あんなバカどもの言うことなんざ耳を貸さなくていいんだぞ』

「そう……でしょうか。……あ、あの、ちなみにハジメさんは……その……どう思いますか……私のウサミミ」

 

ハジメの言葉が慰めであると察して、少し嬉しそうなシアは、頬を染めながら上目遣いでハジメに尋ねる。

ウサミミは、「聞きたいけど聞きたくない!」というようにペタリと垂れていたが、時々、ピコピコとハジメの方に耳を向けていた。内心が隠せていなかった。

 

「……別にどうも……」

 

そんなウサミミをチラリと見たハジメは、何かを誤魔化すように視線を食事に戻し、ぶっきらぼうに答えた。少し残念そうにふにゃりと垂れるウサミミ。

しかし、ユエ達が嘘は許さんと言わんばかりにすかさずフォローを入れた。

 

「……ハジメのお気に入り。シアが寝てる時にモフモフしてる」

「ああ、モフってたな。それはもうこれでもかと」

『シアが外でうたた寝してる時にもしてなかったか?ハジメ、嘘はよくないぞ』

「お前らっ!?それは言わない約束だろ!?」

「ハ、ハジメさん……私のウサミミお好きだったんですね……えへへ」

 

シアが赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンし、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。

フォローを入れた三人はドヤァ!という笑みを浮かべている。陽和だけは仮面でわからなかったが、弧を描く口の様子で容易に分かった。ハジメがドンナーに手を伸ばしかけたが、すんでのところで止まる。

その様子をセレリアはくすくすと笑いながら陽和へと話しかける。

 

「ソル。そっちの皿のもの取ってもらってもいいか?」

『ああ、いいぞ』

「ありがとう。それはそうと、ソルも私の耳やしっぽをモフりたいと思ったりするのか?」

『……何言い出してんのお前』

 

突然の爆弾発言に陽和は思わず食事の手を止めて、セレリアを凝視する。仮面の奥の翡翠の瞳は、半目ほどに細められていた。

セレリアが耳をピコピコと器用に動かしながら、言う。

 

「なに、偶に私の耳や尻尾を見ていることがあったからな。言ってくれればもふらせてやらんこともないぞ?」

『…………』

 

セレリアの言葉に陽和は図星かのように露骨に視線を逸らした。

何を隠そう、陽和は時折セレリアの狼耳と尻尾に視線を向けており、もふりたいと思っていたことがあるのだ。

それを見抜かれていたのか、楽しそうに、蠱惑的に微笑むセレリアから陽和は何かに気付いたのかため息をつくと彼女の頭に手を伸ばしてポンポンと撫でる。

 

『………はぁ、悪ノリはそこらへんにしろ。お前もあいつらに嫌なことを言われて胸糞悪いのは分かってるから、これで手打ちにしてくれ』

「!!」

 

セレリアとて先程のデビッドの言葉に何も感じ無かったわけではない。自分がいくら亜人族に変装している魔人族だからといって、自分が家畜を見る目で見られたことは、不快にさせるには十分だったのだ。

だから、シアが慰められる光景を見て、自分も陽和に慰められたいと思い、悪ノリして言ったのだ。

 

「……ふふ」

 

内心を簡単に見透かされたセレリアは、嬉しそうに表情を綻ばせる。彼女の尻尾は内心の嬉しさの大きさを表すようにパタパタと左右に大きく揺れていた。

 

ついさっきまで下手をすれば皆殺しにされるのではと錯覚しそうな緊迫感が漂っていたのに、今は何故か桃色空間が広がっている不思議に、愛子達も騎士達も目を白黒させた。しばらく、陽和達のラブコメちっくなやり取りを見ていると、相川がポツリとこぼす。

 

「あれ? 不思議だな。さっきまで南雲とあの仮面の人のことマジで怖かったんだけど、今は殺意しか湧いてこないや……」

「お前もか。つーか、あの三人、ヤバイくらい可愛いんですけど……どストライクなんですけど……なのに、目の前でいちゃつかれるとか拷問なんですけど……」

「……南雲の言う通り、何をしていたか何てどうでもいい。だが、異世界の女の子と仲良くなる術だけは……聞き出したい!……昇!明人!」

「「へっ、地獄に行く時は一緒だぜ、淳史!」」

(何やってんだ。あいつらは)

 

グツグツと煮えたぎる嫉妬を込めた眼で、ハジメと陽和をを睨みながら、一致団結する愛ちゃん護衛隊の男勢三人。すっかり、シリアスな雰囲気が吹き飛び、本来の調子を取り戻し始めた女生徒達は、そんな男子生徒達に物凄く冷めた目を向けていたが、興奮する男子達は突如感じる寒気に肩をビクンッと振るわせた。

陽和も陽和でクラスメイトのちょっとした醜態に呆れ笑いを浮かべる。

 

チェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共に陽和達に問い掛けた。彼らの事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があった。

 

「ヴァーミリオン殿と南雲君でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」

『神経過敏でいきなり人殺しか?随分と程度の低い奴だな。あぁ、今更な話か』

 

陽和の嫌悪感がむき出しになった露骨な侮辱にチェイスの眉が一瞬ピクッとなるが、微笑というポーカーフェイスは崩れない。そして、頭の回転が早いチェイスの見立てでは到底放置できない、目の前のアーティファクトらしき物と陽和が持っていた竜聖剣に目を向けいきなり切り込んだ。

 

「ヴァーミリオン殿。貴方が所持しているその剣。私の見間違いでなければ、アーティファクトですよね。しかも、勇者様が所持する聖剣に匹敵するのではないかと言うほどの代物。そして、南雲君が所持しているそのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。どちらも相当珍しいものです。一体、何処で手に入れたのでしょうか?」

 

微笑んでいるが、目は笑っていないチェイス。

陽和が所持する竜聖剣。それは、少し見ただけでもあの聖剣に劣らないレベルの最上位のアーティファクトだと分かり、教会の人間としてそれほどの強力な武具をどこで手に入れたのか聞かなければ無かった。

ハジメのドンナーも同じだ。先ほどのやり取りで、魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考える。

そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねない。だからこそどうしても、聞かずにはいられなかったのだ。

だが、その問いはあっけなく却下される。

 

『何故お前達にそれを話す必要がある?理由がないな』

 

陽和が目を細めてチェイスを見据える。チェイスが先程の威圧を思い出しビクッと体を震わせたものの、それでも何かを言おうとして、淳史の興奮した声に遮られた。

 

「な、南雲。それ銃だろ!?何で、そんなもん持ってんだよ!」

 

玉井の叫びにチェイスがすかさず反応する。

 

「銃?玉井は、あれが何か知っているのですか?」

「え?ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな」

 

玉井の言葉にチェイスの眼が光る。そして、ハジメをゆっくりと見据えた。

 

「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」

「俺だな」

『おい、そこは明かすなよ』

「いいだろ別に。明かしたところでこいつらには何もできねぇよ」

『………』

 

ハジメは、あっさりと自分が創り出したと答えた。陽和がすかさず咎めるものの、ハジメはにべもなくそう返す。ハジメの言い分は尤もなので、陽和もそれ以上は咎めはしなかった。

チェイスは、陽和やハジメ達は秘密主義者という印象を抱いていたため、あっさり認めたことに意外感を露わにした。

 

「あっさり認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか? それは……」

「この世界の戦争事情を一変させる……だろ?量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ?当然、全部却下だ。諦めろ」

 

取り付く島もないハジメの言葉。あらかじめ用意していた言葉をそのまま伝えたようだ。だが、チェイスも諦める気はない。銃はそれだけ魅力的だったのだ。

 

「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ?ならば……」

「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなす。その時は……戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」

 

ハジメの静かな言葉に全身を悪寒に襲われ口をつぐむチェイス。すかさず陽和へと視線を向ける。

 

「ヴァーミリオン殿。一つ提案なのですが『何も応じる気はない。とっとと諦めろ』…っっ、で、ですが、話を聞かないで断るのはあんまりでは?せめて話を聞いてからでも……」

『言わんでもわかる。大方、こいつをよこせと言うんだろう?却下に決まってるだろ。誰がお前らに渡すかよ。この剣は俺のものだ。俺にしか扱うことはできないし、こいつも俺以外に扱われることを望んでいない』

 

陽和が視線を鋭くしながら、はっきりと告げる。

陽和の言う通り、チェイスは陽和に竜聖剣の引き渡しを要求しようとしていた。聖剣にも匹敵する最上位に位置するであろう竜聖剣は、教会のもとで厳重に管理するべきだと考えていたのだ。

だが、それを陽和が許すわけがないので、当然却下される。しかし、チェイスも引き下がるつもりはないのか、まだ交渉を続ける。

 

「も、勿論、ただでとは言いません。相応の金額はお支払いします。いえ、それだけじゃない。アーティファクトもいくつか提供しましょう。どうですか?一生遊んでも有り余るほどの膨大な金額と複数のアーティファクト。悪くない条件でしょう?ですから「いい加減にしてください。チェイスさん」っ、あ、愛子殿っ?」

 

引き下がらずに半ば暴走しかけていたチェイスだったが、最後に「その剣をお譲りください」と言おうとして遮られた。

 

畑山愛子によって。

 

愛子はデビッドに咎めるような視線を向ける。

その視線は、普段の空回りする彼女が見せるとは思えない強い意志の籠ったものであり、チェイスは少し驚く。そしてこれには、チェイスだけでなく彼女をよく知る者達全員が少し驚いた様子を見せた。

唯一陽和だけは嬉しそうに口の端を吊り上げていたが。

愛子は口を開くと、チェイスにはっきりとした口調で告げる。

 

「チェイスさん。彼らには彼らの考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。ヴァーミリオンさんにもです。先程の非礼の直後にまた繰り返すなんて失礼にも程がありますよ。

それに、彼はあの剣をとても大切にしているようにも感じます。そんな人からあの剣を取り上げようとするなんて、私は認めません」

「っっ、し、しかし……」

「しかしではありません。もしも、これ以上言うようならば、貴方達の護衛はいりません。すぐに王都に帰ってください」

「……くっ、わ、わかりました」

 

今までにない強い口調にチェイスは折れたのか、悔しそうにしつつも顔を俯かせて席に座る。流石に、護衛騎士を解任すると言われては黙らざるを得ないのだろう。

愛子は陽和へと振り向くと、再び頭を下げる。

 

「ヴァーミリオンさん。重ね重ね申し訳ありません。彼らには同じことを繰り返さないようあとでキツく言っておきます。勿論、デビッドさんにもです」

『そうしてもらえるとありがたいです。貴女が何も言わなかったら、私は彼を殺してましたよ。貴女の言葉ならそちらの愚図共も大人しく従うでしょう。わざわざ殺す理由もありません』

「はい、それと南雲君は、本当に戻ってこないつもり何ですか?」

 

陽和との話が終わった愛子はハジメへと振り向いてそう尋ねた。

 

「ああ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」

「どうして……」

 

愛子が悲しそうにハジメを見やり、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立った。いつの間にか、ユエやシアも食事を終えていた。

陽和とセレリアも7割方食べ終わってはいたが、まだ食べるつもりなのかメニューを開いていた。ハジメはそんな彼らに内心呆れつつも尋ねる。

 

「ソル、お前らはまだ食べるのか?」

『ああ、ここの料理めちゃくちゃ美味くてな。もう少し食べたいんだ』

「私もだ。まだ食べ足りん」

「そうか。なら、先に部屋に戻ってるぞ」

『おう』

「あっ、ちょ……」

 

陽和達と短く言葉を交わしたハジメを愛子が引きとめようとするが、ハジメは無視してユエとシアを連れ二階への階段を上っていってしまった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ハジメ、ユエ、シアが去った後、残った陽和とセレリアは尚も食事を続けている。

頼んだ料理を次々と分け合い、和気藹々と食べ合っているが、彼らの周囲の空気は最悪の一言で、騎士達は陽和達に憎悪と殺気がこもった視線を向けており、生徒達は困惑と不安が入り混じる視線を向けている。

そんな中、愛子は静かに口を開き尋ねた。

 

「ヴァーミリオンさん。一つつかぬことをお聞きしてもいいでしょうか?」

『構いません。なんですか?」

「南雲君とはどこで出会ったんですか?」

 

愛子は少しでもハジメの足跡を知りたく、陽和にそう尋ねる。何も知らないまま放置などできないし、大事な教え子がどんな足跡を辿ったのか、その一部でも知りたかったのだ。

陽和は真剣な視線をまっすぐに向けてくる愛子をしばし見ると、スプーンを置いて答える。

 

『全ては流石に教えできませんが、可能な範囲お答えしましょう』

「っっ、あ、ありがとうございます」

『いえいえ。それでどこで出会ったかですね。彼と出会ったのは、ブルックの町です。冒険者として活動拠点にしていた宿で出会ったんですよ」

「ブルックの町でですか?」

『ええ、食事の際に席が隣でしたね。意気投合して目的も一致していたことから、共に旅をするようになったんです』

 

陽和は旅の道程こそ嘘は言っていないものの、出会に関しては白々しく嘘をついて話す。

正体を隠している以上、ハジメとは旅の途中で出会ったことにしているため、こういったフェイクストーリーを陽和は脳内で構成していたのだ。

隣でセレリアがジト目を向けているが、知ったことではない。

出会いを聞いた愛子は次の質問をする。

 

「その、南雲君は私達について何か話していましたか?」

『…………』

 

次に聞いたのは、彼が自分達をどう思っているのかについて。あんな別れ方をした上に、再会したにも関わらず、自分達のことなどまるで眼中にない様子だったからだ。

陽和らその問いかけにしばし黙り込むと、はっきりと答えた。

 

『…………いえ、何も』

「っっ、そう、ですか……」

 

愛子が肩を落とし残念そうに、かつ悲しそうに肩を落とす。他のクラスメイト達も悲しそうな表情を浮かべる。

死んだと思っていたクラスメイトが生きていたことは嬉しいの確かだったが、それ以前に自分達は彼を“無能”と蔑んでいたし、檜山達のいじめを見て見ぬ振りをしていた。そして、あの“誤爆”事件のこともあり、自分達のことをどうでもいいと思われても仕方ないと思っていた。

これまで自分達がしてきた仕打ちを思い出し、彼の在り方が変わってしまったことに何も言えない彼らに、陽和は穏やかに微笑むと静かな声音で優しく言った。

 

『………彼から奈落に落ちるまでの話を聞きました。それを鑑みれば、貴女方に無関心になるのも致し方ないかと思います。ですが、そうではないと思いますよ』

「え?そ、それはどういうことですか……?」

『今の彼はただ目的の為に必死に足掻いてるだけということですよ』

『???』

 

陽和の言葉に揃って首を傾げる愛子達。

あの変貌した姿や、自分達に対する態度の変化などが必死に足掻いていると言われてもピンと来なかった。だから、彼は答える。

 

『彼の目的は、故郷にいる家族の元に帰ることです。魔人族との戦争なんてどうでもいいし、神が助けを求めているとかも知ったことではない。

彼は、ただ家族の元に帰りたいから、今必死に足掻いているんです。貴女方に無関心なのも、構う余裕がないからだと私個人は考えています』

『ッッ‼︎‼︎』

 

愛子達は全員息を呑んだ。

家族の元へ帰る。それは、異世界に召喚された自分達全員が抱えている願いでもある。その為に、魔人族との戦争に応じたのだ。

ハジメは自分達のことをどうでもいいと言うから、てっきり自分達と同じ願いを今もなお抱えていたのだ。ただ、それを為すための手段が違っただけのこと。

それに気付かされた愛子達は、ハジメの変貌を勝手に決めつけていたことに少し申し訳なくなったのだ。

顔を俯かせて暗い雰囲気を漂わせる彼らに、陽和はしっかりとした声音で更に言葉を紡いだ。

 

『それでも、貴女の言葉ならば大丈夫でしょう』

「え?」

 

愛子が思わずそんな声を漏らし、顔を上げる。

顔を上げれば、陽和が仮面の奥から覗く翡翠の瞳で愛子を真っ直ぐ見つめていた。

 

『誰かが、あいつが踏み外さないように側で支え続けなければならない。手を握り続けなければいけない。恋人、親友、家族、誰でもいい。彼を『人間』に繋ぎ止める誰かが必要なんです。

そして、幸運なことに既に彼にはそう言った存在がいます。だからこそ、彼は外道に堕ちずに人間性を繋ぎ止めることができた。そんな彼ならば、貴女の言葉も届くでしょう。

貴女が生徒を想う高潔な姿勢を貫き通している限り、必ず貴女の言葉は届く。数ヶ月の付き合いですが、これまでの彼を見てきた私が保証しましょう』

「ッッ!あ、あなたは……」

 

愛子が何かに気づいたように目を大きく見開きながら、「まさか」と陽和を凝視してしまう。その視線に陽和は気づくと開いた仮面から見える口で笑みを形作ると、愛子が何かを言うよりも先に答えた。

 

『あくまで私がこれまで彼を見てきて出した結論です。真意は彼にしか分からないし、実際どうなるかは分かりません。そこはご留意ください』

「は、はい。分かりました。ヴァーミリオンさん、教えてくれてありがとうございます」

 

愛子はハッとするとすぐに陽和にお礼を言って頭を下げた。そんな感謝に陽和は首を横に振った。

 

『いいえ、私はただ推測を伝えただけです。感謝されるようなことは何も。……ですが、もし、今の話で何かを感じたのなら、どうか彼の生存を喜んでやってください。それくらいは彼も許してくれますよ』

「はい、分かりました。本当にありがとうございます。お気遣いありがとうございます」

『いえいえ、それほどでも。……では、私達は食べ終わりましたので、こちらで失礼させていただきます』

「はい、色々とありがとうございました」

 

追加で頼んだ料理やデザートも食べ終えた陽和は愛子にそう言って立ち上がる。セレリアも彼に続いて立ち上がると共にVIP席から去っていった。

 





デビッド原作よりも叩きのめされてて草。

それはそうと、あの宿の料理の名前ニルシッシル以外に名前公開されてないんだよなぁ。どんな名前なんだろう。
あと、愛ちゃん先生原作よりちょっと逞しいです。陽和からの手紙のおかげで、教師として自分の矜持を貫く意思が強くなっています。その為、デヴィッド達にも何か問題があればしっかりと注意しますし、度が過ぎれば真剣に怒ります。
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