竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回は深夜のお話会ですね。
原作ではハジメが愛子の部屋に訪問していますが、今回は誰と誰がどこで話すのやら。
というわけで、最新話どうぞ!


34話 月下の密会

 

 

 

陽和達が愛子達と再会した日の深夜、陽和はウルディア湖にある桟橋の上に1人立っていた。

 

『……………』

 

陽和は満月が浮かぶ湖面を、悲哀と敬愛が宿った眼差しでじっと見ている。何も言葉を発さず、何もアクションをとらない。

無言で佇む陽和はしばらくそうしていたが、徐に両腕を持ち上げると手を合わせ、瞳を閉じる。

それは、日本では神社や仏壇の前でお祈りする時に行う合掌だった。

 

しかし、この場合は祈りではなく、黙祷だ。

 

彼は、1人ウル湖の桟橋の上で黙祷を捧げていた。では、その黙祷は一体誰に捧げたものなのか。

 

『………変わっていないな。ここの湖は』

 

ふと、陽和の黙祷を見守っていたドライグが懐かしそうに声を上げる。周囲には誰もいない為、彼は内心でではなく実際に声に出してそう呟いた。

ドライグの懐かしさが籠った呟きに陽和はくすりと笑う。

 

「………ああ、そうだな。お前の記憶で見た景色と何も変わっていない。そして、ここに彼らは確かにいた……」

 

そう返した陽和の眼差しには、悲しむような慈しむような、そんな複雑な感情が入り混じっていた。

陽和が呟いた『彼ら』。

それは、陽和が尊敬している、かつて世界を救うために身命を賭して戦い抜いた英雄達。

 

「『解放者』の本部が、この下にあったんだな……」

 

陽和は静かにそう呟く。

そう、このウルディア湖にはかつて『解放者』達の本部ーといっても、建物ではなく、潜水艦なのだが。それでも、ここは解放者達の本部があった場所には代わりはない。

陽和は聖地巡礼というわけではないが、解放者達の足跡をまた一つ辿ることができて感慨深い気持ちになっていた。

そして、陽和はそんな彼らを思って黙祷を捧げていたのだ。

 

『最後までここにいたというわけではない。最終計画・変革の鐘”が発動され、教会総本山である神都を襲撃して神に一矢を報いた。…‥だが、その後、神の洗脳により、解放者の全ての実行部隊員は世界各地で『反逆者狩り』によって殺された……』

「……ああ………」

 

ドライグの怒りと悲しみを噛み締めるような呟きに、陽和も一言そう返した。

彼の言う通り、彼ら解放者の実行部隊員達は最終計画発令に伴い、エヒトを信仰していた聖光教会の総本山であるエルバード神国の神都に襲撃を仕掛け、変革を成そうとした。

神都による教会との戦いはミレディ達解放者の勝利に終わり、救うべきを救い、伝えるべきを伝えることができた。しかし、神の介入によりその場を一時撤退し、世界各地で実行部隊員達は潜伏していたのだ。

 

だが、ここで悲劇が発生する。

神が己の尖兵である人形を使い、世界中の人間を洗脳したのだ。

その結果、行われたのは『魔女狩り』ならぬ『反逆者狩り』。

世界に潜伏するすべての解放者の実行部隊員は殺し尽くされ、支援者や被保護者達も数多くが犠牲となった。

彼らが本部として使用していた潜水艦も、神都からの撤退の際に人形達の追撃により破壊された。

 

つまり、この湖には解放者達がいたという明確な足跡はもう残っていないのだ。

 

神の悪辣さにより、解放の為に争った人々の痕跡の多くが消されたと言う悲しい事実に、陽和もまたやらせない気持ちになった。

だから、だからこそだ。

 

「俺だけは忘れちゃダメだよな」

 

陽和はそうはっきりと言った。

そうだ。今この時代において、ゴーレムに魂を移し生きながらえているミレディを除けば、解放者の足跡を知っているのは、ドライグの力を受け継ぎ、記憶を見た陽和だけだ。

彼らの足掻きに足掻いた人生を、力と宿願を受け継いだ陽和だけは忘れてはならないのだ。

 

「………だから、俺にできることは宿願を果たすことだけだ」

 

そう決意をあらわにし、雰囲気を厳かなものに変えた陽和は、仮面を外し姿を露わにすると左手の宝玉を光らせる。すると、その手に花束が抱えられていた。

 

「全ての解放者達の来世に、輝かしい希望と優しき幸福があらんことを。どうか安らかであれ」

 

来世の安寧を願った弔いの言葉を送り陽和は、花束を宙に投げた。

宙に浮いた花束は湖面に落ちることはなく、陽和が起こした風に乗って空高く舞い上がっていく。

空色、白色、紅色、黄色、紫色、色彩豊かな美しい花弁が風によってふわりと広がり、舞い踊るようにしながら月天の夜空へと広がっていく。

それは、手向けの花だった。

全ての解放者達。世界の平和を願った英雄達への。

輪廻転生という言葉があるように、死した魂は巡り来世へと生まれ変わるという一説もある。だから、陽和は全ての解放者達の来世が希望と幸福に満ちた輝かしいものになってほしいと、祈りながら空へと消えていった花弁を静かに見送った。

 

『マスターの想いは、きっと彼らに届いていると思うよ』

『……そうだな。彼らの来世が明るいものであることを、俺も願っている』

「ああ、そうであったら俺も嬉しいよ」

 

陽和は相棒達の言葉に微笑む。

あの時、あの時代において生まれてすらおらず、何もできなかった自分だからこそ、彼らの足跡を『忘れてはならない』し『覚えておこう』と思ったのだ。

 

「ま、この手向けは俺の独りよがりさ。要は、ただの自己満足ってやつだな」

 

苦笑いを浮かべてそう自分の行動を意味づけた陽和に、相棒2人は揃って笑った。

 

『ふっ、なら、そういうことにしておこうか』

『ふふっ、そうだね。そういうことにしておこう』

「ああ、そういうことにしてくれ」

 

陽和も歯を見せて無邪気に笑った。

と、その時、桟橋の端からジャリと砂を踏み締める音が聞こえた。

仮面を嵌めつつそちらに振り向けば、ラフな私服姿の少女が一人こちらへと歩み寄っていたところだった。

淡い栗色に染めたセミロングの髪に、美人系の顔立ちに鋭い目つきの少女。それは、園部優花だった。

陽和は変声機能をオンにしつつ、こちらへと真っ直ぐに歩み寄る彼女に声をかける。

 

『……貴女は先程の。散歩ですか?』

「…………」

 

わざとらしい問いかけに優花は何も答えずに、真剣な表情のまま陽和に近づき、2m程手前で立ち止まると、目尻に涙を溜めつつクスリと笑みを浮かべて、

 

「……あんたは、紅咲、なのよね?」

 

そう思い切って尋ねた。

どこか確かめるように不安げでありつつも、どこか確信があるような優花の問いかけに、陽和はしばしの沈黙の後、口の端を吊り上げて笑うと、仮面に手をかけ、

 

『…‥その通りだ。久しぶりだな。園部」

 

仮面を外し、“幻夢”を解いて素顔を顕にして、彼女の問いかけを肯定した。彼女は陽和の素顔を見ると、遂に堪えきれずに目尻から大粒の涙をこぼして安堵の声を上げた。

 

「……っっ、あんた、本当に、無事だったのね。…よかったっ、本当に、生きててくれて、良かったわっ」

「…‥心配かけたな」

 

陽和は泣き出した優花に、罪悪感が滲む表情を浮かべてそう謝罪する。それに優花は顔を挙げるとギンッと眼光を鋭くして怒る。

 

「本当よっ。私だって、あんたの事はずっと心配してたんだからっ。騒動起こしていなくなったと思えば、ちゃっかり私達に手紙を残してるしっ、ベヒモスの時といい一人で色々とやりすぎなのよっ!ちょっとは、私達も頼りなさいよっ!仲間でしょ!?」

「……わ、悪い」

 

怒りながら詰め寄る彼女のあまりの剣幕に、若干気圧された陽和はそう返すほかなかった。

優花は抱え込んでいた鬱憤を吐き出すことができたのか、少し落ち着くと涙を拭う。

 

「……ご、ごめんっ。アンタを責めるつもりはなかったの。ただ、久しぶりに会ったから、その……」

「ああ、分かってるよ。心配かけてんのは事実だからな。俺がお前らに迷惑かけたんだから、怒られて当然なんだよ」

 

失踪する前にいつも見せていた頼もしい笑みを浮かべてそう言った陽和を、優花はどうしてか直視できずに目を逸らしながら少し口を尖らせた。

 

「…………と、とにかくっ、あんたが無事で良かったわ」

「おう」

 

ニッと笑みを浮かべる陽和。

優花はどうにか落ち着いたのか、陽和の顔を見上げる。赤く染まった髪に翡翠色の瞳、尖った耳など以前と変わった部分を見て彼女は彼に問うた。

 

「その姿、赤竜帝の力を継承したのよね?」

「ああ。ドライグ、ヘスティア。出てきていいぞ」

 

そう言って、陽和は左腕だけを竜化しつつ右手で竜聖剣を腰の鞘から引き抜き相棒達を促した。

 

『初めましてだな。園部優花。俺は赤き竜の帝王『赤竜帝』ドライグ。紅咲陽和の相棒その1だ』

『初めまして、園部優花くん。ボクはヘスティア。この剣に宿るマスターの相棒その2さ。よろしく頼むよ』

「えっ?え、何で、あんたの中から別の声が…?てか、今、剣が、喋って…?」

 

左手の宝玉と剣の宝玉がいきなり点滅したかと思えば、二つの声が聞こえてきたことに優花は目を見開き驚く。

そんな彼女に陽和は予想通りと思わず笑ってしまう。

 

「ハハっ、やっぱ驚くよな」

「そ、そりゃいきなり声がしたら驚くでしょ。てか、赤竜帝ドライグって、あのドライグなの?」

「その通りだ。こいつはかつて解放者と共に神と戦ったと、神話にその存在を記されている赤竜帝ドライグで、力を継承してからは俺の中に宿っている。そして、こっちはヘスティア。解放者とドライグが創った竜聖剣に宿る女神で、俺にしか扱えない、この世に存在するもう一つの聖剣だ」

「ごめん。話のスケールがデカすぎてちょっと理解が追いつかないわ。一旦待って」

 

一通りの簡潔な詳細を聞いた優花は、頭を抱えて頭痛を堪えるような表情を浮かべると、戸惑い混じりにストップをかける。

陽和は苦笑いを浮かべつつ、左手を元に戻し竜聖剣も鞘に戻した。

 

「悪いな。いきなり話しすぎたか」

「ちょっと衝撃的な事実がポンポンと出てきて混乱してるわ。てことは、何?今赤竜帝の力を継承したあんたの中にはあの神話に出ていた赤竜帝が宿っていて、そっちの剣、てか、さっきさらっともう一振りの聖剣って言ってたわね。それで、その剣には女神が宿っていて、あんたにしか扱えない。それで合ってる?」

「ああ、合ってるぞ。理解が早くて助かる」

「全部理解できたわけじゃないわよ。正直、まだ混乱してるわ。天之河以上にファンタジー満載でチートになったわね、あんた」

 

驚愕冷めやらない彼女の様子に、陽和は肩をすくめて「まぁな」と苦笑を浮かべる。

赤竜帝が中に宿っていて、女神が宿る剣を持っているなど勇者が可愛いようなファンタジーなことになっていて、優花は驚愕がまだ抜けきっていないのだ。

それに、自分でもファンタジーだなぁと思っているので優花の気持ちはよく分かった。

 

「ま、これから慣れてくれ。こいつらは悪い奴らじゃないから」

『驚かせてすまないな』

『ごめんね』

「…………ドラゴンと女神に謝られるとか、なんか変な感じだわ」

 

何とも言えないような優花の様子に陽和は笑みを浮かべつつ、話題を変える。

 

「それはそうと、俺のことはどのタイミングで気付いたんだ?」

「最初はまったくわからなかったわ。声も違うし対応も丁寧だったから本当に別人だと思ってた。でも、騎士達にブチギレた時にね、もしかしたらって思ったの。だって、あの時のあんた、前に王宮で檜山達に虐められていた南雲を見た時の目と同じ目をしてたから」

 

『殺気はもっとやばかったけどね』と補足して優花は笑う。あの時、セレリアやシアを侮辱した護衛騎士達に向けた怒りの眼差し。それは、かつてハジメが檜山達に虐められていた現場を見た際のあの怒りの眼差しとそっくりだったのだ。

その眼差しに既視感があった彼女は、それを見てからまさかソルレウスが陽和なのではないかと疑い始めた。

そして、それが確信に変わる決定打となったのが。

 

「最後に先生に言った言葉。『生徒を想う姿勢を貫き通すこと』。それを聞いた時の先生の反応を見てね。あ、この人紅咲だって確信したわけ」

「なるほどな。アレは先生に俺のことを気づかせるように敢えて言ったんだが、お前も気付いたのか。まぁ問題はないからいいけどな」

 

陽和は肩をすくめて笑みを浮かべる。

最後の確信となった言葉。アレは愛子宛てに残したメッセージの一文でもあり、愛子に自分の存在を気づかせようとして敢えて言ったものだ。

その思惑通り、愛子は陽和の正体に気付いたようだが、副産物として優花にも伝えることができたのは幸いだった。

 

「でもまぁ、赤竜帝として覚醒したから何かしらの変化はあると思ったけど、随分と見た目が変わったのね。きっちり変装もしてるし、声も変えてたから初見じゃ気づかないわ」

「まぁな。その為の変装だ。すぐバレるようじゃ意味がないだろ?現に外じゃそっくりな似顔絵が貼られていたからな。変装してなかったらと思うとゾッとする」

「でしょうね。流石になにかしらの対策はするとこっちも思ってたわ。あの話し方も違和感ないわね。流石は大物俳優の息子」

「まぁ親父に色々と習ってたからな。てか、力を継承したと聞いてもあんまり驚いてなかったみたいだが、もしかして前から知ってたか?」

 

近くに人の気配はないが万が一を考えて仮面を被り素顔を隠した陽和はそんな疑問をこぼす。

 

「まぁそんなところね。実はアンタが力を受け継いたであろう日、オルクス大迷宮ではひと騒動が起こったのよ」

「ひと騒動?」

「そう。オルクス大迷宮から光の柱が空に飛び出たの。それはもう大層な柱がね。しかも、動物の咆哮のようなものも聞こえてきたわ。どうせあんたがやったんでしょ?」

「っっ!!…‥あぁ、あの時のそうなってたのか」

 

陽和は優花が覚醒のことを知っている理由を理解する。

あの日、力を継承した日陽和は、転生して新たな赤竜帝となった証を、内側から溢れ出る力の奔流に任せてブレスという形で示した。

継承の間の天井を貫いた事は分かっていたが、それがまさか地上まで届き地上を大騒がせしていたとは予想外だったのだ。

 

「あの時は大変だったのよ?教会関係者が慌てて私達に調査を命じてそれでも何も見つかんなかったんだけど、預言者が赤竜帝が目覚めたと言ってきて更に大騒ぎよ」

「それは迷惑かけたな。本当に」

「全くよ。まぁ私らはあんたの覚醒に喜んでたけどね。雫なんて嬉しすぎて泣き崩れるほどだったわ」

「…‥雫……」

 

陽和はふと出てきた恋人の名前に、ふと表情を曇らせる。

王宮に残してきた恋人。いずれ再会を約束しはしたものの、その間お互いの身に何があるかはわからない。陽和がオルクス大迷宮で死にかけたように、雫だって何かしらの危険に直面していたかもしれない。

それを想像してしまうだけでも、胸が張り裂けてしまいそうなほどに苦しくて、陽和の中では彼女に会いたいという想いが膨らみつつあった。

そんな心情を察してか、優花は彼を安心させるように言った。

 

「雫は無事よ。今のところ、何も大事はないって手紙では聞いているわ」

「っ、そうか。雫は無事か。すまん、気を遣わせた」

「いいわよ。恋人なんだもの。安否は気になって当然よ」

「?待て。雫と恋人なんて手紙に書いてないぞ?なぜ知ってる?」

 

謝罪に対してそう返した優花の言葉に、陽和は思わず耳を疑い問い返してしまう。

今聞き間違いでなければ、彼女は確かに自分と雫を恋人関係だと言っていた。だが、付き合ったことを知るのはお互いのみのはずだ。なのに、どうしてそれを知っているのだろうか。

その問いかけに、優花は呆れ笑いを浮かべる。

 

「あの騒動があった翌日に私たちはメルド団長と雫から全部の事情を聞いて、その時に知ったのよ。

その時の雫ったらもうめちゃくちゃ幸せそうに、あんたからもらった炎のネックレスを大事に握りしめてたわ。それに、心の底からあんたのことを信じきってる様子を見れば、恋人関係になったってのはあそこにいた全員気付くわよ」

「……そ、そうか。そんなにか……」

「ええ、それはもう。普段とのギャップがすごかったわ。ああいうのを乙女っていうのかしらね。それも、女子力チートの。あんた愛されてるわね」

「…………」

 

優花の言葉に陽和は思わず顔を背けて口を押さえてしまう。仮面を被っているとはいえ、どうしてもニヤけてしまう口元を抑えたかったのだ。

しかし、仮面で隠せていない耳が真っ赤に染まっていたから、今の言葉をどう受け止めていたかは隠しきれていなかった。

優花も例に漏れず、その様子に気づいており呆れ笑いを浮かべる。

 

「………雫からは10年以上両片思いが続いてたからって聞いてたけど、あんたも雫にぞっこんなのね。ベタ惚れじゃない」

「………そりゃ、あんな別れ方したのにそれでも心の底から俺のことを信じてくれるって分かったら、嬉しくもなるだろ」

「…………」

 

どストレートな本心からの言葉に優花はもにゅと砂糖をしこたま飲み込んだような顔をする。

 

「はぁ、甘ったるいわ。コーヒー飲みたくなってきた。それもとびっきり苦いのを。じゃないと、釣り合いが取れないわ」

「…‥な、なんか、すまん」

「冗談よ。もう3ヶ月以上会えていないんだし、仕方ないことよ」

 

陽和の謝罪にそう気さくに返した優花は、次いでその笑みを潜めて代わりに真剣な表情を浮かべた。その表情に、陽和は彼女が何かを言おうとしているのを察して彼女の言葉を待つ。

やがて、優花はついにそれを言葉にした。

 

「…………ねぇ、あんた雫に何かした?」

「?どういう意味だ?」

 

優花の質問に陽和は眉を顰めると、少し低い声音になりつつそう問い返す。先ほど、雫は無事だと言った。だが、だというのに雫に何かしたかと言われても心当たりなどない。

あるとすれば……。

 

「っっ、ま、まさか……」

 

一つ、とある可能性を思いつき陽和はカッと目を見開き、あからさまに狼狽始めた。

その様子を見て優花はやっぱり何かしたのか確信する一方で、いったい何をしたの?と疑いと問い詰めようとする。だが、それよりも早く陽和が動揺のままに口を開き、優花に問い詰めた。

 

「雫の身体に何かあったのか!?体調不良か!?吐き気とか熱があるのか!?」

「……はい?」

 

優花は陽和の問いかけに目を丸くする。

優花が聞きたかったのは雫の竜人化が始まったことについてだ。赤竜帝として覚醒した彼ならば何か知ってると踏んだのだが、どうやら彼の様子から自分と彼では思い至っていたことは違うらしい。

そして、第一声に事故に巻き込まれたとかではなく体調不良と言ったのか。しかも、吐き気や発熱という具体的な症状まで言ってる。

なぜそれをピンポイントで言ったのか。優花は少し考えて、一つの可能性に思い当たると同時にとある事柄を思い出す。

 

(……そういえば、あの日の夜、お風呂一緒に入った時、雫の肌に赤い斑点があったわね)

 

思い起こすのは陽和が失踪した翌日の夜のこと。

その日は、託された者同士で色々と話してたために風呂に入るのが三人遅くなり、優花、香織、雫の三人は一番最後に入ったのだ。

その時、風呂に入る為に服を脱いだ時、優花は雫が何かタオルで体を隠しながら器用に服を脱ぐ様子に気付き、同じく目ざとく気づいた香織がタオルをめくったのだ。

そうして顕になったのは、白磁の肌に浮かぶ赤い斑点。これはなに?と香織が問いただせば、最初こそ虫刺されとか、鍛錬で腫れた跡とか色々と誤魔化していたものの、ついには隠しきれずに、というか盛大に自爆して陽和に抱かれたと白状したのだ。

陽和と雫が恋人になるどころか、大人の階段を更に数段飛び越えたことに、女子二人は当然更に話を深掘りしようと詰め寄る。

しかし、それ以降の話は雫も死守したことで知られはしなかったものの、陽和と雫が契った事実は発覚してしまったのだ。

 

(………………うっわぁ、そういうことね)

 

それを思い出し、今の陽和の様子を見て、優花は彼がここまで狼狽えている理由を完全に理解してしまった。

 

「………ねぇ、あんた、もしかして『つわり』だと思ってない?」

「っっ⁉︎」

 

優花の指摘に陽和はビクゥッ!!と体を露骨に震わせると、『なぜわかった!?』と言いたげな視線を向けてくる。

あまりの衝撃に言葉が出ないのか、口をパクパクとさせている。その様子に、優花は露骨にため息をつく。

 

「はぁ、何をいうかと思えば、ぜんっぜん違うわよ。雫は妊娠してないわ。でも、その様子だと避妊はしてなかったのね。デキてたらどうしてたのよ」

「………ちょっと待て。何でお前そんな平然としてるんだ?仮にもクラスメイトのアレな事情だぞ?前から知ってたとしか思えないんだが……」

「全くもってその通りよ。あんたと雫が付き合った日に一気に段階をすっ飛ばしたってことはね。まぁ、私と香織で三人しかいない時に問い詰めただけだから、他はレイカさんぐらいしか知らないわ。安心して」

「いや待て安心できねぇよ。今、思いっきり部外者の名前出てたんだが?白崎には手紙なんて残してないんだぞ」

 

陽和はさらりと香織が秘密を共有していることに驚きを隠せない。あの日の夜、メルドに託した手紙は、優花、愛子、重吾だけだ。なのになぜ香織まで知ってる?

 

「雫がね、香織に同席の許可を出したのよ。あの時は、私らと香織しかいなかったんだけど、何も知らない香織はどうしても疑っちゃうでしょう?だから、香織にも話を聞かせて口外させないようにしたのよ」

「………まぁ、白崎なら別に知っててもいいから構わないが……って、そうじゃない。それよりも、雫の変化が、その、つ、つわりでないなら、何があったんだ?」

 

つわりを言いにくそうにしつつも何とか言い切った陽和は、何があったのかを優花に問うた。

優花は微妙な空気になってしまったことに、少し呆れつつもついに雫の竜人化について話した。

 

「恐らくだけど雫は竜人に転生しつつあるわ」

「……………は………?」

 

陽和は目を丸くし呆然とする。

あまりにも衝撃的なことに理解が追いつかなかったのだ。

やがて理解が追いついたのか、陽和は訳がわからないというふうに動揺の声を出す。

 

「待て待て待て。どういうことだ?雫が竜人になりかけてるだと?あいつは人間のはずだ。竜にまつわる技能なんてあいつのステータスプレートには何も書いてなかっただろ!?」

「ええ、そうよ。あんたがいなくなるまではね」

「っっ、俺が去った後、何があったんだ?」

 

真剣な表情で恐る恐ると尋ねる陽和に、優花は落ち着くように言うと順を追って話し始める。

 

「順を追ってちゃんと話すから落ち着いて。雫達はあんたが去ってからもオルクス大迷宮の攻略を続けていて六十五階層に辿り着きベヒモスと対峙したの。私は、愛ちゃんについて行ってたから参加はしてないけどね」

「………ああ、そうだろうな。だが、その様子だと、雫達はベヒモスには勝ったんだな?」

「ええ、そうよ。ただ肝心なのはここから。確かに雫達はベヒモスに勝ったわ。だけど、皆で倒したわけじゃないのよ。雫がほぼ一人で倒しちゃったらしいわ」

「……まさか、その時に変化が起きたのか?」

 

優花は陽和の問いかけに静かに頷く。

 

「そうよ。香織やメルドさん、永山曰く、雫の瞳が青く輝いて竜のような瞳になった後、限界突破でも使ったかのように急激に強くなったし、詠唱と魔法陣無しで水属性の魔法を使っていたらしいわ。そっからはもうほぼ一人でベヒモスを追い詰めて倒しちゃったらしいわ。

雫の変化は私や愛ちゃんも王宮に戻ってきた後にそれを確認してる。その時雫の右手には青い竜の紋章が浮かんでいたわ」

「……魔力操作に水属性の適性が発現したのか?だが、一体どんな技能を発現させたんだ?」

 

優花の話を聞いて浮上した当然の疑問に、優花は勿論答える。雫に発現した技能『赤竜帝の恩恵』。その詳細を。

 

「雫が新たに発現させた技能の名前は『赤竜帝の恩恵』。説明欄には赤竜帝が想い絆を結んだ相手に恩恵と加護を与える技能らしいわ。

発動中は全ステータスが向上して、単一属性魔法の適正ー雫の場合は水属性ね。他にも魔力を直接操作する魔力操作が発現して、水属性魔法に関しては詠唱も魔法陣も不要になったのよ」

「…………『赤竜帝の恩恵』。俺が想い絆を結んだ相手に恩恵と加護を与える力。あぁ、なるほど。確かにそんなふうに説明されてれば、俺が何かしたと思って当然か」

「だから、私達は雫に起きた変化はあんたの覚醒に伴って発生したものであり、あんたの眷属、つまりは竜人になる為の変化なんじゃないかって考えたのよ」

「……………………」

 

優花達が出した結論を聞かされ、陽和は顎に手を当てて深く考え込んでしまう。

雫の身に起きた変化。それは陽和が予想だにしていなかったもの。そもそも、ドライグの記憶で見た限り、眷属化には色々と手間がかかるものであり、赤竜帝として覚醒してから一度も会っていない雫にその兆しが起きていること自体おかしいのだ。

だが、彼女のステータスプレートに記されていたという『赤竜帝の恩恵』は、赤竜帝、つまり自分が関わっていなければ発現するはずのないものだ。

だから、どんなに考えても雫の変化に自分が関わっていることは明白。

だが、まだ信じきれない陽和は優花に尋ねる。

 

「……園部、雫の手に浮かんだ紋章はこれと同じものか?」

 

そう言って、陽和は左手を自身の眼前に掲げて宝玉を優花に見えるようにすると、赤竜帝の紋章を浮かび上がらせる。

紋章を見た優花は頷き肯定した。

 

「ええ、これね。この紋章が雫には浮かんでいたわ」

「……そうか。なら、間違いなく俺の眷属に転生しつつある段階なんだな。雫は……」

 

同じ紋章が出ているのならば、もはや認めざるを得ない。

雫は自分のせいで強制的に人間を辞めさせられ竜人になりつつあるということを。

 

「っっ」

 

額を片手で抑えた陽和の胸中に罪悪感が湧き上がる。

自分が人間を辞めることは別に構わない。既に決めたことだからだ。だが、雫は別だ。

彼女は竜になった自分を嫌わないとは言ってくれたものの、自分が竜になることに関しては何も言っていない。

つまり、自分は彼女の許可も得ずに勝手に人間を辞めさせてしまったことになる。

 

(……俺が……雫を、巻き込んだのかっ)

 

罪悪感に次いで、己への怒りが湧き上がり、歯をギリッと鳴らすほど強く噛み締める。

彼女を知らず知らずのうちに巻き込んでしまったことに、罪悪感と怒りが溢れそうだったのだ。

しかし、その感情は優花の言葉によって困惑へと変わった。

 

「一応言っておくけど、雫は自分の変化を受け入れてたわ。いえ、受け入れたというより喜んでたわね」

「……なに?」

 

雫は嫌な思いをしていると思っていた陽和は、優花の言葉に顔を上げる。

優花は呆れたような、困ったような笑みを浮かべていたのだ。

 

「雫はあんたの力になりたいって言ってたわ。今よりもずっと強くなって、あんたの隣で戦ってずっと支えたいってね。

だからこそ、眷属化は雫にとっては願ってもないことだったらしいの。強くもなれるし、あんたと同じ竜人になればこれからの長い時をずっと添い遂げることができるからって、盛大に惚気られたわ」

「ッッ!!は、ハハッ、何だよそれっ。雫、お前そんなこと思ってたのか」

 

陽和は思わず声を上げて笑ってしまう。

自分が思っていたことは全くの思い違いだったのだ。

同時に思い出す。

自分が王宮から脱出する前全てを明かした時、雫は自分の力になりたいと、もっと私を頼ってほしいと、貴方のことが大切だからと、そう言ってくれた。

 

(……本当、俺には勿体無いほどいい女だよ。お前は……)

 

本当に自分は人の縁に恵まれたと思う。

人を辞めてでも自分と添い遂げようとしてくれることに、陽和は心の底から嬉しかった。

だからこそ、だからこそだ。陽和は何が何でも雫を守らなければいけない。

 

「このことを知っているのは?」

「知っているのは、元々あんたの事情を知ってる人達だけよ。あの紋章は使わなければ出てこないらしいから、今のところバレる心配はないわ。でも、迎えに行くなら早めにしたほうがいいと思う。万が一、王宮で完全に転生を終えて竜人になったら、大騒ぎになるはずだから」

「ああ、勿論だ。この依頼が終わったらすぐにホルアドに向かう」

 

陽和はこの後の予定をすぐさま決める。

この依頼を終えてフューレンに戻った後は、すぐにホルアドに向かい雫を迎えに行くことを。

雫自身の身の安全の確保は当然なのだが、今の陽和は雫の想いを知ったことで、会いたい気持ちが際限なく湧き上がってきているのだ。

3ヶ月離れ離れになっているのは思った以上に辛く、早く雫に会いたかった。

 

「あんたが雫を迎えに行くのはいいとして、竜人化について何もわからないの?何か心当たりとかはない?」

 

雫の身の安全についてはとにかく、陽和が迎えに行くことで落ち着いたのだが、まだ竜人化の原因は何も分かっていない。

 

「いや、すまん。全くわからん……」

 

陽和も心当たりは全くないので、応えようがなく顎に手を当てて考え込む。

二人揃って原因について必死に考えていた時、自己紹介以降静観していたドライグが会話に参加してきた。

 

『相棒、一ついいか?』

「なんだ?ドライグ」

『恋人の竜人化の原因だが、恐らくは条件を達成していたからこそ、相棒の覚醒を機に発現したのだと思うぞ』

「「条件?」」

 

突然ドライグから齎された条件の存在に陽和と優花が揃って首を傾げる中、彼は話し始める。

 

『ああ。『赤竜帝の恩恵』と呼ばれる技能は昔から存在する。俺が創った最初の竜人族は皆、その技能を持っていたからな。

その時、俺は眷属を創る際に血を分け与えていた。血を分け与えることで、恩恵と加護を直接肉体と魂に刻み込むんだ。だが、ただ血を分け与えればいいわけではない。眷属にする際は両者の合意が必要となる。俺が望み、その者も望んで初めて眷属に成りその者は竜人として転生する。

つまり、条件とは簡単にいえば二つ。一つは、両者の合意があること。二つは、俺の血を体内に取り込むことだ。そうすることで、初めて眷属化は成功する』

「ああ、それで…?」

『合意といったが、あえてそれを意識せずとも無意識下でもその者が眷属になりたいと願っていれば、わざわざ言葉で示し合わなくても眷属化は成立する。

恋人も同じじゃないか?相棒の力に、支えになりたいと願っており、添い遂げようともしていた。無意識下どころか、明確な決意として恋人は相棒と共にあろうとしている。

そして、相棒自身も恋人の事を大事に思っており、叶うことならば同じ時を生きたいと無意識下で願っていたのだろう。恐らくは相棒のその願いと恋人の願いが結びついたことで、一つ目の条件が達成されたんじゃないかと俺は思っている』

「あぁ、そういうことね。納得したわ」

『そういうことなんだ。愛し合ってるね、マスター』

 

ドライグの推測に優花が納得を示し頷き、ヘスティアがニヤニヤとそう言う。

確かにそういうことならば理解はできる。お互いが望むことで転生が成立するならば、愛し合っている恋人ならば尚更だ。

雫が陽和と共に在りたいと決意を露わにしており、陽和が無意識下で雫と同じ時を生きたいと願った。

双方の決意と願望が絡み合い結びつくことで、それは転生をするに値する想いだと認められたのだろう。

しかし、優花やヘスティアが理解する一方で、陽和は頭では理解できても心では理解できていなかった。というより、理解したくなかったのだろう。

何故ならば、たった今ドライグによって自分で気づかなかった無意識的な願望を暴露されたのだから。

 

「………………………………」

 

陽和は恥ずかしさのあまり目元を手で覆って空を仰ぎ見る。『なんでこんな所で暴露されたんだ』と羞恥すると同時に、『そんなこと思ってたの俺?』と驚愕していたのだ。

だが、ずっとそうしてるわけにもいかないため、長い沈黙の後疲れ切った様子で頷く。

 

「……………一つ目の理由はわかった。なら、二つ目の条件はどうして達成された?血を飲ませた覚えなんてないぞ」

『そちらも心当たりがある。ただ、相棒、この事に関してはとても言い難い事なんだが、それでもあえて言わせてもらうぞ?いいな?』

「?お、おう、分かった。どんとこい」

 

陽和がこれ以上まだ恥ずかしいこと言われんの?と多少困惑しつつも、知らなきゃ何も始まらない為に腹を括ると戦々恐々としつつ続きを促す。

そして、ドライグは二つ目の条件について話し始めた。

 

『基本的に眷属を創る際、俺は血を体内に取り込ませることで力を与えてきた。だが、ぶっちゃけてしまえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、相棒は脱出前に恋人と契っただろう?つまりはそういうことだ』

「「…………………………………………」」

『あ、あ〜、うん、確かに、それはとても言い難いことだね……』

 

今度は陽和と優花が共に絶句して完全に黙り込んでしまう。陽和は驚愕と羞恥心が振り切れた為、優花は察してしまった為に。

陽和は耳まで真っ赤であり、優花も頬をほんのりと赤らめていた。唯一、ヘスティアだけが何とも言えないような声音でそう呟く。

優花の視線が自然と陽和の方へ振り向く。

 

「…………あぁ、えーと、その、紅咲、えーと……」

「……すまん。ちょっと時間くれ」

「う、うん」

 

優花は何かを言おうとして何もかける言葉が見つからない様子だ。しかし、声をかけようとすれば陽和が非常に重い空気を纏わせながら優花の言葉に被せるように言って、直後膝をついてその場に崩れ落ちる。

崩れ落ちた陽和は、頭を抱えるとぶつぶつと呟き始めた。

 

「……あーくそっこんなことなら知ろうとするんじゃなかったっ。一番知りたくない事実が発覚しちまったじゃんかよぉ。まさか、血じゃなくてアレでも体の一部にカウントされるなんて誰が思うんだよ。このこと、雫に何て話せばいいんだよぉ。素直に話すか?いやいやいや、それは無理だ。絶対変な目で見られるっ。虎一さん達にも何て説明すればいいんだっ。

とにかく、失踪中に子供作ってたって話は避けれたからそれはいいとしてっ、いやそうじゃなくて!嫁入り前の大事な娘さんだぞっ。熱に浮かされていたとは言え俺はなんてことをっ」

「あ、紅咲?」

 

頭を抱えてガクブルと戦慄しつつぶつぶつと呟く光景に、優花はおもわず後退ってしまう。

ドライグはそんな彼に罪悪感を感じたのか、少し申し訳なさそうにしながら陽和を気遣った。

だが、

 

『…………あ、相棒。俺がいうのも何だが…その、大丈夫か?』

『マスター、大丈夫かい?』

「……これが、大丈夫に見えるか?」

『す、すまん』

『ご、ごめんよ』

 

呆気なく撃沈。

ドライグとヘスティアの言葉に地の底から聞こえるような低い声音で返した陽和は、相棒達に凄まじいジト目を向けた。

いくら、陽和が恋慕の熱に浮かれた結果起こした自業自得とは言え、陽和の気持ちもわかるので二人はすぐに謝罪する。

そして、陽和のその動揺はしばらく続いた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「その、なんだ……変なとこ見せた。……すまん……」

 

それからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻せた陽和は気まずそうな表情を浮かべつつ、優花にそう謝罪した。

 

「…‥いいわよ別に。雫の変化はあんたにとって予想外なことだったのは分かったし」

 

優花は何とも言えないような表情を浮かべつつそう返す。

 

「…‥一応聞くけど、雫の転生に関しては先生達にも話さないほうがいいわよね?」

「……是非そうしてくれ。流石に、先生達に詳細を知られたくはない。話すにしてももうちょい後になってからだ。情報も必要最低限だな」

「……うん、私も逆の立場ならそう思うわ」

 

優花も陽和と雫のことを思いやり、転生に関する話は自分のうちに秘めておく事にした。

というより、もしも自分が彼と同じ立場ならば、情事絡みの話など絶対他人に知られたくないからだ。その為、二人の名誉と尊厳を守る為にも優花は黙秘を誓った。

そして、雫については話が終わったと判断した陽和は真剣な表情を浮かべ次の話題、自分が話そうとしていたことを告げる。

 

「……園部、お前と先生にはどうしても話しておかなくちゃいけないことがある」

「話?」

「……ああ、赤竜帝の事を知り、尚且つこの世界の歪みについてもある程度理解のあるお前達だからこそ、知っておくべき事だ」

「………よほどの事なのね?」

 

陽和の表情と物言いに彼が今話そうとしていることが、それだけ重要な話なのだと優花は理解する。

 

「ああ。この世界の根幹に関わる話でもある。お前と先生には話してもいいと俺は判断したが、聞きたくないなら聞かなくてもいい。内容が内容だからな。知らない方がいいという話ばかりだ。どうする?」

「……………」

 

優花は少し考え込んでしまう。

彼の様子から見るに今から話そうとしていることが、よほど重要な事であり衝撃も大きいということはすぐに予想できた。

きっと話を聞けば、これまでのような認識ではいられないのだろう。普通ならそこまで言われては躊躇ってしまうものだ。

だが、優花は、

 

「いいわ。話して」

 

それでも話を聞く事を選んだ。

 

「別にあんたのことを秘密にしている以上、今更秘密の一つや二つ増えてもいいわよ。きっと、とんでもないことなんだろうけど……赤竜帝の事を聞いてから覚悟はできているわ。だから、話してちょうだい」

 

決意を秘めた眼差しを浮かべそう不敵に笑って言い切った優花に、陽和は期待通りの返事に笑みを浮かべる。

 

「ああ、分かった」

 

そうして陽和は左手をすっと持ち上げるとパチンと鳴らす。その音の直後に一瞬自分達の周囲を薄い赤光の膜が覆うと、スッと空気に溶けるように消えた。

 

「今のは…?」

「遮音の結界を張った。周囲に人の気配がないのは確認済みだが、万が一に備えてな」

「……魔法陣も相性も無しで……すごいわね……」

「とにかく、話すぞ」

 

遮音結界を張りしっかりと対策をした陽和はようやくこの世界の真実の全てを話した。

『解放者』と狂神エヒトの戦いを。

赤竜帝ドライグの関係性を。

なぜ、大迷宮が創られたのかなど、これまで自分が得た情報の中でハジメ達も知っている情報を全て話していった。

話を聞いている優花は終始無言だったが、あまりの衝撃に大きく目を見開いていた。話の内容が衝撃的すぎて、自分の結論を出すには少し時間がかかるだろう。

 

「これが、俺がお前達に伝えたかった世界の真実だ。全てを受け入れろとは言わない。だが、これは紛れもない真実だ。ドライグの記憶、解放者達の記録。この世界の宗教。諸々の状況を加味した結果、俺はこれが真実だと考えている」

「……………………………」

 

陽和の言葉に優花は答えれない。

何考え込むかのように目を閉じて沈黙する彼女の姿に、陽和は静かに彼女の反応を待つ。

それからしばらくして、整理ができたのか、優花は目を開けてこちらをまっすぐに見る。それは、困惑や非難ではなく、納得や理解といった強い眼差しだ。

 

「………うん、あんたの話を全部信じるわ」

「っ、いいのか?俺が言うのもなんだが、この話は信じられないことの方が多いんだぞ?」

「そうね。確かに衝撃的なことばかりで、信じたくないものだってあったわ。他の人に言われても信じないかも知らない。……でも、あんたが言うから、私は信じるのよ」

 

優花は不敵な笑みを浮かべるとはっきりと断言する。

 

「あんたは誰よりも早くこの世界の歪みに気づいて行動してきた。赤竜帝の継承だって元はと言えば、雫や南雲、私達を守る為にとった行動よ。

それに、あんたはあの時、私達のことを信頼して手紙を託した。私達のことを信頼してくれているのに、私達があんたの言葉を疑っちゃダメでしょ。

だからこそ、命懸けで戦い続けてきたあんたが得た情報の信憑性を疑うことはしないわ。あんたの話を聞いたお陰で色々と繋がったから、むしろ感謝しているぐらいだわ」

 

彼は自分達のことを信頼し、あの時手紙を託してくれた。それ以来優花は陽和を信じる事に決めたのだ。

何より彼女は知っている。

これまで彼は誰かを守る為に行動してきたことを。

ベヒモスの時も誰よりも早く戦況を把握して、被害を少なくするように動いてたった一人でベヒモスを引き受けた。その時、自分は彼に命を救われている。

恩人なのだ。彼は。

命を救われたからこそ、仲間を守る彼の背中を見たからこそ、守られてきた自分はこれまでの彼の覚悟に報いたい。それが、託された自分にできることだと思っているから。

 

「………あんたは、本気で神に戦いを挑むつもりなのね」

「ああ。それが、俺がこの力を受け継いだ理由であり、最後の解放者としての果たすべき宿願だ」

「………そう。なら、これ以上は何も言わないわ。その代わりに、一つ約束しなさい」

「?なにをだ?」

 

優花はニッと勝気な笑みを浮かべると、陽和の眼前に向けてビッと指を突き出すと不敵に告げる。

 

「雫の元に必ず生きて帰ること。それを約束しなさい。相討ちなんてもってのほか。あそこまで惚気させたんだから、ちゃんと無事に帰ってきなさい。それを約束しなさい」

 

優花が提示した約束に、陽和は一瞬目を丸くするものすぐに笑みを浮かべて、

 

「当然だ。神を殺して世界を救って、皆を守って地球に帰る。それが俺の目標だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」

「そう」

 

優花は満足のいく返事に満足気に頷く。

彼ならばそう言ってくれると信じていたし、彼ならばできるのではないかと思ったのだ。

 

「愛ちゃんにはいつ話すの?」

「いや、先生のとこにはもうハジメが向かっている。今話したことは話しているだろうが、大分大雑把だろうから、後で俺が話した事をちゃんと伝えておいてくれないか?」

「ええ、任されたわ」

「ありがとう」

 

優花の快諾に快く礼を言った陽和は話題を変える。

 

「………少し見ないうちに、先生は少し逞しくなったな」

 

思い起こされるのは護衛騎士達に強い物言いをした愛子の姿。いつもおどおどして空回りしている彼女にしては珍しく堂々とした姿をしており、護衛騎士達を黙らせた。

それは以前の彼女を知る自分達からすれば、逞しくなったと思って当然だったのだ。

そんな言葉に優花は笑みを浮かべる。

 

「でしょ?あんたが異端者認定を受けた後、メルドさんから私達にそれぞれ宛てた手紙を渡されて読んでから、その日以降もっとしっかりしないとって頑張るようになったのよ。…でも、多分1番の理由は、雫に触発されたからだと思うわ」

「…‥雫に?」

「ええ、あんたの隣に並び立つ為に日々研鑽し続けてる雫の気迫に、先生も触発されたみたい。自分も頑張らなくちゃーって、あの護衛騎士相手にも空回らずにはっきりと言えるようになったのよ」

 

「まぁ、まだまだ危なっかしいけどね』とそう補足して笑う優花に、陽和は心の底から安心する。

 

「……そうか、それなら良かった」

 

愛子の甘さについては陽和は少なからず危惧していた。彼女自身が籠絡されかねない可能性も予想していたのだ。

そして、彼女自身の空回りする姿に付け入る隙が生まれてしまう可能性も否めず、そこに付け入る者がいるのではないかと思っていたが、雫のおかげで彼女自身強くなれたのなら、それは好ましい成長だったのだ。

愛子の成長に人知れず安堵する陽和に、優花はニマ〜と嫌な笑みを浮かべると話題を変えて尋ねた。

 

「それで、話は変わるんだけどあの人とはどんな関係なの?」

「あの人?」

「セレリアさんのことよ。表向きは従者って関係にしてるみたいだけど、実際のところはどうなのよ」

「あ〜〜、そういうことか」

 

陽和は優花の問いかけに気まずそうにする。

少し考えれば、優花が自分とセレリアとの関係について聞いてくるのは分かることだった。だというのに、今まで考えもしなかったことに、陽和はすこしだけやばいと感じてしまったのだ。

そして、優花はその内心を肯定するように眉を顰めつつさらに踏み込んでくる。

 

「………確か、狼人族よね。てことは、奴隷として買ったのかしら?どう言う目的で買ったのか定かではないけど、これは雫に報告する必要があるわねぇ〜」

「待て。違う。セレリアとはそんな関係じゃないし、そもそも彼女は奴隷じゃない」

 

予想通り恋人に報告しようとする優花に陽和は冷や汗を流しつつすかさず弁明する。

 

「へ〜じゃあどんな関係?」

「………オルクス大迷宮で出会った仲間だ。訳あって彼女は追われる身でな、目的が一致したからパーティーを組んで旅をしてるんだよ」

「オルクスで?また奇妙なところで出会ったわね。でも、追われる身?奴隷商人から逃げ出したとか?」

「……奴隷じゃないと言ったろ。それに、大前提としてセレリアは狼人族じゃなくて魔人族だ」

 

陽和は弁明をする為にセレリアの正体を明かす事に決めた。ここで下手に言い訳を並ぶよりも、正直話して口止めさせるべきだと判断したのだ。

優花は狼人族だと思っていたセレリアが、実は人間族と現在戦争中である魔人族だと知り、目を見開く。

 

「魔人族っ?あの人、魔人族なの?で、でも、じゃああの耳と尻尾は?」

「あれは固有魔法みたいなものだ。彼女は訳ありでな、魔人族から追われる身になってる。それで、逃げ延びてオルクス大迷宮に潜って、俺と鉢合わせして最初に殺し合いをして、その後話を聞いて目的が一致した為、共に旅をしているんだよ、ハジメ達とはその後に合流した」

「………うーん、まあ、なんか事情があるのは分かったわ。てか、あの人も中々な事情を抱えてるのね。ええ、事情は把握したわ。事情はね」

 

事情だけは把握したと言った優花に、陽和は『これまだ聞かれる奴だ』とゲンナリとするも、予想通りに優花はずいと陽和に更に詰め寄る。

 

「で、どんな関係?」

「だから、仲間だって言ってるだろ?」

「ええ、聞いたわ。でも、セレリアさんのあの様子だと、完全にあんたに惚れてるわよね?その自覚はある?」

「………………………………………ある」

 

長い沈黙の後陽和は優花の問いかけを肯定する。

露わになっている首筋には冷や汗が絶えず流れており、陽和の心境が窺えると言うものだ。

そんな彼に容赦なく追撃をする。

 

「一応聞くけど、セレリアさんに手出したりしてないよね?仮にもししてたら雫に事細かく報告するわよ」

「する訳ないだろっ。物騒なこと言うなっ!」

 

心底怯えた様子で陽和は戦慄の眼差しを優花に向ける。

たとえ、セレリアとやましいことはしていないといえど、それを優花によって自分が会うよりも先に報告されて知られてしまうのはまずい。

再会した時ビンタならばまだいい。泣かれでもしたら、もう陽和は生きていく自信がない。心が折れて、物言わぬ石像の如く沈黙してしまうだろう。

弁明するならばしっかりと自分の口で説明したいとも考えている。

しかし、ここで最悪なことが発生する。

 

『まぁ、何度も迫られてはいるがな。2番目でもいいとか言ってたな』

『うん、猛アプローチされてるよね。てか、一度キスされたよね?唇じゃなかったけど』

『ああ、それ以外にもあーんとか、添い寝とか色々あったぞ。一線は超えていないがな』

「なんでお前らそれを今言ったぁ!?」

 

相棒達の裏切りだ。

彼らはあろうことか、陽和の味方をして沈黙を貫くどころか、事実を暴露すると言う裏切りをしやがった。

陽和が『なんでぇ!?』と絶望の眼差しを向けて非難の声を上げる。

 

『事実だろ?それに遠からずバレるのなら今白状したほうがいいだろう?』

『ボクも同感。マスター、隠すと碌な事にならないと思うよ?』

「だからってそれ今言う事かっ!!ちゃんと雫には説明するって言ってんだろっ!!」

『だが、いずれ再会して伝えるとしても、そちらの手紙の方が早く届くんじゃないか?なら、もう明かしたほうがいいだろう』

「ぐっ、そ、それはそうだが……っ」

 

ドライグの正論に陽和は反論できずに言葉を詰まらせる。

そんな彼は冷たい視線に気づき、ギギギも油が切れたブリキのような動きでそちらへと振り向く。

 

「そ、園部さん…?」

「…………」

 

その視線の主は、瞳を鋭くしもはや睨んでると言ってもいい形相で、陽和に冷たい視線を向けている優花だった。

 

「ふ〜〜ん、そう、キスにあーんに、添い寝ねぇ……」

「あ、いや、それは違っ、違わないん、だがっ……決して浮気とかではなくてだな…?」

「へ〜、そう言い訳するあたり、事実ではあるのねぇ?これは事案かしら?」

「待って、ほんと待ってください。マジでほんとに。決して浮気なんてしてないから、報告するのだけはやめてください」

 

陽和が表情を青ざめさせながら優花に必死に頼み込む。していないのに恋人への浮気報告なんてされたら、目も当てられない最悪な事態になる。

絶対に怒られるし、嫌われるし、泣かれるに決まってるので陽和は全力で優花に懇願した。

優花は全力で懇願する陽和の様子に面食らったのか、少し驚くとその後鋭い視線を和らげて笑みを浮かべた。

 

「冗談よ。あんたがそんなことするような奴じゃないってのは分かってるわ。嘘はついてないってのも分かってるわよ。今のは少しからかってみただけ」

「………お、お前、心臓に悪いからそういうのはやめてくれよぉ」

「ごめんね。次は気をつけるわ」

 

そう軽い感じで謝罪する優花。

実に軽い感じだが、彼女の内心としては、これまでずっと心配かけたんだし、これぐらいの揶揄いは許してくれという魂胆だったりする。

 

それから、落ち着いた陽和と優花はお互いが得た情報の共有を行い、小一時間ほど談笑したあと、漸く話を終えた。

 

「それじゃあ、俺はそろそろ戻るか。明日は依頼もあるしな」

「ええ、そうね。ごめんね。長々と引き留めちゃったわね」

「いいって。こんなところで会うなんて思ってなかったからな。情報の共有ができてよかった。お前はこのまま宿に戻るのか?戻るなら送ってくぞ」

「……ううん、私はもう少し散歩するわ」

「そうか、なら、また今度な」

 

そう言って優花の横を通り過ぎて背を向けて宿へと立ち去ろうとする陽和。

そんな彼を優花は呼び止めた。

 

「あ、あのさ!」

「ん?」

 

少し言葉に詰まりつつも、大きな声で優花は呼び止めた。何事かと肩越しに振り返ると陽和達は視線でどうしたと尋ねた。

優花は一つ大きく呼吸すると、意を決して、

 

「その、ありがとね!あの時、私達を守ってくれて!」

「………」

 

あの時がどの時なのか陽和は聞かずともわかった。

全員がトラップで転送された、あの悪夢の場所でのことだ。確かにあの時、陽和はトラウムソルジャーに襲われかけた優花を助けた。

だが、あれは恩義を感じてもらいたくて助けた訳じゃない。陽和はそれを言葉にして伝えた。

 

「そりゃ、仲間なんだから助けるに決まってるだろ?」

「うん、あんたならそういうよね。でも、それでも

あんたにどうしてもお礼を言いたかったの」

「そうか」

 

優花の言葉にそう短く返した陽和は仮面の下で笑みを浮かべる。

陽和としては恩義を感じてもらうようなことはしていない。ただ、助けたかったから。守りたかったから。そうしただけのことだ。だが、それでも彼女の感謝を無碍にするつもりはなかった。

そして、今ので終わりだと思い再び視線を前方に戻そうとした時だ。

 

「あんたの想いは絶対に無駄にはしない!あんたは私を信じてくれた!だから、私もあんたのことを信じる!この先何があっても、私はあんたの味方だから!!」

「っっ!!」

 

優花がそう叫んだ。

陽和が王宮から去り、自分たちに手紙を託してくれたあの日に志した決意。自分達の前に立ち死に物狂いで戦ってくれたが故に、今自分達は生きているからこそ、その日から陽和を見る目は変わった。

感謝と尊敬。そんな感情を自分は抱いていた。

自分が一番危険な状況であるはずなのに、自分達に情報を託し信頼してくれた。

だからこそ、彼の想いは決して無駄にはしない、

たとえ、自分達では彼の足元に及ばない力しかなかったとしても。何の役に立たないのだとしても、決して背を向けることだけはしない。

自分の恩人であり、憧れである彼の想いに応えることこそ、彼の味方でいることこそ、自分がこの世界で出来る『戦い』なのだと。

優花はそれを言葉にして叫んだのだ。

そんな彼女の叫びに陽和は一瞬目を見開き驚いたものの、直後にはすぐに嬉しそうに笑い目を細めると、

 

「園部優花!」

「っ!な、なにっ?」

 

急に彼女の名を大声で呼ぶ。しかもフルネームで。

急に自分の名前を叫ばれたことに、優花は小さくぴょんと跳ねて驚く。

陽和は視線どころか体ごと優花に向けて、正面から彼女を見ると、

 

「お前は強い。心が特にな。それに根性もある。俺の手紙を見て俺を信じてくれた。それだけで十分だ」

「紅咲……」

「人の意志は誰にも穢されないほどに強く尊い高潔なものだ。だから、これからもどうかその在り方を貫き通してくれ。その意志を、いいや、自由な意志をお前は持っている。だから、大丈夫だ。そういった人間は死なない。この俺が保証する」

「……ぁ」

 

優花は小さく声を漏らすと、陽和をまじまじと見つめてしまう。陽和も真っ直ぐに優花を見ており、その瞳は信頼に満ちていた。

優花は彼の言葉とその眼差しに心を揺さぶられる。

自分が信頼し、憧れている人からの言葉は、閉ざされた闇の中に突如現れた灯火のような温もりと力強さがあった。

誰よりも気高い意志を持つ彼から、『大丈夫だ』などと言われて仕舞えば、自分の心が温まらないわけがなかったのだ。

 

「……ありがと」

 

優花はくすりと微笑むと、風にさられるほど小さな、ささやきのような礼の言葉を口にした。

それは陽和にはしっかりと聞こえていたのか、再び優花に背を向けた陽和が左手を軽く振ったのだ。

それはまるで『気にするな』と言っているようだった。

優花はその仕草に苦笑いにも似た笑みを浮かべると、陽和に背を向けて夜空に浮かぶ月を見上げた。

 

月光に照らされた優花の表情は、とても晴れやかで、頬に少しだけ朱が差していた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『あの子はこれから強くなるね』

『ああ、ああいった目をする者は例外なく成長する。あの娘も例外ではないだろう』

 

宿に戻る道中、二人の相棒が優花のことをそう評価した。

ドライグは、ああいった強い意志を秘めた目をしている者達は、例外なく強者へと成長することを知っている。

しかし、その『強者』とは一騎当千の英雄だけではない。

『強さ』とは力だけを指し示すものではない。

心、技、体、それぞれに使うことができる。優花はその中で『心』が強い。確かな決意を胸に秘め、自分がなすべき事に真剣に向き合い前へと進むことができる人間だ。

ドライグは解放者やかつての英雄、戦士達にそういう瞳を持つ者が多くいたのを知っている。ヘスティアもドライグからの話ではそういう『強者』を知っていたのだ。

だからこそ、彼らは過去の『強者』達と比較して、優花は将来的に彼らに遜色ない強者へと成長するのではないかと考えたのだ。

その推測に陽和は『当然だ』と笑みを浮かべる。

 

「あたりまえだ。園部は数少ない俺が信頼してる奴なんだ。そんじょそこらの腰抜けとは違う」

 

優花が陽和の事を信じているように、陽和も優花の事を信頼している。

重吾や愛子もだ。確かな矜持や信念を持っている者達。陽和が心の底から信頼し託せると断言できる。

優花は根性がある人間だし、人を束ねる力もある。

だから陽和は優花の事を、

 

「あいつは強いよ」

 

強い人間だと認めているのだ。

恐らく、恋人の雫以外の異性ではセレリアやレイカに次ぐほどの信頼を寄せていると言っても過言ではない。

その陽和の賞賛とも取れる評価に、相棒達は笑う。

 

『そうか。相棒がそういうのならきっとそうなんだろう』

『うん。マスターがそこまでいうなら彼女は信頼できるんだろうね』

「ああ」

 

相棒達も陽和がそう高く評価するのならと信じる事にした。

陽和は笑みを浮かべたまま心の中で密かに優花へと感謝の言葉を送る。

 

(……ありがとう。園部)

 

自分を信じてくれた事。

味方でいると言ってくれた事。

世界を敵に回して神と戦う事を選んだ自分の道を彼女は認めてくれた事が心の底から嬉しかった。

 

(………今のお前なら本当に大丈夫だろう)

 

陽和は優花宛に残したメッセージを思い出しつつ、今の優花ならばできるだろうと信じることができた。

だから、

 

(先生達のこと頼む。お前なら出来る)

 

そう信頼に満ちた言葉で、自身が信頼を寄せる頼もしい仲間である優花に密かに頼んだ。

しかし、なぜ、それを先程彼女に直接言わなかったのか。それは、この頼み事はすでに彼女にしているからだ。

では、それはどこで言ったのか。いいや、言ってはいない。彼は、優花宛に残したメッセージにその頼み事を書いていたのだ。

 

優花宛に残したメッセージ。それに書き残していたのだ。

 

 

『天之河でもなければ、俺でもない。お前こそがクラスメイトを束ねるリーダーに相応しいだろう。重吾と同じくお前に負担を強いる事にはなる。だが、お前ならばその根性でやり切ってくれると俺は信じてる。

 

———だから、クラスの皆のことは、お前に任せた』

 

 

そんな、信頼のメッセージを。

 

だから、陽和は言葉にしなかった。

 

だって、今の彼女を見れば、わざわざ言わなくても果たしてくれると信じることができたから。

 

 

 





はい、というわけで今回は陽和と優花が夜偶然あって色々話したという展開にしました。
ちなみにですが、この時ハジメと愛子は原作通り愛子の部屋で話していたりします。

今回明らかになった赤竜帝の眷属化の条件ですが、ダンまちの神血を刻む工程を参考にしました。ダンまちでは神血を背中に刻むことで恩恵を与え眷属とさせていましたが、こちらでは血を体内に取り込むのと両者の合意があり初めて成立するというふうにさせていただきました。
ダンまちも子供が神様に眷属にして欲しいと頼み、神がそれを承認して背中に神血を刻んでいたので、両者の合意があって成立するというふうに解釈させていただきました。

まぁまさか血ではなく、アレでも適応されるとは、まさかの陽和くんも予想外だったでしょうね。
与えやすいのが血であって、体の一部ならば何でもいいわけなんですよ。ヒロアカでもオールマイト、デクに髪くわせてましたし。



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