竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回もまた惚気パートあります。
そして、今回はウィル捜索編ですね。

さらに、この度お気に入り登録者数が遂に1,000人到達しました!みなさんのおかげです!本当にありがとうございます!!


35話 生きるということ

 

 

愛子達と再会した翌日の夜明け。

月が輝きを薄れさせ、東の空が白み始めた頃、陽和達一行は旅支度を終えて“水妖精の宿”の外にいた。他には、移動しながら食べれるようにと握り飯が入った包みを持っている。

極めて早い時間にもかかわらず、嫌な顔ひとつせず朝食にとフォスが用意してくれたものだ。さすがは高級宿。客への気遣いが素晴らしい。粋な計らいだと陽和達は遠慮なく感謝と共に受け取った。

朝靄が立ち込める中、陽和達は町の北門へと向かう。そこから、【北の山脈地帯】に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日らしいが、こちらにはバイクがある。飛ばせば三、四時間で着くだろう。

ウィル・クデタの失踪から既に5日が経過している。生存は絶望的で、陽和達も万が一の可能性を考慮しているが、それでも生きていればイルワの心証も良くなるだろうと考えているため、出来るだけ急いで捜索を行う予定だ。

幸いにも今日は快晴。捜索にはもってこいの日だ。

 

いくつかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えた時、陽和は北門の側に複数の人の気配、しかも見知った気配を感じて目を細めた。

朝靄を掻き分け見えたのは……愛子と優花達六人の生徒の姿だった。

 

『………一応聞きますが、どうしてここに?』

 

陽和が全員に視線を巡らせつつ問う。

愛子は毅然とした態度を取ると陽和と正面から向き合う。少し離れた場所で移動用に用意した馬を撫でながら何やら話し込んでいた優花、妙子、奈々、そして、淳史、昇、明人も、陽和達がやってきた事に気がついた愛子のそばにやってきた。

 

「私達もあなた方の捜索に同行させてもらえませんか?」

『気持ちはありがたいですが、同行はお断りします。捜索をしたければ、お好きにどうぞ』

「なぜですか?」

『私達の足の速さは違うからです。貴女方に合わせて悠長なことはしていられません。我々は迅速に動くつもりですので』

 

陽和は愛子達の後ろにいる馬達に視線を向けつつそう断る。魔力駆動二輪や魔力駆動車の速度に馬が敵うわけがないのだ。

陽和の言葉に、優花が周囲を見渡して、そして首を傾げると訝しそうな表情になる。周りには陽和が言うような移動手段がないからだ。

 

「足の速さが違うって……まさか、馬に乗るより走った方が速いってわけ?流石に、それは人外にも程があると思うけど?」

 

優花の割と失礼な物言いに陽和は、仮面の下で笑みを浮かべる。

確かに自分達ならば生身でも馬より速いし、スタミナもある。陽和やセレリアが本気を出せばそれこそ車ですら凌駕するスピードを出せる。

それに人外とは事実なので否定はしない。

そして、優花は昨夜陽和と話してから、心の整理がついており陽和にも気兼ねなく話せることができていた。

 

『……まぁ、馬よりは速いのは認めるが、ちゃんと移動手段はある』

 

陽和はそう言うと、左手の宝玉を光らせて“白桜”を取り出した。ハジメも宝物庫を光らせて、シュタイフを取り出した。

突然、虚空から大型バイクが出現した事に、ギョッとなる愛子達。

 

『貴女達ならこれが何かわかるだろう?見ての通りだ、これがあるから馬は必要ないだけのこと』

 

二つのバイクのフォルムと異世界に似つかわしくない存在感に度肝を抜かれているのか、まじまじと見つめたまま優花達は何も答えない。そこで、クラスの中でも屈指のバイク好きである昇が若干興奮したようにハジメに尋ねる。

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

「まぁな。それじゃあ俺らは行くから、そこどいてくれ」

「ま、待ってください!」

 

おざなりに返事をして出発するハジメ達に愛子が食い下がり引き止める。

彼女は引き止めると陽和に近づき優花達の方を気にしつつこそっと耳打ちした。

 

「その、ヴァーミリオンさん。南雲君から貴方のことは昨日のうちに聞いています。本当に無事で何よりです。それで、今回の件なんですがどうしても私達は同行したいんです。どうか理由だけでも聞いてくれませんか?」

 

昨夜、ハジメから話を聞く以前に陽和の正体に気づいていた愛子が優花達に聞こえない程度の声量で陽和の無事を喜ぶと、どうしてもついていきたいと懇願する。

陽和は彼女が自分に向けてくる眼差しを見てしばし考えたのち、話を聞くことを了承した。

 

『……分かりました。手短に話してください』

「はい、ありがとうございます。実は……」

 

そうして愛子は二つの理由を話し始める。

一つは、昨夜ハジメが愛子に“クラスメイトに殺されかけた”と発言したのだが、その真偽を確かめたいとのこと。一方的に否定したいわけではないが、真偽を見定めてこれから先起こるかもしれない不幸な出来事を回避するための手助けになればとハジメからもっと詳しく話を聞きたいらしい。

捜索が終わった後、再び会える確証がない以上、この場を逃すわけにはいかなかったのだ。

 

もう一つは、現在行方不明になっている清水幸利のことについてだ。

各地で情報を集めてはいるが、まだ北の山脈地帯方面を探してはいない。事件にしろ自発的失踪であっても、まさか北の山脈地帯にいるとは考えられなかったのだ。だから、この際陽和達の捜索対象を探しつつ清水の痕跡集めもしたいと言うことらしい。

 

ちなみに、優花達がいるのは偶然である。

 

愛子が、ハジメより早く北門に行って待ち伏せするために、夜明け前に起き出して宿を出ようとしたところを、愛子に昨夜の陽和との会話の内容を伝えようと早起きした優花が偶然愛子の部屋からの物音に気がついて発見したのだ。

旅装を整えてありえない時間帯に宿を出ようとする愛子に、優花が問い詰めれば、愛子が陽和達の捜索活動について行くつもりだったことが発覚。

ならば、『自分も行きます!』と同行を申し出たわけである。

 

他の生徒達もいるのは、護衛隊だからと言う建前だからだ。全員を優花が叩き起こして準備させて、捜索隊に加わってもらったのだ。

なお、騎士達はいてもトラブルの種にしかならないのでお留守番だ。一応書き置きも残している。最も、聞き入れてくれるかはわからないが……

 

愛子は事情を話すと、小声で決意を伝える。

内容が内容だけに聞かれないように顔を寄せてきた愛子の目元には、よくよく見れば化粧で隠しきれないほどの色濃い隈があることに気づく。昨夜はほとんど眠れなかったのだろう。

 

「私は先生として、南雲君だけでなく貴方からも詳しい話を聞かなければなりません。だから、お願いします。少しだけでもお時間をください。話を聞ければ、おとなしく引き下がりますから」

 

陽和は愛子の瞳が決意に光り輝いているのに気づく。愛子の行動力は理解している。生徒の事が絡めば解決するまで奔走するのが彼女だ。

だが、それでこそ愛子だ。そして、そんな彼女の教師の在り方を自分は認め尊敬している。

だから、断る理由はなかった。

 

『……………分かりました。同行を認めましょう。貴女が聞きたい話ができるか保証できかねますが……』

「それで構いません。ちゃんと聞いておきたいだけですから」

『変わりませんね。ですが、それでこそ貴女だ』

「はいっ、当然です!」

 

陽和の了承を得られたことに喜色を浮かべて胸を張る愛子。二人の様子に交渉がうまく行ったようだと優花達も安堵していた。

 

「おい、本当に連れて行くのか?」

『ああ、断ればどこまでもついてくるだろうからな。この人の気質はお前もよく知ってるだろう?』

「……まぁ確かにな。連れて行くのが最善か」

 

最初こそ渋っていたハジメだったが、二人の会話を盗み聞きしていたこと。彼女が生徒のことに関しては妥協しないと言うことを知っているため、仕方なく同行を認める。

 

『よし、ハジメ。“ブリーゼ”だせ。それに全員乗せろ。俺とセレリアは“白桜”で行く』

「あいよ」

 

陽和の指示にハジメはシュタイフをしまうと、代わりに魔力駆動四輪“ブリーゼ”を取り出した。

軍用のハマーを彷彿とさせる重厚で凶悪なフォルムに、一見してわかる外付けの武装が搭載されていてさらに凶悪さを増している。艶消しのブラックカラーと後方に銃座まであるピックアップタイプの巨体は、遠目に見れば進路上の一切を轢殺せんとする魔物に見えることだ。

ぽんぽんと大型物体を出し入れするハジメに、驚かずにはいられない愛子達。

 

「乗れない奴は荷台な。とっとと乗れ」

 

そう言い残してさっさと運転席にいくハジメに複雑な視線を向けつつも優花達は慌てて乗り込む。

ブリーゼの傍では白桜に跨り後部座席にセレリアを乗せた陽和がおり、窓ガラスを叩いた。

 

『ハジメ、俺が先行する。それでいいな?』

「ああ、構わねぇよ」

『なら行くぞ』

 

そして、白桜から魔力を噴出させながらまず陽和達が出発し、次いでハジメ達が乗るブリーゼが白桜に追従し北の山脈地帯へと向かった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

前方に山脈地帯を見据えてまっすぐに伸びた道を、マシンじみたフォルムの二輪ー白桜と装甲車の如きいかつい四輪ーブリーゼが爆走している。

街道とは比べるべくもない悪路ではあるものの、サスペンションによる衝撃吸収機能がついている上、錬成による整地機能もあるのでガタガタ揺られるということはない。

ブリーゼも同様だ。

ちなみに、ブリーゼに荷台を取り付けてピックアップタイプにしているのは、荷台にガトリングをセットして走行しながらぶっ放すと言う行為に、ちょっと憧れがあったからだ。ハジメの細やかなこだわりである。

陽和もそれには大いに同意して共に制作に励んだのだが、女性陣には『?』と返されてしまった。悲しき男の性である。

 

ブリーゼの車内はベンチシートになっており、運転席には当然ハジメが、隣の席には愛子が、その隣にユエが乗っている。

愛子がハジメの隣なのは例の話をするためである。他の生徒には聞かれたくないため、ハジメのすぐ隣で話したかったのだ。しかし、本来ならばハジメの隣はユエの指定席なのだが、ユエは愛子の話の内容をハジメに聞かされて知っているので渋々、愛子に隣を譲った。

とはいえ、愛子もユエも小柄なのでスペース的には全く問題なく、むしろ余っていたりする。

その他のメンツは後部座席か荷台に座っており、女子の四人が後部座席に、男子二人が荷台に乗っている。

 

後部座席に乗っているシア達は少々窮屈を感じている様子だ。シアは言わずもがな、優花や妙子も割と肉感的な女子なので場所をとってしまっているのだ。スレンダーな奈々は、彼女らの体の一部を見て唇をアヒルのように尖らせては、自分の胸をペタペタと触っている。返ってくるのは悲しい感触なのでやるだけ虚しいだけだが。

そして、後部座席に座るシアは絶賛妙子と奈々からハジメとの関係を根掘り葉掘りきかれているところだ。異世界でない種族間恋愛など花の女子高生的には大好物でしかなく、興味津々といった様子でシアを質問責めにしている。シアは陽和のことを言わないように気をつけつつも、健気に答えていた。

 

陽和とセレリアはブリーゼの前を走る白桜に乗っており、陽和が運転してセレリアが彼の後ろの席に座り腹に手を回してひっついている。

ちなみにだが、愛子とハジメの会話の内容は内蔵しているスピーカー越しに聞いており、特製イヤホンで会話もできるようにしているため、陽和もハジメたちの会話に参加している。

 

更に余談だが、シアへの質問責めに参加していない優花は仕切りに前方を走る陽和とセレリア二人にチラチラと視線を向けており、少しだけ残念そうにしていた。彼女としては、セレリアに根掘り葉掘り関係性について聞きたかったので、聞けないことを残念がっているのだ。

一方で、陽和達の会話は佳境を迎えていた。

 

『………で、では、本当に故意に魔法が打ち込まれたんですか?』

『だから、何度もそういってるだろ。魔法のスペシャリストのあいつも断言してるくらいだ』

『はい、魔法陣の式にそう言うふうに進路の誘導を刻んでおかなければ起きないようなことですからね』

 

話していたのは奈落に落ちた原因となった魔弾のことについてだ。

故意に魔法が打ち込まれたと信じたくない愛子が何度目かわからない問いをしても帰ってくるのは変わらない事実であることにますます彼女は頭を悩ませる。

 

『そ、その…‥心当たりは、あるんですか?』

『檜山が一番可能性が……いえ、ほぼ確実に檜山がやったと俺は思っています。あと、既にこの話は雫とメルドさんにも伝えて、それとなく警戒するように伝えています』

『そう、ですか……』

 

愛子の問いかけに陽和が厳しい口調で断言する。

それに加えて、メルドや雫とも情報共有をしていると言うことを伝えられて愛子は肩を落とす。

声が沈んでおり、彼女の内心が暗いのが明らかだ。

彼女は檜山が人殺しをしようとしたことを、これまでのハジメに対する檜山の対応を見ればもしかしたらと考えてしまったのだ。人殺しをするほどに歪んでしまった心をどうすれば元に戻せるのか、どうやって償いをさせるのかと言う事が、彼女を悩ませていた。

そんな彼女は、うんうんと唸って悩んでいたのだが、しばらく考えて行くうちに走行の揺れと柔らかいシートが眠りを誘ったことでいつの間にか夢の世界へと旅立ってしまった。ずるずると背もたれを滑りこたんと倒れこんだ先はハジメの膝だった。

いつの間にか、愛子から寝息が聞こえてきたことに陽和は愛子が寝たのだと察した。

 

『……?先生は寝たのか?』

『ああ。寝ちまったな。これ以上は話を聞けそうにねぇな』

『了解。まぁ伝えるべきことは伝えれたからな。俺も無線を切るぞ』

『おう』

 

そうして陽和は無線を切ると露骨にため息をつく。

 

「はぁ、やっぱ先生にはあの時伝えなくて正解だったな」

 

愛子に手紙で檜山が危険だと言うことを伝えなくて正解だった。あの時、もしも伝えていれば愛子は疑心に陥り露骨に檜山を警戒してしまうかもしれない。もしくは、檜山に直談判してしまうかもしれない。

そうなれば檜山が何をしでかすかわからない。だからこそ、雫とメルド、レイカの三人にしか伝えなかったのは正解だった。

 

「………さて、話を聞いた先生がどう思うか。彼女次第だが、何もしない方がこちらとしてはありがたいな」

 

陽和としては愛子が何も行動しない方が望ましい。

彼女が動けば必要以上に事態が拗れる可能性があるからだ。それならば、何もせずに自分達で処理した方がずっとスムーズに事が進むだろう。

陽和は最悪の場合檜山を殺害することも視野に入れているからだ。生徒を大事にし更生に動くであろう彼女とは、決して相入れない方針だ。だから、何もしない事が最も望ましい対応なのである。

とはいえ、それは……

 

「……無理だろうなぁ。必ず先生が立ちはだかる」

 

陽和はそれを無理だと諦める。

なぜなら、彼女ならば必ず殺すのを止めようとするはずだ。だから、彼女の妨害が無く檜山を処分できる方法は、

 

「……暗殺、かなぁ。もしくは、問答無用で斬り捨てる他ないか」

 

その二つしかないと陽和は考える。

どちらを選んだとしても自分はクラスメイト殺しの汚名を背負うことになるだろう。だが、それは仕方のない事だ。

檜山とあともう一人、陽和が警戒している存在はそれだけ危険であると考えているのだから。

そう難しい顔で考えつつ結論づけた陽和に、真後ろで聞いていたセレリアは腹に回した腕の力を強めて背中に頬を当てると言った。

 

「………陽和。私は貴様がどんな選択を選んでも、決して責めないからな」

「……いや、大丈夫だ。檜山に関しては俺がやらなくちゃいけない事だからな」

「わかってる。貴様が汚名を背負おうと言うことぐらいは、だから私はなんだって協力する」

「……ああ」

 

陽和とセレリアの間に特殊な世界が生まれる。

信頼しあっている二人が成せる世界なのだが、何にも知らないものからすれば、それは桃色の世界同然にしか見えない。

そんな二人の空気を察して、会話は聞こえていないはずなのに、興味津々のキラキラした眼差しを向ける女子高生二人と、あいつやっぱ有罪かな?と視線を鋭くする女子高生二人。いつものことかぁと慣れたのかスルーする仲間三人と、荷台と繋がっている窓には嫉妬の炎を燃やす瞳三対が張り付いていた。

これから、行方不明者捜索をすると言うのに、なんとも締まらない始まりだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

【北の山脈地帯】

 

標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な環境が広がる場所だ。

日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もあり、本当にバラバラだ。

また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。現在確認されているのは四つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくらしく、断念したそうだ。

 

ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、陽和達一行が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れている。

紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に山の幸に恵まれた山なのだ。

 

陽和達は、その麓で止まるとしばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れる。

女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようだ。

 

ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえて、四輪を宝物庫に戻すと、代わりにとある物を取り出した。

それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 

ハジメは指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。

四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

 

音もなく飛んでいった鳥の模型を遠くに見ながら愛子が代表して聞く。

それに対するハジメの答えは“無人偵察機”という自動車や銃よりも、ある意味異世界に似つかわしくないものだった。

 

———重力制御式無人偵察機“オルニス”

 

ハジメが“無人偵察機”と呼んだ鳥型の模型は、ライセン大迷宮で遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、ミレディから貰った材料で作ったものだ。

生成魔法により、そのままでは適性がないために使い物にならない重力魔法を陽和の協力も得ながら鉱物に付与して、重力を中和して浮く鉱物『重力石』の生成に成功。

そこにゴーレム騎士を操る元になっていた感応石を組み込み、更に、『遠透石』を頭部に組み込んだ。『遠透石』とは、ゴーレム騎士達の目の部分に使われていた鉱物で、感応石と同じように、同質の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色をもう片方の鉱物に映すことができるというものだ。ミレディは、これでハジメ達の細かい位置を把握していたようだ。

ハジメは、早速魔眼石にもこの遠透石を組み込み、〝無人偵察機〟の映す光景を魔眼で見ることが出来るようになったのである。

 

もっとも、人の脳の処理能力には限界があるので、単純に上空を旋回させるという用途でも四機の同時操作が限界である。一体、ミレディがどうやって五十騎ものゴーレムを操作していたのか全くもって不思議だ。

 

一応ハジメが持つ“天歩”と言う技能の最終派生の“瞬光”というに知覚能力を上げる技能に覚醒してからは脳の処理能力も上がっているようで、一機までなら自らも十全に動きつつ、精密操作することが可能になっている。また、“瞬光”使用状態では、タイムリミット付きではあるが同時に七機を精密操作することも可能だ。

 

『ハジメ、セレリア。お前達は地上から偵察しろ。俺はオルニスと並行して上から捜す』

「ああ、分かった」

「了解した」

 

そして、ハジメがオルニスを飛ばして操作する中、陽和はセレリアを白桜から降ろすとハンドル部分にあるボタンをカチカチと弄る。

すると、カチカチガチャと白桜が変形を始めた。装甲が増え、タイヤ部分を半分以上覆い隠す。更に白桜前部の形状が流線型に尖り、バイザーも伸びて陽和の全身を守れるほどの大きさへと変わる。二回りほど大きさを増した白桜に愛子達が目を丸くする中、陽和は最後の操作を行う。

 

『変形完了。重力石起動』

 

そう告げると白桜が赤光を帯びてオルニスと同じようにふわりと浮いたのだ。

何を隠そう、空飛ぶバイクである。

重力魔法を習得した後、ハジメのオルニス製作を手伝った際、『これ、空飛ぶバイクいけんじゃね?』と相談した結果、『やってみるか!』と言うことで白桜の改造を始めたのだ。

変形機構を組み込み、変形部分の装甲を全て重力石で作り、タイヤにも重力石を組み込んだ。その結果、見事二人の思惑通りに重力石を起動させれば飛行が可能となるバイクが完成したのである。勿論、シュタイフも改造済みだ。

これが完成した当初少年二人は新たなロマンの完成にガッツポーズして喜んだのだが、あいもかわらず女性陣は首を傾げており、少年達は二人していじけたとか。

何はともあれ、浮遊飛行を開始した白桜の出来栄えにに共同制作者であるハジメは満足げに頷く。

 

「どうやらうまく行ったみたいだな」

『ああ、上々だ。これならいけるだろ。早速使って空から捜索してみる』

「おう、頼むわ。その機動力ならかなり楽だろう」

『ああ、行ってくる』

 

そういうと陽和は“白桜”を操作してあっという間に空高く飛び上がってオルニスの後を追い山の方へと飛び立っていった。

 

「す、すごい、ですね……」

「もう、なんでもありね……」

「いいなぁ、俺も錬成魔法覚えようかなぁ……」

 

マフラーから赤い炎を噴き出しながら飛んでいった赤光を帯びた白いバイクの様子を下から見上げる愛子達が何度目かわからない驚愕に呆然としていた。

 

「おい、さっさと行くぞ」

 

呆然としている彼らにそうぶっきらぼうに声をかけたハジメは、ユエ達を連れてさっさと山道を進んでいってしまう。ハッとした愛子達は慌ててハジメ達の跡をついていった。

 

▼△▼△▼△

 

 

紅や黄に彩られた木々の上を、赤光を帯び赤い炎を噴出させながら爆速飛翔する“白桜”に乗る陽和。

その速度は凄まじく、車やバイクは勿論のこと、並の飛行機の速度すら超えていた。

陽和は“白桜”で爆速飛翔しながら、仕切りに視線を動かして捜索を行なっている。

だが、あちこちに視線を巡らせ、尚且つ感知系技能もフル活用しているのに未だ痕跡一つ見つからなかった。

陽和は少し焦ったそうに呻く。

 

「………中々見つからねぇな」

『焦るな相棒。こういった時は焦らずに落ち着いた方がはかどる』

「そうだけどなぁ。やっぱ早いうちに見つかった方がいいだろ?」

『だからこそ焦るのでは無く冷静にだ。焦れば肝心なものを見落とすかもしれんぞ?』

「OK。分かった。確かに一理ある』

 

確かに少しばかり焦っていた陽和は、ドライグの冷静な言葉に頷くと少し深呼吸して自分を落ち着かせた。

落ち着かせた陽和は、仮面の“遠見”による望遠レンズを使い地上を凝視しながら感知系技能を最大限に高めて捜す。痕跡は一つも見つからなかったが、それとは別に一つ奇妙なことに気づいた。

 

「おかしいな」

『ああ、どうも奇妙だな。何があったんだ?』

『うん、魔物の気配が感じられない。まるで()()()()()()()()()()()()()

 

三人が気づいた奇妙なこと。

それは、捜索に乗り出してから今まで一度も魔物を見ていないと言うことだ。野生動物はなんだか見てはいるものの、どこにいっても魔物の反応がしない。

それは、実りが豊富なこの山脈地帯ではまずありえないことだ。

その異常性に陽和は少し不気味さを感じつつ一つの結論を出す。

 

「冒険者達の行方不明。姿を見せない魔物達。………そして、清水の失踪。どうも、無関係とは思えないな。何かしら繋がってる可能性がある」

 

今この北の山脈地帯で起きているであろう三つの事件。それらが全て繋がっているのではないかと陽和は推測したのだ。

どうも先ほどから胸騒ぎが収まらず、何かしらの関係性はあるのではないかと陽和は予想した。

それには、相棒達も同意する。

 

『同感だ。明らかに自然に起きることではない。人の手が加わったものだ』

『うん、これは明らかに異常だよ』

 

相棒達も陽和の推測に納得を示す。

 

「……何か嫌な予感がするな」

 

陽和は明らかな警戒を顕にしてそう呟く。

ただ行方不明者捜索の依頼でここに来ただけだったが、もしかしたら自分達は既に何か大きな事件に巻き込まれつつあるのでないだろうかと危惧していた。

 

「……少し急ごう。ポイントを移す。今度は東側に向かうぞ」

『ああ』

『うん』

 

そう言って、陽和は魔力を込めて噴出量を明らかにあげて速度を上げると凄まじい勢いで別のポイントへと向かう。しばらく飛び続けて先ほどいた場所から5kmほど離れたポイントに辿り着いて周囲を見渡した時、ヘスティアが何かに素早く気づく。

 

『……ん?マスター、あそこ見て。あの川沿いのところ』

「ん?…っっ、あれは」

 

ヘスティアが示した場所に視線を向ければ、川沿いのとある場所で明らかな争いの跡を見つける事ができた。

 

「あれは……降りるぞ」

 

陽和は険しい表情を浮かべるとあの争いの跡は行方不明者の冒険者達と関係があると即座に断定づけてすぐさまそこへと降りる。

降り立ち“白桜”をしまった陽和は周囲を見渡す。周囲には小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。しかも、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

陽和はラウンドシールドを手に取る。

 

「これは、最近のものだな。てことは」

『ああ、行方不明の冒険者達の装備だろう。何かしらの戦闘があったと見ていいな』

『魔物との戦闘だね。木々の損傷具合から見ても、魔物と戦闘があったことを裏付けている』

 

ヘスティアの指摘通り、近くの木の皮が禿げている。

高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見えた。高さからして人間の仕業ではない。陽和はラウンドシールドや鞄を全て回収しつつ、傷のある木の向こう側へと踏み込む。

 

先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。

しばらく痕跡を追っていると、陽和は地面に何か光るものが落ちているのに気づき拾う。

 

「これは、ペンダントか」

 

ペンダントを拾い汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットペンダントだと気づく。

留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものだろうから、回収しておく。

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものそうでないもの問わず全て回収していく。ある程度歩きそこそこ回収したところで陽和は開けた場所に出た。

 

「っ、これは……」

 

開けた場所に出た陽和は、視界に広がる光景に眉を顰める。

開けた場所は、自然とできた場所では無く大規模な戦闘によってできた跡だった。

 

そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーのようなもので抉り飛ばされたように。

抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。しかも、何本もの木が半ばからへし折られて、何十mも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十cm以上ある大きな足跡も残されている。

 

『ここで大規模な戦闘があったようだな。確か山二つ向こうにブルタールがいたが、これは奴らの足跡ではないな』

 

ドライグのいうブルタールとは、RPGでいうところのオークやオーガのことだ。大した知能はないが、集団で行動すること。“金剛”の劣化版“剛壁”という固有魔法を持っていることから、中々に強力な魔物だと認知されている。普段は二つ目の山脈の向こう側に生息しており、町側には近寄っては来ないらしく、ここにはまずいないらしい。

しかも、足跡の大きさからもブルタールの数倍ある為、これはブルタールの仕業ではないとドライグは断定する。

そして、根拠はもう一つ。

 

『しかも、この抉られた跡、焦げ跡から察するに竜のブレスじゃないかな?』

 

抉られた地面。何かレーザーのようなもので地面を抉られたというこの痕跡だ。周辺が焦げていることから、炎系の攻撃によるものだろう。だが、ブルタールは火属性の攻撃手段など持っていない。

そして、ヘスティアはこの攻撃は竜のブレスによるものだと推測する。

彼らの断定と推測に、抉られた地面を見ていた陽和はそれらを肯定した。

 

「ああ、間違いない。ここに竜がいる。しかも、相当強い部類だぞ」

 

間違いなく竜が関わっている。

これだけの強力なブレスを放てるのだ。地上ではかなり強い部類にカテゴライズされると判断できる。

やはりこれはただ事じゃないなと陽和は立ち上がる。

 

「一度ハジメ達と合流しよう。これは、中々に大事になるぞ」

『ああ、そうした方がいいな。途中で鉢合わせるかもしれんしな』

『うん、マスターなら大丈夫だろうけど、合流した方がいいね』

 

相棒達も陽和の提案に納得する。これからの方針を決めた陽和は空へと視線を向けた。

 

「ここからじゃ念話も届かないからな。代わりにこれで合図を送るか」

 

そういうと、陽和は左手に炎を宿しそれを空高く打ち上げた。ヒュルヒュルと赤い炎の尾を引きながら空へと登った火球は、上空200m程の高さまで登るとポンっと弾けた。

信号弾ならぬ信炎弾だ。これで、ハジメ達にもここで痕跡を見つけたと知らせる事ができるだろう。しかも、遠くの上空に目を凝らせばオルニスがいたのを確認する。陽和はもう一発信炎弾を放ちここに何かあると伝えると再び痕跡へと視線を戻した。

 

「ハジメ達がくるまでもう少し調べておくか」

 

陽和はハジメ達に合図を送った後、彼らがこの場所に来るまで周辺地域をさらに念入りに調査していった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

時は少し遡る。

陽和と別れたハジメ達は1時間ほど山を歩いた後、川で休憩をとっていた。休憩をした理由は、六合目に入ったのでそろそろ周辺の調査をする必要があったということと、同行している愛子達がハジメ達のペースについてきれずに既に息も絶え絶えだったからだ。

体力を消耗しきり、フラフラになった彼女達を置いていくわけもできずに、ちょうどいいからと休憩がてら川に寄ったのだ。

 

ユエやシアが素足でパシャパシャと川の水を弄んだり、水につけて流水の感触にくすぐったそうにしており、それを川岸の岩に腰掛けたハジメが眺めている。

セレリアもハジメから少し離れた岩に腰掛け、足を水につけながら青い空をボーと眺めている。ヘロヘロの愛子達は川岸で腰を下ろして水分補給に勤しんでいた。

男子達も喉を潤せることと、素足姿の女性陣に視覚的な潤いまで得られたことに嬉しそうだったが、直後優花達が揃って冷たい眼差しを向けてきたので、喉を潤し涼むはずが、一気に冷え込んだかのように身震いする。

そんな中、川から上がったユエがハジメの膝の上にポスっと腰を下ろしたのだ。柔らかな尻をふにふにと動かしてベストポジションを探っている。

 

「……ん」

 

満足のいく場所を見つけたのか、心地よさそうに目を細めながらハジメに寄りかかり全体重をかける。

それを見て、シアが寂しくなったのか、ハジメの背後から無言でヒシッと抱きついたのだ。

突如、発生したラブコメ空間に愛子は頬を赤らめ、奈々と妙子はキャーキャーと歓声を上げ、淳史達男子はギリギリと歯を慣らしている。

ハジメはハジメで、二人を振り解くことはなく、そっぽを向いている。どうやら、照れているようだ。

その様子を見て、セレリアは呆れ笑いを浮かべる。

 

「……全く。照れるならば、やらなければいいのに」

 

セレリアは一つ嘆息するとぼそっとそう呟いた。

少し離れた場所に座るセレリアは、しなやかな足を振るいパシャと水を立てて遊ぶ。だが、その表情は決して楽しいとは言わず、どこか寂しそうであった。

そんな時だ。彼女に声をかけるものが一人。

 

「隣いい?」

 

声をかけてきたのは優花だ。

優花はセレリアのそばまで歩み寄ると、上から彼女の顔を覗き込みつつそう尋ねる。

セレリアは快く頷き、少し横にずれた。

 

「ああ、いいぞ」

「ありがとう」

 

礼を言うと優花はセレリアの隣に腰を下ろして自分も足を川の水につける。

 

「はー気持ちいい。水の冷たさが丁度いいわね」

「そうだな」

 

優花は水の冷たさに喜色を浮かべると、セレリアへと振り向く。

 

「一応昨日自己紹介したけど、改めて、私は園部優花よ。優花でいいわ」

「分かった、優花。……それで、何か聞きたそうだな?」

 

セレリアは雑談もなしにいきなり本題を尋ねる。

ハジメや愛子達から少し離れた場所にいるため、自分達の会話は聞こえないはずだ。

だからこそ建前なしの遠慮なしに本題へと入った。優花もそれを理解しているのだろう。一瞬、愛子達に視線を向けた後、川の水面へと視線を下ろすとその本題を話し始めた。

 

「昨日、あいつと話したわ」

「ああ、聞いている。私のことも大まかにだが説明したそうだな。その他のことも色々と」

「ええ、なら話が早いわ。ねぇ、あなたはあいつのことが恋人がいるとわかっていても好きなの?」

「そうだ」

 

どストレートな問いにセレリアは即答する。

優花はその潔さというか、清々しいまでの即答に少し驚く。

 

「……どうして、あなたがあいつに惚れたのか聞いてもいい?」

「事情を知ってる君なら構わんぞ。私が彼に惚れたのは、心と命を救われたからだ」

 

そうして彼女は自分が彼に惚れた経緯を語り始める。

 

「いきなり重い話になるが、私は実の兄によって化け物に変えられたんだ。魔物と合成させられ、魔物の力を有する生物兵器にさせられた。魔人族なのに、獣人に見えるのはそう言うことだ。普段はあえて狼人に変化しているんだ」

「えっ……あっ、その、…」

 

優花は目を大きく見開くと、あからさまに動揺する。

その顔には罪悪感が宿っており、聞いてはいけないことだと咄嗟に理解したようだ。

そうして、なんとか謝罪しようと言葉を並べようとする彼女に、セレリアは微笑む。

 

「悪気がないことはわかってるから大丈夫だ。それに、あの絶望がなかったら私は陽和に出会えなかったんだ。今思えばそれほど悪い思い出ではない。

絶望の後には希望が待つというだろう?私は彼と言う希望に出会えたんだ」

 

『辛かったのは事実だがな』とカラカラと笑うとセレリアは話を続ける。

 

「それから、兄の元からどうにか逃げ出した私は追っ手を凌ぎつつオルクスに潜った。兄を止めるため、そして神に狂わされた魔人族を元に戻す為に力を求めたんだ。

そこで、私は彼と出会った」

 

思い出すのは彼と初めて会った時のこと。最初、自分は彼を魔人族からの追っ手だと思った。兄が自分にも隠していた秘密兵器のような存在が自分を追ってきたのだと思っていた。

だから、自分は問答無用で彼に襲い掛かり殺し合った。

結果は自分が負けた。そして、目を覚ました時、自分が見たのは焚き火を挟んだ向かいで自分を心配そうに見る彼の姿だった。

疑心に満ちた心では、その眼差しの意味を汲み取ることもできずに何故生かされたのか疑問で一杯で即座に戦闘体勢をとったのだが、話を聞けばそもそも彼は自分を殺すつもりはなく、それどころか傷の治療までしてくれたのだ。

そうして誤解が解けた後、自分の身の上話を彼にしたのだ。

 

「私の話をした時、彼は心の底から怒ってくれた。

彼も弟や妹がいるからこそ、兄として下の子らを愛し守るべきで、泣かせるなんて言語道断だと。だから、同じ兄貴として兄さんをぶん殴ってやると言ってくれたんだ」

「……あいつなら言いそうね。家族のことを本当に大事にしてるやつだもん」

 

優花は陽和がセレリアのために起こる様子を想像して小さく微笑む。ああ、確かに。弟と妹を溺愛する彼ならば、怒って当然のことだと。

 

「あの時は本当に嬉しかったよ。私は気味悪がられると思っていたからな、同情や哀れみ、恐怖ではなく、私の境遇に怒りを抱いてくれた。私はそんな彼を見て、自分は孤独じゃないんだと思うことができたんだ」

 

あの時、セレリアは言葉にはしなかったものの陽和に心を救われたのだ。兄の手によって化け物に変えられた自分には、帰る場所はもうなくて化け物のまま死ぬんじゃないのかと密かに思っていた。

そんな暗闇に沈んでいた彼女の心に光が差したのは、他ならぬ彼の言葉があったから。彼の言葉があったからこそ、塞ぎ込まずに前を向いて戦おうと言う気持ちになれたのだ。

 

「それから彼と私は神殺しを為す為にパーティーを組んで共に戦った。背中を預け、時には守り、時には守られた。何度も食事をし、何度も語り合った。そうして彼の内面を、本質を知っていき、彼が優しくて強い人間だと言うことを知った。そうして私は彼に惹かれていった。いつしか彼の隣に並び立ち、彼のことを支え続けたいと想ったんだ」

 

当時のことを思い出したのか、嬉しそうに微笑みながら語るセレリア。だが、次の瞬間には少し暗い表情を浮かべる。

 

「一度、彼は私を庇って死にかけたことがあったんだ」

「あの紅咲が…?」

 

優花は信じられないと驚愕する。

陽和が死にかけたと言うのも当然だが、時系列的に赤竜帝の力を継承し更に強くなった陽和を追い詰めるほどの魔物がいたことに戦慄を覚えたのだ。

 

「ああ。とある強力な魔物を倒したと思って油断していた時にな。咄嗟に庇ってくれなければ、私は死んでいたことだろう」

 

当時守られて陽和が死にかけたことを思い出してか、セレリアは悔しそうに表情を歪める。だが、すぐに微笑を浮かべた。

 

「あの時、私は彼が立ち上がってくることを信じて彼を守る為に戦った。だが、魔物が強くてな。最終的に動けなくなって殺されそうになったんだ。そうして殺される瞬間、私は生きることを諦めていた。自分が死んでも彼ならば必ず勝ってくれると信じていた。だが……」

 

彼は自分が信じた通りに再び立ち上がってくれた。

しかも、自分が死ぬ間際にヒュドラの閃光から守ってくれた。そこからはまさしく逆転劇だった。

 

「陽和は私を守ってくれた。信じた通りに立ち上がって、再び魔物に立ち向かった。力を完全解放した陽和は見事魔物を倒した。あの時の姿は私は決して忘れないだろう。彼のあの誇り高く、気高い背中に、私は完全に心を奪われてしまったんだ」

 

『なにより』と言葉を繋げると、セレリアは少し頬を赤く染めて照れ笑いを浮かべると、

 

「あんなのを見たら、もう惚れるしかないだろう」

 

最後にそう言い切った彼女の表情は、まさしく恋をする乙女そのものであり、優花は彼女が本気で陽和に惚れ込んでると言うのを否応なく理解させられた。

だからこそ、尚更優花は視線を鋭くさせた。

 

「………あなたが本心からあいつに惚れ込んでるのは分かったわ。別に他人の恋路に口を突っ込む気はないわ。だけど、これだけは確認させて」

 

優花はそう言って、一呼吸を挟むと視線を鋭くさせたまま剣呑な様子で尋ねる。

 

 

「……あなたは、雫とあいつとの繋がりを切り裂こうとしているの?」

 

 

そう尋ねたのだ。

キッとなまじりを釣り上げる様は、まさしく睨んでおり、傍から見れば喧嘩を打っているように見えるだろう。いや、ある意味喧嘩を売っている。

雫という恋人がいるのを知りながらそれでもなお陽和に迫るセレリアに、優花は雫と陽和の仲を切り裂いてまで、陽和と恋仲になろうとしているのではないかと危惧したのだ。

だが、そんな彼女の問いかけに、セレリアはきょとんとし目を瞬かせると、あっさりと返す。

 

「いや、それはないな」

「え?ないの?」

 

あまりにもあっけらかんとそう言ったセレリアに、優花は拍子抜けといった様子で目を丸くする。

 

「ああ。私は2番目で構わないと思っているからな。1番は既に彼の恋人のものだ。だから、私はその次に愛してくれるならそれでいい」

「ず、随分あっさりしてるわね」

 

自分の予想とは違いすぎる彼女の返答に優花は戸惑いを隠せない。

 

「まぁ、認識の相違というものだな。この世界では、権威ある者は妻が複数人いることが多い。いわゆる一夫多妻が普通なんだよ」

「ああそういえば、そうだったわね」

 

この世界での権力者達は一夫多妻が当たり前なのだということを優花はリリアーナが前に話していたことを思い出した。そして、気づいた。

地球では彼女持ちにアプローチするのは最低な行為で普通なら躊躇う。だが、そもそもの世間常識が違うからこそ、セレリアは2番目でもいいから陽和の恋人になろうとしていることに躊躇をしていないのだ。

 

「ま、まぁ、常識が違うからってのは分かったけど……それでも、雫が許すかしら…?」

 

だが、それはそれとして雫が納得するかは別の話だ。

そう呟き頭を抱えて唸る優花にセレリアはふっと笑う。

 

「それは、私の努力次第だな。勿論、彼女に認めてもらうように直談判するさ。駄目と言われても、根気よくいく」

「そ、そう。ちゃんと考えてるのね」

「当然だ。陽和が最も大切に思う者を悲しませては本末転倒だからな。そこらへんはしっかりと配慮するさ」

 

ちゃんと雫にも配慮しているあたり、セレリアはただ陽和に受け入れてもらうだけではなく、彼が紡いだ縁も大事にしようとしているのだ。

自分が思っていた以上に、セレリアは陽和のことを真剣に見ていて惚れているのだと理解すると、少し恥ずかしそうに顔を逸らす。

 

「……なんか、ごめんね。あなたのこと少し誤解してたわ」

 

優花は先ほどの自分の言動を恥じる。

彼女がセレリアにまず抱いた印象は、彼女持ちに言いよる奴だった。しかも、陽和が彼女のことを悪く思ってはなく、良心に付け込んでいるのではないかと疑ってすらいた。だから、もしも今の問答で本性を出したら、全身全霊で叩きのめそうとすら考えていたのだ。

だが、蓋を開けてみればどうだ?

明らかになったのはセレリアが打算とか、良心につけ込むとかではなく、心底惚れ込んでいるということ。しかも、自分だけが幸せになれば良いのではなく、自分が惚れた男が大切にしている縁も、彼と同じように大切にしていこうとしていることだ。

優花は彼女のことを誤解していたと気づき己の言動を顧みて恥じる。そうして謝罪する優花にセレリアは少し驚いた表情を浮かべたあと、すぐにクスリと微笑んだ。

 

「……本当に、陽和は人の縁に恵まれている。いや、陽和にはそれだけ人を惹きつける魅力があるということだな。そして、優花、君は友達想いなんだな。陽和が信頼するのも頷ける」

「ちょ、そ、そんな真っ直ぐに言われると恥ずかしいんだけど……」

「だが、事実だ。君は彼だけでなくその恋人のことも想ってこうして私に直に話をしにきた。私の返答次第では、ここで戦うことも辞さないつもりだったんじゃないのか?不和の原因になりうる私を排除するために」

「っっ」

 

優花は自分が考えていたことが見透かされていたことに少し息を呑み、気まずそうな表情を浮かべる。だが、そんな優花をセレリアは責めなかった。

 

「責める気はない。むしろ、当然のことだ。自分の友人に言い寄る女がいて、恋人との仲を引き裂こうとしているなら、嫌悪感を抱くのは仕方ないさ。君は、二人のことを想って私に正面から話をしにきたんだ。そうそうできることではないだろう。君の行動は誇るべきものだ」

「そ、それは……」

 

責めるどころか称賛されたことに優花は気恥ずかしそうになる。本心を見透かされて心外だと怒られると想ってたからこそ、この反応は予想外だった。

そして、セレリアは真剣な表情を浮かべると、真っ直ぐに優花を見る。

 

「大丈夫だ。君が思うようなことには決してさせない。陽和にアプローチすることはこれからも変わらないが、それでも2人を悲しませるようなことはしないと約束する」

「………セレリアさん…」

 

彼女の名を呼びしばらく何も言わずにセレリアを見ていた優花は、顔を俯かせて膝の上で使っていた握り拳を見下ろしながらぽつぽつと呟き始める。

 

「……あいつは、紅咲は…すごく優しい奴なの。……誰よりもみんなのことを考えていて、誰かの為に行動できる奴なのよ」

「ああ、分かってる」

「あっちの勝手な事情で世界の敵にされて、殺されかけているのに……それでも、あいつは私達のことを気にかけるぐらい……お人好しなのよ。……だから、その分誰よりも多くのものを背負っているんだと思う……」

「ああ、それも分かってる」

「……どうにかしたくても、私達はまだ弱いから、どうしてもあいつの守る対象になっちゃうわ。だから、その……」

 

そこで優花は顔を上げてセレリアを真っ直ぐに見る。

顔を上げた彼女の表情はとても真剣なものであり、彼女は彼女に頭を下げると一つお願いをした。

 

「お願いします。あいつが折れないように、これからもあいつを支えてください」

 

『守る対象』である自分達では弱いから彼の支えになることはできない。だからといって、守られることに安心し切ることはできなかった。

彼の気質を知っているからこそ、戦い続ける彼の身を案じたのだ。とはいえ、自分達では隣で戦うことができないから、今共に旅をし背中を預けるに値するセレリアに頼んだのだ。

どうか、陽和が折れないように傍で支え続けてほしいと。

彼女を認め受け入れたからこそのそんな願い事に、セレリアは瞠目するとクスリと微笑み。

 

「約束する。これからも私は彼が折れないように支え続けよう。君達が危惧する未来には絶対にさせないと、私の誇りにかけて改めて君達に誓おう」

「……ありがとう」

 

優花は願いを引き受けてくれたことに感謝する。

ここまで彼を想い信頼している人がいるのだ。きっと陽和は折れることはないだろう。それに、彼はもうすぐ雫とも再会する。無意識的に抱えている精神的負担も軽減されることだろう。

そう優花が安堵した時だ。

 

『……?』

 

その時、遠くの空で火の玉が打ち上がり花火のように弾けたのを彼女達は見た。セレリア達だけでなく全員が空に打ちあがった火の玉を見上げた。

 

「……花火?こんな山の中で…」

「いや、違う。あれはソルだな」

 

セレリアはタオルで手早く足を拭いて靴を履くとすっと立ち上がる。そして、立ち上がったセレリアはこちらに振り向こうとしたハジメに声を張り上げた。

 

「ハジメ!休憩は終わりだ!!すぐにあの場に向かうぞ!!ソルが何か見つけたらしい!!」

「ああ。“オルニス”で確認した。大規模な破壊の跡がある。すぐに向かう」

「全員休憩は終わりだ!!移動するぞ!!」

 

セレリアとハジメの掛け声にユエとシアが迅速に動き、愛子達がワタワタとしながら急いで準備をし始め早急に陽和との合流を目指して移動した。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『おう、来たか』

 

白桜に跨りながら宿でもらったおにぎりを食べていた陽和は、ハジメ達が来たのを確認すると手を振った。

 

「ああ、早速来たわけだが……こりゃスゲェな……」

 

ハジメが周囲を見渡しながら、破壊の光景に驚きの声を漏らす。急いできた為くたくただった愛子達も明らかな大規模な破壊の痕跡に、驚愕をあらわにしていた。

 

『これは俺の推測になるが、この破壊は竜種の魔物がやったと考えている。それも地上の中じゃかなり強い部類に該当するだろうな』

「ああ、確かにそう言われても納得できる程の破壊の傷痕だな」

 

ハジメ達を呼ぶ前に出た結論を話せばハジメもすぐに納得を示した。

確かにこれほどの破壊など、並大抵の魔物ができるものではない。相当に強い部類の魔物ー竜種の魔物がやったと考えるのが妥当だ。セレリア、ユエは二人の言葉の重さに自然と表情を険しくさせている。シアもどこか不安げだが、やってやると意気込んでいた。

 

『まだ俺の感知では確認できていないが、途中で遭遇するかもしれん』

「そうだな。警戒はしておこう」

 

ハジメはそう言うと虚空に視線を向ける。オルニスを操作しているのだろう。現にハジメの上空では各地に散らばったオルニスが一度集まり再び四方へと散ったのだ。

そんな彼に、陽和は近づくと小声で一つ頼み事をする。

 

『ハジメ、ちょっとこっちに来てくれ。話がある』

「?ああ」

 

ハジメは一瞬訝しむものの、すぐに頷き陽和の後をついていく。そして、愛子達から声が届かないぐらいに離れたところまで来ると、早速本題を切り出した。

 

『急で悪いんだが、この依頼を終えたらすぐにホルアドに向かいたい』

「ホルアド?なんでまた急に」

『……昨日、お前が先生と話している間、俺は外で園部と偶然会って話をした』

「園部とね。で、何を話したんだ?」

『大まかなことはお前と変わらない。だが……その話の中で、雫が竜人に転生しつつあると聞かされた』

「なに?」

 

ハジメは思いがけない衝撃的内容に思わず眉を顰める。

 

「なんだって八重樫が竜人に?何か心当たりは?」

『……いくつかある。まだ確証はないが、恐らくは俺の眷属として転生しつつあるみたいだ』

「お前の眷属……確かに竜人の起源はドライグの眷属って話だが、お前はまだ力を継承してない段階だったはずだろ?」

 

彼の鋭い指摘に陽和は肯定して頷く。

 

『ああ。だが、俺のと同じ紋章が浮かんでいたらしいからな、間違いなく眷属化が進んでるってことになる』

「なるほど。……まぁ、確かにそうなったら、王宮にいるのはまずいな」

『ああ。だから、ホルアドに着き次第俺は雫を迎えにいく。とはいえ、お前達まで天之河達と会うと面倒なことになりそうだから、ホルアドの外で待ってて欲しい』

 

陽和だけでなく全員でホルアドに入って雫に会いに行けば余計な混乱を招く可能性が大いにある。

その為、ホルアドに着いたら、近くでハジメ達を待機させて、自分が一人で最速最短で雫を迎えにいく方針にしたのだ。

自分一人ならば容易く追っ手をかい潜れるし、問題を起こさないように隠密に動くことだって可能だからだ。

ハジメも万が一光輝達に出会した際に面倒事が起きそうな気がして、それを想像したのか面倒くさそうな表情を浮かべながら頷く。

 

「了解した。なら、依頼を終わったらすぐにホルアドに向かおう。そんで俺らは外で待機。八重樫を連れてき次第すぐに移動する。それでいいか?」

『ああ、それで問題ない。急に悪いな』

 

陽和は自分の我儘で旅の工程に少し寄り道を付け加えたことを謝罪する。だが、そんな謝罪にハジメは笑みを浮かべつつ呆れると、軽く肩を叩いて言った。

 

「何言ってんだ。お前の恋人が危険な状況なんだ。なら、これは迷惑でもなんでもねぇよ。余計な気は使うな」

『……そうだな』

「おうよ。そんで調査の方はどうなってる?」

『ああ、それなんだが……』

 

陽和はこれまで得た調査の結果を確保した遺留物を見せつつ伝えていった。そして、自分達が更に調査した結果、出た推測も伝える。

それはつまり、この戦闘の痕跡から察するにウィル達は下流に流されたのではないのかと。

魔物達の目を誤魔化すにしても、逃げるにしても、上流に逃げるとは体力、精神的に鑑みても低い。

だからこそ、ウィル達は下流に流されたのではないのかと推測し、ここら辺はもう探し尽くしたのでこれからそちら側に向かおうと陽和はハジメに提案した。

話を聞いていたハジメもそれには賛同し、愛子達にもそれを伝えた結果、全員が賛同したので川沿いを歩き下流へと下っていった。

そして、しばらく歩けば、陽和の感知にようやく反応があった。

 

『!お、漸く見つけた』

「?見つけたのか?」

『ああ、しかも生存反応だ。反応は一つしかないが、それでもまだ生きてる人間がいた』

『っっ!!』

 

陽和の言葉にセレリア達は揃って驚く。

生存の可能性はゼロではなかったとしても、限りなく低いのだから。この人間の反応が行方不明になっている彼らのうちの一人ならば、奇跡だ。

 

『近くに滝があるな。場所はおそらくその裏側の滝壺の奥だろう。急ごう』

 

そうして少し早足で反応があった場所へ行けば、そこには陽和が言った通り、先ほどのものとは比べ物にならない立派な滝があった。

陽和達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りて滝壺付近に着地した。

陽和は滝を見上げると右手を翳し二言。

 

『———“波城”“風壁”』

 

すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーセの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。

無詠唱無陣で、二つの魔法を同時に応用行使したことに愛子達はもう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、かつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたことだろう。

 

『入るぞ』

 

魔力も無限ではないので、陽和はさっさと愛子達を促して滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込み進む。

洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、奥へと続いているようだ。

 

『———いた』

 

中に周囲を巡らせれば、奥に横に倒れている男を見つけた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

陽和達は早速倒れている男のそばに駆け寄る。

確認すると、年は20歳くらいで、男性で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は死人のように青ざめた顔をしている。

しかし、大きな怪我は見当たらないし、鞄の中には未だ少量の食料も残っていることから、単純に眠っているだけのようだ。

顔色が悪いのは、精神的なものだろう。彼がここに一人でいるのと関係していると判断できる。

 

『さて、どう起こしたもんか……』

「手っ取り早い方法があるだろ」

 

気遣わしげに容態を見る陽和がどうやって起こそうかと思考していた時、ハジメが陽和を押しのける。

そして、ギリギリと力を溜め込んだ義手デコピンを青年の額にぶち当てたのだ。

 

「ぐわっ!!」

 

悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべた。

陽和は『もう少しまともな起こし方があるだろぉ』とため息をつき、非難の視線を向けた。

ハジメは、そんな彼らをスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

 

「お前が、クデタ伯爵家三男のウィル・クデタか?」

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは再びデコピンの形を作って額にゆっくり照準を定めていく。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

「えっ、えっ!?」

「お前は、ウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい!そうです!私がウィル・クデタです! はい!」

 

一瞬、青年が答えに詰まると、ハジメの眼がギラリと剣呑な光を帯び、ぬっと左手が掲げられ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

そして、ハジメが何かを言うよりも先に陽和がハジメを強制的に下がらせて自己紹介をする。

 

『驚かせてしまい申し訳ない。私はソルレウス・ヴァーミリオンです。我々はフューレンのギルド支部長イルワ・チャングさんからの依頼であなた方の捜索に来ました。とにかく、無事でよかった」

「イルワさんが!?そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィル。

先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことは気にしていないらしい。もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのブタとは大違いだ。それから、全員の自己紹介を済ませて、早速何があったのかをウィルから聞く。

 

話をまとめるとこうだ。

ウィル達は五日前、陽和達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。

流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、撤退行動に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川に追い込まれたそうだ。

そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

絶望とは漆黒の竜のことらしい。陽和の予測通り、竜が現れたそうだ。

その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃され殺されたらしい。

ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していた。そして、陽和達がそこを見つけ起こして今に至るのだ。

 

途中の経緯が、何となく、誰かさんの境遇に少し似ていると思ったが、陽和はそれを口にすることはなかった。

 

ウィルは、話している内に感情が高ぶったのか啜り泣く。無理を言って同行したというのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分。

救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分。

歓喜と嫌悪という相反する思いが混ざり合いとなって溢れ出した。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか言葉が見つからず、誰もが黙っていた。

生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。セレリアはどこか冷徹な表情を浮かべている。

 

『———なら、今ここで死ぬか?』

 

その時、そんな声が聞こえた。

その声が聞こえると同時に陽和がウィルに近づき、左手でウィルの首を掴み地面に叩きつけたのだ。

 

「かっ、はっ」

「な、なにをっ」

 

ウィルが苦しげに呻き、隣で摩っていた愛子がギョッとなって抗議の声を上げようとした瞬間、陽和はウィルの顔の真横にヘスティアをザンッと突き立てると、低く冷たい声音ではっきりと告げた。

 

『———今ここで死ぬか生きるかを選べ』

 

瞬間、軽い殺気がウィルに叩きつけられる。

愛子達や優花でも少し驚く程度の殺気だったが、ウィルには効果覿面だったのかビクッと体を大きく震わせると、目の端から涙が次々とこぼれ落ちて小刻みに震え始めたのだ。

恐怖に震えるウィルに陽和は容赦なく言葉を叩きつける。

 

『お前は自分一人生き残って喜んでいることが最低だと言ったな。ならば、お前も死んで、仲間達の元に行くか?死を望むなら俺が殺してやるよ。苦痛なく殺してやろう』

「ひっ、わ、私は……」

『どうした?生存を喜ぶのが最低なんだろ?ならば、死ぬしかあるまい。だが、自分で死を選ぶこともできないんだろ。そんな腰抜けであるお前を、わざわざ俺が殺してやると言ってるんだ。ほら、早く言えよ。罪悪感で心が潰れる前に私を殺してくださいと』

「ひっ……うぅ、……」

 

涙を流し恐怖に体を震わせるウィルは、陽和の殺気に飲まれて応えることすらできずただ無様に泣くことしかできなかった。そんなウィルの無様さが苛立ったのか陽和は声を荒げた。

 

『どうしたっ!?早く言えっ!!お前は死にたいんだろっ!!なら、とっとと殺せと言えっ!!』

「ぐっ、かっ……」

 

今度は陽和の怒号が洞窟内に響く。

首を掴む手に力が籠ったのか、ミシミシと嫌な音が鳴りウィルが息苦しそうに呻いていた。

その様子に愛子と優花は陽和が本気でウィルを殺そうと悟ったのか止める為に動こうとする。

 

「ヴァーミリオンさん、それ以上は「先生待った」っ、南雲くん?どうして」

 

だが、彼女達が動く前にハジメが愛子を止める。どういうことだと視線で問う二人にハジメは落ち着いた様子で陽和達から一切視線を逸らさないまま言った。

 

「大丈夫だ。先生が思ってるようなことは起きねぇから、黙って見ていろ」

「…………で、でも…」

「畑山さん大丈夫だ。どうか彼を信じて欲しい」

「セレリアさんも……」

 

ハジメだけでなくセレリアにまでそう言われた愛子はもう一度陽和に視線を向けると、少し逡巡したのちに口を閉ざして成り行きを見守ることを選んだ。

そうして誰もが固唾を飲んで見守る中、ウィルはゆっくりただが確かに手を動かして自分の首を掴む陽和の手を掴んだ。そして、陽和の手首を掴んだウィルは、息苦しそうにしながらも、それでも口を開き言葉を紡いだ。

 

「い、嫌だっ。死にたくないっ」

 

口から出たのは死を拒絶する言葉だ。

ウィルは止めどなく涙を流し、唇を震わせながらも必死に言葉を紡いではっきりと言った。

 

「まだっ……私はっ、なにもできてないっ!」

 

それはウィル・クデタの紛れもなく本心からの言葉だった。

守られるだけで何もできなかった自分は、まだ何一つとして出来ていないと声を大にして叫んだのだ。

 

『———そう思うなら、生きろ』

「え……?」

 

その言葉に陽和は一瞬の沈黙の後、先程の怒号とは打って変わって、ひどく優しげで透き通った声でそう言った。

先程との余りの違いに呆然とするウィルに、陽和は語りかける。

 

『悲しんでいい。嘆いてもいい。だが、折れるな。そこで諦めようとするな。お前は守られ生かされた側だ。生かした者達に報いなければいけない。

そして、何をすれば報いることができるか。

生きればいい。生きることこそ最大の恩返しだ』

「生きる、こと……」

『そうだ。何が何でも生き続けて、足掻きに足掻き抜け。理不尽に、不条理に抗い続けろ。そうして自分が今日生き残った意味をいつか必ず見つけるんだ。

お前の物語はまだ続いているだろ。なら、こんなところで蹲ってどうする。立て。しっかりと踏ん張って、前を向き未来に進め。それが生きるということだ』

 

そう言って陽和はウィルの首から手を離し、ヘスティアも地面から抜くと、鞘に仕舞いつつ彼から離れて小さくため息をつくと仮面の上から右手で目元を覆う。

 

(……少し、感情的になってたな)

 

陽和は先程の自分の発言を思い出し、少し荒療治だったかと反省する。

先程の陽和の一連の行動は、ウィル自身の態度に怒り覚えたからだ。自分が守られ生かされたというのに、彼らを死なせてしまった罪悪感で自分を卑下して蹲るだけの彼に、陽和はハジメを助けられなかった時のことが脳裏に過ぎったのだ。

守られ生かされたと言うのに、彼は再起するどころか最低だと自分を卑下して諦めようとしていた。それがどうしようもなく腹立たしかったのだ。

だとしても、荒療治であり言い過ぎだなと陽和は心のうちで反省する。そんな彼の元にセレリアが歩み寄り、肩に手を置く。

 

「……気に病む必要はない。貴様は何も間違ってないよ」

「セレリア……」

「何より私は、貴様の言葉で救われたんだ。その私が保証する。貴様の言葉は、人の心に響く言葉だ」

「……気を遣わせたな」

「なに、主人のメンタルを支えるのも従者の仕事さ」

 

後ろでウィルが自分の内面と語り合う中、陽和とセレリアはそう言葉を掛け合う。陽和は彼女の頭を優しく撫で、セレリアは嬉しそうに表情を綻ばせて尻尾を振り、耳をピクピクとさせている。

ユエとシアはその様子を微笑ましげに見ており、ハジメは何か深く考え込んでいた。

そして、愛子達も陽和の言葉に胸に何か重いものを打ち込まれたかのような気持ちになっていた。

愛子や優花は彼の事情を知るが故に、その他の生徒達は陽和の事情を知らずとも彼の言葉が冗談ではなく、深い実感がこもっていたとわかっていたが故に。

彼の言葉には確かな熱があり、死の恐怖に囚われていた淳史達の心に深く染み渡りじんわりと温まったかのような。

 

『ほら、いつまでそこで固まってる。早く行くぞ』

 

大勢がそれぞれ己を見つめ直すように沈黙する中、陽和がそう言って全員を現実に引き戻すと、撤退を促した。

このままいけば、日の入りまでには十分に間に合う。ブラタールの群れや黒竜、魔物が消えたことなど気になることは諸々あるものの、やるにしてもそれは夜だ。

その前に戦闘能力が低いウィルや愛子達を街にまで連れていく必要がある。

 

ウィルも、足手纏いであるとは自覚しているようで撤退には反対せず大人しく従う。淳史達は街の人たちも困っているから調査すべきだと正義感からの主張をしたのだが、愛子と優花が危険性が高いと言うことで断固拒否し、結局全員で撤退することにした。

そうして陽和を先頭に洞窟を歩いていたのだが、滝壺に近づいた時、彼は徐に足を止めると、滝壺の方を凝視し舌打ちをする。

 

『チッ、面倒なことになったな』

「どうした?」

 

後ろを歩くセレリアが陽和にすかさず尋ねる。

陽和はセレリアに振り向かないまま、警戒心を露わにした声音で自分が今感じたものを伝える。

 

『今、気配感知で確認したんだが、外にいるぞ』

「っっ、まさか」

『ああ、恐らくは黒竜だろう。どう言うわけか、外で待ち伏せしてやがるな』

『『っっ!!』』

 

外にウィル達冒険者一行を襲った黒竜が待ち構えていると知り、愛子達は一斉に表情を強張らせる。

ウィルに至っては、トラウマを思い出してかカタカタと震え始めた。

 

『この気配……中々強いな。奈落深層レベルはあるぞ』

「ああ、確かにな。どうする気だ?」

 

ハジメも気配感知を行い気付いたのか、力量を測ると陽和にどうするか尋ねる。

その問いに対する返答はただ一つだった。

 

『無論、戦う以外ないな』

「た、戦うんですかっ⁉︎む、無茶ですよ!!」

 

戦闘を選んだ陽和に、ウィルが抗議の声を上げる。

彼の表情は再び青ざめており、心に刻み込まれた絶対的恐怖に陽和でも勝てないのではと思ってしまったのだ。

愛子達も危ないことをしようとしている陽和に心配そうな眼差しを向けている。

心配するウィルに、陽和は嘆息するとはっきりと言った。

 

『お前基準で力量を比べるな。あの程度の敵に負けるほど俺は弱くはない』

「で、ですがっ」

『ガタガタ言うな。どの道ここを出なくちゃ、麓に降りることもできないんだ。なら、戦う以外ないだろう』

 

そう言って陽和はさっさと滝壺の方へと歩いていってしまう。ハジメ達も彼に追従していってしまったため、愛子達も慌てて追いかける。

そうして、陽和の魔法で滝壺から出てみれば、

 

『グゥルルルルル』

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼を羽ばたかせながら空中より金の眼で睥睨する竜が、予想通り待ち構えていた。

 

 

 





さぁ、次回いよいよ黒竜との戦闘が始まるますよっ!!

果たして、ケツパイルをされるのか?はたまたされないのか?
ドM駄竜ルートか、スーパー黒竜さんルートになるのか。あの人の性癖がどうなるかは次回明らかになります!!

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