竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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みんな待たせたなぁっ!!
みんなお待ちかねのドラゴンVSドラゴンが始まるぞォォっっ!!

ケツパイルからのドMルートか、それ以外でのスーパー黒竜さんルートになるのか、今回明らかになりますっ!!


36話 黒の同胞

 

 

 

『グゥルルルル』

 

自分達を見下ろす竜の体長は7m程。長い前足には五本の鋭い鉤爪が、背中から生えている巨大な翼は魔力を纏っているのかうっすらと輝いている。そして、翼を羽ばたかせるたびに、翼の大きさからは考えられないほどの風が渦巻いていた。

だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だ。縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められてなお美しさを感じさせる輝きを放っていた。

サイズこそ陽和には大きく劣るものの、外見的特徴の大半は陽和が竜化した姿と酷似していた。

 

『グゥルル……』

 

その黄金の瞳がスッと細められると、低い唸り声が喉から漏れ出る。唸り声と共に放たれる迫力は凄まじく、陽和の竜の姿を見ていなければ、黒竜こそ空の王者に相応しいと思ってしまうほどだった。

そんな竜を前に愛子達は蛇に睨まれた蛙の如く硬直しており、ウィルに至ってはトラウマを思い出して今にも崩れ落ちそうだった。

黒竜から感じる威圧感は、陽和の推測通り奈落深層九十階層の魔物と遜色ないほどだった。

 

『………』

『っ、まずいっ』

 

黒竜はウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向ける。陽和がその様子に咄嗟に身構えた。その警戒は正しかったのか、黒竜は徐に頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開きそこに魔力を収束し始めたのだ。

キュゥワァアア!!と不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響く。それを見た陽和は声を張り上げる。

 

『ブレスだ!!全員退避しろっ!!』

 

陽和の警告にセレリア達は即座に反応して一足飛びで退避する。だが、愛子達は金縛りにあったかのように動けなかったのだ。

 

『チッ!“浄火の大光盾(アイギス)”ッッ!!』

 

陽和が全員を抱えての退避は間に合わないと瞬時に判断すると、右手を黒竜の方にかざして“浄火の大光盾”を展開する。

夕焼けの中、燦然と輝き渦巻く赤炎と白光の大盾が具現し、陽和達を囲むように展開される。

直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれる。音すら置き去りにして陽和の大盾に激突したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし大盾の周囲の地面を融解させていった。

 

「ソルっ!!」

『大丈夫だっ!!しばらく近づくなよっ!?焼かれるぞっ!!』

 

防壁の外からいち早く退避したハジメが心配そうに陽和の声を叫び、陽和がそれに大丈夫だと声を張り上げ近づかないようにさせる。

防壁自体はびくともせず、見事にブレスの攻撃を耐え切っているのだが、地面を融解させるほどの熱量だ。いくらハジメ達といえども近づけばひとたまりもないだろう。

そんな中、陽和は背後で怯えている愛子達に視線を向ける。淳史達は純粋な驚愕の眼差しを陽和に向けており、愛子や優花は心配そうに陽和を見上げていた。

 

『そんなに心配する必要はない。俺の障壁はこの程度では揺るがないからな。だから、そこで大人しく見ていろ』

「で、でもっ!」

『いいから下がってろ。下手に動かれると守りづらくなる』

 

有無を言わさない口調で愛子達に何もしないようにキツくいうと、改めて黒竜へと視線を向ける。

 

『さて、このまま防ぎ続けることもできるが……そろそろ鬱陶しいな』

 

黒竜のブレスが“浄火の大光盾”を砕くことはあり得ないだろう。なにせ、ヒュドラの光弾や極光すら防げるほどの強度なのだ。

それに劣る攻撃を防ぎ続けることなど容易いことだが、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。それに、あちらもブレスを放ち続けることはないだろう。

しかし、終わるのを待つ気はない。なにより、そろそろ受け止め続けるのも煩わしく感じてきたところだ。だから、陽和は防ぎつつ攻撃に移ることにした。

 

『“部分竜化”』

 

陽和の言霊に応え、陽和の全身が赤光を帯びて、四肢がビキビキと異音を立てながら竜鱗が並び鉤爪が生える竜の四肢へと変わり、背中からは赤き翼が、腰からは尻尾が生えた。

 

「ヴァーミリオンさん、そ、それは……」

「あんた、その姿……」

『…………』

 

肉体を変化させた陽和に淳史達が驚愕に目を見開き、愛子や優花が思わずと言った様子で呟く。

陽和はそれには何も返さずに、無言で倍加を発動させた。

 

『Boost!!』

 

倍加の音声が力強く響く中、陽和は左手の《赤竜帝の宝玉》と瞳を翡翠に輝かせると仮面の口部分を開き口の中に紅緋の輝きを収束させていく。

口の端からはバチバチッと雷が迸り、ボウッと炎が溢れる。

後ろにいる愛子や優花が陽和がやろうとしていることを察して、目を見開く中、陽和は黒竜を見据えると告げる。

 

『そろそろその口を閉じろ』

『Boost!!』

 

二度目の倍加の後、陽和は上体を逸らすと口を大きく開きながら、防壁を解除する。そして、解除と同時に陽和もブレスを解き放った。

 

『ガァァアアアッッ!!!!』

『ッッ⁉︎』

 

咆哮と共に陽和の口から紅緋に輝く雷炎のブレスが閃光となって放たれる。凄まじい轟音を立てて黒いブレスと拮抗した後、やがて赤のブレスが勢いを増していき黒いブレスを呑み込んでいき、数秒もしないうちに黒竜のブレスを完全に破り、頭部へと直撃した。

 

『グゥゥルゥアァ!?!?』

 

頭部に直撃したブレスは勢いよく爆ぜて、黒竜自体を爆炎で飲み込んだ。爆炎に飲まれた黒竜は悲鳴を上げて後方に吹き飛ぶ。しかし、地面に落ちるすんでのところで間一髪翼を必死に羽ばたかせて再び空へと舞い上がる。

舞い上がった黒竜は明確に陽和へと視線を向けると、唸り声を上げながら睨む。

 

『へぇ、流石に堕ちはしないのか。ま、挨拶代わりの一撃だ。これで堕ちたらつまらん』

 

陽和は流石に堕ちなかったかと感心の声を上げると同時に安堵する。思ったよりも弱くてはつまらないからだ。

黒竜が思ったよりタフそうであることに安堵する陽和に、相棒達が声をかける。

 

『相棒、やるのか?』

(ちょうどいい機会だからな。戦わないわけがない)

『随分と楽しそうだね。マスター』

(ああ、ドライグ以外では初めての竜が相手なんだ。久々に滾ってきた)

『ククッ、そうか。なら、存分にやれ。必要なことがあれば適宜言おう』

(おうよ)

 

相棒達と内心でそう話し合った陽和は、こちらを睨む黒竜を見上げて不敵に笑う。

 

『グゥガァァァァ!!!』

 

黒竜は空の王者である自分が地に堕とされかけたことにプライドでも刺激されたのか、それとも攻撃してきた陽和を煩わしく感じたのか咆哮を上げながらこちらを睨んでくる。

先程よりも更に殺気が込められた眼光と咆哮に、後ろにいる愛子達は一様に怯える。ウィルに至っては腰を抜かしていた。

 

「ヴァ、ヴァーミリオン……」

 

優花が震える声で陽和の名を呼ぶ。

見れば、心底心配そうに陽和を見ておりこれからどうするのかと視線で問うていた。その視線に陽和はクスリと笑うと彼女の頭を優しく撫でる。

 

『お前達はそこで見ていろ。大丈夫だ。お前達の事は俺が守る。だから、安心しろ』

「………大丈夫、なのよね?」

『ああ。あの程度大した脅威じゃない』

 

そう言えば優花はもう心配することをやめたのか、信頼するような眼差しを向けてきた。

その様子を隣で見ていた愛子は静かな声音で言った。

 

「……どうかお気をつけて」

『はい』

 

愛子の呟きにそう返した陽和の周りに退避したセレリア達が合流してきて、黒竜の動きに警戒しながら陽和に尋ねた。

 

「ソル、援護は必要か?」

『いらない。お前らは彼女達を余波から守っててくれ』

「心得た」

『任せたぞ』

 

セレリア達に優花達の守りを任せ、陽和は前へと進み出る。そして、仮面を外しながら黒竜を見据えて未だ自分を見下ろす愚かな黒竜へと告げる。

 

「さて、お前が何を思ってこんなことをしてるかは知らん。だが、お前の前にいるのはお前達の新たな王だぞ」

 

厳かな口調でそう告げると、数歩歩いたところで立ち止まり仮面を仕舞う。

 

「王に刃向かったらどうなるか。それを思い知らせてやろう」

 

そう告げた陽和は左手を掲げて宝玉を瞬い翡翠に輝かせながら全身から紅蓮の魔力光を解き放つ。炎のように激しく噴き出す魔力の猛りは凄まじくて、後ろで見るしかできていなかった優花達はその魔力の密度に驚愕していた。

そして、陽和は静かに呪いを唱えた。

 

 

『———竜帝化(バランス・ブレイク)

『Welsh Dragon Brance Breaker!!!!』

 

 

力強い音声が響き渡り、陽和の全身を紅蓮の輝きが包み込み夕焼けに染まっていた山間部を、眩い紅蓮で照らす。

優花達だけでなく黒竜ですらもその紅蓮の輝きに目を奪われ、硬直している中、紅蓮の輝きが一気に膨れ上がり、輝きが内側から爆ぜると中から勇壮な赤竜が姿を現した。

 

 

 

『ガァァァァアアアア——————ッッッ!!!』

 

 

 

太陽が、あるいは焔が具現化した。そう思わせるほどの煌めく紅蓮色の竜鱗に身を包む赤竜。

その体躯は黒竜よりも二回りほど大きい20m超えの巨体だ。四肢もその体格に相応しく頑強であり、地面を掴む赤黒い鉤爪が容易く傷跡を刻む。

対峙する黒竜が夜や月を連想させるならば、赤竜と化した陽和の姿は、まさしく太陽を連想させる。

陽和が光に包まれたかと思えば黒竜をも上回る体躯の勇壮な赤竜へと変化し黒竜と睨み合う光景に淳史達は度肝を抜かれたのか目を丸くし唖然としていた。

 

『グゥガァァァァ!!!!』

『グゥルォォァァ!!!!』

 

淳史達が唖然とする中、黒竜が威嚇するように咆哮を上げて、それに対抗するように赤竜と化した陽和も咆哮を上げ、翼を広げると勢いよく飛び上がり黒竜へと襲いかかる。

対する黒竜も陽和を迎え撃たんと翼を羽ばたかせて勢いよく降下して空中で激突した。

 

『ガァルゥァァ!!』

『ゴォォアァァ!!』

 

まず最初の一撃は、お互いの体格全てを利用した体当たりだ。ドォォォンンッと大気を震わせ愛子達の元まで衝撃波を届かせるほどの勢いでぶつかった二頭の竜は、そのまま絡み合い、首に噛み付いたり、胴体に鉤爪を突き立てたりと超接近戦へと移った。

 

『ガァ!グゥァァ!』

『グゥルルゥ!!ガァァッ!!』

 

空中で何度も回転しお互いの位置を忙しなく変えながら激しい攻防を繰り広げていく二頭だったが、それは数十秒のもつれ合いの後に均衡が崩れる。

 

『BoostBoostBoostBoostBoost‼︎‼︎‼︎‼︎』

『ガアアァァァアアアッッッ!!!!』

『グゥガァァ!?!?』

 

凄まじい倍加の音声が連続で鳴り響いた直後、雷炎を全身に纏った陽和が雄叫びを上げながら雷炎宿る左腕を振り抜き黒竜の顎にアッパーカットを叩き込んだのだ。

凄まじい一撃に黒竜の頭は後ろへと弾かれ、仰け反りながら大きく吹っ飛ばされる。錐揉みし吹っ飛ばされる黒竜に、陽和は追撃を仕掛けた。

 

『ガァァアアァァッッ!!!』

 

大きく息を吸い雷炎の塊“ファイア・ボルト”を十数発連続で放つ。雷炎の尾を引いて流星群の如く黒竜に襲いかかる雷炎の塊に、何とか体勢を立て直した黒竜も負けじと火炎弾を口から吐いて対抗する。

豪速を以て互いに迫り爆音を響かせながら衝突し、一部は相殺された。だが、半分以上が雷炎の塊に容易く突き破られ、そのまま黒竜へと襲いかかり、黒竜が回避する間もなく再び爆炎で飲み込んだ。

 

『ガァァァアアアッッ!?!?』

 

黒竜の悲鳴が爆炎の中から響く。

やがて爆炎が晴れて黒竜の姿が露わになるも、全身の鱗に所々罅ができ口の端から血を流していた。

 

『グゥ、グゥルルルゥ』

『グゥオオオァァァアアッッ!!!!』

 

荒い呼吸を繰り返す黒竜に、陽和は更に追撃を仕掛ける。翼を羽ばたかせて黒竜に急接近すると、顎門を大きく開き黒竜の喉元に噛みついた。

そのまま両腕も抑えると重力落下も用いて地面へと急降下し勢いよく黒竜を地面に叩きつけたのだ。

 

『グゥ、ガァ!?』

 

地面にクレーターを作るほどの威力で叩きつけられた黒竜は血の塊を吐き出してしまう。そして、なんとか陽和を引き剥がそうともがくものの噛みつけは一切緩む事はない。

陽和は地面を強く踏み締めると黒竜の身体を勢いよくぶん回して川の方に投げ飛ばした。

 

『グゥガァァ!?』

 

受け身も取れずに川に叩きつけられた黒竜は、無様に転がりながら川に沈むものの、すぐさま川の水を吹き飛ばしながら咆哮と共に立ち上がる。しかし、その時には既に陽和が目の前まで来ており、喉元を掴むとそのまま地面に再度叩きつけてガガガと地面を削りながら引き摺る。しまいには頭を何度も地面に激しく叩きつけた。

ドォンッドゴォンッと離れた場所で戦いを見ていた優花達の元まで振動が届くほどの勢いで叩きつけられる。最後に陽和は雷炎纏う拳を振り上げて黒竜の胸部に勢いよく叩きつけた。

 

『グゥオオオォォァァァァァァァッッ!!!』

 

ドガァァンッッ!!と一際巨大な音が響き、周囲の地面に亀裂が生まれるほどの容赦ない一撃は黒竜の胸部の鱗を完全に砕いた。バギィィと音が響き砕け散った鱗と赤い血が宙を舞い、黒竜の口からも大量の血が吐かれる。陽和が拳を戻して顕になった胸部は、中から赤い肉を一部露出させているほどだった。

 

『グゥ、グゥルワァ』

 

陽和に押さえつけられ地面に半ばめり込んでいる黒竜の口からは弱々しい声が上がる。全身の鱗はおよそ半分がひび割れており、血をあちこちから流している。右翼は折れているのか、形が歪んでいた。

完全に陽和が優勢であり、黒竜を蹂躙していたのだ。

 

「す、すげぇ……」

「人がドラゴンになったのも驚きだけどそれ以上に……」

「あ、ああ。何だよあの強さ。ベヒモスなんて目じゃないぞ……」

 

滝壺から移動し川沿いの安全圏で陽和の戦いを見ていた淳史達は、竜同士の戦いというファンタジーかつ圧倒的な光景に目が離せず、陽和の強さに思わずと言った様子で呟いた。

 

(あれが……赤竜帝の力……)

(あんたが、受け継いだ王の力、なのね……)

 

愛子や優花は陽和が継承した赤竜帝の力を目の当たりにし、その力の強大さに純粋に驚いていた。

だが、彼の強さを知っている者達からすれば、今の陽和の戦いは奇妙だった。

 

「あいつ、何やってんだ?明らかに…」

「……ん、手加減してる」

「あ、やっぱりそう思いますよね?」

『えっ?』

 

ハジメ、ユエ、シアの呟きに愛子達が揃って目を丸くして振り向く。

 

「い、今、何て言いました?」

「て、手加減してるって聞こえたんだけど……」

 

あれほどの力を見せつけておきながら、あれで手加減してると言われれば愛子達からすれば信じたくないと思うのが本音だ。淳史達も「嘘だろ?」と言いたげな様子だ。

だが、そんな疑念をハジメ達はあっさりと否定する。

 

「事実だ。あいつの本気はあんなものじゃねぇよ」

「見たところ、半分程度の力しか出してないな。倍加も最初の数回しか使ってない」

「………ん、あれはまだ全力じゃない」

「そうですねぇ。あれでもまだまだ全力には程遠いと思いますよ」

 

彼らがあっけらかんとそう答える。

それに彼らの言葉が事実であることを理解して、呆然とする愛子達。だが、それならばと妙子が恐る恐ると疑問を溢す。

 

「で、でも、それじゃあ、なんで手加減してるの?」

 

勝てる相手ならばどうして手加減しているのだと、それならばとっとと本気を出して倒して仕舞えばいいのに。そういった意味が込められた疑問に、愛子達も頷く中、陽和の様子を観察していたセレリアが、目を逸らさずに答えた。

 

「何かを確かめている、ように見えるな」

「確かめる?」

「ああ、あの黒竜に何かを感じたのだろうか。……彼のことだ。何かしら思うところがあるのだろう」

 

定かではないが、竜の帝王として何かしら思うところがあるのだろう。あるいは、同じ竜だからこそ、陽和は何かを感じ取ったのかもしれない。

その何かを確かめるために、陽和はあえて手加減をして戦っているのではないかと彼女は推測したのだ。

 

「まぁ、ソルがいる限り私達に害が及ぶことはないだろう。終わるまで気長に眺めていればいい」

「そうだな。ちょうど小腹も空いてきたし、貰ったおにぎりでも食うか」

「……ん、同意」

「私もおなかぺこぺこですぅ」

 

陽和がいる限り、こちらに害が及ばないことを確信しているセレリア達は、近くにある手頃な岩にそれぞれ座るとフォスから貰ったおにぎりを食べつつ鑑賞会へとしゃれこもうとしていた。

淳史達が『こんな状況なのに、こいつらピクニック始めやがったぞ』と戦慄と驚愕の眼差しを向ける。愛子や優花も多少驚いてはいたものの、彼らが微塵も心配していない様子から、彼ならば大丈夫かと思い、多少緊張が和らいだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

(………おかしい)

 

黒竜と地上戦を繰り広げている陽和は黒竜の攻撃を完全に受け流しつつ違和感を覚えていた。

黒竜の強さはもう大体分かった。全体的なステータスは、おそらく自分の3割前後。

今の自分が半分程度の力で戦っていて圧倒できているのだから、それぐらいのステータスと見ていいだろう。しかし、その中でも鱗の耐久力は並外れており、強度だけならばヒュドラにも並ぶのではないかと思うほどだ。

だが、その硬い竜鱗も半分ほどがひび割れており、胸部に至っては完全に砕け散って肉が露出しているほどだ。

対する陽和の紅蓮色の竜鱗は全くもって傷がない。多少鉤爪や牙によって削れた痕がある程度で罅すら碌に入っていないのだ。しかも、あらゆるステータスでも黒竜よりも遥かに上だということを黒竜自身も認識してるはずだ。

だというのに。

 

(何故、こいつはまだ戦う?力の差は十分に理解したはずだろう)

 

黒竜はまだまだ戦いを諦めていなかったのだ。

多少弱りはしたものの、咆哮の勢いはまだ衰えず、眼光もまた鋭さを失わず、敵対する意志が消えていない。

既に力の差は明白。これ以上続けたところで、勝てる可能性などないことは分かりきっているはずだ。だが、この黒竜は戦闘継続の意志を絶やさない。反骨心が強いのか、あるいは………

更に奇妙なことはある。それは、

 

(俺を無視してウィルにだけ執着しているな。隙あらばウィルの方へと攻撃を試みてやがる)

 

黒竜が陽和を無視してずっとウィルだけを執拗に狙っているということ。ウィルに常に殺意を向けており、陽和が少しでも隙を見せれば隙をついてウィルの方へと抜けようとするぐらいだ。

今はすかさず陽和がウィルと黒竜の間に立てるよう常に立ち回っているが、ここまでされて尚ウィルばかりを狙うのは腑に落ちない。

 

(どう思う?お前ら)

『普通ならあり得んな。竜ならばここまでの強敵に相見えたのならば、そちらに集中するはずだ。なのに、目の前にいる脅威を無視して執拗にあの小僧ばかりを狙うのは異常だ』

『僕も同意だ。あそこまで傷つけられておきながら、屈服するどころか、マスターを無視してあの子ばかりを狙うのはおかしい。普通の竜ならば、あり得ないね』

(そうだな。俺も同感だ。少し試してみるか)

 

黒竜と噛みつき合いをしていた陽和は、翼を大きく広げるとあえて頭上へと飛び上がった。

すると、黒竜は陽和に追撃を仕掛ける———のでは、なく。

 

『ガァァアァ‼︎‼︎』

 

あろうことか、ウィルへと狙いを定めて火炎弾を連発したのだ。ウィル達は揃って飛来する火炎弾に顔を青ざめ、呑気におにぎりを頬張っていたハジメ達が慌てて彼らを守ろうと動こうとしたが、ソレよりも早く、

 

『“壊劫”』

 

陽和がすかさず重力場を展開することで火炎弾は悉く圧し潰された。そして再び黒竜の前に降り立ち立ちはだかる。

そして、今ので陽和は確信した。

 

(間違いない。洗脳されてるな)

『その線が濃厚だろうな。だが、これほどの竜を洗脳するとは、かなりの労力と才能が必要なはずだ』

 

この黒竜は誰かによって洗脳されていると。

だからこそ、まともな状況判断ができずウィルをひたすら狙っていたのだろう。

ならば、今から自分がすべきことは黒竜の討伐ではなく、洗脳の解除だ。だから、

 

(どうにか拘束して洗脳を解く他ないな)

『うん。それしかないね。洗脳ならばマスターの魔法で解除できる。多少時間はかかるかもしれないけどね』

『それなら、倍加で魔法の出力を底上げすればいい話だ。相棒、その方向で行こう』

(そうだな。ソレしかない)

 

黒竜と再び肉弾戦を繰り広げながら、作戦会議をし方針を決めた陽和はすぐさま動く。

 

『Boost!!』

『これでも喰らっておけぇっ‼︎‼︎』

 

倍加を再開した陽和は拳を振り上げ黒竜の顎を捉え仰け反らせると、勢いよく体を回転させてガラ空きの胴体に尻尾を叩きつけた。

 

『ゴォアァっ⁉︎』

 

ドゴンと鈍い音が響き尻尾に打ち据えられた黒竜は後ろに大きく吹き飛ぶ。

 

『Boost!!』

『グゥオォァァッッ‼︎‼︎』

 

吹き飛び地面を転がった黒竜が立ち上がる前に、陽和は雄叫びをあげて襲いかかると黒竜にのしかかる。

両腕を抑え喉元にも噛み付き、全身で抑え込むことでガッチリ動けないように抑え込む。しかし、黒竜は当然抜け出そうと必死に暴れる。

 

『グゥゥッ、グゥオアァァァァッッ‼︎‼︎』

 

黒竜は咆哮と共に全方位に向けて魔力を爆発させて凄絶な暴風を解き放った。さらに、火事場の馬鹿力か一瞬で最大強化の身体強化を行い、陽和の抑え込みから必死に抜け出そうと強靭な筋肉で暴れる。

 

『このっ、まだ暴れるかっ』

『Boost!!』

 

一瞬のことに陽和は危うく拘束の手が緩んでしまったが、咄嗟に重力魔法で自身ごと黒竜を抑えた。しかも、今度は喉元を噛む力と両腕を押さえ込む力を強める共に、自身の尻尾を黒竜の尻尾に絡め鞭のように暴れる尻尾も抑え込む。

それから数秒ほど経った時だ、ようやくドライグが声を張り上げた。

 

(相棒‼︎もう倍加も十分に溜まった‼︎すぐに使え‼︎‼︎)

『“ディア・エイル”‼︎‼︎‼︎』

 

ドライグの言葉に返事するまもなく、すかさず最上位回復魔法“ディア・エイル”を使った。

黒竜の下に朱色の魔法陣が浮かび上がり、そこから溢れた紅白の輝きが黒竜を包み込む。

体力、魔力、傷の回復だけでなく、体を害するあらゆる状態異常も癒してしまう陽和とっておきどころか世界最高峰の回復魔法が黒竜の傷や魔力を回復させていくだけでなく、意識を縛っていた洗脳も解除していく。

しかし、ここで予想外のことが起きる。それは、

 

 

『ぐぅっ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ⁉︎⁉︎』

 

 

黒竜の口から、竜の咆哮ではなく明らかに女性のものと思われる悲鳴が響いたのだ。

 

『はっ?』

『なにっ?』

『えっ?』

 

響き渡る女性の悲鳴に、陽和、ドライグ、ヘスティアは揃って間抜けた声を上げる。思わず噛みつきをやめ黒竜を見下ろしてしまう。

遠くで激闘を見守っていたハジメたちも『何事?』と言わんばかりに目を丸くしている。

 

『ぐぅっ、な、なんじゃ?……妾は……』

 

黒竜が困惑の声を上げる中、陽和は何かに気づくと震える声で呟いた。

 

 

 

『ま、まさか……竜人族、なのか?』

 

 

▼△▼△▼△

 

 

初めから色々と不可解な点はあった。

陽和の3割程度の強さだが、それでも奈落深層クラス。それほどの強さを有する黒竜がなぜこんな場所にいるのか。

もしも仮に生息していたのならば、危険性ゆえに広く周知され高難易度の討伐依頼が出ていてもおかしくない。

だが、それはこれまでみたことがない。だとすれば、こことは別の地方から来たと考えるのが妥当だ。そして、たった今この黒竜は言葉を発した。

陽和と同じく念話のような方法で言葉を発したのだ。そんなことができる竜など陽和は一つの種族しか知らない。だからこそ、その言葉は自然と口をついて出た。

 

『ま、まさか……竜人族、なのか?』

『い、いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。色々と事情があってのぅ。だからの……』

 

黒竜は首を動かし確かな理性を宿した金色の瞳を陽和に向けて見上げると気恥ずかしそうに呟く。

 

『その、な、男に押し倒され、しかも組み敷かれているこの体勢は些か恥ずかしいのじゃ。事情を話すから、どうか離れてはもらえんだろうか?』

『あっ、す、すまんっ』

 

陽和はそう謝罪しながら慌てて彼女の拘束を解き離れる。今の状態はお互い竜の姿だ。そして、声からして黒竜の性別は雌。つまりは女性だ。一見すれば雄の赤竜が雌の黒竜を組み敷いて押し倒した上に、喉元に噛みつき尻尾を絡めていたのだ。

状況的に人間的にも、竜的にも色々とアウトだった。

陽和が慌てて離れると、ゆっくりと身を起こした黒竜はその体を黒色の魔力で繭のように包み込んだ。繭が完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていった。そして、丁度一人分入るくらいの大きさになると、一気に魔力を霧散させる。

黒き魔力が晴れたその場には———両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えている黒髪金眼の美女がいた。

見た目は20代前半くらい。身長は170cm以上はあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、黒地にさりげなく金の刺繍が入っている着物に酷似した衣服を着崩して、白く滑らかな肩と豊かな双丘の谷間、そして膝上まで捲れた裾から除く脚線美を惜しげもなく晒している。彼女の容姿は男達にとって目の毒な魅惑的な容姿だった。

 

「なんてこった……こいつは凶悪だ」

「これが、ふぁんたずぃ〜かっ」

「くそっ、起きろよ!起きてくれよ!俺のスマホっ」

 

戦いが終わったと判断してハジメたちは近づいてきたのだが、黒竜の正体が艶やかな美女だったことに男子勢が盛大に反応している。思春期真っ只中の彼らは若干前屈みになりつつ阿呆なことを口走っている。その結果、女性陣の彼らをみる目が絶対零度の如く冷たくまるでゴキブリを見るようだった。

ちなみに、ハジメも若干目を逸らしている。その為、ユエからの視線が心なしか冷たい。きっと今夜は寝かせてくれないことだろう。

 

「それで……一体、何がどうなってんだ。ソル」

 

ユエからの視線を感じ取ったのか、ハジメが陽和の方を振り向きながらそう尋ねる。陽和は自身の竜体を赤く発光させて、竜化を解除して中から姿を現しつつ地面に降り立つと仮面を被り直しながら黒竜だった美女に近づく。

 

『さぁな。とにかく、彼女に聞いてみなければわからん。……とにかくだ。手荒なことをしてすまないな。俺はソルレウス・ヴァーミリオン。一応竜人族だ』

 

ハジメにそう返しつつ美女に向き直った陽和は最初に謝罪をしたあと自己紹介をする。対する美女もスッと立ち上がり背筋をまっすぐに伸ばすと凛とした雰囲気で自己紹介を始める。

 

「うむ、同胞よ。妾を助けてくれて感謝する。本当に、面倒をかけた。妾の名はティオ=クラルス。竜人族ークラルス族の一人じゃ」

『クラルス、だと?』

 

彼女の自己紹介に陽和はすかさず反応した。

『クラルス』その名に聞き覚えがあったからだ。ティオはすかさず反応した陽和に嬉しそうに頷く。

 

「そうか、お主も同胞であれば知っておるか。いかにも、妾は500年前存在していた竜人族の王国の、王族の者じゃ」

 

彼女の正体はかつて500年前に存在していた竜人族の王国ーそれを治めていた王族。それに反応したのは陽和ではなくユエだった。

 

「…‥あなたも、王族だったの?」

「その通りじゃが、もと言うことはお主も何処ぞの王族なのかえ?」

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残りでかつては王女だった。300年前は、よく王族の在り方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

ユエにとって竜人族とは、正しく見本のような存在だった。それを示すかのように言葉の端端には敬意が含まれ、その眼差しにも隠しようのない尊敬の色が浮かんでいた。

そんな彼女の言葉を受けて、ティオは今度こそ驚愕をあらわにした。

 

「なんと!吸血鬼族の……しかも300年とは……なるほど、外界の情報から死んだものと思っておったが、お主がかつての吸血姫か。確か名は……」

 

ティオの口ぶりからして世界情勢に全く疎いというわけではないらしい。しかも、ユエと同等以上に生きているらしい。どうやって生きながらえていたかは分からないが、何かしら世情を知る術を持っているのかもしれない。

その長きを生きるティオでも吸血姫の生存は驚いたらしい。愛子や優花達は言わずもがな、驚愕の表情を晒している。

そんな彼らの前で、ユエはまっすぐにティオの黄金の瞳を見つめると、かつての己の名を呼ぼうとするその言葉を遮り、

 

「ユエ………それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んでほしい」

 

そううっすらと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をしながら言った。突然の惚気に当てられて、女性陣はなぜか物凄く甘いものを頬張ったような表情をし、男子達は頬を染め得も言われない魅力を放つユエに見惚れている。その対象であるハジメはそっぽを巻き気恥ずかしそうに頬をかいており、陽和が仮面から覗く目を細めながらハジメを肘でこづいていた。

ティオはユエを見たあとちらりとハジメへと視線を一瞬だけ向けてくすりと笑う。

 

「承知した。では、ユエと呼ばせてもらおうかの」

「ん。そう呼んでもらえて光栄」

 

ユエは尊敬する竜人族に名前を呼んでもらえたことが嬉しいらしい。表情が少しだけ喜色に緩んでいた。

 

『……竜人族の王族だったのか。どうりで、雰囲気が高貴なものだったわけか』

 

二人の様子を見ていた陽和がポツリと呟いた。彼女の美貌ももちろんのことだが、纏う雰囲気がどう見ても普通ではなかったのだ。所作、言動、その全てが気品あるものだった。だからこそ、彼女が王族だと言った時に納得できたのだ。

しかし、その呟きにティオは首を傾げる。

 

「む?その様子じゃとお主はクラルス一族が王族であるとは知らなかったようじゃな」

『ああ、クラルスは別の意味で聞き覚えがあったんだ。知らなくてすまなかったな』

「よいよい。既に我が国は滅んでおる。滅んだ国の王族などあまり価値はない。とはいえ、里の皆はまだ“姫”と呼び愛してくれてはおるがな」

『……里、と言うことは竜人族は滅んではいなかったんだな』

 

陽和が歓喜を抑え込むような震える声音でそう言うと、ティオが穏やかな眼差しを浮かべ頷く。

 

「左様。500年前の悲劇の日、確かに竜人族は滅んだ。だが、それは歴史的にじゃ。我ら竜人族は時が来るまで隠れ里で今まで生き延びてきたのじゃ」

『……そうか…そうか……あぁ、本当によかった。生きててくれて、よかった』

 

陽和は目の端に涙を浮かべると小さな声音で竜人族の生存を喜ぶ。かつて赤竜帝について調べていく中で竜人族が滅んだという話を目にした時、どれだけ悲しかったか。

だが、今こうして目の前にいる。滅んだと思っていた竜人族が生き永らえていた。その事実に陽和の心は歓喜に満ちていた。

 

『……………』

 

それはドライグも同じだった。

全ての竜と竜人族の始祖にして王であったのだ。子供にも等しい眷属達が生きていたと言う事実にドライグは声には出さなかったものの、生存に安堵していたのは確かだった。

陽和の歓喜を感じ取ったのだろう。ティオは淡く微笑む。

 

「我が愛しき同胞よ。お主がどこでどのように過ごしていたかは分からん。たくさんの苦労があったことじゃろう。じゃが、こうして生きていた事は喜ばしいことじゃ」

 

やはりというか、ティオは陽和のことを竜人族の同胞だと思っており、自分達とは別の場所で生き延びていたことに喜んでいた。

だが、陽和は後天的に竜人族になっただけであって、根っからの竜人ではない。そして、彼女が竜人族ならば自分の正体は話しておくべきだ。後でどうにかして話そう。そう密かに考えた陽和は話題を戻した。

 

『こちらこそ、同胞が生きていてよかった。それでなんだが、早速何があったかを聞かせてくれないか?』

「無論じゃ。順番に話していこう。妾は……」

 

ティオの話を要約するとこうだ。

彼女はある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石に、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないかと、議論の末、遂に調査の決定がなされたそうだ。

ティオはその調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜状態になって。

しばらくして、睡眠状態に入った黒竜の前に一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れた。その男は、眠るティオに洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。だが、ここで竜人族の悪癖が出る。そう、例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。陽和が力を継承してから眠ればなかなか起きなくなったのもそれが関係している。それでも、竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしないのだが。

 

「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、長時間の飛行で消耗していたから、流石に耐えられんかった……」

 

一生の不覚!と言った感じで悲痛そうな声を上げるティオ。短時間での回復を図るために普段より深い眠りに入っていたのが仇となってしまったのだ。

そして、無防備な状態で魔法をかけられ続けて操られたらしい。

ちなみに、なぜ術者が丸一日かけたと知っているのかと言うと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るらしく、術者本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴をこぼしていたのを聞いていたからだ。

彼女の話の続きによれば、その後、ローブの男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。そして、ある日、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して黒竜を差し向けたらしい。そうして、ウィルを見つけたと思ったら、思わない存在ー陽和にフルボッコにされ続けて抑え込まれたところを、彼の魔法により洗脳から解放されたらしい。

 

「………ふざけるな」

 

事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。その場の全員が、その人物に視線を向ける。その声の主はウィルだった。ウィルは、拳を握り締め、怒りを宿した瞳でティオを睨んでいた。

 

「……操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんをっ、殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ‼︎」

 

どうやら、状況的に余裕ができたせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂してティオへと怒声を上げる。

 

「………」

 

対するティオは反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるようにまっすぐ見つめている。その態度がまた気に食わなかったらしく、更に暴言を吐く。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんて分からないだろう!大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まっている‼︎」

「……今、話したことは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

「そんな言葉っ、信じられるわけがっ『いいや、真実だ』ッッ、ヴァーミリオン殿」

 

なお、言い募ろうとするウィルに口を挟んだのは陽和だ。陽和は彼女を背に庇うように立つとウィルと向かい合う。

 

『彼女の言葉は事実だ。俺が保証する』

「っ、いったい、何の根拠があってそんなことを……」

 

食ってかかるウィルに、陽和は後ろにいるティオを一瞥すると視線を戻し語る。

 

『竜とは誇り高き種族。我らは何より誇りや矜持を、そして仁義を重んずる。我らがこれらの言葉を使った時、この言葉を違えることはありえない。何も知らない貴様が、我ら竜の誇りを軽んじるな』

「竜人族は高潔で清廉。私は貴方達よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は“己の誇りにかけて”と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどう言うものか、私はよく知っている」

 

ユエは遠くを見る目をしながらそう呟く。

かつてユエは孤高の王女として祭り上げられていたが、祭り上げたもの達は嘘に塗れていた。誰もが彼女の言う嘘つきであり、その事実から目を逸らし続けた結果、裏切られた奈落に封印されていた。

それ故に、“人生の勉強”というには些か痛すぎる経験を経た今では、彼女は嘘つきに敏感だ。その観察眼が、彼女の言葉を真実と判断したのだろう。

陽和の鋭い言葉とユエの説得力のある言葉に怯んだウィルだったが、親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い言葉をこぼしてしまう。

 

「……それでも、殺したことに変わらないじゃないですか……どうしようもなかったのだとしても……それでもっ!ゲイルさんは!この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

頭では真実だと判断しても、心が納得できずウィルはティオを責めずにはいられなかった。歯噛みして黒い濃霧のような身のうちのもやもやに耐えるウィル。

 

『……どうしようもない。仕方のないことだと割り切るしかないな』

 

歯噛みするウィルに陽和が冷たい言葉を言い放った。その言葉に全員の視線が陽和へと向けられる。陽和はウィルを冷徹な瞳で見下ろしながら、淡々と言い放った。

 

『冒険者とは常に死と隣り合わせの危険な職業だ。強敵と戦い勝つこと、宝を探し見つけ出すこと、それらは確かに冒険者としてのやりがいであり、憧れを抱く者もいるだろう。だが、同時に仲間や同業者の死を目の当たりにすることもあり、残酷で無慈悲な一面もある。誰かが殺されるたびに憎しみに駆られ、復讐に走っていたら碌なことにならない。遠くないうちに破滅するだろう。仮に復讐を果たせたとしても、それは虚しいだけだ』

「そ、それは…そうかも、しれませんけどっ……でもっ、彼らにだって家族だって恋人だっているんですよっ⁉︎」

『それがどうした?身内が冒険者をしているのなら、そう言う覚悟を済ませておくべきだ。できないのなら、冒険者などやめさせればいい。ウィル・クデタ。それがどうしてもできないと言うのなら、お前に冒険者は向いていない。フューレンに帰ったら潔く冒険者をやめろ』

 

イルワの言っていた冒険者としての素養がないということを理解した陽和ははっきりと言葉にしてウィルに現実を叩きつけた。

彼は甘すぎる。こう言ったことに割り切ることができないのならば、冒険者を続けることは難しい。自責と悔恨に押し潰されることだろう。

陽和は合流する前に遺品として拾っていたロケットペンダントを取り出すと、ウィルに投げ渡す。

 

『さっき戦闘の跡地でこれを拾った。仲間の誰かのものだろう?お前が渡してやれ』

 

ロケットペンダントの中にあった女性の写真は二十代前半のもの。恐らくは先輩冒険者の誰かの恋人なのだろう。

ウィルはそれを受け取るとまじまじと見て、嬉しそうに相好を崩した。

 

「こ、これ、僕のロケットじゃないですか!失くしたと思ってたのに、拾ってくれていたんですね。ありがとうございます!」

『は?お前のなのか?』

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません‼︎」

『ま、ママ?』

 

ウィルの返答に陽和は仮面の下で頬を引き攣らせる。ウィルの母ならば若く見積もっても三十代後半なはずだ。なぜか聞いてみると、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」とさも当然の如く返された。

いきなりのマザコン発言に男性陣は微妙な表情を浮かべ、女性陣はドン引きした。

ちなみに、ゲイルとやらの相手は“男”らしい。そして、ゲイルのフルネームはゲイル・ホモルカというそうだ。名は体を表すとはこのことか。

母親の写真を取り戻したせいか、随分と落ち着いた様子のウィル。だが、落ち着いたとは言っても、恨み辛みが消えたわけではなく、今度は冷静に黒龍を殺すべきだと主張した。また、洗脳された、脅威だと言っていたのだが、それは建前であり主な理由は復讐なのは明らかだった。

 

『操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか』

『無論だ。そもそも、殺すつもりはない』

 

ティオの罪悪感に満ちた言葉に陽和はすかさずそう返した。間断なく告げられた言葉にその場の全員の視線が陽和に向く。ウィルに至っては「なぜ!?」と言わんばかりに目が見開かれていた。

陽和はそれらに当然だと自身の考えを告げる。

 

『何故彼女を殺す理由がある。この件で悪いのは彼女を操ったローブの男だけだ。非があるのならそいつだ。彼女を殺す理由などあるわけがない』

「な、何故ですかっ⁉︎貴方ならわかるでしょうっ⁉︎ここで見逃して、また操られたら、どうする気ですかっ⁉︎」

『俺がそれを許すと思うか?同胞が操られるのを黙って見過ごすなど竜人の恥だ。それに、危険なのは彼女ではなくローブの男だ。そいつを止めない限り、魔物の数は増え続ける。そいつを止めることこそがこの事態を解決するための最善の方法だ』

 

ウィルの言い分はただの私怨だ。最初から相手にする気もない。言外に口出しするなと言われたウィルは、悔しそうに歯噛みするも反論できないことを悟り俯き口を閉ざした。

陽和はウィルから視線を外しティオへと視線を向けると更に話を続けた。

 

『ティオさん、もう少しローブの男について詳細な情報をくれないか?』

「勿論じゃ、ただ妾のことは普通に呼び捨てで構わんぞ?」

『分かった。ならば、俺もソルレウスでいい。ティオ、情報をもう少しくれないか』

「うむ、承知した」

 

そしてティオはローブの男について更に情報を提供する。曰く、ローブの男は魔物を洗脳して大群を作り出し街を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

魔物を操ると言えば、そもそも陽和達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。それは愛子達も一緒だったのか、ローブの男の正体は魔人族なのではと推測したようだが、ティオによってあっさり否定される。何でもローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがあるようだったという。

黒髪黒目の人間族の少年で、勇者のことをよく知り、闇系統の魔法に天賦の才がある者など、もうほとんど特定できてしまった。

地球組の者達の脳裏には揃って特定の人物が浮かび上がり、愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったことだろう。

 

「おお、これはまた……」

 

とそこで、突如ハジメが遠くを見る目をして呟きを漏らした。陽和の指示でオルニスを回して探索させていたのだが、どうやら見つけたらしい。

 

『ハジメ、見つけたか?』

「ああ、見つけた。ただ、三、四千ってレベルじゃない。桁をもう一つ追加するレベルだ」

 

ハジメの報告に殆どのものが目を見開く。しかも、すでに進軍を開始しているらしく、方角は【ウルの町】がある方向らしい。このまま行けば、半日もしないうちに山を下り、1日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言え戦闘経験が殆どない愛子達や駆け出し冒険者のウィルに、まだ回復しきっていないティオでは相手どころか障害物にもならない。なので、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。

と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの、ヴァーミリオン殿なら何とか出来るのでは……」

 

その言葉で、全員が一斉に陽和の方を見る。その目は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。陽和は、それらの視線に淡々と答えた。

 

『可能かどうかで言えば可能だ。だが、条件が悪い。こんな山の中でやりあえば撃ち漏らしが生じるし、俺の魔法的に大規模な山火事につながる可能性もある。やるなら、場を整えてから迎撃という形でやるしかないな』

 

そう自身の見解を伝えた後、「そして…」と続ける。

 

『迎撃をするかしないかの以前にまずは町に戻り状況を報告して、迅速に住民を避難させるべきだ。何よりも人的被害をゼロにすること。それができなければ話にならない』

 

そう言うと陽和はまだオルニスを操作し続けているハジメに尋ねる。

 

『ハジメ、ローブの男は見つかったか?』

「いんや、さっきから群れをチェックしてるが、それらしいのはいねぇな」

 

ハジメの返答に話を聞いていた愛子は俯いてしまう。そして、ポツリと、ここに残ってローブの男が現在行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。

生徒思いの彼女のことだ。このような事態を引き起こしたのが自分の生徒ならば放っておくことなどできないだろう。

しかし、数万からなる魔物が群れている場所に愛子を置いていくことなどできるわけがなく、優花達が必死に説得していくが、頷かせることはできていない。

これ以上、時間を浪費するわけにはいかないと判断した陽和は全員を見回して告げた。

 

『とにかく全員下山する。どのみちここに残ったところで何もできない。それなら町に戻って危険を伝えたほうがいい。畑山さんも守るべき生徒がいるだろう』

 

陽和にそう言われ、愛子は自分が清水幸利のことで頭がいっぱいになっていたことに気づく。自分が残ると言い出せば優花達も言い出す可能性にもすぐに思い至り、彼女らを危険に晒そうとしていることも理解し、己の言動を恥じた。

そして、今後の方針も固まりいざ下山をしようと移動を始めた時だ。

 

『ハジメ、ティオ以外の全員を連れて先に下山しろ。俺はティオと話さなくちゃいけないことがある』

「…………」

 

突然のことに愛子達が戸惑う。ティオも「え?」という感じで陽和の顔を凝視している。しかし、それを言われたハジメはじっと彼を見ると反論することなく頷いた。

 

「あいよ。手短に終わらせてくれよ」

『ああ、すぐに終わる話だ。お前らはブリーゼに乗って全速力で町に向かってくれ。すぐに追いつく』

「了解した。ほら、先生行くぞ」

「えっ?あ、ちょっ、南雲くんっ‼︎」

 

何も尋ねずにさっさと歩き出したハジメの後を愛子達は何か言いたげであったものの、ハジメ達がずんずんと進んでいってしまうので慌てて追いかけていった。

 

▼△▼△▼△

 

 

『………よし、行ったな』

 

ハジメ達を見送っていた陽和は完全に見えなくなるとそう呟き、ティオへと向き直る。話さなくちゃいけないことがあると言われ残されたティオは困惑を隠さないでいた。

 

「の、のう、ソルレウス殿よ。話さなくちゃいけないこととは、何なのじゃ?」

『ああ。竜人族であるお前にはどうしても話しておかなくちゃいけないんだ。俺の正体をな』

「正体を、じゃと?」

 

訳がわからず眉を顰める彼女に陽和は仮面を外し素顔をあらわにしながら自身の境遇を伝える。

 

「まず、さっき俺はソルレウス・ヴァーミリオンと名乗ったんだが、それは表向きの名前だ。つまりは偽名だ。本名は紅咲陽和。教会から指名手配されてる身なんだ。だから、顔を隠し名前を変えて旅をしている」

「指名手配じゃと?それは、もしやどこかで竜人族とバレたからなのかえ?」

 

ティオがその推測に至るのは当然のことだ。

竜人族は一度神敵と言われ滅ぼされた種族。なのに、今もなお竜人族の残党が生きていると知られれば、竜人狩りが始まるのは自明の理。だということは、危険だからすぐに里に帰るべきだと伝えるためのものなのか。そう考えた彼女の推測に陽和は首を横に振った。

 

「そうじゃない。俺が知る限り、竜人族の生存は知られてはいないはずだ」

「では、どうして指名手配などされておるのじゃ?」

「まず最初に訂正するが、俺は竜人族なのは確かだが、後天的にだ。後天的に竜人族になった元人間族なんだ。だから、どこかで生き延びたとかではない」

「何じゃと?では、お主は一体何者なんじゃ?」

 

そう尋ねたティオに陽和は今度こそ自身の正体を告げた。

 

「俺は、ハジメや畑山先生達。そして、勇者と同じく異世界から神エヒトによって神の使徒として召喚された異世界人だ。———そして、同時に邪竜の後継者として使徒の立場を追われた者でもある」

「ッッツツ⁉︎⁉︎」

 

ティオはこれでもかと目を見開き、驚愕する。

金色の瞳は驚愕に揺れ、口は唖然と開かれている。

無理もないだろう。竜人族にとって陽和が言った『邪竜の後継者』とはそれほどまでに重要だったからだ。

 

「邪竜の後継者、じゃと?……ということは、お主、いや、貴方はまさかっ」

 

声を震わせているティオの言葉に陽和は静かに頷き、左腕を竜化させ《赤竜帝の宝玉》に刻まれた竜の紋章を見せながらはっきりと告げた。

 

「そうだ。俺は———誇り高き赤き竜の帝王、赤竜帝ドライグより力を受け継いだ二代目の赤竜帝だ」

「ッッッ」

 

ティオは目を見開きながら口元に手を当てると、その瞳から大粒の涙をとめどなく流しながら両膝を突いてしまう。そして、座り込んだ彼女は涙を流しながら歓喜に笑みを浮かべていた。

 

「赤い髪に、翡翠の瞳。そして、翡翠の宝玉に竜の紋様。間違いなく、口伝に記された赤竜帝様の特徴そのものじゃな。……ああ、やっと、やっと、我らが帝王の力を受け継ぐ者が現れてくれたということなのじゃな……」

 

ティオは歓喜に打ち震える。

竜人族全員の悲願とも言える、帝王の覚醒。後継者が力を受け継ぐその日まで、耐え忍んでいた彼女達にとって彼の存在はまさしく希望であった。

ティオの感じている歓喜を自分では推し量ることはできない。だが、自分が竜人族の生存を喜んだ以上に彼女が喜んでいるのは間違いなかった。

だからこそ、陽和はくすりと笑い共に生きている二人の相棒に声をかけた。

 

「ドライグ、ヘスティア、もう喋っていいぞ。もう周りには誰もいないから」

「え?」

 

陽和の言葉にティオが目を丸くするが、彼女の反応に構わずに左手と剣の宝玉を点滅させながらドライグとヘスティアが声を発した。

 

『ティオ=クラルスよ。愛しき眷属の末裔よ。初めましてだな。我はドライグ。『赤い竜』ア・ドライグ・ゴッホだ』

『初めまして、ティオ=クラルスくん。ボクはヘスティア、マスター紅咲陽和君が受け継いだ聖剣に宿っている女神さ』

「ドライグ、様?……生きて、おられたのですか…?…そ、それに、女神様、じゃと?」

 

ティオは突然のことに目をぱちくりさせ呆然と呟く。

急に竜の始祖たるドライグと女神たらヘスティアが声をかけていたのだ。唖然とするのも無理はない。

 

『いや、一度死に魂だけの身となった。今はこうして相棒ー紅咲陽和に宿らせてもらっている状態だ』

『信じられないと思うかも一応ボクは女神だよ』

「そうなのですか。……いえ、とにかく、御身達とこうしてお話しする機会を得られたこと、誠に光栄です。女神様についても、始祖様が残した口伝にその存在が記されていた故、存在は存じておりました。こうして会えたことは光栄です」

 

ティオは姿勢を正すと片膝をつき跪くと恭しく頭を下げながらそう言う。それにドライグは優しく言葉を紡ぐ。

 

『そう畏まらなくていい。普段通りの話し方で構わない』

「しかし、御身達に普段通りに接するわけには……」

『構わん。既に相棒の仲間達とは対等に話しているからな。貴様も堅苦しい物言いはやめろ。正直、むず痒くて敵わん』

『う〜ん、ボクも砕けた感じがいいかなぁ。まぁ無理にとは言わないけど、ティオくんの話しやすい形で話してくれた方がいいね』

「さ、左様ですか……では、お言葉に甘えるのじゃ…」

『ああ、そうしてくれ』

『うんうん、そっちの方がいいね』

 

敬愛していた竜人族の始祖でもある赤竜帝ドライグとドライグが口伝で残した女神ヘスティアとの初めての対話に緊張し丁寧な言葉遣いで話していたティオだったが、二人の対応に呆気に取られていた。

そして、ドライグの声音が少しだけ弾んでいるのに気づいた陽和は楽しそうに笑いながら口を挟む。

 

「嬉しそうだな。ドライグ」

『……まぁな。相棒から滅んだと聞かされていた子供達がよもや生き延びてくれていたのだ。嬉しくもなるさ。それに、クラルスは我が最初に血を分けた者達の一人だからな』

 

そう、ドライグの言うとおりクラルスというのは彼が最初に血を分け与え眷属にした者達の一人だったのだ。

最初の眷属達だったからこそ、その思い入れは強くこうしてその子孫が生き延びていることをされたのは嬉しかったのだ。

陽和がクラルスの名に聞き覚えがあったのは、その理由からだ。ドライグから眷属として生み出したものの中にクラルスの名を持つ者がいたことを思い出していた。

 

『さて、ティオ=クラルスよ』

「は、はいっ」

『まずは礼を言おう。生き延びてくれてありがとう。隠れ潜む日々は辛かったことだろう。滅ぼされた同胞の無念、さぞかし悔しいことだろう。だが、それでも、相棒が現れたこの日まで生き延びててくれて感謝する。よくぞ生きててくれた』

 

明らかな慈愛と優しさが宿る感謝の言葉に一筋の涙を流したティオはもう一度頭を下げる。

 

「……ッツ、貴方様にそう言われるとは、身に余る光栄じゃ。その御言葉だけで我らの500年の日々と同胞の無念は報われるじゃろうな」

『礼を言うのは全てが終わってからだ。神エヒトを討伐して初めてお前達の苦労は報われる。しかし、案ずるな。我が相棒ー『希望の英雄』たる紅咲陽和は神を討伐するために俺の力を受け継いでくれた。そして、俺は相棒が我らの悲願を果たしてくれると信じている』

「始祖様…」

 

ティオはドライグの言葉に瞠目すると陽和へと視線を向けると何か確かめるように彼をじっと見据える。そして、スッと立ち上がると彼の瞳を真っ直ぐに見ながら静かに彼に問うた。

 

「……お主……紅咲陽和、と言ったな。始祖様の言葉を疑うわけではないのじゃが、改めてお主の口から聞きたい。お主は本当に神を倒し世界を解放するつもりなのかえ?」

 

ティオの確かめるような、そしてどこか縋るような問いかけに陽和は静かに頷くと左手を胸に添えて宣言した。

 

「無論だ。俺は邪神を討伐するためにこの力を受け継いだ。かつてドライグと共に戦った英雄達ー解放者の信念を受け継ぎこの世界を神の手から解放し、自由を取り戻すと、俺はそう誓った」

 

陽和は己の誓いを示す。解放者の長のミレディや、先代の赤竜帝であるドライグにも示した神殺しの誓いを。

陽和は左手で力強く握り拳を作ると毅然とした態度で、目の前に立つ誇り高き同胞であり先達でもあるティオに宣言する。

 

「俺自身の誇りと魂にかけて全ての竜人族に誓おう。貴殿らの長きに渡る苦悩の日々、20年も生きていない若輩たる未熟者の俺に推しはかれるものではない。だが、それでも、俺は新たな赤竜帝として力と想いを受け継いだ。故に、神殺しを果たそう。全ての者達が自由な意志を取り戻し、笑い合える未来を得る為に」

「……………」

 

力強くそう宣言した陽和にティオは大きく目を見開くと、直後には心底嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

(妾の予感は正しかった。まさか、我らが帝王の後継者に出会えるとは……)

 

ティオは隠れ里を出る時に感じていた予感はこれだったかと湧き上がる喜びに打ち震える。竜人族が隠れ里から調査に赴く時、自分はいつも姫という立場から報告を受ける側だった。

だが、今回に限っては自分が断固として行くと言い張った。それは、予感があったからだ。今回の異変は大きく世界を動かす何かであると、そう彼女の中の何かが訴えていたのだ。その予感を胸に隠れ里を飛び出した先でティオは竜人族の誰もが待ち侘びていた帝王の後継者に出会えた。

この出会いを僥倖と言わずしてなんと言うだろうか。

彼と言う存在に出会えたことだけでも今回の調査は大きな収穫があったと言えるだろう。

そして、ティオは彼の背に誇り高き赤い竜の姿を見た。それは自然と傅きたくなるような帝王の姿だ。

だからこそ、ティオは自然と片膝をつくと胸に左手を当てて恭しく頭を下げる。

 

「紅咲陽和殿。このティオ=クラルスは新たな赤竜帝である貴殿を主と仰ぎ、忠誠を誓い身も心も捧げるのじゃ。どうか、貴殿の旅路に同行する許可をもらえんか?」

「………だが、ティオには竜人族の調査の役目があるんじゃなかったのか?」

「そうじゃな。じゃが、それも主殿について行けば解決する話じゃ。それに主殿に負けた身ではあるが、妾は一応里では負けなしじゃったからのう。実力も申し分ないはずだと思うのじゃ」

「…………」

 

ティオの提案に陽和は少し考え込む。

確かにティオの強さは自分のこの目で確かめたから強いのはわかってる。洗脳された状態であれなのだ。彼女自身の理知的な一面を考えれば、まともに戦えたらもっと強いだろう。実力面で言えば陽和の旅路に同行するのは問題はなかった。

だが、

 

「別に俺としてはティオが同行するのは構わない。実力的に不足ではないし、何より竜人族の同胞だ。一緒に旅してくれるのは心強いし、嬉しいことだ。だがな、一つだけどうしても聞きたいことがあるんだがいいか?」

「なんでも聞いておくれ」

「じゃあ遠慮なく。なぜ俺を主殿って呼ぶんだ?忠誠を捧げられるようなことはしてないんだが……」

 

若干の困惑混じりに陽和はそう尋ねる。

陽和的には洗脳状態の彼女をボコって、赤竜帝としての正体を明かし、自分の覚悟を示しただけだ。それのどこに忠誠を捧げられるようなことがあったのだろうかと、正直疑問だったのだ。

その問いかけにティオはきょとんとすると、くすくすと笑いながら答えた。

 

「なぜも何も妾は主殿の強さと覚悟に心を奪われてしまったとしか言いようがないのう」

「はぁ?」

「いやな、妾は自分より強い男しか伴侶にしないと決めておってな。里にはそんな者などおらんかった……じゃが、今日初めて妾は洗脳されていたとは言え、主殿に敗北し、組み伏せられた。あの感覚は初めてじゃった」

「…………」

 

若干頬を赤らめながらそう話すティオに陽和はなんとも言えない表情を浮かべてしまう。だって、彼女の表情はセレリアがたまに自分に向けるそれとよく似ていたからだ。つまり、ティオは陽和に惚れたと言うことになる。

そして、それがわからないほど陽和は鈍感ではない。

 

「自慢なのじゃが、妾の耐久力は群を抜いておっての。鱗を砕いたものなどおらんかった。しかし、主殿は妾のそんな鱗を砕き、圧倒的な力で妾を倒し、捩じ伏せてみせた。そして、今し方妾の前で示してくれた王としての覚悟。その二つに妾の心は完全に奪われてしまったのじゃ」

「……………」

 

自分を圧倒的な力で組み伏せてみせたその実力に、彼こそ王に相応しいと思わざるを得ないような誇り高き覚悟。それだけでも十分なのに、彼は自分が憧れ尊敬してやまない『赤竜帝』の力を受け継いだ英雄だ。

もはや惚れるなと言うほどが難しいほどにティオは陽和に心底惚れてしまったのだ。

 

「もはや妾は主殿以外に伴侶など考えられぬ。主殿に全てを捧げたいと思うようになってしまったのじゃからな。だからこそ、責任をとってもらう他ないのじゃ!!」

「………マジか」

 

はっきりと宣言し潤んだ瞳を向けるティオに、陽和はこめかみを抑えて天を仰ぎ見るほかなかった。

まさか、高潔たる竜人族であるティオに惚れられるとは思っていなかったからだ。一瞬自分が赤竜帝であるから、その憧れからくるものかと訝しんだものの、どうもそれは関係なく純粋に陽和個人に惚れてるのだと分かってしまった。

恋人がいる身でなおかつ他の女性からも迫られているこの状況で一体どうしたものかと、天を仰いでいた時、相棒二人が口を挟む。

 

『やれやれ、我が相棒はまたフラグとやらを回収してしまったか』

『女たらしだよねぇ。まぁ、彼女達の気持ちもわかるけどさぁ』

 

ただし、援護ではなく茶化してきたが。

 

「……お前ら、他人事だからって、呑気にしやがって。はぁ〜〜〜」

 

陽和は相棒達のからかいに眉をぴくぴくとひくつかせながら若干恨みがましくそう呟く。そして、深く、それはもう深くため息をつくとティオへと視線を向ける。

 

「ティオ、とにかくこの件は魔物達の騒動が片付いてからだ。今はとにかく話したいことも終えたし、急いで町に戻るぞ」

「承知したのじゃ。まずはこの騒動を止めるべきなのもわかっておる。妾も当然力になろう」

「よし、それじゃあ後ろに乗れ」

 

陽和はそう言って仮面を被り直し、“白桜”を宝玉から取り出す。陽和の真横に現れた初めて見る物体にティオは思わず身構えてしまう。

 

「そ、それはなんじゃ?主殿よ」

「俺の移動用アーティファクトだ。ハジメ作成のな」

「い、移動用じゃと?これがか?初めて見る形じゃ」

「異世界の乗り物ベースだからな。見覚えがないのも当然だ。とにかく、後ろに乗れ」

 

“白桜”に跨り飛行モードへと変えた陽和は目を丸くするティオに後部座席に乗るように言う。

 

「う、うむ、こうでいいかの?」

 

陽和にそう言われ恐る恐ると後部座席に横座りになると陽和の胴体に両手を回してしがみつく。ティオが座ったのを確認すると陽和は“白桜”に魔力を注ぎ込み浮かび上がるらせ、マフラーから炎をボボっと噴き出させ、いつでも発進できるようにすると、背にしがみつくティオに声をかける。

 

「しっかり捕まってろ。飛ばすからな」

「ま、待て、こんな物体がどうやって飛んでおるのじゃ!?風魔法かえ!?」

「詳しい説明は後だ。とにかく、舌噛まないようにしろよっ!!」

「せ、説明が先っ……ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?」

 

ティオが何か言うよりも先に、莫大な魔力を込めた“白桜”がその場から弾丸を上回る速度で発進する。

ほぼ一瞬でゼロから最高スピードに至った“白桜”は赤い炎の軌跡を描きながら、まさしく流星となって町へと飛んでいった。

 

赤い流星が山脈の上空を駆け抜ける中、急な加速に目を丸くしたティオの悲鳴がずっと響き渡っていた。

 

 

 

 





ケツパイル。お前の出番は永久的にない。

結果としてケツパイルはなしで、駄竜ルートではなく、普通にボコられたスーパー黒竜さんルートとなりました。
そして、陽和くんは安定のフラグ建築からの回収を果たしました。
惚れたキッカケも強さと覚悟に心を奪われたと言うまぁ普通にありがちなパターンにしました。

何はともあれ、これで全竜人族の精神は守られた。


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