竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回は防衛戦が始まる前の準備段階の話です。


37話 先生の矜持

 

 

 

陽和達よりも一足早く【ウルの町】へと辿り着いたハジメ達は、早速町長のいる場所へと向かっていた。というのも、町に着いた途端、ウィルと愛子達が足をもつれさせる勢いで飛び出してしまったため、仕方なく行くしかなかったのだ。

そうしてマイペースに歩いてようやく町の役場に到着した頃には、すでに場は騒然としていた。

【ウルの町】のギルド支部長や町の幹部、教会の司祭達が集まっており、喧々轟々たる有様だ。皆一様に、信じられない、信じられたくないと言う様相で、その原因たる情報をもたらした愛子達に掴みかからんばかりの勢いで問い詰めている。

 

普通なら明日にも町は滅びますと言われても狂人の戯言と切って捨てられるのがオチだが、それを言い出したのが“神の使徒”にして“豊穣の女神”である愛子ならば無視はできない。

しかも、魔人族が魔物を操ると言うのは公然の事実であることからも、戯言だとは誰も言えなかった。

 

なお、車中での話し合いでは報告内容においてティオのことと黒幕が清水幸利である可能性については伏せることにした。ティオに関しては陽和の前でもあるため存在を公にするなとハジメに言われ、黒幕に関しても未だ推測の段階であるため不用意なことを言いたくないと譲らなかった。

そんな喧騒の中で、ウィルを追いかけてきたハジメ達がやってくる。周囲の混乱などどこ吹く風だと言わんばかりにウィルに声をかけた。

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。ソルが戻ってくるまで俺達は待機だ」

 

彼の言葉に、ウィルだけでなく愛子達も驚いたようにハジメを見る。他の重鎮達は「誰だ、こいつ?」と危急の話し合いに横槍を入れたハジメに不愉快そうな眼差しを向けている。

 

「な、何を言っているのですか?今は、危急の時なのですよ?ヴァーミリオン殿が戻ってくるまで待機なんて……」

「そのままの意味だ。リーダーのあいつが戻ってくるまで、俺達は動かない。あいつの判断でここから去るかどうかを決める。保護対象のお前は黙ってろ」

 

信じられないと言った様子でハジメに言い募るウィルに、面倒くさそうにそう返すハジメ。だが、そう言われてもウィルは納得できなかった。

 

「だ、だからって、何もしないままなんて、それに最悪先に逃げるなんて私にはできません!何かできることだってあるはずなんですっ!だからっ」

 

『何があっても私は残ります』と言おうとしたウィルにハジメは有無を言わさない口調で黙らせる。

 

「『黙ってろ』って俺は言ったよな?俺達の仕事はお前をフューレンに連れ帰ることだ。俺個人としちゃ町を放棄して避難するなら、俺達はお前を連れて一足先に避難してもいいとすら思っている。それをしないのは、ソルの意見を聞くためだ。断じてお前の意見を聞くためじゃない。それにお前にできることなんざないだろう。分かったんなら、口を閉じて突っ立ってろ」

「なっ、そ、そんな……」

 

ハジメの冷徹な言葉にウィルは顔を青褪めさせて後退りする。その表情には信じられないと言った様子がありありと浮かんでいた。

あれだけの力を示した陽和はウィルの中ではまさに英雄のようだった。だからこそ、そんな彼が親しげに話す仲間であるハジメも、多少容赦のない性格であったとしても、この危急の事態に協力してくれると無条件で思っていたのだ。

だからこそ、ハジメの冷たい言葉には裏切られたような気持ちになっていた。

言葉を失い、ハジメから無意識に距離をとるウィルの前に一人進み出る者がいた。愛子だ。彼女はウィルとハジメの間に割って入ると、真っ直ぐな眼差しでハジメを見上げた。

 

「南雲君。君と、ヴァーミリオンさんなら魔物の大群をどうにかできますか?いえ……できますよね?」

 

愛子はどこか確信しているような声音で、ハジメと陽和ならば町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を窺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。

複数の山脈地帯を跨いで集められた数万規模の魔物の軍勢などもはや戦争規模に等しい。一個人がどうにかできるとは思えない。そんなことが可能なのは———勇者だけのはずだ。

それでも、本当の意味では一人では軍には勝てない。たとえ、一騎当千の勇者であっても、単純な物量には敵わないだろう。なのに、勇者ですらないハジメとこの場にはいない誰かがこの危機をどうにかできると言う言葉は、いくら愛子の言葉であっても信じられなかった。

愛子の問いかけに何も答えずにじっと彼女を見下ろすハジメに彼女は言葉を続ける。

 

「……先ほど、ヴァーミリオンさんは言ってましたよね。『可能と言えば可能』だと。そして、『やるなら場を整えてから迎撃するべき』だとも。それはつまり、迎撃準備を整えていれば、勝てる可能性は十分にあると言うことですよね?違いますか?」

「……その通りだな。よく覚えてんな」

 

愛子の記憶力の良さにハジメは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。愛子は顔を顰めたハジメに更に真剣な表情のまま頼みを伝える。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか?ヴァーミリオンさんにも協力を頼めないでしょうか?このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人の命が失われることになります」

「……意外だな。あんたは生徒のことが最優先なのだと思っていた。いろいろ活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか?なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと?俺の仲間も巻き込んで?その意志もないのに?まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

ハジメの揶揄するような言葉に愛子は暗い表情を浮かべ、顔を俯かせる。彼女とてハジメの言葉が正論だと言うことは分かっている。だが、それでも愛子はどうしても彼に頼み込む他なかったのだ。

愛子は豁然とした表情を浮かべると顔を上げてハジメをまっすぐ見上げる。その顔は日本にいた頃から、生徒が何か問題を抱えた時、決まって浮かべていた“先生”の表情だ。

近くで愛子とハジメの会話を聞いていた【ウルの町】の教会司祭が、ハジメの言葉に含まれる教会を侮蔑するような言葉に眉を顰めているのを尻目に、愛子は真剣な声音で口を開いた。

 

「南雲君の言う通りです。それに関しては弁明のしようがありません。元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 

愛子が一つ一つ確かめるように言葉を紡いでいく。

 

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になるには、きっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。そこでは、誰かを慮る余裕などなかったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

ハジメは黙ったまま、先を促すように愛子を見つめ返す。

 

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね?では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか?君の邪魔をする者は皆排除しますか?そんな生き方が日本で出来ますか?日本に帰った途端、生き方を変えられますか?先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

「……」

「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

一つ一つに想いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメに余すことなく伝わってゆく。町の重鎮達や優花達も、愛子の言葉を静かに聞いていた。特に、優花を除く生徒達は、力を振るってはしゃいでいた事を叱られている様な気持ちになりバツの悪そうな表情で俯いている。それと同時に、愛子は今でも本気で自分達の帰還と、その後の生活まで考えてくれていたという事を改めて実感し、どこか嬉しそうな擽ったそうな表情も見せていた。

話を聞いていた生徒達がそんなことを思ってると知らない愛子は、「そして……」と呟くと再び口を開いた。

 

「……私は、とある生徒に想いを託されました。誰よりも辛いはずなのに、誰よりも助けが必要なはずなのに、それでも、私だけでなく他の子供達のことも気にかけてくれるほど優しい立派な生徒です。そんな彼が私のことを尊敬していると言ってくれました。私の先生の在り方を間違っていないと言ってくれました。私は、そんな彼に誇れる先生でありたいんです。……だからこそ、今ここで行動しないで、どうして教師と名乗れるんでしょうか」

「………先生」

「勿論、すぐに変えろとは言いませんし、強制する気はありません。それでも、一度だけ考えて欲しいんです。今の南雲君のあり方は、果たして本当に南雲君自身の幸せに繋がっているかを。それを考えた上で、どうか力を貸してもらえないでしょうか?」

 

そう言って愛子は深々と頭を下げて懇願する。ハジメは、たとえ世界を超えても、どんな状況であっても、生徒が変わり果てていても、一生懸命“先生”であり続けようとする愛子と、彼女に想いを託したと言う生徒ー陽和に、内心で苦笑いをせずにはいられなかった。

それは嘲ではなく感心からくるものだ。彼女の真剣な眼差しを前に生半可な反論などできないと思ってしまった。彼女の言葉に宿る想いは、ハジメの未来と幸せを願う物であり、彼女にそこまでの影響を与えられる親友の人望にハジメは内心感心せざるを得なかったのだ。

 

その時だ。唐突に部屋の扉が開かれた。

その場にいた全員の視線が出入り口の扉に向けられる。

部屋に入ってきたのは狐仮面を被った紅白の着物を着た男と黒の着物に似た服を着た美女だ。陽和とティオだ。

なぜかティオはげっそりと憔悴しきっていたが。

 

突然部屋に入ってきた二人に視線が集中する中、陽和はたった今話をしていたハジメと愛子に視線を向けると近づきながら口を開く。

 

『畑山さんには悪いが話は聞かせてもらった』

「えっ?き、聞こえていたんですかっ⁉︎」

 

愛子は陽和の発言に驚愕して恥ずかしさから顔を赤くする。それもそうだろう。先ほど想いを託してくれた生徒とは何を隠そう陽和のことであり、彼がいないと思って話をしていたのに、よもや彼に話を聞かれていたなど。恥ずかしくて仕方がなかった。

 

『すみません。丁度話し始めた時についてしまいましてね、入るに入れなかったんですよ』

「それで盗み聞きか?趣味が悪くねぇか?」

『こればかりは不可抗力だ。許せ。……さて、それはそうと、ハジメ、彼女の話を聞いてどう思ったんだ?』

「それは……」

 

そう尋ねられたハジメはすぐそばにいるユエへと視線を転じた。彼女は、どう言うわけか懐かしいものを見るような目で愛子を見つめており、ハジメの視線に気がつくと真っ直ぐに静かな瞳を合わせてきた。

その瞳には、どんな選択であってもついていくと言う意思が伺えた。

奈落の底で『堕ちる』寸前であったハジメの人間性を繋ぎ止めてくれた愛しい彼女の幸せを、ハジメは確かに願っている。そうできるのが自分であればいいと思っているが、愛子の言葉通りの生き方をしたら、果たして彼女を心の底から幸せにできるだろうか。

 

更に視線を転じると、そこにはハジメを心配そうに見やらウサミミ少女がいる。いつも自分達のパーティーに賑やかさをもたらしてくれる溌剌とした少女。何度ハジメに邪険にされても、物好きなことに必死に追いかけて、今ではむしろユエの方が、仲間して友人として彼女を可愛がっているぐらいだ。それはハジメがシアを受け入れたことで齎された幸せの一つではないだろうか。

 

次に腕を組みながらハジメに怜悧な眼差しを向けるセレリアへと視線を向ける。彼女は自身が兄同然に慕う男が認め背中を預けるに足る存在だ。彼女とは対等であり、彼女の冷静さがどれだけ頼もしかったか。ユエやシアも彼女を姉気分のように慕っている節もあった。

 

最後に、自身に問いかけてきた男にー陽和へと視線を向けた。仮面のせいで表情は窺えない。だが、仮面から覗く翡翠の瞳はどこか見定めるような、確かめるような感じがした。奈落の底に落ちてもなお自分の心に存在し続けていた親友。彼に助けられた回数は数えたらキリがないほどだ。そんな彼の優しさに、頼もしさに、いつしか兄と慕ってすらいた。

再会した後もすっかり変わってしまった自分のことを、それでも親友だと言って肩を並べて歩んでくれた。誰よりも辛い境遇にあるはずなのに、他者を気遣い支えることができる、そんな彼の優しさに自分を含め多くの人がどれだけ助けられたことか。その優しさに感謝しているからこそ、自身が慕う彼の幸せをハジメは密かに願っていた。だから、今愛子の言葉を否定することは、彼を悲しませる結果を招くかもしれない。そう思った。

 

ハジメにとってこの世界は牢獄だ。故郷への帰還を妨げる檻だ。それ故に、この世界の人や物事に心を砕くようなことは極めて困難だ。

奈落の底で、故郷へ帰るために他の全てを切り捨てて、邪魔するものには容赦しないと心に刻んだ価値観はそう簡単には変わらない。

 

だが………自身を繋ぎ止めてくれたユエと、自身が何度も頼っていた陽和。その二人だけでなくシアやセレリア、自分が仲間だと思う彼らに幸せをもたらせるのなら、一肌脱ぐのもやぶさかではなかった。

無論、愛子の言葉の全てに納得したわけではない。それでも、『自分の先生』の本気の『説教』なのだ。戯言と切って捨てることはできなかった。

今回暴れることで、ハジメ達の存在は公のものとなり、面倒ごとが降りかかる可能性は一気に大きくなるだろう。陽和も正体がバレる危険性が格段に高まる。しかし、そこは生徒想いの『愛子先生』に頑張ってもらおう。というか、そのくらいはやってもらわなきゃ困る。

どっちにしろ、遅かれ早かれ目をつけられるのなら、今ここで派手に暴れても変わらないだろう。そんなことを考えながらハジメは愛子に再度向き直った。

 

「………いくつか聞かせてくれ。先生は、この先、何があっても、俺の先生か?」

「当然です」

「…‥俺がどんな決断をしても?それが、先生の望まない結果でも?」

「はい。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようにお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

ハジメはしばらく、その言葉に偽りがないかを確かめるように愛子と見つめ合う。わざわざ言質を取ったのは、ハジメ自身、できれば愛子と敵対したくはなかったからだ。とはいえ、それはほとんどあり得ないだろう。

だが、それでも念のためだ。

やがて、愛子の瞳に偽りも誤魔化しもないことを認めると、嘆息混じりに答えた。

 

「はぁ、分かったよ。協力してやる」

「南雲君!」

 

ハジメの返答に顔をパァーと輝かせる愛子に、ハジメは苦笑いを浮かべる。

 

「俺の知る限り一番の“先生”からの忠告だ。まして、それが仲間の幸せにつながるってんなら、聞かないわけがない。それにだ、仮にここで俺が拒否したところで、お前は残って戦うつもりだったんだろ?ソルレウス」

 

そう言いながらハジメは愛子の後方で静観していた陽和へと視線を向ける。視線を向けられた陽和はわざとらしく肩を竦めると言葉を返す。

 

『まぁな。最悪、パーティーを二つに分けてお前とユエ、シアにウィルの護送を頼んで残りの俺達で町の防衛をやるつもりだった。俺としてもお前が残る選択を選んでくれてホッとしてるよ』

「バカいえ。お前が戦うってんのに俺がのこのこ逃げるわけがねぇだろ。それに前にも言ったはずだぞ。俺は親友に面倒事を全部任せるほど薄情じゃねぇって」

『ふふっ、そうだったな』

 

ハジメにそう言われ陽和は思い出し笑いをする。

彼の笑みに釣られセレリア、ユエ、シアも笑みを浮かべ嬉しそうな雰囲気が彼らの間に生まれる。

その雰囲気を照れ臭く感じたのか、ハジメは陽和へと向き直り改めて問うた。

 

「とにかく、リーダー。数万規模なら準備は必要だろ。俺は何をすりゃいい?指示をくれ」

『ならまずは魔物が来る方角の町の外周部に壁を作ってくれ。大きさはそこそこでいい。それを三列ほど作っておいてくれ。あとで補強する』

「あいよ、任せな。その代わり、話し合いとかは頼んだぜ?」

『ああ、そっちは任せろ』

「おう」

 

そしてハジメは陽和の隣を歩き部屋を出ていった。ユエとシアが小走りでハジメの後を追いかけていった。

パタンと扉が閉まった扉の音で、雰囲気に飲まれて口をつぐんでいた町の重鎮達が一斉に愛子に事情を求めようもするが、一瞬早く「パァンッ」と手を打ち鳴らす音が甲高く響いた。

ビクッと肩を震わせた重鎮達がその声の方向に振り向けば、そこには手を合わせている陽和がいた。陽和は視線がこちらに向いた事を確認すると声を張り上げる。

 

『事情は作戦会議をしながら説明する。聞きたいことが多いのは分かっているが、こっちの説明を聞いて納得して欲しい。まずは重要参考人の彼女から詳しい説明を聞いてくれ。ティオ、頼んでいいか?』

「ふふっ、委細承知じゃ主殿。できる限り簡潔にわかりやすく話そう」

 

陽和の要請に頷きティオは前へと進み出ると重鎮達を見渡す。

 

「重鎮達は集まっておくれ。今から詳細を話すのでな」

 

気品漂う王族の雰囲気を纏いながら静かにそう言ったティオに重鎮達が息を呑む。彼女が纏う覇気に誰もが声を出せない中、ティオはそのまま説明を始めた。

そんな中、愛子はハジメが出ていった扉を悲しげな眼差しで見つめていた。その顔にはハジメに気持ちが伝わった喜びはすでになく、彼に魔物の大群へ立ち向かうことを決断させたことに対する罪悪感があった。

力を払うことに慣れてほしくないと思いながら、戦いに赴かせるという矛盾を抱え、ハジメに生き方を改めて考えてほしいと思いながら、町の人々を助けたいと思ってすらいた。結果的に、陽和の後押しもあって両方叶いそうではあるものの、自身の未熟さが招いた選択に、己の無力さを悔やみ肩を落とした。

願わくば、生徒達の誰もが元の心を失わないまま、お家に帰れますように……しかし、愛子のその願いはすでに叶わない。昨夜のハジメとの対話でそれは幻想だと思い知らされた。それでも、願うことは止められなかった。

その時、彼女に小声で声がかけられる。

 

『……先生、ありがとうございます』

「え?」

 

顔を上げれば隣にはいつのまにか陽和が立っていた。

彼は横目で愛子を見下ろしていた。仮面のせいで表情は読めなかったが、彼の瞳はどことなく嬉しそうに細められていた。

陽和はそのまま小声で話を続ける。

 

『俺ではこうはなりませんでした。あいつは俺を兄と慕ってくれてますから、不満を抱えつつも俺が言えば仕方なくでもやってはくれるでしょう。でも、それだと意味がありません。あいつ自身が本当に必要なことなのか、意味があることなのかを考える必要がありました』

 

陽和から言えばハジメはすんなりと受け入れるだろう。

たとえ、不満があろうとも陽和が言うならばと従う。しかし、それでは意味がないのだ。

 

『俺はあいつが変わってしまったことを仕方ないと思っていました。あれだけのことがあれば、変わってしまうのも無理はないと。ただ、それでも根底にあるものは変わっていなかったから、親友として変わらず接して繋ぎ止めれればいいと思ってました。でも、それでは足りなかったようですね。どうやら、兄貴分の立場に甘えていたようだ』

 

陽和自身も愛子が言った通り、ハジメの心の変容には密かに胸を痛めていた。自分がもっと早く助けに行ければあそこまで変わることはなかったとふとした時に後悔すらしていた。

ただ、変わり果てたとしても彼の心の根底にある優しさは失われていなかったから、親友としてそれを失わないように繋ぎ止めるべきだと考えるようになっていた。

でも、それでは足りなかったのだ。陽和はハジメの兄貴分という立場にどこか甘えていた。彼を真に案じるならばもっと踏み込むべきだったのだと、陽和は愛子の話を聞きながら気付いた。

 

『俺が言っていたらあの結果にはならなかったでしょうね。貴女だからこそ、貴女が教師としての矜持を持っていたから、ハジメがあの選択を選んだんです』

 

彼女だからこそこの結果に行き着いた。そう断言した陽和は横目をやめ彼女に振り向くと、目を細めながら穏やかな声音で言った。

 

『貴女を信じて良かった』

「…………………」

 

陽和から告げられた言葉に、愛子は意味を理解するのに数秒時間を要する。そして、意味を理解した愛子は首を横に振ると苦笑いを浮かべる。

 

「……まだまだですよ。それに君の方が凄いじゃないですか」

『ご謙遜を。貴女は立派に教師を務めてますよ。それを誇ってください』

 

心からの称賛に愛子は目の奥が熱くなってしまう。目の端からじわりと溢れる涙を彼に見られないように顔を俯かせながら愛子は小さな声音で礼を言った。

 

「………ヴァーミリオンさん。ありがとうございます」

 

そんな愛子の感謝に陽和は仮面の下でクスリと笑うと、重鎮達が集まる方向を見ながらその瞳に決意を宿す。

 

『ここからは俺の仕事です。やると言った以上は何があっても町を守り切れるよう最善を尽くしましょう。だから、胸を張って堂々としてください。先生』

 

そう言うと愛子の返事を待たずに陽和はティオの方へと歩いて行った。愛子は立ち去る彼の背中をじっと見つめると、

 

「……本当にありがとう。紅咲君」

 

誰にも聞こえないような声量で彼に改めて礼を言うと、小さく頭を下げた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ウルの町。北に山脈地帯を、西にウルディア湖を持つ資源豊富なこの町は、現在つい昨夜までは存在しなかった外壁に囲まれて、異様な雰囲気に包まれていた。

 

この“外壁”はハジメが陽和の指示で作り、そこに陽和が土属性魔法で補強したものだ。魔力駆動二輪で、整地ではなく“外壁”を錬成しながら町の外周を走行して作成したのである。

壁の高さは大体7〜8m。壁の上部は外側に突き出るような形であり、魔物を簡単に登らせないような仕組みになっていた。

 

町の住人達には、既に数万単位の魔物の大群が迫っている事が伝えられている。魔物の移動速度を考えると、夕方になる前くらいには先陣が到着するだろうと。

当然、住人はパニックになった。町長を始めとする町の顔役たちに罵詈雑言を浴びせる者、泣いて崩れ落ちる者、隣にいる者と抱きしめ合う者、我先にと逃げ出そうとした者同士でぶつかり、罵り合って喧嘩を始める者。明日には、故郷が滅び、留まれば自分達の命も奪われると知って冷静でいられるものなどそうはいない。彼等の行動も仕方のないことだ。

だが、そんな彼等に心を取り戻させた者がいた。愛子だ。ようやく町に戻り、事情説明を受けた護衛騎士達を従えて、高台から声を張り上げる“豊穣の女神”。恐れるものなどないと言わんばかりの凛とした姿と、元から高かった知名度により、人々は一先ずの冷静さを取り戻した。畑山愛子はある意味、勇者より勇者をしていた。

 

冷静さを取り戻した人々は、二つに分かれた。すなわち、故郷は捨てられない、場合によっては町と運命を共にするという居残り組と、当初の予定通り、救援が駆けつけるまで逃げ延びる避難組だ。

居残り組の中でも女子供だけは避難させるというものも多くいる。愛子の魔物を撃退するという言葉を信じて、手伝えることは何かないだろうかと居残りを決意した男手と万一に備えて避難する妻子供などだ。深夜をとうに過ぎた時間にもかかわらず、町は煌々とした光に包まれ、いたる所で抱きしめ合い別れに涙する人々の姿が見られた。

避難組は、夜が明ける前には荷物をまとめて町を出た。現在は、日も高く上がり、せっせと戦いの準備をしている者と仮眠をとっている者とに分かれている。居残り組の多くは、“豊穣の女神”一行が何とかしてくれると信じてはいるが、それでも、自分達の町は自分達で守るのだ!出来ることをするのだ!という気概に満ちていた。

 

陽和はその様子を城壁に腰掛け胡座をかきながら眺めていた。傍には、当然のようにセレリアがいる。

ちなみに、ハジメは陽和から少し離れた場所に腰掛けており街の外へと視線を向けて何かを考えていた。勿論、こちらには傍にユエとシアが静かに寄り添っている。

そこへ愛子達がやってくる。後ろには優花達生徒やティオだけでなく、デビッド達護衛騎士までいた。彼女の接近に気づいているはずなのに、無視している二人にデビッドが眉を釣り上げるが、それよりも早く愛子が声をかけた。

 

「ヴァーミリオンさん、準備はどうですか?何か必要なものはありますか?」

『いえ、今のところ何も必要なものはありませんね』

「そうですか」

 

振り返らずに簡潔に答えた陽和に愛子は頷いた。しかし、デビッドは陽和の態度にくってかかった。

 

「おい、貴様……豊穣の女神たる愛子が声をかけていると言うのになんだその態度は。本来ならば、貴様らの持つアーティファクト類や、大群を撃退する方法を聞かねばならんところをしないのは、愛子の頼みがあったからだぞ?少しはー「デビッドさん、ついてくるのなら一切口出ししないようにと私言ったはずですよね?」うっ、し、しかしだな……」

 

愛子の言葉にデビッドが何か言いたげだったが、それを言うよりも先に愛子が被せるようにはっきりと言った。

 

「彼らが今回の要なんです。なのに、貴方の無駄な言いがかりで拗らせたらどう責任を取るつもりなんですか?できないのなら、何も口を挟まないでください。先に無礼を働いたのはこちらです。この程度のことで一々目くじらを立てないでください。話が進みません」

「うっ……しょ、承知した……」

 

愛子に言外に『ついてくるのは許すが、何も言うな』と言われシュンとした様子で口を閉じる。その姿は、まさしく忠犬だった。

 

「それと、あの、黒ローブの男のことなんですが……」

『分かっています。貴方のご要望通り、彼は連れて来ましょう』

「……ありがとうございます。その、すみません。貴方達に頼りっきりなのに、無茶な頼みをしてしまって……」

 

律儀に謝罪をする愛子に陽和は大丈夫だと手を振る。

 

『構いませんよ。その程度のことは大した手間もかかりませんので』

「……ありがとうございます」

 

愛子は陽和の厚意を素直に受け取り礼を言った。

だが、その内心ではやはり大切な生徒に任せきりになってしまう自分の無力さにため息をついていた。

そして、話が終わったと判断したのかティオが前に進み出て陽和に声をかける。

 

「主殿よ、先程の話の続きをしても良いかの?」

『………旅についてくるって話か?』

「それだけではないのじゃが、まぁ今はとりあえずそれだけで構わんよ」

「どういうことだ?ソル」

 

ティオと陽和の話を隣で聞いていたセレリアは口を挟み陽和へと尋ねる。ハジメ達も同じ様子で今の会話に疑問符を浮かべていた。

陽和は素直に事情を説明していく。

 

『……まぁ、実は山でお前達と別れた時にな、ティオから旅に同行したいって頼まれたんだ』

「なんでまた急に、それに主殿と言う呼び方も気にな………おい、まさか。ソル、まさかそういうことか?」

 

同じ男に惚れた女の勘だろう。ティオの反応から事情を把握したらしく、セレリアはティオと陽和を交互に見ながら尋ねる。

それに観念した陽和は頷く。

 

『……まぁ、うん、そういうことになる』

「……ほぉ」

 

推測を認めた陽和の頷きにセレリアの目がスッと細められそんな声が漏れた。それでハジメ達も察したらしく、「え?まじで?」と驚いていたがすぐにその驚愕は消え代わりに面白そうに三人の様子を眺め始めた。

優花も察したらしく、『あんたまたやったの?』と陽和に向けられる視線が鋭くなった。

そんな冷たいのか、楽しいのか、分からない不穏な空気が広がる中、セレリアはすっと立ち上がるとティオに近づき真正面から見据えると挑戦的な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ティオ、私としてはソルがついて来て構わないなら異論はない。実力的にも申し分ないし、なによりソルの同胞だ。ついて来ても問題はないだろう。だが、その前にいくつか言っておきたいことがある」

「うむ、察するに条件かの?構わんよ、同行できるのなら、聞き入れよう」

「じゃあ、早速一つ目だ。まず、ソルには既に恋人がいる。今は複雑な事情で離れ離れになっているが、それはもう一途に愛して愛してやまない恋人がな。私が何度もアプローチしても靡かないぐらいにぞっこんだ」

『セレリアさん!?』

 

陽和が目を丸くして思わず悲鳴じみた声をあげてしまう。まさかの暴露話に陽和だけでなく愛子達も目を丸くしている。その一方で、ハジメ、ユエ、シアは修羅場を見るかのように楽しそうに眺めていた。

 

「うむ、主殿には既にそれぐらい大切に想う伴侶がおると。それで?」

 

動揺する陽和を他所にセレリアの話を聞いたティオは眉ひとつ動かさずに話を促す。

 

「お前がソルを慕っているのは分かる。大方、あの時の彼の強さや信念とかに心底惚れ込んだんだろう。私も彼のそういうところが好きになったんだからな」

『あの、セレリアさん……』

「うむ、その通りじゃ。妾は主殿の強さや覚悟に心を奪われてしまった。もはや、主殿以外の男を伴侶にしたいとは思わんぐらいにの。主殿に全てを捧げたい。そう心の底から思えたのじゃ」

『お、おい、ティオもそこらへんで……』

「だろうな。主殿と呼ぶぐらいだ。それぐらい、慕っているのは分かるさ。まぁ私も身も心も捧げている。彼の為に尽くしたいぐらいにな」

 

二人の恋愛対象である陽和をそっちのけにして話が進んでいくぶっちゃけトークに陽和は『もうやめてくれ……』と仮面の上から両手で顔を覆い隠してしまう。

仮面で隠せていない耳が真っ赤に染まっていることから、仮面の上から顔を隠したいと思うほどに恥ずかしがっているのは事実だ。

 

「一つ目がそれだ。そして、二つ目だが分かっていると思うが私はソルに惚れ込んでいる。それこそ、一番でなくていいから愛して欲しいと思っている。彼が大切にしている恋人を悲しませてまで一番になろうとは思ってないからな」

「うむ、主殿が紡いだ縁も大切にしようと言うわけか」

「そうだ。それでここからが本題だ。ティオ、ソルには既に一番に想い想われている恋人がいる。それを理解した上で、2番目以降でも愛してくれるなら構わないと、了承できるのなら私はお前の同行を認めよう」

「……………」

 

セレリアの言葉にティオはしばし沈黙する。

彼の想い人を大切にできないのならお前に陽和を愛する資格はない。そう言外に言われティオは考え込むように沈黙しており、その一触即発に見える空気にギャラリーはごくりと生唾を飲んで見守っていた。

やがて、ティオは小さな笑みを浮かべるとくすりと優雅に笑った。

 

「ふふっ、なんじゃ、そんなことか。無論、構わぬよ。魅力的な男ほど慕う女も多いものじゃ。その程度の些事受け入れずに主殿に全てを捧げられるわけがない」

「ふっ、分かってるじゃないか」

 

そうして二人はお互い不敵に笑い合うとセレリアの方から手を差し出した。

 

「ならば私としては異論はない。お前の同行を認めよう。改めてセレリア・ベルグライスだ。これからよろしく。ティオ」

「うむ、妾の方こそよろしく頼む」

 

そう言って二人は握手を交わす。

惚れられた対象であるはずなのに、いつのまにか蚊帳の外になっていた陽和は目の前で自分に惚れた女達が惚気話をしている羞恥に耐えられず顔を両手で覆い隠し、屍のように沈黙していた。

その様子に女生徒達は惚気に当てられてか頬を若干赤らめており、男子生徒達は美女達に惚れられていると言う事実に嫉妬の眼差しをむけている。

護衛騎士達はどんな反応をしたらいいか分からずなんとも言えないような顔をしている。

優花は『やっぱこいつギルティだわ。雫に報告しよ』と密かに密告を企てながら彼を睨んでいる。

愛子は雫という恋人がいながら他の美女に言い寄られている陽和に不純異性交遊について説教をしたかったが、正体を隠している為できず焦れったそうにしていた。

そして、関係ないのをいいことにハジメ達は揃いも揃ってニマニマと嫌な笑みを浮かべながらここぞとばかりに陽和を揶揄い始めた。当然、陽和がただで揶揄われるわけがなく重力魔法で顔面を強制的に地面と激突させるという過激な仕置きをした。

そんなカオスな状況が大群が迫っている危機的状況にも関わらず繰り広げられる中、遂にそれはきた。

 

『!……来たな』

 

陽和が唐突に【北の山脈地帯】の方角へと視線を向け、目を細める。肉眼で捉えられる位置にはいないが、陽和の気配感知に引っかかったのだ。

ハジメも無人偵察機からの映像で迫るソレを確認していた。

 

ソレは、大地を埋め尽くすほどの魔物の大群だ。

 

ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇。

 

映像越しでも、気配越しでも分かる。

大地は鳴動し、土埃が雪崩の如く巻き上がり、蠢く群れの光景はさながら黒き津波のようだ。猛烈な勢いで進軍する悪鬼羅刹の群れは、その土埃の奥から赤黒い殺意に塗れた眼光を覗かせる。山で確認した時よりもその数は増えており、気配の数からして五万どころか十万に届こうかという大群である。

更に、魔物の上空には飛行型の魔物もいる。あえて言えるならプテラノドンだろう。飛竜型生物に比べれば、いくらか小さいが、体から立ち上がる赤黒い障気と尋常でない雰囲気がハイベリアよりも強力であることを伺わせていた。

そんな何十体と飛ぶプテラノドン型の魔物の中で一際大きい個体がいる。その個体の上にはうっすらと人影のようなの見える。確実に黒ローブの男ー清水幸利だろう。

陽和はスッと立ち上がると城壁を歩く。セレリア達も立ち上がる。陽和はこちらを見るハジメ達の視線に頷くと、緊張で顔をこわばらせている愛子達に声をかける。

 

『来ました。到達はおよそ30分。数は十万弱、複数の魔物の混成群です』

 

魔物の数を聞き、2倍以上に増加していることに顔を青ざめる愛子達。不安そうに顔を見合わせる彼女達に彼は笑った。

 

『気にしなくて結構ですよ。たかだか十万程度、なんの支障もありません。貴女方は事前の作戦通り防壁の傍で待機していてください』

 

なんの気合いもなく任せろという陽和に、愛子は少し眩しいものを見るように目を細めた。

 

「分かりました。……私がいうことではないかもしれませんが、皆さんどうかご無事で……」

 

愛子はそう言うと、護衛騎士達の「本当に彼に任せていいのか」「今からでもやはり避難すべきだ」と言う言葉に応対しながら、町中に知らせを運ぶべく駆け戻っていた。優花達も、愛子に続いて踵を返しかけ戻ろうとするが、優花だけ立ち止まった。

優花が一緒に来ていないことに気がついた奈々が淳史達にも声をかけて立ち止まると、訝しそうな表情をしながら優花の名前を呼ぶ。

だが、優花はその呼びかけに応じず、ぐっと表情に力を入れると顔を上げて、陽和の方へと振り向くと声を張り上げた。

 

「あ、あのさ!ヴァーミリオン!」

 

大きな声で陽和に呼びかけた優花。陽和は肩越しに視線を向ける。セレリア達も何事かと振り返っている。無言で何のようかと問うてくる陽和に、優花は勝気な笑みを浮かべながら、

 

「絶対勝ちなさいよ!」

 

と言い放ったのだ。

その言葉にセレリア達だけでなく奈々達までもが首を傾げる中、陽和は仮面の下でふっと笑うと、

 

『ああ、任せておけ』

 

そうはっきりと自身の勝利を宣言したのだ。優花は苦笑いにも似た笑みを浮かべると、スッと踵を返して駆け出す。迎える淳史達は何が何だかわからず困惑していたが、護衛隊リーダーの「行くわよ!」と言う元気な言葉に力強く答えて一緒に駆け出していった。

そして、陽和達のもとに残ったのは、ウィルとティオだ。何か用があったらしく、終わるまで待っていたようだ。

ウィルは陽和に何か言葉をかけようかかけまいか迷っているような様子を見せたが、もう時間もないと頭を振るとティオにだけ何かを語りかけると、陽和に頭を下げて愛子達を追いかけて行った。

頭を下げたウィルに手を軽く振って答えた陽和にティオが近づき話しかける。

 

「今回の出来事を妾が力を尽くして見事乗り切ったのなら、冒険者達の事、少なくともウィル坊は許すという話じゃ……そういうわけで助太刀させてもらうからの。何、魔力なら大分回復しておるし竜化せんでも妾の炎と風は中々のものじゃぞ?」

 

竜人族は、教会などから半端者と呼ばれるように、亜人族に分類されながらも魔物と同様に直接魔力を操ることができる。その為、天才であるユエと陽和のように全属性無詠唱無魔法陣というわけにはいかないが、適性のある属性に関しては、二人と同様に無詠唱で行使できるらしい。自己主張の激しい胸を殊更強調しながら胸を張るティオに、陽和は不敵に笑った。

 

『ふっ、ならいい。好きなだけ暴れろ。期待しているぞ、竜人族最強』

「御心のままに。主殿の前じゃ、妾の力を存分に見せよう」

 

陽和の期待が宿る言葉にティオは凛々しく微笑むと軽く頭を下げてそう言う。

はたから見れば主従関係にしか見えない二人にハジメ達が『やっぱこいつすげぇわぁ』と眺めていると、遂に肉眼でも魔物の大群を捉えることができるようになった。

防御壁の傍に弓や魔法陣を携えた者達が続々と集まってくる。

大地が地響きを伝え始め、遠くに砂埃と魔物の咆哮が聞こえ始めると、そこかしこで神に祈りを捧げる者や、今にも死にそうな顔で生唾を飲み込む者が増え始めた。

 

『ハジメ、打ち合わせ通りに』

「あいよ」

 

陽和に指示されたハジメは前に出る。錬成で、地面を盛り上げながら即席の演説台を作成する。人々の不安を和らげようと思ったわけではなく、単純にパニックになってフレンドリーファイアなんてされたら堪ったものではないからだ。

突然、壁の外で土台の上に登り、迫り来る魔物に背を向けて自分達を睥睨する白髪眼帯の少年に困惑したような視線が集まる。ハジメは、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、すぅと息を吸い天まで届けと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「聞け!ウルの町の勇敢なる者達よ!我らの勝利は既に確定している!」

 

いきなり何を言い出すのだと、隣り合う者同士で顔を見合わせる住人達。ハジメは、彼等の混乱を尻目に言葉を続ける。

 

「なぜなら、我らには女神が付いているからだ!そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」

 

その言葉に、皆が口々に愛子様?豊穣の女神様?とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子が諦めたように虚無に満ちた表情を浮かべている。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ!我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である!我々は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが、愛子様により教え導かれた我ら“女神の双剣”の力だ!!」

 

ハジメの言葉に合わせて陽和は重力魔法により空高く飛び上がる。ハジメの後方から飛び上がる赤髪仮面の異質な格好をしている青年に全員の視線が集まる中、陽和は腰の鞘からヘスティアを抜き放つ。

陽光に照らされ煌々と輝く紅蓮色の長剣。燦然たる輝きに住民達が魅せられる中、陽和は静かに詠唱を始める。

 

『火神に聖火を捧げよう』

 

詠唱が始まるとヘスティアが赤い輝きを帯び、紅蓮に輝く魔法陣が宝玉に浮かび上がる。

 

『赤き炎雷よ、燃え滾れ。白き閃光よ、光り輝け』

 

その言葉と共に、紅緋色の炎雷が迸り収束され、その上から純白の光粒がそれを包み込む。

 

『闇を照らし、穢れを祓い、清め給え。信念を、覚悟を、誇りを不滅の炎へと変えよう』

 

詠唱と共に炎雷が激しさを増していき、白光の輝きが増していく。その増大に合わせ剣は大きさを増していく。

尚も増大していく魔力に住民達が唖然とする中、高らかに詠唱は続けられる。

 

『立ちはだかる者を打ち砕き、守るべき者を守り抜く光炎の聖剣へと昇華せよ』

 

熱量と輝きが際限なく高まり続け、陽光の下にもう一つの太陽が現れたと錯覚するほどになる。

絶大なる魔力の高まりは彼の猛りに応じて高まり続けていき、解放の時を待つ。

 

『聖火となり、全てを焼き祓え』

 

そして、最後の詠唱と共にソレは完成した。

完成した光炎の聖剣はこれまでにないほどに巨大であった。刃渡りは100mを優に超えており、天を貫くほどに巨大だ。永遠に燃え続ける聖火の輝きを宿す聖剣に、住民達が言葉も出ない中、陽和は聖剣を掲げて己の極大の必殺を、解放した。

 

『“聖火の竜斬”ァァッッ!!!!』

 

裂帛の雄叫びと共に聖剣が振り下ろされ、光炎が解き放たれる。渾身の一撃はなんの障害もなく大地へと振り下ろされ、眼前の大地を一直線に切り裂いた。

 

轟音と爆炎と閃光。

 

凄絶な破砕音が、滾る爆炎の熱量が、眩い純白の輝きが、住民達の鼓膜を、皮膚を、視界を、蹂躙していく。

それはまるで、炎の神が繰り出した必滅の裁きの如く。

しばらくして、爆炎が収まり晴れた視界には一直線に縦に斬線を刻み、その斬線の両側は悉く炎に焼かれ焦げており、どこまでも続く亀裂の先では大群の先頭の一部が黒く炭化し跡形もなく消えていた。

一瞬で先頭集団の百数十体を焼き滅ぼした陽和は、ヘスティアを振り払い光炎の残滓を空中に放ちながら鞘へとしまった。彼の後ろでは、唖然として口を開きっぱなしにしている人々の姿がある。

ちなみに、打ち合わせ通りとはいえ容赦なく必殺技を放った陽和にハジメまでもが『やり過ぎだろ…』と表情を引き攣らせるも、気を取り直して声を張り上げ愛子を讃えた。

 

「あ、愛子様、万歳!!!」

「「「「「「愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!愛子様、万歳!」」」」」」

「「「「「「女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!女神様、万歳!」」」」」」

 

【ウルの町】に、今までのような二つ名としてではない、本当の女神が誕生した。どうやら、不安や恐怖も飛んだらしく、町の人々は皆一様に、希望に目を輝かせて愛子を女神として讃える雄叫びをあげている。

城壁に降り立った陽和が彼らを見渡せば、視界の端で愛子が何か悟ったような表情で真っ白になっていた。

陽和はくすりと笑うと何食わぬ顔で魔物の大群に向き直った。隣ではセレリアが面白そうに笑っていた。

 

「ふふっ、畑山さんに押し付けるとはいえ、なかなか派手にやったじゃないか」

『開幕は景気良くいかねぇとな。ソレに先生も了承済みだ。なら、遠慮なくやらせてもらうさ』

 

勿論、ここまで派手なことをしたのには理由がある。一つは、この先陽和達の活躍により教会に確実に目をつけられ国を巻き込んで動くだろう。そんな時に、相対するであるあろう愛子の力を強めておきたいと言う考えがあった。

陽和の赤竜帝としての脅威だけでなく、ハジメ達までも脅威に感じられ始末しようと刺客を差し向けられるであろうことは想像に容易い。そんな時、愛子は真っ先に抗議に動くことだろう。

今回の件で愛子の『豊穣の女神』という名はますます人々の心を掴むはずだ。そうして市井の人々が勝手に噂を広めていけば、単に国にとっての有用な人材ではなく、人々が支持する現人神として、彼女が持つ権威や発言力は強まることだろう。教会役にも下手に手出しできなくなるほどに。

 

二つ目が、自身の力が強大すぎるから危険という認識から、女神様が齎した加護の力なのだとすり替えること。

自分達が支持する女神様がもたらした力であるならば、その力が自分達に向くことはなく、自然と恐怖心が消え、安心へと変わると予想したからだ。

効果は覿面。こうしてウルの町の人々の支持を獲得できた。

 

勿論、これらのことは事前に愛子と打ち合わせしている。彼女の名を使って少しでも自分達ー正確には陽和に向けられる視線を逸らすと言う言葉に愛子は、自身が矢面になることに多少の躊躇はあったものの、それで陽和たちに恩返しが出来るならと引き受けてくれた。

しかし、思った以上に派手な宣言と開幕の一撃に、予想外であり内心で『引き受けなきゃよかった…』とちょっぴり後悔していたりする。

陽和は背後から魔物の咆哮にも負けない人々の愛子コールや「なんだあの魔法は!?」と驚愕の眼差しを向けている優花達の視線をひしひしと感じながら魔物の群れを見据える。

彼の左側にはハジメが並び立ち“宝物庫”から二門の電磁加速式ガトリング砲“メツェライ”を両肩に担いで構えている。その隣にはユエが、更にその隣にはハジメが貸し与えたロケット&ミサイルランチャー“オルカン”を担ぐシアが並んでいる。

そして、陽和の右側には“ヴァナルガンド”を嵌めたセレリアが拳をガキンッと打ち鳴らしている。その隣にはティオが優雅に佇んでいた。

 

彼らの視線の先、地平線には一心不乱に突っ込んでくる魔物達が視界を埋め尽くしている。十万の大群VSたった6人。まるで冗談のような光景だ。

 

陽和は迫る大群に、仮面の下で笑みを浮かべると、再度抜いたヘスティアの鋒を大群へと向けながら、気丈に、不敵に、力強く宣戦布告にして殲滅戦開幕を宣言する咆哮を上げる。

 

 

『さぁ、始めるぞ‼︎』

 

 

魔物の咆哮に負けず劣らずの裂帛の咆哮を上げ飛び出した陽和に追従してセレリアが飛び出した。

 

 

たった今より、10万対6人の戦いが幕を開けた。

 

 

 





セレリアとティオが2番目の座を巡ることになりました、雫と再会した時どんな修羅場になるかは分かりませんが、まぁ雫を悲しませるような選択はしないと二人の間では確定したので、そこまで酷いことにはならないでしょう。

そして、次回、蹂躙回です。

10万VS6人の激闘が幕を開けます。

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