竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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4話 逆鱗と苦悩

陽和が人知れず決心した日から二週間。

この二週間はひたすら訓練と座学であり、前衛は近接戦闘、後衛は魔法を主に学んでいた。

陽和はその高いステータスと技能から前衛組に分けられる、近接戦闘を主軸に魔法も満遍なく鍛えている。

 

そして二週間が経った現在、彼は普段訓練で使っている訓練施設とは別の訓練場で訓練まで時間があるため1人自主練をしていた。

実家でいつも行っていた日課の剣舞だ。

訓練場の日陰ではレイカが水筒とタオルを持ちながらその鍛錬の様子を眺めている。

 

彼が使っているのは刀とシャムシールの中間の剣だ。ステータスプレートを配られたあと、各々に見合ったアーティファクトを選ぶ中で、陽和は比較的日本刀に近い形状のこの武器を選んだ。

早く手に馴染ませるために、早く強くなるために、訓練の合間や自由時間に1人で、普段から人があまり立ち寄らない訓練場で鍛錬、あるいは、王立図書館でこの世界や竜についての資料を読み漁ったりもしている。

 

あの日から訓練中や訓練がない時間もハジメと行動を共にすることが多く、戦う術を持っていないハジメを鍛えたり、一緒に図書館に籠ることが多いが、今日は別行動でハジメは図書館に、陽和は訓練場で鍛錬だ。

 

「フッ、ゼェアッ!」

 

鋭い呼気に合わせて宙に烈火の如き苛烈な剣閃が無数に描かれる。

視認出来ないほどの速度で振るわれるその剣は側からみれば、腕から先が消えたように見えるほどに疾い。

これは彼のこの二週間の鍛錬の成果であり、陽和の現在のステータスはこうなっている。

 

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紅咲 陽和 17歳 男 レベル:15

天職:竜継士

筋力:380

体力:350

耐性:340

敏捷:360

魔力:380

魔耐:340

技能:赤竜帝の魂・全属性適正[+火属性効果上昇]・全属性耐性[+火属性効果上昇]・物理耐性[+治癒力上昇]・複合魔法・剣術[+斬撃速度上昇]・体術[+金剛身]・剛力・縮地[+重縮地]・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・言語理解

 

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と、大幅に上がっているのだ。

ステータスの上昇もさることながら派生技能もいくつも目覚めさせており、このステータスは既にメルドをも超えており、クラスメイトを含めこの世界でもトップレベルのチートステータスになっていた。これにはメルドも驚いていたが、戦友の凄まじい成長に純粋に喜んでいた。

訓練での一対一の模擬戦でも陽和は王国騎士団団長であるメルドと互角に張り合えるほどの実力になり、メルドも「俺もうかうかしてはいられないな」と笑っており、この日はいつも以上に2人の模擬戦が白熱していた。

ちなみに、この二週間で無能のレッテルを貼られたハジメと、勇者である光輝はというと、

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成・言語理解

 

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ハジメの方は「刻み過ぎだろ!」と2人揃ってツッコミを入れたのは言うまでもない。

 

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天之河 光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

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ざっとハジメの5倍の成長率だ。

さらに言うと、ハジメには魔法の適性が全くなく、陽和には全ての魔法での適性があり、その中でも特に火属性魔法が高いことがわかった。

 

魔法適性がないとはどういうことか。それはその世界における魔法の概念に関係する。

トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるということにつながる。

 

例えばRPGで定番の“火球“を直進で放つだけでも、基本的に必要な属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式を組み込んだ直径十センチほどの魔法陣が必要になる。あとはこれに誘導性や持続時間等付加要素が付くたびに式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 

しかし、この原則にも例外があり、それが適性だ。

 

適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題だ。陽和のように火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要は無く、その分式を小さくできると言った具合だ。この省略はイメージによって補完され、式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法には属性が付加されるのである。

 

大抵の人間はなんらかの適性を持っているため、直径十センチ以下が平均だ。陽和はその高い適性から大体の魔法は四センチ以下の魔法陣で事足り、火属性に至っては一〜二センチだ。ハジメは全く適性がないため、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率などこと細やかに指揮を書かなければならなかった。そのため、“火球“一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかった。

ちなみに、レイカは風属性の適性があるらしい。

 

魔法陣は、一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物や手袋などに刻むタイプの二つがある。前者は、バリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちて、後者は嵩張るので種類は持たないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。

陽和が使っているアーティファクトの剣には直径一〜二センチほどの火属性魔法の魔法陣が三つも刻まれており、彼が身につけているグローブや簡易的な鎧にもいくつかその他の属性魔法や身体強化魔法などが刻まれている。陽和だからできるものだ。

 

ハジメには魔法の適性が全くと言っていいほどなく、近接戦闘もステータス的に無理。頼みの天職である“錬成”は鉱物の形をくっつけたり、加工できるだけで役に立たず、錬成に役に立つアーティファクトもないので、錬成の魔法陣刻んだ手袋をもらっただけだ。

これらの要因からハジメは周囲から無能のレッテルを張られてしまった。

 

そして、自分の現状と陽和の現状を比較したハジメが「このチートめ」と珍しく吐き捨てたのは余談だ。

 

「ハァッ‼︎………ふぅ」

 

そして鍛錬を終えた彼は残心を取り、剣を鞘に納めて一度深く息をついた。そこに水筒とタオルを持っていたレイカが近づく。

 

「お疲れ様です陽和様。いつもながら見事な剣技です」

「ああ、ありがとう」

 

そう称賛しながらレイカはまず水筒を差し出した。陽和は一言礼を言って水筒を受け取り乾いた喉を潤す。続いてタオルを受け取ると汗を拭った。

 

2人が出会ってから二週間。2人はだいぶ打ち解けていた。彼の専従として命じられたレイカの家は騎士の家系らしく、幼い頃から父や弟達と共に剣術を嗜んでおり、同じく幼少の頃から剣術を習い、かつ下の兄弟がいるということが相まってすぐに打ち解けた。

お互い、兄や姉としての弟妹達の可愛さや苦労とか、剣術の話をしていくうちに今や友人と抵抗なく言えるような間柄になっていたのだ。

 

一度だけ陽和の頼みで彼女と手合わせをしたことがあった。

魔法なしで剣技のみの模擬戦。結果は陽和の勝ちだったが幼少期から剣術を嗜んでいたこともあって彼女は中々に手強かった。

2人が手合わせしたことを知っているのは、同じようにここの訓練場を利用している雫とハジメだけだ。

そしてタオルで汗を拭い涼んでいる陽和にレイカは時計を見ると訓練の時間が迫っていることを伝えた。

 

「陽和様。そろそろ訓練のお時間です」

「もうそんな時間か。なら行ったほうがいいな」

「はい。水筒と替えのタオルは後でお持ちいたします」

「任せた。いつもありがとうな」

「いえいえ」

 

陽和はレイカに使ったタオルと水筒を渡し、普段訓練で使う訓練場へ向かおうとしたその時だ、

 

「あ、いた!紅咲‼︎」

 

前方の廊下から1人の少女、クラスメイトの園部優花が走ってきた。息を切らしていることからよほど急いで走ってきたのだろう。膝に手をついて荒い息を整えている。

陽和は走ってきた園部に怪訝な顔を浮かべる。

 

「園部どうした。そんな慌てて」

「はぁ、はぁ……た、大変なの!南雲が、檜山達に連れて行かれて…」

「ッッ!場所はどこだ!!!!」

 

瞬間、陽和は血相を変え優花に詰め寄る。

あまりの剣幕に優花は一瞬ビクッと震えるものの、すぐに彼らがいるであろう場所を伝えた。

 

「し、施設から死角になってる方に……」

「分かった。教えてくれてサンキューな。お前は白崎を呼んでくれ。間違いなく怪我してるだろうから」

「う、うんわかった」

「頼んだ」

 

そう言って陽和は脚に力を込めチートステータスを遺憾なく発揮し勢いよく駆け出した。

 

「ちょっ、紅咲、はやッ‼︎」

 

後ろから優花の驚いた声が聞こえてくるが、そんなことは構わずに陽和は一直線に訓練場に向けて駆ける。

 

(くそっ、ハジメを1人にしたのは不味かったかッ!)

 

檜山達がハジメを連れて行った理由。

それはハジメを虐めるためだろう。

先も言った通り、ハジメはそのステータスから周囲から無能のレッテルをつけられている。

そして、トータスに来る前からハジメに突っかかっていじめていた彼ら思春期男子達がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方のないことなのかもしれない。

 

なら、その力の矛先は一体どこに向く?

 

簡単だ。自分より弱いもの。もしくは、自分達がいじめ慣れている者。

その二つの条件を備えてしまったものが不幸にも1人だけいる。

 

そう、ハジメだ。

 

彼らは無能であるハジメを地球にいた頃と変わらないように苛めているのだ。訓練が始まってから事あるごとにハジメにちょっかいをかけている。召喚組の中で最強である陽和がハジメの側にいる時は近づきすらせず遠巻きに眺めているだけだったが、今は別行動をとっている。

 

格好の獲物の側に最強の護衛がいない。

それはハジメを虐めていた者達にとってはこの上ない絶好の機会だったのだ。

 

そして訓練施設へと到着した陽和は周囲を見渡す。だが、やはりハジメの姿はいない。それに、訓練場に既にいたクラスメイト達がよそよそしそうに陽和から視線を外したことから、全員がハジメが檜山達に連れて行かれたのを見ていたのが明らか。

園部は死角になっているところといった。ならばそこを探せばいい。

陽和は技能の気配感知を使いハジメ達の気配を探る。

 

(——いた)

 

探し始めて数秒、すぐに陽和は死角になっている場所に五つの気配を見つけた。陽和は急いでそこに向かう。

向かった先では予想通りハジメが檜山達にリンチを受けていた。

 

そして、斎藤が放った“風球”がハジメの腹部に直撃し、くの字に吹き飛んでそれを嘲笑っている檜山達の姿を見る。

 

 

 

「————」

 

 

 

その姿を見た瞬間、彼の中でプツンと何かが切れる音がした。

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「ちょ、まじ弱すぎ。南雲さぁ〜、まじやる気あんの?」

「おいおいせっかく俺らが親切に訓練つけてやってんのによぉ、とっとと立てよ」

 

そう言って、蹲るハジメの腹と背に蹴りを入れる檜山と中野。ハジメはこみ上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だ。

 

(あぁ、悔しいなぁ。なんで僕だけこんなに弱いんだろう……)

 

ハジメは痛みに耐えながらなぜ自分だけ弱いのかと悔しさに唇を噛み締めた。

その時、あまりにも低く冷たい声が彼らの耳に聞こえた。

 

「………お前ら、何してるんだ?」

 

極寒の冷気を思わせるような声と放たれる濃密な殺気に檜山達はリンチの手を思わず止める。

だが、数的優位の状況と自分達が強大な力を得たことに対する自惚れが彼らを強気にさせた。

 

「な、何って……見りゃ分かんだろ?無能のこいつに稽古をつけてやってるんだよ」

「そ、そうだぜ……でもよ、思ったよりも弱っちくてよぉ。けどま当然だよな?こいつは俺らと違って無能だし?」

「そ、そうそう!無能で弱いくせにお前に守ってもらっててよ。正直うざかっただろ?なぁ、紅咲」

「虎の威を借る狐っていうだろ?なら、弱いくせに虎に守らせる雑魚な狐はこらしめてやんねぇとなぁ」

 

何も言わない陽和に怯えが消えたのか、だんだんとありもしないことを言い始めしまいにはゲラゲラと笑い始めた。

だからこそ、彼らは気づいていない。

彼の目が明確な怒りに染まっていることに、彼の気配が研ぎ澄まされた抜き身の刃のような鋭いものへと変わっていることに。

陽和はこみ上げる怒りのままに拳を握る。それを見たハジメが止めようとするが、止める前に彼が口を開いた。

 

「お前らは……そんな下らない理由でハジメを傷つけたのか。なら、もういい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は?何言っでばっ⁉︎」

 

そう言って陽和が足に力を込めた瞬間、彼の姿が消え、次の瞬間には近藤が殴られていた。

殴られた近藤は壁に叩きつけられ、地面に落ちると殴られた腹を抑えながら痛みに蹲り絶叫する。

 

「ぐ、ぐぁ、い、いテェぇぇぇぇぇ‼︎‼︎」

「テメェ!何しーガハァッ⁉︎」

 

檜山が何か言おうとしたが、口を開く前に陽和の長い脚が腹に突き刺さりくの字に曲げられて吹き飛び嘔吐する。

 

「ゲェッ!オェェッ!」

「檜山!この野郎!ここに焼撃を望む!“火球”‼︎」

 

中野が陽和に向けて両手を突き出し火属性魔法の“火球”を放つ。燃え盛る赤い炎の球体が陽和へと迫る。右手を前に突き出しただけで何もしない陽和に、勝ったと中野は仄暗い笑みを浮かべたが、次の瞬間、その笑みは凍りついた。

 

「“金剛身”」

 

陽和が小さく呟いた直後、ズドンと低い音を立てて“火球”は陽和に直撃する。しかし、陽和は全くの無傷で残る炎を煩わしそうに腕で払っただけだった。

陽和がもつ技能“体術”の派生技能の“金剛身”だ。簡単に言えば肉体の強度を上げる技能。元々の高い属性耐性も相まって檜山達の下級魔法ですら傷もつけられないほどに肉体強度が高くなっている。

 

「な、なんで、きいてねぇんだよ!」

「話す必要はねぇよ」

 

陽和は“縮地”で一気に距離を詰めると中野の頭を両手で掴み、顔面に“金剛身”を発動したままで膝蹴りを叩き込む。

 

「がぁっ⁉︎」

 

流れ出る鼻血を抑えながら痛みによろめいた中野に陽和は追い討ちをかけるように頭を掴むと、後頭部を地面に叩きつける。

バギッと嫌な音を立てて、地面に小さな亀裂を生み、中野が一瞬で意識を飛ばした。

 

「くそぉ!ここに風撃を望む!“風球”」

 

中野を見下ろしていた陽和の背中めがけ今度は斎藤が“風球”を放つ。プロボクサーのパンチに匹敵する風の塊が迫り、陽和もそれを迎え撃つ。

 

「ここに焼撃を望む。“火球”」

 

左手から放たれたのは中野が放ったものと同じ火属性の下級魔法“火球”。だが、それは先ほどの中野のそれよりも巨大なものになり、斎藤の“風球”を容易く飲み込み斎藤に直撃した。

 

「あ、熱い熱いぃぃぃ‼︎‼︎」

 

服が焦げ、腹部を焼く痛みに斎藤は絶叫しながら地面を転げ回る。陽和はそんな斎藤に近づき彼の腹部を勢いよく踏みつけた。

 

「あがっ⁉︎」

 

短い悲鳴を上げて、中野はすぐに痛みで気を失う。

 

「く、くそぉぉぉぉ!!」

 

痛みから復活した近藤が腰にさしていた剣を鞘から抜き放って背後から急襲する。

彼の頭の中にはすでに殺人に対する忌避感はない。怒りのままに彼は剣を振り下ろした。

この世界では十分に高いステータスから繰り出される剣は確かに速かった。だが、陽和にとってはその剣は遅かった。

陽和は近藤へと体を向けると、腕を押さえ手首を捻り剣を奪った。そして奪った剣を後ろに放り投げると近藤に近づく。

 

「ひっ、や、やめっ……」

 

近藤はすっかり腰が引けており、後退りながら何か言おうとしていたが、聞く気のない陽和は無防備になった近藤に肉薄し腹部や顔面を何度も殴り蹴る。

 

「うぁ、ぁぁ…あがぁ…」

 

十数回ほど鈍い音が響くと、近藤は体を痙攣させながら意識を失い崩れ落ちた。

陽和は近藤から視線を外すと唯一意識が残っている檜山へとその鋭い眼光を向ける。

 

「ひっ、な、なんなんだよ、お前はぁっ!な、なんで、そんな……こ、この、化け物っ」

 

腰を抜かした檜山はすっかり最初の威勢が消えて、小さな悲鳴を上げてずるずると後ずさりながらそんなことを叫ぶ。陽和はそれには答えずに足を振り上げ彼の顎を蹴り上げ、ついで拳を握り顔面を殴る。

 

 

……彼らは一つ勘違いをしていた。

 

 

このトータスで自分たちは高いステータスを得た。

それはこの世界の人たちよりも数倍・数十倍に高いものであり、檜山達は強大な力を得たんだと高揚していた。

これならばもしかしたら、前に手も足も出ずにボロ雑巾のように打ちのめされた陽和にも勝てるかもしれない。そう思ったからこそ、檜山達は陽和がキレても怯えて逃げることはしなかった。

 

だが、それはただの自惚れだ。

 

そもそも、強大な力を得たのは陽和も同じ。

しかも陽和はクラスメイトの、勇者である光輝すらも超えるステータスの持ち主で、間違いなく召喚組で最強の男。

ただでさえ地球にいた頃から集団でも勝てなかったのに、トータスで強大な力を得たからといって、彼ら以上の力を得た陽和に勝てるわけがなかったのだ。

 

ましてや『力』に溺れているだけの弱者達が『力』を真に使いこなそうとしている強者に勝てる道理などあるわけがない。

 

 

その後も抵抗する気力を失った檜山を殴り蹴り続けた。

散々に殴り蹴られ、地面に倒れ込んで痙攣し始めた檜山の首を掴むと、そのまま足が地を離れるほどの高さまで持ち上げ掴む腕に力を込め始めた。

 

「が、がぁ…や、やめっ……い、いや、だぁっ……」

 

首を絞められ、ミシミシと嫌な音が鳴り始め、檜山は恐怖し無様にも涙を流す。完全に心が折れたようだ。

しかし、陽和は檜山達を許す気はない。

一時的な恐怖では足りない。彼らにハジメをいじめるのをやめさせるには忘れられないような圧倒的な恐怖を刻むしかない。

そもそも、地球にいた頃にも一度全員叩きのめしたのに、凝りもせずに同じことを繰り返したのだ。

ならば、あの時以上の恐怖を、刻み込むしかない。

そして、陽和が腕にさらに力を込めていき、檜山の意識が飛びそうになったところで、その場に1人の女の子の声が響いた。

 

「何やってるの⁉︎」

 

声の方に視線を向ければ香織がいて、その後ろには優花が、さらにその後ろには雫や光輝、龍太郎、メルド団長がいた。

 

「南雲くん!」

 

香織は陽和に状況を尋ねるよりも先に腹を押さえて蹲っていたハジメに駆け寄った。

明らかにハジメよりも重症なはずの近藤達はあっさりとスルーして。

その様子を見て陽和はやれやれと嘆息しながら檜山をゴミのように投げ捨てる。

檜山は落ちる時に小さな呻き声をあげ、助かった安堵からか、痛みによるショックからか、意識を手放した。

 

「白崎、ハジメの治療を頼む。大分やられてたからな」

「うん。ハジメくん大丈夫?」

「う、うん、僕は大丈、いっ」

「待ってて!今治すから!」

 

香織がハジメの治療を始めるのを横目にメルドは凄惨な光景に顔を顰めつつも陽和に尋ねる。

 

「どういうことか説明してもらってもいいか?」

「こいつらがハジメを訓練と称して裏に連れ込みリンチしていたので叩き潰しました。ハジメが治癒魔法を受けるほどの傷を負っていることがその証拠です。それに檜山達がハジメを裏に連れて行ったのは訓練場にいる奴らのほとんどが見て見ぬふりをしていました。唯一、園部だけが俺を呼びに動いただけです」

 

メルドは治療を受けているハジメの状況を見て、ついで園部に視線を移した。視線を向けられた園部は肯定するように頷く。

それを見てメルドはなるほどと頷く。

普段から檜山達がハジメに絡んでちょっかいを出しているのは知っているし、この二週間の付き合いでなんとなく彼らの人柄がわかってきたので陽和が無闇に暴力を振るう人間ではないことにも気づいていた。

 

「……分かった。一応、彼らが目覚めた時にでも話は聞こう。だが、いくら親友を守るためとはいえ、これはやり過ぎだ。もう少し加減しろ」

「……はい」

 

メルドの言葉に陽和は不承不承と言った様子で頷く。確かに思い返してみれば、いくら親友が虐められたからと言って、多少やりすぎた感はあると自分でも思ったからだ。

メルドは手の空いている騎士達を呼び檜山達を医務室に運ぶよう指示する。そして、檜山達が医務室へと運ばれていき、これで一応は一件落着、かと思ったが空気の読めない者が割って入る。光輝だ。

 

「ふざけるな!ここまでしておいてそんな言い訳が通用すると思うな!第一お前の言い分が本当だったとして、檜山達は本当に南雲をいじめていたのか?聞けば、南雲は訓練のない時は図書館で読書に耽っているそうじゃないか。檜山達はそんな南雲の不真面目さに見かねて稽古をつけてあげてたんじゃないのか?

それに、周りが見て見ぬ振りをしていただと?

また暴動を起こしたと思えば、今度は仲間であるクラスメイト達まで巻き込むのか!どこまで外道なんだお前は!」

 

光輝の思考パターンは、「基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!」という過程を経る。大多数の人が正しいと思うことが絶対的に正しいと思っているのだ。

 

しかし、今回の陽和への言い分はその思想だけでなく過去に陽和が地球で起こした暴力事件も原因だった。

 

ある日、今日と同じようにハジメが校舎裏で檜山達にリンチをされていた。それを見つけた陽和が彼らを止めるために檜山達と喧嘩になり1人で4人をボコボコにしたのだが、その瞬間だけを目撃した光輝が、檜山達が訳もなく陽和に暴行を受けたと盛大な勘違いをして陽和と大喧嘩。結果は陽和が光輝もボコボコにしたのだがその騒ぎが学校側に伝わり、教師達から事情聴取を受けたのだ。

 

陽和の言い分は当然のように『南雲がリンチされていたので助けた』。これが事実だ。

そして、檜山達の言い分が『南雲くんが紅咲くんに襲われていたから助けようとしたら返り討ちにあった』とありもしないことを言って言い逃れしようとした。ここまでなら、止めるためとはいえ暴力を振るった陽和と虐めていた檜山達に等しく厳重注意が課される。そのはずだった。

 

だが、割って入った光輝が『檜山達が紅咲に襲われていたから助けに入った』という言い分のせいでそれがなくなり、代わりに陽和が一方的に悪いことになってしまった。

しかし、いくら光輝1人が介入したからと言って、彼の言い分を全て飲んだわけではない。陽和とハジメが仲がいいのは一部の教師は知っているからだ。それでも陽和を悪者にしたのは、その方が学校側にとって最も都合が良かったのだ。

 

陽和も光輝も成績優秀であり、スポーツ万能。同じ剣道部でも全国大会常連の猛者であり、学校の定期試験でも一、二位を争い全国模試では2人とも華々しい結果を残している。どちらも容姿端麗であることや、陽和に至っては国民的俳優の息子ということから2人とも学校内外問わずに有名だった。そんな2人の完璧超人が争ってなぜ陽和だけが悪者扱いを受けたのか。

 

それはひとえにカリスマ性だ。

 

2人とも高スペックの持ち主だったが、唯一カリスマ性だけは光輝の方が上だったのだ。

誰にでも優しく、正義感も強い。多くの人から人気がある。その行動原理は善意一色であり、多くの生徒や教師が彼を支持した。

一方、陽和は面倒見の良さから学年性別問わず人気はあるもののクラスメイトからよく思われていない南雲と仲がいいことによりよく思ってない者もいる。そして、その差が彼を悪者に仕立て上げてしまったのだ。

 

結果、『紅咲が南雲を虐め、それを止めようとした檜山達に暴力を振るい、それを体を張って止めた天之河にも暴力を振るった』ということになり、陽和だけが厳重注意を受けた。

学校側は光輝と陽和の2人の生徒を天秤に乗せて、光輝を選び今回の非の全てを陽和に押しつけたのだ。そして、光輝の中では陽和は“仲が悪い嫌な奴”から“暴力を平然と振るう不良”へと認識が変わり、彼は絶対的な『悪』になり、仲が良かった雫や龍太郎に陽和と仲良くすることをやめさせた。

幼馴染の雫とはお互い名前で呼び仲の良かった陽和は雫を面倒ごとに巻き込みたくないがために雫と電話で話し合い、学校では極力最低限の関わりしか持たないこと、お互い名字で呼ぶことを決めた。

更には元々所属していた剣道部でも光輝が大々的に批判したことにより肩身が狭くなり、籍を置いただけの幽霊部員になった。

 

そして、今回のこともあの時と同じように陽和が意味もなく檜山達を襲ったように解釈し、怒ったのだ。これに陽和は呆れたようにため息をつくと向き直る。

 

「天之河。ハジメがどうして図書館にこもっているかわかるか?知識や知恵を蓄えるためだ。あいつは力がない分、知識と知恵でカバーできないかと合間の時間を使って努力をしてるんだぞ。それを聞いてもお前はハジメが不真面目だというのか?」

「だが、知識が役に立つとは限らない。そもそも、弱いと分かっているなら強くなるよう努力するべきだ。俺だったら少しでも強くなるために空いてる時間も鍛錬に充てるよ。南雲は怠けていないでもっと努力するべきだ」

「………お前、それを本気で言っているのか?」

「本気も何も俺は人として当然のことを言ったまでだ」

 

光輝の発言は陽和に怒りを通り越して呆れすら感じさせた。

彼は基本的に性善説で人の行動を解釈する奴であり、しかも、彼の発言には本気で悪意がなく、真剣にハジメを思って忠告しているのがタチが悪い。

流石にその言葉には、香織やハジメは何を言っているのかと呆然としており、雫は手で顔を覆いながら溜息をついている。

 

ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かず、自分の発言が全て正しいと思っている人間にはこれ以上何を言っても無駄だ。

だから、陽和は光輝に背を向け、話を打ち切る。

 

「もういい。これ以上は話すだけ無駄だ」

「おい待て。まだ俺の話がー」

「俺は終わった。いつまでも現実を見ようとしないお前とは話すだけ時間の無駄だ」

「なに⁉︎おいっ!」

 

後ろで光輝が何か喚いているが、それを無視して陽和はある程度治療が終わったハジメと香織の元へ赴き片膝をついた。

 

「ハジメすまん。俺がもう少し早く来ていればこんなことさせなかったんだが」

「ううん、陽和君が気に病むことなんてないよ」

「……そうか。怪我の方は?」

「う、うん白崎さんのおかげでね」

「なら良い。白崎、ありがとうな」

「これぐらい大丈夫だよ。私は治癒師だから」

 

香織はそう言って立ち上がり、ハジメも汚れた服を叩きながら起き上がる。そんなハジメに雫が近寄り小さく謝罪する。

 

「ごめんなさいね?光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

「アハハ、うん、分かってるから大丈夫だよ。ほら、僕はもう大丈夫だから。行こう?そろそろ訓練が始まるよ」

「……そうだな」

 

ハジメに笑顔で促され陽和達は訓練施設に戻った。訓練中もずっと香織は心配そうにしていたが、ハジメは気付かないフリをした。

男として同級生の女の子に甘えるのはなんだか嫌だったからだ。

そして、その日の訓練は陽和がハジメに護身術や剣の振り方などの指導をつきっきりで行った。

 

訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間までは自由時間になるのだが、今回はメルド団長が伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れろってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと言ってしまった。ザワザワと喧騒に包まれる中、陽和は1人険しい表情を浮かべた。

 

 

(何もなければいいんだがな……)

 

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「この本にもない、か」

 

訓練が終わり自由時間になった頃。陽和は1人王立図書館に篭り調べ物をしていた。普段なら図書館にはハジメも一緒にいるのだが、今日は自室で夕食の時間まで休むそうでいない。

陽和が調べているのはこの世界の地理や歴史、魔物などの生物などだ。

座学も含め多くのことを知ることはできたが、竜に関しては竜帝がどんなものかはまだ分からない。

 

陽和はこの二週間で学んだ座学知識を脳内で展開する。

 

ここハイリヒ王国は北大陸にある国で人間族の王国だ。そしてその背後に聳え立つエベレストのような山、【神山】は聖教教会の総本部がある。ハイリヒ王国の南西には明日陽和達が遠征で向かう【オルクス大迷宮】がある。

 

対する南大陸には魔人族が住む王国【ガーランド】がある。

人間族の仇敵である魔人族は、全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てるようで、ある意味では国民総戦士の国家だ。

人間族と魔人族では崇める神の違いから敵対している。そこは、地球の宗教の対立と同じだ。

 

そして大陸を南北で分断する巨大な峡谷は【ライセン大峡谷】と呼ばれ、大陸東側に南北に渡って広がる巨大な樹海は【ハルツィナ樹海】と呼ばれている。

樹海の深部には亜人族が住んでいる。

 

亜人族は誰もが何らかの動物の特徴を持っている種族であり、魔力を一切持たず魔法が使えない種族だ。

そしてその魔力を持っていないことが、亜人族が被差別種族たる所以である。

 

神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられており、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。それゆえに、聖教教会での教えでは、魔法は神からのギフトであるという価値観が強い。

そして魔力を一切持たない亜人族は神から見放された悪しき種族だとされている。

 

なら魔物はどうなんだと思うが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられず、ただの害獣とされているらしい。

なんともご都合主義なことだろうかと、陽和は心底呆れた。

なお、魔人族はエヒト神とは別の神を崇めているらしいが、亜人族に、対する考え方は同じらしい。

しかし、亜人族の中でも唯一差別されていない種族がいる。

それが海人族だ。

海人族は西の海の沖合にある【海上の町エリセン】にすむ亜人族だ。亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族でもある。

理由は、北大陸に出回る魚介素材の8割が、この街から供給されているからだ。

全くもって身も蓋もない身勝手な理由だ。壮大な差別理由はどうしたんだと陽和は思わずにはいられなかった。

ちなみに、西の海の手前には巨大砂漠【グリューエン大砂漠】があり、この大砂漠には、輸送の中継点として重要なオアシス【アンカジ公国】と【グリューエン大火山】がある。

 

そして、【オルクス大迷宮】【ハルツィナ樹海】【グリューエン大火山】は七大迷宮があるとされる場所だ。

七大迷宮はこの世界における有数の危険地帯のことを言う。

なぜ、七大と呼ばれながら三つしかないかと言うと、他の大迷宮は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認されていないからだ。

一応は、【ライセン大峡谷】と南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】の二つがそうではないかと言われている。

 

そして、ハイリヒ王国の東側に存在する帝国、【ヘルシャー帝国】。この国は、およそ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が起こした新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさか集まった軍事国家だ。実力主義を掲げており、亜人族だろうが何だろうが使えるものは使うと言う思想があるので亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。そのため、帝国では亜人族の奴隷が多くいるらしい。

ケモミミ好きのハジメは勿論のこと、奴隷とは縁のない日本人である陽和にとっても耐えがたい場所だろう。

 

そして、帝国と王国の間にある【中立商業都市フューレン】。【フューレン】は文字通り、どの国にもよらない中立の商業都市であり、経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。欲しいものがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市なのだ。

 

これがこの世界の大陸にある大まかな地形だ。

 

そして今陽和は“北大陸魔物図鑑”を始めとしたさまざまな生物の生態の本を片っ端から開いて調べていた。

その過程でさまざまな魔物や生物についても詳しくなかったが、『竜』についても二つ分かったことがある。

 

まずは竜種の魔物。

この世界の魔物の中でも上位の力を有する竜種の魔物はなかなかに手強い強力な魔物であり、その素材は高値で売れるらしい。

これに関しては別にどうでも良い。ファンタジーな世界なのだから、竜の魔物がいることは予想がついていたからだ。

 

重要なのはもう一つの方。竜人族についてだ。

“竜化”という竜に変身できる固有魔法を使えた種族だ。彼らならばもしかしたら赤竜帝についても何か知っているのかもしれないと初めは高揚した。

しかし、悲しいことに竜人族は五百年以上前に滅びたらしい。

“竜化”の固有魔法が魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。

会って話を聞きたかった陽和はこれを知った瞬間愕然としショックを受けた。

そしてさらに悲しいことに、竜人族は教会からはよく思われていない。人にも魔物にもなれる半端者、なのに恐ろしく強い。その上、どの神も信仰していなかった不信心者であったため、教会の権威主義者には面白くない存在だったからだ。

これで赤竜帝が『悪』である仮説がさらに濃厚になってしまった。

 

「…次、探すか」

 

陽和は積み上がった本の塔を見ると図鑑を閉じて席から立ち上がり、そばに置いてあったワゴンに次々と載せて元の場所へと返していく。全て戻し終わった後、最後の一冊を棚に戻した陽和は、何か参考になりそうなものはないかと新しい本を探す。

そして、図書館の端、歴史書やお伽話の本などが多く置かれている本棚のある、今まで行ったことがない場所の奥へと踏み入れた。隅の棚にたどり着いたとき、ふとソレが視界に入った。

 

「ん?」

 

そこで陽和は本棚の最下段の隅にある一つのかなり古い本に目が向いた。

他の本よりもかなり古ぼけており、長い年月が経ったのを伺わせる。

その表紙にはエヒトと思われる金髪の人物が、赤い竜の頭を踏みつけ手に持った剣を掲げている絵が描かれていた。

陽和はその本を手に取る。表紙にはシンプルなタイトルが刻まれていた。

 

「『邪竜伝説』……?」

 

名前の通り神話の時代の頃を記した本なのだろう。それも邪竜とやらに関するもの。

妙な胸騒ぎを覚えた陽和はそのまま本を開き、目を通す。

冒頭には、こう書かれていた。

 

 

『かつてはエヒト神に変わり世界を守護していた【赤竜帝】改め、エヒト神に牙を向いた破壊と混沌の象徴たる【邪竜】ドライグ。

彼の者の存在をここに記す』

 

 

「これは…」

 

陽和は冒頭部分を読んで目を見開く。

『赤竜帝』あるいは『邪竜』ドライグ。その名に陽和は間違いなく竜継士の手がかりはここにあると確信した。

今までいくら探しても、見つからなかった竜継士の手がかりがやっと見つかったのだ。

内容は不穏なものだが、それでも進歩があった。

 

陽和は調べ物を全て中断し、この本を借りて部屋で夕食の時間までにじっくりと読むことにした。

 

 

そして部屋に戻り一心不乱に読み始めて一時間が経った頃だろう、だいぶ早いペースだったが内容に目を通した陽和の手は震えており、驚愕と怒りが混ざった表情を浮かべて、震えた声で呟いた。

 

「なんだよ…これっ」

 

陽和の声には隠し切れないほどの動揺があった。

やっとみつけた手掛かりだったが、その内容はとても希望ではなく、むしろ絶望。知りたくなかった悪夢のようなことが記されていた。

 

かつてこのトータスにはエヒト神やその眷属達がまだ地上にいた神代の頃、エヒト神と共に世界を守護していた赤竜がいたそうだ。

 

その赤竜の名はドライグ。

 

全ての竜族の始祖にして竜人族の帝王。赤い竜の帝王【赤竜帝】と称される存在であったらしい。

 

遥か古の時から永きに渡りエヒト神と共に世界の人々を見守り続けていた。だが、何を思ったのかドライグは反逆者達と手を組みエヒト神に牙を向けたそうだ。

“反逆者”とは神代に神に牙をむけた七人の神の眷属達のこと。ドライグは彼らと手を組み自分が守ってきたはずの世界を滅ぼそうと神に戦いを挑んだ。

 

しかし、彼らの目論見は破れ、反逆者達は世界の果てに敗走。ドライグもエヒト神との長い戦いの末に打ち倒され、どこかに姿をくらまし、それ以降その姿を見たものはいないそうだ。

死んだともどこかで永い眠りについたとも言われている。

そして、エヒト神も無傷とは行かずに深い傷を負ったことで、その傷を癒すために神界へと戻り、今はそこから人々を見守っているとも言われているのだとか。

 

そして今ではドライグは破壊と混沌を象徴する【邪竜】となり、聖教教会からは“神敵”に認定され、世界中の人間から忌み嫌われ、恐れられるようになったらしい。

 

陽和は本を閉じ、額に手を当てて深くため息をついた。

 

(異端なんてものじゃない。これが事実で竜継士がこの竜帝と関係しているのなら間違いなく俺は“神敵”認定される)

 

メルドの反応から赤竜帝が『悪』の存在であることはわかっていた。そして、望まずして得た天職。まだ情状酌量の余地があり、殺されはしないと思っていた。

しかし、この伝説を知ってしまったらもうそんなことは言ってられない。真偽がどうであれ、技能に赤竜帝とはっきりと記されている以上疑わしきは罰せよというように“神敵”認定されて殺される可能性が高い。

 

二週間前に考えすぎだと切り捨てた可能性が最も色濃くなってしまい、陽和は自分の考えの甘さを痛感した。

 

そしてさらにもう一つ、これが事実だと仮定したとき、もう一つ問題が確実に発生する。

 

(天之河は確実にこの話を信じる。もしも勇者のあいつがこの事実を知ればそれこそもう手がつけられない)

 

光輝はこの話を疑うこともなく信じてしまうということだ。

光輝は陽和を自分の中で絶対的な“悪”と位置付けている。もしもイシュタルや教会関係者が陽和が邪竜の力を持つ“神敵”であると上手く言いくるめて仕舞えばクラスメイト達や愛子先生の制止も聞かずにまず間違いなく陽和を邪悪だと断定し糾弾するに違いない。

そうすれば、“勇者”が“邪竜”と戦うという構図が出来上がり、“神の使徒”である勇者様が誰もが“神敵”と認める悪しき邪竜を打ち倒すことを民衆は望むだろう。

そしたら、光輝は言われるがままに陽和を討伐しようとし、陽和はこの国から居場所が完全になくなり、国を追われるだろう。

もしも逃げれたとしても、顔も天職も知られた以上指名手配されどこに逃げても教会の追手が向けられるはずだ。

 

(どうすれば良い?どうすれば俺は、これから起こりうる最悪を回避できる?)

 

陽和はこの最悪の可能性をなんとしても回避するために、思考を巡らせる。

だが、いくら考えても、その最悪から逃れる方法は分からなかった。

 

 

「……くそっ、どうしたらいいんだよ」

 

 

彼の苦渋に満ちた声は誰にも届くことはなく、部屋の中で静かに溶けて消えていった。

 




赤竜帝ドライグ。モデルはハイスクールD×Dの赤龍帝ドライグです。
龍を竜に変えただけで特に変化はありません。

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