竜帝と魔王の異世界冒険譚   作:桐谷 アキト

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今回は天然キラーなあの子のご登場です。
そして、彼らが大暴れする。ただそれだけのシンプルな回です。


42話 悪の組織死すべし、慈悲はない

 

 

 

『………なるほど。それなら仕方ないか』

 

 

とりあえず、ハジメとシアから事情を聞いた陽和は頭痛を堪えつつも、二人の説明に納得し説教をすることはなかった。

 

二人の話を要約するとこうだ。

 

観光区で二人がデートしていたところ、地面の下、つまり下水道から人の気配を感知したらしい。一瞬、管理施設の職員かと思ったもののその気配はやたらと小さい上に弱く、子供だと推測したのだ。

それをハジメから聞かされたシアが真っ先に駆け出していき、少し走ったところで錬成で開けた穴で下へと飛び降りて下水に流されている子供を保護したらしい。

 

しかも、保護した子供というのがまさかの海人族だったのだ。西の海で暮らす海人族の子供が遠く離れたフューレンの下水道に流されていたというのは、どう考えても厄介事が絡んでると判断した彼らは開けた穴からは出ずに裏路地に移動したのちに、とりあえず少女が下水を流されていた為、まず風呂に入らせて体を綺麗にさせたあと、ミュウという名の少女の衣服を買いにハジメが出かけ、シアが世話を請け負った。そうして服を買いに行った後着替えさせて串焼きを食べさせから事情を聞いた。

 

明かされた内容は、彼らが予想していた通りのもので、ある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたら逸れてしまい、彷徨っているところを人間族の男に捉えられたという事だ。

これでこのミュウが誘拐されてここに連れてこられたのだと確定した。

 

そして、幾日もの辛い道程を経て【フューレン】に連れてこられたミュウは、薄暗い牢屋のような場所に入れられたらしい。しかも、そこには他にも人間族の幼児達が数多くいた。

そこで過ごすうちに、子供達の数は次第に減っていった。少し年上の少年曰く、見せ物になって客に値段をつけられて売られるのだと言っていたらしい。

 

いよいよ、ミュウの番になったところで、その日たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く扉が開いており、懐かしき水音を聴いたミュウは咄嗟にそこへ飛び込んだのだ。

それからミュウは海人族の力を発揮し、汚水への不快感を我慢して懸命に泳いで運良く逃げ延びることができたらしい。しかし、これまでの過酷な環境のせいで、遂にミュウは肉体的にも精神的にも限界を迎えて意識を落とし、気づけばハジメの腕の中にいたらしい。

 

それからミュウをどうするか話し合ったハジメとシアは渋々保安署へと預かる決断をした。

シアは情が湧いたのか大分悩んでいたものの、海人族は王国に公的に保護されてる種族であるため、手厚く保護してくれるだろうとハジメに言われ仕方なく頷き、保安署にミュウを預けたのだ。

 

しかし、ここで問題が発生した。

ミュウを預けた保安署から大分離れた場所に来たところで、保安署が爆発が発生したのだ。

遠くから上がる黒煙から保安署が襲われたと判断した二人は急いで保安署へと戻ったものの、中にはミュウの姿はなく、怪我をして動けない職員が多数いた。

そこでシアが一枚の紙を見つけたのだ。

 

そこに書かれていた内容は、『海人族の子を死なせたくなければ、白髪の兎人族を連れて〇〇に来い』だった。

明らかにシアを狙ったものであり、その為にミュウを人質として攫ったのだろう。

 

ここまでくればもうハジメも動かない理由はなかった。彼らはミュウを奪うだけに飽き足らず、シアをも狙っているのだ。さらにハジメの予想が正しければユエやセレリア、ティオもターゲットにされてる事だろう。

つまり、仲間を狙う敵だ。彼らは踏み越えてはいけない一線をこえてしまったのだ。だからこそ、ハジメとシアは彼らを撃滅すべく愚か者達の指定場所へと一気に駆け出した。

 

指定された場所に行ってみれば、そこにはやはりというかミュウの姿はなく、代わりに武装したチンピラがウジャウジャといたらしい。どうやら、最初からハジメを殺してシアだけ奪う算段だったらしい。

とりあえず数人残して皆殺しにした後、ミュウの居場所を問い詰めたものの、誰も知らなかった為、拷問して他のアジトを聞き出すのを繰り返すことにした。

それを繰り返していくうちに、やはりユエ達の誘拐計画も考えられていたらしく、それならばもういっそのこと、見せしめに今回関わった組織とその関連組織の全てを潰してしまおうと判断し、順次潰していくうちに陽和達と遭遇したようだ。

 

一連の話を聞いた陽和は『なんでただのデートで大都市の裏組織と事を構えることになるんだよ』と、彼のトラブル体質に、キリキリと痛む胃痛と頭痛に頭を抱えながら、流れる動作で薬を飲んで落ち着かせてから『それならば仕方ない』という結論に至ったのだ。

 

むしろ、子供を保護したという行動はよくやったと思っている。そして、シア達女性陣が狙われたのは、半ば予想はしていた為遂に来たかとあまり驚きはしなかった。

ただ、一つだけミスがあったとすれば、

 

『ただ、そのミュウちゃんって子を保護した時点で俺らに連絡をしなかったってことだな』

「うっ、それは……」

 

ハジメは息を詰まらせる。確かに、ミュウを保護した時点で陽和達に連絡すればもしかしたら変わっていたかもしれない。

二人はそれを指摘されてようやく気付いたらしく、肩を落とした。とはいえ、陽和もそれを責める気はない。

 

『ったく、報連相はしっかりしろって言ったろ。まぁ今はそれをとやかく言うつもりはない』

 

肩を落とす二人に優しくそう言った陽和は全員を見回す。

 

『こうなった以上は俺らも勿論協力しよう。状況が状況だ。イルワさんには悪いが、報告は後回し。さっさと組織を潰してミュウちゃん含め捕まってる子供達を全員救出しよう』

「助かる。結構大きな組織だったらしくてな、俺ら二人じゃ時間がかかりすぎる」

 

陽和は頷くと仮面の下で青筋を浮かべ明らかな激怒を瞳に浮ばせながら低い声音で告げる。

 

『子供を物扱いし泣かせる屑共に慈悲などいらない。取り調べの為に幹部数名だけ残し、他は好きにしていい。幹部も喋れるのなら手足がなくなろうと構わない。遠慮はいらん。全力で暴れろ』

 

陽和は明らかに激怒していた。

子供という未来の宝を、尊い命を、物同然に扱い尊厳を踏み躙る下衆共の所業に彼の心は激怒に満ちていた。

そして、それは誰もがそうであり、陽和の言葉に怒りを表情に滲ませた彼女らは無言で頷いた。

 

『よし。なら、手分けして動くぞ。ユエとシア、セレリアとティオ、ハジメ、俺の四手に分かれて行動する。始めるぞ』

 

陽和は殺気に満ちた冷え切った声音で犯罪組織の壊滅兼子供達の保護へと動き出した。

 

彼らは喧嘩を売る相手を間違えた。

 

奈落の化け物だけでなく、伝説の邪竜と謳われる赤竜帝まで怒らせたのだから。

竜の逆鱗に触れた愚者の末路はただ一つ。

 

破滅のみだ。

 

この瞬間、犯罪組織の命運は決まった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。

そんな場所の一角にある十階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織“フリートホーフ”の本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。

 

当然だろう。現在、彼らは未曾有の危機に瀕しているのだから。正体不明の襲撃者達にアジトが次々と襲われ、潰されたアジトは既に五十を超えたのだ。しかも、その襲撃者達の数はたったの六名。

それが4組に分かれ分散して凄まじい速度でアジトを次々と潰しているのだ。この状況に怯えない方がおかしいだろう。

 

緊急事態が故に、普段の数十倍の激しい出入りがある中、本拠地である建物の前に一人深紅のケープを纏いフードを被った男が本拠地の建物の前にどこからともなく降り立ったのだ。

突然空から降りてきた闖入者に明らかに味方じゃないと判断したチンピラ達は咄嗟に身構える。

 

『潰れろ』

 

だが、動くことはできなかった。それは、彼らが行動に移るよりも先に、男が全員を赤い光で地面に叩きつけたからだ。

赤い光ー重力場によって地面に抑えつけられたチンピラ達は重力によって骨が次々と砕かれ絶え間なく響く激痛に苦悶の声を上げる。

無様に悶える彼らを怒りに燃える翡翠の眼光で睥睨した男、紅咲陽和は紅蓮色の剣を鞘から抜き放ち、紅蓮の炎を灯しながら絶対零度の声音で告げる。

 

『子供達を傷つけた貴様達に慈悲は与えない。許しなど聞き入れない。懺悔の時間も与えない。等しく滅びろ』

 

直後、炎纏う剣は振り下ろされ、建物の前にいたチンピラ達を焼き払った。

爆発を引き起こしながらチンピラ達を焼き払った陽和は剣を構えながら、何事かと駆け降りてくるチンピラ達に告げる。

 

『誰一人として逃さない。恐怖しながら死ね』

 

そして、彼はチンピラ共の殲滅に乗り出した。

 

その頃、同建物の最上階の部屋ではフリートホーフの頭目の男、ハンセンが怒鳴り声をあげていた。

 

「ふざんけてんじゃねぇぞ!アァ!?てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」

「ひぃ!で、ですから、潰されたアジトは既に70を超えました。襲ってきてるのはたったの六人です!」

「じゃあ、何か?たった六人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか?あぁ?」

「そ、そうなりまッへぶ!?」

 

男は最後まで言葉を告げることができなかった。ハンセンが彼を殴り飛ばしたからだ。部下を殴り飛ばしたハンセンは怒りのままに号令を出す。

 

「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる!一人につき、だ!全ての構成員に伝えろ!」

 

男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令する為に部屋から出て行こうというのだろう。だが、ドアノブに手をかけた瞬間、一際重厚な扉は外側から爆ぜた。

尋常ではない爆音が響き、炎雷が迸り、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手をかけた男は粉々に爆散し、その後ろにいた者達も炎雷の余波だけで瀕死の重傷を負い反対側の壁に叩きつけられた。

突然のことに、硬直するハンセンの耳に一人の男の声が響く。

 

『お前が頭目か?』

 

炎滾る剣を携えながらそう尋ねた陽和の言葉に、我に帰ったハンセンは素早く武器を取り出し構えながらドスの聞いた声で話し出した。

 

「……てめぇ、例の襲撃者の一味だな。赤髪に仮面……チッ、リストに上がっていた奴らのリーダーじゃねぇか。おい、いますぐ投降し、連れの女どもを渡すなら命だけは助けてやるぞ?まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れると思って———」

 

自分の立場を弁えずにぺらぺらと話し始めたハンセンの視界に赤い軌跡が見え、ゴトッと何かが落ちる音が聞こえた。

直後、左肩が軽くなり、何事かとハンセンが自身の左肩を見れば、そこにはあるはずのものが、自分の左腕がなく血を吹き出していた。

 

「ぎ、あぁぁぁぁぁぁ!?お、俺の腕がぁぁっ!?」

 

左腕を切り飛ばされたことを自覚したハンセンは、絶叫しながら蹲る。だが、悲鳴が部屋どころか建物中に響き渡っているのに、部屋の外からは誰かが来る音が聞こえない。

それもそのはず。この建物にいた構成員達は容赦なく蹂躙された後だからだ。

上階にいようとも関係ない。この程度の建物など余裕で貫通できる魔法で蹂躙したのだ。炎に焼かれ、雷に砕かれ、風に裂かれ、殆どが死んだ。

一部は運良く、いや運悪く生き残ってはいるものの、五体満足の者は一人もおらず、例外なく四肢の一つや二つが欠損し、激痛で動けなくなっていたのだ。

 

「ぐぶっ!?」

 

陽和は激痛で蹲るハンセンの顔面を踏みつけると、右肩に炎纏う剣を突き刺した。

 

「ぐあぁぁぁっ!?あ、熱い熱いぃぃぃ!?」

 

肉を貫き内側から焼かれる痛みにハンセンは絶叫を上げ暴れるも、陽和が踏む力を強めハンセンの顔面を一層強く抑え込む。

顔が床にめり込み軋む音をたてる。

 

『お前達が攫った海人族の子供はどこにいる?』

「う、海人族?な、なんでそれを知って……」

『黙れ。お前はただ俺の質問に答えればいい。そして、お前は今口答えをしたな。だからこれは罰だ』

 

そう淡々と告げると陽和は肩に突き刺した剣に魔力を込めて炎を爆破させる。そうすれば、ハンセンの右腕が根本から吹き飛んだ。

 

「ぎぃ、ぁあぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

悲鳴を上げるハンセンの首筋に刃を添えながら、陽和は淡々と告げる。

 

『次は足だ。達磨になる前に答えることを勧めるぞ』

「わ、わかった言う!ここにはいねぇ!観光区にある美術館の地下だ!そこに裏オークション会場がある!開始は夕方だから今から向かえば間に合うはずだ!」

『……そうか』

 

陽和は頭を踏みつけ、剣を首元に添えたまま、念話石を起動して全員に連絡を取る。

 

『全員聞け。ミュウちゃんの場所がわかった。場所は観光区の美術館の地下。開始時刻は夕方だ。ハジメ、ユエ、シアはそっちに向かえ。セレリア、ティオはひたすらアジトを潰し続けろ』

『了解した』

『……ん!』

『了解ですぅ!』

『了解だ』

『承知じゃ』

 

簡潔に情報を伝え、指示を出した陽和は念話を切り、ハンセンを見下ろす。

両腕をなくし、傷口から血を流し続ける彼は激痛に脂汗を大量に流しながら必死に助命を懇願していた。

 

「た、頼む…助けてくれ…‥い、医者を……」

『助けだと?』

 

意識が朦朧とし始めているハンセンの懇願に、陽和は怒りに表情を歪める。

 

『貴様、まさか情報を話せば助かるとでも思ってるのか?』

「…ひっ、ひぃっ!!」

 

ハンセンが陽和の瞳を見てしまい恐怖に情けない悲鳴を上げる。仮面越しでも陽和の瞳が烈火の如き激情に怒り狂っているのが分かった。

ハンセンはその怒気と覇気に当てられ、顔色を蒼白に変えて絶望し、ガタガタと全身を振るわせた。

 

『勘違いも甚だしいな。そうやって助けを乞う子供達を貴様達は嘲笑い、容赦無く売ってきたんだろう?何の罪のない子供達の人生を踏み躙ってきたんだろう?どれだけの子供が涙を流したことだろうな。怖かっただろうに。辛かっただろうに。なのに、貴様達が救われていい道理などあるわけがない。ああ、許すものか。許していいわけがないだろうがっ!!」

 

翡翠の瞳が鋭く細められた次の瞬間、仮面を鷲掴むように剥ぎ取った『竜』は、眦を引き裂き吼えた。

 

「この俺がっ!!彼らの想いを受け継いだこの俺がっ!!貴様らのような外道を見逃すはずないだろうっ!!」

 

竜帝の激昂。物理的に被っていた仮面を外した陽和は、明確な憤怒を表情に宿らせ、殺意を周囲に無差別に振り撒く。

莫大な魔力の高まりに空間が震え、陽和の全身から炎が怒りを体現するかのように燃え上がる。

彼の怒りを表すかのように、瞳は縦に歪み竜眼へと変わり、一部の皮膚がビキビキと赤い鱗へと変化した。

 

「部下どもは皆殺しでいい。だが、貴様だけは楽に死なせてやるものか。絶望の底で恐怖に怯え、後悔の果てに苦しんで死ね」

「〜〜〜〜ッッ!?!?」

 

陽和は剣を構えるとハンセンの両足を根本から斬り落とす。血飛沫が舞い、声にならない悲鳴が床に半ばめり込んだハンセンの口から漏れる。

そんな彼に顔から足を離した陽和は左拳を握りしめる。

 

「今は、これで勘弁してやる」

 

そう言うと、視認を許さない速度で、ハンセンの顔面に拳が叩き込まれた。

 

「ぐぶべぇっ!?」

 

奇怪な声をあげたハンセンは殴られた勢いのまま床をバギャッと砕いた。顔の部分だけ穴が空いた床に血塗れの顔を晒すハンセンはピクピクと痙攣を繰り返す。

陽和は気絶させたハンセンを見下ろすと、今もなお血を流し続ける四肢の断面に視線を向け、

 

『……………』

「〜〜〜〜ッッ!?!?』

 

無言で断面を燃やし、流血を止めた。ハンセンは肉を焼かれる痛みに覚醒し声にならない悲鳴をあげたものの、激痛に再び意識を失った。

 

『……無様なものだな。まぁ、殺さないだけマシだと言うべきか。いや、この後のことを考えれば運が悪いか』

「生憎、こいつは組織のトップだ。なら、情報を引き出せるだけ引き出す必要がある。殺すのはその後だ」

『それが妥当だろうね。後の聴取は支部長君に任せるのかい?』

「ああ、そのつもりだ」

 

失血死など以ての外だし、四肢の手当てなどさせない。彼には情報を引き出す以外生かす理由などない。情報を全て引き出せたら、とっとと死ねばいい。

その辺りの尋問はイルワ達ギルドに一任すれば問題ないだろう。

泡を吹いてピクピクと痙攣する醜い達磨姿となったハンセンを陽和は軽蔑の眼差しを一瞬だけ向けて逸らすと部屋の中を物色し始める。

 

『?何を探しているのだ、相棒よ。他のアジトを潰しに行かなくていいのか?』

「まぁ待てって。必要な探し物だから。……おっ、あったあった」

 

ハンセンのものであろう机を漁った陽和は目当ての書類を見つけて笑みを浮かべる。

手に取った書類に書かれていたのは、

 

『………これは、リスト?名前がたくさんあるね。……もしかして……』

「ああ、裏オークションの顧客リストだろう。いくつかの名前は俺も一度見ただけだが、貴族の名前なのは間違いない」

『そう言うことか。確かにここはトップの部屋だ。機密書類は山ほどあるだろうな』

 

陽和が探していたものは裏オークションに参加している貴族達の名簿リストや、人身売買の購入履歴などといった彼ら犯罪組織“フリートホーフ”が抱え込んできたこれまでの悪事の書類だ。

彼としては今回、組織の殲滅と子供達の救出だけで終わらせるつもりはない。人身売買や悪事に関わっている貴族も纏めて潰すつもりなのだ。

それからしばらく、ハンセンの部屋を物色し機密書類を根こそぎ探し出し宝玉内にしまった陽和は、ハンセンの首根っこを掴み持ち上げる。仮面を付け直しながら、天井を爆砕し重力魔法で飛び上がると本拠地を見下ろした。

 

『……もう、必要なものは奪った。なら、もうこんな建物あっても目障りなだけだから。きっちり処分しよう』

 

そして、左手をかざした陽和はその手に炎雷を迸らせて一言。

 

『“ファイア・ボルト”』

 

左手から放たれた炎雷は轟声を上げながら、眼下の建物に着弾すると、大爆発を引き起こし本拠地の中の生き残りの構成員諸共爆砕した。

 

『よし、次行くか』

 

濛々と黒煙をあげて、燃え盛る残骸から視線を外した陽和は引き続きアジトの破壊活動を続けた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

場所は変わり、セレリアとティオチーム。

彼女らは陽和の指示通りに引き続きアジトの破壊活動に専念していた。

 

「くそっ!!何だよっ!何なんだよお前らはぁぁっ!!」

 

剣を構えつつも恐怖に体を震わせながら、悲鳴を上げるチンピラの身体が切り裂かれズルリと崩れ落ちる。

チンピラを容赦なく切り裂いたセレリアは、鉤爪についた血を払う。絶望に表情を染めながら絶命した男の死骸を一瞥すると、周囲を見渡す。

 

周囲にはひんやりとした冷気が漂い若干空気が白く染まっているほどだ。そして、あちこちで氷漬けにされたチンピラ達がおり、誰もが絶望の表情を浮かべ凍死していた。

 

「ひっ、ひぃぃっ!!」

 

そして、セレリアの鏖殺を目の当たりにした男が悲鳴を上げながら背を向けて逃げようとしたものの、それは失敗に終わる。

 

「あっ、か、身体が凍っ……い、いや、だ……たす、け……」

 

逃げようとした男の足に張り付いていた霜から、急速に氷が広がり男の体を蝕んだからだ。

足を凍らされ、転んだ男は肉体を這い上がってくる氷に恐怖しながら完全に氷漬けにされた。

それを見たティオが凍った床の上を下駄を鳴らし歩きながら感心の声を上げる。

 

「ほう、これが“氷蝕”の技能の力かえ?触れたらもれなく氷漬けとは、中々に恐ろしいのう」

「ああ、派生技能の“凍結侵蝕”。我ながらえげつない技能だと思うよ」

 

セレリアが氷の魔狼の力を移植された結果、得た技能“氷蝕”。その派生技能の一つ“凍結侵蝕”の効果は、僅かにでも氷に触れた敵を接触点から氷で侵蝕し完全に氷漬けにするというものだ。

それは、飛び立った破片や霜も例外でなくセレリアの魔力を帯びた氷であるならば、破片でも霜でも関係なく蝕むのだ。しかも、相手や範囲を指定できるものであり、味方を巻き込まないという利点もあるのだ。

一滴で死に至るような劇毒の如き氷結の力に、セレリアも純粋に驚きを隠せなかった。

 

二人は陽和の指示通りにひたすらにアジトを潰して回っていた。幹部以外の構成員は容赦無く鏖殺し、幹部と思しき人物は腕が足、どちらかを切り落とした上で縛り上げて警備兵に引き渡しておいた。

 

ティオは竜のブレスで建物を焼滅させたり風刃や炎弾をガトリング砲のごとく撃ち放ち容赦なく蜂の巣にしていき、セレリアは狼の身体能力で壁や天井までも利用し縦横無尽に切り裂き、氷漬けにし蹂躙していった。

義憤に燃える二人に慈悲などなく、容赦なく構成員達を鏖殺し、アジトの破壊を繰り返す。

 

「しかし、主殿の怒り様は凄まじかったのぅ。向けられていないのに、妾少し震えてしまったのじゃ」

 

陽和の怒気を思い出し少し体を震わせながら、左手からブレスを放ち建物を貫き破壊する。セレリアは逃げ惑う構成員達を氷槍で串刺しにしながら、その呟きに答えた。

 

「彼には三人の弟妹がいるからな。妹が二人、弟が一人だ。きっと陽和はその子達の姿を重ねてしまったんだろう」

「なるほどのぅ。弟達と歳の差がない子供らが理不尽に食い物にされてる現状を知れば、あそこまで怒るのも当然のことか」

「そうだ。彼は家族想いだからな。子供達が苦しんでいると知れば、何が何でも行動に移すさ」

 

陽和は子供達がオークションで売られているという状況を聞いて、大事な妹達のことを思い出したのだ。

彼らと大した歳の変わらない子供が、食い物にされている。

その現状を知った彼が、怒りを抱かないはずもなく、ミュウちゃんの件がなくても自分達が狙われていることもあり、犯罪組織の殲滅に乗り出すのは時間の問題だったのだ。

ティオは袖で口元を隠しながらくすくすと上品に笑う。

 

「ふふ、やはり主殿は心優しいのぅ。そこまで家族想いならば、子ができたら子煩悩になるのではないのかえ?」

「ああ、可能性は高いな。彼ならきっと子供を限界まで甘やかすかもしれん」

「それはそれでグッとくる光景じゃが、もしかしたらビシバシと厳しく教育するかもしれんな」

「そして、褒めるときは褒めて子供を頭ごなしに叱ることはないと。むぅ、どちらも捨て難いなぁ」

 

何故か子煩悩の陽和の姿を想像し、あれこれと妄想を口にする二人。犯罪組織の破壊活動の真っ最中だというのに、何とも呑気なものである。

 

「何にせよ、主殿はいい父親になるのは間違いないのぅ」

「それは同感だ。子煩悩の父親、いいことじゃないか」

「じゃなぁ。実に微笑ましい」

 

惚れた男の父親の姿を想像し、頬を緩ませ笑い合う二人は、その反面手は緩めずに蹂躙を繰り返していった。

そして、ここのアジトにいた構成員を残らず狩り終えた時、陽和から通信が入った。

 

『セレリア、ティオ、そっちの状況はどうなってる?』

「陽和か。こっちは順調に片付けているぞ。幹部らしき者は数名動けない状態にしてから警備兵に突き出している」

『そうか。機密書類の方は?』

「そちらも問題ない。いくつか回収した。十分な証拠材料になるだろう」

 

アジトの破壊と構成員の鏖殺の他にも幹部らしき連中が持っている機密書類の回収も任されていたセレリアは問題なくこなしていると報告した。

 

『それは上々だな』

「ああ。そっちはどうだ?」

『こっちは頭目を捕まえてたった今イルワさんに直接引き渡してきたところだ。ついでに、事情説明も済ましたし、機密書類も渡しておいた』

 

本拠地を襲撃した後、陽和は達磨状態となったハンセンを持ったまま暴れるわけにもいかず、イルワの元へと直行したのだ。

【フューレン】のあちこちで爆発が起きている光景に事態の解明を部下に忙しなく指示していたイルワは、重力魔法で窓側から執務室に直接きた陽和に目を丸くしてびっくりしていた。

しかも、彼の手には四肢が切り落とされ達磨となったおっさんが掴まれていたのだから。

 

そんな彼をよそに執務室に入った陽和は達磨姿のハンセンを床に転がすと簡潔に経緯を説明し、その後機密書類を渡して事務仕事を頼んだのだ。

イルワはギルドの仕事とはいえ、いきなり巨大裏組織を殲滅するという話に混乱を隠せなかったものの、時間が惜しい陽和は一方的に説明するとそのまま窓から出て行ってしまったのだ。

状況を全て納得する間もなく、巨大裏組織殲滅の事務処理を任されてしまったイルワは執務室で真っ白になり立ち尽くしていたとか。

 

まぁイルワの件はどうしようもないので置いといて、状況を聞かされたセレリアは流石だなと頷く。

 

「分かった。私達は引き続きアジトを破壊すればいいか?」

『ああ。もう幹部のことは気にしなくていいぞ。書類だけ集めてくれ。それ以外は好きにしていい』

「了解だ」

 

そう言って通信を切ったセレリアは同じく話を聞いていたティオに振り向くと、不敵な笑みを浮かべる。

 

「さて、ティオ。陽和からも言われた通り、この後は気にせずに暴れていいそうだぞ」

「うむ。妾も腹が立っておるのでな。この程度では怒りが収まらん」

「同じく。徹底的に叩き潰そう」

「じゃな」

 

そう言って、俄然やる気に満ちた二人はより過激な破壊活動を続行する。二人が去った後には無数の屍と瓦礫の山だけが残っていた。

 

フリートホーフ———【フューレン】において、裏世界最大レベルを誇る巨大組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。

会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音ひとつ立たずにただ目当ての商人が出てくるたびに番号札を静かに上げる。

素性をばらしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。

 

そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。

 

出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられたエメラルドグリーンの髪に耳の代わりに扇状のヒレのようなものを有する海人族の幼女ミュウだ。

衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。

一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。

善良な人間であればまず胸を痛める光景。しかし、ここにいる人間達に善良な者はいない。滅多にお目にかかれない海人族の少女に興奮を隠しきれていないようだ。

 

多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。

もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれないのだろう。

 

(………お兄ちゃん、お姉ちゃん……)

 

ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた黒い布をギュッと握り締めた。それは、ハジメの眼帯だ。ミュウと別れる際、ミュウを宥めることに忙しくてすっかりその存在を忘れていたハジメは、後になって思い出し、現在は予備の眼帯を着けている。

 

そのハジメの眼帯が、ミュウの小さな拠り所だった。

お母さんと引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったその時、温かいものに包まれた。

何だかいい匂いがすると目を覚ませば、目の前には片目に黒い布を付けた白髪の少年がいる。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いに気が逸れて、久々に食べたとても温かい料理にミュウの心は自然と解れた。

 

その後は聞かれるままに名前を答え、次に綺麗な紅い光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、少年に似た、しかし、少し青みがかった白髪のウサミミお姉さんに体を丸洗いされた、温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触もとても気持ちよくて気がつけばシアと名乗るお姉さんを“お姉ちゃん”と呼び完全に気を許していた。

 

膝の上に抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウは、きっと一生忘れないだろう。夢中になってあ~んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなっていたハジメと名乗る少年が帰ってきた。少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい風を吹かせながら何度も髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。

 

だから、保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。

 

だから、眼帯を取ったのは彼女ができる限りの最大の抵抗だったのだ。どうだ!返して欲しくばミュウと一緒にいるがいい!と。それで、二人は一緒にいてくれると思っていた。

しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。

 

ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。

やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか?

黒い布を取ったから怒らせてしまったのだろうか?

自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか?

そう思うと、悲しくて涙が溢れてくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、黒い布も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。

 

(…………助けて…)

 

ミュウが心の中で助けを求めた時、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。

すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているようだ。

 

だが、それは逆効果でますます怯えるようになってしまったミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなった。眼帯を握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。

 

フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。

司会はざわつき始めた客達に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。

 

「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせるんじゃありませんよ。半端者の能無し如きが」

 

そう言って、棒を受け取った司会が脚立に登り、上からミュウ目掛けて突き下ろそうとした。

その光景に、ミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。

だが、その時だ。

 

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ?クソ野郎」

 

 

聞きたかったお兄ちゃんの声が聞こえた。

次の瞬間、天井より舞い降りた人影が、司会よ頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押し潰す。

司会の男の頭はものの見事に破裂し、血が飛び散った。

 

衝撃的な登場を果たした人影がーハジメは、踏み潰した司会のことなど目もくれずに義手で水槽を殴りつけた。

破砕音と共に容易く水槽が壊され、中の水が流れ出しミュウも外へと放り出された。

 

「ひゃう!」

 

突然放り出されたことに、ミュウは思わず悲鳴を上げたが、直後ふわりと温かいものに受け止められた。

瞑っていた目を恐る恐ると開ければ、そこには会いたいと思っていた人が、自分を抱き止めてくれていた。

ミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジーッとハジメを見つめた。ハジメはくすりと笑うと冗談めかしたことを言う。

 

「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」

「……お兄ちゃん」

「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、眼帯を取られたハジメさんなら、確かに俺だ」

 

ハジメが苦笑いしながらそう返せば、ミュウはまん丸の瞳をジワっと潤ませてハジメの首元に抱きついた。

 

「お兄ちゃん!!」

「ああ、もう大丈夫だぞ」

 

ひっぐひっぐと嗚咽を漏らすミュウに、ハジメはそう優しく言葉をかけながらミュウの背中をポンポンと優しく叩く。そして、素早く毛布でくるんでやった。

しかし、再会した二人に水を差すようにドタドタと黒服を着た男達がハジメ達を取り囲む。

客達は、どうせ逃げられないとでも思っているのか、ざわついてはいるが逃げ出す様子はなかった。

 

「おい、クソガキ。フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を今すぐ返すなら、苦しまずに殺してやるぞ?」

 

二十人近くの屈強そうな男達に囲まれて、ミュウは首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。

 

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ。俺がついてるからな。耳を塞いで、目を閉じてろ」

 

ミュウの耳元に顔を近づけてそう囁くと、小さな手を取って彼女自身の耳に当てさせた。ミュウは不思議そうにしながらも、素直に頷いて両手で耳を塞いで目を瞑り、ハジメの胸元に顔を埋めた。

 

「テメェ、何無視したんだ、アァ!?」

 

完全に無視された男達は額に青筋を浮かべて、怒りを顕にし命令を下そうとした瞬間、

ザザザザンッッ!!と、ハジメの前に降り立った人影が紅蓮の炎纏う剣を振るい、ハジメの前方にいた約半分十名程の黒服達が肉体をバラバラに切り裂かれ、焼かれながら崩れ落ちた。

 

「え?」

 

事態を理解できない生き残りの黒服達が、崩れ落ちる仲間の黒服を視線で追う中、黒服達を切り裂いた人影ー陽和は後方にいた残りの黒服十名を炎雷で爆砕する。

 

「い、いやぁああああああっ!!人でなしよぉ!」

「こ、殺される!逃げろォォッ!!」

 

この時になって、ようやく状況を理解したのか、客達は悲鳴をあげて我先にと出口に殺到し始めたのだ。

だが、逃げ出す客に怒りに燃える眼光を向けた陽和は、激情をあらわにしながら右手を客達にかざす。

 

『この外道共がっ。逃すわけがないだろうっ』

 

憤怒の言葉と共に出口へと殺到していた客達の先頭の者が出口へとたどり着こうとした瞬間、眼前に半透明の赤光の壁が展開される。

急に目の前に壁が現れ止まらなかった客達は次々とその壁に激突する。

 

「な、なによこれっ!?」

「出口への道が塞がれたのかっ!?」

「いやぁぁ!何でよっ!」

 

客達は出口が塞がれたことに動揺の声を上げる。

彼らが戸惑う間に、赤光の隔壁は左右と上にも広がっていき、次の瞬間には、彼らを取り囲む結界が完成した。

誰一人として抜け出すことが叶わず、赤光の結界に閉じ込められ、中では悲鳴が絶え間なく響いた。

裏オークションに参加していた客の全てを結界内に閉じ込めた陽和は、奥から増援としてやってくる黒服達を睨みながらハジメに声をかける。

 

『ハジメ、お前はその子を連れて外に出ろ。ここは俺がやる。いや、俺にやらせろ』

「あいよ。徹底的にやってやれ」

『そのつもりだ』

 

内心で『やっぱブチギレてんなぁ』と思いつつ、陽和にそう言ったハジメはミュウを抱えたまま“空力”を使ってホールの天井まで上がっていき、いつのまにか空いていた外までの直通の穴に飛び込んでそのまま地上へと躍り出た。

それを見送った陽和は恐怖に慄きながらも自分を取り囲む男達を睥睨する。

 

「お、お前、何者なんだ!何が、何で……こんなっ!」

 

混乱して必死に虚勢を張って声を荒げる男達に、陽和は殺気に瞳をギラつかせる。

 

『なんでだと?見れば分かるだろう。因果応報だ。貴様達がこれまで行ってきた悪行のツケをここで払うだけのことだ。貴様達に免罪の余地はない』

 

淡々と宣告した陽和は結界を維持しながら、左手を頭上に掲げ炎雷と風光の流星群を浮かび上がらせる。

空中に突如出現した流星群に黒服達が絶望して、武器を手放してしまう中、彼は宣言する。

 

『子供達に代わって、俺が貴様達を裁く』

 

そう告げて陽和は左手を振り下ろした。

直後、取り囲む男達に破滅の流星群が降り注ぎ、耳障りで仕方がなかった悲鳴を轟音で飲み込んだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

『ユエ、シア、ミュウは無事確保した。そっちはどうだ?』

『……ん。囚われていた子供達の避難は完了した』

『ハジメさん、子供達は皆無事です。でも、客が出てこないようですけど、中はどうなったんですか

『ああ、それは陽和が結界に閉じ込めたからだ。一網打尽にするつもりらしい。そっちのことは気にしなくていいから、フィナーレは派手に行くぞ』

 

オークション会場に潜入した後、囚われた子供達の救出を行なったハジメは外への移動をユエとシアに任せて、自分はミュウを助けに行ったのだ。

そして、ミュウを助けに外へと出たハジメは、さらに上空へと駆け上がりながら、ミュウに話しかけた。

 

「もういいぞ、ミュウ」

「みゅ?……ふわっ!?」

 

ハジメの言葉に目をパチクリさせながら周囲を見渡したミュウは可愛らしい悲鳴をあげる。

ミュウ達がいる場所は、【フューレン】という大都市を一望できるほどの上空だったのだ。地平の彼方には、今まさに沈もうとしている夕陽が真っ赤に燃えながら、空を赤く染め上げており、地上では人工の光が点々と輝き美しいイルミネーションを作り上げていた。

とはいえ、所々から黒煙が上がったり、爆発が起きているせいで多少景観は損なわれている。それでもなお雄大で壮麗な光景に、ミュウは瞳を輝かせはしゃいだ。

 

「お兄ちゃん凄いの!お空飛んでるの!」

「飛んでるんじゃなくて跳んでるだけなんだが……まぁいいか。それより、ミュウ、ちょっと派手な花火が見られるぞ?」

「花火?」

「花火ってのは……爆発だ」

「花火?」

 

碌な説明ができていないが、見せるのが手っ取り早いと判断したハジメは、“宝物庫”から一つの指輪を取り出した。

それは、“感応石”を利用した爆弾の遠隔起爆装置で、実は、アジトのいくつかに爆弾を設置しておいたのである。

 

「んじゃ、行こうか。た〜まや〜」

「た〜まや〜?」

 

間延びした二人の声が夕暮れの空に響いた瞬間、【フューレン】のあちこちで爆発が発生したのだ。全てフリートホーフの関連施設であり、凄まじい衝撃と爆炎によりあっさりと崩壊していく。

しかも、延焼を防ぐ為に指向性を持たされた爆炎が、猛烈な勢いで上空へと噴き上がり、夕陽とは違った赤で周囲の建物と空を染め上げた。

各所で上がった火柱に、ミュウは目を丸くする。

 

「ふぇえええ!?」

「どうだ、ミュウ?驚いたか?」

「び、びっくりしたの…」

 

ミュウが爆発に少し驚いてハジメにヒシッとしがみつく。しかし、この程度で終わるわけもなく、

 

「お、お、お、お兄ちゃん!なんか出てきたの!」

「綺麗だなぁ」

「えぇ!?」

 

ミュウの精神に追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めたかと思えば、雷鳴の咆吼と共に、四体の雷龍が出現した。

以前見た時より二回りほどサイズが縮小されているが、威圧感は一切衰えることなく、暗雲を背に唸りながら地上を排外する姿は、気弱なものなら失神確実だ。

 

ユエが生み出した雷龍四体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら赤く燃える空を悠然と突き進む。

おそらく、【フューレン】にいるほとんどの人が、その偉容を目撃したことだろう。

空を突き進んだ四体の雷龍は、取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に落ちる。稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物が崩壊する音が響き渡る。爆炎と粉塵が至るところから上がっており、夕日と炎に照らされて赤く染まる【大都市フューレン】は、まさに悪夢のような光景だった。

 

ちなみに、関係のない一般人に被害は出ていない。関連施設やその周辺にも無人偵察機オルニスを飛ばしたり、破壊した建物だけを結界で覆ったりし、フリートホーフと関係のない人に被害が及ばないようにしていたのだ。

よって、被害に遭ったのは全てフリートホーフの人間だけだ。

 

そして、これで終わりでもなく、最後にとんでもないとっておきが残っていた。

 

「?お兄ちゃん、なにか揺れてるような音するの……」

「……あぁ、最後にド派手なやつが来るなぁ」

「みゅ?」

 

何か揺れるような音を微かに聞き取ったミュウはハジメの意味深な言葉に首を傾げた時だ。

【フューレン】全体が、いや大地そのものが悲鳴をあげているかのような凄まじい轟音が響き、次の瞬間、裏オークションの会場となっていた美術館の下の地面を突き破り何かが姿を現したのだ。

 

 

 

キィィィィアアアァァァァァァァァァァッッ!!!!!

 

 

 

爆発音じみた轟音を上げながら飛び出したのは、激しく燃え盛る炎の巨鳥『朱雀』だ。

以前見たものよりも4倍以上はある巨大な紅蓮の鳥は歴史的建造物かつ数多の芸術品を有していた美術館だけでなく、その周辺にあったフリートホーフの関連施設も関係なく燃え盛る獄炎で呑み込み諸共焼き尽くすと、翼を羽ばたかせながら猛烈な勢いで天高く飛び上がった。

そして、建物と空を眩い紅蓮で染め上げ、かなりの高度まで飛翔すると、突然その身を炎塊へと変えて大爆発を引き起こした。

 

「ふぇええええ!?」

 

視界を染め上げるほどの赤い閃光と、耳を貫かんとばかりに響く轟音と、相当離れたとこにいても感じる凄まじい衝撃波に、ミュウは何度目かわからない悲鳴をあげた。ハジメは念の為ミュウを腕で庇いながら、苦笑いを浮かべる。

 

「ミュウ、実はな、あれも花火なんだよ」

「……花火コワイ」

 

ミュウが『朱雀』の破壊力にふるふると震えて、涙目になりながらハジメにヒシッとしがみついた。ハジメがやれやれと頭を撫でていた時、通信が入る。

 

『全員聞け。奴等の拠点はあらかた潰した。一先ず壊滅は終わりだ。各自、イルワ支部長の元へ向かえ。俺も捕縛したゴミどもを引き渡してから合流する』

 

一方的に通信を繋げて指示を出した陽和は必要事項だけを伝えると通信を切った。ハジメはやれやれと嘆息する。

 

「いやぁ、ブチギレてるのは分かってたが……何ともまぁド派手にやったなぁ。本当滅茶苦茶だわ。あいつ」

 

先程の大爆発を思い出すハジメ。あれほどの爆発は、容赦のない破壊活動をしたハジメであっても、やばいと思わせるほどだった。同時に、あいつを怒らせるのは本当にやばいなと危機感を感じた。

きっと他の犯罪組織は次は自分の番かもしれないと、これからは眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。しかし、ハジメとしては同情する気はないので、どうでもいい話だ。

遠くを見つめるハジメにミュウが不思議そうな眼差しをむけていた。ハジメはミュウに視線を向けると、優しく微笑んだ。

 

「ミュウ、お姉ちゃんと、もう直ぐ会えるぞ?」

「お姉ちゃん!」

「そろそろ降りようか。ちゃんと捕まってろよ」

「はいなの!」

 

ひしっとハジメに抱きついたミュウをしっかりと抱き抱えながら、ハジメは地上へと降りる。彼の元へ、ユエとシアが近寄ってきた。

 

「お姉ちゃん!」

「ミュウちゃん!」

 

地面に降ろされたミュウは駆け寄ってくるシアに満面の笑みを浮かべると、自分もシアへと駆け出してシアの胸に飛び込んだ。

 

「ミュウちゃん、無事でよかったです!」

 

シアは胸に飛び込んだミュウを二度と話さないと言わんばかりに強く抱きしめた。

再会を喜ぶ二人をよそに、ユエがハジメへと近づいた。

 

「ハジメ、最後のってソル兄?」

「ああ、『朱雀』だろうな。ブチギレてるのはわかってたけど、やっぱあいつだけは怒らせちゃダメだな」

「…‥それもあるけど、私はあの爆発に驚いた。あの威力はまだ無理だから、正直悔しい」

 

ユエは陽和のブチギレ具合よりも、あの凄まじい魔法の威力の方が驚きが勝っていたらしい。

魔法の天才と呼ばれていても、赤竜帝の力の恩恵があるとはいえ陽和に魔法の破壊力で負けたという事実が、プライドを刺激したらしい。

しかし、その悔しさも一瞬、ハジメから視線を外しミュウへと視線を向けたユエはハジメに尋ねる。

 

「それでこの子が例の子?」

「ああ、ミュウだ」

「そう」

 

ハジメにそう返したユエはミュウをじっと見つめる。ユエに見つめられているミュウはそわそわと視線を彷徨わせて、困惑にハジメを見上げた。その目が、「この人誰なの?」と言っている。

 

「ミュウ、彼女の名前はユエ。俺の恋人だ」

「ふぇ?恋人?……シアお姉ちゃんは?」

「仲間だな」

「恋人じゃないの?」

「違うな」

「……といいつつも?」

「どんな返しだよ……恋人はこのユエだ」

「むぅ~」

 

ユエを紹介されたミュウは、何やら不満そうな表情でユエに視線を向けた。ユエは未だにジーとミュウを見ており、ミュウもまた、見定めようとするかのようにユエを見つめ返す。

しばらく見つめ合っていた二人だが、その均衡はユエがおもむろに進み出てきたことで破られる。

 

進み出たユエに「むっ」と警戒するミュウ。だが、ユエはそんなミュウの警戒心などお構いなしにシアからミュウを奪い取ると、むぎゅ~と音がしそうなほどキツく抱きしめた。「むぅ~」と唸り声を上げながらジタバタもがくミュウだが、ユエは一向に離さない。そして一言、

 

「……反則。可愛すぎる」

 

どうやらミュウの事が相当お気に召したらしい。

ようやくプハッと顔を上げて呼吸を確保したミュウは、至近距離でユエと見つめあった。

 

「……ミュウ。私はユエ。一人でよく頑張った。とっても偉い」

 

ユエは、優しげに目元を和らげると、抱きしめたままミュウの頭をいい子いい子する。その優しい手つきと温かい雰囲気にミュウはこれまでずっと緊迫に張り詰めていた気が自然と緩みホロホロと涙を流し始めた。そのまま、盛大にワッーと泣き始める。

 

ハジメは、流石ユエだなと苦笑いし、ミュウが泣き止むのを待ってから冒険者ギルドの支部長のもとへ向かうのだった。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

「倒壊した建物四十二棟、半壊した建物二十一棟、消滅した建物二十棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員二百五十名、再起不能百二十四名、重傷八十四名、行方不明者二百四十名……で?何か言い訳はあるかい?」

『何も。計画的にかつ徹底的にやりました。むしろ、もっと殺しておくべきだったかなと思ってます』

「はぁ〜〜〜〜」

 

冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目で陽和を睨むイルワだったが、反省するどころか暴れたりなかったと返した陽和の態度に、激しく脱力した。

ちなみに、イルワとテーブルを挟んで向かい合っているのは陽和と左右にセレリアとティオであり、ソファーとは別のテーブルで椅子に座るハジメ達は出された茶菓子を膝に乗せたミュウと分け合いながらモリモリと食べていた。

陽和達に押し付ける気満々である。

 

「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」

 

イルワから告げられた情報に陽和は首を傾げ眉を顰める。

 

『はい?それは一体何の話ですか?』

「知らないのかい?観光区にある水族館でそういう騒ぎが起きたんだよ。君達の仕業かと思ったんだけど、違ったかな?」

『……………………おい、ハジメ、シア。どういうことだ?』

 

イルワの話を聞いた陽和は込み上げてくる頭痛に額を抑えながら、呑気にお菓子を貪る仲間達の名を呼び、詰問する。

しかし、だ。呼ばれた当人はというと、

 

「さぁ?何のことやら。……ミュウ、これも美味いぞ?食ってみろ」

「あ〜ん」

「ふふ、ミュウちゃん美味しいですか〜?」

 

生意気にも首を傾げ平然としミュウにお菓子を食べさせていたのだ。しかし、ハジメと一緒にミュウにお菓子を食べさせていたシアの目が一瞬泳いだのを陽和はしっかりと見た。

仮面の下でビキビキっと青筋が浮かんだ。

 

『はぁ〜〜〜〜〜〜、こんっのっ……トラブルメーカーどもがっ』

 

額を抑えた陽和はとても、それはもうとても深いため息を吐くと、苛立ちのままにそう吐き捨てる。片手は自然とキリキリと痛む胃の辺りを摩っており、もう片手は仮面の上から額と目元を覆い隠すように当てられている。

 

陽和はイルワに『少し失礼します』と一言詫びを入れると、懐から頭痛薬と胃薬の入った錠剤の瓶を取り出し、数粒口に放り込んで、茶菓子と共に出されていた紅茶を一気に煽るように飲み干した。

薬を流し込みカチャン、と音を立ててカップを置いた陽和は疲れ切った様子で頭を下げる。

 

『うちの馬鹿どもがご迷惑をおかけしました。水槽諸々の修理代はこちらで負担させていただきますので、今回はそれで勘弁してください』

「ああいいんだ別に。それに関しては気にしなくていいよ。そんなことどうでもいいぐらいに大きい借りができてしまったからね。修理代は気にしなくていい」

『いえ、私は事前にハジメに問題を起こさないように釘を刺していました。なのに、フリートホーフの件以外で問題起こしてしてくれやがったのなら、相応の責任は取りますよ。修理代は払います。いや、払わせてください。断っても何が何でも払います』

 

意地でも払うという不退転の意志を見せる陽和に、イルワは憐れむような眼差しをむけながら苦笑いを浮かべる。

 

「私としては別に構わないんだけど……まぁ、君が譲らなそうだから、後で請求するよ」

『はい。ありがとうございます』

「……君も、色々と苦労しているんだね。お勧めの胃薬あるんだけど、紹介しようか?」

『ストックはありますが是非。いくらでもあっても困らないものなので、修理費請求の際にでも教えていただければ』

「うん、いいよ」

 

二人の間に友情のようなものが芽生える。傍に控えていたドットも哀れみの目線を向けていた。

お互い、苦労に事欠かない者達であり胃薬や頭痛薬は手放せないのだ。もっとも、10代の青年が胃痛に悩まされるレベルの苦労を背負い込むのはあまりないのだが……。

若干逸れた話題を戻し、イルワが苦笑いを浮かべる。

 

「とにかく、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

『その辺りは貴方に一任します。私はただ仲間達が狙われていたことに加えて、裏オークションの存在を知ったからこそ殲滅に乗り出しました』

「成程。それで、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅か。ホント、洒落にならないね。しかも、君が渡してくれたリストに乗っていた貴族達や商人の捕縛もある。勿論、保護した子供達のこともね。これから忙しくなりそうだ」

 

苦笑いするイルワは、何だか十年くらい一気に年をとったようだ。流石に、ちょっと可哀想なので、陽和はイルワに一つ提案してみる。

 

『今回の一件は他のチンピラ共だけでなく、関与していた貴族や商人達への見せしめを兼ねたものでしたが……必要であれば、私達の名前を使っても構いませんよ?なんなら、貴方お抱えの金ランクパーティーってことで、威圧に使っても構いません』

「おや、いいのかい?それは凄く助かるのだけど……そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」

 

陽和の言葉に、意外そうな表情を見せるイルワだったが、その瞳は『まじ助かるわ』と言わんばかりに輝いていた。

陽和は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。

 

『ギブアンドテイクというやつですよ。こちらも色々と条件はのんでもらってますし、これくらいは引き受けましょう。裏組織の壊滅の一助になれば幸いです』

「……ふむ。こちらもしても嬉しい限りだ。では、厚意に甘えてもしものときは、使わせてもらうよ」

『ええ、どうぞ』

 

イルワは厚意に甘えて、陽和からの提案をありがたく受け入れた。

ちなみに、その後、フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策していた裏組織が幾つかあったのだが、イルワの「ナマハゲが来るぞ〜」と言わんばかりの効果的な使い方のおかげで、大きな混乱が起こるどころか、いくつかの組織は余程恐ろしかったのか自首までしたらしい。

 

この一件で、フリートホーフを潰した金ランク冒険者パーティーのリーダーである陽和は『フューレン支部長の最終兵器』とか『煉獄の魔剣使い』とか『絶対正義の体現者』だとか、それはもう色々と二つ名がついてしまうのだが、陽和の知ったことではない。

 

大暴れした陽和達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、保安局が正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなし。

どうやら、保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのは面子に関わる問題でもあった為、相当頭に来ていたようだ。

 

日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて陽和達に『よくやった!!ボウズ共!!』と満面の笑みでサムズアップして帰っていった。心なしか足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど……」

 

イルワがいよいよ本題へと踏み込み、リスのようにクッキーを食べているミュウへと視線を向けた。

ミュウが、その視線にビクッと身を震わせる。

もしかして、また引き離されるのかと不安そうにハジメ達を見上げた。

 

「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法があるけど、君達はどっちがいいかな?」

 

イルワの説明によれば、陽和達の“金ランク”の立場と、今回の騒動の原因がミュウの保護だったということか。彼らになら任せてもいいと判断したらしい。

とはいえ、その裏にはイルワの八面六臂の活躍があったのだが、それはイルワ自身が明かさなかった。

そして、イルワの問いかけに真っ先に答えたのは陽和だ。

 

『まぁ考えるまでもないでしょう。だよな?シア、ハジメ』

 

そう呟き、陽和はシアとハジメに視線を向ける。

尋ねられたシアは、真剣な表情を浮かべると、ハジメに頭を下げた。

 

「ハジメさん……私、絶対、この子を守って見せます。だから、一緒に……お願いします」

「お兄ちゃん……一緒………め?」

 

シアだけでなく、膝の上に座るミュウからも上目遣いでそう尋ねられてしまう。正直、上目遣いなど反則ではあるが、すでに結論が出ていたハジメは快く頷いた。

 

「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな。ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」

「ハジメさん!」

「お兄ちゃん!」

 

満面の笑みで喜びを露わにするシアとミュウ。

他のメンバーも同じように笑みを浮かべていることから、パーティー全体での意志を確認したイルワは頷く。

 

「では、そのように手続きを進よう。依頼書諸々は後で作るから、ヴァーミリオン君、取りに来てもらえるかな?」

『ええ、構いませんよ。後で貰いに伺いましょう』

 

そうして依頼書などの諸々の話を進めていく二人。

二人が真剣に話をしていく中、ハジメが何とも言えないような表情を浮かべると、ミュウを見下ろす。

 

「ただな、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」

 

喜びを表に抱きついてくるミュウに、照れ隠し半分にそんな事を要求するハジメ。元オタクなだけに『お兄ちゃん』という呼び方は……色々とクルものがあるのだ。

ハジメの要求に、ミュウはしばらく首をかしげると、やがて何かに納得したように頷き……ハジメどころかその場の全員の予想を斜め上に行く答えを出した。

 

「……パパ」

『ブフッ』

「ぷっ、くくっ」

「ふふっ」

 

ミュウの斜め行く答えにハジメ、ユエ、シアはピシッと硬直するも、イルワと話をしていた陽和は不意打ち気味なことに堪えきれずに仮面の下で吹き出す。セレリアとティオも思わず吹き出してしまい、肩を震わせながら笑いを堪えていた。

 

「………………な、何だって?悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」

「パパ」

「……そ、それはあれか?海人族の言葉で『お兄ちゃん〟』とか『ハジメ』という意味か?」

『ブハッ、ちょっ、お前笑わすなよっww』

 

陽和がまたしても噴き出し、腹を抱えつつも笑いを堪えようと頑張っていた。呑気に笑う陽和に内心イラッとしながらもそれを堪えたハジメにミュウは答えた。

 

「ううん。パパはパパなの」

「うん、ちょっと待とうか」

 

ハジメが、目元を手で押さえ揉みほぐしている内に、シアがおずおずとミュウに何故『パパ』なのか聞いてみる。すると……

 

「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」

「何となくわかったが、何が『だから』何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」

「やっ、パパなの!」

「わかった。もうお兄ちゃんでいい!贅沢はいわないからパパは止めてくれ!」

「やっーー!!パパはミュウのパパなのー!」

 

その後もあの手この手でミュウの『パパ』呼びを撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来たようで子供らしい強情さを前に、ハジメの方が折れてしまった。

こうなったら、もう、エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかないと、ハジメは決意を露わにした。

しかし、その様子を見ていた陽和は、

 

(……あー、これもしかして、母親もフラグ立つか?)

 

まだ見ぬミュウの母親も何やかんやでフラグを立てるのではないかとふと思ったのだ。

しかし、それを口にするとなんか面倒なことになりそうだと思ったので、考えるだけにとどめた。

 

その後、イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、誰がミュウに『ママ』と呼ばせるかで紛争がユエとシアの間で勃発した。全く関係のない陽和達三人は完全にそれを無視して、ミュウを愛でる。

結局、『ママ』は本物のママしかダメらしく、ユエもシアも『お姉ちゃん』で落ち着いた。陽和、セレリア、ティオは特に名前呼びの主張はしなかったので、普通に『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』となったのだ。

 

余談だが、宿に戻った後ドライグとヘスティアを陽和から紹介されたミュウは少し驚いていたものの、直ぐに打ち解けて、二人のことを、『おじちゃん』と『お姉ちゃん』と呼ぶことにした。

ヘスティアはともかく、ドライグが『おじちゃん』と呼ばれたことにはティオ以外の全員が思わず噴き出してしまい腹を抱えてしまうのだが、ドライグ的には全然アリらしく、普通に近所のおじちゃん感覚でミュウを可愛がっていたりする。

 

そして、その夜はハジメ、ユエ、シアと三人で川の字で寝たいとミュウがねだったことにより、ミュウが誰とハジメの間で寝るかについてまた紛争が勃発。

しかし、精神的に疲れ切ったハジメが強引にユエとの間にミュウを抱きしめ寝たので、紛争は強制的に打ち切られた。

 

陽和はそんな紛争に参加するわけもなく、さっさと部屋に戻って寝ようとしていたのだが、急にセレリアとティオが『今回の褒美に添い寝したい!!』と騒ぎ出したことで別の紛争が発生。

 

雫一筋な陽和は当然却下する。いくら抱かないとはいえ、添い寝でもアウトだ。雫に申し訳が立たない。そう断固拒否する陽和だったが、そこに予想外の伏兵が乱入してきた。

 

ミュウだ。

 

三人のやりとりを聞いていたミュウは、陽和へと近寄ると上目遣いで、

 

「お兄ちゃんは、お姉ちゃん達のことが嫌いなの?」

 

と尋ねてきたのだ。

純粋な眼差しに陽和は怯みつつも返す。

 

「いや、嫌いじゃないけど、そういう話じゃないんだよ」

 

と本心からの言葉を伝えたのだが、それでもミュウには通じずこてんと首を傾げると、

 

「嫌いじゃないなら、一緒に寝ても大丈夫じゃないの?」

 

純粋が故の容赦のない反撃をかましてきたのだ。

確かにその通りではあるが、それ以上の話は子供の前ではできない話だ。なので、ミュウに正論を言おうにも言うことはできず、つぶらな瞳を直視することもできず、長い、それはもうかなり長い逡巡の後に、陽和が遂に折れたのだ。

その結果、『添い寝はいいが、それ以上はしないこと』と言う条件付きのもと添い寝が許可されたのだ。

 

これまで崩すことができなかった鉄壁の理性を、僅かにでも打ち崩したミュウにセレリアとティオはこれでもかと褒めちぎり甘やかす。

一方で、あの陽和の理性の牙城を切り崩したミュウの純粋さに、ハジメやユエ、シアは『ミュウちゃん、恐ろしい子!』と若干戦慄していたりする。

 

こうして、陽和と添い寝ができることになった二人は嬉々として陽和の左右で実に満足そうに寝た。両手に花という男なら誰もが羨む状況だったのだが、当の本人である陽和は雫への罪悪感と両腕から伝わる幸せな感触や艶かしい寝息に悩まされ、眠れない夜を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

そして、この夜悶々としながら陽和は一つ決意をした。

 

 

 

 

 

 

雫と再会したら、まず全力で土下座しようと。

 

 

 





普段優しい人を怒らせるのが一番やばい。
陽和君の暴れ具合がもう凄まじいですよね。まぁ彼にとって子供ってのは未来の宝であり、守るべき存在だからこそ、オークションで人身売買に利用されてるなんて知ったらブチギレ待ったなしなのは仕方ない。

そして、原作では組織の壊滅だけでしたが、こちらでは機密書類も根こそぎ掻っ攫ったことで、裏で悪事に加担していた貴族や商人達も一網打尽にしました。ちなみに、会場で捕縛された客達は雷撃で気絶させられた後、結界に箱詰めにされて、警備兵に突き出されています。

さてさて、フューレンでのひと暴れも終えたことですし、次回からはいよいよです。いよいよ、原作での胸熱シーンの一つが始まりますよっ!!


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